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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を仙台高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人中林裕一、同安田忠の上告理由第一点について
 一 原審は、上告人A1ことA2(以下「上告人A1」という。)が被上告人を
相手取つて本件建物におけるパチンコ営業を禁止する仮処分を申請したことに過失
があつたかどうかを判断するにあたり、上告人A1は、当時の状況からみると、本
件建物におけるパチンコ営業は真実DことE(以下「D」という。)が行うもので
被上告人は単に形式上名前を貸したにすぎないものとして仮処分申請に及んだこと
が推認されるものの、本件建物の敷地が被上告人名義に所有権移転登記されている
ことや風俗営業の許可申請が被上告人名義でされていることなどについて全く調査
もせず、被上告人に事の真相を照会するなどの手段も講じた形跡はないのであるか
ら、被上告人が実際に自らその所有にかかる本件建物を使用してパチンコ営業をす
るものであることを軽率に看過した点において過失があることを否定しえないもの
と判断している。
 しかしながら、本件記録によれば、上告人A1が被上告人を相手取つて申請した
パチンコ営業を禁止する仮処分は、被上告人名義のパチンコ営業が上告人A1のD
に対する競業禁止約定に基づく権利の侵害行為にあたることを理由とするものであ
つて、いわゆる債権侵害に基づく妨害排除請求権を被保全権利とするものであるこ
とが明らかであるから、右仮処分申請当時に存した諸般の事情に照らし客観的にみ
た場合に、被上告人名義のパチンコ営業が上告人A1のDに対する競業禁止約定に
基づく権利の侵害行為にあたるものであつて、上告人A1がDのほかに被上告人を
も相手取つてパチンコ営業を禁止する仮処分を申請したことに無理からぬものがあ
ると認められるときには、たとえ右申請を認容した仮処分が異議手続において取り
消され又は本案訴訟において上告人A1敗訴の判決が言い渡されて確定したとして
も、そのことから直ちに上告人A1に過失があるものということはできず、むしろ
その過失の推定を覆えすに足りる特段の事情があるものと解するのが相当である(
最高裁昭和四三年(オ)第二六〇号同年一二月二四日第三小法廷判決・民集二二巻
一三号三四二八頁参照)。そこで、右仮処分申請当時に存した事情についてみるに、
原審が確定したところによれば、(1) 上告人A1は、かつてDと共同で青森県西
津軽郡a町b町c番地で「F」という名称のパチンコ遊技場を経営していたが、昭
和四〇年九月二九日、Dに対して三〇〇万円を支払うのと引換えに同人から共同経
営権の一切を譲り受け、その際、同人は自己名義ではa町内で遊技場を営まないこ
とを約定した、(2) 被上告人は、青森市内で米穀商を営んでいたが、昭和四〇年
秋ころ、かねて親交のあつたDの勧めでパチンコ営業をするつもりになり、a町b
町d番e、同町f番の宅地一〇〇坪三合を地上建物とともに買い受け、宅地につい
ては昭和四〇年一一月一六日に所有権移転登記を経由し、地上建物についてはこれ
を解体して本件建物を建築することを大工のGに依頼し、同年一二月二日には本件
建物の内装工事を発注し、同月六日には本件建物において「H」という名称のパチ
ンコ営業をするための風俗営業の許可申請を所轄警察署に提出するなどの開業準備
をしていた、(3) しかし、被上告人は、それまでパチンコ営業の経験はなく、本
件建物建築の請負契約はDが被上告人の代理人としてその氏名を表面に出さないで
締結したものであり、また、Dは自らパチンコ機械の注文をしたりしていた、とい
うのであり、更に本件記録中には、(4) 被上告人は、a町には住んだことがなく、
風俗営業の許可申請に際しては、被上告人を営業者、Dを管理者として届出ており、
将来におけるパチンコ営業はDを責任者として行わせる予定になつていたこと、本
件建物の建築をめぐつて上告人A1とDとの間で紛争が生じたことから、上告人A
3ことA4(以下「上告人A3」という。)が仲介人となつて話合いを行い、また、
右紛争が警察問題にまで発展したため警察において事情聴取や話合いの機会がもた
れたが、その際、被上告人があらわれてきて話合いに加わつたとか又はなんらかの
申入れをしてきたことはなかつたこと、をそれぞれうかがわせる証拠がある。
 右(1)ないし(3)の事実のほか、(4)の事実がそのとおりに認められた場合には、
被上告人は、Dが上告人A1に対し自己名義ではa町内でパチンコ営業をしない旨
の競業禁止約定をしたその時期に前後してDから勧められて同一町内でパチンコ営
業をするつもりになつたもので、しかも、被上告人は、それまでは青森市内に住み
米穀商を営んでいてa町に住んだことやパチンコ営業をした経験はなく、本件建物
の建築やパチンコ機械の注文などの開業準備もほとんどDに任せ、将来の営業も経
験者であるDを責任者として行う予定になつており、また、上告人A1とDとの間
で紛争が生じた際にもとくに表だつた行動には出なかつたことが推認されえないで
はない。そして、仮処分申請当時に存したこれらの事情に基づいて客観的にみた場
合には、他に特別の事情のない限り、被上告人は、Dの上告人A1に対する競業禁
止約定の存在を知りながら自己名義ではa町内でパチンコ営業をすることのできな
いDのために敢て名義を貸したにすぎないもので実際の営業者はDであるか、又は、
上告人A1に対する競業禁止約定に基づく義務違反に加担する意図をもつて義務者
であるDと通謀して共同でパチンコ営業をしようとしているか、のいずれかとみて
妨げがないものであつて(ちなみに、仮処分異議の第一審判決においては、「パチ
ンコ営業は実質的にはDが行うものであるが、同人は上告人A1との特約上営業を
することができないので知人の被上告人に頼みこみその名義を借りてするものであ
り、被上告人は故意にDと共謀し自己名義でパチンコ営業をさせ上告人A1の権利
を侵害しようとしている。」旨判断され、また、仮処分に対応する本案訴訟の控訴
審判決においては、「Dは、上告人A1との間の契約が有効に存続するうちから、
被上告人所有の土地建物を使用し被上告人と共同してパチンコ営業をするため、店
舗を整備しパチンコ玉を購入しパチンコ機械を発注している。」旨判断されている
ことがうかがわれる。もつとも、右仮処分異議及び本案訴訟においては、上告人A
1は、Dとの間の競業禁止約定に基づく権利の侵害を理由にしては第三者たる被上
告人のパチンコ営業そのものの禁止を請求することは許されないとの法律判断によ
つて、結局敗訴の判決を受けている。)、被上告人名義のパチンコ営業は、それ自
体、上告人A1のDに対する競業禁止約定に基づく権利の侵害行為にあたるとみら
れてもやむをえないものがあるから、右のような事情が存する場合には、上告人A
1としては、Dだけでなく被上告人をも相手にしてパチンコ営業の禁止を請求する
のでなければDに対する競業禁止約定に基づく権利そのものの実現を確保すること
が困難となることは容易に看取されるところである。そして、これらの事情を前提
にした場合には、被上告人名義のパチンコ営業が実際には上告人A1のDに対する
競業禁止約定に基づく権利の侵害行為にはあたらないものであつて、しかも、上告
人A1において右事実を容易に知ることのできるなんらかの事情があつたとか、又
は、右のような侵害行為がある場合に第三者たる被上告人に対して営業禁止を請求
する権利があると考えたこと自体が実体法の解釈として不合理であると認められな
い限り、上告人A1が、Dのほかに被上告人をも相手取つて本件建物におけるパチ
ンコ営業を禁止する仮処分を申請したことは、Dに対する競業禁止約定に基づく権
利の実現を確保することを目的としたものとして、まことに無理からぬところであ
つて、過失があるとはいえず、むしろ過失の推定を覆えすに足りる特段の事情があ
ると解しえないではないというべきである。
 原審は、前記のように、上告人A1が本件建物の敷地が被上告人名義に所有権移
転登記されていることや風俗営業の許可申請が被上告人名義でされていることなど
について全く調査もせず、被上告人に事の真相を照会するなどの手段も講じた形跡
のないことをもつて上告人A1の過失を基礎づける事情としているが、原審が確定
した前記事実からすると、上告人A1において種々の調査を行つたからこそDだけ
でなく被上告人もまた仮処分の被申請人とされるに至つた経緯が明らかであるし(
現に、上告人A1は、昭和四五年六月三日付準備書面において、「種々調査したと
ころ、建築敷地の購入名義、営業届出名義人は、被上告人であることが判明した」
旨求べている。)、前記のような被上告人とDの親交の程度、本件建物の建築、開
業準備の段階におけるDの役割に鑑みるならば、たとえ被上告人に事の真相を照会
したとしても、被上告人名義のパチンコ営業が上告人A1のDに対する競業禁止約
定に基づく権利を侵害するものではないのかどうか、すなわち、被上告人はDに対
して単に名義を貸したにすぎないものではないのか、あるいは、被上告人はDの上
告人A1に対する競業禁止約定の存することを知りながら右約定に基づく義務違反
に加担する意図のもとに共同でパチンコ営業をするものではないのか、などの被上
告人とDとの間の内部関係に属する事項について、信頼のおける回答を期待するの
は困難というほかはないから(仮に上告人A1が被上告人に対して事の真相を照会
したとしても、前記仮処分異議判決又は本案訴訟の控訴審判決が被上告人の主張、
立証をも斟酌したうえで判断した事実以上の事実が判明することは困難であつて、
右照会によつて上告人A1が被上告人を相手方にして営業禁止仮処分を申請するこ
とを思い止まらせるような事情が判明することは期待しえないものと解される。)、
原審の挙示する事情のみでは、上告人A1の過失を基礎づけるに足りないのはもと
より、過失の推定を覆えすべき特段の事情があると解しえないではないとの前記判
断を左右するにも足りないものというべきである。
 二 次に、原審は、上告人A5ことA6(以下「上告人A5」という。)及び上
告人A7、A8ことA9(以下「上告人A8」という。)が建築直後のため未登記
であつた本件建物についてこれをDの所有であるとして仮差押申請をしたことに過
失があつたかどうかを判断するにあたり、上告人A5及び同A8は、上告人A1や
同A3の言動から本件建物がDの所有であると信じて仮差押申請に及んだことが一
応推認されるものの、本件建物の敷地が被上告人名義に所有権移転登記されている
ことや風俗営業の許可申請が被上告人名義でされていることなどについて全く調査
もせず、被上告人に事の真相を照会するなどの手段も講じた形跡はないのであるか
ら、被上告人が実際に自らその所有建物を使用してパチンコ営業をするものである
ことを軽率に看過した点において過失があることを否定しえないものと判断してい
る。
 しかしながら、一般に建物の所有者と敷地の所有名義や右建物において予定され
ている営業の許可名義とは必ずしも一致するとは限らないのであるから、上告人A
5及び同A8が未登記の本件建物について仮差押申請をするにあたりその敷地が被
上告人名義に所有権移転登記されていることや風俗営業の許可申請が機上告人名義
でされていることについて調査しなかつたからといつて直ちに過失があると解する
のは相当でないし、また、原審が確定したところによると、被上告人は、かねてか
らDと親交がありその勧めでパチンコ営業をするつもりになつたもので、本件建物
の建築請負契約の締結、パチンコ機械の注文などの開業準備もDに任せていたとい
うのであつて、両者はきわめて親密な関係にあつたことが明らかであるから、たと
え上告人A5及び同A8が仮差押申請に際して被上告人の介在することに気づいて
いたとしても、被申請人たるDと右のような関係にあり相互の連絡も容易であると
みられる被上告人に対して事の真相を照会するまでの義務があると解するのは、仮
差押の密行性の要請に反し相当でないものというべきである。
 もつとも、原審が確定したところによると、上告人A5及び同A8がした仮差押
申請を認容した決定については被上告人から第三者異議の訴えが提起され、審理の
結果、本件建物はDではなく被上告人の所有に属するものとして取り消されたとい
うのであるから、他に特段の事情がない限り、上告人A5及び同A8が本件建物を
Dの所有であるとして仮差押申請をしたことには過失があつたものと事実上推定さ
れることはやむをえないところである。しかしながら、本件記録中には、上告人A
5及び同A8は、仮差押申請に際し、大工のGが作成した「私はDから本件建物の
建築を注文されてこれを請負い工事を完了した」旨の証明書を添付していることを
示す証拠があるところ、原審が確定したところによると、DはGとの間で被上告人
の名前を表面に出さないで請負契約を締結したというのであるから、建築請負人た
るGから未登記の本件建物について右のような証明書の交付を受けた第三者たる上
告人A5及び同A8としては、これに基づいてDを本件建物の所有者であると考え
たとしてもあながち無理からぬものがあるといつてよく、そうすると、上告人A5
及び同A8において右証明書の記載が事実に反することを知つていたか又はこれを
知ることができたものと認められない限り、むしろ過失の推定を覆えすに足りる特
段の事情があるものと解することが不可能ではない。
 したがつて、上告人A5及び同A8に過失があつたかどうかを判断するにあたつ
ては、原審のように積極的に過失のあつたことを認める場合はもとより、前記のよ
うに仮差押が取り消されたことを理由にして過失のあつたことを事実上推定する場
合であつても、Gが上告人A5及び同A8に交付した証明書についてその作成の経
過及び記載内容の信用性の検討を欠かすことはできないものというべきである。
 三 更に、原審は、上告人A3が、上告人A1のために「本件建物でパチンコ営
業を行うのはDであり、被上告人はDの依頼によつて名義を貸したにすぎない」旨
の証明書を発行してやり、また、上告人A8のために「本件建物は未登記であるが
Dの所有であり、同人は債務が多いので他人名義に保存登記をするおそれがある」
旨の証明書を発行してやつたことに過失があつたかどうかを判断するにあたり、右
記載内容はいずれも事実に反するものであつて、しかも、本件建物の敷地が被上告
人の所有名義であることや風俗営業の許可申請が被上告人名義でされていることな
ど被上告人側の事情について十分調査をしなかつた点に過失があるものと判断して
いる。
 しかしながら、本件記録中には、上告人A3は、(1) 上告人A1とDの間に入
つて紛争を仲裁した際、Dが自分名義でさえパチンコ営業をやらなければ他人名義
でやつても上告人A1との間の競業禁止約定には反しないと主張して譲らなかつた、
(2) 本件建物の敷地買受けについて調査したところ、その交渉にあたつたのがD
自身であることが判明した、(3) 本件建物の建築請負人であるGから、Dの依頼
で建築工事に着手したもので、途中で紛争が生じたため被上告人名義の請負契約書
を作成したが、実際の注文者はDである旨を聞いた、(4) パチンコ機械の販売業
者から上告人A3が組合長をしているI協同組合に対し、a町b町に設備中のパチ
ンコ店「H」のDなる者からパチンコ機械の注文があつたがこれに応じて差し支え
ないかどうかの照会があつた、(5) 被上告人名義に貸付をしている銀行の係員か
ら、実際の借主はDであつて同人はもとの店を手放しa町で再びパチンコ営業をす
ることになつた旨を聞いた、(6) 警察署に風俗営業の許可申請について確かめた
ところ、被上告人が営業者、Dが管理者として届出られていることが判明した、(
7) 被上告人は、上告人A1とDとの間で紛争が生じているのに表面にあらわれ
てきてこれを解決しようとしていない、などの事情から、本件建物で実際にパチン
コ営業をするのはDであつて被上告人は単に名義を貸したにすぎず、また、本件建
物はDの所有であると判断して前記証明書を作成したことをうかがわせる証拠があ
り、したがつて、右(1)ないし(7)の事情がそのとおりに認められた場合には、紛
争の直接当事者ではなく第三者である上告人A3が前記証明書の記載内容を事実で
あると考えたことには無理からぬものがあるというべく、右証明書を作成し交付し
たことに過失があるといえるためには、他にこれを基礎づけるに足りる事情の存す
ることを要するものというべきである。
 原審は、前記証明書作成の根拠となつた右(1)ないし(7)の事情にはなんら言及
することなく、かえつて、前記のように、上告人A3が本件建物の敷地が被上告人
名義であることや風俗営業の許可申請が被上告人名義でされていることなど被上告
人側の事情について十分調査をしなかつたことをもつて過失を基礎づけるための根
拠としているが、建物の所有者と敷地の所有名義とは必ずしも一致するとは限らな
いことに鑑みると、上告人A3が右(3)のように本件建物の建築請負人であるGか
ら事情を聞いたほか更に敷地の所有名義についてまで調査する義務を負うと解する
のは相当でないし、また、風俗営業の許可申請が被上告人名義でされていることの
調査をしたことは、上告人A3が上告人A1のために作成した前記証明書の記載自
体から明らかであつて、原審の判断は、問題となつている当該書面の内容そのもの
をも看過した疑いがあるものである。そのほか、前述したような被上告人とDの親
交の程度、被上告人がパチンコ営業をするに至つた経緯、本件建物の建築、開業準
備の段階におけるDの役割、言動に鑑みるならば、被上告人とDのいずれが真実の
営業者であるのか、あるいは、被上告人はDに対して単に名義を貸したにすぎない
のではないのか、などの被上告人とDとの間の内部関係に属する事項について、信
頼のおける回答を期待するのは困難というほかはないから、上告人A3が被上告人
に対して直接に事実関係を確かめなかつたからといつて直ちに過失があると解する
のは相当でないというべきである。
 四 以上のとおりであつて、上告人A1が被上告人を相手取つて本件建物におけ
るパチンコ営業を禁止する仮処分を申請したこと、上告人A5及び同A8が本件建
物をDの所有であるとして仮差押申請をしたこと、上告人A3が上告人A1及び同
A8のために証明書を発行してやつたことにいずれも過失があるものとした原審の
判断には、過失に関する法令の解釈適用を誤つたか、又は審理不尽、理由不備の違
法があるものといわざるをえず、右違法が原判決に影響を及ぼすことは明らかであ
るから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。
 よつて、更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととし、民訴法四
〇七条に従い、裁判官中村治朗の一部意見、一部反対意見、一部補足意見があるほ
か、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官中村治朗の一部意見、一部反対意見、一部補足意見は、次のとおりである。
 私は、上告人A1ことA2(以下「上告人A1」という。)の上告にかかる部分
については、原判決を破棄すべきものとする多数意見と結論を同じくするが、その
理由を異にし、上告人A5ことA6(以下「上告人A5」という。)及び上告人A
7、A8ことA9(以下「上告人A8」という。)の各上告にかかる部分について
は、多数意見と異なり右各上告を棄却すべきものと考えるものであり、その理由は
以下に述べるとおりである。なお、上告人A3の上告にかかる部分については多数
意見に同調するが、これについても若干の私見を附加しておきたいと思う。
 第一 上告人A1の関係について。
 一 上告人A1に対する被上告人の本訴請求は、同上告人が、被上告人に対し、
被上告人が本件建物を使用してパチンコ営業をすることを禁止する仮処分をしたこ
とをもつて上告人の不法行為であるとし、これによつて被上告人が被つた損害の賠
償を求めるものであるところ、原審が、右仮処分は違法であり、前記上告人がこれ
を申請したことには過失があつたとしたのに対し、多数意見は、右判断中後者の部
分には法令の解釈適用の誤りによる審理不尽、理由不備の違法があるとするもので
ある。多数意見が右の結論をとるに至る過程には種々の論点が含まれており、その
幾つかについては多数意見がとつていると考えられる立場には容易に賛同すること
ができないものが存するので、以下に順を追つて問題点の所在とこれに対する私見
とを明らかにしたいと思う。
 (一) 多数意見が引用する当裁判所昭和四三年(オ)第二六〇号同年一二月二四
日第三小法廷判決・民集二二巻一三号三四二八頁は、仮処分命令が被保全権利不存
在の故をもつて取り消され、又は本案訴訟において原告敗訴の判決が言い渡され、
確定した場合には、他に特段の事情がない限り、右申請人に過失があつたものと推
定すべきである、としている。この判決は、右の場合につき、仮執行宣言付判決に
基づく執行後に右宣言又は判決が取り消された場合に民訴法が認めているのと同様
の無過失損害賠償責任を一般的に仮処分申請者に課することを避け、過失の推定と
いう方法を通じて、個々の具体的場合につき、右の推定を破る事由の存否、換言す
れば仮処分申請者が被保全権利の存在を信じて右の申請に及んだことにつき相当な
理由があつたかどうかによつて責任の有無を決定せしめることとしたものであつて、
仮執行制度と保全処分制度の各趣旨、目的、要件等の相違にかんがみると(前者の
場合には早期執行の特別の必要ということは要件とされておらず、判決確定前の執
行を許すのは債権者に対する一種の利益付与たる性質を有するから、債権者がこれ
を利用する以上これについての危険を負担してしかるべきであるということができ
るが、後者については保全の必要という特別の要件をみたすことが必要であり、そ
の点において同一に論じ難いものがある。)、保全処分の場合については、これを
めぐる紛争当事者間の損失負担の公平化の問題を、一義的にでなく、個々の具体的
事情に即して解決することを妥当とするものである点において、私も、基本的には
賛同したいと思う。すなわち、保全処分、なかんずく仮処分は、がんらい、その内
容において多種多様であり、それぞれの仮処分が債権者及び債務者に与える影響、
効果も区々であるから、右判決にいう相当性の有無を判断するにあたつても、当該
処分がいかなる性質、内容、効果を有するものであるかに応じて、相当性の承認に
ついてもおのずから緩厳の差が生じてしかるべきものであり、また、右相当性の判
断にあたつては、その処分を必要とした具体的事情をも考慮し、これとの相関関係
において相当性の有無を決すべきものと考える。そしてこの見地に立つて考えると、
被保全権利の仮定的実現を許すいわゆる満足的仮処分のごときものにおいては、具
体的場合に仮処分申請の必要を生ぜしめた理由のいかんにより相違を生じうるとは
いえ、原則としては右の相当性の判断につき実質的に無過失賠償責任を肯定するに
近いところまで厳格な態度をとつてしかるべきであり、それがまた、対審手続のも
とで厳格な証明に基づいて請求権を肯定した判決の仮執行についてさえ無過失賠償
責任が認められていることとの対比においても妥当ではないかと考えるのである。
 (二) 本件仮処分は、被上告人による本件建物でのパチンコ営業が、上告人A1
が訴外DことE(以下「D」という。)との間で締結したa町内におけるDによる
パチンコ営業禁止の契約に基づく同人に対する債権を侵害する行為であり、同上告
人は被上告人に対して右侵害行為の排除を請求する権利を有するとして、これを被
保全権利としてされたものであり、暫定的とはいえ一定期間当該行為を中止させる
ことを内容とする満足的仮処分たる性質を有するものである。のみならず、本件仮
処分には、もともと法律上果して右のような第三者による債権侵害行為に対する妨
害排除請求権が成立しうるのかという根本的な法律問題が含まれているのであるが、
仮にこの点を差し措いても、本件の場合、上告人A1が上記契約上Dに対していか
なる具体的内容の請求権を有するのか、換言すれば、同上告人はDがその名におい
て営業することの避止のみを請求しうるにすぎないのか、営業名義のいかんを問わ
ずDが自己の計算において営業することの避止を請求しうるのか、更には他人の計
算の下で行われる営業について管理者ないし支配人的立場で現実にパチンコ営業に
携わることをも禁止する権利を有するのかという問題があり、その権利内容のいか
んに応じて排除の対象となりうる第三者の侵害行為の内容及び範囲も異なるはずで
あるから、本件仮処分申請においても、その権利内容に応じて、例えばDの行うパ
チンコ営業に被上告人の名義を使用させることの禁止を求めるとか、Dを管理者な
いし支配人としてパチンコ営業にあたらしめることの禁止を求めるというように具
体的に排除対象行為を限定的に特定してこれをすべきであるのに、これらの一切を
無視して広く包括的に被上告人が本件建物においてパチンコ営業をすること自体の
禁止を求めているのであるから、この点においてもそれ自身法律上極めて疑義のあ
る仮処分申請であるのみならず、申請にかかる仮処分の文言からは被上告人がDと
無関係に行うパチンコ営業をも禁止する内容を含むものと受けとられる点において、
被保全権利の範囲を超える仮処分申請ではないかとの疑問をも払拭することができ
ないようなものであり、仮にこの点を不問に付するとしても、このような仮処分は、
被上告人が全くのロボツト的存在で、Dが関与しない限り被上告人自身が本件建物
でパチンコ営業をするなどということはおよそありえないというような特別の場合
にのみ考えられるようなものではないかと思われるのである。もとよりこれらの法
律上の問題点は、本来は仮処分裁判所において申請の許否及び仮処分命令の内容の
決定にあたつて検討、吟味すべき事項であり、仮処分裁判所がこの点の判断を誤つ
た場合にまず咎められるべきは当該裁判所であろうが、このことはかかる仮処分を
申請した者を免責する理由となるものではないと思われる。加えて、本件の場合、
仮処分申請が容れられると、すでに相当多額の資本を投下したとみられる被上告人
は極めて大きな損失をこうむる可能性があるのに対し、申請人である上告人A1が
被上告人のパチンコ営業によつて受ける被害は、競争者の出現による顧客の減少と
いう通常の場合事業者として予想し、甘受しなければならない不利益を一時的に受
けるというにすぎないのである。以上の諸点をあわせ考えると、本件の場合には、
当事者間の損失負担の公平化の見地からみて、余程の事情の存在が認められない限
り、上告人A1が本件仮処分を申請したことについて相当な理由があつたとするこ
とはできないというべきではないかと思う。
 (三) 原審の認定するところによると、被上告人は、昭和四〇年秋ごろ、かねて
親交のあつたDの勧めで同人を雇傭してパチンコ店を経営するつもりになり、本件
建物の敷地を当時地上にあつた建物ごとその所有者から買い受け、同年一一月一六
日土地について所有権移転登記を経由し、地上建物を解体して本件建物の建築を大
工訴外Gに請け負わせ、同年一二月六日、本件建物において「H」という名称で風
俗営業の許可申請をし、同月二〇日本件建物の建築確認申請をしてその確認を受け、
同月二二日ごろ建物が完成し、同人から家屋所有者証明書をも得て自己名義に保存
登記申請手続を準備していたところ、同月二〇日本件仮処分を受け、更に翌四一年
一月一〇日及び同月一七日に本件建物につき後述の仮差押決定を受けたため、本件
建物につき自己名義の所有権保存登記をすることも、本件建物でパチンコ営業をす
ることもできなくなつた、上告人A1は、(1) 同上告人は従来Dとa町でパチン
コ店を共同経営していたが、昭和四〇年九月二九日Dに金三〇〇万円を支払うのと
引換えに同人の共同経営権を譲り受け、前記パチンコ店営業避止の約定を結んだも
のであること、(2) 本件建物の建築に関し大工Gと契約の締結その他について事
実上の接衝にあたり、また、パチンコ機械の購入等の営業準備行為を行つたのがD
であつて被上告人ではないこと、(3) 被上告人は本件建物の所在地からかなり離
れている青森市内で米穀商を営んでいる女性であり、従来パチンコ営業を経営した
経験はないこと、(4) 被上告人がかねてDと親交があつたこと、以上の諸点から、
本件建物においてパチンコ営業を行うのはDであつて被上告人ではなく、被上告人
は単に形式上営業者の名義を貸したにすぎないと考えて本件仮処分に及んだ、なお
本件仮処分命令は、その後被上告人の異議訴訟によつて取り消された、というので
あり、原審は、以上の事実関係のもとでは、上告人A1が前記本件建物の敷地の所
有関係、パチンコ店営業の許可申請の名義人が誰であるかなどについて全く調査せ
ず、被上告人に事の真相を照会するなどの手段を講ずることもなく、上記の諸点の
みから被上告人を単なる営業名義貸与者にすぎないと誤信して本件仮処分申請をし
たことにつき、同上告人に過失があるといわざるをえないと判断したものである。
これに対し、多数意見は、上記(1)ないし(4)の事実のほかに、本件記録中には、
(5) 前記風俗営業の許可申請に際しては、被上告人を営業者、Dを管理者として
届出がなされ、実際にもDを責任者としてパチンコ営業を行わせることが予定され
ていたこと、(6) 本件建物の建築をめぐつて上告人A1とDとの間に紛争が生じ、
それが更に警察問題にまで発展した際、両者間に話合いがもたれたり、警察による
事情聴取がされたりしたが、それらの場合に被上告人があらわれて話合いに加わつ
たり、なんらかの申入をしたりしてきたこともなかつたことをうかがわしめるよう
な証拠があり、仮にこれらの事実があるとした場合には、これと上記(1)ないし(
4)の事実をあわせ考えると、被上告人名義のパチンコ営業が前記上告人A1とD
との間の競業禁止約定に基づく同上告人の権利の侵害行為にあたるとみられてもや
むをえないものがあるというべきであり、そうである以上、同上告人が自己の権利
の確保のため本件仮処分申請をしたのも無理からぬところであつて、冒頭掲記の当
裁判所の判例にいう過失の推定を覆えすべき特段の事情があると解しえないではな
いとしている。
 確かに、多数意見の指摘する諸点は、上告人A1に、本件建物におけるパチンコ
営業の実際の主体がDであり、被上告人はDの依頼により単に名義を貸与したもの
にすぎないのではないかとの強い疑念を抱かしめるに足りるものであつて、同上告
人がそう考えたとしても直ちに同人に過失があるとはいい難いといえるかもしれな
い。したがつて、通常の契約の締結の場合とか、緊急の短期間内における判断を必
要とするような場面においては、同上告人の右判断が誤りであつたとしてもそれに
つき過失の責を負わしめることは酷に失すると結論することもあながち不当とする
にはあたらないであろう。しかし、よく考えると、上記の(1)ないし(6)の諸事情
は客観的にみた場合必ずしも被上告人が単なる営業名義の貸与者にすぎないとの推
断を下さしめるに足りるものではなく、被上告人がDを使つて(同人を営業の管理
者ないし支配人として)実際にパチンコ営業を営むものであるという原審認定の事
実と完全に両立しうるのであつて、かかる可能性を排除するような性質の事情では
ないのである。そして、さきに述べたように、本件仮処分が、暫定的とはいえ上告
人A1の権利の実現をはかる満足的仮処分で、しかも極めて包括的な禁止内容を含
むそれであり、仮処分の結果が被上告人に重大な不利益を与えるものであるのに反
して、右上告人の仮処分の利益はそれほど大きくなく、かつ、被上告人名義の本件
建物におけるパチンコ営業をその開業前に差し止めなければならないような格別の
緊急性があるものとも考えられない等の諸点に加えて、右のような包括的な禁止内
容の仮処分は、せいぜい本件建物におけるパチンコ営業については、被上告人が単
なる名義貸与者で、いわばロボツト的存在にすぎないことがかなり高度の確実性を
もつて推断される場合にのみ許されてしかるべきものであると考えられることに照
らすと、上告人A1が、さきに指摘したような別の可能性に意を用いることなく、
したがつて、右の点について格別の調査をする等の配慮を施すこともなく、急遽右
のような疑義の多い強力な内容と効果をもつ本仮処分申請に及んだことにつき、同
人を免責せしめるに足りる相当の理由がないとはいえないとする多数意見の見解に
はとうてい賛同することができないのである。多数意見は、原審が上告人A1にお
いて被上告人につき事の次第の照会を求める等のことをしなかつたことを掲げて同
上告人の有責性の一事由としていることをとらえて、このような照会をしても右の
点について信頼のおける回答を期待するのは困難であるとして原審の右判断を不当
としているが、右原判示の趣旨とするところは、被上告人について上記のような疑
問点の調査をすべきものであるというにあると解すべく(被上告人に対する直接の
照会はその一手段、一ステツプにすぎない。)、このような調査が不可能か徒労で
あるとあらかじめ断ずべき根拠はないのであるから、多数意見のように断ずること
は早計であるといわなければならない。後述するように、本件建物の敷地が被上告
人の所有名義となつている以上、本件建物をDの所有と断ずるについては当然右土
地の利用関係について調査すべく、また、Dが本件建物を借り受けて営業をすると
いうのなら、この点についても調査すべきものであるし、更に、要すれば、営業資
金の出所等について調査する必要も生じうるのであつて、要するに、本件において
営業の実際の主体がDであり、被上告人は全く単なる名義人にすぎないとの推断を
下すためには、かなり多方面にわたる調査が必要なのであり、このような推断の上
に立つて前記のような法的手段に訴えるためには、たとえその結果が実りの薄いも
のであるとしても、なお右のような慎重な調査を尽くすべきが相当であるといつて
妨げがないと思われる。もつとも、原審は、過失の推定を覆えす事由の存否につい
てというよりもむしろ上告人A1の一般的意味における過失の存在を積極的に肯定
するという形で判断を示しており、果してこのような積極的な認定判断が可能かど
うかについては問題なしとしないけれども、右判断は、過失の推定を覆えす事由の
存在を否定する趣旨でされているか、ないしはこれを含むものと解することができ
ないではなく、仮にそうでないとしても、この点の不当は上告人A1の不法行為責
任を肯定した原判決の結論自体の当否に影響を及ぼすものではないというべきであ
る。
 以上の次第であるから、上告理由第一点中上告人A1に関する部分は、理由がな
いとすべきであると考える。
 二 右に述べたように、上告人A1の不法行為責任を認めた原審の判断に違法が
あるということはできないが、本件仮処分によつて被上告人が右仮処分につき上告
人A1が提供した保証金二〇〇万円の限度で損害をこうむつたとする原審の認定に
は、問題がある。すなわち、原審は、被上告人が本件仮処分によつてパチンコ営業
を行うことができなかつたため得べかりし利益を喪失したとして主張する金額につ
き、本件にあらわれた証拠からは右被上告人主張のような営業上の利益が得られた
はずであると断ずることにはちゆうちよされるとしたうえ、卒然として右の利益の
喪失分は前記仮処分の保証金額の二〇〇万円を超える分については認定し難いと解
するのが相当であるから、右の限度で損害額を算定するものとする旨判示している。
しかし、右判示が仮処分において保証金の提供が命ぜられた場合には仮処分債務者
は当該仮処分によつて少なくともその金額だけの損害をこうむつたものと推定すべ
きものであるとの見解に立つものであれば、もとよりそれが誤りであることは明ら
かであり、そうではなく、少なくともその金額の損害はあつたと認定する趣旨であ
るとすれば、その認定が具体的にどのような根拠によるものであるかについて原判
決はなんら特段の説明を加えていないといわざるをえない。そうすると、右の点に
関し原判決には証拠に基づかないで事実を認定したか、又は理由不備の違法がある
というほかはなく、したがつて、上告理由第二点中右の点を指摘する部分は理由が
あり、原判決中上告人A1に関する部分は右の理由によつてこれを破棄し、右部分
を原審に差し戻すべきものである。
 第二 上告人A5、同A8の関係について。
 右上告人らの不法行為とされるものは、本件建物が被上告人の所有であるにかか
わらず、その故意又は過失によりこれをDの所有であると誤信し、同人に対する手
形金債権に基づいてこれを仮に差し押えた行為であり、被上告人は、その後これに
対して第三者異議の訴えを提起して勝訴判決を得、その判決の確定後右不法行為に
よる損害の賠償を右上告人らに請求しているものである。ところで一般に債権者が
債務者の責任財産を保全するためにする仮差押は、被保全債権が存在し、目的物が
債務者の責任財産に属するものである限り、比較的容易に発せられるのが実情であ
つて、この場合後日保全の必要性を欠くとして仮差押が取り消されることがあつて
も、右必要性があるとして仮差押に及んだことにつき債権者に故意又は過失が認め
られない限り、債権者は不法行為責任を負うことはないと考えてよい。しかし、目
的物が債務者の責任財産に属せず、第三者の所有であつたという場合にはこれと同
一に論ずることはできず、原則として右物件を債務者の責任財産に属すると誤信し
たことに無理からぬ事情があつたことを債権者において立証しない限り、債権者は
不法行為責任を免れることはできないと解される。
 ところで、本件仮差押は、本件建物の建築が完了し、その引渡がされたのち、所
有権保存登記がされる前の段階においてされたものであつて、その結果、仮差押の
執行として執行裁判所からの嘱託に基づいて執行債務者Dの名義で所有権保存登記
がされ、次いで仮差押登記がされたため、物件所有者である被上告人が自己の名義
の登記を取得するために右所有権保存登記の抹消についての同意の請求及び第三者
異議の訴えを起こすことを余儀なくされ、結局これに勝訴して始めて自己の名で所
有権保存登記をすることができたという事案である。つまり、不動産についてその
所有者を判定すべき最も重要な徴表である登記が欠除している場合における所有権
の帰属の判断が関係してくる案件なのである。しかも、建物を建てたけれども所有
者が早急に登記をする必要がないとしてそれを放置していたという場合とは違つて、
建築の完成から登記に至る間のいわば寸隙をねらつて行われた仮差押であるという
特殊性をも帯有している。そうすると、このような特殊性をもつ本件仮差押申請を
するにつき、上告人A5、同A8に過失の推定を覆えすに足りる特別の事由があつ
たかどうかを判断するためには、右仮差押による債権保全の必要性及び緊急性との
相関関係の下において、右上告人らに対し所有権の帰属関係等につきどの程度の調
査義務が要求されるかということと、申請者が現実にかかる調査義務を果したかど
うかという点の検討を逸することはできないと考えられる。
 そこで、進んで右の観点から本件をみると、原審は、前記第一の一の(三)に掲げ
たような事実関係を認定したうえ、上告人A5、同A8は、上告人A1と交際があ
つたところから、同上告人や上告人A3の言動(本件パチンコ営業の主体はDであ
り、本件建物を同人が大工Gに請け負わせて建築したものであることを言明し、そ
のような認識の下に本件仮処分申請等の挙に出ていることを指すものと解される。)
から本件建物がDの所有であると信じて本件各仮差押に及んだものと推認されると
し、上告人A1の場合と同じく、(1) 本件建物の敷地が被上告人名義に所有権移
転登記がされていることや、(2) 風俗営業の許可申請が被上告人名義でされてい
ることなどについて全く調査せず、(3) 同人に事の真相を照会するなどの手段を
も講じていない点において、右のような誤信に基づいて前記各仮差押の申請をした
ことには過失あるといわざるをえないと判示しており、これに対し多教意見は、右
(1)(2)の点についての調査義務懈怠をもつて右上告人らの過失とすることはでき
ず、被上告人に対する照会義務のごときは仮差押の密行性の要請からも肯認し難い
とし、原審の認定した事実によればDは被上告人の名を出さないでGに本件建物の
建築を依頼していること、及び記録によれば右上告人らの本件各仮差押申請書には
「私はDから本件建物の建築を注文されてこれを請負い工事を完了した」旨のGの
証明書が添付されていることが窺われることからみて、右上告人らが本件建物の所
有者をDと信じたことを相当とする特段の事情があるものと推認すべき余地が十分
にあるとの見解の下に、原審がGの右証明書の作成の経過、内容の信用性等の検討
を怠つたことに違法があると断じている。
 しかしながら、上告人A5と同A8とが本件建物をDの所有と信じた理由は、多
数意見によつても、大工Gが本件建物をDからの依頼によつて建築したものである
旨の前記証明書を交付していることと、上告人A1や同A3から本件建物はパチン
コ営業のために建築されたもので、右の営業の主体はDである旨を聞かされたこと
の二点しかなく、それ以上右上告人らが事の真相を調査するための特段の措置を講
じた形跡は存しないのである。およそ新築の未登記建物の所有者が誰であるかを判
別するためには、一般的にいつてその敷地の所有者が誰で、右建物の建築者と同一
人であるかどうか、別人であるとすれば当該敷地の利用関係がどうなつているかが
判断の重要な一要素をなすものであり、本件においても、上告人A5らがこの点を
調査すれば、前記のように本件建物の敷地が被上告人に所有権移転登記されている
ことが直ちに判明したはずであるから、右上告人らとしては、本件建物の所有関係
を判断するためには当然Dと被上告人との関係や敷地の利用関係の有無・内容等を
調査すべきものであつたといわなければならない。また、記録によれば、本件建物
の建築確認申請は被上告人の名でされ、その確認もされているのに、上告人A5ら
は右確認申請が誰の名でされたかは全く念頭になく、この点の調査は全然していな
いことが窺われるところ、もし右の事実が判明すれば当然にこのような確認申請が
された事情等について調査しなければ真の建築主が誰であるかを判定できないこと
となる筋合であるから、この点においても右上告人らに調査義務の懈怠があるとい
わざるをえないであろう。もとより、右上告人らがこれらの調査をするについては、
それが、実際に不可能ないしは難きを強いるか、又は無駄な労力を要求するもので
あると認められるような特段の事情があればあるいは別の結論になるかもしれない
が、このような事情の存在は本件においては見あたらないのである(もつとも、多
数意見によれば、右のような事情調査については被上告人についてこれを行わなけ
ればならない必要が生ずべく、このことは仮差押の密行性の要請に反し、これを右
上告人らに要求ないし期待することは妥当でなく、また、実際にそれを行つても大
して得るところはない結果になるとされるかもしれない。しかし、右のうち前者の
点についていえば、Gに仔細を尋ねる等して事を明らかにするとか、Gを通じて本
件建物の建築についての被上告人とDの関係を聞かせたりすることは、仮差押の密
行性の要請の限界内においても当然に可能であつたはずであり、また、後者の点に
ついては、さきに第一の一の(三)でも述べたように、かかる調査が結局徒労である
と推断することはできず、ましてそのことがあらかじめわかつていたというような
事情であつたとは認め難いのである。)。
 次に、本件各仮差押の必要性と緊急性をみると、前記のように被上告人の名で建
築確認がされているところからすると、仮に本件建物が実際にはDの所有であると
すれば、それが被上告人名義に所有権保存登記がされ、上告人A5、同A8が自己
の債権の強制的満足をはかるうえで重大な阻害となる可能性が多分に存するから、
右の緊急性と必要性の存在は容易に肯定できるし、その緊急性の点から右上告人ら
の調査義務の範囲にある程度の限界が生ずることも十分に考えられるところである。
しかし、右上告人らは前記のように建築確認の申請が誰の名でされているかについ
て全く関心を払わず、したがつて右のような危険を感じて本件各仮差押に及んだも
のではないのであり、少なくともその主観的認識にかかる事実の下においては、同
上告人らが更に詳細な調査を行うだけの余裕がないほどの緊急性があつたと推断す
べき事情は存在しないのである。そうであるとすれば、右上告人らが、前記のよう
な理由のみに基づいて本件建物をDの所有と信じ、これに対して本件各仮差押の申
請に及んだことについては、これを無理からぬとすべき相当な理由があつたという
ことは困難であると考える。原審の判示には、第一に述べたと同様の問題や不備が
あるが、この点についても同所で述べたと同様の理由により原判決はその結論にお
いては相当として支持しえないではなく、これを破棄しなければならないほどの違
法があるとは認められない(もつとも、記録によれば、本件においては、被上告人
は一切をDに委ねたのみで、請負人のGとも一度も接触せず、代金の支払遅延の問
題が生じたのにこれについてなんらの処置も講じていないことが窺われ、この点に
おいて上告人A5らに上記のような誤信を生ぜしめたことについては被上告人の側
にもその責に帰すべき点がなかつたとはいえないことが窺われるが、このことは、
過失相殺の事由として考慮されるのは格別、右上告人らの損害賠償責任の成否につ
いての上の結論を左右するに足りるものではない。)。それ故、上告理由第一点中
上告人A5、同A8に関する部分は、理由がないとすべきものである。
 なお、上告理由第二点中右上告人らに関する部分についてみるのに、同上告人ら
の不法行為によつて生じた損害と上告人A1の不法行為によつて生じた損害とが事
実上一部重複する場合においても、判決において右各不法行為者に対しそれぞれこ
れによつて生じた損害の全部分についての賠償を命ずることに格別の支障があると
はいえないから、右部分の論旨も理由がない。
 そうすると、上告人A5、同A8の本件上告はいずれも棄却すべきものである。
 第三 上告人A3の関係について。
 原審は、上告人A3は、上告人A1が本件仮処分を申請するにあたり、本件建物
でパチンコ営業を行うのがDであり、また、本件建物の所有権もDにあり、被上告
人は新規にパチンコ店を経営する資力はなく、Dの依頼によつて名義を貸したにす
ぎない旨の証明書を交付し、また、上告人A8に対しても、本件建物がDの所有で、
同人には債務が多く、他人名義に保存登記するおそれがある旨の証明書を交付して
やり、これによつて右上告人らによる違法な仮処分申請、仮差押申請の目的を達す
ることを得させたと認定し、上告人A3にも、上記真実に反する証明書の交付につ
き上告人A1らと同じく営業主体や本件建物の所有関係につき調査を尽くさない過
失があつたものとして、不法行為による損害賠償責任を認めている。しかしながら、
上告人A3が上告人A1及び同A8と各その仮処分申請、仮差押申請を共謀し、か
つ、積極的にこれに協力したというのであればともかく(被上告人の主張はむしろ
その趣旨ではないかと思われる。)、そうでないとすれば、上告人の不法行為とさ
れるものは、上告人A1、同A8の不法行為である仮処分申請、仮差押申請行為に
対し、同人らに対する各証明書交付という形でその幇助行為をしたというにとどま
るのであつて、かかる行為に関する過失責任を判断するについては、右仮処分ない
し仮差押申請者による各申請行為自体についての過失の有無の判断とは直ちに同一
に論じ難いものがあるといわなければならない。換言すれば、上告人A3の右行為
について同上告人の不法行為責任を肯定するためには、右の証明書の作成について
同上告人に過失があつたこと、及び上告人A1の仮処分申請、同岡原の仮差押申請
が適法、正当であると考えたことについても過失があつたことがそれぞれ積極的に
立証されなければならず、この場合、上告人A1に対する幇助行為については、第
一に掲げたような過失の推定やこれを覆えす事由の存在についての厳格な基準に関
する論述は妥当せず、また、上告人A8に対する幇助行為についても、同様に第二
に掲げたような厳格な基準に関する論述は妥当しないのである。しかるに原審は、
前記のような共謀と積極的協力の事実を認定してはいない。そうすると、右上告人
A1らにつき過失の推定を覆えすに足りる相当な事由の存在が認められない点にお
いて同上告人らの不法行為責任を認めた原審の判断は結局支持しうるとした前記第
一及び第二の説示は、上告人A3の場合には当然には妥当しないといわざるをえな
い。そして、原判決の判示する理由だけからは、上告人A3につき前記のような過
失があると積極的に認定するに足りないものがあることは、多数意見の指摘すると
おりである。そうすると、この点において原判決中上告人A3に関する部分は破棄
を免れないと考えざるをえない。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    本   山       亨
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    中   村   治   朗
            裁判官    谷   口   正   孝

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