弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1甲事件原告A,B,C,D,E,F,G及びH,乙事件原告I並びに丙事件
原告Jの請求の趣旨(1)ア,イ記載の各請求に係る訴え(本件派遣差止めの訴え及
び本件違憲確認の訴え)をいずれも却下する。
2上記甲,乙及び丙事件原告ら10名のその余の請求並びにその余の甲,乙及
び丙事件原告らの請求(本件損害賠償請求)をいずれも棄却する。
3訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,甲,乙及び丙事件原告らの負担とす
る。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1請求の趣旨
(1)甲事件原告A,B,C,D,E,F,G及びH,乙事件原告I並びに丙事
件原告J(以下「原告Aほか9名」という。)の請求
ア本件派遣差止請求
被告は,イラクにおける人道復興支援活動及び安全確保支援活動の実施に関
する特別措置法(平成15年法律第137号,以下「イラク特措法」という。)及
び同法4条に基づき定められたイラク特措法に基づく対応措置に関する基本計画
(以下「基本計画」という。)により,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海
域に派遣してはならない(以下,この請求を「本件派遣差止請求」といい,同請求
に係る訴えを「本件派遣差止めの訴え」いう。)。
イ本件違憲確認請求
原告Aほか9名と被告との間において,被告が,イラク特措法及び基本計画
により,自衛隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣し,同法及び同計画に
基づく活動を行っていることが憲法前文,9条及び13条に反して違憲であること
を確認する(以下,この請求を「本件違憲確認請求」といい,同請求に係る訴えを
「本件違憲確認の訴え」という。)。
(2)甲,乙及び丙事件原告ら(以下,単に「原告ら」という。)の請求(本件
損害賠償請求)
被告は,原告ら各自に対し,金1万円並びにこれに対する甲事件原告らについ
ては平成16年9月29日から,乙事件原告らについては平成17年5月3日から
及び丙事件原告らについては平成17年6月28日から,いずれも支払済みまで年
5分の割合による金員を支払え(以下,この請求を「本件損害賠償請求」とい
う。)。
(3)訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,被告の負担とする。
(4)上記(2)につき仮執行宣言
2請求の趣旨に対する答弁
(1)本案前の答弁
ア原告Aほか9名の本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えをいずれも
却下する。
イ訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,原告らの負担とする。
(2)本案の答弁
ア原告らの請求をいずれも棄却する。
イ訴訟費用は,甲,乙及び丙事件を通じ,原告らの負担とする。
ウ担保を条件とする仮執行免脱宣言及び執行開始時期を判決が被告に送達され
てから14日経過後とする宣言
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,原告らが,「被告(国)は,イラク特措法及び基本計画に基づき,自衛
隊をイラク並びにその周辺地域及び海域に派遣しているところ(以下,この派遣を
「本件派遣」という。),原告らは,本件派遣によって,①憲法前文を根拠とする
平和的生存権,②憲法前文及び13条を根拠とする平和追求権,③憲法前文の平和
的生存権を制度的に具体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本
に生きる権利並びに④人格権又は人格的利益を侵害され,多大な精神的苦痛を被っ
た。」などと主張して,国家賠償法1条1項に基づき,前記精神的苦痛に対する慰
謝料の一部として,各1万円の支払を求めるとともに(附帯請求は,甲,乙及び丙
事件の各訴状送達の日の翌日からの民法所定年5分の割合による遅延損害金請求で
ある。),原告Aほか9名が,前記①ないし④の各権利に基づき,被告に対し,本
件派遣の差止めを求め,また,被告との間で,本件派遣が憲法前文,9条及び13
条に反して違憲であることの確認を求めている事案である。
2前提となる事実(当裁判所に顕著な事実)
(1)イラク特措法は,平成15年7月26日,国会において可決され,同年8
月1日,公布,施行された。
(2)政府は,平成15年12月9日,同法4条に基づき,基本計画を閣議決定
した。
(3)防衛庁長官は,同法8条2項に基づき,基本計画に従い,対応措置として
実施される業務としての役務の提供について実施要項を定め,平成15年12月1
8日,内閣総理大臣の承認を得た上,翌19日,陸上,海上及び航空自衛隊に対し,
対応措置を実施するよう命じた。
(4)これを受け,同日以降,自衛隊は,順次部隊を現地に派遣し,医療,給水,
公共施設の復旧・整備,物資などの輸送を中心とした活動(人道復興支援活動)や
諸外国が行うイラクの国内の安全と安定を回復する活動の支援(安全確保支援活
動)を行っている。
(5)基本計画に示された派遣期間は1年間とされていたが,政府は,平成16
年12月9日,基本計画の変更を閣議決定し,自衛隊による活動を継続することと
し,同日,防衛庁長官は,実施要項を変更し,内閣総理大臣の承認を得た。
3原告らの主張(請求原因及び被告の主張に対する反論等)
(1)本件訴訟の意義
本件訴訟は,原告らが,政府によって日本国憲法が決定的に侵害され,自衛隊
のイラク派兵が強行されるのを目の当たりにして,これを黙認すれば,憲法の根幹
が破壊され,立憲主義は崩壊し,再び戦争への道が開かれるのではないかという強
い危機感を抱き,提訴したものである。
米英によるイラク戦争は紛れも無い侵略戦争であり,この戦争を支持すること
自体が違憲行為である。ましてや自衛隊のイラク派兵は,国連憲章にも国際法にも
違反する米英の侵略・占領への積極的加担であり,憲法秩序を根底から破壊するも
のといわざるを得ない。すなわち,自衛隊のイラク派兵は,以下に述べるとおり,
明白に違憲である。
第1に,自衛隊のイラク派兵は,そもそもその根拠となるイラク特措法が憲法
9条違反であるばかりでなく,重火器等を携行していること,占領軍の一員として
占領支配の一翼を担うこと,国際法上違法な米英軍の侵略行為と占領に加担するも
のとして憲法前文及び9条に違反する。
第2に,現状での自衛隊のイラク派兵は,「現に戦闘行為が行われておらず,
かつ,そこで実施される活動の期間を通じて戦闘行為が行われることがないと認め
られる」(イラク特措法2条3項)とはいえない地域で実施されており,明らかに
イラク特措法に違反している。また,イラク南部のサマワで人道復興支援活動を展
開する陸上自衛隊が始めからその正当防衛の限度を超えた重火器等を携行して他国
の領土で活動していることは,自衛の範囲を超え,実施地域での武力行使を招くお
それがあり,自衛隊法3条1項にも違反している。
また,イラクに派兵されている自衛隊をイラク多国籍軍に参加させることも憲
法違反である。
そこで,原告らは,下記(2)で述べる権利等に基づき,裁判所が違憲審査権を
行使することを求め,提訴するものである。
(2)本件派遣によって侵害される原告らの権利等について
ア平和的生存権
憲法前文は,「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうに
することを決意」したことを受けて,「全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から
免かれ,平和のうちに生存する権利」を有することを確認している。この憲法前文
は,近代憲法の下において,平和が人権保障の基本的な条件であるにもかかわらず,
平和に関する問題が個々人の権利の問題ではなく,多数決によって運用される代表
民主制の論理の支配する事項とされ,結局,人権は多数決原理によっても侵すこと
のできないものではあったが,その基本的な条件である平和に関する事項が多数決
原理によって支配されていたため,絶対的に保障されるはずの人権が,「多数決原
理によって決められる国の政策によって平和が達成されている限り」という留保付
きで保障されるにすぎなかったことを克服した規定である。また,憲法前文には,
裁判規範性が認められ,かつ,憲法前文には,「平和のうちに生存する権利」と明
記してある。この憲法前文によれば,全世界の国民には,戦争などに起因する恐怖
や欠乏に脅かされない権利,すなわち平和的生存権が保障されているというべきで
ある。憲法前文,9条及び13条などを総合的に解釈すれば,平和的生存権は,
「戦争などに起因する恐怖や欠乏に脅かされない権利」であり,極めて明快な内容
を有し,決して抽象的な権利ではなく,明らかに裁判規範性を有する具体的な権利
である。
被告は,平和的生存権は具体的権利ではない旨主張し,平和的生存権の具体
的権利性を否定したこれまでの裁判例を指摘する。しかしながら,①本件派遣にお
いては,自衛隊が専守防衛の範囲を明らかに超えて,武器を携帯して海外の戦闘地
域に派遣されていること,②現代社会においては,国際紛争に武力介入することに
よって民間人に対する無差別テロ行為の危険性が非常に高まっていること,③海外
で活動する日本人が増加していること,④アメリカ合衆国の国家安全保障戦略が先
制攻撃を肯定するに至ったことなど,従前の平和的生存権の具体的権利性が争われ
た裁判時の社会情勢とは全く異なっており,仮に本件派遣以前の自衛隊の海外派遣
時には平和的生存権の具体性が依然として顕在化していなかったとしても,本件派
遣によって平和的生存権の具体性が明確に顕在化したというべきである。
イ平和追求権
平和的生存権は,上記アで述べたとおり,それ自体具体的な権利であるが,
それにとどまらず,憲法解釈の指針になると解すべきである。したがって,憲法の
各条項の解釈に当たっても,憲法前文に定められている平和的生存権の理念を反映
することが求められる。そして,憲法13条は,生命,自由及び幸福追求に対する
権利を保障している。この生命,自由及び幸福追求に対する権利は,戦争のない社
会が前提となって初めて認められる権利である。「生命」も「自由」も「幸福の追
求」も,戦争をする,あるいは戦争をしようとする国家の下では保障されない。そ
こで,憲法13条を憲法前文の平和的生存権の理想と一体化してとらえた場合,生
命,自由,幸福を追求する13条の核心部分として,平和な社会の実現を目指し,
能動的に平和を追求する権利が保障されていると解すべきである。そもそも,平和
な社会を実現する権限は,国家の専権であるはずがない。憲法13条及び憲法前文
によって,原告ら各自に,日本国の内外を問わず,平和な社会を追求する権利(以
下「平和追求権」という。)が保障されていると解すべきである。
ウ戦争や武力行使をしない日本に生きる権利
憲法は,前文で確認された平和的生存権を制度面で具体的に実現すべく,9
条により国が戦争や武力の行使,武力による威嚇をすることを禁止した。これによ
り,国は,戦争や武力行使をしない義務が課されているというべきである。この義
務に違反する国の活動は,憲法の根本原理である平和主義に対する緊急かつ重大な
憲法違反行為であり,国会の審理において民主的に違憲状態が回復されることを待
つことのできない決定的な違憲状態にあるといえる。したがって,国が憲法9条の
義務に反する違憲行為をした場合には,原告らは,直接「恐怖や欠乏」に陥ること
がない時点においても,すなわち,憲法前文の「平和的生存権」の侵害に至らない
時点においても,国が憲法9条に反する活動をしたこと自体によって,直ちに違憲
行為の排除を請求する権利,すなわち戦争や武力行使をしない日本に生きる権利が
保障されていると解すべきである。そして,国が「戦争や武力行使」に至る違憲な
行為に及んだ場合には,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利が侵害されたこ
ととなり,憲法9条によって直ちに国に対してその違憲行為を差し止める権利が保
障されていると解すべきである。
エ人格権
本件派遣は,日本人や日本に生活する人々を実際に戦争状態に巻き込む危険
性(テロ行為や人質事件に巻き込まれる危険性も含む。)の高い行為である。そし
て,原告らは,平和主義を原則として,戦争及び戦力の放棄を宣言している憲法の
保護の下にあり,この憲法の平和主義の理念を支持している。したがって,原告ら
は,政府の行為によって,戦争や人殺しに加担しないことが法的に予定されるとい
う一定の特殊な地位にあるというべきである。原告らは,本件派遣によって,戦争
や人殺しに加担したくないという信念を踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の
市民が死亡していることや日本人が拉致,殺害されたことに深い悲しみを覚え,無
差別テロ行為の被害に遭いたくないという恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快
感,不安感及び焦燥感などの精神的苦痛は深刻である。これらの感情は,通常の社
会生活上生じ得ないような精神的苦痛であり,社会通念上受忍すべき限度を超える。
したがって,本件派遣は,原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な
利益を侵害するというべきである。
(3)本件派遣差止めの訴えについて
ア本件派遣は,自衛隊を海外に派遣し,外国の軍隊と一体となって戦争遂行に
加わる国家の行為であり,憲法9条に明白に違反し,原告Aほか9名の平和的生存
権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人
格的利益を重大かつ根本的に侵害するものである。この侵害行為に対して損害賠償
が認められたとしても,その侵害行為である本件派遣の差止めが認められなければ,
前記各権利に対する侵害が継続することになり,日本人や日本に生活する人々を実
際に戦争状態に巻き込む危険性(テロ行為や人質事件に巻き込まれる危険性も含
む。)は,極めて高くなる。また,自衛隊に対して攻撃が加えられれば,自衛隊は
反撃せざるを得なくなり,報復と憎しみの連鎖により,武力衝突は拡大の一途をた
どり,前記各権利への侵害は,もはや事後的な損害賠償では回復不可能となる。ま
た,そもそも前記各権利は,戦争を事前に回避するという差止請求こそが正に権利
の内実をなすというべきである。そうすると,前記各権利は,その権利の内容とし
て,侵害の差止めを求めることができる権利であると解すべきであり,本件におい
ては,民事上の請求として,被告である国に対し,本件派遣の差止めを求めること
ができる権利であると解すべきである。
イよって,原告Aほか9名は,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使
をしない日本に生きる権利並びに人格権による差止請求権に基づき,被告に対し,
本件派遣の差止めを求める。
ウ被告は,本件派遣差止めの訴えが法律上の争訟ではない旨主張する。しかし
ながら,法律上の争訟の要件は,①当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の
存否に関する紛争であること,②それが法令の適用により終局的に解決できるもの
であることの2点であり,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない
日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益は,上記(2)で述べたとおり,具体
的な権利であるから,上記①の要件を充足する。また,本件派遣の差止めが認めら
れれば,原告Aほか9名の前記各権利に対する侵害が除去され,紛争を終局的に解
決するから,上記②の要件も充足する。したがって,本件派遣差止めの訴えは,法
律上の争訟であり,不適法ではない。
エまた,被告は,「本件訴訟は,一見,具体的な争訟事件のごとき形式を採っ
ているものの,実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立は存在せ
ず,原告らは,司法的解決のために本件を提起したものではない。本件訴訟の目的
は,日本国政府に政策の転換を迫る点にあることは明らかである。」と主張する。
しかしながら,原告らは,本件派遣が違憲,違法であり,本件派遣によって原告ら
の具体的な権利が侵害されていると主張しているのであって,原告らの請求が認め
られた結果,日本国政府が政策転換を余儀なくされたとしても,それは立憲主義の
帰結であって,憲法を頂点とする現行法体系の予定するところである。
(4)本件違憲確認の訴えについて
ア上記のとおり,本件派遣は違憲であるので,原告Aほか9名は,被告に対し,
本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求める。
イ被告は,本件違憲確認の訴えは,法律上の争訟ではなく,また,確認の利益
もないから不適法であると主張する。しかしながら,本件違憲確認の訴えは,本件
派遣が原告らの平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生き
る権利を侵害し,憲法前文,9条及び13条に反して違憲であることの確認を求め
る訴えであるから,法律上の争訟である。また,本件派遣は,単なる事実行為では
なく,専守防衛の範囲を超えた戦争行為であり,日本人や日本に生活する人々に必
然的に戦争状態下での生活を強いるものである。戦争状態下では,生命,身体の安
全が脅かされ,あらゆる人権が戦争遂行の目的のために制限を受けることになり,
最大の人権侵害と具体的損害を与えるものであることは明白である。仮に,平和的
生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又
は人格的利益への侵害が認められたことによって本件損害賠償請求が認容されたと
しても,本件派遣が違憲であることの確認がなされなければ,本件派遣が延長され,
あるいは,いったん派遣が中止されても再開され,今後も違法行為が繰り返される
危険がある。したがって,本件確認の訴えには,確認の利益が存在し,本件違憲確
認の訴えは適法である。
(5)本件損害賠償請求について
ア原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行
使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され,多大な精神
的苦痛を被った。
イよって,原告らは,国家賠償法1条1項に基づき,被告に対し,本件派遣に
よって原告らが被った精神的苦痛に対する慰謝料の一部として,1万円及びこれに
対する各事件の訴状送達の日の翌日から支払済みまで民法所定年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める。
4被告の主張(本案前の主張及び原告の主張に対する反論等)
(1)原告らの主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない
日本に生きる権利について
ア平和的生存権
平和的生存権が憲法上保障された具体的権利であるか否かについては,最高
裁平成元年6月20日第三小法廷判決(民集43巻6号385頁)が,「上告人ら
が平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは,理念ないし目的としての
抽象概念であって,それ自体が独立して,具体的訴訟において私法上の行為の効力
の判断基準になるものとはいえない。」と判示し,同様の判断が多数の裁判例によ
って繰り返されている。
また,平和的生存権が具体的権利ではないことは,学説の通説的見解である。
すなわち,権利には極めて抽象的,一般的なものから,具体的,個別的なものまで
各種,各段階のものがあるが,そのうち裁判上の救済が得られるのは具体的,個別
的な権利に限られる。しかし,平和的生存権は,その概念そのものが抽象的かつ不
明瞭であるばかりでなく,具体的な権利内容,根拠規定,主体,成立要件,法律効
果など,どの点をとっても一義性に欠け,その外延を画することさえできない極め
てあいまいなものであり,このような平和的生存権に具体的権利性を認めることは
できない。憲法前文で確認されている「平和のうちに生存する権利」は,平和主義
を人々の生存に結びつけて説明するものであり,その「権利」をもって直ちに基本
的人権の一つとはいえず,裁判所の救済が得られる具体的権利であるということは
できない。
イ戦争や武力行使をしない日本に生きる権利
原告らは,平和的生存権のほかに,戦争や武力行使をしない日本に生きる権
利の侵害を主張するが,このような権利が憲法9条によって保障されているという
主張は,原告ら独自の見解であり,結局のところ,平和的生存権を若干具体的な表
現を用いて言い換えたものにすぎず,その実質は,平和的生存権と同一であるから,
上記アの平和的生存権に関する議論が当てはまり,その具体的権利性は否定される。
ウ平和追求権
憲法13条については,憲法に列挙されていない道徳的権利ないし理念的権
利ともいうべき抽象的な利益が一定の段階に達したとき,それを憲法上保護される
法的権利とみなす根拠となる規範であり,同条後段にいう幸福追求権は,個別的基
本権を包括する基本権であって,個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権
利の総体であるとする見解も有力である。しかしながら,そのような見解において
も,その中身を構成する権利,自由として具体的にどのようなものが考えられるの
かは明確でなく,その具体的権利性を安易に認めると「人権のインフレ化」を招い
たり,裁判官の主観的な価値判断によって権利が創設されるおそれがあるから,幸
福追求権の内容として具体的な権利と認めるためには,要件を厳格に解することが
必要であるというべきである。
そして,原告らは,その請求の根拠として平和追求権なる権利を主張する。
しかしながら,原告らは,平和追求権の具体的な内容を何ら主張しておらず,被告
のいかなる行為によって,どのように原告らに保障された具体的な権利の侵害が生
じるというのか全く判然としないことは明らかである。
結局のところ,原告らの主張する平和追求権は,その主張する平和的生存権
及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利とその内実を同じくするものと解さ
れるところ,前記各権利について具体的権利性が認められないことは上記のとおり
であるから,平和追求権も具体的な権利ではないというべきである。
エ人格権
原告らは,本件派遣によって原告らの人格権又は人格的利益が侵害された旨
主張するが,そもそも人格権とは,各人の人格に本質的な生命,身体,健康のほか,
名誉,氏名,肖像,プライバシー,自由及び生活等に関する諸権利の総称にすぎず,
個別的,具体的権利として人格権という権利が存在するわけではないから,人格権
に基づく請求をする場合には,まずもって,その具体的内容を特定して主張しなけ
ればならず,人格権の具体的内容が特定されていない請求は,法的根拠を欠き,主
張自体失当というべきである。そして,原告らは,人格権の具体的内容を何ら特定
していない。
また,仮に人格権の具体的内容を観念し得るとしても,原告らの主張する人
格権の具体的内容は,結局,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしな
い日本に生きる権利にほかならず,原告らの主張するこれらの権利が憲法上保障さ
れた具体的権利でない以上,人格権としても観念し得ないというべきである。
(2)本件違憲確認の訴え及び本件派遣差止めの訴えは,法律上の争訟とはいえ
ないことについて(本案前の主張)
ア裁判所の審判の対象
裁判所は,一切の法律上の争訟について裁判する(裁判所法3条)。すなわ
ち,我が国の裁判所が現行の制度上与えられているのは司法権を行う権限であり,
そして司法権が発動するためには具体的な争訟事件が提起されることを必要とする。
裁判所は具体的な争訟事件が提起されないのに将来を予想して憲法及びその他の法
律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下すごとき権限を行
い得るものではなく,特定の者の具体的な法律関係につき紛争の存する場合におい
てのみ裁判所にその判断を求めることができるのであり,裁判所がかような具体的
事件を離れて抽象的に法律命令等の合憲性を判断する権限を有するとの見解には,
憲法上及び法令上何等の根拠も存しない(最高裁昭和27年10月8日大法廷判決
・民集6巻9号783頁)。また,裁判所がその固有の権限に基づいて審判するこ
とのできる対象は,裁判所法3条にいう「法律上の争訟」,すなわち当事者間の具
体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であって,かつ,法令の適用に
より終局的に解決することができるものに限られ,したがって,具体的な権利義務
ないし法律関係に関する紛争であっても,法令の適用により解決するに適しないも
のは,裁判所の審判の対象となり得ないというべきである(最高裁平成元年9月8
日第二小法廷判決・民集43巻8号889頁)。このように,裁判所の審判の対象
は「法律上の争訟」でなければならず,「法律上の争訟」といえるためには,①当
事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること,②それ
が法令の適用により終局的に解決することのできるものであること,以上の2つの
要件を満たすことが必要である。
イ法律上の争訟性の具体的な判断事例
福岡高等裁判所那覇支部平成16年1月22日決定(乙2)は,自衛隊のイ
ラク派遣執行停止申立事件の却下決定に対する即時抗告事件において,「抗告人は,
本件本案訴訟は抗告訴訟であると主張するけれども,自衛官をイラク共和国に派遣
するとの決定は,抗告人個人の権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼす法的
効果を有するものではないから,本件本案訴訟が抗告訴訟であるとすればその要件
を満たさない不適法なものであることは明らかである。抗告人は,自衛官をイラク
共和国に派遣することによって日本が戦争の惨禍に巻き込まれ,抗告人の生命や財
産その他の諸権利が危殆に瀕することになると主張するけれども,このような理由
をもって,自衛官をイラク共和国に派遣する行為が抗告人個人の権利ないし法律上
の利益に直接の影響を及ぼす法的効果を有するということはできない。」と判示し
た上,「本件本案訴訟は法律上の根拠を欠く不適法な訴えである」としている。
同裁判例の判示するとおり,当該訴えが適法となるためには,その対象とな
る行為が,国民一般に抽象的な影響を及ぼすのみでは足りず,国民個々人の具体的
権利ないし法律上の利益に直接の影響を及ぼすものでなければならないと解される。
そして,前記のとおり,原告らの主張する平和的生存権,戦争や武力行使を
しない日本に生きる権利及び平和追求権が具体的権利として国民個々人に保障され
たものではないことは明らかである。したがって,前記各権利を根拠とする本件違
憲確認の訴え及び本件派遣差止めの訴えは,原告ら個人の具体的権利ないし法律上
の利益に直接の影響を及ぼすことを根拠とするものではないから,不適法であると
いうべきである。
ウまとめ
以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力
行使をしない日本に生きる権利は,いずれも憲法上保障された具体的権利というこ
とはできず,また,原告らの主張する人格権も観念し得ないから,被告との間で具
体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争が起こり得ないことは明らかで
ある。すなわち,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,原告Aほか9
名の具体的な権利義務ないし法律関係に直接かかわらないものであり,「当事者間
の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する紛争であること」との要件を欠
く。本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,原告Aほか9名が,国民
(主権者)としての一般的な資格,地位に基づき日本国政府に政策の転換を迫る民
衆訴訟の実質を有するものというべきであるから,裁判所法3条1項にいう「法律
上の争訟」に当たらず,不適法というほかない。よって,本件派遣差止めの訴え及
び本件違憲確認の訴えはいずれも却下されるべきである。
原告らは,原告ら自身の主観的利益に直接かかわらない事柄に関し,国民と
しての一般的な資格・地位をもって上記請求をするものであり,本件を民事訴訟と
して維持するため,一見,具体的な争訟事件のごとき形式を採ってはいるものの,
実際には,私人としての原告らと被告との間に利害の対立紛争は現存しない。原告
らは,司法的解決のために本件を提起したものではなく,本件訴訟の真の目的が日
本国政府に政策の転換を迫る点にあることは明らかである。
(3)本件違憲確認の訴えが確認の利益を欠くことについて(本案前の主張)
ア具体的紛争解決制度たる訴訟制度は,基本的に現在の争いを解決することを
目的とするものであるから,端的に原告らの具体的な権利又は法律関係についての
紛争の解決を求めるべきものであり,単なる事実ないし過去の法律関係の存否の確
認は,原則として訴訟制度の目的に沿うものではなく,事実ないし過去の法律関係
の存否を確認することが現在の紛争の直接的かつ抜本的な解決手段として最も有効
かつ適切と認められる場合に限って許される。
イところで,原告Aほか9名が本件違憲確認請求の根拠として主張する平和的
生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,前記のとお
り,憲法上保障された具体的権利ではなく,また,原告らの主張する人格権も観念
し得ず,前記原告らの法的地位を基礎付けるものではないから,本件派遣は,原告
らの有する法的地位に何らの影響を及ぼすものではなく,何らの法律効果も伴わな
い単なる事実行為にすぎないのであって,このような単なる事実行為が違憲である
ことの確認を求める訴えは,確認訴訟における対象適格性を欠くというべきである。
ウまた,本件派遣によって原告Aほか9名が具体的に権利を侵害されたという
のであれば,端的にそれを理由として損害賠償を求めれば足りるのであり,現に,
原告Aほか9名は,本件派遣が違憲・違法であるとして,本件損害賠償請求も行っ
ている。したがって,本件損害賠償請求とは別個に本件派遣の違憲等確認判決を求
めることは迂遠であって,原告らの主張する上記各権利の救済手段として有効かつ
適切であるとはいえない。したがって,本件違憲確認の訴えは,確認の利益を欠き
不適法である。
エよって,本件違憲確認の訴えは,確認の利益を欠くから,却下されるべきで
ある。
(4)本件派遣差止請求について
ア前記のとおり,本件派遣差止請求は,本件派遣の差止めを民事上の請求とし
て求めるものであるが,仮に,本件派遣差止請求に係る訴えの適法性の問題をおく
としても,係る請求が成り立ち得るためには,原告らが当該行為を差し止め得る私
法上の権利,すなわち差止請求権を有していることが不可欠である。
しかしながら,上記のとおり,原告らが差止請求権の法的根拠として主張す
る平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,い
ずれも国民個々人に保障された具体的権利とはいえず,また,原告らの主張する人
格権も観念し得ないことは明らかであり,原告Aほか9名が,前記各権利に基づく
差止請求権を有しない。
イしたがって,本件派遣差止請求は,主張自体失当である。
(5)本件損害賠償請求について
ア原告らは,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生
きる権利並びに人格権又は人格的利益を被侵害利益として,本件損害賠償請求をし
ている。しかしながら,前記のとおり,原告らが被侵害利益として主張する平和的
生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利及び人格権は,
いずれも具体的な権利ではなく,また,国家賠償法上保護された利益とも認められ
ない。
イまた,本件派遣は,原告らに向けられたものではなく,原告らの法的利益を
侵害するということはおよそあり得ない。
ウさらに,国家賠償法1条1項に基づく損害賠償請求においては,原告らの国
家賠償法上保護された利益が現実に侵害されたことが必要であり,侵害の危険性が
発生しただけでは足りないところ,原告らは,現実に侵害が発生したことについて
は何ら主張していない。
エしたがって,本件損害賠償請求は,いずれにしても主張自体失当である。
第3当裁判所の判断
1平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利に
ついて
(1)原告らは,本件派遣によって,憲法前文を根拠とする平和的生存権,憲法
前文及び13条を根拠とする平和追求権並びに憲法前文の平和的生存権を制度的に
具体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本に生きる権利という
憲法上保障された人権が侵害されたと主張する。そこで,以下,原告らの主張する
これらの権利が,憲法上保障された具体的権利ないし利益であるといえるか否かに
ついて検討する。
(2)まず,平和的生存権について検討する。
確かに,憲法前文は,「日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互の関係を
支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて,平和を愛する諸国民の公正と信義
に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは,平和を維持
し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと務めてゐる国際社会に
おいて,名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐
怖と欠乏から免かれ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と宣
言し,憲法9条は,戦争放棄,戦力不所持及び交戦権の否認を規定している。この
平和主義が憲法上極めて重要な理念であることはいうまでもない。そして,全世界
の国民が平和のうちに生存することは,その基本的人権の保障の基礎的な条件であ
って,憲法が全世界の国民について平和のうちに生存する権利を確認し,それが実
現されることを希求していることも解釈上疑義がない。
しかしながら,憲法が上記のような理念を採用していることと,憲法前文に規
定されている「平和のうちに生存する権利」がその侵害に対して裁判上の救済を求
めることが憲法によって保障されている具体的権利ないし利益であることとは,解
釈上別個の問題である。
確かに,いまだ主権国家間,民族,地域間の対立による武力紛争が地上から除
去されていない国際社会においては,全世界の国民の「平和のうちに生存する権
利」を確保するため,国家は,憲法の基本原理である平和主義に従って平和を維持
するよう努め,国民の基本的人権が侵害,抑圧されるといった事態を生じさせるこ
とのないように努めるべき憲法上の責務を負っているというべきである。そして,
国家がこの義務に反した結果,憲法上保障された基本的人権に対して違法な侵害,
抑圧が具体的に生じた場合には,当該国家の行為によって基本的人権を侵害された
個人は,当該基本的人権の侵害を理由として,裁判所に権利の救済を求めることは
可能といえよう。
しかしながら,「平和」という概念は,万人によってその実現を希求されるべ
き究極の理想ではあるものの,あくまでも理念ないし目的としての抽象的概念であ
って,各人の思想,信条,世界観及び価値観などによって,多義的な解釈を余儀な
くされるものである。それゆえ,各人の「平和」観も様々であるといわなければな
らない。また,「平和」とは,ひとり個人の内心において達成できるものではなく,
常に他者との関係を含めて達成し得るものであり,「平和」を具体的に実現する手
段や方法も,様々な考え方が成り立ち得る多様なものである。このことは,国民の
負託を受けた国会が「我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを
目的」として立法したイラク特措法(同法1条参照)に対して,原告らが非常に否
定的な評価を下し,同法に基づく本件派遣によって,かえって我が国の平和と安全
が害されていると主張していることからも分かる。また,原告らは,憲法は一義的
に「非武装平和」を「平和」の実現手段として採用していると主張するが,「非武
装平和」の概念も,やはり多義的な解釈を余儀なくされるものである。
そして,憲法前文や9条など現行憲法の規定からも,「平和」の概念や「平
和」を達成するための手段や方法のうち,いずれが正当であるか,また,いずれが
優れているかを直ちに導き出すことはできない。したがって,なるほど憲法前文に
は,「平和のうちに生存する権利」という文言が存在するが,現行憲法の解釈によ
って「平和のうちに生存する権利」の個別具体的な内容を一義的に確定することは
困難であり,結局,権利の個別具体的な内容を確定し得ない以上,憲法前文によっ
て「平和のうちに生存する権利」という具体的権利ないし利益が保障されていると
解することはできない。すなわち,原告らの主張する平和的生存権をもって,個々
人が,同権利を侵害する国の行為について救済を求め得る裁判規範性を有する具体
的権利ということはできないといわざるを得ない。
(3)そして,上記(2)で述べた「平和」概念の多義性やその達成手段の多様性に
よると,原告らが憲法13条を根拠として主張する平和追求権についても,同じく
憲法上保障された具体的な権利ないし利益とはいえないと解さざる得ない。
(4)また,上記(2)に述べたところに加えて,憲法9条が国家の統治機構ないし
統治活動について定めたものであって,国民の権利を直接保障したものとはいえな
いことにかんがみると,原告らが主張する戦争や武力行使をしない日本に生きる権
利についても,憲法上保障された具体的権利ないし利益であるということは到底で
きない。
(5)なお,原告らは,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない
日本に生きる権利は,相互に重なり合い,関連し,補完し合って広義の平和的生存
権を形作っていると主張する。この広義の平和的生存権という概念が,平和的生存
権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利とは別個の権利とし
て存在する概念として主張されているとしても,上記(2)で述べた「平和」概念の
多義性やその達成手段の多様性などによると,広義の平和的生存権なる権利が憲法
上保障された具体的権利であるということはできない。
(6)以上のとおり,原告らが主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武
力行使をしない日本に生きる権利は,いずれも憲法上保障された具体的権利又は利
益ということはできない。
2原告らの主張する人格権又は人格的利益について
(1)原告らは,本件派遣によって,戦争や人殺しに加担したくないという信念
を踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の市民が死亡していることや日本人が拉
致,殺害されたことに深い悲しみを覚え,無差別テロ行為の被害に遭いたくないと
いう恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快感,不安感及び焦燥感などの精神的苦
痛は深刻であると主張する。
(2)しかしながら,本件派遣によって,原告らの人格権又は保護に値する人格
的な利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,本件派遣によって原告ら
の人格権又は保護に値する人格的な利益が侵害されるという事態は想定し得ないと
いうべきである。その理由は,次のとおりである。
アまず,本件派遣は,原告らに対して何らかの直接的な義務を課したり効果を
及ぼしたりする性質のものではない。したがって,本件派遣によって,直接,原告
らの生命,身体に対する侵害への恐怖と不安が発生するとはいえない。この点,原
告らは,本件派遣によって,日本人又は日本で生活する者に対して無差別テロ行為
の危険性が高まったと主張する。しかしながら,テロ行為の動機,原因が多様であ
ることは公知の事実であり,本件派遣によって原告らの主張するような無差別テロ
行為の具体的,現実的危険性が高まったか否かはそもそも確定できる性質のもので
はないから,原告らの主張は採用することができない。このことは,甲事件原告F
が主張するイラクにおけるボランティア活動がいわゆる反米武装勢力によるテロ行
為などによる治安の悪化などによって困難になったという不利益についても同様で
ある。
イまた,確かに,原告らの多くが本件派遣に対して激しい嫌悪感等を抱いてい
ることは容易に推測でき,これを精神的苦痛と表現することができないわけではな
い。しかしながら,それは間接民主制の下において決定,実施された国家の措置,
施策が自らの信条,信念,憲法解釈等に反することによる個人としての義憤の情,
不快感,焦燥感,挫折感等の感情の領域の問題というべきであり,そのような精神
的苦痛は,多数決原理を基礎とする決定に不可避的に伴うものである。そして,①
本件派遣が原告らに何らかの直接的な義務を課したり効果を及ぼしたりする性質の
ものではないこと,また,②本件派遣が多数決原理によっても侵すことのできない
原告らの人権を侵害するものではないことにかんがみると,本件派遣によって原告
らに生じた精神的な苦痛は,間接民主制の下における政策批判や原告らの見解の正
当性を広めるための活動等によって回復されるべきか,又は,間接民主制の下にお
いて不可避的に発生するものとして受忍されるべきである。したがって,本件派遣
によって原告らの感じた精神的な苦痛が原告ら個々にとって主観的にはいかに深刻
であろうとも,こうした個人の内心的感情が法的保護に値するものであるというこ
とはできず,本件派遣によって原告らの人格権が侵害されたとか,原告らの精神的
な苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたものであるということはできない。
3本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて
以下,上記1,2で検討したところを前提に判断する。
(1)原告Aほか9名は,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦
争や武力行使をしない日本に生きる権利という憲法上保障された基本的人権並びに
人格権を侵害されていると主張して,被告に対し,民事上の請求として,本件派遣
の差止めを求め,また,本件派遣が憲法前文,9条及び13条に反して違憲である
ことの確認を求めているので,これらの訴えの適法性について検討する。
(2)原告Aほか9名が本件派遣差止請求及び本件違憲確認請求の根拠として主
張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,
上記1で判示したとおり,憲法上保障された具体的権利ないし利益とはいえない。
また,同原告らの主張する人格権又は人格的利益も,上記2で判示したとおり,本
件においては法的保護に値するものではない。したがって,同原告ら自身は本件派
遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて民事上の請求であると主張するが,
前記各訴えは,同原告らの固有の法律上の利益に基づき提起されたものと認めるこ
とはできず,その実質は,単に国民ないし市民一般の地位に基づき,本件派遣の差
止め及びその違憲の確認を求めるものであるというべきである。すなわち,いずれ
の訴えも,「(国の)機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟」で,「自
己の法律上の利益にかかわらない資格で提起するもの」であり,行政事件訴訟法に
規定された民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)に該当し,民事訴訟としては不適法で
ある。
そして,民衆訴訟は,「法律に定める場合において,法律に定める者に限り,
提起することができる」(同法42条)が,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確
認の訴えに類する訴訟は現行法上認められていないから,結局,いずれの訴えも法
律に定めのない民衆訴訟であり,行政訴訟としても不適法というほかなく,却下を
免れない。
(3)ア仮に,原告Aほか9名が主張するように,本件派遣差止めの訴え及び本
件違憲確認の訴えを同原告らの個人的な権利利益を目的とする主観訴訟と解すると
しても,以下のとおり不適法というべきである。
イイラク特措法は,同法に基づく人道復興支援活動又は安全確保支援活動(以
下「対応措置」という。)の実施に関し,次のとおり規定し,本件派遣は,これら
の法令に定められた手続に基づき実施されている。
a内閣総理大臣は,対応措置のいずれかを実施することが必要であると認め
るときは,当該対応措置を実施すること及び当該対応措置に関する基本計画の案に
つき閣議の決定を求めなければならない(同法4条1項)。
b防衛庁長官は,基本計画に従い,対応措置として実施される業務としての
役務の提供(自衛隊による役務の提供に限る。)について実施要項を定め,これに
ついて内閣総理大臣の承認を得て,自衛隊の部隊等にその実施を命ずるものとする
(同法8条2項)。
ウ上記イによると,本件派遣は,政府が閣議決定した基本計画とこれに基づく
防衛庁長官の実施命令を根拠とするものであるが,まず,閣議決定は,内閣の意思
決定であり,それ自体が外部に効力を及ぼし国民の具体的な権利義務を形成し,又
は確定する効力をもつものではない。次に,防衛庁長官の実施命令は,行政内部の
指揮監督権の行使にすぎないから,これも国民の具体的な権利義務を形成し,又は
確定する効力をもつものではない。したがって,いずれも行政処分には当たらず,
本件派遣差止めの訴えは,行政庁の公権力の行使に関する不服の訴訟,すなわち抗
告訴訟(行政事件訴訟法3条1項)には当たらない。
とはいえ,本件派遣差止めの訴えは,行政権の行使に直接介入することを目
的とするものであるから,抗告訴訟と同様の規律に服すべきである。このような観
点からみると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟でいえば,義務付けの訴え(行
政事件訴訟法37条の2)又は差止めの訴え(同法37条の4)のいずれかに相当
すると解される。そして,義務付けの訴え,差止めの訴えのいずれにおいても,訴
えを提起しようとする者に「重大な損害を生ずるおそれ」のあることが訴訟要件と
なっているところ(同法37条の2第1項,37条の4第1項),本件において原
告Aほか9名が主張する権利ないし利益は,上記1,2で詳論したとおり,具体的
権利ないし法的保護に値する利益とはいえないから,同原告らについて「重大な損
害を生ずるおそれ」を観念することができない。そうすると,本件派遣差止めの訴
えは,抗告訴訟としての義務付けの訴えや差止めの訴えの場合と同様,その余の点
について判断するまでもなく訴訟要件を欠き,不適法といわざるを得ないから,却
下すべきである。
エまた,本件違憲確認の訴えは,確認の訴えであるから,まずもって原告Aほ
か9名の有する権利又は法律関係に現に存する不安ないし危険を除去すべき現実的
必要性があって初めて訴えの利益が肯定される。しかし,これも上記1,2で詳論
したとおり,同原告らの主張する権利ないし利益は,具体的権利ないし法的保護に
値する利益とはいえないから,それらに対する不安ないし危険は存在せず,訴えの
利益を認めることができない。したがって,その余の点について判断するまでもな
く,本件違憲確認の訴えは不適法であり,却下すべきである。
(4)以上のとおり,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,いずれ
の見地から検討しても不適法であるから却下すべきである。
4本件損害賠償請求について
(1)原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力
行使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され多大な精神
的苦痛を被ったと主張する。
(2)国家賠償法1条1項の損害賠償請求の対象となる国の不法行為は,確立さ
れた権利に対する侵害行為のみならず,いまだ権利としては明確に確立されていな
くとも,法律上保護されるべき利益に対する侵害が違法であると認められれば成立
するものというべきである。そして,個人の精神的苦痛が社会通念上受忍すべき限
度を超えるような場合には,人格的な利益として法的に保護すべき場合があり,そ
れに対する違法な侵害があれば,その侵害の態様,程度いかんによっては,不法行
為が成立する余地があるものと解すべきである。
(3)しかし,まず,上記1で判示したとおり,原告らの主張する平和的生存権,
平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,具体的権利ないし利
益とはいえないから,本件派遣によって,これらの権利が侵害されることはあり得
ない。したがって,これらの権利ないし利益が侵害されたとして慰謝料を請求する
本件損害賠償請求には理由がない。
(4)次に,上記2で判示したとおり,本件派遣によって,原告らの人格権又は
国家賠償法上保護に値する人格的利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそ
も,本件派遣によって原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な利益
が侵害されるという事態は想定し得ないから,これらの権利ないし利益が侵害され
たとして慰謝料を請求する本件損害賠償請求にも理由がない。
(5)そうすると,その余の点につき検討するまでもなく,原告らの本件損害賠
償請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。
5結論
よって,主文のとおり判決する。
甲府地方裁判所民事部
裁判長裁判官新堀亮一
裁判官倉地康弘
裁判官岩井一真
当裁判所の判断(要旨)
1平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利につ
いて
(1)原告らは,本件派遣によって,憲法前文を根拠とする平和的生存権,憲法前
文及び13条を根拠とする平和追求権並びに憲法前文の平和的生存権を制度的に具
体化した憲法9条を根拠とする戦争や武力行使をしない日本に生きる権利という憲
法上保障された人権が侵害されたと主張する。
(2)確かに,平和主義が憲法上極めて重要な理念であることはいうまでもない。
そして,全世界の国民が平和のうちに生存することは,その基本的人権の保障の基
礎的な条件であって,憲法が全世界の国民について平和のうちに生存する権利を確
認し,それが実現されることを希求していることも解釈上疑義がない。
しかしながら,憲法が上記のような理念を採用していることと,憲法前文に規定
されている「平和のうちに生存する権利」がその侵害に対して裁判上の救済を求め
ることが憲法によって保障されている具体的権利ないし利益であることとは,解釈
上別個の問題である。
「平和」という概念は,万人によってその実現を希求されるべき究極の理想では
あるものの,あくまでも理念ないし目的としての抽象的概念であって,各人の思想,
信条,世界観及び価値観などによって,多義的な解釈を余儀なくされるものである。
また,「平和」とは,ひとり個人の内心において達成できるものではなく,常に他
者との関係を含めて達成し得るものであり,「平和」を具体的に実現する手段や方
法も,様々な考え方が成り立ち得る多様なものである。そして,憲法前文や9条な
ど現行憲法の規定からも,「平和」の概念や「平和」を達成するための手段や方法
のうち,いずれが正当であるか,また,いずれが優れているかを直ちに導き出すこ
とはできない。したがって,現行憲法の解釈によって「平和のうちに生存する権
利」の個別具体的な内容を一義的に確定することは困難であり,結局,権利の個別
具体的な内容を確定し得ない以上,憲法前文によって「平和のうちに生存する権
利」という具体的権利ないし利益が保障されていると解することはできない。
(3)そして,上記(2)で述べた「平和」概念の多義性やその達成手段の多様性によ
ると,平和追求権についても,同じく憲法上保障された具体的な権利ないし利益と
はいえないと解さざる得ない。
(4)また,上記(2)に述べたところに加えて,憲法9条が国家の統治機構ないし統
治活動について定めたものであって,国民の権利を直接保障したものとはいえない
ことにかんがみると,戦争や武力行使をしない日本に生きる権利についても,憲法
上保障された具体的権利ないし利益であるということは到底できない。
2原告らの主張する人格権又は人格的利益について
(1)原告らは,本件派遣によって,戦争や人殺しに加担したくないという信念を
踏みにじられ,イラクで子供を含む多数の市民が死亡していることや日本人が拉致,
殺害されたことに深い悲しみを覚え,無差別テロ行為の被害に遭いたくないという
恐怖感を抱くなど,本件派遣による不快感,不安感及び焦燥感などの精神的苦痛は
深刻であると主張する。
(2)しかしながら,本件派遣によって,原告らの人格権又は保護に値する人格的
な利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,本件派遣によって原告らの
人格権又は保護に値する人格的な利益が侵害されるという事態は想定し得ないとい
うべきである。その理由は,次のとおりである。
アまず,本件派遣は,原告らに対して何らかの直接的な義務を課したり効果
を及ぼしたりする性質のものではない。したがって,本件派遣によって,直接,原
告らの生命,身体に対する侵害への恐怖と不安が発生するとはいえない。この点,
原告らは,本件派遣によって,日本人又は日本で生活する者に対して無差別テロ行
為の危険性が高まったと主張する。しかしながら,テロ行為の動機,原因が多様で
あることは公知の事実であり,本件派遣によって原告らの主張するような無差別テ
ロ行為の具体的,現実的危険性が高まったか否かはそもそも確定できる性質のもの
ではないから,原告らの主張は採用することができない。
イまた,確かに,原告らの多くが本件派遣に対して激しい嫌悪感等を抱いて
いることは容易に推測でき,これを精神的苦痛と表現することができないわけでは
ない。しかしながら,それは間接民主制の下において決定,実施された国家の措置,
施策が自らの信条,信念,憲法解釈等に反することによる個人としての義憤の情,
不快感,焦燥感,挫折感等の感情の領域の問題というべきであり,そのような精神
的苦痛は,多数決原理を基礎とする決定に不可避的に伴うものである。そして,①
本件派遣が原告らに何らかの直接的な義務を課したり効果を及ぼしたりする性質の
ものではないこと,また,②本件派遣が多数決原理によっても侵すことのできない
原告らの人権を侵害するものではないことにかんがみると,本件派遣によって原告
らに生じた精神的な苦痛は,間接民主制の下における政策批判や原告らの見解の正
当性を広めるための活動等によって回復されるべきか,又は,間接民主制の下にお
いて不可避的に発生するものとして受忍されるべきである。したがって,本件派遣
によって原告らの感じた精神的な苦痛が原告ら個々にとって主観的にはいかに深刻
であろうとも,こうした個人の内心的感情が法的保護に値するものであるというこ
とはできず,本件派遣によって原告らの人格権が侵害されたとか,原告らの精神的
な苦痛が社会通念上受忍すべき限度を超えたものであるということはできない。
3本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えについて
(1)上記1,2で判示したとおり,原告Aほか9名が本件派遣差止請求及び本件
違憲確認請求の根拠として主張する平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行使
をしない日本に生きる権利は,憲法上保障された具体的権利ないし利益とはいえず,
また,同原告らの主張する人格権又は人格的利益も,本件においては法的保護に値
するものではない。したがって,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,
同原告らの固有の法律上の利益に基づき提起されたものと認めることはできず,そ
の実質は,単に国民ないし市民一般の地位に基づき,本件派遣の差止め及びその違
憲の確認を求めるものであるというべきである。すなわち,いずれの訴えも,
「(国の)機関の法規に適合しない行為の是正を求める訴訟」で,「自己の法律上
の利益にかかわらない資格で提起するもの」であり,行政事件訴訟法に規定された
民衆訴訟(行政事件訴訟法5条)に該当し,民事訴訟としては不適法である。そし
て,民衆訴訟は,「法律に定める場合において,法律に定める者に限り,提起する
ことができる」(同法42条)が,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴え
に類する訴訟は現行法上認められていないから,結局,いずれの訴えも法律に定め
のない民衆訴訟であり,行政訴訟としても不適法というほかない。
(2)ア仮に,原告Aほか9名が主張するように,本件派遣差止めの訴え及び本件
違憲確認の訴えを同原告らの個人的な権利利益を目的とする主観訴訟と解するとし
ても,以下のとおり不適法というべきである。
イ本件派遣は,政府が閣議決定した基本計画とこれに基づく防衛庁長官の実
施命令を根拠とするものであるが,閣議決定及び実施命令は,国民の具体的な権利
義務を形成し,又は確定する効力をもつものではない。したがって,いずれも行政
処分には当たらず,本件派遣差止めの訴えは,行政庁の公権力の行使に関する不服
の訴訟,すなわち抗告訴訟(行政事件訴訟法3条1項)には当たらない。
とはいえ,本件派遣差止めの訴えは,行政権の行使に直接介入することを目的と
するものであるから,抗告訴訟と同様の規律に服すべきである。このような観点か
らみると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟でいえば,義務付けの訴え(同法3
7条の2)又は差止めの訴え(同法37条の4)のいずれかに相当すると解される。
そして,義務付けの訴え,差止めの訴えのいずれにおいても,訴えを提起しようと
する者に「重大な損害を生ずるおそれ」のあることが訴訟要件となっているところ
(同法37条の2第1項,37条の4第1項),本件において原告Aほか9名が主
張する権利ないし利益は,上記1,2で詳論したとおり,具体的権利ないし法的保
護に値する利益とはいえないから,同原告らについて「重大な損害を生ずるおそ
れ」を観念することができない。そうすると,本件派遣差止めの訴えは,抗告訴訟
としての義務付けの訴えや差止めの訴えの場合と同様,その余の点について判断す
るまでもなく訴訟要件を欠き,不適法といわざるを得ない。
ウまた,本件違憲確認の訴えは,確認の訴えであるから,まずもって原告A
ほか9名の有する権利又は法律関係に現に存する不安ないし危険を除去すべき現実
的必要性があって初めて訴えの利益が肯定される。しかし,これも上記1,2で詳
論したとおり,同原告らの主張する権利ないし利益は,具体的権利ないし法的保護
に値する利益とはいえないから,それらに対する不安ないし危険は存在せず,訴え
の利益を認めることができない。したがって,その余の点について判断するまでも
なく,本件違憲確認の訴えは不適法である。
(3)以上のとおり,本件派遣差止めの訴え及び本件違憲確認の訴えは,いずれの
見地から検討しても不適法であるから却下すべきである。
4本件損害賠償請求について
(1)原告らは,本件派遣によって,平和的生存権,平和追求権及び戦争や武力行
使をしない日本に生きる権利並びに人格権又は人格的利益を侵害され多大な精神的
苦痛を被ったと主張する。
(2)しかし,まず,上記1で判示したとおり,原告らの主張する平和的生存権,
平和追求権及び戦争や武力行使をしない日本に生きる権利は,具体的権利ないし利
益とはいえないから,本件派遣によって,これらの権利が侵害されることはあり得
ない。次に,上記2で判示したとおり,本件派遣によって,原告らの人格権又は国
家賠償法上保護に値する人格的利益が侵害されたとはおよそ認められず,そもそも,
本件派遣によって原告らの人格権又は国家賠償法上保護に値する人格的な利益が侵
害されるという事態は想定し得ない。
(3)そうすると,その余の点につき検討するまでもなく,原告らの本件損害賠償
請求は,いずれも理由がないから,これを棄却すべきである。

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