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平成15年(ネ)第2376号 特許権侵害差止等請求控訴事件(原審・東京地方
裁判所平成13年(ワ)第23830号)(平成16年2月23日口頭弁論終結)
          判           決
       控訴人        アルプス交通株式会社
訴訟代理人弁護士   安 原 正 之
同          佐 藤 治 隆
同          小 林 郁 夫
同          鷹 見 雅 和
補佐人弁理士     古 澤 俊 明
       被控訴人       新潟通信機株式会社
       訴訟代理人弁護士   安 田 有 三
          主           文
 本件控訴を棄却する。
 控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人の金員支払請求を棄却した部分を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,2億2500万円及びこれに対する平成13年
11月15日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行宣言
第2 事案の概要
 控訴人は,後記本件特許権の共有者であり,被控訴人は,原判決別紙型名変
遷一覧表記載の合計33種のGPS-AVMシステム(以下「被控訴人製品」と総
称する。)を,かつて製造,販売し,また現在,製造,販売している者である。
 本件は,控訴人が,被控訴人に対し,被控訴人製品は本件特許権に係る特許
発明の技術的範囲に属し,その製造,販売が本件特許権を侵害する旨主張して,平
成4年から平成10年11月6日までの侵害分については,不当利得の返還,同月
7日から平成13年11月6日(本件訴え提起の前日)までの侵害分については,
主位的に不法行為に基づく損害賠償,予備的に不当利得の返還を求めた事案であ
り,控訴人の請求をいずれも棄却した原判決に対し,控訴人がその取消しを求めて
控訴した。なお,原審において,控訴人は,被控訴人製品の製造,販売の差止めに
ついても請求し,原判決は同請求を棄却したが,原審の口頭弁論終結後に本件特許
権の存続期間が満了したことから,控訴人は,当該部分については不服を申し立て
ておらず,同請求は,当審における審理の対象となっていない。
 本件の前提となる事実,争点及びこれに関する当事者の主張は,次のとおり
当審における主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」欄の「第2 事案の
概要」の1ないし3のとおり(ただし,差止め請求の関係を除く。)であるから,
これを引用する。
1 控訴人の主張
(1) 本件特許発明の文言侵害(争点1)
 原判決は,本件特許権の特許出願前,無線タクシーの状況表示システムに
ついてポーリング方式と任意発信方式とが公知であったところ,本件特許発明は任
意発信方式を採用したものであるのに対し,被控訴人製品はポーリング方式である
点で相違するので,構成要件Fを充足しないと判断したが,誤りであり,被控訴人
製品が構成要件Fを充足することは明らかである。
ア 本件明細書には,「任意発信方式」という用語すら記載されていない
し,ポーリング方式と対比して本件特許発明の技術的意義を述べたところもない。
もとより,特許請求の範囲の記載においては,「任意発信方式」を前提とするとの
限定は付されていない。また,本件明細書の発明の詳細な説明において,任意発信
方式を前提とする説明がされていたとしても,それを理由として,特許請求の範囲
を限定して理解することは不当である。特許請求の範囲に記載された本件特許発明
の構成は,任意発信方式でもポーリング方式でも発明の目的を達するものであるか
ら,本件特許発明が任意発信方式に限定されるとする原判決の判断は誤りである。
イ 仮に,本件特許発明が任意発信方式を前提とするものであるとしても,
被控訴人製品において,「基地局及びタクシーにそれぞれ変復調器を有しているの
で,任意発呼方式によるデータ送出も可能である。しかし,基地局からこの任意発
呼方式を遮断できる」(原判決別紙「被告製品説明1」2(8))ことは当事者間に争
いがないから,被控訴人製品は,ポーリング方式のほかに,任意発信方式によって
も使用可能である。そうすると,任意発信方式によっても使用可能な被控訴人製品
を本件特許発明の技術的範囲に属しないとした原判決の判断は誤りである。
ウ また,原判決は,「構成要件Fの『これらの状況信号のいずれかが発生
されたとき,前記信号発生装置により,それぞれの状況及び車番を表す信号を,所
定の符号形式のデイジタル信号で発生させ;』の意義は,上記の事情に加えて,当
該構成要件の文言に照らしても,状況信号が発生されたときには,これを原因とし
て,必ずそれに対応する信号を発生させ,基地局に送信することにより,基地局に
いる配車係員が常時全車の状況を把握することができるようにしたことを意味する
ものであって,状況信号のいずれかが発生されたときにそれぞれの状況及び車番を
表す信号が発生されない場合があることを含んでいないと解するのが相当である」
(原判決25頁第2段落)と判示する。
 しかしながら,構成要件Fは,無線タクシー内での動作のみを規定する
ものであって,その後,各タクシーから基地局へ送信するに際し,任意発信方式を
採用するか,ポーリング方式を採用するかは,構成要件Fとはかかわりのないこと
である。原判決の上記判示中,「基地局に送信する」は構成要件Gの問題であり,
「基地局にいる配車係員が常時全車の状況を把握する」は構成要件Hの問題であ
る。無線タクシー内においては,本件特許発明と被控訴人製品とは,いずれも,乗
務員の操作により,いずれかの状況信号が発生されたとき,それぞれの車番を表す
信号をディジタル信号で発生させるものであるから,両者の構成は同一である。
 また,「基地局にいる配車係員が常時全車の状況を把握する」の「常
時」とは,発明の目的に照らして理解されるべきであり,無線タクシーの実務上
は,任意発信方式であってもポーリング方式であっても,「常時」把握することが
できることに変わりはない。
(2) 本件特許発明の均等侵害(争点1の追加主張)
 仮に,被控訴人製品が構成要件Fを充足しないものであるとしても,①本
件特許発明の本質的部分は構成要件Iであるから,構成要件Fは本質的部分ではな
く,②構成要件Fに係る構成を被控訴人製品の構成(ポーリング方式)に置き換え
たとしても,本件特許発明の目的を達成することができ,同一の作用効果を奏する
ものであって,③本件特許権の特許出願前,無線タクシーの状況表示システムにつ
いてポーリング方式と任意発信方式との双方が公知であったから,上記のように置
き換えることについては,当業者が,被控訴人製品の製造の時点において容易に想
到することができたものであり,④被控訴人製品は,本件特許発明の構成要件Iを
具備しているから,本件特許権の特許出願時における公知技術と同一又は当業者が
これから容易に推考できたものではなく,かつ,⑤被控訴人製品が,本件特許権の
特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したものに当たる
などの特段の事情もないから,被控訴人製品は,特許請求の範囲に記載された構成
と均等なものとして,本件特許発明の技術的範囲に属するものというべきである。
(3) 本件特許発明の進歩性(争点2)
ア 原判決は,昭和55年11月社団法人日本電子機械工業会作成の「AV
Mシステムについて」と題する文書(乙2,以下「本件刊行物」という。)に記載
されている発明(以下「本件刊行物記載発明」という。)に基づく容易想到性を肯
定しているところ,原判決の本件刊行物記載発明の認定,本件特許発明と本件刊行
物記載発明との一致点及び相違点α~γの認定(原判決28頁19行目~33頁1
7行目)並びに原判決の相違点α及びβに関する判断(同33頁18行目~35頁
下から2行目)は認める。
イ 相違点γに関する判断について
(ア) 原判決は,本件特許発明と本件刊行物記載発明との相違点γとし
て,「本件特許発明が一つの基地局にCRTディスプレイを設け,車番をそれぞれ
の状況に従ってCRTディスプレイに色別に表示させるのに対し,本件刊行物記載
発明が表示盤等に車番と状況を表示させる点」(原判決33頁14行目~17行
目)を認定した上,「変化する状況を識別するために色別の表示を行うことは,そ
れ自体,本件特許権の特許出願前においても周知の技術の範疇に属していたことと
いうべきである。このことは,例えば,鉄道等における列車用の信号機のように,
保線を担当する係員等が状況を入力し,それに応じて信号機の色が切り替わって,
列車の運転士に対して当該軌道への進入の可否を示すものや,電気製品の充電用ラ
ンプのように,充電中という状況と充電終了という状況を示すために色別表示され
るもののように,状況の変化を識別するために色を用いている具体的な例が,本件
特許権の特許出願前にすでに存在していたことからも,裏付けられる」(同36頁
第2段落),「このように,状況を識別するために色を用いるという技術思想は,
本件特許権の特許出願前においてすでに存在しており,しかも周知な技術であった
というべきであるから,当業者であれば,このような技術を,無線タクシーの状況
表示システムにおいて適用し・・・本件特許発明の構成要件Aの『一つの基地局
に・・・CRTデイスプレイを設け』,構成要件Iの『車番をそれぞれの状況に従
ってCRTデイスプレイに色別に表示させる』という構成を想到することは容易で
あったと認められる」(同第3段落)と判断した。
(イ) 確かに,一つの対象物の状況変化を識別するために色別表示するこ
と自体について,本件特許権の特許出願前に既に存在していたことを否定するもの
ではないが,仮に,そのような意味での色別表示の技術が周知であったとしても,
相違点γに係る本件特許発明の構成の進歩性は否定されない。
 例えば,基地局のCRTディスプレイに,ある特定の1台のタクシー
の状況のみを色別表示して配車業務を行うのであれば,色別表示を視認性を解決す
る手段としてのみ利用するものであって,原判決が指摘する列車用の信号機や充電
用ランプと異なるところはない。しかしながら,本件特許発明は,色別表示を視認
性に係る手段としてのみとらえているのではない。1台のタクシーだけの問題とし
てとらえるのではなく,複数台のタクシーを全体として管理する点にこそ,本件特
許発明の特徴がある。ちなみに,複数の対象物を状況に従って色別に表示し管理す
ることは,近年盛んに行われ,時間短縮,人員削減,誤作動防止など,管理システ
ムとして大きな効果を挙げている。
 原判決の上記判断は,複数の対象物をそれぞれの状況に従って色別に
表示し管理するという本件特許発明の特徴的な構成を,一つの対象物のみの状況変
化を識別するための色別表示の技術と同視するという誤りを犯した結果,相違点γ
に係る本件特許発明の構成の容易想到性を肯定したものにほかならない。
(ウ) 被控訴人は,当審において追加提出した特開昭49-40900号
公報(乙9,以下「乙9公報」という。),実開昭51-145495号公報(乙
10,以下「乙10公報」という。),特開昭52-34697号公報(乙11,
以下「乙11公報」という。)及び特公昭48-24360号公報(乙12,以下
「乙12公報」という。)に示されるとおり,複数の対象物をそれぞれの状況に従
って色別に表示し管理することも,本件特許権の特許出願前から周知ないし公知の
技術であると主張する。
 しかしながら,乙9公報に記載された発明は,確かに,複数区間の密
度比を色別表示しているが,その色別表示された結果をもって,当該区間を通行し
ようとする車両を他区間へ誘導するなどの当該区間の密度比を緩和するための管理
等をするものではないから,単なる視認性のみについての発明である。同様に,乙
10公報に記載された考案も,複数地点の交通量を色別表示しているが,その色別
表示された結果をもって,当該地点を通行しようとする車両を他地点へ誘導するな
どの当該地点の交通量を緩和するための管理等をするものではないから,単なる視
認性のみについての発明である。乙11公報に記載された発明も,その表示セグメ
ントの使用例として,交通量の色別表示を挙げており,やはり,単に色別表示を視
認性についてとらえているにすぎない。
 他方,乙12公報に記載された発明は,従業員自身が直接操作して色
分けローラーで状況を表示するものであって,本件特許発明のように,無線通信手
段を用いて,数十キロメートル以上の広い地域を移動し,かつ,刻々と変化するタ
クシーの状況を管理するものとは,その技術分野が全く異なるものである。
 以上のとおり,乙9公報~乙11公報に記載の発明ないし考案は,い
ずれも単に色別表示を視認性に係る手段としてとらえているにすぎず,乙12公報
に記載の発明は,本件特許発明の技術分野と全く異なる分野に属するものであるか
ら,これらの存在をもって,相違点γに係る本件特許発明の構成の進歩性を否定す
ることはできないというべきである。
2 被控訴人の主張
(1) 本件特許発明の文言侵害(争点1)について
 被控訴人製品が本件特許発明の構成要件Fを充足しないとする原判決の認
定判断は正当であり,これに反する控訴人の上記主張はすべて争う。
(2) 本件特許発明の均等侵害(争点1の追加主張)について
 本件特許発明の本質的部分は構成要件F及びGであり,上記のとおり,被
控訴人製品は構成要件Fを充足しないから,均等侵害の要件を満たさない。また,
被控訴人製品は,本件特許権の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がそ
の出願時に容易に推考できたものにも該当する。
(3) 本件特許発明の進歩性(争点2)について
 相違点γに係る本件特許発明の構成の容易想到性を肯定した原判決の認定
判断は正当である。
 乙9公報に記載された発明は,道路網を模したカラー表示パネルを使用
し,道路網の各区間ごとに交通量を計算し,その交通量の変化により色別表示
(緑,青,橙,紫,赤など)をするという「交通表示方法」の発明である。
 乙10公報に記載された考案は,「交通情報表示装置」の考案であり,複
数の地点表示部P1~Pnの情報量により,対応する液晶表示部の色相を変化する
ものである。
 乙11公報に記載された発明は,交通網監視システム,化学プラント監視
システム等の「系統表示装置」の発明であり,メインパネル上の色フィルターを用
いて,適宜異なる色に分割し,各交差点などの監視対象の交通量の変化に応じた異
なる色を表示するものである。
 乙12公報に記載された発明は,複数の社員の各名札の下に色別表示の窓
を設け,各職場において出勤時を青,退社を赤,出張を黄等に選定した上で,その
色を表示することにより,数多き人事の動きを一目で掌握すること等ができるよう
にする「名札かけ」の発明である。
 以上,乙9公報~乙12公報に示されるとおり,複数の対象物をそれぞれ
の状況に従って色別に表示し管理することも,本件特許権の特許出願前から周知な
いし公知の技術である。したがって,本件特許発明は相違点γに係る構成に基づき
進歩性を有するという控訴人の上記主張が失当であることは明らかである。
第3 当裁判所の判断
1 争点2(本件特許発明の進歩性)について
(1) 本件刊行物の刊行物性について
 被控訴人は,本件特許発明は,本件刊行物記載発明に基づいて,当業者が
容易に発明をすることができたものであるから,無効理由が存在することが明らか
である旨主張するところ,控訴人は,本件刊行物が本件特許権の特許出願前に日本
国内において頒布された刊行物といえるか不明であると主張する。
 しかしながら,証拠(乙2)及び弁論の全趣旨によれば,本件刊行物(乙
2)は,昭和55年11月に社団法人日本電子機械工業会が編さんしたものである
こと(表紙),その「はじめに」の欄(1頁)には,「郵政省では,かねてから,
AVMシステム(車両位置等自動表示システム)に関する施策を樹立するため,あ
らゆる面から調査検討を行っていましたが,昭和55年6月,その結果を踏まえ
て,『AVMシステムに係る無線局の免許申請等の処理方針』が策定され,AVM
システムに関する今後の方針が明らかになりました。・・・日本電子機械工業会と
しても,郵政当局の処理方針に沿って・・・本書を編纂した次第であります。この
資料では,AVMシステムとはどういうものであるかを解説し・・・今迄に多くの
方々から頂いた御質問にお答えするよう質疑応答の形式でまとめました。十分御活
用頂きたいと存じます」と,本文中には,「AVMシステムのしくみ AVMシス
テム(車両位置等自動表示システム:AutomaticVehicleMonitoringSystem)は電
波を利用して,運航中の車両の位置や活動状況(実車,空車または作業中等)を自
動的に運用管理センタに収集し,これらを運用管理センタ内において常時把握でき
るシステムです。AVMシステムを利用すれば,各種の事業において,使用する車
両の効率的な運用管理が可能となり,また通信時間の短縮化により電波の有効利用
につながる利点があります」(8頁)と,その「おわりに」の欄(17頁)には,
「・・・十分御検討を頂きたく思います。・・・電波時報80-No.5『車両位
置等自動表示(AVM)システムについて』(郵政省電波監理局無線通信部陸上
課)(注,乙1)を参照させて頂きました・・・」と記載され,さらに,その24
頁にはメモ書き用の用紙まで付いていることが,それぞれ認められる。
 これらからすれば,本件刊行物は,公益法人が編さんした文書であって,
その記載内容からみて,単なる内部文書ではなく,昭和55年6月に策定された郵
政省の処理方針に沿って,関係する業界に属する者に対し,広くAVMシステムに
ついての知識等を普及させるための文書であると認めるべきところ,上記の編さん
日(昭和55年11月)から判断して,本件特許権の特許出願日(昭和58年3月
25日)よりも2年以上も前の時期に,公衆に対し頒布により公開することを目的
として複製された文書(最高裁昭和55年7月4日第二小法廷判決・民集34巻4
号570頁)であることも明らかである。他方,本件刊行物が,上記の時期に作成
はされたものの,その後2年以上が経過した本件特許権の特許出願日においても,
いまだ実際には頒布されていなかったものであることを推測させるような事情は何
らうかがわれないから,本件刊行物は,特許法29条1項3号にいう「特許出願前
に日本国内において,頒布された刊行物」に該当すると認めるのが相当であり,控
訴人の主張は採用することができない。
(2) 本件特許発明の本件刊行物記載発明に基づく容易想到性について
ア 原判決の本件刊行物記載発明の認定,本件特許発明と本件刊行物記載発
明との一致点及び相違点α~γの認定(原判決28頁19行目~33頁17行目)
並びに原判決の相違点α及びβに関する判断(同33頁18行目~35頁下から2
行目)については当事者間に争いがない。
イ 相違点γ,すなわち,「本件特許発明が一つの基地局にCRTディスプ
レイを設け,車番をそれぞれの状況に従ってCRTディスプレイに色別に表示させ
るのに対し,本件刊行物記載発明が表示盤等に車番と状況を表示させる点」につい
て,控訴人は,本件特許発明は,1台のタクシーだけの問題としてとらえるのでは
なく,複数台のタクシーを全体として管理する点にこそ特徴があるにもかかわら
ず,原判決は,複数の対象物をそれぞれの状況に従って色別に表示し管理するとい
う本件特許発明の特徴的な構成を,一つの対象物のみの状況変化を識別するための
色別表示の技術と同視する誤りを犯した結果,相違点γに係る本件特許発明の構成
の容易想到性を肯定したものにほかならない旨主張する。
 そこで検討すると,乙9公報には,①「道路交通状況を計算機をもって
制御するシステムにおいて,道路交通状況を計算機をもって集計し,該集計結果を
表示管上に模擬した道路網の各区間毎に,その区間の道路状態を密度比で代表さ
せ,前記各区間を密度比の区分に応じてカラー表示するようにしたことを特徴とす
る交通状況表示方法」(特許請求の範囲),②「本発明は・・・カソードレイチュ
ーブ(陰極級管表示管)CRT上に道路網を模擬し,交通状態の代表量に応じて,
道路網をカラー表示し,前記代表量を各区間の密度比によつて表示色彩を変
え・・・必要な情報の引出し,およびフレキシビリテイに富んだ交通状況の表示方
法を提供することを目的とするものである」(発明の詳細な説明,1頁右欄第3段
落),③「道路網を模擬する線は次のカラーデータにより変えられ,カラー表示さ
れる。すなわち密度比Kiの値に応じてたとえば次表のように表示される」(同2
頁右上欄最終段落)の各記載があり,さらに,上記③に続けて,「表」として,
「Ki」と「カラー」の対応関係につき,「0.5以下/緑」,「0.5~0.8
/青」,「0.8~1.0/橙」,「1,0~1.2/紫」,「1.2以上/赤」
との関係を示した表が掲載されている。これらの記載等によれば,乙9公報には,
「道路交通状況の制御システムにおいて,CRT上に道路網を模擬した上,道路網
の各区間ごとに,密度比の区分に応じて,緑,青,橙,紫,赤とカラー表示するよ
うにしたことを特徴とする交通状況表示方法」の発明(以下「乙9発明」とい
う。)が記載されているものと認めることができる。
 そうすると,相違点γにつき,控訴人が本件特許発明の特徴であると主
張する,複数の対象物(複数台のタクシー)をそれぞれの状況に従って色別に表示
し全体として管理するとの構成は,本件特許権の特許出願前の頒布刊行物(乙9公
報)に記載された乙9発明において,「道路網の各区間」という「複数の対象物」
について,「当該区間の密度比」という「それぞれの状況」に従って「色別に表示
し全体として管理する」技術が開示されていた以上,当業者が乙9発明に基づいて
容易に想到することができたものというべきである。
ウ これに対し,控訴人は,乙9発明は,確かに,複数区間の密度比を色別
表示しているが,その色別表示された結果をもって,当該区間を通行しようとする
車両を他区間へ誘導するなどの当該区間の密度比を緩和するための管理等をするも
のではないから,単なる視認性のみについての発明である旨主張する。
 しかしながら,そもそも,色別表示された表示結果をタクシーの無線管
理業務に用いるものであることは,本件特許発明と本件刊行物記載発明との一致点
というべきものであって,色別表示の結果をどのように利用するかという問題は,
相違点γには含まれていないと解される上,乙9公報によれば,乙9発明は,「高
速道路および一般道路における交通管制システムに係り」(1頁左欄下から第3段
落),「高速道路網の有効活用を計るために計算機による交通管制システムの導入
が取入れられている」(同下から第2段落)ことを前提とするものであり,発明の
目的として,色別表示を行うことによって,「必要な情報の引出し,フレキシビリ
テイに富んだ交通状況の表示方法を提供することを目的とするものである」(同頁
右欄第3段落)ことが開示されているのであるから,乙9発明における色別表示
が,それによって引き出した情報を道路交通状況の全体としての管理,制御に用い
るために行われるものであることも明らかというべきである。したがって,控訴人
の上記主張は採用の限りではない。
エ 以上のとおり,相違点γに係る本件特許発明の構成の特徴をいう控訴人
の主張を前提としたとしても,当該構成は,乙9発明に基づき当業者が容易に想到
することができたものであるというほかはないから,結局,本件特許発明は,本件
刊行物記載発明及び乙9発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができた
ものであると認められる。
(3) そうすると,本件特許発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反し
てされたものであって,同特許に無効理由が存在することは明らかであるから,他
に特段の事情について主張立証のない本件においては,本件特許権に基づいて不法
行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求める控訴人の請求は,いずれも権利
の濫用に当たり許されないというべきである。
2 以上によれば,控訴人の被控訴人に対する本件請求は,その余の点について
判断するまでもなく理由がないから,いずれも棄却すべきである。
 よって,以上と同旨の原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,
これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
     東京高等裁判所第13民事部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
 
    裁判官 早  田  尚  貴

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