弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     控訴費用は控訴人の負担とする。
         事    実
 控訴代理人は「原判決を取消す、控訴人の申請により広島地方裁判所か昭和三十
一年二月二十二日なした仮処分決定(昭和三十一年(ヨ)第四〇号)はこれを認可
する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする、」との判決を求め、被控訴
代理人は主文同旨の判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述、疏明の提出、認否、援用は左記の点を附加する外何
れも原判決事実摘示と同一なのでここにこれを引用する。
 控訴代理人は疏甲第八号証の一、二、三を提出し当審証人Aの証言を援用し、疏
乙第七号証の一、二、三の成立を認めると述べ、被控訴代理人は疏乙第七号証の
一、二、三を提出し、当審被控訴人B本人尋問の結果を援用し、疏甲第八号証の一
は訂正印のみの成立を認め他の部分の成立は不知、同号証の二は印影の成立のみを
認め他の部分の成立は不知、同号証の三は印影と金百五十九円也受取りましたの部
分の成立を認め他の部分の成立は不知と述べた。
         理    由
 控訴人がその主張の広島百貨店二階北側階段横八坪の店舗において婦人服生地の
販売を業とする会社であり、被控訴人等がその販売員として控訴会社に雇われてい
た者であること、被控訴人等が雇われた日がそれぞれ控訴人主張の通りであること
は当事者間に争がない。
 而して成立に争のない疏甲第一、二、四号証によれば被控訴人等が控訴会社に雇
われるに際し、控訴会社に対し在職中は勿論、退職後といえども同百貨店内服生地
部に限り他の商店には就職しないことを誓約した事実が疏明される。
 控訴人は昭和三十一年一月十四日被控訴人等を合意解雇したが、同人等は同年二
月二日より控訴会社の店と同階の一軒置いた隣の婦人服生地販売業C商店に就職し
販売に従事したため控訴会社の顧客を同店に奪われ損害を蒙つたから前記誓約に基
き被控訴人等が同店及びその附近で服生地の販売及び取次行為をしてはならない旨
の仮処分を求めると謂うにあるから、先づ被保全権利である被控訴人等に対する就
職差止請求権が存在するか否か、即ち前記の他商店への就職制限の約束は果して法
的拘束力がありゃ否やの点について考察するに、原審証人D、E、Fの各証言、原
審被控訴人G、原審並びに当審被控訴人B各本人尋問の結果に、本件弁論の全趣旨
を綜合すれば、被控訴人等は娘又は妻として家計を補助するため、或は未亡
人としてその子供を養育しつつ生活を維持するため就職口を捜しているうち漸く控
訴会社にその口を見出したためその雇傭契約に際しては喜びの余り前記誓約文言な
ど問題にしないで誓約書に署名捺印し、爾来控訴会社の店員として六千円乃至一万
円の給料を貰い、特別の知識、技能、経験を必要としない婦人洋服生地販売の補助
をなし来たつたことか疏明され、右疏明に反する部分の原審並びに当審証人Aの証
言は信用し難い。かように被控訴人等は被傭者としては控訴会社の営業の主流には
ない全くの手伝人であり、その地位も低く、しかも解雇されれば容易に就職口を見
出せないで直ちに生活に困難をきたす最も弱い立場にあり、仮りに他に就職しても
所謂営業妨害になるような地位にないことも明白である。かかる弱者に対して就職
の制限を約束させることは、たとい場所的に広島百貨店内の服生地部(十店以上あ
ることは弁論の全趣旨により疏明される)に限定しても、被傭者の生活権を脅やか
し、個人の自由を拘束する虞が十分で、傭主の利益を保護する必要につき特段の事
情の認められない本件においては公序良俗に反し無効であると解するのが相当であ
る。このことは憲法第二十二条に職業選択の自由の保障同第二十七条に動労の権利
を規定して居り、旧審法時代と異り個人尊重の観念か遥がに進んでいる現在、国民
の権利の最大の尊重を要求している憲法第十三条の趣旨からも首肯されるところで
ある。
 然からば控訴人としては被控訴人等に対し前記誓約の履行を求めることは許され
ないものと謂うべく、本件仮処分申請の被保全権利である他店への就職差止請求権
は存在しないものと謂わねばならない。従て爾余の争点につき判断するまでもなく
本件仮処分申請は失当であるから、本件仮処分決定を取消し、仮処分申請を却下し
た原判決はもとより相当で本件控訴は理由がない。よつて民事訴訟法第三百八十四
条、第九十五条、第八十九条を適用して主文のように判決した。
 (裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 佐伯欽治 裁判官 松本冬樹)

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