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主文
1原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
2前項の部分につき,被控訴人の請求をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
主文同旨
第2事案の概要
1本件は,被控訴人が,かつてその従業員であった控訴人に対して,就業規則
並びに在職中及び退職時に締結した機密保持契約に基づく競業避止義務に違反
して,被控訴人が実施し,又はフランチャイズ事業化している自動車の外装の
へこみを修復する事業(以下「デントリペア事業」という)又は家具や自動。
(「」。)車の内装の修復や色替えを行う事業以下インテリアリペア事業という
を行ったこと及び被控訴人の顧客を奪ったことを理由に,債務不履行及び不法
行為に基づく損害賠償1208万円並びにこれに対する訴状送達の日の翌日か
ら支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払並びに日本国
内における上記競業避止義務に違反する行為の差止めを請求する訴訟である。
原判決は,被控訴人の請求を,債務不履行に基づく674万円の損害賠償及
びこれに対する平成18年10月20日から支払済みまで年5分の割合による
遅延損害金の支払請求並びに日本国内において,判決確定から2年間,原判決
別紙目録1及び2記載の各技術と同一内容の技術を用いた車両外装のへこみを
修復する事業及び家具・車両内装の修復や色替えを中心とした事業の実施の差
,,。止請求の限度で認容しその余の請求を棄却したところ控訴人が控訴をした
2争いのない事実等,争点及び当事者の主張は,下記(1)及び(2)のとおり付加
し,又は補足するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1から3まで
(原判決2頁17行目から11頁4行目まで)に記載のとおりであるから,こ
れを引用するただし原判決5頁19行目及び20行目のに当たりをに。,「」「
準じ」に改める。
(1)控訴人の当審における主張
ア控訴人と被控訴人との間における競業避止契約は,労働者である控訴人
の職業選択の自由を正当な理由なく侵害するものであって,公序良俗に反
して無効である。
イ被控訴人がデントリペア事業及びインテリアリペア事業に用いている技
術は,技術要素としては極めて単純なものであり,他の多くの事業者が保
有しており,また同技術を普及させる事業を行う者もおり,到底営業秘密
に準ずるものであるとはいえない。
ウアの競業避止契約は,一切の自動車修復事業を時間的・場所的範囲を無
限定にして禁止し,過大な権利侵害・不利益を控訴人に課すものであり,
違法性が顕著である。
エ控訴人は,単に練習を積み重ねて技量を上げた一労働者であり,このよ
うな者に競業避止義務を課すのは不当である。
,。オアの競業避止契約には控訴人にとっての代償措置が定められていない
フランチャイズ制度の存在は,この代償措置には当たらない。
カ控訴人は,デントリペア事業を行うに際して被控訴人の工具を使用して
いるわけではなく,インテリアリペア事業を行うに際してはユニタスファ
ーイースト株式会社(以下「ユニタス社」という)から購入した被控訴。
人が使用するのとは異なる充填剤及び塗料を使用しているのであって,被
控訴人の営業上の機密を侵害しているわけではない。
キ被控訴人が主張する損害のうち,違約金は労働基準法16条に違反し,
ロイヤルティ相当の損害はその損害自体が存在せず,顧客奪取による減収
は控訴人の行為とは無関係である。
(2)被控訴人の当審における主張
アデントリペア事業は,最近ようやく社会における認知度を上げてきたも
のであり,まだ真の技術者が少なく,技術者の有する経験・技術力は営業
秘密に準ずるものであるといえる。
インテリアリペア事業は,デントリペア事業よりも更に少数の事業者し
か行っていない。また,デントリペア事業とインテリアリペア事業を複合
させたビジネスモデルを日本で初めて展開したのは,被控訴人であり,こ
の経営手法そのものは特に保護に値する。
イ控訴人の競業行為は,内装・外装修復等の技術を顧客に対して出張によ
り提供するという被控訴人独自のフランチャイズ・システム上のノウハウ
を利用するものである。このようなノウハウは,十分保護に値する。控訴
人は,技術講習を担当する者として,被控訴人のフランチャイズ契約にお
ける様々なノウハウを当然に知っていたものである。
ウ被控訴人が控訴人に債務不履行に基づく損害賠償として請求するロイヤ
ルティ相当額は,当審口頭弁論終結時までのもの及びこれに対する遅延損
害金である。
第3当裁判所の判断
1控訴人が競業避止義務を負うかどうかについて
(1)上記第2の2の争いのない事実等,証拠(甲11から13まで)及び弁
論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
ア被控訴人の就業規則32条は「従業員は,常に次の事項を守り服務に,
精励しなければならない」と定め,その4項として「会社の業務上の機。
密および会社の不利益となる事項をほかに洩らさないこと(退職後におい
ても同様である」を定めている。)
イ控訴人は,平成8年3月8日,被控訴人に対し「機密保持誓約書」を,
差し入れているが,同書面には「私は,在職中に知り得る機密事項を,,
会社外部の第三者に対しては勿論,上司の承諾を得ずに社内の他部門に対
しても,一切漏洩せず,またこれらの機密情報を個人的に利用しないこと
を遵守いたします」と記載され「機密事項」を「A①販売先,仕入先,。,
提携先,輸入先のデータや名簿,②商品の価格決定の根拠となる資料,③
,,取り扱い商品に関する開発経緯・調査分析のデータ・構造の仕様データ
④特許,特許出願中の案件についてのデータ,⑤取締役会,役員会,経営
会議等の重要会議の内容・議事録関連資料,⑥人事,労務,給与について
の会社データ並びに社員データ,⑦株式,財務,経理についての会社デー
タ並びに株主・役員データ,⑧訴訟関係の資料と内容,⑨その他,管理者
が機密事項と指定した事項「B①導入した独占権,代理店,ライセン」,
サーの権利・地位に関する事項,②導入,開発した商品・システム・組織
・技術等の内容とノウハウ,③貴社の技術導入,開発,提携の内容と相手
先の情報,④貴社のフランチャイジーが,その地位に在って初めて許容さ
れる事項」とした上「機密情報は,株式会社トータルサービスに帰属す,
るものであり,業務上いかに熟知しても私個人に帰属するものではないこ
。」,「,,とを確認致します在職中B①∼B④の事項を知り得る立場に在り
また技術,知識を習得できる職に在った場合は,貴社を退職した後も次の
。」,「)行為を行わないことを約束しますとしその行わない行為として4
貴社のフランチャイジー,代理店等として開業する場合を除き,同じ商
品を取り扱っている又は取り扱う予定がある事業を無断で自ら開業,設立
すること」を定めている。
ウ控訴人は,被控訴人を退職する際,平成15年8月24日付けで「TS
機密保持誓約書」を差し入れているが,同誓約書には,上記イの機密保持
誓約書と同じ内容が記載されている。
(2)被控訴人が控訴人に対してデントリペア事業及びインテリアリペア事業
の競業禁止を請求する法的な根拠は,上記(1)の就業規則並びに機密保持誓
約書及びTS機密保持誓約書(以下「各機密保持誓約書」と総称する)で。
あるから,被控訴人の請求が認められるかどうかは,控訴人が被控訴人を退
職後デントリペア事業及びインテリアリペア事業を行うことにより被控訴人
に在職中に知り得た機密事項を他に漏らし,又は個人的に利用したといえる
かどうかによるということができる。すなわち,本件では,控訴人が,フラ
ンチャイジー等でないのに,機密事項にわたる商品(役務)を取り扱う事業
を営んだか否かを検討すべきである。
,,,なお退職する従業員の職業選択の自由営業の自由の点をも斟酌すると
上記機密事項には,被控訴人以外の者からも容易に得られるような知識又は
情報は,これに含まれないと解するのが相当である。
(3)そこで,以下,上記(2)の点について判断する。
,(,,,,,ア上記争いのない事実等証拠甲222326の1232の3
乙2から6まで,13から16まで,17の1,2,18から30まで,
原審証人a,原審控訴人本人)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認
めることができる。
(ア)デントリペア事業に利用する技術(以下「デントリペア技術」とい
う)は,自動車外装の小さなへこみを車両外板の裏側から特殊な工具。
で押すことにより,ドア等のパネルを取り外したり,塗装をしたりせず
に短時間で修復するというものである。
デントリペア技術を我が国に最初に導入したのは,デント・ジャパン
(。),,社被控訴人とは何らの資本関係や提携関係もないであり同社は
デントリペア技術の講習を行う事業をしており,同講習の受講者がデン
トリペア技術を利用して事業を行う場合に加盟金やロイヤルティを徴収
してはいない。同社の事業は,新聞,テレビ,雑誌等にも紹介されてい
る。
デントリペア技術を用いた修理は,特殊な工具以外の器具や資材を一
切必要としないものであり,同工具は,インターネットを通じた通信販
売等によりだれでも容易に購入することができる。
被控訴人が事業に用いているデントリペア技術は,使用する工具の形
状が少し異なる点を除いては,上記のデント・ジャパン社が講習を行っ
ているデントリペア技術と同じものである。
ただし,デントリペア事業をフランチャイズ組織に編成したのは,被
控訴人が最初である。
日本国内には,被控訴人のフランチャイジー以外にもデントリペア事
業を行う事業者が多数存在するし,デント・ジャパン社以外にも,デン
トリペア技術の講習事業を行う事業者が存在する。
(イ)インテリアリペア事業に利用する技術(以下「インテリアリペア技
術」という)は,自動車の内装や家具の表面に付いた傷を,皮革や布。
の表面素材の取替えや張替えをせずに,充填剤で埋めた上に塗装をして
部分的な修復をするというものである。
ユニタス社(被控訴人とは何らの資本関係や提携関係もない)は,。
インテリアリペア技術の講習事業を行っている。
被控訴人が事業に用いているインテリアリペア技術とユニタス社のイ
ンテリアリペア技術とは,作業工程に大きな違いはないが,使用する充
填剤及び塗料の違いに応じた差異がある。
日本国内には,被控訴人のフランチャイジー以外にもインテリアリペ
ア事業を行う事業者(全国規模の加盟店網を有する事業者もある)が。
存在するし,ユニタス社以外にも,インテリアリペア技術の講習事業を
行う事業者が存在する。
(ウ)控訴人は,平成8年5月から平成14年11月まで被控訴人の事業
所においてデントリペア技術及びインテリアリペア技術の技術者として
勤務していたが,同年12月にビルの内外装のリフォームを担当する部
署に異動となり,退職届を出した平成15年8月まで,同部署で勤務を
した。
(エ)控訴人は,被控訴人を退職後,自らデントリペア事業及びインテリ
アリペア事業を行おうと考えたが,約1年間デントリペア技術及びイン
テリアリペア技術を使う部署から離れていたので,自分の技術が残って
いるかどうか自信が持てなかったことから,きちんと講習を受けてから
事業を開始するのが間違いないと思い,平成15年9月25日から同年
10月1日までデント・ジャパン社で講習を受け,その受講料として1
36万5000円(工具代を含む)を支払い,更に平成16年1月3。
1日までにユニタス社で5日間の講習を受け,その受講料として40数
万円を支払った。
(オ)控訴人は,現在,デントリペア事業及びインテリアリペア事業の両
方を行っているところ,インテリアリペア事業を行うのに必要な充填剤
及び塗料はユニタス社から購入している。
イ上記アの事実によれば,デントリペア技術もインテリアリペア技術も,
被控訴人のみが保持し,又は利用することができるような特殊な技術では
なく,これを習得しようとする者はだれでも,事業者が提供する講習を受
講して得ることのできる技術であるということができる。
デントリペア事業を行うためには,特殊な工具を使う必要があるが,こ
れはインターネットによる通信販売等によっても購入することができる。
また,インテリアリペア事業を行うために必要な充填剤や塗料は,ユニタ
ス社等から購入することができるものである。
そうすると,デントリペア技術及びインテリアリペア技術は,被控訴人
以外の者からも容易に得られるような知識又は情報にすぎないといえるか
ら,上記機密事項に該当しないというべきである。
ウもっとも,デントリペア事業及びインテリアリペア事業を成功させるに
は,技術者の技術力を高める必要があるが(これによって,同じへこみの
修理であっても修理所要時間が短くなるし,自動車内装や家具の修理では
仕上がり具合が違ってくる,技術力の向上は,数多くの修理を経験し,。)
訓練を積むことによって得るしかないのであり(原審証人a,原審控訴人
本人,被控訴人のみが技術力向上のための特殊なノウハウや方法を有し)
ているわけではない(そのような主張もされていない。被控訴人は,。)
控訴人に対してデントリペア技術及びインテリアリペア技術向上のために
米国出張を伴う研修をさせるなど,企業として費用をかけていることが認
められるが(原審証人a,原審控訴人本人,これは自らの事業を効率的)
に遂行するために従業員に対して研修を実施したものにすぎず,この研修
やその後の業務を通じて控訴人が技術力を高めたからといって,その技術
を上記機密事項に該当するととらえることはできないことが明らかである
(控訴人が研修等により得た技術力は,控訴人が身に付けたものであり,
その技術自体を機密事項に当たるなどと解してその利用を制約すること
は,職業選択の自由,営業の自由を正面から制限することになるものであ
って,到底採り得ないというべきである。。)
また,被控訴人は,デントリペア事業とインテリアリペア事業を複合さ
せたことが被控訴人独自の経営手法であり保護に値すると主張するが,こ
れらを組み合わせることが営業上有利であることはデントリペア技術とイ
ンテリアリペア技術の両方を持っている者であればだれでも容易に思い付
くことであり,その両事業を行うことが被控訴人の営業上の機密ないし機
密事項に当たるということはできない。
そうすると,就業規則及び各機密保持誓約書が控訴人との関係で公序良
俗に反し無効であるかどうかを判断するまでもなく,控訴人がデントリペ
ア事業及びインテリアリペア事業を行うことが就業規則及び各機密保持誓
約書に違反する競業行為であることを理由に,控訴人に対してデントリペ
ア事業及びインテリアリペア事業を行うことの差止め及び損害賠償を請求
することはできないというべきである。
(4)また,被控訴人は,控訴人が被控訴人のフランチャイザーとしてのノウ
ハウを使用しているとも主張するが,控訴人は,デントリペア事業及びイン
テリアリペア事業をフランチャイズ組織にして行っているわけではなく,そ
の他控訴人が被控訴人のフランチャイザーとしての何らかのノウハウを使用
して営業していることを認めるに足りる証拠もない。
さらに,控訴人が被控訴人の従業員であったときに得た顧客情報を利用し
て自己の事業を運営していることを認めるに足りる証拠もない。
なお,控訴人が被控訴人の顧客であるカーステーションを奪ったことを原
因とする不法行為に基づく損害賠償請求は,原判決において棄却されている
と解されるから,被控訴人からの附帯控訴がない当審においては,この点は
審理の対象にはならないというべきである。この点についての原判決の判示
が若干明確を欠くきらいがあるので,控訴人が被控訴人の顧客を奪ったとい
う不法行為の成否について念のために判断すると,控訴人は,自ら事業を開
始した後,顧客開拓をしているときに,仕事をもらえることを期待しつつ旧
知のカーステーションに挨拶に行ったことを契機に同社との取引が始まった
ものであって(甲17の1,乙2,原審控訴人本人,控訴人のカーステー)
ションとの取引の態様も特段不当なものであると認めるに足りる証拠もな
く,控訴人が被控訴人の顧客を奪う不法行為をしたと認めることができない
ことは明らかである。
2以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の控訴人
に対する請求はいずれも理由がないから,原判決中控訴人敗訴部分は,これを
取り消し,同部分につき被控訴人の請求をいずれも棄却すべきである。
よって,主文のとおり判決する。
東京高等裁判所第9民事部
裁判長裁判官大坪丘
裁判官宇田川基
裁判官尾島明

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