弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
特許庁が昭和四一年九月二七日同庁昭和四〇年抗告審判第一三三号事件についてし
た審決を取消す。
訴訟費用は被告、参加によつて生じた費用は補助参加人の各負担とする。
       事   実
第一 当事者の求めた裁判
 原告訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、被告指定代理人は「原告の請求
を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。
第二 請求の原因
原告訴訟代理人は本訴請求の原因して次のとおり述べた。
(特許庁における手続)
一 原告は、名称を「ダイヤモンドの製造法」とする発明につき、昭和三四年九月
九日特許出願をし、昭和三七年七月一六日出願公告されたが、同年九月一五日石塚
博から特許異議の申立があり、昭和四〇年五月一四日拒絶査定を受けたので、同年
八月二三日これに対する抗告審判を請求した(特許庁昭和四〇年抗告審判第一三三
号事件)ところ、特許庁は昭和四一年九月二七日右請求は成立たない旨の主文第一
項掲記の審決をし、その謄本は同年一一月五日原告に送達された(なお、出訴期間
は昭和四二年三月六日まで延長された。)。
(発明の要旨)
二 右発明の要旨は次のとおりであり、右審決もその理由においてこれを認めてい
る。
 炭素質物質を、鉄、コバルト、ニツケル、ロジウム、ルセニウム、パラジウム、
オスミウム、イリジウム、クロム、タンタル及びマンガンより成る一群の金属より
選択された少なくとも一つの触媒の存在下に、かつ、ダイヤモンド形成域中で少な
くとも約七五、〇〇〇気圧、約一、二〇〇~二、〇〇〇度Cの温度に曝し、生成さ
れるダイヤモンドを回収することを特徴とするダイヤモンド合成法。
(審決の理由)
三 右審決は次のように要約される理由を示している。
 一九五五年(昭和三〇年)七月九日発行「ネイチユアー」、第一七六巻第四四七
一号(以下、「第一引用例」という。五一頁ないし、五五頁参照)には、温度一〇
〇〇~三〇〇〇度K、圧力三〇、〇〇〇~一〇〇、〇〇〇kgm/Cm2の範囲で
黒鉛からダイヤモンドが生成されうること、また、原告(G・E社)の研究所がこ
の予想に基づく実験によつて人工的に合成したダイヤモンド結晶にその結晶成長の
際存在した無機灰分よりなる媒介物が含有されていることが記載され、次で、一九
五八年(昭和三三年)三月一五日発行「ネイチユアー」第一八一巻第四六一一号
(以下、「第二引用例」という。七五八頁ないし七五九頁参照)には、G・E社で
製造されたダイヤモンドに含有される灰分が、ニツケル、鉄、コバルト、クロム、
マンガン等を成分とするものであることが記載されているが、第一引用例に示され
ている温度及び圧力の範囲はそれぞれ本願方法において規定している温度及び圧力
の範囲に一致する部分があるから、第一引用例記載の技術内容は、ダイヤモンドの
結晶成長の際存在した媒介物である無機灰分が具体的にどのようなものであるのか
不明である点を除いて、本願方法と格別の差異がないものと認められる。そして、
第二引用例をみれば、G・E社で製造されたダイヤモンドに含まれる無機灰分はニ
ツケル、鉄、コバルト、クロム、マンガン等を成分とするものであることが判るか
ら、第一引用例における無機灰分もこれらの金属をその成分とするものであること
は容易に類推しうるところであるが、これらの金属は本願方法における触媒にほか
ならず、しかも、第一引用例の記載からみてダイヤモンドの結晶成長の際存在した
媒介物であることが首肯されるから、当然、本願方法における触媒と均等な作用効
果をもつものであると認められる。
 したがつて、本願方法は、第一及び第二引用例記載の技術内容に比し何ら格別の
ものがなく、これから当業者が容易に推考しうる程度のものと認めざるをえないか
ら、旧特許法(大正一〇年法律第九六号、以下同じ。)第一条の発明とは認められ
ない。
(審決の取消事由)
四 しかしながら、右審決は、各引用例の記載内容を誤認し、これがため、本願発
明をもつて各引用例から容易に推考することができるものと誤つて判断した点に違
法があるから、取消されるべきものである。その詳細は下記のとおりである。な
お、各引用例が本願出願当時公知であつたことは争わない。
(一) 第一引用例に審決認定の記載(ただし、ダイヤモンド生成の基材として
は、「炭素質物質」とあるだけで、「黒鉛」とされていない。)があるのは事実で
あるが、それは炭素質物質からダイヤモンドが生成されうるという予想とダイヤモ
ンドの合成が実現したという報告との域を出るものではなく、その合成方法の具体
的内容については全く触れるところがない。すなわち、その記載のうち、圧力、温
度の範囲に関する点は、G・E社の研究所がダイヤモンド合成について、研究を開
始したときの一般的な知見と予測を記述したものにすぎず、現実に成功したときの
圧力、温度を記述したものではない。そして、同引用例には製造されたダイヤモン
ドが成長媒体と同定される一四%の無機灰分を含有していると記載されているが、
成長媒体は、成長しつつある何かを取り巻くものを意味し、反応を早める作用をす
る触媒を含む可能性はあるが、それのみを意味するものではないから、右記載は触
媒について教示するものではない。また、同引用例にはダイヤモンドの合成に種と
してダイヤモンドを必要としない旨が記載されているが、これは他のいかなる種
(核)も必要としないとまでいつているのではない。更に、同引用例は、成功した
合成方法における炭素質物質の形態、時間的要素については何ら示すところがない
のである。
 次に、第二引用例に審決認定の記載(ただし、灰分の成分としてコバルトの記載
はない。)があるのは事実であるが、それは、G・E社が製造したダイヤモンドの
X線分析に関する報告にすぎず、ダイヤモンド合成における触媒その他の要件に関
しては何ら示すところがない。まして、第一引用例中、G・E社が合成したダイヤ
モンドは成長媒体と同定される一四%の無機灰分を含有しているとの前記記載か
ら、その合成を触媒法によるものと推測した場合でも、第二引用例にはG・E社の
合成したダイヤモンドに含まれる灰分が〇・二%のニツケル及びこれより少量の一
三種類の金属に分析されたと記載されているから、これらの灰分は全体としてせい
ぜい一ないし二%にすぎず、第一引用例における無機灰分の量と余りにも相違する
のみならず、第一引用例によればG・E社が成功したダイヤモンドの合成方法は触
媒方法のほか、いくつあるというにおいては、両引用例を結びつけて、その中から
金属触媒によつてダイヤモンドを合成する方法に関する技術的条件を演繹するのは
困難である。そして、元来、炭素質物質からダイヤモンドを合成するに要する圧
力、温度は、本願明細書からも明らかなように、異常に高いものであるとともに、
その合成方法との関係においてそれぞれ特定されなければならないのであつて、触
媒を用いる場合とこれを用いない場合とでは全く異なるのみならず、触媒の種類如
何によつても、差異があるものである。したがつて、果して触媒法によつてダイヤ
モンドの合成が可能か、否か、可能としても、触媒の種類及び圧力、温度をどうす
るか等については、当業者が各引用例からこれを読み取ること自体が難事であるう
え、従来、検討が待たれていた炭素質物質の形態、種(核)の要否、時間的要素等
の重要事項については、各引用例によつて解明されていないのである。事実、各引
用例の発行前はもとより、本願出願後の一九五九年一〇月その発明の実質的内容が
原告から公表されるまでの間、ダイヤモンドの合成に成功した者は一人としていな
かつた。
(二) これに対し、本願発明は、炭素質物質を所定の金属触媒の介在下に所定の
圧力、温度に曝してダイヤモンドを生成させて回収するというダイヤモンド合成法
であるが、前記のように各引用例から想到するのを難事とされた触媒の種類及び圧
力、温度の特定を行うとともに、炭素質物質の形態を特定する必要がないこと、種
(核)を要しないこと、時間も、無視しうる程、短かくてよいことを確定している
ものであるから、これをもつて、第一、第二引用例から容易に推考しうるものとす
ることはできない。
 被告は、本願出願当時、ダイヤモンド合成の問題点は、その方法自体にあつたの
ではなく、これが実施に必要な高温高圧装置を得ることにあつたのであつて、本願
発明は、原告が右装置を開発し、これにより実験を繰返えした結果にすぎないか
ら、各引用例から容易に推考しえないものということができない旨を主張するが、
本願出願時ダイヤモンドの合成が実現しなかつたのは、専らその方法自体が判らな
かつたことによるものである。というのは、本願出願前にも、テトラヒドテルアン
ビル、ブリツジマンアンビル、ガードル装置等、高温高圧装置が存在していたにか
かわらず、ダイヤモンドの合成は実現せず、一九五九年一〇月前記のように本願発
明の実質的内容が公表されると、多くの人が相次いでこれらの装置を使つて本願方
法によるダイヤモンド合成の追試に成功しているからである。すなわち、それまで
は、それらの人々は、自己の実施する方法自体の不備に気付かず、ただ自己の用い
た装置の能力が足りないと思つていたのである。また、本願発明は、高温高圧装置
を入手したからとて、これによつて容易に発明をすることができたものということ
もできない。なぜなら、本願発明は、その発明者において従前のダイヤモンド合成
に関する種々の研究発表を知得したうえ、なお一年数か月の研究実験を重ねただけ
では足りず、知らないで混入した不純物と予定外の圧力変化という偶然が加わるこ
とによつてようやく完成したものであるからである。なお、被告はスエーデンのア
セア社はこれよりさき既にダイヤモンドの合成に成功していた旨を主張し、一九五
五年五、六月号のアセアジヤーナル誌にはさような事実が記載されているが、同誌
は、もともと社内報にすぎず、審決において公知文献として引用されているわけで
もないのみならず、第一引用例頒布後、その合成方法自体については詳細な内容を
明らかにしないで発行されたものであつて、これに記載のダイヤモンド合成が真に
再現可能性のあるものであつたかどうかすら疑わしいから、本願発明の特許性の有
無に関しては考慮に値しない。
第三 答弁
被告指定代理人及び補助参加訴訟代理人は請求の原因について次のとおり述べた。
 原告主張事実中、本願発明につき、特許庁における審決成立までの手続、発明の
要旨及び審決の理由に関する事実は認めるが、右審決の認定、判断はすべて正当で
あつて、これに原告主張の違法はない。これを補説すると、
(一) 本願出願当時公知の第一引用例には、ダイヤモンドとグラフアイト(黒
鉛)の熱力学的安定に関する証拠から、ダイヤモンド生成に要する圧力、温度の想
定及びその実験により合成したダイヤモンドの含有成分に関する審決認定のような
記載のほか、ブリツジマンが右圧力、温度の範囲内でも比較的低温でダイヤモンド
合成の実験を行つたため、これに成功せず、より高温にする必要を理解したが、遂
に高温高圧下で操作のできる装置を開発することができなかつたこと、これに対
し、G・E社が新しい高温高圧装置を開発し、これによつてダイヤモンド製造に成
功したこと等の記載があるから、たとえ触媒について言及するところがなく、また
右装置の具体的構造が明らかにされていないとはいえ、一応ダイヤモンドの製造法
の記載があるといつても過言ではない。のみならず、本願出願当時公知の第二引用
例には、G・E社で製造されたダイヤモンドについて、合成の具体的方法こそ示さ
れていないが、その分析結果として、審決認定のような記載があるから、これを第
一引用例の記載と併せれば、第一引用例記載のダイヤモンド合成法は、ニツケル、
鉄、クロム、マンガン等の金属を成分とする無機灰分を成長媒体として添加するも
のであることが明らかであつて、本願方法を示唆するに十分である。しかも、第二
引用例には、ニツケルは、通常、天然のダイヤモンドに含まれないが、その格子定
数からみてダイヤモンドの結晶誘発体となる可能性が推定される旨の記載があるか
ら、ダイヤモンド合成におけるニツケルの触媒的作用を直接教示するところもある
のである。なお、合成ダイヤモンドに含有される触媒の量に関しては、第一引用例
の無機灰分が一四%、第二引用例の灰分がせいぜい一ないし二%であつて、両者に
相当の隔りがあるが、それは触媒の使用態様によるものであつて、異とするに足り
ず、むしろ、各引用例の合成ダイヤモンドがいずれもG・E社の製造したものであ
ることから、両引用例の記載を結びつけて、前記のように第一引用例のダイヤモン
ド合成法の技術的条件を演繹するのは当然である。
(二) 原告は、ダイヤモンド合成に必要な要件として検討を要した原料炭素の形
態、種(核)の要否、形態及び時間的要素等については、各引用例から想到するの
を難事とするところ、本願発明はこれを確定している旨を主張するが、これらの事
項は、各引用例においては全く実験者の作業条件の問題にすぎないのみならず、本
願発明の特許請求の範囲に記載されたものでもないのである。なお、本願出願当時
ダイヤモンド合成の原料炭素の形態としてはグラフアイトが適切であることが当業
者の常識であつた。原告は、また、本願発明が果したように、ダイヤモンドの合成
に要する異常に高い圧力、温度の数値と触媒の種類とを相関的に確定することは各
引用例から容易に推考しうるものでない旨を主張するが、本願発明が高温高圧装置
に関する発明であれば格別、さもない以上、右のような事項を本願発明の特徴とし
て誇示されるのは首肯し難い。
(三) およそ、高温高圧の付与によつて炭素(黒鉛)からダイヤモンドを製造す
る思想は各引用例領頒当時から既にダイヤモンドの製造における正攻法として確立
され、また、その際、鉄、ニツケル、コバルト等の炭素溶触物質を介在させれば、
より容易に反応が進行することもその当時明白にされていたところであるから、ダ
イヤモンドの人工製造に残された問題があるとすれば、それは信頼すべき高温高圧
装置の実現であつて、その余の事項は、すべて右装置を使用しての実験の反復によ
つて解決しうるものであつた。なお、アセアジヤーナル誌一九五五年五、六月号に
よれば、スエーデンのアセア社は一九五三年二月一五日黒鉛とダイヤモンドの熱力
学的平衡領域内で無色、かつ、かすかな緑色約四〇個のダイヤモンドの合成に成功
したことが報告されていて、これが本願発明と異なるところは、本願方法において
は鉄、ニツケル等の触媒が介在するのに対し、さような触媒又は鉱化物の存在に触
れていない点だけであるが、通常の炭素をダイヤモンドの形態に変えるため、炭素
の溶媒として、鉄、ニツケル、コバルト等を使用すべきことはモアツサンらが繰返
えし主張していた周知事項である。したがつて、本願発明は、周知の熱力学的安定
条件下で周知の触媒又は溶媒等、成長促進剤を用いるものというべく、
その方法自体に特許性を認めることはできない。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 前掲請求の原因事実中、本願発明につき、審決の成立にいたるまでの特許庁に
おける手続、発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、審決取消事由の存否について審究する。
 右本願発明の要旨に成立に争いのない甲第二号証(本願発明の特許公報)を併せ
考えれば、本願発明は、炭素質物質をダイヤモンド形成域内の高圧高温に曝してダ
イヤモンドを生成させる方法に関し、触媒の添加及びその種類並びに圧力、温度の
数値を出願明細書中、特許請求の範囲に規定したものであること、なお、同明細書
中、発明の詳細な説明には、その炭素質物質が石炭、コークス、木炭、グラフアイ
ト(黒鉛)のようなありふれた形のものでよいこと、これに所定の触媒さえ配合し
て(ということは他には何も添加しなくともよいことを意味する。)所定の圧力、
温度を加えればダイヤモンドが生成されること、その圧力と温度とは相互に調節す
る必要があること、その加圧、加熱に要する時間が大体三〇秒ないし三、四分であ
ること等の記載があることが認められる。
 一方、審決が本願発明の進歩性を否定するため引合に出した本願出願前公知の第
一、第二引用例に審決認定の記載(ただし、第一引用例においては、ダイヤモンド
生成の原料として「炭素質物質」とあるだけで、「黒鉛」とされていず、第二引用
例においては、灰分の成分として「コバルト」の記載がない。)があることは当事
者間に争いがなく、第一引用例の右記載に成立に争いのない甲第三号証(第一引用
例)を併せ考えれば、同引用例には、G・E社の職員たる【A】他三名による人工
ダイヤモンドに関する次の記述があること、すなわち、当時知られていた黒鉛とそ
の蒸気との境界を示す炭素状態図及び【B】教授の実験では三〇、〇〇〇kgm/
cm2の圧力、二、五〇〇度Kの温度がダイヤモンドと黒鉛との平衡線近くでなお
黒鉛の安定領域内にあること等のダイヤモンドとグラフアイトとの熱力学的安定に
関する既得の知識により、三〇、〇〇〇ないし一〇〇、〇〇〇kgm/cm2の圧
力の範囲内、一、〇〇〇ないし三、〇〇〇度Kのうち、ある温度で、ダイヤモンド
を形成しうると信じるようになつたが、少なくとも一〇〇、〇〇〇kgm/cm2
の圧力、二、三〇〇度K以上の温度で数時間の連続実験ができる圧力容器の開発に
成功したので、前記のように推定されたダイヤモンド安定条件のもとで、稜に沿つ
て一〇〇ミクロン以下から一ミリミクロン以上程度の大きさのダイヤモンドを製造
しうる方法をいくつか発見し、これらの方法をそれぞれ一〇〇回以上繰返えして実
施したところ、毎回、ダイヤモンドと同定する規格試験に合格する結晶が成長した
こと、その場合、ダイヤモンド種をあらかじめ導入する必要はなく、ダイヤモンド
安定条件に到達すれば、種(核)の発生と成長とが自然に豊富に生じること、ま
た、ダイヤモンド合成に成功したことの証明のため化学分析を行つた結果、作られ
た結晶は八六%の炭素と一四%の成長媒体と同定された無機灰分とに分析されたこ
とが記載されていることが認められ、また、第二引用例の前記記載に成立に争いの
ない甲第四号証(第二引用例)を併せ考えれば、同引用例には【C】他一名による
G・E社の研究所で作られたダイヤモンドの回折現象の説明及び化学成分の一般分
析の結果に関する次の記述があること、すなわち、右ダイヤモンドには、分光分析
の結果、〇・二%前後のニツケルが、これより少ない分量の他の元素(ケイ素、ア
ルミニウム、鉄、マンガン、マグネシウム、ナトリウム、カリウム、チタン、カル
シウム、クロム、銅、ホウ素)とともに存在すること、その衛星的構造において他
の回折線より高い二〇〇という強度は何かの不純物もしくは溶媒の添加によるもの
かもしれないこと、ニツケルは、通常、天然ダイヤモンドの不純物として現われな
いが、格子定数においてダイヤモンドと類似することからみて、ダイヤモンド形態
への炭素の結晶化の誘発体たる可能性があること、ただ、黒鉛(これを出発物質と
推定して)からダイヤモンドに転換する実際の機構については、依然として疑問が
残つていること等が記載されていることが認められる。
 してみると、第一引用例記載のG・E社によるダイヤモンドの合成方法は、炭素
質物質をダイヤモンド安定条件たる高圧高温に曝す方法である点は、その場合は、
成長媒体を用いるが、その他にはダイヤモンドの種のごときものを添加しない点に
おいて本願方法と一致し、これに用いて圧力、温度の領域も本願方法のそれと重り
合う部分があるとともに、これによる製品の分析結果に関する第二引用例の記載か
ら推量すると、その成長媒体として本願方法の触媒の一つたるニツケルを用いてい
る可能性があるということができる。
 しかしながら、前出甲第三号証によつても、第一引用例には、本願発明が出願明
細書中、特許請求の範囲において規定した触媒の種類及び圧力温度の数値並びに同
明細書中、発明の詳細な説明において開示した炭素質物質の形態、圧力と温度との
相互調節の必要、加圧加熱の所要時間等に関する記載がない。
 ところが、前出甲第三号証、成立に争いのない甲第五号証の一、二、第八号証並
びに証人【D】及び同【E】の各証言(ただし、【E】証言にいつては後記排斥に
かかる部分を除く。)によれば、ダイヤモンド合成については、早くから多くの人
によつて研究され、一九五五年七月九日の第一引用例発行当時においても既に、高
温高圧下に炭素質物質から直接ダイヤモンドを製造しようとする方法、その場合、
ダイヤモンドへの転換を早めるため鉄、ニツケル等の触媒ないし溶媒を用いようと
する方法等が一応考えられ、中でも、黒鉛(グラフアイト)とダイヤモンドの熱力
学的平衡曲線に基づくダイヤモンドの安定領域にある高温、高圧の下で、鉄、ニツ
ケル等の溶媒を用いてダイヤモンドを析出させる方法が天然ダイヤモンドの成因か
らみて有力なものの一つとされていたが、これらの方法においても、原料たる炭素
質物質の形態、種ないし核の要否、加熱加圧に要する時間等の事項がなお考慮さる
べき研究課題とされていたこと、しかるに、この点の研究が今ひとつ熟さなかつた
ため、一九五九年九月九日の本願出願時までには、右のような方法のいずれかによ
りダイヤモンドの合成に成功した者は第一引用例におけるG・E社のほかになかつ
たところ、本願出願の後になつて始めて本願方法の追試に成功する者が相次いで現
われたことが認められ、【E】証言中、右認定に牴触する供述部分は措信し難く、
また、前出甲第二号証及び丙第七号証の一、二並びに【D】証言によれば、ダイヤ
モンド合成においては、その原料たる炭素質物質の種類により、また触媒を用いる
場合には、その種類により、合成に要する圧力、温度を異にするものであることが
認められる。なお、成立に争いのない丙第一三号証の一、二及び【D】証言によれ
ば、スエーデンのアセア社は一九五三年ダイヤモンドの合成に成功した旨を本願出
願に先立つ一九五五年発行の社誌により発表したことが窺われるが、その合成方法
の詳細を開示した発表がなされたことを認めるに足りる証拠がないから、ここでは
考慮に入れない。
 そして、ダイヤモンド合成の技術分野における以上のような実情に本願明細書及
び第一、二引用例における前記のような記載を併せ考えると、本願明細書中、発明
の詳細な説明に記載された原料たる炭素質物質の形態、触媒以外の添加物の要否、
加圧加熱の所要時間に関する事項は本願発明の構成を規定するのに必要不可欠の基
礎的技術であつたこと、一方、第一引用例記載のG・E社によるダイヤモンドの合
成方法は、あるいは前記のように当時研究課題として残されていた右事項について
配慮が行届いた結果、その実験に成功したものとも推測されるが、第一引用例記載
の方法は、それ自体、再現可能な発明として技術的構成が完成しているか否かはと
もかく、少くとも右課題に対しては、何らの答えも開示していないから、当時の技
術水準に照して、特別のことがない限り、
その記載によつて(これを補足するのに第二引用例の記載を藉りても)当業技術者
が本願方法のようなダイヤモンドの合成方法を推考するのは容易なことではないと
考えるのが相当である。
 被告は、ダイヤモンド合成上、原料たる炭素質物質の形態、種ないし核の要否、
加熱加圧に要する時間等の事項は、第一引用例記載の方法においては全く実験者の
作業条件にすぎないのみならず、本願発明においても明細書中、特許請求の範囲に
も記載されていない旨を主張し、なるほど、右各事項は、いずれも、被告のいうと
おり本願発明においては、明細書の特許請求の範囲に記載がないから、その発明の
構成自体とはいえないけれども、さきに認定したように、これを規定する基礎的技
術として欠かせないものであつて、その実施上の単なる作業条件にすぎないもので
はない。
 また、被告は、本願出願当時、ダイヤモンド合成についての課題はただ実施に必
要な高温高圧装置の開発のみであり、本願発明は各引用例及び既得の知識によつて
示された技術的指針に基づき右装置による実験を繰返えして得られた結果にすぎな
い旨を主張し、【E】証言にもこれにそう供述があるが、成立に争いのない甲第
六、第七号証及び【D】証言によれば、ダイヤモンド合成に必要な高温、高圧装置
自体は右各引用例の発行当時から既に存在していたことが認められるから、右
【E】証言は措信し難く、被告の右主張は失当である。
 それなら、本件審決が本願発明をもつて第一、二引用例から容易に推考すること
ができるものとして、旧特許法第一条の発明に該らないと判断したのは誤りであつ
て、違法というべきである。
三 よつて、その違法を理由に本件審決の取消を求める原告の本訴請求を正当とし
て認容することとし、訴訟費用及び参加費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、
民事訴訟法第八九条、第九四条の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 駒田駿太郎 中川哲男 橋本攻)

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