弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第一,二審とも被控訴人の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 本件は,被控訴人が,控訴人を原告,被控訴人を被告とする富士吉田簡易裁
判所平成14年(ハ)第10号立替金等請求事件(以下「本件立替金等請求事件」
という。)において成立した和解調書の執行力の排除を求めている事案である。
 原審は,被控訴人の請求を認容したため,控訴人が控訴した。
2 前提となる事実(証拠等を掲記した事実以外は,当事者間に争いがない。)
(1) 控訴人は,平成元年4月19日ころ,被控訴人名義で,クレジットカード発
行の申込みを受け(申込者の住所は,「神奈川県座間市(以下省略)」であ
る。),控訴人は,そのころ,被控訴人を使用者とするクレジットカード(以下
「本件クレジットカード」という。)を発行した(乙1,弁論の全趣旨)。
(2) 控訴人は,平成13年9月3日,被控訴人を債務者とし,本件クレジットカ
ード利用による立替金等の支払を求めて,富士吉田簡易裁判所の裁判所書記官(以
下,裁判所書記官を単に「書記官」という。)に対し,「金87万2727円及び
内金40万0830円に対する平成13年8月14日から支払済みまで年26.2
8パーセントの割合による金員並びに7380円を支払え。」との支払督促を求め
る旨を申し立て,同書記官は,同月4日,その旨の支払督促を発した(富士吉田簡
易裁判所平成13年(ロ)第214号。以下,この支払督促を「本件支払督促」と
いう。)。
(3)ア 富士吉田簡易裁判所の書記官は,平成13年9月5日,特別送達郵便によ
って,債務者(被控訴人)の住所として表示された「山梨県南都留郡河口湖町(以
下省略)」(以下,この住所を「本件住所」という。)にあてて,本件支払督促正
本を発送したが,同郵便は,同月22日,保管期間が経過したとして返送された
(弁論の全趣旨)。
イ 控訴人は,平成13年10月4日,富士吉田簡易裁判所の書記官に対し,
配達日を休日に指定して送達を実施するよう申請し,同書記官は,同日,特別送達
郵便によって,配達日を同月7日の日曜日と指定して,本件住所にあてて,本件支
払督促正本を発送したが,同郵便は,同月16日,保管期間が経過したとして返送
された(乙3,弁論の全趣旨)。
ウ 控訴人は,平成13年12月19日,富士吉田簡易裁判所の書記官に対
し,「被控訴人と電話連絡を取ったところ,『本件住所に居住しているが,仕事の
関係で,週に1,2日しか在宅していない。勤務先については教えられない。』と
の回答を得た。」との報告書を添付して,書留郵便等に付する送達を実施するよう
申請し,同書記官は,同月20日,本件住所にあてて,本件支払督促正本を書留郵
便として発送し,その旨の送達報告書(乙5)を作成した(甲11,乙4,5,弁
論の全趣旨)。
(4)ア 控訴人は,富士吉田簡易裁判所の書記官に対し,本件支払督促につき仮執
行の宣言をするよう申し立て,同書記官は,平成14年1月17日,本件支払督促
につき,仮執行の宣言をした(弁論の全趣旨)。
イ 富士吉田簡易裁判所の書記官は,平成14年1月18日,特別送達郵便に
よって,本件住所にあてて,仮執行宣言を付した支払督促正本を発送したが,同郵
便は,同年2月5日,保管期間が経過したとして返送された(弁論の全趣旨)。
ウ 控訴人は,平成14年2月12日,富士吉田簡易裁判所の書記官に対し,
仮執行宣言を付した本件支払督促正本について,書留郵便等に付する送達を実施す
るよう申請し,同書記官は,同日,本件住所にあてて,仮執行宣言を付した本件支
払督促正本を書留郵便として発送し,その旨の送達報告書(乙7,以下「本件送達
報告書」という。)を作成した(乙6,7)。
(5)ア 上記仮執行宣言を付した本件支払督促に対して,平成14年2月19日,
被控訴人名義の支払督促異議申立書が提出された(乙8)。
イ 上記督促異議の申立てにより,本件支払督促に係る請求は,富士吉田簡易
裁判所における訴訟(本件立替金等請求事件)に移行した。
ウ 富士吉田簡易裁判所の裁判官は,平成14年2月19日,本件立替金等請
求事件の口頭弁論期日を平成14年4月16日午後1時30分と指定した。
エ 上記口頭弁論期日の呼出状は,本件住所にあてて発送され,Bは,平成1
4年2月23日,被控訴人の同居者(書類の受領について相当のわきまえのあるも
の)として,これを受領した(弁論の全趣旨)。
(6)ア 富士吉田簡易裁判所の書記官は,平成14年4月1日,被控訴人と名乗る
者から,「4月16日に検査入院することになり,午後1時30分の期日に出頭で
きなくなりました。よって,私の兄であるAを代理人として出頭させます。代理人
許可申請については,当日,兄に私の印鑑と父の戸籍謄本を持参させますので,出
頭の際にその手続をさせます。」との電話連絡を受けた(甲6)。
イ Aは,平成14年4月16日,富士吉田簡易裁判所に対し,被控訴人が病
気で出頭できないとして,被控訴人名義の委任状(被控訴人がAに対して民事訴訟
法55条2項に掲げる事項を含む一切の権限を委任する旨の記載がある。)と一体
となった代理人許可申請書(甲3)を提出し,同裁判所は,同日,これを許可した
(甲3)。
ウ 本件立替金等請求事件の第1回口頭弁論期日において,被控訴人と控訴人
の代理人であるAとの間で,別紙和解条項(省略)のとおり和解が成立し,和解調
書が作成された(以下,この和解を「本件和解」といい,この和解調書を「本件和
解調書」という。)(甲2)。
3 争点
 Aの代理権の有無(被控訴人は,本件和解の成立に先立ち,Aに対し,本件
和解に関する代理権を授与していたか。)。
(1) 控訴人の主張
ア 被控訴人は,本件立替金等請求事件の第1回口頭弁論期日に先立ち,Aに
対し,本件和解に関する代理権を授与した。
イ 仮に,Aが被控訴人の名義を冒用して本件クレジットカードを作成したと
しても,被控訴人は,平成元年から平成8年までの間,本件クレジットカードの申
込みの際に記載された「神奈川県座間市(以下省略)」で生活しており,控訴人
は,上記期間,前記住所にあてて,本件クレジットカードの利用明細書等を送付し
ている。また,Aは,昭和63年ころ,父名義を冒用して借金をしたことがあり,
被控訴人も,Aによって自己の名義が冒用される危険があることは認識していたは
ずである。そうすると,控訴人は,前記期間,Aが被控訴人の名義を冒用している
ことを黙認していたか,又は,当然認識すべきであったのにこれを怠っていたとい
え,本件クレジットカード利用による債務は,被控訴人にも帰属するというべきで
ある。
(2) 被控訴人の主張
ア 上記(1)アの事実は否認し,同イは争う。
イ そもそも,本件クレジットカードは,Aが被控訴人の名義を冒用して作成
したものであり,被控訴人は何ら関与しておらず,被控訴人は,本件和解調書を債
務名義とする債権差押命令が執行されて,初めて本件和解調書の存在を認識した。
ウ よって,本件和解は無効であるから,被控訴人は,本件和解調書の執行力
の排除を求める。
第3 当裁判所の判断
1 本件全証拠によっても,被控訴人が,本件和解の成立に先立ち,Aに対し,
本件和解に関する代理権を授与したことを認めることはできない。
2 この点,確かに,本件立替金等請求事件におけるAの代理権の点について
は,被控訴人がAに対して民事訴訟法55条2項に掲げる事項を含む一切の権限を
委任する旨の委任状(甲3)が存在する。
3 しかしながら,前記前提となる事実,証拠(甲3,4,6,9ないし13,
乙1,3ないし8,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨によると,① 本件支払督促
事件において提出された被控訴人名義の異議申立書(乙8)に記載されている電話
番号(本来,被控訴人の電話番号が記載されるべきである。)と本件立替金等請求
事件において提出された代理人許可申請書(甲3)にAの電話番号として記載され
た電話番号が同一であること,② 被控訴人は,本件住所に住所を移転したことが
ないこと,③ 控訴人は,本件支払督促事件において,付郵便による送達の上申を
なすに際し,本件住所の調査を実施したが,結局,被控訴人の本人確認を直接行う
ことはできず,後日,電話で,被控訴人本人であると述べる男性と話しているにす
ぎないこと,④ 富士吉田簡易裁判所の書記官は,本件立替金等請求事件の第1回
口頭弁論期日に先立って,被控訴人と名乗る者から,前記期日にはAを代理人とし
て出頭させる旨の電話を受けたが,この電話においても,被控訴人の本人確認は行
われていないことが認められ,また,A及びBは,当審において,証人として採用
され,その呼出状の送達を受けたが,両者ともその出頭を拒んだことは当裁判所に
顕著である。そして,前掲各証拠にこれらの事実を総合すると,① 本件住所は,
Aの住所又は居所であり,仮執行宣言を付した本件支払督促正本は,被控訴人の住
所ではなく,Aの住所又は居所にあてて発送されたこと,② 本件支払督促に対す
る異議申立書(乙8)は,Aが被控訴人の名義で作成,提出したものであること,
③ 本件立替金等請求事件における代理人許可申請は,前記仮執行宣言を付した本
件支払督促正本を受領したAが,被控訴人に無断で行ったものであることをそれぞ
れ推認することができる。そうすると,前記委任状(甲3)は,被控訴人の意思に
基づいて作成されたと認めることはできない。したがって,委任状(甲3)の存在
によって,被控訴人がAに対して代理権を与えた事実を認めることはできない。
4 一方,控訴人は,上記第2の3(2)(控訴人の主張)イのとおり,仮にAが被
控訴人の名義を冒用して本件クレジットカードを作成したとしても,Aは,そのこ
とを黙認していたか,又は,同事実を知ることができたから,本件クレジットカー
ドの利用に係る債務は,被控訴人も責任を負う旨主張する。しかしながら,控訴人
が主張するこれらの事実を認めるに足りる証拠はない。また,仮にこの点をおくと
しても,被控訴人がAの名義冒用の事実を黙認していたことや同事実を知ることが
できたことから,直ちに,Aが本件和解の代理権を授与されていなかったという瑕
疵が治癒される訳ではない(なお,前記各事実から,被控訴人がAに対し,本件和
解に関する代理権を黙示に授与したということはできない。)。
5 以上によると,本件和解は無効であるというべきであって,被控訴人の請求
には理由があるからこれを認容すべきである。よって,これと同旨の原判決は相当
であって,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決
する。
   甲府地方裁判所民事部
      裁判長裁判官   新  堀  亮  一
         裁判官   倉  地  康  弘
         裁判官   岩  井  一  真

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