弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣旨は末尾に添附した弁護人市原利之並びに被告本人のそれぞれ差し
出した各控訴趣意書記載のとおりである。
 市原弁護人の控訴趣意第二点について
 原判決が原判示第二の事実関係につき挙示する標目の各証拠を綜合して考えれ
ば、右の事実はこれを肯認するに足り事実誤認の疑はなく、当審における事実取調
の結果によつても右の認定を左右するに足りない。論旨は被告人は本件自動車を無
断で持出しはしたが、一時使用の後権利者に返還する意思があり、完全に権利者を
排除するが如き意思は全然なく、また権利者の暗黙の承諾を予期して行動したもの
であつて、権利者の意思を無視して敢えて無断使用に及んだものではないから、い
わゆる使用窃盗であつて被告人の本件所為は窃盗罪を構成しないと主張するのであ
るが、刑法上窃盗罪の成立に必要な不法領得の意思とは、権利者を排除し他人の物
を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をい
うのであつて、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要とし
ないことは、最高裁判所判例(昭和二十六年七月十三<要旨>日第二小法廷言渡)の
示すとおりであるところ、原判決の説示する如く、たとい使用後返還する意思があ
る場合であつても、その使用がその財物の価値の消費を伴うときは、もはや
単なる使用ではないこと勿論であり、また使用の時期や期間の如何によつては、権
利者がその物を経済的用法に従つて利用することを妨げられるものであることを知
りながら、権利者の意思を無視して敢えてこれを無断使用するような場合は仮令そ
の使用期間が一時的であつたにせよ、権利者が自由にその物を利用できるという権
利を完全に排除する意思があるものと認めるのが相当であるから、かくの如き場合
は単なる使用窃盗ではなく、窃盗罪を構成するものと解すべきである。そしてこれ
を本件について考えるのに、なるほど被告人は本件犯行当時、本件自動車を他に売
却あるいは入質しようと企て、あるいは使用後これを乗りすてようと企てたり等し
た形跡は証拠上認めることはできないのであるが、被告人の司法警察員に対する昭
和三十二年五月二十一日附各供述調書、被告人の検察官に対する昭和三十二年五月
二十二日附供述調書を綜合すれば、(一)被告人は本件犯行の二十日位前から本件
自動車の扉の合鍵をひそかにA方から持ち出していること、(二)本件犯行の当日
も右の合鍵を携帯して、しかもパチンコ遊戯場を営むA方では未だ店を開いておら
ない時刻であることを十分知りながら午前七時頃にはすでに本件犯行現場に赴いて
いること、(三)本件自動車を持出す際にもまた持出した後においても、十分その
機会があつたのにAに対し承諾を求めようとしなかつたこと、(四)本件自動車の
扉には鍵がかかつていたのに所携の合鍵をもつてあけていること、(五)昭和三十
二年五月二十日午前七時頃から翌二十一日午前一時頃、緊急逮捕されるまで本件自
動車を自己の支配内におき乗用する等、その経済的用法に従い利用していること等
の事実が認められ、また原審第二回公判調書中の証人A、同Bの供述記載を綜合す
れば、権利者Aは本件自動車を日常の乗用として利用すると共に夜間遅くその所有
の各所の店舗をまわるために必ず営業上利用していたものであること、Aは本件自
動車を他人に貸与するようなことはなく、一日と雖も貸すことはしなかつたこと等
の事実が認められ、且つ原審第二回公判調書中、被告人の供述記載により明らかな
とおり、被告人はかつて右A方に八ケ月位勤務したものであり、退職後も同人方に
出入りしていたものであるから、A方の本件自動車の利用状況も十分知つていたも
のであると認められるのであつて、以上の各事実を綜合して考えれば被告人は本件
自動車を権利者たるAの営業上の利用にさえ支障を来す程の長時間使用することに
はAから到底承諾を得ることはできないと考え、当初から使用について同人の承諾
を求めようとする意思は全くなく、Aの意思如何に拘らずこれを無視して長時間使
用せんとする考えであつたと認めるに十分であつて、況んやAの暗黙の承諾を予想
しての行為であるなどとは到底認められない。従つて所論の如く使用後返還する意
思があつたとしても、一時的にせよ権利者を排除する意思があつたものと認めるに
十分であるから被告人には不法領得の意思があつたものというべく、原審が被告人
の本件所為に対し窃盗罪をもつて問擬していることは相当であり所論の如き違法は
存しない。それゆえ論旨は理由がない。
 (その他の判決理由は省略する。)
 (裁判長判事 加納駿平 判事 山岸薫一 判事 鈴木重光)

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