弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 被告は、原告Aに対し金一〇万円を支払え。
 原告Aのその余の請求および原告Bの請求をいずれも棄却する。
 訴訟費用のうち、原告Aと被告との間では被告に生じた費用の三分の二を同原告
の負担とし、その余は各自の負担とし、原告Bと被告との間では全部同原告の負担
とする。
       事   実
第一 当事者双方の申立て
原告ら
 「被告は、原告らに対しそれぞれ金一〇〇万円を支払え。訴訟費用は被告の負担
とする。」
との判決ならびに仮執行の宣言を求める。
被告
 「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」
との判決を求める。
第二 原告らの請求の原因
一 原告らの地位
 原告Aは、憲法擁護東京都民連合(以下東京護憲連合と略称する。)の代表委
員、原告Bは、その常任幹事として、いずれも同連合の憲法擁護運動を推進してき
たものである。
二 東京都公安委員会の処分
 原告Aは、東京護憲連合に加盟している右団体の所属員を中心に、昭和四二年六
月一〇日憲法施行二〇周年を記念し、憲法擁護の趣旨を広く国民各層に訴えるた
め、参加予定人員一、〇〇〇名、行進区間杉並区役所から日比谷公園までの集団示
威運動(以下「本件集団示威行進」という。)を行うべく、昭和四二年六月五日、
集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例(昭和二五年七月三日東京都条例第
四四号、以下「都公安条例」という。)一条に基づき、東京都公安委員会に対し、
右集団示威運動の主催者としてその許可を申請した(以下「本件申請」という。)
ところが、東京都公安委員会は、本件申請に対し同月八日付をもつて別紙条件書一
項ないし三項記載のとおりの諸条件を付するとともに、同条件書四項および別紙略
図記載のとおり、申請に係る行進順路中赤坂見附交差点~特許庁角の間を赤坂見附
交差点~山王下~溜池交差点~特許庁前に変更する旨の条件(以下「本件条件」と
いう。)を付して、これを許可した。すなわち、原告の本件申請にもかかわらず、
被告は、本件条件を付して許可したことにより、赤坂見附交差点より永田町小学校
前を経て国会の裏側を通過して特許庁角に至るコースの通行を禁止したのである。
三 本件条件を付した許可処分の違法性
 右のように、東京都公安委員会が本件集団示威行進につき国会周辺の進路の通行
を禁止した処分は、以下の理由により違法たるを免れない。
1 都公安条例自体の違憲性
 都公安条例自体、集団行動の自由を公安委員会の事前の許可制にかかわらしめ、
その自由を大巾に制限するものであつて違憲である。したがつて、違憲の根拠法規
にもとづく本件条件を付した許可は、当然違憲違法たるを免れない。以下その理由
を詳述する。
 憲法二一条は「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由はこれを保障
する。」と規定する。これは代議制民主主義社会においては、公の関心事について
は何よりもまず、国民各人に自己の意見を表明する機会と自由を保障し、自由な言
論と議論、批判を通じて国民の世論の形成されることを期待するのにほかならな
い。また、かかる自由な言論を前提にして、はじめて国民各自の選挙権の行使も意
味あるものとなつて、選挙制度を通じ、民意が国政や地方公共団体の政治に反映さ
れることが可能である。すなわち、言論、表現の自由こそは、近代的民主主義社会
存立の不可欠の基盤であり、憲法上も国民の最も基本的な、重要な権利とされてい
ることは繰り返すまでもないであろう。そして、憲法によつて保障される表現の自
由のうちに集団行進等の大衆的示威運動も含まれていることは、これまた多言を要
しない。
 けだし、現代は、マスコミユニケーシヨンの高度に発達した時代であり、国民が
それらを通じて流されるものを読み、聞き、見るということは極めて容易である。
しかし、その反面、国民各自が積極的にマスコミを利用して自己の信条、意見を表
明することはきわめて困難なことは周知のとおりである。国民一般にとつて、現代
のマスコミは受身の表現の自由は保障しても、積極的にみずからの意思を表明する
機会を十分保障しているものとはいえない。このような状況においては、一人一人
ばらばらでは適切な表現手段をもちえない国民が積極的に自己の意見を表示するた
めに、ときとして集団を形成し(一時的あるいは長期的に)、その集団を通じ、あ
るいは集団として、自己の意見を広く社会に訴えることはきわめて当然であるばか
りか、むしろ、それが唯一の有効な表現手段であるといつて過言ではない。かかる
ものとしての集会、集団行進、集団示威運動が、それ自身重要な表現手段として当
然憲法二一条によつて保障されていることは、つとに最高裁判所も認めるところで
ある(最判昭和二九年一一月二四日大法廷刑集八巻一一号一八六六頁)。
 右のように、表現の自由は、民主主義社会の根幹をなし、憲法の保障する基本的
人権のうちでも最も重要なものであるから、仮にこれを制約することが不可能では
ないとしても、いやしくもその本質を阻害することがあつてはならず、憲法が検閲
を禁じている趣旨からみても、事前の抑制は原則として許されないものといわなけ
ればならない。
 もつとも、集会等の集団的行動については、それが開催される場所を必要とし、
集団であるが故に交通の妨げになる可能性があるという点から、言論、出版の自由
と異なり、特別の規制に服せしめる必要性は否定できないとの見解が有力に主張さ
れていることは事実である。しかし、仮にかかる見解を是認するとしても、集団行
動の表現手段としての重要性にかんがみ、これに対する規制はあくまでも必要にし
てやむえない最小限度にとどまらなければならないのはもとよりであり、すでに述
べたように憲法が事前の検閲、すなわち、行政庁の単なる危険性の判断だけで表現
の自由を事前に制限することを禁止し、表現の自由に対する規制は具体的法益の侵
害が生じた後に司法的手続によつてこれを行なうにとどめている趣旨にかんがみて
も、意見思想の表現手段としての集団行動に対する制約禁止は、公共の安全に対す
る「明白にして現在の危険」が認められる場合に限られるものといわなければなら
ない。具体的に、集団行動に対する規制の限界について、昭和二九年一一月二四日
最高裁大法廷判決が新潟県条例第四号違反被告事件について示した原則、すなわ
ち、「一般的許可制をとつてこれを事前に抑制することは、憲法の趣旨からみても
許されないが、①特定の場所又は方法につき、②合理的かつ明確な基準の下に、③
公共の安全に対し、明らかな差迫つた危険をおよぼすことが予見されるとき、にの
みこれを不許可禁止する場合に限つて合憲である。」との原則は厳格に維持さるべ
きものであると考える。
 そこで、右の観点に立つて、都公安条例の合憲性について考えてみたい。
 まず、規制対象の特定性の問題であるが、同条例は、その一条において、場所に
つき「道路その他公共の場所での集会若しくは集団行進を行なおうとするとき、又
は場所のいかんを問わず集団示威運動を行なおうとするときは、東京都公安委員会
の許可を受けなければならない。」と定め、集会および集団行進と集団示威運動と
を区別したうえ、前者については「道路その他公共の場所」で行なう場合を、後者
については「場所のいかんを問わず」許可を必要としている。
 しかし、およそ思想等の表現を目的とする集団行進にあつては、そのほとんどが
道路その他屋外の公共の場所で行なわれるものであることを考えると、「道路その
他屋外の公共の場所」という規定に、場所の特定という意義を認めることははなは
だ困難である。そのうえ、思想信条等の表現を目的とする集団行進は本来的に示威
の要素をもち、このような集団行進と集団示威運動とはしかく截然と区別できるも
のではない。実際上も両者は同一の目的と機会における統一的行動として行なわれ
ることが一般であるから集団示威運動につき、「場所のいかんを問わず」とする以
上、集団示威運動についてはもちろん、集団行進についてもまた、場所的特定がな
いものといわなければならない。
 つぎに、一条は、但し書において除外例をあげて方法を特定しているかに見える
が、学生、生徒その他の遠足、修学旅行、体育、競技、通常の冠婚葬祭等慣例によ
る行事等は、本来、なんら意見思想の表現を含まないものであつて、憲法二一条に
よる保障とは無縁のものである。したがつて、これらを除外したからといつて、集
団的行動の方法を特定したものとは到底いえず、人数、行進のやり方等の規制につ
いて、具体的に規定する格別の定めがない以上、本条例が、集団的行動の方法を特
定して規制しているとはいえず、むしろ、一般的に制限する規制方式をとつている
ものというほかはない。
 さらに、許可基準についても、都公安条例は三条において、集団示威運動等の実
施が「………公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼずと明らかに認められる場
合の外はこれを許可しなければならない。」と規定するが、これが合理的でかつ明
確な基準といえるだろうか。もとより、右文言は抽象的には極めて妥当である。し
かし、公安委員会という一行政機関(しかも右の許可権限は東京都公安委員会規程
第四号によつて「重要特異なものを除いて」というあいまいな留保をつけて、大巾
に警視総監に委任され更に警視総監から主管部長、課長等に委任されているのであ
るが、事前に許否を決定する上での明確な基準となりうるには余りに具体性に乏し
いのではなかろうか。そもそも、「直接危険を及ぼすと明かに認められる。」とい
う規定は、英米法における「明白かつ現在の危険」の理論にならつたものとも考え
られ、当事者主義のもとにおける厳格な訴訟手続に従つた事後の刑事司法手続にお
いて用いる基準としては、そのままでも十分権利保障の機能を果しうるものといえ
ようが、このような手続的保障のない事前の行政的取締の基準としては、右理論適
用の指針が具体的に示されることが必要であり、治安維持を任とし、その観点から
の取締にのみ走りやすい公安委員会、警察官がなす許否の判断基準としては、その
ままでは余りに抽象的で濫用される余地の十分あるものといわなければならない。
 また、三条但し書をみても、その各号は後述のごとくあらゆる事項にわたつてい
るばかりでなく、文言自体は一見もつともに見えながら各事項についてどのような
観点に立つて条件を付そうとするのか明らかでなく、かかる抽象的事項の列挙だけ
では公安委員会の裁量次第でいかなる条件をも付しうる危険がある。このようなあ
いまいな規定こそが、本件にも見られ、かつ、後述する東京地裁一五部判決もする
どく指摘するとおり、定型化された多数の条件を付けたうえで許可し、しかも、そ
の条件によつて集団行動等の表現手段としての本質を阻害することを可能とするよ
うな運用をもたらしているといわなければならない。そして、条件違反行為の主催
者、指導者、煽動者は直ちに同条例五条によつて、一年以下の懲役若しくは禁錮ま
たは五万円以下の刑に処せられるとともに、違反者は同四条によつて、警察官の即
時強制を受けるのである。すなわち、右但し書の各号は、直接に犯罪構成要件をな
すべき条件の内容を規定するものとしては、余りに包括的だといわなければならな
い。
 さらにまた、いわゆる救済手続の点についても、本条例は、その二条において、
七二時間前までの許可申請書の提出を義務づけるとともに、三条二項において、許
可するときは、特別の事由のない限り、二四時間前までに許可証を交付しなければ
ならないと規定しているのみで、公安委員会が許否を明確にしないで放置した場合
の救済規定を全く欠いている。すなわち、同条には不許可の場合の通知等について
はなんらの定めがなく、また、許可の場合も二四時間前までということには例外が
認められており、したがつて、集団行進等をなすものにとつては二四時間前の許可
通知がない場合、それが公安委員会の怠慢により、許可すべきものが遅れているの
か、あるいは不許可になつたのか、いずれであるか知る由もない。しかも行政事件
訴訟における抗告訴訟は行政処分の存在とその了知とを前提とするから、このよう
な場合には公安委員会が不許可処分をなしたとしても、抗告訴訟を起すことが著し
く困難であるし、また、行動実施の直前に許可と決定され、主催者に通知されたと
しても主催者は準備不足のため、実施不能に陥り、実質的には不許可処分を受けた
と同様の事態に立ち至ることも十分ありうるのである。そして、仮に東京都公安委
員会が行動実施日時まで許可を決せず放置した場合にも、前記昭和二九年最高裁大
法廷判決における新潟県公安条例のごとく、「許可申請書を受理した公安委員会が
当該行列行進集団示威運動開始日時の二四時間前迄に条件を付し、又は許可を与え
ない旨の意思表示をしない時は許可のあつたものとして行動することができる。」
旨の明文の規定がない以上、行動実施は禁止され、これを強行すれば無許可の行動
として都公安条例四条、五条の取締処罰の対象となるのである。
 以上を総合すると、都公安条例は、集会、集団行進、集団示威運動等について場
所、方法等ほとんど特定することなく一般的に禁止し、その実施を抽象的で濫用の
おそれある不明確な基準に従う公安委員会の許可にかかわらしめ、かつ、公安委員
会の処分決定の怠慢、不許可処分に対して有効な救済手段が欠けていることが明ら
かであるから、このような規定自体憲法上特に重要な表現の自由に対するものとし
ては必要最小限度のものとは到底いいがたく、憲法上の権利を大巾に侵害するもの
として違憲、無効たるを免れない。
2 本件条件を付した許可処分の違憲、違法性
 仮に都公安条例自体は合憲としても、なお本件許可条件は、以下の理由により、
不当に集団行動を制限するものとして、違憲、違法である。
 すなわち都公安条例三条本文は「公安委員会は前条の規定による申請があつたと
きは、集会・集団行進又は集団示威運動の実施が公共の安寧を保持する上に直接危
険を及ぼすと明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。」
とし、但し書第六号は「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場
合の進路・場所又は日時の変更に関する事項」に関し必要な条件をつけることがで
きるとしているが、しかし、これらは、憲法二一条が保障し、かつ、民主制のもと
できわめて重要な役割を果す集団行動による表現の自由を制限するものであるか
ら、その運用に当たつては、いやしくも公安委員会が権限を濫用し、公共の安寧の
保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよう戒心すべ
きはいうまでもないところである。
 しかるに、本件において、前述のように、東京護憲連合を主催団体とし、憲法施
行二〇周年を記念して憲法擁護を広く国民に訴えることを目的とする参加予定人員
約一、〇〇〇名程度の行進が、永田町小学校から国会裏側を経て特許庁に至る道路
を単に通過することをもつて、「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明
らかに認められる場合」であるとし、あるいは、これを禁止するについて、「公共
の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」だとすべき合理的理由は
なんら存しない。
 したがつて、都公安委員会のなした本件条件を付した許可は、都公安条例三条の
解釈適用をいちじるしく誤り、ひいて、憲法二一条の保障する表現の自由に含まれ
る集団行動の自由とその権利を不当に侵害した違憲、違法のものというほかはな
い。
四 東京都公安委員会委員らの故意・過失
 東京都公安委員会委員らは、本件条件を付した許可をするについて前述のとお
り、都公安条例三条の解釈適用をいちじるしく誤り、もしくは過失によつて原告ら
の憲法上の権利を侵害したものである。
五 原告らの損害
 国会周辺の通行を禁止した東京都公安委員会の本件条件を付した許可により、原
告らは、国会周辺において集団示威運動を実施することができなかつた。
 なお、原告Aは、昭和四二年六月八日右処分のうち本件条件の部分の取消しを求
めて本案訴訟を提起するとともに、その効力の執行停止を申し立てた(当庁昭和四
二年(行ウ)第二四号)ところ、当裁判所は、同月九日付をもつて同原告の申立て
を容れて執行停止決定をなした。しかし、右執行停止決定に対して同月九日内閣総
理大臣佐藤栄作から行政事件訴訟法二七条一項に基づき異議申述がなされたため、
右決定は直ちに取り消され、結局において、前記国会周辺を通る集団示威運動をな
しえなかつた。
 原告Aが主催者となり、原告Bが指導者となつた本件集団示威行進は、民主政治
においては不可欠なものとされる表現の自由に含まれ、憲法二一条が保障する国民
のもつとも重要な権利であることはいうまでもなく、東京都公安委員会の本件条件
を付した許可が原告らのかかる表現の自由を侵害する行為であることは明らかであ
る。とくに、本件集団示威行進は憲法擁護を目的とするものであるから、国政の最
高機関であり、かつ、憲法改正の発議権を有する国会の周辺において実施すること
がとりわけ重要な意義と効果を持つのである。
 かように集団示威運動の主催者、指導者であつた原告らが、前記のように、国会
周辺の通行を禁ぜられたことにより被つた精神的損害は極めて大きいといわなけれ
ばならず、これを金銭に見つもると優に各自につき一〇〇万円を下らない。
六 被告東京都の賠償責任
 東京都公安委員会の本件条件を付した許可は、地方自治法二条二項、三項一号の
事務の執行としてなされたものであり、したがつて、被告東京都の公権力の行使に
当たる公務員の違法な職務行為により原告らが上記損害を被つたことは明らかであ
るから、被告東京都は、国家賠償法一条により、その賠償責任を免れない。
第三 被告の答弁および主張
(答弁)
一 請求の原因第一項の事実は認める。
二 請求の原因第二項の事実のうち、東京都公安委員会が原告Aの申請に係る本件
集団示威行進について、原告ら主張のとおり行進順路変更等の条件を付して許可し
たことは認める。
三 請求の原因第三項および第四項はいずれもこれを争う。
四 請求の原因第五項のうち、原告Aが昭和四二年六月八日本件条件を付した許可
処分の取消訴訟を提起し、執行停止の申立てをしたこと、当裁判所が翌六月九日執
行停止決定をしたこと、同日内閣総理大臣から異議申述があつたので、当裁判所が
右執行停止決定を取り消し、結局本件集団示威行進を実施することができなかつた
事実は認めるが、その余の事実ならびに主張は争う。
五 請求の原因第六項は争う。
(主張)
一 本件条件を付した許可処分の適法性について
1 本件申請に対する処分手続の経過
 原告Aは、昭和四二年六月五日午後四時ごろ、警視庁杉並警察署に出頭し、東京
都公安委員会に対して、同原告が主催して同年六月一〇日行なう集会、集団示威運
動の許可を申請した。
 杉並警察署警備係員は、右申請書を同日午後四時二〇分ごろ受理し、同月六日午
前一一時三〇分ごろ右申請書を警視庁警備部警備課へ回付した。
 東京都公安委員会は、同月八日午前一一時、委員長D、委員E、委員F、委員G
が出席して臨時委員会を開催し、右申請を検討して、公共の秩序を保持するうえに
必要最小限度の条件を付して許可することを決定し、都公安条例三条二項に基づ
き、この旨を同申請書(副本)末尾に記載した許可書を同月九日午前八時一四分警
視庁杉並警察署警備課長をして同原告の代理人H某に対して交付したのである。
2 集団示威運動の本質について
 都公安条例は、集団行進と集団示威運動とを区別して、規制の対象としている。
ここにいう集団行進とは、多数の者が一定の目的をもつて集団的に行進するものを
いい、参加者の統一的意志は、行進すなわち多数人の移動という方法自体によつて
表現されるものであり、これに対し集団示威運動とは、多数の者が一定の目的をも
つて、公衆に対し、気勢を示す共同の行動をいい、行進と直接無関係に示威を目的
とする言動を伴うことによつて一般公衆になんらかの影響を与えようとするもので
ある。
 すなわち、集団示威運動における示威とは、集団の共通の目的達成のため共同し
て一般大衆に影響を及ぼしうる状況下で威力もしくは気勢を示すことであつて、そ
の示威行為の実態は、宣伝用自動車が一般大衆の聴覚に訴えるため拡声器を通じて
その主張するところを高音で反覆放送し、参加者がこれに応じてシユプレヒコール
をくり返して、はなはだしくけん騒の状態を継続して現出し、一方、一般大衆の視
覚に訴えるため、その主張を誇示する各種の旗、のぼり、プラカード、横断幕、タ
スキ等を携行着装し、これらによつて参加者自身の心理状態を著しく高揚して行動
するのが通常で、これらの示威行為が集団示威運動の要素となつているところに前
記集団行進との差異が見られるのである。
 さればこそ、昭和三五年の大法廷判決において、「本条例の対象とする集団行
進、とくに集団示威運動は、本来平穏に秩序を重んじてなさるべき純粋なる表現の
自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展する危険性がある物理的力
を内包している。」として集団示威運動の本質を判示し、昭和四一年六月二三日東
京地方裁判所刑事第七部判決において、「集団行進は、一定の計画に従つて参加者
の統一的意思を参加者以外の者に認識せしめるために行なわれるものである点にお
いては集団示威運動と軌を一にしているが、参加者の統一的意志は行進すなわち多
数人の移動という方法自体によつて表現され、行進と直接無関係に示威を目的とす
る言動を他に伴わないのを本質とするものである。」と判示している。
 このように集団行進と、集団示威運動の両者は区別さるべきものであるから、
「集団行進の本質は、政治、経済、労働、世界観等について、広く大衆にうつたえ
るための行動であり、プラカード、横断幕、のぼり等は集団行動の本質的要素であ
るにも拘らず、許可条件でこれらを禁止することは、憲法にいう表現の自由の否定
に外ならない。」というがごとき説は、本質的に区別さるべき両者を混同する誤つ
た説といえよう。
3 国会における審議と国会に対する表現の自由について
(一)元来、国会は国権の最高機関として、国会議員、国務大臣等が国政を審議す
る場合、いかなるものからも物理的圧力、心理的威迫、その他の妨害を受けること
のない静穏な環境の中におかれるべきものであつて、これが常に保障されることに
より国会の審議権の公正な行使が確保されることは議会制民主主義国家における最
大かつ絶対の要請である。
 そして、国会議事堂の周辺には、国会議事堂を中心として、国会図書館、衆・参
議院議員会館(三棟)、衆・参議院議員面会所、衆・参議院車庫、衆・参議院議長
公邸、総理官邸、総理府および政党本部等国政審議に必要な各機関、施設が所在
し、国会開会中は、衆・参両院における本会議、委員会等における審議、その他各
種折衝、連絡、打ち合わせ等に随伴して、両院議員、国務大臣、政府委員その他国
政審議に関係する者が、国会議事堂およびその他右関係施設へ出入往来することと
なるが、国政審議権の公正な行使を確保するためには、これらの登退院、出入、往
来の自由の確保が絶対必要な条件となるのである。
 ところで、集団示威運動は、その本質として、「本来、平穏に秩序を重んじてな
さるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱し、暴力に発展す
る危険性のある物理的力を内包している」(前記昭和三五年大法廷判決)ので、こ
れが国会議事堂周辺において行動するときは、前記2に述べたとおり、その集団の
示威によつてけん騒をきわめ、国会の国政審議を阻害するのみならず、後に詳述す
るとおり、集団示威運動の日時、場所、目的、参加者の性格その他諸般の状況によ
り、容易に不穏な集団に転化して、国政審議および議員活動を妨害し、さらに議事
堂構内へ乱入して国政審議に直接重大な脅威を与える危険さえあるのである。
(二)憲法は、政治上の表現の自由について、能動的に、「何人も損害の救済、公
務員の罷免、法律、命令又は規則の制定、廃止又は改正その他の事項に関し、平穏
に請願する権利を有し、何人もかかる請願をしたためにいかなる差別待遇も受けな
い。」(憲法第一六条)と規定している。この請願権は、近代議会制度の発達によ
つて国民参政の途が広く設けられ、また司法制度が確立して、より有効な権利救済
の途が整備されるに至つた今日においては、権利救済の手段としての意味よりも、
国民の各種の希望を国会や内閣その他の機関に対して開陳表現する手段としての意
味をもつものとされている。
 そこで、国家は、これが行使を最大限度に尊重しなければならないことはもちろ
んであるが、請願権の行使手段については、同条項に明記してあるとおり平穏にな
さるべきであつて、換言すると、請願すなわち国会等に対する意思の表現は、ただ
平穏に行なうことのみが憲法上の権利として認められているのである(昭三八、
七、一六東京高裁判決同旨)。
 この場合における「平穏」とは「法律、規則によつて定められた手続にのつと
り、平静穏当な用語を用い、面会の強要や示威運動やその他多衆の聚合による威迫
行為の如きは許されない」という意味である(美濃部達吉著宮沢俊義補訂「日本国
憲法原論」一六〇、宮沢俊義著「日本国憲法論」四三七)とされている。
 かくのごとく、国会に対する請願について、平穏な手段方法によることとされる
のは、国政の審議のために「平穏」が絶対的な要件であることを示しているものに
ほかならない。そして、国政の審議のために「平穏」を保持するには、単に国会議
事堂構内のみならず、これと近接する議員会館等国会関係施設およびそれらの施設
の使用のために供用されている周辺道路等においても「平穏」を保持することがむ
しろ当然である。
 このように請願についても、国政審議権の行使の公正を図るために「平穏」を絶
対的要件としているのであるから、国会に対する単なる集団行動が、国政審議権の
行使の公正を図るために、請願におけると同等あるいはそれ以上の「平穏」を要求
されるのは、けだし当然のことであろう。
 ところで、集団示威運動は、その本質として、主として群集心理の特性からくる
行動の逸軌の可能性と危険性を内包するのみならず、性質上すこぶるけん騒にわた
るものであつて、これが国会議事堂周辺において行なわれるときは、国政審議権の
行使が阻害されるおそれがあるので、国会に対する表現の一方法としての集団示威
運動が制限されることがあつてもけだしやむを得ないのである。
4 主催者、参加団体の性格および本件集団示威行進の目的
 本件集団示威行進の主催者たる東京護憲連合(代表者A)は、昭和四一年二月一
日、東京地方労働組合評議会(以下、「東京地評」という。)傘下の労働組合等の
団体その他が「①ベトナム侵略戦争反対、日韓条約粉砕の闘いについて、②小選挙
区制反対都民運動について、③公安条例撤廃について、④紀元節復活反対、国防省
昇格阻止闘争について、⑤沖繩、小笠原の返還、違憲裁判闘争について」等を具体
的行動目的として結成した運動組織である。
 そして、右組織は、昭和四二年六月一〇日には東京地評傘下の労組員一万五、九
八五名その他の者を合わせて約二万名の者を動員し、これを四ブロックに分けて
「憲法二〇周年・ベトナム反戦・沖繩返還・自衛隊違憲・小選挙区制粉砕・春闘勝
利・生活擁護国民大行進=略称、憲法二〇周年記念国民大行進」なる集団示威運動
を行ない
① 憲法改悪に反対し、憲法二〇周年国民大行進を成功させよう。
② ベトナム侵略戦争に反対し、アジアの平和を守ろう。
③ 沖繩の即時返還を実現し、日本の完全独立を達成しよう。
④ 憲法違反の自衛隊に反対し、恵庭裁判を勝利させよう。
⑤ 原子力艦隊寄港阻止、一切の軍事基地を撤去しよう。
⑥ 憲法改悪につながる小選挙区制を粉砕しよう。
⑦ 春闘の勝利で大巾賃上げ、合理化を粉砕し、労働者の生活と権利を守ろう。
⑧ 消費者米価をはじめ公共料金の賃上げに反対し、国民生活を守ろう。
⑨ 出稼ぎをなくす農政の確立、食管制度を維持し、農民が生活できる生産者米価
を保障せよ。
との主張および
① 革新都政を守り、われわれの手による平和首都の実現。
② 公営住宅大量建設即時実現、中小企業者に無担保一〇〇万円融資を。
③ 都内の軍事基地を撤去し、土地を住民に返せ。
④ 五〇〇の憲法を守る会、一〇、〇〇〇人の会員を実現しよう。
との主張を広く一般大衆に訴えることとし、その西部ブロツクの行動として本件集
団示威行進を計画したのである。
 ところで、原告Aは、本件許可申請書においてはその参加予定人員を約一、〇〇
〇名であると記載、参加予定団体を極めて抽象的に「東京護憲構成団体」と表示し
たのであるが、東京護憲連合の構成団体たる東京地評においては、同年五月二六日
各単産委員長、地区労議長にあてて動員要請書を送り、六月一〇日の本件集団示威
行進に対して一万五、九八五名の労組員を参加させるよう求めたが、これによる
と、本件許可申請の集団示威運動(西部コース)には延べ四、五五五名(最大時
三、〇三五名)の参加が予定されていたのである。また、東京護憲連合を構成する
団体の所属員の中には、社会主義青年同盟(略称社青同)の所属員も参加している
が、この社青同は、国会議事堂周辺道路において放歌、合唱、シュプレヒコール等
によりけん騒をきわめ蛇行進等を行なつて交通をと絶させるなどの行為に出、国会
議事堂周辺の平穏を害して国政審議に影響を与えたりすることがしばしばあつたの
である。
5 進路の変更を条件としたことの適法性について
(一)すでに述べたように、国会は、国権の最高機関として、国会議員、国務大臣
等が国政を審議する場合、いかなる者からも物理的圧力、心理的威迫、その他の妨
害等を受けることのない静隠な環境の中におかれるべきものであつて、これが常に
保障されることにより国会の審議権の公正な行使が確保されることは議会制民主主
義国家における最大かつ絶対の要請である。そして、国会議事堂の周辺には、国会
議事堂を中心として、さきに列挙したような国政審議に必要な各機関、施設が所在
し、国会開会中は、衆・参両院における本会議、委員会等における審議、その他各
種折衝、連絡、打ち合わせ等に随伴して、両院議員、国務大臣政府委員その他国政
審議に関係する者において自由に国会議事堂およびその他右関係施設へ出入往来す
ることができることが、国政審議権の公正な行使を確保するために絶対必要な条件
である。
 換言すると、国会が正当に選挙された全国民を代表する議員によつて構成され、
憲法上国権の最高機関とされている以上、国会議員その他国政審議に関係する者が
静穏の環境のなかでなんらの妨害なく、国政審議権を公正に行使することと、これ
ら議員等の登退院等の自由が確保されることは議会制民主政治の基盤をなすもので
あつて、いわば、国民全体の利害にかかわるところであり、まさに公共の福祉その
ものというべきである。
(二)すでに述べたように、集団示威運動は、その本質として、「本来、平穏に秩
序を重んじてなさるべき純粋なる表現の自由の行使の範囲を逸脱し、静ひつを乱
し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」(前記昭和三五年大法
廷判決)のであつて、このような危険性は、事前の法的規制によつて完全に除却で
きるという性質のものではなく、危険発生の度合は主催者(団体)の性格のみによ
つて判断されるものでもなく、その集団示威運動の日時、場所、目的、参加者の性
格、その他諸般の情況により、容易に不穏な集団に転化して、暴力により国会構内
へ乱入したり、議員の登退院を妨害したりして、国政の審議権の公正な行使を阻害
するものであることは、公知のことともいえるのであり、このことは以下述べる
二、三の事例に徴しても明らかである。
例一
 議事堂周辺において、著しくけん騒をきわめて国政審議および議員活動を妨害
し、さらに議事堂構内へ乱入して国政審議に直接重大な脅威を与えたもの
A 第七回国会開会中の昭和二五年三月九日、約一万名の集団示威運動参加者(以
下デモ隊という。)が、議事堂後庭に乱入し、さらに議事堂内への侵入を図つた。
B 第九回国会開会中の昭和二六年一〇月一日、約四、〇〇〇名のデモ隊が柵を乗
り越えて議事堂構内へ侵入した。
C 第三三回国会開会中の昭和三四年一一月二七日、約二万名のデモ隊が二度にわ
たつて議事堂構内に乱入し、約一時間にわたつて占拠した。
D 第三四回国会開会中の昭和三五年六月一五日夕、約四、〇〇〇名のデモ隊は、
衆議院南通用門の門扉を破壊して議事堂構内へ乱入し、約三時間にわたつて中庭を
占拠した。
例二
 議事堂周辺において著しくけん騒をきわめて、衆・参両議院の正門、通用門前道
路を長時間占拠して議員の登退院に支障を生ぜしめ、または、議員面会所、議員会
館の出入口を塞ぎ、けん騒をきわめて議員活動を妨害したもの
A 第三八回国会開会中の昭和三六年六月二日、約六、〇〇〇名のデモ隊が衆議院
第一議員会館前で集団示威運動を行ない、議員会館の出入および議事堂裏道路の通
行をと絶させた。
B 第四二回国会開会中の昭和三七年一二月一四日、約四、〇〇〇名のデモ隊が議
事堂裏道路で集団示威運動を行ない、参議院議員面会所前路上にすわり込んで気勢
をあげ同所の出入を阻害した。
C 第五〇回国会中の昭和四〇年一〇月一二日には約三〇〇名、同月一五日には九
〇〇名のデモ隊が参議院議員面会所前道路にすわり込み気勢をあげて同所の出入を
阻害した。
D 第五五回国会開会中の昭和四二年五月一二日、約四六〇名のデモ隊が衆議院議
員面会所前道路上にすわり込んで気勢をあげ同所の出入を阻害した。
 右のような集団の威力の濫用は、議会政治、民主政治の破壊的行為であり、公共
の福祉に重大な影響を及ぼす結果となるのである。そして議事堂周辺における集団
示威運動については、右のような危険が内包されているのである。
 また、本件集団示威行進の許可には、進路の変更に関する事項を除くほか、集団
示威運動の秩序保持に関する事項、危害防止に関する事項および交通秩序維持に関
する事項として九項目の条件を付しているが、仮に、この条件が完全に遵守された
としても、高声による放歌、かけ声、演説、シユプレヒコール等を手段とした集団
的圧力が国会審議に著しい影響を及ぼすことを防止することは不可能であるし、ま
た、集団示威運動の参加者が条件を遵守しない行動にでることがしばしばあるの
は、経験の示すところであつて、そのような状況は右の許可条件の状況を一層激化
させたものとなるのは当然である。
(三)国会議事堂周辺地域における集団示威運動が、その内包する危険性から国政
審議権に影響を及ぼし、公共の福祉に重大な影響を与えるおそれがあることは右に
述べたところであるが、この見地からする集団示威運動に対する規制は、現にアメ
リカ、イギリス、ドイツ等諸外国においても行なわれているのである。
 すなわち、アメリカにおいては、合衆国法典一九四六年版第一九三条は「・・・
合衆国議事堂区域においては、行列又は集団をなして行進し、立ち止り又は動くこ
と、並びになんらかの党派、団体又は運動を公衆に知らしめる意図で用意された
旗、幟その他の物を掲げることは禁止される。」と規定し、イギリスにおいては一
六六一年の不穏請願法、一八一七年の不穏集会法で「一〇人を超える人数の者が請
願提出の目的をもつて議院に寄り集つてはならないこと、及び国会議事堂の門から
一マイル以内において、五〇人を超える人数の者が議会の開かれている日に、両院
又はいずれかの一院に対する請願、抗議、その他希望の陳述について審議し又は準
備するために集会してはならないこと」を定め、ドイツにおいては、刑法一〇六条
をもつて「連邦若しくは州の立法機関及び連邦憲法裁判所の建物の周囲の囲壁を繞
らした禁制区域内で、公開の屋外集会、又は行進に参加し、よつて故意にこの禁制
区域に関して制定された規定に違反した者は、六月以下の軽懲役、又は罰金に処す
る。」「前項の規定に違反して囲壁を繞らした禁制区域内で行なわれる集会若しく
は行進に参加するよう勧誘した者は二年以下の軽懲役に処する。」と規定している
が、これらはいずれも立法府における国政審議権の公正な行使を保障することが、
公共の福祉の見地において当然であるとの見解に立つものである。
(四)ところで、本件許可申請にかかる集団示威運動は、国会直近の道路、すなわ
ち、「赤坂見附交さ点~衆・参議院議長公邸前~永田町小学校前~参議院第二通用
門前~衆・参議院議員会館前~衆議院通用門前~総理官邸前~総理府前~特許庁前
交さ点」間を行進することとなつていたが、これを申請どおりに許可するときは、
現に第五五回特別国会の会期中で、その審議権がなんらの妨害、圧力をも受けるこ
となく、公正に行使されるよう常に静穏な環境が保障されていなければならないと
ころの国会周辺の平穏(この平穏は議会制民主主義を保障するための高度の要請で
あり、まさに公共の福祉の重要な内容をなすものであり、したがつてまた擁護され
なければならない法益と見るべきである。)が侵害される危険があり、これが「公
共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」にあたるも
のと解されるところから、東京都公安委員会は、公共の秩序を保持するためやむを
得ない必要最小限度の範囲で条件を付して許可することとし、本件許可申請進路の
「赤坂見附交さ点~平河町交さ点~参議院第二通用門~衆議院通用門~特許庁前交
さ点」の間(一・六キロメートル)を、「赤坂見附交さ点~溜池交さ点~特許庁前
交さ点」の間(一・四五キロメートル)と変更する条件を付したものである。
6 その他の許可条件の適法性について
(一)秩序保持に関する事項
 「主催者および現場責任者は集会、集団示威運動の秩序保持について指揮統制を
徹底すること。」
 主催者およびその現場責任者は企画された集団行動を直接的に指揮指導する地位
にあるものであるが、多数人の集りがする集団行動にあつては、主催者および現場
責任者が積極的に指揮統制を徹底することによつて秩序保持が期待できるのであ
り、このことを確認的に条件を付したことは当然というべく、もつて集団行動の秩
序を一般的に担保しようとするものである。
(二)危害防止に関する事項
「(一) 鉄棒、こん棒、石、その他危険な物件は一切携行しないこと。」
 集団行動は本来秩序を重んじて平穏になされるべきであり、鉄棒、こん棒、石等
の危険な物件は表現の自由とは何らかかわりのないものである。
 そして、ときに不法越軌行動を伴うおそれのある集団行動に対し、公共の安全と
秩序に対する危険を防止するため、集団行動の参加者について、これら危険物件の
携行を一般的に禁止することは、過去において投石等により多くの負傷者や損害が
出た現実の経験に照らして合理的必要性がある。
「(二) 旗ざお、プラカードの柄に危険なものを用い、あるいは危険な装置を施
さないこと。」
 右事項も表現の自由とはなんらかかわりのないものである。そして、この条件を
必要とすることも前記(一)と同様の理由によるものである。
(三)交通秩序維持に関する事項
「(一) 行進隊形は五列従隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい
団間の距離はおおむね一てい団の長さとする。」
 本件集団示威行進が東京都の中心たる特別区の主要道路において行なわれ、その
進路事情、交通信号機の設置状況その他一般の交通の事情の中で参加者の安全、
順、逆行および交さする交通、その他一般交通を確保し、公共の安全と秩序を保持
すべき要請と、表現の自由が最大限に尊重さるべき点を考慮し、行進隊形を右記載
のように制限したものであるが、この条件に従つたからといつて集団の意思の表明
に不自由を感じさせるという程のものではなく、都の特別区内において集団示威運
動を行なうに当たつてやむを得ない必要最小限度の措置である。
「(二) だ行進、うず巻行進、ことさらなかけ足行進、おそ足行進・停滞、すわ
り込みおよび先行てい団との併進、追い越し、またはいわゆるフランス・デモ等交
通秩序をみだす行為をしないこと。」
 右条件は、本来平穏に秩序を重んじてなさるべき集団示威運動において、当然守
らなければならない事項であつて、本件集団示威運動が行なわれる道路交通事情を
あわせ考えるとなおさらその遵守が強く要請される次第であり、また、だ行進、う
ず巻行進等を行なわないで、いわゆる通常の行進形態で本件集団示威運動が行なわ
れても、参加者の統一的意思を参加者以外の者に認識せしめる手段、方法が制限さ
れ、表現の自由を侵すものということはできない。
「(三) 宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。」
 本件集団示威行進は約三、〇〇〇名(申請人員は一、〇〇〇名であるが、これが
措信し難い状況であつたことは前記のとおりである。)の人員により行なわれる集
団示威運動であるからそれに必要な宣伝用自動車は格別、宣伝用自動車以外の車両
を参加者とともに行進に参加させるならば、集団示威運動の秩序を保持することが
困難となり、参加者自身に危険が及ぶおそれがあることはもちろん、その周辺にお
ける交通上の危険が生ずるおそれもあるので、本条件は必要である。
「(四) 旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のもの
とすること。」
 旗、プラカード等の大きさは、表現の手段としての見地からは特に規制すべきも
のでないとしても、参加者自身の危険防止および一般交通の安全を確保するために
はこれを無制限とすることはできない。たとえば隊列の幅よりも広い物件を携行す
ることは危険であるのでこの条件は必要である。
「(五) 旗ざお等を利用して隊伍を組まないこと。」
 集団示威運動の参加者が旗ざお等を利用して隊伍を組むことは経験上しばしば見
られるところであるが、このような隊伍の組み方をすることは、集団示威運動の物
理的力がその先頭部分に集中し隊列中の参加者がてん倒する等により危険が及ぶこ
とはもちろん、交通整理の警察官に突き当つたり、あるいは通行中の第三者を混乱
の中にまき込むおそれがあるのでこれを防止するうえに必要な条件である。
7 以上のとおり、本件処分における進路変更は、国会審議権の行使の公正を図
り、国会議事堂周辺の平穏を保持するためやむを得ない処置であり、また、その他
の条件も集団示威運動の持つ物理的な力の面に対する調整のため合理的な範囲内に
おいてそれぞれ付したので、このことによつて原告らの行動に多少の制約がなされ
たとしても(原告らは、スローガンを一般大衆に示威するのが目的であるから、一
般大衆が少ない国会議事堂周辺を行進できなかつたとしても、その不利益は微々た
るものである)、そのことをもつて東京都公安委員会の本件条件を付した許可処分
を違憲ないし違法視される理由はない。
二 東京都公安委員らの故意、過失について
 仮に、本件処分が違法であるとしても、東京都公安委員会委員らに故意過失はな
い。すなわち、都公安条例の解釈は極めて微妙かつ困難なものとされており、現に
その解釈をめぐつて学説、判例が多岐にわかれ鋭く対立しているのであるから、同
委員らが本件申請に対し処分をするに当たり都公安条例三条の解釈適用について誤
りをおかしたとしても、右委員らは自己の解釈を正当と信じ、公共の福祉を維持す
るために全力を尽した結果本件条件を付した許可処分をしたものである以上、その
結果に関し右委員らの責任を問うことは許されない。
三 本件条件付許可処分と本件集団示威行進が国会周辺を行進できなくなつたこと
との間の因果関係の不存在について
 原告らが本件集団示威行進を国会の周辺でできなくなつたのは、訴外内閣総理大
臣が行政事件訴訟法二七条の規定に基づき異議申述をなした結果、当裁判所が先に
した執行停止決定を取り消したことによるものである。
 してみれば、原告が当初計画したとおりの進路により集団示威行進ができなくな
つたことと本件条件付許可処分との間にはいわゆる相当因果関係はないものといわ
なければならない。
 したがつて、原告らが主張する損害自体も、本件処分によつて発生したものとい
うことはできない。
第四 被告の主張に対する原告の認否および反論
一(被告の主張に対する認否)
 本件許可申請にかかる集団示威行進(西部コース)には延べ四、五五五名(最大
時三、〇三五名)の参加が予定されていた、との点は否認する。主催者側が参加を
見込んでいたのは、申請どおり一、〇〇〇名前後であり、当日実際に参加したのは
約二百名、新聞報道等によれば、警視庁調べで一七三名に過ぎなかつた。また、社
青同は東京護憲連合の創立当初はともかく、本件デモの当時は東京護憲連合に参加
しておらず、もとより本件デモへの参加の予定は全くなかつた。なお、社青同の行
動についての被告の主張事実は不知。その余の事実は認める。
二(被告の集団行動観について)
 被告は、昭和三五年の都公安条例に関する最高裁大法廷判決が、集団示威運動は
「静ひつを乱し、暴力に発展する危険性のある物理的力を内包している」旨述べて
いるのを再三引用し、あたかも錦の御旗のごとく扱つている。
 しかし、右大法廷判決がでるや、かかる集団行動観は集団行動の病理面のみを一
方的に強調する偏ぱな見解であるとの非難が各方面に激しかつたことは周知のとお
りであり右判決から八年も経た今日では根本的に再検討されて然るべきであろう
(たとえば、ジユリスト二〇八号の特集において、I、J、K、L等の各氏が判決
に対し反対の論陣をはつているのをはじめ、論文は枚挙にいとまがないし、判例解
説や批評もM調査官・判例解説二七九頁をも含め批判的なものがほとんどであつ
た。
 また、百歩譲つて、右最高裁判決を前提としたとしても、被告の見解は、同判決
を曲解するものであつて、とうてい是認することはできない。
 すなわち、当時の多数意見は、集団行動が前述のような物理的力を内包している
ところから、実質は届出制に近い事前許可制程度の規制をしくことは止むを得ない
としているに過ぎず、右のような抽象的一般的危険があるからといつて、それを理
由に安易にデモを禁止し、制限することを決して許容する趣旨でないことは多言を
要しない。同判決が都公安条例の合憲をいうにあたつて、「許可が義務づけられて
おり、不許可の場合が厳重に制限されている。従つて本条例は規定の文面上では許
可制を採用しているが、この許可制は実質において届出制とことなるところがな
い」旨強調していることや、「条例の運用にあたる公安委員会が権限を濫用し、公
共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動まで抑圧することのないよ
う極力戒心すべきこともちろんである。」と判旨していることからも、許可申請に
かかる集団行動のうち、公安委員会において禁止し得るのは、「平和と秩序を破壊
する」具体的危険の明白なものに厳重に限定されるとの見解を最高裁多数意見がと
つていることはきわめて明白である。
 これに対し、あたかも集団行動の性質についての一般論のみによつて、容易にデ
モに対する禁止、制限が許されてよいかのごとくいう被告の考え方は根本から間違
つているといわざるをえない。
三(被告主張の請願行動論について)
 被告は、請願権に関する憲法一六条の規定を引いて都公安委員会の処分を正当化
しようと試みているが、とるに足らぬ議論というべきである。
 憲法一六条にいう請願は、特定の公の機関を相手方としてなされるとともに、当
然その請願の相手方の受理行為を予定していることはいうまでもなく、それだけ
に、請願者の請願方法も受理者の立場を考慮し、極力「平穏」であることが要請さ
れているものに他ならない。ひとり国会に対する場合のみならず、あらゆる公的機
関に対する請願の平穏が要請されているのもそのためだといえよう。
 かかる請願行動――その目的を達するには、たとえば、少なくも国会事務局の建
物や議員会館などに立ち入る必要がある――について「平穏」が要請されるからと
いつて、本来公道上を通過するのみで、他人の受理行為など全く予定していないデ
モ行進が、それと同程度もしくはそれ以上の静かさを保つていなければならないと
解すべき如何なる合理的根拠も存在しない。
 換言すれば、国会に近いというだけで、歌もシユプレヒコールもさらにプラカー
ド、たすきさえ許さず、かかる制限が不満ならば行進自体の禁止も辞さないという
都公安委員会の方針を、請願権の例を引いて正当化するのはおよそナンセンスとい
うべきである。
四 (主催者の性格および本件集団行動の目的)
1(東京護憲連合の目的と活動について)
(目的・組織)
(一)東京護憲連合は、全都民の結集をはかり平和憲法を守り、憲法改悪とその空
洞化に反対するとともに、憲法の平和、民主的条項の完全実施をめざす運動や右目
的達成に必要な事業を行なうため、昭和四一年二月一日設立された団体である。
 その構成は、団体加盟として、社会党東京本部、東京地評、電機労連東京地方協
議会、日本婦人会議東京都本部、社青同東京地方本部(ただし、後に組織問題から
その構成員は事実上不参加)の五団体のほか、各区毎の二三地区護憲、その下部組
織としての四六の憲法を守る会があり、国会議員、地方議員、学者、文化人等々各
層に広がる個人会員をも合わせると、その構成員は二七団体(その加盟者数約四〇
万人)個人加入者二、五〇〇人に達し、代表委員は原告のほか、N、O、P、Q、
Rの六名である。
 なお、他の府県の同様の組織とともに、これらを統合する全国的組織である中央
護憲(憲法擁護国民連合)にも属し、その行なう諸活動を支持し、これに積極的に
参加して来た。
(具体的活動)
(二)東京護憲は地区護憲、憲法を守る会の段階で、「憲法に関する学習を広め、
憲法の歴史、憲法の運用の実態、憲法と政治について理解をもち、憲法を日常生活
の中に生かす」ことや、また、「憲法と関連する具体的な平和、生活、権利などの
問題を地域や職場の中からみつけだし、それを行動化すると同時に当面している諸
闘争に積極的に参加する」等具体的諸行動を日常継続的に行なうほか、とくに昭和
四二年は憲法施行二〇周年にあたる歴史的な年として、本件集団示威運動に至るま
でに左の行事を行なつた。
ア 紀元節復活反対街頭宣伝行動
 日時 二月一一日午前一一時~一二時
 場所 西銀座数寄屋橋公園
イ 憲法二〇周年記念国民集会、記念講演会
 日時 五月三日午後一時
 会場 日比谷公会堂
 参加人員 東京護憲連合二、〇〇〇名(中央護憲と共催)
 内容 S(現都知事)、T(歴史学者)氏外七名の各界代表挨拶およびU(東大
教授)、V(作家)氏の講演等。
ウ 五・二九ベトナム侵略戦争反対、憲法擁護横田大集会
 日時 五月二九日
 会場 西多摩自治会館前
 参加人員 八、〇〇〇名
 内容 W社会党中央執行委員長挨拶およびアメリカ合衆国大統領、佐藤首相、東
京都知事に対する抗議決議等の集会ならびにデモ行進
 なお、これら諸行動は、いずれも憲法に認められ、保護されている「集会の自
由」、「表現の自由」の正当な行使に基づくものであつて、東京護憲ではその結成
前の準備会の活動をも含め未だ一度も官憲との間に衝突や混乱を生じたことはな
い。
2(本件集団示威行進の意義と目的)
 本件集団示威行進は、これら憲法擁護、戦争反対のための一連の活動の一部とし
て計画されたものである。
 すなわち、「憲法二〇周年記念、小選挙区粉砕、沖繩返還国民大行進」との名称
で、憲法施行二〇周年記念日である五月三日(ただし、沖繩は四月二八日)全国的
規模で北は北海道から南は沖繩に至る各道府県を出発し、三八日間にわたる行進を
続けた後、六月一〇日東京に結集し、同日、日比谷野外音楽堂で東京の参加者を中
心とする八、〇〇〇名が「憲法二〇周年記念国民大行進中央集会」を開催した。
 そして、沖繩返還、ベトナム反戦、地方自治を守る、民主教育を守る、生活と権
利を守る各決議とこれら同趣旨および政府自民党による、なしくずし改憲を阻止
し、憲法の完全実施を要求する宣言を採択したのである。
 ところで、原告が代表委員をしている東京護憲連合は、六月一〇日杉並区役所前
から国会わきをとおり、日比谷公園に至るまでの間、右大行進の一環としての集団
示威行進(参加予定者一、〇〇〇名)を企画した。
 とくに国会わきをとおるコースを予定したのは憲法擁護の正当性を主張する方途
として公道を行進することの重要性、有効性は、国会周辺の道路付近についてはと
りわけ大きく、意義深いと考えたからにほかならない。
 そもそも、デモ行進は、大衆運動として特定の目的をもつてする以上、公衆への
呼びかけと同時に、自分達の主張に関し一定の支配力をもつ官庁、公署等の統治機
構(稀には大学等私的団体)に向けてなされるのが自然の理である。
 もとより、表現の自由の正当な行使である以上、それは、これら機関の構成員と
か建物に対し、物理的な制圧を加えて主張を完徹しようとするのではないし、ま
た、本件集団示威行進はかかる意図を如何なる意味でも含んでいない。すなわち、
デモ行動参加者の意思をここに凝集して、言論活動や平和的示威によつて、自分達
の要求を対外的に(公衆に対し、また、対象たる統治機構に対し)表明するという
こと自体に本件集団示威行進の意義が存在するのである。
 本件デモ行進における原告らの政治的意思表明の趣旨は、既に述べたように現行
憲法の擁護と改憲反対である。国会は主権者たる国民が直接選任した議員をもつて
構成され、国権の最高機関とされている点において、また、憲法改正の発議権を固
有の権利として有するのである点において、まさに本件デモ行進の意思表明の対象
として必要欠くべからざるものであつた。
 内閣総理大臣の本件異議陳述のため、東京護憲連合は、国会周辺の道路を行進す
ることができなかつたので、デモ行進の意義の重要な部分を果せなかつたわけであ
るが、それ以外のコースについては従来と同様整然と、何らの混乱、トラブルなし
に予定どおりの行動を完了したのである。
五 (被告主張の国会乱入の事例について)
 被告は、専ら過去のデモに附随して生じた国会構内乱入の例や議事堂周辺におけ
る座り込み等の事例をいくつかあげているが、もとより原告らの関知するところで
はなく、本件とは何らの関連性も有しない。なお、念のため付言すれば、国会周辺
のデモが激化するのは、昭和三五年の安保条約強行採決にその顕著な例をみるよう
に、議会の正常な機能が失われたり、世論が激しく分裂している重要問題につい
て、政府が一方的にその方策を強行しようとし、国民の反感を著しく高めたような
危機的政治状況下における場合が大部分であることに、まず留意すべきである。
 そのほかに被告の主張のどこを探しても、東京護憲連合の本件集団示威行進が国
会附近において突然過激な行動に訴え、あるいはその結果「警察力を以てしても如
何ともし得ないような事態に発展する」と認むべき何らの具体的資料も存在しない
ことは明白である。
六 (被告主張の国会附近の静穏について)
 被告は、「また、本件集団示威行進の許可には、進路の変更に関する事項および
交通秩序維持に関する事項としては八項目の条件を付しているが、仮に、この条件
が完全に遵守されたとしても、高声による放歌、かけ声、演説、シユプレヒコール
等を手段とした集団圧力が国会審議に著しい影響を及ぼすことを防止することは不
可能である。」と述べているところをみると、たとい異常事態の発生がなく、正常
に行進が行なわれたとしてもなお、本件のデモは国会審議を著しく阻害する危険が
あるとの見解をとつているように見受けられる。
 しかし、本件集団示威行進程度のデモが、いかにシユプレヒコール、合唱等をし
ようとコンクリートの厚い壁、広い庭、立木、柵等を隔てた議事堂内の議事や執務
に支障を及ぼすほどの影響を与えるおそれのないことは、実験するまでもなく経験
則上明白である。
 被告は、国会関係者の通行のことまで問題にしているようであるが、公道である
以上そもそも多数人の往来は当然予定されているところであり、本件のデモが右の
ように本来予定された公道の用法をはずれ、附近の交通を途絶させたりして、国会
の審議にまで影響せしめるような行動に出る意図もなければ、客観的にそれだけの
勢力もなかつたことは多言を要しない。
 付言すれば、議事堂内への乱入や占拠により国会審議が支障するのを防止するこ
との必要と国会附近を真空のごとき静寂に保つこととは全く別箇の事柄である。被
告は、まさに両者を意識的に混同し、論理のすりかえを行つているものにほかなら
ない。重ねていうが、原告らは国会構内のデモの許可を求めたりしたのではなく、
国会の近くを通る公道上の行進の許可を申請しているにすぎないのである。
七 (被告主張の東京都公安委員会委員らの故意、過失の不存在について)
 被告は、かりに本件処分が違法であるとしても、都公安条例の解釈は極めて微妙
かつ困難で、学説、判例が多岐にわかれているから、都公安条例三条を適用するに
ついて誤りをおかしたとしても、東京都公安委員会委員らにおいて自己の解釈を正
当と信じていた以上、過失はない旨主張するもののようである。
 しかしながら、都公安委員らが、仮に本件条件を付された許可処分を適法だと信
じていたとしても、以下に述べるようにかく信じたについて重大な過失があるとい
わなければならない。
1 昭和三五年の大法廷判決は、確かに都公安条例の合憲性を肯定したとはいえ、
すでに述べたように、合憲の理由として都公安条例の許可制は、不許可事由が厳重
に制限され実質は届出制に異ならないことを強調するとともに、公安委員会の権限
の濫用を戒めている点からみて、同条例三条の不許可もしくは条件を付するための
事由はきわめて厳格に解釈されるべきであるとの見解をとつていることは、疑いを
いれない。
 すなわち、同条の適用にあたつて公安委員会が裁量権を行使したり、あるいはデ
モ規制に安易な態度で臨む余地などとうてい存在せず、規制については最大限慎重
かつ厳正な判断が要請されていることは明白であり、この点について、判例、学説
の対立などおよそありえないところである。
2 ひるがえつて、原告らが主催者として申請した本件集団示威行進は、東京護憲
連合が企画、実施するものであつたが、右東京護憲連合は、すでに述べたごとく、
労働者、文化人、学者達が憲法を擁護するという共通の目的をもつて、結集した団
体であり、それだけに、その行動はいずれも集会の自由、表現の自由を正当に行使
することによつて目的達成を期そうとする平穏なものであつた。このことは従来の
諸行動の実績からも極めて明瞭である。
 また、東京護憲連合のデモについては、いままで官憲との間に全くトラブルなど
発生していないことから、今次のデモ行進も同様に「平穏性」が充分保持されるこ
とが確実であつた。
 しかるに、都公安委員会が原告Aの申請にかかるデモが、ことさら国会の附近に
おいて暴徒化し、国会審議を阻害するような行動に出るおそれありと見るべき何ら
の具体的資料もなしに、原告Aに対しコースの変更を命じたことは被告の主張事実
全般に照らして明らかである。かかる都公安委員会の態度は、理由は何であれ本件
デモをして国会の附近は絶対通らせないという悪意に近いものさえ感じさせる。
3 さらに、本件集団示威行進の行なわれる日は土曜日に当たり、国会では慣例上
衆・参両院とも本会議、委員会その他審議は一切予定されていなかつたのであるか
ら、被告が本件集団示威行進により何らか阻害されるおそれありと称するそもそも
の対象が欠けていたことになる。都公安委員会がかかる事実さえ看過したことは、
その審査が如何に慎重さを欠いていたかを示して余りあろう。
4 また、東京都公安委員会は、昭和四三年二月三日「ベトナムに平和を! 市民
連合」(ベ平連)および「ベトナム反戦数学者懇談会」がそれぞれ申請した国会周
辺をとおる集団示威運動については国会開開期中にもかかわらず、これを許可し、
また、東京神学大学キリスト者平和の会および日本ルーテル神学大学キリスト者平
和の会が申請した同年二月二日の集団示威運動についても同様であつたが、東京護
憲連合の計画した本件集団示威行進もその態様はこれら二者と本質を異にするとこ
ろはないのである。
 右のごとく、都公安委員会がその後において、本件と本質的に差のない集団行動
について許可を与えている事実は、本件条件付処分の誤りであつたことを都公安委
員会自身暗に認めざるをえないでいることの証左である。
 以上要するに、過去に暴動・混乱等を生ぜしめたような事跡は全くなく、特段に
過激な目的を掲げているわけでもない団体の一、〇〇〇人程度(被告の主張によつ
ても三、〇〇〇人)のデモが国会附近を通過することがなぜ、都公安条例三条但書
六号にいう「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するため止むを得ない場合」に当た
るのか、率直にいつてまことに了解に苦しまざるをえないのであつて、東京都公安
委員会委員らには、違法な本件条件付処分をなすについて、少なくとも過失があつ
たことは明白である。
八 (被告主張の因果関係の不存在について)
 被告は、本件集団示威運動が国会周辺を通過できなかつたのは、当裁判所の執行
停止決定に対し、内閣総理大臣が異議を申述したからであつて、原告が当初の申請
どおりに国会周辺を通つて集団示威行進ができなかつたことと本件処分との間には
相当因果関係がないと主張する。
 しかしながら、右の主張は、東京都公安委員会の本件条件を付した許可処分が、
当裁判所による執行停止決定――これに対する内閣総理大臣の異議申述――当裁判
所による取消決定と展開する本件に関連する一連の行為のそもそもの発端となつた
ものであること、内閣総理大臣の異議申述およびこれにもとづく執行停止決定の取
消決定によつて、当初の公安委員会の本件条件を付した許可処分が効力を復活し、
原告らの国会周辺をとおる集団示威行進は直接には、まさにこの公安委員会の本件
条件を付した許可処分により不可能となつたものであることを看過したものであつ
て、理由がないことは明らかである。
第五 証拠関係(省略)
       理   由
一 事実の経過
 原告Aが東京護憲連合の代表委員であり、原告Bが同連合の代表幹事であるとこ
ろ、同連合が、昭和四二年六月一〇日に憲法施行二〇周年を記念して憲法擁護の趣
旨を広く国民各層に訴えるため、憲法二〇周年記念国民大行進を実施すべく、原告
Aが主催者となり、同年六月五日、都公安条例一条に基づき、東京都公安委員会に
対し、主催団体東京護憲連合、行進順路別紙略図の申請コースのとおり、杉並区役
所から国会裏側を通り日比谷公園まで、参加予定団体東京護憲連合構成団体、参加
予定人員約一、〇〇〇名、宣伝カー四台、名称憲法二〇周年記念国民大行進なる集
団示威運動の許可を申請したところ、同委員会は、都公安条例三条一項但し書の規
定に基づき、右の申請に対し、同月八日付をもつて、別紙条件書一項ないし三項記
載のとおり、秩序保持に関する事項、危害防止に関する事項および交通秩序維持に
関する事項など九項目にわたる条件を付するとともに、同条件書四項および別紙略
図の許可コースのとおり、右申請にかかる行進順路中、赤坂見附より永田町小学校
前、国会裏側および首相官邸前を経由して特許庁わきにいたる進路を赤坂見附交差
点~山王下~溜池交差点~特許庁前に変更する旨の進路変更に関する条件を付して
これを許可し、その結果、原告Aが申請した本件集団示威行進は、右申請にもかか
わらず、国会裏側の行進を禁止されることになつたことは、当事者間に争いがな
い。
二 本件条件を付した許可処分の違法性
1 都公安条例自体が憲法二一条に違反するとの主張について
(一) 憲法二一条の規定する集会、結社および言論、出版その他一切の表現の自
由が、民主政治の根幹をなす基本的人権であることはいうまでもないが、しかし、
かかる自由も絶対無制限なものではなく、他人の人権を不当に侵害するものであつ
てはならないという内在的制約をともなうものである(憲法一一条、一二条)。し
たがつて、これら権利を調整する原理としての公共の福祉(社会共通の利益の維
持)の見地から必要かつ最少限度においてこれを制限するも、これをもつて不当に
基本的人権を侵すものではないというべきである。そして、都公安条例が規制の対
象としている集団示威運動(以下「集団行動」という。)も、集団行動によつて政
治、経済、労働、世界観等に関するなんらかの思想、意見、主張、感情等を表現
し、一般大衆に訴えようとするものであるから、憲法二一条の保障する表現の自由
の一つの形態と解すべきものであることは多言を要しない。ところで、かような集
団行動による思想等の表現は、現代社会におけるように、表現の自由が、主とし
て、新聞、雑誌等の印刷物やテレビ、ラジオ等の電波などいわゆるマスコミユニケ
イシヨンを有効な手段として行使されてはいるが、これをみずからの意見、主張の
表現手段として利用することのできる者は限られた一部の人にすぎない実情のもと
にあつては、大部分の国民大衆にとつては、主体的にみずからの意見、主張を表現
するためのほとんど唯一の手段であるといつても過言ではなく、また、集団行動が
整然と行なわれる限り、議会制民主主義の補完的役割を果すものとして評価でき、
この意味において民主政治にとつてきわめて重要な意義を有するものであるが、し
かし言論、出版等による表現とは異なつて、その自由が濫用されるときは、法と秩
序をみだし、地方住民の生命身体自由財産等を侵害するおそれがあるものであるこ
とも否定できない。したがつて、集団行動による表現の自由もまた憲法の保障する
基本的人権ではあるが、これについて、公共の安寧秩序を保持するため、予じめ、
必要かつ最少限度の制限措置をとるも、けだしやむを得ないところであるというべ
きであつて、都公安条例三条一項が「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼす
と明らかに認められる場合の外は、これを許可しなければならない。但し、次の各
号に関し必要な条件をつけることができる。」と規定するのも、右の趣旨と同じで
あると解されるから、同条項は、集団行動による表現の自由を不当に制限するもの
ではないというべきである。
(二) 原告は、集団行動に対する規制を一般的許可制によつて事前に抑制するこ
とは憲法の趣旨と相容れず、特定の場所又は方法につき、合理的かつ明確な基準の
下に、公共の安全に対し明らかな差迫つた危険を及ぼすことが予見されるときにの
みこれを不許可、禁止する場合に限つて合憲であると解すべきところ、都公安条例
一条、三条一項に規定する許可制は、場所的特定がないのみならず、許否または条
件を付する判断基準としてはきわめて抽象的、かつ、あいまいであるから、違憲で
ある旨主張する。
 しかしながら、都公安条例が採用する許可制が行政庁の許可があつてはじめて集
団行動ができるという趣旨であるならば、集団行動による表現の自由を保障する憲
法の趣旨と相容れないが、諸法の調和を旨とする行政法規の解釈としては、許可の
概念、用語にこだわることなく、むしろ憲法の趣旨に合致するよう、実質的、合理
的に解するのが妥当である。したがつて、都公安条例は文面上では許可制をとつて
いるが、これを実質届出制として解釈運用するを相当とする。けだし、集団行動に
よる表現の自由は完全に保障さるべきであり、たとえこれを事前に規制するにして
も単なる届出制でなければならないというのであれば格別として、上記のように、
公共の安寧秩序を保持するため、予じめ必要かつ最少限度の制限措置をとることが
できる旨の規定を条例に設けても、これをもつて直ちに憲法の保障する表現の自由
を不当に制限するものでないと解する以上、許可制であれ、届出制であれ、事前の
制限措置を規定することにおいては実質的には同じであるからである。また、都公
安条例のこの規定は、集団行動が行われる場所のいかんを問わずこれを一般的に制
限する規制方式をとり、許否又は条件を付する判断基準についても抽象的な観念で
規定し、具体性ないし明確性を欠くものであつて、東京都公安委員会がこのような
広範な裁量権をもつときは取締の便宜に傾きその濫用のおそれがあるばかりでな
く、これに基づいて同委員会の付する条件が犯罪構成要件ともなること(五条)を
考え合わせるとその妥当性はかなり疑わしいが、他面、「明白かつ現在の規則」の
適用は地方的状況その他諸般の事情を具体的事例に即して考慮してなされなければ
ならず、結局はその判断を東京都公安委員会の裁量に委ねその裁量権の正当な行使
に期待せざるを得ないものであるから、原告の指摘するとおり、都公安条例のこの
規定が具体性ないし明確性を欠くにしても、このことをもつて直ちに集団行動によ
る自由を侵すものと断ずることはできない。
 なお、原告は、都公安条例は東京都公安委員会が同条例三条二項に定める二四時
間前までに許可証を交付せず、許否を明確にしないまま放置した場合における救済
規定を欠いており、この運用のいかんによつては集団行動による表現の自由を阻害
することになる旨主張するが、都公安条例の採用している許可制はこれを実質届出
制として解釈適用すべきこと前示のとおりであるから、もし仮に右所定の日時まで
に許否の処分がない場合には、解釈上当然に許可があつたものとみなし、申請どお
りの集団行動ができると解するを相当とする。
(三) これを要するに、上記都公安条例の規定は、違憲とはいえないが、原告が
指摘するとおり、幾多の欠点があるものであつて、その運用のいかんによつては、
憲法の保障する表現の自由を侵害する危険を包蔵するものである。
 なお、原告は、都公安条例自体の違憲性を主張するが本件条件を付した許可処分
は前記同条例三条一項の規定に基づいてなされたものであつて、同条例のその余の
諸規定(四条、五条など)は、本件条件を付した処分と関係がなく、仮にこれらの
規定が違憲であるとしても、それによつて、本件条件付許可処分の効力に消長を来
たすものではないから、本訴において、その違憲性を主張することは許されないと
いうべく、したがつて、これについて判断するを要しないと解する。
2 本件条件を付した許可処分が違憲、違法であるとの主張について
(一) 集団行動による表現の自由の事前の制限は、不許可であれ条件付許可であ
れ、公共の安寧を保持するうえに明白かつ現在の危険が認められる場合に限つてこ
れをすることができることは上来述べてきたとおりである。そうであるとすれば、
都公安条例三条一項本文は右の明白かつ現在の危険が認められる場合のほかは、無
条件で許可が与えられなければならない趣旨であり、また、同項但し書の趣旨は、
条件付許可も右の明白かつ現在の危険が認められる場合に限られるべきことを当然
のこととしたうえで、特定事項に関して必要な条件を付することによつてかかる危
険を防止しうると認められるときは、あながち申請を不許可にすることなく、条件
付で許可できることにするというにあつて、明白かつ現在の危険が認められない場
合まで、東京都公安委員会が必要と認める条件を付することを許すものではなく、
また、但し書六号の「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合
の進路、場所又は日時の変更に関する事項」は、進路等の変更に関する条件が、一
号ないし五号の事項に関する条件と異なり、実質的には申請に係る進路等の一部不
許可を伴う変更処分ともいうべき重要な条件であるので、かかる条件を付しうる場
合は、特に公共の秩序等を保持するためやむを得ない場合でなければならない旨を
明らかにしたものと解するを相当とする。
 ところで、本件において、東京都公安委員会は、本件申請に対し、都公安条例三
条一項但し書六号に基づいて本件条件を付して許可したが、本件条件を付するにつ
き、同条項にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認めら
れる場合」、または、「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場
合」であつたことを認むべき証拠はなく、かえつて、成立に争いない甲第六号証な
いし第九号証、乙第一号証ないし第三号証、証人X、同Yの各証言ならびに原告両
名本人尋問の結果を総合すると、つぎの事実が認められ、これに反する証人Cの証
言部分は採用せず、他にこれを左右するに足る証拠はない。
 東京護憲連合は、全都民を結集して、平和憲法を守り、憲法改悪とその空洞化に
反対するとともに、憲法の平和、民主的条項の完全実施をめざす運動および右目的
達成に必要な事業を行うため、昭和三一年二月一日設立された団体で、その構成
は、団体加盟として、社会党東京都本部、東京地評、全国中小企業東京都会議、日
本婦人会議東京都本部等のほか、各区毎の二三地区護憲、その下部組織としての四
六の憲法を守る会があり、国会議員、地方議員、学者、文化人等各層にひろがる個
人会員を含み、代表委員は、原告AのほかN、O、P、Q、Rの六人、そのもとに
原告Bがその一人である常任幹事会が置かれていて、会務の執行に当たつていたも
のであるが、他の道府県の護憲組織とともに、これらを統合する全国的組織である
憲法擁護国民連合(中央護憲)にも属し、その行う諸活動を支持し、これに積極的
に参加してきた。
 憲法擁護国民連合は、昭和四二年四月ごろ、全国の護憲組織に対し、憲法施行二
〇周年を記念して、「憲法二〇周年記念、ベトナム反戦、沖繩返還、自衛隊違憲、
小選挙区制粉砕、春闘勝利、生活擁護国民大行進」なる名称のもとに、憲法記念日
である五月三日(但し、沖繩は四月二八日)全国的規模で北は北海道から南は沖繩
に至る各都道府県から東京に向かつて行進をおこし、三八日間にわたり歩きつゞけ
た後六月一〇日東京に集結し、同日日比谷野外音楽堂において、「憲法二〇周年記
念国民大行進中央集会」を開催することを提唱した。
 東京護憲連合は、憲法擁護国民連合が提唱した右憲法二〇周年記念の大行進を支
持し、その一環として、大垂水峠→日比谷公園、市川橋→日比谷公園、戸田橋→日
比谷公園、六郷橋→日比谷公園の四コースをたどりいずれも日比谷公園を目指す、
いわゆる求心デモを計画した。
 本件集団示威行進は、右大垂水峠→日比谷公園のコースのうち杉並区役所から日
比谷公園までの区間のものであるが、東京護憲連合としては、右区間の参加予定人
員を約一、〇〇〇名と計画し、これを確保するために、加盟団体である東京地評を
して動員計画をその傘下の労働組合に流さしめ、その結果、本件集団示威行進が国
会周辺を行進する時点においては参加予定者は三、〇三五名が見込まれることにな
つたものの、これは、あくまで見込み数で、従来の経験から実際に参加するのは当
初の計算どおりの人員数程度であるので、参加予定人員一、〇〇〇名として本件集
団示威行進の許可申請をした(現に本件集団示威行進が国会周辺を行進した際の参
加者は約二〇〇名にすぎなかつた。)。
 東京護憲連合常任幹事会は、本件集団示威行進の許可申請に当たり、本件集団示
威行進が憲法二〇周年を記念し憲法擁護を主要の目的とするものであることにかん
がみ、憲法擁護運動と密接な関係がある国会に対し意思表示をすることの必要と意
義とを認め、国会周辺(但し、裏側)を進路とすべきである、との結論に達した
が、東京都公安委員会は、国会周辺のデモに関し、従来から国会開会中は、都公安
条例一条にいわゆる集団行進(請願デモ)のみ許可し、集団示威運動はこれを許可
しない取扱い方針であり、本件集団示威行進の当時、国会は第五五回期の開会中で
あつたので、同連合事務局長X、弁護士Yをして、同委員会の公安事務担当者警視
庁警備部警備課職員とこの点に関し再三事前折衝をなさしめた。その折衝の過程
で、東京都公安委員会は本件集団示威行進の参加団体の中に社青同がはいつている
ことを確認したが、そのことについては何ら難色を示すことはなく、もつぱら国会
開会中はその周辺の集団示威運動は従来から許可しておらず、その方針に今後も変
わりはない、との態度であつたので、やむなく右折衝は打ち切られ、原告Aを主催
者とする本件申請が東京都公安委員会に提出されるにいたつた。
 これに対し、東京都公安委員会は、昭和四二年六月八日臨時委員会を開催して、
右申請を検討した結果、国会が開会中であることを理由に、右申請の国会周辺の集
団示威行進を禁止するため、進路を一部変更することを決定(なお、同委員会から
権限を委任されている警視庁警備部長がその他の条件を付することを決定)し、本
件条件を付して許可する旨の許可書を交付した。
(二) 被告は、国会は国権の最高機関として、国会議員その他国政審議に関係す
る者が静穏の環境のなかでなんらの妨害なく、国政審議権を公正に行使することと
これら議員等の登退院等の自由が確保されることは議会制民主政治の基盤をなすも
のであつて、いわば、国民全体の利害に係わるところであり、まさに公共の福祉そ
のものというべきである。しかるに、本件集団示威行進の参加予定人員は国会周辺
を行進する際には、三、〇〇〇余名であつて、本件集団示威行進が国会周辺を行進
するときは、合唱、シユプレヒコールなどでけん騒をきわめ、現に第五五回特別国
会が開会中であつた国会の国政審議権を阻害する危険があつたばかりでなく、右集
団に参加することになつていた社青同が蛇行進等を行つて交通をと絶させたり、暴
力により国会構内に乱入したり、坐り込んだりして、国会議員等国会関係者の登退
院、往来を妨害する危険があつたので、東京都公安委員会は、かかる危険が「公共
の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」にあたると解
し、公共の秩序を保持するためやむを得ない必要最少限度の範囲で条件を付して許
可することとし、本件条件を付して許可した旨主張する。
 しかしながら、元来、都公安条例は地方自治法二条三項一号の事務に関し制定さ
れたものであつて、地方住民の生活の安全と秩序を図ることを趣旨、目的とするも
のであるから、同条例にいう「公共の安寧」とは一般都民および滞在者の生命身体
自由財産の安全をいい「公共の秩序」とはそれらの者の生活秩序を指すと解される
から、同条例三条一項但し書六号により集団行動の進路を変更する条件を付しうる
のは、その進路が一般都民の生活秩序にとくに支障となる事態が予見される場合に
限られるのであつて、国会およびその周辺を聖域として一般官公庁に対する保護
(都条例三条一項但し書一号)以上にとくに厚く保護することを予想しているとは
解しがたく、したがつて、被告みずからが指摘するように国民全体の利益にかかわ
る国政審議を保全するため国会ならびにその周辺における集団行動を禁止するには
国会の制定する法律によるべきであると考えられる。しかし、その点はともかくと
しても、証人Cの証言によれば、本件集団示威行進の実施日である昭和四二年六月
一〇日には国会は第五五回特別国会の開会中ではあつたが、当日は土曜日であつた
ので国会は恒例により本会議は開かれず、委員会も開かれる予定がなかつたこと、
そして東京都公安委員会においてもすでに同月八日本件申請を審議した際、右事実
を了知していることがそれぞれ認められ、他に右認定に反する証拠はない。また、
公文書であるから真正の成立を認める乙第六号証の一ないし五、同第九号証の一な
いし三、成立に争いのない同第一四号証に証人Cの証言(但し、後記措信しない部
分を除く。)を総合すると、社青同が昭和三五年六月いわゆる六〇年安保国会の際
国会構内に乱入し、昭和四〇年一〇月にも国会内で坐り込みをしたこと、本件集団
示威行進に引き続き同日日比谷公園において行われた憲法擁護国民連合と東京護憲
連合共催の「憲法二〇周年記念大行進中央集会」の許可申請書にその参加団体とし
て社青同の名が記載されていたことがそれぞれ認められるが、しかし、他方、証人
Y、同Xの各証言によれば、社青同は、社会党の青年部であり、社会党東京地方本
部が東京護憲連合に加盟している関係上その青年部である社青同東京地方本部も東
京護憲連合に加盟していたものであるが、社青同東京地方本部は昭和四一年秋ごろ
内部分裂を生じ、それ以後は東京護憲連合の活動に参加していなかつたこと、前記
の「憲法二〇周年記念大行進中央集会」の許可申請書に参加団体として記載されて
いる社青同は憲法擁護国民連合の構成団体である社青同中央本部の趣旨で記載され
たものであることがそれぞれ認められるばかりでなく、東京都公安委員会は、事前
折衝の段階で、本件集団示威行進の参加団体の中に社青同がはいつていることを問
題とせず、もつぱら国会開会中はその周辺の集団行動を許可しない態度であつたこ
とは前示のとおりであり、しかも本件訴訟についての執行停止申立事件に関し東京
都公安委員会が当裁判所に提出した昭和四二年六月九日意見書にも、本件条件を付
して許可した理由として、社青同の参加を全く上げていないことは本件記録に徴し
明らかであるから、これらの事実を総合すると、東京都公安委員会が本件条件を付
して許可するにいたつた真の理由は、もつぱら、従来の方針に従つて国会周辺の集
団行動はこれを禁止するというにあつて、社青同が国会に乱入したり、坐り込んだ
りするおそれがあるなどということは、その理由として考えられていなかつたもの
と認めるを相当とし、右認定に反する証人Cの証言部分は措信できず、他にこの点
についての被告主張の事実を認めるに足る証拠はない。
(三) 以上によつてこれをみれば、本件条件を付した許可処分は、その条件の部
分につき都公安条例三条一項但し書六号の規定の解釈適用を誤り、もしくは同条項
により認められる裁量権の範囲を逸脱し、違法であるといわなければならない。そ
して、かように東京都公安委員会が右都公安条例の規定の運用を誤るときは、ひい
て集団行動による表現の自由を侵害するにいたることは前示のとおりである。した
がつて、本件条件付許可処分は、単に違法たるにとどまらず、憲法二一条の保障す
る表現の自由を侵害したものとして、違憲、無効であるといわざるを得ない。
三 東京都公安委員会の故意又は過失
 集団行動による表現の自由は、民主政治にとつてきわめて重要な基本的人権であ
ること、都公安条例がその運用のいかんによつてはこれを侵す危険があるものであ
ることは先に述べたとおりである。しかも、すでに昭和三五年七月二〇日最高裁判
所大法廷判決も、都公安条例は「その運用の如何によつて憲法二一条が保障する表
現の自由の保障を侵す危険を包蔵しないとはいえない。条例の運用にあたる公安委
員会が権限を濫用し、公共の安寧の保持を口実にして、平穏で秩序ある集団行動ま
で抑圧することのないよう極力戒心すべきものである」と説示している。したがつ
て、東京都公安委員会は、右都公安条例の規定の運用に当たつては、いやしくも集
団行動による表現の自由を不当に侵害することのないように慎重にこれを執行すべ
き職務上の注意義務があることは改めていうまでもない。
 しかるに、前記二2(一)(二)において認定した事実によれば、東京都公安委
員会は、本件申請を審議するに当たつて、本件集団示威行進が都公安条例三条一項
にいう「公共の安寧を保持する上に直接危険を及ぼすと明らかに認められる場合」
また「公共の秩序又は公衆の衛生を保持するためやむを得ない場合」であつたか否
かを慎重に審議することなく、単に従来の方針に従つて国会開会中はその周辺の集
団示威行進は許されないとの理由で本件条件を付して許可することを決定し、この
ため前記のとおり、集団行動による表現の自由を侵害するにいたつたもので、本件
条件を付したことにつき少なくも過失の責めを免れないといわざるを得ない。
四 原告らの損害
1 さて、以上のように有責違法の行為により集団行動による表現の自由が侵害さ
れた場合にだれが精神上の損害を被つたとして慰藉料を請求することができるかを
検討するに、都公安条例は、集団行動による表現の自由の特殊性にかんがみ、特に
「主催者」という地位を設定し、また、事実上団体が集団行動を主催する場合であ
つても、かかる団体の多種、多様性を考慮して、団体自体を「主催者」とすること
なく、その団体の代表者を「主催者」とし、同条上その者を権利義務の主体として
いると解せられる(二条、五条)。そうであるとすれば、東京都公安委員会の同条
例に基づく処分により直接の利益、不利益を受けるのは右処分の名宛人である「主
催者」であつて、参加者はもとより、事実上集団行動を主催した団体(東京都警視
総監の「集会、集団行進及び集団示威運動に関する条例の取扱いについて」と題す
る通達によれば、申請書および許可書には、主催者のほかにかかる団体を主催団体
として記載すべきことになつている。)も、それにより集団行動をすることができ
るかどうかという事実上のもしくは反射的利益、不利益を受けるにすぎず、右処分
の直接の効力を受けるものではないというべきである。したがつて、本件におい
て、上記の場合、原告Aは本件集団示威行進の主催者であるから、慰藉料を請求で
きるが、原告Bは本件集団示威行進の主催者でないから、たとえ同人が右の行進に
参加し、その指導者であつたとしても、慰藉料を請求できないというべきである。
2 ところで、原告Aが昭和四二年六月五日本件申請をなしたが、東京都公安委員
会から同月八日付をもつて本件条件を付した許可書を受けたことは当事者に争いが
なく、これを不服として、当裁判所に本件条件を付した許可処分のうち本件条件の
部分の取消しを求める訴えを提起するとともにその効力の停止の申立てをしたこ
と、当裁判所が同月九日付をもつて右申立てを容れて本件条件部分の効力を停止を
したが、右決定に対し総理大臣から異議申述がなされ、即日これを取り消したこと
は本件記録上明らかである。また、原告ら各本人尋問の結果によれば、本件集団示
威行進が杉並区役所前を出発するに際し、原告Aは挨拶をし、本件集団示威行進が
国会周辺(裏側)を通行できなくなつたことについて遺憾の意を表したこと、本件
集団示威行進に実際に参加した人員は当初の参加予定人員を大きく下回り、約二〇
〇名であつたこと、同原告も所用があつて右行進に加わることができなかつたこと
が、それぞれ認められ、他にこれに反する証拠はないから、以上の事実によれば、
原告Aは、主催者として、本件条件を付した処分により精神的損害を被つたものと
認めるを相当とする。
 この点について、被告は、原告らが本件集団示威行進を国会周辺でできなくなつ
たのは、総理大臣の異議申述の結果、当裁判所が先にした本件条件部分の効力の停
止決定を取り消したことによるのであつて、東京都公安委員会の本件条件を付した
許可処分と本件集団示威行進が国会周辺を行進できなくなつたことの間には、相当
因果関係がない、と主張するが、この主張は採用の限りでない。すなわち、当裁判
所が原告Aの執行停止の申立てを容れて、本件条件を付した許可処分のうち、進路
を変更した本件条件部分の効力を停止する旨の決定をしたことによつて本件集団示
威行進は申請どおり国会周辺を行進できることになつたが、右効力停止決定に対
し、総理大臣から異議申述がなされ、当裁判所が右決定を取り消したため国会周辺
を行進できることにならなかつたというだけで、もともと国会周辺を行進できなか
つたのは、本件条件を付した許可処分によるのである。
3 そこで、原告Aの慰藉料の額についてであるが、集団示威運動による表現の自
由は憲法二一条の保障する民主政治にとつて重要な基本的人権であるから、同原告
が本件集団示威行進の主催者として、本件条件を付した許可処分によつて国会周辺
(裏側)を通る集団示威行進ができなくなつたことにより被つた精神的損害は、こ
れを重視すべきであるが、本件に現われた諸般の事情を考慮し、同原告の慰藉料の
額は金一〇万円をもつて相当と認める。
五 被告の責任
 そうすると本件条件を付した許可処分は、地方自治法二条二項、三項一号、警察
法三六条の規定により被告の公権力の行使に当たる東京都公安委員会がその職務の
執行としてなしたものであることが明らかであるから、被告は、国家賠償法一条に
より、原告Aに対し、上記損害を賠償すべき義務を免れない。
 よつて、原告Aの本訴請求は金一〇万円の限度で正当としてこれを認容し、同原
告のその余の請求および原告Bの本訴請求はいずれもこれを失当として棄却するこ
ととし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条、九二条、九三条を適用し、なお、
仮執行宣言の申立てについては、その必要なき場合と認めてこれを付さないことと
し、主文のとおり判決する。
(裁判官 杉本良吉 中平健吉 岩井俊)
(別紙)
東京護憲主催 集会・集団示威運動(杉並コース)
       条件書
一、秩序保持に関する事項
 主催者および現場責任者は、集会・集団示威運動の秩序保持について指揮統制を
徹底すること。
二、危害防止に関する事項
1、鉄棒、こん棒、石その他危険な物件は、一切携行しないこと。
2、旗ざお、プラカード等のえ(柄)に危険なものを用い、あるいは危険な装置を
施さないこと。
三、交通秩序維持に関する事項
1、行進隊形は五列縦隊、一てい団の人員はおおむね二五〇名とし、各てい団間の
距離はおおむね一てい団の長さとすること。
2、だ行進、うず巻き行進、ことさらなかけ足行進・おそ足行進・停滞・すわり込
みおよび先行てい団との併進・追越しまたはいわゆるフランス・デモ等交通秩序を
みだす行為をしないこと。
3、宣伝用自動車以外の車両を行進に参加させないこと。
4、旗、プラカード等の大きさは、一人で自由に持ち歩きできる程度のものとする
こと。
5、旗ざおを利用して隊伍を組まないこと。
6、発進、停止、その他行進の整理のために行なう警察官の指示に従うこと。
四、進路の変更に関する事項
 公共の秩序を保持するため、申請にかかる集団示威運動の進路のうち、赤坂見付
交さ点~特許庁角の間を次のとおり変更する。
 赤坂見付交さ点~山王下~溜池交さ点~特許庁前

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