弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人笠原房夫の上告趣意について。
 第一点原判決はその理由において、第一審が被告人を懲役六月、三年間執行猶予
に処したのは、量刑いささか重きに失するから論旨は理由があり、第一審判決は破
棄を免れないと説明し、かつこれと反対に第一審判決の量刑が軽きに失すると主張
する検察官の論旨は理由がないと説示している。そして、原判決はその結論におい
て、被告人を禁錮三月に処したのである。そこで、第一審の言渡した懲役六月、執
行猶予三年間の刑と原審の言渡した禁錮三月の刑とはその何れが重いかの問題を生
ずる。ものを形式的に考えれば、法定刑の軽重と同様に懲役は常に禁錮より重く(
刑一〇条、九条)、また刑の執行猶予の言渡は刑そのものの言渡しではなく単に刑
の執行に関する形態の宣告に過ぎないと見られるであろう。しかし、本件において
第一審の刑と第二審の刑とを実質的に考察すると、第一審における執行猶予の言渡
は重要な要素であつて、執行猶予の場合は現実に刑の執行を受ける必要はなく、か
つ言渡を取消されないで猶予の期間を経過したときは刑の言渡そのものが效力を失
うこととなるのである。それ故に、実質的には執行猶予のもつ法律的社会的価値判
断は実際において高く評価されており又さるべきものである。かくて、本件におい
て第一審の懲役六月が第二審において禁錮三月に変更されているにかかわらず、前
者には執行猶予がつけられていたが後者にはこれがつけられていないのであるから、
この具体的な両者の刑の比較の総体的考察において、原審の刑は重くなつていると
言わなければならぬ。そうなると、原判決は理由においては、第一審判決は重すぎ
るから軽くすべきだと言いながら、その結論である主文においては却つてより重き
刑を盛つたことになり、理由と主文に食違いが存在する。この違法は、判決に影響
を及ぼすことが明らかであり、かつ原判決を破棄しなければ著しく正義に反すると
認められる場合に該当するから、論旨は結局理由があり原判決は破棄を免れない。
 よつて、その余の論旨に対する判断を略し、刑訴四一一条一号、四一三条により
主文のとおり判決する。
 この判決は、裁判官澤田竹治郎、齋藤悠輔、藤田八郎、岩松三郎を除く裁判官全
員の一致した意見である。
 裁判官齋藤悠輔の意見は次のとおりである。
 第一審判決が被告人を懲役六月に処し但し三年間その刑の執行を猶予したこと、
これに対し検察官は量刑軽きに過ぎ刑の量定著しく不当であるとし、また、被告人
は事実誤認であり且つ罰金刑が相当であるから刑の量定が不当である旨の理由でそ
れぞれ控訴の申立をしたこと、並びに、原判決が被告人の事実誤認の主張を排斥し
たが量刑いささか重きに失するとの理由で被告人の控訴を理由ありと認め原判決を
破棄し被告人を禁錮三月に処し、なお、検察官の控訴を理由なきものとし主文にお
いて検察官の控訴を棄却する旨言渡したことは所論のとおりである。
 しかし、かように第一審の言渡した単一刑の量定が不当であることを理由として
(刑訴三八一条参照)検察官並びに被告人の双方から控訴をした場合に(事実誤認
を理由とする場合も同一)原控訴裁判所が第一審判決の刑を重きに失するものと認
めるのは結局第一審判決の刑の量定が不当であると判断するものであつて、重いと
いうことは量刑不当の判断の根拠となつた一理由たるに過ぎないものであるから、
反対の根拠に立つて量刑軽きに過ぎるが故に刑の量定が不当であると主張する検察
官の控訴は、単に同一控訴理由の根拠を異にするに過ぎず、従つて、その控訴も同
時に理由あるに帰するものであるといわなければならない。従つて、控訴裁判所は
判決の理由において説明するは格別原判決のように主文において検察官の控訴を棄
却する言渡を為すべきものではない。ことに判決主文は結論たる判断であつて、控
訴理由は第一審判決の当否すなわちこれを破棄すべきか否かの結論たる判断に至る
理由たるに過ぎないものであるから、数個の控訴理由ある場合でもその数個の訴控
理由の有無を判決理由中で説明するは格別判決主文において一々これを示すべきで
はない。従つて、本件のように控訴理由の一つである被告人の量刑不当の主張が理
由ありと認めるときは、単にその理由だけで原判決を破棄した上、或は事件を原審
に差し戻し若しくは移送し、又は改めて自ら被告事件について新らたに実体判決を
なすべく、その外更らに他の控訴理由のないこと又は検察官の控訴理由の有無等を
判決主文において一々裁判すべきでない。されば、原審が本件において被告人の量
刑不当を理由とする控訴を理由ありと認め主文において第一審判決を破棄しながら、
同時に主文において、検察官の控訴を棄却する旨の裁判(すなわち原判決は破棄す
べきでないとの結倫たる判断)を言渡したのは失当であつて、原判決は第一審判決
の当否についての結論的判断につき主文において齟齬するか又は少くとも検察官の
控訴を棄却する旨の言渡は破棄された被告事件の実体的裁判を為すについては無意
味に帰するものといわざるを得ない。(検察官の控訴が理由なしとして棄却されて
も検察官が控訴をした以上被告事件そのものが刑訴四〇二条にいわゆる被告人が控
訴をし、又は被告人のため控訴をした事件だけになつたとはいえない。)果たして
然らば原審では第一審判決を破棄して改めて自ら事件の実体につき判決する以上そ
の量刑については本来刑訴四〇二条の適用制限がなく、自由にこれが量刑をなし得
べき立場にあつたものというべく、従つて、仮りに原判決の量定した刑が第一審判
決の言渡した刑より重いとしても刑訴四〇二条に違反する道理がなく、それ故本論
旨は刑訴四〇五条に当らないのは勿論同四一一条一号所定の法令違反があつて原判
決を破棄しなければ著しく正義に反するものとは認め難い。それ故、所論は、既に
この点において採用すべからざるものである。
 次に刑の軽重は、宣告刑の場合でも刑法一〇条によるべきことは既に定期刑と不
定期刑との軽重に関する案件において私見として示したところである。(判例集四
巻三号三四四頁以下参照なお刑訴四〇二条、四七四条を見よ。)されば、本件にお
いて原判決の禁錮三月が第一審判決の懲役六号に比し軽いことは刑法一〇条一項に
より明白である。そして、懲役又は禁錮若しくは罰金の刑とこれらに執行猶予を附
した場合の刑とは後者が軽い刑と認むべきことは条理上是認されないことはないけ
れども(旧々刑訴二六五条第一項に関する大正八年(れ)第一七六二号同年一二月
八日大審院第一、二、三刑事聯合部判決判決録二五輯一二三八頁参照、)執行猶予
を附した懲役刑とこれを附さなかつた禁錮刑(懲役の長期の二倍を超えないもの)
又は執行猶予を附さない罰金刑といずれが軽きか重きかについては、これを定むべ
き特別な法律上の標準がなく、従つて、各人の主観的恣意に任ずべきではなく、執
行猶予の本質から論ずるの外はない。すなわち本来執行猶予の言渡は民事判決の執
行停止処分と同じく本案である刑そのものの言渡には関係がなく、言渡された刑の
執行に関する処分であり、従つて、性質上刑の言渡の軽重に関係がなく、ただ猶予
期間を猶予の言渡を取り消されることなく経過することにより、遡つて刑の言渡が
その效力を失う恩赦的な效果を生ずる附随の処分たるに過ぎないものである。(そ
の沿革については重要判例である当判例集第一、二巻索引末尾添附刑事判例集二巻
一二号一六六〇頁の一一頁一二頁私見参照)されば、第一審判決の主刑(主として
懲役刑)を軽き他の刑種(主として罰金刑)に変更するにおいては、第一審判決の
主刑に執行猶予の附随処分がなされている場合でも重き刑を言い渡したことになら
ないと解すべきことは旧刑訴以来行われ来つた裁判所の慣行である。(旧々刑訴二
六五条ニ所謂原判決ヲ変更シテ被告人ノ不利益ト為ストハ判決主文ニ於テ科刑其他
被告ノ負担ヲ原判決ニ比シ重カラシムルノ謂ニシテ刑ノ執行猶予ノ言渡ヲ為スト否
トハ常ニ其刑ノ言渡ヲ為ス裁判所ノ自由裁量ニ属スルヲ以テ所論原判決ハ不法ナリ
ト謂フヲ得スとの大審院大正七年(れ)第一二〇三号同年五月二八日宣告判決判決
録二四輯六〇二頁参照。なお当裁判所第二小法廷裁判長裁判官霜山精一、裁判官小
谷勝重、同藤田八郎は第一審が懲役一〇月の刑を言い渡し被告人だけが控訴した事
件について第二審が懲役一年四年間執行猶予の刑を言い渡すことは旧刑訴四〇三条
にいわゆる「原判決ノ刑ヨリ重キ刑」を言い渡した場合にあたるとして原判決を破
棄している判例集四巻三号三〇五頁以下参照。)そして、その点に関し特に立法上
の改正がなされていない場合には従来の慣行に従うのは当然である。それ故、何等
特別な立法的改正のない本件においては原判決はこの従来の慣行によつたものとい
うべく、従つて、原判決が第一審において執行猶予された懲役六月の刑を単なる禁
錮三月に変更したからといつて必ずしも刑訴四〇二条に違反したものということが
できない。それ故この点からしても原判決には刑訴四一一条一号の法令違反は存し
ない。
 裁判官沢田竹治郎藤田八郎岩松三郎の意見は次のとおりである。
 原判決が本件につき被告人を懲役六月(但し三ケ年間執行猶予)に処した第一審
判決を以てその量刑いささか重きに失するとして、第一審判決を破棄しながら、原
判決自ら被告人を禁錮三月に処したのは、刑の軽重を比較考量するにあたり、刑の
執行猶予を度外視して考えた点において、原判決に違法のあることは多数説と同じ
くこれを認める。しかしながら、本件については、右第一審判決に対して検察官か
らも量刑の不当を理由として控訴の申立のあつた事案であるから、原審が自ら本案
を審理した結果、被告人を禁錮三月に処するのを相当とみとめ、その刑を言渡した
ことは、もとより法の許容するところであつて何等違法はない。要は原判決の一審
判決破棄の理由とするところに、刑の軽重に関する法の解釈を誤つた違法があるに
過ぎないのであるから、かかる場合刑訴四一一条に従つて、原判決を破棄しなけれ
ば著しく正義に反するものと認むべきでなく結局本件上告は棄却すべきものと考え
る。
検察官 岡本梅次郎関与
  昭和二六年八月一日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    澤   田   竹 治 郎
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    眞   野       毅
            裁判官    島           保
            裁判官    齋   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
 裁判官霜山精一、同小谷勝重は差し支えにつき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎

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