弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文
     本件各控訴を棄却する。
     当審における訴訟費用は全部被告人らの平分負担とする。
         理    由
 本件各控訴の趣意は、弁護人関谷信夫、同中井川・一が連名で、弁護人関谷信夫
及び同増田弘が各単独で提出した各控訴趣意書に、これに対する答弁は、東京高等
検察庁検察官検事石井和男が提出した答弁書にそれぞれ記載されたとおりであるか
ら、これらを引用する。
 第一 弁護人関谷信夫及び同中井川・一の法令解釈適用の誤り、審理不尽の違法
等の控訴趣意について(全被告人の関係で)
 所論は、要するに、地方自治法(以下自治法という。)八五条一項は地方公共団
体の長の解職投票に公職選挙法(昭和五〇年法律第六三号による改正前のそれで、
以下公選法という。)の規定の準用を定めているが、これには例外が多々あり、自
治法施行令一一六条の二、一〇九条により公選法一二九条(選挙運動の期間)、一
四一条(自動車・拡声機等の使用)、一四二条(文書図画の頒布)、一六四条の
三、五(演説会・街頭演説)、一九四条(選挙運動に関する支出金額の制限)など
の諸規定は解職投票に準用されず、このように自治法によるリコールの場合は解職
に賛成若しくは反対の投票を獲得しようとする運動(以下投票運動という。)のた
めの言論の方法及び費用の支出が無制限に許容される点で公選法による選挙運動の
場合と根本的に相違するから、自治法八五条一項により公選法二二一条一項(買収
及び利害誘導罪)の規定を準用するに当たつては、投票運動に伴う金銭授受につき
それが合法的な言論活動の費用でないことが合理的な疑問の余地のない程度に確証
されたとき初めて違法な「投票及び投票取りまとめの報酬」等として有罪を認定で
きると解すべきであり、換言すれば、同条項の「当選を得……る目的をもつて選挙
人又は選挙運動者に対し金銭……の供与をしたとき」との文言を単に「解職投票を
得る目的をもつて投票権者又は投票運動者に対し金銭……の供与……をしたとき」
と読み替えるのではなく、「適法な投票運動の費用以外の金銭等を供与したとき」
という実質的な限定を付して解釈適用すべきであるにもかかわらず、原判決はこの
ような解釈態度を採らなかつたものであり、また投票運動に伴う費用の支出は運動
方法の多様性と運動期間及び数量の無限定性とから相当多額に及んでも何ら不合
理、不自然でないから、その投票運動者間に授受される金銭は原則として適法な投
票運動の費用たる性質を有し、これをもつて違法な運動報酬であるとの事実上の推
定をすることは許されず、本件において被告人らの間で授受された金銭につきそれ
が適法な投票運動の費用である疑いがないかどうかを十分審理すべきであつたにも
かかわらず、原裁判所は右金銭が食事代、茶菓代、交通費、労務賃、広告費等々の
適法な投票運動の費用であることを立証するとして原審弁護人がした証人申請を全
て却下したのであつて、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令解釈適
用の誤りと審理不尽の違法、ひいては事実を誤認した違法がある、というのであ
る。
 <要旨>そこで検討すると、地方公共団体の長の解職投票につき公選法上の選挙運
動期間の制限、自動車・拡声機等の使用制限、文書図画の頒布制限、演説
会・街頭演説の制限、選挙運動に関する支出金額の制限などを定めた諸規定が準用
されず、大幅に自由な投票運動が許容されることは所論のとおりであるが、投票運
動の方法及び費用について何らの制限もないかのようにいう点は必ずしも正確でな
く、例えば、公選法一三八条の戸別訪問の禁止、一九七条の二第一項の選挙運動に
従事する者に対し支給することができる実費弁償並びに選挙運動のために使用する
労務者に対し支給することができる報酬及び実費弁償の額の制限などの規定は投票
運動に準用されるのであり(自治法施行令一一六条の二、一〇九条)、加えて解職
投票制度が選挙制度と同様に民主政治の根幹をなしその健全な発達を期するため解
職投票の公明適正を確保すべきことが要請されることを考えると、選挙の自由公正
を害する買収及び利害誘導行為の処罰を定めた公選法二二一条一項の規定を投票運
動に準用するに当たり別異の解釈をすべきいわれはないから、所論のうち「適法な
投票運動の費用」の弁償としての金銭の授受は買収に該当しないとの部分は相当で
あるとしても、それを導き出す理由や、いささかでも右の費用の弁償の趣旨を含む
限り買収に当たらないとすることには賛同し難く、要するに解職投票の自由公正を
害する行為の禁止という観点から、適法な投票運動の費用弁償としてなされる場合
を除き、投票又は投票運動の報酬としての性質を帯びる金銭の授受等がなされたと
きはその行為者に公選法二二一条一項の規定の準用があると解するのが相当である
ところ、これを本件について見ると、原判決はその「市長解職に反対する目的で…
……解職反対の投票並びに投票とりまとめのための運動をすることの報酬として現
金………円を供与し」又は「前示目的及び趣旨のもとに供与されるものであること
を知りながら現金………円の供与を受け」との判文から明らかなように、解職反対
投票及び同投票運動をすることの「報酬」の趣旨で金銭が授受されたときに供与罪
又は受供与罪が成立することを認めたのであるから、原判決の法令解釈は正当であ
つて、それには法令解釈適用の誤りはない。なお所論は、原判決の「本件各金員の
授受当時、被告人らが(A)後援会本部に、選挙対策本部なるものを組織して、街
頭宣伝活動など被告人らのいう後援会活動を活発に行つていたことは証拠上明らか
であり、これが市長解職投票の投票運動にあたることも明らかであるから、右運動
に際して、金銭の授受があれば、その趣旨如何によつて、犯罪が成立することも当
然である。」との説示部分を挙げて、原判決は本件リコールの投票運動に際して金
銭の援受があれば直ちに供与又は受供与罪が成立するとの解釈を採つている旨主張
するが、これは右説示中の「その趣旨如何によつて」との文言を看過した主張であ
つて失当である。原判決の法令解釈適用の誤りをいう所論は採用するに由ない。次
に、投票運動者間で金銭が授受される場合にそれが適法な投票運動の費用弁償たる
性質のものか、報酬性を帯びるものであるかを認定するに当たり、投票運動者の一
方が費用を伴う投票運動をしたか(又は将来するか)否かを調査することはもとよ
り意味がないわけではない。しかしながら、調査の結果費用を伴う投票運動の事実
が判明したとしても、他方の投票運動者からその者に交付される金銭が常に適法な
投票運動の費用弁償たる性質のものといえるわけではなく、右金銭に投票運動の費
用と報酬の双方の趣旨が渾然として含まれる場合、運動費用の弁償は別の機会に譲
り右金銭が報酬の趣旨のみで交付される場合、あるいは戸別訪問等違法な運動の費
用弁償として交付される場合なども考えられ、これらの場合には供与又は受供与罪
の成立を免れないので、費用を伴う投票運動の事実は問題の解明にとつてやや間接
的な事柄というべきであり、端的に金銭授受当時の状況例えば、金銭の使途の指示
ないし確認、授受の公然性、証憑書類の存否などの調査を尽してその報酬性が証明
されたときは、それ以上の調査は必ずしも必要でないと認められるところ、本件に
おいては、原審で取調べられた多数の証拠を総合することによつて後述のとおり本
件金銭の報酬性を優に肯認することができるから、投票運動に種々の費用がかかつ
たことを立証するとしてなされた証人申請を採用しなかつた原裁判所の措置(ただ
し、この点についてある程度の証拠調はなされている。)を違法視するのは誤りで
あり、したがつて原判決の審理不尽及びそれに基づく事実誤認をいう所論も採用す
ることはできない。以上論旨はいずれも理由がない。
 第二 弁護人増田弘の法令適用の誤りの控訴趣意について(被告人Bの関係で)
 所論は、要するに、原判決はA後援会の会計帳簿に本件金銭の授受についての具
体的な記載がないことを理由にして、原審弁護人の右金銭は後援会活動に要した立
替金の概算払いとして支出されたものであるとの主張を排斥したが、自治法施行令
一一六条の二、一〇九条によれば会計帳簿の備付及び記載を命じている公選法一八
五条の規定は解職投票に準用されず、したがつて後援会の会計帳簿に本件金銭の流
れについての記載がないからといつて何ら異とするに足りないから、これを理由と
する原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、という
のである。
 しかしながら、所論は、原判決が右の後援会活動も市長解職反対の投票運動に当
たることを明らかにしたうえ、本件金銭について「(後援会の)小型金銭出納帳の
昭和四六年五月二〇日欄に『A婦人渡』として一二〇万円の支払が記帳され、農事
メモには『6/3寄附金』として一二〇万円の入金が記帳されているのみで、その
余の本件金員の流れについては一切記帳されていない。他面、右出納帳、農事メモ
には、支部等への経費の概算払いと認められる支出が、その都度記帳されているの
であつて、これと対比すると、本件において授受された金員が後援会の帳簿に記載
されていないことは、不合理かつ不自然である。」と説示する点をとらえて原判決
を非難するものであるところ、その前後の説示とも併せ読むと、右の説示部分は原
裁判所の心証形成の理由を示したものであつて、解職投票においても会計帳簿の備
付及び記載が厳密になされなければならない等の法令解釈を示すものでないことは
明らかであるから、所論はその前提において失当であり、排斥を免れない。論旨は
理由がない。
 第三 弁護人関谷信夫、同中井川・一及び同増田弘の事実誤認の主張について
(全被告人の関係で)
 所論は、要するに、原判決は任意性も信用性もない被告人らの検察官に対する供
述調書を採用して本件金銭が解職反対投票及び同投票運動の報酬の趣旨で授与され
た旨認定しているが、被告人らの原審公判廷における供述などによれば右金銭はA
後援会における後援会活動に要した費用の概算払いとして授受されたものと認めら
れるから、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、という
のである。
 そこで、原審及び当審で取調べた関係証拠に基づき検討すると、茨城県那珂湊市
長Aは昭和四五年四月八日同市職員八名に対する昇給延伸処分を行い、そのため市
職員組合が態度を硬化させて市当局と組合の対立が表面化し、これについては数次
の団体交渉を経て同年八月二〇日右昇給延伸の是正などを内容とする協定が成立し
たが、同市長が同月二九日組合の委員長及び書記長に対し庁内デモ、坐り込みなど
の指導を理由に地方公務員法二九条一項により懲戒免職処分を行つたためその撤回
をめぐつて対立が激化し、市長は同月三一日ガードマン導入、同年一二月五日組合
員二四名に対する勤勉手当の一割カツト、同月二六日同一七名に対する職場放棄、
市長・助役の監禁などを理由とする停職、戒告、減給処分を行うとともに昭和四六
年一月一一日ガードマン的な臨時職員二一名を採用し(ただし、市議会からの勧告
もあつて同月二〇日全員解雇)、これに対して組合側は同月一四日市長及び助役を
地方公務員法違反を理由に告訴するなどし、右の市役所内部における紛争は次第に
那珂湊市民にも波及して市民は市長派、反市長派と若干の中間派に分かれ、反市長
派はついに同月一九日Cほか一名を代表者とし、市長が人事権を濫用して組合を弾
圧したこと、暴力団員をガードマン的臨時職員として採用したことなどを請求の要
旨とする市長解職請求書を添えて那珂湊市選挙管理委員会に市長解職請求代表者証
明書の交付方を申請し、同月二二日同選挙管理委員会から請求代表者証明書の交付
を受けたうえ同年二月六日署名者数一万二五四五人に及ぶ署名簿を提出し、市選挙
管理委員会は署名簿の審査、市長解職請求の受理その他所要の手続を経て同年五月
三一日付で同年六月二〇日に解職賛否投票を行う旨の告示をし、これに基づいて六
月二〇日解職投票が実施され、有権者総数二万二六四六人のうち一万七二九六人が
投票し、その結果有効投票数一万六八七三票のうち賛成票が一万〇八二〇票と過半
数を超えたため、A市長は自治法八三条によりその職を失うに至つたこと、A後援
会連絡協議会は、前示のA市長と市職員組合の紛争が熾烈化した昭和四五年九月に
市長擁護態勢を強化するため従前那珂湊市内の数地区に存した任意団体たるA後援
会を統合し本部を同市a所在のD会館に置き代表者を横須賀與四郎と定めて結成さ
れた政治資金規正法上の団体であり、市長解職請求がなされ一万人以上の署名簿が
提出されて解職投票を避け難い状況にあつた昭和四六年三月ころ本部を同市b丁目
に移すとともにその後その近くに事務局を設け、この間宣伝カーを走らせ、座談会
を開きあるいはパンフレツトやビラを頒布するなどして組合やリコール派に対する
攻撃、解職賛成署名に対する反対運動、市長擁護など各般の活動を行つてきたが、
同年四月二五日施行の那珂湊市議会議員選挙が終つたあと同年五月中旬までの間に
おいて市長派の当選議員、落選議員などから成る「選挙対策本部」(以下選対本部
という。)が設けられ、選対本部とA後援会連絡協議会(以下後援会という。)本
部とが渾然一体となり、実質的には選対本部が中心になつてその後の各般の投票運
動を展開してきたこと、被告人EはA市長の妻、同Fは後援会の事務責任者、同
G、同H、同I、同J、同K、同B、同Lは市長派の市議会議員、同M、同Nは市
長派として前示市議会議員選挙に立候補したが落選した者、同Oは後援会c支部の
活動家、同Pは後援会Q副支部長で、いずれも市長解職反対の投票運動者であり、
このうち被告人Kは選対本部長、同Gは組織部長をしていたことなどの本件に至る
経緯、背景が認められるところ、原判決挙示の各証拠なかんずく後記認定のとおり
任意性に疑いのない被告人らの検察官に対する供述調書によれば、原判示のとお
り、被告人E、同G、同Fは共謀のうえ昭和四六年五月二〇日ころから同月下旬に
かけて市長解職反対の投票および投票運動をすることの報酬の趣旨で、被告人H、
同I、同J、同K、同B、同L及び亡R(市長派市議会議員)に各現金一〇万円
を、被告人Pに現金三〇万円を、同M及び同Nに各現金五万円を、S(市長派市議
選落選者)に現金三万円をそれぞれ供与し、被告人Gは同年六月一六日ころ前同趣
旨で被告人Oに現金五万円を供与し、被告人H、同P、同I、同J、同K、同B、
同L、同M、同O及び同Nは前同趣旨で供与されるものであることを知りながら前
各現金の供与を受けた旨の原判決認定事実は優にこれを肯認することができ、原判
決に所論主張の事実誤認は認められない。以下所論にかんがみ問題点について補足
説明を加える。
 一 所論は、被告人らの検察官に対する供述調書(亡Rのそれを含み、被告人B
のそれを除く。)について、被告人らの原審供述に依拠して、逮捕又は取調の当初
否認していた被告人らが自白するに至つたのは捜査官ことに検察官の違法な脅迫、
利益誘導などに起因しその任意性に疑いが存する、すなわち、検察官は威迫的な態
度で「そんなことを言つているといつまでも帰れないぞ。主人を連れて来て調べ
る。」と言つた(被告人Eにつき)、警察官は「検察官に気に入られるような返事
をしろ。早く出るには気に入られることだ。」と利益誘導をし、検察官は否認する
と怒り、また「弁護士によく話せばこの事件は無罪だから調書作りに協力しろ。」
と詐術を用いた(同Gにつき)、再逮捕により心身ともに疲れ預金通帳も押収され
妻が生活に困つていたところ検察官は「通帳を返してやるからこれ位の責任は取
れ。」と利益誘導をし、また供述調書ができなければ釈放されないとか他の共犯者
を再逮捕すると威迫した(同Fにつき)、警察官は「(被告人)Gは買収したと言
つており、それに合わないと何回でも逮捕する。」と脅迫し、さらに「検事の前で
自白をひるがえすと警察に逆戻りだ。」と言つた(亡Rにつき)、検察官の前に手
錠をかけたまま立たされ「貴様か否認しているのは。後日このとおりになつたらど
ういう罪を食うか覚悟ができているか。帰れ。」と大喝され、警察官は「検事を怒
らせると大変なことになる。今なら取りなしてやる。考えなおせ。」と言つた(被
告人Lにつき)、取調中に検察官が怒つて机を叩いて立上つたため机で押されて転
ばされ、首を打つた(同Kにつき)、検察官は「(被告人)Gは買収金と早く認め
てくれと泣いて頼んでいる。別の目的に使つたのであれば君は詐欺をしたことにな
る。」と脅迫した(同Iにつき)、供述調書に署名を拒否すると検察官は「すぐ出
られるのであるから指印をしなさい。」と利益誘導をした(同Jにつき)、捜査官
は「(被告人)Gの調書と合わないと出さない。」と威迫した(同P、同Mにつ
き)、検察官は否認すると警察調書を見ながら「嘘をつくな。」と怒つた(同Hに
つき)、警察官は「認めないと出さない。一週間でも一〇日でも入つていろ。」と
言い、検察官は少しでも意に添わない供述をすると大声で机を叩き激昂した(同O
につき)、身柄は拘束されなかつたが、検察官は「署名捺印すれば帰してやる。」
と利益誘導ないし威嚇をした(同Nにつき)のであつて、被告人らはこれによりや
むなく捜査官の誘導に応じて虚偽の自白をし、あるいは捜査官がほしいままに作文
した供述調書に署名押印したものである、と主張する。しかしながら、本件捜査
は、被告人Oが本件解職投票に関しT及びUに対し戸別訪問をさせることの日当名
下に各現金一五〇〇円を供与したとの被疑事実により関係者を取調べ、投票翌日の
昭和四六年六月二一日同被告人を逮捕して開始されたものであるところ、それと殆
ど同時に投票運動者の一人であつたVが関係者に働きかけて事件の拡大を妨げ、あ
るいは被告人Fの事件との係わりを故意に隠蔽するなどの行動に出ていること
(W、X、昭和四六年六月二六日付Tの検察官に対する各供述調書)、被告人Eが
同年七月二七日逮捕されるまで所在を隠していたこと、供与者とされた同被告人や
被告人Gが取調の当初本件金銭の額、供与準備行為の場所、供与の相手方等につい
て被告人らの原審供述によつても虚偽であることの明らかな供述をしその旨の供述
調書が作成されていることなどに照らし、本件において大がかりな罪証隠滅工作が
行われたことは明白であり、これに対して被告人らの取調に当たつた捜査官が理づ
めの質問やある程度の誘導をし、ときに語気を強めることもあつたのであろうこと
は推認するに難くないが、もとよりこの程度の質問等による取調方法をもつて違法
な誘導、脅迫などによるものということはできないばかりでなく、被告人らの捜査
官とりわけ主任検察官の取調の違法不当をいう前引用の供述部分は、被告人らが原
審公判廷において、本件供与の共謀を否定し(被告人F)、あるいは本件金銭授受
の趣旨が従前の立替金を清算することにある(その余の被告人ら)などと検察官に
対する供述調書の内容と矛盾する供述をするについて、その供述を維持するために
なされたものであるが、前叙の罪証隠滅工作にかんがみると、被告人らの法廷供述
全体についてその信用性には根本的な疑問がつきまとい、また右の従前の立替金の
清算などとする供述は後述のとおり当時の客観情勢と対比して甚だ不自然であり、
にわかに措信することができないのであつて、これらの事情に加えて、被告人らの
うちのある者が「自分も信仰の道に入つたので本当のことを述べると取調警察官に
言つたかも知れない。」との暗に自白の真実性を認める供述をしていること(被告
人E)、「検察官が、弁護士によく話せばこの事件は無罪だから調書作りに協力し
ろと言つた。」旨の甚だ奇妙な供述をしていること(同G)、検察官の取調態度を
縷々非難しながらその供述があいまいで一部訂正するなどしていること(同L)、
身柄を拘束されたこともないのに、身柄を拘束された被告人らと歩調を合せるかの
ような供述をしていること(同N)などにかんがみて、被告人らが捜査官の取調方
法について利益誘導、脅迫、偽計などをいう点は、捜査官の言動を苛酷なものと過
度に強調するところの為にする弁疏と認めざるを得ないところであり、さらに原判
決も説示するように、被告人らはいずれも原審公判廷において、各その検察官に対
する供述調書に署名押印するに際しその内容を読み聞かされたことを認めているこ
と、各供述調書の内容は、詳細かつ自然で前後の脈絡もあり、被告人らの積極的な
供述がなければ捜査官の知り得ない事項が多々記載されているほか、訂正の申立に
応じて訂正がなされている箇所もあり、また記憶がないとの供述はそのまま録取さ
れているし、とくに供与者とされた被告人E、同Gのそれについては、同被告人ら
が当初前叙のように虚偽の供述をなしたところがそのまま録取されていることなど
に照らし、被告人らの検察官に対する供述調書が捜査官の強度の誘導に基づいて作
成され、ないしは検察官が一方的に作成したとは到底認められず、そのいわゆる捜
査官の違法不当な取調と自白との間に何らの因果関係もないことが明らかである。
なお、被告人Fが再逮捕されている点は最初被告人Gと共謀して被告人Oに対し現
金五万円を供与したとの被疑事実により逮捕されたが、これを否認したため(被告
人Fの原審供述)釈放されたあと、昭和四六年八月一〇日新たに発覚した被告人E
から現金一〇〇万円の供与を受けたとの別個の被疑事実により再逮捕されたもので
あることが認められるから、違法不当な再逮捕はといえず、また被告人Kが検察官
の取調中に机で押されて軽倒し首を打つたとの点は同被告人の原審供述によつて
も、検察官が立上つた際たまたま机が倒れ自分も転倒したというものであつて、仮
にそのような事実があつたとしても当該検察官が故意に暴行を加えて自白を強要し
たとはいえないうえ、原審で取調べた同被告人の検察官に対する供述調書二通は別
の検察官が作成したものであつて転倒の事実と自白との間に因果関係はないという
べきであり、その他所論は、取調時において被告人Gは神経痛、同Fは高血圧に悩
まされていたと主張するが、検察官がこれらの病状を利用した自白を強要したこと
を窺わせる事情は全くないのみならず、被告人Fに対しては拘置所の医師による診
察もなされている反面、両被告人が勾留に耐え得なかつた等の状況も認められない
から、いずれも当該被告人の自白の任意性を疑わせるものでない。以上によれば、
被告人らの検察官に対する供述調書はその任意性に疑いがなく、かえつてこれが肯
認され、したがつてこの点の所論は採用するに由ない。
 二 次に被告人E、同G、同Fの共謀、ことに被告人Fの本件関与の程度の点に
ついて検討すると、右被告人三名の検察官に対する供述調書などによれば、右被告
人らは昭和四六年二月六日有権者総数の半分以上に及ぶ市長解職請求の署名簿が提
出されたことや同年四月二五日施行の市議会議員選挙において市長派の勢力が後退
し市長派議員と反市長派議員の数が互角となつたうえ中間派議員が増えたことなど
から解職投票の結果に危倶感を抱いていたところ、同年五月中旬被告人G、同Fが
被告人Eに対し市長派議員らに金を渡すから二〇〇万円位を準備してほしいと頼ん
だこと、前後は判然としないがそのころ被告人G、同Fが連れ立つてYことY(投
票運動者)方へ赴き、被告人Gが市長派の市議会議員や市議選落選者らの氏名をメ
モした罫紙を取り出して右Yに見せながら、「(市長派の議員らに手当てするのに
金がかかる。」などと言つたこと(主としてYの検察官に対する昭和四六年九月一
三日付供述調書による。)、被告人Eはその後の同年五月二〇日ころ同被告人の兄
で後援会の事実上の会計担当者であつたZから後援会の資金一二〇万円を借り受
け、これに手持ちの八〇万円を加えて二〇〇万円の現金を準備したうえ、右Z方で
被告人G、同Fと会い、両被告人から前示罫紙を示されながら金銭の授与先、その
金額について説明を受け、同説明に基づいて被告人Gに現金一七〇万円を手交し、
これとは別に同Fからの要求により同被告人に二〇万円を渡し、被告人Gは右一七
〇万円を三〇万、一〇万、五万、三万などに分けてそれぞれ封筒に入れ、これを前
叙のとおり被告人Oを除くその余の被告人らに授与したことが認められ(なお、被
告人Gはその後別に四〇万円を用意してそのうちの五万円を被告人Oに授与したも
のである。)、以上によれば、被告人E、同G及び同Fの間において本件供与につ
いての共謀が成立していることは明らかである。これに対して所論は、被告人Fは
水戸市内に居住していた者で、同被告人が那珂湊市に初めて来たのは昭和四六年五
月一七日であり、同月一九日被告人G、亡RとともにYことY方へ赴いたのは後援
会の事務局に勤務することになつたことの挨拶のためであつて、その際右の三名が
何か立替金の支払いに関する話をしていたが関心がなかつたので口を出さなかつた
し、翌二〇日被告人Eと一緒に事務局へ出向く途中Z方に立寄つたのも同人に挨拶
をするためであり、同人方において被告人Gとも一緒になつた際両被告人が話をし
ていたがこれには加わらず、ただ被告人Eから二〇万円を事務局の費用として渡さ
れてこれを預かつたことがあるに過ぎないから、被告人Fが本件供与についての共
謀に加担したことはなく、このことは他の被告人らが原審公判において、こぞつて
被告人Fの本件関与を否定していることからも明らかである、と主張するのである
が、そもそも関係者の供述が一致するからといつて常に真実が語られているとはい
えないうえ、本件においては前叙のとおり被告人Fの関与を隠蔽しようとの罪証隠
滅工作が存したのであるから、むしろ関係者が一致して虚偽の供述をしていると解
する余地が十分にあり、また右の所論の根拠となる証拠は被告人Fの原審及び当審
公判廷における供述や被告人E、同Gの原審供述などであるところ、これらは同被
告人らの検察官に対する供述調書と対比して措信することができず、なお被告人
E、同Gの検察官に対する供述調書によれば、前示のZ方における現金一七〇万円
の授受に際して被告人Fが被告人E、同Gの面前で、右の現金を市議会議員らに交
付することに関連して「(市議会議員の)金バツジを外させるようなことはさせな
いから心配しなくてよい。」と発言したことが認められ、この点は原判決も説示す
るように被告人Fの本件供与についての係わりを如実に示すものといえるから、こ
れによつても同被告人の本件関与は明白である。もつとも、同被告人が那珂湊市に
来るようになつた時期については、同被告人の検察官に対する昭和四六年八月三一
日付供述調書中にも同年五月一五日よりも後である、との所論に添うような記載が
あるが、同被告人の検察官に対する同年七月一五日付、同年八月一八日付各供述調
書によると、同被告人はA市長とは同人が以前茨城県議会議員をしていたころから
の知り合いで、前叙のように那珂湊市職員組合との紛争が激化した昭和四五年九月
ころ同市長から助役を介するなどして助力方の要請を受け、組合の背後に共産党が
あるとの認識のもとにその強固な反共思想も手伝つて同市長を擁護しようと決意し
てこれを承諾し、直ちに従前のA後援会を統合して政治資金規正法上の団体にする
ための手続を行い、あるいは同市役所に来て団体交渉に参加するなどし、その後も
事態の推移に関心を持ち、解職請求の状況や市議会議員選挙の結果などから危機感
を抱いてきたものであることが認められるのであつて、なるほど投票運動に本格的
に取組むためA市長宅や後援会事務局に泊り込むようになつた時期が昭和四六年五
月一六日か一七日ころであるとしても、右の事情に照らすと、同被告人が常駐態勢
をとるのと同時に投票運動を開始し、その一環として市長派議員らへの金銭供与を
考え、被告人Eに対しその準備を頼んだと認めることは何ら不自然でないから(右
の依頼が常駐以前になされたと認め得る余地もある。)、この点が被告人Fの本件
関与を肯定することの障害になるとはいえない。所論は採用するに由ない。
 三、 所論は、本件金銭の授受の趣旨について、被告人らは昭和四五年四月の昇
給延伸処分に端を発したA市長と市職員組合との紛争において同市長を擁護すべく
大々的に労組対策と市民啓蒙運動などの後援会活動を行つてきたところ、右紛争が
リコール問題に発展してからはあくまでもリコールを避けるべきであるとの空気が
被告人らの間に発生し、被告人GらがA市長に対しリコールを避けるため辞表を提
出するように進言し、同市長が昭和四六年五月末までに辞表を提出する意向を示し
たことなどから被告人らはリコールが避けられることを確信していたものであり、
現に同年六月一六日後援会事務局に被告人らの殆どが集まつた席上で同市長から辞
表が出された経緯があり、それが市長辞職につながらずリコール投票が実施される
に至つたのは急に中間派市議会議員の間にリコールを実現すべきであるとの意見が
起つたことによるのであり、この間の同年五月一二日後援会本部に被告人Eや同
G、同K、V、A1、B1等の後援会幹部が集まつた際に、「リコール運動はこれ
で一応終る。前からの立替金をこの際払つてもらつたらどうだろう。」との話が出
て、相談の結果被告人らが前示の労組対策や市民啓蒙運動などの後援会活動を行う
について立替えていた印刷費、会合費、交通費、労務賃等々の費用を後援会から概
算払いすることとし、被告人Gがこれを担当することに決定され、同被告人は右の
決議に基づいて概算払いのメモを作成して本件金銭の交付をなしたのであつて、こ
の立替金清算の話はそれ以前からも話題に上つていたし、前示B1が同月一八日に
後援会各支部の会計責任者や顧問などを本部に招集して説明してもいるので、被告
人Fを除きその余の被告人らの了知しているところであるから、本件金銭の授受は
後援会活動の立替金を清算する趣旨でなされたものと認めるべきであり、解職投票
の投票運動とは関係がない、と主張し、この点に関する原判決の説示を種々非難す
るところである。
 そこで、右の点に関する原判決の説示を見ると、そのうち「被告人らのいう組合
対策、市民に対する啓蒙運動ないしリコール反対運動のため各被告人らが立替払し
た費用を支払おうという幹部会の決議ないし取決めがあつたとすることは、納入さ
れた会費もなく、適正な寄付金も殆どない後援会としては、資金的にこれを支出す
るに由ないものであるから、その資金的手当をしないまま右のような決議をするこ
と自体不合理である。」との説示部分は、原審及び当審で取調べた各証拠を総合し
て検討すると、適正な寄付金というかどうかは別にして後援会の活動資金は、A市
長又は被告人E、その親族、市長派議員らの寄付金によつていたことが明らかであ
るほか、本件当時後援会には相当の資金があり、現に被告人Eが被告人Gらから二
〇〇万円位の金の準備を頼まれた際に後援会の資金一二〇万円を一時借用している
事実もあるから、後援会に資金的手当がなかつたということを所論排斥の理由とす
ることはいささか疑問であり、これと同様の意味において、前叙の被告人GがYこ
とY方において市長派市議会議員らの氏名をメモした罫紙を右Yに示した際の状況
について、原判決がYの検察官に対する昭和四六年九月一三日付供述調書を信用す
べきものとして同調書により被告人Gがその際「市長派の議員に手当する金がかか
る。その金が無くて困つているんだ。」と発言し、右Yが「Eさんに相談しなさ
い。」と答えたことが認められるとしたうえ、「当時はまだ具体的に市議らに配布
する資金の手当がついてなかつたと考えられるのであつて、それより以前に幹部会
の決議があつたとすることは経験則に反するものがある。」と説示する部分につい
ても、右供述調書に他の証拠をも参酌すれば、被告人Gはその時点以前においてす
でに被告人Eに本件供与資金の準備方を依頼していたと解する余地もあつて、「そ
の金が無くて困つているんだ。」と発言したとまでは断定し難く、右説示の前提に
問題があるほか、仮にそれを認めるとしても、前示のような寄付金を集めることに
よつて後援会の資金が充足されるから、資金手当がなかつたとの理由によつては所
論を排斥し得ないというべきである。また原判決が「(立替金の清算)決議につい
ては、捜査段階においては全く触れられていないし、冒頭手続における被告事件に
対する陳述においても、各被告人及び弁護人において一切触れるところがなく、審
理の終期に至つて初めて、各被告人から供述されたものであつて、その供述の時
期、審理の経過に照らしても、右供述はいずれも信用するに価しないものであ
る。」と説示する部分については、被告人らが捜査段階において全くこれに触れて
いないことを不自然とする点はまことにそのとおりであつて、所論が捜査段階でそ
の旨の供述をしたにもかかわらず捜査官がこれを録取しなかつたかのように主張す
るところは採用の限りでないが、冒頭手続においても原審弁護人らが右の決議に言
及していないとの点は、もともと同手続においては公訴事実に対する簡潔な認否程
度の陳述が予定され、その機会に被告人側の抗弁ないし反論がないことを不自然と
まではいえないうえ、原審記録によれば、その際被告人E、同G及び弁護人が本件
金銭は後援会の活動資金又は費用である旨の陳述をしていることが認められ、それ
は立替金清算決議の存在を明言するものでないとしても同決議に関連する陳述とい
い得ることにかんがみて、右のように説示することに疑問がないわけではない。
 しかしながら、翻つて検討すると、所論に添う被告人らの原審及び当審公判廷に
おける供述はその検察官に対する供述調書と対比し、併せて前叙の大がかりな罪証
隠滅工作をも考慮すると、にわかに措信することができないのであり、この点はし
ばらく措くとしても、原判決が説示するその余の理由すなわち、Zが記帳していた
後援会の会計帳簿である小型金銭出納帳及び農事メモ帳には後援会支部等への経費
の概算払いと認められる支出がその都度記載されているのに反して、本件金銭につ
いては被告人Eが昭和四六年五月二〇日右Zから一二〇万円を一時借用し同年六月
三日に同額を返還したことを示す記載があるのみで、被告人Gがこれを交付した相
手方、その月日及び金額については一切記帳されていないこと、後援会の会計担当
者はB1と定められ、事実上はZがこれを担当していたのにかかわらず、会計事務
に関係のない被告人Gが本件金銭の配付に当たつたことなどは被告人らの公判供述
の信用性を否定する事由となるものというべきである。この点について所論は、記
帳の不備は捜査官による捜索の際に記録が散逸したために生じたものであるという
が、前示小型金銭出納帳及び農事メモ帳の昭和四六年五月から六月にかけての記帳
に不備は認められず、それにもかかわらず本件金銭の配付状況の記載がないのはま
ことに不自然であり、また所論は、被告人Gは前示の決議に従い会計担当者の意思
に基づいて立替金の清算に関与したというが、同被告人は当時選対本部の組織部長
をしていたものであつて、そのような者が正規の会計担当者がいるのにこれを差し
置いて立替金清算者に指名され、自ら金銭を配つて回るなどということは甚だ不合
理、不自然というほかなく、かえつてこれらの事情は本件金銭の授受が正規の支払
ルートを外れ密かになされたことの証左となるものというべきである。これに加え
て、立替金の清算といいながら各人ごとにその額を確定する手続がとられた形跡が
ない点も通例に比して異常であり、もつともこれについては所論が、各人の後援会
活動の状況から大よその出費は判明していたし、その額を話し合つたこともあると
いうので一応措くとしても、本件金銭の授受に際し領収書等の証憑書類を徴してい
ない点は甚だ不自然というのほかなく、これに対して所論は、後援会の内部関係に
おける収支については政治資金規正法による証憑書類の徴収は不要であると主張す
るが、問題は清算を目的とする高額の金銭の授受において領収書も取らないのは一
般常識に反しないか否かにあり、法律上の要否を云々するのと異なるから、この点
の所論も採用し難い。そして、被告人らの公判供述のうち最も疑問があるのは、A
市長が辞表を提出することによつて解職投票は回避できると確信し、それゆえに立
替金の清算に入つたという部分であるところ、これについては原判決が説示するよ
うに、被告人E、同G、同Fらに解職投票を回避しようとの考えもあり、またA市
長が辞表を書きこれを解職賛否投票の告示の前日である昭和四六年五月三〇日と告
示後の同年六月一六日ころの二回にわたり助役や被告人らの面前に差し出したこと
は認められるものの、結果的には同市長は辞職しないまま解職投票が実施されたの
であつて、前叙のような解職投票を避け難い情勢のもとにおいて同市長を擁護する
ためには市長に辞表の提出を進言して解職投票回避を図るのみでなく、市長の辞職
が確定するまではそれと並行して解職投票に備えて万全の態勢をとるべきであり、
かつそうすることが当然と考えられるから、被告人らが市長の辞職が確定するのも
待たずに、市長は辞職するものとの単なる予測によつて「リコール運動はこれで一
応終る。立替金の清算をしよう。」と相談してその旨の決議をしたなどというのは
甚だ不自然であること、現にそのいわゆる清算前において選対本部なるものまで設
けられ、清算後においても被告人らによつて街頭宣伝活動、戸別訪問等々が行われ
ていること、被告人Gが原審第五一、第五四回各公判定において、投票日ぎりぎり
まで市長が辞職するように努力したが、市長は強気一点張りで同被告人の言うこと
を聴かないので、県知事に説得方を依頼し、その結果六月一六日市長から辞表が差
し出された旨の所論と異なる供述をしている部分もあることなどの諸事情にかんが
みて多大の疑問が存するというべきであり、以上によれば、本件金銭の授受の趣旨
が従前の後援会活動に要した立替金の清算にあるとの被告人らの原審及び当審公判
廷における供述は到底信用することができないから、この点の所論も採用するに由
ない。
 以上説示したところに照らすと、結局、被告人らの検察官に対する供述調書は措
信するに足り、その他原判決挙示の証拠と総合すれば、本件金銭は従前の立替金に
対する弁償の趣旨も一部含まれてはいるが、その特定はなく、主として投票及び投
票運動をすることの報酬の趣旨で渾然一体のものとして授受されたことを十分肯認
し得るところであり、なお関係証拠によれば、被告人Kが「那珂湊の真相」とい
う。パンフレツトの印刷代一二万円を後援会のために立替払いしたことが認めら
れ、またその他の被告人についても所論のいう立替払いの事実を認め得るとして
も、本件金銭の授受に際してこれが具体的に意識されていたわけでも、具体的に特
定されていたわけでもないから異とするに足りず、また被告人Oは供与を受けた五
万円の一部を家人や知人に対し戸別訪問をして解職反対のための投票用紙ひな型を
配付したことの日当として交付していることが認められるが、右は自治法により禁
止されている違法な投票運動に当たり、その日当といつても報酬性を帯びるもので
あり、この事案によつて供与を受けた金銭の趣旨が適法な投票運動実費の前払いに
あるとの推認をすることはできず、その他所論が若し被告人らが買収という不正の
意図を有していたものとすれば後援会の会計帳簿に本件金銭に関する証跡を残す筈
がないと主張する点も、同帳簿には前叙のとおり本件金銭の授受を現わす具体的な
記載はなく、単に被告人Eが後援会から一二〇万円を一時借用し後日これを返した
という程度のことが記載されているに過ぎないことにかんがみ到底採用するに由な
いものである。
 以上論旨はいずれも理由がない。
 よつて、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却し、当審における訴訟費用は刑
訴法一八一条一項本文を適用してこれを全部被告人らに平分して負担させることと
し、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 千葉和郎 裁判官 神田忠治 裁判官 中野保昭)

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