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平成25年7月16日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
本訴平成24年(ワ)第6658号特許権譲渡代金返還請求事件
反訴同年(ワ)第8991号特許権譲渡代金等請求事件
口頭弁論終結日平成25年5月27日
判決
本訴原告(反訴被告)米田工機株式会社
(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士関通孝
本訴被告(反訴原告)株式会社フードマシン・プロジェ
(以下「被告」という。)
同訴訟代理人弁護士高木佳子
同友野直子
主文
1原告は,被告に対し,436万0812円及びうち420万円に対する平
成24年5月6日から,うち1万0500円に対する平成24年4月6日か
ら,うち1万0500円に対する同年5月6日から,うち1万0500円に
対する同年6月6日から,うち1万0500円に対する同年7月6日から,
うち1万0500円に対する同年8月6日から,うち4万5312円に対す
る同月28日から,それぞれ支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
2原告の請求を棄却する。
3訴訟費用は,本訴反訴を通じ,原告の負担とする。
4この判決は,1及び3項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1本訴事件
(1)原告
ア被告は,原告に対し,1155万円及びこれに対する平成24年6月9
日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
イ訴訟費用は被告の負担とする。
ウ仮執行宣言
(2)被告
主文2及び3項と同旨
2反訴事件
(1)被告
主文1,3及び4項と同旨
(2)原告
ア被告の請求を棄却する。
イ訴訟費用は被告の負担とする。
第2事案の概要
1前提事実(証拠等の掲記がない事実は当事者間に争いがない。)
(1)当事者
原告は,「冷凍・冷蔵・冷房機器の製造並びに販売」等を目的とする会社で
ある。
被告は,「冷凍設備機械の製造,販売および輸出入」等を目的とする会社で
ある。
(2)原告と被告との間の特許権等譲渡契約(以下「本件譲渡契約」という。)
原告は,被告との間で,平成22年8月23日,以下の約定により本件譲
渡契約を締結した(甲1,乙12)。
ア権利の譲渡(1条及び2条)
被告は,原告に対し,以下の特許権及び商標権を1500万円で譲渡し,
原告はこれを譲り受ける。
(ア)譲渡する特許権の表示(以下「本件譲渡特許権」という。)
特許第4081507号(発明の名称「冷却装置」)
特許第4260873号(同「冷却方法及び冷却装置」)
特許第4327882号(同「青果長期保存方法及び青果長期保存法」)
特許第4392046号(同「米飯の製造保存法」)
(イ)譲渡する商標権の表示
a商標第5131335号
【登録商標】
b商標第5290380号
【登録商標(標準文字)】
おべんとプリン
イ権利等の無償譲渡(3条)
前記アの有償譲渡に伴い,被告は,原告に対し,以下の権利その他の物
件を無償にて譲渡するものとする。ただし,無償譲渡後に発生する管理費
用については,全て原告の負担とする。
(ア)特許出願中の権利(以下,本件譲渡特許権と併せて「本件譲渡特許権
等」という。)
特願2009-51359号(発明の名称「冷却方法及び冷却装置」)
特願2009-135005号(同「冷却装置」)
特願2009-167089号(同「蓄熱装置及び蓄熱装置を用いた
冷却方法」)
(イ)実験装置
本件譲渡契約の契約書「別紙実験設備リスト」に表示された機器等
(ウ)引き合い物件
本件譲渡契約締結時現在,被告が取引先と打合せ中の案件が存在する
ときは,それに関する資料及び情報
(エ)技術資料
冷却及び冷凍に関して被告が保有する設計資料及び技術資料並びに被
告がこれまでに行った実験・研究に関する情報・資料
ウ特許権等の権利移転の時期(4条)
本件譲渡特許権等及び前記ア(イ)の商標権の移転時期は,対価全額の支
払完了時期とすることに合意する。
特許権等の権利移転前においても,特許権等の権利維持に係る年金等の
管理費は,原告において負担し,責任を持って支払うものとする。
(3)原告と被告との間の技術顧問契約(以下「本件顧問契約」といい,本件譲
渡契約と併せて「本件各契約」という。)
原告は,被告との間で,平成22年8月23日,原告が,本件譲渡契約に
関連し,被告を技術顧問として委嘱するものとし,被告は,冷却・冷凍技術
のサポート及びアドバイスを提供する旨の本件顧問契約を締結した(乙13)。
(4)古賀産業株式会社から原告に対する特許権侵害に関する警告等
原告は,古賀産業株式会社(以下「古賀産業」という。)から,平成24年
2月22日,原告の製造販売する製品(製品名「パスカル」。以下「原告製品」
という。)が古賀産業の有する特許第3366977号(発明の名称「冷却装
置及びその冷却方法」。以下「係争特許」という。)の特許権を侵害している
として,製造販売の中止等を求める警告書を送付された(甲2)。
原告は,古賀産業との間で,同年5月24日,原告製品が係争特許の特許
発明の技術的範囲に属することを認め,今後,古賀産業の承諾なしに原告製
品その他係争特許の特許権を侵害する冷却装置を製造販売しないことなどを
内容とする和解契約をした(甲3)。
2請求
(1)本訴事件
原告は,被告に対し,本件譲渡契約の詐欺取消又は錯誤無効による原状回
復義務に基づき,既払代金1155万円の返還及びこれに対する本件訴状送
達の日の翌日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延
損害金の支払を求めている。
(2)反訴事件
被告は,原告に対し,以下の支払を求めている。
ア本件譲渡契約に基づく請求
(ア)本件譲渡契約(及びその後に締結された代金支払に関する覚書)に基
づき,本件譲渡契約の代金1500万円及びこれに対する消費税のうち
420万円及びこれに対する弁済期である平成24年5月6日から支払
済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払
(イ)本件譲渡契約3条ただし書及び4条に基づき,各条の規定する管理費
用及び管理費の合計4万5312円及びこれに対する本件反訴状送達の
日の翌日から支払済みまで商事法定利利率である年6分の割合による遅
延損害金の支払
イ本件顧問契約に基づく請求
本件顧問契約(及びその後に締結された顧問料の支払に関する覚書)に
基づき,平成24年2月分から同年12月分までの月額1万円の顧問料及
びこれに対する消費税合計11万5500円及びうち2月分から6月分
までに対するそれぞれ翌々月6日から支払済みまで商事法定利率である
年6分の割合による遅延損害金の支払
3争点
(1)本件各契約は,被告の詐欺によるものであるか(争点1)
(2)本件各契約には,動機の錯誤があったか(争点2)
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(本件各契約は,被告の詐欺によるものであるか)について
【原告の主張】
以下のとおり,本件各契約は,被告の詐欺によるものである。
(1)被告が原告を欺罔したこと
原告製品の設計に当たっては,被告の取締役であるP1も関与しており,
P1は,原告製品の構成が古賀産業の有する特許に係る特許発明の技術的範
囲に属することを認識していた。
それにもかかわらず,第三者が有する特許権その他の権利を侵害しないこ
とについて,一切保証しないとの条項(本件譲渡契約5条)を入れて本件譲
渡契約を締結したことは詐欺に当たる。
また,P1は,本件譲渡契約締結前に,原告の従業員に対し,「パスカル」
の製品名で販売した被告製品の販売実績が100台以上あると説明し,本件
譲渡契約締結後である平成22年9月3日には,被告は,古賀産業に貸しが
あるから,古賀産業から特許権侵害の責任を追及されることはないと説明し
た。
(2)原告が,本件譲渡契約を締結することにより,締結後は古賀産業から特許
権侵害に係る責任を追及されることはないと誤信したこと
被告は,本件譲渡契約締結時まで,古賀産業の製造販売する製品と類似す
る製品を大量に製造販売していたにもかかわらず,古賀産業から特許権を行
使されていなかった。
そこで,原告は,被告が古賀産業による特許権の行使を妨げる理由を有し
ていると誤信し,その理由が本件譲渡契約3条に盛り込まれているものと判
断して,本件譲渡契約を締結した。それにもかかわらず,前提事実(4)のとお
り,原告は,古賀産業から係争特許に係る特許権侵害の責任を追及された。
(3)取消しの意思表示
原告は,被告に対し,平成24年8月21日の本件口頭弁論期日において,
本件各契約を取り消すとの意思表示をした。
【被告の主張】
以下のとおり,本件各契約は,被告の詐欺によるものではない。
(1)被告が原告を欺罔していないこと
原告は,本件譲渡契約を締結する前に,被告に無断で,原告製品の製造販
売を受注した。その際,P1は,原告から原告製品の設計図を示されて検討
を求められ,その構成が古賀産業の有する特許権(係争特許に係る特許権と
は別のもの)を侵害するものであったから設計変更をする必要がある旨明確
に説明した。
それにもかかわらず,原告は,これを無視し,本件譲渡特許権等を使用せ
ずに,係争特許に係る特許権を侵害する原告製品を製造販売したものである。
なお,本件譲渡特許権等に係る発明は,係争特許などの古賀産業が有する
特許発明とは技術的思想を異にするものであるから,本件譲渡特許権等を用
いれば係争特許権を侵害することはないものである。
P1が原告に対し100台以上の納入実績があると説明したことはあるが,
それら販売実績のある製品は,古賀産業とP1が共有する特許権に係る製品
であって,当該特許権を譲渡することはできないことも明確に説明した。
また,P1が,原告の従業員に対し,古賀産業には貸しがあるから特許権
侵害の責任を追及されることはないなどと述べたことはない。
(2)前記【原告の主張】(2)について
原告の主張は,本件譲渡特許権等に係る発明を実施することなく古賀産業
の有する特許権の特許発明を実施しても,本件譲渡契約3条により古賀産業
から特許権を行使されないと判断したというものであるが,その判断内容や
判断に至る過程は不合理であり,全く理解できないものである。
2争点2(本件各契約には,錯誤があったか)について
【原告の主張】
前記1【原告の主張】(2)のとおり,被告は,本件譲渡契約締結時までに,古
賀産業の製造販売する製品と類似する製品を大量に製造販売していたにもかか
わらず,古賀産業から特許権を行使されていなかった。そこで,原告は,被告
が古賀産業による特許権の行使を妨げる理由を有しており,その理由が本件譲
渡契約3条に盛り込まれているものと誤信して,本件譲渡契約を締結したもの
である。
それにもかかわらず,前提事実(4)のとおり,原告は,古賀産業から係争特許
に係る特許権侵害の責任を追及された。
よって,本件各契約には,錯誤がある。
【被告の主張】
否認する。
前記1【被告の主張】(2)のとおり,上記原告の主張は不合理なものである。
第4当裁判所の判断
1関連事実
前提事実に加え,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認定
することができる。
(1)P1と古賀産業の関係(証人P1の証言,乙22)
P1は,平成13年頃,古賀産業の関連会社(その後古賀産業と合併)と
共同で,冷却冷凍装置の技術に関する特許出願をし,当該出願に係る特許(特
許第3771556号。以下「共有特許」という。)を共有している。
その後,P1は,古賀産業との協力関係を解消した。
(2)被告が製造販売していた冷凍機(証人P1の証言,乙22)
被告は,共有特許の実施品を第1世代,本件譲渡特許権に係る発明の実施
品を第2世代,特許出願中の権利(前提事実(2)イ(ア))に係る発明の実施品
を第3世代とし,いずれも,「パスカル」の名称で製造販売していた。
(3)本件各契約締結に至る経緯(証人P1の証言,原告代表者本人尋問の結果,
甲9,乙22)
ア交渉の開始
被告は,平成22年4月頃(以下,(3)は平成22年のことである。),
冷凍機事業から撤退することを企図し,本件譲渡特許権等の譲渡先を探し
ていたところ,5月頃,金融機関の担当者から原告を紹介され,本件譲渡
特許権等の譲渡に関する交渉を開始した。
イ第2世代型の被告製品の貸与(甲6の4)
被告は,原告からテスト機の貸与を求められたため,原告に対し,7月
に入り,テスト機として,第2世代型の被告製品を無償で貸与した。P1
は,7月12日及び13日,原告の本社に赴き,実際に上記テスト機を動
かして見せて,使用方法や技術の解説をした。
ウ被告製品の展示会への出展
原告は,顧客の反応を見るため,被告の了解を得た上,7月21日から
23日までの間,上記イのテスト機を東京での展示会に出展した。
原告代表者は,P1に対し,展示会の期間中,古賀産業の製造販売する
製品と同じ構成の製品を製造販売したいが,古賀産業の有する特許権に対
抗する方法はないかという質問を繰り返した。
これに対し,P1は,本件譲渡特許権等に係る発明と古賀産業の有する
特許に係る特許発明では構成が異なるから,同じ構成の製品を製造販売す
ることは無理である旨回答した。
エ第3世代型の被告製品の貸与
被告は,原告から,更に実験をするために追加でテスト機を貸し出すよ
うに依頼されたため,7月24日,原告に対し,第3世代型のテスト機を
無償で貸与した。
オ原告から被告に対する設計図の提示
原告は,前記ウの展示会において,顧客から製品の製造販売について照
会を受けたことから,P1に対し,7月27日,当該顧客に販売する原告
製品の設計図のチェックを依頼した。
P1は,上記設計図を検討したところ,古賀産業が有する特許権(共有
特許ではなく,古賀産業が単独で有するもの)を侵害するものであること
が明らかであった。そこで,P1は,原告の担当者及び原告代表者に対し,
このままでは古賀産業の有する特許権を侵害することになるから修正す
る必要がある旨指摘した。これに対し,原告代表者は,「とりあえず納品
して,あとで修正する。」旨答えた。
カその後の交渉の経緯
原告と被告は,7月29日,8月9日から11日まで,本件各契約の内
容について交渉を重ねた。
これらの交渉の中で,P1は,原告の担当者らに対し,第1世代の技術
である共有特許は,古賀産業の同意を得られないから譲渡できない旨繰り
返し説明した。
キ原告からの契約書案の送付と被告の拒絶
原告は,被告に対し,8月16日,契約書案を送付したが,それまでの
交渉の経緯と全く異なり,本件譲渡特許権等の譲渡ではなく,事業譲渡を
内容とするものであった。そこで,P1は,すぐに,原告の担当者に連絡
をとり,上記契約内容では契約しないこと,改めて被告が契約書案を作成
して送付する旨を伝えた。
原告代表者は,8月17日,P1に対し,前記オで照会を受けた顧客か
ら8月4日に原告製品の製造販売を受注しており,その納期が8月21日
であるため,譲渡契約を早く締結したいこと,契約書の日付は受注のあっ
た8月4日付けとしたい旨の希望を述べた。P1は,原告代表者に対し,
前記オの原告製品が古賀産業の有する特許権を侵害することについて改
めて忠告したものの,原告代表者は,納品した後で修正するから,契約を
締結してもらいたいと述べて原告製品の設計変更には応じなかった。
P1は,当該顧客に販売する原告製品が古賀産業の有する特許権を侵害
するものであると予測し,顧問弁護士と相談した上,本件譲渡契約締結前
に原告が制作した機械に被告は関与していないことを確認する内容の書
面を作成し,8月18日,原告に送付した(乙11)。
ク本件各契約の締結
被告は,原告に対し,本件各契約に係る契約書案を送付し,8月23日,
本件各契約を締結した。なお,契約締結日については,原告の求めに応じ,
8月4日に遡及させた。
2争点1(本件各契約は,被告の詐欺によるものであるか)について
(1)原告の主張について
ア原告の主張内容
原告は,本件各契約が詐欺又は錯誤によるものである旨主張していると
ころ,その主張内容は以下のとおりのものであり,変遷している。
(ア)原告は,本件譲渡契約が第三者の特許権を侵害するものであることを
分かっていたなら,本件各契約を締結することなどあり得なかったから,
本件各契約は詐欺又は錯誤によるものである(訴状)。
(イ)原告は,本件譲渡特許権等に係る発明の実施品と同じ内容の冷凍機を
製造販売したところ,古賀産業から係争特許の特許権侵害に当たるとし
て責任を追及された(平成24年9月18日付け準備書面(1))。
(ウ)本件譲渡特許権等を用いた冷却装置を製造するためには,多大なコス
トと時間を必要とし,原告にとっては不可能に近いことであった。
また,本件譲渡特許権等のうち特許第4260873号に係る発明を
実施した場合には,古賀産業の有する別の特許と抵触する可能性があっ
た(平成24年11月26日付け準備書面(2)及び平成25年5月21
日付け準備書面(3))。
原告製品は,被告から提供されたテスト機及び運転指導,冷凍試験,
各種提供資料に基づいて「被告製作パスカル冷凍機」を複製したもので
ある。
被告は,本件譲渡契約締結時までに,古賀産業の製造販売する製品と
類似する製品を大量に製造販売していたにもかかわらず,古賀産業から
特許権を行使されていなかった。
そこで,原告は,被告が,古賀産業からの権利行使を妨げる理由を有
していると判断し,その理由が本件譲渡契約3条に盛り込まれているも
のと判断して,本件譲渡契約を締結した(平成25年5月21日付け準
備書面(3))。
イ検討
前記ア(ア)及び(イ)のとおり,原告は,本件訴えを提起した当初,原告
製品が本件譲渡特許権等に係る発明の実施品であることを前提とした主
張をしていたものの,前記ア(ウ)のとおり,原告代表者本人尋問及び証人
P1の証言後には実施品でないことを前提とした主張をしている。
また,原告は,被告から原告製品の構成を明らかにするように求められ
た(平成24年11月7日付け準備書面(1))にもかかわらず,原告製品
の構成は被告製品と類似するものである旨抽象的に主張するのみで明ら
かにしない(平成24年11月26日準備書面(2))。
これらのことに加え,前記1の関連事実からすれば,原告製品は,本件
譲渡特許権等に係る発明の実施品ではなく,しかも,P1から本件各契約
締結前の時点において,古賀産業の有する特許を侵害するものであるから
設計変更する必要がある旨指摘された構成のものであると認められる。
(2)被告による欺罔行為の有無
前記(1)のとおり,原告の主張は変遷しているが,最終的な主張としては,
古賀産業の有する特許権に係る特許発明を実施したとしても,本件譲渡契約
を締結すれば,古賀産業から特許権侵害による責任を追及されることはない
と信じ,そのように誤信をしたのは被告(具体的にはP1)の欺罔行為によ
る旨を主張するものと解される。
しかしながら,被告(具体的にはP1)が,原告に対し,本件譲渡契約を
締結すれば古賀産業から特許権侵害による責任を追及されることはない旨申
し向けるなど,被告に上記誤信を生じさせるような欺罔行為をした事実は認
められない。
かえって,前記1のとおり,P1は,原告に対し,本件各契約締結前に,
原告製品の構成が古賀産業の有する特許権を侵害するものであるから,設計
変更をする必要がある旨繰り返し指摘したことが認められる(このこと自体
は原告も認めている。)。また,古賀産業と共有する特許(共有特許)につい
ては,譲渡することができない旨繰り返し説明したことも認められる。
この点に関する原告の主張は,要するに,原告代表者が,古賀産業の製造
販売する冷却機を模倣することを当初から企図していたところ,古賀産業と
係争特許を共有する被告との間で特許に関する譲渡契約を締結すれば,古賀
産業から特許権を行使されることはないと独自の判断をしたというものにす
ぎないし,原告代表者も同旨の陳述をしている(原告代表者本人尋問調書4
頁)。このことは,前記1のとおり,被告が原告との間で当初から本件譲渡特
許権等の譲渡について交渉していたにもかかわらず,原告が被告に対し事業
譲渡を前提とする契約書案を提示したこととも符合する。
そして,前記1で認定したところによれば,被告が,原告に対し上記のよ
うな誤った判断を生じさせうる欺罔行為をしたことはないものと認められる。
ところで,原告は,本件各契約締結後に,P1から,古賀産業には貸しが
あるから,特許権を行使されることはない旨の言質を得たとも主張している。
しかしながら,この主張は本件各契約締結後の事情をいうものであり,本件
各契約締結との因果関係がないから詐欺の主張を基礎づけるものではない。
また,P1は,本件各契約締結前から,原告製品の設計を変更するように繰
り返し助言し,本件各契約締結後に原告から古賀産業の有する特許権を回避
する方法について尋ねられた際にも,繰り返し,本件譲渡特許権等を実施す
れば回避することができる旨述べていたのであって(当事者間に争いがな
い。),P1が原告の主張するような趣旨の発言をしたとは認めがたい。
なお,原告の従業員作成名義の顧客打合議事録と題する書面(甲8)には,
上記原告の主張に沿う内容の記載がある。しかし,前述したところに照らす
と,記載どおりの内容を約するような発言があったと認めることはできず,
結局,原告代表者と同様の独自の判断が記載されたもので,採用することは
できない。
(3)本件譲渡特許権等に係る発明と古賀産業の有する特許権に係る発明(係争
特許を含む。)との関係
前記(1)のとおり,原告は,本件訴えを提起した当初,原告製品が本件譲渡
特許権等に係る発明の実施品であり,これが係争特許の特許発明の技術的範
囲に含まれることを前提とした主張をしていたものである。
念のため,この点についても検討すると,前述したとおり,原告製品が本
件譲渡特許権等に係る発明の実施品であるとは認められない。また,本件譲
渡特許権等が係争特許の特許発明の技術的範囲に含まれることを認めるに足
りる主張立証もない。
そもそも,本件譲渡契約5条において,被告は,譲渡に係る本件各特許の
特許性及び実施上の有効性,正確性,有益性及び十分性について一切保証し
ないこと,譲渡に係る本件各特許発明の実施が第三者の有する特許権その他
の権利を侵害しないことについて,一切保証しない旨明確に規定されている。
したがって,仮に,本件譲渡特許権等に係る発明が係争特許の特許発明の
技術的範囲に含まれるものであり,被告がそのことを確定的に認識していた
としても,被告において何らかの積極的な欺罔行為等があったなどの事情が
ない限り,詐欺には当たらないと解される。
(4)小括
前記(1)から(3)までで検討したところによれば,本件各契約が,被告の詐
欺によるものであるということはできない。
3争点2(本件各契約には,錯誤があったか)について
前記2のとおり,原告は,古賀産業の有する特許権を実施したとしても,本
件譲渡契約を締結すれば古賀産業から特許権侵害による責任を追及されること
はないと信じたものであり,これが錯誤に当たる旨主張している。
しかしながら,上記錯誤は,本件各契約が規定する内容,すなわち本件各特
許等の譲渡という法律効果の内容を構成するものではなく,単なる事実上の効
果を期待したという動機に関する錯誤にすぎない。そして,このような動機,
縁由について,原告が,本件各契約を締結するに当たり,被告に表示したとす
る主張立証は全くない。むしろ,前記1で認定したところからすれば,原告の
上記期待は,被告(具体的にはP1)によって,明示的に否定されていたもの
というべきである。
また,前述したとおり,原告代表者は,古賀産業の製造販売する冷却機を模
倣することを当初から企図していたところ,古賀産業と係争特許を共有する被
告との間で契約関係を持てば,古賀産業から特許権を行使されることはないと
独自の判断をしていたものである。そのような判断の誤りを相手方である被告
に転嫁することは許されないものというべきである。
以上によれば,本件各契約について,錯誤により無効であるということはで
きない。
なお,原告製品が本件譲渡特許権等に係る発明の実施品であり,これが係争
特許の特許発明の技術的範囲に含まれることを前提とした原告の主張について
も,前記2(3)と同旨の理由により採用することができない。
4本訴事件(原告の請求)に対する判断
前記2及び3で検討したところによれば,原告の請求には理由がないから,
全部棄却する。
5反訴事件(被告の請求)に対する判断
以下のとおり,被告の請求には全部理由がある。
(1)本件各契約における代金の合意等
ア原告と被告との間における合意の内容
以下の事実は,当事者間で争いがない。
(ア)本件譲渡契約における代金の合意
原告は,本件譲渡契約において,被告に対し,本件譲渡契約の代金と
して1500万円及びこれに対する消費税を以下のとおり支払う旨の
合意をした。
平成22年9月5日までに100万円及びこれに対する消費税
同年10月5日までに100万円及びこれに対する消費税
同年11月5日までに100万円及びこれに対する消費税
同年12月から平成24年11月まで毎月5日限り各50万円及びこ
れらに対する各消費税
(イ)原告による上記(ア)の債務の履行遅滞
原告は,被告に対し,上記代金1500万円のうち平成23年1月分
までの合計400万円及びこれに対する消費税を支払ったものの,平成
23年2月分以降の支払を遅滞した。
(ウ)残債務の支払に関する覚書
原告は,被告との間で,平成23年3月16日,上記未払代金110
0万円を,以下のとおり支払う旨の合意をした。
同年4月から6月まで毎月末日限り各50万円及びこれらに対する消
費税
同年7月及び8月は各末日限り各100万円及びこれらに対する消
費税
同年9月以降は毎月5日限り各50万円及びこれらに対する消費税
(エ)原告による上記(ウ)の債務の履行遅滞
原告は,被告に対し,上記(ウ)の債務のうち700万円及びこれに対
する消費税を支払ったものの,その余の400万円及びこれに対する消
費税を支払わない。
イ本件譲渡契約に基づく請求のうち本件譲渡特許権等の譲渡代金の請求
前記アの事実によれば,反訴請求に係る請求原因事実のうち,本件譲渡
契約(及びその後に締結された代金支払に関する覚書)に基づき,代金1
500万円及びこれに対する消費税75万円のうち420万円及びこれ
に対する最終の弁済期である平成24年5月6日から支払済みまで商事
法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に係
る事実を認めることができる。
原告は,抗弁として,本件譲渡契約が詐欺又は錯誤によるものである旨
主張するものの,これに理由がないことは,前記2及び3のとおりである。
したがって,被告の請求のうち,上記請求原因に係る部分(前記第2の
2(2)ア(ア))には理由がある。
(2)本件譲渡契約における管理費用及び管理費の請求
前提事実(2)のとおり,本件譲渡契約では,本件譲渡特許権等に係る管理費
用及び管理費について原告が負担する旨の合意がある。その趣旨からすると,
被告が本件譲渡特許権等に係る管理費用及び管理費を立替払いした場合には,
原告に対し,求償することができると解するのが相当である。
弁論の全趣旨によれば,被告は,上記管理費用及び管理費として,特許料
など合計4万5312円を支払ったことが認められる。
そうすると,反訴請求に係る請求原因事実のうち,管理費用及び管理費の
合計4万5312円及びこれに対する本件反訴状送達の日の翌日から支払済
みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める部
分に係る事実を認めることができる。
原告の抗弁に理由がないことは前記(1)と同様である。
したがって,被告の請求のうち,上記請求原因に係る部分(前記第2の2
(2)ア(イ))にも理由がある。
(3)本件顧問契約における報酬
ア原告と被告との間における合意の内容
以下の事実についても当事者間で争いがない。
(ア)本件顧問契約における報酬の合意
原告は,被告との間で,本件顧問契約において,契約期間を平成22
年8月4日から平成24年12月31日までとし,顧問料として月額1
0万円(消費税別)を翌々月5日限り支払う旨の合意をした。
(イ)報酬額変更の合意
原告は,被告との間で,平成23年2月分以降の顧問料の額につき,
当分の間,1万円及びこれに対する消費税とする旨の合意をした。
原告は,平成24年1月分(同年3月支払分)までは支払ったものの,
同年2月分(同年4月支払分)以降の支払を遅滞した。
イ本件顧問契約に基づく請求
前記アによれば,反訴請求に係る請求原因事実のうち,本件顧問契約等
に基づき,顧問料合計11万5500円の支払を求める部分に係る事実を
認めることができる。また,上記顧問料のうち平成24年2月分から6月
分まで(毎月1万円の顧問料及びこれに対する消費税)について,いずれ
も弁済期(翌々月の5日)の翌日から,それぞれ支払済みまで商事法定利
率である年6分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に係る請求
原因事実も認められる。
原告の抗弁に理由がないことは前記(1)と同様である。
したがって,被告の請求のうち上記請求原因に係る部分(前記第2の2
(2)イ)にも理由がある。
6結論
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第26民事部
裁判長裁判官山田陽三
裁判官松川充康
裁判官西田昌吾

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