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       主   文
1 被告大阪市立更生相談所長が,原告に対し,平成9年11月5日付福第851
2号で行った生活保護開始決定を取り消す。
2 原告の被告大阪市及び被告大阪府に対する請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,原告に生じた費用の3分の2と被告大阪市及び被告大阪府に生じ
た費用を原告の負担とし,その余の費用を被告大阪市立更生相談所長の負担とす
る。
       事実及び理由
第1 請求
1 主文第1項と同旨
2 被告大阪市は,原告に対し,124万5000円及びこれに対する平成10年
12月29日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被告大阪府は,原告に対し,10万円及びこれに対する平成10年12月29
日から支払済みに至るまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
1 本件は,難聴のため周囲の者とのコミュニケーションが困難であるから,更生
施設等に収容する方法での生活保護(以下「収容保護」という。)ではなく,居宅
での生活保護(以下「居宅保護」という。)を希望する原告が,
(1) 原告は2回にわたり収容保護を受けていたが,その施設からそれぞれ退所
した際に,被告大阪市の公務員である被告大阪市立更生相談所長(以下「被告相談
所長」という。)が,正当な理由なく生活保護を廃止し,原告に野宿を余儀なくさ
せた。
(2) 上記各退所の際に,被告相談所長が,居宅保護についての調査義務・説明
義務を怠ったことにより,原告の居宅保護への保護変更の要否等の決定を受ける権
利及び居宅保護の受給権を侵害した。
(3) 被告相談所長が,居宅保護を希望した原告に対し,一時保護所への収容保
護を内容とする生活保護開始決定(以下「本件収容保護決定」という。)をした。
(4) 被告大阪府は,本件収容保護決定を不服とする審査請求を放置した。
として,
(1) 被告相談所長に対し,本件収容保護決定の取消し
(2) 被告大阪市に対し,上記(1)ないし(3)の行為により原告が被った精
神的損害並びに本件収容保護決定により居宅保護を受けられず,出捐を余儀なくさ
れた敷金及び家賃相当額の損害の国家賠償
(3) 被告大阪府に対し,上記(4)の行為により原告が被った精神的損害の国
家賠償
を求めたものである。
2 前提事実(当事者間に争いがない事実)
(1) 当事者
ア 原告は,昭和7年3月30日生まれ(本件収容保護決定時65歳)の男性であ
る。
イ 被告大阪市は,平成12年3月31日までの間,国の機関委任事務として,生
活保護法(以下「法」という。)19条に基づく生活保護の実施機関として生活保
護行政を行っていた。
ウ 被告相談所長は,大阪市生活保護法施行細則(乙4)2条2項により,大阪市
長から,環境改善地区(いわゆる釜ヶ崎地区ないしあいりん地区)における住居の
ない要保護者に係る生活保護事務の委任を受け,同事務を実施する機関である。
(2) 保護の種類及び方法
 法11条1項は,生活保護の種類として,生活扶助,教育扶助,住宅扶助,医療
扶助等を規定し,同条2項は,前項各号の扶助は,要保護者の必要に応じ,単給又
は併給として行われる旨規定する。
 法30条1項本文は,生活扶助の方法につき,被保護者の居宅において行うもの
として,居宅保護の原則を定め,同項ただし書は,居宅保護によることができない
とき,これによっては保護の目的を達しがたいとき又は被保護者が希望したとき
は,被保護者を救護施設,更生施設若しくはその他の適当な施設に入所させ,若し
くはこれらの施設に入所を委託し,又は私人の家庭に養護を委託して行うことがで
きる旨を定める。なお,ここにいう救護施設については,法38条2項が,身体上
又は精神上著しい障害があるために日常生活を営むことが困難な要保護者を入所さ
せて,生活扶助を行うことを目的とする施設とする旨定め,更生施設については,
法38条3項が,身体上又は精神上の理由により養護及び生活指導を必要とする要
保護者を入所させて,生活扶助を行うことを目的とする施設とする旨定める。
 法33条1項本文は,住宅扶助の方法につき,金銭給付によって行うものとし,
同項ただし書は,これによることができないとき,これによることが適当でないと
き,その他保護の目的を達するために必要があるときは,現物給付によって行うこ
とができる旨を定める。同条2項は,住宅扶助のうち,住居の現物給付は,宿所提
供施設を利用させ,又は宿所提供施設にこれを委託して行うものとする旨定める
が,本件収容保護決定当時,大阪市には宿所提供施設はなかった。
(3) 淀川寮への入退所
 被告相談所長は,原告に対し,平成8年5月17日,原告からの保護開始申請に
基づき,法38条3項所定の更生施設であり,大阪市立更生相談所(以下「市更
相」という。)の付属施設である同相談所一時保護所での生活扶助(収容保護)を
行う旨の保護開始決定をした。被告相談所長は,引き続き,同年6月19日,同じ
く更生施設であり,社会福祉法人みおつくし福祉会が運営する淀川寮での生活扶助
(収容保護)を行う旨の保護変更決定をした。
 原告は,上記各決定に従い,一時保護所及び淀川寮に入所したが,同年11月下
旬ころには,淀川寮を退所したい旨の意向を淀川寮の職員に伝えた。その際,淀川
寮職員は,原告から事情聴取をしたが,居宅保護への変更が可能である旨の説明は
しなかった。
 原告は,同年12月3日,淀川寮を退所した。その際,被告相談所長は,原告に
対し,退所を理由として保護廃止決定をした。
(4) 自彊寮への入退所
 被告相談所長は,原告に対し,平成9年1月30日,原告からの保護開始申請に
基づき,一時保護所で収容保護を行う旨の保護開始決定をし,同年3月12日,同
じく更生施設であり,社会福祉法人大阪自彊館の運営する自彊寮で収容保護を行う
旨の保護変更決定をした。
 原告は,上記決定に従い,一時保護所及び自彊寮に入所し,同年4月,大阪市か
ら補聴器の給付を受けるために聴力の検査を受けたが,給付の基準を満たさないと
判断され,補聴器の支給を受けることはできなかった。
 その後,原告は,補聴器のないまま自彊寮で生活したが,同年8月14日同施設
を退所した。
 自彊寮退所に先立ち,同年7月ころ,原告は自彊寮職員に対し,退所したい旨の
意向を伝えた。その際,自彊寮職員は原告に対し,事情聴取をしたが,居宅保護へ
の変更が可能である旨の説明はしなかった。
 原告が自彊寮を退所した際,被告相談所長は,原告に対し,退所を理由として保
護廃止決定(以下,淀川寮を退所した際の保護廃止決定と併せて,「本件各廃止決
定」という。)をした。
(5) 本件収容保護決定
 原告は,平成9年10月16日から20日にかけて,市更相の職員に対し,難聴
のため集団生活についていけず,施設での生活に強いストレスを感じることを理由
に,居宅での生活保護を希望する旨述べ,同月20日,被告相談所長に対し,その
旨を記載した生活保護開始申請書を提出した(以下「本件申請」という。)。
 これに対し,被告相談所長は,同年11月5日付で,一時保護所での生活扶助
(収容保護)を開始する旨の本件収容保護決定をした。
(6) 本件居宅保護決定
 原告は,本件収容保護決定後,平成9年11月10日まで法外援助(法に基づか
ない,自治体独自の援助事業)として法38条2項所定の救護施設である三徳寮ケ
アセンターに宿泊した後,同月11日に大阪市a区b丁目c番de号において賃貸
住宅を借りて生活し始め,同月12日(本件収容保護決定の7日後),西成区福祉
事務所長に対して,生活保護開始申請をした。
 西成区福祉事務所長は,原告に対し,同日付で居宅保護を行う旨の保護開始決定
(以下「本件居宅保護決定」という。)をした。
(7) 審査請求
 原告は,平成9年11月12日,本件収容保護決定を不服として,大阪府知事に
対し,審査請求(以下「本件審査請求」という)をした。
 大阪府知事は,平成10年11月16日,本件審査請求を棄却する旨の裁決(以
下「本件裁決」という。)をした。
3 争点
(1) 本件収容保護決定を取り消す法律上の利益の有無(争点1)
(2) 本件各廃止決定及びこれに際して被告相談所長が居宅保護について調査・
指導,説明をしなかったことの違法性(争点2)
(3) 本件収容保護決定の違法性(争点3)
(4) 本件裁決が本件審査請求から約1年を要したことの違法性(争点4)
(5) 原告の損害(争点5)
4 当事者の主張
(1) 争点1(本件収容保護決定を取り消す法律上の利益の有無)について
(被告相談所長の主張)
ア 平成9年11月5日付け本件収容保護決定は,同月6日に取り消されているか
ら,本件収容保護決定の取消しを求める法律上の利益はない。
 すなわち,被告相談所長が本件収容保護決定を行った前提には,原告が施設への
入所を断固拒否するという明確な意思の確認はできず,居宅に固執せずに施設への
入所に同意することも考えられたので,ひとまず一時保護所に入所してもらった上
で,その後の適切な保護を図ることが適当であるという判断があった。しかしなが
ら,原告が夜になっても一時保護所を訪れなかったことから,その時点で施設入所
を拒否する意思が明確になり,本件収容保護決定の前提となった事実が異なってい
たことが判明した。そこで,被告相談所長は,翌6日,職権により本件収容保護決
定を取り消した。
 行政庁の処分の全部又は一部が取り消された場合には,当該処分の取り消された
部分の取消しを求める訴えの利益は存しないから,本件取消請求には訴えの利益が
ない。
 原告は,上記取消しは無効であると主張するが,無効事由はない。まず,被告相
談所長が本件収容保護決定の取消しを通知していないのは,原告の所在が明らかで
なかったからである。次に,原告は,本件収容保護決定を取り消すには,聴聞,理
由付記等の手続が必要である旨主張するが,これらは,処分を取り消すことが処分
の名宛人に何らかの不利益を及ぼし得る場合に,行政庁の判断の慎重と公正妥当を
担保するとともに当該名宛人の不服申立てに便宜を与えるために採られるものであ
るところ,本件においては,本件収容保護決定の内容が原告の意思に反することが
明らかとなったため取り消したものであるから,本件収容保護決定を取り消すこと
自体は,原告に何ら不利益を及ぼすものでない。また,一時保護所には定員がある
ところ,一時保護所において即時の保護を要する保護申請者が多数であることか
ら,効率よく数多くの要保護者を収容する必要性(公益)を考慮し,速やかに取消
しを行った。したがって,聴聞,理由付記等の手続の必要はない。
イ 被告相談所長は,環境改善地区における住居のない要保護者に係る生活保護の
実施に関する事務の一部を大阪市長から委任されており,その範囲において当該事
務を行う権限を有している。したがって,原告が住居を有することになった時点
で,原告に対する保護の実施責任は被告相談所長にはなくなり,原告の住居の所在
地を所管する西成区福祉事務所長にあることになり,被告相談所長は原告に対して
保護を実施し得なくなったから,本件収容保護決定は,以後その効力を失った。
(原告の主張)
ア 被告相談所長は,本件収容保護決定を取り消したと主張するが,この取消し
は,以下の理由により,無効である。
(ア)取消しが有効となるための実体的要件
 有効に成立した行政処分について,その成立に原始的な瑕疵がある場合には,行
政庁の職権によりその効力を遡及的に消滅させることができるが,法律の明文上の
規定に基づかないものであるから,取り消すことができる場合は限定的に解すべき
であり,無効原因に至らないまでも,詐欺,脅迫,賄賂などの不正行為が介在する
場合や,行政処分の決定過程の要素に錯誤がある場合のように,取消しを正当化し
得るだけの公益上の理由が存することが不可欠である。
 本件では,原告は,被告相談所長に対し,本件申請当初からアパートでの居宅保
護を望む意思を明示しており,被告相談所長が原告の意向を誤解するなどというこ
とはあり得ないから,被告相談所長に錯誤は存しない。また,被告相談所長が「瑕
疵」として主張するのは,単に申請者である原告の希望についての錯誤であって,
行政処分の決定過程における要素の錯誤ではないから,これを取消事由とすること
はできない。
 よって,本件収容保護決定の取消しは無効である。
(イ)取消しが有効となるための手続的要件
 被告らは,取消しの通知,聴聞等の手続をいずれも行っていない。
 行政手続法13条(不利益処分をしようとする場合の聴聞又は弁明の機会の付
与)の趣旨に鑑みると,たとえ,行政処分に原始的な瑕疵があって,これを取り消
し得る場合であっても,当該処分の相手方に対し,行政処分を取り消す旨を通知し
た上,聴聞等の手続を保障することが必要であると解すべきである。さらに,同法
14条では,不利益処分をする場合,その名宛人に対し,当該不利益処分の理由を
示さなければならないとされており,行政処分の取消しの場合でも,その理由,す
なわち,いかなる瑕疵があってどのような公益上の見地から当該行政処分を取り消
そうとしているのかを明示しなければならないと解すべきである。
 本件収容保護決定を取り消すことは,要保護状態にある申請者を法的にきわめて
不安定な地位に置くだけでなく,正当な理由がなければ保護を不利益に変更されな
いとした法56条の趣旨に反する。
イ 仮に,本件収容保護決定の効力が将来的に失われたとしても,ただちにその処
分の取消しを求める訴えの利益を欠くに至るものではない。すなわち,一般に,行
政処分の後の事情変更によって当該処分がその効力を失った場合においても,処分
の取消しを求めなければ回復できない権利利益が,派生的にせよ残存する限り,処
分の効力の有無とは無関係に訴えの利益があると考えられている。
 そして,本件についてみると,本件収容保護決定が,居宅保護とすべきところを
収容保護とした点において違法であるとされ,取り消された場合,取消判決の拘束
力によって,原告は当該処分日付で居宅保護による保護開始決定を得ることが可能
となる。そうすると,原告は,当該処分の行われた日に遡って保護費の支給を受け
ることができるのであるから,取消しを求める訴えの利益がある。
 したがって,原告には本件収容保護決定の取消しを求める法律上の利益がある。
(2) 争点2(本件各廃止決定及びこれに際して被告相談所長が居宅保護につい
て調査・指導,説明をしなかったことの違法性)について
(原告の主張)
ア 保護の辞退が保護廃止のための正当な理由となるか。
 法7条によっても,保護の辞退により保護廃止をすることを正当化することはで
きない。同条は,申請主義を定めるが,これは,国民に保護請求権が認められてい
ることから,その権利行使により保護を開始するのが合目的的であるとの理由に基
づくにすぎない。
イ 原告が保護を辞退したといえるか。
 生活保護受給権が被保護者の生存に密接にかかわるものであり,保護の廃止が重
大な不利益処分であること,保護の辞退が保護の廃止を正当化する理由として法文
上明記されていないこと,被保護者が生活保護法上の諸制度の無知により,保護変
更申請等他に採り得る方法を知らず,事実上権利行使できないという状態にあるこ
と等の理由から,被保護者が保護を辞退したと評価するには,少なくとも,以下の
要件が必要であると解すべきである。
① 被保護者が保護を辞退した場合の効果ないし結果を十分に理解していること
② 被保護者の保護の辞退の意思表示が明示的であること
③ 保護の辞退の意思表示がその真意に基づくものであること
④ 保護変更等の他に採り得る手段がある場合は,そのことを知りながら敢えて当
該権利行使や手続を採らないような場合であること
 原告は,以下のとおり上記各要件をいずれも充足していない。
① 原告は,自己が生活保護を受けているという認識すら有しておらず,保護を辞
退した場合の効果ないし結果に関する理解もないから,上記①の要件を満たさな
い。
② 原告は,施設の退所を求めただけであり,辞退の対象となっている生活保護そ
のものについての理解及び認識を欠いているのであるから,保護辞退の意思表示が
明示的でないことは明らかであって,上記②の要件を満たさない。
③ 原告は,施設での生活に堪えきれず,施設を退所したいと考えていたにすぎ
ず,生活保護を辞退したいと考えていたものでないから,上記③の要件を満たさな
い。
④ 原告は,敷金支給及び居宅保護への保護変更申請権等の諸制度があることを知
らなかったから,上記④の要件を満たさない。
ウ 本件各保護廃止決定に手続的瑕疵があるか。
 被告相談所長は,本件各保護廃止決定について,保護廃止決定通知書の作成もし
ておらず,当然原告に対する交付もしていない。法26条は「保護の実施機関は,
被保護者が保護を必要としなくなったときは,すみやかに,保護の停止又は廃止を
決定し,書面をもって,これを被保護者に通知しなければならない。」と定めてお
り,保護の辞退を理由とする保護の廃止についても同様の法的手続が必要であると
解すべきである。
 被告相談所長は決定書の交付が困難であったと主張しているが,仮に交付が困難
であったとしても,作成しないことまでを正当化するものではない。また,淀川寮
退所時に,施設職員は,決定書を交付するための所在調査もしていない一方,自彊
寮退所時には原告が兄のところに行くと述べていたのであるから,被告相談所長が
原告の所在を把握することは可能であった筈である。
エ 被告相談所長に,居宅保護についての調査・指導義務違反,説明義務違反があ
るか。
 以下に述べるとおり,被告相談所長には,(ア)原告の生活状態を調査すべき義
務,自彊寮及び淀川寮に対し,施設に収容されている被保護者が施設を退所したい
と希望を出している場合は退所前に事前に知らせるように指導すべき義務があった
のに,これを怠り,原告が淀川寮及び自彊寮を退所する際,居宅での生活や療養が
可能である生活状態であることを知らなかった過失,原告が施設を退所する約1か
月前には施設を退所したい旨の申入れを施設職員にしていたにもかかわらず,その
ことを把握していなかった過失があるし,(イ)直接あるいは施設長を通じて,原
告に対し,住宅扶助として敷金支給の制度があること及び収容保護から居宅保護へ
の変更申請ができることについてその制度の手続や権利を説明すべき義務があった
にもかかわらず,これを怠った過失が存する。
(ア)調査・指導義務について
 法25条2項は,保護の実施機関は,常に,被保護者の生活状態を調査し,保護
の変更を必要とするときには,すみやかに,職権をもってその決定を行わなければ
ならない旨を規定し,保護の実施機関に対し,調査義務及び必要な保護が行われて
いない者に対する保護変更決定を義務付けている。同条項が,保護の実施機関に調
査義務や職権による保護変更決定を義務付けたのは,被保護者が,その後の事情変
化により必要な保護を受けられていない状態に陥りながら,生活保護法の諸制度に
関する知識不足であるがゆえに事実上保護請求権を行使できない状態があっては,
国民の最低生活の保障を欠くことになるからである。
 この調査義務は,収容保護決定を受けている被保護者に対しても同様に当てはま
る。そして,保護の実施機関は,この調査義務を果たすため,被保護者の生活保護
に影響を与えるような事情が生ずるおそれがある場合,常に報告をするよう施設の
長に対しこれを指導すべき義務が存する。
(イ)説明義務について
 法7条本文は,「保護は,要保護者,その扶養義務者又はその他の同居の親族の
申請に基づいて開始するものとする。」旨規定し,申請主義を原則としている。こ
の申請主義は,生活保護を必要とする人々がその生活保護法上の権利の存在と内容
を十分に知った上でそれを自らの自由意思に基づき利用するか否かを決定し得ると
いう状況が保障されて初めて正当化される。
 一方,法2条は,すべての国民が,同法に定める要件を満たす限り保護を受ける
ことができる旨規定し,国民が国家に対し積極的に同法による保護を実施すべきこ
とを主張することができる権利,いわゆる「保護請求権」を保障している。
 さらに,法7条ただし書で,「要保護者が急迫した状況にあるときは,保護の申
請がなくても,必要な保護を行うことができる。」と規定し,法27条1項も「保
護の実施機関は,被保護者に対して,生活の維持,向上その他保護の目的達成に必
要な指導又は指示をすることができる。」と規定している。同法25条2項は,前
記のとおり保護の実施機関に調査義務を課し,必要な保護が行われていない者に対
する保護変更決定を義務付けている。これらの規定は,法2条の規定する国民の生
活保護請求権を実効あらしめ,無差別平等の保護を実施するために,保護請求権を
事実上行使することができないか,又は行使が困難な要保護者に対しても生活保護
の実施を可能ならしめるための規定であり,これに法の趣旨及び申請主義の原則を
併せると,生活保護法上の権利の内容及び申請手続を知らないことにより変更申請
権を行使できないでいる場合,実施機関は,職権による変更決定を行う前に,被保
護者に対し説明義務を尽くして変更申請を促し,変更決定を行わなければならない
ことも法が当然の前提としていることは明らかである。
 憲法25条2項の「国は,すべての生活部面について,社会福祉,社会保障及び
公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。」との規定及びこれを具体化し
た生活保護法の目的並びに同法の各規定から,被告相談所長には,要保護状態にあ
る者が,生活保護法の諸制度の無知により生活保護請求権を事実上行使できない状
態にある場合,要保護者に対し,生活保護法上の権利及び申請手続を説明し,同人
が生活保護請求権を事実上行使できない状態を解消すべき法的義務が存することは
明白である。生活保護法上の権利をどのような手続により行使できるのかを実施機
関が予め知らせないでおいて,申請がなければ利用させなくてよいというのでは,
原告のような真にサービスを必要とする経済的社会的弱者を制度から疎外し,同法
の制度趣旨に反し極めて不公正な制度運営となってしまうことは明らかであるから
である。
 そうすると,被保護者が保護を変更すべき生活状態にあったとするならば,保護
の実施機関としては,直接あるいは施設長を通じて,被保護者に対し保護変更申請
の権利及び手続を説明すべき注意義務が存するというべきである。
 なお,被告大阪市は,原告が淀川寮及び自彊寮を退所するに際し,被告相談所長
が原告に対し敷金支給制度について説明しなかったのは,原告が敷金支給のための
要件に該当しなかったからであると主張しているが,被告相談所長は,施設退所者
に関して,敷金支給の要件に該当するか否かについては一切判断しておらず,一律
に敷金支給してこなかったにすぎない。
(被告大阪市の主張)
ア 保護の辞退が保護廃止のための正当な理由となるか。
 法7条の申請保護の原則の趣旨から,保護の辞退があった場合も法26条にいう
「被保護者が保護を必要としなくなったとき」に当たり,保護廃止を正当化する理
由となる。
 保護の請求権は財産的請求権ではあっても,国民の生存を守る最後のよりどころ
としての意義をもつ特殊なものであることから,その放棄は認められないが,その
行使は,個人的公権が通常そうであるように,権利者の任意にゆだねられている。
いかに生活に困窮していようと,必ずその者は保護の申請をするように義務付けら
れているものではない。既に保護を受けている者でも,その任意の辞退があれば,
急迫の状況にない限りは,その申出に従い保護を停止又は廃止することが妥当であ
ると解されている(乙48)。
イ 原告が保護を辞退したといえるか。
 淀川寮を退所する際については,原告が当初からの意思により退寮したこと,若
干の所持金も有していること,就労の意思を明らかにしていることから,原告は保
護を辞退したといえる。
 自彊寮を退所する際についても,原告が当初からの意思により退寮したこと,若
干の所持金も有していること,帰郷して自力で生活していく意思を明らかにしてい
ることなどから,原告は保護を辞退したといえる。
ウ 本件各保護廃止決定に手続的瑕疵があるか。
 本件各廃止決定に当たって,保護廃止決定通知書を作成していないが,これは,
原告の所在が不明なため,保護廃止決定通知書の交付が困難であり,また,原告は
自ら保護を辞退したことから,保護廃止になったためであり,手続瑕疵とはいえな
い。
エ 被告相談所長に,居宅保護についての調査・指導義務違反,説明義務違反があ
るか。
 法25条2項による調査義務,職権変更義務は,被保護者からの申請に期待する
ことができない,被保護者に不利な変更を行うべき場合等に妥当するものであり,
原告の主張するように,すべての場合に実施機関に調査義務があり,職権変更義務
ないし変更申請についての説明義務があるということはできない。この点,市更相
では,施設に入所している被保護者について,年金等の収入があった場合や,入院
が必要となった場合などにおいては,施設から報告を受け,適切に保護変更を行っ
て対応しており,法25条2項に定められた調査義務を果たしている。
 敷金支給は,収容目的を達した場合で管理者の指示により退所する場合に限り行
うところ,原告が淀川寮及び自彊寮を退所する際,原告は敷金支給のための要件に
該当しなかったことから,被告相談所長が原告に対し敷金支給制度について説明す
べき義務はない。
 収容目的を達した場合とは,法38条3項に基く更生施設の場合,当該施設が
「身体上又は精神上の理由により養護及び補導を必要とする要保護者を収容して,
生活扶助を行うことを目的とする施設」であることから,当該施設における生活の
中で居宅での生活や療養が可能であると判断された場合等がこれに当たる。居宅で
の生活が可能かどうかについての判断は,具体的に,単身での家事や家計のやりく
りが可能か,社会性が身についているか,病状が安定し,通院や服薬が自分で管理
できるか等の事情を考慮して行なわれる。
 原告は,淀川寮及び自彊寮とも,いずれも入所期間が短く,いまだ療養指導,生
活指導等を必要とする状態であり,居宅での生活の可否が明確に判断できる状態に
ないまま,原告の希望により中途で自主退寮したという報告を各施設の長から受け
ていたことによる。
 原告は,淀川寮を退所する際,原告が居宅保護を希望するとは述べなかった。そ
のほか,原告が,施設を出て仕事をするという理由で希望退所したこと,就労の意
思を持っていると思われたこと,就労する体力もあり体調面でも特に不調はなかっ
たこと,6,7万円の所持金を有していたこと,入所当初より短期で退所するつも
りであると言っていたこと,2,3日暮らせる所持金があれば日雇でもして何とか
暮らして行けると言っていたこと,施設職員が退所しないよう指導したが,退所の
意思が固く,強かったこと,居宅保護を希望するとは言わなかったこと,敷金の給
付を希望するとは言わなかったこと,ノイローゼ状態であった事実はないし,その
ような訴えも一切なかったこと,他の入所者との集団生活もきちっとしており,生
活態度もまじめであったこと等,原告が淀川寮を退所する際の具体的状況からすれ
ば,原告が淀川寮を退所する際,被告相談所長が,淀川寮退所時に,敷金の給付及
び収容保護への変更に関する手続を説明すべき作為義務はなく,説明しなかったこ
とにつき職務上の義務違反はない。
 原告は,自彊寮を退所する際も,居宅保護を希望するとも敷金の給付を希望する
とも述べなかった。そのほか,原告が,北九州に兄がいて,その近くに姉たちもい
るので,九州に帰郷し,兄宅に居候しながら自分に合った仕事を探して自立を考え
ていると言っていたこと,就労する体力もあり体調面でも特に不調はなかったこ
と,12万円くらいの所持金を有していたこと,前々から退寮のことは考えてお
り,寮で生活していても生きている実感がわかないので,九州に帰って自力で何と
か生活していきたいと言っていたこと,施設職員が退所しないよう指導したが,退
所の意思が固く,強かったこと,入寮中に他の入所者の生活を見ていて体力面で恵
まれていると気付いたので,退寮の決断をしたと言っていたこと,ノイローゼ状態
であった事実はないし,そのような訴えも一切なかったこと,他の入所者との間で
疎外されたところはなく,他の入所者との集団生活もきちっとしており,生活態度
もまじめであったこと等,原告が自彊寮を退所する際の具体的状況からすれば,原
告が淀川寮を退所する際,被告相談所長が,自彊寮退所時に,敷金の給付及び収容
保護への変更に関する手続を説明すべき作為義務はなく,説明しなかったことにつ
き職務上の義務違反はない。
(3) 争点3(本件収容保護決定の違法性)について
(原告の主張)
ア 被告相談所長は,「住居を有しない要保護者に対しては居宅保護はできない」
との誤った法解釈を前提として,本件収容保護決定を行った。このように前提とな
る法解釈に明白な誤りがあって裁量判断がなされなかったような場合には,判断要
素の選択自体がなされず,判断過程そのものが存在しないのであるから,当該法解
釈の誤りが処分の結果に影響することが明らかであり,裁量権の逸脱・濫用が最も
明白に認められる場合である。
 仮に,結果の妥当性についても一定の考慮をすべきとしても,手続上の瑕疵が一
般的にみてその性質上通常処分の結果に影響を及ぼすような性質のものである場合
には,そのような瑕疵があっても結果に影響を及ぼさないことが明らかな特段の事
情があると認められない限りは,手続上の瑕疵があるというだけで結果に影響があ
るとの事実上の推定が働くので,処分を取り消すべきである。そして,特段の事情
があると認められる場合とは,処分の内容の正当性が客観的に明白であり,その結
果,処分手続の当否を論ずることが無意味と認められるような場合を言うものと解
される。
 この点,本件収容保護決定は,前提となる法解釈に明白な誤りがあって裁量判断
がなされなかったのであり,その7日後に西成区福祉事務所長が本件居宅保護決定
をしていることからしても,処分内容の正当性が客観的に明白であるとはいえな
い。
イ 被告相談所長及び被告大阪市は,当初は,本件申請を行った原告に対し,現に
住居のない人については居宅保護できないと伝え,生活保護開始申請書を訂正して
再提出するよう求めたこと,相談所職員らが,相談所においては居宅保護は行って
いないと明言し,居宅保護が原則であることを踏まえての居宅保護実施のための調
査等も一切行っていないことを認めていた。ところが,主張を変更して,法30条
1項が居宅を有しない要保護者に対して居宅保護を行なうことを一切許容しないも
のではないことを前提として,原告の個別の状況を考慮した上で,裁量判断として
の本件収容保護決定を適正に行ったと主張するに至った。しかし,仮に変更後の主
張が事実であるとしても,以下の理由により,その裁量判断は,裁量権の逸脱・濫
用に当たり,違法である。
(ア)法30条1項が居宅保護の原則を宣明したのは,①被保護者の心理的要求,
意思に適い,②基本的人権の尊重の趣旨にも適うだけでなく,③法の目的である自
立概念にも適うからである。すなわち,自立とは,経済的自立のみならず,社会的
自立,精神的人格的自立を意味するところ,被保護者がこのような自立を果たすた
めには,管理上規制を伴い画一的処遇に陥り易い施設や病院ではなく,地域社会の
中で福祉事務所の必要最小限の指導を受けながら,自らの意思決定のもと,人間ら
しい生活をおくることが最も望ましいことから,同条項は,居宅保護を生活扶助の
あり方の原則としたのである。
 生活保護法は,あらゆる人権の出発点となる重要な人権である生存権を具体化す
るために制定されたものであり,最低生活の保障と自立の助長をその立法目的とし
ているところ(法1条),居宅保護の原則が法の目的である自立概念から導かれた
ものであることからすれば,収容保護は例外中の例外と位置付けられる。それゆえ
にこそ,条文上も,ただし書の例外について,収容保護決定ができる旨規定するに
とどめているのである。
 また,生活保護事務を行うに当たって居宅保護が妥当かどうかの判断に際して
は,出入国管理行政のような政治的政策的価値判断や,原子炉設置許可行政のよう
な専門的技術的判断は必要がなく,裁判所にも十分に判断が可能である。
 したがって,収容保護決定をなすに当たって認められている実施機関の裁量の幅
は,本来的に極めて狭いものであると解される。
 法30条1項ただし書にいう「これによることができないとき」とは,物理的,
現実的に居宅保護ができない場合,すなわち,現に居宅を有しておらず,かつ居宅
の確保が客観的に不可能な状況にあるときをいうものと解され,これに該当するか
否かの判断は客観的な事実状態の確定の問題であるから,実施機関の裁量が生じる
余地がなく,羈束行為であると解される。
 また,「これによっては保護の目的を達しがたいとき」とは,居宅保護によると
却って最低生活の保障,自立助長という法の目的(法1条)に反する結果となる危
険が現実的に認められる場合をいうものと解される。これに該当するか否かの判断
に当たり一定の裁量の余地が生じることは否定できないとしても,法が自立助長の
観点から居宅保護を原則としたことからすれば,殆どの場合においては居宅保護の
方が自立助長という法の目的を達するのに適しているとの価値判断が法によって予
め示されているといえる。そして,このような立法者意思は,「但し,保護の目的
を達するために必要があるときは」とされていた原案が,議論の中で,従前ともす
れば安易に収容保護としていたことに対して反省をすべきだとの意見があり,現行
法のような抑制的な文言(「目的を達しがたいとき」)に改められたという立法経
緯にも端的にあらわれている。
 したがって,「これによっては保護の目的を達しがたいとき」に該当するか否か
を判断するにあたって実施機関に与えられている裁量の幅は極めて小さいものと解
される(いわゆる羈束裁量行為)。
 さらに,法30条2項が「前項ただし書の規定は,被保護者の意に反して,入所
又は養護を強制し得るものと解釈してはならない」としていることからすれば,収
容保護決定を行う場合,入院加療が不可欠である等の特段の事情が認められない限
り,前提要件として「本人の意思に反しないこと」が原則として要求されていると
解すべきである。
(イ)被告相談所長及び被告大阪市は,居宅を有しない単身の要保護者について
は,原則と例外を逆転させ,収容保護を原則としているが,この裁量基準には全く
合理性がない。
 被告相談所長及び被告大阪市の主張は,居宅保護の得失と収容保護のそれを等価
的に並列させる考え方を出発点としている点において,法30条1項の居宅保護の
原則を不当に軽視しており既に失当である。法が居宅保護を原則とした趣旨からす
れば,前記のとおり,①被保護者の心理的要求,意思に適うかどうか,②基本的人
権の尊重の趣旨にも適うかどうか,③法の目的である自立概念に適うかどうかが,
重点的に考慮されるべきところ,被告相談所長らの主張は,これらの本来最も重視
すべき諸要素,諸価値を不当,安易に軽視し,その結果当然尽くすべき考慮を尽く
していない。のみならず,被告相談所長らは,家庭生活への影響がないことを強調
しているが,その論法よりすれば,家庭を有しない単身者は居宅保護を受けること
ができず原則的に収容
 保護とされることとなり,単身者に対する不合理な差別以外の何ものでもない
(法2条,憲法14条違反)。また,疾病,傷病の治療については,居宅を有する
者に対する対応と同様に,入院を必要とする病状の場合には入院させ,それほどで
もない場合には居宅保護を受けながら通院させればよいだけのことであるし,「適
切な療養指導及び生活指導を即時に要する場合がほとんど」との主張に至っては,
居宅を有しない単身者には自立能力がないと言わんばかりであって,何らの実証的
な根拠もない偏見というほかない。
(ウ)被告相談所長及び被告大阪市は,被告相談所長が対象とする要保護者の特質
について主張するが,これについても,次のように反論できる。
①(その日の生活の場及び食事の確保について)
 保護開始までの間は,ケアセンターなどの生活保護法以外の援助により手当てが
可能である。また,被告相談所長及び被告大阪市は,このように緊急性を強調し即
日保護を開始しているかの如き主張をしているが,実際には,即日に保護開始決定
を行うことは極めて稀であり,被告らの主張は建前論に過ぎない。
②(申請者の生活歴等を把握するための時間の確保について)
 法24条3項,4項は,保護の要否,種類及び内容を決定するための調査を原則
として14日以内に終了させて決定を行うことを求め,例外的に14日以内で調査
が終わらない場合であっても,30日以内で調査を終了すべきことを求めている。
一方,被告相談所長が施設への収容保護決定をした場合,被保護者は例外なくいっ
たん一時保護所に入所させられ数か月後に各種生活保護施設等へ保護変更される取
扱いとなっている。したがって,調査のために数か月以上にわたって,いったん収
容するという取扱いは違法である。また,現に居宅を有していない日雇労働者が申
請者である場合についてのみ,特に調査に日時を要するとは考えられない。
③(申請者の生活能力等に応じた住居の確保について)
 現在は,豊富で多様な賃貸物件が非常に安価で市場に提供されており,具体的に
どのようなケースを想定しているのか不明である。被告らは,急迫性からとりあえ
ず更生施設等に入所させ,その後に詳細な調査を行ったうえで具体的更生計画を決
定しているというが,実際には,調査の結果,居宅保護が適当と判断されて,保護
変更がなされているケースは平成10年6月以前は皆無である。
(エ)被告相談所長及び被告大阪市は,昭和38年4月1日社発第246号厚生省
社会・援護局長通達(以下「246号通達」という。)及び昭和38年4月1日付
社保第34号厚生省社会・援護局保護課長通達(以下「34号通達」という。)に
基づく主張をするが,これについても,次のとおり,反論が可能である。
① 通達は,裁量権行使の目安ではあろうが,本来の裁量基準は,憲法25条,生
活保護法及び厚生大臣の告示に求められ,通達の解釈に際しても,これら法令の趣
旨に沿った解釈が求められる。そして,家屋を賃借して住居を確保するためには,
家賃だけではなく敷金も必要とされることは現代社会においては当然のことであ
り,この当然の事実を法が予定していないと考える合理的理由はないから,法14
条及び33条1項にいう「住宅扶助」には敷金の給付も含まれていると解され,法
14条が定める「困窮のため最低限度の生活を維持することのできない者」との要
件を満たす限り,敷金は給付されなければならない。
② 246号通達の(一)アないしカの項目の体裁から見ても,これらは,住宅費
の支給に関連して実務上疑義のあった事項であると考えられ,通達に掲げられた事
由は,例示的に列挙されたものと解される。「要保護者」であっても,保護開始決
定を受ければすぐに「被保護者」となることを考えれば,同通達が,ことさらに
「要保護者」に対する敷金支給を排除することを意図しているとは考えられない。
仮に,同通達が,居宅を有しない要保護者(野宿生活者)に対して敷金を支給する
ことを原則的に禁じたものであるとすれば,居宅を有しない要保護者は保護を受け
られない(野宿状態のままでいる)か,居宅保護の原則に反して収容保護を受ける
しかなくなり,「居宅を有する要保護者」や「居宅を有しない被保護者(入院中,
寄宿中の者等)」との間に不合理な差別を招来することとなるから,著しく不合理
であり,同通達は裁量基準たり得ない。
③ 本件の場合,原告は,平成9年10月17日からはケアセンターに宿泊してい
たのであるから,34号通達の「住居が確保できないため,親戚,知人宅等に一時
的に寄宿していた者が転居する場合」(11)に該当すると考えるべきである。
④ 昭和50年2月7日社保第25号厚生省社会局長通達「雇用情勢急迫下におけ
る生活保護法の実施等について」においては,居宅を有しない要保護者について,
保護開始時に居宅保護が可能であることを前提としている。
(オ)被告相談所長及び被告大阪市がイ(オ)において原告の個別事情として主張
する①②は,原告が要保護状態にあることを意味する事実でしかない。多様な賃貸
物件が大量に存在する状況において,現に居宅を有しているか否かを重視すべきで
はなく,被告らは,本来過大に評価すべきでない事項を過大に評価している。③健
康管理については,本人の意欲さえあれば,病院及び生活保護ケースワーカーの指
導により在宅で通院しながら健康管理をすることが可能であり,原告の病状及び能
力からしてもそれは十分に可能であった。また,⑤原告は,家族等の援助がなくて
も単身で居宅生活を営むだけの能力を十分に備えていた。その何よりの証左に,原
告は,本件収容保護決定の7日後に西成区福祉事務所長により居宅保護決定を受け
て以来,現在に至るまで,何の問題もなく居宅において独り暮らしを続けている。
本来重視すべき要素は,原告に居宅での生活を営む意欲と能力があるかどうかであ
るのに,被告らは,これらの点について,不当,安易に軽視し,調査もせず,判断
に当たって考慮することもなく,逆に,本来過大に評価すべきではない,居宅生活
には影響のない疾病を有していることや単身であることを過大に評価している。④
原告が就労できないのは,就労の意欲及び習慣はあるのに,不況等の原因で仕事が
得られないからであり,これは就労訓練により解消できる問題ではない。より高度
な特殊技術を身に付けるという意味であれば,公共職業訓練施設等において居宅で
も身につけることが十分に可能である。また,現実に更生施設において行われてい
る「就労訓練」は,梱包の箱や洗濯ばさみつくりの内職であって,わざわざ収容し
てまで行う価値のあるものではない。⑥ないし⑨については,そもそも,原告が過
去に収容保護を受けていた事実は,原告に対して収容保護が全く不可能ではないこ
とを推測させるとはいえても,居宅保護を行うことが妥当でないことを基礎づける
事実であるとはいえない。そして,原告は,更生施設における集団生活において,
難聴等のためコミュニケーションがうまくとれず心理的にストレスや不安を感じ,
その生活になじめなかったため,短期間で施設を退所せざるを得なかった。それゆ
えにこそ,原告は,収容保護ではなく居宅保護を望む旨を口頭及び書面で明らかに
していたのである。本来最も重視すべき要素は,原告が収容保護を望まず居宅保護
を望んでいるという事実であるのに,被告らは,本来過大に評価すべきでない過去
の収容保護歴を過大に評価し,原告の難聴の程度や施設入所を拒む意思について
は,事実を都合よく歪曲している。以上のとおり,被告らは,法30条1項ただし
書に該当するか否かの判断に当たって,本来最も重視すべき諸要素,諸価値を不
当,安易に軽視し,その結果当然尽くすべき考慮を尽くさず,又は本来考慮に容れ
るべきでない事項を考慮に容れ,若しくは,本来過大に評価すべきでない事項を過
大に評価し,これらのことにより被告相談所長の判断が左右されていることは明ら
かであるから,その判断は,裁量判断の方法ないし過程に誤りがあり,裁量権の逸
脱・濫用として違法である。
(被告相談所長及び被告大阪市の主張)
ア 被告相談所長は,法30条1項が居宅を有しない要保護者に対して居宅保護を
行うことを一切許容しないものではないことを前提として,原告の個別の状況を考
慮した上で,裁量判断としての本件収容保護決定を適正に行った。
 仮に,居宅を有しない要保護者に対する居宅保護が法律上不可能であるとの法解
釈の下に,本件収容保護処分を行ったとしても,当時の原告の事情からすれば,裁
量判断を行った場合においても結論的には本件収容保護決定と同一内容の決定がな
された筈であるから,原告に対する本件収容保護決定は適法かつ有効なものであ
り,取消事由は存しない。
イ 本件収容保護決定には,裁量権の逸脱・濫用はない。
(ア)居宅保護の長所としては,①多くの場合被保護者の心理的要求に適応するこ
と,②被保護世帯の個々の実情に即応した措置を講ずることができること,③居宅
を離れずして保護がされるため家庭生活に影響を及ぼすことが少ないこと,④施設
の設置に要する多大の経費を節減し得ることがある。他方,短所としては,①孤独
者又はその家庭に居住することがかえって不適切な者に対する保護の目的としては
その目的を達成し難いこと,②濫救の傾向を生じ易く,その結果国民道徳を損じ,
国及び地方公共団体の財政を圧迫する制度となるおそれがあることがある。
 また,収容保護の長所としては,①整備された設備と合理的な指導法とによって
保護の効果をあげ得ること,②真に保護の必要性のある者のみを収容するため濫救
に陥るおそれが少ないことがあり,逆に短所としては,①被保護者に対して形式
的,画一的な保護に陥りやすいこと,②家庭を有する者に対しては家庭生活を破綻
させるおそれが多分に存すること,③施設の設置及び運営のために多大の経費を要
することがある。
 法30条1項が居宅保護を原則としたのは,このような両保護の得失がある中
で,保護の対象を類型的に限定しない建前を採る制度のもとでは,どうしても居宅
保護を原則としなければならないためである。したがって,保護の決定に当たって
は,その得失を考慮して,それぞれのケースに応じ適切な方法を選択するよう,実
施機関の裁量に委ねている。
 例外としての収容保護を行うべき場合に該当するか否かの判断は,実施機関の裁
量に委ねられており,このような裁量行為については,当該行政庁の処分が裁量権
の範囲を超え,又はその濫用があったものと認められる場合に限り違法となるとい
うべきである。
 法30条1項ただし書にいう「これによることができないとき」とは「居宅を有
しない被保護者を保護する場合の如き」であり,被保護者に居宅がなく,宿所提供
施設利用による居宅保護もできない場合で,即時に保護を開始しなければならない
ときには,収容保護によらざるを得ない。
 また,「これによっては保護の目的を達しがたいとき」とは,被保護者の健康状
態,生活歴,家族の状況,自立への指導援助の体制等の諸般の事情を総合的に考慮
して判断すべきものであり,その判断は実施機関の裁量に委ねられている。
(イ)住所不定の居宅を有しない単身者については,原則として収容保護を行うべ
きである。
 居宅保護の長所のうち,②(世帯の実情に即応した措置)については単身者につ
いては考慮すべき「被保護世帯」個々の実情というものは考えられず,③(家庭生
活への影響回避)についてはそもそも居宅を有していないのであるからこの場合に
該当しない。収容保護の②の短所(家庭生活破綻のおそれ)については家庭生活の
破綻を考慮する余地がない。
 住所不定の居宅を有しない単身者については,疾病,傷病の治療や適切な療養指
導及び生活指導を即時に要する場合がほとんどであることを考え併せれば,これら
のものについて原則として収容保護を行うものとすることは,両保護の得失を踏ま
えて,両主義を併用することとした法30条1項の趣旨に照らし,同項の裁量判断
として十分に合理性を有しているのであって,同項ただし書の解釈として「居宅を
有しない被保護者を保護する場合の如きである」(厚生省社会保護課長小山進次郎
「生活保護法の解釈と運用」中央社会福祉協議会刊)とされているのも,同項の右
のような趣旨と合致すると解するのが合理的である。
 したがって,居宅を有しないが居宅の確保が客観的に不可能な状況にあるとはい
えない被保護者に対しても原則として収容保護を行うことは,実施機関の裁量判断
として十分な合理性を有している。
(ウ)被告相談所長が対象とする要保護者の特質から
①被告相談所長が対象とする者は住居を有しない要保護者であり,日雇労働者がほ
とんどであるところ,日雇労働者が要保護状態に陥った場合には,たちまち住むと
ころに不自由することとなり,速やかに保護しなければならない場合が多く,治療
や生活指導を要する場合がほとんどである。そのため,相談所長は,住居のない要
保護者に対しては,疎明資料により直ちに保護を開始し,入院が必要であれば入院
させ,入院を要しない場合は施設に入所させて,生活扶助,医療扶助を行なってい
る。
 また,②申請者が現に住居を有していないため,申請者の生活歴等を把握するの
に時間を要する場合があり,さらに,③申請者の生活能力等に応じた住宅の確保が
即時に行えない場合があるという点も,収容保護が適当とされる根拠となる。要保
護者の適性や必要な保護の内容に応じた様々な施設を選択すれば個別の状況に応じ
た保護の実施は可能であるから,居宅を有しない要保護者で施設における保護に適
しないものは,通常は想定できない。
(エ)通達の存在からも適法性は裏付けられる。
 すなわち,被告相談所長が住宅扶助を行う場合,大阪市には宿所提供施設がない
ため,法33条1項の原則どおり金銭給付により行うこととなるが,金銭給付とし
て給付するものとしては通常「家賃」とされているところであり,敷金を給付する
か否かの判断は実施機関の合理的な裁量に委ねられている。
 この点,246号通達第6の4の(1)のカにおいて敷金の給付が認められるの
は,「被保護者が転居に際し,敷金等を必要とする場合」とされているから,いまだ
保護開始決定を受けていない要保護者について敷金を給付することは前提とされて
いない。従って,住居のない要保護者について保護を開始する場合に敷金を給付し
て居宅保護を行なうことは,上記通達では予定していない。
 また,34号通達は,施設退所が法令又は管理者の指示による場合で,かつ,施
設収容の目的を達したことにより退所する場合に限り,敷金の給付を行うものとし
ており,単に被保護者が希望したことによる退所の場合には,敷金を交付しないも
のとしている。
 なお,両通達は,生活保護法の合目的な解釈として居宅を有しない要保護者につ
いては,敷金の支給対象としないとしているのであるから,形式的に敷金の給付対
象とされている被保護者とするためだけに,要保護者に対して形だけの保護決定を
するということはあり得ない。
 裁量基準が設定され,かつ,行政庁がその審査基準にのっとって決定したとされ
るときには,その司法審査は,まず,その審査基準に不合理な点があるかどうかに
ついてなされるものであるところ,どのような場合に法14条に規定する住宅扶助
を認定するかについては,それが被保護者の生活の内容を定める意味をものである
ことから,法は,基準額はもとより,どのような場合に認定するかという判断につ
いても厚生大臣の合目的的裁量に委ねている。そして,厚生大臣のこのような裁量
判断に関し,保護実施機関の判断の統一性を確保し,被保護者の公平を図るという
趣旨から前記各通達が発出されている。
 したがって,被告相談所長が,前記各通達に従って行った敷金の認定の判断につ
いては,前記各通達の内容が著しく不合理なものでない限り,違法な点はない。
(オ)原告については,①本件申請時には住居がなく野宿生活を送っていたこと,
②無職で所持金がなく困窮していたこと,③高齢で,慢性気管支炎,老人性白内
障,難聴等の疾病を有しており,適切な治療を受けて健康管理に務め,規則正しい
生活を送るとともに,安定した人間関係を保つことについて生活指導を受けること
が必要であり,このような原告の病状,生活歴からみて居宅による保護では継続し
た生活指導を行うことが困難であると認められたこと,④勤労の意欲があるので就
労の訓練,指導をすることが相当であったこと,⑤単身であり,家族等の援助が見
込めず,その他適切な援助が見込める状況もなかったこと,⑥原告は,一時保護所
に平成8年5月及び平成9年1月ないし3月に入所しており,その職員が原告の難
聴等の状態を知っていたことから,一時保護所においては原告の状況に応じた適切
な療養指導や生活指導等の指導援助が円滑に実施できると認められたこと,⑦難聴
の程度については,それほどコミュニケーションが困難になるものではなかったこ
と,⑧過去に入所経験があることからしても,施設への入所が困難なケースではな
かったこと,⑨原告自身が必ずしも施設を絶対に拒否しているものではなかったこ
とから,保護目的を達成するためには収容保護によるべきものであった。
 被告相談所長は,本件申請の際の原告と相談所職員との面談,及び,相談所にお
ける原告の過去の保護経過を基に,本件収容保護決定を行なった。右のような被告
相談所長の判断は,市更相の設置目的,その対象とする要保護者の状況,保護の実
情に照らし,法30条1項の解釈,運用として,十分に合理性を有しており,裁量
を逸脱,濫用したものではない。
 また,本件収容保護決定は,将来にわたって原告に対し収容保護を継続し,居宅
保護への変更,そのための敷金の支給を一切行わないことまでをも決定したもので
はない。本件収容保護決定は,あくまでも,平成9年11月5日時点で保護の方法
をひとまず一時保護所における収容保護とする決定にすぎず,その取消請求訴訟に
おける争点もその範囲にとどまるのである。
 したがって,本件収容保護決定における被告相談所長の判断は,法30条1項に
反しない。
(4) 争点4(本件裁決が本件審査請求から約1年を要したことの違法性)につ
いて
(原告の主張)
 大阪府知事は,平成9年11月12日に提起された本件審査請求について,平成
10年1月23日に原告に対して口頭による意見陳述の機会を付与した後,原告が
求めた再弁明書を被告相談所長に提出させることをせず,何の審理も行なわないま
ま同年11月16日になるまで放置した。
 法65条1項は,審査請求に対し50日以内の裁決を求めているにもかかわら
ず,大阪府知事は,この期間を大幅に超過し,審査請求後1年間以上裁決をしない
ばかりか,うち10か月に至っては何の審理も行わずに放置しており,かかる放置
行為の違法性は明白である。
 仮に法65条1項が訓示規定であるとしても,裁決の遅れが違法性を帯びること
は明らかである。なぜなら,生活保護に係る審査請求が,要保護者の生命,健康に
かかわる救済制度であることをふまえて,要保護者の早期救済のために審査の遅延
を防ぐことを目的として同条項が定められているにもかかわらず,遅延の程度が著
しく,その間さしたる審理も行っていない。さらに,遅延の理由は,専ら審査庁内
部の手続的理由や誤解にあった。すなわち,平成10年8月終わりか9月初めころ
まで裁決が遅れた理由は,審査庁が府庁内の関係各課や厚生省に対してした意見照
会の回答が返って来なかったという審査庁側の事務手続上の都合に帰する(甲A1
8)。また,上記照会に対する回答が出揃った同年8月終わりか9月初めころ以後
に裁決が遅れた理由は,原告が外2名と同時並行的に審査請求をしていたところ,
外2名が再審査請求をしたこと(Aは同年8月13日に,Bは同年9月1日にそれ
ぞれ再審査請求をした。甲B3)をもって,審査庁は原告もまた再審査請求をした
ものと誤解し,再審査請求をした以上,みなし棄却裁決が審査庁の裁決として確定
しているとの解釈の下(このような解釈自体が誤っていることはここでは一応お
く。),原告に対する裁決を「行わない」ことと決めていたためである(甲A1
6,18)。そして,審査庁は,同年11月13日に行われた物件閲覧に際しての
原告代理人とのやり取りの中で自らの誤解に気付き,土日を挟んだ同月16日にあ
わてて裁決をしたのである。
 このような場合にさえ違法の問題が生じないとすれば,審査庁はどのような怠慢
や不注意も許されることとなり,まさに法65条1項の訓示的意味自体が失われて
同条項の趣旨が画餅に帰することとなる。
(被告大阪府の主張)
 法65条1項が規定する期間の定めは,審査の遅延を防ぐために,その期間を通
常の審査に要する相当の期間として,審査庁に対して期間内に審査を了すべしとの
訓示的趣旨で定められたものである。そして,法65条2項は,同条1項の期間内
に裁決がないときは,都道府県知事が審査請求を棄却したものとみなすことができ
ると規定しており,審査請求が遅延した場合について一定の救済措置が設けられて
いることも考慮すれば,大阪府知事が上記期間までに裁決をしなかったとしても違
法性があるとはいえない。
 審査庁が不当な目的をもって裁決を遅延させた等の場合に違法性を認める余地が
あり得るとしても,大阪府知事は,本件審査請求をいたずらに放置していたもので
はないから,違法にならない。
 すなわち,本件においては,審査請求の趣旨が「収容保護決定処分を居宅保護決
定処分に変更することを命ずる,との裁決を求める」というにもかかわらず,この
審査請求を大阪府知事が収受した平成9年11月12日には,原告主張の居宅保護
が開始されているなど事案が特殊であったため,審理に時間を要した。また,弁明
書,反論書,口頭による意見陳述の通知,その実施,原告からの追加資料の提出,
原告からの再弁明及び再反論の機会の付与を盛り込んだ「申込書兼抗議書」の提
出,原告からの証拠物件の閲覧請求,証拠物件の閲覧日時の変更請求及び閲覧の実
施,という経緯があったことから法定期間を過ぎた。なお,原告には,予め本件裁
決には日時を要する旨伝えた。
(5) 争点5(原告の損害)について
(原告の主張)
ア 被告大阪市に対する請求について
(ア)本件各廃止決定による損害
 被告相談所長の違法な保護廃止により,原告は,淀川寮を退所した平成8年12
月3日から自彊寮に入所した平成9年3月17日まで,及び自彊寮を退所した平成
9年8月14日から自ら住居を確保した同年11月11日まで,保護を受けること
が出来ず,かつ野宿での生活を余儀なくされた。
 本件各廃止によって原告が被った精神的苦痛は甚大であり,その慰謝料は100
万円を下らない。
(イ)本件各廃止決定時の説明義務違反等による損害
 淀川寮及び自疆寮退所に際し,被告相談所長に原告に対し収容保護から居宅保護
への変更申請も可能である旨説明しなければならない義務がありながら,これを故
意又は過失により怠ったこと等により,上記変更申請権の存在及びその手続を知ら
ない原告は,施設の退所を余儀なくされ保護変更申請の機会を奪われた。
 このことによって,原告は,以下に述べるとおり,敷金の給付や居宅保護の処分
を受けることなく,施設の退所をもって保護を廃止されていることから,その生活
保護受給権を侵害されている。また,原告に対する敷金の給付及び居宅保護の処分
の可否如何にかかわらず,被告相談所長が上記説明を怠ったことにより,手続を知
らなかった原告は,変更申請をすることができず,少なくとも被告相談所長による
理由を付記した却下を含む一定の処分及び同処分に関する行政不服審査,行政訴訟
といった事後的な審査を受ける利益を侵害されている。
 このような違法な権利又は利益侵害によって原告が被った精神的苦痛に対する慰
謝料は10万円を下らない。
a 保護変更の要否等の決定を受ける法律上の利益侵害
 保護変更の要否等の決定を受ける利益が,法的に保護された権利・利益であるこ
とは,法24条1項が「保護の実施機関は,保護の開始の申請があつたときは,保
護の要否,種類,程度及び方法を決定し,申請者に対して書面をもつて,これを通
知しなければならない。」と規定し,同条5項が保護変更申請について上記条項を
準用する旨規定し,被保護者には「保護変更申請権」が認められていることからも
明白である。
 被保護者は,保護変更申請権の行使に対し,敷金給付及び居宅保護変更の可否如
何にかかわらず,行政庁による理由を付記した却下を含む一定の処分及び同処分に
関する行政不服審査,行政訴訟といった事後的な審査を受ける権利・利益を有する
が,当該権利及び利益は,法24条,行政不服審査法及び行政事件訴訟法により法
的に保護された権利である。
b 生活保護受給権の侵害
 法2条は,すべて国民は,この法律の定める要件を満たす限り,この法律による
保護を,無差別平等に受けることができる旨規定しているが,この条文は,国民の
保護請求権について規定したものであって,その要旨とするところは,第1に国民
に保護を請求する権利があること,第2に保護請求権は国民のすべてに対し無差別
平等に与えられていることである。
 被告相談所長及び被告大阪市は,生活保護法における給付を受給する具体的権
利,法的利益が行政処分により初めて付与されると主張する。しかし,そのような
見解は,旧生活保護法に関する厚生省の見解であったが,新法の立案に当たって,
この制度が憲法に定める生存権保障の理念を実現するための制度であること,特に
生活保護が社会保障の体系において社会保険,年金等の制度によって処理すること
のできない者の生活を保障することにより,いわば,社会保障を統括する制度であ
ること等に鑑み,当然の帰結として「国民に生活保護請求権在り」とする建前を採
ることとなった(小山進次郎「生活保護の解釈と運用」105,106頁)。
 さらに,法7条が保護の開始について申請主義の原則を採用したのは,この法律
において国民に保護請求権を認めることとしているためであり,制度の仕組みとし
ては,保護の開始をこの保護請求権の行使に基いて行われるとする方がより合目的
的となるからである。すなわち,国民には保護請求権が与えられ,その発動形式と
して保護の申請があるのである。また,法24条1項により,生活保護申請及び変
更申請に対し,行政庁に対し応答義務を課していること,行政庁より30日以内に
前記応答がなければ,申請を却下したものとみなし,当該却下処分については取消
訴訟の対象となっていること等,同法の制度としても国民の生活保護請求権の存在
を前提としてこれを実効あらしめるための手続が用意されている。
 収容目的を達している被保護者に対し,同人が居宅での生活を希望しているにも
かかわらず,収容保護を継続することが不合理であることから,原告は敷金の給付
による居宅保護への変更申請権を行使できる客観的条件を具備しており,調査・指
導義務違反及び説明義務違反と生活保護受給権侵害との間には相当因果関係が存す
る。
(ウ)本件収容保護決定による損害
 原告は,違法な本件収容保護決定により,居宅での生活保護を受けることができ
ず,住居を確保するための敷金及び11月分日割り家賃等4万5000円を自ら出
捐することを余儀なくされた。
 また,住居が確保できるまでの6日間,ケアセンターにおける生活を強いられ
た。原告がケアセンターでの生活を強いられることにより被った精神的苦痛に対す
る慰謝料は,10万円を下回らない。
(エ)小括
 以上,被告相談所長の違法行為によって原告が被った損害は,合計124万50
00円を下らない。
イ 被告大阪府に対する請求(審査請求を放置されたことによる損害)
 原告は,本件審査請求において,大阪府知事が,法定期間内に裁決を出さず,さ
らにその後も裁決を行わないまま放置し続けることによって,精神的苦痛を被っ
た。原告が被ったこの精神的苦痛を金銭に換算すれば,10万円を下らない。
(被告大阪市,被告大阪府の主張)
ア 被告大阪市に対する請求
(ア)本件各廃止決定による損害について
 原告は,淀川寮や自彊寮を退寮して,仕事もなく,野宿することになり,損害を
被ったと主張するが,原告本人尋問の結果によれば,原告にとって,旅は楽しみで
あり,長期間自転車で野宿しながら旅をするという体力があり,ある程度(淀川寮
退寮時は6,7万円,自彊寮退寮時は約12万円)の所持金を有していたのである
から,仕事ができないとか仕事を探す余裕がないというわけでもなく,原告が淀川
寮を退寮することによって侵害された法的利益はない。
(イ)本件各廃止決定時の説明義務違反等による損害について
a 保護変更の要否等の決定を受ける法律上の利益侵害について
 原告の主張する手続上の利益なるものは,全く抽象的かつ無内容なものであっ
て,法的根拠を欠くものであり,およそ国家賠償法により保護される権利,法的利
益とはなり得ないものである。
b 生活保護受給権の侵害について
 法における給付は,給付を開始する決定により実施される。したがって,法は,
行政処分によって,国民に具体的に生活保護を受給する権利を付与する法制度を採
用している。法における給付を受給する具体的権利,法的利益は法によって初めて
与えられ,法は,給付を開始する行政処分によって,給付を受給する具体的な権
利,法的利益を付与する法制度を採用したのであるから,法における給付を受給す
る具体的な権利,法的利益は,給付を開始する決定により初めて発生する。
 原告に対して敷金等の給付を開始する決定がなされていないのであるから,敷金
等の受給権に対する侵害も,およそ生じるはずがない。
 原告が淀川寮,自彊寮を退所したとき,敷金の給付あるいは収容保護への変更に
関する手続をしていれば,当然,敷金の給付あるいは収容保護への変更処分がなさ
れたとする相当因果関係の存在を認める証拠はないことから,敷金の給付及び収容
保護への変更に関する手続を説明しなかったことにより,原告の何らかの権利,法
的利益が侵害されたとすることはおよそできない。
(ウ)本件収容保護決定による損害
 原告は,西成区福祉事務所長から本件居宅保護決定を受けるまでの間,大阪市の
法外援助施設であるケアセンターに入所して手厚い援助を受けていたのであり,原
告が,ケアセンターに入所したことにより何らかの法的利益が侵害されたとは考え
られないし,仮に,本件収容保護決定のされた平成9年11月5日時点で,被告相
談所長が居宅保護が相当であるとの判断をしたとしても,住居のない原告に対し,
本件居宅保護決定のされた同月12日までに,敷金あるいは11月分の日割家賃を
原告に対して支給できたとする根拠はなく,原告の敷金及び11月分の日割家賃の
支出と,本件収容保護決定の違法性とには相当因果関係がない。
イ 被告大阪府に対する請求(審査請求を放置されたことによる損害)
 本件審査請求は,平成9年11月10日付けで提起(審査庁は同月12日収受)
されたものであるが,原告は,同月11日にアパートに入居し,同月12日から居
宅保護が開始されているのであるから,本件裁決が本件審査請求から50日以内に
されなかったことにつき,原告が何らかの精神的苦痛を被ったとは認められない。
さらに,本件収容保護決定は,原告が住居を有することになった時点で効力を失っ
ていたのであるから,この点からしても,本件裁決が本件審査請求から50日以内
にされなかったことにつき,原告が何らかの精神的苦痛を被ったとは認められな
い。 
第3 当裁判所の判断
1 前提事実に証拠(後記各書証,証人C,同D,同E,同F,同G,同H,原告
本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実を認めることができる。
(1) 原告は,昭和7年に福岡県北九州市で生まれ,高等小学校卒業後,電車車
掌,鉄工所工員,警察予備隊員を経て,昭和34年ころ来阪し,その後は,東京都
内や広島県内で一時働いたこともあったが,主として大阪府内で建設労働者や鉄工
所工員として働いてきた。
(2) 原告は,平成3年ころから平成6年夏までは大阪市西成区内でアパートに
一人で居住していたが,景気の悪化に伴い,仕事が少なくなって収入も減少し,家
賃を支払えなくなったため,いわゆるドヤ(簡易宿泊所)に宿泊しながら生活して
いた。
(3) しかし,平成7年の春ころからは,仕事にもあまり就けなくなり,野宿を
する日もあった。
 原告は,かつて従事した配管埋設作業における圧縮空気の噴出のためか,平成6
年ころから右耳が難聴になったので,平成7年6月ころ,市更相に相談し,三徳寮
ケアセンターに入所した上,愛染橋病院に入院した。その際,約1万9000円の
日用品代の支給を受けたが,生活保護費であるとの明確な認識はなかった。
(4) 原告は,平成8年5月17日,あいりん総合センター前で釜ヶ崎医療連絡
会議(以下「医療連」という。)が実施していた机出し医療相談を受け,社会医療
センターで診察を受けた。そして,同センターが発行した難聴である旨の紹介状
(乙33)を市更相に持参し,生活保護申請書(乙32)に自署して提出した。被
告相談所長は,難聴の症状に鑑み,経過を考慮し,一時保護所に収容して生活扶助
と医療扶助を開始する旨の決定をした(乙31No14)。
 原告は,梅田の職業安定所を訪れ,難聴である旨を告げると,障害者コーナーを
紹介されたが,就業することはできなかった。
(5) 被告相談所長は,同年6月19日,送致決定会議での検討の結果,原告を
淀川寮に転寮させる旨の保護変更決定をし(乙31No15),淀川寮長に対し,
入所依頼をした。入所依頼書には,難聴である旨と,同年7月1日に大阪市立心身
障害者リハビリテーションセンターで聴覚障害診断を受診する予約がされている旨
が記載されていた(乙34)。
 原告は,予約どおり,同年7月1日,聴力検査を受けたが,聴力レベルは,右耳
が78.8デシベル,左耳が63.8デシベルであった。身体障害者福祉法による
障害認定を受けるには,両耳の聴力レベルが70デシベル以上である場合か,片耳
の聴力レベルが90デシベル以上で,かつ,他方の耳の聴力レベルが50デシベル
以上である場合かのいずれかに該当することが必要であったため,原告は,身体障
害者として認定されず,補聴器の支給を受けることができなかった(乙6)。
 原告は,同年8月には,淀川寮の傍の段ボール工場での屋外作業に従事したが,
暑さのため体調を崩し,同月中旬には辞めた。同年10月ころからは自転車の鍵を
組み立てる内職に従事するようになったが,原告は歯の治療も受けていたため,内
職を途中で抜けることが多く,そのことが同僚に迷惑をかけているのではないかと
の心理的負担になっていた。
 原告は,淀川寮に転寮した際に耳にした淀川寮の職員又は入寮者の発言から,同
寮の入所期間は原則として2か月程度であるとの認識を抱いていたこと,施設に入
所して生活することが権利として享受できるものであるとの認識がなかったこと,
6人部屋で共同生活を送ることに伴う気疲れ,歯の治療のために内職作業を途中で
抜けることによる心理的負担などに加え,難聴であるため職員や入所者との会話に
支障を来すことによる心理的な負担から,淀川寮の退寮を希望するようになった。
(6) そこで,原告は,歯の治療がまもなく終了すると思われた同年10月末又
は11月初めころ,淀川寮の職員であるFに対し,退寮希望を告げた。その際,F
は,特に退寮理由を問うこともなく,引き止めることもなかった。住宅扶助につい
ての希望聴取も説明もなかった。原告は,その後,歯の治療が予想より長引いたた
め,退寮時期が延びる旨をFに告げたが,その際も,Fは,特段の反応を示さなか
った。
 原告は,平成8年12月3日の午前中に歯の治療が終了したので,その日のうち
に,所持金と賃金の合計3万0829円(うち2万4000円は預金)を受け取っ
て(乙37),退寮した。原告は,Fに挨拶したが,やはり,特に退寮理由を問わ
れることも,引き止められることもなかった。Fは,住居を有しない要保護者に対
する居宅保護が可能であるとは認識しておらず,原告に対して,住宅扶助について
希望を聴取したり,説明したりすることもなかった。
 被告相談所長は,淀川寮から,原告が西成へ戻り仕事をすると告げて希望退寮し
たとの連絡を受け,保護廃止とすることにした(乙50)。保護廃止決定通知書は
作成されなかった(甲A13,14)。原告が淀川寮を退寮したいとFに告げてか
ら退寮するまでの間,淀川寮から被告相談所長に対して原告が退寮を希望している
事実が連絡されることはなかった。
(7) 原告は,淀川寮退寮後,西成の簡易宿泊所に数泊した後,四国を4,5日
間旅行して,大阪に帰った。そして,年末は大阪南港の臨時宿泊所で宿泊した後,
平成9年1月7日ころ,釜ヶ崎に帰ったが,仕事のあるときは簡易宿泊所に宿泊で
きるものの,所持金が尽きると野宿するという生活に戻った。
(8) 原告は,平成9年1月30日,再度,医療連の机出し医療相談を受け,社
会医療センターで診察を受けて,めまい症と全身倦怠感がある旨の紹介状(乙4
0)を市更相に持参し,生活保護開始申請書(乙39)に自署して提出した。被告
相談所長は,一時保護所に収容して保護を開始する旨の決定をした(乙31No1
6)。
 原告は,一時保護所入所後,1か月程して,市更相の職員に面接して,淀川寮に
転寮するように言われたが,気兼ねをして退所したばかりの施設に再入所するのは
気詰まりであるという理由と,淀川寮では内職程度の仕事にしか従事できないが,
自彊寮では高齢者特別清掃事業に従事する機会があり,その方が収入が多いとの理
由から,これを断った。
(9) 被告相談所長は,平成9年3月12日,市更相の送致決定会議での検討に
基づき,原告を自彊寮に転寮させる旨の保護変更決定をした(乙31No17)。
 同年4月,老眼鏡が医療扶助により現物支給された(乙43)。その際,原告
は,保護変更申請書(乙42)に自署して提出した。
 原告は,自彊寮転寮後まもないころ,中年女性の職員が入寮者らに説明をした
後,原告にだけ後で説明をすると述べたので,不愉快に感じたことがあったのをは
じめ,難聴のため入寮者同士や職員とのコミュニケーションに支障を来すことによ
るストレスを募らせた。
 原告は,自彊寮の職員から図書館の貸出係の仕事を斡旋されたが,難聴では支障
があるので,断り,浴室の清掃に従事した。
 原告は,同年4月下旬,大阪市立大学付属病院で聴力検査を受け,同年6月13
日に再度受診するように指示されたので,補聴器をもらえるものと期待したが,も
らえなかった。
(10) 原告は,補聴器をもらえないとわかってからは,退寮希望が強くなっ
た。原告は,自彊寮への転寮後間もなく,同寮の職員から,「あなたはBランクだ
から5か月。その後に6か月のコースがある。」との説明を受けていたので,自彊
寮への転寮から5か月になる8月を目途に退寮することにし,平成9年7月24日
ころ,自彊寮の職員であるGに対し,退寮希望を伝えた。Gは,理由を尋ねたの
で,「施設での生活には生き甲斐がない。」と答えた。他の職員は,退寮後の行く
先を尋ねたので,原告は,九州に兄がいるからと答えた。
 原告は,自彊寮で浴室清掃に従事した結果,ある程度の所持金もできたので,何
とか生活していけるであろうと考え,平成9年8月14日,自彊寮を退寮した。こ
の時,職員から,まだ6か月間居られる旨の説明を受けたが,退寮希望は変わらな
かった。退所届には,理由として帰郷と記載し,行先として,北九州市の実兄宅を
記載した(乙9)。Gを含め,自彊寮の職員は,住居を有しない要保護者に対する
居宅保護が可能であるとは認識しておらず,原告に対して,住宅扶助について希望
を聴取したり,説明したりすることもなかった。
(11) 被告相談所長は,自彊寮から,原告が所持金4万4900円を持って帰
郷退寮したとの連絡を受け,保護廃止とすることにした(乙51)。保護廃止決定
通知書は作成されなかった(甲A13,14)。原告が自彊寮を退寮したいとGに
告げてから退寮するまでの間,自彊寮から被告相談所長に対して原告が退寮を希望
している事実が連絡されることはなかった。
(12) 原告は,平成8年8月14日に自彊寮を退寮し,自転車で大阪南港から
四国へ渡り,山口県を経て九州の兄宅,姉宅に立ち寄った後,同年10月11日に
大阪に帰り,まもなく資金が尽きて野宿することになった。
(13) 原告は,平成9年10月16日,三たび,医療連の机出し医療相談を訪
れた。
 原告が医療連のIに対してこれまでの経緯を述べたところ,Iは,原告に対し,
簡易宿泊所かアパートで生活保護を受けたいという意向かと尋ね,原告はそのよう
なことができるのかと驚いた。
 原告は,同日,医療連の紹介状(甲A49)を持って社会医療センターで診察を
受け,同センターで紹介状を発行してもらって,医療連のメンバーとともに,市更
相を訪れた。まず,原告だけが市更相の担当者と面接した後,医療連のメンバーも
面接した。医療連のメンバーが居宅保護を要請したのに対し,市更相副所長のE
は,市更相では収容保護しかしていないと応答し,原告に対し,一時保護所に行く
気はないのかと尋ねた。原告は,これに対し,一時保護所では2度も3度も出入り
されては困ると言われているのに,既に2度,一時保護所に入所しているから,行
きにくい旨答えた。
 原告は,結局,この日は,自彊館に単泊した。
(14) 原告は,医療連のメンバーと共に翌17日も市更相を訪ね,再度,居宅
保護を要望するとともに,アパートでの居宅保護が無理なら,老人ホームに泊まり
込んで奉仕活動のようなことをするのでもよいと述べたが,市更相の面接担当主査
Jは老人ホームへの入所を希望しているものと誤解し,老人ホームは70歳以上で
ないと入居できないと答えた。
 原告は,この日から,法外援助の三徳寮ケアセンターに入所することになった。
(15) 原告と医療連のC,I,K及びLは,同月20日,市更相の担当主査D
と面接した(甲A20)。原告らは,手書きの生活保護開始申請書(乙10)を提
出しようとした。これには,保護を受けたい理由として,「難聴のため,集団生活
についていけず,施設での生活に強いストレスを感じます。これまで施設に入った
経験がありますが,堪えられませんでした。アパートでの自立生活には自信があ
り,居宅での生活保護を希望します。」と記載されていた。
 しかし,Dは,居宅保護は市更相の「範囲を超えている」,「範疇をはずれる」
として,受理を拒否しようとした。原告らは,Dが,所定の書式に基づいて申請し
てもらっている旨の発言をしたので,市更相に備え付けてある申請書の用紙に手書
きの申請書と同じ内容を書いたほか,Dの指示により,「高齢病弱のため仕事につ
く事ができず生活に困っています。」と書き加え,このようにして作成した生活保
護申請書(乙11)を収入申告書(乙12),資産申告書(乙13)と共に,提出
した。この間,医療連のメンバーは,市更相では居宅保護を実施していないのは,
どのような根拠に基づくのか,大阪市立更生相談所条例には居宅保護を実施できな
いとは規定されていないなどと発言した。その間のやりとりに40分以上要した。
(16) 原告は,翌21日,社会医療センターを受診して,診療状況についての
回答書(乙14)を発行してもらい,医療連のメンバーとともに市更相を訪れて,
これを提出した。これには,内科的には慢性気管支炎であり,治療見込期間は外来
通院約6か月であるが,難聴と視力障害について眼科,耳鼻科の受診が必要である
こと,労働できる範囲については,内科的には軽労働ができるといえるが,耳鼻科
と眼科の見地からは専門医の受診が必要であることが記載されていた。
 医療連のメンバーがケアセンターの入所期限を延長するよう求めたのに対し,D
は,一時保護所に入所するよう勧め,原告だけと話したいと述べた。そこで,医療
連のメンバーは一時退席し,原告は,Dに対し,アパートでの生活を希望している
旨伝えた。
 三徳ケアセンターの入所期限は同月27日まで延長されたが,1回しか延長でき
ないため,原告は,同日は簡易宿泊所に宿泊し,28日以降は,釜ヶ崎キリスト教
協友会が三徳ケアセンターに確保している枠を利用して,ケアセンターに入所し
た。
 被告相談所長は,平成9年11月5日,原告に対し,一時保護所で収容保護する
旨の本件収容保護決定をし,決定通知書を原告に交付した(乙15)。しかし,原
告は,一時保護所に出頭しなかった。
(17) 原告は,平成9年11月11日,釜ヶ崎キリスト教協友会から4万50
00円を借り(甲A8),簡易宿泊所を改造したアパートを消滅保証金(礼金)2
万円,賃料1か月3万6000円(11月分は2万4000円)の約定で賃借した
(甲A7,30)。原告は,翌12日,西成区福祉事務所長に対し,前記アパート
に住居を有し,その賃料が1か月3万6000円である旨の資料を付して,生活保
護開始申請をした(甲A24~34)。西成区福祉事務所長は,環境改善地区にお
ける住居のない要保護者を除く西成区の要保護者を所管している。西成区福祉事務
所長は,同日,原告に対し,生活扶助及び月額3万6000円の現金給付による住
宅扶助を開始する旨の本件居宅保護決定をした(甲A21)。
(18) 一方,原告は,医療連のCほか2名を代理人として,平成9年11月1
0日,本件収容保護決定を不服として,大阪府知事に対し,審査請求をした(甲A
1)。
 被告相談所長は,大阪府知事に対し,平成9年12月1日付で弁明書を提出し,
大阪府知事は,原告に対し,同月9日付で弁明書副本を送付するとともに,反論書
を提出する場合は,行政不服審査法23条の規定に従い,14日以内に提出するよ
う連絡した(甲A2)。原告の審査請求代理人となった小久保哲郎及び竹下育男
は,同月25日付で反論書を提出した(甲A3)。平成10年1月23日,原告,
C及び竹下に対する口頭による意見陳述の手続がとられた(甲A4)。小久保及び
竹下は,平成10年4月20日付で,大阪府知事に対し,可及的速やかに,被告相
談所長に再弁明を求め,原告に再反論の機会を与えた上,裁決をするよう求める申
入書兼抗議書を提出した(甲A5)。小久保及び竹下は,平成10年9月10日付
で,被告相談所長から提出された書類等について物件閲覧請求をした(甲A15の
1,2)。小久保は,平成10年10月15日,物件閲覧請求に対する回答がない
ことに対して電話照会したところ,審査担当者は,厚生省から回答がない等の回答
をした(甲A16)。大阪府知事は,平成10年11月5日,同月12日に物件を
閲覧させる旨の通知をした(甲A17)。竹下及び小久保は,同月13日,物件を
閲覧したが,その際,審査担当者が,裁決をしていない理由として,原告から再審
査請求をしたからと述べたのに対し,小久保及び竹下が,原告は再審査請求してい
ないと述べると,審査担当者は,驚き,厚生省から,原告の請求を含む3件の同種
請求事件のいずれも再審査請求がされたと聞いていると述べた。大阪府知事は,平
成10年11月16日付で裁決をした(甲A6)。
2 争点1(本件収容保護決定を取り消す法律上の利益の有無)について
(1) 被告相談所長は,本件収容保護決定は,その翌日に取り消されていること
(争点1ア)及び原告が住居を有することになった時点で,原告に対する保護の実
施責任は被告相談所長にはなくなり,西成区福祉事務所長にあることになったか
ら,本件収容保護決定は効力を失ったこと(争点1イ)を理由に,原告には本件収
容保護決定を取り消す法律上の利益がないと主張する。
(2) 争点1アについて
 被告相談所長は,原告が施設入所を拒否する意思が明確であることが確認でき
ず,施設への入所に同意することも考えられたということが本件収容保護決定を行
った前提にあったところ,原告が本件収容保護決定のされた夜になっても収容先で
ある一時保護所を訪れなかったことから,その時点で施設入所を拒否する意思が明
確になり,翌日,職権により本件収容保護決定を取り消した旨の主張をする。そし
て,乙1号証によると,原告のケース記録の平成9年11月6日の欄には,「昨日
付で保護決定通知書を発行し,一時保護所入所となっていた。(主)は昨日来所し
なかったため,保護決定を取消すものとする。」との記載があり,所定の決済印が
押捺されていることが認められる。
 確かに,原告が居宅保護を希望したのは,難聴による集団生活への不適応という
ことだけでなく,何度も施設入退所を繰り返すことについての気後れも理由となっ
ていたのではないかとも思われ,市更相職員が,後者が主たる理由ではないかと考
えて,原告は収容保護を断固拒否するものではないと考えた時期があってもおかし
くはない。しかしながら,前記認定のとおり,平成9年10月21日には,医療連
のメンバーは一時退席し,市更相の職員が直接原告に意向を確認した結果,原告は
アパートでの生活を希望する旨を明確に述べたのであるから,被告相談所長は,原
告が居宅保護を希望する意思を有することを認識した上で本件収容保護決定をした
と認められるのであり,原告が施設入所(収容保護)を受け入れる可能性があると
の前提で同決定をしたとは考えがたいところである。また,本件収容保護決定は,
原告が要保護状態にあるとの判断を前提とするものであるから,仮に原告が同決定
を受け入れる可能性があると判断した点に錯誤があることが判明したとすれば,被
告相談所長としては,そのような原告の意思を考慮して原告に対する保護の内容を
再検討し,新たな保護の決定ないしは保護の変更の措置を講ずべきものであって,
そのような措置を何ら講ずることなく本件収容保護決定を取り消すことは許されな
いというべきである。
 のみならず,被告相談所長の主張する取消しは,次の理由で無効であるといわな
ければならない。すなわち,法62条1項,3項及び4項は,被保護者が収容保護
をする旨の決定に従う義務に違反した場合は,保護の変更,停止又は廃止をするこ
とができるが,そのためには当該被保護者に対して弁明の機会を与えなければなら
ない旨を規定している。これは,法30条2項が被保護者の意に反して入所を強制
することを禁止していることを受けて,収容保護を拒否する要保護者ないし被保護
者が,意に反する収容保護を受け入れるか,さもなければ保護を受けることを断念
するかという選択を強いられる事態を可能な限り避けるために,要保護者ないし被
保護者に弁明の機会を与えたものであり,保護の実施機関としては,弁明の結果に
基づいて要保護者ないし被保護者の実情を再度調査した上で,保護廃止が真にやむ
を得ないか,要保護者の実情により適合した内容の保護に変更すべきであるかを検
討すべきであると考えられる。したがって,収容保護決定に応じないとの一事をも
って,弁明の機会を与えることもなく,いったん開始した保護を廃止することは許
されないものと解される。被告相談所長の主張する取消しは,この手続を潜脱し
て,取消しの名の下に本件収容保護決定を廃止するものであるから,無効と解すべ
きである。
(3) 争点1イについて
 本件収容保護決定の後,原告が住居を有するに至ったときは,被告相談所長は原
告に対する生活保護事務の権限を失うことになるが,そのことによって本件収容保
護決定の効力が遡及的に失われるものではない。したがって,本件収容保護決定が
取り消された場合,本件申請後,平成9年11月11日に原告が住居を有するに至
るまでの原告に対してどのような保護を開始すべきであったかについては,取消判
決の拘束力に従い,被告相談所長が本件申請に対して応答すべきことになるのであ
って,いまだ被告相談所長に対して本件収容保護決定の取消しを求める法律上の利
益は存するというべきである。
3 争点2(本件各廃止決定及びこれに際して被告相談所長が居宅保護について指
導・調査,説明をしなかったことの違法性)について
(1) 争点2ア(保護の辞退が保護廃止のための正当な理由となるか)について
 生活保護受給権は,憲法で保障された国民の基本的人権であり,まさに人間とし
ての生存を保障する権利であるから,その性質上,これをあらかじめ放棄する旨の
意思表示をしても,これを理由に保護実施機関が保護を拒むことはできない(その
意味で,放棄することはできない)ものと解すべきである。しかしながら,法は申
請保護の原則を採用している(法7条)のであるから,要保護状態にある者が生活
保護受給権の行使を義務づけられるものではない。また,保護の実施機関において
も,要保護者が急迫した状況にあるときは,すみやかに,職権をもって,保護を開
始する義務を負う(法25条)が,そのような状況に至らない場合には,保護開始
申請をしない要保護者に対して保護を開始しなければならないものではない。そう
すると,被保護者が保護を辞退した場合には,保護の実施機関は,保護の廃止によ
って直ちに急迫した状況に至ると認められない限り,保護を継続する義務を負うも
のではなく,法26条にいう「保護を必要としないとき」に当たるものとして,保
護を廃止することができると解するのが相当である。
(2) 争点2イ(原告が保護を辞退したといえるか)について
 前記認定事実によれば,原告は,淀川寮を退寮したときも,自彊寮を退寮したと
きも,保護を辞退したものと認めることができる。
 原告は,そもそも生活保護を受給しているとの認識がなかった旨の主張をする
が,前記認定のとおり,原告は,生活保護申請書(乙32,39),保護変更申請
書(乙42)に自署して提出したり,平成7年に愛染橋病院で入院治療を受けた上
に日用品代の支給を受けたのをはじめ,公的機関から無償で衣食その他日常生活の
必要を満たすために必要なもの(法12条1号)の給付や医療給付を受けていたこ
とは明確に認識していたものと認められる。そして,自らの稼働能力,健康状態,
所持金,退寮後に予想される生活状況等を認識した上で,これらの給付を辞退する
意思を表示したのであるから,保護を辞退したものとみて差し支えない。
 そして,各退寮時の原告は,稼動能力があり,ある程度の所持金も有していたの
であるから,退寮希望に応じて保護を廃止したからといって,直ちに急迫した状況
に陥るものとは認められなかったというべきである。
 そうすると,本件各廃止決定は,原告が保護を辞退したことを理由とする点にお
いては違法とはいえない。
(3) 争点2ウ(本件各保護廃止決定に手続的瑕疵があるか)について
 保護廃止が保護の辞退を理由としてされるものであっても,法26条にいう「被
保護者が保護を必要としなくなったとき」に当たるものとして,同条に基づいて廃
止がされるのであるから,同条に定めるとおり,書面で保護廃止の通知をしなけれ
ばならない。実質的に考えても,実施機関は保護の辞退があったものと認識した
が,被保護者はその意思表示をしていない又はその意思表示が真意に基づかない若
しくはその意思表示に瑕疵がある場合もあり得るのであるから,保護廃止の書面を
作成交付して,不服申立ての機会を付与しなければならない。
 もっとも,更生施設等の保護施設に入所している被保護者が突然退寮するような
場合には,被告相談所長の保護廃止決定書の作成が退寮後になり,決定書の交付が
困難になることも予想される。
 しかし,本件においては,原告は,淀川寮を退寮する場合も,自彊寮を退寮する
場合も,各寮の職員に対し,予め退寮の希望を伝えていたのであるから,各寮から
被告相談所長にその旨を報告し,被告相談所長において保護廃止をすべきか否かに
ついて検討し,原告に対しても,退寮する場合には保護廃止決定書を作成交付する
から,退寮までに交付できるように退寮時期を事前に告げるか,少なくとも,交付
先を届け出るよう指示することができた筈である。また,自彊寮退寮時には,実兄
宅に行く旨を届け出ていたのであるから,同所に送付することも可能であったと考
えられる。
 以上によれば,本件各廃止決定は,保護廃止決定書を作成交付しなかった点にお
いて手続的瑕疵があるというべきである。しかしながら,このような手続的瑕疵が
あることによって本件各廃止決定が無効となるものではない。また,原告は自らの
意思により保護を辞退したと認められるのであり,保護廃止決定書が作成交付され
たとしても,保護廃止決定に対する不服を申し立てて保護の継続を求めたとは考え
がたい。したがって,保護廃止決定書が作成交付されなかったことにより原告の権
利,利益が侵害されたとは認められない。
(4) 争点2エ(被告相談所長に,居宅保護についての調査・指導義務違反,説
明義務違反があるか)について
ア 調査・指導義務について
 被告相談所長は,保護の実施機関として,被保護者の生活状況を調査し,保護の
変更を必要とすると認めるときは,すみやかに職権で保護変更決定を行う義務を負
う(法25条2項)。法25条2項の規定は,その前後に位置する同条1項及び3
項が急迫した状況又は特に急迫した状況にある要保護者に対する職権による保護を
規定していることからみても,被保護者に不利な保護の変更を行う場合だけを念頭
に置いたものと解することはできない。
 法30条1項ただし書により更生施設に保護を委託している場合には,日常の生
活状況の調査及びこれに基づく指導・指示(法27条1項)は施設にゆだねられる
ことになるが,その場合であっても,保護の変更,廃止等の権限は被告相談所長に
留保されているのであるから,施設との連絡を密にし,保護の変更,廃止等を必要
とするような被保護者の状況の変化があったときは,すみやかに連絡を受けて自ら
調査することができるような体制を整備すべきである。被保護者が予め退寮を希望
している場合には,被告相談所長としては,被保護者に直接面接するなどして,被
保護者が真に保護の辞退の意思を有するものであるか,保護を廃止した場合に被保
護者が急迫した状況に陥るおそれがないか等を調査し,その結果に基づいて保護の
廃止等を決定すべきであり,そのためには,被保護者が退寮を希望したときにはそ
の事実をすみやかに連絡するよう更生施設を指導すべき義務があると解される。
 前記認定事実によれば,本件においては,原告は,淀川寮及び自彊寮の退寮の
際,いずれも事前に退寮の希望を寮の職員に伝えていたにもかかわらず,退寮の希
望の事実は市更相には伝えられず,被告相談所長は原告の退寮の事実を事後に知っ
たというのであり,被告相談所長は,更生施設である淀川寮及び自彊寮に対して,
保護を委託している被保護者が退寮を希望した際にその事実を連絡するよう指導す
べき注意義務を怠っていたものというべきである。
イ 説明義務について
 更生施設に収容されている被保護者が退寮を希望した場合において,被告相談所
長は,被保護者の真意等の調査を行うに当たり,被保護者につき新たな内容の保護
への保護変更の可能性があると認められるときは,保護変更申請権を保障するた
め,当該保護の内容につき説明する義務があると解される。
 しかし,証拠(甲B9~11,乙5)及び弁論の全趣旨によれば,当時の市更相
においては,施設に収容されている被保護者に対する敷金給付の運用は,246号
通達及び34号通達に基づいて行われており,希望による退寮の場合には,34号
通達第4の30にいう「法令又は管理者の指示により社会福祉施設から退所するに
際し帰住する住居がない場合(当該退所が施設収容の目的を達したことによる場合
に限る。)」に該当しないとして,敷金給付による収容保護から居宅保護への変更
は行わない取り扱いであったことが認められる。このような運用の実情の下におい
ては,被告相談所長が退寮を希望する原告に対する調査を実施したとしても,原告
について居宅保護への変更が可能であると認識したとは考えられず,また,認識し
なかったことにつき過失があるともいえない。したがって,被告相談所長が居宅保
護について説明しなかったことにつき注意義務違反があるとはとはいえない。
4 争点3(本件収容保護決定の違法性)について
(1) 前記のとおり,法は,生活扶助につき居宅保護を原則とし,これ(居宅保
護)によることができないとき,これによっては保護の目的を達しがたいとき,又
は被保護者が希望したときは,収容保護を行うことができると定めている(法30
条1項)。これは,生活に困窮するすべての国民に対して必要な保護を行い,その
最低限度の生活を保障するとともに,その自立を助長するという生活保護法の目的
(法1条)に鑑み,被保護者の生活の本拠である居宅において保護を行うという居
宅保護が法の目的により適うものであるとの考慮によるものと考えられる。このよ
うな法30条1項の趣旨に照らすと,要保護者が現に住居を有しない場合であって
も,そのことによって直ちに同項にいう「これによることができないとき」に当た
り,居宅保護を行う余地はないと解することは相当ではない。
 また,住宅扶助に関する規定(法14条,33条)についても,現に住居を有し
ない要保護者に対して住宅扶助を行うことができないとの限定を付していると解す
ることはできない。被告相談所長及び被告大阪市の援用する246号通達や34号
通達も,現に住居を有しない要保護者に対する住宅扶助の可能性を否定する趣旨と
解することはできず,他方,昭和50年2月7日社保第25号厚生省社会局長通知
「雇用情勢急迫下における生活保護法の実施等について」(甲B6)も,住居を有
しない要保護者に対して金銭給付の方法による住宅扶助を認めているものと解する
ことができる。現に,証拠(甲B1~3,6,9~13,17の1,2,甲B18
の9,10,甲B22,27,29,38,証人M)及び弁論の全趣旨によると,
東京都,横浜市,川崎市,広島市及び神戸市においては,本件収容保護決定当時か
ら,住居を有しない又は簡易宿泊所に宿泊している要保護者に対して,敷金や家賃
の金銭給付(住宅扶助)をする方法での居宅保護を実施していた事実が認められ
る。
 もっとも,前掲各証拠によれば,大阪市以外の地方自治体においても,現に住居
を有しない要保護者に対する保護は,なお更生施設や救護施設への収容保護が中心
であり,収容施設の不足を補うために居宅保護が行われるようになったという経緯
があることも否定できず,居宅保護を原則とする運用が行われているとまでは認め
がたい。したがって,法30条1項の解釈として,住居を有しない要保護者が居宅
保護を希望する場合には常に居宅保護を実施すべきであるということはできない。
 以上の点を考慮すると,被告相談所長としては,現に住居を有しない要保護者に
対して保護を開始するに当たっては,要保護者の身体面,精神面の状況(更生施設
等における養護,補導を必要とするか,居宅における自立した生活を送ることが期
待できるか),保護の内容に関する要保護者の希望,収容保護の対象として考えら
れる施設の内容,居宅保護を実施する場合の住宅の確保の可能性等の諸要素を総合
的に考慮して,保護の内容(居宅保護か収容保護か)を決定すべきであり,被告相
談所長は保護内容の決定を行うにつき一定の裁量権を有するものと解される。
(2) 本件申請は,居宅での生活保護を求めるものであり,原告は,本件申請時
において住居を有していなかったから,住居を確保するための敷金等の金銭給付の
方法による住宅扶助(法33条1項本文)及び生活扶助を求める趣旨と解される
(当時,大阪市においては,宿所提供施設はなかったから,現物給付の方法による
住宅扶助を行うことは不可能であった。)。
 これに対し,前記認定事実によれば,被告相談所長は,住居を有しない要保護者
に対して居宅保護(金銭給付による住宅扶助及び生活扶助)を行うことはできない
との法解釈を前提として,本件収容保護決定を行ったものと認められる。
 しかし,現に住居を有しないとの一事をもって居宅保護を行うことができないと
解すべきでないことは前記のとおりである。したがって,被告相談所長は,住居を
有しない要保護者に対する保護の内容を決定するにつき,必要な裁量判断を行わ
ず,誤った法解釈を前提として本件収容保護決定を行ったものであり,この点にお
いて,本件収容保護決定は違法というべきである(なお,被告相談所長は,大阪市
生活保護法施行細則2条2項により,環境改善地区における住居のない要保護者に
ついてのみ保護実施機関としての権限を有するものであるが,住居を有しない要保
護者に対して敷金給付の方法による住宅扶助を行うことがその権限に含まれないと
は解し得ない。)。
(3) 被告相談所長は,保護の内容の決定につき裁量判断を行った場合において
も本件収容保護決定と同一内容の決定がされたはずであるから,本件収容保護決定
に違法はないと主張する。
 しかし,前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば,本件申請時において,①原告
は,居宅保護を希望する意思を明確に表示しており,その理由として,過去の収容
保護の際に難聴のため更生施設での生活に強いストレスを感じたことを挙げている
こと,②原告は,健康面で大きな問題を抱えてはおらず,身体上又は精神上の理由
により養護及び補導を必要とする状況(法38条3項参照)にあったとは認めがた
いこと,③環境改善地区及びその付近において原告が生活の本拠とするのに適当な
住居を確保することは必ずしも困難ではなく(現に原告は,本件収容保護決定の6
日後には,釜ヶ崎キリスト教協友会からの資金の借り入れにより,住居を確保して
いる。),住居の確保につき医療連等の協力も期待し得たこと,以上の点が認めら
れるのであり,これらの事実を考慮するならば,裁量判断を行った場合に本件収容
保護決定と同一内容の決定がされたとまでは認めることはできない。
(4) 以上によれば,本件収容保護決定は,違法なものとして取り消すべきであ
る。被告相談所長は,本判決の拘束力に従い,前記のような要素を考慮してその裁
量により原告に対する保護の内容を判断し,改めて本件申請に基づく保護に関する
処分を行うべきである。
5 争点4(本件裁決が本件審査請求から約1年を要したことの違法性)について
 本件審査請求がされたのは平成9年11月12日であるのに対し,本件裁決がさ
れたのは,約1年後の平成10年11月16日であり,審査請求から裁決までに要
した期間は,法定期間の50日を大きく経過している。
 しかし,法65条1項は,50日以内に審査請求に対する裁決をしなければなら
ない旨を定めるが,同条2項は,同期間内に裁決がない場合には審査請求人は審査
請求が棄却されたものとみなすことができるとする,いわゆるみなし棄却裁決の規
定を置いていることに照らしても,前記期間の定めは訓示規定と解される。したが
って,前記期間を経過して裁決がされなかった場合においても,みなし棄却裁決の
規定に基づき,棄却裁決がされたことを前提に再審査請求をすることができるので
あるから,前記期間内に裁決がされなくとも,審査庁が不当な目的の下に裁決を遅
延させた等の特段の事情のない限り,国家賠償法上違法となるものではないと解さ
れる。そして,本件においては,前記期間を経過した経緯について原告の主張する
ような事情が認められたとしても,原告は既に本件居宅保護決定を受けており,審
査の緊急性が乏しかったこと,前記認定のとおり,審査が全く放置されていたわけ
ではなく,前記期間経過後も,原告からの追加資料の提出,原告からの再弁明及び
再反論の機会の付与を盛り込んだ「申込書兼抗議書」の提出,原告からの証拠物件
の閲覧請求,証拠物件の閲覧日時の変更請求等がされていたこと等を併せ考慮する
と,本件審査請求につき本件裁決がされるまでに約1年を要したことにつき,前記
特段の事情は認められず,したがって,本件裁決の遅延は国家賠償法上違法である
とまではいえない。
6 争点5(原告の損害)について
(1) 本件収容保護決定による損害
 原告は,違法な本件収容保護決定による損害として,住居を確保するための敷金
(返還されないものであるから,むしろ礼金)及び11月分日割家賃等4万500
0円を自ら出捐することを余儀なくされ,また住居が確保できるまでの6日間,ケ
アセンターにおける生活を強いられ,10万円を下らない精神的損害を被ったと主
張する。
 前記のとおり,本件収容保護決定は,違法と認められる。しかし,本件申請に基
づいて原告に対してどのような内容の生活保護を付与するかは,本判決の拘束力に
従い,被告相談所長が行う保護に関する新たな処分により確定し,これにより原告
の損害の回復が図られるべきものである。原告に対する保護の内容を直ちに確定す
ることはできないから,本件収容保護決定により原告主張の損害が生じたと認める
ことはできない。
(2) 本件各廃止決定による損害
 前記のとおり,本件各廃止決定は,廃止決定通知書を作成交付しなかったという
手続的瑕疵があるにとどまり,原告の保護辞退を理由として保護を廃止したことに
違法はないというべきである。したがって,本件各廃止決定により保護を受けるこ
とができず,野宿生活を余儀なくされて精神的損害を被ったとする原告の主張は採
用することができない。保護廃止決定通知書が作成交付されなかったことにより原
告の権利,利益が侵害されたと認められないことは前記のとおりである。
(3) 本件各廃止決定時における調査義務違反等による損害
 原告は,本件各廃止決定時に被告相談所長が調査義務,説明義務等を怠ったこと
により,保護変更の要否等の決定を受ける法律上の利益及び生活保護受給権を侵害
されたと主張する。
 前記のとおり,被告相談所長は,更生施設である淀川寮及び自彊寮に対して,保
護を委託している被保護者が退寮を希望した際にその事実を連絡するよう指導すべ
き注意義務を怠ったと認められるが,原告に対して居宅保護について説明しなかっ
たことに注意義務違反があるとは認められない。そうすると,前記認定の事実関係
の下において,仮に被告相談所長が原告の退寮希望の事実を知り,法25条2項に
基づく調査を行ったとしても,その結果,原告が居宅保護への保護変更を申請し,
これに基づいて居宅保護への保護変更が行われたであろうとは認めがたいというべ
きである。したがって,被告相談所長の上記指導義務違反により原告の保護受給権
や保護変更の要否等の決定を受ける法律上の利益が侵害されたと認めることはでき
ない。
7 以上によると,原告が被告相談所長に対し,本件収容保護決定の取消しを求め
る請求は理由があるが,原告の被告大阪市に対する請求及び被告大阪府に対する請
求は,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がない。
 よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第7民事部
裁判長裁判官 山下郁夫
裁判官 青木亮
裁判官 畑佳秀

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