弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1渋谷労働基準監督署長が原告らに対して平成15年10月27
日付けでした労働者災害補償保険法による遺族補償給付を支給し
ない旨の処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
第1請求の趣旨
主文と同旨。
第2事案の概要
本件は,株式会社小田急レストランシステム(以下「小田急レストランシス
テム」という。)に雇用されていたP1(以下「亡P1」という。)が,精神
障害(うつ病)を発症して自殺したのは,業務に起因するものであるとして,
亡P1の子である原告らが,渋谷労働基準監督署長に対し,労働者災害補償保
険法(以下「労災保険法」という。)による遺族補償給付の支給を請求したと
ころ,平成15年10月27日付けでいずれも支給しない旨の処分を受けたこ
とから,その取消しを求めた事案である。
1前提となる事実(以下の事実は当事者間に争いがないか,本文中に掲記の証
拠又は弁論の全趣旨により,容易に認めることができる。)
()当事者等1
ア原告らは,亡P1の子である。
原告らの父である亡P1は,昭和▲年▲月▲日生まれの男性であり,昭
和46年2月16日に小田急レストランシステムに入社し,同社営業第2
部給食事業で勤務していたが,平成10年4月16日付けで同社営業第1
部レストラン第1事業事業付料理長に配置転換された後,▲月▲日,死亡
した。
亡P1の妻であり原告らの母であるP2は,平成▲年▲月▲日,死亡し
た。
イ小田急レストランシステムは,小田急電鉄沿線地域に洋食及び和食の専
門店等各種飲食店を展開するとともに,小田急電鉄及び小田急百貨店の社
員食堂,小田急電鉄の車内サービス等を運営する総合フードサービス事業
を営む株式会社である。
()亡P1の死亡2
亡P1は,平成▲年▲月▲日,自宅を出た後,前記配置転換後に勤務する
こととされていたイタリア料理店に出勤しないまま所在不明となり,そのころ,
長野県内の雑木林において縊死した。
()亡P1の業務内容や中傷ビラ問題等3
ア亡P1の業務内容の概要
亡P1は,前記のとおり,昭和46年2月16日に小田急レストランシ
ステムに入社後,一貫して,営業第2部の給食事業部門に配属され,平成
7年6月21日に給食事業料理長に就任した後も,その傘下の新宿第2店
員食堂等の店長を兼務するなどしていた。そして,亡P1は,専ら給食事
業料理長として,傘下の数箇所の各店舗を巡回し,各店舗の調理面からの
チェック,指導,メニューの決定等を行っていた。
イ中傷ビラ問題の発生
(ア)小田急レストランシステムの給食事業部門の新宿第1店員食堂で稼
働する従業員P3は,その処遇に不満を持ち,平成9年2月,亡P1が,
①食券を再利用して売上げを着服している,②同人が管理する金庫から
1万5000円を盗んだ,③部下の女性職員に対するセクハラをした,
④小田急百貨店の酒売場倉庫から窃取されたビールを飲んだ,等の内容
を含む,小田急レストランシステムの職員を中傷するビラ(以下「本件
ビラ」という。)を,小田急百貨店の労働組合に持ち込んだ。
その結果,亡P1を含む小田急レストランシステムの職員らを対象と
する調査がされ,結局,職員の一部やP3に対しては,懲戒処分がされ
た。そして,亡P1には懲戒処分はされなかったものの,亡P1は,同
年5月,営業第2部長に対する始末書を提出し,給食事業料理長と兼務
していた食堂の店長職を解かれた。
(イ)その後,平成10年3月になって,P3は雇用契約更新に当たり,
再度上記中傷ビラを小田急レストランシステムの上層部へ送付して,こ
れを蒸し返した。
その結果,亡P1に対しても,再び,小田急レストランシステムから
の事情聴取がされ,その後,亡P1は,入社以来30年間勤務した給食
事業部から,同年4月16日付けでレストラン事業部へ配置転換された。
なお,P3については,契約更新がされた。
()行政通達による認定基準4
ア厚生労働省(以下,中央省庁等改革基本法等の実施に伴う厚生労働省設
置法施行以前の労働省を含む。)では,業務によるストレスを原因として
して精神障害を発症し,あるいは自殺したとして労災保険給付請求(以下
「労災請求」という。)が行われる事案が増加していたことから,平成9
年12月に,「精神障害等の労災認定に係る専門検討会」(以下「専門検
討会」という。)を設置し,精神医学,心理学,法律学の研究者に対し,
精神障害等の労災認定について専門的見地からの検討を依頼した上,平成
11年7月29日に取りまとめられた「精神障害等の労災認定に係る専門
検討会報告書」(乙6。以下「専門検討会報告書」という。)を踏まえ,
平成11年9月14日付けで厚生労働省労働基準局長通達により「心理的
負荷による精神障害等に係る業務上外の判断指針について」(基発第54
4号。乙5。以下「判断指針」という。)を策定し,各都道府県労働基準
局長宛てに発出した。
イ判断指針は,心理的負荷による精神障害等の発症が業務上と認定される
ための具体的条件を定めたものであるところ,その概要は,以下のとおり
である。
(ア)基本的な考え方
労災請求事件の処理に当たっては,まず,精神障害の発症の有無等を
明らかにした上で,業務による心理的負荷,業務以外の心理的負荷及び
個体側要因の各事項について具体的に検討し,それらと当該労働者に発
症した精神障害との関連性について総合的に判断する必要がある。
(イ)対象疾病
判断指針で対象とする疾病は,原則として,世界保健機構の定める国
際疾病分類第10回修正(以下「ICD−10」という。)第Ⅴ章「精
神および行動の障害」に分類される精神障害とする。
(ウ)判断要件について
次のa,b及びcの要件のいずれをも満たす精神障害は,労働基準法
施行規則別表第1の2第9号に該当する疾病として取り扱う。
a対象疾病に該当する精神障害を発症していること。
b対象疾病の発症前おおむね6か月の間に,客観的に当該精神障害を
発症させるおそれのある業務による強い心理的負荷が認められること。
c業務以外の心理的負荷及び個体側要因により当該精神障害を発症し
たとは認められないこと。
(エ)判断要件の運用
労災請求事案の業務上外の判断は,まず,後記aにより精神障害の発
症の有無等を明らかにし,次に後記bからdまでの事項について検討を
加えた上で,後記eに基づき行う。
a精神障害の判断等
精神障害の発症の有無,発症時期及び疾患名の判断に当たっては,I
CD−10作成の専門家チームによる「臨床記述と診断ガイドライ
ン」に基づき,治療経過等の関係資料,関係者からの聴取内容,産業
医の意見,業務の実態を示す資料,その他の情報から得られた事実関
係により行う。
対象疾病のうち主として業務に関連して発症する可能性のある精神
障害は,ICD−10のF0からF4に分類される精神障害である。
b業務による心理的負荷の強度の評価
①出来事の心理的負荷の評価
精神障害発症前おおむね6か月の間に,当該精神障害の発症に関
与したと考えられる業務による出来事について,別表1()により,1
平均的な心理的負荷の強度をⅠ(日常的に経験する心理的負荷で一
般的に問題とならない程度の心理的負荷),Ⅱ(Ⅰ及びⅢの中間に
位置する心理的負荷)及びⅢ(人生の中でまれに経験することもあ
る強い心理的負荷)のいずれかに評価する。
次に,別表1()により,その強度を修正する必要はないかを検2
討する。
②出来事に伴う変化等による心理的負荷の評価
出来事に伴う変化等について,別表1()の各項目に基づき,そ3
れがその後どの程度持続,拡大あるいは改善したかについて検討し,
心理的負荷の評価に当たり考慮すべき点があるか否かを検討する。
③業務による心理的負荷の強度の総合評価
原則として,以上の手順により評価した心理的負荷の強度の総合
評価として,①別表1()による修正を加えた心理的負荷の強度が2
Ⅲと評価され,かつ,別表1()による評価が「相当程度過重」3
(別表1()の各々の項目に基づき,多方面から検討して,同種の3
労働者と比較して業務内容が困難で,業務量も過大である等が認め
られる状態)であると認められるとき,又は②別表1()により修2
正された心理的負荷の強度がⅡと評価され,かつ,別表1()によ3
る評価が「特に過重」(別表1()の各々の項目に基づき,多方面3
から検討して,同種の労働者と比較して業務内容が困難であり,恒
常的な長時間労働が認められ,かつ,過大な責任の発生,支援・協
力の欠如等特に困難な状況が認められる状態)であると認められる
ときには,別表1の総合評価が「強」として,客観的に精神障害を
発症させるおそれのある程度の心理的負荷と認めることとする。
c業務以外の心理的負荷の強度の評価
発症前おおむね6か月の間に起きた客観的に一定の心理的負荷を引
き起こすと考えられる出来事について,別表2により評価する。
d個体側要因の検討
既往症等に個体側要因として考慮すべき点が認められれば,それが
客観的に精神障害を発症させるおそれのある程度のものであるか否か
について検討する。
e業務上外の判断に当たっての考え方
上記bないしdの事項と当該精神障害の発症との関係は,業務によ
る心理的負荷の強度が「強」と認められる場合,業務以外の心理的負
荷や個体側要因が精神障害発症の有力な原因となったと認められる状
況がある場合等を除き,業務起因性が認められる。
()本件訴訟に至る経緯5
ア原告らは,労働基準監督署長(新宿労働基準監督署長から渋谷労働基準
監督署長に回送された。)に対し,平成14年11月28日,亡P1は小
田急レストランシステムにおける業務上の心理的負荷のために精神障害を
発症して自殺をするに至ったものであり,その発症及び死亡は業務に起因
しているとして,遺族補償給付を請求したが,同署長は,平成15年10
月27日付けでこれを支給しない旨の処分をした(以下「本件不支給処
分」という。)。
イ原告らは,東京労働者災害補償保険審査官に対し,平成15年12月1
9日,本件不支給処分の取消しを求めて審査請求を行ったが,同審査官は,
平成16年11月19日付けでこれを棄却する旨の決定をした。
ウ原告らは,労働保険審査会に対し,平成16年12月21日,本件不支
給処分の取消しを求めて再審査請求を行ったが,同審査会は,平成19年
7月30日付けでこれを棄却する旨の裁決をした。
2争点
亡P1の精神障害の発症及び死亡が業務に起因するものと認められるか否か
(亡P1が業務により受けた心理的負荷の強度,業務とうつ病発症及び自殺と
の因果関係)が本件の争点である。
3争点に関する当事者の主張の要旨
【原告らの主張の要旨】
()業務起因性に関する法的判断の枠組みについて1
ア業務起因性に関する法的判断の枠組みについての被告の主張は争う。業
務と精神障害発症との相当因果関係の判断のうち,業務の危険性ないし業
務による心理的負荷の強度について,平均的な労働者(日常業務を支障な
く遂行できる労働者)を基準とするとする見解(平均人基準説)は誤りで
あり,個々の労働者が置かれた個別的・具体的状況を前提としつつ,社会
通念に照らして,当該状況の下で当該労働者が従事していた業務の危険性
を評価・検討すべきである。
イ専門検討会報告書及びそれに基づく判断指針は,一つの参考にすぎず,
業務上外の判断に当たり,これらのみに依拠するのは失当である。判断指
針には,心理的負荷の内容を限られた数の項目に限定し,かつ,多くの項
目の強度を過小に評価している点や,心理的負荷の項目が複数あっても,
これらを総合的に評価して判断する構造となっていない点など,問題点が
多い。
ウ職場における嫌がらせ・いじめは心理的負荷が重く,精神障害の発症と
関連性を有していること,管理職の支援が発症予防に重要であることは,
医学的・疫学的に裏付けられている。
エ心理的負荷の要因となる複数の出来事が存在する場合,それらを総合的
に評価して,精神障害の発症の危険性を検討すべきである。
()うつ病の発症時期と心理的負荷の評価期間について2
ア亡P1は,平成10年3月17日(亡P1が,P4営業第2部長(当時。
以下「P4部長」という。)及びP5業務課長(当時。以下「P5課長」
という。)による事情聴取を受けた日)から▲年▲月▲日までの間にうつ
病を発症したと考えられる。
イ被告は,専門検討会報告書に基づき,精神障害発症前6か月以上前の事
柄は,「出来事」として評価するべきものではない旨主張するが,心理的
負荷の評価期間はより長期にわたるべきであり,平成9年春ころの亡P1
に対するP3の嫌がらせ行為やこれに対する小田急レストランシステムの
対応も,心理的負荷の評価の対象とすべきである。
ウ自殺事案には,精神障害発症直後に自殺する事案もあれば,精神障害発
症後に負荷が加わり病状が増悪して自殺する事案もある。本件では,亡P
1のうつ病の発症時期を厳密に特定するのは困難であり,仮に平成▲年▲
月▲日の自殺直前に発症したとすれば,亡P1は同日ころまでの出来事を
原因として発症した直後に自殺したことになり,仮に同年3月17日に発
症したとすれば,亡P1は発症後の出来事により病状が増悪して自殺した
ことになるもので,いずれにしても精神障害発症及び自殺の業務起因性は
明白である。
()亡P1が業務により受けた心理的負荷の強度について3
ア平成9年のP3作成に係る本件ビラによる亡P1に対する事実無根の中
傷と小田急レストランシステムの対応
本件ビラには,料理長ないし店長としての立場で各店舗を管理・監督す
る立場の亡P1に対する信頼を失墜させ,小田急レストランシステム及び
小田急百貨店における亡P1の評価を著しく低下させる事実が記載されて
いた(以下,本件ビラ記載の不祥事及びP3がその事実関係の調査を求め
たことを総じて「本件ビラ問題」という。)。特に,食券の問題は,亡P
1が業務連絡・報告書(甲8)及び始末書(乙34の1)を作成させられ
るなど,重大な問題として取り上げられていた。
しかし,本件ビラのうち亡P1に関するものは,事実無根の内容であっ
た。それにもかかわらず,小田急レストランシステムは,平成9年の時点
において,何ら非がない亡P1を支援するどころか,亡P1に業務連絡・
報告書や始末書を作成させ,上司であったP6(以下「P6」又は「P6
支配人」という。)及び部下のP7を懲戒処分とするなど,亡P1らの重
大な業務上のミスとして取り扱い,同人らの責任を問う形で問題を処理し
た。
これは,①「会社にとって重大な仕事上のミスをした」(心理的負荷の
強度Ⅲ)に該当するとともに,②「悲惨な事故や災害の体験をした」(同
Ⅱ)に該当し,かつ,P3の嫌がらせの悪質性にかんがみ心理的負荷の強
度をⅢと修正されるべきであり,③「会社で起きた事件について責任を問
われた」(同Ⅱ)に該当し,かつ,亡P1への負荷の重大性に鑑み心理的
負荷の強度をⅢと修正されるべきであり,④「部下とのトラブルがあっ
た」(同Ⅰ)に該当し,かつ,P3に一方的な非があることやその行為の
悪質性から心理的負荷の強度をⅢと修正されるべきものである。
イ平成10年のP3による嫌がらせ・脅迫
P3は,平成10年の契約更新に当たり,再び本件ビラ問題を持ち出し
た上,亡P1について,「自宅近隣にビラをまく」,「新宿は歩けなくな
るぞ」などと発言し,亡P1の家族構成や人相等を他人に話すなどして,
本人及び家族の生命,身体及び名誉に対する加害を告知する執拗な嫌がら
せないし脅迫を行った。
これは,①「悲惨な事故や災害の体験をした」(心理的負荷の強度Ⅱ)
に該当し,かつ,亡P1が,職場での信用や名誉への影響のみならず,妻
と当時22歳及び18歳の娘2人(原告ら)という家族の生命・身体の安
全や名誉にまで危害を加えられるかもしれないという恐怖心等を有してい
たこと,P3の嫌がらせ・脅迫は悪質であり,1年以上にわたり執拗に継
続していたことにかんがみれば,心理的負荷の強度をⅢと修正されるべき
であり,②「部下とのトラブルがあった」(同Ⅰ)に該当し,かつ,P3
に一方的な非があることやその行為の悪質性から心理的負荷の強度をⅢと
修正されるべきものである。
なお,被告は,亡P1がP3から直接脅迫された事実がないとして,心
理的負荷がなかった旨主張するが,間接的な伝聞の方が嫌がらせないし脅
迫の不快感ないし恐怖感が増幅されるものであり,そもそもP3の脅迫は,
P6に対するものでも「おまえなんかもうコンクリート詰めになって東京
湾に沈められてもおかしくないんだぞぐらいにすごまれたり」したという,
一般に人に脅威を与えるのに十分なものであった。
ウ平成10年の本件ビラ問題に対する小田急レストランシステムの懲罰委
員会設置及び査問
小田急レストランシステムは,本件ビラ問題の再燃を受けて,亡P1に
対する再調査を実施することとし,平成10年3月17日ころ,P4部長
及びP5課長を中心とする懲罰委員会による亡P1の査問が実施された。
平成9年の時点で,小田急レストランシステムは本件ビラの亡P1に関す
る記載が虚偽であること,P3は雇用契約上の待遇変更への不満から本件
ビラを持ち出しており,本件ビラの信用性が全くないことを認識していた
にもかかわらず,P4部長が小田急レストランシステムの上司から平成9
年の調査時に亡P1に手心を加えて見逃したのではないかと叱責されたこ
とを受けて,同委員会の査問内容は,亡P1に嫌疑をかけ,同人を糾問す
るような内容で,しかも2時間もの長時間にわたり行われた。
これは,亡P1に多大な心理的負荷を与えるとともに,会社からの支援
の不存在として,出来事に伴う変化等による心理的負荷を重く評価される
べきものである。
エ平成10年に小田急百貨店から小田急レストランシステムが厳しい対応
を迫られたこと
小田急百貨店においては,景気悪化の影響でリストラの波が押し寄せて
おり,小田急百貨店労働組合からの,従前の外部委託事業を自社事業とし
て余剰人員を吸収すべき旨の要望を受けて,その系列会社である小田急レ
ストランシステムに対し,給食事業委託の打切りを盾に,事業内容の改善
を厳しく求めていた。そのため,平成10年になって,亡P1は,前年に
報告を行った店員食堂改善案(甲9)を作成し直さねばならず,これは小
田急レストランシステムにとって大きな損害であったため,給食事業関係
者が全店長会議に出席することにつき「社長が気分を害する」と言われる
など,給食事業に対する風当たりは強かった。(なお,平成10年に,P
4部長とP6支配人は,小田急百貨店の酒売場に謝罪に行くなどしたほか,
P6支配人は,同年の降格人事の理由について,平成9年の懲戒処分と同
様の「監督不行届と会社に損失を与えたこと」であると述べている。)
これは,①「会社にとって重大な仕事上のミスをした」(心理的負荷の
強度Ⅲ)に該当するとともに,②「会社で起きた事件について責任を問わ
れた」(同Ⅱ)に該当し,かつ,亡P1への負荷の重大性に鑑み心理的負
荷の強度をⅢと修正されるべきであり,③「顧客とのトラブルがあった」
(同Ⅰ)に該当し,かつ,亡P1への負荷の重大性にかんがみ心理的負荷
の強度をⅢと修正されるべきものである。
オ亡P1が入社以来約30年間勤務した給食事業からレストラン事業への
配置転換をされたこと
亡P1は,約30年間にわたり,給食事業一筋に従事していたが,小田
急レストランシステムが小田急百貨店に対し,本件ビラ問題の解決を含む
改善案を提示するために給食事業の担当者を変更することとし,レストラ
ン事業部門に配置転換されることになった。これは,P6支配人が千葉県
市原市所在の高速道路のサービスエリアの担当部署に降格処分となり,P
4部長も同部署に異動になったことと軌を一にしており,亡P1が店長を
解任され,業務内容もそれまで10年以上行っていなかった調理現場業務
に変更となり,料理長らの指示に従う立場となったことなども考慮すると,
降格人事に他ならない。しかも,亡P1の配置転換について,小田急レス
トランシステムからは適切な説明がなかったのであるから,亡P1は,本
件ビラにより小田急レストランシステムに迷惑を掛けたことによる降格人
事であると理解するのも当然である。それにもかかわらず,中傷ビラを作
成したP3は,亡P1の配転後も,契約を更新されていた。
これは,「配置転換された」(心理的負荷の強度Ⅲ)に該当し,かつ,
長年給食事業一筋に勤続してきた亡P1の立場,亡P1の配置転換の原因
となったP3が給食事業に残りながら亡P1が配置転換される不合理さ,
従来の管理職としての業務から調理業務への職務内容の変化等にかんがみ
心理的負荷の強度をⅢと修正されるべきであるとともに,管理職の地位か
ら他の事業料理長の指示に従う裁量性のない地位に置かれたことや,人間
関係の変化及び会社からの支援の不存在として,出来事に伴う変化等によ
る心理的負荷を重く評価されるべきものである。
【被告の主張の要旨】
()業務起因性に関する法的判断の枠組みについて1
ア「ストレス−脆弱性」理論(脆弱性・ストレスモデル)は,病気の成因
を考えるときに,個体側の要因としての脆弱性(病気のかかりやすさ)と
環境因としてのストレス(有害かつ侵害的な出来事)の両方を取り上げ,
総合的に病気の成因を考える医学的モデルであり,これは,精神障害の業
務起因性の判断における基本的な理論である。
イまず,業務と精神障害の発症との条件関係が認められるためには,一定
以上の大きさを伴う客観的に意味のある業務上のストレスが精神障害の発
症に寄与しており(少なくとも一原因となっており),当該ストレスがな
ければ精神障害は発症していなかったとの関係が高度の蓋然性をもって認
められる場合でなければならないというべきである。
ウ次に,業務と精神障害発症との間に条件関係が認められるとしても,そ
れらの間に相当因果関係が認められるためには,①当該業務が危険である
こと(危険性の要件)が必要であり,さらに,②当該精神障害が当該業務
に内在する危険の現実化として発症したと認められること(現実化の要
件)が必要というべきである。
①業務の危険性につき,当該労働者を基準に判断すべきであるとする見
解(本人基準説)は,業務の危険性がその内容や性質に基づいて客観的に
判断されるべき事柄であり,本人の脆弱性は,判断の対象である「業務」
に内包されない業務外の要因であるから,本人の脆弱性の程度によって業
務の危険性が左右されるのは不合理である。労災補償制度の前提となる使
用者の補償責任が危険責任に基づく無過失責任であり,労災補償制度が使
用者の保険料の拠出により運営されていることに照らせば,脆弱性の大き
な労働者に発生した精神障害まで労災補償制度で救済することは,制度の
趣旨に反するというべきである。しかも,「ストレス−脆弱性」理論にお
いては,ストレスの大きさを客観的に観察し,それほどでもないストレス
に対して過大に反応したとすれば,それは当該特定人の個体側の脆弱性の
問題として理解することとされており,本人基準説はこれに反している。
また,ストレスにも様々なものがあるため,業務起因性の判断の観点から
は,ストレスを業務上のものと業務外のものとに分けることが必要である
ところ,業務外のストレスの有無・程度及び個体側の脆弱性が外面からは
確認できない場合であっても,業務によるストレスが客観的に精神障害を
発症させるほどの強さでない場合には,業務外のストレス又は当該労働者
の脆弱性に主な原因があったと解するのが相当である。
以上のことからすれば,業務の危険性は,平均的な労働者,すなわち日
常業務を支障なく遂行できる労働者を基準として,業務によるストレスが
客観的に精神障害を発症させるに足りる程度のものであるといえる場合に,
初めて危険性の要件を肯定し得るものというべき(平均人基準説)である。
①現実化の要件については,仮に精神障害の発症に業務が何らかの寄与を
していることが認められる場合であっても,業務外の要因がより強力な原
因となって精神障害の発症をもたらした場合には,当該精神障害は,業務
に内在する危険が現実化して発症したものではなく,業務外に存在した危
険(当該労働者の私的領域に属する危険)が現実化して発症したものであ
るから,相当因果関係は認められないというべきである。したがって,当
該精神障害の発症が,業務に内在する危険の現実化といえるためには,当
該発症に対して,業務による危険性が,その他の業務外の要因に比して相
対的に有力な原因となったと認められることが必要というべきである。
したがって,精神障害の発症と業務との相当因果関係が認められるため
には,①当該業務による負荷が,平均的な労働者,すなわち日常業務を支
障なく遂行できる労働者にとって,業務によるストレスが客観的に精神障
害を発症させるに足りる程度の負荷であると認められること(危険性の要
件),②当該業務による負荷が,その他の業務外の要因に比して相対的に
有力な原因となって,当該精神障害を発症させたと認められること(現実
化の要件)が必要と解すべきである。そして,その判断基準としては,最
新の専門的知見に基づく専門検討会報告書を踏まえて策定された判断指針
に依拠するのが最も適当と言うべきである。
()うつ病の発症時期と発症後の出来事について2
ア亡P1のうつ病の発症時期は,平成10年3月ころ(同年4月を数日以
上超えて含む趣旨ではない。)である。
イうつ病は,いったん発症すると,多少動揺しながら悪化し(前駆期),
底に達してしばらく持続し(極期),その後,自然に徐々に回復する(回
復期)という過程を経て一つの周期が終わる。各病相期は大小の変動を伴
い動揺しており,病気の初期と回復期には気分変動が激しく,自殺企図が
生じやすい。しかも,自殺を決行するきっかけは,必ずしも強いストレス
にさらされた場合に限らない。したがって,うつ病は,いったん発症する
と,その症状の一つである希死念慮によって自殺するということがその自
然的経過のうちにあり得るものである。他方,うつ病の自然経過が上記の
ようなものである上,個々の患者によって変動の幅や態様が相違するため,
うつ病の増悪とは,個々の患者ごとに医学的に検討した上で明らかに通常
予想され得る病状の経過の変動の幅を超えるような大きな症状の増悪があ
ったか否かにより判断するほかない。
()亡P1が業務により受けた心理的負荷の強度について3
ア平成9年の本件ビラ問題について
平成9年の本件ビラ問題は,亡P1のうつ病発症より6か月以上前の事
柄であって,本来,出来事として考慮すべきものではない。しかも,亡P
1に関して,本件ビラの内容が事実であると確認されたものは一つもなく,
小田急レストランシステムも,平成9年5月23日にP7,P6及びP3
にそれぞれ懲戒処分を行ったが,亡P1に対しては懲戒処分を行っていな
い。亡P1は,P4部長に対し,同月13日付けで始末書を提出している
が,これは,懲戒処分の趣旨を含まず,P4部長が「昔は職場で余った酒
を飲むようなことは問題にもならなかったが,今は時代が変わった,とい
うような例え話をしながら,形ばかりだけれど書いてほしい,と説明して
出してもらったものです。」というとおりである。また,亡P1は,同月
16日に新宿第2店員食堂の店長兼務を解かれたが,給食事業料理長の地
位はそのままであり,これも,小田急レストランシステムとしては,関係
者の処分の意図はなく,単に小田急百貨店向けに担当を替えてみせるとい
うにすぎなかったのであり,そのことは,亡P1の後任の店長が,亡P1
同様本件ビラに名前が挙がったP6であったことからも明らかである。
なお,原告らは,平成9年の本件ビラ問題によるストレスが平成10年
まで持続した旨主張するが,同問題は,平成9年5月にP3らの懲戒処分
が行われるなどして一旦収束していたのであるから,上記主張は失当であ
る。
イ平成10年の本件ビラ問題について
平成10年の本件ビラ問題についても,亡P1に関して,本件ビラの内
容が事実であると認められたものはなかった。平成9年時点で,P4部長
が本件ビラのうち,小田急百貨店の酒売場のビールを窃取した件を知らさ
れていなかったことから,P4部長及びP5課長が亡P1に対して,平成
10年3月17日あるいは同月18日に当該内容について事情聴取を行っ
ているが,その際,P4部長らは,「新しいビラが出たので,去年聞いた
話も改めてもう一度尋ねる。」旨説明して聴取を行ったものである。なお,
P6は,同事情聴取を懲罰委員会としての聴取であるとしているが,その
根拠は,懲罰委員会の委員であった両名が聴取したからであるというとこ
ろ,懲罰委員会は部長以上の役職者を委員として構成されており,課長で
あるP5課長は委員ではなかったのであるから,P6の説明は必ずしも正
確とはいえない。また,この時期に,小田急レストランシステムの従業員
や上層部の中で,亡P1の評判が下がったという事実も,亡P1が小田急
レストランシステムから処分を受けたという事実も,小田急レストランシ
ステムと小田急百貨店との間で本件ビラが問題となったという事実も認め
られない。
ウ平成10年のP3の言動について
P3が,平成10年3月ころ,亡P1に対して脅迫等を行っていた事実
は認められない。P3は,信用もなく,およそ口先だけの人間であること
が知られており,かかる人物の発言が強度の心理的負荷を与えるとは考え
難い。P6支配人,P4部長及び給食事業チーフのP8も,P3から,脅
迫的な言動等を受けているが,いずれも畏怖を感じたりはしていない。仮
に亡P1がP3の言動で強度の心理的負荷を受けたとすれば,それは亡P
1の脆弱性の証左である。
エ亡P1の配置転換について
亡P1の配置転換は,降格には当たらない。小田急レストランシステムで
は,部門を跨いだ異動は珍しいことではない。料理長が事業を跨いで異動
するに当たって,事業付料理長として入るという例は,本件異動が初めて
だとしても,そもそも料理長とは実際に調理をする者が就く管理職であり,
給食事業に料理長が誕生したのは平成7年6月に亡P1が就いたのが初め
てであり,料理長出身者が初めて部長に昇進したのは平成10年より後と
いう状況であったのであるから,亡P1が,レストラン第1事業事業付料
理長という形態で異動したとしても,そのことをもって本件異動が特別な
ものであったとはいえない。レストラン第1事業に料理長が2人配属され
ることになるのも,小田急レストランシステムが同事業に注力していたか
らであって,何ら不合理ではない。さらに,本件異動は時期的にも定期異
動であり,亡P1の将来的な昇進等にも必要と思われるものであって,通
常の配置転換といえるものであるから,本件異動を格段の心理的負荷と評
価するべきではない。
第3当裁判所の判断
1認定事実
前記第2の1の前提となる事実並びに証拠(甲4,5,7,8,10,11,
13,14,18,19,乙8,9,10の3及び4,乙11ないし15,1
6の1ないし14,乙17ないし19,20の1ないし13,乙21ないし3
1,32の1ないし7,乙33,34の1ないし3,乙35ないし40,41
の1及び2,乙42ないし46,47の1ないし7,61,62,63の1な
いし6,乙65ないし67,証人P9,原告P10本人)及び弁論の全趣旨に
よれば,次の事実を認めることができる。
()亡P1について1
ア亡P1の家族状況
亡P1は,昭和47年2月17日,亡P2と婚姻し,昭和▲年に長女で
ある原告P10が,昭和▲年に次女である原告P11が生まれた。亡P1
の死亡当時,同人,原告ら及び亡P2は神奈川県相模原市に居住していた。
また,亡P1の父であるP12は,昭和▲年に死亡しており,母であるP
13は,埼玉県川口市に居住していた。
イ亡P1の性格傾向等
亡P1は「親分肌,世話好き,社交的」であり,職場組織での人間関係,
組織適応性,上司・部下の対応状況,人付き合い及び友人関係について特
に問題があるとされるところはなく,小田急レストランシステムの同僚等
の評判も,「まじめ」,「几帳面で回りに気を使う」,「仕事ができる」,
「頼りにされていた」というものであった。
また,原告P10も,亡P1の性格等を「几帳面」,「あまり強く意思
表示はしない」と述べ,亡P1の母であるP13も,「やさしく,まじめ
で,誰も悪く言う人のいない息子でした。」と述べている。
ウ亡P1の健康状態等
亡P1は,健康診断において,平成5年11月は日常生活に注意を要す
る肥満の診断を受け,平成6年5月には治療が必要な高脂血症,経過観察
が必要な高尿酸血症及び日常生活に注意を要する肥満等の診断を受け,同
年10月には経過観察が必要な高血圧及び日常生活に注意を要する肥満の
診断を受け,平成7年4月には治療が必要な高血圧,経過観察が必要な心
電図測定結果,高コレステロール血症及び肝障害疑並びに日常生活に注意
を要する肥満の診断を受け,同年9月には治療が必要な高血圧及び日常生
活に注意を要する肥満の診断を受け,平成8年4月には経過観察が必要な
心電図測定結果,治療が必要な高脂血症及び日常生活に注意を要する肥満
の診断を受け,同年11月には日常生活に注意を要する肥満の診断を受け,
平成9年10月の精密検査では,日常生活に注意を要する肥満の診断を受
けた。
また,亡P1は,平成10年4月20日,両扁桃炎により,医師の診察
を受けた。
()小田急レストランシステムの組織と亡P1の社歴2
ア小田急レストランシステムの組織は,平成9年ないし平成10年当時,
大別して,総務部,経理部,人事部及び営業本部に分かれ,営業本部の下
には営業推進部,営業第1部ないし第3部,サービスエリア事業部があり,
営業第1部ないし第3部及びサービスエリア事業部の下には1ないし4の
事業が所属して,事業長である支配人の下,それぞれ店舗の運営を分担す
るなどしていた。
営業第1部(当時の部長はP14(以下「P14部長」という。)であ
った。)にはレストラン第1事業が属し,営業第2部(当時の部長はP4
部長であった。)には和食・そば事業,ロッテリア事業,給食事業が属し
ていた。
イ給食事業は,小田急百貨店の社員食堂である新宿第1店員食堂,新宿第
2店員食堂,町田店員食堂及び厚木店員食堂並びに小田急電鉄の社員食堂
である喜多見社員食堂,大野社員食堂,海老名社員食堂及び海老名クラブ
の合計8店舗の運営を担当していた。
給食事業の責任者は,給食事業支配人(当時はP6支配人であった。)
であり,その下に給食事業料理長と各店舗の店長が置かれていた。
給食事業料理長は,同事業支配人の下にあって,各店舗を巡回してその
管理や技術指導等(原価率及び生産性を考慮して年間予定表を作成し,メ
ニューを決定した上,レシピ,マニュアルを作成し,それらが実行されて
いるかをチェックし,指示・指導するなど。)を行うものであり,実際に
調理を担当することはなかった。なお,事業料理長は,平成10年当時,
小田急レストランシステム内では3名しかいなかった。
各店舗の店長は,同事業支配人の下にあって,各店舗に置かれ,各店舗
の従業員の管理(シフト表の作成,出退勤管理,新人の採用及び教育),
売上金等の管理及び営業状況の分析・把握等を行っていた。また,各店舗
のパート・アルバイト従業員の採用は,本来給食事業支配人の業務である
が,実際には店舗単位で店長が行っていた。
ウレストラン第1事業は,α新宿店等合計11店舗のイタリア料理店ない
しファミリーレストランの運営を担当しており,平成10年4月当時,同
事業支配人はP15であり,同事業料理長はP16であった。
エ亡P1は,昭和46年2月16日,小田急レストランシステムに給食事
業調理係として採用された後一貫して給食事業に配属されており,平成7
年6月21日に給食事業料理長に就任した後も,平成10年4月まで,新
宿第2,大野,海老名,町田,厚木,喜多見の各社員食堂の店長を兼務し
ながら,給食事業に所属し,店舗の管理や技術指導等の業務に従事した。
()平成9年本件ビラ問題3
ア亡P1は,新宿第2店員食堂店長であった平成7年ころ,小田急レスト
ランシステムが元従業員であったP3を契約社員として採用するに際し,
同人を推薦した。
その後,P3は,平成8年4月ころ,契約期間がそれまでの1年から半
年となり,期間満了となる同年10月ころ,小田急レストランシステムか
ら契約打切りを持ちかけられたが,最終的にはパート従業員として残留す
ることになり,その際,一般的なパート従業員の時給(1000円未満)
より高額な時給(1500円)の支払を受ける旨の雇用契約を締結した。
イ小田急レストランシステムにおいては,平成9年ころ,60ないし65
歳以上の高齢のパート従業員の人員整理を行っており,給食事業ではP4
部長及びP6がその業務を担当していた。
P3は,平成9年2月当時,給食事業の新宿第1店員食堂調理係であり,
未だ50歳代であったが,退職勧告対象者の名簿に名前が記載されており,
P6との間で契約打切りの交渉を行った。しかし,P3は退職には応じず,
時給の減額に応じ,その上で雇用を維持されることとなった。
その後,P3は,P6支配人や亡P1,同人の部下で調理係チーフであ
ったP7などの小田急レストランシステムの従業員を中傷するビラ(本件
ビラ)を作成し,小田急レストランシステムの店員食堂の顧客である小田
急百貨店の労働組合に持ち込んだ。
本件ビラ(乙32の1ないし7)は,以下の趣旨の内容を記載したもの
であった。
①亡P1は,一度使用した社員食堂の食券を再度券売機に入れて利用
し,売上げとして計上する金額との差額を着服している。
②亡P1が管理していた新宿第2店員食堂の金庫から1万5000円
が紛失したが,盗んだ当人である亡P1は,平気で勤務に就いており,
これをP6も隠そうとしている。
③亡P1は,部下の女性従業員(P17)に対し,尾行したり,部屋
を夜中に花束を持参して訪ねて口説いたりした。そのため,その女性
従業員は会社を退職した。
④亡P1の部下の従業員らが,小田急百貨店の酒売場倉庫のビールを
盗み,これを亡P1らが飲んでいる。
⑤P7が,女性従業員と不適切な関係を持ったり,商品(焼そば等)
を駅長室に持ち出して駅長から切符をもらったり,さらには料理学校
の調味料を盗んでいる。
このため,小田急レストランシステムは,小田急百貨店及び小田急百貨
店労働組合から店員食堂の規律に強い疑念を示されてしまい,調査の上報
告する旨表明した上,P4部長に事実関係の調査を指示した。
ウ小田急レストランシステムは,役員で構成する懲罰委員会において,P
4部長と営業推進部部長代理のP5課長が,ビラに名前が記載されていた
亡P1,P6,P7等から事情聴取した(ただし,その経緯は不明である
が,前記④の内容が記載されたビラ(乙32の7)については,P4部長
らの手には渡らず,前記④の酒売場倉庫のビール窃取等に関する件につい
ての事情聴取は行われなかった。)。
その結果,P7が調理場で作った焼そばを社外に持ち出したことがあっ
た事実は確認したが,それ以外の事実は確認できなかった。
エ小田急レストランシステムは,P4部長らの調査の結果を踏まえ,まず,
亡P1に対し,平成9年4月16日付けで,P6支配人に宛てて,金庫を
購入して現金管理をより厳格に行うことや食券のナンバーを揃え,回収後
は廃棄するなど食券管理を適正に行うことなどを内容とする,現金管理及
び食券管理に関する業務連絡・報告書を提出させた。
なお,亡P1の手帳の平成9年5月5日及び同月6日の欄には,「5/
7本社18:30事前の説得店長,料理長とレシピー通りに指導監
督をおこたった給食事業の危機改革案,改善案,解決策コミュニケ
ーション不足の反省ルールの徹底綱紀粛清食券の取扱い」との記載
がある。
また,亡P1は,平成9年5月13日,P4部長宛てに,「今回小田急
百貨店ならびに小田急百貨店労働組合に当社の信用を損う問題が起きまし
た一因に私の業務上の行為が従業員から誤解を招くに至り,その事が信頼
を欠くことになってしまいました。ご迷惑をお掛け致しました事をお詫し
ます。現金,食券等の取扱いについては別途報告。料理長としてレシピー
作成に当り良質で安価な食材を導入し原価率の低減に努めて来たつもりで
ありましたが,調理人達の同意を得るまで説明をすべきであったと考えま
す。」などと記載した始末書(乙34の1)を提出した。その草稿(乙3
4の2及び3)には,「食券の取扱いについて誤解を招く行為があった,
(略)ただこの事を多くの従業員に説明しないまま行った(略)今迄各店
ともレシピー通りに行っているとも思えません。今後,共通メニューに付
いてはレシピーの徹底,味付の基本を見直し。」などと記載されている。
なお,亡P1のこの始末書作成は,小田急レストランシステムが小田急
百貨店に対する信用回復を図る措置の一つとして行われたものである。
オ小田急レストランシステムは,平成9年5月16日付けで,亡P1を,
当時給食事業料理長と兼務していた新宿第2店員食堂,町田店員食堂の両
店長職から解任した(これに伴い,P6支配人を,同日付けで,両食堂店
長兼務とした。)。
また,小田急レストランシステムは,同月26日,P7に対し,「会社
の金品を無断で持ち出し又は持ち出そうとしたとき」に該当するとして減
給3回の懲戒処分をし,P6に対し,「業務上の過失怠慢又は監督不行届
により事故を発生させ若しくは発生させようとしこれによって会社に損害
を与え若しくは与えようとしたとき」に該当するとしてけん責処分をし,
P3に対し,「仕事上の秘密又は会社の不利益となる事項を他に漏らさな
いこと」に該当するとして厳重注意とした上始末書を提出させる懲戒処分
(ただし,社報には記載しない。)をした。
()平成10年本件ビラ問題4
ア小田急レストランシステムは,平成10年2月ころ,小田急百貨店労働
組合の要望を受けた小田急百貨店から,給食事業の委託打切りもあり得る
ことを示唆されながら,給食事業の事業改善を強く求められた。
そこで,亡P1は,給食事業料理長として,店員食堂改善案(甲9の1
及び2)を作成し,同年3月6日ころまでに,小田急百貨店側に提出した。
この改善案は,衛生管理,メニュー関係,接客サービス関係,人事関係,
管理関係,総括と多岐にわたっており,管理関係については,「金銭管
理」,「食券管理」という項目が設けられ,金銭管理については「責任所
在の明確化,システムによる明朗化」,食券管理については「食券入出庫
の記録,棚卸表の作成」,(使用済み)食券の「確実廃棄,プリペードカ
ード方式の推進」といった方策を打ち出すものであり,また,小田急百貨
店及び小田急百貨店労働組合との密接なコミュニケーションを図るために
少なくとも2か月に1度以上は報告と意見を聞く機会を設けることを提案
していた。
イこのころ,P3は,平成10年の雇用契約更新に当たり,本件ビラを小
田急レストランシステムの上層部(社長)に送付して,本件ビラ問題を蒸
し返した。このときのビラには,亡P1の部下が小田急百貨店の酒売場の
ビールを盗み,これを亡P1らが飲んだという前記()ア④のビラも含ま3
れていた。
そのため,小田急レストランシステムは,再度調査を行うこととすると
ともに,謝罪のため,P4部長とP6支配人を小田急百貨店の酒売場に出
向かせた。
ウ平成9年当時に懲罰委員会の構成員であったP4部長とP5課長は,平
成10年3月17日午後4時30分から午後6時30分まで,小田急レス
トランシステム本社第2会議室において,亡P1の事情聴取を行ったほか,
亡P1に対し,小田急百貨店事業所には出向かないよう申し渡した(乙4
5。なお,被告は,亡P1の手帳の記載はうつ病の発症により客観的思考
ができない状態で書かれたものであって,客観的事実を裏付ける的確な証
拠とはならない旨主張するが,同手帳の記載は前記事情聴取におけるやり
取り等,亡P1が直接体験した事実を記した限度では他の客観的証拠と合
致する部分が多く認められ,その記載内容のとおりの事実の存在を認める
ことができる。)。
事情聴取におけるやり取りは,以下のとおりである(「聴取者」とは,
P4部長又はP5課長のいずれかを指す。)。
①1万5000円の紛失の件について
聴取者「ビラの内容でP3氏は,P1料理長が盗ったと言っている
が。」
亡P1「盗った憶えはない,盗難騒動は後日の事情聴取の中で知っ
た位で身に憶えはない。」
聴取者「P18代理とP19さんが,前日まで5000円札があっ
たと確認しているが。またP3氏はP1料理長が事務所の引き出し
から抜き取り財布中に入れる所を見た,と言っているが。」
亡P1「そんな事実はない。」
聴取者「P3氏は何故告訴してこないかと言っているが。」
亡P1「告訴には金がかかる,今家のローンと教育ローンでそれ
どころではない。」
②酒売場倉庫のビールの件
聴取者「P3氏はP1料理長が盗むよう指示した,また盗んだビ
ールを飲んだと言っているが。」
亡P1「命じた憶えはない,職場で飲んだ事実はあるが,閉店後タ
イムカードを打刻した後である。外で飲むと金と時間がかかる,通達
以後は飲んでいない。」
聴取者「飲むビールはどうしたか。」
亡P1「金を払って買いに行かせた事はある。」
聴取者「P1料理長が金を出さない時もビールを飲んでいた事もある
のでは。」
亡P1「P20さんが金を出すときもあった。」
聴取者「P3氏は若い者に水割りを作って飲ませていたと言っている
が。」
亡P1「売場の宴会(場所店食)の余りもののウイスキーで水割り
を飲んだ憶えはある。飲んだ仲間としては,P21,P22,P23,
P24等を記憶している。」
③パート社員P17の件
聴取者「P17さんの家に行ったことは。」
亡P1「1度,引っ越しの手伝いに行ったことがある。それ以外花
束を持って行った事実はない。」
聴取者「P25,P26も,P17さんから,花束を持って訪問して
きたと聞かされているが。」
亡P1「多分,酒の席でそんな話がでたのでは。P17さんは酒を飲
むと翌日には何を話したのか憶えていない位になる。」
聴取者「P17さんの採用経緯は。」
亡P1「β街の<γ>の経営者のママから知人(P17)を2年位
使ってくれないか,と頼まれた。」
(中略)
「家の訪問はP17さんが幾回かに分けて引っ越しをしている内の1
回で重いものを運ぶ時に自分1人が行った。店食で働き始めて間もな
い頃である。」
聴取者「P17の元主人の刑務所の話は?」
亡P1「P17さん本人から聞いた話であるが,どういう状況で聞い
たか定かでないが,P17さんの主人が数年前暴力団対策法ができ
る前の頃であるが,当時の宮沢首相を狙って上京した時,新宿警察署
にシャブと拳銃不法所持で捕まって2年の刑を受けた。」
聴取者「オッパイ花束等のセクハラのためP1料理長を避けるため
のP17さんの作り話ともとれるが」
亡P1「退職後,お母さんと共に<お世話になりました>と職場に挨
拶に来た。パート仲間にも挨拶していた。その後再婚が決まり,夫婦
で上京しパーティにも招待を受けた。都合で出席できなかったが,も
しセクハラ等で退社であれば,招待も受けるはずがない。」
エ亡P1は,前記の事情聴取の際,P4部長及びP5課長に対し,給食事
業チーフのP8等から以下のような話を聞いていると述べていた。
①P3から電話で面会を申し込まれ,これを断ったところ,P3から
「会いたくなければ新宿を歩けないようにしてやる。」旨言われた。
②P3がδ駅西口地下で露天商をやっている人間と親しいと言ってお
り,それを取り仕切っているのが○○組であるから,P3を押さえる
には総長に話をつければいい。
③P3が「P1の奥さんは眼鏡をかけている」と言っていた。
オ小田急レストランシステムは,同年3月末までに,P3との雇用契約を
同人から「会社の不名誉になることをこれ以上しない」とする誓約書を提
出させた上で更新した。
P6を始めとする亡P1の上司等が,このP3との契約更新について異
議を述べた形跡はない。
()亡P1の死亡に至る経緯5
ア死亡日以前6か月間の亡P1の就労状況
死亡前6か月間における亡P1の1か月当たりの労働時間は以下のとお
りである。
死亡前1か月目171時間53分(時間外労働時間22時間33分)
死亡前2か月目219時間28分(同59時間28分)
死亡前3か月目224時間12分(同48時間12分)
死亡前4か月目158時間09分(同15時間36分)
死亡前5か月目224時間40分(同56時間40分)
死亡前6か月目223時間08分(同47時間08分)
イ亡P1の死亡前の状況
(ア)亡P1は,平成10年3月11日以降,手帳に詳細な記載を始めた
(乙45)。その中には以下のようなうつ病の症状を示唆する情報も含
んだ記載がある(以下,記載日の年表示は省略する。また,誤字や略語
表記部分についても,適宜補正して表記することとする。)。
3月11日「自宅近隣にビラをまくとの脅し有り」「家族の事,家庭
の事を考えると滅入る」「(小田急レストランシステム)社長と(小田
急百貨店)専務のトップ会談にゆだねられたらしいが自分に対する処分
は必至」「現在会社をやめるわけにはいかない」「自分の運命が他人に
委ねられているのがおもしろくない」「暴力の前に対策が無い事がくや
まれる」
同月12日「一日中生死について考える」,「昨日は眠れない夜だっ
た」「死に場所についても考えている。バカバカしい」
同月13日「家庭,家族は守らねばならない。」「もし自分が死ぬ様
な事があったら,葬儀一切必要なし,遺灰にして山にまいてくれ」「墓
の必要もなし。思いある人々が記憶の片スミにとどめておいてくれれば
それでいい。」
同月16日「第一は家庭,家族を守る事とする」「私が厚木,町田か
らも締出しをされるのであれば当社の対応,後手後手に回り皆にバカに
される・・・私自身は配転も覚悟します。」「30年間給食一筋でやっ
て来ましたがこんな最後になってしまい非常に残念です。」
同月17日「本日,本社呼出16:30,午前中彼(P3と解され
る。)が呼ばれていた模様,何が問題かわからない。精神的に疲れ
た。」「今回の印象として部長は自分を初めから疑っている様子,はな
はだ心外。」「私はやはり家族の事がいちばん気掛り」「配転やむな
し」
同月24日「上司もあてにならない。自分は信用して申しのべたつも
りが相手がこう言っていたよなどと教えてしまっている。彼をあおり立
てるだけだ。」「支配人と自分の異動は不動であろう。早く結着を。」
「彼が我家の構成,人相等迄,他人にもらしている事が不安のタネでも
ある。」
同月25日「30年間続けて来た仕事を奪われることはつらい。」
「自分が去った後のメニューを書くのもむなしい。」
同月30日「しかしよくよく考えると何故,脅迫者たる者が会社に居
残り,私などが異動を余儀なくされるのは異常な事態としか思えな
い。」
4月3日「常務,人事部長が動いている。」「小田急百貨店に対し
担当を変えるむね小田急百貨店専務にお話したとの事・・・皆が納得の
ゆく異動が可能であろうか?」「自分もどうなるかわからない・・・部
長,支配人,自分,どこに落ち着くのか?・・・最悪は箱そば,又はカ
レーショップかも」
同月9日「身分保証がされた事で家族への暴力は回避されたかもし
れない。後は対小田急百貨店をにらんだ異動であろう」「仕事の有るセ
クションであれば良いがたいくつな部所であったらどう過ごしていいや
ら。現場しか経験のない私は仕事のない時のむなしさはやりきれな
い。」「この一年間の我慢はなんであったのであろう。」
同月13日「10日,小田急百貨店専務が当社を訪れ当社社長と会見。
組合,提出の改善案が昨年と同様の内容であると指摘。組合はかなり強
硬姿勢である。」「自分が本社で仕事もなくいる場面を想うとゾッとす
る。」
同月16日「P4部長より,電話で,異動先がレストラン第1事業で
決定との事」
同月18日「P6支配人より電話があり,4月23日午前9時30分
に本社に出社して指示を仰ぐとのこと。西ピッコロ配属のようだ。」
同月20日「給食の資料は全部廃棄」「大胆な内部異動だと思う。」
「いままで順風満帆に過ごしてきたが終盤近くなり負けてしまった。3
0年間築いてきたものは何んだったんだろう。」「この年令での異動で
あるからあとはイヂワル,イヂメしかないかも」
同月22日「自分に味方をする人間は皆無と再認識。追われる者には
誰も付いてこない。」
(イ)亡P1は,原告P10に対し,同年3月末ころ,夕食時に「お父さ
んは仕事でミスをしちゃったから大変なんだ。」と言ったことがあった
(甲18)。
(ウ)小田急レストランシステムは,同年4月16日付けで,亡P1とP
6支配人を配置転換した。
亡P1は,営業第2部給食事業料理長から営業第1部レストラン第1
事業の事業付料理長に配置転換され,同月23日から当分の間,基幹店
舗であるα新宿店において現場勤務をした後,調理課課長代理を兼任し
ていたP16料理長と店舗を分担し,給食事業料理長の業務と同様の指
導管理業務に従事することが予定されていた。
P6支配人は,給食事業支配人兼新宿第2店員食堂店長・町田店員食
堂店長から,営業推進部部付課長に配置転換された後,サービスエリア
事業に異動となった。
なお,P4部長も,同月,総務課に異動した後,サービスエリア事業
部に異動した。
(エ)亡P1は,同月22日,全店長会議に出席した。その際,特に変わ
った様子は見られなかったが,当時,少額のお金がなくなったとか,お
酒を持ち出して飲んでいたといった噂があったことについて,出席して
いたP27総務課長(以下「P27課長」という。)から「どうな
の。」と尋ねられ,「まいったよ。」と答えていた。
また,P6も,同会議に出席していたが,その出席にあたり,小田急
レストランシステム総務部の担当者から「社長が(P6など給食事業の
旧担当者の)顔を見ると気分を害するよ。」と告げられていた。
(オ)亡P1は,同月23日午前9時30分ころ,小田急レストランシス
テム本社に出勤し,営業第1部のP14部長,P15,及びP16と面
談した。
面談では,P14部長が亡P1に対し,「給食事業からレストラン第
1事業への異動についての説明を部長又は支配人より受けたのです
か。」と尋ねると,亡P1は,思い詰めたように,「私は潔白です。」
と返事をした。P14部長が重ねて尋ねると,亡P1は,「異動の理由
については何も聞かされていない。また,レストラン第1事業への異動
についても電話で指示を受けただけで直接会っていない。」と答えた。
P14部長が,「異動理由も含めて何の説明もされていないの。レスト
ラン第1事業も含めて普通は担当支配人又は部長より説明があるはずだ。
まして部が変わるんでしょう。」と言うと,亡P1は,「異動理由,異
動先,異動日も含めて電話でのみ連絡をもらっただけです。何故なのか
何も知らされていません。」と答えた。
P14部長は,「P1料理長自身ここ10年くらいフライパンを振ら
れたことはないそうですが。」と尋ね,「はい」と答えた亡P1に対し,
「ずっと給食事業に従事していたのでイタリアの基礎を一から学んで欲
しいと思うので,とりあえずα12Fにシフトに入って働いてもらいた
い。αにはP28調理長がいるので,お店ではP28調理長の指示に当
面従って欲しい。また,レストラン第1事業全体としてはP16料理長
がいるので,全体的なことについてはP16料理長の指示に従って頂き
たい。そういうことなので,当面,名刺は作りません。大変だとは思う
が頑張って下さい。」と告げた。
(カ)亡P1は,P14部長らとの面談を終え,同日午前10時ころ,現
場研修先である新宿のイタリアンレストラン「α新宿店」に出勤し,挨
拶と着替えを済ませた後,同日午前11時ころから現場の仕事の流れを
見学し,同日午後3時ころ退社した。
ウ亡P1の死亡
亡P1は,▲月▲日,自宅を出た後,同日午前8時30分ころ,α新宿
店に電話をかけ(甲14),体調が悪いから休ませて欲しい旨連絡した後,
α新宿店に出勤しないまま所在不明となり,同日,長野県南安曇郡<以下
略>の雑木林において縊死した。死因は窒息であり,死亡したのは,同日
午後7時ころと推定された。
亡P1は,死亡する前,亡P2,原告ら及びP13に宛てた遺書を作成
していた。
()うつ病に関する医学的知見6
ア「うつ病」の意義
うつ病とは,精神障害の一つである気分障害(感情障害)の一類型であ
り,症状としては,抑うつ気分,集中力の低下,睡眠障害,将来に対する
希望のない悲観的な見方,興味と喜びの低下,易疲労感の増大や活動性の
減少等がある。
ICD−10では,感情障害は,気分(感情)障害とされ,主として,
従来の躁うつ病に相当する①躁病エピソード,②双極性感情障害,③うつ
病エピソード,④反復性うつ病性障害と,従来気質・人格の障害とされて
いた⑤持続性気分(感情)障害とから構成されている。
上記分類のうち,①躁病エピソード及び③うつ病エピソードは,躁病エ
ピソード又はうつ病エピソードが1回だけ起こったものを指す。
ICD−10における「32うつ病エピソード」は,単一の(最初F
の)うつ病エピソードにのみ用いられ,それ以後にうつ病エピソードがあ
れば「33反復性うつ病性障害」に分類される。F
うつ病エピソードと診断されるためには,エピソードが少なくても2週
間続く必要があるとされているが,もし症状が極めて重症で急激な発症で
あれば,より短い期間であってもかまわないともされている。
(甲16,乙52,68)
イうつ病の経過
うつ病は,いったん発症すると,多少動揺しながら悪化し(前駆期),
底に達してしばらく持続し(極期),その後,自然に徐々に回復する(回
復期)という典型的な過程を経て1つの病相(周期)が終わる。1回の病
相の長さは,数週間から1年,あるいは1年以上と個人差が非常に大きく,
また,同一患者でも各病相により異なるが,多くは3ないし9か月である。
各病相期の変動については,これらの各段階には明確な境界線は存在せ
ず,1つの段階の持続期間も1週間のこともあれば,重症である場合は半
年以上も続くことがある。
また,すべてのうつ病罹患者がこの典型的な過程を経るわけでもなく,
極期に至らずに前駆期段階から回復に向かう場合もある。
(乙49ないし51)
ウうつ病と自殺
うつ病罹患者には「希死念慮に至ることがほとんど必発である」とまで
言われており,一般的に,うつ病の前駆期後半から回復期前半において,
希死念慮が生じ得るとされ,特に,治療歴がないうつ病患者には希死念慮
を生じる危険性がより高いことが報告されている。
また,うつ病による自殺は,通常の病状の経過の中でも,増悪期(極
期)や増悪期(極期)からの緩解期(回復期)にも起こり得るが,前駆期
後半と回復期前半では変動が大きく,自殺企図が生じやすいとされている。
そして,いったんうつ病に罹患すれば,病的状態に起因した思考により,
自責・自罰的となり,客観的思考を失う,すなわち,個体の脆弱性が増大
するため,「ささいな不祥事などを極端に悪いことのように」思い込み,
ささいな出来事が契機となって自殺に至ることが少なくないことが指摘さ
れている。
(乙49ないし51,54,55)
エうつ病の発症とストレスとの関係
統合失調症,うつ病などの精神疾患については,同じ家系内での発病率
が一般人口よりはるかに高く,特別のストレス(身体あるいは精神に有害
な歪みを与える強い外的刺激を言い,「侵害的刺激」ともいう。)なしで
も発症することが多いので,何らかの内的な原因によって起こるものと考
えられ,長い間「内因精神病」と呼ばれてきた。
しかし,近年,前記精神疾患がストレスなどの精神的な原因に関連して
発症することもまれではないので,内因だけによって起こると考えるのは
無理であることが明らかになっており,これらの病気は,性格特徴等の内
因(素因)と,身体疾患,転職,昇進,退職,転居,近親者の死などによ
るストレスなどの外因(環境)の両方が関与して発症するものと考えられ
るようになっている。
このように,うつ病を含む一定の精神疾患は,環境由来のストレスと個
体側の反応性・脆弱性との関係で発症する(精神破綻が生じる)のであり,
ストレスが非常に強ければ,個体側の脆弱性が小さくても精神障害が起こ
るし,逆に,個体側の脆弱性が大きければ,ストレスが小さくても破綻が
生じると帰結される(いわゆる「ストレス−脆弱性」理論)。
(乙6)
オ精神疾患を引き起こすストレス等に関する研究報告
(ア)平成14年度厚生労働省委託研究(平成15年3月)(甲15)
労働者が感じるストレッサーの強度を測定すべく,厚生労働省から委
託をうけ,P29教授らは,平成15年3月,「ストレス評価表の充実
強化に関する研究」を報告した(甲15)。
同報告によれば,同項目で測定した91項目のストレッサーのうち,
健常者群のストレス強度は「嫌がらせ,いじめ,または暴行を受けた」
が最も強いストレッサーである。
(イ)職場でのいじめと心疾患・うつ病の発症(甲24)
P30らは,職場でのいじめ(社会的に孤立させたり疎外して,仕
事や努力を低く評価し,脅したり,不在時に悪口を囁いたり,その他苦
痛を与える目的で否定的な態度をとり,心身共に参らせたり,欲求不満
にさせたりするようなものをいう。)と心疾患,うつ病の発症との関連
性の調査を行い,いじめとうつ病罹病との間の明確な『累積的関係』を
示している。
すなわち,「いじめに長く暴露されていればいるほど,うつ病発症の
リスクは高くなる」と述べ,労働者の2年間の追跡調査の結果として,
全くいじめを受けなかった労働者のうつ病発症のリスクを1とした場合,
1回いじめを経験した場合には2.27倍,2回経験した場合には4.
81倍にリスクが上昇するとして,いじめが精神の健康問題の原因であ
るとしている。
(ウ)職場での対人葛藤と精神病罹患率(甲25)
P31らは,職場での対人葛藤と精神病罹患率に関する調査を行って
いるが,全般的な健康状態などの背景要因を調整した結果,職場におけ
る対人葛藤があった労働者が,なかった労働者と比べ,精神疾患発症の
リスクが2.18倍に高まっていたことが示され,職場での対人葛藤と
医師の診断による精神病罹患率との関連は有意であったと結論づけてい
る。
(エ)社会的サポートの有無と職場でのストレスと抑うつ症状の関係(甲
26)
P32らは,社会的サポートの有無と職場でのストレスと抑うつ症状
の関係について報告している。
この研究で社会的ストレッサーとして測定しているものは,「社会的
敵意性,同僚や上司との対立,及び集団内のマイナスの雰囲気」である。
この研究は,上記のような社会的ストレッサーと抑うつ症状の関係を
示唆し,職場において上司が行うサポートがストレス及び抑うつ症状の
関連を緩和・調整する効果を持つことが明らかとなったとしている。
(オ)「職場における心理社会的因子と抑うつ症状に関するガゼル・コホ
ート研究」(甲27)
ストレスフルな仕事上の出来事が0個の者がうつ病に罹患するリスク
を1とした場合に,ストレスフルな仕事上の出来事を1個経験した者は
1.57倍,2個以上経験した者は1.73倍,うつ病に罹患するリス
クが高まることを示している。
(カ)平成18年度厚生労働省委託研究(平成19年3月)(甲28)
労働者のストレス度を評価するため,厚生労働省から委託を受け,P2
9教授らは,平成19年3月,「精神障害を引き起こすストレス調査に関
する研究」を報告した(甲28)。
同報告によれば,勤労者等を対象に0から10の11段階でストレス度
を評価した場合,比較的強いストレスと評価されたもの(6点以上)のう
ち,「職場で嫌がらせ,いじめを受けた」が6.1点となり(2頁),
「対人関係上の問題として,嫌がらせ,いじめ()が高いストレbullying
ス要因となる」(4頁)とされている。
()亡P1の死亡に関する医学的見解等7
ア東京労働局地方労災医員協議会精神障害等専門部会の見解(乙48の2。
以下「専門部会の見解」という。)
(ア)亡P1に発病した精神障害は,ICD−10の診断基準,F3の
「うつ病」であり,発症時期は,平成10年3月ころである。
(イ)発病前おおむね6か月の間の業務に係る出来事としては,平成10
年初旬ころ,P3が小田急レストランシステムを中傷するビラを小田急
百貨店に提出し,亡P1がP4部長らの面談調査を受けたことがあり,
これは,判断指針の別表1にいう「会社で起きた事件について責任を問
われた」に該当し,平均的な心理的負荷の強度は「Ⅱ」である。心理的
負荷の強度の修正の必要は認められない。
また,亡P1に恒常的長時間労働はなく,心理的負荷の総合評価は
「中」である。
さらに,発病後である平成10年4月16日付け異動は,平均的心理
的負荷の強度「Ⅱ」,発病後の心理的負荷の総合評価は「中」である。
なお,発病前おおむね6ヶ月の間に,業務以外の心理的負荷要因は認
められず,個体側要因も特筆すべきものはない。
したがって,本件は,心理的負荷の程度が,判断指針にいう「強」と
は認められないから,職場における心理的負荷が発病の有力な原因とは
いえず,業務外として処理するのが妥当である。
イメンタルクリニックε所長P33医師の意見(甲16。以下「P33医
師の意見」という。)
(ア)ICD−10の場合,うつ病(エピソード)と診断するには,『ふ
つう少なくとも2週間の持続が診断に必要』とされるところ,亡P1に
ついてうつ病の諸症状の存在を示唆する情報は,手帳の記載が始まった
平成10年3月11日からすでに認められるが,それらが前後で持続し
ていたか否かについての十分な情報を得ることができなかったことから,
遅くとも平成▲年▲月▲日ころまでに発症していたと判断せざるを得な
いとするのが妥当である。
(イ)判断指針の策定根拠となった専門検討会報告書に忠実に従った場合
でも,平成10年3月にP3による本件ビラの蒸し返しについて責任を
問われたことによる心理的負荷の強度が,「会社で起きた事件について
責任を問われた」とする出来事と「部下とのトラブルがあった」とする
出来事との「複数の出来事が重なって認められる場合」に該当し,「総
合的に評価」して,「Ⅱ」ではなく「Ⅲ」とするのが妥当であり,小田
急百貨店との対応を余儀なくされた仕事の質の変化,問題の解決を自分
では制御できないという裁量性の低下,P4部長ら上司や同僚の周囲の
支援・協力の欠如から,「同種の労働者と比較して業務内容が困難」で
あり,その負荷の強度は「相当程度過重」といえるから,亡P1のうつ
病の原因は亡P1の経験していた業務にあったとするのが妥当と判断さ
れる。
仮に亡P1のうつ病の発症時期が平成10年3月ころであったとして
も,レストラン第1事業事業付料理長への配置転換による心理的負荷の
強度が判断指針における「Ⅱ」であるならば,同人のうつ病は改善する
余地は全くなかった(精神科治療を受けていないことも明白である。)
のであるから,同人の自殺はうつ病が原因であることは明らかである。
そして,業務以外の心理的負荷,個体側要因に特段検討すべきことも
かった。
したがって,判断指針によっても,亡P1のうつ病発症及び自殺と業
務との相当因果関係を肯定できる。
ウ産業医科大学P34准教授の意見(乙68。以下「P34准教授の意
見」という。)
(ア)一般に,精神疾患,特にうつ病の症状は,自発的に本人が訴えるも
ののほか,診断する側(多くの場合は主治医)が本人にその有無を尋ね
ることによって初めてその存在が明らかになるものが少なくない。この
ため,本人の遺した文章や関係者の証言からは,うつ病を診断するだけ
の症状の存在を裏付ける事項が得られなかったとしても,実際には発病
していた例も少なくないはずである。本事案もその点を斟酌して推定を
行う必要があり,平成10年3月中旬から下旬と推定するのが妥当であ
る。
(イ)P3から亡P1を中傷するビラ(本件ビラ)を小田急レストランシ
ステムの社長宛てに送られたことは,判断指針の「部下とのトラブルが
あった」に該当し,その平均的心理的負荷は「Ⅰ」であるところ,P3
の脅迫の影響等を考慮しても「Ⅱ」程度である(亡P1の手帳の記載は
本人の不安感,焦燥感,悲観的な見方が強まっていることがうかがえる
が,確認できる客観的な社内状況とは必ずしも合致していない。)。
また,亡P1が平成10年3月に店員食堂改善案を提出しているが,
これがP3の本件ビラに伴ったものであるとした場合は,判断指針の
「会社で起きた事件について責任を問われた」に該当し,その平均的心
理的負荷は「Ⅱ」である。
そして,亡P1は仕事上のミスをしたのではなく言いがかりに巻き込
まれたにすぎないこと,P3の言動が「悲惨な事故や災害の体験」とは
いえないこと,レストラン第1事業付料理長への配置転換が左遷に該当
するものではなく,降格でもなく,通常の配置転換よりも強い心理的負
荷を生じさせたものであったとは考えにくいことをふまえると,亡P1
の業務による心理的負荷の強度は「中」程度であると判断される。
したがって,業務以外の強い心理的負荷の存在を確認することができ
ないけれども,亡P1のうつ病発症・増悪と業務との間に相当因果関係
を認めることは困難である。
2争点に対する判断
()業務起因性に関する法的判断の枠組みについて1
労働基準法及び労災保険法に基づく保険給付は,労働者の業務上の死亡に
ついて行われるが,業務上死亡した場合とは,労働者が業務に起因して死亡
した場合をいい,業務と死亡との間に相当因果関係があることが必要である
と解される(最高裁昭和51年11月12日第二小法廷判決・裁判集民事1
19号189頁参照)。
また,労働基準法及び労災保険法による労働者災害補償制度は,業務に内
在する各種の危険が現実化して労働者が死亡した場合に,使用者等に過失が
なくとも,その危険を負担して損失の補填の責任を負わせるべきであるとす
る危険責任の法理に基づくものであるから,上記にいう,業務と死亡との相
当因果関係の有無は,その死亡が当該業務に内在する危険が現実化したもの
と評価し得るか否かによって決せられるべきである。
そして,精神障害の病因には,個体側の要因としての脆弱性と環境因とし
てのストレスがあり得るところ,上記の危険責任の法理にかんがみれば,業
務の危険性の判断は,当該労働者と同種の平均的な労働者,すなわち,何ら
かの個体側の脆弱性を有しながらも,当該労働者と職種,職場における立場,
経験等の点で同種の者であって,特段の勤務軽減まで必要とせずに通常業務
を遂行することができる者を基準とすべきであり,このような意味での平均
的労働者にとって,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷が
一般に精神障害を発症させる危険性を有しているといえ,特段の業務以外の
心理的負荷及び個体側の要因のない場合には,業務と精神障害発症及び死亡
との間に相当因果関係が認められると解するのが相当である。
ここで,当該労働者の置かれた具体的状況における心理的負荷とは,精神
障害発症以前の6か月間等,一定期間のうちに同人が経験した出来事による
心理的負荷に限定して検討されるべきものではないが,ある出来事による心
理的負荷が時間の経過とともに受容されるという心理的過程を考慮して,そ
の負荷の程度を判断すべきである。
また,精神疾患を引き起こすストレス等に関する研究報告等をふまえると
きは,心理的負荷を伴う複数の出来事が問題となる場合,これらが相互に関
連し一体となって精神障害の発症に寄与していると認められるのであれば,
これらの出来事による心理的負荷を総合的に判断するのが相当である。
なお,厚生労働省基準局通達による「判断指針」は,その策定経緯や内容
に照らして不合理なものとはいえず,業務と精神障害発症(及び死亡)との
間に相当因果関係を判断するにあたっては,医学的知見に基づいた判断指針
をふまえつつ,これを上記観点から修正して行うのが相当であると解される。
()亡P1のうつ病の発症時期について2
亡P1のうつ病の発症時期について,専門部会の見解では,平成10年3
月ころであると判断しており,P34准教授の意見でも,平成10年3月中
旬から下旬と推定するのが妥当であるとしているが,これらの見解又は意見
は,その判断の基礎となった情報には一定の限界があるものの,その情報の
なかで得られうる事情をふまえ,ICD−10の診断基準に照らした専門家
の判断であり,不合理であるとはいえない。
また,亡P1のうつ病の症状及びそれに関連した変化に関する事項が確認
できるのは,おおむね亡P1の手帳(乙45)の記載のみであるところ,前
記1()イ(ア)のとおり,平成10年3月11日ないし17日,21日,25
3日ないし25日,同年4月3日,9日,13日,16日,20日,22日
に,うつ病の症状を示唆する情報が記載されており,その中には,3月12
日ないし16日といった比較的早い時期に,自殺念慮を窺わせる記載がある
ことが認められる。そして,うつ病の経過は,気分の水準に動揺を来たしな
がら悪化することが認められる(前記1())のであるから,亡P1の手帳6
に一部うつ病の症状を否定する情報の記載があるとしても,うつ病の症状を
示唆する情報が上記のように継続的に認められることからすれば,亡P1が,
平成10年3月11日ころ以降,継続してうつ病の症状を経験し,▲年▲月
▲日に自殺するに至ったとしても,うつ病の有する前記特質からみて不合理
ではない。
P33医師の意見でも,亡P1のうつ病の諸症状の存在を示唆する情報が
平成10年3月11日からすでに認められるとしており,うつ病の前記特質
を考慮しつつ,うつ病(エピソード)と診断するには2週間の持続が診断に
必要であるとされていることを踏まえるときは,発症時期を同月(3月)下
旬としたとしても,「遅くとも平成▲年▲月▲日ころまで」に発症したとす
る同医師の意見に反するものではない。
したがって,亡P1は,遅くとも平成10年3月下旬ころには,うつ病を
発症していたと認めるのが相当である。
()亡P1が業務により受けた心理的負荷の強度について3
ア発症前の業務による心理的負荷
(ア)専門部会の見解及びP34准教授の意見によれば,平成10年3月
ころ生じた平成10年本件ビラ問題について亡P1がP4部長等から事
情聴取を受けたことが判断指針における「会社で起きた事件について責
任を問われた」に該当するとしている。
(イ)この平成10年の本件ビラ問題は,亡P1の部下であるP3による
ものであり,前年に生じた本件ビラ問題の蒸し返しであった。そして,
本件ビラの内容については,亡P1に関する部分については事実である
ことを確認できていないのであるから,これを「仕事上のミス」という
ことはできない。
しかしながら,P3が小田急百貨店労働組合に本件ビラを持ち込んだ
ことで,顧客である小田急百貨店から小田急レストランシステムの給食
事業の管理責任を問われることに発展し,平成9年には,上司のP6支
配人や部下のP7が懲戒処分を受けるとともに,亡P1も自らが疑われ
た金銭の管理に関する事項を含む始末書を提出させられた上(亡P1の
同始末書は小田急百貨店に対する信用回復の措置としてされたものであ
ったことは前記認定のとおりである。),給食事業料理長の地位には変
化はなかったが,当時兼務していた店長職を解任されているし,平成1
0年3月には,亡P1が店員食堂改善案を提出しているところ,これは
小田急百貨店から給食事業の委託を打ち切られかねない状況のなか,亡
P1が,小田急レストランシステムの給食事業の委託の継続に向けての
責任の一端を負わされたものであるということができる。
そのような状況下で再び本件ビラ問題が再燃したのであり,しかも,
平成9年には把握されていなかった酒売場倉庫のビール窃取の件につい
て,P6支配人らが小田急百貨店に出向いて謝罪していることからして,
小田急レストランシステムは本件ビラ問題を小田急百貨店との関係を悪
化させかねない重大問題として扱っていたものと認められる。
そして,P4部長らの事実聴取は,本件ビラの内容が事実でないとし
ながらも,約2時間にわたり,逐一詳細に亡P1に尋ねており,かつ,
その質問内容も本件ビラに直接的に記載されていないものにも及んでい
る上,その態様も相当に糾問的であったといわざるを得ない。そして,
亡P1は,平成10年3月末までの間に,自らの手帳に「自分に対する
処分は必至」,「配転やむなし」,「支配人と自分の異動は不動であろ
う。早く結着を。」,「30年間続けて来た仕事を奪われることはつら
い。」等と記載し,自分が給食事業から外されることを予想しているが,
事情聴取時に「小田急百貨店事業所に立入り禁止」と告げられ小田急百
貨店との関係悪化の責任を感じさせられていること及び同年4月にはP
6とともに給食事業から外されていることからすれば,同年3月当時の
亡P1の予想は,職種,職場における立場,経験が類似の労働者からみ
ても,そのように受け止めることができるものであったと認めるのが相
当である。
加えて,亡P1はP3を雇用契約時に推薦していたことがあり,いわ
ば小田急レストランシステムにとってのトラブルメーカーを積極的に推
薦してしまった負い目を感じていたとしても不自然ではない(平成10
年3月末の原告P10に対して「ミスをしてしまった」と述べた言葉に
は,このことが表れているともいい得る。)。
このように,平成10年3月ころ生じた平成10年本件ビラ問題につ
いて亡P1がP4部長等から事情聴取を受けたことは,判断指針におけ
る「会社で起きた事件について責任を問われた」に該当するとしても,
その心理的負荷の強度は,事件の内容,関与・責任の大きさを考慮して
修正されるべきであるし,これに伴う変化としても,自らが長年従事し
ていた給食事業を外されるという仕事の質の変化が客観的に予想される
事態であったことを考慮するのが相当である。
(ウ)加えて,P3が本件ビラを小田急レストランシステムの上層部(社
長)あてに送付したり,家族への脅迫を疑わせる行動を(間接的にで
も)したことは判断指針の「部下とのトラブル」に該当するし,本件ビ
ラ問題が小田急レストランシステムと小田急百貨店との関係悪化の要因
になったことは「顧客とのトラブル」にも該当するところ,これらは,
前記事情聴取と相互に関連するものであって,一体となって亡P1に心
理的負荷を与えたと認められる。
(エ)してみると,平成10年3月ころ生じた平成10年本件ビラ問題に
ついて亡P1がP4部長等から事情聴取を受けたことが判断指針におけ
る「会社で起きた事件について責任を問われた」に該当するとしても,
その心理的負荷の強度は,「Ⅱ」ではなく「Ⅲ」に修正されるべきであ
り,この出来事に伴う変化として,自らが長年従事していた給食事業を
外されるという仕事の質の変化が客観的に予想される事態であったこと,
P3の言動による「部下とのトラブル」,小田急百貨店との関係悪化の
要因になった「顧客とのトラブル」とも一体となって亡P1に心理的負
荷を与えたと認められることから,その心理的負荷の総合評価は「特に
過重」なものとして「強」であるというのが相当である(これに反する
専門部会の見解及びP34准教授の見解は採用できない。)。
イ発症後の業務による心理的負荷
亡P1は,発病後の平成10年4月16日付でレストラン第1事業事業
付料理長に配置転換されているところ,専門部会の見解及びP34准教授
の意見によっても,判断指針の「配置転換があった」に該当するとしてい
る。
この配置転換について,小田急レストランシステムの総務担当者やP6
は降格や左遷ではないとするが,平成10年3月の事情聴取の後に行われ
た人事異動であること,同時期にされた給食事業支配人のP6の配置転換
は監督不行届を理由とした降格であったこと,当時社内には3名しかいな
かった事業料理長から事業付料理長という例外的地位への異動であったこ
と,亡P1が長年従事してきた給食事業(の管理業務)から外れ長年離れ
ていた現場作業(調理)を担当することになったこと,異動理由が明確に
告げられておらず,将来的に管理業務に戻ることが予定されていたことも
告げられていなかったこと,上層部が給食事業を担当していた者を疎まし
く思うような態度を示していたことからして,組織上・人事管理上はとも
かく,少なくとも職種,職場における立場,経験が類似の労働者からみて,
「左遷」と受け止めても不自然ではない異動であったと認めるのが相当で
ある。
そして,この配置転換により,営業第2部から営業第1部へ所属が変わ
り,勤務場所も変わったことから,職場の人的・物的環境の変化があった
といえるほか,自らの裁量で行う管理業務から他の料理長の指示を受けて
行う現場作業業務(調理)へと仕事の質も変わったのである。
そうすると,亡P1の平成10年の配置転換による心理的負荷の強度に
ついては,少なくとも「中」であり,すでに罹患していたうつ病を悪化さ
せる可能性があったとはいえ,逆に軽減させるものではなかったと評価す
るのが相当である。
ウ業務以外の心理的負荷や個体側要因の検討
専門部会の見解,P33医師の意見及びP34准教授の意見が一致して
示すとおり,亡P1に業務以外のうつ病等の精神障害が発病する原因とな
るべき心理的負荷要因や精神障害の既往症もなく,うつ病の発症につなが
る個体側要因は存在しない。
エ検討
以上,認定したとおり,亡P1のうつ病発症前の業務の心理的負荷の総
合評価は「強」であり,うつ病の発症につながる業務以外の心理的負荷や
亡P1の個体側要因もないのであるから,判断指針によっても,亡P1の
うつ病発症が同人の業務に起因するものであると認めることができる。
また,亡P1のうつ病発症後の業務の心理的負荷の強度についても,少
なくとも「中」程度のものであって,うつ病に特徴的な希死念慮の他に亡
P1が自殺をするような要因・動機を認めるに足りる証拠はないから,亡
P1の自殺についても,同人が従事した業務に内在する危険が現実化した
ものと評価するのが相当である。
()まとめ4
以上によれば,亡P1の精神障害の発症及び自殺は,亡P1が,その業務
の中で,同種の平均的労働者にとって,一般的に精神障害を発症させる危険
性を有する心理的負荷を受けたことに起因して生じたものと見るのが相当で
あり,亡P1の業務と同人の精神障害の発症及び自殺との間に相当因果関係
の存在を肯定することができる。
3結語
以上の次第で,亡P1の精神障害の発症及び自殺は業務上の事由によるもの
とは認められないとして原告らに対する遺族補償給付を支給しないとした本件
不支給処分は違法であり,取消しを免れない。
よって,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第11部
裁判長裁判官白石哲
裁判官鈴木拓児
裁判官高嶋由子

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司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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