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         主    文
       本件上告を棄却する。
       上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人新美隆,同金敬得,同梁文洙,同黄泰軫の上告理由第一章及び第三章
について
 1 戦傷病者戦没者遺族等援護法(以下「援護法」という。)は,軍人軍属等の
公務上の負傷若しくは疾病又は死亡に関し,国家補償の精神に基づき,軍人軍属等
であった者又はこれらの者の遺族を援護することを目的として制定されたものであ
り(1条),軍人軍属であった者の在職期間内における公務上の負傷又は疾病に対
しては,所定の要件を満たす限りにおいて障害年金等を支給する旨規定しているが
,軍人軍属であった者であって,7条1項に規定する程度の障害の状態になった日
において日本の国籍を有しないか,又はその日以後昭和27年3月31日以前に日
本の国籍を失ったものには障害年金等を支給しない旨規定し(11条2号),また
,障害年金を受ける権利を有する者が日本の国籍を失ったときは,当該障害年金を
受ける権利は消滅する旨規定し(14条1項2号),さらに,「戸籍法(昭和22
年法律第224号)の適用を受けない者については,当分の間,この法律を適用し
ない。」旨規定している(附則2項)。
 上告人A1及びA2(上告人A3及び同A4の訴訟被承継人。以下,上告人A1
及びA2を「上告人ら」という。)は,大韓民国籍を有し,日本国に在住する者で
あるが,本件は,上告人A1が日本海軍の軍属として,A2が船舶運営会の運航す
る船舶の乗組船員として,いずれも援護法にいう在職期間内に公務上負傷し障害の
状態になったので,援護法に基づき障害年金の請求をしたところ,厚生大臣が,上
告人らは援護法附則2項により援護法の適用を受けられないとして,上告人A1に
ついては平成3年6月7日付けで,A2については同年10月4日付けで,それぞ
れ請求を却下する旨の処分(以下「本件各処分」という。)をしたため,上告人ら
が本件各処分の取消しを求めた事案であり,論旨は,援護法附則2項は上告人らい
わゆる在日韓国人の軍人軍属を不当に差別するもので憲法14条1項に違反する,
というものである。
 2 憲法14条1項は,法の下の平等を定めているが,この規定は,合理的理由
のない差別を禁止する趣旨のものであって,各人に存する経済的,社会的その他種
々の事実関係上の差異を理由としてその法的取扱いに区別を設けることは,その区
別が合理性を有する限り,何らこの規定に違反するものでないことは,当裁判所の
判例の趣旨とするところである(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11
月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁,最高裁昭和37年(オ)第147
2号同39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁等参照)。
 ところで,我が国は,昭和27年4月28日に発効した日本国との平和条約(以
下「平和条約」という。)により,朝鮮の独立を承認して,済州島,巨文島及び欝
陵島を含む朝鮮に対するすべての権利,権原及び請求権を放棄し(2条),これら
の地域の施政を行っている当局及びそこの住民の日本国における財産並びに日本国
及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む。)の処理は,
日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とするものとされた(4条)。そし
て,平和条約の発効により,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を
有していた人すなわち朝鮮戸籍令の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあ
った人は,朝鮮国籍を取得し,日本国籍を喪失したものと解される(最高裁昭和3
0年(オ)第890号同36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657頁,最
高裁昭和38年(オ)第1343号同40年6月4日第二小法廷判決・民集19巻
4号898頁参照)。平和条約発効直後の昭和27年4月30日に援護法が公布施
行され,同月1日にさかのぼって適用されたが,前記のとおり,援護法上,援護対
象者は日本国籍を有する者に限定され,日本国籍の喪失をもって権利消滅事由と定
められるとともに,援護法附則2項が設けられた。その趣旨は,援護法制定当時,
それまで日本の国内法上で朝鮮人及び台湾人としての法的地位を有していた人の国
籍の帰属が分明でなかったことなどから,これらの人々に援護法の適用がないこと
を明らかにすることにあったものと解される。
 以上の経緯に照らせば,それまで日本の国内法上で朝鮮人としての法的地位を有
していた軍人軍属が援護法の適用から除外されたのは,これらの人々の請求権の処
理は平和条約により日本国政府と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされたこと
から,上記軍人軍属に対する補償問題もまた両政府間の外交交渉によって解決され
ることが予定されたことに基づくものと解されるのであり,そのことには十分な合
理的根拠があるものというべきである。したがって,援護法附則2項により,日本
の国籍を有する軍人軍属と平和条約の発効により日本の国籍を喪失し朝鮮国籍を取
得することとなった軍人軍属との間に区別が生じたとしても,それは以上のような
根拠に基づくものである以上,援護法附則2項は,憲法14条1項に関する前記各
大法廷判決の趣旨に徴して同項に違反するものとはいえない(最高裁昭和60年(
オ)第1427号平成4年4月28日第三小法廷判決・裁判集民事164号295
頁参照)。
 3 日本国と大韓民国との間において,平和条約に基づく特別取極に相当するも
のとして,昭和40年6月22日,財産及び請求権に関する問題の解決並びに経済
協力に関する日本国と大韓民国との間の協定(昭和40年条約第27号。以下「日
韓請求権協定」という。)が締結された。そして,その2条1項において,両締約
国及びその国民の財産,権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に
関する問題が,平和条約4条(a)に規定されたものを含めて,完全かつ最終的に
解決されたこととなることが確認された。また,日韓請求権協定2条3項において
,同条2項の規定に従うことを条件として,一方の締約国及びその国民の財産,権
利及び利益であってこの協定の署名の日に他方の締約国の管轄の下にあるものに対
する措置並びに一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するす
べての請求権であって同日以前に生じた事由に基づくものに関しては,いかなる主
張もすることができないものとする旨規定された。他方で,同条2項(a)におい
て,この協定は,一方の締約国の国民で1947年8月15日からこの協定の署名
の日までの間に他方の締約国に居住したことがあるものの財産,権利及び利益に影
響を及ぼすものではない旨規定された。なお,財産及び請求権に関する問題の解決
並びに経済協力に関する日本国と大韓民国との間の協定についての合意された議事
録(以下「合意議事録」という。)には,日韓請求権協定2条に関し,「財産,権
利及び利益」とは,法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の
実体的権利をいうことが了解された旨記載されている。日韓請求権協定の締結後,
日本国政府は,同協定2条2項(a)に該当する在日韓国人の軍人軍属の補償請求
については,これらの人々が援護法の適用から除外されている以上,法律上の根拠
を有する実体的権利ではないから,同項にいう「財産,権利及び利益」には当たら
ず,同条3項により大韓民国政府の外交保護権は放棄されており,同協定により解
決済みであるとの立場をとり,他方で,大韓民国政府は,在日韓国人戦傷者の補償
請求権は日韓請求権協定の解決対象には含まれておらず,同協定2条2項(a)に
いう「財産,権利及び利益」に該当するものと解釈しており,同項(a)に該当す
る在日韓国人の軍人軍属については,大韓民国の国内法による補償の対象から除外
した。そのため,これらの在日韓国人の軍人軍属は,その公務上の負傷又は疾病等
につき日本国からも大韓民国からも何らの補償もされないまま推移した。その結果
として,日本人の軍人軍属と在日韓国人の軍人軍属との間に公務上の負傷又は疾病
等に対する補償につき差別状態が生じていたことは否めない。上記のとおり援護法
附則2項が援護法の制定当時においては十分な合理的根拠を有していたとしても,
日韓請求権協定の締結後,上記のような差別状態が生じていたにもかかわらず,立
法府が在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく援護法附則2項
を存置してきたことについては,そのことが憲法14条1項に違反しないか否かが
更に検討されなければならない。
 ところで,軍人軍属等の公務上の負傷若しくは疾病又は死亡のような戦争犠牲な
いし戦争損害に対する補償は,憲法の予想しないところというべきであり,その補
償の要否及び在り方は,事柄の性質上,財政,経済,社会政策等の国政全般にわた
った総合的政策判断を待って初めて決し得るものであって,これについては,国家
財政,社会経済,戦争によって国民が被った被害の内容,程度等に関する資料を基
礎とする立法府の裁量的判断にゆだねられたものと解される(最高裁昭和40年(
オ)第417号同43年11月27日大法廷判決・民集22巻12号2808頁,
最高裁昭和58年(オ)第1337号同62年6月26日第二小法廷判決・裁判集
民事151号147頁,最高裁平成5年(オ)第1751号同9年3月13日第一
小法廷判決・民集51巻3号1233頁参照)。また,以上のような日韓請求権協
定の締結後の経過や国際情勢の推移等にかんがみると,援護法附則2項を廃止する
ことをも含めて在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることとするか否
かは,大韓民国やその他の国々との間の高度な政治,外交上の問題でもあるという
ことができ,その決定に当たっては,変動する国際情勢,国内の政治的又は社会的
諸事情等をも踏まえた複雑かつ高度に政策的な考慮と判断が要求されるところとい
わなければならない。これらのことからすれば,【要旨】日韓請求権協定の締結後
,上告人らを含む在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずることなく援護
法附則2項を存置したことは,いまだ上記のような複雑かつ高度に政策的な考慮と
判断の上に立って行使されるべき立法府の裁量の範囲を著しく逸脱したものとまで
いうことはできず,本件各処分当時において憲法14条1項に違反するに至ってい
たものとすることはできない。ちなみに,本件各処分後,平和条約国籍離脱者等で
ある戦没者遺族等に対する弔慰金等の支給に関する法律(平成12年法律第114
号)が制定され,援護法とは基本的立法趣旨を異にするものの,人道的精神に基づ
き,在日韓国人ら平和条約国籍離脱者等である戦没者等遺族及び重度戦傷病者遺族
に対し,死亡した者1人につき弔慰金260万円を支給し,また,平和条約国籍離
脱者等である重度戦傷病者に対し,1人につき見舞金200万円及び重度戦傷病者
老後生活設計支援特別給付金200万円を支給するものとされたところである。
 4 所論の点に関する原審の判断は,以上の趣旨をいうものとして是認すること
ができる。論旨は採用することができない。
 その余の上告理由について
 原審の適法に確定した事実関係の下においては,所論の点に関する原審の判断は
,正当として是認することができる。論旨は,独自の見解に立って原判決を非難す
るものにすぎず,採用することができない。
 よって,裁判官深澤武久の補足意見があるほか,裁判官全員一致の意見で,主文
のとおり判決する。
 裁判官深澤武久の補足意見は,次のとおりである。
 1 「戸籍法(昭和22年法律第224号)の適用を受けない者については,当
分の間,この法律を適用しない。」とする援護法附則2項の趣旨は,援護法上,援
護対象者は,日本国籍を有する者に限定され,日本国籍の喪失をもって権利消滅事
由とされていたところ,援護法制定当時,日本の国内法上朝鮮人としての法的地位
を有していた人の国籍の帰属が分明でなかったことなどから,これらの人々に援護
法の適用がないことを明らかにすることにあった。そして,これらの人々の請求権
の処理は平和条約により日本国政府と朝鮮の施政当局との特別取極の主題とされた
ことから,軍人軍属に対する補償問題も,両政府間の外交交渉によって解決される
ことが予定されていたものであり,したがって,援護法制定当時,援護法附則2項
は合理的根拠を有していたものである。その後,日本国政府は,昭和40年6月2
2日に締結された日韓請求権協定によって,在日韓国人の軍人軍属に対する補償問
題も法的には完全かつ最終的に解決されたとの立場をとった。他方,大韓民国政府
は,在日韓国人戦傷者の補償請求権は同協定の解決対象に含まれていないとの立場
をとり,在日韓国人の軍人軍属について同国の国内法による補償の対象から除外し
た。その結果,在日韓国人の軍人軍属は,援護法制定から49年,日韓請求権協定
締結後36年の長期にわたり,日韓両国のいずれからも補償を受けられないまま推
移し,援護法による支給を受けている日本人の軍人軍属との間に大きな差別が生ず
るに至っている。このような状態は,ほとんど法の下の平等に反するものといって
もいいようなものであるが,この問題は,大韓民国やその他の国々との間の政治,
外交上の要素を含み,その解決には複雑かつ高度に政策的な考慮と判断が要求され
るものであることからして,在日韓国人の軍人軍属に対して援護の措置を講ずるこ
となく援護法附則2項を存置したことがいまだ立法府の裁量の範囲を著しく逸脱し
たものとまでいうことができないのである。
 2 また,平成12年に制定された平和条約国籍離脱者等である戦没者遺族等に
対する弔慰金等の支給に関する法律によって支給される弔慰金等は,人道的精神に
基づくもので,国家補償の性格を有しないものとされており,弔慰金等の支給の請
求は同法施行日から3年以内に行わなければならない(同法12条1項)とされて
いるように,その性格も不明確で,上記の大きな差別状態の解消に充分なものとは
評価し難いものである。
 戦争中,日本国籍を有し,日本国の軍人軍属として公務に従事して負傷し又は疾
病にかかった人々に対し,人道的見地に立脚した明確な法的解決が望まれるところ
である。
(裁判長裁判官 井嶋一友 裁判官 藤井正雄 裁判官 大出峻郎 裁判官 町田
 顯 裁判官 深澤武久) 

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