弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
原判決中上告人敗訴部分を破棄し,同部分につき被上告
人らの控訴を棄却する。
控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告代理人林孝幸,同山本利幸,同安部光典の上告受理申立て理由(ただし,排
除されたものを除く。)について
1本件は,上告人の自ら設置し管理する老人福祉施設の資産の譲渡先としてそ
の運営を引き継ぐ事業者の選考のための公募において,設立準備中の社会福祉法人
が,提案書を提出してこれに応募したところ,紋別市長から提案について決定に至
らなかった旨の通知を受けたことから,上記法人の理事又は理事長の就任予定者で
ある被上告人らが,上記通知が抗告訴訟の対象となる行政処分に当たることを前提
にその取消し等を求めている事案である。
2原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。
上告人は,平成20年2月8日,自ら設置し管理する老人福祉施設である紋別市
立安養園を民間事業者に移管すること(以下「本件民間移管」という。),その手
法として,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,指
定管理者方式(地方自治法244条の2第3項に基づき事業者に施設の管理を一定
期間行わせる方式)を避けて施設譲渡方式(事業者に施設の資産を譲渡する方式)
を採ること,当該老人福祉施設の資産の譲渡先としてその運営を引き継ぐ事業者
(以下「受託事業者」という。)を公募により選考することを決め,「紋別市立安
養園民間移管に係る受託事業候補者募集要綱」(以下「本件募集要綱」という。)
を定めた。本件募集要綱には,上告人は受託事業者に対し上記施設の建物及び備品
(以下「本件建物等」という。)を無償で譲渡するとともに上記建物の敷地(以下
「本件土地」という。)を当分の間無償で貸与すること,受託事業者は移管条件に
従い上記施設を老人福祉施設として経営するとともに上告人と締結する契約の各条
項を信義誠実の原則に基づいて履行すべきこと,上告人は受託事業者の決定後にお
いても移管条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すこ
とができることなどが定められていた。
上告人は,同月25日から同年3月24日まで受託事業者の募集(以下「本件募
集」という。)をし,設立準備中の社会福祉法人であるA会は,同日付け提案書を
提出してこれに応募したところ,他に応募者のない中で,上告人の設置に係る受託
事業候補者選定委員会においてその候補者として選定された後,同年5月2日,紋
別市長から,A会を相手方として本件民間移管の手続を進めることは好ましくない
と判断したので提案について決定に至らなかった旨の通知(以下「本件通知」とい
う。)を受けた。
3原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件通知が抗告
訴訟の対象となる行政処分に当たるとした上で,本件通知の取消請求を認容した。
本件民間移管に当たっては,指定管理者方式と施設譲渡方式とが検討された上
で,長期的に同じ事業者が経営を継続することのできる効用を期待して,後者が選
択されたところ,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例(平成
17年紋別市条例第11号)及び同条例施行規則(平成17年紋別市規則第46
号)によれば,上告人においては,指定管理者方式を採る場合には原則として指定
管理者の候補者を公募することとされているから,本件募集要綱を定めて本件募集
を行ったのは指定管理者方式を参考にしたものと推認され,より慎重に受託事業者
を選定する必要のある施設譲渡方式においては公募によることが地方自治法の解釈
上要求されているものと解される。以上によれば,本件募集は法令の定めに基づい
てされたものということができ,本件募集に応募した者には本件募集要綱に従って
適正に選定を受ける法的利益があり,本件通知はこの法的利益を制限するものであ
るから行政処分性がある。
4しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
前記事実関係によれば,本件民間移管は,上告人と受託事業者との間で,上告人
が受託事業者に対し本件建物等を無償で譲渡し本件土地を貸し付け,受託事業者が
移管条件に従い当該施設を老人福祉施設として経営することを約する旨の契約(以
下「本件契約」という。)を締結することにより行うことが予定されていたものと
いうべきである。本件募集要綱では,上告人は受託事業者の決定後においても移管
条件が遵守される見込みがないと判断するときはその決定を取り消すことができる
とされており,本件契約においても,これと同様の条項が定められれば解除権が留
保されるほか,本件土地の貸付けには,公益上の理由による解除権が留保されてお
り(地方自治法238条の5第4項,238条の4第5項),本件土地の貸付け及
び本件建物等の無償譲渡には,用途指定違反を理由とする解除権が留保され得るが
(同法238条の5第6項,7項),本件契約を締結するか否かは相手方の意思に
委ねられているのであるから,そのような留保によって本件契約の契約としての性
格に本質的な変化が生ずるものではない。
そして,本件契約は,上告人が価格の高低のみを比較することによって本件民間
移管に適する相手方を選定することができる性質のものではないから,地方自治法
施行令167条の2第1項2号にいう「その他の契約でその性質又は目的が競争入
札に適しないもの」として,随意契約の方法により締結することができるものであ
る。また,紋別市公の施設に係る指定管理者の指定手続に関する条例及び同条例施
行規則は,上告人の設置する公の施設に係る地方自治法244条の2第3項所定の
指定管理者の指定の手続について定めたものであって(同条例1条参照),本件契
約の締結及びその手続につき適用されるものではない。そうすると,本件募集は,
法令の定めに基づいてされたものではなく,上告人が本件民間移管に適する事業者
を契約の相手方として選考するための手法として行ったものである。
以上によれば,紋別市長がした本件通知は,上告人が,契約の相手方となる事業
者を選考するための手法として法令の定めに基づかずに行った事業者の募集に応募
した者に対し,その者を相手方として当該契約を締結しないこととした事実を告知
するものにすぎず,公権力の行使に当たる行為としての性質を有するものではない
と解するのが相当である。したがって,本件通知は,抗告訴訟の対象となる行政処
分には当たらないというべきである(最高裁昭和33年(オ)第784号同35年
7月12日第三小法廷判決・民集14巻9号1744頁,最高裁昭和42年(行
ツ)第52号同46年1月20日大法廷判決・民集25巻1号1頁参照)。
5以上と異なる原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違
反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決中上告人敗訴部分
は破棄を免れない。そして,同部分につき,被上告人らの訴えを却下した第1審判
決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。
よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官那須弘平裁判官田原睦夫裁判官岡部喜代子裁判官
大谷剛彦)

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