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平成21年3月11日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成19年(ネ)第10025号特許権に基づく差止請求権不存在確認等,売掛
代金等請求控訴事件原審・大阪地方裁判所平成17年ワ第3668号事件以〔()(
下「甲事件」という,同年(ワ)第9357号事件(以下「乙事件」という〕。)。)
口頭弁論終結日平成21年1月21日
判決
控訴人X
控訴人株式会社クローバー365
上記両名訴訟代理人弁護士畑郁夫
重冨貴光
明石法彦
曽我部晋太
佐野晃子
井加田宏
上記両名補佐人弁理士藤本昇
薬丸誠一
被控訴人株式会社グレース・インターナショナル
同訴訟代理人弁護士山川富太郎
同補佐人弁理士三枝英二
眞下晋一
菱田高弘
主文
1原判決のうち主文第2ないし第4項を取り消し,同
取消部分に係る被控訴人の請求を棄却する。
2訴訟費用のうち,上記1に関する部分は,第1,2
審とも,被控訴人の負担とする。
事実及び理由
(訴訟費用に係る部分を除く。また,後記のとおり,原判決第1当事者の求めた裁判
主文第1項に係る部分は,分離されて判決済みである)。
1控訴人ら
主文第1項と同旨。
2被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2事案の概要
1甲事件
装飾印鑑を製造販売している1審原告である被控訴人が,(1)1審被告である控
訴人Xに対し,①上記印鑑の製造販売行為につき,控訴人Xが共有する特許権に基
づく差止請求権を有しないことの確認,②控訴人X及び印鑑の製造販売等をしてい
る1審被告である控訴人株式会社クローバー365(以下「控訴会社」という)。
の従業員が,被控訴人の取引先に対し,被控訴人による印鑑の製造販売が上記特許
権を侵害すると告知・流布したとする行為につき,不正競争防止法2条1項14号
の虚偽の事実の告知・流布に該当すると主張して,同法3条1項に基づき,上記印
鑑の製造販売が上記特許権を侵害するとの告知・流布の差止めを求め,また,(2)
控訴人X及び控訴会社に対し,上記告知・流布が不法行為を構成すると主張して,
控訴人Xにつき民法709条に基づき,控訴会社につき民法715条に基づき,そ
の主張に係る損害賠償金895万1200円及びこれに対する不法行為の日の後で
甲事件の訴状送達の日の翌日である平成17年5月14日から支払済みまで民法所
定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求めた事案である。
2乙事件
被控訴人が,控訴会社に対し,控訴会社の販売代理店として控訴会社から仕入れ
た印鑑及び印鑑ケース等を販売するとの代理店契約に基づき,被控訴人に支払われ
るべきその主張に係る未払預り金及び差入れ保証金の合計227万4370円及び
これに対する弁済期の後で乙事件の訴状送達の日の翌日である平成17年10月6
日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求めた事
案である。
3原判決は,被控訴人の製造販売する印鑑は本件発明の技術的範囲に属するも
のではなく,その製造販売は上記特許権を侵害するものではないなどとし,上記1
(1)①の差止請求権不存在確認請求及び同②の不正競争防止法3条1項に基づく差
止請求を認容し,上記1(2)の損害賠償請求について775万1200円及びこれ
に対する遅延損害金の限度で認容し,また,上記2のうちの未払預り金及び差入れ
,,保証金請求につき控訴会社主張の未払売掛金債権による一部相殺を認めるなどし
114万8155円及びこれに対する遅延損害金の限度で認容した。
そこで,控訴人らが控訴を提起し,原判決認容部分の取消し及び被控訴人の請求
の棄却を求めた。
4当審は,平成20年1月30日の本件第5回口頭弁論期日において,甲事件
のうち原判決主文第1項に係る部分(差止請求権不存在確認請求部分)とその他の
甲事件部分及び乙事件とを分離し,前者について弁論を終結し,この部分につき,
同年3月25日,被控訴人の製造販売する印鑑は控訴人Xの共有する特許権を侵害
するものであり,この特許権に基づく差止請求権の不存在確認を求める被控訴人の
請求は理由がないとして,原判決を取り消し,この取消部分に係る被控訴人の請求
を棄却するとの判決をした。
被控訴人は,同判決に対して最高裁判所に上告及び上告受理申立てをしたが(平
成20年(オ)第877号,同年(受)第1057号,最高裁判所は,平成20)
年9月30日,上告棄却及び上告不受理の決定をし,これが確定した。
5前提となる事実
前提となる事実は原判決の事実及び理由欄の第3前提となる事実4,「」「」(
(,頁7行∼8頁末行に記載のとおりであるのでこれを引用する),本判決においては
「」「」,「」,「」,「」原告商品を被控訴人製品被控訴人製品のうちイ号物件ロ号物件ハ号方法
「」,「」,「」,「」及びニ号方法をそれぞれ被控訴人製品(1)被控訴人製品(2)被控訴人方法(1)
及び「被控訴人方法(2)」といい換えることとするほか,当事者,商品名,構成要件等の略称
。は原判決の用いた略称と同様の意味で用いることとする。)
ただし,原判決8頁6∼8行を次のとおり改める。
「,,控訴会社は平成20年1月30日の当審の本件第5回口頭弁論期日において
上記(5)及び被控訴人からの本件特許権についての独占的通常実施権侵害によって
控訴会社が被控訴人に対して有する特許法102条1項類推による少なくとも1億
3840万7430円若しくは同条2項類推による少なくとも1億3158万93
30円又は不法行為によるこれらの金額の損害賠償請求権(下記第3の1(5))を
自働債権とし,上記(3)及び(4)の各債権を受働債権として対当額で相殺する旨の意
思表示をした」。
6争点
(1)被控訴人製品の構成
(2)被控訴人方法の構成
(3)被控訴人製品の本件発明1∼3の技術的範囲の属否
(4)被控訴人方法の本件発明4の技術的範囲の属否
(5)告知・流布の差止請求の存否
(6)告知等による損害賠償請求権の存否及びその額
(7)本件特許権侵害による損害賠償請求権の存否及びその額
第3当事者の主張
次のとおり当審における主張を付加するほか原判決の事実及び理由欄の第,「」「
5争点に対する当事者の主張」の1∼6(9頁10行∼49頁1行)に記載のと
おりであるから,これを引用する。ただし,原判決9頁10行の「上記第4の1(
の争点」を「前記第2の6(1)の争点」と,23頁13行の「上記第4の2の)()(
)」「()」,「()」争点を前記第2の6(2)の争点と27頁3行の上記第4の3の争点
を「前記第2の6(3)の争点」と,38頁15行の「介在するの微量」を「介在す
る微量」と,同頁末行の「上記第4の4の争点」を「前記第2の6(4)の争点」()
と,45頁19行の「上記第4の5の争点」を「前記第2の6(5)の争点」と,()
「()」「」。46頁21行の上記第4の6の争点を前記第2の6(6)の争点と改める
1控訴人らの主張
(1)被控訴人製品の構成について
ア控訴人らが大阪府立産業技術総合研究所(以下「産技研」という)に委託。
した検査の結果(乙A23∼26)
(ア)控訴人らは,参照検査として,エポキシ樹脂を硬化させた後,その適宜の
箇所を削り取り,そのサンプルについてKBr式フーリエ変換赤外分光分析(以下
「KBr分析」という)をした。。
その検査結果(報告書№02−00764−2。乙A25)によると,測定結
果が1512.19[cm,1249.94[cm,1107.17[cm]で−1−1−1
]]
ピークを示しており,エポキシ樹脂が存在することが認められた。
(イ)一方,被控訴人は,別の参照検査として,被控訴人が被控訴人製品のシー
ト体と棒状体との間に使用していると主張するアクリル系接着剤(フエキスピード
強力超速乾【紙用)を硬化させた後,その適宜の箇所を削り取り,そのサンプル】
についてKBr分析をした。
その検査結果(報告書№02−00764−3。乙A26)によると,測定結
果につき,1510[cm,1250[cm,1100[cm]の各近傍でピー−1−1−1
]]
クを確認することができず,エポキシ樹脂は存在しなかったが,他方,1730
[cm]の近傍でピークを示した。−1
(ウ)被控訴人製品を検査するためのサンプルとして,控訴人らが市販ルートで
入手した被控訴人製品から棒状体を分離して除いた筒体1,合成樹脂体2及びシー
ト体3が貼着された半円筒状の積層体(以下「棒状体外要素」という)内周面の。
平滑な部分から採取し,KBr分析をした。その検査結果(報告書№02−00
764−1。乙A23)を表すグラフをみると,1512.95[cm,125−1

5.79[cm,1114.53[cm]でピークを確認することができ,エポ−1−1

キシ樹脂の特性が表れていた。
(エ)また,被控訴人製品を検査するためのもう1つのサンプルとして,棒状体
外要素の内周面の粗面部分から採取し,KBr分析をした。その検査結果(報告書
№02−00764−4。乙A24)を表すグラフをみると,1512.71
[cm,1261.43[cm,1116.09[cm]でピークを確認するこ−1−1−1
]]
とができ,エポキシ樹脂の特性が表れていた。
(オ)このように,被控訴人製品における棒状体外要素の内周面の平滑な部分か
らも粗面部分からもエポキシ樹脂が検出されているから,被控訴人製品の棒状体外
要素の内周面,すなわち,シート体と棒状体との間には,エポキシ樹脂が存在する
ことが分かる。
粗面部分から採取したサンプルの検査結果を表すグラフ(乙A24)では173
0[cm]の近傍でピークを確認することができるところ,平滑な面から採取した−1
サンプルの検査結果を表すグラフ(乙A23)においては1730[cm]の近傍−1
でピークを確認することができないことから,粗面部分についていえば,エポキシ
樹脂のみならず,接着剤が存在している可能性がある。
ところで,上記(エ)のサンプルを採取した粗面部分は,シート体(和紙)が合わ
。,,せ目となっているところであるすなわち被控訴人製品を製造する工程において
シート体は,平面方形状であったものを棒状体の周りに沿わせるようにして筒状に
丸め,かつ,丸めた方向の両端が数㎜程度の幅で重なるようにして筒体内に挿入さ
れるが,上記粗面部分は,シート体の両端が重なる部分(合わせ目)となっている
ところであり,そこに接着剤が存在していた可能性がある。
イ平成19年10月5日の進行協議期日において産技研に委託した検査の結果
(甲A19∼22,乙A27∼31)
(ア)平成19年10月5日の進行協議期日において,当事者双方は,それぞれ
産技研に,原審における平成18年4月11日の進行協議期日において被控訴人主
張のA方法により作成し,工具を使用して,長手方向に半分に切断して半円柱状の
部分を切り取り,棒状体の外周面より外側にある部分を工具を使用して棒状体から
分離するA実験を行ったモデル品のうちの1つ(被控訴人製品(1)のタイプ。以下
「検甲4モデル品」という)を使用し,和紙の合わせ目がある棒状体外要素(以。
下検甲4モデル品Aというと和紙の合わせ目がない棒状体外要素以下検「」。)(「
甲4モデル品B」という)とし,また,控訴人らが市販ルートで入手した被控訴。
人製品(2)(以下「控訴人ら持参品」という)を棒状体から分離して,和紙の合わ。
せ目がある棒状体外要素(以下「控訴人ら持参品A」という)及び和紙の合わせ。
目がない棒状体外要素(以下「控訴人ら持参品B」という)とし,各棒状体外要。
素の内周面の表面の組成について検査を委託したが,その結果は,次のとおりであ
った。
(イ)検甲4モデル品は,和紙の全面にアクリル系接着剤を塗布し,これを棒状
体に巻き付け接着することにより得られたものであるが,棒状体外要素の内周面の
和紙の合わせ目(検査8・甲A21,検査9・甲A22)及び和紙の合わせ目の反
対側(検査6・乙A30,検査7・乙A31)において,KBr分析によってもA
TR式フーリエ変換赤外分光分析(以下「ATR分析」という)によっても,ア。
クリル樹脂の特性である1730[cm]の近傍でのピークが確認され,棒状体外−1
要素の内周面全面がアクリル系接着剤であることが確認された。
(ウ)控訴人ら持参品Aに関する検査では,棒状体外要素の内周面の和紙の合わ
せ目に近接する箇所(検査4・甲A19,検査5・甲A20)において,KBr分
析によってもATR分析によっても,アクリル樹脂の特性である1730[cm]−1
の近傍でのピークが確認され,これは,被控訴人が被控訴人製品を製造するに当た
り,アクリル系接着剤を和紙の合わせ目にわずかに塗布していたことによるもので
あると理解できる。
一方,控訴人ら持参品Bの棒状体外要素の内周面の長手方向のほぼ中央部分(検
査1・乙A27,検査2・乙A28,検査3・乙A29)において,アクリル樹脂
の特性である1730[cm]の近傍でのピークが確認されず,かえって,エポキ−1
シ樹脂の特性である1510[cm,1250[cm,1100[cm]の各近−1−1−1
]]
傍でのピークを確認することができ,これは,上記棒状体外要素の内面がエポキシ
樹脂であることが理解できる。
(エ)上記検査結果からも,控訴人ら持参品においては,①被控訴人が主張する
ような和紙の全面にアクリル系接着剤を塗布し,これを棒状体に巻き付け接着する
ような製造方法は採られていないという事実,そして,その必然の結果として,②
棒状体外要素の内周面が合成樹脂体としてのエポキシ樹脂,すなわち,合成樹脂体
が和紙(シート体)と棒状体との間に浸入して介在しているという事実が明白とな
った。
ウ原判決は,被控訴人製品の構成について「合成樹脂体は,筒体の内周面と,
シート体との間に注入されて両者の間に介在されているが,ごく僅かの量のものは
」(),シート体と棒状体との間に流入しているものもあると認定したが原判決70頁
誤りであり,被控訴人製品においては,すべて合成樹脂体がシート体と棒状体との
間に浸入して介在している。
すなわち,被控訴人製品の棒状体外要素の内周面を観察すると,全体的に,外部
の照明光がきれいに写り込むほどに平滑な面となっているから(ただし,数個の小
さな粗面部分が存在するのも事実である,合成樹脂体がシート体と棒状体との間。)
の全範囲にわたって介在して筒状の層を形成しているものと認められる。
仮に,被控訴人が被控訴人製品を製造する工程においてシート体(和紙)を棒状
体に巻き付ける際に接着剤を用いていたとしても,それは,シート体の全面に接着
剤を塗布するのではなく,シート体の合わせ目にわずかに塗布するにすぎず,しか
も,シート体の合わせ目に沿って接着剤を満遍なく塗布するのではなく,シート体
が筒状に維持できる程度にスポット的に塗布するにすぎないものと推測される。
また,原判決は,A,E,F実験のいずれにおいても,棒状体の外側となる棒状
体外要素の内周面(棒状体に接していた部分)には「滑らかで,外部の照明光に,
よる写り込み」が認められたとし,かつ,同写り込みが接着剤によるものでないと
認めたにもかかわらず,合成樹脂体がシート体と棒状体との間に浸入していること
を否定しているのであって,合成樹脂体の浸入という事実を完全に看過している。
(2)被控訴人製品が本件発明1∼3の技術的範囲に属すること
ア「芯材(構成要件B,C)の意義」
(ア)本件発明1に係る「芯材」は,特許請求の範囲の記載による限り「筒体内,
に注入された透明な合成樹脂からなる」ことを要素としているものの,その形状に
ついては特に定められていない。また「芯材」の位置関係については「該芯材と,,
前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシ
ート体」との請求項の記載からすれば,少なくとも筒体の内周面及びシート体の内
側に「芯材」が存在していなければならないが,それ以外の定めはない。
次に,本件明細書の発明の詳細な説明を参照するに,芯材40についての説明で
ある【0021】及び【0028】によると,芯材40は,シート体30の内側に
液状で注入され,その後に所定の硬化剤を混入して所定時間加温処理を施すことに
より固化するエポキシ樹脂等の合成樹脂であることを内容とするものであることが
分かるが,それ以外の限定(特に位置関係の限定)はされていない。
本件明細書の記載によれば「芯材」とは,透明な合成樹脂からなり,液状で筒,
体内のシート体内側に注入され,その後に固化処理により硬化するものを意味する
ことが分かる。しかしながら,この「芯材」が,原判決が判示するような「物の真
ん中の原料となるべきもの」ないし「物の中央にある(固い)部分の原料となるべ
きもの」のように,真ん中ないし中央に位置しなければならないという限定を示す
べき記載は本件明細書中には見当たらない。この点,実施例(図1)では,芯材4
0は印鑑基材10の真ん中ないし中央部分に存在しているが,請求項及び発明の詳
細な説明を参照するに,芯材40が印鑑基材10の真ん中ないし中央に位置するこ
とは何ら要求されておらず,絵柄付きシート体30の内側に位置することしか要求
されていないことが容易に理解できるのであるから,同図のみをもって,原判決が
判示するような「芯材」が真ん中ないし中央に位置しなければならないなどとい,
う限定を読み込むことはできない。
(イ)仮に「芯材」の意義に関し,原判決のように辞書的意義を考慮に入れると,
しても「芯」とは「かなめ」としての意味をも有しているところ,本件の合成樹,
脂は硬化することによりシート体を固化するという「かなめ」としての機能を果た
すものであるから,辞書的意義を考慮に入れても,原判決の判断は妥当ではない。
(ウ)原判決は,被控訴人製品における合成樹脂は,シート体の内部又はシート体
と筒体との間に存在するものであって,これらの合成樹脂と筒体との間にシート体
は存在しないから,シート体がこれらの合成樹脂と筒体との間に「介挿入」されて
,()いるものとはいえず構成要件Cを充足しなくなってしまう74頁16∼24行
と判示する。しかし,そもそも,構成要件Cは,シート体が芯材と筒体の内周面と
の間に介挿入されていることを要件としているところ「芯材」との位置関係につ,
いては,シート体の内側に合成樹脂(芯材)が存在していれば足りるのであって,
それを超えて,原判決が判示するようにシート体の外側に合成樹脂が存在していた
としても,構成要件Cの充足の有無には影響がない。
イ上記のとおり「芯材」とは,液状で筒体内のシート体内側に注入され,そ,
の後の固化処理によって硬化する透明な合成樹脂であるところ,被控訴人製品にお
いても,シート体と棒状体との間,すなわちシート体の内側に合成樹脂体(エポキ
シ樹脂)が流れ込んで介在し,同合成樹脂体は流れ込んだ後固化されて硬化してい
るから,同合成樹脂体は「芯材」に該当する。
ウ被控訴人は,被控訴人製品において,シート体と棒状体との間に合成樹脂が
存在するとしても,この合成樹脂は,シート体の外側から内側に入り込んだもので
あるから,単にシート体を透過した後のものにすぎず,それ自体が内側から外側に
向けてシート体に浸透しているわけではないから,構成要件Cの「芯材」に該当し
ないと主張する。しかし,本件発明1においても,芯材である合成樹脂がシート体
30に浸透する方向は制限されておらず(本件明細書【0029,むしろ,筒体】)
20の内周面からもシート体30に合成樹脂が浸透することも想定されている(同
【0033】∼【0037。被控訴人製品において,シート体と棒状体との間に】)
合成樹脂体が流入し,その後固化されて硬化するものが存在する以上,そのような
構成を備える被控訴人製品は「芯材」を備えるものである。,
したがって,被控訴人製品は,本件発明1ないし3の技術的範囲に属する。
(3)均等論に基づく侵害主張(当審での追加主張)
ア本質的部分について
(ア)先行技術においては,印鑑基材の絵柄にオリジナリティ(個性)を発揮す
るために,印鑑基材の外周面に絵柄を彫刻又は手書きする技術が知られていたが,
,,これらの技術が有する課題としては①絵柄を彫刻又は手書きする労力を要する上
②外周面の彫刻又は手書き部分が剥がれ落ちやすくなるという不都合があった。
(イ)本件発明は,上記課題を解決するために,あらかじめ絵柄が付いたシート
体を構成要素として採用することによって,彫刻又は手書きの省力化を実現すると
ともに,絵柄付きシート体が剥がれ落ちないようにするために,絵柄付きシート体
を筒体内に挿入し,その上で芯材を構成する合成樹脂(エポキシ樹脂等)をあらか
じめ絵柄付きシート体の挿入された筒体内に注入し,加温による固化処理を施して
合成樹脂を硬化するという具体的な解決手段を採用したものである。そして,同解
決手段を基礎付ける特徴的部分はとりわけ印鑑基材の絵柄のオリジナリティ個,,(
性)が極めて風合いに富むようにするために,上記の絵柄付きシート体に和紙を採
用し,この和紙が絵柄の部分を除いて地の部分が半透明になるように,目の粗い和
紙の細孔内に浸入するのに必要な量の合成樹脂を筒体内に注入することにあると考
えられ(本件明細書【0025【0026,同部分が本件発明の本質的部分と】,】)
なる。
(ウ)本件についてみると,被控訴人製品において,絵柄付きシート体に和紙を
採用し,この和紙が絵柄の部分を除いて地の部分が半透明になるように,同和紙の
細孔内に浸入するのに必要な量のエポキシ樹脂(合成樹脂)が筒体内に注入されて
いるのであって,その課題解決手段は,本件発明における解決手段原理と実質的に
同一である。
(エ)そうすると,本件において「芯材(構成要件B)である合成樹脂のすべ,」
てが硬化前の液状合成樹脂からなることが,本件発明の本質的部分でないことは明
らかである。
イ置換可能性について
「芯材(構成要件B)のうち,合成樹脂体の一部を接着剤に置き換えても,被」
控訴人製品においては,エポキシ樹脂からなる合成樹脂体が筒体内に注入されてシ
ート体が半透明になるように浸透し,これによりシート体の絵柄が際立って目立つ
という個性が発揮されており,本件発明の目的を達成し,同一の作用効果を実現し
ている。
ウ出願時の容易想到性について
被控訴人が被控訴人製品を製造し始めた遅くとも平成16年7月時点では,シー
ト体を筒体に挿入する前に,あらかじめシート体を棒状体等の部材に接着剤で接着
し,接着後のシート体及び棒状体を筒体に挿入し,その上で合成樹脂を筒体内に挿
入することは,被控訴人のみならず,印鑑基材を製造販売する業者であれば容易に
想起し得る常とう手段であった。
そうすると「芯材」の一部を接着剤に置き換えることについては,本件発明の,
属する技術分野における通常の知識を有する者であれば,製造時点において容易に
想到することができたものである。
(4)告知・流布に係る差止請求権の不存在
ア控訴人Xの所為の「営業上の信用を害する」行為非該当性
控訴人Xがワゴンショップを訪ね,その際,トップエージェント代表者Aとやり
取りをしたのは事実であるが,その内容の詳細は不明というほかない。
しかし,状況等を総合すると,控訴人Xは,トップエージェントの商品や販売方
法のノウハウ等を実地に確かめるために赴いたというものであって,仮にやり取り
の中で当時公開中の本件特許権について言及があったとしても,そのことを一々取
り上げて,直ちに不正競争防止法2条1項14号所定の「営業上の信用を害する」
言辞と評価するのは無理である。
また,被控訴人代表者とトップエージェント代表者とは旧知の極めて親しい間柄
であることが判明しており(乙A21,具体的に被控訴人がトップエージェント)
との関係で自社の営業上の信用を害されることなどは全くなく,また,その他の第
三者との関係で現実に営業上の信用を害されることなどあり得ない。
イ控訴人Xは被控訴人と「競争関係」にないこと。
控訴人X個人は被控訴人と「競争関係」にはない。控訴人Xは,控訴会社の会長
を称しているが,代表権はなく,また,行為者である控訴人X個人が実質的に控訴
会社と同一とまではいえない。
ウ「虚偽の事実」の不告知等
原判決認定の控訴人Xの所為は,不正競争防止法2条1項14号の法文解釈上,
「虚偽の事実」の流布告知に該当しないと解すべきである。
また,仮に,文言に忠実にみると,控訴人Xの所為が一応は「虚偽の事実」の流
布告知に該当すると解されるとしても,①特許権者の告知流布行為が,事案の諸般
の事情を総合した場合,社会通念上,特許権等の正当な権利行使の一環としてされ
たものであると認められたり,②特許権者の告知流布行為が,実質的にみて,競業
者の信用毀損を目的とするものでないと認められる場合であり,また,③それが競
業者の営業上の信用を毀損して,市場での競争で自己が優位に立とうとするもので
ないときは,たとえ告知した言辞の一部であるとされる「競業者被控訴人が控訴人
側の特許権を侵害している」とのことが後日判決で真実に反することが明らかに。
,,「」なってもそれは不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽の事実の告知流布
,,()に該当しないか又は一応該当するとしてもその行為の違法性不正競争行為性
は阻却されるとみるべきである。本件では,○被控訴人は,平成15年10月に控ア
訴会社との間でその販売代理店となる契約を締結し,控訴会社から種々の販売ノウ
ハウの伝授を受けた上,控訴会社の製造販売する商品(商品名:おしゃれはんこ。
以下「控訴会社製品」という)を販売していたが,いつのころからか,裏では控。
訴会社製品に類似した商品を自製して販売し始めたこと(乙A2,○この情報を)イ
得た控訴人Xは,被控訴人製品(ジュエリーズハンコ)を入手し,弁理士とともに
分析を行ったところ,被控訴人製品には,控訴会社にはない棒状体が部材として使
用されているものの,シート体と棒状体の間には合成樹脂が介在しているところか
らして,被控訴人製品は本件特許権の技術的範囲に属するという結論に至ったこと
から,控訴人ら代理人弁理士は,まず被控訴人に対して警告書を送付したこと(甲
A3,○被控訴人が代理店契約をするために作成した契約書面の重要な条項部分)ウ
は控訴会社のそれと極めて類似しており,それは偶然の一致といいにくいものであ
ったこと,○控訴人Xのワゴンショップでの言辞は,被控訴人が当時控訴会社と代エ
理店契約を締結していたにもかかわらず,控訴会社製品の類似品を販売しているこ
と等の確認のためであり,被控訴人の取引先を積極的に奪うなどして控訴会社がこ
の種の印鑑販売について優位に立つことを目的としていないこと,○控訴人Xが上オ
記ワゴンショップに赴いてみると,もともと控訴会社が被控訴人に対し控訴会社製
品の陳列のために譲渡して使用させていたディスプレイがそのまま流用されてお
り,しかも,類似品が控訴会社製品と同じ並べ方で陳列されていたのであるから,
仮に,それを見た控訴人Xが販売を停止させる趣旨の発言をしたとしても,無理か
らぬ状況であったことが認められ,原判決が認定した控訴人Xの告知流布行為は,
仮にそれが認められたとしても「虚偽の事実」に該当しないか,一応該当すると,
しても,その違法性(不正競争行為性)は阻却されるべきものである。
エ原判決主文第2項の一部の不当性
原判決の主文第2項は,控訴人Xに対して流布陳述の差止を命じているのである
,,「」が差止の内容は2つあって①自ら・・・旨の告知又は流布をしてはならない
ことと,②「控訴人Xは,控訴会社の役員あるいは従業員をして・・・旨の告知又
は流布させてはならない」ことを命じている。
しかし,この後者の法適合性,相当性については何らの説示もない。後者のよう
な不作為命令は,不正競争防止法から直接導き出し得ない。控訴人X個人は,控訴
会社の役員及び従業員に対する直接の指示命令権があるわけではないから,このよ
うな不作為義務を遵守することは不可能である。もともと,不正競争防止法の認め
る差止請求権の内容は,客観的には一部拡張して付随の請求を容認しているが(同
法3条2項,主観的に,原判決のような拡張を認める根拠規定はない。)
(5)告知等による損害賠償請求権の不存在とその額
ア仮に,控訴人Xの発言中の一部に原判決認定の発言(トップエージェントが
被控訴人代理店として被控訴人製品を販売することが本件特許権を侵害するとの発
言)と似たような言辞が入っていたとしても,それが不正競争防止法2条1項14
号に該当しないことは,上記(3)ア∼ウのとおりである。
また,仮に,万一,控訴人Xの発言が何らかの意味で不正競争行為に該当すると
,,「」してもこの状況下でしたこの程度の発言が被控訴人の法律上保護される利益
民法709条を侵害したとはいえないしたがって仮に控訴人Xの発言が不()。,「
正競争行為」に当たるとしても,それ故に,その言辞につき,即不法行為法上の違
法性があるということはできず,この点に関する原判決の判断は誤っている。
イ控訴人Xに過失を認めることが酷であること。
(ア)控訴人Xは,格別,専門的な法知識や高度の教養を有するものではなく,
上場会社を運営してきた者でもない。
また,控訴人Xが関係する控訴会社は,かねてから被控訴人と代理店契約をして
控訴会社製品を卸していたところ,被控訴人は,裏でこれと外見類似の商品(ジュ
エリーズハンコ)を自製し,トップエージェントを代理店としてこれを販売させよ
うとしていた。さらに,被控訴人があらかじめ作成準備した代理店契約書は主要条
項において控訴会社のそれと同一であり,また,トップエージェント関係者とやり
取りをした際,控訴人Xが見たトップエージェントのワゴンショップは商品展示ノ
ウハウが控訴会社のそれと同じで,ディスプレイも控訴会社が自らの代理店である
被控訴人に譲渡していたものを流用していた。
上記のような事情を背景にして,控訴人Xが,とにかく現場を確認し,何らかの
意見を述べたとしても,それは全く無理からぬことであったと解される。
(イ)原判決は,①本件特許は,控訴人Xがトップエージェントに赴いた平成1
6年10月31日当時,まだ未登録であったから差止請求権はないのに,控訴人X
が被控訴人製品の販売中止を求めた点,②特許権の侵害を告知するためには被控訴
人製品を入手してその構成を分析検討する義務があるのにこれを怠った点を根拠
に,控訴人Xには過失があると判断した。
しかし上記①の点については当時本件特許は既に公開されており控訴人X,,,,
は補償金請求ができる立場にあったことも事実であるところ,控訴人Xは,既に弁
理士に被控訴人製品の構成の分析を依頼し,登録がされた後はそれが権利侵害にな
ることを知らされており,現に,平成16年8月24日弁理士を代理人として被控
(),,,訴人に書面による警告をしていたのであって甲A3このことと控訴人Xは
格別正確に特許法等の知識を有している専門家であるわけでもないこと控訴人X,,
がトップエージェントに赴いた背景には,上記のとおりの被控訴人側の背信性があ
ったことを併せ考えると,控訴人Xが,特許権を有することを前提として,トップ
エージェントに何らかの言辞を述べたとしても無理からぬことであったと解すべき
である。
また,上記②の点については,実際は,控訴人Xは,既に当時,被控訴人製品を
入手し,弁理士に依頼してその分析を終え報告を受けていたのであって,控訴人X
が,この段階で被控訴人製品が本件特許権の技術的範囲に属すると考えたこともや
むを得ないことであったと解すべきである。
なお,原判決は,さらに「原告(被控訴人)商品を分析すると,内部に棒状体が
存在し,シート体との棒状体の間隔が非常に狭く,本件明細書の実施例とは相当異
なり,構成要件Cを充足するか否かに問題があることが分かる(85頁15∼1」
7行)と判示する。しかし,原判決のこの判示が,控訴人Xを基準としているので
,。,あれば同控訴人の資質等からして明らかに無理な要求及び義務付けであるまた
被控訴人製品の内部には棒状体が存在するため,シート体と棒状体の間隔が非常に
狭かったとしても,シート体と棒状体の間に合成樹脂が介在していれば,本件特許
権の技術的範囲に属すると解する余地は十分ある。さらに,当時,被控訴人は,控
訴会社と代理店契約を締結しており,控訴会社製品の販売促進のための控訴会社の
工場見学にも参加していたのであって,原判決が指摘するような技術上の差異は,
控訴人Xからすれば,被控訴人が技術的範囲に属することを回避しようとしたため
の微差にすぎないと考えても無理からぬことと考えられる。
,,,以上のとおりであるから本件において控訴人Xに過失を認めることはできず
また,それ故,控訴会社も民法715条の使用者責任を負わない。
ウ原判決のした損害額の算定手法の誤りについて
(ア)仮に,控訴人Xのトップエージェント代表者に対する言辞が不法行為法上
違法有責であると仮定しても,原判決には損害額算定上必要な前提事実の認定に誤
りがあり,また,算定の手法も誤っている。
(イ)原判決は,トップエージェントが「原告(被控訴人)との間で東京統括代
理店契約を締結することを決意し,平成16年11月1日,契約締結を予定してい
」(,)。,,た83頁2122行と認定するしかしながら被控訴人は,原審において
平成16年11月1日に契約締結を予定することになるまでの経緯や,契約締結後
どのように販売を行う予定であったかなどについて何ら具体的な主張をしていな
い。
また,控訴人Xがトップエージェント代表者とやり取りをした翌日が契約締結予
,。定日であったというのは偶然の近接であるのかいずれにしても真実性が疑わしい
本件において,この契約締結予定のことが記載されている唯一の証拠である甲A5
は,トップエージェント代表者Aの報告書であるところ,Aと被控訴人代表者は古
くから密接な関係にある親しい仲である点(乙A21)を留意せざるを得ない。
(ウ)また,原判決は「被告X(控訴人)が,原告(被控訴人)と代理店契約を,
締結する予定であったトップエージェントに対し,原告(被控訴人)商品が当時出
願中であった本件特許権を侵害する旨告知することにより「トップエージェント」,
は,平成16年11月1日に締結する予定であった原告(被控訴人)との代理店契
約を白紙撤回することを決定し,その旨原告に伝えた(原判決86頁3∼7行)」
と認定する。
しかし,前段及び後段の認定が誤りであることは上記で主張したとおりであり,
また,このような事実の流れは唐突にすぎる。平成16年11月1日に契約を締結
,,する予定であることが事実であったとすればその前日である同年10月31日に
トップエージェントからすれば突如現れた第三者である控訴人Xとやり取りがあっ
たというだけで,直ちに契約を白紙撤回するというようなことは経験則上不自然極
まりない。また,被控訴人側の立場からしても,被控訴人の主張によれば約2か月
間にわたる交渉の末,契約締結までこぎつけたにもかかわらず,控訴人Xのトップ
エージェントに対する一度の言辞があっただけで,何ら異議を述べることなく,被
控訴人の主張によれば約900万円もの損害を被る契約の白紙撤回を簡単に受け入
れるというようなことも,経験則上にわかに納得できないところである。
(エ)損害発生の存否とその額
仮に,控訴人Xからの上記所為によって被控訴人に何らかの損害が生じたとして
も,被控訴人主張のような財産的損害は,不法行為にも類推適用される民法416
条1項所定の通常生ずべき損害とはいえず,同条2項所定の特別の事情により生じ
たものであるといえる。
そして,控訴人Xには,このような特別事情(被控訴人につき,このような高額
の利益を計上している契約締結の予定があったこと)を予見すべき可能性は全くな
かった。仮に何らかの損害が生じたとしても,それはせいぜい軽微な名誉ないし信
用の毀損による損害程度である。
原判決によれば,控訴人Xとトップエージェントの関係者とが1回やり取りした
だけ,それも,格別,喧嘩口論ともいえないやり取りをしただけで,控訴人Xは,
実に損害金775万1200円及びこれに対する付帯遅延損害金という思いもよら
ぬ高額の損害金の支払義務を負担する結果になるというのであって,極めて常識に
反し,著しく具体的妥当性を欠く。
被控訴人が主張し,原判決がそのまま肯認した契約白紙撤回なることにより失わ
れたという得べかりし利益の額は極めて高額にすぎる。次のとおり,これらの数額
がそのまま得べかりし利益相当の損害額になるというのは,現実味のない単なる机
上の計算にすぎない。
a加盟金相当額600万円
原判決は「東京統括代理店契約を締結することにより,トップエージェントか,
ら加盟金600万円を受領することができ」たと認定している。この金額は,控訴
,,会社が代理店契約を締結する場合と同程度の額ではあるが平成16年10月当時
控訴会社は,東京の百貨店を専門の取引先としていたのであり(乙A22,控訴)
会社の商品に類似した被控訴人製品を百貨店で販売することはできない状態であっ
た。そこで,被控訴人は,ワゴンショップ方式程度の店などで販売するしかなかっ
たのであるが,ワゴンショップだけの販売で,百貨店と同程度の売上げを行うこと
は不可能であり,加盟金を600万円とすることなど経済的合理性の見地から考え
られない。現に,控訴人Xが,平成16年10月31日にトップエージェントのワ
ゴンショップを訪れた際も,店員は,1日に7本くらいしか売れていないと述べて
いた(乙A2。)
b印鑑・印鑑ケース・和風小物・備品一式の得べかりし販売利益
原判決は,被控訴人の主張どおりの損害を認定するが,上記事情からすると,トッ
プエージェントが,契約締結当初から被控訴人が主張する本数・個数を買い受ける
予定であったなどということは信じ難い。また,被控訴人は,原審において,仕入
単価について,その仕入先等の具体的主張を一切行っておらず,また,印鑑の製造
原価についても,材料や人件費のみを算定しているのみで,控訴人らに隠すほどで
あった固化工程に要する費用については一切計上されておらず,被控訴人が主張す
る仕入単価及び製造原価が信用できない。
cディスプレイの得べかりし販売利益
控訴人Xが平成16年10月31日にワゴンショップを訪れた際,ディスプレイ
として使用されていたのは,被控訴人が控訴会社の代理店であったときに,控訴会
社が被控訴人に対して譲渡したものであった。このように,契約締結予定日と主張
するその前日においても,控訴会社が譲渡したディスプレイを流用させていたこと
,,からすると被控訴人が仮にトップエージェントとの契約を締結したからといって
新たにディスプレイを販売することは考え難い。また,仕入れについても仕入先な
どについては何ら立証されておらず,18万2200円との仕入価格も信用できな
い。
d研修施行により得べかりし利益
研修費は,通常研修を行ったことによる対価と考えるべきであるところ,被控訴
人とトップエージェントとの間で代理店契約の締結がされず,研修が行われなかっ
た以上,被控訴人は,研修に人員及び場所を提供するなどして費用を支出していな
いのであるから,損害は発生していない。
(6)被控訴人による本件特許権に係る独占的通常実施権侵害により控訴会社が
被った損害額
ア控訴人X及び控訴会社代表者Bは,平成14年1月ころ,控訴会社に対し,
本件特許権の独占的通常実施権を許諾した。控訴会社は,この独占的通常実施権に
基づき,平成16年12月24日(本件特許の登録日)以前から,本件発明の実施
品である控訴会社製品を製造販売してきた。
イ特許法102条1項による損害額
(ア)控訴会社における控訴会社製品の単位数量あたりの売却利益額
a販売価格
控訴会社製品の販売方法としては,①控訴会社自らが百貨店に直接販売する方法
と,②控訴会社が販売代理店契約を締結した代理店に販売(卸売)し,代理店が百
貨店等に販売する方法がある。
控訴会社は,上記①の場合,各百貨店に対し所定の手数料を差し引いた額で販売
,,()。,し百貨店が顧客に対し1本当たり3000円で販売する乙B5実際には
控訴会社製品の販売代金を,後日控訴会社が百貨店から受領する際に手数料が差し
引かれる仕組みになっている。そして,百貨店の手数料率は平均25%である(乙
B7。したがって,百貨店に販売する際の販売価格は,3000円×0.75=)
2250円となる。
これに対し,上記②の場合,控訴会社は,販売代理店に対し,1本当たり120
0円で販売する(乙B8。そして,販売代理店は,百貨店等に対し,所定の手数)
料を差し引いた額で販売し,百貨店等が顧客に対し,1本当たり3000円で販売
する。実際には,控訴会社は,手数料を差し引かれた控訴会社製品の販売代金を百
貨店等から受領し,そこから事務手数料(控訴会社への入金額の1パーセント)及
(,,び振込手数料を差し引いた金額を販売代理店に支払うことになるなお以下では
事務手数料及び振込手数料は除外して検討する。。)
b変動経費
(a)仕入価格
控訴会社は,控訴会社製品を製造元である有限会社トライアングルから1本当た
り600円で購入している(乙B9。)
(b)運送費
控訴会社が販売先に控訴会社製品を納入する際の運送先は,全国各地の百貨店の
催事場等であるが(乙B10,出店数が最も多いのは東京都内の百貨店であり,)
かつ,東京への運送が運送距離としても平均的なものである。
そこで,控訴会社製品を東京都内の百貨店に運送する場合の費用を検討すると,
控訴会社は,1つの催事を行うごとに,控訴会社製品や販売に必要な備品等を運送
する必要があり,これらは通常12箱から20箱に分けて運送されるところ,1箱
当たりの運賃は,平均すると1122円となる(乙B11。なお,乙B11及び)
12は,平成16年12月24日以降に東京都内の百貨店に控訴会社製品等を納入
したときに要した運送費を無作為に選出したものである。
そして,控訴会社製品は,通常1箱に250本ずつ詰められて運送される。そう
すると,控訴会社製品1本当たりの運送費は,1122円÷250本=4.488
円(控え目に端数を切り上げると5円)となる。
c単位数量あたりの利益の額
(a)控訴会社が百貨店で販売する場合
2250円(販売価格)−600円(仕入価格)−5円(運送費)=1645円
(b)控訴会社が代理店に販売する場合
1200円(販売価格)−600円(仕入価格)−5円(運送費)=595円
(c)全体の単位数量当たりの利益の額
控訴会社の控訴会社製品売上本数は,百貨店販売と代理店販売の割合比率4:6
である(乙B13。)
そうすると,百貨店販売と代理店販売を合わせた控訴会社製品の1本当たりの利
益の額は,1645円×0.4+595円×0.6=1015円となる。
(イ)被控訴人が被控訴人製品を譲渡した数量(譲渡数量)
被控訴人の平成18年4月期の売上高は1億円であり(乙B14,被控訴人製)
品が被控訴人の看板商品であることからすると,少なくともその半額の5000万
円が被控訴人製品の売上げであることが推認される。
そして,被控訴人製品のうちの「ジュエリーズハンコ(12㎜)の単価は11」
00円であることから(平成17年7月20日付け請求の趣旨拡張の申立書,少)
なくとも1年間の販売本数は5000万円÷1100円=4万5454本であるこ
と,平成16年12月24日から3年間の販売本数が13万6362本であること
が推認される。
(ウ)損害額
以上によれば,特許法102条1項による損害額は,1015円×13万636
2本=1億3840万7430円を下らない。
ウ特許法102条2項による損害額
被控訴人製品のうち「ジュエリーズハンコ(12㎜)の1本当たりの利益は,」
1100円−135円=965円である。
そして,上記のとおり,被控訴人は,被控訴人製品を,平成16年12月24日
から3年間で13万6362本販売したことが推認される。
したがって,被控訴人が平成16年12月24日以降,被控訴人製品を販売した
ことにより得た利益は,965円×13万6362本=1億3158万9330円
を下らないことが推認される。
以上によれば,特許法102条2項により,控訴会社が受けた損害額は1億31
58万9330円を下らないことが推定される。
エ不法行為による損害賠償
控訴会社の損害額主張は上記各特許法条項を類推適用してするものであるが,そ
れが認められない場合,被控訴人の行為は,もと控訴会社の代理店であった者が控
訴会社側の取引の裏表を知り尽くしてした悪質な行為であるから,不法行為として
主張する。
2被控訴人の主張
(1)被控訴人製品の構成に対して
ア控訴人らが産技研に委託した検査の結果(乙A23∼26)に対して
,[],(ア)控訴人らが行った検査結果の考察としてエポキシ樹脂が約1510㎝-1
約1250[㎝,約1100[㎝]の波数でピークが発生し,アクリル樹脂が-1-1

約1730[㎝]の波数でピークが発生する点については,特に異論はない。-1
(イ)控訴人らは,控訴人らが市販ルートで入手したとする被控訴人製品の棒状
体外要素内周面の平滑な部分の検査結果(報告書№02−00764−1。乙A
23)からは,1512.95[cm,1255.79[cm,1114.53−1−1
]]
[cm]でピークを確認することができたが,1730[cm]の近傍でピークを−1−1
確認することができなかったとする。
また,棒状体外要素の内周面の粗面部分の検査結果(報告書№02−0076
4−4。乙A24)からは,1512.71[cm,1261.43[cm,1−1−1
]]
.[],[]11609cmでピークを確認することができるとともに1730cm−1−1
の近傍でもピークを確認することができたとする。
(ウ)しかし,控訴人らが行った検査の結果(乙A23∼26)は,シート体と
棒状体との介在物がエポキシ樹脂であることを示すものではなく,むしろ,以下の
とおり,アクリル樹脂が存在することを明らかにする。
a上記の産技研によるKBr分析は,粉末状の試料をKBrの微粉末と混合し
てプレスすることにより,錠剤を生成して測定する方法である。したがって,粉末
状の試料を作成するために,棒状体外要素の内面を削り取る作業が行われる。
ところが,棒状体外要素の内面に形成された層は,厚みが極めて薄いことから,
この層のみを削り取ることは困難であり,シート体に浸透した合成樹脂体(エポキ
シ樹脂)も併せて削り取られる可能性が高い。このことは,甲A14の1∼3に示
された棒状体外要素の切断面を見ればより明らかである。
すなわち,甲A14の2は,シート体の内面側(棒状体に接する側)に樹脂層の
存在を確認できるが,この樹脂層の厚みはせいぜい数十μm程度であって極めて薄
い。一方,シート体を構成する和紙の繊維は,指で擦り洗いをする程度で容易に剥
,。離するものであるから樹脂を削り取る作業において何ら抵抗となるものではない
そうすると,シート体の内周面に存在する樹脂層を削り取る際に,シート体に浸透
した合成樹脂体(エポキシ樹脂)も併せて削り取ってしまうことが容易に想像でき
る。
b産技研の担当研究員によれば「検査結果にピークが存在すれば,当該ピー,
クを有する樹脂が存在するといえるが,ピークが存在しないからといって,当該ピ
ークを有する樹脂が必ずしも存在しないわけではない」とのことであり「2種類。,
の樹脂が混在していた場合,その割合が大きく異なると,少量の樹脂のピークが現
れない可能性がある」とのことであるから,乙A23の検査結果にアクリル樹脂。
のピークが存在しないからといって,必ずしもアクリル樹脂が存在しないとはいえ
ない。棒状体外要素の内面と併せて削り取る合成樹脂の量が多い場合には,シート
体と棒状体との介在物がアクリル樹脂であっても,これを検出できない可能性があ
るからである。むしろ注目すべきは,乙A24の検査結果であり,アクリル樹脂の
ピークが明らかに存在することから,シート体と棒状体との間には,少なくともア
クリル樹脂が存在するといえる。
c乙A23と24の検査結果を比較すれば,前者の測定箇所におけるアクリル
樹脂の量に比べて,後者の測定箇所におけるアクリル樹脂の量が多い可能性は否定
できない。しかし,被控訴人製品の製造において,接着剤の塗布が手作業で行われ
る以上,塗り損じや塗りムラが生じることは,十分に起こり得るものである。
イ平成19年10月5日の進行協議期日において産技研に委託した検査の結果
(甲A19∼22,乙A27∼31)に対して
(ア)接着剤をシート体の全面に塗布している検甲4をATR分析により測定し
た結果(甲A21及び乙A30,いずれも約1730[㎝]の波数でピークが現)-1
,,,[],れており接着剤の主成分であるアクリル樹脂が検出され他方約1510㎝-1
約1250[㎝,約1100[㎝]の波数では,いずれもピークが検出されな-1-1

かったことから,エポキシ樹脂は検出されなかった。
また,検甲4につき,KBr分析で測定した結果(甲A22,乙A31,いず)
れも約1730[㎝]の波数でピークが現れており,アクリル樹脂が検出された-1
が,甲A22においては,1511[㎝,1248[㎝]及び1113[㎝]-1-1-1

でピークが検出され,乙A31においては,1508[㎝,1237[㎝]及-1-1

び1116[㎝]でピークが検出されていることから,エポキシ樹脂も検出され-1
ている。混在する2つの樹脂の成分割合が大きく異なる場合には,少量の樹脂のピ
ークが検出されないおそれがあるという上記の産技研担当研究員の説明に基づき判
断すると,甲A22及び乙A31においては,アクリル樹脂とエポキシ樹脂が同程
度の割合で検出された可能性が高いといえる。
このように,検甲4において,ATR分析によればエポキシ樹脂が全く検出され
ずにアクリル樹脂のみが検出される一方,KBr分析によればアクリル樹脂とエポ
キシ樹脂が同程度の割合で検出されるのは,KBr分析においては,試料を削り取
ることによりエポキシ樹脂が混入したことに起因すると考えられるところ,検甲4
はシート体に接着剤を全面塗布したものであるから,シート体と棒状体との間に接
着剤とともに混在するエポキシ樹脂は,たとえ存在したとしても極微量であって,
そうすると,KBr分析の測定結果(甲A22,乙A31)は,試料を削り取る作
業により,シート体に浸透した合成樹脂も併せて削り取られ,これによって,アク
リル樹脂とエポキシ樹脂とが同量程度採取されていると考えるのが自然である。K
Br分析による測定後の検甲4を実際に目視すると,特に検甲4Bは,樹脂を削り
取った箇所のシート体(和紙)が毛羽立った状態になっていることから,この部分
に浸透していたエポキシ樹脂も削り取られていることが推測される。
以上のとおり,検甲4の検査結果は,シート体と棒状体との間に全体にわたって
アクリル樹脂が存在することを示すとともに,KBr分析による測定が,シート体
に浸透した合成樹脂(エポキシ樹脂)までも含んでしまう可能性があることを裏付
けるものである。
(イ)控訴人ら持参品Aに関する検査では,シートの合わせ目部分では,KBr
分析によってもATR分析によっても,約1730[cm]でのピークが現れてお−1
り(甲A19,20,アクリル樹脂が検出されている。)
これに対し,控訴人ら持参品Bのシート体の合わせ部の反対側においては,AT
R分析によると,アクリル樹脂のピークは存在しない一方,約1510[cm,−1

約1250[cm]及び約1100[cm]の波数においてはピークがみられ(乙−1−1
A27,28,エポキシ樹脂のみが検出されている。)
,,[],[]ところがKBr分析で測定した場合には1508cm1245cm−1−1
及び1105[cm]の波数に存在するピークに加えて,1740[cm]の波数−1−1
付近にも明らかなピーク(ただし,グラフ上では数値は付されていない)が存在。
(,)。[],する甲A24乙A29この約1740cmの波数に存在するピークは−1
乙A27及び28の波形と比較すれば,到底ノイズといえるものでなく,アクリル
樹脂が明りょうに検出されている。KBr分析においては,上記のようにシート体
に浸透した合成樹脂(エポキシ樹脂)までも含む可能性を考慮すれば,測定領域に
おいて,エポキシ樹脂とともに,アクリル樹脂も相当量が存在していると推測され
る。
以上のとおりの控訴人ら持参品について検査結果によれば,シート体と棒状体と
の間に,局所的にはエポキシ樹脂が存在しているものの,アクリル樹脂も全体にわ
たって存在していることを示している。
,,,ウ控訴人らは被控訴人製品の棒状体外要素の内周面を観察すると全体的に
外部の照明光がきれいに写り込むほどに平滑な面となっているから,合成樹脂体が
シート体と棒状体との間の全範囲にわたって介在して筒状の層を形成しているもの
と認められると主張する。
しかし,被控訴人製品のシート体と棒状体との全範囲に合成樹脂層が介在してお
らず,仮に,シート体と棒状体との間に合成樹脂が存在するとしても,その存在は
偶発的かつ極微量であるだけでなく,この合成樹脂は,シート体の外側から内側に
入り込んだものであって,単にシート体を透過した後のものにすぎない。
(2)被控訴人製品が本件発明1∼3の技術的範囲に属するかに対して
ア「芯材(構成要件B)の意義」
控訴人らは「芯材」の意義につき「筒体内に注入された透明な合成樹脂からな,,
る」ことを要素にしているにすぎず,真ん中ないし中央に位置しなければならない
とする限定は見当たらないと主張する。
しかし「芯材」の本来の意味は,物の中央である。また,本件明細書の記載に,
よれば「芯材」は筒体の内周面に密着したシート体を保持する構成に限定して解,
釈されるべきであり,このような解釈は「芯材」の本来的な意義とも符合する。,
イ「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄を有する和紙
からなる筒状のシート体とからなり(構成要件C)の充足性がないこと」
(ア)控訴人らは,シート体の内側に合成樹脂が存在する限り,構成要件Cの充
足性に影響を与えないと主張する。
しかしながら,本件発明1は「合成樹脂からなる)芯材と前記筒体の内周面と,(
の間に介挿入されたシート体」を構成要件とし,さらに「前記合成樹脂が浸透し,
てシート体と合成樹脂が一体化」されることを構成要件とするから,本件発明1に
おいて「芯材」に相当するものは,シート体の内側に存在し,かつ,シート体に浸
透するものでなければならない。ところが,被控訴人製品において,シート体と棒
状体との間に合成樹脂体が仮に存在するとしても,控訴人らの主張によれば,接着
層の表面と棒状体の表面との間に形成された隙間に合成樹脂体が存在することにな
るから,このような合成樹脂体がシート体に浸透することはあり得ない。
したがって,被控訴人製品が,本件発明1における「芯材」を備えていないこと
は明らかである。
(イ)また,構成要件Cの「該芯材と前記筒体の内周面との間」とは,介挿入さ
れるシート体との位置関係を示すものであるから,最終的な「物」を特定するため
の記載であることが明らかであるところ,本件発明のシート体は,芯材と筒体内周
,,,面との間に介挿入されるものであるから介挿入された後もシート体の両側には
芯材及び筒体内周面がそれぞれ存在することになる。
そして,被控訴人製品は「棒状体にシート体を巻き付けて『芯材』に相当する,
合成樹脂体の内部に介挿入する」ものであるから,シート体の挿入対象は1つの要
素のみであり,シート体の周囲には(本件発明の構成要件ではない棒状体は別と,
して)芯材しか存在しない。
したがって,被控訴人製品は,芯材及び筒体内周面という2つの要素の間にシー
ト体が介在されていることを必須とする構成要件Cを充足しないものである。
(ウ)さらに,仮に,構成要件Cにおけるシート体が「芯材と筒体の内周面との
間に介挿入され」ることの技術的意義が,シート体を筒体の内周面に密着させるこ
,,,とにあるとすれば被控訴人製品はシート体が棒状体に貼着されていることから
シート体は,この棒状体によって筒体内に支持されているのであって,筒体の内周
面との密着によって支持されるものではない。
したがって,被控訴人製品において,シート体と筒体内周面との間に合成樹脂が
存在していても,この合成樹脂は,両者間に密着力を作用させるものではなく,構
成要件Cを充足しない。
(3)均等論に基づく侵害主張に対して
ア本質的部分について
控訴人らは,均等の要件の「本質的部分」として「和紙が絵柄の部分を除いて,
他の部分が半透明となるように,和紙の細孔内に浸入するのに必要な量の合成樹脂
を筒体内に注入すること」を挙げているが,原判決が「A実験において,シート体
の裏面に接着剤を塗布して巻き付け接着し,これを筒体内に置いた段階では,シー
ト体は半透明化しておらず,このことからすれば,原告商品においては,接着剤は
シート体を半透明化していないものというべきである(77頁19∼22行)と。」
判示するように,被控訴人製品における接着剤はシート体を半透明化する効果を有
しないから「芯材」と均等なものということはできない。そもそも,控訴人らが,
本質的部分と主張する要件は,本件発明1の発明特定事項ではないから,このよう
,。な特許発明の範囲に記載のない事項を本質的部分と主張すること自体失当である
イ置換可能性について
上記のとおり,被控訴人製品においてシート体と棒状体との間に介在する接着剤
は和紙を半透明化する効果を奏するものではないから被控訴人製品と本件発明1,,
との間に置換可能性は存在しない。
ウ出願時の容易想到性について
被控訴人製品(1)は,甲10公報及び甲12公報にそれぞれ記載された発明から
当業者が容易に想到できたものであるから,本件発明1の均等範囲に属しない。
また,被控訴人製品(2)は,装飾的効果を付与するための多数の粒状体を被控訴
人製品(1)の構成に付加しただけであるから,やはり出願時に当業者が容易に想到
できたものであり,本件発明1の均等範囲に属しない。
エなお,甲10公報には,日本紙(シート体)を透明プラスチック製貼着版に
対して単に貼着すると記載されているだけであって,シート体の全面に接着剤を塗
布することを示唆する記載は存在しないから,甲10公報記載の発明について,シ
ート体の貼着に使用する接着剤が存在することのみを根拠に,シート体に合成樹脂
が浸透するものではないと認定することはできない。甲10公報における公知技術
を参酌し,これを含まないものとして本件発明の技術的範囲を解釈すれば,被控訴
人製品が本件発明の構成要件を充足しないことが認められる。
また,自由技術の抗弁という観点からみると,被控訴人製品は,本件発明の特許
出願時における公知技術(甲10公報)と同一又は出願時に当業者がこれから容易
に推考できたものということができる。
(4)告知・流布に係る差止請求権について
ア控訴人Xの所為の「営業上の信用を害する」行為非該当性に対して
控訴人Xは,関係者3名とともに,平成16年10月31日,東京サンシャイン
アルパ内のトップエージェントが被控訴人製品の先行販売をしていたワゴンショッ
プを訪れ,被控訴人製品が本件特許を侵害しているから販売を中止するようにと申
し入れたり,被控訴人製品のような粗悪品を売るのだったら,控訴会社製品を売り
ませんかと述べたものである。
控訴人Xが,原告と代理店契約を締結する予定であったトップエージェントに対
し,被控訴人製品が当時出願中であった本件特許権を侵害する旨を告知したこと,
控訴人らが,平成16年11月に控訴会社及び被控訴人の取引先に対し,被控訴人
製品が本件特許権の技術的範囲に属する旨を流布したことは,いずれも被控訴人の
営業上の信用を害する行為である。
なお,甲A6の文書は,被控訴人の取引先から入手したものであり,また,控訴
会社と被控訴人の取引先は,スーパーマーケット,ショッピングモール等において
競合していたところ,控訴人Xは,被控訴人ないしその取引先に上記文書を配布し
て,被控訴人製品が本件特許の技術的範囲に属するとの認識を外部に表明していた
ものである。したがって,仮に,控訴人らが,控訴会社の取引先にのみ上記文書を
配布していたとしても,控訴人Xが,被控訴人製品が本件特許の技術的範囲に属す
るとの認識を外部に表明していたことに変わりはない。
また,被控訴人代表者は,トップエージェント代表者とは旧知の間柄である。そ
の関係で,被控訴人製品の東京統括代理店の話を持ち込んだところ,同人が非常に
乗り気であったので,サンシャインアルパ内のワゴンショップでの先行販売に踏み
切ったものであった。トップエージェントとしては,これから販売しようとしてい
る商品について,特許を侵害しているから販売を中止するよう申し入れられれば,
トラブルに巻き込まれたくないとの思いから,代理店契約を見合わせるのは当然の
ことである。
イ控訴人Xと被控訴人との「競争関係」に対して
控訴人Xは,控訴会社の取締役であり,会長と称されて控訴会社の対外的な取引
等について担当している者であって,平成16年7月ころには,類似品が販売され
ているとの情報があった大阪高島屋近くのはんこ店に控訴会社の従業員を訪問させ
ているというのである(乙A2。)
控訴人Xが,取締役会長として,控訴会社の従業員らを指示していることは明ら
かである。また,被控訴人製品が本件特許の技術的範囲を侵害しているとの取引先
への配布文書(甲A6)は,控訴会社の代表取締役社長の名前ではなく,あえて控
訴人Xの名前で作成されている。
,「,このような地位にある控訴人Xに対し控訴会社の役員あるいは従業員をして
被控訴人製品の製造等が本件特許権を侵害する旨の告知又は流布をさせてはならな
い」ことを命じなければ,虚偽の事実の告知・流布を禁止して営業妨害行為を中止
させるという不正競争防止法の実効性を保ち得ないことになる。
ウ「虚偽の事実」の不告知等に対して
控訴人らは,原判決が認定した控訴人Xの告知流布行為は,仮にそれが「虚偽の
事実」に一応該当するとしても,その違法性(不正競争行為性)は阻却されるべき
ものであると主張する。
しかし,控訴人Xは,被控訴人の営業を妨害する目的を持って,被控訴人の取引
先に特許権を侵害している旨の告知を行っているものであって,違法性(不正競争
行為性)が阻却されるものではない。さらに,違法性阻却事由があるといえるため
には,特許権侵害であるとの告知行為が,その取引先自身に対する特許権等の正当
な権利行使の一環としてされたものであると認められることが必要であるところ,
控訴人Xのトップエージェントに対する上記申入れ当時,控訴人Xが有していたの
は出願中の権利にすぎず,差止請求権を有していないのであるから,正当な権利行
使といえないことが明らかである。
(5)告知等による損害賠償請求権とその額に対して
アトップエージェント代表者は,平成16年9月28日から1か月余りにわ
たる先行販売における売上げをみた上で,被控訴人との代理店契約締結の意思を固
めた矢先に,控訴人Xがワゴンショップを訪れ,被控訴人製品が本件特許権を侵害
していると強硬に申し入れたため,代理店契約の締結を断念したものである。
イ控訴人らは,弁理士を代理人として,平成16年8月24日,被控訴人に対
し,補償金請求の警告書(甲A3)を送付している。警告書の文面が,差止請求で
はなく,補償金請求になっているのは,控訴人らが,弁理士から,出願中の権利で
あるため補償金請求の可能性はあるが差止請求の権利はないとの説明を受けていた
ためである。しかも,被控訴人は,弁理士を代理人として,被控訴人製品は控訴会
社製品と明らかに構成を異にする旨の回答(甲A4)を行っているのであるから,
控訴人Xは,差止請求権がないことを十分に認識していたと考えられ,過失が認め
られる。なお,控訴人Xは,平成16年8月24日付け警告書の送付時において,
被控訴人製品の分析を終えていたと主張するが,信用できない。
,,,,控訴人Xは当時本件特許権が出願中の権利にすぎず差止請求権がないのに
トップエージェントに販売を中止するよう強硬に申し入れていたことからも,被控
訴人の営業を妨害する目的を持っていたことが明らかである。
ウ損害額の算定手法に対して
(ア)被控訴人が被った損害が特別損害であるとの控訴人らの主張は,失当であ
る。
トップエージェントが締結を予定していた東京統括代理店契約では,その販売地
域が東京全域及び千葉県北部という大きな売上げが見込める地域であったもので,
加盟金,保証金等の金額は適正であった。
控訴人らは,控訴会社製品に類似した被控訴人商品を百貨店で販売することはで
きない状態であったと主張する。しかし,百貨店において被控訴人製品の販売を拒
否する理由はなかったが,平成16年11月に,控訴人Xが甲A6の文書を控訴会
社の取引先の百貨店等に送付したため,トラブルに巻き込まれるのを嫌った百貨店
が,被控訴人との取引を避けるようになったものであった。実情は,控訴人Xが,
被控訴人製品を百貨店で販売できないように先手を打ったというものであった。
被控訴人は,平成16年10月ころは,主としてスーパーマーケット,ショッピ
ングモール,催事場等での販売を中心に行っていたが,現在では,阪急百貨店,天
満屋百貨店にも出店している。
次の(イ)の地域保証金の点を除き,損害額に関する原判決の認定は正当である。
(イ)原判決は,地域保証金120万円につき,返還不要であったか否かが定か
でないとし,損害として認定しなかった。
しかしながら,被控訴人とトップエージェント間の東京統括代理店契約書(甲A
9)の11条1項には,保証金として120万円を預託するとの定めがあり,同条
3項には「乙(トップエージェント)が,本契約締結の日又は第3条1項におい,
て甲(被控訴人)が乙になした許諾の通知があった日から1年以内に,その販売地
域において全店舗を廃止する場合,甲は乙に第1項の保証金の内,その半額の金員
を返戻しなければならない」との定めがある。。
この11条全体の文言から考えると,1年以内に販売地域の全店舗を廃止する場
合に限り(廃業するのであるから)地域保証金の半額だけを返還する(しかし1,
年以上営業を継続すれば,相当の収益が見込まれるので保証金は返還しない)と解
釈されるべきものである。この点において,原判決の認定には誤りがある。
(6)控訴会社が被ったとする損害額の主張に対して
,,,ア控訴会社は控訴人Xらとの間で平成14年1月ころに本件特許権につき
独占的通常実施権を設定する合意が成立したと主張するが,設定契約書も作成され
ておらず,独占的通常実施権が設定されたとの立証は,何らされていない。
イ被控訴人製品が販売された本数の立証は,何らされていない。
ウ被控訴人製品は,和紙からなるシート体が棒状体の外周面に全面貼着されて
いるところ,産技研における試験において,控訴人持参品についてもKBr分析で
測定した場合に,アクリル樹脂のピーク(約1730[cm)が明りょうに検出−1

されており(乙A29,被控訴人製品における和紙の合わせ目部分以外にもアク)
リル樹脂が存在する(全面貼着されていることを意味する)といえる。また,同。
試験において,アクリル樹脂のピークが検出されなかった検体についても,手作業
による接着作業であるため,塗りむらが生じていた可能性もある。
産技研において試験されたのは,被控訴人製品のうちのわずか数本にすぎず,控
訴会社の主張に係る期間に販売された被控訴人製品につき,そのすべてが部分貼着
の製品であったとの証明はされていない。
第4当裁判所の判断
1争点(1)(被控訴人製品の構成)について
(1)本件発明1の特許請求の範囲には「しかも該シート体には前記合成樹脂が,
浸透してシート体と合成樹脂が一体化されてなる」との記載がある(甲A2。)
そして,本件明細書(甲A2)の発明の詳細な説明には「この合成樹脂が目の,
粗い和紙の細孔内に侵入(浸入)し,当該和紙が絵柄の部分を除いて地の部分が半
透明になるとともに,和紙独特の繊維絵柄が検出し(0025)との記載があ」【】
り,流動状態にあるエポキシ樹脂は,シート体を透過するものである。そして,こ
の点については,被控訴人も,均等論に基づく侵害主張に対する主張においてであ
るが,被控訴人製品において接着剤を塗布するとシート体を半透明化する効果を奏
しないと主張する形で自認している。
このように,合成樹脂体は,目の粗い和紙のシート体を浸透していくものである
が,シート体を棒状体に貼着するためにシート体の全面にアクリル系接着剤を塗布
すれば,合成樹脂体のシート体への浸透は,当該アクリル系接着剤によって阻止さ
,,,れることになり一方当該アクリル系接着剤が一部にしか塗布されていなければ
塗布されていない部分では,合成樹脂体がシート体を浸透して棒状体の外周面に達
することになる。
(2)控訴人らが産技研に委託した検査の結果(乙A23∼26)によれば,次
の事実が認められる。
ア参照検査として,平板の上でエポキシ樹脂を硬化させた後,その適宜の箇所
,,.[],を削り取ってKBr分析をしたところその検査結果は151219cm−1
1249.94[cm,1107.17[cm]でピークを示したが,1730−1−1

[cm]の近傍でのピークを示さなかった(乙A25。このようなピークを示す−1

ものがエポキシ樹脂であると認められる。
イ参照検査として,平板の上でアクリル系接着剤(フエキ糊〔フエキスピード
強力超速乾【紙用)を硬化させた後,その適宜の箇所を削り取ってKBr分析を】〕
したところ,その検査結果は,1732.98[cm]でピークを示したが,15−1
10[cm,1250[cm,1100[cm]の各近傍ではピークを示さなか−1−1−1
]]
った(乙A26。このようなピークを示すものがアクリル樹脂であると認められ)
る。
ウ控訴人らが市販ルートで入手した被控訴人製品(2)の棒状体外要素の内周面
の1か所を削り取ってKBr分析をしたところ,その検査結果は,エポキシ樹脂の
特性に対応する1512.95[cm,1255.79[cm,1114.53−1−1
]]
[cm]でピークを示したが,アクリル樹脂の特性に対応する1730[cm]の−1−1
近傍ではピークがなかった(乙A23。)
エ被控訴人製品(2)の棒状体外要素の内周面の他の1か所を削り取ってKBr
分析をしたところ,その検査結果は,エポキシ樹脂の特性に対応する1512.7
1[cm,1261.43[cm,1116.09[cm]でピークを示すとと−1−1−1
]]
もに,アクリル樹脂の特性に対応する1734.85[cm]でもピークを示した−1
(乙A24。)
オ上記ウ及びエによれば,エポキシ樹脂は,被控訴人製品(2)の棒状体外要素
,,の内周面のいずれにおいても存在するがい然性が高いのに対してアクリル樹脂は
上記内周面の限られた場所に存在しているものと推認される。
(3)証拠(甲A19∼22,乙A27∼31)及び弁論の全趣旨によれば,当
審の平成19年10月5日の進行協議期日において,裁判官関与の下に,当事者の
指示説明に則して,産技研に委託された検査の結果は,次のとおりである。
ア控訴人ら持参品(控訴人らが市販ルートで入手した被控訴人製品(2))
上記進行協議期日において,控訴人ら持参品を棒状体から分離して,和紙の合わ
せ目がある棒状体外要素(控訴人ら持参品A)と和紙の合わせ目がない棒状体外要
素(控訴人ら持参品B)とした。
イ控訴人ら持参品Aについて(甲A19,20)
(ア)検査の部位
a控訴人ら持参品Aの合わせ目付近の1か所(検査4。甲A19)
b検査4の箇所を含む周辺領域(検査5。甲A20)
(イ)検査方法
a検査4の箇所に対してATR分析を実施
b検査5の領域の表面から採取した物質に対してKBr分析を実施
(ウ)検査結果
a検査4の箇所の検査結果では,アクリル樹脂の特性に対応する1725
cmでピークを示したがエポキシ樹脂の特性に対応するピークはなかった甲[],(−1
A19。)
b検査5の領域の検査結果では,アクリル樹脂の特性に対応する1735
cmでピークを示したがエポキシ樹脂の特性に対応するピークはなかった甲[],(−1
A20。)
ウ控訴人ら持参品Bについて(乙A27∼29)
(ア)検査の部位
a控訴人ら持参品Bのうち長手方向のほぼ中央部の上下付近2か所(検査1・
乙A27,検査2・乙A28)
b検査1の箇所を含む周辺領域(検査3・乙A29)
(イ)検査方法
a検査1,2の箇所に対してATR分析を実施
b検査3の領域の表面から採取した物質に対してKBr分析を実施
(ウ)検査結果
a検査1の箇所の検査結果では,エポキシ樹脂の特性に対応する1506
[cm,1242[cm,1100[cm]でピークを示したが,アクリル樹脂−1−1−1
]]
の特性に対応するピークはなかった(乙A27。)
b検査2の箇所の検査結果では,エポキシ樹脂の特性に対応する1508
[cm,1245[cm,1097[cm]でピークを示したが,アクリル樹脂−1−1−1
]]
の特性に対応するピークはなかった(乙A28。)
c検査3の領域の検査結果では,エポキシ樹脂の特性に対応する1508
[cm,1245[cm,1105[cm]でピークを示すとともに,アクリル−1−1−1
]]
樹脂の特性に対応する1740[cm]付近でごく小さなピークを示した(乙A2−1
9。なお,甲A24は,乙A29に被控訴人が1740[cm]の箇所を書き加え−1
たものである。。)
エ検甲4モデル品被控訴人主張のA方法引用する原判決8頁の第3の8(1)(〔
及び(2)〕により作成し,A実験〔引用する原判決8頁の第3の8(3)〕を行った被
控訴人製品(1)のタイプのモデル品)
検甲4モデル品を使用し,和紙の合わせ目がある棒状体外要素(検甲4モデル品
A)と和紙の合わせ目がない棒状体外要素(検甲4モデル品B)とした。
オ検甲4モデル品Aについて(甲A21,22)
(ア)検査の部位
a検甲4モデル品Aの合わせ目付近の1か所(検査8・甲A21)
b検査8の箇所を含む周辺領域(検査9・甲A22)
(イ)検査方法
a検査8の箇所に対してATR分析を実施
b検査9の領域の表面から採取した物質に対してKBr分析を実施
(ウ)検査結果
a検査8の箇所の検査結果では,アクリル樹脂の特性に対応する1725
[cm]でピークを示したが,エポキシ樹脂の特性に対応するピークは検出されな−1
かった(甲A21。)
b検査9の領域の検査結果では,アクリル樹脂の特性に対応する1736
[],[],cmでピークを示すとともにエポキシ樹脂の特性に対応する1511cm−1−1
1248[cm,1113[cm]でもピークを示し,それぞれのピークの高さ−1−1

は,同程度であった(甲A22。)
カ検甲4モデル品Bについて(乙A30,31)
(ア)検査の部位
a検甲4モデル品Bの長手方向のほぼ中央部の1か所(検査6・乙A30)
b検査6の箇所を含む周辺領域(検査7・乙A31)
(イ)検査方法
a検査6の箇所に対してATR分析を実施
b検査7の領域の表面から採取した物質に対してKBr分析を実施
(ウ)検査結果
a検査6の箇所の検査結果では,アクリル樹脂の特性に対応する1722
cmでピークを示したがエポキシ樹脂の特性に対応するピークはなかった乙[],(−1
A30。)
b検査7の領域の検査結果では,エポキシ樹脂の特性に対応する1508
[cm,1237[cm,1116[cm]でピークを示すとともに,アクリル−1−1−1
]]
樹脂の特性に対応する1733[cm]でもピークを示し,それぞれのピークの高−1
さは,同程度であった(乙A31。)
キ上記検査結果によれば,次の事実が認められる。
(ア)控訴人ら持参品A
ATR分析によってもKBr分析によっても,控訴人ら持参品Aの和紙の合わせ
目付近の検査4及び5から検出されたのはアクリル樹脂のみであり,エポキシ樹脂
は検出されなかった。
(イ)控訴人ら持参品B
ATR分析によってもKBr分析によっても,控訴人ら持参品B(和紙の合わせ
目がない棒状体外要素)の検査1∼3から検出されたのはエポキシ樹脂であり,K
Br分析による検査3でごく少量のアクリル樹脂が検出されたのみであった。
(ウ)検甲4モデル品A(A方法により作成された和紙の合わせ目がある棒状体
外要素)
検甲4モデル品Aにつき,ATR分析による検査8ではアクリル樹脂のみが検出
されたが,KBr分析による検査9ではアクリル樹脂のほか,エポキシ樹脂も検出
された。
(エ)検甲4モデル品B(A方法により作成された和紙の合わせ目がない棒状体
外要素)
検甲4モデル品Bにつき,ATR分析による検査6ではアクリル樹脂のみが検出
されたが,KBr分析による検査7ではアクリル樹脂のほか,エポキシ樹脂も検出
された。
,,(4)以上によればA方法によって和紙の裏面全体にアクリル系接着剤を塗り
棒状体の外周面に巻き付け接着した検甲4モデル品においては,いずれの場所にお
いてもアクリル樹脂が検出されたが,さらに,KBr分析による検査においてアク
リル樹脂のほかエポキシ樹脂も検出されている。これは,和紙に浸入してアクリル
系接着剤の層に達して止まった合成樹脂体(エポキシ樹脂)を削り取ったことによ
るものと推認される。
検甲4モデル品は,シート体の裏面全体にアクリル系接着剤を塗り,棒状体の外
周面に巻き付け接着したものであるから,シート体の合わせ目に近接する部位でも
シート体の合わせ目がない部位でも,アクリル樹脂が検出されることが明らかであ
り,合成樹脂体(エポキシ樹脂)は,シート体を浸透していくが,シート体を棒状
体に貼着するためにシート体の全面にアクリル系接着剤を塗布すれば,合成樹脂体
(エポキシ樹脂)のシート体への浸透は,当該アクリル系接着剤によって阻止され
ることになるものと推認される。
一方,控訴人らが市販ルートで入手した被控訴人製品である控訴人ら持参品にお
いては,シート体の合わせ目付近ではアクリル樹脂が検出されたのに対し,シート
体の合わせ目がない棒状体外要素の検査では,エポキシ樹脂が検出され,ただし,
KBr分析による検査ではごく少量のアクリル樹脂が検出されており,シート体の
合わせ目がないものでも,ごくわずかにアクリル系接着剤を塗布した場所があった
可能性を否定できない。しかしながら,この検出されたアクリル樹脂の量は,検甲
4モデル品において検出されるアクリル樹脂の量とは比較にならないほどの微少で
あり,接着の目的で塗布されたものとは考えにくい。
ところで,前記(1)のとおり,流動状態にあるエポキシ樹脂は,シート体を透過
するものであり,被控訴人製品においてアクリル系接着剤を塗布するとエポキシ樹
脂がシート体を半透明化する効果を奏しないから,これを知る被控訴人が,あえて
A方法のようにシート体の全面にアクリル系接着剤を塗布してシート体が半透明化
するのを妨げることをするとは考え難い。そして,現に,被控訴人は,乙A12及
び13の各1∼9や控訴人ら持参品のように,和紙からなるシート体が半透明な被
控訴人製品を販売している。
以上のとおり,前記(1)∼(3)を総合すると,被控訴人製品は,専らシート体の合
わせ目においてアクリル系接着剤が塗布され,その余の場所においては塗布されて
いないものと推認される。
(5)被控訴人の主張について
ア被控訴人は,被控訴人製品では,基本的に,シート体と棒状体との間に合成
樹脂が介在しておらず,仮に,シート体と棒状体との間に合成樹脂が存在するとし
ても,その存在は偶発的かつ極微量であると主張する。
しかし,上記(4)のとおり,被控訴人製品においては,アクリル系接着剤が専ら
シート体の合わせ目において塗布されているが,その余の場所においては塗布され
ていないものであって,被控訴人の上記主張は,採用できない。
イまた,被控訴人は,控訴人らが市販ルートで入手した被控訴人製品(2)の棒
状体外要素の内周面の1か所を削り取ってKBr分析をした乙A23の検査結果に
アクリル樹脂のピークが存在しないとしても,棒状体外要素の内周面を削り取る合
成樹脂の量が多ければ,アクリル樹脂を検出できない可能性がある一方,棒状体外
要素の他の1か所を削り取ってKBr分析をした乙A24の検査結果では,アクリ
ル樹脂のピークが明らかに存在するので,控訴人らが産技研に委託した検査の結果
は,全般的にアクリル樹脂が存在することを明らかにしていると主張する。
しかし,棒状体外要素の内周面を削り取る合成樹脂の量が多いとしても,アクリ
ル樹脂を含む限り,アクリル樹脂のピークが表れるはずであるところ,乙A23の
検査結果にアクリル樹脂のピークが存在していない以上,アクリル樹脂は存在する
とはいえないものであって,被控訴人の上記主張は,憶測に基づくものであり,採
用できない。
ウさらに,被控訴人は,KBr分析においては,試料を手作業で削り取る必要
があるところ,棒状体外要素の内面に形成された層は厚みが極めて薄いことから,
試料を削り取る際に,シート体に浸透しているエポキシ樹脂も併せて削り取った可
能性があるとし,控訴人ら持参品Aに関し,棒状体外要素の内周面の和紙の合わせ
,()()目に近接する箇所においてKBr分析検査5によってもATR分析検査4
によってもアクリル樹脂の特性が確認されていることも考慮すると,控訴人ら持参
品についての検証結果は,シート体と棒状体との間に,局所的にはエポキシ樹脂が
存在しているものの,アクリル樹脂も全体にわたって存在していることを示してい
ると主張する。
しかし,控訴人ら持参品BについてのATR分析による検査結果(検査1・乙A
),。,27及び検査2・乙A28ではアクリル樹脂の特性が確認されていないまた
(),[]控訴人ら持参品BについてのKBr分析検査3・乙A29では1740㎝-1
の近傍において,ごく小さなピークが存在することが認められたが,その余のピー
クに比べて微々たるものであって,これをもって,有意の量のアクリル樹脂が存在
するとはいい難く,被控訴人の上記主張も採用することができない。
(6)上記認定に弁論の全趣旨をも併せ考えれば,被控訴人製品の構成は,これ
らを構成要件に分説すると,次のとおりであると認められる。
ア被控訴人製品(1)の構成
aアクリル系の合成樹脂からなる有底状の透明な筒体と,
b当該筒体内に注入された透明なエポキシ樹脂の合成樹脂体と,
c1当該筒体内に挿入された透明な棒状体と,
c2当該棒状体に巻き付けられて,当該筒体内のエポキシ樹脂の合成樹脂体の中
に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなるシート体とを備え,
d当該シート体には,アクリル系接着剤で接着された合わせ目を除いて,エポ
キシ樹脂の合成樹脂体が浸透して,シート体と合成樹脂体が一体化されている
e印鑑基材
イ被控訴人製品(2)の構成
aアクリル系の合成樹脂からなる有底状の透明な筒体と,
b当該筒体内に注入された透明なエポキシ樹脂の合成樹脂体と,
c1当該筒体内に挿入された透明な棒状体と,
c2当該棒状体に巻き付けられて,当該筒体内のエポキシ樹脂の合成樹脂体の中
に介挿入された所定の絵柄を有する和紙からなるシート体とを備え,
d当該シート体には,アクリル系接着剤で接着された合わせ目を除いて,エポ
キシ樹脂の合成樹脂体が浸透して,シート体と合成樹脂体が一体化されている
e印鑑基材で,
f前記筒体の内部における棒状体の上方の空間部に収容され合成樹脂体により
封入された多数の粒状体を更に備えているもの。
2争点(3)(被控訴人製品が本件発明1∼3の技術的範囲に属するか否か)に
ついて
(1)被控訴人製品(1)が本件発明1の構成要件を充足するか。
ア被控訴人製品(1)の「a有底状の透明な筒体「b当該筒体内に注入さ」,
れた透明なエポキシ樹脂の合成樹脂体「e印鑑基材」が,それぞれ,本件発明」,
1の「A有底状の透明な筒体「B該筒体内に注入された透明な合成樹脂から」,
なる芯材「E印鑑基材」に該当するものと認められる。」,
イ構成要件Cの「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄
を有する和紙からなる筒状のシート体」の技術的意義について
(ア)本件発明1の特許請求の範囲には「有底状の透明な筒体と該筒体内に注入,
された透明な合成樹脂からなる芯材と該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入さ
れた所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体とからなり,しかも該シート
体には前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化されてなる」と記載さ
れているから,本件発明1の「芯材」とは,有底状の透明な筒体内に注入される透
明な合成樹脂であり,かつ,所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体に浸
透した上,シート体と一体化されるものであることが認められる。
(イ)被控訴人は「芯材」の本来の意味は物の中央であり,また,本件明細書の,
記載によれば「芯材」は筒体の内周面に密着したシート体を保持する構成に限定,
して解釈されるべきであり,このような解釈は,上記の「芯材」の本来的な意義と
も符合すると主張する。なお,被控訴人の上記主張は,シート体と筒体の内周面に
「芯材」が存在する余地がないという意味で「密着」という用語を使用しているも
のと認められる。
一般に「芯(心)には,位置的側面からみると「物の中央の(固い)部分」,」,。
()。,,,「。との意味がある広辞苑第5版しかし機能作用的側面からみるとかなめ
根本。本性(同)という意味もあるとされる。。」
そして,本件発明1の特許請求の範囲において「芯材」の位置については,少,
なくとも筒体の内周面及びシート体の内側に「芯材」が存在していなければならな
,。,「」いがそれ以上に位置を規制するような記載はない本件発明1において芯材
は,特許請求の範囲に「該筒体内に注入された透明な合成樹脂からなる芯材「し」,
かも該シート体には前記合成樹脂が浸透して」と記載されているとおり,注入可能
な流動性を有する合成樹脂体であって,シート体に浸透するというのであり,流動
性を有する物質として,浸入した筒体の内側のすべての場所に存在し得るものであ
る。
なお,特許公報(甲A2)の図1には「芯材」である合成樹脂が印鑑基材の真,
ん中部分に存在することが図示されている。しかし,図1は,本件発明1の実施形
態の1つであり,本件明細書に「上記筒体20は,本実施形態においては円筒状,
のものが採用されているが,円筒状であることに限定されるものではなく,断面視
で楕円形状,四角形状あるいは多角形状など各種の形状のものを採用することがで
きる(0022)と記載されているとおり,様々な形の筒体を想定することが。」【】
でき,この真ん中部分が,ある特定された領域を指すものとはいい難い。
したがって,本件発明1にいう「芯材」の意味を,物の中央であると限定する被
控訴人の主張は,採用できない。
(ウ)また,本件明細書(甲A2)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
a【0033「・・・筒体20の内周面には,予め所定の工具を用いて無数】
の引掻き傷が付与されている。こうすることによって注入されたエポキシ樹脂Xが
無数の引掻き傷の中に入り込み,固化したエポキシ樹脂Xの絵柄付きシート体30
を介した筒体20内周面に対する密着力が向上するようにしている」。
b【0034「上記シート体挿入工程P2は,先の第一次樹脂注入工程P1】
で満量になる手前までエポキシ樹脂Xの注入された筒体20内に,円筒状に丸めた
絵柄付きシート体30を挿入する工程である。そして,このシート体挿入工程P2
においては,筒体20の内径寸法と略一致する外径寸法になるように丸められた絵
柄付きシート体30が,筒体20の内周面に密着した状態で当該筒体20内に緩や
かに挿入される。こうすることによって内容積の略70%がエポキシ樹脂Xによっ
て満たされた筒体20の内周面に絵柄付きシート体30が当接した状態になる」。
c【0035「・・筒体20の内周面には無数の引掻き傷が設けられ,これ】
らの引掻き傷にエポキシ樹脂Xが入り込んだ状態になっているため,丸めた絵柄付
きシート体30を筒体20内に挿入するに際し,当該絵柄付きシート体30の下端
縁部が,筒体20の内周面に付着しているエポキシ樹脂Xを追い出してしまうよう
な(ことが)なく,筒体20と絵柄付きシート体30との間にエポキシ樹脂を残存
させることができる・・・」。
,,上記記載によれば絵柄付きシート体30を筒体20内に挿入し終わった時点で
絵柄付きシート体30の外周面と筒体20の内周面との間にはエポキシ樹脂Xが存
在しており,しかも,密着力が低下しないようにするために,エポキシ樹脂Xを追
い出してしまわないようにしている。
そうすると,本件明細書においては「密着」という用語を使用しているが,シ,
ート体と筒体の内周面との間に隙間がないという意味で使用しているのではなく,
エポキシ樹脂がシート体と筒体20の内周面の間に介在して密着力という機能,作
用を高めることを期待しているのものである。
したがって,本件明細書において,シート体と筒体の内周面に「芯材」が存在す
る余地がないという意味で「密着」という用語が使用されていることを前提とする
被控訴人の上記主張は,採用できない。
(エ)被控訴人は,本件発明1は「合成樹脂からなる)芯材と前記筒体の内周,(
面との間に介挿入されたシート体」を構成要件とし,さらに「前記合成樹脂が浸,
透してシート体と合成樹脂が一体化」されることを構成要件とするから,本件発明
1において「芯材」に相当するのは,シート体の内側に存在し,かつ,内側からシ
ート体に浸透するものでなければならないと主張する。
しかしながら,本件発明1は,いわゆる物の発明であり,物によって特定される
ものである「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された」との記載は,製。
法によって物の特定をしたいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム手法に
よる特定であって,上記記載が格別の意味内容を有すると認められない限りは,物
の構成要件自体の解釈に格別に影響を及ぼすものとはいえない。
(オ)本件明細書(甲A2)の発明の詳細な説明には,次の記載がある。
a【0011「この発明によれば,度重なる使用で印鑑の印鑑基材の表面が】
こすれても,絵柄は,筒体の内周面に密着している絵柄付きシート体に付与されて
いるため,従来の印鑑基材の外周面に手書きされた絵柄のようにこすれて落剥する
ような不都合の生じることはなく,印鑑にいつまでも美麗な状態を維持させること
ができる」。
【】「。b0025シート本体として和紙を採用した理由は以下のとおりである
すなわち,流動状態の合成樹脂を絵柄付きシート体30の装填された筒体20内に
注入したときに,この合成樹脂が目の粗い和紙の細孔内に侵入(浸入)し,当該和
紙が絵柄の部分を除いて地の部分が半透明になるとともに,和紙独特の繊維絵柄が
顕出して印鑑基材10の外観視が極めて風合いに富んだものになるからである」。
c【0031「第一次樹脂注入工程P1は,上記筒体20に硬化剤の混入さ】
れた液状のエポキシ樹脂Xを注入する工程である。この第一次樹脂注入工程P1に
おいては,エポキシ樹脂Xは満了に満たない量が筒体20内に注入される・・・。
このようにされるのは,つぎのシート体挿入工程P2において絵柄付きシート体3
0の筒体20内への挿入操作を容易に行い得るようにするためである」。
d【0033「また,この第一次樹脂注入工程P1で使用される筒体20の】
内周面には,予め所定の工具を用いて無数の引掻き傷が付与されている。こうする
ことによって注入されたエポキシ樹脂Xが無数の引掻き傷の中に入り込み,固化し
たエポキシ樹脂Xの絵柄付きシート体30を介した筒体20内周面に対する密着力
が向上するようにしている」。
e【0034「上記シート体挿入工程P2は,先の第一次樹脂注入工程P1】
で満量になる手前までエポキシ樹脂Xの注入された筒体20内に,円筒状に丸めた
絵柄付きシート体30を挿入する工程である。そして,このシート体挿入工程P2
においては,筒体20の内径寸法と略一致する外径寸法になるように丸められた絵
柄付きシート体30が,筒体20の内周面に密着した状態で当該筒体20内に緩や
かに挿入される。こうすることによって内容積の略70%がエポキシ樹脂Xによっ
て満たされた筒体20の内周面に絵柄付きシート体30が当接した状態になる」。
(カ)上記記載によれば「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定,
の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体」とは,シート体を介挿入するに当た
って,筒体の内周面に密着した状態で当該筒体内に挿入されることを意味するもの
と認められる。しかし,筒状のシート体を挿入する前には,流動性を有する芯材で
ある合成樹脂は,筒体の内周面と接しており,また,筒体20の内周面に付与され
た無数の引掻き傷の中に,注入されたエポキシ樹脂が入り込み,固化したエポキシ
樹脂Xの絵柄付きシート体30を介した筒体20内周面に対する密着力が向上する
ようにしているものであるから,そのような筒体の内周面と接している芯材である
,。,合成樹脂をすべて除去して代わりにシート体を挿入するものとはいえないまた
前記1(1)のとおり,エポキシ樹脂は,シート体を透過することによっても,シー
ト体と筒体20の内周面の間にも介在する。
したがって,本件発明1においては「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿,
入」した際,筒体とシート体との間にもエポキシ樹脂が存在することを予定してい
るものと解するのが相当であって「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入さ,
れた」との記載が格別の意味内容を有するとは認められない。
(キ)そうすると,被控訴人製品(1)の「c2当該棒状体に巻き付けられて,当該
筒体内のエポキシ樹脂の合成樹脂体の中に介挿入された所定の絵柄を有する和紙か
らなるシート体」は,本件発明1の「C該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿
入された所定の絵柄を有する和紙からなる筒状のシート体」に該当するものという
べきであって,単に,シート体を巻き付ける棒状体が付加されているにすぎない。
(ク)被控訴人は,本件発明1の構成要件C中の「該芯材と前記筒体の内周面と
の間に介挿入された」とは,介挿入されるシート体との位置関係を示すものである
,「」,からこれが最終的な物を特定するための記載であることが明らかであるとし
被控訴人製品(1)は「芯材」に相当する合成樹脂体2の内部に,棒状体3に巻き付,
け装着されたシート体4が封入されたものであるから,シート体4が「該芯材と前
記筒体の内周面との間に介挿入された」構成ではなく,本件発明1の構成要件Cを
充足しないと主張する。
しかし,上記のとおり「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入」との構成,
が,筒体とシート体との間にエポキシ樹脂が存在することを排除せず,物の構成要
件自体を限定するものとはいえない。
そして,被控訴人製品(1)が,棒状体にシート体を巻き付けて「芯材」に相当す
る合成樹脂体の内部に介挿入するものであっても,棒状体に巻き付けるという工程
が加わっているのみであって,構成要件Cの「該芯材と前記筒体の内周面との間に
介挿入」を充足することに変わりがない。
また,被控訴人は,仮に,構成要件Cにおけるシート体が「芯材と筒体の内周面
との間に介挿入され」ることの技術的意義が,シート体を筒体の内周面に密着させ
ることにあるとすれば,被控訴人製品におけるシート体は,この棒状体によって筒
体内に支持されているのであって,筒体の内周面との密着によって支持されるもの
ではなく,構成要件Cを充足しないと主張する。
しかし,上記のとおり,本件発明1においては,筒状のシート体を筒体の内周面
に密着した状態で筒体内に挿入されるといっても,筒体とシート体との間にもエポ
キシ樹脂が存在することを予定しているものであり,被控訴人製品は,シート体を
「該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入」するとの本件発明1の構成要件Cを
充足するものであって,被控訴人の上記主張は,採用できない。
ウ被控訴人製品(1)の「d当該シート体には,アクリル系接着剤で接着され
た合わせ目を除いて,エポキシ樹脂の合成樹脂体が浸透して,シート体と合成樹脂
体が一体化されている」は,アクリル系接着剤で接着された合わせ目において,固
化したアクリル系接着剤が存在することにより,エポキシ樹脂の合成樹脂体が浸透
することが妨げられるとしても,その余の大半の部分については,エポキシ樹脂の
合成樹脂体が浸透するのであるから,本件発明1の構成要件Dの「該シート体には
」。前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化されてなることに該当する
エそうすると,被控訴人製品(1)は,本件発明1の構成要件をすべて充足する
から,本件発明1の技術的範囲に属する。
,,,オなお被控訴人は本件発明に係る特許出願前の公知文献である甲10公報
甲12公報を挙げて,控訴人製品において,棒状体とシート体との間に介在する合
成樹脂を「芯材」と解釈すべきではなく,仮にそのように解釈すると,公知技術か
ら明らかに進歩性がない構成が本件発明1の技術的範囲に含まれることになるか
ら,本件発明1は無効であるなどと主張する。
(ア)本件発明1は「有底状の透明な筒体と,該筒体内に注入された透明な合成,
樹脂からなる芯材と,該芯材と前記筒体の内周面との間に介挿入された所定の絵柄
を有する和紙からなる筒状のシート体とからなり,しかも,該シート体には前記合
成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化されてなることを特徴とする印鑑基
材」であるが,前記のとおり,このうちの「該芯材と前記筒体の内周面との間に。
介挿入された」は,本件発明1を特定するものとはいえない。
(イ)甲10公報(甲A10)には「本実用新案は文字図形等を描写した絹布,,
日本紙等2を貼着した透明プラスチック製粘着板1を同じ透明プラスチック製円柱
4内に封入してなる印材の構造に係るものである(左欄7∼10行「本実用新。」),
案は上述の如き構造に係るから,文字図形等を絹布,日本紙等2に描出して,既製
の透明プラスチック粘着板1に貼着し,一定の透明容器3内に縦設して,更にプラ
スチック溶液を注入固結すれば,この描出された文字,図形のみが内部より浮出し
て全体が一体として透明性状に形成せられるものである(同13∼19行「透。」),
明性プラスチック貼着板1に文字,図形等を描出した絹布,日本紙等2の薄い材質
の物を貼着し,次にプラスチック溶液を注入すれば前記の絹布,日本紙等2は恰も
貼着して無いような外観を呈し,文字,図形等2が透明な円柱4内に浮んだ如く見
えるのである(右欄3∼8行)との記載がある。」
「」,「」,「,甲10公報の透明容器3プラスチック溶液文字図形等を描写した絹布
日本紙等2「描出された文字,図形のみが内部より浮出して全体が一体として透」,
明性状に形成せられるもの「印材」は,それぞれ,本件発明1の「有底状の透明」,
な筒体「該筒体内に注入された透明な合成樹脂からなる芯材「所定の絵柄を有」,」,
する和紙からなる筒状のシート体「該シート体には前記合成樹脂が浸透してシー」,
ト体と合成樹脂が一体化されてなること「印鑑基材」に相当する。」,
(ウ)そうすると,本件発明1と甲10公報記載の発明とを対比すると「有底状,
の透明な筒体と,該筒体内に注入された透明な合成樹脂からなる芯材と,所定の絵
。」,,柄を有する和紙からなるシート体とからなる印鑑基材である点で一致し一方
,「」,,①本件発明1は筒状のシート体であるのに対し甲10公報記載の発明では
筒状ではなく,平面的なシート体である点(以下「相違点1」という,②本件発。)
明1は「該シート体には前記合成樹脂が浸透してシート体と合成樹脂が一体化さ,
れてなる」のに対し,甲10公報記載の発明では,既製の透明プラスチック製粘着
板1に貼着するので,シート体の貼着に使用する接着剤が存在するために,シート
体に前記合成樹脂が浸透するものではない点(以下「相違点2」という)で相違。
する。
(エ)相違点2について検討すると,甲10公報は,上記のとおり「文字図形等,
を絹布,日本紙等2に描出して,既製の透明プラスチック製粘着板1に貼着し,一
定の透明容器3内に縦設」するというものであるから,既製の透明プラスチック製
粘着板1に絹布,日本紙等2を固定するために接着剤を使用する必要がある。
また,甲12公報(甲A12)は,実用新案登録請求の範囲の請求項1を「全体
略柱状からなり,下端部側に印面部を配設可能とする印鑑用基材において,全体を
,。」ガラス材で形成し外周部に切込み装飾を配設したことを特徴とする印鑑用基材
とし,請求項2以下においては,上記「ガラス材」を「金属,合成樹脂,セラミッ
クス等の基礎材「木製,合成樹脂等の基礎材」などに変えたり,上記「切込み装」,
飾を装飾模様をプリント印刷螺鈿装飾または宝石装飾を施こしたことう」「」,「」,「
るし材を塗着」などに変えたりしているものであって,装飾の接着方法については
何の記載もない。
そうすると,甲10公報記載の発明において,当業者が接着剤を使用しないこと
を容易に想到することは困難であると解される。
(オ)以上によれば,相違点1について検討するまでもなく,本件発明1は,甲
,,,10公報甲12公報から容易に想到し得たとはいえないから被控訴人の主張は
採用することができない。
カ以上のとおりであるから,被控訴人製品(1)は,本件発明1の構成要件をす
べて充足するので,本件発明1の技術的範囲に含まれ,また,本件発明1には容易
想到性はなく,無効とはいえない。
(2)被控訴人製品(2)が本件発明1の構成要件を充足するか。
前記1(6)のとおり,被控訴人製品(2)は,被控訴人製品(1)に「f前記筒体の,
内部における棒状体の上方の空間部に収容され合成樹脂体により封入された多数の
粒状体を更に備えているもの」の構成が追加されたものであるから,被控訴人製。
,,,品(1)が本件発明1の構成要件をすべて充足する以上被控訴人製品(2)も同様に
本件発明1の構成要件をすべて充足する。
(3)被控訴人製品(1)及び(2)が,本件発明2,3の構成要件を充足するか。
本件発明2は,本件発明1に「前記筒体は,アクリル系の合成樹脂によって形,
成されていることを特徴とする」が付加されたものであるところ,上記のとおり,
被控訴人製品(1)及び(2)は本件発明1の構成要件をすべて充足しており,また,前
記1(6)に判示のとおり,被控訴人製品(1)及び(2)の筒体はいずれもアクリル系の
合成樹脂によって形成されているから,被控訴人製品(1)及び(2)は,本件発明2の
構成要件をすべて充足する。
本件発明3は,本件発明1又は2に「前記筒体内に注入された透明な合成樹脂,
は,エポキシ樹脂であることを特徴とする」が付加されたものであるところ,上記
,,のとおり被控訴人製品(1)及び(2)は本件発明1の構成要件をすべて充足しており
また,前記1(6)に判示のとおり,被控訴人製品(1)及び(2)の筒体内に注入された
透明な合成樹脂はエポキシ樹脂であるから,被控訴人製品(1)及び(2)は,本件発明
3の構成要件をすべて充足するものである。
(4)以上によれば,控訴人ら主張の均等論に基づく主張について判断するまで
もなく,被控訴人製品(1)及び(2)は,本件発明1∼3の構成要件をすべて充足し,
本件発明1∼3の技術的範囲に属するものである。
なお,上記の甲10公報に係る発明の内容によれば,被控訴人主張の甲10公報
における公知技術を参酌した技術的範囲の解釈をするべきであるとの主張は,その
前提を欠くものであって採用できない。
また,上記の甲10公報に係る発明の内容及び上記認定のとおりの被控訴人製品
の構成によれば,被控訴人製品が甲10公報における技術と同一又は当業者が本件
特許出願時に容易に推考できたものということもできず,被控訴人主張の自由技術
の抗弁の主張も,その前提を欠くものであって採用することができない。
3争点(5)(告知・流布に係る差止請求権の存否)について
上記2(4)のとおり,被控訴人製品(1)及び(2)は,本件発明1∼3の構成要件を
すべて充足し,本件発明1∼3の技術的範囲に属するものであるから,被控訴人製
,。品(1)及び(2)を製造販売する被控訴人の行為は本件特許権を侵害するものである
したがって,控訴人Xが「被控訴人製品の製造,譲渡,貸渡し並びに譲渡及び,
貸渡しの申出が,本件特許権を侵害する」との告知又は流布をしたとしても,これ
が「虚偽の事実を告知し,又は流布する行為」に該当するものではないから,これ
らの告知又は流布が不正競争防止法2条1項14号に該当するものではなく,同号
に該当することを理由として,同法3条1項に基づき,被控訴人製品の製造販売が
本件特許権を侵害する旨の告知又は流布の差止めを求める被控訴人の請求は,理由
がなく,これを認めることはできない。
4争点(6)(告知等による損害賠償請求権の存否及びその額)について
(1)証拠甲A34611甲B1乙A1220乙B1∼4枝(,,,,,,,,〔
番を含む。以下同じ)及び弁論の全趣旨によれば,次の事実を認めることができ。〕
る。
ア控訴会社は,控訴人X及び控訴会社代表者Bから,本件特許権の独占的通常
実施権の設定を受け,本件発明の実施品である控訴会社製品の製造販売を行ってき
た。
控訴会社と被控訴人は,平成15年11月14日,被控訴人が控訴会社の販売代
理店として広島県において控訴会社製品を販売することができる代理店契約を締結
し(乙A1,それ以降,継続的な取引関係にあった。)
そして,被控訴人は,控訴会社製品の販売促進のため,控訴会社製品の製造工場
の見学にも参加したことがあった。
イ平成16年7月ころから,控訴会社の取引先から控訴会社に対し,控訴会社
製品の類似品が商店街や路上で販売されているとの情報が寄せられるようになっ
た。
控訴会社の従業員が,控訴会社製品の類似品が販売されているとの情報があった
大阪高島屋百貨店近くの商店街のはんこ店を訪問したところ,控訴会社製品と類似
,。した被控訴人製品が販売されておりその販売先が被控訴人であることが判明した
ウそこで,控訴人らは,代理人弁理士に依頼し,被控訴人に対し,平成16年
8月24日付けで,被控訴人製品の販売が不正競争防止法2条1項3号違反となる
こと,被控訴人製品の製造販売行為を中止するよう要求すること,被控訴人製品の
製造販売は,本件特許の技術的範囲に属するもので,本件特許が登録された場合に
は特許法65条の規定による補償金の支払を請求することなどを記載した警告書
(甲A3)を送付した。
これに対し,被控訴人は,代理人弁理士に依頼し,控訴人らに対し,同年9月2
日付けで,被控訴人製品は,不正競争防止法2条1項3号にいう形態の模倣に該当
せず,本件特許権を侵害するものでもないことなどを記載した回答書(甲A4)を
送付した。
エ被控訴人は,平成16年9月初旬,トップエージェントに被控訴人製品の販
売代理店となることの話を持ち掛け,トップエージェントは,同月下旬から,東京
池袋のサンシャインアルパ内のワゴンショップにおいて,被控訴人製品の試験販売
を始めた。
オ控訴人Xは,平成16年10月31日,東京池袋で,控訴会社製品の販売代
理店である有限会社ユービックの代表取締役Cら3名と会った際,サンシャインア
ルパ内のワゴンショップで控訴会社製品の類似品が販売されているということが話
題となり,4名でサンシャインアルパに出掛けた。
同日午後7時ころ,控訴人Xらがサンシャインアルパ内のワゴンショップを訪れ
たところ,トップエージェントによって,控訴会社製品と類似する印鑑が,控訴会
社製品の代理店が販売するときと同様の陳列棚を使用し,同様の陳列方法で販売さ
れていた。
そこで,控訴人Xは,トップエージェントのアルバイト店員に対して販売されて
,,,いる商品の仕入先販売状況等を尋ね被控訴人製品の販売を中止するように求め
また,同人から連絡を受けてやってきたトップエージェントの代表者Aに対し,被
控訴人製品が本件特許権(ただし,当時は出願中の権利)の技術的範囲に属するこ
とを告げるなどした上で,Cらとともにその場を立ち去った。
カ控訴人らは,平成16年11月ころ,控訴会社の取引先に対し,控訴会社取
締役会長の控訴人X名義で,本件特許の技術的範囲を侵害する行為が被控訴人ほか
1名によって行われたこと,控訴会社では被控訴人との代理店契約を平成16年1
()。1月付けで取りやめることになったことなどを記載した書面甲A6を配布した
,,,,(2)なお控訴人らは控訴人Xがサンシャインアルパ内の店舗を訪れた際
販売員に対し,販売されている商品の製造元,販売状況等を尋ね,その後やってき
たAに対しても,自分が控訴会社の会長であると名乗ったものにすぎず,被控訴人
商品が本件特許権を侵害するなどとは述べていないと主張するそして乙A2控。,(
訴人Xの陳述書)には,控訴人Xは,店舗の販売員に対して商品の印鑑の製造元及
び販売状況等を尋ね,また,その後にやってきた責任者らしい男性に対しては控訴
会社の会長であると名乗っただけであるとの記載があり,乙A20(Cの陳述書)
には,控訴人Xは,店員に対して販売状況等を尋ねていたが「特許侵害をしてい,
」,「」,る商品を販売するな商品陳列用のディスプレイを返せなどとは言っておらず
,,またその後やってきた責任者らしい人とのやり取りも終始穏やかな感じであって
問い詰めたり,糾弾するといったことはなかったと記載する。
しかしながら,上記(1)ウ及びカのとおり,控訴人Xは,トップエージェントの
店舗を訪れた平成16年10月31日の前後の時期に,被控訴人や控訴会社の取引
先に対し,被控訴人製品が本件特許の技術的範囲に属するとの記載をした書面(甲
A3,6)を送付していたものであり,また,被控訴人に対する警告書(甲A3)
においては,不正競争防止法に基づき,被控訴人製品の製造販売の中止を求めてい
たものであって,そうすると,被控訴人製品が販売されているのを発見したにもか
かわらず,トップエージェントの関係者に対し,被控訴人製品が本件特許の技術的
,,,範囲に属すると告げずその販売の中止も求めなかったとは考え難く控訴人Xは
トップエージェントの関係者に対し,被控訴人製品が本件特許の技術的範囲に属す
ると告げ,また,被控訴人製品の販売中止を求めたと認めることができる。
他方,被控訴人は,控訴人Xがサンシャインアルパ内のトップエージェントの店
舗を訪れた際,被控訴人製品が粗悪品であり,本件特許権(当時は出願中の権利)
を侵害すると述べて,その販売を中止して控訴会社製品を販売しないかと申し向け
たと主張する。そして,甲A5(Aの陳述書)には,控訴人Xが,トップエージェ
ントのアルバイト店員に対して「特許侵害している商品を販売するな「商品陳列」,
用のディスプレイを返せ」等といい,その後にやってきたAに対して「こんな粗悪
品を売るのだったら,同じ*どうし,手を組んで私の会社の商品を売りませんか」
などと持ち掛けてきたとの記載がある。
しかしながら,本件特許権は,平成16年12月24日に登録されたものであっ
て,同年10月31日当時,出願中であり,控訴人Xには本件特許権に基づく差止
請求権がいまだ発生していないものであって,このことは,控訴人らの代理人弁理
士が被控訴人に対して送付した同年8月24日付け警告書(甲A3)においても,
本件特許に関しては補償金請求にとどめられ,被控訴人製品の製造販売の中止は不
正競争防止法に基づくものとされているところ,控訴人Xは,同書面作成の際,弁
理士から説明を受け,いまだ本件特許権に基づく差止請求権を有していないことを
認識していた可能性もあり,それにもかかわらず,あえて本件特許権に基づく被控
訴人製品の販売の中止を求めたとは直ちに認め難く,かえって,法律の素人である
と考えられるトップエージェントのアルバイト店員が,差止請求権につき特許権に
基づくものと不正競争防止法に基づくものとを区別して認識せず,控訴人Xからの
販売中止の要請の法的根拠につき,誤ってAに伝えことも考えられ,その真偽は不
明といわざるを得ないこと,また,控訴人X及び同行したCとも,控訴人Xが,A
,(,らに対し被控訴人製品が粗悪品であると告げたことを否定していること乙A2
),,,,20などに照らすと結局控訴人Xがトップエージェントの店員やAに対し
本件特許権に基づき被控訴人製品の販売中止を求めたこと,被控訴人製品が粗悪品
であると告げたことについては,いまだこれらを認めることができない。
(3)前記2(4)のとおり,被控訴人製品は,本件特許権の技術的範囲に属するも
のであって,控訴人Xがそのことを告知したことが虚偽事実の告知となるものとは
いえない。
また,被控訴人製品が本件特許権の技術的範囲に属するものであることなどから
すると,控訴人Xが,被控訴人製品の販売は,本件特許権についての実施品である
控訴会社製品の形態を模倣した商品の譲渡であって不正競争防止法2条1項3号に
該当する不正競争であると考え,控訴人Xが,控訴人らにおいて,この不正競争に
よって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがあるものとして販売の中
止を求められると判断してその旨を告げたことにつき,過失があるともいえない。
なお,仮に,控訴人Xにおいて特許法の理解が十分ではなく,登録前の出願中の
本件特許権に基づき被控訴人製品の販売中止を求めることができると考え,トップ
エージェントの店員らに対してそのように告げていたとしても,上記のとおり,被
控訴人製品の販売が不正競争防止法における不正競争に該当する場合には,不正競
争によって営業上の利益を侵害され,又は侵害されるおそれがある者は侵害の停止
等を請求することができるものであって,控訴人Xがそのように考えたことにも無
理からぬところがあることからすると,控訴人Xの言動につき,不正競争行為を行
っている被控訴人との関係において,違法と判断されるべきものともいえない。
以上によれば,その他の行為を含め,控訴人Xにつき被控訴人に対する不法行為
責任は認められず,控訴会社の使用者責任も認められず,被控訴人の控訴人らに対
する損害賠償請求は理由がないことになる。
5争点(7)(本件特許権侵害による損害賠償請求権の存否及びその額)につい

(1)特許法102条1項類推適用について
証拠(甲A1,2,18,乙A1,2,乙B10)及び弁論の全趣旨によれば,
控訴人X及び控訴会社代表者Bは,平成14年1月ころ,控訴会社に対し,本件特
許権の独占的通常実施権を許諾し,控訴会社は,この独占的通常実施権に基づき,
本件特許権についての実施品である控訴会社製品を製造し,直接又は被控訴人を含
む代理店を介し,百貨店における催事会場等に販売スペースを借り受けて印鑑の販
売を行うという方法等によって,控訴会社製品を百貨店等に販売してきたことが認
められる。
ところで,特許法102条1項は,特許権の侵害製品の販売等により特許権者又
は専用実施権者による特許製品の販売数量等が減少した場合,民法709条に基づ
き逸失利益の賠償を請求するにおいて,侵害行為と因果関係のある販売数量の減少
の範囲を訴訟において立証することが困難であることから,特許権者又は専用実施
権者の保護を図るため,侵害者の譲渡数量に権利者の製品の単位数量当たりの利益
額を乗じた額を,実施能力に応じた額の限度において損害額とし,ただし,譲渡数
量の全部又は一部に相当する数量を権利者が販売することができないとする事情が
あるときは,侵害者がその旨を立証することにより,その事情に応じた額を控除す
るとする規定である。そして,独占的通常実施権者は,当該特許権を独占的に実施
して市場から利益を上げることができる点においては専用実施権者と実質的に異な
るところはなく,同項の趣旨は,独占的通常実施権者にも妥当するから,独占的通
常実施権者が侵害者の実施行為によって受けた損害についても,同項を類推適用す
ることができる。
(2)特許法102条1項による損害額について
ア販売価格
上記(1)のとおり,控訴会社は,製造した控訴会社製品を,直接又は代理店を介
し,百貨店における催事会場等に販売スペースを借り受けて印鑑の販売を行うとい
う方法等によって,百貨店等に販売していることが認められる。
そして,控訴会社が百貨店等に控訴会社製品を販売する場合には,各百貨店等に
対して平均25%の手数料を差し引いた額で販売され,百貨店等は顧客に対して1
本当たり3000円(消費税別)で販売している(乙B5∼7。したがって,百)
貨店等への販売価格は,平均2250円(=3000円×75%)となる。
他方,控訴会社が代理店に控訴会社製品を販売する場合には,1本当たり120
0円(消費税別)で販売されている(乙B8。)
イ変動経費
(ア)控訴会社は,下請である有限会社トライアングルから控訴会社製品を単価
600円(消費税別)で仕入れている(乙B9。)
(イ)控訴会社が販売によって控訴会社製品を納入する際の運送先は,全国各地
の百貨店の催事場等であり,その出店数が最も多いのは東京都内の百貨店等であっ
て,また,東京都内への運送が運送距離として平均的なものである(甲A18,乙
A2,乙B10,弁論の全趣旨。控訴会社製品を東京都内の百貨店等に運送する)
場合の1箱当たりの運賃の平均額は1122円となる(乙B11,12。)
控訴会社製品は,通常1箱に250本ずつ詰められて運送されること(弁論の全
趣旨)から,控訴会社製品1本当たりの運送費は,多く見積もって5円となる(1
122円÷250本=4.488円。)
ウ単位数量当たりの利益額
以上によれば,単位数量当たりの利益の額は,控訴会社が,①直接百貨店等に販
売する場合が1645円(=販売価格2250円−仕入価格600円−運送費5
円,②代理店に販売する場合が595円(=販売価格1200円−仕入価格60)
0円−運送費5円)となる。
そして,本件特許権が登録された平成16年12月(甲A1,2)から平成19
年12月までにおける控訴会社の控訴会社製品売上数は,百貨店等販売につき8万
7216本,代理店販売につき15万2472本であり(乙B13,その割合比)
率は約3.6対6.4であることが認められる。
したがって,百貨店等販売と代理店販売を併せた控訴会社製品の1本当たりの利
益額は,973円(=1645円×0.36+595円×0.64)となる。
以上の認定事実に,本件発明の属する技術分野,控訴会社製品及び被控訴人製品
の内容,印鑑販売の市場分野,控訴会社及び被控訴人の事業規模などの本件訴訟に
提出された証拠及び弁論の全趣旨によれば,本件において,特許法102条1項に
「」いう侵害の行為がなければ販売することができた物の単位数量当たりの利益の額
は,少なくとも1本当たり900円を下回るものではないというべきである。
エ被控訴人による被控訴人製品譲渡数量
被控訴人は,遅くとも平成16年7月ころから被控訴人製品を販売するようにな
り(乙A2,また,被控訴人の平成18年4月期の売上高は約1億円であり,そ)
の業績も好調であること(乙B14)からすると,平成16年12月から3年間の
被控訴人の年間売上高は,少なく見積もっても平均5000万円を下回らないもの
と推認することができ,また,被控訴人製品が被控訴人の主力商品であること(乙
B14)からすると,少なくともその半額の2500万円が被控訴人製品の売上げ
であると推認することができる。
そして,被控訴人製品の単価のうち,印鑑12㎜につき1100円,印鑑16㎜
につき1575円であること(甲A11)から,仮に控え目に見積もることとして
印鑑16㎜の単価によるとしても,被控訴人の1年間の販売数量は,少なくとも1
万5873本(=2500万円÷1575円)となり,本件特許権の登録日である
平成16年12月24日(甲A1,2)から平成19年12月23日までの3年間
の販売本数は少なくとも4万7619本であることが推認される。
なお,被控訴人は,控訴会社の主張に係る期間に販売された被控訴人の製品のす
。,べてが部分貼着の製品であったとの証明はされていないと主張するしかしながら
前記のとおり被控訴人製品が本件発明1の技術的範囲に属すると認められるとこ
ろ,被控訴人が複数の製造方法を採用するなどして前記被控訴人製品とは異なる製
品をも製造していたことのうかがわれない本件においては,上記販売された被控訴
人の製品のすべてについて,本件発明1の技術的範囲に属するものであったと推認
される。
オ損害額
以上によれば,上記期間の特許法102条1項による損害額は,4285万71
00円(=900円×4万7619本)を下らないものということができる。
6小括
被控訴人は,控訴会社に対し,①未払預り金216万9765円(引用する原判
決7頁の第3の7(3))の支払請求権及び②返還すべき差入れ保証金10万円(引
用する原判決7,8頁の第3の7(4))の返還請求権を有し,これらの債権につい
ては,被控訴人がその支払を求めた乙事件訴状送達の翌日である平成17年10月
6日から遅滞に陥ることになる。
一方,控訴会社は,被控訴人に対し,③112万1610円の売掛代金債権(引
用する原判決8頁の第3の7(5))及び④上記5の4285万7100円の損害賠
償請求権を有する。
上記各債権については,控訴会社による相殺の意思表示により,上記①及び②債
権と③債権とが対当額で相殺に供され(なお,控訴会社は,自働債権として,上記
③債権についての遅延損害金債権を挙げていない,その結果,被控訴人の控訴会。)
社に対する残債権額は114万8155円となるところ,これに対する上記平成1
7年10月6日から上記④債権の控訴会社の損害額算定の終期である平成19年1
2月23日まで(2年79日分)の商事法定利率年6分の割合による遅延損害金額
は15万2688円(円未満切捨て)となる。
さらに,上記残債権額114万8155円及びこれに対する遅延損害金15万2
688円の合計額130万0843円と上記④債権4285万7100円とが対当
額で相殺に供され(なお,控訴会社は,自働債権として,上記④債権についての遅
延損害金債権を挙げていない,その結果,被控訴人の控訴会社に対する上記①及。)
び②債権は,すべて消滅することになる。
7結論
以上によれば,被控訴人の控訴人らに対する請求はすべて理由がないことになる
から,原判決中,被控訴人の請求を認容した部分を取り消し,同取消部分に係る被
控訴人の請求を棄却することとする。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
塚原朋一
裁判官
本多知成
裁判官
田中孝一

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