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平成17年(行ケ)第10806号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成18年7月24日
判決
原告アヴィド・アイデンティフィケーション
・システムズ・インコーポレーテッド
訴訟代理人弁護士長沢幸男
同弁理士小林純子
同日野真美
同田村恭子
被告特許庁長官
中嶋誠
指定代理人佐々木芳枝
同田良島潔
同小池正彦
同小林和男
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2003-25282号事件について平成17年7月11日に
した審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,原告が後記発明につき特許出願をしたところ,拒絶査定を受けたの
で,これを不服として審判請求をしたが,特許庁が請求不成立の審決をしたこ
とから,その取消しを求めた事案である。
第3当事者の主張
1請求原因
(1)特許庁における手続の経緯
原告は,1992年12月2日(パリ条約による優先権主張受理199
1年12月3日,米国)を国際出願日とする特許出願(平成5年特許願第5
10330号「マルチ・メモリ電子識別票」。以下「本願」という。)をし
たが,特許庁から平成15年9月30日に拒絶査定(甲4。以下「本件拒絶
査定」という。)を受けたので,これに対する不服審判請求をした。
特許庁は,同請求を不服2003-25282号事件として審理した上,
平成17年7月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を
し,その謄本は平成17年7月26日原告に送達された。
(2)発明の内容
平成15年8月12日付け手続補正書(甲2)により補正された特許請求
の範囲は,請求項1ないし21から成るが,その請求項6に記載された発
明(以下「本願発明」という。)は,下記のとおりである。

「変更できないデータとして知られたデータを変更できない形式で永久的
に記憶する手段と,
変更できるデータとして知られたデータを変更できる形式で永久的に記
憶する手段と,
前記変更できないデータと前記変更できるデータとを電子識別読み取り
装置に伝達する手段と,
受信された信号からパスワードをデコードした後に,前記永久的にデー
タを記憶する手段のプログラミングを許可する手段と
を具備することを特徴とする電子識別票。」
(3)審決の内容
ア審決の詳細は,別添審決写しのとおりである。
その要点は,本願発明は,実願昭63-85356号(実開平2-62
82号)のマイクロフィルム(甲1。以下「引用文献」という。)に記載
された発明(以下「引用発明」という。)及び周知技術に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたから,特許法29条2項により特許を受
けることができない,というものであった。
イなお審決は,引用発明を下記のように認定し,本願発明と引用発明との
一致点及び相違点を下記のように摘示した。

<引用発明>
「変更できないデータとして知られたデータを永久的に記憶する手段と,
変更できるデータとして知られたデータを変更できる形式で永久的に記憶
する手段と,
前記変更できないデータと前記変更できるデータとを移動体識別装置の質
問器に伝達する手段と,
受信された信号からシステム暗証番号(判決注:「暗唱」は誤記と認め
る。)を復調した後に,前記データを記憶する手段の書き替えを許可する
手段と
を具備する移動体識別装置の応答器。」
<一致点>
「変更できないデータとして知られたデータを永久的に記憶する手段と,
変更できるデータとして知られたデータを変更できる形式で永久的に記憶
する手段と,
前記変更できないデータと前記変更できるデータとを電子識別読み取り装
置に伝達する手段と,
受信された信号からパスワードをデコードした後に,前記データを記憶す
る手段のプログラミングを許可する手段と
を具備する電子識別票。」である点。
<相違点>
変更できないデータとして知られたデータを永久に記憶する手段に関
し,本願発明が,データを「変更できない形式で」記憶するものであるの
に対し,引用発明は,データを変更できない形式で記憶するものであるか
不明である点。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決には,以下に述べるとおり,実体上及び手続上の誤り
があるから,違法として取り消されるべきである。
ア取消事由1(引用発明の認定の誤り)
(ア)審決は,引用発明について,次の<A>及び<B>の認定をしたが,
いずれも誤りである。
<A>
「システム識別番号の書き込みは,製造時にカード発行者によりなさ
れ,その後の書き替えは行えないように制限されるものであるから,シ
ステム識別番号は「変更できないデータとして知られたデータ」であ
る」(審決4頁第2段落)との認定(以下「認定A」という。)
<B>
「変更できないデータとして知られたデータを永久に記憶する手段に関
し,……データを変更できない形式で記憶するものであるか不明であ
る」(審決5頁下第2段落)との認定(以下「認定B」という。)
(イ)認定Aの誤り
a本願発明における「変更できないデータとして知られたデータ」
は,識別票を独自に識別するのに必要な,個々の識別票に固有のもの
であるのに対し,引用発明における「システム識別番号」は,同一の
ものが複数存在しており,識別票を独自に識別するものではない(相
違点①)。
本件明細書(甲3)の「発明の背景」の項によれば,本願発明の電
子識別票は,例えば,魚,鳥,動物などの生物あるいはクレジットカ
ード等の無生物の内部に埋め込むことによって診断及び保証サービス
に利用されるものである(甲3の1頁第2段落など)。さらに,本件
明細書の発明の詳細な説明には,「変更できないデータとして知られ
たデータ」に関連して,「固有のおよび永久の識別コード」(2頁第
3段落),「識別票を独自に識別し,これにより,診断および保証サ
ービスを提供する識別票製造業者によって使用可能であるデータ」(
3頁第3段落),「識別票を独自に識別し,レーザPROMの性質上
変更できないデータを記憶する。製造業者は,ユーザに保証および診
断サービスを提供する目的でこのデータを利用する」(10頁下第2
段落)との記載がある。すなわち,本願発明における「変更できない
データとして知られたデータ」とは,電子識別票を独自に識別するた
めに必要であって,それによってこの電子識別票を埋め込まれた魚,
鳥,動物などの生物あるいはクレジットカード等の無生物の診断及び
保証サービスを確実に行うために利用されるものである。したがっ
て,本願発明の電子識別票において「変更できないデータとして知ら
れたデータ」とは,生物・無生物の診断や保証サービスに利用すべ
く,電子識別票を独自に識別するための,それぞれの電子識別票ごと
に異なる,変更できないデータ(すなわち「固有のおよび永久の識別
コード」)を意味している。クレームの文言解釈に争いがある場合,
当該明細書の発明の詳細な説明が参酌できることは明らかである(最
高裁平成3年3月8日第二小法廷判決・民集45巻3号123頁。以
下「最高裁リパーゼ事件判決」という。)。一方,引用発明におけ
る「システム識別番号」は,質問器Aと応答器Bの双方が保持するも
のであって,システムごとに異なるように設定されている(引用文
献(甲1)の明細書8頁第2段落)。すなわち,引用発明におけるシ
ステム識別番号は,システム間の区別を行うものであって,同一のシ
ステムでは同一の番号を有するように設定されるものである。
したがって,引用発明における「システム識別番号」は,同一の番
号を有するものが複数存在しており,電子識別票を独自に識別するた
めの,個々の識別票に固有のものではないので,本願発明の電子識別
票における「変更できないデータとして知られたデータ」とは異なっ
ている。以上のとおりであるから,引用発明における「システム識別
番号」は,本願発明における「変更できないデータとして知られたデ
ータ」に該当しない。
bまた,本願発明における「変更できないデータとして知られたデー
タ」は,「変更できない形式で永久的に記憶する」ものであるのに対
し,引用発明における「システム識別番号」は,変更できないように
制限されているが,制限を解けば変更可能なものである(相違点
②)。
本願発明の「変更できない形式で永久的に記憶する」とは,文字ど
おり変更できないように記憶することを意味し,引用発明における記
憶手段のように,変更できないように制限されているだけで,制限を
解けば変更可能なものは含まれない。本件明細書(甲3)の「発明の
簡潔な概要」には,「転送すべきデータの一つの態様は,記憶された
データが変更され得ない再プログラムできないタイプのメモリに永久
的に記憶されている。このタイプのメモリの例は,ヒュージブル・リ
ンク・ダイオード・アレイ・リード・オンリ・メモリ,アンチ・フュ
ーズ・メモリ,レーザ・プログラマブル・リード・オンリ・メモリで
ある」(2頁下第2段落),「レーザ・プログラマブル・リード・オ
ンリ・メモリ(レーザPROM)258は,識別票を独自に識別し,
レーザPROMの性質上変更できないデータを記憶する。製造業者
は,ユーザに保証および診断サービスを提供する目的でこのデータを
利用する。レーザPROMは,素子内に接続を作ったり破壊したりす
るためにレーザビームを用いることにより,製造時に永久的にプログ
ラムされる」(10頁下第2段落1)との記載があり,本願発明の「
変更できない形式で永久的に記憶する」は,文字どおり永久に変更で
きないように記憶することを意味することは明らかである。また,本
願発明の電子識別票は,識別すべき物体あるいは動物を独自に識別す
ることによって診断及び保証サービスを確実に行うために利用される
ものであるから,誤って書き替えられることを防止するだけでなく,
意図的な書き替えを含むあらゆる書き替えを防止する必要がある。し
たがって,本願発明における「変更できない形式で永久的に記憶す
る」方法として,電子識別票を独自に識別するデータの書き替えを「
制限する」だけでは,意図的に制限が解かれてしまう可能性を排除で
きないから不十分であることも明らかである。一方,引用発明におけ
る「システム識別番号」は,書き替えが制限されるのみであって,そ
のような制限を解けば変更可能なものである。
したがって,上記審決の認定によれば,引用発明における「システ
ム識別番号」は本願発明にいう「変更できない形式で永久的に記憶」
されているものではないことは明らかである。
c以上述べたとおり,引用発明における「システム識別番号」は,識
別票を独自に識別するための,個々の識別票に固有のものではない
点(相違点①),及び「変更できない形式で永久的に記憶する」もの
ではない点(相違点②)で,本願発明における「変更できないデータ
として知られたデータ」とは相違する。したがって,審決は,上記相
違点①,②を看過した誤りがある。
(ウ)認定Bの誤り
審決は,引用発明における「システム識別番号の書き込みは,製造時
にカード発行者によりなされ,その後の書き替えは行えないように制限
されるものである」(審決4頁第2段落)と認定しているが,この認定
によれば,引用発明において,書き替えが制限されているということ
は,そのような制限を解けば変更することは可能であることを意味して
いる。実際,引用文献(甲1)には,システム識別番号,システム暗証
番号,カード識別番号及びカード暗証番号の4種類の情報が記憶回路1
0内に保持されることが記載され(甲1の明細書7頁最終段落~8頁第
1段落など),さらに,システム暗証番号がカード識別番号を変更した
いときに使用されるものであること(同11頁第2段落),カード暗証
番号がカードの交付または再交付を受ける際に書き込みできるものであ
ること(同12頁第2段落),が記載されている。すなわち,引用発明
において記憶回路10内に保持される4種類のデータのうち少なくとも
カード識別番号とカード暗証番号は,変更が予定されたデータである。
ところが,引用文献には,これら4種類のデータを保持する記憶回路1
0内に変更できる形式でデータを記憶するメモリと変更できない形式で
データを記憶するメモリ,別々の2種類のメモリを設けることについて
は記載も示唆もない。引用発明は1つのメモリの中に各種データを記憶
させることを前提としているのであるが,そのうち少なくとも上記カー
ド識別番号とカード暗証番号は変更できなくてはならないので,この1
つのメモリは,永久に書き替えできないROMではあり得ず,引用文献
には,単に1つのメモリの中でデータの種類によって書き替えを制限す
るように記憶させることが記載されているにすぎないのである。
したがって,引用発明には電子識別票を独自に識別するために必要な
データの少なくとも一部を「変更できない形式で永久的に記憶する」こ
とについて,全く記載も示唆もなく,引用発明がデータを変更できない
形式で記憶するものであるか不明であるとして,あたかも記載があるか
のように記載した審決の認定Bは,誤りである。
(エ)被告は,本件において発明の詳細な説明を参酌すべき理由は見当たら
ない旨主張するが,最高裁リパーゼ事件判決に照らし,本願の請求項6
の「変更できないデータとして知られたデータ」の意味が一義的に理解
できるものであるとは考えられない。本件明細書(甲3)の発明の詳細
な説明の記載を参酌すれば,本願発明の「データ」とは,「電子識別票
が記憶および伝達の対象とするものであり,かつ,電子識別票の使用者
にとってデータの内容自体が情報として有用なもの」であることが明ら
かである。
イ取消事由2(周知技術の認定の誤り)
(ア)審決は,「CPUを含む演算システムにおいて,プログラム等のデー
タを記憶させる読み出し専用メモリと,演算に用いるデータ等を記憶さ
せる書き換え可能なメモリを備えることが周知であり,ICカード等の
電子識別票の分野においても,読み出し専用メモリと書き替え可能なメ
モリを備えたものは周知であるから,変更できないデータであるシステ
ム識別番号を製造時に読み出し専用メモリに記憶させることも適宜なし
得る」と認定した(審決5頁最終段落~6頁第2段落)。すなわち,審
決は,CPUを含む演算システムにおいてプログラムを読み出し専用メ
モリに記憶させることが周知であることから直ちに,「変更できないデ
ータとして知られたデータ」を読み出し専用メモリに記憶させることも
周知であるかのごとく認定したものである。しかしながら,プログラム
の概念は「変更できないデータとして知られたデータ」という概念とは
異なり,前者が周知であるからといって,後者が周知であるということ
はできないから,審決の周知技術の認定は,誤りである。
(イ)本願発明は,「前記変更できないデータと前記変更できるデータとを
電子識別読み取り装置に伝達する手段」を構成要件とし,上記「変更で
きないデータ」と「変更できるデータ」とは,電子識別読み取り装置に
伝達されるものである。この事実は,本件明細書(甲3)にも,「マル
チ・メモリ電子識別票は,データを受信する手段と,データを転送する
手段と,転送すべきデータが記憶される3つまでのタイプのメモリとを
有する」(甲3の2頁下第2段落),「転送すべきデータの一つの態様
は,記憶されたデータが変更され得ない再プログラムできないタイプの
メモリに永久的に記憶されている」(同頁下第2段落),「転送すべき
データの他の態様は,識別票が識別に関する物体に移植された後でさ
え,記憶されたデータが変更されることができる再プログラムできるタ
イプのメモリに永久的に記憶される」(同頁最終段落)のように記載さ
れている。
本願発明の電子識別票は,このように識別票を独自に識別するため
の,固有かつ永久の識別コードの少なくとも一部を含む「変更できない
データとして知られたデータ」と,重量や内科治療情報等の個別情報を
含む変更又は更新が予定された「変更できるデータとして知られたデー
タ」とを,電子識別読み取り装置に伝達することによって,診断及び保
証サービスに利用される。換言すれば,本願発明において「変更できな
いデータとして知られたデータ」が電子識別読み取り装置に伝達される
ものでなければ,本願発明は診断及び保証サービスに利用される電子識
別票として機能し得ないものである。一方,CPUを含む演算システム
に用いられるプログラムは,外部からの命令データに対応して演算処理
を実行するものであり,識別すべき物体に固有の情報として「読み取り
装置に伝達」されることはあり得ない。
したがって,プログラムと「変更できないデータとして知られたデー
タ」とはこの点で相違するため,CPUを含む演算システムにおいてプ
ログラムを読み出し専用メモリに記憶させることが周知であったとして
も,本願発明における「変更できないデータとして知られたデータ」を
読み出し専用メモリに記憶させることとは全く関係がないから,そのこ
とが,診断及び保証サービスを提供するために,「電子識別読み取り装
置に伝達される変更できないデータと変更できるデータ」の2種類の情
報を情報の種類に応じて形式を区別して記憶させることについて何の示
唆も与えないことは明らかである。
ウ取消事由3(審判手続の違背)
(ア)審決は,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易
に発明をすることができたものであると判断したものであるが,この判
断は,周知技術の名の下に,査定では引用されなかった新たな公知文献
である特開昭63-201748号公報(甲5),特開平2-5998
8号公報(甲6),特開昭62-200441号公報(甲7)及び特開
昭59-75380号公報(甲8)(以下「甲5刊行物」~「甲8刊行
物」という。),並びに査定では引用されなかった上記文献中の新たな
技術的事項に基づくものであるから,平成15年9月30日付け拒絶査
定書(甲4)において記載した理由とは異なる拒絶理由に基づくもので
ある。しかし,本件審判手続では,新たに発見された拒絶の理由に対し
出願人に反論の機会は与えられていないから,本件審判の手続は,特許
法159条2項に違反するものである。
最高裁昭和51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁
は,「拒絶査定に対する抗告審判の審決取消訴訟についても,右審決に
おいて判断されなかった特定の具体的な拒絶理由は,これを訴訟におい
て主張することができない」とし,東京高裁昭和63年(行ケ)第11
9号・平成2年7月31日判決は,「特許出願拒絶査定に対する審判の
審決取消訴訟において,特許庁長官が……審決が引用した周知例を差し
換えることは,新たな証拠を提出することを意味し,そのような新証拠
の提出は,特許庁が出願人に対して新たな拒絶理由を示すことと変わり
はないから,補正の機会のない審決取消訴訟の手続において許されな
い」としている。これらの判例によって,周知例の差し替えが新たな拒
絶理由に当たることが明示的に判断されており,新たな拒絶理由である
以上,特許法152条2項により,新たな拒絶理由通知が必要であるこ
とも,判例の立場から当然の帰結である。
本件においては,本願発明の構成要件の「変更できないデータとして
知られたデータを変更できない形式で永久的に記憶する手段」につい
て,それを容易想到とする具体的理由が,拒絶査定と審決において相違
している。拒絶査定(甲4)では,「「完全に変更できない」(例えば
読み出し専用タイプの)メモリに格納するようにする事は,当業者なら
ば上記引用文献3(判決注:特開平1-213589号公報(甲9)。
以下「甲9刊行物」という。)に記載されている事項に基づいて容易に
想到できた事項である」,すなわち,甲9刊行物に基づいて当業者に容
易想到と判断したものである。
これに対し,審決では,拒絶査定が引用した,容易想到の根拠である
甲9刊行物を,周知例であるとする甲5刊行物ないし甲8刊行物に差し
換えたものであり,この差し換えは,新たな拒絶理由を構成するにもか
かわらず,審判官は,出願人(原告)に対して新たな拒絶理由を通知せ
ず,特許法159条2項に違反したものである。
(イ)また,審決には,引用刊行物中の査定で引用した技術的事項とは異な
る技術的事項を引用して拒絶の理由を構成した違法がある。
拒絶査定(甲4)には,平成15年1月30日付け拒絶理由通知書(
甲10)に記載した理由1(上記拒絶理由通知書記載の引用文献1(特
開昭64-80892号公報〔甲11〕),引用文献2(特開平3-4
1384号公報〔甲12〕),引用文献3(特開平1-213589号
公報〔甲9〕),引用文献4(実願昭63-85356号(実開平2-
6282号)のマイクロフィルム〔甲1〕)に基づく進歩性欠如)によ
って拒絶すべきことが記載されているが,備考欄には,甲9刊行物が応
答器側のメモリに記憶されているデータの一部をプロテクトを施すこと
によって,誤って書き換えられてしまうことを防止することを記載して
いるため,当業者であれば,プロテクトの対象となっているデータを読
み出し専用メモリに格納することは甲9刊行物に基づいて容易に想到で
きたことが記載されている。すなわち,拒絶査定では,甲9刊行物に基
づき本願発明の進歩性が欠如しているとの判断がなされ,引用文献(甲
1)については一切言及されていない。引用文献については,拒絶理由
通知書において,データの全部もしくは一部が再書き込み可能に構成さ
れている点,及び,記憶内容を変更する際に変更者の正当性を判断する
暗証番号の照合を行っている点が指摘されているのみである。
ところが,審決では,拒絶査定において主引例として引用した甲9刊
行物については全く触れずに,本願発明と引用文献(引用発明)との対
比のみを記載し,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明
することができたと結論しているが,その理由とした「変更できないデ
ータとして知られたデータを永久的に記憶する手段」を記載していると
の指摘は,拒絶査定,拒絶理由通知書において指摘されておらず,本願
発明が引用文献のそのような技術的事項と周知技術に基づいて容易に発
明できたとの拒絶の理由は,全く通知されていないから,原告はこの拒
絶理由に対し意見を述べる機会が与えられなかったものである。
(ウ)被告は,拒絶理由通知及び拒絶査定で言及がなかった場合でも,原告
が拒絶理由を指摘される前に自発的に意見を述べた以上,出願人には意
見書の提出及び明細書の補正をする機会があったから,拒絶理由を通知
する必要はない旨主張する。しかし,特許法159条2項が同法50条
を準用している趣旨に照らせば,同規定に違反したか否かの判断は,審
決で示された拒絶理由に対応する意見書を提出する機会があったか否か
に帰着されるべきである。本件では,拒絶理由通知では審決のいう進歩
性判断の論旨は全く明らかになっておらず,そのような状況で,拒絶理
由通知に示された引用文献中の技術的事項以外の技術的事項まで十分な
反論を行うことは不可能である。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の各事実はいずれも認めるが,同(4)は争う。
3被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
(1)取消事由1(引用発明の認定の誤り)に対し
ア認定Aの誤りにつき
(ア)原告は,本願発明の「変更できないデータとして知られたデータ」
が,識別票を独自に識別するための,それぞれ電子識別票ごとに異な
る,変更できないデータを意味している根拠として,発明の詳細な説明
を参酌すべき旨主張する。
しかし,請求項6の「変更できないデータとして知られたデータ」の
記載自体が格別不明りょうな文言ではなく,また,この記載により本願
発明全体の構成が不明りょうとなるものでもないから,発明の詳細な説
明を参酌すべき理由は見当たらない。
(イ)原告は,本願発明の「変更できないデータとして知られたデータ」
は,「変更できない形式で永久に記憶する」ものであるのに対し,引用
発明の「システム識別番号」は,変更できないように制限されている
が,制限を解けば変更可能なものであって,本願発明のように「変更で
にない形式で永久に記憶する」ものでないから,審決は相違点を看過し
て進歩性の判断を行ったと主張する。
しかし,本願発明は,「変更できないデータとして知られたデータ」
と「変更できるデータとして知られたデータ」のいずれも,「永久的
に」記憶するものであるから,「永久的に」記憶することは,データ
を「変更できない」ことを意味するものではなく,請求項の記載全体か
らみて,何らかの処理がない限り記憶手段に保持され続けるものである
ことは明らかであり,審決の認定に誤りはない。
イ認定Bの誤りにつき
審決は,引用発明について,データを「変更できない形式で」記憶する
ものであるか不明であるものとして,すなわち,引用発明を,データを変
更できない形式で記憶するものでない場合を含むものとして認定した上
で,相違点として抽出している。
したがって,原告の主張は,理由がない。
(2)取消事由2(周知技術の認定の誤り)に対し
原告は,プログラムの概念は「変更できないデータとして知られたデー
タ」という概念とは異なり,前者が周知であるからといって,後者が周知で
あるということはできない。」と主張する。
しかし,ここで問題としているのは,「データを変更できない形式で永久
的に記憶する手段」が周知であるか否かの点であり,記憶手段に記憶される
情報によって当該記憶手段の機能が技術的に特定されるものではなく,プロ
グラムもデータも記憶手段に記憶される情報としてみる限り,プログラムを
記憶するかデータを記憶するかにより記憶手段自体の機能に影響を与えるも
のではない。審決では,「プログラム等の書き替えの必要のないデータや書
き替えを禁止するデータを読み出し専用メモリに記憶させ,演算に用いるデ
ータ等を書き替え可能なメモリに記憶させることも広く行われている」と記
載しており,プログラムとデータとは区別なく,読み出し専用メモリに記憶
させることが周知技術である旨説示している。そして,電子識別票において
も,変更できないデータをプログラムとともにROMに記憶させることが周
知技術であることは,乙1(特開昭61-75984号公報)・乙2(特開
昭63-15394号公報)・乙3(特開平3-197196号公報)から
も明らかである。
したがって,審決の周知技術の認定に,誤りはない。
(3)取消事由3(審判手続の違背)に対し
ア原告は,審決が拒絶査定では引用されなかった新たな公知文献を引用し
て拒絶の理由を構成したと主張する。
しかし,拒絶査定(甲4)は,甲9刊行物には,本願発明の「変更でき
ないデータとして知られたデータを変更できない形式で永久的に記憶する
手段」に相当する記載がないことを前提として,「完全に変更できな
い」(例えば読み出し専用タイプの)メモリは普通に知られているから,
甲9刊行物のプロテクトの対象となっているデータを普通に知られてい
る「完全に変更できない」メモリに記憶させることは容易であることを指
摘したものである。そして,審決で引用した周知例(甲5刊行物~甲8刊
行物)は,拒絶査定で普通に用いられると認定した読み出しタイプのメモ
リに関するものであり,甲9刊行物を差し替えるものでも,新たに公知文
献を引用するものでもない。
したがって,原告の上記主張は失当である。
イまた,原告は,審決が理由とした,引用文献(甲1)が「変更できない
データとして知られたデータを永久的に記憶する手段」を記載していると
の点は,審決において初めて指摘された拒絶の理由であると主張する。
しかし,引用文献は,拒絶理由通知(甲10)において引用された文献
であり,出願人は,拒絶理由に引用された引用文献については,本願発明
との対比において,その内容を十分に検討すべきであるところ,原告は,
上記拒絶理由通知に対し,意見書(乙5)を提出し,引用文献について,
意見を述べ,その中で,本願発明の「変更できないデータとして知られた
データ」と審決の引用文献に記載された「システム識別番号」との対比を
し,両者は本願発明の「変更できないデータとして知られたデータ」が「
変更できない形式」で記憶されるものであるのに対し,引用文献には,「
システム識別番号」が「変更できない形式」で記憶される旨の記載はない
点で相違することが実質的に検討されている。
したがって,この点を新たに指摘するために拒絶理由を通知する必要は
なく,審決に手続違背はない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
そこで,審決の適否につき,原告主張の取消事由ごとに判断する。
2取消事由1(引用発明の認定の誤り)について
(1)認定Aは誤りとの主張につき
ア原告は,①本願発明における「変更できないデータとして知られたデー
タ」は,識別票を独自に識別するのに必要な,個々の識別票に固有のもの
であるのに対し,引用発明における「システム識別番号」は,同一のもの
が複数存在しており,識別票を独自に識別するものではない(原告主張の
相違点①),②本願発明における「変更できないデータとして知られたデ
ータ」は,「変更できない形式で永久的に記憶する」ものであるのに対
し,引用発明における「システム識別番号」は,変更できないように制限
されているが,制限を解けば変更可能なものである(原告主張の相違点
②),として,審決の認定A,すなわち,「システム識別番号の書き込み
は,製造時にカード発行者によりなされ,その後の書き替えは行えないよ
うに制限されるものであるから,システム識別番号は「変更できないデー
タとして知られたデータ」である」(審決4頁第2段落)との認定は,誤
りであると主張する。
イ特許法29条1項及び2項所定の特許要件,すなわち,特許出願に係る
発明の新規性及び進歩性について審理するに当たっては,この発明を同条
1項各号所定の発明と対比する前提として,特許出願に係る発明の要旨が
認定されなければならないところ,この要旨認定は,特段の事情のない限
り,特許請求の範囲の記載に基づいてされるべきであり,特許請求の範囲
の記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができないとか,ある
いは一見してその記載が誤記であることが発明の詳細な説明の記載に照ら
して明らかであるなどの特段の事情がある場合に限つて,発明の詳細な説
明の記載を参酌することが許されるにすぎないと解すべきである(前記最
高裁リパーゼ事件判決参照)。
これを本件についてみると,本願発明に係る平成15年8月12日付け
手続補正書(甲2)により補正された請求項6の記載は,上記第3の1
(2)記載のとおりであり,同記載によれば,電子識別票の記憶手段に永久
的に記憶するデータとして,「変更できないデータとして知られたデー
タ」と「変更できるデータとして知られたデータ」の2つが規定されてい
るが,「変更できないデータとして知られたデータ」の内容について,そ
れ以上の限定はないことが明らかである。
そうすると,本件特許請求の範囲の記載に基づいては,「変更できない
データとして知られたデータ」を原告主張のように限定することはできな
いから,進んで,上記最高裁判決のいう特段の事情の有無について検討す
る。
ウ原告が指摘するように,本願明細書(甲3)の発明の詳細な説明であ
る「発明の背景」(1頁以下)又は「好適な実施例の記述」(4頁以下)
には,次の記載がある。
(ア)「このような装置は,魚,鳥,動物,あるいはクレジットカード等の
無生物を識別するために用いられたり,用いられる可能性を有してい
る。より興味ある応用のいくつかは,応答機が微細でなければならない
ことを意味する小さなサイズの物質を必要とする。多くの場合,識別票
を生き物の組織の中の,および無生物の表面の下部のどこかの,装置の
移植を意味する物質に識別票を永久的に付けることが望ましい。」(1
頁第2段落)
(イ)「しかしながら,識別図表が権限のない個人,あるいは組織に知られ
るようになったり,あるいは識別すべき物体と関連したあるデータが変
更したり更新したりする必要があるので,ユーザーが識別票PROMを
そのままで再プログラムしたいという状況がある。識別票における再プ
ログラムできるPROMの使用は,必要が生じた時,ユーザに再プログ
ラムの選択権を行使させる。即ち,たとえば,性,重量,内科治療情報
等の識別すべき物体,あるいは動物に固有の情報を記憶することおよび
/または更新すること。しかしながら,再プログラムできるPROMの
独占的な使用は,識別票がもはや固有のおよび永久の識別コードを有し
ていないので,製造業者が販売後の診断および/または保証サービスを
提供することを妨げる。これにより,2種類の情報を運ぶ識別票の必要
性が存在する。すなわち,(1)製造業者のシリアル番号および永久的
に識別票と関連し,変更され得ないたぶん他のデータ,(2)ユーザに
よって変更できる物体識別不揮発性データ。」(2頁第2段落~第3段
落)
(ウ)「マルチ・メモリ電子識別票は,データを受信する手段と,データを
転送する手段と,転送すべきデータが記憶される3つまでのタイプのメ
モリとを有する。転送すべきデータの一つの態様は,記憶されたデータ
が変更され得ない再プログラムできないタイプのメモリに永久的に記憶
されている。……転送すべきデータの他の態様は,識別票が識別に関す
る物体に移植された後でさえ,記憶されたデータが変更されることがで
きる再プログラムできるタイプのメモリに永久的に記憶される。」(同
頁下第3段落~最終段落)
(エ)「発明の目的は,識別票を独自に識別し,これにより,診断および保
証サービスを提供する識別票製造業者によって使用可能であるデータを
記憶する永久の変更できない手段を提供することである。」(3頁第3
段落)
(オ)「レーザ・プログラマブル・リード・オンリ・メモリ(レーザPRO
M)258は,識別票を独自に識別し,レーザPROMの性質上変更で
きないデータを記憶する。製造業者は,ユーザに保証および診断サービ
スを提供する目的でこのデータを利用する。レーザPROMは,素子内
に接続を作ったり破壊したりするためにレーザビームを用いることによ
り,製造時に永久的にプログラムされる。」(10頁下第2段落)
エ以上の記載によれば,請求項6に記載された「変更できないデータとし
て知られたデータ」とは,本件明細書(甲3)の発明の詳細な説明におい
て,ユーザが変更できないデータとして知られたデータを意味し,「変更
できるデータとして知られたデータ」とは,ユーザが変更したり更新した
りできるデータとして知られたデータを意味する,と理解することがで
き,このような理解は,請求項6の記載全体を通してみても,何ら矛盾を
生じない。
したがって,本願発明において,特許請求の範囲の技術的意義が一義的
に明確に理解することができないとか,あるいは,一見してその記載が誤
記であることが発明の詳細な説明の記載に照らして明らかであるなどの特
段の事情があると認めることはできず,本願発明における「変更できない
データとして知られたデータ」は,上記相違点①に係る原告主張のよう
に,識別票を独自に識別するのに必要な,個々の識別票に固有のものに限
定されるとすることはできない。
オ他方,引用文献(実願昭63-85356号(実開平2-6282号)
のマイクロフィルム。甲1)には,「……一方,システム識別番号の書き
込みは,質問器A及び応答器Bの製造時にカード発行者(メーカー)によ
りなされ,システム管理者やカード使用者による書き替えは行えないよう
に制限する。これは,他のシステムに不正に流用されることを防止するた
めである」(明細書12頁最終段落~13頁)と記載され,同記載によれ
ば,引用発明の「システム識別番号」は,ユーザに変更可能では困るデー
タであり,本願発明の「変更できないデータとして知られたデータ」に相
当するものと認められる。
したがって,上記相違点②に係る原告の主張も採用することができない。
カ以上のとおり,審決の「認定A」についての原告の主張は,理由がな
い。
(2)認定Bは誤りとの主張につき
ア原告は,引用発明には電子識別票を独自に識別するために必要なデータ
の少なくとも一部を「変更できない形式で永久的に記憶する」ことについ
て全く記載も示唆もない等,として,審決の認定B,すなわち,「変更で
きないデータとして知られたデータを永久に記憶する手段に関し,……デ
ータを変更できない形式で記憶するものであるか不明である」(審決4頁
下第2段落)との認定は,誤りであると主張する。
イしかし,引用発明の「システム識別番号」は,本願発明の「変更できな
いデータとして知られたデータ」に相当するものであることは,上記(1)
オのとおりである。
また,引用文献(甲1)には,「システム識別番号」について,①「[
課題を解決するための手段]本考案にあっては,上記の課題を解決する
ために,第1図乃至第5図に示すように,検知エリアS内に質問信号を送
信する複数個の質問器Aと,自己の正当性を質問器Aに判断させるための
識別情報を自己の記憶回路10内に保持し,質問器Aからの質問信号に対
して自己の記憶回路10内の識別情報を読み出して自己の正当性を示す応
答信号を質問器Aに返信する複数個のカード型の応答器Bとからなる移動
体識別装置において,システム間の区別を行うシステム識別番号と,同一
システム内で応答器Bを区別するカード識別番号と,カード識別番号の変
更時に変更者の正当性を判別するシステム暗証(「暗唱」は誤記と認め
る。)番号と,応答器Bの所有者の正当性を判別するカード暗証番号とを
応答器Bの記憶回路10内に保持し,前記各識別情報の読み出し又は書き
込みはカード発行者とシステム管理者とカード使用者について夫々制限さ
れていることを特徴とするものである。」(4頁最終段落~5頁第1段
落),②「[実施例]……応答器Bの記憶回路10内には,第2図に示す
ように,システム識別番号,システム暗証番号,カード識別番号,カード
暗証番号の4個の識別情報が保持されている。これらの4個の識別情報に
ついて,以下,説明する。まず,システム識別番号は,質問器Aと応答器
Bの双方が保持しており,このシステム識別番号は,システムにより異な
るように予め設定しておく。」(6頁最終段落~8頁第2段落),③「こ
のように,カード暗証番号は高い安全性と信頼性を得るために不可欠のも
のであるから,外部への読み取りは如何なる場合にも行えないように制限
する。……一方,システム識別番号の書き込みは,質問器A及び応答器B
の製造時にカード発行者(メーカー)によりなされ,システム管理者やカ
ード使用者による書き替えは行えないように制限する。……次に,システ
ム暗証番号とカード識別番号は,カード発行者が予め書き込んで,システ
ム管理者のみに知らせるようにする。システム管理者はシステム暗証番号
を知っているので,カード識別番号を変更することができる。」(12頁
第2段落~13頁第1段落)との記載がある。
しかし,引用文献の上記記載によっても,「システム識別番号」が,具
体的にどのような記憶手段にどのような形式で記憶されるのかは明らかで
はない。
したがって,審決が「変更できないデータとして知られたデータを永久
に記憶する手段に関し,……データを変更できない形式で記憶するもので
あるか不明である」(審決4頁下第2段落)と認定したこと(認定B)に
何ら誤りはない。
原告は,引用発明には電子識別票を独自に識別するために必要なデータ
の少なくとも一部を「変更できない形式で永久的に記憶する」ことについ
て全く記載も示唆もない等と主張する。しかし,審決は,本願発明と引用
発明の相違点として,「変更できないデータとして知られたデータを永久
に記憶する手段に関し,本願発明が,データを「変更できない形式で」記
憶するものであるのに対し,引用発明は,データを変更できない形式で記
憶するものであるか不明である点」(審決5頁第2段落)を認定している
のであるから,引用発明について,データを変更できない形式で記憶する
ものではない場合を含むものとして認定しているのであり,「変更できな
い形式で永久的に記憶する」ものであると認定したものではない。したが
って,原告の上記主張も理由がない。
(3)以上のとおり,審決の引用発明の認定に誤りはなく,原告主張の取消事由
1は理由がない。
3取消事由2(周知技術の認定の誤り)について
(1)原告は,プログラムの概念は「変更できないデータとして知られたデー
タ」という概念とは異なり,前者が周知であるからといって,後者が周知で
あるということはできないから,「CPUを含む演算システムにおいて,プ
ログラム等のデータを記憶させる読み出し専用メモリと,演算に用いるデー
タ等を記憶させる書き換え可能なメモリを備えることが周知であり,ICカ
ード等の電子識別票の分野においても,読み出し専用メモリと書き替え可能
なメモリを備えたものは周知であるから,変更できないデータであるシステ
ム識別番号を製造時に読み出し専用メモリに記憶させることも適宜なし得
る」(審決5頁最終段落~6頁第2段落)とした審決の認定は誤りであると
主張する。
(2)審決が周知例として引用した特開昭63-201748号公報(甲5),
及び,被告が提出した特開昭61-75984号公報(乙1),特開昭63
-15394号公報(乙2),特開平3-197196号公報(乙3)に
は,次の各記載がある。
ア特開昭63-201748号公報(甲5)
「第9図はICカード1の構成例を示すもので,制御部としての制御素
子(たとえばCPU)11,データメモリ部としての記憶内容が消去可能
な不揮発性のデータメモリ12,プログラムメモリ部としてのプログラム
メモリ13,およびカードリーダ・ライタ2との電気的接触を得るための
コンタクト部14によって構成されており,これらのうち破線内の部分(
制御素子11,データメモリ12,プログラムメモリ13〔判決注:「1
2」は「13」の誤記〕)は1つのICチップで構成されてICカード本
体内に埋設されている。プログラムメモリ13は,たとえばマスクROM
で構成されており,第3図に示すように,複数の命令データに対応付けら
れた機能プログラムを備えた制御素子11の制御プログラムを記憶するも
のである。データメモリ12は各種データの記憶に使用され,たとえばE
EPROMで構成されている。」(3頁左上欄第1段落)
イ特開昭61-75984号公報(乙1)
「第2図は第1図の回路基板2上に設けられたICブロックの一具体例を
示すブロック図であって,6は端末機,7はシリアルコミュニケーション
インターフェイス(SCI),8はデータ処理プロセッサ(CPU),9
はランダムアクセスメモリ(RAM),10はマスクリードオンリメモ
リ(マスクROM),11,12は入出力ポート(I/O)であり,第1
図に対応する部分には同一符号をつけている。」(2頁右下欄第2段落)
「そこで,暗号データと始動プログラムをやはりマスクROM10に格納
しておき,この実施例のICカードを端末機6に装着するとともにこれら
暗号データと始動データとが読み出され,CPU8が端末機6から入力さ
れる暗号データと上記のEPROM10から読みだ出された暗号データと
を比較し,両者が一致したときに,マスクROM10に格納されているデ
ータ処理のためのプログラムを読み出してCPU8がデータ処理を行なう
ようにすることができる。」(3頁左下欄)
ウ特開昭63-15394号公報(乙2)
「第2図はこの発明の一実施例に含まれるICカードの外観図であり,第
3図はICカードの概略ブロック図であり,第4図は第3図に示すROM
2に記憶されるデータおよびプログラムを示す図である。まず,第2図な
いし第4図を参照して,ICカード1の構成について説明する。ICカー
ド1には,第2図に示すように,端末装置3に電気的に接続するための複
数の接点2が設けられている。また,ICカード1には,第3図に示すよ
うに,CPU11とROM12とRAM13とが内蔵されている。ROM
12には,第4図に示すように,IDデータと読出し手順プログラムと書
込み手順プログラムが予め記憶されている。」(2頁左下欄最終段落~右
下欄第2段落)
エ特開平3-197196号公報(乙3)
「第3図は制御部のブロック図である。同図において符号6はROM7に
予め書き込まれているプログラムを実行して制御部全体を統括するCP
U,8は書き込み可能な不揮発性メモリまたはプログラマブルROM等か
らなるメモリである。」(3頁左上欄第3段)
「尚,実施例では外部装置からデータを受信できるようにし,また書き込
み可能なメモリを用いたが,例えば予めROMにデータを固定させること
ができ,そのデータを必要な時点で,又は常に送信するたけの機能を持つ
ものにも本発明は適用させることができる。」(3頁右下欄最終段落~4
頁左上欄第1段落)
(3)上記記載によれば,ICカード等の電子識別票の分野において,読み出し
専用メモリと書き替え可能なメモリを備え,書き替えの必要のないデータ(
プログラムを含む)や書き替えを禁止するデータ(プログラムを含む)を読
み出し専用メモリに記憶させること,すなわち,変更できない形式で記憶す
る記憶手段は,本願の出願前に周知の技術であったものと認められる。
この点につき,原告は,プログラムの概念は「変更できないデータとして
知られたデータ」という概念とは異なり,前者(プログラム)が周知である
からといって,後者(変更できないデータとして知られたデータ)が周知で
あるということはできないと主張する。
しかし,本件において,相違点の判断において引用された周知技術は,「
データを変更できない形式で永久的に記憶する手段」であって,記憶手段に
記憶される情報によって当該記憶手段の機能が技術的に特定されるものでは
なく,プログラムもデータも記憶手段に記憶される情報としてみる限り,プ
ログラムを記憶するかデータを記憶するかにより記憶手段自体に違いが生じ
るものではない。審決は,この点について,「プログラム等の書き替えの必
要のないデータや書き替えを禁止するデータを読み出し専用メモリに記憶さ
せ,演算に用いるデータ等を書き替え可能なメモリに記憶させることも広く
行われている」(審決5頁最終段落)とし,プログラムとデータとは区別な
く,読み出し専用メモリに記憶させることが周知技術であると認定したもの
であり,審決の上記認定に誤りはない。
(4)したがって,原告主張の取消事由2は理由がない。
4取消事由3(審判手続の違背)について
(1)原告は,審決の判断は,周知技術の名の下に,査定では引用されなかった
新たな公知文献である甲5刊行物ないし甲8刊行物及び査定では引用されな
かった上記文献中の新たな技術的事項に基づくものであるから,平成15年
9月30日付け拒絶査定書(甲4)において記載した理由とは異なる拒絶理
由に基づくものであるところ,本件審判手続では,新たに発見された拒絶の
理由に対し出願人に反論の機会は与えられていないから,本件審判の手続
は,特許法159条2項に違反すると主張する。
(2)そこで,審査の手続で発せられた拒絶理由通知書(甲10)をみると,そ
こには,下記の記載がある。

「上記引用文献1~4には,電子識別装置において,応答器(トランスポン
ダ)側のメモリに記憶されているデータの全部もしくは一部が再書き込み可
能に構成されているものが記載されている。特に,上記引用文献3において
は,メモリの一部または全部にプロテクト機能が設定可能なようにしている
ものが,上記引用文献4においては,電子識別装置において応答器の記憶内
容を変更する際に,変更者の正当性を判断する暗証番号の照合を行っている
ものが記載されている。」
上記記載の引用文献3は本訴の甲9刊行物,引用文献4は本訴の引用文
献(甲1)である。
(3)また,拒絶査定書(甲4)には,下記の記載がある。
「上記拒絶理由通知書で引用した引用文献3には,電子識別装置において,
応答器(トランスポンダ)側のメモリに記憶されているデータの一部に対し
てプロテクトを施す事によって,誤って書き換えられてしまう事を防止する
ようにしているものが記載されている。ここで,上記電子識別装置におい
て,プロテクトの対象となっている一部のデータが誤った書き換えられてし
まう事を防止するための構成として,前記一部のデータを,専らデータやプ
ログラム等を読み出して用いる際に普通に用いられているような「完全に変
更できない」(例えば読み出し専用タイプの)メモリに格納するようにする
事は,当業者ならば上記引用文献3に記載されている事項に基づいて容易に
想到できた事項である。」
(4)上記記載によれば,拒絶査定書(甲4)では,「専らデータやプログラム
等を読み出して用いる際に普通に用いられているような「完全に変更できな
い」(例えば読み出し専用タイプの)メモリに格納するようにする事は,…
…容易に想到できた」としていることから,そこでは,データやプログラム
を読み出して用いる際のデータやプログラムの格納に「完全に変更できな
い」メモリを用いることが普通,すなわち周知である,と認定していること
が理解できる。他方,審決は,「ICカード等の電子識別票の分野において
も,読み出し専用メモリと書き替え可能なメモリを備えたものは周知であ
る。(例えば,特開昭63-201748号公報〔判決注:甲5〕,特開平
2-59988号公報〔判決注:甲6〕,特開昭62-200441号公
報〔判決注:甲7〕,特開昭59-75380号公報〔判決注:甲8〕参
照。)」(審決5頁最終段落~6頁第1段落)と説示しているのであるか
ら,審決は,拒絶査定書において周知技術とした「データやプログラムの格
納に「完全に変更できない」メモリを用いること」を裏付けるために,当該
技術事項が記載された甲5刊行物ないし甲8刊行物を挙げたものと理解でき
る。したがって,審決の引用した甲5刊行物ないし甲8刊行物は,拒絶査定
書における甲9刊行物と差し替えるものではなく,査定では引用されなかっ
た新たな公知文献中の新たな技術的事項に基づいて審決が判断したものでは
ない。
したがって,原告の上記主張は,理由がない。
(5)原告は,拒絶査定では,甲9刊行物に基づき本願発明の進歩性が欠如して
いるとの判断がなされ,引用文献(甲1)については一切言及されてなく,
拒絶理由通知書においても,引用文献についてはデータの全部もしくは一部
が再書き込み可能に構成されている点,及び,記憶内容を変更する際に変更
者の正当性を判断する暗証番号の照合を行っている点が指摘されているのみ
であるにもかかわらず,審決では,本願発明と引用文献(引用発明)との対
比のみを記載し,引用発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明する
ことができたと結論しているが,その理由とした「変更できないデータとし
て知られたデータを永久的に記憶する手段」を記載しているとの指摘は,拒
絶査定,拒絶理由通知書において指摘されておらず,原告はこの拒絶理由に
対し意見を述べる機会が与えられなかったものであり,したがって,審決に
は,引用刊行物中の査定で引用した技術的事項とは異なる技術的事項を引用
して拒絶の理由を構成した違法がある旨主張する。
(6)そこで,平成15年9月30日付け拒絶査定書(甲4)をみると,そこに
は,「この出願については,平成15年1月30日付け拒絶理由通知書に記
載した理由1によって,拒絶をすべきものである。なお,意見書及び手続補
正書の内容を検討したが,拒絶理由を覆すに足りる根拠が見いだせない。」
との記載がある。
次に,拒絶査定書が引用する平成15年1月30日付け拒絶理由通知書(
甲10)をみると,上記(2)の記載があり,同記載中の引用文献4は本訴の
引用文献(甲1)である。そして,その記載から,引用文献(甲1)は,「
電子識別装置において応答器の記憶内容を変更する際に,変更者の正当性を
判断する暗証番号の照合を行っている」との技術事項について引用されたも
のであることが認められる。
また,査定書が引用する意見書である原告が審査手続において提出した平
成15年8月12日付け意見書(乙5)には,「(2)引例4について…
…さらに,引例4には,システム識別番号の書き込みは,質問器A及び応答
器Bの製造時にカード発行者(メーカー)によりなされ,システム管理者や
カード使用者による書き替えは行えないように制限されることのみが記載さ
れている。システム識別番号が,発行者またはメーカーによって書き替える
ことができないとは記載されていない。これに対して,本願では,変更でき
ないデータは,ひとたびそれがメモリ内に設定されると,誰によっても変更
されることができない。」(2頁第2段落~3頁第1段落)との記載があ
る。上記意見書において「引例4」は,実願昭63-85356号(実開平
2-6282号)のマイクロフィルム,すなわち,引用文献(甲1)をいう
ものとされている(乙5の1頁下第2段落)。
(7)以上に認定したところによれば,拒絶査定書(甲4)は,拒絶理由通知書
の理由1によって拒絶するものであり,その理由1においては,引用文献(
甲1)は,「電子識別装置において応答器の記憶内容を変更する際に,変更
者の正当性を判断する暗証番号の照合を行っている」との技術事項について
引用されたものであり,審決が引用発明として認定した「変更できないデー
タとして知られたデータを永久的に記憶する手段」の技術事項について引用
されたものではないことが認められる。
この点につき,原告は審決が認定した上記技術事項に対し意見を述べる機
会が与えられなかったと主張するが,平成15年8月12日付け意見書(乙
5)の上記記載によれば,原告は,引用文献の記載内容に対し,「変更でき
ないデータとして知られたデータを永久的に記憶する手段」の技術事項につ
いても,本願発明との対比で意見を述べていたことが明らかである。そうす
ると,審決が,引用文献(甲1)により引用する技術事項は,拒絶査定の理
由とは異なるものではあるが,審決が引用した当該技術事項についても,原
告は意見を述べていたのであるから,その点について新たに拒絶理由を通知
しなかったことが審判請求人に対して不意打ちとなるとまではいえず,審決
を取り消すべき程の瑕疵があるということはできない。
(8)したがって,原告主張の取消事由3は理由がない。
5結論
以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官岡本岳
裁判官上田卓哉

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