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平成14年(行ケ)第383号 審決取消請求事件
平成14年11月14日口頭弁論終結
判          決
原          告    日本パワーファスニング株式会社
訴訟代理人弁理士       石   井   暁   夫
同               東   野       正
同               西       博   幸
被          告    株式会社ミヤガワ
訴訟代理人弁理士        角   田   嘉   宏
同               高   石       郷
同               古   川   安   航
同               西   谷   俊   男
同               幅       慶   司
同               内   山       泉
主          文 
1 特許庁が無効2001-35144号事件について平成14年7月9
日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
主文と同旨
2 被告
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は,原告の負担とする。
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
被告は,「Marutex」の欧文字を横書きして成り,商標法施行令1条
関係別表第6類の「リベット,くぎ,ねじくぎ,ドリルネジ,ボルト,ナット,く
さび,その他の金属製金具」を指定商品とする,登録第4069296号商標(平
成8年5月23日登録出願(以下「本件出願」という。),平成9年10月17日
設定登録。以下「本件商標」という。)の商標権者である。
原告は,平成13年4月1日,本件商標の登録をすべての指定商品に関して
無効とすることについて審判を請求した。
特許庁は,これを無効2001-35144号事件として審理し,その結
果,平成14年7月9日に,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決を
し,同月19日にその謄本を原告に送達した。
2 引用商標
原告が本件商標の登録を無効とする主張において根拠として引用する商標
は,次の(1),(2)のとおりである(以下,(1),(2)の商標を合わせて「引用商標」
ということがある。)。商標権者は,いずれも,米国法人であるイリノイ・トウー
ル・ワークス・インコーポレーテッド(以下「ITW社」という。)である。
(1) 「TEKS」の欧文字を横書きして成り,平成3年政令299号による改
正前の商標法施行令1条関係別表(以下「旧別表」という。)第13類の「自動穿
孔ネジ切りネジ,その他本類に属する商品」を指定商品とする,登録第67345
8号商標(昭和39年1月14日登録出願,昭和40年4月14日設定登録。)
(2) 「テクス」の片仮名文字を横書きして成り,旧別表第13類の「自動穿孔
ネジ切りネジ,その他の金具,その他本類に属する商品(但し,手動利器を除
く)」を指定商品とする,登録第1987736号商標(昭和59年11月29日
登録出願,昭和62年9月21日設定登録。)
3 審決の理由
  別紙審決書の写しのとおりである。要するに,①本件商標は,外観,称呼及
び観念のいずれからみても引用商標と相紛れるおそれのない,これとは非類似の商
標であるから,商標法4条1項10号,11号に該当しない,②本件商標と引用商
標は,外観,称呼及び観念のいずれからみても十分に区別し得る商標であり,他
に,両商標間に誤認混同を生じる事由は認められないものであるから,本件商標
は,商標法4条1項15号に該当しない,③本件商標は,その指定商品について使
用された場合,商品の品質について誤認を生ずるおそれがあるということはできな
いから,商標法4条1項16号に該当しない,として,請求人(原告)主張の無効
理由をすべて排斥するものである。
第3 原告主張の審決取消事由の要点
審決の理由中,「第1 本件商標」,「第2 引用商標」,「第3 請求人
の主張」,「第4 被請求人の答弁」は認め,「第5 当審の判断」は,争う。
審決は,本件商標と引用商標との類否判断を誤ることにより,商標法4条1
項10号,11号該当性の判断を誤り(取消事由1),商標法4条1項15号該当
性の判断を誤り(取消事由2),商標法4条1項16号該当性の判断を誤った(取
消事由3)ものであって,これらの誤りがそれぞれすべての指定商品につき結論に
影響を及ぼすことは明らかであるから,すべての指定商品につき違法として取り消
されるべきである。
1 取消事由1(商標法4条1項10号,11号該当性の判断の誤り)
(1) 審決は,①本件商標は,外観上まとまりよく一体的に看取し得るものであ
り,「マルテックス」の称呼のみを生じるのに対し,引用商標は,「テクス」の称
呼を生じ,両称呼は,音構成及び構成音数に明らかな差異が認められるから,容易
に区別し得る,②本件商標は,その構成全体より特定の観念を生じるものとは認め
られないから,引用商標とは観念上比較すべくもない,との理由により,本件商標
は,外観,称呼及び観念のいずれよりしても引用商標と紛れるおそれのない,これ
とは非類似の商標である,と判断した(審決書11頁14行~12頁3行)。
(2) 商品に係る商標の類否は,商品の出所につき混同を生ずるおそれがあるか
否かによって決すべきであり,その判断に当たっては,一般的にみた場合の外観,
称呼及び観念の3要素の類否のみならず,その商品の取引の実情を明らかにし得る
限り,その具体的な取引の実情に基づいて判断するのが相当である(最判昭和43
年2月27日民集22巻2号399頁,最判平成4年9月22日裁判集民事165
号407頁・判例時報1437号139頁,最判平成9年3月11日民集51巻3
号1055頁参照。)。一般的にみれば外観,称呼及び観念のうちのいずれかにお
いて相紛らわしいと判断される場合であっても,具体的な取引の実情を考慮すると
類似とはいえない場合もあり,逆に,一般的には外観,称呼及び観念のいずれにお
いても近似性はないと判断される場合であっても,具体的な取引の実情を考慮する
と,類似するとされる場合もある。
(3) 原告は,本件商標につき,「マル」と「テックス」とが分離して称呼され
ると主張しているのではない。しかし,たとい「マルテックス」と一連に称呼され
たとしても,①引用商標は,本件商標の出願前から現在に至るまで,原告又はIT
W社の商品であるドリルねじを表示するものとして業界で周知又は著名であり,需
要者の意識の中に深く浸透していること,②ねじ業界において「テックス」は「T
EKS」,「テクス」と実質的に同一の商標として認識されていること,③「テッ
クス」と「TEKS」,「テクス」との上記実質的同一性のゆえに,本件商標の語
頭における「マル」は,ドリルねじの素材としての「マルテンサイト系ステンレ
ス」,又は「良くできました」という意味のマル,あるいは形状の一つとしての
「丸い」を直感させるもので,形容詞的・誇称表示的な意味しか持たないこと,と
いう取引の実情を考慮すると,需要者は本件商標から「TEKS」,「テクス」を
連想してそのイメージを把握するから,本件商標は,引用商標に類似し,商標法4
条1項10号(ITW社のライセンシー(使用を許諾された者)である原告を表示
するものとして周知,著名な商標と類似)又は11号(ITW社の登録商標に類
似)に該当すると主張しているのである。周知性が高くなればなるほど商標に対す
る需要者の認識力・注意力は高くなるため,一部変更されたり,他の文字が結合し
たりしても,ある程度の共通性があると,需要者は,共通した部分から周知商標を
連想したり周知商標のイメージを敏感に看取したりして,共通の商品提供者が使用
している商標としてとらえる傾向が高くなる。周知性が高くなるほど商標の類似範
囲は広がるのである。
審決の判断は,本件商標が使用される商品であるドリルねじに関する上記
取引の実情を何ら考慮することなく,商標の類否を判断した点において,誤ってい
る。原告は,本件商標と引用商標との間に相違がないと主張しているのではなく,
相違があることを認めた上で,相違は類否判断において実質的な意味がないと主張
しているのである。審決は,原告の主張に対する判断を怠っている。
(4) 被告は,引用商標はドリルねじを指し示す普通名称である,と主張し,そ
の主張の根拠として,我が国において,原告以外の会社が引用商標を使用していた
ことを挙げる。我が国において,原告以外の会社が引用商標を使用していたこと
は,事実である。しかしながら,この事実は,被告の上記主張の根拠となるもので
はない。
引用商標を使用する他社は,すべて,ITW社がドリルねじについて有す
る特許権,商標権について原告からサブライセンス(再使用許諾)を受けている
(株式会社丸エム製作所,株式会社トープラ,東洋プラススクリューについての甲
第18号証の1ないし3参照)。
「スーパーテクス」の表示を使用する日本金属ファスナー株式会社は,
「スーパーテクス」の名称のドリルねじについて,原告が発売元,同社が製造元の
関係にあり(甲第18号証の4),原告の承諾の下に上記名称のドリルねじを製造
していたにすぎない。
株式会社丸エム製作所及び日東精工株式会社による引用商標の使用は,原
告のサブライセンス(再使用許諾)に基づくものである。このことは,株式会社丸
エム製作所のカタログ(甲第18号証の5)や日東精工株式会社のカタログ(甲第
18号証の6)には,そこに表示された引用商標について,商標登録表示(Rの付
記)がなされていることからも,明らかである。
このように,原告以外の者による引用商標の使用は,識別性を喪失・希釈
しないように原告の適切な管理の下に行われていたものであるから,その使用をも
って引用商標が普通名称化したことの根拠とすることはできないのである。
2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)
(1) 審決は,引用商標の周知性は認めつつも(審決書12頁5行~7行),引
用商標と本件商標との非類似性を根拠に,本件商標の商標法4条1項15号該当性
を否定した(審決書12頁4行~15行)。
(2) しかしながら,商標法4条1項15号における出所混同は,商標同士は同
一又は類似の関係にあるものの,商品・役務同士は同一でも類似でもないという関
係にある場合だけに認められるというのではなく,商品・役務は同一又は類似であ
るものの,商標同士自体を比較すれば両者は非類似である,という場合にも認めら
れ得るのである。すなわち,問題とされている商標を他者の商標と対比したとき,
商標自体同士の比較としてみれば,外観,称呼,観念において類似せず,全体とし
て非類似とされても,当該商標がその構成として周知,著名な他社の引用商標を連
想させる要素を含んでいる場合は,出所混同を惹起する商標に該当するのである
(最判平成13年7月6日判例タイムズ1071号148頁参照。)。
本件においては,ドリルねじについての「TEKS」,「テクス」の周知
性・著名性,「TEKS」,「テクス」と「テックス」との実質的同一性のため,
取引者・需要者は,本件商標から「テックス」を分離して認識するとともに,「T
EKS」,「テクス」を連想して,これを使用した商品について,原告又はITW
グループと何らかの関係があるように認識するのである。
審決は,本件商標の構成の実体を把握せず,本件商標と引用商標が類似す
ることのない区別できる商標であるから出所混同は生じないとして,そのことだけ
を根拠に,商標法4条1項15号該当性を否定した。このような判断は,特許庁が
同号該当性についての判断義務を放棄しているのではないかとの疑いさえも生じさ
せる,誤ったものというべきである。
(3) 商標法4条1項15号がフリーライド防止やダイリュージョン防止という
趣旨を含んでいて商標制度の中枢をなす規定であることにかんがみると,出願人の
意図も,取引の実情の一要素として同号該当性の判断要素に入れて,斟酌すること
ができるものというべきである。
ドリルねじの業界において,被告を除く各社は,すべて,引用商標とは全
く相違する商標を採択しており,被告だけが,「TEKS」,「テクス」を連想さ
せる商標である本件商標を採択している。ねじの業界において,「テックス」,
「tex」は普通に採択される名称ではないから,わざわざ「tex」を含む商標
を採択した被告の行為は不自然である。このような業界の実情に照らすと,被告に
よる本件商標の採択行為は,「TEKS」,「テクス」の名声にあやかりたい,と
の意図の下に,被告自身が,本件商標の使用によって原告及びIWTグループとの
間に出所混同を生じ得るであろうことを認識,期待してしたものである,というこ
とができる。
審決は,このような事情を考慮せず,単に,本件商標と引用商標とが類似
しないとの理由のみで,本件商標の商標法4条1項15号該当性を否定したもので
あり,結論に影響を及ぼす事項を斟酌しなかった誤りがある。
3 取消事由3(商標法4条1項16号該当性の判断の誤り)
ドリルねじについての引用商標の上記周知性・著名性を考慮すると,引用商
標又はこれに類似する商標をドリルねじ以外のねじ類に使用すると,別種商品であ
るにもかかわらず,ドリルねじと誤認するおそれがある。本件商標は引用商標に類
似するものであるから,本件商標をドリルねじ以外のねじ類に使用すると,これに
接する取引者・需要者は,あたかもそのねじ類がドリルねじであるかのように誤認
するに至る。
本件商標は,「マルテンサイト系ステンレス製のドリルねじ」との意味合い
も備えているので,マルテンサイト系ステンレス製以外の素材,例えばオーステナ
イト系ステンレス製ドリルねじや鋼製ドリルねじに使用した場合にも,品質の誤認
を生ずる。
以上のとおり,本件商標は商標法4条1項16号に該当する。これを否定し
た審決は誤りである。
第4 被告の反論の要点
審決の認定判断は,いずれも正当であって,審決を取り消すべき理由はな
い。
1 取消事由1(商標法4条1項10号,11号該当性の判断の誤り)について
(1) 本件商標は,被告が創作した造語商標であり,格別の観念を生ずるもので
はない。これから生じる「マルテックス」の称呼は,格別冗長なものとはいえず,
一息で滑らかに発音し得るものであるから,本件商標からは,「マルテックス」の
称呼のみが生じる。本件商標は,これらのことと外観とがあいまって,常に一連一
体の商標であると把握されることになる。このように,本件商標から「tex」が
分離抽出されて把握されることがない以上,本件商標と「TEKS」又は「テク
ス」と比較することはできない。本件商標と引用商標とは類似しない。
(2) 本件出願当時,既に,引用商標を構成する「TEKS」,「テクス」の語
は,業界において,「ドリルねじ」という種類の商品自体を指し示す語として使用
される普通名称となり,いわば,「ドリルねじ」の代名詞となっていた。我が国の
業界において何人(なにびと,なんびと)かの業務に係る商品を表示するものと広
く認識されていた,ということはない。
原告の提出する証拠(甲第9号証の1ないし3,第10号証の1,2,
4,9ないし11,13,第11号証の1ないし3)によれば,原告と競合する同
業他社が各々の業務に係る商品を表示する語として引用商標を使用していること,
不特定多数の事業者(ドリルねじのユーザーである屋根取付け等の施工業者及びド
リルねじを取り付けるための電動ドライバーのメーカー)がドリルねじを指し示す
語として引用商標を使用していることが認められる。原告は,引用商標の自他商品
識別力を維持するための努力を怠り,引用商標が「ドリルねじ」を指し示す語とし
て使用されている状態,「テクス止め」等の商品の用途を表示する語として使用さ
れている状態,ドリルメーカーがその商品名に「テクスドライバー」を使用してい
る状態を放置したといわざるを得ない。原告自身も,引用商標が「ドリルねじ」の
代名詞であることを繰り返し主張している。
このように,商標権者の同業者を始めとする不特定多数の事業者等が,あ
る商標を特定の種類の商品を指し示す語として永年使用し,商標権者がその使用を
放任した場合には,その商標は普通名称となる。引用商標は,「ドリルねじ」の代
名詞として使用され続けた結果,自他商品識別標識としての機能を喪失して「ドリ
ルねじ」を表示する普通名称となったものであり,引用商標に接する取引者・需要
者等は,引用商標から「ドリルねじ」を想起,認識するにすぎない。
商品「ドリルねじ」又はこれと類似する商品を権利範囲に含む「○○○テ
ックス」又は「○○○TEX」の構成から成る商標は多数登録されている。また,
「tex」を含む商標は,第三者によって,商品「ドリルねじ」又はこれと類似す
る商品について採択されている(乙第1号証)。「○○テックス」という名称の企
業,団体等が我が国には多数存在する(乙第2号証)。引用商標が我が国で周知著
名と認められているため,第三者は引用商標を想起させるような商標を採択してい
ない,との原告の主張には根拠がない。
(3) 取引者・需要者が,「TEKS」及び「テクス」と,「テックス」とを同
一視しているということはない。数件のカタログに「ドリルねじ」を指し示す語と
して「テックス」と表示しているのは,単なる誤りである。わずか数件のカタログ
に「テクス」と表示すべきところが誤って「テックス」と表示されているからとい
って,そのことから両者の表示が実質的に同一であると解することはできない。
商品「ドリルねじ」が取り扱われる業界において,「Maru」がマルテ
ンサイト系ステンレス」の略称として使用されることはなく,我が国で発行されて
いる工業用語辞典のほか,一般のどのような国語辞典にも,「Maru」が「マル
テンサイト系ステンレス」を指し示す語であるとは記載されていない。
上記のとおり本件商標が一連一体の態様をなすものである以上,本件商標
中の「Maru」が品質や形状等を表示したものであると認識されることもあり得
ない。
本件商標から「tex」を分離抽出するための原告の主張は,商標の構成
からの要部の抽出及び商標の類否に関する通常の判断基準を無視するものである。
(4) 被告商品の包装用箱に表示された本件商標の使用態様(乙第3号証の写真
1)と原告商品の包装用箱に表示された引用商標「テクス」の使用態様(同号証の
写真2)とを対比してみると,これらに接した取引者・需要者において両者を取り
違えるおそれはないことが,明らかである。このような取引の実情を考慮するなら
ば,取引者・需要者が被告商品と原告商品とを混同するおそれがないことは明らか
である。
(5) このように,本件商標は,引用商標に類似しないことが明らかであるか
ら,商標法4条1項10号,11号該当性を否定した審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について
(1) 引用商標は,我が国で周知・著名な商標ということはできず,引用商標を
構成する語が商品「ドリルねじ」を指し示す普通名称であることは,1で述べたと
おりである。本件商標の利用に係る商品が他人の業務に係る商品との間で誤認混同
されるおそれはない。
(2) 原告は,被告による本件商標の採択・使用は,引用商標の名声にあやかろ
うとする意図の下になされたものである,と主張する。しかし,本件商標は直接的
にも間接的にも引用商標を想起させるものではない。原告の主張は,失当である。
(3) 審決は,原告及び被告の主張及び証拠を参酌し,本件商標と引用商標との
間に誤認混同を生じる事由を認めることはできないと判断しているのであり,実態
に踏み入ることなく商標の類否のみに基づいて商標法4条1項15号該当性につい
て判断したのではない。
3 取消事由3(商標法4条1項16号該当性の判断の誤り)について
本件商標は,上記のとおり,引用商標と非類似の商標であり,引用商標を直
接的にも間接的にも想起させるものではないから,ドリルねじ以外の指定商品につ
いて使用しても,商品の品質について誤認を生じさせるおそれはないので,商標法
4条1項16号に該当しない。本件商標の同号該当性を否定した審決の判断に誤り
はない。
第5 当裁判所の判断
1 引用商標の周知性等について
証拠(甲第3,第4号証,第5号証の1ないし17,第6号証の1ないし1
6,第7号証の1ないし3,第8号証の1ないし8,第9号証の1ないし3,第1
2号証の1,2)及び弁論の全趣旨によれば,引用商標について,次の事実が認め
られる。
(1) 引用商標の商標権者であるITW社は,昭和38年(1963年)に,ね
じの軸の先端部を切削加工しドリル部として形成することにより,鋼板などの硬い
材料からなるワーク(相手材)であっても,ワークに下穴を空けてからタップ(工
作品に雌ねじを切る工具。ねじタップ)によって下穴に雌ねじを切るという手間を
かけることなく,上記ドリル部で直接下穴を穿孔することによって直接にねじをね
じ込むことができるドリルねじを開発し,我が国を始めとする世界各国で特許権を
取得し,引用商標の一つである「TEKS」の商標(我が国では,昭和39年に出
願し,昭和40年に設定登録を受けた。)を使用して世界で販売を開始した。
(2) 原告は,昭和39年(1964年)に,ITW社,日本発条株式会社及び
新和工業株式会社の三社の出資に係る合弁会社として設立された,ねじ類を始めと
する工業用ファスナーの製造,販売を主要事業とする,株式会社である。原告の名
称は,設立当初は日本シェークプルーフ株式会社であり,昭和54年にニスコ株式
会社に,平成4年10月に現在の日本パワーファスニング株式会社に,順次変更さ
れた。
原告は,昭和41年(1966年)に,ITW社から,同社の開発した上
記ドリルねじ「TEKS」の製造技術を導入し,引用商標についても使用権の設定
を受け,我が国において,「TEKS」の製造販売を開始した。
ドリルねじは,もともと我が国になかった製品であり,上記特許権の存在
などにより,我が国においては,原告がほとんど独占的にドリルねじの製造・販売
をする状態が昭和50年代半ばころまで,継続した。
ITW社は,昭和62年に,我が国において,引用商標の一つである「テ
クス」の商標(昭和59年出願)の設定登録を受けた。
(3) 原告は,本件商標の出願日である平成8年5月23日よりも前の,遅くと
も昭和54年ころから,本件商標の登録査定日(登録日である平成9年10月17
日より少し前の日)を経て,現在に至るまで,継続して,①引用商標(「TEK
S」,「テクス」)を表示した原告製品であるドリルねじについてのカタログ類
を,全国の支店・営業所・販売店を通じて,あるいは,建築金物展示会や工具類展
示会などの各種の展示会において,取引者・需要者に配布し,②各種業界紙類や便
覧等に引用商標を表示して,原告製品であるドリルねじの広告を行ってきている。
上に認定した事実によれば,引用商標は,本件商標の出願時においても,登
録査定時においても,我が国において,ドリルねじについて特定の出所を表示する
ものとして取引者・需要者の間で広く知られていたということができる。
2 取消事由1(商標法4条1項10号,11号該当性の判断の誤り)について
(1) 審決は,「本件商標について,構成中の「tex」の文字部分のみが独立
して認識されるとみるべき特段の事情は見出せないから,本件商標は,その構成文
字全体をもって一体不可分の造語よりなるものと認識し把握されるとみるのが相当
である。そうとすれば,本件商標は,その構成文字に相応して「マルテックス」の
称呼のみを生ずるものといわざるを得ない。」(審決書11頁25行~30行)と
の判断を前提に,本件商標と引用商標とは類似しないと判断した。
「テクス」の語と「テックス」の語とは,文字に着目するときは,3文字
と4文字という短い語同士の関係にあることなどから,「ッ」の有無により相当に
異なっているようにもみえる。しかし,音の面からみれば,両者は,促音の「ッ」
の音において相違するのみで,全体の語感や語調が極めてよく似ており,実際に発
音した場合にほとんど区別できないことも多いと考えられる(現に,証拠(甲第1
0号証の1ないし12)によれば,ドリルねじの取引者・需要者が作成したパンフ
レットには,そこに記載したドリルねじのことを「テクス」と表示したものもあれ
ば,「テックス」と表示したものもあることが認められ,現実に,取引者・需要者
において,ドリルネジにつき,「テクス」と「テックス」とが区別しないで用いら
れている例がみられる。)。このことを本件商標に即して言い換えれば,本件商標
からは,「マルテックス」の称呼のみならず,「マルテクス」との称呼も生じると
いうことになる。
このような「テクス」と「テックス」との実質的同一性を前提に,上記で
認定したように,引用商標である「TEKS」,「テクス」が特定の出所の表示と
して周知性を有していることを考慮すると,本件商標の指定商品に含まれるドリル
ねじに使用された「Marutex」の表示に接した取引者・需要者の中には,同
表示に含まれる「tex」の部分に注目し,これが引用商標と同一であるものとし
て把握する者も少なくないものというべきである。
審決は,本件商標を構成する各文字は,同じ書体,同じ間隔で表されてい
て,外観上まとまりよく一体的に看取し得るものであり,これにより生ずる「マル
テックス」の称呼は格別冗長というべきものでなく,よどみなく一連に称呼し得る
ものであることを,本件商標が「マルテックス」の称呼のみを生ずると解すべき根
拠として挙げる(審決書11頁15行~18行)。
しかしながら,「Marutex」の語は,造語であって,それ自体意味
を有する言葉として定着しているものではなく,さらに,「Marutex」とい
う語自体に,視覚上,聴覚上,一体のものとしてしか把握され得ない,という性質
を認めることができないことも明らかであるから,本件商標に接した者が,一体の
ものとして理解しそのように称呼することなく,途中で区切られたものとして理解
しそのように称呼する,という可能性を否定することはできないはずである。この
ような可能性が現実のものとなるか否かは,接した者が既に有している条件によっ
て決まることというべきである。格別なことがなければ,「Marutex」程度
の長さの言葉であれば一体のものとして把握し,「マルテックス」と称呼するであ
ろう。しかし,その者が,何らかの理由により,途中で区切って把握すべき条件を
与えられている場合には,区切って把握し,把握したところに従って称呼すること
になるであろう。そして,引用商標「TEKS」,「テクス」が特定の出所として
周知であることは前述のとおりであるから,「Marutex」に接する者の中に
は,「TEKS」,「テクス」を既存の概念として,これを前提に接する者も少な
くないはずである。また,本件商標中の「tex」は,引用商標と実質的に同一で
ある,あるいは極めて類似したものであるというべきものであることは,前述のと
おりであるから,このような者にとって,「Marutex」に接したとき,まず
「tex」に注意が向くことはごく自然なことであり,このような者が,「te
x」とその前の「Maru」とを区切って把握することは,十分にあり得ることと
いうべきである。このことは,本件商標中の「Maru」が原告の主張するように
「マルテンサイト系ステンレス」又は「良くできた」又は「丸い」という意味を持
つものとして把握されるか否か,ということとは関係なくいえることである。
以上で述べたところによれば,本件商標と引用商標との間には,少なくと
も称呼において類似しているとみるべき余地があるというべきである。
審決が,引用商標の周知性を十分考慮しないまま,本件商標と引用商標と
が類似せず,本件商標は商標法4条1項10号,11号に該当しない,との判断に
至ったものであることは,その説示自体で明らかである。考慮すべきことを考慮し
ないままに判断をした審決のこの誤りが,結論に影響を及ぼすことは明らかであ
る。
(2) 被告は,引用商標は,単に「ドリルねじ」という商品を指し示す語として
使用されており,業界において何人かの業務に係る商品を表示するものとして我が
国で広く認識されているということのできない,自他識別力のない普通名称であ
る,と主張する。
証拠(甲第9号証の1ないし3,第10号証の1ないし18,第11号証
の1ないし3)によれば,業界関係の雑誌において,原告以外のドリルねじの製造
業者である株式会社丸エム製作所,株式会社トープラがその製造するドリルねじを
表示する語として「テクス」を用いていること,日本金属ファスナー株式会社,日
東精工株式会社,株式会社丸十商店はその製造するドリルねじを表示する語として
「スーパーテクス」又は「Super Teks」を用いていると記載されている
こと,ドリルねじのユーザーである不特定多数の事業者(屋根取付け等の施工業者
やドリルねじを取り付けるための電動ドライバーのメーカー)が,パンフレット
に,原告名を表示することなく,ドリルねじを指し示す語として「テクス」,「T
eks」,「テックス」の語を使用していることが認められる。
しかしながら,株式会社丸エム製作所,株式会社トープラは,ITW社が
ドリルねじについて有する特許権,商標権などについて,実施権者である原告から
サブライセンス(再実施許諾)を受けているものであること(甲第18号証の1,
2)日本金属ファスナー株式会社は,株式会社ニフコ,日東精工株式会社及びIT
W社の3社の合弁会社であり,「スーパーテクス」の名称のドリルねじについて,
原告が発売元,日本金属ファスナー株式会社が製造元の関係にあるものとして,こ
れを製造していたものであること(甲第9号証の1,第18号証の4),株式会社
丸エム製作所のカタログや日東精工株式会社のカタログ,株式会社丸十商店の広告
においては,そこに表示された引用商標について,いずれも商標登録表示(Rの付
記)がなされていること(甲第9号証の2,第18号証の5,6)からすれば,上
記各会社による引用商標の使用は,いずれも,原告の許諾の下になされているもの
ということができる。上記引用商標の使用の事実は,「TEKS」又は「テクス」
が普通名称となっていることの根拠とはならないというべきである。
ドリルねじのユーザー(使用者)である施工業者や,ドリルねじを取り付
けるための電動ドライバーのメーカー(製造業者)によるパンフレット中の「テク
ス」等の語の上記使用が,すべて,原告とは無関係に,ドリルねじを表す普通名詞
として使用されているものであると認めるに足りる証拠はない。前記のとおり,我
が国において,「テクス」ないし「TEKS」がドリルねじの分野で独占状態を続
けた結果,ユーザーの中には,引用商標をドリルねじ自体を表す語であるととら
え,特定の出所と関係付けて認識しない者もいるであろうこと,上記パンフレット
の記載中には,そのような意味のものとして「テクス」等の語を用いているものも
あること,は容易に推認することができるものの,上記の程度の使用の事実がある
のみでは,我が国において,引用商標がドリルねじを表す普通名称となったことを
認めるに足りない,というべきである。
被告は,被告商品の包装箱に表示された本件商標の表示と,原告商品の包
装箱に表示された引用商標(「テクス」)の表示とを比較するならば,これに接す
る取引者・需要者が両商標を取り違えるおそれはなく混同のおそれはないから,両
商標には類似性がない,と主張する。しかしながら,本件商標及び引用商標の使用
態様が,現実の商品に用いられている包装箱への表示態様のみに限定されるもので
はないことは明らかであるから,被告の主張はそれ自体失当である。また,現実の
包装箱への表示態様を前提としても,両商標を並べて比較した場合には混同を生じ
なくとも,離隔的に観察した場合には,被告商品の包装箱に表示された本件商標に
接した需要者が「tex」の部分に注目して,引用商標を連想しこれと混同するこ
とがあり得ることは,上記説示したところから明らかである。
被告の主張は,その他のものも含め,いずれも,採用することができない
ことが明らかである。
3 取消事由2(商標法4条1項15号該当性の判断の誤り)について
本件商標と引用商標との間に類似性が認められないとしても,その場合に
も,前記のとおり引用商標がドリルねじについて特定の出所を表示するものとして
周知であること,本件商標中の「tex」と引用商標とは,実質的に同一であるか
極めて類似していると認められること等を考慮すると,本件商標は,これに接した
取引者・需要者に対し引用商標を連想させて,引用商標を使用してきた特定の者又
はその者と組織的・経済的に何らかの関係がある者の業務に係る商品であるかのよ
うに,その出所について混同を生ずるおそれがあるというべきであるから,商標法
4条1項15号に該当する。
本件商標と引用商標との間に誤認混同を生じる事由は認められないとして,
本件商標の同号該当性を否定した審決の判断は誤りというべきである。
第6 結論
そうすると,その余の原告主張について検討するまでもなく,原告の本訴請
求は,理由があることが明らかであるので,これを認容することとし,訴訟費用の
負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決
する。
   東京高等裁判所第6民事部
       裁判長裁判官  山   下   和   明
        
裁判官    阿   部   正   幸
         裁判官    高   瀬   順   久

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