弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件訴は昭和二四年九月九日訴の取下により終了したものである。
     中間の争に関し生じた訴訟費用は全部上告人の負担とする。
         事    実
 上告人は本件県会議員選挙無効の訴はなお繋属中なることを確認する旨の判決を
求め、その理由として、本件訴は上告人が原告として提起し敗訴の判決を受け上告
の申立をなしたるにより最高裁判所に繋属するに至つたものである。そして、昭和
二四年七月一三日「原判決を破毀する。昭和二二年四月三〇日執行の宮崎県児湯郡
選挙区における宮崎県会議員選挙を無効とする。訴訟費用は被上告人の負担とする」
旨上告人勝訴の判決が言渡されたのであるが、これに対し同月二五日被上告人にお
いて民訴四〇九条ノ四に基ずき適法な異議申立をなしたため、右判決の確定は遮断
され、訴訟はなお繋属中であつたところ、同年九月九日当時の上告人訴訟代理人た
るDは、相手方の同意を得て、訴を取下ぐる旨の書面を最高裁判所に提出したので
ある。しかるに、本件訴訟記録に添付されてある右Dに対する上告人名義の訴訟委
任状としては、曩に提出されていた同年三月九日附のものと、右取下書と共に提出
された同年八月二五日附のものとの二通があり、そのいずれにも恰も訴の取下に関
する特別授権がなされたかのような記載があるため、前示取下書の提出によつて、
本件訴は有効に取下げられたものとして、訴訟終了の取扱を受けるに至つた。しか
し、上告人はDに対し、訴の取下につき特別授権をなしたことはないのであつて、
前述八月二五日附委任状の如きは、上告人の全く関知しないものなのである。すな
わち、その上告人名義の署名も上告人のなしたものではなく、またその名下の印影
も、上告人の印顆によつて押捺顕出されたものではない。該委任状は全く一片の偽
造文書に過ぎないのである。また三月九日附委任状は上告人の作成したものである
が、上告人がDにそれを交付した当時においては「訴の取下に関する件」なる記載
は存在していなかつたのであつて、この記載はDが上告人の意思に反し、擅に爾後
記入したものなのである。さればDは訴訟代理人として訴取下の権限を有していな
かつたこと勿論であるから同人のなした前示訴取下の意思表示は無効であり、訴訟
はなお繋属しているものといわなければならない。よつて相手方申立にかゝる異議
につき速かに裁判あらんことを求める旨陳述した。
 立証として甲第一乃至第一三号証(書証)及び検第一、二号証(検証物)を提出
し、証人D及び上告人本人の訊被を求め、乙第一号証の成立を認めた。
 後上告人訴訟代理人は主文第一項同旨の判決を求め、本件訴については、上告人
主張の如く昭和二四年九月九日当時の上告人訴訟代理人Dから当方の同意を得て取
下の書面が提出されたのである。そしてDは上告人からその訴訟代理人として訴取
下の権限を特別授権されていたのであるから右訴の取下は有効であり、本件訴訟繋
属は既に消滅しているのである。なお上告人主張の事実中委任状の偽造及び変造に
関する部分は不知その他の点はこれを認める旨答弁した。
 立証として、乙第一号証を提出し、証人Dの訊問を求め、甲第二乃至第一〇号証
同第一二、及び第一三号証の各成立を認め同第一及び第一一号証の各成立並びに同
第二号証中「訴の取下に関する件」なる記載がDにより上告人の意思に反し擅に記
入されたものであるとの事実につき不知と答え、同第九号証及び上告人本人訊問の
結果中その利益の部分を各援用した。
         理    由
 本件選挙無効の訴は、上告人が原告として提起し、敗訴の判決を受け上告の申立
をなしたるにより当裁判所に繋属するに至つたものであるところ、昭和二四年七月
一三日本案につき上告人勝訴の判決が言渡され、これに対し、同月二五日被上告人
から民訴四〇九条ノ四に基ずく異議の申立が法定の期間内になされたこと、しかる
に同年九月九日当時の上告人訴訟代理人Dは、被上告人の同意を得て訴取下の書面
を当裁判所に提出したのであるが、右Dに対する上告人名義の訴訟委任状としては、
上告人主張のような二通の委任状が本件記録に添付されてあり、その双方いずれに
も訴取下の特別授権の記載があるので、当裁判所においては、前示訴取下の書面の
提出により本件訴は有効に取下げられたものとして、手続上訴訟終了の措置をとつ
たものであること等訴訟上の経過については、一件記録により明確にされ得るとこ
ろであり、当事者間においてもまた争はないのである。
 上告人はDに対し訴取下の特別授権をしたことはない。昭和二四年三月九日附訴
訟委任状は上告人において真正に作成しDに交付したものであるが、該委任状中「
訴取下に関する件」なる記載はDが擅に爾後記入したものであり、また同年八月二
五日附委任状は上告人の全く関知しないものであり、上告人の署名及び印章は偽造
にかゝるものである旨主張する。よつて按ずるに証人Dの証言によれば、上告人は
Dに対し本件上告審で訴訟委任をなす以前において、事案につき同人に意見を求め
たことがあり、当時上告人は本件につき事を構える所以は、必ずしも選挙無効の判
決を得ることばかりを目的とするのでなく、金銭的利益を得ることによつても満足
する意嚮であることを同人に洩らしていたのであり、その後、敗訴の判決を受け、
訴訟が上告審に繋属するに至り、いよいよ同人に訴訟委任をなすに当つても、上告
人は繰返し同様の意嚮をDに告げこれに対応して適当な措置を講ずるようにとの趣
旨で訴訟委任をなしたものであること、Dは右委任の趣旨に鑑み、場合により訴を
取下げる必要あることが予想されるので、当然これが特別授権のあつたものと考え、
上告人から交付された三月九日附委任状(甲第二号証)の授権事項の部に自ら「訴
の収下に関する件」なる挿入記載をなして、同年四月六日これを当裁判所に提出し
たこと、そして当裁判所が上告人勝訴の判決を言渡し、被上告人からこの判決に対
し異議の申立がなされるに及んで、Dは上告人委任の趣旨に副うよう事件を処理す
るには、いよいよ訴を取下ぐる必要の生ずべきことを慮り、念のため、さきに自ら
「訴の取下に関する件」なる挿入記載をした委任状の外に、改めて上告人からかゝ
る特別授権の記載ある委任状を受領し置くことを適当と考え、宮崎県下に帰郷の折、
上告人を招き、自ら上告人の氏名までも代署して取下授権の記載ある同年八月二五
日附訴訟委任状(検第一号証)をしたため、上告人の面前で上告人から手交された
同人の印顆を所要の箇所に押捺して、所期の委任状を完成しその交付を受け、同年
九月九日に至り、これを訴取下書に添付して当裁判所に提出したこと、並びに本件
訴が取下により終了したものとせられた後、上告人はDから金一〇万円を手交され、
これによつて本件は解決済とする旨を告げられた際、これを了承満足していたこと
等の事実が認められる。右認定に反する上告人訊問の結果は当裁判所の措信し得な
いところであり、その他右認定を覆すに足る証左は存在しない。
 以上認定の事実を綜合すれば、上告人はDに本件上告につき訴訟委任をなすに当
り、選挙の無効を宣告する勝訴の判決を得ることのみならず、示談等により金銭的
利益を得て事件を解決することをも依頼したのであり、従つて同人に授与された訴
訟代理権の内容も、単に訴訟遂行に必要な権限のみならず、上告人委任の趣旨を実
現するに必要な限り或は訴訟上の和解を締結し、また、場合によつては訴の取下を
もなし得ることにあつたと認められるのである。されば、所論二通の委任状をそれ
ぞれ偽造変造にかゝるものであるとなす上告人の主張は採用し得ないところであつ
て前示訴の取下はその権限ある訴訟代理人によつてなされたものというべく本件訴
訟はこれによつて終了したものとなさゞるを得ない。
 よつて被上告人の主張を正当と認め訴訟費用の負担につき民訴九五条八九条に従
い主文のとおり判決する。
 この判決は裁判官全員一致の意見である。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    穂   積   重   遠
 裁判官栗山茂は出張につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎

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