弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を左のとおり変更する。
     被控訴人は控訴人に対し金五万五千円及びこれに対する昭和二三年一月
三一日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
     控訴人その余の請求はこれを棄却する。
     控訴費用は第一、二審を通じこれを五分し、その一を被控訴人の負担と
し、その余は控訴人の負担とする。
     この判決は第二項の控訴人勝訴部分に限り金二万円の担保を供するとき
は仮にこれを執行することができる。
         事    実
 控訴人は原判決を取消す、被控訴人は控訴人に対し金二七万二三五〇円及びこれ
に対する昭和二三年一月三一日以降右完済に至るまで年五分の割合による金員を支
払え、訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とすとの判決並びに担保を条件とす
る仮執行の宣言を求め(控訴人は当審において請求の趣旨を拡張した)被控訴代理
人は本件控訴を棄却するとの判決を求めた。
 当事者双方の事実上の陳述は、
 控訴人において、原判決摘示の請求原因事実中
 一、 冒頭の「原告及び訴外Aは昭和二一年七月頃被控訴組合の経営に係る厚南
炭鉱人事課及び営繕係の要請に基き同炭鉱構内に原告もその建設費用の一部として
金七百円を負担して差懸(軒下)四坪を有する平家建九坪の店舗を建造し、被告組
合からこれを期限の定めなく賃借し」とあるを「控訴人は昭和二一年七月訴外Aに
勧めて同訴外人と共同して被控訴組合経営の厚南炭鉱動労課長Bの許可を得て同炭
鉱構内食糧倉庫の隣接地を期限及び賃料の定めなく借受け、自費にて粗雑な住宅兼
用の店舗を築造し青果物疏菜類の販売業を開店したところ、右訴外人は同年一〇月
末日限りこれを廃業する旨右炭鉱に届け出るに至つたので同時に控訴人もこれに従
い該店舗を閉鎖するに至つたが、翌二二年一月五日控訴人単独にて改めて当時の同
炭鉱勤労課長Cの承認の下に従前の権利を承継して右店舗を再開し」と改める。
 二、 「かくの如き右炭鉱側の強要威圧に堪え兼ね原告は昭和二二年一二月中旬
頃右炭鉱経理課長Dとの間において昭和二三年四月末日までに前記店舗の明渡準備
に取り掛る旨の口頭約束をしたが、その期日来前である」との部分を撤回する。
 三、 損害の請求中(三)の「昭和二三年二月より同年四月までの三ケ月間右営
業により得べかりし利益を喪失したことによる損害二万七千円」とあるを「昭和二
三年二月より右炭鉱の廃止された日である昭和二四年三月末日までの一四ケ月間右
営業により得べかりし利益を喪失したことによる損害金一二万六千円」に改める。
 四、 損害の請求中(七)の「積立貯金七四八円」の部分は撤回する。と述べ
 被控訴代理人において
 本案前の抗弁として、控訴人の当審における右請求並びに請求原因の変更(但し
撤回の部分を除く)に異議ありと述べ、本案につき控訴人主張の右変更にかかる事
実は否認する。と述べた外原判決事実摘示と同一であるから茲にこれを引用する。
 証拠として控訴人は甲第一、二号証を提出し、原審証人A、同C、同E、同F、
原審並びに当審証人G、同H、当審証人I、同J、同K、同L、同M(第一、二
回)、同B、同N、同O、同P(第一、二回)、同Qの各証言、当審における控訴
本人尋問の結果(第一、二回)を各援用し、乙第一号の成立を認め、乙第二号証は
不知と述べ
 被控訴代理人は乙第一、二号証を提出し、原審証人A、同R、同S(第二回)、
当審証人D、同C、同B、同P(第二回)、同Qの各証言を援用し、甲第一号証の
成立を認め甲第二号証は不知と述べ、なお控訴人の原審における乙第二号証の成立
を認めた自白を援用すると述べた。
         理    由
 先ず被控訴人の本案前の抗弁につき案ずるに、控訴人の本件請求並びに請求原因
の変更はその基礎に変更なく且つこれにより著しく訴訟手続を遅滞せしめるものと
認められないから右変更は許容すべきものである。
 次に本案につき案ずるに成立に争のない乙第一号正原審証人Aの証言及び右証言
により真正に成立したと認める乙第二号証、原審証人S(第二回)、同R、当審証
人D、同J、同H、同N、同K、原審証人G、当審における控訴本人尋問の結果
(第一、二回)に弁論の全趣旨を綜合して考察すれば、被控訴組合の経営にかかる
厚南炭鉱鉱業所(以下単に炭鉱と称する)は、従業員の要請に基き終戦直後の食糧
事情に対処するため昭和二一年一〇月頃当時の従業員組合長Aが個人の資格と名義
を以て従業員のため同炭鉱構内で青果物蔬菜類等の売店を開くことを承認し(1)
右の経営一切はAの責任と負担においてすること(2)同炭鉱が小野田市青果物市
場より配給を受くべき青果物の配給受領権をAに委任すること(3)店員は男女各
一名に限り炭鉱の従業員と看做し炭鉱より賃金を支払うこと等を定め、その頃山県
は同炭鉱構内食糧倉庫に差懸け式の九坪位の売店の設備を設けて右営業を開始し、
控訴人はその店員として前記約定により右炭鉱から従業員としての賃金を得て働い
て居たが(但し内部関係においては右営業は山県と控訴人との共同経営)その後布
売店における売値は高価で山県等は不当の利益をむさぼつているとの非難か従業員
側に起り紛糾するに至つたため遂に山県はこれを廃業し昭和二二年五月三一日付を
以てその旨を炭鉱当局に届け出るに至つた。ところがその後控訴人は当時の同炭鉱
勤労課長Cの諒解を得て単独で右売店を再び営むに至つたか、被控訴組合は正式に
これを許可したものではなく且つ当時従業員たる労働組合側よりこれを経営したい
旨の要請もあつたので昭和二二年九月頃控訴人に対し即時右売店を明渡されたい旨
を交渉したところ、控訴人は損失補償金と称して立退料を要求したがこれを拒絶さ
れるや売掛代金回収等の都合もあるから三ケ月位猶予せられたい旨申出があつたの
でそのままとなつたが、その後同年一一月頃更に被控訴組合側、労働組合側及び控
訴人の三者が同炭鉱労組事務所に会合し被控訴組合側より即時明渡方を要求したけ
れども控訴人は前同様の言を繰り返すに過ぎなかつた。越えて翌二三年一月三一日
右場所に再び三者会合を開き被控訴組合側よりはT助役、D総務課長、労働組合側
よりはS執行委員長、J執行委員、U青年部長等が出席し被控訴組合側より再び即
時明渡方を厳談したが控訴人は依然として前同様の言を繰り返すのみであつたの
で、労働組合側は激昂しU青年部長は席上「これでは何時まてたつでもラチが明か
ぬ、今日はこれから実力で片付けて了う」旨を申したところ、T助役、D総務課長
も右席上においてこれを黙認したためU青年部長は直ちに退席し間もなく青年部員
たる男女十名位を引連れて前記売店に到り留守番をしていたGの制止をもきかず実
力を以て店内に在つた野菜類等の商品全部を戸外に放り出し且つ入口を板で釘付け
にして自由に出入ができないようにし、以て正当な手続によらないで実力で明度を
断行するに至つた事実を認めることができる。
 被控訴人は右明渡断行を黙認した事実はなく右は被控訴組合の全然関知しないと
ろであると抗争するけれども、当時T助役、D総務課長は右会合に出席し席上これ
を黙認したものであること前記認定のとおりであつて、右認定に反する当審証人D
の証言部分はその他の前掲証拠に徴し措信し難く、その他右認定を覆すに足る証拠
はない。してみれば被控訴組合は共同不法行為者として右実力による明渡断行によ
り生じた控訴人の損害を賠償する責に任じなければならない。
 よつて控訴人主張の損害の点につき案ずるに、原被証人Gの証言、当審における
控訴本人尋問の結果(第二回)を綜合すれば、控訴人は右明渡断行により店内に在
つた商品たる野菜類等全部を戸外に放棄されたためこれらは損敗により商品として
の価値を喪失し投げ売り同様に処分するのやむなきに至つた結果少くも五万円の損
失を蒙つたことを是認することができるからこの部分の損害については被控訴人は
控訴人に対しこれが賠償の義務があるものといわねばならない。
 次に控訴人は、右明渡断行がなかつたとすれば同炭鉱廃止の日たる昭和二四年三
月末日まで右営業を継続し得たものであつてその間(昭和二三年二月より右廃止の
日までの一四ケ月間)得べかりし利益金合計一四万六千<要旨>円を喪失するに至つ
たから同額の賠償を求めると主張するけれども、本件は前記認定の如く正当な手続
によらないで実力を以て明渡を断行した点なおいて不法なものがあるけれど
も、もともと控訴人は被控訴組合から正式に許可を受けて右売店を営んでいたもの
ではなく、前記Aが廃業届を出した後は被控訴組合に対しては不法占拠の関係に在
つたものであることが認められるから、引続き当然これが営業継続を為し得たこと
を前提とする被控訴組合に対する右の請求は理由がないものといわねばならない。
尤も控訴人は昭和二二年一月五日同炭鉱勤労課長Cの承認を得て正式に山県の営業
を承継したのでるから被控訴組合に対しても対抗し得るものである旨主張するけれ
ども、右承継については被控訴組合との間に何等正式の承認に関する書面等は作成
されて居らず、又当審証人Cの証言によれば当時同課長は就任早々であつたので深
く事情を知らず控訴人の申出を信じ単なる山県の売店の再開であると信じたからで
あつて、経営者が変更することとなるものであることは知らなかつたためこれに諒
解を与えたに過ぎないものであることが認められるから、これを以て被控訴組合が
正式に右承継を承認したものと認めることはできない。なお控訴人は右売店はAと
控訴人とが共同して同炭鉱構内食糧倉庫の隣接地を借受け自費を以て建設したもの
であり、従つて被控訴組合の所有物ではないと主張するけれども、この点に関する
当審における控訴本人尋問の結果はたやすく措信し難くその他これを確認するに足
る証拠は存しないのみならず、右売店の構造設備等は前段認定の如きものであり、
なお原審証人A、当審証人Bの証言によれば右の建設材料は被控訴組合から提供さ
れたものであつて同組合の所有に属するものであることが認められるから、結局右
は不法占拠であるといわねばならない。
 次に控訴人は、被控訴組合においては昭和二二年九月七日小野田市青果市場に対
し同炭鉱の受くべき青果物の配給品を控訴人に引渡してはならない旨差止め方を通
告したため、控訴人はこれを得ることができずそのため営業に支障を来たし当時三
日間休業するのやむなきに至り、更にその後被控訴組合は労働組合と共同して昭和
二三年一月までの間に三回に亘り延日数七日間自ら右売店を強制的に使用して控訴
人の営業を不能ならしめたが、これがため蒙つた一日三四〇円の割合による合計一
〇日間の得べかりし利益三、四〇〇円、及び右配給品受領の差止め通告によりやむ
なくその仕入先を宇部市青果市場に変更せざるを得ざるに至つたためその間に生じ
た運賃その他の入費の差額損害金二千四百円の各賠償を求めると主張するけれど
も、前段認定の証拠によれば右配給品についての差止め通告は控訴人が被控訴組合
の承認を得ないで本件売店を不法に占拠し同組合の要求を受けるもその明渡を肯せ
ず正当な委任権限に基ずかないで本来同炭鉱に属する前記配給品の引渡を受け営業
を続けているのでやむなくこれが停止の措置を採つたものであることが認められる
から、右によつて生じた損害の如きは被控訴組合の責に帰せらべきものではなく、
又前記七日間の売店の強制的使用なるものは労働組合側がしたものであつて、この
点に関しては被控訴組合はこれと共謀又は共同してしたと認むべき証拠は存しない
ところであるから被控訴組合に対しその損害の賠償を求めるのは失当であるといわ
ねばならない。
 次に控訴人は、右明渡断行により営業の継続が不能となつたため、Iから借入れ
た営業資金一万円の返済に窮しこれがため結局二万円の損害を招き、又売掛代金債
権一万九千円が回収不能となつたため同額の損害を蒙るに至つたので各これが賠償
を求めると主張するけれども、かかる損害の如きは仮に生じたとしても、本件明渡
断行により通常生ずべき損害とは認め難く、右は特別の事情による損害と認むべき
ものであるところ、当時被控訴組合において右の事情を知り又は知り得べかりしこ
とについて何等証拠は存しないところであるから右請求も又失当であるといわねば
ならない。
 更に控訴人は、本件不法行為により精神上も多大な苦痛を蒙るに至つたのでこれ
か慰籍料として金五万円を請求すると主張するので案ずるに、本件実力による明渡
断行により控訴人が精神上も苦痛を蒙るに至つたであろうことはこれを認めるに難
くないところであるが、前記本件発生のいきさつ、時期、控訴人の社会上の地位職
業等その他本件証拠に現われた一切の事情を勘案するときは右の慰籍料は金五千円
を以て相当であると認められる。従つて右限度の請求は理由があるけれどもその余
は失当として排斥せざるを得ない、
 してみれば、控訴人の本訴請求は右金五万五千円及びこれに対する本件不法行為
の時である昭利二三年一月三一日以降右完済に至るまで年五分の割合による遅延利
息金の支払を求める範囲において理由ありとしてこれを認容すべくその余は失当と
してこれを棄却すべきものである。よつてこれに反する原判決を変更し訴訟費用の
負担につき民事訴訟法第九二条仮執行の宣言につき同法第一九六条に各従い主文の
とおり判決する。
 (裁判長裁判官 柴原八一 裁判官 尾坂貞治 裁判官 池田章)

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