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平成25年12月19日判決言渡
平成22年(行ウ)第278号損害賠償(住民訴訟)請求事件
主文
1本件各訴えのうち,渋谷区が平成20年6月23日
付けで締結した渋谷区立勤労福祉会館の改修工事請
負契約の代金1254万7500円の支出に係る部
分及び同勤労福祉会館の同年11月1日から平成2
1年2月22日までの間の使用料等に係る部分をい
ずれも却下する。
2原告らのその余の訴えに係る請求をいずれも棄却
する。
3訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告が特定非営利活動法人A(以下「本件法人」という。)に対する172
8万7712円の支払の請求を怠ることが違法であることを確認する。
2被告は,本件法人及びBに対し,連帯して1728万7712円及びこれに
対する平成22年7月7日から各支払済みまで年5分の割合による金員の支払
をすることを請求せよ。
第2事案の概要
本件は,渋谷区の住民である原告らが,①同区の長の職にあるBについて,
同区の職員が,同区の行政財産である渋谷区立勤労福祉会館(以下,単に「勤
労福祉会館」という。)の2階部分を地方自治法238条の4第7項の規定に
よる行政財産の使用許可によることなく違法に本件法人に使用させ,その使用
につき渋谷区行政財産使用料条例(昭和39年渋谷区条例第17号)の規定に
違反して本件法人から使用料等を徴収しなかったことにより,渋谷区に勤労福
祉会館の2階部分の使用料等に相当する474万0212円の損害を被らせた
こと,及び,本件法人に勤労福祉会館の2階部分を使用させるため,本来渋谷
区において実施する必要のない改修工事をし,その費用を支出したことにより,
渋谷区にその改修工事費用に相当する1254万7500円の損害を被らせた
ことにつき,上記職員に対する指揮監督上の義務の懈怠があると主張するとと
もに,②本件法人について,上記のとおり勤労福祉会館の2階部分を使用す
ることにより,法律上の原因なく上記使用料等に相当する利益を受け,そのた
めに渋谷区に同額の損失を及ぼし,また,渋谷区の職員ないしBと共同して上
記改修工事をしたことにより,渋谷区に上記改修工事費用に相当する損害を被
らせたと主張し,(1)渋谷区の執行機関である被告は,本件法人に対する上記
使用料等及び上記改修工事費用に係る不当利得返還請求権及び不法行為に基づ
く損害賠償請求権の行使を違法に怠っているとして,被告に対し,地方自治法
242条の2第1項3号の規定により,本件法人に対する上記合計1728万
7712円の不当利得返還請求権及び損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法
確認を求めるとともに,(2)同項4号の規定により,被告に対し,本件法人に
対する上記不当利得返還請求権及び損害賠償請求権並びにBに対する不法行為
(上記指揮監督上の義務の懈怠)に基づく損害賠償請求権に基づいて,本件法
人及びBに対し,上記合計1728万7712円及びこれに対する平成22年
7月7日(本件法人による不当利得の日の翌日並びに本件法人及びBによる不
法行為の日のいずれよりも後の日である本件訴状の送達の日の翌日)から各支
払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金又は利息の連帯支払をす
ることを請求するよう求める事案である。
1法令の定め
本件に関係する法令の定めは別紙2(関係法令の定め)のとおりである。
2前提事実(顕著な事実,争いのない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨
により容易に認められる事実)
(1)当事者等
ア原告らは,いずれも渋谷区の住民である。
イBは,平成15年4月27日に渋谷区の長となり,それ以降,その職に
ある者である。
ウ(ア)本件法人は,平成21年2月9日に東京都渋谷区α×番8号所在の
勤労福祉会館の2階のうち42.5㎡(以下「本件使用部分」という。)
を主たる事務所とする設立の登記がされることによって成立した特定非
営利活動促進法2条2号所定の特定非営利活動法人である。本件法人は,
上記設立の登記以前は任意団体として活動していた。(甲1,19)
(イ)本件法人は,「地域において子どものために,学校と連携しながら,
子どもの各種体験活動やスポーツ等を行うおやじの集団(以下「おやじ
の会」という。)への支援,子どもに関する情報の提供等の活動を行う
ことにより,子どもの健やかな成長に貢献するとともに,心豊かな社会
の実現に寄与すること」を目的とし,この目的を達成するため,社会教
育の推進を図る活動,まちづくりの推進を図る活動,学術,文化,芸術
又はスポーツの振興を図る活動,地域安全活動,子どもの健全育成を図
る活動,これらの活動を行う団体の運営又は活動に関する連絡,助言又
は援助の活動等の特定非営利活動を行い,また,特定非営利活動に係る
事業として,おやじの会の活動への情報の提供と助言事業,地域におけ
るおやじの会のネットワーク化支援事業,全国のおやじの会相互の情報
交換支援事業,子どもの健全育成に関する情報の発信と提供の事業,子
どもの安全及び健全育成に資する活動の提唱の事業,上記目的に賛同す
る団体及び個人との協力関係の構築の事業,その他上記目的を達成する
ために必要な事業等を行うものである。(甲1,19)
(ウ)Cは,広島県警察本部長や東京都副知事を務め,平成16年6月,
本件法人が任意団体として設立された際にその発起人となり,本件法人
の特定非営利活動法人としての設立当初から本件法人の理事長を務めて
いる者である。(甲1,19,乙38)
Dは,L会長や社団法人E会長を務め,本件法人が任意団体として設
立された際にその発起人となり,本件法人の特定非営利活動法人として
の設立当初から本件法人の理事を務めている者である。(甲1,19,
乙40)
(2)本件法人による渋谷区の駐車場施設の使用
渋谷区は,次のアないしウのとおり,行政財産の使用許可及び使用料免除
をし,平成18年7月23日から平成20年10月31日までの間,本件法
人に渋谷区の駐車場施設の一部を無償で使用させた。
ア本件法人は,任意団体として設立された当時,東京都世田谷区β所在の
Dの自宅を事務所として使用していたところ,平成18年7月23日,渋
谷区長に対し,東京都渋谷区γ×番1号所在の渋谷区役所前駐車場施設の
地下1階のうち41.19㎡について,地方自治法238条の4第4項(平
成18年法律第53号による改正前のもの。この規定は同改正後の同条7
項に相当する。)の規定により行政財産の使用許可の申請をし,併せて,
渋谷区行政財産使用料条例5条の規定により行政財産の使用料免除の申請
をした。上記駐車場施設は,渋谷区企画部(以下,渋谷区の各部を単に「企
画部」のようにいう。)が管理するものであり,企画部長は,総務部長と
協議した上,渋谷区長の専決権者として,同日,上記各規定により,本件
法人に対し,上記駐車場施設部分について,使用目的を「事務所の設置」,
使用期間を同日から平成19年3月31日までと定めて,行政財産の使用
許可をするとともに,行政財産の使用料免除をした。渋谷区と本件法人は,
これに伴い,平成18年7月23日,本件法人は渋谷区に対し上記駐車場
施設部分の光熱水費として1か月1万1000円を支払う旨の協定を締結
した。(甲4)
イ本件法人は,平成19年2月16日,渋谷区長に対し,上記アの駐車場
施設部分について,上記アの改正前の地方自治法238条の4第4項の規
定により行政財産の使用許可の申請をし,併せて,渋谷区行政財産使用料
条例5条の規定により行政財産の使用料免除の申請をした。企画部長は,
総務部長と協議した上,渋谷区長の専決権者として,同年3月30日,上
記各規定により,本件法人に対し,上記駐車場施設部分について,使用期
間を同年4月1日から平成20年3月31日までとするほかは上記アと同
様に定めて,行政財産の使用許可をするとともに,行政財産の使用料免除
をした。渋谷区と本件法人は,これに伴い,平成19年4月1日,本件法
人は渋谷区に対し上記駐車場施設部分の光熱水費として1か月1万100
0円を支払う旨の協定を締結した。(甲4)
ウ本件法人は,平成20年1月30日,渋谷区長に対し,上記アの駐車場
施設部分について,地方自治法238条の4第7項の規定により行政財産
の使用許可の申請をし,併せて,渋谷区行政財産使用料条例5条の規定に
より行政財産の使用料免除の申請をした。企画部長は,総務部長と協議し
た上,渋谷区長の専決権者として,同年4月1日,上記各規定により,本
件法人に対し,上記駐車場施設部分について,使用期間を同日から平成2
1年3月31日までとするほかは上記アと同様に定めて,行政財産の使用
許可をするとともに,行政財産の使用料免除をした。渋谷区と本件法人は,
これに伴い,平成20年4月1日,本件法人は渋谷区に対し上記駐車場施
設部分の光熱水費として1か月1万1000円を支払う旨の協定を締結し
た。(甲4)
エ企画部長は,総務部長と協議した上,渋谷区長の専決権者として,平成
20年10月28日,本件法人に対し,事務所移転による使用終了を理由
に上記ウの駐車場施設部分の行政財産の使用許可を同月31日限り取り消
す旨の処分をした。本件法人は,上記アの駐車場施設部分を同日限り退去
した。(甲4)
(3)本件使用部分の改修工事費用の支出
ア総務部長は,渋谷区長の専決権者として,勤労福祉会館の2階の第一洋
室の一部(本件使用部分)の改修工事(多目的室への改修)事業の決定を
し,平成20年5月22日,総務部経理課長に対し,上記工事について,
渋谷区契約事務規則(昭和39年渋谷区規則第22号)83条の規定によ
る起工及び契約締結請求がされた。総務部経理課長は,同規則3条1項及
び別表1号の規定による権限の委任に基づいて,同年6月23日,M株式
会社との間で,請負代金を1254万7500円,工事期間を同年9月1
1日までと定めて,工事請負契約を締結した(支出負担行為)。(甲18,
乙30,32)
イ本件使用部分の改修工事は,平成20年9月11日までに完了した。総
務部営繕課長は,渋谷区会計事務規則(平成19年渋谷区規則第64号)
5条1項の規定による権限の委任に基づいて,同年10月2日,M株式会
社に対する上記改修工事の請負代金1254万7500円の支払について
支出命令をし,その支出(以下「本件支出」という。)は同月14日にさ
れた。(甲14,乙1)
(4)本件法人による本件使用部分の使用1
渋谷区は,次のイ,ウ及びオのとおり,本件法人との間で業務委託協定を
締結し,平成20年11月1日から平成22年3月31日までの間,本件法
人に本件使用部分を無償で使用させた(以下,上記期間の本件使用部分の管
理を「本件財産の管理」という。)。
ア勤労福祉会館は,区民部が管理するものであるところ,企画部長は,平
成20年10月28日,区民部長に対し,本件使用部分を,使用料及び光
熱水費を免除し,同年11月1日から平成21年3月31日までの間,企
画部に公用使用させるよう依頼した。区民部長は,平成20年10月28
日,企画部長に対し,本件使用部分について,上記依頼のとおりの内容の
公用使用許可をした。その許可に係る本件使用部分の使用目的は,「地域
の青少年育成の活動について青少年団体及び勤労者団体等の様々な分野か
ら得た情報や文献を収集整理し,連携を図るための活動スペースとして使
用する」というものであった。(甲3の1)
なお,ここにいう公用使用許可は,渋谷区の内部で,同区の行政財産を
当該財産の管理部以外の部において使用する公務遂行上の必要があるとき
に,管理部の部長から使用部の部長に対して行われるものであり,そのた
めの特別の法令上の根拠に基づくものではない。
イ渋谷区は,企画部長の専決により,平成20年11月1日付けで,本件
法人との間で,次の定めのある業務委託協定を締結した。(乙12,13)
(ア)目的
この協定は,青少年を取り巻く状況及び環境が日々変化していること
に鑑み,本件法人が地域における青少年育成活動について渋谷区,青少
年団体及び勤労者の団体(以下「関連団体等」という。)への情報提供
等を行うことにより,関連団体等の連携を図り,青少年の健やかな成長
及び地域で青少年を見守り育てる社会の実現に寄与することを目的とす
る。(1条)
(イ)委託対象事業
この協定で対象とする委託事業は,青少年の健全育成に関する諸活動
の情報及び文献の収集及び整理,勤労福祉会館を利用した勤労者及び勤
労者団体に対する青少年育成に関する情報提供及び啓発,関連団体等の
連携の在り方の検討,そのほか必要な事業とする。(2条)
(ウ)実施場所
前条で規定する事業の実施場所は,勤労福祉会館内とする。(3条)
(エ)対象期間
この協定に基づく委託事業の実施期間は,平成20年11月1日から
平成21年3月31日までとする。(4条)
(オ)委託料及び費用負担
委託料については,無償とする。委託対象事業に要する費用は,本件
法人が負担する。(5条)
ウ渋谷区は,本件法人が平成21年2月9日の設立の登記による成立に先
立ち同月3日に東京都知事から特定非営利活動法人の設立の認証を受けた
のに伴って,企画部長の専決により,同日付けで,本件法人との間で,対
象期間を同日から同年3月31日までとするほかは上記イと同一の内容の
業務委託協定を締結した。(甲2の1,乙14)
エ企画部長は,平成21年3月3日,区民部長に対し,使用期間を同年4
月1日から平成22年3月31日までとするほかは上記アと同一の内容の
公用使用許可の依頼をした。区民部長は,平成21年3月4日,企画部長
に対し,本件使用部分について,上記依頼のとおりの内容の公用使用許可
をした。(甲3の2)
オ渋谷区は,上記ウの業務委託協定の対象期間の経過に伴い,企画部長の
専決により,平成21年4月1日付けで,本件法人との間で,対象期間を
同日から平成22年3月31日までとするほかは上記イと同一の内容の業
務委託協定を締結した。(甲2の2,乙15)
(5)原告らの監査請求
原告らは,平成22年2月23日,地方自治法242条1項の規定により,
渋谷区監査委員に対し,①主位的に,上記(4)ア及びエの公用使用許可の取
消しを求め,②予備的に,上記公用使用許可に係る使用料免除の取消し及
び本件法人に対する本件使用部分の使用料等の賦課を求め,併せて,③B
及び2名の渋谷区職員に対する平成20年11月1日から平成22年3月3
1日までの間の本件使用部分の使用料等及び本件使用部分の改修工事費用に
相当する損害金合計1728万7712円の連帯支払の請求を求める住民監
査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。渋谷区監査委員は,同年
4月23日,本件監査請求のうち,本件使用部分の改修工事費用に係る部分
については,その支出すなわち本件支出のあった日である平成20年10月
14日から本件監査請求がされた平成22年2月23日までに1年を経過し
ており,地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」もないことを理
由に,監査対象事項から除外し,その余の部分については,監査対象事項を
「渋谷区が本件法人に本件使用部分を使用料及び光熱水費を徴収せずに無償
で使用させているのは違法不当に財産の管理及び公金の徴収を怠る事実に当
たり,当時,渋谷区長等の職にあったBらは使用料等に相当する額を補填す
る必要があるか否か」であると特定した上,原告らの監査請求を棄却する旨
の監査結果の通知をした。(甲16)
(6)本件各訴えの提起
原告らは,平成22年5月21日に本件各訴えを提起した。本件各訴えの
訴状には,地方自治法242条の2第1項4号の規定により,本件法人に対
する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権及び本件使用部
分の改修工事費用に相当する損害賠償請求権並びにBに対する本件使用部分
の使用料等及び本件使用部分の改修工事費用に相当する損害賠償請求権に基
づいて,本件法人及びBに対し,合計1728万7712円の不当利得返還
及び損害賠償を請求するよう求める旨の記載がある。また,原告らが同年1
2月1日に当裁判所に提出した同月6日付け準備書面3には,本件法人及び
Bに対し,上記不当利得返還及び損害賠償を請求するよう求める旨の記載と
共に,同項3号の規定により,本件法人に対する上記不当利得返還請求権及
び損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認を求める旨の記載がある。(顕
著な事実)
(7)本件法人による本件使用部分の使用2
渋谷区は,次のア及びウのとおり,本件法人との間で業務委託協定を締結
し,また,次のイ及びエのとおり,行政財産の使用許可及び使用料免除をし,
平成22年4月1日から平成23年4月30日までの間,本件法人に本件使
用部分を無償で使用させた。
ア渋谷区は,企画部長の専決により,平成22年4月1日付けで,本件法
人との間で,次の定めのある業務委託協定を締結した。(乙16,17)
(ア)目的
この協定は,青少年を取り巻く状況及び環境が日々変化していること
に鑑み,本件法人が勤労者及び勤労者団体に対して,青少年,殊に子ど
もの安全及び健全育成に関する情報提供等を行うほか,関連団体等に対
して,地域における青少年育成活動に関する情報提供等を行うことによ
り,関連団体等の連携を図り,勤労者の教養と福祉の向上に資するとと
もに,青少年の健やかな成長及び地域で青少年を見守り育てる社会の実
現に寄与することを目的とする。(1条)
(イ)委託対象事業
この協定で対象とする委託事業は,青少年の健全育成に関する諸活動
の情報及び文献の収集並びに整理,勤労者及び勤労者団体に対する青少
年をめぐる諸問題を学ぶ機会の提供,勤労者の教養と福祉の向上に資す
る事業への協力,関連団体等の連携の在り方の検討,そのほか必要な事
業とする。(2条)
(ウ)実施場所
前条で規定する事業の実施場所は,勤労福祉会館内とする。(3条)
(エ)対象期間
この協定に基づく委託事業の実施期間は,平成22年4月1日から平
成23年3月31日までとする。(4条)
(オ)費用負担
2条の委託対象事業に要する費用は,本件法人が負担する。(5条)
(カ)委託料
委託料については,無償とする。(6条)
イ本件法人は,平成22年3月31日,渋谷区長に対し,本件使用部分に
ついて,地方自治法238条の4第7項の規定により行政財産の使用許可
の申請をし,併せて,渋谷区行政財産使用料条例5条の規定により行政財
産の使用料免除の申請をした。区民部長は,総務部長と協議した上,渋谷
区長の専決権者として,同年4月1日,上記各規定により,本件法人に対
し,本件使用部分について,使用目的を「事務室等」,使用方法を「勤労
者及び勤労者団体に対して,青少年,殊に子どもの安全及び健全育成に関
する情報提供等や渋谷区,勤労者団体,青少年団体等に対して地域におけ
る青少年育成活動に関する情報提供等を行う」,使用期間を同日から平成
23年3月31日までと定めて,行政財産の使用許可をするとともに,行
政財産の使用料免除をした。(甲17,乙19)
ウ渋谷区は,企画部長の専決により,平成23年2月28日付けで,本件
法人との間で,次の定めのある業務委託協定を締結した。(乙20,21)
(ア)目的
本協定は,本件法人の活動内容の公益性に鑑み,渋谷区及び本件法人
の協力により渋谷区内における青少年の健全育成の推進に資することを
目的とする。(1条)
(イ)対象期間
本協定の期間は,平成23年4月1日から平成24年3月31日まで
とする。(2条)
(ウ)協定内容
本件法人は,渋谷区と連携協力し,本件法人による地域の情報,全国
の情報及び海外の情報等の調査やその活用あるいは助言や会議開催等に
より,渋谷区内における青少年の健全育成に寄与するものとする。(3
条)
(エ)費用負担
協定内容の推進に要する費用は,原則として,本件法人が負担するも
のとする。(4条)
エ本件法人は,平成23年2月4日,渋谷区長に対し,本件使用部分につ
いて,地方自治法238条の4第7項の規定により行政財産の使用許可の
申請をし,併せて,渋谷区行政財産使用料条例5条の規定により行政財産
の使用料免除の申請をした。区民部長は,総務部長と協議した上,渋谷区
長の専決権者として,同年3月31日,上記各規定により,本件法人に対
し,本件使用部分について,使用期間を同年4月1日から平成24年3月
31日までとするほかは上記アと同様に定めて,行政財産の使用許可をす
るとともに,行政財産の使用料免除をした。(乙22,23)
(8)本件法人による本件使用部分の使用の終了
平成23年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響により,勤
労福祉会館は休館することとなった。本件法人は,同年4月18日,渋谷区
長に対し,本件使用部分から同月30日限り退去する旨の申出をした。区民
部長は,総務部長と協議した上,渋谷区長の専決権者として,同月25日,
本件法人に対し,上記(7)エの本件使用部分の行政財産の使用許可を同月30
日限り取り消す旨の処分をした。また,本件法人は,同月18日,渋谷区長
に対し,東京都渋谷区γ×番2号所在の渋谷区役所神南分庁舎の3階のうち
38.25㎡について,地方自治法238条の4第7項の規定により行政財産
の使用許可の申請をし,併せて,渋谷区行政財産使用料条例5条の規定によ
り行政財産の使用料免除の申請をした。上記庁舎は,都市整備部が管理する
ものであり,都市整備部長は,総務部長と協議した上,渋谷区長の専決権者
として,同月25日,上記各規定により,本件法人に対し,上記庁舎部分に
ついて,使用目的を「事務室等」,使用期間を同年5月1日から平成24年
3月31日までと定めて,行政財産の使用許可をするとともに,行政財産の
使用料免除をした。本件法人は,本件使用部分を平成23年4月30日限り
退去し,上記庁舎部分に移転した。(甲19,乙24,25,26,27,
28,37)
3争点
(1)本件各訴えの適否(争点1)
ア本件監査請求が本件支出のあった日から1年を経過した後にされたこと
について地方自治法242条2項ただし書所定の「正当な理由」があるか
否か(争点1-1)
イ本件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求
権及び本件使用部分の改修工事費用に相当する損害賠償請求権の行使を怠
る事実の違法確認の訴えは地方自治法242条の2第2項所定の出訴期間
の制限に反して提起されたものであるか否か(争点1-2)
(2)財務会計上の行為(財産の管理,公金の支出)の適否(争点2)
ア本件財産の管理,すなわち,渋谷区職員が平成20年11月1日から平
成22年3月31日までの間,地方自治法238条の4第7項の行政財産
の使用許可及び渋谷区行政財産使用料条例5条の使用料免除を受けさせる
ことなく,本件法人に本件使用部分を無償で使用させていたことは違法で
あるか否か(争点2-1)
イ本件支出の原因である本件使用部分の改修工事は,真実は本件法人に本
件使用部分を使用させるためにされた,本来渋谷区において実施する必要
のない工事であり,本件支出は違法であるか否か(争点2-2)
(3)不当利得及び不法行為の成否(争点3)
ア本件財産の管理について本件法人による本件使用部分の使用料等に相当
する不当利得が成立するか否か(争点3-1)
イ本件財産の管理についてBによる本件使用部分の使用料等に係る不法行
為が成立するか否か(争点3-2)
ウ本件支出についてBと本件法人による本件使用部分の改修工事費用に係
る共同不法行為が成立するか否か(争点3-3)
4当事者の主張の要旨
(1)本件各訴えの適否(争点1)について
(被告の主張の要旨)
ア本件監査請求は地方自治法242条2項本文所定の監査請求期間を経過
した後にされたこと(争点1-1)
(ア)本件支出は,平成20年10月14日にされたところ,本件監査請
求は,それから1年4か月が経過した平成22年2月23日にされてい
るのであって,本件監査請求のうち本件支出に係る部分は,地方自治法
242条2項本文に定める監査請求期間を経過してされた不適法なもの
である。したがって,本件各訴えのうち本件支出に係る部分は,適法な
監査請求の前置を欠く不適法な訴えである。
(イ)原告らの主張について
原告らは,本件監査請求が本件支出のあった日から1年を経過した後
にされたことについては地方自治法242条2項ただし書に定める「正
当な理由」がある旨を主張する。
しかし,「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方
公共団体の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて住民監
査請求をするのに足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることがで
きたと解される時から相当な期間内に監査請求をしたか否かによって判
断すべきである(最高裁判所平成10年(行ツ)第69号ほか同14年9
月12日第一小法廷判決・民集56巻7号1481頁参照)ところ,本
件においては,いずれも本件支出の記載がある,予算説明書が平成20
年6月19日から,決算事項別明細書が平成21年10月30日から,
それぞれ渋谷区役所の区政資料コーナーで一般の閲覧に供されていたの
であり,また,本件支出の内容は,平成20年3月6日及び同月19日
の予算特別委員会で明らかにされ,その会議録は,同年7月16日以降,
渋谷区議会ホームページにおいて閲覧可能となっていた。これらによれ
ば,本件支出については,遅くとも上記決算事項別明細書が一般の閲覧
に供された平成21年10月30日には,住民が相当の注意力をもって
調査すれば客観的にみて住民監査請求をするのに足りる程度に本件支出
の存在及び内容を知ることができたと解すべきである。
そして,上記「相当な期間」については,地方自治法242条2項本
文が監査請求期間を1年という短い期間として財務会計上の行為の法的
安定を重視していることを考慮すると,その例外である「相当な期間」
は,それよりもかなり短くてもやむを得ないと解される(最高裁判所平
成14年(行ヒ)第325号同17年12月15日第一小法廷判決・裁判
集民事218号1151頁参照)ところ,本件においては,住民監査請
求の準備に時間を要する事情はなく,原告らが決算事項別明細書を閲覧
した平成22年2月5日のわずか18日後に本件監査請求をしているこ
とからすれば,決算事項別明細書が一般の閲覧に供されてから4か月近
くもの期間を経過してされた本件監査請求は,本件支出の存在及び内容
を知ることができたと解される時から「相当な期間」内にされたという
ことができないのであって,同項ただし書に定める「正当な理由」があ
るということはできない。
イ怠る事実の違法確認の訴えは地方自治法242条の2第2項所定の出訴
期間の制限に反して提起されたこと(争点1-2)
(ア)本件各訴えに係る請求のうち,本件法人に対する本件使用部分の使
用料等に相当する不当利得返還請求権及び本件使用部分の改修工事費用
に相当する損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認の請求は,訴状
等には記載されておらず,これらの請求に係る訴えは,原告らが平成2
2年12月1日に裁判所に提出した同月6日付け準備書面3において追
加的に変更されたものである。
訴えの追加的変更は,新訴の提起にほかならないから,訴えの提起に
ついて出訴期間の制限がある場合には,訴えの追加的変更の申立ては,
原則として出訴期間が経過する前にされなければならない(最高裁判所
昭和25年(オ)第231号同26年10月16日第三小法廷判決・民集
5巻11号583頁参照)。本件各訴えのうち,本件法人に対する本件
使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権及び本件使用部分の
改修工事費用に相当する損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認の
訴えは,地方自治法242条の2第2項1号の規定により,本件監査請
求に対する渋谷区監査委員の監査結果の通知があった平成22年4月2
3日から30日を経過する前に提起されなければならないのであって,
上記のとおり同年12月1日に提起された上記各訴えは,出訴期間を経
過して提起された不適法な訴えである。
(イ)原告らの主張について
原告らは,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起
されたものと同視し,出訴期間の遵守において欠けるところがないと解
すべき特段の事情がある旨を主張する。
しかし,住民訴訟について出訴期間の制限が設けられているのは,住
民監査請求の対象となる財務会計上の行為又は怠る事実をいつまでも争
うことができる状態にしておくことは法的安定の見地からみて好ましく
ないという趣旨による。このことからすれば,出訴期間を経過した後に
訴えの変更により新たに追加された訴えについて上記特段の事情がある
として出訴期間の遵守において欠けるところがないものとされる場合は
限定的に解されるべきであって,出訴期間の経過後であっても訴えの変
更という手段により新たに訴えを提起することが広く許されるのであれ
ば,住民訴訟について出訴期間の制限が設けられた上記趣旨が没却され
かねない。したがって,上記特段の事情により出訴期間の遵守において
欠けるところがないものとされるのは,訴えの変更により新たに追加さ
れた訴えが当初の訴えの提起の時点では提起することができなかったな
ど,やむを得ない事情がある場合に限られると解すべきである。
本件各訴えのうち,本件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当
する不当利得返還請求権及び本件使用部分の改修工事費用に相当する損
害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認の訴えについては,当初の訴
えの提起の時点でこれを提起することができなかった事情はなく,その
他考慮を要する事情も何ら存在しないから,上記特段の事情があるとい
うことができないのであって,出訴期間の遵守において欠けるところが
ないと解することはできない。
(原告らの主張の要旨)
ア本件監査請求については地方自治法242条2項ただし書の「正当な理
由」があること(争点1-1)
(ア)原告らは,本件支出のあった日から1年を経過した後である平成2
2年2月23日に本件監査請求をしたが,そのことについては地方自治
法242条2項ただし書に定める「正当な理由」がある。
すなわち,本件支出について住民監査請求をするのに足りる程度に当
該行為の存在及び内容を知ることができた日は,原告Fが本件支出の支
出命令書について情報公開請求をした日である。原告Fは,平成22年
2月5日,区民部商工観光課のGに対し,本件支出について尋ねたとこ
ろ,渋谷区役所の区政資料コーナーに備え付けられた平成20年度決算
書を閲覧すれば分かるという回答を得た。原告Fは,同日,渋谷区役所
に赴き,上記決算書を閲覧し,本件支出の支出命令書について情報公開
請求をした。原告らは,この時に初めて,住民監査請求をするのに足り
る程度に本件支出の存在及び内容を知ることができたのであって,その
後18日が経過したにすぎない同月23日に本件監査請求をしたのであ
るから,本件監査請求を本件支出のあった日から1年を経過した後にし
たことについては,地方自治法242条2項ただし書に定める「正当な
理由」がある。
(イ)被告の主張について
被告は,決算事項別明細書が一般の閲覧に供された平成21年10月
30日には,住民は本件支出について知ることができたのであるから,
それから4か月を経過して本件監査請求がされたことについて「正当な
理由」はない旨を主張する。
しかし,決算事項別明細書には,勤労福祉会館に係る経費として「(3)
各所改修工事」と記載されているだけであり,これでは何のためどのよ
うな工事が行われたのかを知ることはできず,本件法人が使用する事務
室とするための工事であることなど全く知ることができない。被告は,
予算説明書,予算特別委員会の会議録の公開も,住民が本件支出につい
て知ることができたことの根拠とするが,それらの資料にも「勤労福祉
会館2階会議室の改修」と記載されているだけであり,その記載から本
件支出の存在やその問題点を認識することはできない。特に,予算特別
委員会では,大向地区の区民会館等の改築に伴いその期間中の代替的な
会議スペースを設けることが目的である旨の虚偽の説明がされており,
事務室が作られることや,それが本件法人に使用させるためのものであ
ることなどは全く説明されていない。このように,被告が指摘する資料
は,いずれも住民がこれを見て本件支出が違法にされたことを認識する
ことがおよそ不可能なものであり,原告らは,平成21年10月30日
に,本件支出がされたことを認識することができたとしても,その違法
性を認識することはできなかった。
そもそも,住民が当該行為の存在を知ることができたとしても,それ
が違法不当であることを知ることができなければ,住民監査請求をする
ことは期待することができないから,当該行為の存在及び内容を知るこ
とができたというためには,当該行為の存在のみならず,当該行為が違
法不当であることを基礎付ける事実をも知ることができることが必要で
あるところ,本件においては,私的団体にすぎない本件法人に渋谷区の
行政財産である本件使用部分を違法に使用させるため,会議室を事務所
に改修し多額の費用を支出したことの違法性が問題になっているのであ
って,住民が,単に本件支出の存在を認識することができただけではな
く,監査請求をすることを動機付けるに足りる程度に上記違法性に係る
事実を知ることができたのでなければ,客観的にみて監査請求をするの
に足りる程度に当該行為の存在及び内容を知ることができたということ
はできない。
イ怠る事実の違法確認の訴えについては出訴期間の遵守において欠けると
ころがないと解すべき特段の事情があること(争点1-2)
訴えの変更は,変更後の新請求については新たな訴えの提起にほかなら
ないから,その訴えにつき出訴期間の制限がある場合には,出訴期間遵守
の有無は,その訴えの変更の時を基準としてこれを決しなければならない
が,訴えの変更の前後の請求の間に訴訟物の同一性があるときや,両請求
の間に存する関係から,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の
時に提起されたものと同視し,出訴期間の遵守において欠けるところがな
いと解すべき特段の事情があるときは,出訴期間を徒過したものとはなら
ない(最高裁判所昭和54年(行ツ)第129号同58年9月8日第一小法
廷判決・裁判集民事139号457頁参照)。
原告らは,平成22年12月1日に裁判所に提出した同月6日付け準備
書面3において本件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当
利得返還請求権及び本件使用部分の改修工事費用に相当する損害賠償請求
権の行使を怠る事実の違法確認の訴えを追加する以前から,渋谷区が本件
法人に本件使用部分を使用させていることにつき是正を求める訴えを提起
していたのであり,この変更前の訴えに係る請求は上記怠る事実の違法確
認の訴えに係る請求を包含する。そうすると,これについては,変更後の
新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起されたものと同視し,出
訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情があると
いうことができるから,これらの訴えは,出訴期間を徒過したものとはな
らない。
(2)財務会計上の行為の適否(争点2)について
(原告らの主張の要旨)
ア本件財産の管理が違法なものであること(争点2-1)
渋谷区職員は,平成20年11月1日から平成22年3月31日までの
間,地方自治法238条の4第7項の行政財産の使用許可及び渋谷区行政
財産使用料条例5条の使用料免除を受けさせることなく,本件法人に本件
使用部分を無償で使用させていた。本件法人は,上記期間中,本件使用部
分を独立の立場で占有し,その事務所として無償で使用していたのであり,
その使用実態からするならば,本件法人は,本件使用部分について行政財
産の使用許可及び使用料免除を受けなければならなかった。ところが,本
件法人は,行政財産の使用許可及び使用料免除を受けず,権原なくして本
件使用部分を占有し,無償で使用していたのであって,本件法人にこのよ
うな使用をさせていた本件財産の管理は,財務会計法規に違反し違法であ
る。
(ア)本件法人は独立の占有を有していたこと
a本件法人は,平成20年11月1日から平成22年3月31日まで
の間,本件使用部分を独立の立場で占有し,その事務所として無償で
使用していた。
b被告の主張について
(a)被告は,本件使用部分を占有していたのは渋谷区であり,本件
法人は渋谷区との間の業務委託協定により本件使用部分を委託業務
の実施場所として使用する占有補助者にすぎなかった旨を主張する。
しかし,渋谷区は,平成22年4月1日以降,本件法人に行政財
産の使用許可を受けさせていたのであり,同日以降,本件使用部分
を占有していたのが本件法人であることは明らかであるところ,本
件法人による本件使用部分の使用の客観的状況は,同日の前後を通
じて特段変化していないのであって,同日以前は渋谷区が占有し,
同日以後は本件法人が占有していたと区別することは,およそ不可
能である。このことに加えて,①本件法人の定款には主たる事務
所の所在地として本件使用部分が記載されていること,②本件法
人の法人登記簿にも主たる事務所の所在地として本件使用部分が記
載されていること,③本件法人のニュースレター等にはその所在
地として本件使用部分が記載されていること,④本件使用部分に
は,本件法人の事務所が置かれ,本件法人の関係者は本件使用部分
の鍵を使用して自由に出入りすることが許されており,平日は午前
10時から午後4時まで常駐していたほか,本件法人専用の電話回
線も引かれていたことによれば,平成20年11月1日から平成2
2年3月31日までの間,本件使用部分を占有していたのが本件法
人であることは明らかである。
(b)被告は,本件法人の規模や活動内容が当初に比べて拡大し,渋
谷区の委託事業以外の活動が相当程度行われるようになったことが,
業務委託協定の締結に加えて行政財産の使用許可を受けさせた理由
である旨を主張する。
しかし,本件法人は,任意団体として設立された平成16年6月
には既に全国大会を開催するなど当初から全国的なネットワークの
構築を目指して活動し,平成18年7月には行政財産の使用許可を
受けて渋谷区の駐車場施設を使用していたのであって,被告の上記
説明は合理性を欠く。
本件法人は,行政財産の使用許可を受けて,渋谷区の駐車場施設
を事務所として使用していたものが,平成20年11月に本件使用
部分に移転し,本件使用部分を事務所として使用するようになった
ものであって,行政財産の使用許可に基づく事務所機能が渋谷区の
駐車場施設からそのまま本件使用部分に移転していることからして
も,本件法人が,本件使用部分を,委託業務の実施場所として使用
していたものではなく,独立の立場で占有していたものであること
は明らかである。
(イ)本件法人は本件使用部分を使用する権原を有していなかったこと
a本件法人による本件使用部分の使用の実態からするならば,本件法
人は,本件使用部分について行政財産の使用許可及び使用料免除を受
けなければならなかった。本件法人は,全くの私的団体であるから,
渋谷区は,その行政財産である本件使用部分を,原則として本件法人
に使用させることができないのであり(地方自治法238条の4第1
項),本件法人に使用させるためには行政財産の使用許可をしなけれ
ばならない(同条7項)。ところが,本件法人は,平成20年11月
1日から平成22年3月31日までの間,行政財産の使用許可及び使
用料免除を受けず,権原なくして本件使用部分を占有し,無償で使用
していたのであって,本件財産の管理は違法である。
b被告の主張について
(a)被告は,本件法人は渋谷区との間で締結した業務委託協定に基
づいて本件使用部分を委託業務の実施場所として使用していたにす
ぎない旨を主張する。
確かに,本件法人は,渋谷区との間で業務委託協定を締結してお
り,これにより委託された業務を本件使用部分で実施するという形
式が整えられている。しかし,渋谷区は,本件法人に対し,具体的
な業務を委託していたものではなく,委託業務の内容として何を実
施するかは本件法人の裁量に委ねられていたのであって,本件法人
による本件使用部分の使用は委託業務の実施場所としてのものであ
るという形式は実質を伴わない。本件法人が本件使用部分で実施し
ていた業務は,渋谷区の業務ではなく,本件法人の固有の業務であ
るから,上記業務委託協定によって本件法人による本件使用部分の
使用を基礎付けることはできず,本件法人は,行政財産の使用許可
を受け,相応の使用料を支払うべきであった(本件において,渋谷
区行政財産使用料条例5条の規定により,本件法人に対し,行政財
産の使用料免除をすることはできない。)。そうであるにもかかわ
らず,本件法人は,平成20年11月1日から平成22年3月31
日までの間,行政財産の使用許可及び使用料免除を受けず,権原な
くして本件使用部分を占有し,無償で使用していたのであって,本
件財産の管理は違法である。
(b)被告は,本件法人は地域における青少年健全育成活動に数々の
実績を有しているのであって,本件法人との協力関係を築くことに
よりその知見やネットワークを活用することは渋谷区における青少
年健全育成の推進に大きく貢献する旨を主張する。
しかし,何らかの意味で影響があったということと,それが渋谷
区の行政目的上必要かつ相当なものであったということとは,全く
別であり,仮に本件法人が青少年健全育成の推進に何らかの貢献を
するものであったとしても,それを,渋谷区のみが主体となり,特
定の私的団体に特別な優遇措置を設けてまで支援する必要は全くな
いというべきである。
(ウ)地方自治法234条違反
渋谷区と本件法人との間の業務委託協定は,本件使用部分についての
使用権原の設定と使用料免除としての側面を有し,財務会計上の行為の
一つである契約の締結であるところ,契約の締結は,原則として競争入
札等の方法により行わなければならず,随意契約の方法によるためには
地方自治法234条2項,地方自治法施行令167条の2に定める例外
要件を満たさなければならないにもかかわらず,渋谷区と本件法人との
間の業務委託協定は,それを満たしていない。したがって,渋谷区と本
件法人との間の業務委託協定は違法であり,そのような協定に基づいて
渋谷区職員が本件法人に本件使用部分を無償で使用させていたことは違
法である。
(エ)渋谷区立勤労福祉会館条例1条違反
渋谷区立勤労福祉会館条例(昭和54年渋谷区条例第19号)1条に
よれば,勤労福祉会館の設置目的は,主として「中小企業に働く勤労者
の教養及び福祉の向上を図る」というものであり,この設置目的に反す
る用途に勤労福祉会館を使用することは許されないところ,本件法人に
よる本件使用部分の使用は,勤労福祉会館の設置目的に反するものであ
る。すなわち,本件法人の活動目的は,勤労福祉会館の設置目的とは関
係のないものであり,本件法人による本件使用部分の使用は,勤労福祉
会館の用途又は目的に沿うものではなく,それどころか,本件使用部分
は,勤労福祉会館の中で最も広い部屋(第一洋室)の一部であったもの
であり,その部屋は,区内勤労者関係団体を始めとする諸団体によって
広く研修,集会等に利用されていたところ,本件法人に使用させるため,
改修工事が行われ,本件使用部分が設けられた結果,42.5㎡も狭くな
ったのであって,本件法人による本件使用部分の使用は,勤労福祉会館
の本来の用途又は目的に基づく活動を,その目的上も,実際の使用形態
においても妨げている。したがって,そのような観点からしても,渋谷
区職員が本件法人に本件使用部分を無償で使用させていたことは違法で
ある。
(オ)憲法89条違反
特定非営利活動促進法は,特定非営利活動を行う団体に法人格を付与
すること等により,ボランティア活動を始めとする市民が行う自由な社
会貢献活動としての特定非営利活動の健全な発展を促進し,もって公共
の増進に寄与することを目的とする(1条)。すなわち,同法は,市民
が行う自由な社会貢献活動の健全な発展に向けて簡易な手続で法人格を
取得することができる制度を設けるために制定されたものであり,同法
による法人格の付与については,厳格な審査を伴う認可制度ではなく,
原則として,行政庁に裁量がなく,明示された基準にのっとった書類が
提出されれば法人格を付与しなければならない認証制度が採用されてい
る。そのため,特定非営利活動法人は,公の支配に属するということが
できないのであって,渋谷区職員が本件法人に本件使用部分を無償で使
用させていたことは,公の財産を「公の支配に属しない慈善,教育若し
くは博愛の事業」の利用に供したものであり,憲法89条に違反すると
いうべきである。
イ本件支出が違法なものであること(争点2-2)
本件使用部分の改修工事は,渋谷区職員が本件法人と共同して,本来渋
谷区において実施する必要のない工事を,大向区民会館の改築工事期間中
の代替施設を確保するという名目で,真実は本件法人に本件使用部分を使
用させるためにしたものであって,その費用の支払のためにされた本件支
出は違法である。
(被告の主張の要旨)
ア本件財産の管理が適法なものであること(争点2-1)
本件使用部分は,平成20年11月1日から平成22年3月31日まで
の間,渋谷区が占有しており,本件法人は,上記期間中,渋谷区との間の
業務委託協定により本件使用部分を委託業務の実施場所として使用する占
有補助者にすぎなかった。本件法人は,渋谷区との間で業務委託協定を締
結し,この協定に基づいて本件使用部分を委託業務の実施場所として使用
していたのであって,本件財産の管理,すなわち,渋谷区職員が本件法人
に本件使用部分を無償で使用させていたことは適法である。
(ア)本件財産の管理の経緯
a渋谷区における青少年健全育成事業
渋谷区は,全国でも屈指の大規模な繁華街を抱えているところ,そ
れらの繁華街は,若者文化の発信地として若年層が多く集まるという
特色を有している。そのため,渋谷区は,従前から,来街者を含む青
少年健全育成対策に力を注いでおり,青少年健全育成の総合的な推進
のためには地域との連携が不可欠であるという方針の下で,数々の青
少年健全育成事業に取り組んできた。
b本件法人の活動及び渋谷区との連携
本件法人は,当時東京都副知事であったCを発起人とする任意団体
として設立された。本件法人は,「青少年健全育成には保護者である
父親が積極的に関わり役割を果たすべきである」ということをその設
立趣旨とするものであり,地域の父親を支援し,学習の場を提供する
ほか,全国各地の父親団体(「おやじの会」)の設立を支援し,情報
提供等を行うことをその活動方針としている。
渋谷区が青少年健全育成事業に取り組んできたことは上記aのとお
りであるが,そのような取組みを行政のみで行うのには限界があり,
地域における青少年健全育成活動に実際に関わってきた民間団体の知
見をいかす必要があることから,渋谷区は,本件法人との協力体制を
築くこととした。渋谷区は,平成20年11月1日以降,本件法人に
対し,青少年健全育成事業の一部を委託し,本件使用部分を委託事業
の実施場所とした。
c本件法人による本件使用部分の使用
本件法人は,平成20年11月1日から平成22年3月31日まで
の間,渋谷区との間の業務委託協定に基づいて本件使用部分を委託業
務の実施場所として使用していた。
渋谷区は,本件法人の規模や活動内容が当初に比べて拡大し,渋谷
区の委託事業以外の活動が相当程度行われるようになったことから,
業務委託協定の締結に加えて,平成22年4月1日,本件法人に行政
財産の使用許可を受けさせた。
(イ)本件法人は独立の占有を有していなかったこと
a本件使用部分は,平成20年11月1日から平成22年3月31日
までの間,渋谷区が占有しており,本件法人は,次のとおり,上記期
間中,渋谷区との間の業務委託協定により企画部企画財政課の監督の
下で本件使用部分を委託業務の実施場所として使用する占有補助者に
すぎず,独立した占有を有していなかった。
b平成22年4月1日以前においては,本件法人が本件使用部分を独
立の立場で占有する実態はなかった。企画部長が区民部長から公用使
用許可を受けたことに伴い,本件使用部分の鍵は,企画部企画財政課
が区民部商工観光課から複数本預かっていたところ,企画財政課職員
は,本件法人の関係者が平日はほぼ毎日本件使用部分に出入りするこ
とを考慮して,上記鍵の一部を本件法人に預けており,本件法人の関
係者は,その鍵を使用して本件使用部分に出入りしていたが,使用開
始及び終了の際には勤労福祉会館の受付にその旨を申し出ていた。本
件法人は,勤労福祉会館の入口の鍵は所持しておらず,勤労福祉会館
の職員が不在のときは本件使用部分に出入りすることができなかった。
企画財政課職員は,本件使用部分に自由に出入りすることができ,実
際,委託事業に関する打合せのために出入りしていた。本件法人によ
る本件使用部分の使用は,原則として平日の午前10時から午後4時
までであり,渋谷区の執務時間内に限られていた。本件法人の関係者
は,イベント等があるときは例外的に渋谷区の執務時間外に本件使用
部分に出入りすることがあったが,その際には,必ず,事前に企画財
政課職員の了解を得ていた。本件法人は,専用の郵便受けを有してお
らず,本件法人宛ての郵便物は,勤労福祉会館の受付が預かり,本件
法人に渡していた。渋谷区の委託事業の中には勤労者等への情報提供
等が含まれていたため,本件使用部分は,常に勤労福祉会館の一般利
用者が入室することができる状態にされていた。
c本件法人は,本件使用部分を占有する意思を有していなかった。渋
谷区は,平成20年11月1日以前及び平成22年4月1日以後は,
本件法人に対し,行政財産の使用許可をし,占有権原を与えているが,
平成20年11月1日から平成22年3月31日までの間は,区民部
長から企画部長に公用使用許可がされたのみで,本件法人に対し,行
政財産の使用許可はされておらず,占有権原は与えられていない。こ
の期間は,渋谷区において本件法人に本件使用部分を占有させる意思
はなく,本件法人においても本件使用部分を占有する意思はなかった
のであって,このことからしても,本件法人が本件使用部分を占有し
ていたということはできない。
(ウ)本件法人は本件使用部分を使用する権原を有していたこと
a本件法人は,次のとおり,平成20年11月1日から平成22年3
月31日までの間,渋谷区との間で業務委託協定を締結し,この協定
に基づいて本件使用部分を委託業務の実施場所として使用していたの
であって,本件財産の管理,すなわち,渋谷区職員が本件法人に本件
使用部分を無償で使用させていたことは適法である。
b渋谷区と本件法人との間の業務委託協定は適法なものである。この
協定は,渋谷区における青少年健全育成事業に関する協力関係の在り
方を検討してきた渋谷区と本件法人とが,本件法人の本件使用部分へ
の移転を機に,業務委託協定の締結という形でその関係を具体化させ
たものであり,本件法人は,この協定に基づいて,iS運動や83運
動を始め,勤労福祉会館の一般利用者への情報提供など多くの業務を
行ってきた。原告らは,渋谷区と本件法人との間の業務委託協定は形
式的なものにすぎない旨を主張するが,本件法人は,渋谷区の委託業
務を実際に行っていた。本件法人は,地域における青少年健全育成活
動に数々の実績を有しているのであって,本件法人との協力関係を築
くことによりその知見やネットワークを活用することは,渋谷区にお
ける青少年健全育成の推進に大きく貢献する。渋谷区と本件法人との
間の業務委託協定の効果は,渋谷区内にとどまらず,全国に及ぶが,
そのことが原因となって渋谷区が必要な施策を行うことができなくな
るはずがないのであって,むしろ,本件法人が全国的な活動を視野に
置いていることは,本件法人の委託事業の受託者としての適格性を示
しているということができる。
c本件法人が平成20年11月1日から平成22年3月31日までの
間に本件使用部分において委託業務の範囲を超える活動を行った事実
もない。渋谷区の委託業務は,青少年の健やかな成長及び地域で青少
年を見守り育てる社会の実現に寄与することを目的として必要な事項
を行うという広範にわたるものであり,子どもの健やかな成長に貢献
するとともに心豊かな社会の実現に寄与することを設立目的とする本
件法人の活動は,ある意味ではその全てが委託業務の範囲内に含まれ,
少なくとも密接に関連している。上記期間中,本件使用部分において,
理事会の開催などの本件法人の固有の業務が行われていたが,その業
務量はわずかであるから,本件法人が本件使用部分において委託業務
の範囲を超える活動を行った事実はないことを左右しない。上記期間
において,渋谷区は,本件法人の活動そのものを渋谷区の委託事業と
位置付けていたのであり,本件法人も,渋谷区の委託事業を超える活
動を行っているという認識はなかった。
渋谷区は,平成22年4月1日の業務委託協定の更新時に,本件法
人に行政財産の使用許可を併せて受けさせたが,これは,委託事業の
開始後,本件法人の規模や活動内容が拡大し,渋谷区の委託事業以外
の活動が相当程度行われるようになり,また,本件法人においては,
特定非営利活動法人の設立の認証を受けるなど,安定した運営がされ
ていたことから,これまで渋谷区の委託事業として位置付けていた事
業を,改めて本件法人の固有の事業としても位置付け,本件法人に主
体的に活動をさせた方が,本件法人の主体性,創造性,見識をいかす
ことができ,より行政目的に資すると判断したためであって,行政財
産の使用許可を受けさせることなく,本件使用部分を使用させること
に,手続上の不備があったためではない。つまり,本件法人の活動内
容は段階的に変化したが,その位置付けは業務委託協定の更新時を境
に変化したということであり,本件法人の活動内容が徐々に拡大した
からといって,その間の使用が根拠のない使用であったことになるも
のではない。渋谷区は,一貫して,本件法人の活動を支援し,本件法
人との連携協力を図ることにより,青少年健全育成の推進を図ってき
たのであって,その形式は変化しているものの,その時々の最適な形
態を選択したにすぎない。
イ本件支出が適法なものであること(争点2-2)
本件使用部分の改修工事は,次のとおり,大向区民会館の改築工事期間
中の代替施設を確保するためにされたものであって,本件法人に本件使用
部分を使用させるためにされたものではなく,本件使用部分の改修工事の
完了後に,結果的に,本件法人が委託業務の実施場所として使用すること
となったにすぎない。原告らは,本件支出の違法性を基礎付ける事実とし
て,本件使用部分の改修工事は,真実は本件法人に本件使用部分を使用さ
せるためにされたものであり,本来渋谷区において実施する必要のない工
事である旨を主張するが,前提を欠き失当である。
(ア)大向区民会館の改築工事
東京都渋谷区γ×番4号所在の大向区民会館は,施設設備の老朽化対
策のため改築工事を行うことが予定されていたところ,その施設のうち,
カラオケ等を行うレクリエーション室については,区民の要望が多いこ
とから,上記改築工事期間中,代替施設を設けることとなり,勤労福祉
会館の第一洋室の一部(本件使用部分)を改修して対応することとされ
た。
(イ)本件使用部分の改修工事
総務部長は,平成20年5月22日,本件使用部分の改修工事につい
て事業決定をした。総務部経理課長は,同年6月23日,M株式会社と
の間で,請負代金を1254万7500円,工事期間を同年9月11日
までと定めて,工事請負契約を締結した。
本件使用部分の改修工事は,平成20年9月11日までに完了した。
総務部営繕課長は,同年10月2日,M株式会社に対する上記改修工事
の請負代金1254万7500円の支払について支出命令をし,本件支
出は同月14日にされた。
(ウ)大向区民会館の老朽化対策に係る事情の変更
ところが,本件使用部分の改修工事中に,急遽,渋谷区において,東
京都渋谷区δ所在の国有地について国からの払下げを受けることが決ま
り,渋谷区は,平成20年10月21日にその国有地を取得した。渋谷
区は,かねてから大向区民会館の改築に向けて準備を進めてきたものの,
2年以上にわたり施設を利用することができなくなるよりも,上記国有
地に移設する方が,区民サービスの上で優れていることから,大向区民
会館に関する方針を改築から移設に変更した。そのため,大向区民会館
の代替施設として勤労福祉会館の第一洋室を改修して作られた本件使用
部分は,当初の使用目的を失ったが,その頃,渋谷区において,本件法
人に青少年健全育成事業を委託する方針が決定され,委託事業の実施場
所を確保する必要が生じたことから,その実施場所として使用すること
とされ,渋谷区と本件法人との間において,同年11月1日付けで,委
託事務の実施場所として本件使用部分を指定する業務委託協定が締結さ
れるに至った。
(3)不当利得及び不法行為の成否(争点3)について
(原告らの主張の要旨)
ア本件法人による本件使用部分の使用料等に相当する不当利得が成立する
こと(争点3-1)
本件法人が,平成20年11月1日から平成22年3月31日までの間,
権原なくして本件使用部分を占有し,無償で使用していたことは,上記(2)
(原告らの主張の要旨)アのとおりであって,本件法人は,法律上の原因
なく本件使用部分の上記期間の使用料等474万0212円に相当する利
益を受け,そのために渋谷区に同額の損失を及ぼした。したがって,渋谷
区は,本件法人に対し,本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還
請求権を有しているところ,この不当利得返還請求権は,直ちに行使する
ことができるものであり,その行使を妨げる原因はないにもかかわらず,
被告(渋谷区長)は,これを行使していないのであって,財産の管理を違
法に怠っているものである。
イBによる本件使用部分の使用料等に係る不法行為が成立すること(争点
3-2)
Bは,自らが渋谷区職員に対し本件法人に本件使用部分を使用させるよ
う指示したことにより,又は渋谷区職員が財務会計上の違法行為をするこ
とを阻止すべき指揮監督上の義務を怠ったことにより,上記(2)(原告らの
主張の要旨)アのとおり,渋谷区職員をして,平成20年11月1日から
平成22年3月31日までの間,本件法人に本件使用部分を権原なくして
占有させ無償で使用させるという違法行為を行わせ,そのために渋谷区に
本件使用部分の上記期間の使用料等474万0212円に相当する損害を
被らせた。したがって,渋谷区は,Bに対し,本件使用部分の使用料等に
相当する不法行為に基づく損害賠償請求権を有している。
ウBと本件法人による本件使用部分の改修工事費用に係る共同不法行為が
成立すること(争点3-3)
本件使用部分の改修工事が,渋谷区職員が本件法人と共同して,本来渋
谷区において実施する必要のない工事を,大向区民会館の改築工事期間中
の代替施設を確保するという名目で,真実は本件法人に本件使用部分を使
用させるためにしたものであることは,上記(2)(原告らの主張の要旨)イ
のとおりであり,Bは,自らが渋谷区職員に対し本件法人に本件使用部分
を使用させるよう指示したことにより,又は渋谷区職員が財務会計上の違
法行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を怠ったことにより,渋
谷区職員をして,このような違法行為を行わせ,そのために渋谷区に本件
使用部分の改修工事費用1254万7500円に相当する損害を被らせた。
したがって,渋谷区は,本件法人及びBに対し,本件使用部分の改修工事
費用に相当する不法行為に基づく損害賠償請求権(共同不法行為に基づく
不真正連帯債権)を有しているところ,本件法人に対する損害賠償請求権
は,直ちに行使することができるのであり,その行使を妨げる原因はない
にもかかわらず,被告(渋谷区長)は,これを行使していないのであって,
財産の管理を違法に怠っている。
(被告の主張の要旨)
ア本件法人による本件使用部分の使用料等に相当する不当利得が成立しな
いこと(争点3-1)
渋谷区と本件法人との間の業務委託協定が適法なものであり,本件法人
による本件使用部分の使用は,渋谷区との間の業務委託協定という正当な
根拠に基づくものであることは,上記(2)(被告の主張の要旨)アのとおり
である。したがって,本件財産の管理について本件法人による本件使用部
分の使用料等に相当する不当利得は成立しない。
イBによる本件使用部分の使用料等に係る不法行為が成立しないこと(争
点3-2)
渋谷区と本件法人との間の業務委託協定が適法なものであり,本件法人
による本件使用部分の使用は,渋谷区との間の業務委託協定という正当な
根拠に基づくものであることは,上記(2)(被告の主張の要旨)アのとおり
である。したがって,Bには,自らが渋谷区職員に対し本件法人に本件使
用部分を使用させるよう指示した違法も,渋谷区職員が財務会計上の違法
行為をすることを阻止すべき指揮監督上の義務を怠った違法もないという
べきであって,本件財産の管理についてBによる本件使用部分の使用料等
に係る不法行為は成立しない。
ウBと本件法人による本件使用部分の改修工事費用に係る共同不法行為が
成立しないこと(争点3-3)
本件使用部分の改修工事が,大向区民会館の改築工事期間中の代替施設
を確保するためにされたものであって,本件法人に本件使用部分を使用さ
せるためにされたものではないことは,上記(2)(被告の主張の要旨)イの
とおりであって,本件使用部分の改修工事費用の支出,すなわち,本件支
出には何らの違法もない。加えて,本件支出に係る支出負担行為である工
事請負契約は渋谷区契約事務規則の規定による権限の委任に基づいて総務
部経理課長が,本件支出に係る支出命令は会計事務規則の規定による権限
の委任に基づいて総務部営繕課長が,それぞれ行っており,いずれもBが
行ったものではない。したがって,本件支出についてBと本件法人による
本件使用部分の改修工事費用に係る共同不法行為は成立しない。
第3当裁判所の判断
1本件各訴えの適否(争点1)について
(1)本件監査請求は地方自治法242条2項本文所定の監査請求期間を経過
した後にされたこと(争点1-1)
ア本件監査請求のうち本件支出に係る部分が監査請求期間を経過した後に
されたこと
普通地方公共団体の住民は,当該普通地方公共団体の長その他の職員に
ついて,違法若しくは不当な公金の支出,財産の取得,管理若しくは処分,
契約の締結若しくは履行若しくは債務その他の義務の負担(当該行為がな
されることが相当の確実さをもって予測される場合を含む。)があると認
めるとき,又は違法若しくは不当に公金の賦課若しくは徴収若しくは財産
の管理を怠る事実(以下「怠る事実」という。)があると認めるときは,
監査委員に対し,監査を求め,当該行為を防止し,若しくは是正し,若し
くは当該怠る事実を改め,又は当該行為若しくは怠る事実によって当該普
通地方公共団体が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきこと
を請求することができる(地方自治法242条1項)が,この住民監査請
求は,当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過したときは,こ
れをすることができない(同条2項本文)。
本件監査請求は,本件支出のあった平成20年10月14日から1年4
か月を経過した平成22年2月23日にされているのであって,本件監査
請求のうち本件支出に係る部分は,地方自治法242条2項本文に定める
監査請求期間の制限の規定に違反してされた不適法なものである。したが
って,本件各訴えのうち本件支出に係る部分は,適法な監査請求の前置を
欠く不適法な訴えである。
イ本件監査請求のうち本件財産の管理に係る部分の一部が監査請求期間を
経過した後にされたこと
また,本件監査請求は,本件財産の管理(すなわち,渋谷区職員が平成
20年11月1日から平成22年3月31日までの間,地方自治法238
条の4第7項の行政財産の使用許可及び渋谷区行政財産使用料条例5条の
使用料免除を受けさせることなく,本件法人に本件使用部分を無償で使用
させていたこと)のうち平成20年11月1日から平成21年2月22日
までの期間に係る部分のあった日から1年を経過した平成22年2月23
日にされているのであって,本件監査請求のうち上記期間の本件財産の管
理に係る部分は,地方自治法242条2項本文に定める監査請求期間の制
限の規定に違反してされた不適法なものである。したがって,本件各訴え
のうち上記期間の本件財産の管理に係る部分は,適法な監査請求の前置を
欠く不適法な訴えである。
なお,仮に,渋谷区監査委員が特定した(前提事実(5))ように,本件監
査請求のうち本件財産の管理に係る部分が財産(本件使用部分)の管理及
び公金(その使用料等)の徴収を怠る事実を対象とするものであるとして
も,普通地方公共団体において違法に財産の管理を怠る事実があるとして
地方自治法242条1項の規定による住民監査請求があった場合に,その
監査請求が,当該普通地方公共団体の長その他の職員の特定の財務会計上
の行為を違法であるとし,当該行為が違法,無効であることに基づいて発
生する実体法上の請求権の不行使をもって財産の管理を怠る事実としてい
るものであるときは,当該監査請求については,当該怠る事実に係る請求
権の発生原因たる当該行為のあった日又は終わった日を基準として同条2
項の規定を適用すべきものであると解するのが相当である(最高裁判所昭
和57年(行ツ)第164号同62年2月20日第二小法廷判決・民集41
巻1号122頁参照)ところ,上記のとおり特定することができるとすれ
ば,本件監査請求のうち本件財産の管理に係る部分は,渋谷区職員が行政
財産の使用許可及び使用料免除を受けさせることなく本件法人に本件使用
部分を無償で使用させていたことを違法であるとし,当該行為が違法,無
効であることに基づいて発生する実体法上の請求権である本件使用部分の
使用料等に相当する不当利得返還請求権又は損害賠償請求権の不行使をも
って財産の管理を怠る事実としているものであるということができるので
あって(本件使用部分の使用料は,本件使用部分について地方自治法23
8条の4第7項の規定による使用許可がされているときに徴収することが
できるものである(同法225条,渋谷区行政財産使用料条例1条)。そ
のため,本件使用部分について行政財産の使用許可がされていなかった平
成20年11月1日から平成22年3月31日までの間については,本件
法人から本件使用部分の使用料を徴収することはできないのであって,上
記特定に係る「本件使用部分の管理及びその使用料等の徴収を怠る事実」
は,本件使用部分の使用料等の徴収を怠る事実と解すべきではなく,渋谷
区職員が行政財産の使用許可及び使用料免除を受けさせることなく本件法
人に本件使用部分を無償で使用させていたことが違法,無効であることに
基づいて発生する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権
又は損害賠償請求権の行使を怠る事実であると解すべきである。),本件
監査請求のうち本件財産の管理に係る部分については,本件法人による本
件使用部分の使用のあった日又は終わった日を基準として監査請求期間の
制限の規定を適用すべきものであるということとなる。そして,渋谷区職
員が行政財産の使用許可及び使用料免除を受けさせることなく本件法人に
本件使用部分を無償で使用させていたことを発生原因とする不当利得返還
請求権及び損害賠償請求権は,本件法人による使用の終わった日にその全
ての使用期間に係る権利が一体的に発生するものではなく,その使用期間
中の各日が経過するごとに日々その日に係る権利が発生していくものであ
ると解されるから,渋谷区職員が行政財産の使用許可及び使用料免除を受
けさせることなく本件法人に本件使用部分を無償で使用させていたことは,
監査請求期間の制限の規定を,行為の終わった日を基準として適用すべき
継続的行為ではなく,行為のあった日を基準として適用すべき一時的行為
から成る集合であると解されるところ,本件監査請求は,本件法人による
本件使用部分の使用のうち平成20年11月1日から平成21年2月22
日までの期間に係る部分のあった日から1年を経過した平成22年2月2
3日にされているのであって,本件監査請求のうち上記期間の財産の管理
を怠る事実に係る部分は,地方自治法242条2項本文に定める監査請求
期間の制限の規定に違反してされた不適法なものであるということとなる。
したがって,仮に,渋谷区監査委員が特定したように,本件監査請求のう
ち本件財産の管理に係る部分が本件使用部分の管理及びその使用料等の徴
収を怠る事実を対象とするものであるとしても,本件各訴えのうち上記期
間の財産の管理を怠る事実に係る部分は,適法な監査請求の前置を欠く不
適法な訴えであるということとなる。
(2)本件監査請求については地方自治法242条2項ただし書の「正当な理
由」があるということができないこと(争点1-1)
ア原告らは,本件支出のあった日から1年を経過した後である平成22年
2月23日に本件監査請求をしたことについて地方自治法242条2項た
だし書の「正当な理由」がある旨を主張する。
イ地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」について
地方自治法242条2項本文は,普通地方公共団体の長その他の職員の
財務会計上の行為は,たとえそれが違法又は不当なものであったとしても,
いつまでも住民監査請求ないし住民訴訟の対象となり得るものとしておく
ことは法的安定性を損ない好ましくないことから,監査請求期間を定めて
いる。しかし,当該行為が普通地方公共団体の住民に隠れて秘密裡にされ,
1年を経過してから初めて明らかになった場合等にも,その趣旨を貫くの
は相当でないことから,同項ただし書は,「正当な理由」があるときは,
当該行為のあった日又は終わった日から1年を経過した後であっても,普
通地方公共団体の住民は監査請求をすることができるものとしている。し
たがって,上記のように当該行為が秘密裡にされた場合には,上記「正当
な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体の住民が相
当の注意力をもって調査したときに客観的にみて当該行為を知ることがで
きたか否か,また,当該行為を知ることができたと解される時から相当な
期間内に監査請求をしたか否かによって判断すべきである(最高裁判所昭
和62年(行ツ)第76号同63年4月22日第二小法廷判決・裁判集民事
154号57頁参照)。そして,このことは,当該行為が秘密裡にされた
場合に限らず,普通地方公共団体の住民が相当の注意力をもって調査を尽
くしても客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在又は
内容を知ることができなかった場合にも同様であり,そのような場合には,
上記「正当な理由」の有無は,特段の事情のない限り,普通地方公共団体
の住民が相当の注意力をもって調査すれば客観的にみて上記の程度に当該
行為の存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に
監査請求をしたか否かによって判断すべきものと解するのが相当である
(最高裁判所平成10年(行ツ)第69号ほか同14年9月12日第一小法
廷判決・民集56巻7号1481頁参照)。
ウ認定事実
前提事実に加えて,証拠(甲14,15,21,乙2ないし5)及び弁
論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができる。
(ア)平成20年6月19日以降,渋谷区役所の区政資料コーナーに備え
付けられていた平成20年度渋谷区各会計予算説明書の「6款産業経済
費」,「1項商工費」中「5勤労福祉会館費6252万6000円」
という記載には,「区民部」,「1勤労福祉会館運営」,「(3)各所改
修費用1500万円」という説明が付されている。(乙2)
(イ)平成20年7月16日以降,渋谷区議会のホームページで閲覧可能
な状態に置かれていた平成20年度渋谷区予算特別委員会の会議録のう
ち,同年3月6日に開かれた予算特別委員会における区民部所管の一般
会計当初予算案の概要説明の中には,「勤労福祉会館費は,勤労福祉会
館の運営管理に要する経費でございます。(中略)平成20年度は新た
に各所改修工事費といたしまして,勤労福祉会館2階会議室の改修に伴
う経費を計上しております」という説明がある。また,同月19日に開
かれた予算特別委員会総務区民分科会における勤労福祉会館費の説明の
中には,「(各所改修費用1500万円とあるのは,)勤労福祉会館2
階の第一洋室の改修でございます」,「一部コーナーなんですけれども,
当分の間,大向地区の区民会館等が改築を将来的に予定されているとい
うことで,その間,代替的な会議スペースを第一洋室の方に設けたいと
いうことでございます」という説明がある。(乙4,5)
(ウ)原告Fは,平成21年の夏前,知人から「勤労福祉会館の中に入っ
ている本件法人も,渋谷区の職員でもないのに,渋谷区の施設を使って
いて,なんだかおかしい」という情報を得た。それ以降,原告Fは,他
の住民と共に,本件法人の渋谷区内での動向に注目するようになり,そ
の年の秋頃から,情報公開請求,現場視察,住民訴訟の原告となる者の
募集等の活動を始めた。(甲21)
(エ)平成21年10月30日以降,渋谷区役所の区政資料コーナーに備
え付けられていた平成20年度渋谷区各会計歳入歳出決算事項別明細書
の「6款産業経済費」,「1項商工費」中「5勤労福祉会館費62
52万6000円」という記載には,「区民部」,「1勤労福祉会館運
営」,「(3)各所改修工事1417万5257円」という説明が付され
ている。(乙3)
(オ)原告Fらは,平成22年1月ないし2月頃,本件法人に連絡をした
上,勤労福祉会館に赴き,本件使用部分が改修され,第一洋室とは別の
部屋のようになり,本件法人が使用していることを知った。原告Fは,
直ちに,区民部商工観光課のGに電話をし,本件法人が本件使用部分を
使用するに至った経緯等について問い合わせたところ,「平成20年度
決算事項別明細書を見れば分かる」と言われ,同月5日,渋谷区情報公
開条例(平成元年渋谷区条例第39号)の規定により,渋谷区長に対し,
「複数科目支出命令書(平成20年度)の写し勤労福祉会館の工事請負
費(1254万7500円)」の公文書公開請求をした。渋谷区長は,
同月17日,原告Fに対し,工事請負人の振込先金融機関名及び口座番
号を除き上記文書を公開する旨の一部公開決定をし,原告Fは,本件支
出の支出命令書の写しの交付を受けた。(甲14,15,21)
(カ)原告らは,平成22年2月23日,渋谷区監査委員に対し,本件監
査請求をした。
エ本件監査請求の一部が監査請求期間を経過した後にされたことについて
は「正当な理由」があるということができないこと
上記ウの認定事実によれば,原告らは,原告Fにおいて,平成21年の
夏前に,渋谷区の組織ではない本件法人が渋谷区の行政財産である勤労福
祉会館の一部を使用しており,その使用の根拠ないし理由は明らかでない
という情報を得たこと(上記ウ(ウ))により,その頃以降は,①勤労福
祉会館に臨場して,本件法人が使用しているのが第一洋室の一部であった
本件使用部分であることやその使用の状況を確認する,②勤労福祉会館
に関する事務を所管する区民部商工観光課職員や本件法人の関係者から事
情を聴取する,③渋谷区議会のホームページにアクセスし,「勤労福祉
会館」,「第1洋室」をキーワードとして検索を掛けるなどして,予算特
別委員会の会議録(上記ウ(イ))等を閲覧する,④渋谷区役所の区政資
料コーナーに備え付けられた予算説明書や決算事項別明細書(上記ウ(ア)
及び(エ))等を閲覧する,⑤渋谷区情報公開条例の規定により,渋谷区
長等に対し,支出命令書等の公文書公開請求をする(上記ウ(オ))など相
当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて監査請求をするに足りる程
度に本件支出及び本件財産の管理の存在及び内容を知ることができたもの
というべきである。そして,そうであるとすると,その頃から半年ほどの
期間を経過した平成22年2月23日にされた本件監査請求は,上記イの
相当な期間内にされたものということができないのであって(当該行為の
存在及び内容を知ることができたと解される時から相当な期間内に監査請
求をしたか否かは,普通地方公共団体の住民において相当の注意力をもっ
て調査すれば客観的にみて監査請求をするに足りる程度に当該行為の存在
及び内容を知ることができたと解される契機となった情報の具体性及び確
実性の程度と,当該住民において取り得る調査手段の難易度及び実効性の
程度との相関関係において判断されるべきものであるところ,原告Fにお
いて平成21年の夏前に得た情報がその具体性及び確実性において必ずし
も高いものではないことは上記のとおりであるが,原告らにおいて取り得
る調査手段として上記のようなものがあることによれば,本件監査請求は
相当な期間内にされたものということができないというべきである。),
本件監査請求に地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」がある
ということはできない。
また,上記ウの認定事実によれば,渋谷区の一般住民においても,遅く
とも平成21年10月30日には,上記のように相当の注意力をもって調
査すれば,客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件支出及び本件
財産の管理の存在及び内容を知ることができたものというべきであり,そ
うであるとすると,その頃から4か月弱の期間を経過した平成22年2月
23日にされた本件監査請求は,上記イの相当な期間内にされたものとい
うことができないのであって,このような観点からしても,本件監査請求
に地方自治法242条2項ただし書の「正当な理由」があるということは
できない。
オ原告らの主張について
原告らは,予算説明書,予算特別委員会の会議録及び決算事項別明細書
という被告が指摘する資料は,いずれも住民がこれを見て本件支出が違法
にされたことを認識することがおよそ不可能なものであり,原告らは,平
成21年10月30日に,本件支出がされたことを認識することができた
としても,その違法性を認識することはできなかった旨を主張する。
しかし,原告らが,平成21年の夏前には,相当の注意力をもって調査
すれば,客観的にみて監査請求をするに足りる程度に本件支出及び本件財
産の管理の存在及び内容を知ることができたことは,上記エのとおりであ
る上,予算説明書,予算特別委員会の会議録及び決算事項別明細書の各記
載から,直ちに客観的にみて上記の程度に本件支出の内容を知ることがで
きないとしても,これらの記載から,本件支出の存在を知れば,渋谷区情
報公開条例の規定による公文書公開請求などの上記エに掲げた調査手段を
用い,相当の注意力をもって調査することにより,客観的にみて上記の程
度に本件支出の内容を知ることができたと解されるのであって,上記エの
とおり,渋谷区の一般住民において,遅くとも同年10月30日には,相
当の注意力をもって調査すれば,客観的にみて監査請求をするに足りる程
度に本件支出及び本件財産の管理の存在及び内容を知ることができたこと
からすれば,仮に原告らの中に同年の夏前に客観的にみて上記の程度に本
件支出及び本件財産の管理の存在及び内容を知ることができなかった者が
存在するとしても,同年10月30日には知ることができたものというべ
きである。
(3)怠る事実の違法確認の訴えは地方自治法242条の2第2項所定の出訴
期間を経過して提起されたこと(争点1-2)
ア訴えの変更と出訴期間について
民事訴訟法143条1項の規定による訴えの変更は,変更後の新請求に
ついては当初の訴えの手続中における新たな訴えの提起にほかならないか
ら,その訴えについて出訴期間の制限がある場合には,原則として,それ
自体が出訴期間を経過する前にされなければならない(最高裁判所昭和2
5年(オ)第231号同26年10月16日第三小法廷判決・民集5巻11
号583頁参照)。
イ本件各訴えのうち怠る事実の違法確認の訴えは出訴期間を経過して提起
されたこと
本件各訴えのうち,本件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当す
る不当利得返還請求権の行使を怠る事実の違法確認の訴えは,地方自治法
242条の2第11項,行政事件訴訟法43条3項及び7条,民事訴訟法
143条1項の規定による訴えの追加的変更によって提起されたものであ
る。すなわち,本件各訴えに係る請求のうち,本件法人に対する本件使用
部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権の行使を怠る事実の違法確
認の請求は,訴状等には記載されておらず,この請求は,原告らが平成2
2年12月1日に当裁判所に提出した同月6日付け準備書面3において,
それまでの請求及びその原因を追加的に変更するものとして初めて記載さ
れたものである(前提事実(6))。したがって,上記怠る事実の違法確認の
訴えの提起(訴えの追加的変更)は,原則として,それ自体が地方自治法
242条の2第2項の定める出訴期間を経過する前にされなければならな
いところ,上記怠る事実の違法確認の訴えの提起(訴えの追加的変更)が,
本件監査請求に対する渋谷区監査委員の監査結果の通知があった平成22
年4月23日頃から約7か月を経過した同年12月1日にされたことは,
上記のとおりであって,本件各訴えのうち,本件法人に対する本件使用部
分の使用料等に相当する不当利得返還請求権の行使を怠る事実の違法確認
の訴えは,同項1号の定める30日の出訴期間を経過して提起されたもの
である。
なお,本件各訴えのうち,本件法人に対する本件使用部分の改修工事費
用に相当する損害賠償請求権の行使を怠る事実の違法確認の訴えも,本件
法人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権の行
使を怠る事実の違法確認の訴えと同様に,訴えの追加的変更によって提起
されたものであり,上記出訴期間を経過して提起されているが,この訴え
が適法な監査請求の前置を欠く不適法な訴えであることは上記(1)アのと
おりであるので,以下の検討の対象とはしない。また,本件法人に対する
本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権の行使を怠る事実
の違法確認の訴えのうち,平成20年11月1日から平成21年2月22
日までの期間に係る部分も,この訴えが適法な監査請求の前置を欠く不適
法な訴えであることは上記(1)イのとおりであるので,以下の検討の対象と
はしない。
(4)怠る事実の違法確認の訴えについては出訴期間の遵守において欠けると
ころがないと解すべき特段の事情があること(争点1-2)
ア出訴期間の遵守において欠けるところがないと解すべき特段の事情につ
いて
もっとも,訴えの変更は,変更後の新請求については新たな訴えの提起
にほかならず,その訴えについて出訴期間の制限がある場合には,原則と
して,それ自体が出訴期間を経過する前にされなければならないとしても,
変更前後の請求の間に訴訟物の同一性が認められるときや,両者の間に存
する関係から,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起
されたものと同視し,出訴期間の遵守において欠けるところがないと解す
べき特段の事情があるときは,この限りではなく,これらのときは,出訴
期間の遵守の有無は,当初の訴えの提起の時を基準としてこれを判断すべ
きである(最高裁判所昭和54年(行ツ)第129号同58年9月8日第一
小法廷判決・裁判集民事139号457頁参照)。
イ怠る事実の違法確認の訴えについては出訴期間の遵守において欠けると
ころがないと解すべき特段の事情があること
本件各訴えの訴状には,地方自治法242条の2第1項4号の規定によ
り,本件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請
求権に基づいて本件法人に対し不当利得返還を請求するよう求める旨の記
載があり,また,原告らが平成22年12月1日に当裁判所に提出した同
月6日付け準備書面3には,同項3号の規定により,本件法人に対する上
記不当利得返還請求権の行使を怠る事実の違法確認を求める旨の記載があ
ること(前提事実(6))によれば,原告らがした訴えの変更の前後の請求の
間に訴訟物の同一性を認めることはできないが,上記変更後の請求が,渋
谷区職員が平成21年2月23日から平成22年3月31日までの間,行
政財産の使用許可及び使用料免除を受けさせることなく本件法人に本件使
用部分を無償で使用させていたことが違法,無効であることに基づいて本
件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権が
発生したと主張して,被告(渋谷区長)に対し当該不当利得返還請求権の
行使を怠る事実が違法であることの確認を求めるものであるのに対して,
上記変更前の請求は,変更後の請求に係る主張と同一の主張をして,当該
行為に係る相手方である本件法人に上記不当利得の返還の請求をすること
を被告(渋谷区長)に求めるものであるということができるのであって,
原告らがした訴えの変更の前後の請求は,いずれも,同一の被告に対し,
同一の事実に基づいて発生した同一の不当利得返還請求権に係る請求をす
るものであり,変更後の請求が請求権の行使をしないことの違法確認を求
め,変更前の請求が請求権の行使を求めるという請求内容の差異は存する
ものの,いずれも被告に当該不当利得返還請求権の行使をさせるという同
一の目的を有しているということができる。そして,原告らがした訴えの
変更の前後の請求の間にこのような関係が存することからすると,その訴
えの変更には,変更後の新請求に係る訴えを当初の訴えの提起の時に提起
されたものと同視し,出訴期間の遵守において欠けるところがないと解す
べき特段の事情があるということができるのであって,本件各訴えのうち,
本件法人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権
の行使を怠る事実の違法確認の訴えの出訴期間の遵守の有無は,当初の訴
えの提起の時を基準としてこれを判断すべきであるところ,当初の訴えの
提起が,本件監査請求に対する渋谷区監査委員の監査結果の通知があった
平成22年4月23日頃から30日を経過する前である同年5月21日に
されたことは,前提事実(6)のとおりであって,本件各訴えのうち,本件法
人に対する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権の行使
を怠る事実の違法確認の訴えは,出訴期間の遵守において欠けるところが
ないと解すべきである。
(5)本件各訴えの適否について(まとめ)
以上によれば,本件各訴えのうち,本件支出に係る部分(本件法人に対す
る本件使用部分の改修工事費用に相当する損害賠償請求権の行使を怠る事実
の違法確認の訴え,本件法人及びBに対し本件使用部分の改修工事費用に相
当する損害賠償の請求をすることを求める訴え)及び平成20年11月1日
から平成21年2月22日までの期間の本件財産の管理に係る部分(本件法
人に対する上記期間に係る本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還
請求権の行使を怠る事実の違法確認の訴え,本件法人及びBに対し上記期間
に係る本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還又は損害賠償の請求
をすることを求める訴え)は,いずれも適法な監査請求の前置を欠く不適法
な訴えであるということができる。
また,本件各訴えのうち,平成21年2月23日から平成22年3月31
日までの期間の本件財産の管理に係る部分(本件法人に対する上記期間に係
る本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権の行使を怠る事実
の違法確認の訴え,本件法人及びBに対し上記期間に係る本件使用部分の使
用料等に相当する不当利得返還又は損害賠償の請求をすることを求める訴
え)について,被告は,上記のほかには上記各訴えの適法性に関する主張を
しておらず,本件記録に照らしても,上記各訴えが不適法であることをうか
がわせる事情は存しないから,上記各訴えは,適法な訴えであるということ
ができる。
2財務会計上の行為の適否(争点2)について
(1)私人による行政財産の使用と使用許可及び業務委託協定について
行政財産とは,普通地方公共団体において公用又は公共用に供し,又は供
することと決定した財産をいう(地方自治法238条4項。ここに財産とは,
公有財産,すなわち,普通地方公共団体の所有に属する財産のうち,不動産,
地上権,地役権,鉱業権その他これらに準ずる権利等をいう。同条1項及び
3項)ところ,行政財産は,一定の場合を除くほか,これを貸し付け,交換
し,売り払い,譲与し,出資の目的とし,若しくは信託し,又はこれに私権
を設定することができず(同法238条の4第1項),その用途又は目的を
妨げない限度においてその使用を許可することができる(同条7項)にとど
まる(この許可を受けてする行政財産の使用については,借地借家法の規定
は適用されない。同条8項)ため,私人が,公共用に供されている行政財産
について,公共用物の一般使用(自由使用)として許される範囲を超え,排
他的使用をするためには,当該行政財産を管理する権限を有する当該普通地
方公共団体の長(同法149条6号)から,同法238条の4第7項の規定
による行政財産の使用許可を受けることにより,特別の使用権原を付与され
る必要がある(公物使用権の特許)。
一方,普通地方公共団体は,地域における事務及びその他の事務で法律又
はこれに基づく政令により処理することとされるものを処理するものであり
(地方自治法2条2項),地域における事務を広く処理する包括的な権能を
有していると解されるところ,普通地方公共団体は,法令の定めに反しない
限り,その権能に属する事務を自律的に処理することができるのであって,
普通地方公共団体がその権能に属する事務をどのような方法によって処理す
るかは,法令の定めに反しない範囲で,当該普通地方公共団体の合理的な裁
量に委ねられているということができる。そして,そうであるとするならば,
普通地方公共団体がその権能に属する事務の一部を私人に委託する方法によ
って処理することも許され,普通地方公共団体は,その委託事務の実施場所
として当該普通地方公共団体の行政財産を指定し,委託を受けた私人に当該
行政財産を無償で使用させることもできるのであって,普通地方公共団体が
その権能に属する事務の一部をそのような方法によって処理したことが違法
となるのは,それが普通地方公共団体に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又
はこれを濫用した場合に限られるというべきである。
そうすると,私人が,公共用に供されている行政財産について,公共用物
の一般使用として許される範囲を超え,排他的使用をする場合であっても,
その私人において,当該行政財産を所有する普通地方公共団体との間で,そ
の権能に属する事務の一部に関する業務委託協定を締結し,その業務委託協
定の定めに基づいて当該行政財産を使用しているときは,その業務委託協定
が違法かつ私法上無効なものでない限りは,その私人は,当該行政財産を普
通地方公共団体との間で締結した業務委託協定に定められた範囲内において
適法に使用することができるのであって,必ずしも行政財産の使用許可を受
ける必要はないということになる。
本件においては,渋谷区と本件法人との間で,渋谷区の青少年健全育成に
関する事務を本件法人に委託し,その委託事務の実施場所として本件使用部
分を指定し,本件法人に本件使用部分を無償で使用させる旨を定める業務委
託協定が締結されているところ,この業務委託協定が違法かつ無効である場
合,若しくは,この業務委託協定が違法かつ無効ではない場合であっても,
本件法人による本件使用部分の使用がこの業務委託協定に定められた範囲を
超えるものであるときは,渋谷区の本件法人に対する本件使用部分の使用料
等に相当する不当利得返還請求権が成立する余地があり,また,上記業務委
託協定が違法である場合,若しくは,上記業務委託協定が違法ではない場合
であっても,本件法人による本件使用部分の使用が上記業務委託協定に定め
られた範囲を超えるものであるときは,渋谷区のBに対する本件使用部分の
使用料等に相当する損害賠償請求権が成立する余地があるが,上記業務委託
協定が違法ではなく,かつ,本件法人による本件使用部分の使用が上記業務
委託協定に定められた範囲を超えるものではない場合は,上記不当利得返還
請求権及び損害賠償請求権は,いずれも成立しないということができる。
そこで,以下においては,①渋谷区と本件法人との間で渋谷区の青少年
健全育成に関する事務について締結された業務委託協定の適否及びその私法
上の効力の有無,並びに,②本件法人による本件使用部分の使用はこの業
務委託協定に定められた範囲を超えるものであるか否かについて,検討する
こととする。
(2)認定事実
前提事実に加えて,証拠(乙7,9,10,35,36,38ないし41,
証人I,証人D)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができ
る。
ア渋谷区における青少年健全育成事業
(ア)渋谷区の特性と課題
渋谷区は,全国でも屈指の大規模な繁華街を抱えており,それらの繁
華街は,若者文化の発信源として全国各地から若年層が多く集まるとい
う特性を有している。そのため,渋谷区は,来街者を含む青少年健全育
成を重要な課題としており,来街者を含む青少年健全育成対策に力を注
いできた。渋谷区は,青少年健全育成を総合的に推進するためには地域
との連携が不可欠であるという方針の下で,青少年健全育成のための施
策を行ってきた。(乙7,38,41,証人I)
(イ)渋谷区青少年育成審議会の報告
渋谷区は,平成12年3月,渋谷区安全・安心でやさしいまちづくり
条例(平成12年渋谷区条例第20号)を制定し,同年6月,その規定
に基づいて,青少年の現状を踏まえた育成の在り方を審議し,有効な青
少年対策を提言することを目的とする渋谷区青少年育成審議会を設置し
た。同審議会は,平成14年12月,渋谷区長に対し,「子どもたちの
未来を大切にするために渋谷区における青少年健全育成の在り方につ
いて」と題する報告書(乙7)を提出した。その中では,地域の大人の
力,その交流やネットワーク化,行政との連携など,地域における取組
みの重要性が説かれるとともに,安全,安心なまちづくりのためには,
日常的に区外から多くの青少年が流入する渋谷区の特性を踏まえて,渋
谷に来街する若者をも視野に入れた施策を採ることの有効性が指摘され
ていた。(乙38,41)
(ウ)渋谷区の安全対策
平成15年7月,渋谷に来街していた少女が誘拐監禁されるという事
件が発生し,来街者を含む青少年の健全育成対策の必要性が改めて認識
されることになった。この事件を切っ掛けとして,渋谷区では,東京都
や近隣区,警察と連携して,来街者を含む青少年が犯罪に巻き込まれる
ことを防止するための施策として,防犯カメラの設置,環境浄化運動の
強化等が行われた。また,渋谷区は,平成16年4月には,渋谷区長が
直轄する組織として,安全対策本部(現在の危機管理対策部)を設置し
た。(乙38,41)
(エ)渋谷区の次世代育成支援行動計画
渋谷区は,平成17年3月,次世代育成支援対策推進法8条1項の規
定に基づいて,「渋谷区次世代育成支援行動計画(平成17年度~平成
21年度)子育て,子持ちをあたたかく支えるまち渋谷」(乙9)を策
定した。この計画は,渋谷区の次世代育成支援のための目標であるとと
もに,全ての区民が子育てや子どもの育成について議論を深め,家庭,
学校,地域社会,企業,行政等が一体となって取組みを進めるための指
針としても位置付けられる。この計画では,父親の子育てへの参加の促
進,地域における子育て支援ネットワークの形成が謳われていた。(乙
38,41)
イ本件法人の活動及び渋谷区との連携
(ア)本件法人の設立趣旨
本件法人は,東京都青少年・治安対策本部が設置し,Dがその委員を
務めていた「子どもを犯罪に巻き込まないための方策を提言する会」が
平成15年10月に発表した緊急提言を踏まえて,平成16年6月,当
時東京都副知事であったCやDらを発起人とする任意団体として設立さ
れたものである。Dは,本件法人の事務局長に就任し,東京都世田谷区
β所在の自宅を本件法人の事務所としての使用に供していた。平成17
年には,Cが本件法人の代表に就任した。本件法人の設立趣旨は,地域
において子どものために学校と連携しながら子どもの各種体験活動やス
ポーツ等を行うおやじの会への支援,子どもに関する情報の提供等の活
動を行うことにより,子どもの健やかな成長に貢献するとともに,心豊
かな社会の実現に寄与するというものであり,その活動方針は,子ども
と地域に向かい合おうとする父親を応援する,子どもや地域のことにつ
いて父親が学ぶ機会を提供する,全国の「おやじの会」の情報交換と交
流を支援する,地域で活き活きと生きる「おやじ」集団づくりを目指す
というものである。本件法人は,地域の父親を支援し,青少年健全育成
に関する学習の場を提供するほか,全国各地の父親団体(「おやじの会」)
の設立や運営を支援すること,各種情報提供をすることをその具体的な
活動内容としている。本件法人は,会員から納められる会費等をその主
要な活動資金としている。(乙10,40,証人D)
(イ)本件法人の活動
本件法人は,平成16年6月に,設立宣言を兼ねた全国大会を開催し
た。同大会は,東京都総合技術教育センターで,500名が参加して行
われ,プロ野球の監督であるJの基調講演,Cがコーディネーターを務
めるパネルディスカッション,全国各地の「おやじの会」の事例発表が
された。本件法人は,平成17年6月には,全国大会及び東京全都大会
を,平成18年6月には,全国大会及びK設立大会を,それぞれ開催し
た。本件法人は,平成19年3月には,子どもと携帯電話との関係を題
材にした「○」を,同年6月には,全国大会「○」を,それぞれ開催し
た。本件法人は,平成20年6月には,全国大会「○」を,同年12月
には,意見交換会「○」を,それぞれ開催した。本件法人は,特定非営
利活動法人の設立の認証を受けた後である平成21年3月には,意見交
換会「○」を,同年6月には,特定非営利活動法人設立記念大会を,そ
れぞれ開催した(全国大会については渋谷区との共催)。平成22年2
月には,情報交換会「○」を,同年6月には,第7回全国大会を,それ
ぞれ開催した(全国大会については渋谷区との共催)。本件法人は,そ
のほかにも,各地で講演会,パネルディスカッション,シンポジウムな
どを行い,地域の大人のネットワークを広げるとともに,iS運動(イ
ンターネットセーフティ運動。携帯電話,インターネットの使用により
子どもが犯罪に巻き込まれることを防止しようとする運動),83運動
(はちさん運動。子どもの登下校時間に散歩や買い物,草花への水やり
など外での用事を集中して行うことにより子どもを地域全体で見守ろう
とする運動)を推進するなど,一貫して地域ぐるみで青少年健全育成を
推進する活動を進めてきた。(乙10,35,36,40,証人D)
(ウ)本件法人による渋谷区の駐車場施設の使用
本件法人がDの自宅を事務所として使用していたことは上記(ア)のと
おりであるところ,本件法人は,その会員数が増加し,その活動が充実,
発展したことにより,新たに独立の事務所を確保する必要性を感じるよ
うになった。本件法人は,その事務所の設置場所として,若者文化の発
信源であり,マスコミ等で非行や若者の風紀の乱れの象徴として取り上
げられていた渋谷を選定し,平成18年6月頃から,具体的な移転先を
探すようになった。このような事情は,Cが青少年健全育成についてB
と意見を交わした際にBにこれを話したことを契機として,渋谷区の側
に知られるところとなり,Bは,企画部企画財政課長であったIに対し,
本件法人に渋谷区役所前駐車場施設の空き会議室を使用させることがで
きるか否かについて検討することを指示した。Iは,本件法人は任意団
体であるが,青少年の健全育成を目的とする極めて公益性の高い活動を
しているところ,渋谷区は「危険な街渋谷」というイメージを払拭すべ
く青少年健全育成事業に取り組んできたが,行政のみで効果的な施策を
行うのには限界があり,地域における青少年健全育成活動に実際に携わ
ってきた民間団体の専門的知識や知見,ノウハウをいかす必要があるこ
とからすれば,本件法人の活動を支援し,本件法人との間で連携協力関
係を築くのが相当であるとして,Bに対し,行政財産の使用許可により
本件法人に上記駐車場施設部分を使用させることができる旨の報告をし
た。渋谷区は,本件法人に対し,渋谷区の青少年健全育成事業に協力し,
渋谷区と協働して同事業を推進していくことを条件に,渋谷区の施設を
本件法人の事務所として無償で提供することを提案し,本件法人は,こ
の提案を受け入れた。その結果,渋谷区は,行政財産の使用許可及び使
用料免除をし(前提事実(2)),同年7月23日から平成20年10月3
1日までの間,本件法人に上記駐車場施設部分を無償で使用させ,本件
法人は,同駐車場施設部分を拠点として,その活動を行った。(乙38,
40,41,証人I,証人D)
(エ)本件法人の本件使用部分への移転
渋谷区では,平成20年9月頃,企画部情報管理課が使用していた民
間からの借り上げ施設を使用することができなくなったため,本件法人
を上記(ウ)の駐車場施設部分から移転させた上,企画部情報管理課に上
記駐車場施設部分を使用させることになった。Iは,本件法人がBの紹
介により上記駐車場施設部分を使用するようになったものであったこと
から,Bに対し,本件法人を上記駐車場施設部分から移転させる旨を報
告した。Bは,Iに対し,本件法人に渋谷区の他の施設を使用させるこ
とができるか否かについて検討することを指示した。Iは,勤労福祉会
館の第一洋室の一部である本件使用部分が,老朽化した大向区民会館の
改築工事期間中の代替施設として使用するための改修工事が行われたも
のの,大向区民会館の老朽化対策に係る方針が現所在地における改築か
ら新規取得地における新設移転に変更されたことにより空き室になる見
込みであったことから,Bに対し,本件法人に本件使用部分を使用させ
ることができる旨の報告をした。Iは,本件法人に渋谷区の施設を使用
させるようになってから2年余りが経過し,その間,本件法人の会員数
が増加し,その活動が充実,発展し,安定してきたことから,本件法人
の本件使用部分への移転を契機として,青少年健全育成事業に関する本
件法人との連携協力関係をより密接なものとするため,本件法人に渋谷
区の青少年健全育成事業の一部を委託し,本件法人と連携して青少年健
全育成事業を実施することとし,本件法人に対し,その旨を提案したと
ころ,本件法人は,この提案を受け入れた。その結果,渋谷区と本件法
人との間で,渋谷区の青少年健全育成事業に関し,実施場所を本件使用
部分と指定する業務委託協定が締結された(前提事実(4))。Iは,本件
法人は本件使用部分を,渋谷区からの委託事業を実施する上で使用する
ものであるから,本件使用部分について行政財産の使用許可を受けるこ
とは要せず,業務委託協定において実施場所を本件使用部分と指定する
ことで足りると考えており,そのため,渋谷区では,区民部商工観光課
が管理する行政財産である勤労福祉会館の一部である本件使用部分につ
いて,本件法人に対する委託事業を所管する企画部企画財政課が渋谷区
内部における使用権限を取得するため,企画部長において区民部長によ
る本件使用部分の公用使用許可を受ける手続がされるにとどまった。(乙
38,39,40,41,証人I,証人D)
ウ本件法人による本件使用部分の使用
(ア)本件法人による本件使用部分での活動の状況
渋谷区は,平成20年11月1日から平成22年3月31日までの間,
上記イ(エ)の業務委託協定ないしその更新に係る業務委託協定に基づい
て,本件法人に本件使用部分を無償で使用させ,本件法人は,本件使用
部分を拠点として,渋谷区の青少年健全育成事業の一部(委託事業)と
して,その活動を行った。上記期間中に本件法人が行った活動のうち,
渋谷区との間の業務委託協定に基づくものは上記イ(イ)のとおりである
ところ,そのほかに,本件使用部分では,本件法人の理事会が開催され
るなど本件法人の固有の業務も行われていた。本件使用部分には,本件
法人の事務局長であるDと事務職員2名が交替で常駐していた。Cやそ
の他の理事は,会議があるときやイベントの直前以外はほとんど本件使
用部分を訪れることはなく,その回数は,平均して1か月に1,2回程
度にすぎなかった。企画部企画財政課職員は,1か月に2,3回程度,
本件使用部分を訪れ,本件法人の関係者と打合せをしており,業務委託
協定の委託者の立場から受託者である本件法人が実施する委託業務に関
する意見を述べていた。本件法人の活動は,青少年の健全育成には地域
の父親の役割が重要であるという考え方を浸透させる啓蒙活動と,iS
運動や83運動に係る啓発活動が中心であったが,本件法人の活動実績
が積み重ねられ,全国各地で「おやじの会」の組織が立ち上がると,本
件法人の活動内容も,それらの「おやじの会」の組織運営に対する支援,
ネットワーク構築のノウハウ提供等の実質的なスキルの提供が中心にな
っていった。本件法人の会員数も増加し,その事業規模も拡大した。(乙
38,40,41,証人I,証人D)
(イ)本件法人による本件使用部分の使用状況
本件使用部分の鍵は,企画部企画財政課職員が,区民部商工観光課職
員から預かり,本件法人の関係者が平日はほぼ毎日出入りすることを考
慮して,区民部の了解を得た上,本件法人にその一部を預けていた。本
件法人による本件使用部分の使用時間は,原則として,渋谷区役所の執
務時間内である平日の午前10時から午後4時までに限られており,本
件法人の関係者は,企画財政課の指示により,毎日の使用開始時及び使
用終了時に勤労福祉会館の受付に使用を開始すること又は使用を終了す
ることを申し出ていた。本件法人の関係者は,イベント等があるときは,
例外的に,渋谷区の勤務時間外にも本件使用部分に出入りしていたが,
その際は,必ず,事前に企画財政課職員の了解を得ていた。企画財政課
職員は,本件法人による委託業務の実施を監督する立場にあり,本件法
人の関係者が不在のときであっても,本件使用部分に自由に出入りする
ことができた。勤労福祉会館には,本件法人専用の郵便受けは設置され
ておらず,本件法人に宛てられた郵便物は,勤労福祉会館の受付が一旦
預かり,本件法人の関係者に渡されていた。本件法人の関係者は,勤労
福祉会館の入口の鍵を所持しておらず,勤労福祉会館の職員が不在で会
館自体が開いていないときは,本件使用部分に立ち入ることができなか
った。渋谷区の委託事業の中には勤労者等への情報提供等が含まれてい
たことから,本件法人は,本件使用部分を常に勤労福祉会館の一般利用
者が入室することができる状態にしていた。(乙38,40,41,証
人I,証人D)
(ウ)本件使用部分についての行政財産の使用許可
本件法人は,平成21年2月に,特定非営利活動法人の設立の認証を
受けたところ,その頃から,本件法人の会員数が急激に増加し,理事会
やその他法人の組織運営に関わる会議が定期的に行われるようになり,
全国各地の「おやじの会」の設立又はその準備等に助言,協力を行うな
どの活動も増加した。Iは,本件法人のこのような状況に鑑みると,本
件法人が,渋谷区の委託事業と位置付けられる青少年健全育成活動だけ
ではなく,本件法人の固有の事業として位置付けられる青少年健全育成
活動をも,本件使用部分を使用して行うことができるようにする方が,
本件法人の主体性,創造性をいかすことができ,青少年の健全育成とい
う行政目的により寄与することとなると判断し,平成22年4月の業務
委託協定の更新時からは,本件法人との間でそれまでと同様の内容の業
務委託協定を締結するのと併せて,本件法人に本件使用部分について行
政財産の使用許可を受けさせることとした。Iは,区民部との間で調整
を行い,同月1日,本件法人に本件使用部分について行政財産の使用許
可を受けさせた(前提事実(7))。(乙38,39,40,41,証人I,
証人D)
(3)本件財産の管理の適否について
ア渋谷区と本件法人との間で渋谷区の青少年健全育成に関する事務につい
て締結された業務委託協定の適否及びその私法上の効力の有無について
(ア)委託に係る青少年健全育成に関する事務は渋谷区の事務であること
本件においては,渋谷区と本件法人との間で,「本件法人が地域にお
ける青少年育成活動について関連団体等への情報提供等を行うことによ
り,関連団体等の連携を図り,青少年の健やかな成長及び地域で青少年
を見守り育てる社会の実現に寄与すること」を目的として,渋谷区の青
少年健全育成に関する事務を本件法人に委託し,その委託事務の実施場
所として本件使用部分を指定し,本件法人に本件使用部分を無償で使用
させる旨を定める業務委託協定が締結されている。そこで,この業務委
託協定に係る青少年健全育成に関する事務である「青少年の健全育成に
関する諸活動の情報及び文献の収集並びに整理,勤労福祉会館を利用し
た勤労者及び勤労者団体に対する青少年育成に関する情報提供及び啓発,
関連団体等の連携の在り方の検討,そのほか必要な事業」(前提事実(4)
イ)が渋谷区の事務であるか否かについて,まず検討するに,この事務
は,その性質及び内容において,渋谷区のみに関係するものではなく,
他の普通地方公共団体にも関係するものである。しかし,普通地方公共
団体は,地域における事務及びその他の事務で法律又はこれに基づく政
令により処理することとされるものを処理するものであり(地方自治法
2条2項),地域における事務を広く処理する包括的な権能を有してい
ると解されることは,上記(1)のとおりであって,このことからすると,
ある事務が普通地方公共団体の区域内で完結していなくても,その事務
と当該普通地方公共団体との間に合理的な関連性があるのであれば,そ
の事務は当該普通地方公共団体の「地域における事務」に含まれるとい
うべきである。渋谷区は,全国でも屈指の大規模な繁華街を抱えており,
それらの繁華街は,若者文化の発信源として全国各地から若年層が多く
集まるという特性を有しているため,渋谷区は,来街者を含む青少年健
全育成を重要な課題としており,来街者を含む青少年健全育成対策に力
を注いできたこと(上記(2)ア(ア))を考慮すると,渋谷区と本件法人と
の間で締結された業務委託協定に係る青少年健全育成に関する事務と渋
谷区との間には合理的な関連性があるということができるのであって,
上記の青少年健全育成に関する事務は渋谷区の「地域における事務」に
含まれるというべきである。
(イ)青少年健全育成に関する事務を本件法人に委託したことに裁量権の
範囲の逸脱又はその濫用はないこと
普通地方公共団体の権能に属する事務をどのような方法によって処理
するかは,法令の定めに反しない範囲で,当該普通地方公共団体の合理
的な裁量に委ねられているということができ,普通地方公共団体がその
権能に属する事務の一部を私人に委託する方法によって処理することも
許され,普通地方公共団体は,その委託事務の実施場所として当該普通
地方公共団体の行政財産を指定し,私人に当該行政財産を無償で使用さ
せることもできるのであって,普通地方公共団体がその権能に属する事
務の一部をそのような方法によって処理したことが違法となるのは,そ
れが普通地方公共団体に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫
用した場合に限られることは,上記(1)のとおりである。
これを本件についてみると,本件では,①渋谷区と本件法人との間
で締結された業務委託協定に係る青少年健全育成に関する事務は渋谷区
の「地域における事務」に含まれること(上記(ア))に加えて,②渋
谷区は,青少年健全育成を総合的に推進するためには地域との連携が不
可欠であるという方針の下で,地域の大人の力,その交流やネットワー
ク化,行政との連携など地域における取組みの重要性を説く渋谷区青少
年育成審議会の報告書や,父親の子育てへの参加の促進,地域における
子育て支援ネットワークの形成を謳う次世代育成支援行動計画に基づい
て,青少年健全育成のための施策を行ってきたこと(上記(2)ア(ア)ない
し(エ)),及び,③本件法人の設立趣旨は,地域において子どものた
めに学校と連携しながら子どもの各種体験活動やスポーツ等を行うおや
じの会への支援,子どもに関する情報の提供等の活動を行うことにより,
子どもの健やかな成長に貢献するとともに,心豊かな社会の実現に寄与
するというものであり,その活動方針は,子どもと地域に向かい合おう
とする父親を応援する,子どもや地域のことについて父親が学ぶ機会を
提供する,全国の「おやじの会」の情報交換と交流を支援する,地域で
活き活きと生きる「おやじ」集団づくりを目指すというものであって(こ
のような本件法人の設立趣旨及び活動方針は,上記②の渋谷区の青少年
健全育成の推進に関する方針等に沿うものであるということができる。),
本件法人は,地域の父親を支援し,青少年健全育成に関する学習の場を
提供するほか,全国各地の父親団体(「おやじの会」)の設立や運営を
支援すること,各種情報提供をすることをその具体的な活動内容とし,
渋谷区との間の業務委託協定が締結された時において,実際にそのよう
な活動を行っていたこと(上記(2)イ(ア)及び(イ))を指摘することがで
きる。また,④一般に,「おやじの会」のような地域における青少年
健全育成活動に携わる民間団体の設立及び運営を支援する施策を適切に
行うためには,そのような団体を自ら設立及び運営した経験等に基づく
知見その他特別な知識経験,ノウハウを有していることが望ましいと考
えられるところ,そのような特別な知識経験等は,通常,普通地方公共
団体においては必ずしも十分に蓄積し承継されていないから,普通地方
公共団体において,そのような施策を適切に行うため,上記のような特
別な知識経験等を有する民間団体との連携協力を図ることも,必ずしも
不適切ということはできないことを指摘することができる。
これらの事情を併せ考えると,渋谷区が,その青少年健全育成に関す
る事務のうち,地域における青少年健全育成活動に携わる民間団体の設
立及び運営を支援する事業等を,本件法人に委託する方法によって処理
することとし,その委託事務の実施場所として本件使用部分を指定し,
本件法人に委託費用を支払わない代わりに本件使用部分を本件法人の事
務所としても無償で使用させることとしたことについては,それが,実
質的にみて渋谷区が本件法人をいわば「丸抱え」するのに近いものであ
ったことを斟酌してもなお,重要な事実の基礎を欠き又は社会通念に照
らし著しく妥当性を欠くと認めることはできないのであって,渋谷区が
その裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したということはできない。
(ウ)そうすると,渋谷区が本件法人との間で業務委託協定を締結し青少
年健全育成に関する事務の一部を本件法人に委託する方法によって処理
したことは違法ということができず,この業務委託協定が無効となる余
地もないというべきである。
イ本件法人による本件使用部分の使用はこの業務委託協定に定められた範
囲を超えるものであるか否かについて
もっとも,渋谷区と本件法人との間の業務委託協定が違法かつ無効では
ない場合であっても,本件法人による本件使用部分の使用がこの業務委託
協定に定められた範囲を超えるものであるときは,渋谷区の本件法人に対
する本件使用部分の使用料等に相当する不当利得返還請求権が成立する余
地があり,また,上記業務委託協定が違法ではない場合であっても,上記
のようなときは,渋谷区のBに対する本件使用部分の使用料等に相当する
損害賠償請求権が成立する余地がある。
しかし,渋谷区は,その青少年健全育成に関する事務のうち,地域にお
ける青少年健全育成活動に携わる民間団体の設立及び運営を支援する事業
等を,本件法人に委託する方法によって処理することとし,その委託事務
の実施場所として本件使用部分を指定し,本件法人に委託費用を支払わな
い代わりに本件使用部分を本件法人の事務所としても無償で使用させるこ
ととしたものであるところ,本件法人が本件使用部分を上記事業の委託者
である渋谷区の指揮監督の下で上記(2)ウ(ア)及び(イ)のように無償で使
用したことが,上記業務委託協定に定められた範囲を超えるものであると
いうことはできない。
ウ以上のとおり,渋谷区が本件法人との間で業務委託協定を締結し青少年
健全育成に関する事務の一部を本件法人に委託する方法によって処理した
ことは違法ということができず,かつ,本件法人による本件使用部分の使
用が上記業務委託協定に定められた範囲を超えるものであるということも
できないのであって,渋谷区の本件法人に対する本件使用部分の使用料等
に相当する不当利得返還請求権及び渋谷区のBに対する本件使用部分の使
用料等に相当する損害賠償請求権は,いずれも成立しないというべきであ
る。
(4)原告らの主張について
ア原告らは,契約の締結は,原則として競争入札等の方法により行わなけ
ればならず,随意契約の方法によるためには地方自治法234条2項,地
方自治法施行令167条の2に定める例外要件を満たさなければならない
にもかかわらず,渋谷区と本件法人との間の業務委託協定は,それを満た
していない旨を主張する。
しかし,地方自治法施行令167条の2第1項2号に掲げる「その性質
又は目的が競争入札に適しないものをするとき」とは,不動産の買入れ又
は借入れに関する契約のように当該契約の目的物の性質から契約の相手方
が自ずから特定の者に限定されてしまう場合や契約の締結を秘密にするこ
とが当該契約の目的を達成する上で必要とされる場合など当該契約の性質
又は目的に照らして競争入札の方法による契約の締結が不可能又は著しく
困難というべき場合がこれに該当することは疑いがないが,必ずしもこの
ような場合に限定されるものではなく,競争入札の方法によること自体が
不可能又は著しく困難とはいえないが,不特定多数の者の参加を求め競争
原理に基づいて契約の相手方を決定することが必ずしも適当ではなく,当
該契約自体では多少とも価格の有利性を犠牲にする結果になるとしても,
普通地方公共団体において当該契約の目的,内容に照らしそれに相応する
資力,信用,技術,経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の
締結をするという方法をとるのが当該契約の性質に照らし又はその目的を
究極的に達成する上でより妥当であり,ひいては当該普通地方公共団体の
利益の増進につながると合理的に判断される場合も同号に掲げる場合に該
当するものと解すべきである(最高裁判所昭和57年(行ツ)第74号同6
2年3月20日第二小法廷判決・民集41巻2号18頁参照)。そして,
渋谷区と本件法人との間で締結された業務委託協定は,渋谷区の青少年健
全育成に関する事務を民間団体を相手方としてそれに委託することをその
内容とするものであって,その委託に係る業務の性質上,委託の相手方と
しては相当な信用,実績等を有する団体を選定しなければならないもので
あるから,渋谷区において,その目的及び内容に照らし,それに相応する
信用,経験等を有する相手方を選定しその者との間で契約の締結をすると
いう方法を採るのが,その性質に照らし,また,その目的である青少年健
全育成を達成する上で,より妥当であり,ひいては渋谷区の利益の増進に
つながると判断したことが合理性を欠くということはできず,上記業務委
託協定は,「その性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」に
該当するものというべきである。したがって,渋谷区が青少年健全育成に
関する事務を民間団体に委託する協定を締結するに当たり,随意契約の方
法によったことが,地方自治法234条2項,地方自治法施行令167条
の2に違反するということはできない。
イ原告らは,渋谷区立勤労福祉会館条例1条の規定によれば,勤労福祉会
館の設置目的は,主として「中小企業に働く勤労者の教養及び福祉の向上
を図る」というものであり,この設置目的に反する用途に勤労福祉会館を
使用することは許されないところ,本件法人による本件使用部分の使用は
勤労福祉会館の設置目的に反するものであって,渋谷区職員が本件法人に
本件使用部分を使用させたことは違法である旨を主張する。
しかし,渋谷区立勤労福祉会館条例1条は,勤労福祉会館は,「主とし
て」中小企業に働く勤労者の教養及び福祉の向上を図るために設置される
ものであると定めているにすぎないのであり(甲5),勤労福祉会館を,
中小企業に働く勤労者の教養及び福祉の向上を図る目的以外のために使用
したからといって,直ちに同条の規定に違反したこととなるものではない。
そして,中小企業に働く勤労者の相当部分は,青少年の父母であり,青少
年健全育成の推進による利益を享受するものであることによれば,本件法
人による本件使用部分の使用は,勤労福祉会館の設置目的に反するもので
はないというべきである。
ウ原告らは,特定非営利活動法人は,公の支配に属するということができ
ないのであって,渋谷区職員が本件法人に本件使用部分を無償で使用させ
たことは,公の財産を「公の支配に属しない慈善,教育若しくは博愛の事
業」の利用に供したものであり,憲法89条に違反する旨を主張する。
憲法89条は,「公金その他の公の財産は,宗教上の組織若しくは団体
の使用,便益若しくは維持のため,又は公の支配に属しない慈善,教育若
しくは博愛の事業に対し,これを支出し,又はその利用に供してはならな
い」と規定するところ,同条前段については,国家と宗教の分離を財政面
からも確保することを目的とするものであるから,その禁止は厳格に解す
べきであるが,同条後段については,慈善,教育又は博愛の事業に対し公
金を支出し又はその他の公の財産をその利用に供することは,一般的には
公の利益に沿い,それをする実際上の必要性があることも少なくないから,
同条前段のようにその禁止を厳格に解すべきではない。同条後段の趣旨は,
慈善,教育又は博愛の事業は,それが公の支配に属しない私的な事業とし
て営まれる場合には,それを営む者の思想,信条の表現でもあるから,こ
れに公の財産を提供することはその自主性,独立性を侵害するおそれがあ
る一方,公の支配に属しないこれらの事業に対し,公金が支出され,又は
その他の公の財産がその利用に供された場合には,これらの事業の名の下
に,これらの事業の趣旨目的に合致しない活動に公の財産が提供され,ひ
いては公の財産が濫費されるおそれがあることによるものである。そして,
公の財産の濫費防止の観点からすると,これらの事業に対し,公金を支出
し,又は公の財産をその利用に供するためには,その事業が「公の支配」
に属することを必要とするものの,その支配の程度は,国又は普通地方公
共団体等の公権力が当該事業の組織,運営等に影響を及ぼすことにより,
当該事業が公の利益に沿わない場合にはこれを是正し得る途が確保され,
公の財産が濫費されるおそれがある場合にはこれを防止し得るものである
ことをもって足りると解され,また,その支配の方法は,当該事業の目的,
内容,運営形態等によって異なり,必ずしも,当該事業の人事,予算等に
公権力が直接的に関与することを必要とするものではないというべきであ
る(東京高等裁判所昭和61年(行コ)第51号平成2年1月29日第一民
事部判決・高民集43巻1号1頁参照)。
これを本件についてみると,渋谷区と本件法人との間で締結された業務
委託協定は,渋谷区の青少年健全育成に関する事務の一部を委託するもの
であり,渋谷区は,その委託に係る事業に対し,公の財産である本件使用
部分をその利用に供していたところ,仮にその委託に係る事業が憲法89
条にいう「慈善,教育若しくは博愛の事業」に該当するものとしても,企
画部企画財政課職員は,1か月に2,3回程度,本件使用部分を訪れ,本
件法人の関係者と打合せをし,業務委託協定の委託者の立場から受託者で
ある本件法人が実施する委託業務に関する意見を述べており(上記(2)ウ
(ア)),使用期間の終了時には,業務委託協定を再締結しないなど,本件
法人との関係を見直すこともできたのであって,渋谷区は,このように業
務委託協定上の委託者の権利を行使し又は委託者たる地位を利用すること
により,本件法人が実施する事業の運営に影響を及ぼすことができたとい
うべきであるし,また,渋谷区は,本件法人が実施する事業が公の利益に
沿わない場合等には,本件法人の所轄庁である東京都知事に事情を申述し
て協力を求め,特定非営利活動促進法41条以下の監督権限を行使させる
ことによっても,本件法人が実施する事業の運営に影響を及ぼすことがで
きたというべきである。渋谷区は,本件法人の人事や予算等に関与してお
らず,本件法人が実施する事業の具体的な内容について基本的に本件法人
に委ねていたが(これは,本件法人の設立趣旨及び活動方針が渋谷区の青
少年健全育成の推進に関する方針等に沿うものであり,本件法人が実際に
そのような活動を行っていたこと(上記(3)ア(イ))からすると,渋谷区に
おいて本件法人の人事や予算等,本件法人が実施する事業の具体的な内容
に関与する必要性は必ずしも高くなく,むしろ,渋谷区と本件法人との間
の業務委託協定が,地域における青少年健全育成活動に実際に携わってき
た民間団体の専門的知識や知見,ノウハウをいかすため,本件法人の活動
を支援し,本件法人との間で築いた連携協力関係をより密接なものとする
ことを目的として,締結されたものであること(上記(2)イ(ウ)及び(エ))
によれば,渋谷区において本件法人の人事や予算等,本件法人が実施する
事業の具体的な内容にまで関与することは,本件法人の主体性,創造性を
損なうこととなり,不相当であったためであることがうかがわれる。),
渋谷区が,上記のような方法により,本件法人が実施する事業の運営に影
響を及ぼすことができたことからすると,渋谷区は,そのようにして本件
法人が実施する事業の運営に影響を及ぼすことにより,当該事業が公の利
益に沿わない場合にはこれを是正し得る途を確保しており,公の財産が濫
費されるおそれがある場合にはこれを防止し得たものであるということが
できるのであって,本件法人が実施する事業は「公の支配」に属するもの
であったというべきである。したがって,仮に本件法人が実施する事業が
憲法89条にいう「慈善,教育若しくは博愛の事業」に該当するものとし
ても,本件使用部分は,「公の支配に属しない」慈善,教育又は博愛の事
業の利用に供されたものではないということができるのであって(そもそ
も,平成20年11月1日から平成22年3月31日までの間については,
本件法人は,本件使用部分を委託者である渋谷区の指揮監督の下で使用し
ていたものであって,本件使用部分は,公の支配に属しない慈善,教育又
は博愛の事業の「利用に供」されたものではないということもできる。),
原告らの上記主張はその前提を欠くものである。
第4結論
よって,本件各訴えのうち,本件使用部分の改修工事費用1254万750
0円の支出に係る部分及び本件使用部分の平成20年11月1日から平成21
年2月22日までの間の使用料等に係る部分はいずれも不適法であるから,こ
れらをいずれも却下することとし,原告らのその余の訴えに係る請求はいずれ
も理由がないから,これらをいずれも棄却することとし,訴訟費用の負担につ
き地方自治法242条の2第11項,行政事件訴訟法43条3項及び7条,民
事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官川神裕
裁判官内野俊夫
裁判官佐野義孝
(別紙2)
関係法令の定め
1渋谷区公有財産管理規則(昭和40年渋谷区規則第15号)の定め(乙18)
(1)1条(通則)
渋谷区の公有財産(以下「財産」という。)管理事務に関しては,別に定
めるものを除くほか,この規則の定めるところによる。
(2)2条(定義)
この規則において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めると
ころによる。
ア(1号及び2号は省略)
イ管理財産の取得,保管及び処分をいう。(3号)
ウ(4号は省略)
エ保管財産の維持,保存及び運用(貸付け等)をいう。(5号)
オ(6号及び7号は省略)
カ処分財産を交換し,売り払い,又は譲渡することをいう。(8号)
(3)21条の2(使用許可基準)
地方自治法238条の4第7項の規定に基づき行政財産の使用の許可をす
ることができる場合は,次の各号の一に該当する場合に限るものとする。
ア国又は地方公共団体その他の公共団体において,公用又は公共用に供す
るため使用する場合(1号)
イ運輸,電気,水道又はガス供給事業その他公益事業の用に供することが
やむを得ないと認められる場合(2号)
ウ(3号ないし6号は省略)
エ前各号に掲げるもののほか,やむを得ないと認められる場合(7号)
2渋谷区行政財産使用料条例(昭和39年渋谷区条例第17号)の定め(甲10)
(1)1条(趣旨)
この条例は,地方自治法225条の規定に基づき,渋谷区の行政財産の使用
料に関し,別に定めるものを除くほか,必要な事項を定めるものとする。
(2)5条(使用料の減免)
区長は,次の各号の一に該当する場合には,使用料を減額又は免除すること
ができる。
ア国又は地方公共団体において,公用又は公共用に供するため使用するとき
(1号)
イ既に貸し付けられた行政財産が地震,水災,火災等の災害のため,当該財
産の使用目的に供し難いと認めるとき(2号)
ウ前各号のほか,特に必要があると認めるとき(3号)

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