弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人立入庄司の上告理由第一点について。
 所論は、原判決は、上告人の主張事実および争点を脱しているから、民訴一九一
条に違背すると主張する。しかし裁判所が当事者の主張事実および争点を判決に摘
示するにはその要旨を摘録すれば足り、そのすべてを記載しなければならないもの
ではない。本件について見れば、口頭弁論において陳述された所論の準備書面はき
わめて複雑多岐にわたつているが、上告人が原審で主張した事実の要旨は、結局原
判決事実摘示に摘録されたとおりであることが認められるから、原判決に所論のよ
うな違法はない。
 同第二点について。
 所論は、結局民法一〇九条、一一〇条、一一二条に関する上告人の主張に対し、
原判決は判断を与えていないと主張するに帰する。しかし原審が被上告人の善意無
過失の点につき認定判断していること原判文上明らかであり、かついわゆる正当の
理由の有無については原判決は、むしろ純粋に客観的事情により決すべきものであ
るという趣旨(大審院昭和六年(オ)第三一四五号昭和七年五月一〇日第五民事部
判決、集一一巻九二〇頁参照)のもとに判示のように認定判断していることが認め
られ、原審のこの見解は正当であつて所論は採用できない。
 同第三点について。
 所論は、本件小切手の交付を受けた日時又は所持人の善意について証拠によらず
事実を認定した違法があると主張する。しかし原判決挙示の証拠特に被上告人本人
の原審に於ける供述(記録二七八丁)によれば、被上告人が係争の小切手を受領し
たのが昭和二九年九月二二日であつたことを確認するに十分であり、また被上告人
が当時善意無過失であつたことは原判示によつてこれを肯認することができる。原
判決に所論の違法はない。
 同第四点について。
 所論は、民法一一〇条に関する原審の解釈適用を争うことに帰する。ここにいわ
ゆる「正当の理由」の有無が表見代理行為のなされた当時の諸般の事情を客観的に
観察して決せらるべきであること、また権限ありと信ずるにつき過失のないことを
要することは所論のとおりであるが、原判示によれば原審の見解もこの趣旨にある
ことが認められ、かつその認定に係る事実関係の下においてはこの点に関する原審
の判断の相当であることを肯認するに足りる。所論はひつきょう原審の否定した事
実、または認定しない事実に基いて原審の法令の解釈適用を非難するに帰し採用で
きない。
 同第五点について。
 所論は、本件小切手は被上告人による呈示がなかつたという主張を前提とし、原
審は小切手法の解釈を誤つた違法があると主張する。しかし原判決は証拠により、
被上告人は訴外Dに本件小切手の取立を委任し同人をして呈示せしめたものであつ
て、被上告人と右訴外人との間に本件小切手上の権利の移転があつたのではないと
認定したのであつてこの認定は正当である。そして所論本件小切手の権利移転に関
する判断は持参人払小切手であつてもつねに小切手自体によるべく他の証拠による
ことは許されないという趣旨の主張は独自の見解である。(なお小切手の裏面にあ
る右訴外人の単なる記名捺印を捉えて裏書による権利の移転があつたという主張は、
右説示のとおり理由がない)。
 同第六点について。
 所論は、係争の小切手がいわゆる偽造に当るとして民法一一〇条の適用を論難す
る。しかし本件について手形小切手の偽造という所論は独自の見解であつて全く当
らず、従つてまたその前提に立つて民法一一〇条の解釈適用を非難する所論も採用
のかぎりでない。
 同第七点について。
 所論は審理不尽をいうが、所論の「E銀行との当座取引契約を解除した」旨の抗
争は、記録によれば、上告人は右銀行に対し内容証明郵便をもつて単に「控訴人会
社はFのした当座取引(小切手振出)については控訴人は全然関知せず又何等責任
はない」旨通知したと主張しているに過ぎないのみならず(記録一三三丁)、右事
実の存否は原審認定にかかる事実関係の下において上告人の小切手金支払義務に影
響を及ぼすものとはいえないから、原判決に所論のような違法はない。
 よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のと
おり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    垂   水   克   己

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