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裁判例


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○ 主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
○ 事実及び理由
第一 請求
被告が、原告に対し、昭和六二年一二月二四日付でした原告の昭和五九年ないし昭
和六一年分の所得税更正処分のうち、別紙(課税の経緯)記載の右各年分の確定申
告欄の事業所得金額(総所得金額と同じである。以下、同じ)を超える部分及びこ
れに対する過少申告加算税の各賦課決定処分をいずれも取り消す(原告の請求を右
のとおり善解する)。
第二 事案の概要
一 請求の類型(訴訟物)
本件は、原告が被告のした昭和五九年ないし昭和六一年分(以下、本件係争各年分
という)の各所得税更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下、本件各
処分という)に調査手続上の違法及び事業所得金額を過大に認定した違法があると
主張して、その一部(確定申告額を超える部分)の取消を求める抗告訴訟である。
二 前提事実(争いがない事実)
1 原告は、昭和五九年ないし昭和六一年当時、肩書地記載の京都府八幡市<地名
略>(以下、原告方という)において「中妻建工」の屋号で建築型枠大工工事業を
営んでいたいわゆる白色申告者である。
2 原告の本件係争各年分の所得税の確定申告、更正処分、異議申立て、異議決
定、審査請求、裁決の経緯は、別紙(課税の経緯)記載のとおりである。
三 本件係争各年分の事業所得金額に関する当事者の主張
1 被告の主張
別表1の(6)欄記載のとおり、次の金額となる。
(一) 昭和五九年分       金五五二万〇、九四三円。
(二) 昭和六〇年分       金八三二万〇、四四八円。
(三) 昭和六一年分     金一、〇六一万四、一一七円。
2 原告の主張
(一) 昭和五九年分    △金一、一一〇万六、七四五円。
(二) 昭和六〇年分      △金一四二万六、九一三円。
(三) 昭和六一年分         金一万九、〇五二円。
(Δ印は、負数であることを示す)
但し、取消を求める範囲は、本件各処分のうち、別紙(課税の経緯)の確定申告欄
記載の事業所得金額を超える部分である。
四 争点
1 本件各処分の調査手続の適法性。
2 本件各処分の推計の必要性。
3 本件各処分の推計の合理性及び事業所得金額。
第三 争点の判断
一 争点1(本件各処分の調査手続の適法性)
1 被告の主張
税務職員が所得税法二三四条一項所定の質問検査権を行使するに際しては、質問検
査の範囲、程度、時期、場所等実施の細目に関し、実定法上、特段の定めがなく、
これらについては、権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられているから、調査の
事前通知、調査理由の個別の具体的な告知、調査の際の第三者の立会いについて
も、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられている。
本件の調査手続(以下、本件調査手続という)には、後記二1(一)のとおり、被
告の部下職員らがその裁量権を逸脱、濫用したと認めるべき事情は何ら存しない。
したがって、本件調査手続は、何ら違法ではなく適法である。
2 原告の主張
被告は、次の(一)ないし(四)のとおり、違法な税務調査を行い、本件各処分を
した。だから、違法な税務調査に基づく本件各処分はその取消を免れない。
(一) 事前通知をしない。
原告の方から連絡をとって日程を調整した昭和六二年九月二日、同年一〇月一五日
の日以外は、部下職員は、いずれも事前通知なしに原告方に臨場した。又、部下職
員は、原告が民主商工会員であるがゆえに意図的に事前通知をしなかった。だか
ら、本件調査手続には、事前通知をしない違法がある。
(二) 第三者の立会を認めない。
本件では、被告の部下職員は、原告方への臨場の際、原告に「あなた方は税金の勉
強などする必要はない」などと述べ、これに対し原告に謝罪した。又、他の部下職
員は、「開業以来の税務調査をする。資料を準備しなさい」、「七年分の調査をす
る。私はどこでも七年分の調査をしている」などと法律上に根拠のない無理な要求
をする等不当な言動を繰り返した。
このような調査の経緯に照らせば、不当な調査を監視し、納税者の利益を守るため
には、第三者の立会いが不可欠である。又、本件では、第三者の立会を認めても、
守秘義務違反や税理士法違反等の具体的な弊害はない。
したがって、本件調査手続には、第三者の立会を認めない違法がある。
(三) 調査理由を開示しない。
税務調査は、元来、任意調査であるから、その調査に応ずるべきか否かの判断を納
税者がする上で個別の具体的な調査理由の開示が不可欠となる。
しかるに、本件調査手続では、所得金額の確認以上の個別の具体的な理由が原告に
開示されていない。したがって、
本件調査手続には、調査理由を開示しない違法がある。
(四) 原告の承諾なく取引先に対する反面調査を行った。
部下職員は、原告の得意先に対する反面調査において、「原告は、どういう性格の
人か」など税務調査に無関係な事項についても尋ねている。そのため、原告は、営
業上の信用低下等の現実の不利益を被った。このように、反面調査は、被調査者の
信用を損なう等その影響が大きい性質のものであるから、客観的必要性があり、か
つ、その必要性の程度に応じた相当な範囲でのみなしうるというべきである。しか
るに、右のとおり、部下職員は、原告に対する調査を尽くさず、反面調査を行った
のだから、右調査は違法である。
3 検討
所得税法二三四条一項所定の質問検査による税務調査は、租税実体法によって成立
した抽象的な納税義務を具体的に確定するための事実行為であって、課税処分とは
本来別個のものである。だから、調査手続の違法は、それが刑罰法規に触れたり、
公序良俗に反する等およそ税務調査を行ったとはいえないと評価されるほど違法性
の程度が著しい場合を除いては、課税処分の取消事由にはならないものと解するの
が相当である。
そうすると、原告の主張は、前記第三の一2(一)ないし(四)の事実関係を前提
としたとしても、部下職員による質問検査権行使の過程に本件各処分の取消事由と
なるような重大な違法があるとは認められないから、主張自体失当というべきであ
る。のみならず、質問検査の範囲、程度、時期、場所等の実施の細目については、
質問検査の必要があり、かつ、これと相手方の私的利益との衡量において社会通念
上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択に委ねられてい
る(最決昭四八・七・一〇刑集二七巻七号一二一一頁、最判昭五八・七・一四訟務
月報三〇巻一号一五一頁参照)。そして、本件の税務調査の経緯は、後示認定二3
(一)のとおりであるから、原告主張の事前通知、調査理由の開示をしないこと、
調査に第三者の立会いを認めなかったこと、原告の承諾なく反面調査を行ったこと
などにつき、部下職員に裁量権の濫用があるとか、本件調査の方法や程度が、原告
との利益衡量において、社会通念上相当な限度を超え違法であるとすべき事実は、
本件全証拠によっても認めるに足りない。
よって、本件各処分における調査手続には何ら違法な点はなく、適法というべきで
ある。
二 争点2(本件各処分における推計の必要性)
1 被告の主張
(一) 本件調査手続の経緯は、次のとおりである。
(1) 昭和六二年八月五日、部下職員は、原告方に赴いたところ、原告が不在で
あったので、応対に出た原告の長女に対し、所得税の調査に来た旨を伝え、同月一
一日に再度訪ねるので当日の都合が悪ければ電話連絡を欲しいと記載したメモを手
渡して、原告方を辞去した。
その後、同女より電話があり、調査予定日を同年九月二日とした。
(2) 同年九月二日、部下職員二名は、原告方に赴いた。
原告方には調査に無関係の第三者が二人おり、彼らを退席させるよう求めたが、原
告はこれに応じなかった。また、部下職員は、原告から調査理由を尋ねられたの
で、原告に対し、原告の申告した所得金額が正しいかどうかを確認するためである
と説明した。しかし、原告は、一向に調査に協力しようとしない態度に終始したた
め、部下職員は、止むなく調査を断念し、帳簿があれば借りて帰りたいと申し入れ
たが、原告はこれも拒否したので、原告方を辞去した。その後、次の調査日を決め
たものの当日になって原告の都合で変更されるということが三度繰り返された。
(3) 同年一〇月一五日、部下職員二名は、原告方に調査に赴いたが、原告はこ
の日も第三者を同席させ、その者の退席を求める部下職員の要請に全く応じなかっ
た。そのため、部下職員は、調査を行うことができないまま原告方を辞去せざるを
得なかった。原告からはその後も調査に来て欲しいとの電話連絡があったが、いず
れも第三者の立会いを条件とするものであり、第三者の立会いがなければ調査に応
じることはできないというものであった。
(4) 同年一二月八日、部下職員は、原告方に電話をかけ、原告の長女に対し、
調査した所得金額と申告した所得金額とに差があるので、税務署に来てもらえない
かと申し入れたが、原告はこれにも応じなかった。
(二) 被告は、原告が右(1)ないし(4)のとおり、被告の税務調査に協力し
ようとしなかったため、止むを得ず、推計により原告の所得金額を算出したもので
あり、本件各処分には、推計の必要性が存在する。
2 原告の主張
被告が行った原告の事業所得金額の推計は、前記第三の一2(一)ないし(四)の
とおり、部下職員が第三者の立会いを認めず、不当な言動を繰り返す等の違法、不
当な税務調査に基づくものであり、十分に調査を尽くしたものとはいえない。のみ
ならず、原告は、立会人を記帳補助者の一人にしぼり、帳簿や伝票類を用意して調
査に協力しようとしていたのに、部下職員は、立会人の退去を求めるのみで右帳簿
類を調査しようともせず、一方的に調査を打ち切った。
したがって、原告が被告の税務調査に協力しなかったとはいえず、本件各処分に
は、推計の必要性がなく違法である。
3 検討
(一) 証拠(甲一〇の一部、乙二、三、四の1、2、証人A、原告本人の一部)
及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告主張の前記第三の二1(一)(1)ないし
(4)の各事実が認められる。そうすると、被告が原告の本件係争各年分の事業所
得金額を算出するについて、推計によって算定する必要があったことが認められ
る。
(二) これに対し、原告は、前記のとおり、部下職員は不当な言動を繰り返し、
記帳補助者の立会いを認めず、用意した帳簿類を調査しないまま推計課税をした違
法があると主張し、これに副う証拠(甲一ないし五、一〇、検甲一ないし二四、原
告本人)がある。しかし、原告の供述(甲一ないし五、一〇も同旨)は、あいまい
で首尾一貫せず、右3(一)の認定に反する部分をたやすく信用することはできな
い。又、原告が調査の際に準備していたと主張する帳簿類は、出面帳、支払明細
書、売上請求書、領収証であるにすぎず(検甲三ないし二四)、それには日々の売
上を継続的に記録した売上帳や現金出納帳が含まれていない。又、右出面帳等の帳
簿類が証拠として提出されていないため、これらによって原告の売上金額及び経費
額の明細を把握することができるものか否かの判断もできない。このことに前示第
三の二1(一)(1)ないし(4)の各事実を総合すると、前掲各証拠(甲一ない
し五、一〇、検甲一ないし二四、原告本人)によっては、原告が帳簿類を用意して
調査に協力しようとしていたとの事実を認めることができない。他に、前示3
(一)の認定を覆すに足りる的確な証拠がない。
したがって、本件各処分には、前示のとおり、推計の必要性が認められる。
三 争点3(本件各処分の推計の合理性及び事業所得金額)
1 推計の合理性
(一) 被告の主張
被告が原告の本件係争各年分の事業所得金額を算定するに当たり、選定した同業者
の抽出基準及びその推計方法は次のとおりである。
(1) 同業者の抽出基準
大阪国税局長は、原告の事業所所在地を所轄する宇治税務署長及びその隣接地域を
所轄する伏見、右京、枚方、奈良、大津及び水口の各税務署長に対し、所得税の確
定申告をしている者で、本件係争各年分を通じて次の(1)ないし(8)の条件に
すべて該当する者を抽出するよう通達した。
(1) 建築型枠大工工事業を営んでいること。なお、所得率の異なる土木型枠大
工工事業(土木業)と区別するため、建築型枠大工工事業という抽出条件を設け
た。
(2) 青色申告書を提出していること。
(3) 事業所が宇治、伏見、右京、枚方、奈良、大津及び水口の各税務署のいず
れかの管内にあること。
(4) 他の業種目を兼業していないこと。
(5) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。
(6) 売上(収入)金額が金一、七〇〇万円以上、金八、七〇〇万円未満である
こと。
なお、売上金額の範囲は、被告が主張する原告の昭和六一年分の売上金額金五、七
三六万七、四四三円の約一五〇パーセントを上限とし、昭和五九年分の売上金額金
三、五七六万二、四〇二円の約五〇パーセントを下限としたものである。
(7) 事業専従者が二名以下であること。
(8) 対象年分の所得税について、不服申立て又は訴訟が係属中でないこと。
(2) 同業者の選定件数及び同業者率の内容
右通達により抽出された同業者は七名であり、その売上金額、算出所得金額(売上
金額から売上原価及び一般経費を差し引いた金額)、算出所得率(算出所得金額を
売上金額で除した割合)、算出所得率の平均値(以下、平均算出所得率という)
は、別表3ないし5記載のとおりである。
(3) 同業者の抽出過程
前記第三の三1(一)(1)の抽出基準は、原告の事業内容に基づき設定したもの
であり、これにより抽出された前記同業者は、原告と業種、業態、事業場所及び事
業規模等において類似性を有する。なお、建築型枠大工工事業は、土木型枠大工工
事よりも所得率が低いため、建築型枠大工工事業として抽出された同業者の平均値
は原告にとって不利益とはいえない。しかも、その申告の正確性について裏付けを
有する青色申告者であるから、右(1)の抽出基準は合理性があり、これに基づき
算出された数値は正確である。
又、右同業者の抽出は、大阪国税局長の発した通達に基づき、各税務署長が機械的
に右抽出基準に該当する者のすべてを抽出したものであるから、その抽出に当たっ
て恣意の介入する余地はない。
したがって、被告が平均算出所得率を用いて原告の本件係争各年分の事業所得金額
を算定したことには合理性がある。
(二) 原告の主張
(1) 被告の抽出基準の不合理性
イ 業種、業態
原告の営む型枠大工工事業は、土木型枠大工と建築型枠大工の別、型枠材料の所有
の有無、専属下請けの有無によって、所得率が大きく異なる。そして、原告は、専
ら建築型枠大工を営み、多くの下請けを抱えており、売上金額は大きいものの、所
得率はかなり低い。
そうすると、右の差異を無視して被告が設定した「建築型枠大工工事業を営んでい
ること」という抽出基準は合理性を欠く。
ロ 立地条件
立地条件の類似性を確保するためには、被告が抽出している宇治、伏見、右京、枚
方、奈良、大津、水口の各税務署管内のみならず、宇治税務署に隣接する高槻、上
野の各税務署管内からも同業者を抽出すべきである。さらに、宇治税務署と隣接し
ていなくとも、原告と立地条件が類似していれば、他の税務署管内(例えば、下京
税務署)からも同業者を抽出すべきである。そうすると、被告は複数の同業者を抽
出すれば足りるという観点からのみ同業者を選定しており、その立地条件に関する
抽出基準は合理性を欠く。
ハ 事業専従者
被告は、事業専従者が二名以下として同業者を選定している。しかし、専従者の事
業に対する寄与の程度は一定ではなく、原告の事業専従者と同程度の寄与であると
の確認もなく、逆に、その数を二名ではなく、二名以下としたことによって原告と
類似性を欠く同業者が抽出された可能性がある。したがって、事業専従者に関する
抽出規準は合理性を欠く。
二 利子割引料の控除
原告は、昭和五九年頃は営業が苦しく、借入が多かった時期であるから、被告が同
業者を抽出するに当たり、同業者の売上金額から利子割引料を控除して原告と比較
するのでなければ不合理である。だから、右の考慮を欠く被告の抽出基準は不合理
である。
(2) 推計方法の不合理性
イ 同業者の算出所得率を単純平均することの不合理性
同業者率の平均を求める場合、同業者の売上金額を合計し、その合計値で算出所得
金額の合計値を除して全体の平均百分率を求める加重平均の方法によるべきであ
る。
したがって、被告のように、同業者の各百分率の合計値を合計数で除して全体の平
均百分率を求める単純平均の方法は、推計方法として不合理である。
ロ 統計学の手法を用いないで推計することの不合理性
被告が抽出した同業者の売上金額と算出所得率との間には、売上金額が増えると算
出所得率が低下するという統計学上の有意な関係が認められる。このような場合、
統計学における回帰分析の手法を用いず、算出所得率の単純平均を行って算出所得
率を計算することは誤りである。
加えて、本件係争各年分のうち、昭和六〇年、昭和六一年分については、実際に抽
出された同業者の売上金額は原告の売上金額より少なく、これでは抽出されたサン
プルの範囲内で推定値を求める「内挿」による統計的処理ができない。又、この場
合、統計的推測は「外挿」による処理となるが、これでは統計的推測における過誤
が大きくなる。
だから、原告よりも売上金額の小さい同業者の算出所得率を用いて原告の事業所得
金額を推計することは、統計学的に誤りであって、推計方法として不合理である。
(三) 検討
(1) 被告主張の推計方法の合理性
証拠(乙五ないし一八、証人B、原告本人の一部)及び弁論の全趣旨によれば、被
告主張の前記第三の三1(一)(1)(同業者の抽出基準)、同(2)(同業者の
選定件数及び同業者率の内容)、同(3)(同業者の抽出過程)の各事実が認めら
れる。
右認定の事実によれば、同業者の抽出基準は、業種、業態の同一性、事業所の近接
性、事業規模の近似性等の点で同業者の類似性を判別する要件として合理的なもの
である。そして、その抽出作業について大阪国税局長の恣意の介在する余地は認め
られず、かつ、右調査の結果の数値は青色申告書に基づいたもので、その申告が確
定しており信頼性が高い。
抽出した同業者数も七名であることから、各同業者の個別性を平均化するに足りる
ものである。
したがって、右により算出された同業者の平均算出所得率を基礎に算定された原告
の本件係争各年分の事業所得金額の推計には、特段の事情のない限り、合理性があ
るということができる。
(2) 原告の主張の検討
イ 同業者の抽出基準の合理性の有無について
原告は、同業者との細部にわたる個別的な営業条件の差異(業種、業態、立地条
件、事業専従者の数、利子割引料の有無における差異)を主張し、被告抽出の同業
者と原告の間には類似性がないという。そして、これに副う証拠(甲一一、一三の
1ないし5、一四ないし一六、
原告本人)がある。
しかし、課税処分は、限られた時間内に大量に行わざるを得ない性質のものである
から、同業者の所得率等による推計の場合も、抽出基準として当該納税者の業態等
と完全に一致する者を選択することはおよそ不可能である。だから、課税庁として
正確に把握でき、かつ、所得率等に影響を及ぼしうることが経験則上認められる要
素を基準として同業者を抽出すれば、他に所得率等に影響を及ぼす要素があったと
しても、それが所得率等に影響を及ぼすことが決定的であることを原告において立
証しない限り、一応の合理性が認められるというべきである。
又、推計による所得金額の算出においては、その性質上、同業者との間に通常存在
する程度の営業条件等の差異ば同業者率の平均化の過程で平均値の中に吸収される
から、当該平均値による推計自体を不合理ならしめる程度に顕著な事情でない限
り、原告の個別的事情は斟酌する必要はない。
そうすると、被告において、同業者の類似性につき一応の合理性を立証すれば、原
告と細部に至るまで業態等に差異がないことを立証する必要はない。むしろ、その
合理性を覆す原告において、右業態等の差異が経験則上所得率等に影響を及ぼすこ
とが決定的であり、これを抽出基準に加えなければ不合理であるとか、その業態等
の差異が同業者率の平均化の過程で捨象されない顕著な特殊事情であることを立証
する必要があると解するのが相当である。
してみると、前記原告主張に副う証拠によっても、原告主張の事情(業種、業態、
立地条件、事業専従者の数、利子割引料の有無における差異)が、経験則上所得率
等に影響を及ぼすことが決定的であるとか、同業者率の平均化の過程で捨象されな
い顕著な特殊事情であるとは認められない。したがって、原告の右主張は理由がな
い。
ロ 推計方法の合理性の有無について
(イ) 同業者の算出所得率を単純平均することの是非
同業者の平均算出所得率を求める場合、加重平均の方法によるべきであって、被告
主張のように単純平均の方法によるべきではない。
だから、被告の推計方法は不合理である。このように、原告は主張する。
しかし、原告主張の加重平均による算定方法によれば、売上金額の多い同業者の算
出所得率に占める個別的要素の比重、影響が大きくなり、かえって同業者間の個別
性を平均化するうえで合理性を欠くというべきである。したがって、
原告の右主張は理由がない。
(ロ) 統計学の手法を用いないで推計することの是非
真実の所得金額の推計方法としては、被告主張の単純平均と比べて統計学的手法
(回帰分析)がより精度が高く正確であるから、被告の推計方法は不合理である。
このように、原告は主張する。そこで、複数の推計方法が考えられる場合、推計方
法の優劣を争いうるのか否かにつき検討する。
そもそも、推計課税(所得税法一五六条)は、課税標準を実額で把握することが困
難な場合、税負担公平の観点から、実額課税の代替的手段として、合理的な推計の
方法で課税標準を算定することを課税庁に許容した実体法上の制度と解するのが相
当である。そうすると、推計課税は、実体法上、実額課税とは別に課税庁に所得の
算定を許す行為規範を認めたものであって、真実の所得を事実上の推定によって認
定するものではないから、その推計の結果は、真実の所得と合致している必要はな
く、実額近似値で足りる。だから、推計方法の合理性も、真実の所得を算定しうる
最も合理的なものである必要はなく、実額近似値を求めうる程度の一応の合理性で
足りると解すべきである。
したがって、他により合理的な推計方法があるとしても、課税庁の採用した推計方
法に実額課税の代替手段にふさわしい一応の合理性が認められれば、推計課税は適
法というべきである。それとの推計方法の優劣を争う主張は、主張自体失当であ
る。
本件では、被告主張の単純平均による推計方法に、前認定第三の三1(三)(1)
のとおり、一応の合理性を認めうる。又、統計学的手法が、所得認定の方法として
最早、常識といえるほど一般化しており、これによらなければ不合理であるとの事
実を認めるに足る的確な証拠がない(統計学的手法が一般化しているとの証人Cの
証言の一部のみでは、右事実を認めることはできない)。その他、前示第三の三1
(三)(1)の認定を左右するに足る証拠がない。
してみると、被告主張の推計方法と原告主張の統計学的手法との優劣を判断するま
でもなく、被告主張の推計方法に合理性を肯定できることになる。
のみならず、仮に、本件において、同業者の売上金額と算出所得率との間に統計学
上の有意な関係が認められるとしても、昭和六〇年、昭和六一年分については、実
際に抽出された同業者の売上金額が原告の売上金額より少ないため、統計学的処理
が不可能であって、当該各年分の算出所得率を算定できないというのである一甲
七、証人C、弁論の全趣旨)。そうすると、原告主張の統計学的手法による所得率
の方が被告主張の所得率よりも、真実の所得に近い数値が得られるとの立証が何ら
されていないことになるから、この意味でも推計方法の優劣を争う原告の主張は失
当である。
ハ まとめ
以上のとおり、原告の主張はいずれも理由がなく、被告が平均算出所得率を用いて
原告の本件係争各年分の事業所得の金額を推計したことは合理的と認められる。
2 事業所得金額
(一) 被告の主張
(1) 本件係争各年分の事業所得金額
原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、前示第二の三1、別表1の
(6)欄記載のとおり、次の金額となる。したがって、本件各処分は、いずれもそ
の各金額の範囲内にあるから適法である。
(1) 昭和五九年分       金五五二万〇、九四三円。
(2) 昭和六〇年分       金八三二万〇、四四八円。
(3) 昭和六一年分     金一、〇六一万四、一一七円。
その算定方法は、次の(2)ないし(5)のとおりである。
(2) 売上金額
被告が把握し得た原告の本件係争各年分の売上金額は、別表1の(1)欄記載のと
おり、昭和五九年分が金三、五七六万二、四〇二円、昭和六〇年分が金五、四四六
万三、二五八円、昭和六一年分が金五、七三六万七、四四三円であり、その明細は
別表2記載のとおりである。
(3) 算出所得金額
原告の本件係争各年分における算出所得金額は、別表1の(3)欄記載のとおり、
昭和五九年分が金六五四万〇、九四三円、昭和六〇年分が金九三四万〇、四四八
円、昭和六一年分が金一、一六三万四、一一七円である。これらの金額は、いずれ
も前記(2)の各売上金額に、別表3ないし5の(3)欄記載の算出所得率の平均
値(平均算出所得率)をそれぞれ乗じて算出した。
(4) 特別経費(地代家賃)
原告が、本件係争各年分において、ガレージの地代家賃として訴外Dに支払った額
(特別経費の額)は、別表1の(4)欄記載のとおり、いずれも金一二万円であ
る。
(5) 事業専従者控除額
昭和五九年分ないし昭和六一年分の事業専従者控除額は、別表1の(5)欄記載の
とおり、各金九〇万円であるが、この金額は、原告が昭和五九年分ないし昭和六一
年分の所得税の確定申告書に記載した原告の長男E及び長女の夫Fに係る事業専従
者控除額である。
(二) 原告の主張
(1) 前記第三の三2(一)(1)(本件係争各年分の事業所得金額)は争う。
原告主張の金額は、前示第二の三2のとおり、次の金額である。
(1) 昭和五九年分    △金一、一一〇万六、七四五円。
(2) 昭和六〇年分      △金一四二万六、九一三円。
(3) 昭和六一年分         金一万九、〇五二円。
(Δ印は、負数であることを示す)
(2) 前記第三の三2(一)(2)(売上金額)は認める。
(3) 前記第三の三2(一)(3)(算出所得金額)は争う。
(4) 前記第三の三2(一)(4)(特別経費(地代家賃))は争う。被告主張
のガレージ分の金一二万円については認めるが、原告は、その他にも、昭和六一年
一一月分以降、月額七万円の倉庫賃料を支払っている。
(5) 前記第三の三2(一)(5)(事業専従者控除額)は認める。
(三) 検討
(1) 売上金額
本件係争各年分の売上金額が別表1の(1)欄記載の金額であり、その明細は別表
2記載のとおりであることは、争いがない。
(2) 算出所得金額
右(1)の各売上金額に、別表3ないし5の(3)欄記載の算出所得率の平均値
(平均算出所得率)をそれぞれ乗じて算定される原告の本件係争各年分の算出所得
金額は、別表1の(3)欄記載のとおり、被告主張額と同額と認められる。
(3) 特別経費(地代家賃)
原告が、本件係争各年分において、ガレージの地代家賃として支払った額(特別経
費額)が金一二万円であることは争いがない。
原告は、右金額以外に昭和六一年一一月分以降、月額七万円の倉庫賃料を支払って
いると主張する。しかし、本件全証拠に照らしても、原告の倉庫賃料支払の事実を
認めるに足りない。
したがって、原告の本件係争各年分の特別経費は、別表1の(4)欄記載のとお
り、被告主張額と同額と認められる。
(4) 事業専従者控除額
事業専従者控除額が、別表1の(5)欄記載のとおりであることは、争いがない。
(5) 事業所得金額
以上によれば、原告の本件係争各年分の推計による事業所得金額は、前認定(三)
(2)の算出所得金額から、前認定(三)(3)の特別経費(地代家賃)及び同
(4)の事業専従者控除額を差し引いた金額であるから、別表1の(6)欄記載の
とおり、被告主張額と同額と認められる。
第四 結論
以上のとおりであるから、別紙(課税の経緯)記載の本件係争各年分の本件各処分
の事業所得金額(総所得金額)は、いずれも別表1の(6)欄記載の事業所得金額
の範囲内にあるから、本件各処分は、いずれも適法な処分であり、これに違法な点
はない。
(裁判官 中村隆次 橋本 一 河村 浩)

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