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平成17年(行ケ)第10121号 特許取消決定取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第536号)
口頭弁論終結日 平成17年9月1日
            判        決
 
    原告        株式会社コバヤシ
    訴訟代理人弁理士  峯 唯夫
    被告        特許庁長官 小川 洋
    指定代理人     佐藤昭喜
    同         木原 裕
    同         立川 功
    同         宮下正之
            主        文
     1 原告の請求を棄却する。
     2 訴訟費用は原告の負担とする。
            事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2003-73808号事件について平成16年10月18日にした決定を取り
消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告が有する後記特許について,特許庁が特許異議申立てに基づいて
特許取消決定をしたので,特許権者である原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告は,名称を「ユニットタイル」とする発明について平成11年6月15日
に特許を出願し,平成15年8月1日,特許第3458072号として設定登録を受けた(甲
2。以下「本件特許」という。)。
 本件特許についてAから特許異議の申立てがあったので,特許庁はこれを異議
2003-73808号事件として審理し,平成16年10月18日に「特許第3458072号の請求項
1に係る発明についての特許を取り消す」との決定(以下「本件決定」という。)
をし,その決定謄本は,平成16年11月8日原告に送達された。
(2) 発明の内容
 本件特許は請求項1のみから成り,その発明の内容は,下記のとおりであ
る(以下「本件発明」という。)。
               記
「複数並列されたタイルの裏面同士を,接着媒体が配合されたアクリル樹
脂プラスチゾルで連結したユニットタイル」
(3) 決定の内容
ア 本件決定の内容は,別添異議の決定写しのとおりである。その理由の要
旨は,本件発明は,本件特許出願前に頒布された刊行物である特開平11-71884号公
報(甲5。以下「引用刊行物1」という。)及び特開平5-148401号公報(甲6。
以下「引用刊行物2」という。)にそれぞれ記載された発明に基いて当業者が容易
に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受
けることができない,等としたものである。
イ なお,本件決定は,本件発明と引用刊行物1に記載された発明(以下
「引用発明」という。)との一致点及び相違点について,次のとおり認定してい
る。
(一致点)
「複数並列されたタイルの裏面同士を,接着剤で連結したユニットタイ
ル」である点。
(相違点)
接着剤が,本件発明では「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラス
チゾル」であるのに対し,引用発明では「アクリル系接着剤又は接着性のあるプラ
スチック」である点。
(4) 決定の取消事由
 しかしながら,本件決定には,以下のとおり,本件発明及び引用発明の認
定を誤るとともに,特許法29条2項の解釈適用を誤った違法があり,取消しを免れ
ない。
ア 取消事由1(一致点の認定誤り)
 本件発明におけるタイルの裏面同士は「連結」とされているのに対して,引用発
明では「接着」とされている。「連結」とは「つらねむすぶこと。むすびあわせる
こと。」をいい,「接着」とは「面と面とを貼り合わせること。」をいうから,異
なる概念である。本件決定がこの相違を看過し,「タイルの裏面同士を,接着剤で
連結したユニットタイル」である点で本件発明と引用発明が一致すると認定したこ
とは誤りである。
イ 取消事由2(相違点に係る容易想到性の判断の誤り)
 引用発明の「アクリル系接着剤又は接着性のあるプラスチック」に代えて本件発
明の「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラスチゾル」を用いてタイル同士を連
結した構成を用いることは,当業者が容易に想到できるものではない。
(ア) すなわち,上記アのとおり,引用発明ではタイル同士が接着されて
いるのに対し,本件発明ではアクリル樹脂プラスチゾルによって連結されていると
いう本質的な相違があるから,引用発明から本件発明を想到することは容易ではな
い。
a 引用刊行物1では接着の工程に関して「接着剤を塗布」「接着剤が
乾く」等と説明されているところからみて,引用刊行物1に記載された「接着性の
あるプラスチック」とは,溶剤を媒体とした液体であって溶剤が揮散することによ
って硬化するタイプのもの,すなわちアクリル系接着剤(アクリル塗料またはアク
リルエマルジョン)であると理解される。
 アクリル系接着剤には,強度不足,硬度不足,厚塗り困難という問題点があり,
これを本件発明のような連結タイルの連結剤として用いることはできない。
 また,引用刊行物1には,液状接着剤を用いること以外の示唆はないから,本件
発明のようにプラスチゾルにより連結することの示唆もない。
b 被告は,引用発明の「アクリル系接着剤又は接着性のあるプラスチ
ック」もタイル同士を連結するための接着力・樹脂強度を有することが推認される
と主張するが,引用刊行物1には接着力・樹脂強度に関する記載は全くなく,被告
の主張は根拠がない。むしろ,試験結果(甲16)によれば,かかる推認は否定され
る。
(イ) また,引用刊行物2に接した当業者にとって,引用刊行物2のアク
リル樹脂プラスチゾルを引用発明の「アクリル系接着剤又は接着性のあるプラスチ
ック」に代えて用いることは,容易に想到できることではない。
a 接着性について
 引用刊行物2に開示された発明は,従来のポリ塩化ビニル系プラスチゾルの代替
品としてアクリル樹脂プラスチゾルを提案するものである。
 ポリ塩化ビニル系プラスチゾルは,シートや塗布体として用いられていたもので
ある。したがって,これの代替品である引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾル
が接着性を有するとしても,その接着性は,物体の表面にシートとして貼り付けら
れたり,塗布体として塗布されたりする際に要求される程度の接着性であると解さ
れるから,物体の表面と面接触し,当該物体の表面から引き剥がす方向の外力が働
かない環境において,当該物体への接着状態を保持し得る程度の接着性にすぎな
い。
 したがって,引用刊行物2に開示されたアクリル樹脂プラスチゾルは,複数枚の
タイルの重量に耐え得る接着力と樹脂強度を有しないものである。
b ポリエチレンイミンの添加について
 引用刊行物2には,アクリル樹脂プラスチゾルに接着性付与剤としてポリエチレ
ンイミンを添加することが開示されているが,引用刊行物2におけるポリエチレン
イミンの添加は,アクリル樹脂プラスチゾルの上記aのような接着性を前提として
これを強化することを目的とするものであって,複数枚のタイルの重量に耐え得る
接着力を発揮するものではない。したがって,引用刊行物2における接着性付与剤
としてのポリエチレンイミンが本件発明の「接着媒体」に相当するという本件決定
の認定も,誤りである。
c 粘度について
 本件決定は,引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルには粘度があり,粘度の
ある物質を接着剤として使用することは周知慣用技術であると認定するが,かかる
認定は誤りである。粘度があれば接着剤として認定できるというものではない。引
用刊行物2においても,粘度に関する記載は加工特性との関係で述べられたもので
あり,接着性との関係で述べられたものではない。
 また,本件発明におけるアクリル樹脂プラスチゾルは連結剤であって接着剤では
ないから,引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルが接着剤として使用できると
しても,本件発明の構成を得ることはできない。
d 制振鋼板・合わせガラスとしての用途について
 本件決定は,引用刊行物2に,接着性付与剤としてのポリエチレンイミンを含有
させたアクリル樹脂プラスチゾルが,制振鋼板(鋼板同士を貼り合わせたもの)や
合わせガラス(ガラス同士を張り合わせたもの)の用途に使用されることが記載さ
れていることをもって,ポリエチレンイミンを含有させたアクリル樹脂プラスチゾ
ルを接着剤として用い得ることの理由としているが,誤りである。
 そもそも,引用刊行物2において,制振鋼板・合わせガラスはアクリル樹脂プラ
スチゾルの用途として挙げられているにすぎず,接着性付与剤としてのポリエチレ
ンイミンを含有させたアクリル樹脂プラスチゾルの用途として挙げられているので
はない。
 また,ポリエチレンイミンの含有の有無にかかわらず,アクリル樹脂プラスチゾ
ルが制振鋼板や合わせガラスに用いられるとしても,それは鋼板同士やガラス同士
の間にはさまれるシートとしてである。該シートと鋼板ないしガラスを接着するた
めには別途接着剤が用いられるのであり,アクリル樹脂プラスチゾル自体が接着剤
として用いられているわけではない。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)(2)(3)の各事実は認める。同(4)は争う。
3 被告の反論
 原告が,本件発明の進歩性についての本件決定の認定判断が誤りであるとして主
張するところは,次のとおりいずれも失当である。
(1) 取消事由1について
 原告は,本件発明と引用発明とはタイル同士を「連結」するか「接着」す
るかの点で相違しており,本件決定が,「複数並列されたタイルの裏面同士を,接
着剤で連結したユニットタイル」の点で両発明が一致すると認定したのは誤りであ
ると主張する。
 しかし,引用刊行物1の記載に徴すれば,引用発明の「アクリル系接着剤又は接
着性のあるプラスチック」の機能は,複数枚並列されたタイルの裏面同士を連結す
ることであることは明白であるから,本件発明における連結剤の機能と異なるとこ
ろはない。また,本件発明について,本件明細書(甲2参照)では「接着剤」及び
「樹脂系接着剤」という用語が多用されている。このように,「接着」と「連結」
の相違は単なる呼称の違いにすぎず,実質的な相違点ではないから,本件決定の一
致点の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2について
ア 原告は,引用発明の「接着性のあるプラスチック」はアクリルエマルジ
ョン又はアクリル系塗料の接着剤に他ならないと主張するが,そのように限定して
解すべき根拠はない。
イ 原告は,引用刊行物2が開示する「接着性付与剤としてのポリエチレン
イミンを含有させたアクリル樹脂プラスチゾル」を引用発明の「接着性のあるプラ
スチック」として用いて本件発明の「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラスチ
ゾル」の構成を得ることは容易でない,と主張するが,以下のとおり失当である。
(ア) 原告は,引用刊行物2が開示するアクリル樹脂プラスチゾルは,ポ
リ塩化ビニル系プラスチゾルに対する代替品として位置付けられていることを根拠
に,ポリエチレンイミンを含有させたとしても,タイル同士を連結させるために必
要な接着力・樹脂強度が得られることは当業者の容易に想到し得るところではな
い,と主張する。
 しかし,当業者は,引用刊行物2に開示された技術情報に基づき,さらに技術常
識及び通常の技術手段を用いて,通常の創作能力を発揮することができる者である
から,引用刊行物2に開示されている組成物を接着という観点からとらえ,引用発
明の「接着性のあるプラスチック」として用いることは,当業者の容易に想到し得
るところである。
(イ) 原告は,本件決定が,引用刊行物2にはアクリル樹脂プラスチゾル
の粘度が記載されており,粘度のある物質を接着剤として使用することが周知慣用
技術であるとして,このことを,引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルを引用
発明の「接着性のあるプラスチック」として用いることの容易想到性の論拠とした
のは誤りであると主張する。
 しかし,原告は,「アクリル樹脂プラスチゾル」と,「接着性付与剤としてのポ
リエチレンイミンを含有させたアクリル樹脂プラスチゾル」とを区別せずに論じて
おり,失当である。
(ウ) 原告は,本件決定が,引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルの
用途として制振鋼板及び合わせガラスが開示されていることを,当該アクリル樹脂
プラスチゾルに接着性があることの根拠に挙げているのは誤りであると主張する。
 しかし,引用刊行物2の記載事項からみて,「接着性付与剤としてのポリエチレ
ンイミンを含有させたアクリル樹脂プラスチゾル」が制振鋼板,合わせガラスの用
途に使用されることが明記されており,原告の主張は根拠がない。
第4 当裁判所の判断
1 請求の原因(1)(特許庁における手続の経緯)・(2)(発明の内容)・(3)(決
定の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 そこで,以下においては,原告主張の取消事由ごとに本件決定の適否について判
断する。
2 取消事由1について
 原告は,本件発明と引用発明とはタイル同士を「連結」するか「接着」する
かの点で相違しており,本件決定が,「複数並列されたタイルの裏面同士を,接着
剤で連結したユニットタイル」の点で両発明が一致すると認定したのは誤りである
と主張するので,検討する。
(1) 引用刊行物1(甲5)には,下記の記載がある。

「 【請求項2】タイルを複数枚連結したタイルシートにおいて,該タイ
ルの裏面の一部に塗布され,隣接する該タイルの側面同士でつくる空間の一部を横
架する接着剤によって,隣接する該タイル同士が相互に連結されていることを特徴
とするタイルシート。」(【特許請求の範囲】)
「 (実施の形態2)図6は,本発明のタイルシートの第2の実施例を示
す斜視図であり,図7は,前記タイルシートを製造するため,タイルを枠に配置
し,接着剤を塗布したところの要部断面図であり,………」(段落【0011】)
「 図6に示すタイルシート1において,2はタイルであり,2aはタイル
2のタイル裏面であり,2bはタイル2のタイル側面であり,3は隣接するタイル2
同士を連結する接着剤であり,………」(段落【0012】)
「 本実施例のタイルシートは,以下に示すごとく製造される。まず枠5
に,複数枚のタイル1を,タイル裏面2aが上になった状態で挿入する。次に,接着
剤塗布部10に接着剤3を塗布する。接着剤3の量は,接着剤3を接着剤塗布部10の
中心に塗布した時,接着剤塗布部10の範囲にのみ広がる程度とする。接着剤塗布部
10は,タイル裏面2a縁部と,隣接する該タイルの側面同士でつくる空間の一部を横
架する領域である。タイル裏面2a縁部とは,タイル裏面2a上の,タイル裏面2aの一
辺で,この一辺からの奥行きが,対向するタイル裏面2aの一辺までには至らない領
域である。………。接着剤3が乾くことにより,タイルシート1は完成する。」
(段落【0013】)
 引用刊行物1の上記記載並びに同刊行物の図6及び図7によれば,引用発
明の接着剤3は,タイル裏面2aの縁部と,面と面とが対向する関係にあって互いに
固着している。また,当該接着剤3が,隣接するタイル2の側面同士でつくる空間
の一部を横架しているため,接着剤3が塗布後に乾燥固化することによって,隣接
する2枚のタイル2の位置関係が互いに固定されることになる。
 そうすると,「接着」は「面と面とを貼り合わせること」,「連結」は「つらね
むすぶこと。むすびあわせること。」を意味するという原告の主張によっても,引
用発明の「接着剤」は,タイル裏面に「接着」されることによって,複数のタイル
を「連結」するものである,ということができる。
(2) 一方,本件発明は,前記のとおり,
「複数並列されたタイルの裏面同士を,接着媒体が配合されたアクリル樹
脂プラスチゾルで連結したユニットタイル」
である。
 そして,本件明細書(甲2参照)には,下記の記載がある。

「【発明の実施の形態】図はこの発明のユニットタイル1の裏面側を示す
ものである。すなわち,複数のタイル2が並列してあり,隣接するタイル2同士を
目地用の間隔3を隔てて,接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラスチゾルで連結
して構成してある。………」(段落【0006】)
「このユニットタイル1に用いる接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラ
スチゾルは,タイルとの接着力が強いことの他,以下の条件を満たすものであるこ
とが好ましい。硬化前において………。硬化後において,①樹脂強度(特に引張り
強度や引裂強度)が強いこと。②………。
 上記①②は,………,かつ施工時のタイルの分離を防止するためである。……
…。」(段落【0008】)
「【発明の効果】………樹脂系接着剤として接着媒体が配合されたアクリ
ル樹脂プラスチゾルを使用したので,接着剤の硬化時間が短いので製造効率が良
く,………」(段落【0019】)
 本件明細書(甲2参照)の上記記載及び同書の図1によれば,本件発明の
「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラスチゾル」は,隣接するタイル2の裏面
と,面と面とが対向する関係にあって互いに固着している。そして,また,当該ア
クリル樹脂プラスチゾルが硬化することによって,隣接する2枚のタイルが分離し
ないという効果が奏されることになる。
 そうすると,本件発明の「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラスチゾル」
も,タイル裏面に「接着」されることによって,複数のタイルを「連結」するもの
である,ということができる。
(3) 上記(1)及び(2)のとおり,本件発明の「接着媒体が配合されたアクリル樹
脂プラスチゾル」と引用発明の「接着剤」は,いずれも,タイル裏面に「接着」さ
れることによって複数のタイルを「連結」するという点において共通する。
(4) また,タイル裏面に接着されるための接着力及び複数のタイルを連結する
ための強度の点においても,本件発明の「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラ
スチゾル」と引用発明の「接着剤」との間には,以下に述べるとおり,相違はない
というべきである。
ア 本件明細書(甲2参照)には,下記の記載がある。

「【従来の技術】
従来,複数のタイルを一度に壁面に張り付けるためには,いわゆる紙張りタイルが
用いられている。………」(段落【0002】)
「【発明が解決しようとする課題】上記従来の紙張りタイルにおいては,
以下の問題点があった。………」(段落【0003】)
イ 引用刊行物1(甲5)には,下記の記載がある。

「【従来の技術】
………。従来のタイルは,壁面への貼り付けの作業性を向上させるために,あらか
じめ複数枚のタイルをモザイク調に規則正しく連結させ,シート状にしていた。こ
のタイルシートは,………,紙などのシートをすべてのタイルに掛け渡すように,
タイルに接着することにより製造される。………」(段落【0002】)
「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,………,紙をはがす作
業には膨大な手間と時間を必要とするという問題点があった。………」(段
落【0003】)
ウ 本件明細書(甲2参照)及び引用刊行物1の上記各記載に照らすと,本
件発明及び引用発明は,いずれも,タイル同士を連結するために紙を用いていた従
来のユニットタイルに対する代替品として発明されたことが明らかである。そうす
ると,本件発明の「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プラスチゾル」と引用発明
の「接着剤」とは,いずれも従来技術における紙が有していたのと同程度の接着力
及び強度を有するものであると考えられ,接着力及び樹脂強度において特段の相違
はないと解するのが相当である。
(5) 以上のとおりであるから,本件決定が,「複数並列されたタイルの裏面同
士を,接着剤で連結したユニットタイル」の点で本件発明と引用発明が一致すると
認定したことに誤りはない。
3 取消事由2について
(1) 原告は,引用発明ではタイル同士が接着されているのに対して,本件発明
ではアクリル樹脂プラスチゾルによって連結されているという本質的な相違がある
から,引用発明から本件発明を想到することは容易ではないと主張する。
 ア すなわち,原告は,引用刊行物1には引用発明の「接着剤」としては液
状のもの以外を示唆する記載はないから,接着剤として使用可能なものとして列挙
されているうちの「接着性のあるプラスチック」は,アクリル系接着剤(アクリル
塗料又はアクリルエマルジョン)であると理解されるのであり,アクリル系接着剤
はタイル同士を接着することはできても連結することはできない,と主張する。
 しかし,引用刊行物1(甲5)には,下記の記載がある。

「なお,以上の説明での接着剤としては,合成ゴム,ブチルゴム及びク
ロロプレンゴムなどのゴム材並びにウレタンフォームなどの合成樹脂並びにゴム
系,アクリル系及びホットメルトなどの接着剤並びに接着性のあるプラスチックな
どが使用可能である。」(段落【0036】)
 上記記載に照らせば,「接着性のあるプラスチック」は,「ゴム材」や
「合成樹脂」と並列されているものであるから,これが原告の主張のように液状の
アクリル系接着剤であると解すべき理由はなく,原告の上記主張は前提において誤
りがある。
イ なお,原告は甲16の試験報告書を提出し,引用発明の「接着剤」はタイ
ル同士を連結するために必要な接着力及び樹脂強度を具備していないと主張する。
 しかし,同試験報告書は,引用刊行物1の実施例に記載された方法によってタイ
ルシートを製造するに当たり,「接着剤」としてアクリル系接着剤(アクリル塗料
及びアクリルエマルジョン)を用いたものである。引用発明の「接着剤」がアクリ
ル系接着剤に限られるわけではないことは上記アのとおりであるから,同試験報告
書のタイルシートにおいてはタイル同士の連結という結果が得られなかったからと
いって,引用発明の「接着剤」が一般にタイル同士を連結する機能を有しないとい
うことはできない。
(2) 次に原告は,引用刊行物2(甲6)に記載された「接着性付与剤としてポ
リエチレンイミンを含有させたアクリル樹脂プラスチゾル」を,引用発明の「接着
剤」として用いることによって本件発明の「接着媒体が配合されたアクリル樹脂プ
ラスチゾル」の構成を得ることは,当業者(発明の属する技術の分野における通常
の知識を有する者)の容易に想到し得るところではないと主張するが,原告がその
理由として述べるところは,以下のとおりいずれも採用することができない。
ア 引用発明の「接着剤」の一例として,「接着性のあるプラスチック」が
引用刊行物1(甲5)に明示されていることは上記(1)アのとおりである。一方,引
用刊行物2(甲6)には,「アクリル酸エステル系共重合体プラスチゾル組成物」
の発明が開示され(【特許請求の範囲】),同組成物には,「接着性をさらに向上
させるために用いられる接着剤付与剤」としてポリエチレンイミンを含有させるこ
とができる旨が明示されている(段落【0016】【0017】)。
 そうすると,引用刊行物1及び2の両方に接した当業者が,引用発明の「接着
剤」の例として引用刊行物1に示された「接着性のあるプラスチック」として,引
用刊行物2の「接着性付与剤としてポリエチレンイミンを含有させたアクリル樹脂
プラスチゾル」を適用することに阻害事由があることを示す特段の証拠もないので
あるから,本件決定が,その適用は当業者の容易に想到し得るところであると判断
したことに,誤りがあるということはできない。
イ 原告は,引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルはポリ塩化ビニル系
樹脂プラスチゾルに対する代替品として発明されたものであり,ポリ塩化ビニル系
樹脂プラスチゾルはシート又は塗布体として利用されるものであるから,その代替
品である引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルもシート等として利用されるこ
とが予定されており,これを引用発明の「接着剤」に代えて利用することは当業者
の容易に想到し得ないところであると主張する。
 しかし,引用発明における「接着剤3」は,上記2(1)で認定したとおり,タイル
2の側面同士がつくる空間の上に横架され,タイル裏面2aの縁部に接着されるもの
であるから,引用刊行物1(甲5)の図6,図7に示されるように,硬化後におい
てはまさに小さな「シート」の形状を呈すものであると認められる。そうすると,
引用刊行物2のアクリル樹脂プラスチゾルがポリ塩化ビニル系樹脂プラスチゾルの
代替物であってシートとして利用されるものであることは,当該アクリル樹脂プラ
スチゾルを引用発明の「接着剤」として用いることを阻害するものではない。
ウ 原告は,本件決定が,引用刊行物2(甲6)のアクリル樹脂プラスチゾ
ルに粘度がある旨が開示されていることや,その用途として制振鋼板・合わせガラ
スが開示されていることを,当該アクリル樹脂プラスチゾルを引用発明の「接着
剤」として用いることの容易想到性の根拠にしたことは不当であると主張する。
 しかし,上記ア及びイで述べたように,粘度及び用途に関する引用刊行物2の記
載を参酌するまでもなく,引用刊行物2のその余の記載に接した当業者にとって,
引用刊行物2に開示された「接着性付与剤としてポリエチレンイミンを含有させた
アクリル樹脂プラスチゾル」を引用発明の「接着剤」として適用することに想到す
ることは容易であるといえるのであるから,原告の上記主張は,本件決定の判断が
その結論において誤りはないことを,何ら左右するものではない。
4 結語
 以上の次第で,原告が取消事由として主張するところは,いずれも理由がない。
よって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとして,主文のと
おり判決する。
  知的財産高等裁判所第2部
  裁判長裁判官 中野哲弘
     裁判官 岡本 岳
       裁判官上田卓哉

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