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裁判例


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○ 主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
○ 事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 原告
1 平成五年七月一八日に行われた衆議院議員総選挙(以下本件選挙という。)に
おける神奈川県第一区の選挙を無効とする。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
主文同旨
第二 事案の概要
一 本件は、平成五年七月一八日に行われた第四〇回衆議院議員総選挙(本件選
挙)の議員定数配分規定が憲法に違反するものであるとして、神奈川県第一区の選
挙人である原告がその選挙区における選挙の無効の確認を求める訴訟である。
二 本件選挙は、公職選挙法の一部を改正する法律(平成四年法律第九七号。以下
平成四年改正法という。)により改正された公職選挙法(昭和二五年法律第一〇〇
号。以下公選法という。)の衆議院議員定数配分規定(同法一三条一項、同法別表
第一、同法附則七ないし一一項。以下本件議員定数配分規定という。)に基づいて
施行されたものである。
三 争点
本件議員定数配分規定は、投票価値の平等を要求している憲法一四条一項等に違反
するか。
この点に関する原告及び被告の主張の詳細は、別紙一及び二のとおりである。
第三 争点に対する判断
一 選挙権の平等と国会の裁量権
議員定数配分規定の違憲を理由とする選挙無効訴訟に関する当裁判所の基本的な考
え方は、すでに示されている最高裁判所の判例の趣旨と異ならない。その要旨は、
次のとおりである。
1 法の下の平等を保障した憲法一四条一項の規定は、国会の両議院の議員を選挙
する国民固有の権利につき、選挙人資格における差別の禁止にとどまらず、選挙権
の内容の平等、換言すれば、議員の選出における各選挙人の投票の有する影響力の
平等、すなわち投票価値の平等をも要求するものである。
2 憲法は、国会の両議院の議員を選挙する制度の仕組みの具体的決定を原則とし
て国会の裁量に委ねている(憲法四三、四四条)。したがって、投票価値の平等
は、憲法上、選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものではなく、原則
として、国会が正当に考慮することのできる他の政策的目的ないしは理由との関連
において調和的に実現されるべきものと解さねばならない。
3 衆議院議員の選挙制度として採用されている中選挙区単記投票制の下で選挙区
割及び議員定数の配分を決定するについては、選挙人数または人口と配分議員数と
の比率の平等が最も重要かつ基本的な基準であるべきであるが、それ以外にも、種
々の政策的技術的考慮要素があり、これらをどのように考慮して具体的決定に反映
させるかについては客観的基準が存在するものでもないから、議員定数配分規定の
合憲性は、結局は、国会が具体的に定めたところがその裁量権の合理的行使として
是認されるかどうかによって決定するほかない。
そして、このような見地に立って考えても、具体的に決定された選挙区割と議員定
数配分の下における選挙人の投票の有する価値に不平等が存在し、あるいはその後
の人口異動により右のような不平等が生じ、それが国会において通常考慮し得る諸
般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程度に達
しているときは、右のような不平等は、もはや国会の合理的裁量の限界を超えてい
るものと推定され、これを正当化すべき特別の理由が示されない限り、憲法違反と
判断されざるを得ないものというべきである。
もっとも、制定または改正の当時合憲であった議員定数配分規定の下における選挙
区間の議員一人当たりの選挙人数または人口の較差が、その後の人口の異動によっ
て拡大し、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至った場合には、そのことに
よって直ちに当該議員定数配分規定が憲法に違反するとすべきものではなく、憲法
上要求される合理的期間内の是正が行われないときに初めて右規定が憲法に違反す
るものというべきである。
二 本件議員定数配分規定の合憲性
1 本件議員定数配分規定の改正経過として、証拠(乙一ないし一〇)によれば、
次の事実を認めることができる。(一)昭和六一年法律第六七号の公選法の改正
(議員定数の配分につきいわゆる八増七減の措置をとったもの)により、昭和六〇
年の国勢調査人口による選挙区間の定数較差が最大一(長野県第三区)対二・九九
(神奈川県第四区)にとどめられたが、その後の人口異動により較差が拡大し、平
成二年の国勢調査人口によると、最大一(東京都第八区一対三・三八(千葉県第四
区)の較差が生じた。
(二) 右昭和六一年の法改正の際に、衆議院は、「選挙権の平等の確保は議会制
民主政治の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に
則り常に配慮されなければならない。今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされ
た現行規定を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人
口の公表をまって、速やかに抜本改正の検討を行うものとする。抜本改正に際して
は、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直しを行い、併せて
過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとする。」との決議
(以下定数是正に関する決議という。)を行った。
その後、議員定数の改正を含む選挙制度の改革について政府及び各党の検討が進め
られ、平成三年八月、政府は、第八次選挙制度審議会の答申に基づき、衆議院議員
の選挙制度をこれまでの中選挙区制からいわゆる小選挙区比例代表並立制に改める
ことなどを内容とする公選法の改正案を政治改革関連三法案のひとつとして第一二
一国会に提出した。この改正案では、新制度により定める選挙区間の議員の定数較
差をおおむね二倍以下とするものとされていた。この国会には、日本社会党からも
中選挙区制の下で定数較差を一・五六倍とする公選法改正案等が提出された。しか
し、選挙制度の抜本改正等をめぐる各党間の対立は深刻であり、これらの法案は、
平成三年一〇月四日、第一二一国会の閉会をもっていずれも審議未了・廃案となっ
た。そこで、同日、各党の合意により、選挙制度等を含む政治改革の課題となるべ
き事項を検討し、その実現方策を見いだすことを目的として「政治改革協議会」が
設置された。それ以来、この政治改革協議会及び同実務者協議会において広く政治
改革全般にわたり協議が続けられ、相当数の項目については取りまとめが行われた
が、選挙制度の抜本改正については協議がまとまらず、この間に、前記のように拡
大した定数較差の現状を暫定的に是正するための措置として自由民主党から提示さ
れたいわゆる九増一〇減案も合意事項とはならなかった。しかし、右九増一〇減案
の審議入りをすることは了承され、自由民主党の提案として国会に提出されること
になった。そして、平成四年一一月二七日、第一二五臨時国会において右九増一〇
減等を内容とする公選法改正案が自由民主党から衆議院に提出され、平成四年改正
法として成立し、同年一二月一六日公布された。右改正法を可決する際、衆議院の
公選法改正に関する調査特別委員会において、「今回の公選法の改正は、違憲状態
ともいうべき衆議院議員の定数に関する現行規定を早急に改正するための暫定措置
であり、引き続き抜本的な政治改革に取り組み、その速やかな実現に努める。」旨
の決議が行われた。
(三) 平成四年改正法の改正の趣旨は、前記のとおり最大一対三・三八にまで拡
大した較差の現状と過去の最高裁判所の判例等に照らすと、この較差をそのまま放
置しておくことは許されないとの認識の下に、当面の暫定措置として、議員一人当
たりの人口の較差が特に著しい選挙区について、定数の増員、減員及び選挙区の区
域の変更により是正を行おうとするものであり、その内容は、当分の間、議員定数
について、議員一人当たり人口の多い選挙区から順に九選挙区(埼玉県第一区、第
二区及び第五区、千葉県第四区、神奈川県第三区及び第四区、大阪府第五区、広島
県第一区並びに福岡県第一区)において議員定数をそれぞれ一人増員し、議員一人
当たり人口の少ない選挙区から順に一〇選挙区(岩手県第二区、宮城県第二区、東
京都第八区、長野県第三区、三重県第二区、和歌山県第二区、熊本県第二区、大分
県第二区、宮崎県第二区及び鹿児島県奄美群島区)において議員定数をそれぞれ一
人減員し(いわゆる九増一〇減)、従来奄美群島区に属していた鹿児島県名瀬市及
び大島郡は当分の間鹿児島県第一区に属することとし、これにより、衆議院議員の
総定数は、当分の間一人減員して五一一人とするというものであった。
この改正の結果、平成二年の国勢調査の人口(確定値)に基づく選挙区別議員一人
当たりの人口の較差は最大一(愛媛県第三区)対二・七七(東京都第一一区)とな
った。なお、平成二年国勢調査の人口(確定値)による衆議院の各選挙区別の人
口、定数、議員一人当たりの人口の状況は、別表記載のとおりであった。
(四) その後人口の異動により、平成五年七月の本件選挙当時においては、選挙
区別議員一人当たりの選挙人数の較差は、最大一(愛媛県第三区)対二・八二(東
京都第七区)であった。
2 ところで、最高裁判所の昭和五八年一一月七日大法廷判決(民集三七巻九号一
二四三頁)及び昭和六〇年七月一七日大法廷判決(民集三九巻五号一一〇〇頁)
は、昭和五〇年改正法によって、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基
づく選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差が従前の一対四・八三から一対
二・九二に減少したこと等を理由として、昭和五一年大法廷判決が違憲と判断した
右改正前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右法改正によ
り一応解消されたものと評価し得る旨判示している。同判決は、右改正の目的が専
ら較差の是正を図ることにあったことからすると、改正後の較差に示される投票価
値の不平等は国会の合理的裁量の限界を超えるものと推定すべき程度に達している
とはいえないこと、国会が直近の国勢調査の結果に基づいて右改正を行ったもので
あることなどを挙げて、従前の違憲状態が一応解消されたと評価したものである。
また、最高裁判所の平成五年一月二〇日大法廷判決(民集四七巻一号六七頁)も、
昭和六一年改正法によって、昭和六〇年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく
選挙区間の議員一人当たりの人口の最大較差が従前の一対五・一二から一対二・九
九に減少したこと等を理由として、昭和六〇年大法廷判決が違憲と判断した右改正
前の議員定数配分規定の下における投票価値の不平等状態は、右法改正により解消
されたものと評価することができる旨判示している。
これらの大法廷判決に示された趣旨に従うと、平成四年の法改正は、専ら違憲状態
ともいうべき較差の現状を是正することを目的とした当面の暫定措置として、直近
に実施された国勢調査の結果に基づいて行われたものであり、右改正法の下で生じ
ている投票価値の不平等の程度も、大法廷判決により違憲状態が一応解消されたと
認められた較差値を下まわることになるので、本件議員定数配分規定は、立法の当
時もまた本件選挙の当時も憲法に反するものとはいえないと判断される。
原告は、前記の定数是正に関する決議によれば、国会は、暫定措置による定数是正
を昭和六一年の改正限りとし、抜本改正を選挙権の平等確保と憲法の精神に則って
検討することを国民に公約し、国会の立法裁量権を自ら覊束したものであるから、
その後抜本改正のための十分な考慮期間を経た平成四年に至り、再び九増一〇減と
いう暫定措置を行い、しかも最大二・七七倍もの定数較差を残したことは、国会の
立法裁量の著しい逸脱であり、これによる選挙権の不平等は、「国会が通常考慮し
得る諸般の要素を斟酌してもなお、一般に合理性を有するものとは考えられない程
度」に達したものというべきであると主張する。右定数是正に関する決議は、衆議
院が立法府としての立場で自らの適切妥当な立法権の行使についての決意を表明し
たものとして重い政治的意味を有する。しかし、前記1(二)で認定した平成四年
改正までの経過と、議員定数の配分が複雑多様な考慮要素と影響をもつという事柄
の性質に照らして考えると、昭和六一年の改正から平成四年改正に至るまでの間の
国会の対応が、先の定数是正に関する決議を無視して抜本改正の検討を怠りこれを
放置してきたとまで断じるのは、当を得ないというべきである。そして、右の事情
の下では、国会が今後さらに抜本改正のための検討を続けることを前提として、当
面違憲状態とされるまでに拡大した較差の現状を是正するための暫定措置を講じる
こととしたことをもって、立法裁量権の行使として是認する余地のない不合理なも
のであるということはできない。
3 議員定数の配分において投票価値の平等が確保されていることは、代議制民主
主義の下における国家意思形成の正当性を基礎づける中心的な要素をなすものであ
り、国家統治の基本にかかわるのに対して、議員定数の配分において考慮される他
の要素は、その性質上このような国家意思の正当性とは直接かかわりのないその時
々の社会経済情勢や政治情勢によるのである。したがって、憲法上国家意思形成の
中心機関とされる衆議院について、これを構成する議員の選挙の定数を配分するに
当たっては、投票価値の平等は、他の考慮要素とは異なる本質的な重要性を有する
のであって、議員定数について、他の要素に重点をおいた配分を行い、投票価値の
平等につき他の要素と同列または第二次的な考慮をしたにとどまるときは、その配
分は、憲法一四条の定める法の下の平等の原則に反するばかりでなく、憲法前文及
び四三条一項等の定める国家統治の基本にもとるものとして、違憲の評価を免れな
いものである。
このような観点からすると、衆議院議員の定数を、人口以外の他の要素をも考慮し
て配分するとしても、選挙権として一人に二人分以上のものが与えられることがな
いという基本的な平等原則をできる限り遵守すべきものであって、このことは、議
員定数の配分をめぐる世論の等しく指摘するところであるばかりでなく、これまで
の公選法の議員定数の改正をいずれも緊急措置あるいは当分の間の暫定措置である
として、その抜本改正を必要としてきた国会自身の認識でもあったといえる。
このような議員定数の配分の本来のあり方及びこの問題が取り上げられるようにな
ってからすでに相当の期間を経ようとしている現状を考慮すると、当裁判所として
は、最高裁判所がこの問題について前記のような判断を従前示していたことからし
て、国会がこれを参考にして前記1(二)のような経過の下で暫定的に立法した本
件議員定数配分規定を直ちに違憲とすることは相当とはいえないものの、今後速や
かに実現すべき選挙制度の抜本改正における定数配分についても、これまでのよう
な基準で違憲判断をするのが相当であるとはいえず、基本的には前記のような世論
及び国会自身の認識に即した基準によるべきものと考える。
三 結論
以上のとおりであって、従前の経緯に鑑み本件議員定数配分規定を憲法に違反する
というべきものでないから、本件議員定数配分規定の下において施行された本件選
挙について、これを違憲、無効であるとすることはできない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり
判決する。
(裁判官 佐藤 繁 淺生重機 杉山正士)
別紙一 原告の主張
原告は、これまでの最高裁判所及び関連高等裁判所における国会の立法裁量権に関
する判示に鑑み、これに関する見解を明らかにする。
はじめに
一、国会の立法裁量権を考慮するとき、最も重要なことは衆議院における昭和六一
年五月二一日の衆議院本会議における衆議院議員定数に関する決議である。この決
議(以下、単に国会決議、または本件国会決議という)は、次のとおりである。
選挙権の平等の確保は議会制民主主義の基本であり、選挙区別議員定数の適正な配
分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければならない。
今回の衆議院議員の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための暫
定措置であり、昭和六十年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかに抜本改正
の検討を行うものとする。
抜本改正に際しては、二人区・六人区の解消並びに議員総定数及び選挙区画の見直
しを行い、併せて過疎・過密等地域の実情に配慮した定数の配分を期するものとす
る。
右決議する。
二、この国会決議は、八つの投票価値過小選挙区の定員を各一人増やし、七つの投
票価値過大選挙区の定員を各一人減らすといういわゆる「八増七減」の改正法の成
立に伴うものであって、この国会決議は、このような投票価値過小の程度の大きな
選挙区の定数を順繰りに増やし、投票価値過大の程度の大きな選挙区の定数を順繰
りに減員する手法では、人口の多い選挙区が人口の少ない選挙区より定数配分が過
小となるという逆転現象を改めることもできず、憲法の要請する選挙権の平等を真
に実現できないことから、この昭和六一年改正法による「八増七減」の手法はこの
時限りとして必ず抜本改正をすることを、国会として国民に公約したものである。
国会決議が、「今回の定数是正は、違憲とされた現行規定を早急に改正するための
暫定措置であり、昭和六十年国勢調査の確定人口の公表をまって、速やかに抜本改
正の検討を行うものとする」と述べているのは、この趣旨である。
そして、それから六年六か月の後に本件選挙の根拠となった公職選挙法の平成四年
改正法(以下、単に平成四年改正法、または本件平成四年改正法という)が成立し
たのである。
三、したがって、国会の立法裁量権との関係で、平成四年改正法と国会決議につい
て、次の諸点が問題となると考える。
第一に、本件平成四年改正法(九増一〇減の手法を採った)との関連で国会の立法
裁量権を問題にするとき、この国会決議が本件平成四年改正法の違憲性を吟味する
上でいかなる法的意義を持つかが検討されなければならない。
第二に、この国会決議にもかかわらず本件平成四年改正法が九増一〇減の手法を採
ったことが立法裁量として許容できるかを、国会の立法行為の事実関係から論及し
なければならない。
第三に、本件平成四年改正法までの国会の考慮期間の問題も検討しなければならな
い。
第四に、最高裁判所の格差三倍未満を「合憲」とする判断と国会の立法行為上の判
断との関係も検討されるべきである。
第五に、国会の立法裁量行為によって、国民の平等権の侵害が許容されるべきもの
か、の検討も重要である。
以下、これらの諸点についての原告の見解を明らかにする。
第一、本件平成四年改正法と国会決議について
一、国会の立法裁量権の範囲は、憲法と法律及び国会自らが決定(決議)した規範
に拘束されるものであって、全くの自由裁量に委ねられるものではないと云うべき
である。そして、国会自らが決定(決議)した規範の効果は、法的なものであると
政治的なものであるとを問わないと云うべきである。何故ならば、国会は憲法上、
政治的にも国権の最高機関として位置付けられている(憲法四〇条)ことから、そ
の自ら為した意思決定(決議)は最も重く自らをも覊束するものと考えるべきだか
らである。
そして、国会の意思決定(決議)は、その内容において国会自らの国民に対する公
約の性質を持つものであり、国民個々人に作為、不作為の請求権を認めたものでは
ないとしてもこれら作為、不作為の義務を負担する内容を持っていると解される場
合には、この義務と抵触する立法行為は立法裁量権の範囲を逸脱したものと云うべ
きである。
国会の決議による国民に対する「公約」とは、このような国民に対する作為、不作
為の義務負担行為と解釈されなければならない。このことは、国民主権主義と議会
制民主主義の当然の帰結と考えられるものである。
二、本件国会決議は、上記の内容に省みて、衆議院が国民に対し、昭和六一年改正
法の八増七減のような手法は暫定措置であって今後はこのような手法を行わないこ
と、昭和六〇年国勢調査の公表された確定人口にもとづき衆議院議員選挙における
定数配分の抜本改正を選挙権の平等の確保と憲法の精神に則り検討を行う旨の不作
為、作為の義務を自ら負担したものであることは明らかである。
そして、国会決議の内容は、国会の立法裁量行為を覊束するものである。
三、ところで、平成四年改正法は、昭和六一年改正法によっても最大格差が三・三
八倍になっている状態を緩和して最大格差二・七七倍にするために九増一〇減とい
う議員一人当たり人口の最も多い選挙区から順次九選挙区について議員定員を各一
人増員し、議員一人当り人口の最も少ない選挙区から順次一〇選挙区の議員定数を
各一人減員し(その結果、.定数〇人となる奄美群島選挙区を鹿児島県第一区に編
入した)、総定数も五一一人と一人減員した。
これは、明らかに本件国会決議の内容に反するものである。
何故ならば、第一に平成四年改正法は、本件国会決議が「暫定措置」として今後は
このような手法は採らないと云ったところの昭和六一年改正法の八増七減と同一の
手法を採って九増一〇減としたからである。第二に、本件国会決議がその冒頭にお
いて述べている「選挙権の平等の確保は議会制民主主義政治の基本であり、選挙区
別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に考慮されなければなら
ない」ことに反して、最大格差を二・七七倍としたからである。
本件国会決議の当時、国会においても憲法の精神に則った選挙権の平等とは投票価
値の格差が最大二倍未満であることのコンセンサスは存在していて、各政党とも議
員定数配分の抜本改正においては最大格差を最大二倍未満とすることを前提として
いた。本件国会決議が昭和六一年改正法が八増七減によって最大格差を二・九九倍
としたことを「暫定措置」と認めているのも、その当時、衆議院議員選挙の時期が
迫っているのに最大格差が五・一二倍(兵庫五区と千葉四区)となっていたために
これによる違憲・違法な選挙を回避する一種の緊急避難的な措置であったからであ
る。
ところが、平成四年改正法は、「選挙権の平等の確保」と「憲法の精神に則」った
投票価値の最大格差を二倍未満とすべきとする本件国会決議に反して最大格差を
二・七七倍としたのである。
四、本件国会決議に違反するこれらの諸点は、国会が自ら決議して自らを覊束した
立法裁量権の範囲の著しい逸脱であって、平成四年改正法は「国会が通常考慮し得
る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般に合理性を有するものとは考えられな
い程度に達した」瑕疵を有する法律であり、国会の裁量権の限界を超えているもの
と云うべきである。
第二、本件国会決議成立以降の定数是正をめぐる国会の動向と九増一〇減の手法の
立法裁量の許容性
一、平成四年改正法の九増一〇減の手法が本件国会決議に反するものであることは
上述のとおりであるが、このような手法を採ることが国会においてやむを得ない状
況にあったか、どうかを、以下に検討する。
二、本件国会決議の成立以降平成三年までのほぼ五か年間、国会は本件国会決議に
もとづく議員定数配分の抜本改正に具体的な着手をすることはなかった。かえっ
て、この間に未公開株式を政治家や高級官僚に譲渡した贈収賄事件であるリクルー
ト事件や北海道開発庁長官となった政治家にかかる贈収賄事件その他の不祥事件が
続発し、国民の政治に対する信頼は大きく揺らぐ事態となったことは公知の事実で
ある。そのために、平成三年になって、与党である自由民主党はこのような政治的
不祥事件の続発する原因が現行中選挙区制にあると主張して、政府案として第一二
一国会に中選挙区制を前提とした選挙制度の抜本改正をする旨を明らかにした本件
国会決議の内容とはまったく異質の一人一区の小選挙区制を柱とする公職選挙法改
正案を政治資金規制法改正案等とともに提出した。
野党側は、この小選挙区制の公職選挙法改正案が本件国会決議の実行ではなく、こ
れとは著しく質を異にするものであり、多数党が四割の得票で八割以上の議席を独
占するという議会制民主主義を実質的に否定するものだと批判して、社会党は中選
挙区制による格差一・五六倍とする議員定数配分案(選挙区割りも含む)を提案
し、日本共産党も中選挙区制の下での同旨の改正案を公表するなど、この時期にな
って国会は小選挙区制を主張する与党と本件国会決議にもとづく中選挙区制による
定数是正を主張する野党側との確執応酬となったのである。
そして、政治的不祥事件の発生する原因は中選挙区制にあるのではなくて企業団体
による政治献金にあるとの意見が有力となり、政府案の小選挙区制案は、野党と国
民世論の反対によって廃案となった。
三、このような平成三年までの国会の経過を省みると、本件国会決議の成立後五年
間は国会が自ら議決した本件国会決議にもとづいて議員定数配分の抜本改正に真剣
に取り組んできたとは云い得ないことが明らかである。
本件国会決議は、政府与党の自民党をはじめ野党側の多数も賛成して議決されたも
のであり、与党の自民党も定数格差二倍未満とすることには賛成してきた経緯(前
記小選挙区制案でも格差二倍未満としていた)を考慮すると、国会が自ら議決した
本件国会決議の持つ重さ(国会が国権の最高機関であることに由来する)を自覚し
ていたならば、平成三年の第一二一国会における公職選挙法改正案は本件国会決議
にもとづいた現行中選挙区制における議員定数配分の抜本改正となった筈である。
それを、国会は自らの決議を反故にして、その誠実な履行と現実の努力を為さなか
ったと云うべきである。
四、かくして、政府案の第一二一国会における小選挙区制案とそれをめぐる国会の
動向は、特に国会自身がこれを廃案とした事実に鑑みると国会がこれを定数配分の
抜本改正とは認めなかったと解されるのであって、本件国会決議にもとづく国会の
抜本改正の努力とは到底評価することはできないのである。
第三、本件平成四年改正法と国会の考慮期間について
一、既に、前記第二で指摘したように、昭和六一年改正法と本件国会決議以降平成
三年第一二一国会までの約五年間にわたっては本件国会決議に基く抜本改正の努力
の形跡はまったくなかった。
そして、平成三年第一二一国会に政府案として提出された小選挙区制案は本件国会
決議の内容とはまったく異質のものであり、国会において議論の末これが廃案とな
ったのであるから、平成四年改正法まで国会は本件国会決議にもとづく抜本改正の
努力を何一つして来なかったと云うべきである。
二、平成三年第一二一国会以降各党代表による政治改革協議会が設立されて定数抜
本是正についても漸く国会において議論の場が作られたが、実際にはこの政治改革
協議会では本件国会決議の云うところの定数配分抜本改正の議論は無視されて選挙
制度を含む政治全体の改革をめぐる議論となった。特に、その議論の焦点は、現行
中選挙区制はカネがかかり、族議員を生み出し、利権を求めて汚職腐敗を生み出す
から小選挙区制の導入こそ「政治改革」の柱だと主張する与党自民党を中心とする
勢力と、小選挙区制は国民の政治意思を国会に公正に反映せず、現行中選挙区制の
もとで本件国会決議にもとづく定数の抜本改正をこそ進めるべきであり、また汚職
腐敗の原因は企業団体による政治献金にあるからこれを禁止・強制強化をすべきで
あると主張する野党勢力との間で厳しい対決がつづいた。
こうした議論が約一年あまりも繰り返されて、結局は本件国会決議による定数配分
の抜本改正は何ら着手もされなかったのである。
こうした中で政局も流動的となって衆議院の解散も政治日程にのぼるようになり、
昭和六一年改正法の状態では最大格差三・三八倍という事態となったために、また
しても「緊急是正」を理由に最大格差二・七七倍とする平成四年改正法案が与党自
民党の議員提案として上程されたのであった。
三、したがって、国会の考慮期間を問題とするならば、昭和六一年改正法以降平成
四年改正法まで六年六ヵ月余りの間が存在するが、国会にとって考慮に十二分なこ
の期間、国会は国民に公約した本件国会決議にもとづく選挙権の平等を前提とした
議員定数配分の抜本是正の実行の一致した努力をまったくせずに、本件国会決議を
無視した与党自民党の小選挙区制導入を柱とした「政治改革」案とこれに反対する
野党との対決のままで推移したと認められるのである。
しかも、本件国会決議が昭和六一年改正法を「違憲とされた現行規定(昭和五〇年
改正法)を早急に改正するための暫定措置であり、昭和六〇年国勢調査の確定人口
の公表をまって、速やかにその抜本改正をする」としたことに反して再度「抜本改
正」には程遠い「緊急是正」を立法理由として平成四年改正法を持ち出してきたこ
と自体、国会が考慮期間を無為に過ごしてきたことの証明である。
第四、最高裁判所の最大格差三倍未満の合憲判断と本件国会決議、国会の立法裁量

一、最高裁の最大格差三倍未満を合憲とする判断は、選挙権の平等を実質的には否
定するものであり、憲法一四条一項の解釈の誤りであると云うべきである。
二、選挙権の平等は議員一人を当選させる力(投票価値)の平等を意味するもので
あるから、投票価値の格差は最大二倍未満でなければならないことは云うまでもな
い。
三、本件国会決議が、選挙権の平等は議会制民主政治の基本であり、選挙区別議員
定数の適正な配分については憲法の精神に則り常に配慮されなければならないと定
め、昭和六〇年国勢調査の確定人口の公表値で抜本改正をするとしたのは、投票価
値の平等、即ち最大格差を二倍未満とすることを宣言したものであると解すべきで
ある。このことは、上記平成三年第一二一国会やその後の政治改革協議会における
与野党各党代表者も等しく最大格差二倍未満とすることを前提に議論してきた経緯
に照らしても明らかである。
四、このように、国会が既に格差最大二倍未満を国会のコンセンサスとしているの
であるから、最高裁の最大格差三倍未満を合憲とする判断は国会によっても否定さ
れていると認められるのである。
そして、国会が最大格差二倍未満とする本件国会決議に覊束されるのであるから、
国会の定数是正の立法行為もまた最大格差二倍未満とすることことに拘束されてい
ると解される。
国会の中では、与党自民党が平成四年改正法案の提案に際し、この最高裁判断を援
用して最大格差二・七七倍を合理化していて、それはこの法案が「暫定措置」であ
ることからやむを得ないとの趣旨であることが伺われる。
しかしながら、「暫定措置」であるならば最大格差二倍未満を超えてもよいという
国民が首肯できる合理的な理由は何ら存在しないのであるから、このような与党自
民党の主張はまったく成り立つ余地はないのである。
五、したがって、平成四年改正法が最大格差二・七七倍としたことは憲法一四条一
項に違反することはもちろん、本件国会決議にも、国会の全体的コンセンサスにも
違背するものである。
第五、国会の立法裁量権と国民の平等権
一、冒頭で述べたとおり、国会の立法裁量権は憲法、法律そして国会の自らの諸議
決(決議)に拘束されると云うべきである。
したがって、国会は、国民の平等権を侵害してはならないことは当然のことであ
る。
二、本件国会決議が、「選挙権の平等の確保は議会制民主政治の基本であり、選挙
区別議員定数の適正な配分については、憲法の精神に則り常に配慮されなければな
らない」と述べているのは、この趣旨を汲んだものと解される。しかも、国民の平
等権は、単に議会制民主主義の基本にとどまらず天賦の人権として人間としての存
在の基本そのものをなすものであって、国はすべての国民を平等に取り扱う義務を
負うものであるから、国会の立法裁量権をもって天賦の人権である平等権を侵害す
ることができないことは論をまつまでもないところである。
三、選挙権の平等とは、国民が如何なる居住地に居住しようと議員一人を当選させ
る力(投票価値)の等しい取り扱いをされることをも内容とするものであることは
最高裁も既に認めるところである。
したがって、投票価値の最大格差二倍未満を合理的理由なく超えた議員定数配分は
選挙権の平等を侵害しているものである。
四、本件平成四年改正法はこの最大格差を二・七七倍としたが、この差別的取り扱
いの合理的根拠はまったく存在しない。
本件平成四年改正法の第一二五回国会における衆議院公職選挙法改正に関する調査
特別委員会における提案者A議員および同国会参議院選挙制度にかんする特別委員
会における提案者B衆議院議員の各提案理由の説明によっても、この国民の選挙権
の差別的取り扱いを認めなければならないとする合理的理由を伺い知ることすらで
きない(甲第一号証の一、二及び甲第二号証、右各委員会会議録参照)。
五、このように、国会の立法裁量権と雖も国民に対し合理的な理由のない差別取り
扱いをすることは憲法一四条一項をはじめとする憲法が保障する平等権を侵害する
ものであり、特に選挙権の平等をそこなうことは議会制民主主義を国会の議員構成
という土台からゆがめて国民の政治的意思を国会に公正に反映しないというわが国
政治機構に重大な否定的結果を与えることとなって、憲法違反を免れることはでき
ないと云うべきである。
以上
別紙二 被告の主張
第一 はじめに
本準備書面において、被告は、平成四年法律第九七号(以下「平成四年改正法」と
いう。)による改正後の公職選挙法(以下「公選法」という。)一三条、別表第
一、平成四年改正法附則二項及び七項ないし九項に定められた議員定数配分規定
(以下「本件議員定数配分規定」という。)が何ら憲法に違反するものでないか
ら、これに基づき平成五年七月一八日に施行された衆議院議員総選挙(以下「本件
選挙」という。)が無効とされる余地のないことについて主張する。
第二 議員定数配分に際しての国会の裁量性
一 憲法上保障される選挙権の平等
憲法一四条一項、一五条一項、三項及び四四条ただし書の各規定からすると、憲法
が選挙権の平等を保障していることは明らかであり、この点は最高裁判所の各判決
(最高裁昭和五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三ページ(以下
「五一年大法廷判決」という。)、同昭和五八年一一月七日大法廷判決・民集三七
巻九号一二四三ページ(以下「五八年大法廷判決」という。)、同昭和六〇年七月
一七日大法廷判決・民集三九巻五号一一〇〇ページ(以下「六〇年大法廷判決」と
いう。)、同昭和六三年一〇月二一日第二小法廷判決・民集四二巻八号六四四ペー
ジ(以下「六三年第二小法廷判決」という。)、同平成五年一月二〇日大法廷判
決・判例時報一四四四号二三ページ(以下「平成五年大法廷判決」という。))に
よれば、各選挙人の投票価値の平等もまた憲法の要求するところであると解されて
いる。
しかしながら、このことは、憲法上、異なる選挙区間における投票価値が形式的な
平等を欠く状態となれば、直ちに違憲として許容されないということを意味するも
のではなく、議員定数配分規定が国会の裁量権の合理的な行使として是認し得るも
のであれば、憲法の許容するものとして、合憲と評価されるべきであることは当然
である。
以下この関係をふえんする。
二 衆議院議員の選挙における選挙区割と議員定数配分に関する国会の裁量につい

1 議会制民主主義の下においては、選挙によって選ばれた代表を通じて国民の利
害や意見が国政の運営に反映されるのであり、選挙制度上、一方においては、国民
の多様な利害や意見を公正かつ効果的に国政に反映させることが要請されるが、反
面、政治の安定という要請もあることから、国民の代表たる議員の定数配分の決定
は、単なる数字上の操作だけでは解決できない高度の政治的、技術的要素を多く含
むこととなる。したがって、議会制民主主義の下における選挙制度は、相互に矛盾
する特質を持つ右のような要請を考慮しながら、究極において国民にとっての総合
的な利益を実現するべく、それぞれの国において、その国の事情に即して具体的に
決定されるべきである。そして、国民代表の的確な選任という要請を満たす選挙制
度の設定は、現代のような多元的社会においては、国民の政治的意思が、様々な思
想的・世界観的対立、多種多様の利益集団の対立、都市部対農村部の対立等を通じ
て複雑かつ多様な形で現れるため、極めて多種多方面にわたる配慮を必要とするの
である。さらに、政党政治の発達に伴い、政党が現実に果たしていると評される国
民意思の媒介等の機能も国民代表の観念を考える場合には無視し難い状況にあるも
のといえる。他方、対外的には世界情勢の流動化や複雑化、国内的には福祉国家体
制の進展に伴い、国家の社会、経済の各分野への積極的関与の度合いが高まり、政
治の効率的な運営のために政局の安定も強く要請されている。
このような、選挙制度は、国民の多様な利害や意見の公正かつ効果的な反映等を考
慮し、国民代表の的確な選任、政局の安定という諸要請を、それぞれの国の政治状
況に照らし、多種多様で複雑微妙な政策的及び技術的考慮の下に、全体的、総合的
見地から考察し、適切に調整した上で決定されるべきものである。その意味では、
各国を通じ普遍的に妥当する一定の選挙制度の形態が存在するものではないという
べきである。
2 憲法は、以上のような理由から、国会両議院の議員の選挙については、議員の
定数、選挙区、投票の方法その他選挙に関する事項は法律で定めるべきものとし
(四三条二項、四七条)、両議院の議員の各選挙制度の仕組みの具体的決定を、原
則として国会の裁量にゆだねている。したがって、投票価値の平等は、憲法上、右
選挙制度の決定のための唯一、絶対の基準となるものでなく、原則とし、国会が正
当に考慮することのできる他の政策的目的ないし理由との関連において調和的に実
現されるべきものと解される(前掲各最高裁判決参照)。
衆議院議員の定数配分の均衡の問題は、代表民主制下における選挙制度の在り方を
前提とした国会の裁量権の範囲の問題としてとらえられるべきものであり、憲法の
要請する平等原則も、具体的に決定された選挙区割と議員定数配分下における選挙
人の投票価値の不平等が、国会において、前述の選挙制度の目的に照らし、通常考
慮し得る諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到
底考えられない程度に達しているか否かの問題であって、もともと客観的基準にな
じまず、また、これが存しない分野である。
3 このような意味から、衆議院議員の選挙については、いわゆる中選挙区単記投
票制が採用されているところであり、この場合において、具体的にどのように選挙
区を定め、これに配分すべき議員数を決定するかについては、異なる選挙区間の投
票価値の平等を憲法が要求していると解する以上、各選挙区間の選挙人数又は人口
数と配分議員定数との比率の平等が最も重要かつ基本的な基準とされるのである
が、それ以外にも、国会が正当に考慮し得る要素は少なくないはずである。五一年
大法廷判決も、国会において実際上考慮され、かつ、考慮されてしかるべき要素に
ついて、「殊に、都道府県は、それが従来わが国の政治及び行政の実際において果
たしてきた役割や、国民生活及び国民感情の上におけるその比重にかんがみ、選挙
区割の基礎をなすものとして無視することのできない要素であり、また、これらの
都道府県を更に細分するにあたっては、従来の選挙の実績や、選挙区としてのまと
まり具合、市町村その他の行政区画、面積の大小、人口密度、住民構成、交通事
情、地理的状況等諸般の要素を考慮し、配分されるべき議員数との関連を勘案しつ
つ、具体的な決定がされるものと考えられるのである。更にまた、社会の急激な変
化や、その一つのあらわれとしての人口の都市集中化の現象などが生じた場合、こ
れをどのように評価し、前述した政治における安定の要請をも考慮しながら、これ
を選挙区割や議員定数配分にどのように反映させるかも、国会における高度に政策
的な考慮要素の一つであることを失わない。」と判示し、衆議院議員の選挙に関す
る選挙区割や議員定数配分の決定は、極めて多種多様、複雑微妙な政策的及び技術
的考慮要素が含まれているとし、国会に広範な立法裁量権を認めている(なお、六
三年第二小法廷判決、平成五年大法廷判決もほぼ同趣旨を判示している。)。
そして、国会が具体的に決定した議員定数配分規定が、その裁量権の合理的な行使
として是認されるかどうかを裁判所が判断するに当たっては、事柄の性質上、特に
慎重であることを要し、限られた資料に基づき、限られた観点から、たやすくその
決定の適否を判断すべきものでないことはいうまでもない(五一年大法廷判決参
照)。
4 以上から明らかなとおり、具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分下に
おける選挙人の投票価値の不平等が、国会において通常考慮し得る前述のような諸
要素をしんしやくしてもなお、一般的に合理性を有するものとは到底考えられない
程度に達しているときに限り、右のような不平等は、国会の合理的裁量を越えてい
るものと判断すべきものである。
第三 本件議員定数配分規定の合憲性
一 平成四年改正法と合憲性について
本件選挙が依拠した本件議員定数配分規定は、前述のとおり、平成四年改正法によ
り改正されたものである。それによれば、平成二年一〇月実施の国勢調査(以下
「国調」という。)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差
(以下「定数較差」という。)は、最大一(愛媛県第三区)対二・七七(東京都第
一一区)であり、本件選挙時の選挙人名簿登録者数に基づく較差(以下「選挙人数
比」ともいう。)は、最大一(愛媛県第三区)対二・八二(東京都第七区)であっ
た。
このことを前提とすると、平成四年改正法による改正当時はもちろんのこと、本件
選挙当時においても右定数較差が示す選挙区間における投票価値の不平等の程度
が、前述のような国会の裁量権の性質に照らすならば、国会において通常考慮し得
る諸般の要素をしんしやくしてもなお一般的に合理性を有するものとは到底考えら
れない程度に達していたとはいえない。以下、具体的な理由について述べる。
二 平成四年改正法の成立経過
1 平成四年の公選法改正に先立つ昭和六一年法律六七号による公選法改正によ
り、昭和六〇年国調人口による定数較差は最大一(長野県第三区)対二・九九(神
奈川県第四区)であったが、その後の人口異動により、較差は拡大していった。す
なわち、平成二年に実施された国調人口による定数較差は、最大一(東京都八区)
対三・三八(千葉県第四区)となっていた。
2 このような衆議院議員の各選挙区間の定数不均衡状態に対し、各政党において
も、その是正は緊急かつ重要な課題であるとして、その検討に取り組んだ。しか
し、定数是正問題は、選挙制度の根幹にかかわるものであり、また、改正に伴う影
響も大きいものがあること等から、成案をとりまとめるまでに日時を要したもの
の、その検討の結果を踏まえて、第一二五回国会において、定数是正案が自由民主
党の議員提案により行われた。右法案は、議員総定数を五一一人とし、較差を二倍
程度に近づけるよう漸次是正するという考え方のもとに、定数較差の著しい選挙区
について、その是正を行うとするものであった。
右法案は、平成四年一一月三〇日、衆議院公職選挙法改正に関する調査特別委員会
(以下「調査特別委員会」という。)において提案趣旨説明が行われ、各党から同
法律案に対する質疑が行われた。
3 ところで、これより先、最高裁判所は、まず、五八年大法廷判決で、昭和五五
年施行の総選挙における定数較差の最大値が千葉県第四区と兵庫県第五区の間の
三・九四倍(選挙人数比)に及んでいたことについて、「本件選挙当時の右投票価
値の較差は、憲法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていた。」と判示した
(ただし、憲法上要求される合理的期間内における是正がされなかったものと断定
することは困難であるとして、違憲とはしなかった。)。続いて、第一〇二回国会
終了後間もない昭和六〇年七月一七日の大法廷判決で、昭和五八年施行の総選挙に
おける定数較差の最大値が千葉県第四区と兵庫県第五区の間の四・四〇倍(選挙人
数比)に及んでいたことについて、選挙の効力は事情判決により無効とされなかっ
たものの、「本件選挙当時において選挙区間に存した投票価値の不平等状態は、憲
法の選挙権の平等の要求に反する程度に至っていたもの」というべきであり、「憲
法上要求される合理的期間内の是正が行われなかったものと評価せざるを得」ず、
「本件議員定数配分規定は、本件選挙当時、憲法の選挙権の平等の要求に反し、違
憲と断定するほかはない。」と判示し、さらに補足意見として、現行定数配分規定
を是正しないまま、選挙が執行された場合には選挙の効力を否定せざるを得ないこ
ともあり得るし、当該選挙を直ちに無効とすることが相当でないとみられるときは
選挙無効の効果は一定期間経過後に発生するという内容の判決もできないものでは
ないとする意見が付されるなど厳しい見解が示されており、その結果、定数是正
は、一層急務な問題となっていた。このような状況は、前記昭和六一年の公選法改
正によりいったん緩和されたものの、以後も問題は継続した。
4 その後、調査特別委員会では、減員対象区に委員を派遣して関係者から意見を
聴取し、また、増員区の関係者を参考人として招き、意見を聴取するなどした。
かかる経過を踏まえ、平成四年一一月四日に招集された前記第一二五回国会では、
定数是正問題が重要課題の一つとされ、各党の代表質問や予算委員会における質問
でも取り上げられ、その後、前述の法案の審議は調査特別委員会において行われ
た。同委員会では、右法案についていろいろな角度から論議がなされた。
一 一月二七日、第一二五回臨時国会において、自由民主党から衆議院議員の定数
是正を内容とする「公職選挙法の一部を改正する法律案」が衆議院に提出され、一
一月三〇日、調査特別委員会において、同法律案について趣旨説明がなされ、続い
て各党から同法律案に対する質疑が行われた。翌一二月一日、調査特別委員会が開
催され、参考人の意見陳述とそれに対する質疑、提案者に対する質疑の終了後、同
法案について採決が行われ、自由民主党、公明党、民社党の賛成で可決された。
また、一二月三日、衆議院本会議において、自由民主党提案の衆議院議員の定数是
正を内容とする「公職選挙法の一部を改正する法律案」が可決された。
参議院においては、一二月八日、選挙制度に関する特別委員会において提案者から
の法律案の提案理由説明及び野党各党からの質疑が行われた後、自由民主党、公明
党、民社党、連合、日本新党の賛成で可決され、さらに、一二月一〇日開催された
本会議において、賛成多数で可決され、ここに平成四年改正法が成立し、懸案の定
数是正の実現をみたのである。
三 平成四年改正法制定当時における本件議員定数配分規定の合憲性
1 昭和六一年改正法における定数較差について六三年第二小法廷判決が「昭和六
一年改正法による議員定数配分規定の改正によって、昭和六〇年国勢調査の要計表
(速報値)人口に基づく選挙区間における議員一人当たりの人口の較差は最大一対
二・九九となり、本件選挙当時において選挙区間における議員一人当たりの選挙人
数の較差は最大一対二・九九であったのであるから、前記昭和五八年大法廷判決及
び昭和六〇年大法廷判決が、昭和五〇年法律第六三号による公職選挙法の改正の結
果、昭和四五年一〇月実施の国勢調査による人口に基づく選挙区間における議員一
人当たりの人口の較差が最大一対二・九二に縮小することとなったこと等を理由と
して、前記昭和五一年大法廷判決により違憲と判断された右改正前の議員定数配分
規定の下における投票価値の不平等状態は右改正により一応解消されたものと評価
できる旨判示する趣旨に徴して、本件議員定数配分規定が憲法に反するものとはい
えないことは明らかというべきである。」と判示しており、右の判示も、本件選挙
の合憲性を考察する上で基本的な基準となるべきことはもちろんである。前記のご
とき国会の採用した定数較差の目安及び方針を含めて、その合憲性が確認されてい
るところである。
2 平成四年改正法は、衆議院議員の総定数を公選法四条第一項の規定にかかわら
ず、当分の間五一一人とし、議員一人当たり人口の多い選挙区から順に九選挙区に
ついて選挙すべき議員の数をそれぞれ一人増員し、議員一人当たり人口の少ない選
挙区から順に一〇選挙区について選挙すべき議員の数をそれぞれ一人減員すること
とした。
この改正の結果、議員一人当たり人口の選挙区間の最大較差は、一(東京都第八
区)対三・三八(千葉県第四区)から一(愛媛県第三区)対二・七七(東京都第一
一区)に縮小し、前記各最高裁判決が示す定数較差の合憲性に係る許容範囲の目安
を相当程度の余裕をもってクリアーするものとなった。
3 平成四年改正法によっても、選挙人数の少ない選挙区に、選.挙人数の多い選
挙区よりも、より多くの議員数が配分されている、いわゆる「逆転現象」が存在し
ていることは事実であるが、投票価値の平等の問題は、あくまでも各選挙区の議員
一人当たりの選挙人数又は人口の較差という観点から考えるべきであり、この点を
特に問題とする必要はない。
四 本件選挙当時における本件議員定数配分規定の合憲性
右のとおり、平成四年改正法における本件議員定数配分規定については、その改正
当時において合憲であったことが明白であるが、さらに、本件選挙当時においても
違憲状態にはなかったことは次の点からも明らかである。
本件選挙は、平成四年改正法の公布の日(平成四年一二月一六日)から起算すれば
ほぼ七か月後であり、選挙区間における投票価値の較差の拡大は、漸次的に生じた
選挙区相互間の人口の異動を原因とするものであることは疑いのないところである
が、選挙実施時点における定数較差の数値を改正当時に目安とされた定数較差の数
値と比較した場合、ある程度の拡大ないし縮小といった偏差が生じるのはやむを得
ない状況であるということができるから、本件選挙当時における議員定数配分規定
は、改正法自体の合憲性が肯定され、かつ改正当時における定数較差に近似する数
値である限りにおいて、合憲と評価し得る範囲内にあるものというべきものであ
る。したがって、本件選挙当時における前記のごとき〇・七七から〇・八二(最大
較差二・八二と二・〇〇の差)への較差の拡大が本件選挙時における公選法の違憲
性を導くような事情とまではいえないことは明らかである。
五 結論
以上のとおり、本件議員定数配分規定については、平成四年の法改正当時はもちろ
んのこと、本件選挙当時においてもまた、前記各大法廷判決が示した基準である
「具体的に決定された選挙区割と議員定数の配分の下における選挙人の投票価値の
不平等が、国会において通常考慮しうる諸般の要素をしんしやくしてもなお、一般
的に合理性を有するものとはとうてい考えられない程度に達している」とは到底認
められないのであり、したがって、本件選挙が無効とされる理由は全くないことは
明らかである。

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