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判決言渡平成20年6月4日
平成19年(行ケ)第10373号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成20年5月28日
判決
原告富士高分子工業株式会社
訴訟代理人弁護士山上和則
訴訟代理人弁理士池内寛幸
同若月節子
被告松下電工株式会社
訴訟代理人弁護士井窪保彦
同北原潤一
訴訟代理人弁理士加藤志麻子
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2007-800043号事件について平成19年9月27日
にした審決を取り消す。
第2事案の概要
1本件は,被告が有し発明の名称を「熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの
熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」とする後記特許第32
90127号の請求項1~5(以下,請求項毎に順に「本件特許発明1」等と
いう。)について,原告が無効審判請求をしたところ,特許庁が請求不成立の
審決をしたことから,原告がその取消しを求めた事案である。
2争点は,原告主張に係る以下の無効理由1ないし3が認められるか,であ
る。
無効理由1:本件特許発明1~3はその出願前になされた下記引用発明1と,
本件特許発明1~3及び5は下記引用発明2と,本件特許発明1
~5は下記引用発明3と,それぞれ同一であるから,新規性の要
件を欠く(平成11年法律第41号による改正前の特許法29条
1項3号違反)
〈判決注〉上記改正前の特許法29条1項3号は,次のとおりである。
「特許出願前に日本国内又は外国において頒布された刊行物に記載された発
明」
無効理由2:本件特許発明1~5は,その出願前になされた下記引用発明2~
7に基づき容易に発明することができたから,進歩性の要件を欠
く(特許法29条2項違反)
無効理由3:本件特許発明1及び5は,「発明の詳細な説明」に記載したもの
ではないので平成14年法律第24号による改正前の特許法36
条6項1号に適合せず,又は上記「発明の詳細な説明」には当業
者がそれを実施できる程度に明確かつ十分な記載がなされていな
いので,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4
項に適合しない。
〈判決注〉上記改正前の特許法36条4項~6項は,次のとおりである。
4項:「前項第3号の発明の詳細な説明は,経済産業省令で定めるところに
より,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がそ
の実施をすることができる程度に明確かつ十分に,記載しなければなら
ない。」
5項:(略)
6項:「第3項第4号の特許請求の範囲の記載は,次の各号に適合するもの
でなければならない。」
1号:「特許を受けようとする発明が発明の詳細な説明に記載したもので
あること。」
2号~4号:(略)

・引用発明1:特開昭62-184058号公報(甲1,発明の名称「熱伝導
性ポリオルガノシロキサンエラストマー組成物」,出願人ダ
ウコーニングコーポレーション,公開日昭和62年8月1
2日)
・引用発明2:特開平8-325457号公報(甲2,発明の名称「熱伝導性
シリコーンゴム組成物」,出願人東レ・ダウコーニング・シ
リコーン株式会社,公開日平成8年12月10日)
・引用発明3:特開平9-111124号公報(甲3,発明の名称「熱伝導性
シリコーンゴムおよびその組成物」,出願人東レ・ダウコー
ニング・シリコーン株式会社,公開日平成9年4月28日)
・引用発明4:特表平9-509686号公報(甲4,発明の名称「シラン処
理された顔料をポリマー中に配合するときの改善された加工性
およびレーシング抵抗性」,出願人イー・アイ・デュポン・
ドゥ・ヌムール・アンド・カンパニー,公開日平成9年9月3
0日)
・引用発明5:特開平5-259314号公報(甲5,発明の名称「半導体用
封止樹脂組成物」,出願人松下電子工業株式会社,公開日平
成5年10月8日)
・引用発明6:チッソ株式会社パンフレット「SILICONCHEMICALS」(甲6,1
996年[平成8年]6月ころ刊行)
・引用発明7:DegussaAG「SCHRIFTENREIHEPIGMENTEGrundlagenvon
AEROSIL<R>Nummer11」p.1-20,1993年(平成5年)6
月,第5版(甲7)
第3当事者の主張
1請求の原因
(1)特許庁における手続の経緯
被告は,平成10年1月27日,名称を「熱伝導性シリコーンゴム組成物
及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物によりなる放熱シート」とする発明
について特許出願(特願平10-14565号)をし,平成14年3月22
日,特許第3290127号として設定登録を受けた(請求項の数5,以下
「本件特許」という。特許公報は甲11)。
これに対して,A及びBから特許異議の申立てがされたので,特許庁はこ
れを異議2002-72874号事件として審理し,被告はその手続におい
て平成15年6月2日付けで訂正請求(甲17,以下「本件訂正」とい
う。)をし平成16年2月9日付けで同請求の補正をした(甲18)とこ
ろ,特許庁は,平成16年2月23日,「訂正を認める。特許第32901
27号の請求項1ないし5に係る特許を維持する。」との決定をした(甲1
2。以下,本件訂正後の特許明細書を「本件特許訂正明細書」という。)。
そこで,原告が,平成19年3月2日に至り,本件特許の請求項1~5に
係る特許について無効審判請求をしたので,特許庁は,これを無効2007
-800043号事件として審理した上,平成19年9月27日,「本件審
判の請求は成り立たない」旨の審決をし,その謄本は平成19年10月10
日原告に送達された。
(2)発明の内容
本件訂正後の請求項1~5は,次のとおりである(前記のとおり,各請求
項の発明について「本件特許発明1」等といい,総称するときは「本件特許
発明」という。)。
「【請求項1】シリコーンゴムに,下記一般式(A)で示されるシラン
カップリング剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成
り,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して4
0vol%~80vol%であることを特徴とする熱伝導性シリコーンゴム
組成物。
【化1】
YSiX(A)3
X=メトキシ基又はエトキシ基
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」
【請求項2】上記熱伝導性無機フィラーとして金属酸化物,金属窒化
物,及び金属単体から選択されたものを用いることを特徴とする請求項1に
記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項3】熱伝導性無機フィラーとしてアルミナを用いることを特徴
とする請求項1又は2に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項4】熱伝導性無機フィラーとしてシリカを用いることを特徴と
する請求項1乃至3のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項5】請求項1乃至4のいずれかに記載の熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物を成形して成ることを特徴とする放熱シート。」
(3)審決の内容
審決の内容は,別添審決写しのとおりであり,その理由の要点は,前記無
効理由1ないし3はこれを認めることができない,というものである。
(4)審決の取消事由
しかしながら,審決は,以下のとおり,本件特許発明の新規性,進歩性及
び明細書の記載不備についての判断を誤ったものであるから,違法として取
り消されるべきである。
ア取消事由1(引用発明1との対比による新規性判断の誤り)
(ア)審決は,本件特許発明1と引用発明1は,以下の(あ)及び(い)
の点で相違すると判断している(25頁17行以下)。
「(あ)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1
では,『一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素3
数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカ
ップリング剤を使用するのに対して,引用発明1では,『一般式RS''
q
i(OR)のシラン〔式中,RおよびRは1~約20個の炭素原''''''
4-q
''
子を含む同一または異なる炭化水素基を表し,且つqは1または2であ
る。〕』であるシランカップリング剤を使用する点。
(い)熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1で
は,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80
vol%』と規定するのに対し,引用発明1では,シリコーンゴムの出
発原料である『「液体ポリジオルガノシロキサン」「100重量部」』
に対して,『50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸
化マグネシウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子』
を配合すると規定する点。」
しかし,そもそも,内容を検討する前から,相違する点があるとの判
断手法は,それ自体誤りである。
(イ)相違点(あ)について
a審決は,引用発明1のR,Rについて,「1~約20」と20'''''
の前に「約」がついているから,「可能性のある数字を漠然と示した
にすぎない」と判断している(26頁2行~3行)。
しかし,「約20」は「20近辺」を示しており,「1~約20」
は,本件特許発明1の炭素数「6~18」が含まれていることは明瞭
である。
したがって,審決が,「1~約20」を根拠に,引用発明1には,
本件特許発明1の炭素数「6~18」の開示がないと判断したことは
誤りである。
b審決は,甲1の「好ましくはRおよびRは低級アルキル基であ'''''
り,最も好ましくはメチルであり,…」(8頁左下欄13行~14
行)を捉えて,本件特許発明1の炭素数「6~18」は開示がないと
判断している(26頁4行~27行)。
しかし,審決は,甲1の「好ましくは」,「最も好ましくは」とい
う文言及びR,Rについての「1~約20」という記載を無視し'''''
ている。
このような理由により,審決が,引用発明1には,本件特許発明1
の炭素数「6~18」の開示がないと結論付けたことは誤りである。
c審決は,新規性(特許法29条1項3号)の判断時期を誤ってい
る。新規性の判断時期は,本件特許の「出願時」である。
本件特許出願前には,甲2~甲7に示すように,本件特許発明1の
構成要件である「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基Y=3
炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシラン
カップリング剤は,周知自明であった。
dしたがって,審決が,(あ)を実質的相違点としたことは誤りであ
る。
(ウ)相違点(い)について
a審決は,「…相違点(い)について検討するまでもなく,本件特許
発明1は甲第1号証に記載された発明ではない。」(26頁34行~
36行)と判断している。
しかし,検討を省略して,(い)を相違点と認定した審決は,明ら
かに誤りである。
bそして,検討したとしても,次のとおり,本件特許発明1と引用発
明1は一致している。
α甲1の請求項1(1液配合)において,ポリジオルガノシロキサ
ンを100重量部に対して,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウ
ム30重量%の比率で混ぜた熱伝導性フィラーを200重量部~4
00重量部とすると,以下の①,②で計算するように,熱伝導性フ
ィラーは28.69~44.59vol%となる。
[計算]
①ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フ
ィラー200重量部の場合
・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出
ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,
100÷0.97=103(a)
・熱伝導性フィラーの体積の算出
熱伝導性フィラー200重量部は,酸化亜鉛70重量%と酸化
マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は5.
6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,
140÷5.6=25(b)(酸化亜鉛の体積)
60÷3.65=16.44(c)(酸化マグネシウムの体
積)
・(a),(b)及び(c)の合計
(a)+(b)+(c)=144.44(d)
・ポリジオルガノシロキサンのvol%
[(a)/(d)]×100=71.31vol%
・酸化亜鉛のvol%
[(b)/(d)]×100=17.31vol%(e)
・酸化マグネシウムのvol%
[(c)/(d)]×100=11.38vol%(f)
・熱伝導性フィラー(e)と(f)の合計vol%
(e)+(f)=28.69vol%
②ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フ
ィラー400重量部の場合
・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出
ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,
100÷0.97=103(a)
・熱伝導性フィラーの体積の算出
熱伝導性フィラー400重量部は,酸化亜鉛70重量%と酸化
マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は5.
6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,
280÷5.6=50(b)(酸化亜鉛の体積)
120÷3.65=32.88(c)(酸化マグネシウムの体
積)
・(a),(b)及び(c)の合計
(a)+(b)+(c)=185.88(d)
・ポリジオルガノシロキサンのvol%
[(a)/(d)]×100=55.41vol%
・酸化亜鉛のvol%
[(b)/(d)]×100=26.90vol%(e)
・酸化マグネシウムのvol%
[(c)/(d)]×100=17.69vol%(f)
・熱伝導性フィラー(e)と(f)の合計vol%
(e)+(f)=44.59vol%
β甲1の請求項2(2液配合)において,ポリジオルガノシロキサ
ンを100重量部に対して,酸化亜鉛70重量%と酸化マグネシウ
ム30重量%の比率で混ぜた熱伝導性フィラーを200重量部~4
00重量部加えた第1液と,ポリジオルガノシロキサンを100重
量部に対してアルミナ(比重,3.98)を200重量部~400
重量部加えた第2液を1:1で混合したときの熱伝導性フィラー
を,上記αと同じ方法で算出すると,以下の①,②で計算するよう
に,30.81~47.10vol%となる。
[計算]
①ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フ
ィラー200重量部の場合
・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出
ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,
100÷0.97=103(a)
・第1液の熱伝導性フィラーの体積の算出
熱伝導性フィラー200重量部であり,酸化亜鉛70重量%と
酸化マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は
5.6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,
140÷5.6=25(b)(酸化亜鉛の体積)
60÷3.65=16.44(c)(酸化マグネシウムの体
積)
・(a),(b)及び(c)の合計体積
(a)+(b)+(c)=144.44(d)
・第2液の熱伝導性フィラーの体積の算出
熱伝導性フィラー200重量部であり,アルミナの比重は3.
98であるから,
200÷3.98=50.3(e)(アルミナの体積)
・(a)及び(e)の合計体積
(a)+(e)=153.3(f)
・熱伝導性フィラー(b),(c)及び(e)の合計vol%
[{(b)+(c)+(e)}/{(d)+(f)}]×10
0=30.81vol%(g)
②ポリジオルガノシロキサン100重量部に対して,熱伝導性フ
ィラー400重量部の場合
・ポリジオルガノシロキサンの体積の算出
ポリジオルガノシロキサンの比重は0.97であるから,
100÷0.97=103(a)
・熱伝導性フィラーの体積の算出
熱伝導性フィラー400重量部であり,酸化亜鉛70重量%と
酸化マグネシウム30重量%の比率であり,酸化亜鉛の比重は
5.6,酸化マグネシウムの比重は3.65であるから,
280÷5.6=50(b)(酸化亜鉛の体積)
120÷3.65=32.88(c)(酸化マグネシウムの体
積)
・(a),(b)及び(c)の合計体積
(a)+(b)+(c)=185.88(d)
・第2液の熱伝導性フィラーの体積の算出
熱伝導性フィラー400重量部であり,アルミナの比重は3.
98であるから,
400÷3.98=100.5(e)(アルミナの体積)
・(a)及び(e)の合計体積
(a)+(e)=203.5(f)
・熱伝導性フィラー(b),(c)及び(e)の合計vol%
[{(b)+(c)+(e)}/{(d)+(f)}]×10
0=47.10vol%(g)
(エ)以上のとおり,審決が指摘する相違点(あ)は,相違するところは
なく,本件特許発明1と共通しており,相違点(い)については,審決
は判断をしていないが,精査すれば共通していることは明らかである。
したがって,引用発明1には本件特許発明1の全構成要件が開示され
ており,本件特許発明1は新規性を欠如しているから,新規性を認めて
いる審決の判断は誤りである。
(オ)審決は,引用発明1は本件特許発明1とは,上記(あ)及び(い)
が相違するから,本件特許発明2,3も甲1には記載されていないと判
断している(26頁下1行~27頁4行)。
しかし,引用発明1は本件特許発明1とは上記(あ)及び(い)で相
違しないことは,上記のとおりである。加えて,甲1の「酸化亜鉛,酸
化マグネシウム,アルミナ,酸化第二鉄」(7頁左上欄下2行~右上欄
2行)は,いずれも金属酸化物であり,本件特許発明2と共通する。ま
た,甲1の「アルミナ」(7頁右上欄2行)は,本件特許発明3と共通
する。
したがって,本件特許発明2,3も,新規性が欠如しており,新規性
を認めている審決の判断は誤りである。
イ取消事由2(引用発明2との対比による新規性判断の誤り)
(ア)審決は,本件特許発明1と引用発明2は,以下の(う)及び(え)
の点で相違すると判断している(29頁下6行~30頁10行)。
「(う)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1
では,『一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素3
数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカ
ップリング剤を使用するのに対して,引用発明2では,シランカップリ
ング剤として作用し得る化合物として,アルミナ微粉末用表面処理剤と
して明記された『アルコキシシラン』または『(C)一分子中に少なく
とも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を
含有するオルガノシロキサン』を使用する点。
(え)熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1で
は,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80
vol%』と規定するのに対し,引用発明2では,シリコーンゴムの出
発原料である(A)成分『100重量部』および(B)成分『0.1~
50重量部』に対して,『(i)平均粒子径が10μm未満である球状
または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~
50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からな
るアルミナ微粉末』を『300~1200重量部』配合すると規定する
点。」
そもそも,内容を検討する前から,相違する点があるとの判断手法
は,それ自体誤りである。
(イ)相違点(う)について
a審決は,引用発明2の(C)成分のその余の基として「ヘキシル
基,オクチル基」が記載されていると認めながら(30頁21行~2
7行),一転して,本件特許発明1の炭素数「6~18」は,具体例
がないから開示がないと判断している(30頁27行~34行)。
しかし,「ヘキシル基」とは「CH-」であり,「オクチル613
基」とは「CH-」である。817
具体例はなくても,甲2の(C)成分には「ヘキシル基,オクチル
基」が記載されていると認めているのであるから,審決の上記判断は
矛盾した判断といわざるを得ない。
また,甲2の4頁段落【0011】には,「(C)成分のオルガノ
シロキサンは本組成物にチクソトロピー性を付与して,高充填したア
ルミナ微粉末の沈降を抑制し,また,たとえアルミナ微粉末が沈降し
ていても均一に再分散させることを容易にするための成分であり,一
分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素
原子結合水酸基を含有する。(C)成分中のケイ素原子結合アルコキ
シ基としては,例えばメトキシ基,エトキシ基,・・・(C)成分中の
ケイ素原子に結合する基として,例えば・・・ヘキシル基,オクチル基
等のアルキル基」と記載されており,炭素数6と8のシランカップリ
ング剤を,アルミナ微粉末の表面処理剤として使用することが開示さ
れている。
したがって,引用発明2には本件特許発明1の炭素数「6~18」
は開示がないと結論付けた審決は誤りである。
b審決は,新規性(特許法29条1項3号)の判断時期を誤ってい
る。新規性の判断時期は,本件特許の「出願時」である。
本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許発明1の構
成要件である「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基Y=炭3
素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシランカ
ップリング剤は,周知自明であった。特に,甲2には,上記のとおり
「X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個及び8個の脂肪族
長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が記載されている。
cしたがって,審決が,(う)を実質的相違点としたことは誤りであ
る。
dなお,審決が引用発明2の(C)成分である「アルコキシシラン」
はシランカップリング剤として作用すると認定したこと(29頁20
行~28行)は,正しい。なぜなら,引用発明2において,「アルコ
キシシラン」に該当する(C)成分を,(D)成分であるアルミナ微
粉末及び(A)成分等とともに均一に混合した場合には,当該(D)
成分の表面が当該(C)成分によって処理される,つまり,(C)成
分である「アルコキシシラン」がシランカップリング剤として作用す
ることになることは事実であり,本件特許訂正明細書(甲18)の段
落【0022】~【0023】に記載されている「インテグラルブレ
ンド法の直接法」と同一だからである。
(ウ)相違点(え)について
a審決は,「…相違点(え)について検討するまでもなく,…」(3
0頁下2行)として,原告の主張を排斥している。
しかし,検討を省略して,(え)を相違点と認定した審決は,明ら
かに誤りである。
bそして,検討したとしても,甲2の「オルガノポリシロキサン10
0重量部に対してアルミナ粉末300~1200重量部」(2頁2行
~3行及び10行)の記載は,体積%に換算すると,次のとおり,4
2.3~74.5vol%となるから,本件特許発明1と引用発明2
は一致している。
[計算]
重量部比重体積vol%
1000.9710357.7オルガノポリシロキサン
3003.9875.442.3アルミナ粉末
計100%
重量部比重体積vol%
1000.9710325.5オルガノポリシロキサン
12003.98301.574.5アルミナ粉末
計100%
(エ)以上のとおり,審決が指摘する相違点(う)は,相違するところは
なく,本件特許発明1と共通しており,相違点(え)について審決は判
断をしていないが,精査すれば共通していることは明らかである。
したがって,引用発明2には本件特許発明1の全構成要件が開示され
ており,本件特許発明1は新規性を欠如しているから,新規性を認めて
いる審決の判断は誤りである。
(オ)また,審決は,引用発明2は本件特許発明1とは,上記(う)及び
(え)が相違するから,本件特許発明2,3,5も甲2には記載されて
いないと判断している(31頁2行~7行)。
しかし,引用発明2は本件特許発明1とは上記(う)及び(え)で相
違しないことは,上記のとおりである。加えて,甲2の「アルミナ微粉
末」(2頁10行及び段落【0014】)は,金属酸化物であり,本件
特許発明2と共通する。また,甲2の「アルミナ微粉末」(2頁10行
及び段落【0014】)は,本件特許発明3と共通する。さらに,甲2
の「放熱シート」(段落【0019】末行)は,本件特許発明5と共通
する。
したがって,本件特許発明2,3,5も新規性が欠如しており,新規
性を認めている審決の判断は誤りである。
ウ取消事由3(引用発明3との対比による新規性判断の誤り)
(ア)審決は,本件特許発明1と引用発明3は,以下の(お)及び(か)
の点で相違すると判断している(33頁下5行~34頁4行)。
「(お)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1
では,『一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素3
数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカ
ップリング剤を使用するのに対して,引用発明3では,このような規定
がなされていない点。
(か)熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1で
は,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80
vol%』と規定するのに対し,引用発明3では,『熱伝導性シリコー
ンゴム組成物』の『40~90重量%』と規定する点。」
(イ)相違点(お)について
a審決は,引用発明3の(E)成分には「オクタデシルトリメトキシ
シラン」が記載されている(甲3の段落【0026】[6頁10欄1
7行~18行])と認めながら(34頁25行~26行),これは,
水酸基などと縮合反応する架橋剤であるから,インテグラルブレンド
法に適用したとしても,熱伝導性充填剤の表面が処理されることには
ならないと判断している(35頁6行~8行)。
bしかし,架橋剤が水酸基などと縮合反応するのは加熱時である。加
熱の前に混合スラリー(コンパウンド)を作成する工程が必要である
が,架橋剤を添加して混合スラリーを作成する際に,架橋剤(オクタ
デシルトリメトキシシラン)はフィラー表面に吸着されるから,「イ
ンテグラルブレンド法の直接法」と同一になる。
ここで「インテグラルブレンド法の直接法」とは,本件特許訂正明
細書(甲18)の段落【0022】に記載されているように,「また
インテグラルブレンド法の直接法にて処理を行なう場合は,シリコー
ンゴム中に熱伝導性無機フィラー1を混練する際にシランカップリン
グ剤を同時に配合する…」という方法である。このように,本件特許
発明1では,シランカップリング剤をシリコーンゴムに添加してもよ
い。「添加」という技術手段は引用発明3と同一である。そして,
「添加」という技術的手段が同一であれば,同一物となるのは当然の
ことである。
cまた,「縮合反応硬化型」のシリコーンゴム組成物について加熱が
必要でないとしても,反応原理を考慮すれば,次のとおり,架橋剤
(オクタデシルトリメトキシシラン)はフィラー表面に吸着され,
「インテグラルブレンドの直接法」と同一になる。
(a)「縮合反応硬化型」のシリコーンゴムにおける縮合反応は,次
のように進む。
Si-OR+HOSi-OH+ROH(縮合反応の第1段2→
階)
Si-OR+Si-OHSi-O-Si+ROH(縮合反応→
の第2段階)
(Rは-CH基又は-CH基。反応に直接関与する,もしく325
は注目する結合,原子,基だけを記した。以下の反応式におい
ても同じ。)
(b)シランカップリング剤と熱伝導性無機フィラーとの反応は,第
2段階の反応式で「-SiOH」を「MOH」(ただし,Mは金
属)に置き換えれば,下記のようにフィラー表面で起こる反応の式
になる(下記の反応式は,アルミナの場合である。)。この反応に
ついては,本件特許訂正明細書の【図1】(b)(甲11の10
頁)にも記載されている。
YSi-OR+HOYSi-OH+ROH(縮合反応の第2→
1段階)
YSi-OR+YSi-OHYSi-O-SiY+ROH→
(縮合反応の第2段階)
YSi-OH+YSi-OHYSi-O-SiY+HO→2
(シラノールどうしの縮合)
YSi-OR+Al-OHYSi-O-Al+ROH(アル→
ミナの場合の第2段階)
(オクタデシルトリメトキシシランでは,YはCH-)1837
(c)シリカの場合は,次のようになる。第1段階の反応式は,アル
ミナと同一であるので省略した。
YSi-OR+SiOHYSi-O-Si+ROH(シリ**

カの場合の第2段階)
(Siがシリカのケイ素である。)*
(d)こうしてみると,縮合反応におけるシリコーンゴムの反応と,
シランカップリング剤とフィラーとの反応は,同じ脱アルコール反
応であり,等価の反応である。
そうすると,オクタデシルトリメトキシシランを,シリコーンゴ
ム材料及びアルミナやシリカ等の熱伝導性無機フィラーと添加して
混合スラリーを作成すると,熱伝導性無機フィラーの表面積は大き
いから,オクタデシルトリメトキシシランはフィラー表面に吸着さ
れ(甲9[相馬勲ほか「初歩から学ぶフィラー活用技術」株式会社
工業調査会2003年10月20日発行]の19頁下8行~20頁
1行参照),熱伝導性無機フィラーと反応する。この結果,「イン
テグラルブレンド法の直接法」と同一になる。
d「オクタデシルトリメトキシシラン」は,「YSiXX=メト3
キシ基,Y=炭素数18個の脂肪族長鎖アルキル基」であるから,本
件特許発明1の一般式(A)と共通する。
eしたがって,審決が,(お)を実質的相違点としたことは誤りであ
る。
(ウ)相違点(か)について
a審決は,「…相違点(か)について検討するまでもなく,…」(3
5頁31行)として,原告の主張を排斥している。
しかし,検討を省略して,(か)を相違点と認定した審決は,明ら
かに誤りである。
bまた,検討したとしても,次のとおり,甲3の「充填剤の含有量は
…40~90重量%の範囲」(段落【0008】)は,シリカ50重
量%,アルミナ50重量%としたとき18.6~75.5vol%と
なるから,本件特許発明1と引用発明3は一致している。
[計算]
重量部比重体積vol%
600.9761.981.4オルガノポリシロキサン
202.29.112.0シリカ
203.985.06.6アルミナ粉末
計100%
[計算]
重量部比重体積vol%
100.9710.324.5オルガノポリシロキサン
452.220.548.7シリカ
453.9811.326.8アルミナ粉末
計100%
(エ)以上のとおり,審決が指摘する相違点(お)は,相違するところは
なく,本件特許発明1と共通しており,相違点(か)について,審決は
判断をしていないが,精査すれば共通していることは明らかである。
したがって,引用発明3には本件特許発明1の全構成要件が開示され
ており,本件特許発明1は新規性を欠如しているから,新規性を認めて
いる審決の判断は誤りである。
(オ)そして,審決は,引用発明3は本件特許発明1とは,上記(お)及
び(か)が相違するから,本件特許発明2~5も甲3には記載されてい
ないと判断している(35頁下5行~36頁1行)。
しかし,引用発明3は本件特許発明1とは上記(お)及び(か)で相
違しないことは,上記のとおりである。加えて,甲3の「シリカ微粉
末,アルミナ微粉末からなる熱伝導充填剤」(段落【0005】)は,
金属酸化物であり,本件特許発明2と共通する。また,甲3の「アルミ
ナ微粉末からなる熱伝導充填剤」(段落【0005】)は本件特許発明
3と共通し,甲3の「シリカ微粉末からなる熱伝導充填剤」(段落【0
005】)は本件特許発明4と共通する。さらに,甲3の「放熱シー
ト」(段落【0034】~【0035】)は本件特許発明5と共通す
る。
したがって,本件特許発明2~5も新規性が欠如しており,新規性を
認めている審決の判断は誤りである。
エ取消事由4(進歩性判断の誤り)
(ア)引用発明2について
審決は,本件特許発明1と引用発明2とは,前記相違点(う)と
(え)で相違し,(う)は容易ではないと判断した(36頁9行~22
行)。
しかし,前記アのとおり,(う)と(え)は相違点ではないから,審
決は前提からして誤っている。
また,甲2の段落【0004】には,「…本発明の目的は,高熱伝導
性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合して
いるにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえア
ルミナ微粉末が沈降していても容易に均一に再分散させることができる
熱伝導性シリコーンゴム組成物を提供することにある。」と記載されて
いるから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007】と共通す
る。したがって,甲2と本件特許発明の作用効果及び動機付けは共通す
る。
(イ)引用発明3について
審決は,本件特許発明1と引用発明3とは,前記相違点(お)と
(か)で相違し,(お)は容易ではないと判断した(39頁18行~下
4行)。
しかし,前記ウのとおり,(お)と(か)は相違点ではないから,審
決は前提からして誤っている。
また,甲3の段落【0004】には,「…本発明の目的は,高熱伝導
性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合して
いるにもかかわらず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが
沈降しても,容易にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコー
ンゴム組成物を提供する…」と記載されているから,本件特許訂正明細
書(甲18)の段落【0007】と共通する。したがって,甲3と本件
特許発明の作用効果及び動機付けは共通する。本件特許公報(甲11~
甲12)の段落【0007】と共通する。
(ウ)引用発明4について
a審決は,甲4には,シランカップリング剤を熱伝導性無機フィラー
の表面処理に適用することは教示するところがないとして,原告の主
張を排斥している(36頁下11行~下4行)。
しかし,甲4の7頁下3行~8頁19行に記載されている「TiO
」は,本件特許発明2の「金属酸化物」の下位概念であり,本件特2
許発明の実施例11(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【003
-1-
5】)と共通する。「TiO」の熱伝導率は,8.4W・m・k2
である(甲16[「電子機器・部品用放熱材料の高熱伝導化および1
熱伝導性の測定・評価技術」2003年2月24日株式会社技術情報
協会発行99頁])。したがって,甲4記載の「TiO」は,「顔2
料」であっても「熱伝導性無機フィラー」であり,本件特許発明の実
施例11の「酸化チタン」とは,単に表現が異なるだけで,同一物で
ある。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
bその上,甲4の8頁2行~19行には,次の記載がある。
「適切なシランは,
x4-xRSi(R′)
(式中,Rは少なくとも1~約20個の炭素原子を有する,加水分解
しない,脂肪族,環式脂肪族または芳香族の基であり:
R′は加水分解性基,例えばアルコキシ,ハロゲン,アセトキシも
しくはヒドロキシまたはそれらの混合物であり;そして
x=1~3である)
例えば,本発明を実施するのに有用なシランには,オクチルトリエ
トキシシラン,ノニルトリエトキシシラン,デシルトリエトキシシラ
ン,ドデシルトリエトキシシラン,トリデシルトリエトキシシラン,
テトラデシルトリエトキシシラン,ペンタデシルトリエトキシシラ
ン,ヘキサデシルトリエトキシシラン,ヘプタデシルトリエトキシシ
ラン,およびオクタデシルトリエトキシシランが含まれる。シランの
さらに別の例には,R=8~18個の炭素原子;R′=クロロ,メト
キシ,ヒドロキシまたはそれらの混合物;そしてx=1~3が含まれ
る。好ましいシランは,R=8~18個の炭素原子;R′=エトキシ
;およびx=1~3である。R=8~18個の炭素原子は,加工性を
高めるのに好ましい。R′=エトキシは取り扱いを容易にするために
好ましい。」
上記記載は,本件特許発明1の「YSiXX=メトキシ基又は3
エトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル
基」のうち,「YSiX」の式と「X=エトキシ基,Y=炭素数83
個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」が共通するから,本件特
許発明1と引用発明4では,シランカップリング剤は共通する。
c審決は,甲4にはシリコーンゴムについて記載されていないと判断
している(37頁下6行~38頁8行)。
しかし,甲4の10頁22行~25行には,次の記載がある。
「また,本発明によるポリマーには,種々のゴムおよび/またはエ
ラストマー,・…これらすべては当分野で一般に知られているもので
ある。」
ここで「種々のゴム」と記載されているから,シリコーンゴムに応
用することは,当業者であれば容易である。
dさらに,甲4の12頁19行~20行には,次の記載がある。
「観察される付加的な利点は,嵩密度の増加,粘度の低下,優れた
分散性,耐湿性および優れた光学的性質,例えば高い着色力であ
る。」
上記記載のうち「粘度の低下,優れた分散性,耐湿性」は,本件特
許発明の作用効果ないし動機付けと共通する。
e以上のとおり,引用発明4を引用発明2又は引用発明3と組み合わ
せることは当業者が容易にできることである。
(エ)引用発明5について
a審決は,「甲第3号証もまた,当該『シラン化合物』による『処理
』を熱伝導性無機フィラーの表面に適用することについて教示するも
のではない」(37頁2行~4行)として,原告の主張を排斥してい
る(原告注:上記「甲第3号証」は,「甲第5号証」の誤記と思われ
る。)。
しかし,甲5には,「…無機質充填剤としては,溶融シリカ,結晶
シリカ,タルク,アルミナ,窒化珪素,…などがある。…熱伝導の点
で優れ,好ましい。」(段落【0041】)と記載されているから,
本件特許発明1~4の熱伝導性無機フィラーと共通する。
甲5には,上記のように「熱伝導の点で優れ」とまで記載されてい
るにもかかわらず,「熱伝導性無機フィラーの表面に適用することに
ついて教示するものではない」と判断することは,明白な誤りであ
る。
b加えて,甲5の段落【0013】~【0014】には,「溶融シリ
1837カ粉末100重量部に,オクタデシルトリエトキシシラン(CH
Si(OCH))を1.2重量部と,トルエンを50重量部混合253
する。上記の混合物をシェーカで1時間混合分散した後,濾過した
後,150℃で1時間加熱して表面処理シリカを得る。」と記載さ
れ,段落【0015】には,「第1の実施例で使用したのと同じシリ
カに対して,表面処理剤にヘキサデシルトリメトキシシラン(CH16
Si(OCH))により,第1の実施例と同じ混合割合で,同じ3333
方法条件で表面処理を行い,表面処理シリカ粉末を得る。」と記載さ
れている。
上記シラン化合物は,本件特許発明1の「YSiXX=メトキ3
シ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖ア
ルキル基」のうち,「YSiX」の式と「X=メトキシ基又はエト3
キシ基,Y=炭素数16個と18個の脂肪族長鎖アルキル基」が共通
するから,本件特許発明1と引用発明5とは,シランカップリング剤
が共通する。
c甲5の段落【0022】【表1】の最下段には,「充填剤シリカ
粉末82.2重量部」と記載されているから,シリカ粉末の比重を
2.2g/cm,エポキシ樹脂の比重を1.1g/cmとすると,33
シリカ粉末のvol%は,次のとおり,69.8vol%となる。
[計算]
重量部比重体積vol%
(充填剤以外すべて)17.821.116.230.2エポキシ樹脂
82.22.237.469.8シリカ粉末
100%
以上から,引用発明5は,本件特許発明1とは,熱伝導性無機フィ
ラーの添加範囲も共通する。
d甲5の段落【0038】~【0039】には,「…充填剤表面と樹
脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,トランス
ファー成形時の流れ性の優れた組成物が提供できる。本発明における
以上のごとき作用効果は,例えばシリカを充填剤にした場合,その配
合割合が80重量%以上の高充填組成物において,即ち充填剤粒子間
の樹脂膜厚が極めて薄い場合に顕著に発揮されるものである。」と記
載されているから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007
】に記載の「成形スラリーの粘度低下」という目的及び作用効果と共
通する。したがって,甲5には,本件特許発明の動機付けは記載され
ている。
また,本件特許発明の「成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の
付与)及び引裂強度の向上の効果」は,前記甲5に記載の「充填剤表
面と樹脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,ト
ランスファー成形時の流れ性の優れた組成物が提供できる」に起因す
るものであり,特別な目的及び作用効果とはいえない。
e審決は,引用発明5と本件特許発明1のシリコーンゴム組成物は,
組成が大きく異なると判断している(38頁2行~4行,13行~2
3行)。
しかし,甲5の段落【0053】には,「樹脂の可とう化剤は必要
に応じてシリコーン系ゴム及びポリオレフィン系ゴム材料がマトリッ
クス樹脂を海として島状に混入される」と記載されているから,マト
リックス樹脂に甲5の段落【0041】に記載の熱伝導に優れる無機
質充填剤(フィラー)を混合すれば,必然的にシリコーン系ゴムにも
前記フィラーは混合される。
したがって,上記のシランカップリング剤処理された熱伝導性無機
フィラーをシリコーンゴムに適用することは,当業者であれば容易に
できることである。
f以上のとおり,引用発明5を引用発明2又は引用発明3と組み合わ
せることは当業者が容易にできることである。
(オ)引用発明6について
a審決は,「…甲第6号証の記載によれば,これらのシラン化合物は
『撥水剤』を主用途とするものである…。」(37頁8行~9行),
「…甲第6号証に,『n-ヘキシルトリメトキシシラン』または『n
-ヘキシルトリエトキシシラン』を『無機質』の表面処理剤,まして
や,熱伝導性無機フィラーの表面処理剤として使用することが記載さ
れているとは解されない。」(37頁13行~16行)と判断してい
る。
しかし,この判断は,論理が飛躍しており,なぜ「熱伝導性無機フ
ィラーの表面処理剤として使用することが記載されているとは解され
ない」という結論になるのか不明である。なぜなら,「n-ヘキシル
トリメトキシシラン」も「n-ヘキシルトリエトキシシラン」も撥水
剤であるからこそ,本件特許発明の目的である「成形スラリーの粘度
低下,成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度
の向上の効果」(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0007
】)をもたらすからである。また,化学品,材料などのカタログ・技
術資料に記載する「主用途」とは,「メーカーがその時点で把握して
いる主たる用途」のことである。「それ以外には使えない,適さな
い」ということは意味しない。化学品,材料のカタログ・技術資料を
読む当業者は,そのように考えるのが通常である。
加えて,甲6の4頁上段の「シラン化合物」の下に,「チッソのシ
ラン化合物は,クロロシラン・アルコキシシラン・シラザン等で構成
され,無機質の表面処理剤,樹脂の改質剤,エレクトロニクス関連材
料などの幅広い分野で使われています。」と記載されている。「アル
コキシシラン」は「n-ヘキシルトリメトキシシラン」及び「n-ヘ
キシルトリエトキシシラン」を含む上位概念である。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
bまた甲6の4頁表には,「No.11」及び「No.12」の欄に
各々次の記載がある。
No.品名名称構造式
6133311HTS-Mn-ヘキシルトリメトキシシランCHSi(OCH)
61325312HTS-En-ヘキシルトリエトキシシランCHSi(OCH)
この二つの化合物は,本件特許発明1の「YSiXX=メトキ3
シ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖ア
ルキル基」と共通する。
そして,甲6の4頁左下欄には,「●荷姿:…他のものは18L石
油缶,200Lドラム缶となります。」と記載されている。
上記の記載は,平成8年(1996年)6月以降,チッソ株式会社
が,本件特許発明のシランカップリング剤を国内で広く販売していた
事実があることを示している。
審決は,甲6には,配合対象となる樹脂が記載されていないと判断
している(38頁5行)が,広く販売されていた商品をシリコーンゴ
ムに適用することは,当業者にとって容易といわざるを得ない。
c甲6の8頁には,シランカップリング剤と無機材料(上段には「シ
リカ」と記載され,本件特許の実施例9[本件特許訂正明細書(甲1
8)の段落【0035】]と共通する。)との反応式が記載されてお
り,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0025】~【0027
】の記載内容と共通する部分がある。
通常シランカップリング剤と無機材料とは,脱アルコール反応によ
り1段反応で直接結合させるのが自然である。
これに対して,甲6の8頁の反応式も,本件特許訂正明細書(甲1
8)の段落【0025】~【0027】の記載も,一度アルコキシ基
を水と反応させて加水分解し,次に無機材料と脱水縮合反応させてお
り,2段反応させている。2段反応させるメリットは通常は考えられ
ないから,本件特許発明の発明者は,甲6の8頁を参考にしたと思わ
れる。
さらに,甲6の9頁には,「インテグラルブレンド法」,「乾式
法」,「湿式法」,「スプレー法」が各々記載されており,本件特許
訂正明細書(甲18)の段落【0019】の記載内容と共通する部分
が多い。このことからも,本件特許発明の発明者は,甲6の9頁を参
考にしたと思われる。
d甲6においては,「シラン化合物」(4頁~5頁)と「サイラエー
ス」(6頁以下)は,同一の文献の隣り合わせの頁であるから,当業
者であっても無くても,「n-ヘキシルトリメトキシシラン」及び
「n-ヘキシルトリエトキシシラン」を熱伝導性無機フィラーの表面
処理剤として使用することを試みるであろう。また,上記の「シラン
化合物」と「サイラエース」は,いずれも,有機基とケイ素結合性反
応性基(アルコキシ基,Si-Cl基など)を同一ケイ素原子上に合
わせ持つシランであるから,当業者にとっては,二つの分類は大きな
意味を持たない。実際に,本件特許訂正明細書では,甲6では「シラ
ンカップリング剤」に分類されていないシラン類を「シランカップリ
ング剤」と記載している。
e以上のとおり,甲6には,本件特許発明の動機付けとなる記載があ
り,引用発明6を引用発明2又は引用発明3と組み合わせることは当
業者に容易にできることである。
(カ)引用発明7について
審決は,「…甲第7号証には,当該『AEROSILR805』を含めて『
AEROSIL』なる商品名を有するシリカを,熱伝導性充填剤として使用す
ることに関しては何ら記載されていない…」(37頁22行~25行)
と判断している。
しかし,甲7のフィラーは熱伝導性ではないとしても,本件特許の実
施例9(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0035】)に記載さ
れているのもシリカ(SiO)であるから,甲7のシランカップリン2
グ剤を熱伝導性シリカ(SiO)に適用することは,当業者であれば2
容易にできることである。
その上,甲7の15頁の「Abbildung7」(訳文3頁上段「図7」)
8には,「AEROSILR805」(シリカ)とその表面に固定された「C
HSi-O-」(原告注:Siは4価であるが,簡略化のため価数を17
省略した。)が記載されている。すなわち,本件特許発明1の「YSi
XX=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下3
の脂肪族長鎖アルキル基」と共通するシランカップリング剤を,シリカ
(SiO)に適用した例が記載されている。2
さらに,甲7の16頁の「Abbildung9」(訳文4頁下段の図9)の
グラフには,シランカップリング剤処理したシリカである上記
「AEROSILR805」の粘度が45分までは最も低いことが示されてい
るから,本件特許訂正明細書(甲18)の段落【0007】に記載の
「成形スラリーの粘度低下」という目的と共通する。
以上のとおり,甲7には,本件特許発明の動機付けとなる記載があ
り,引用発明7を引用発明2又は引用発明3と組み合わせることは当業
者に容易にできることである。
(キ)本件特許発明の作用効果について
a審決は,本件特許発明1の作用効果は格別であると判断している
(38頁24行~33行,40頁14行~23行)。
しかし,本件特許発明1は「熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリ
コーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%である」
としているが,本件特許の実施例1~11(本件特許訂正明細書[甲
18]の段落【0032】~【0054】)は,すべて熱伝導フィラ
ーを60vol%配合しているだけであって,それ以外の配合量は一
切実験されておらず,60vol%以外の配合では,本件特許発明の
「成形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬
度」といった作用効果が明らかにされていない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
b審決は,甲4~7には「…電子・電気部品の放熱に有用な放熱シー
トの形成に好適な樹脂組成物を提供することについても一切教示され
ていない…」(38頁8行~9行,40頁9行~10行)と判断して
いる。また,甲5について同様の判断をしている(38頁20行~2
3行)。
しかし,本件特許訂正明細書(甲18)には,放熱シートの放熱性
はどの程度なのか,熱伝導性シリコーンゴムの熱伝導性はどの程度な
のか,一切の記載はないから,判断すること自体できないことであ
る。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
(ク)以上のとおり,引用発明2又は引用発明3のアルミナ粉末に対し
て,甲4~7によって周知のシランカップリング剤を処理し,引用発明
2又は引用発明3の熱伝導性シリコーン組成物に適用することは,当業
者にとって容易であるから,本件特許発明1には進歩性が欠如してお
り,進歩性を認めている審決の判断は誤りである。
また,前記イのとおり,本件特許発明2~3,5は,いずれも引用発
明2と共通し,前記ウのとおり,本件特許発明2~5は,いずれも引用
発明3と共通しているから,本件特許発明2~5には進歩性が欠如して
おり,進歩性を認めている審決の判断は誤りである。
オ取消事由5(明細書の記載不備についての判断の誤り)
(ア)フィラーの配合量についての特許法36条6項1号(サポート要
件)違反
a審決は,「…熱伝導性の程度は熱伝導性無機フィラーの充填量に依
存し,…」(43頁16行~17行)と,「熱伝導性」のみで本件特
許発明の作用効果を判断し,フィラーの配合量について特許法36条
6項1号(サポート要件)違反はないと判断している(43頁8行~
下2行)。
しかし,本件特許発明の作用効果は,「成形スラリー粘度」,「圧
縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬度」の物性である(本件特許
訂正明細書[甲18]の段落【0035】)。
そして,本件特許発明1は,熱伝導性シリコームゴム組成物全量に
対して40vol%~80vol%の熱伝導性無機フィラーを加える
ことを要件としているが,本件特許訂正明細書の実施例1~11及び
比較例1~12(本件特許訂正明細書[甲18]の段落【0032】
~【0054】)は,すべて熱伝導フィラーを60vol%配合して
いるだけであって,それ以外の配合量は一切実験されておらず,60
vol%以外の配合では,本件特許発明の効果が本当に得られるの
か,実験によって確かめられていない。
したがって,当業者といえども,60vol%以外の配合では,
「成形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬
度」の物性がどのようになるのか理解することはできない。
特に60vol%よりも熱伝導性フィラーの体積含有率が高い領域
では,当業者ならば,大きな疑問を抱く。なぜなら,熱伝導性フィラ
ーの体積含有率がこのように高い領域では,混合を強化しても湿り気
がある粉状にしかならず,硬化してゴム状組成物が得られないことが
多いからである。
b審決は,発明の容易性判断では,「柔軟性」,「ゴム弾性」,「引
張強度」,「引裂強度」,「圧縮永久歪」,「機械的特性変化」とい
う有利な作用効果を認定(38頁27行~33行)しておきながら,
記載要件については,これらと全く関係のない「熱伝導性」のみを判
断したにすぎない。その上,本件特許訂正明細書(甲18)には,
「熱伝導性」がいくらなのか,具体的数値は一切記載されていない。
40vol%で本当に熱伝導性があるのか,疑問である。
c以上のとおり,本件特許発明は,60vol%以外の配合は開示し
ていないから,特許法36条6項1号(サポート要件)に違反してお
り,審決の上記判断は誤りである。
dなお,審決は,原告出願に係る甲13・乙1(特許第273279
1号公報),甲14・乙2(特許第3435097号公報),甲15
・乙3(特許第3531805号公報)も,実施例には熱伝導性フィ
ラーの添加割合はほぼ1点しか開示されていないと判断している(4
3頁23行~30行)。
しかし,甲13の実施例1~6(段落【0014】~【0018
】)は,44.4~49.7体積%の熱伝導性フィラーを添加してお
り,その上,段落【0020】の【表1】には各実施例の熱伝導率を
記載している。
同様に,甲14の実施例1~9(段落【0029】~【0037
】)について,熱伝導性フィラーの添加量を計算すると,次のように
なる。
実施例110.21体積%
実施例210.23体積%
実施例318.89体積%
実施例4,79.51体積%
実施例5,89.57体積%
実施例6,916.64体積%
また,甲15の実施例1,2(段落【0020】,【0021】)
の熱伝導性フィラーの添加量は66.10体積%であるが,甲15に
おいては,熱伝導性フィラーはそのままの状態で使用しており(無処
理),甲13に記載されている実施例1~6の添加量と【表1】に記
載されているシリコーンゴム組成物の熱伝導率のデータから類推でき
る。
本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリン
グ剤を処理して被覆するのであるから,フィラー表面は絶縁性とな
り,無処理の熱伝導性無機フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は
異なり,当業者といえども,60vol%以外の配合では,本件特許
発明の「熱伝導性」はいくらなのかを,理解することはできない。
したがって,審決の上記判断は誤りである。
(イ)シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」についての特許法36条4項
(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反
a審決は,「…熱伝導性シリコーンゴム組成物の技術分野では,熱伝
導性の無機フィラーをマトリックス樹脂に高充填量で混合分散するこ
とにより『熱伝導性』を発現させることは慣用の手段であり,その熱
伝導性の程度が熱伝導性無機フィラーの充填量に依存することは,技
術常識というべき事項である…」(44頁6行~9行),「…本件特
許訂正明細書の実施例で得られているシリコーンゴム組成物は,具体
的な熱伝導率を記載するまでもなく『熱伝導性』のものである…」
(44頁13行~15行)と判断し,シリコーンゴム組成物の「熱伝
導性」について特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法3
6条6項1号(サポート要件)違反はないと判断している(44頁1
行~17行)。
bしかし,本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,
熱伝導性がどの程度のものであるのか一切記載されていない。特に本
件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤
を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを
使用した場合とは,熱伝導性は異なる。
したがって,「熱伝導性」という重要な物理特性の記載がされてい
ない本件特許訂正明細書は,当業者がその実施をすることができる程
度に明確かつ十分に記載されているとは認められないから,特許法3
6条4項(実施可能要件)に違反している。また,本件特許訂正明細
書は,特許法36条6項1号(サポート要件)にも違反している。審
決の上記判断は誤りである。
cそして特許法36条6項1号(サポート要件)についての主張立証
責任は特許権者にあるから,特許権者である被告において立証義務を
放棄することは許されない。
(ウ)放熱シートの「放熱」についての特許法36条4項(実施可能要
件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反
a審決は,本件特許発明5の目的は,「…放熱性の付与自体にある訳
ではない。」(44頁21行~22行),「…通常の熱伝導性を有す
るシリコーンゴム組成物を利用すれば,通常の放熱作用を奏すること
が期待される…」(44頁25行~26行),「…このシート状物に
ついても,通常の放熱作用を発揮すると解するのが相当である。」
(44頁30行~31行)と判断し,放熱シートの「放熱」につい
て,特許法36条4項(実施可能要件)違反及び特許法36条6項1
号(サポート要件)違反はないと判断している(44頁19行~33
行)。
bしかし,本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,
放熱性がどの程度のものであるのか,一切記載されていない。特に本
件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシランカップリング剤
を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機フィラーを
使用した場合とは,放熱性が異なると判断できる。
したがって,「放熱性」という重要な物理特性の記載がされていな
い本件特許訂正明細書は,当業者がその実施をすることができる程度
に明確かつ十分に記載されているとはいえないから,特許法36条4
項(実施可能要件)に違反している。また,本件特許訂正明細書は,
特許法36条6項1号(サポート要件)にも違反している。審決の上
記判断は誤りである。
2請求原因に対する認否
請求原因(1)ないし(3)の事実は認めるが,(4)は争う。
3被告の反論
(1)取消事由1に対し
ア特に化学分野の発明においては,引用文献から引用発明を認定するに際
し,引用文献の発明の詳細な説明中に記載された一行記載,選択肢さらに
はこれらの組み合わせに基づいて,引用発明を認定することが許されるか
どうかを検討する必要がある。なぜなら,明細書の発明の詳細な説明に
は,発明を説明するために,種々の物質名が列挙されることがあるが,こ
れら列挙される選択肢の全てが発明に値する程度に検証がされたものでは
ないこともしばしばあるのであり,このような事情を考慮せず,引用文献
に記載されている要素から形式的に選択し得るすべての組み合せについ
て,新規性を欠如させる適格性があるとすると,実際に実験を行い効果を
確認した有益な発明が,引用文献に記載されている要素を任意に組み合わ
せた,いわば架空ともいえる引用発明によって新規性が否定される,とい
う不合理な結果を導くことになるからである。このような考え方は,従来
から特許庁における新規性の判断においても採用されてきているところで
ある。また,このような考え方は,米国,欧州でも共通して採用されてい
る。
イ審決は,上記アで述べた日本及び欧米で確立した考え方を踏襲し,甲1
中の形式的な記載に惑わされることなく,引用発明1を的確に認定してお
り,審決における相違点(あ)の判断の手法及び結論は,正当である。
この点,原告は,甲1中に「1~約20」と記載されているのに,審決
はこの明確な記載を無視しているなどと主張する。しかし,上記アで述べ
た常識的かつ一般的な引用発明の認定方法に照らすと,原告の主張こそ,
甲1の形式的な記載に固執した誤った主張であるといわざるを得ない。
原告は,審決の新規性の判断時期についても誤りがあるかのような主張を
しているが,審決においては,本件特許の出願日(平成10年1月27
日)を基準として,その時における公知の文献である甲1に記載された発
明に照らして本件特許発明1の新規性について判断しているから,新規性
判断の時期について誤りはない。
ウ以上のとおり,本件特許発明1と引用発明1に相違点(あ)が存すると
いう審決の判断に誤りはない以上,審決において,相違点(い)について
検討することなく本件特許発明1が新規性を有すると判断したことについ
ては,誤りはない。さらに進んでいえば,相違点(い)は実質的な相違点
であり,この点も本件特許発明1が引用発明1に対して新規性を有する別
途の理由となる。なぜなら,以下のとおり,甲1には,熱伝導性無機フィ
ラーの配合割合を,熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vo
l%~80vol%とする例については,実質的に記載されているといえ
ないからである。
(ア)まず,甲1に記載されているのは,静電複写機の溶融ロール(定着
ロール)の被膜に用いられる熱伝導性エラストマーであるが,当該エラ
ストマーの性質としては「エラストマーおよびエラストマーと接触する
表面の早期摩耗を回避するためには比較的低い硬度が望ましい」(甲1
の3頁右上欄19行~同左下欄1行)と記載され,さらに「ポリオルガ
ノシロキサンエラストマーの硬度は酸化物充填剤の種類および濃度によ
ってある程度決まってくる。」(甲1の3頁右上欄17行~19行)と
記載されている。当該記載と,酸化物充填剤の濃度が高いほうがエラス
トマーの硬度が高くなるという技術常識からすれば,引用発明1におい
ては,ある程度の熱伝導性を担保しつつも,酸化物充填剤の充填量は,
極力少ない方がよいということが把握できる。このことは,甲1中の
「本発明の少くとも1つのポリジオルガノシロキサンおよび約50重量
%を越える量の熱伝導性充填剤を含む混合物においては,液体組成物と
しての加工性を保持するために充填剤処理剤の存在が必要である。」
(8頁右上欄3行~7行)との記載からも明らかである。
(イ)そこで,熱伝導性充填剤の比率が50重量%であり,熱伝導性充填
剤が酸化亜鉛70重量%,酸化マグネシウムが30重量%の比率からな
るとして計算すると,
ポリジオルガノシロキサンの体積:
50÷0.97(真比重)=51.5(a)
熱伝導性充填剤の体積:
35÷5.6(真比重)=6.25(b)
15÷3.65(真比重)=4.11(c)
熱伝導性充填剤の体積分率:
(b)+(c)/(a)+(b)+(c)=16.7vol%
となるから,本件特許発明1の40%よりもかなり低いフィラー充填
率となる。
(ウ)また,甲1の実施例1(9頁右下欄3行~10頁左下欄下5行)に
おいて実際に採用されている,熱伝導性充填剤の体積分率も,以下の計
算によれば,約33.5%であり,本件特許発明1の40%を下回る。
<材料I>
シリコーンマトリックス成分
ポリオルガノジシロキサンA21.86重量%
ポリオルガノジシロキサンB9.04重量%
メチルトリメトキシシラン0.5重量%
白金含有触媒0.24重量%
2-メチル-3-ブチン-2-オール0.1重量%
合計31.74重量%
上記シリコーンゲルの体積を,真比重0.97と近似して計算する
と,
31.74÷0.97=32.72(a)
充填剤成分
酸化亜鉛49.0重量%
酸化マグネシウム19.26重量%
上記酸化亜鉛の体積を,真比重5.6として計算すると,
49.0÷5.6=8.75(b)
上記酸化マグネシウムの体積を,真比重3.65として計算すると,
19.26÷3.65=5.28(c)
材料Iの充填剤の体積分率は,
(b)+(c)/(a)+(b)+(c)=30.0vol%(d)
<材料Ⅱ>
シリコーンマトリックス成分
ポリオルガノジシロキサンA23.25重量%
メチルトリメトキシシラン0.50重量%
硬化剤2.27重量%
合計26.02重量%
上記シリコーンゲルの体積を,真比重0.97と近似して計算する
と,
26.02÷0.97=26.82(e)
充填剤成分
平板状アルミナ38.77重量%
酸化第二鉄35.24重量%
上記平板状アルミナの体積を,真比重3.98として計算すると,
38.77÷3.98=8.75(f)
上記酸化第二鉄の体積を,真比重5.2として計算すると,
35.24÷5.2=6.78(g)
材料Ⅱの充填剤の体積分率は,
(f)+(g)/(e)+(f)+(g)=36.9vol%(h)
以上の計算結果からすると,材料Iと材料Ⅱをいかなる比率で混合し
たとしても,充填剤微粒子の体積分率は40%以上となることはない。
材料Iと材料Ⅱの混合比を1:1とすると,実施例1に記載されてい
る二液型組成物における充填剤の体積分率は,
(d)+(h)/2=33.5vol%
となる。
エ以上のとおり,本件特許発明1は,甲1に記載された発明ではない。し
たがって,審決が,この点に基づいて,本件特許発明1を引用する本件特
許発明2,3も,甲1に記載された発明ではないとした点に誤りはない。
(2)取消事由2に対し
ア甲2からの引用発明の認定に際しても,上記(1)アで述べた常識的かつ
一般的な考え方が適用されるべきであるところ,審決の相違点の認定にお
いては,上記考え方が踏襲されており,正当なものである。
イ審決では,相違点(う)について,本件特許発明1のシランカップリン
グ剤と,甲2の(C)成分とを対比させている。
しかし,甲2において,本件特許発明1のシランカップリング剤に対応
させるべき成分は,上記(C)成分ではなく,甲2の段落【0014】に
開示されている「アルミナ微粉末の表面を処理するための有機ケイ素化合
物」であるから,審決の上記対比及びこれに基づく相違点の認定について
は異論がある。しかし,審決の上記前提に立ったとしても,審決は,本件
特許発明1と引用発明2とでは,カップリング剤として開示する化合物が
異なるという点で実質的に相違すると結論づけており,この点で審決の結
論は正しいといえる。
原告は,自己の主張を裏付ける記載として甲2の段落【0011】の記
載を挙げる。しかし,甲2の段落【0011】には,(C)成分のオルガ
ノシロキサンが極めて包括的に記載されているにすぎない。特に,「ケイ
素原子に結合する基」としては,アルキル基のみならず,アルケニル基,
アリール基,官能性有機基,アルコキシシリルアルキル基,ケイ素結合水
素原子など,上位概念で特定しただけでも様々な種類の基を想定している
し,また,(C)成分の分子構造としては,「直鎖状,環状,分岐状,一
部分岐を有する直鎖状」など種々のものが挙げられている。したがって,
形式上,これらを組み合わせてなる(C)成分に該当する化合物は無数に
存在する。そして,甲2の段落【0012】の記載の中に本件特許発明1
のシランカップリング剤は開示されていないし,また本件特許発明1のシ
ランカップリング剤を想起させるような化合物の記載もない。そうする
と,甲2の段落【0011】に開示されている無数の化合物中に,本件特
許発明1のシランカップリング剤が存在するという理由のみでは,本件特
許発明1のシランカップリング剤についての開示があるとはいえない。
さらに,原告は,甲2に関しても,新規性判断時期の誤りを述べている
が,審決においては,本件特許の出願日(平成10年1月27日)を基準
として,その時において公知の文献である甲2に記載された発明に照らし
て本件特許発明1の新規性について判断しているのであるから,新規性判
断の時期について誤りはない。
ウ上記イのとおり,本件特許発明1と引用発明2に相違点(う)が存する
という審決の判断に誤りはない以上,審決において,相違点(え)につい
て検討することなく本件特許発明1が新規性を有すると判断したことにつ
いて誤りはない。
エ以上のとおり,本件特許発明1は,甲2に記載された発明ではない。し
たがって,審決が,この点に基づいて,本件特許発明1を引用する本件特
許発明2,3,5も,甲2に記載された発明ではないとした点について誤
りはない。
(3)取消事由3に対し
ア甲3には,「付加反応硬化型」(請求項2,3)と,「縮合反応硬化
型」(請求項4,5)の2種類のシリコーンゴム組成物が開示されてい
る。原告が問題にする(E)成分は,「縮合反応硬化型」のシリコーンゴ
ム組成物の架橋剤成分として記載されているものであり(請求項5,段落
【0022】,【0026】),一方,「付加反応硬化型」のシリコーン
ゴム組成物においては,(E)成分とは全く異なる(B)成分(請求項
3,段落【0010】,【0013】)を架橋剤成分として用いるとされ
ている。
そして,甲3の段落【0037】においては,「…この組成物が付加反
応硬化型である場合には,この組成物を150℃で1時間加熱することに
硬化させて,…」と記載されており,「付加反応硬化型」のシリコーンゴ
ム組成物の場合に限って,加熱により硬化させることが記載されている。
そうすると,(E)成分を用いる「縮合反応硬化型」のシリコーンゴム
組成物について,「架橋剤が水酸基などと縮合反応するのは加熱時」とす
る原告の主張は,当を得ていないといえる。また,「縮合反応硬化型」の
シリコーンゴム組成物について加熱が必要でない以上,(E)成分につい
ては,審決で判断されているとおり,「…縮合反応硬化型シリコーンゴム
組成物を調製する際に,…主剤に…含まれる反応性基,すなわち,ケイ素
原子に結合した水酸基もしくは加水分解可能な基,と縮合的に反応して架
橋構造を形成する『架橋剤』として開示されたものである」(34頁下6
行~下3行)と解するのが技術的に正しい評価である。したがって,審決
における相違点(お)の認定判断には,誤りはない。
イ上記アのとおり,本件特許発明1と引用発明3に相違点(お)が存する
という審決の判断に誤りはない以上,審決において,相違点(か)につい
て検討することなく本件特許発明1が新規性を有すると判断したことにつ
いて誤りはない。
ウ以上のとおり,本件特許発明1は,甲3に記載された発明ではない。し
たがって,審決が,この点に基づいて,本件特許発明1を引用する本件特
許発明2~5も甲3に記載された発明ではないとした点について誤りはな
い。
(4)取消事由4に対し
ア本件特許発明1と引用発明2,3との間における,相違点(う),
(え),相違点(お),(か)についての審決の判断に誤りがないこと
は,上記(2),(3)で述べたとおりである。
イ引用発明4について
(ア)引用発明4は,従来技術において,ポリマーに白色の着色を施すた
めの顔料であるTiOをポリマーに分散させようとすると,ポリマー2
マトリックスの分散性及びポリオレフィンをマトリックスとした時のレ
2ーシング(欠陥の発生)について問題が生じていたのに対し,TiO
を甲4の特許請求の範囲請求項1記載のシラン化合物によって処理する
ことにより,上記問題を解決しようとする発明である。そうすると,引
用発明4においてTiOを熱伝導性無機フィラーと解する余地はない2
から,審決が,甲4には「…当該『シラン処理』を熱伝導性無機フィラ
ーの表面処理に適用することについては何ら教示するところがない。」
(36頁31行~33行)と判断した点について,原告が主張するよう
な誤りはない。
(イ)原告は,甲4に記載されている「TiO」は,本件特許発明2の2
「金属酸化物」の下位概念であり,本件特許発明の実施例11と共通す
るから,「顔料」であっても「熱伝導性無機フィラー」と解すべきであ
る旨主張する。しかし,「金属酸化物」であれば「熱伝導性無機フィラ
ー」であるとはいえないから,本件特許発明の実施例11にTiOが2
記載されているとしても,そのことをもって甲4のTiOが「熱伝導2
性無機フィラー」であるとはいえない。
(ウ)また,引用発明2,3は,電子機器の放熱などの用途に用いられる
熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する発明であり,2種類の特定の平
均粒子径を有するアルミナ微粉末を混合して(引用発明2の場合),あ
るいは,特定の平均粒子径を有するシリカ微粉末とアルミナ微粉末とを
混合して(引用発明3の場合),用いることによって,粉末の沈降が生
じにくく,かつ沈降したアルミナ微粉末の再分散を容易にすることを特
徴の一つとする発明であり,マトリックスとなる樹脂及び無機充填剤
は,上記のものに限定されている。
(エ)そうすると,マトリックス樹脂の種類及び表面処理の目的が異なる
引用発明4に記載されている表面処理が施された無機充填剤を,引用発
明2,3のような電子・電気部品の放熱の用途に用いられる熱伝導性シ
リコーンゴム組成物に適用することは,当業者が容易になしうるとはい
えないのであり,審決における同趣旨の判断(38頁6行~12行)に
誤りはない。
原告は,甲4には,シランカップリング剤が施された無機充填剤の配
合対象となるマトリックス成分として,シリコーンゴムが開示されてい
ないとしても,この点は,甲4の「種々のゴム」の記載(10頁22
行)に基づけば,容易になしうると主張するが,このような1行記載に
基づいて,シリコーンゴムが直ちに想定できるとはいえないから,原告
の当該主張に理由はない。
(オ)以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は引用発明
2あるいは引用発明3と引用発明4との組み合わせにより当業者が容易
になしうるものではない,とした点に誤りはない。
ウ引用発明5について
(ア)引用発明5は,従来のエポキシ樹脂,ポリイミド樹脂を用いた半導
体用封止樹脂組成物においては,充分な耐半田クラック性が得られない
という問題があったのに対し,実装時の際の熱ショックに対してパッケ
ージクラックが発生することのない,耐吸湿半田性に優れた同組成物を
提供することを目的とし,そのために,甲5の特許請求の範囲請求項1
に記載されているシラン化合物によって処理した無機質充填剤粉末を配
合分散させたことを特徴とする発明である。したがって,そもそもここ
でいう無機質充填剤には,何ら熱伝導性など求められていない。原告が
挙げる段落【0041】においても,「これらのなかでシリカが熱膨
張,熱伝導の点で優れ,好ましい。」とされているだけであり,熱伝導
性が必須とされているわけではない。
(イ)また,引用発明5は,原告が指摘する発明の効果の記載(段落【0
038】)からも明らかなとおり,「トランスファー成形」を対象とし
た発明であり,樹脂としては,上記したエポキシ樹脂,ポリイミド樹脂
等を用いることしか想定しておらず(段落【0049】),マトリック
ス樹脂としてシリコーンゴムを用いることは何ら想定されていない。こ
の点に関しては,審決においても,「…甲第4~7号証には,上記特定
表面処理が施された無機充填剤が配合される,マトリックス成分として
のシリコーンゴムについて何処にも記載されておらず」(38頁6行~
8行)と判断されているとおりである。
(ウ)以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は引用発明
2あるいは引用発明3と引用発明5との組み合わせにより当業者が容易
になしうるものではない,とした点に誤りはない。
エ引用発明6について
(ア)甲6には,「n-ヘキシルトリメトキシシラン」又は「n-ヘキシ
ルトリエトキシシラン」の開示があるが,これらの化合物は,「シラン
化合物」(4頁~5頁)として挙げられており,また,その主用途とし
ては「撥水剤」が挙げられているのみである。これに対し,甲6の6頁
~15頁には,「サイラエース」と称するシランカップリング剤が記載
されており,当該「サイラエース」が,無機質と有機質との界面を改質
させる働きがあること(6頁),無機フィラー等の無機質の表面処理に
用いられること(9頁),ビニルトリメトキシシランをはじめとする1
8種類の化合物があること(10頁~11頁)が記載されている。以上
の記載からすると,甲6において「n-ヘキシルトリメトキシシラン」
又は「n-ヘキシルトリエトキシシラン」は,「撥水剤」として用いら
れる「シラン化合物」として,無機質と有機質との界面を改質させる
「シランカップリング剤」とは明確に区別されて記載されているといえ
る。そうすると,これらの化合物について,「…『無機質』の表面改質
剤,ましてや,熱伝導性無機フィラーの表面処理剤として使用すること
が記載されているとは解されない。」(37頁15行~16行)とした
審決の判断に誤りはない。
(イ)以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は,引用発
明2あるいは引用発明3と引用発明6との組み合わせにより当業者が容
易になしうるものではない,とされた点に誤りはない。
オ引用発明7について
(ア)甲7に記載されている「AEROSIL」は,乙5(「TECHNICALBULLETIN
AEROSIL<R>No.17」日本アエロジル株式会社1999年6月改訂版発
行)の1頁,17頁に記載されるとおり,非晶質シリカであり,その室
温における熱伝導率は,乙5の34頁に記載されている表によれば,お
よそ0.02W/m・Kであって,本件特許発明で用いられる熱伝導性
フィラーであるアルミナ(20W/m・K)や結晶性シリカ(10W/
m・K)の熱伝導率よりもはるかに小さい(乙6[「電子機器・部品用
放熱材料の高熱伝導化および熱伝導性の測定・評価技術」株式会社技
術情報協会2003年[平成15年]5月22日発行62頁参照)。
(イ)以上のとおり甲7に記載されている「AEROSIL」が熱伝導性無機フ
ィラーに当たらない以上,当業者であれば,甲7に記載されているシラ
ンカップリング剤を,熱伝導性無機フィラーを開示する引用発明2,引
用発明3に適用しようなどという発想には至らない。単なる「シリカ」
という表記の共通性のみによって,引用発明7のカップリング剤を,引
用発明2,引用発明3の熱伝導性のシリカに適用しうるなどという原告
の主張は,技術常識を無視した荒唐無稽な主張である。
(ウ)以上のことからすると,審決において,本件特許発明1は,引用発
明2あるいは引用発明3と引用発明7との組み合わせにより当業者が容
易になしうるものではない,とされた点に誤りはない。
カ本件特許発明1の作用効果について
(ア)本件特許発明1の進歩性は,上記ア~オで述べた,構成要件の非到
達性の点から肯定されるべきものであり,作用効果の点のみを単独で論
じても本件特許発明1の進歩性が覆せるわけではないから,原告の主張
は,この点においてまず失当である。
(イ)原告は,本件特許訂正明細書における実施例1~11で採用されて
いる熱伝導フィラー量がすべて60vol%であることを挙げ,それ以
外の配合では,本件特許発明1の作用効果が明らかではないなどとし
て,進歩性欠如を主張する。しかし,審決は,熱伝導フィラー量に関す
る具体的な開示が60vol%であっても,請求項1に記載されている
40vol%~80vol%の範囲をサポートしていることを認めてい
る(審決43頁8行~下2行)から,当然この前提に基づいて,本件特
許発明1の作用効果を評価しているといえる。
(ウ)そうすると,審決においては,本件特許発明1のすべての範囲につ
いて効果の裏付けがあるとの前提の下に,同範囲すべてについて引用発
明に比して顕著な作用効果があるとの判断がなされているといえるか
ら,原告が主張するような審決の瑕疵は見当たらない。
(エ)また,原告は,審決が,甲4~7に関して,「…電子・電気部品の
放熱に有用な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することにつ
いても一切教示されていない…」(38頁8行~9行,40頁9行~1
0行)と判断した点は誤りである旨主張する。原告は,当該主張の根拠
について,本件特許訂正明細書の記載を引き合いに出しているが,上記
イ~オで述べたとおり,引用発明4~7が「電子・電気部品に有用な放
熱シート」とは無関係であることは,甲4~7の目的,効果の記載自体
から明らかであるから,この点で,審決の上記判断は正当であるといえ
る。そして,審決において,一般式(A)で示される特定のシランカッ
プリング剤で表面処理を施すことを特徴とする本件特許発明1の顕著な
作用効果について,「…一般式(A)中の基Yが脂肪族短鎖アルキル基
に相当するシランカップリング剤で表面処理した場合と比較して,熱伝
導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性,ゴム弾性が向上する
と共に,引張強度,引裂強度の向上及び圧縮永久歪みの低減が達成さ
れ,さらに,当該硬化成形物の耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械
特性変化を低減することができる…」(40頁16行~20行)と認定
したことは,本件特許発明1及び先行技術の内容の正しい理解に基づく
正当な評価であるといえる。
キ以上のとおり,本件特許発明1は,引用発明2あるいは引用発明3と引
用発明4~7の組み合わせにより,当業者が容易になし得る発明ではな
く,その旨の審決の判断に誤りはない。また,審決が,本件特許発明1を
引用する本件特許発明2~5も,引用発明2あるいは引用発明3と引用発
明4~7の組み合わせにより,当業者が容易になし得る発明ではないとし
た点についても,誤りはない。
(5)取消事由5に対し
アフィラーの配合量について
(ア)本件特許発明における熱伝導性無機フィラーの配合量に関する要件
は,発明の対象である熱伝導性シリコーンゴム組成物に対して,その基
本的性質であるともいえる高い熱伝導性を付与するための要件である。
このことは,本件特許訂正明細書(甲18)には,熱伝導性無機フィラ
ーの配合量を40vol%~80vol%とする技術的意義について,
「…40vol%に満たないと高い熱伝導率を得ることが困難であり,
80vol%を超えると熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が
さらに硬く脆くなる恐れがあって好ましくない。」(段落【0015
】)と述べられていることからも明らかであるし,また,この点に関し
ては,従来技術の説明においても,「しかし熱伝導率を上昇させるため
に単にシリコーンゴムに対する熱伝導性無機フィラー充填量を増加させ
ると,熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇し,成
形加工性が低下したり,成形したシートの硬度が高硬度化することにな
る。」(段落【0004】)と記載されている。これらの点からする
と,熱伝導性無機フィラーの配合量に関する要件は,発明の対象である
熱伝導性シリコーンゴム組成物に対して,その基本的性質であるともい
える高い熱伝導性を付与するための要件であって,従来技術にない本件
特許発明に特有の効果をもたらす解決手段を示す要件ではない。
そうすると,本件特許発明においては,実施例や比較例において,請
求項1に記載される数値範囲の中央値にあたる「60vol%」の例し
か記載されていなかったとしても,そのことによりサポート要件違反が
成立するとは考えられない。
(イ)原告は,当業者といえども,60vol%以外の配合では,「成
形スラリー粘度」,「圧縮永久歪」,「引裂強度」及び「ゴム硬度」の
物性がどのようになるか理解できないなどと主張する。しかし,当該充
填量が60vol%以外の場合であっても,上記物性等について同様の
改善効果が得られるであろうことは,当業者であれば合理的に予測しう
るものである。
(ウ)サポート要件の適否を判断するためには,請求項の記載と,「発明
の詳細な説明」の記載を対比させるべきであるところ,原告の出願に係
る甲13(特許第2732791号公報)及び甲14(特許第3435
097号公報)においては,請求項中の熱伝導性フィラー(甲13では
「塩基性金属酸化物」として記載されている)は「重量部」で特定され
ているのであるから,請求項における「重量部」を単位として数値範囲
で示された熱伝導性フィラー配合率と,実施例として具体的に開示され
た「重量部」を単位とする配合率とを対比して,サポート要件の適否を
判断するべきである。しかるところ,原告が当該配合率を甲13,甲1
4に記載のない「体積%」に換算して主張を行っていること自体,失当
であるといえる。
そして,甲13においては,請求項1の「30~1000重量部」と
いう広範な配合率に対して,実施例では,73.8重量%あるいは,7
3.6重量%の例しか挙げられておらず,また,甲14においては,請
求項1の「10~1200重量部」という広範な配合率に対して,実施
例では,100重量部の例しか挙げられていないのであるから,甲1
3,甲14の実施例に開示される配合量は実質的に1種類であるといえ
る。
イシリコーンゴム組成物の「熱伝導性」について
(ア)本件特許の特許請求の範囲には,「熱伝導性無機フィラーが熱伝導
性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80vol%であ
る」こと,すなわち,熱伝導性無機フィラーの充填量については明確に
記載されている。一方,「熱伝導性シリコーンゴム組成物」の「熱伝導
性」が当該「熱伝導性無機フィラー」を配合させたことにより生じるこ
と,及び,「熱伝導性」の程度が当該「熱伝導性無機フィラー」の配合
量によって決まることは技術常識である。したがって,「熱伝導性の程
度」について記載がなくても,熱伝導性無機フィラーの充填量と,充填
したフィラーの熱伝導率によって推認できるのであるから,実施例に熱
伝導性の具体的な値が開示されていないからといって,実施可能要件や
サポート要件違反が成立するとは考えられない。
(イ)原告は,「特に本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシ
ランカップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導
性無機フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は異なる。」などと主張
するが,上記のとおり,熱伝導性が「熱伝導性無機フィラー」の配合量
によって決まることからすると,シランカップリング剤処理を施したと
しても,熱伝導性に影響を与えるとは必ずしもいえない。原告の主張す
る,シランカップリング剤の被覆による熱伝導性の変化については,具
体的な証拠が示されていないためその真偽のほどは明らかでないが,仮
にこの点が熱伝導性に影響を与えるとしても,その影響はわずかである
と予測され,実施可能要件やサポート要件違反の根拠とはなりえない。
(ウ)原告の出願に係る特許の中にも,「熱伝導性シリコーンゲルを含む
シート」を発明の対象としつつも,当該シートあるいはシリコーンゲル
について,熱伝導性がどの程度のものであるのか一切記載されていない
ものがある(甲15[特許第3531805号公報])。このことから
しても原告の主張は失当である。
ウ放熱シートの「放熱」について
(ア)「放熱シート」の用語自体,放熱性を有するシートの一般名称とし
てごく普通に用いられているものであるから,そもそも明細書中で,
「どの程度の熱を放出できるのか」について記載をしなければ,実施可
能要件やサポート要件違反が成立するとは考えられない。
(イ)また,本件特許発明5の「放熱シート」は,本件特許発明1~4に
係る,熱伝導性無機フィラーを40vol%~80vol%含む熱伝導
性シリコーンゴムを成形してなるものであり,また,「放熱」が「熱伝
導性」に由来する機能であることも周知である(この点は,本件特許訂
正明細書[甲18]の段落【0003】において「ここで,熱伝導性フ
ィラーは放熱シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられる
ものであり,電子機器の小型化,放熱器5の小型化,更には電子部品4
の発熱量の増加の傾向に伴い,電子部品4から発生した熱をできる限り
効率よく放熱器5から放熱させようとするものである。」と記載されて
いるとおりである。)。
そうすると,上記イの「熱伝導性」について述べたのと同様に,上記
「放熱シート」の放熱の程度も,熱伝導性無機フィラーの充填量と,充
填したフィラーの熱伝導率によって推認できるといえるから,実施例に
放熱の程度が開示されていないからといって,実施可能要件やサポート
要件違反が成立するとは考えられない。
エ以上のとおりであるから,原告の実施可能要件,サポート要件違反の
主張はいずれも理由がない。
第4当裁判所の判断
1請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(審
決の内容)の各事実は,当事者間に争いがない。
2本件特許発明の意義について
(1)本件特許訂正明細書(甲18)には,特許請求の範囲として,前記第
3,1(2)の記載があるほか,「発明の詳細な説明」として,次の記載があ
る。
ア発明の属する技術分野
「本発明は,トランジスター,コンピューターのCPU(中央演算処理
装置)等の電気部品と放熱器との間に配置され,電子・電気部品から発生
する熱を放熱器に伝導する放熱シートを形成するために好適な熱伝導性シ
リコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物にて成形され
た放熱シートに関するものである。」(段落【0001】)
イ従来の技術
「近年パソコン,ワークステーション等のクロック数の増加や,集積度
の増加に伴い,電子部品4からの発熱量が増加している。またパワーIC
等の発熱も様々な問題を抱えている。これらの電子部品4からの発熱を効
率よく放熱するためには,図2(a)に示すように半田バンプ等の実装用
電極8を介して基板6に実装された電子部品4に放熱器5を設けることが
一般的に行なわれている。ここで電子部品4と放熱器5との間に図2
(c)のように空隙7が生じた場合,この空隙7が熱伝導の大きな抵抗と
なるため,放熱器5と電子部品4との間に放熱シート3を配置し,図2
(b)のように放熱器5と電子部品4の接合面の微妙な反りやうねりに放
熱シート3を沿わせることによって,空隙7が生じることを防ぎ,電子部
品4から発する熱を放熱器5に効率良く伝導させるようにしている。」
(段落【0002】)
「従来このような放熱シート3のための材料として,柔軟性を持ったゴ
ムシート,両面に接着剤をコーティングしたテープ,あるいは接着剤やグ
リース等のような形態のものが用いられており,いずれの形態のものにお
いても熱伝導性フィラーをマトリックス樹脂に混合分散することが行なわ
れている。この場合マトリックス樹脂としては,耐熱性,耐寒性に優れ,
広い温度範囲で良好な圧縮復元性を有するシリコーンゴムが用いられるこ
とが多く,また熱伝導性フィラーとしては,アルミナ,酸化マグネシウ
ム,窒化ホウ素等の高熱伝導性の無機フィラーを用いるものであり,この
熱伝導性無機フィラーをマトリックス樹脂に高充填量で混合分散すること
によって得られる熱伝導性シリコーンゴム組成物を加熱成形して放熱シー
ト3を形成することが行なわれている。ここで,熱伝導性フィラーは放熱
シート3の熱抵抗をできる限り低減するために用いられるものであり,電
子機器の小型化,放熱器5の小型化,更には電子部品4の発熱量の増加の
傾向に伴い,電子部品4から発生した熱をできる限り効率よく放熱器5か
ら放熱させようとするものである。」(段落【0003】)
ウ発明が解決しようとする課題
「しかし熱伝導率を上昇させるために単にシリコーンゴムに対する熱伝
導性無機フィラー充填量を増加させると,熱伝導性シリコーンゴム組成物
の成形スラリー粘度が上昇し,成形加工性が低下したり,成形したシート
の硬度が高硬度化することになる。このように放熱シート3が高硬度化す
ると,電子部品4や放熱器5の接合面の微妙なうねりや反りに対しての追
随性が低下し,放熱器5と電子部品4との間の空隙7を充分に埋めること
ができないという問題が発生する。またこのような高硬度の放熱シート3
を微妙なうねりや反りに追随させようとすると,電子部品4と放熱シート
3の間にかなりの荷重を掛ける必要があり,電子部品4に対して大きなダ
メージを与える恐れがある。」(段落【0004】)
「このような放熱シート3の高硬度化の問題に対しては,樹脂中の主剤
と硬化剤との組成比を変えることにより,すなわち樹脂の架橋密度を下げ
ることにより,低硬度化と高充填化を両立することが可能であるが,その
ような場合,放熱シート3のゴム弾性を低下させ,圧縮永久歪み測定では
歪みが著しく大きくなったり,引裂強度が低下したりという新たな問題が
生じることになる。」(段落【0005】)
「また熱伝導性無機フィラーの充填率が高い場合には,ゴムの機械物性
の耐熱信頼性を著しく低下させる。例えば150~200℃で長時間放置
する際の機械特性変化のデータを測定してみると,熱伝導性無機フィラー
の充填率を大きくすると,ゴム硬度が大きく上昇すると共に,材料が脆化
する(硬く脆くなる)。従って熱伝導性無機フィラーの充填率を大きくす
ると,ゴム硬度が大きくなると共に,引裂強度,引張強度が低下するもの
である。」(段落【0006】)
「本発明は上記の点に鑑みてなされたものであり,熱伝導性無機フィラ
ーを高充填化しても,成形物に柔軟性と耐熱機械特性が付与される熱伝導
性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供することを目的とするもの
であり,更に具体的には,成形スラリーの粘度低下,成形物の圧縮永久歪
みの低下(ゴム弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果をもたらす熱伝導
性シリコーンゴム組成物及び放熱シートを提供することを目的とするもの
である。」(段落【0007】)
エ発明の実施の形態
(ア)「以下に本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成する方法を
説明する。熱伝導性無機フィラー1へのシランカップリング剤による表
面処理は,熱伝導性無機フィラー1への直接処理法,インテグラルブレ
ンド法,ドライコンセントレート法等を用いることができる。直接処理
法には,乾式法,スラリー法,スプレー法等があり,インテグラルブレ
ンド法としては,直接法,マスターバッチ法等があるが,このうち乾式
法,スラリー法,直接法が良く用いられる。」(段落【0019】)
「乾式法にて処理を行なう場合は,例えば所定量のシランカップリン
グ剤を水又はアルコール水溶液(水/アルコール=1/9)で2~5
倍に希釈したものを均一になるまで攪拌する。一方所定量の熱伝導性無
機フィラー1をヘルシェンミキサー等の装置に仕込んで攪拌し,この攪
拌されている熱伝導性無機フィラー1に上記のシランカップリング剤溶
液を数十分かけて滴下又はスプレー噴霧する。シランカップリング剤全
量を添加したら,この状態のまま10分間攪拌を続ける。このようにし
て処理した熱伝導性無機フィラー1を浅いトレー等に均一に拡げ,10
0~150℃で1時間乾燥させる。乾燥後,熱伝導性無機フィラー1に
よっては凝集するのでボールミル等で粉砕する。」(段落【0020
】)
「またスラリー法にて処理を行なう場合は,例えば所定量の熱伝導性
無機フィラー1に水又はアルコール水溶液(水/アルコール=1/9)
を加えてスラリー状にし,所定量のシランカップリング剤をスラリー状
の熱伝導性無機フィラー1に添加する。添加後数十分攪拌を続けた後,
デカンテーション又は濾過を行い,シランカップリング剤で処理した熱
伝導性無機フィラー1を取り出す。このようにして処理した熱伝導性無
機フィラー1を浅いトレー等に均一に拡げ,100~150℃で1時間
乾燥させる。乾燥後,熱伝導性無機フィラー1によっては凝集するので
ボールミル等で粉砕する。」(段落【0021】)
「またインテグラルブレンド法の直接法にて処理を行なう場合は,シ
リコーンゴム中に熱伝導性無機フィラー1を混練する際にシランカップ
リング剤を同時に配合するものであるが,この場合はスラリー法や乾式
法等の直接処理法の場合よりもシランカップリング剤の添加量を多くす
ることが好ましい。」(段落【0022】)
「シリコーンゴムと熱伝導性無機フィラー1を混練する際,シリコー
ンゴムとして一液型のものを用いる場合は,予めシランカップリング剤
によるカップリング処理を施した熱伝導性無機フィラー1を混練機を用
いてシリコーンゴムと混練することができ,このようにして熱伝導性シ
リコーンゴム組成物を形成することができる。また上記のようにインテ
グラルブレンド法の直接法のように,未処理の熱伝導性無機フィラー,
シランカップリング剤,及びシリコーンゴムをインテグラルブレンドす
ることもできる。またシリコーンゴムとして二液型のものを用いる場合
は,予め主剤と硬化剤にそれぞれ目的量の熱伝導性無機フィラー1を混
合してスラリーを形成しておき,その主剤スラリーと硬化剤スラリーを
混練して熱伝導性シリコーンゴム組成物を形成することができるもので
あり,また主剤と硬化剤を混合した後,熱伝導性無機フィラー1を添加
してもよい。」(段落【0023】)
「上記のようにして形成される熱伝導性シリコーンゴム組成物は,ス
ラリー状に形成されるものである。この熱伝導性シリコーンゴム組成物
をシート状にプレス成形した後,加熱硬化させることによって,放熱シ
ート3を形成することができる。またこのようにコンパウンドの状態で
成形する他,ガラス布等の基材にシリコーンゴム組成物を含浸させた後
成形したものを,加熱硬化させることもできる。このようにして形成さ
れる放熱シート3は,図2(a)に示すように基板6上に半田バンプ等
からなる実装用電極8を介して実装されたIC,電源モジュール,パワ
ートランジスタ,CPU等の電子部品4と,ヒートシンク,ヒートパイ
プ,筺体等の放熱器5と間に配置され,図2(b)のように放熱器5と
電子部品4の接合面の微妙な反りやうねりに放熱シートを沿わせること
によって,放熱器5と電子部品4の接合面に図2(c)に示すような熱
抵抗の大きい空隙7が生じることを防ぎ,電子部品4から発する熱を放
熱器5に効率良く伝導させるようにしている。」(段落【0024】)
「ここで,上記のようにしてシランカップリング剤にて表面処理が成
された熱伝導性無機フィラー1の表面の様子は,図1に示すようにな
る。すなわち,シランカップリング剤としてYSi(OMe)(OM3
eはメトキシ基,Yは炭素数6以上の脂肪族長鎖アルキル基を示す)を
用いるとすると,シランカップリング剤は,下記の式のようにYSi
(OH)まで加水分解された後,数個の分子が脱水反応によりオリゴ3
マー化する。」(段落【0025】)
「【化3】

(段落【0026】)
「更に熱伝導性無機フィラー1の表面の水酸基と反応して,熱伝導性
無機フィラー1の表面は図1に示すような,疎水性の長鎖のアルキル基
2で覆われるものである。このように親水性の熱伝導性無機フィラー1
の表面が疎水性の長鎖のアルキル基2で覆われることにより,熱伝導性
無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性が著しく向
上するものである。上記の式(A)中にYで表されているアルキル基の
炭素数は,大きければ大きいほど熱伝導性無機フィラー1とマトリック
スのシリコーンゴムとの相溶性が向上するものであるが,現時点ではこ
のアルキル基の炭素数が18のものまでが,安定に存在することが確認
されており,Yで表されているアルキル基の炭素数の上限は18となっ
ている。」(段落【0027】)
「上記のように本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物では,熱伝導
性無機フィラー1とマトリックスのシリコーンゴムとの相溶性を向上す
ることができるため,熱伝導性を高めるためにマトリックスのシリコー
ンゴムに熱伝導性無機フィラー1を高充填化しても,スラリー状の熱伝
導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成形加工性が
低下するようなことがなく,熱伝導性無機フィラー1を高充填化して熱
伝導性を高めた熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を向上する
ことができる。」(段落【0028】)
「またシリコーンゴムとの相溶性を向上させたことにより,熱伝導性
無機フィラー1同士の凝集を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中で
の熱伝導性無機フィラー1の二次凝集の少ない良好な分散状態を可能と
することができ,従って熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の
柔軟性が向上し,ゴム弾性が向上すると共に,引張強度,引裂強度,圧
縮永久歪み特性を著しく改善することができる。」(段落【0029
】)
「またシリコーンゴムとの相溶性を向上すると耐熱エージング(高温
放置)によるシリコーンゴムの酸化を起こしにくくさせ,またこのとき
の熱伝導性無機フィラー1同士の凝集も,上記のように起こりにくいこ
とから,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物の,耐熱試験
における機械特性変化を低減することができるものである。」(段落【
0030】)
「従って本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物で放熱シート3を形
成する際の成形性を向上することができるものであり,また形成された
放熱シート3はゴム弾性が高いと共に強度が高いため,放熱器5と電子
部品4との間に配置する際,電子部品4に強い荷重を掛けなくても放熱
器5と電子部品4の接合面の反りやうねりを容易に埋めることができ,
放熱器5と電子部品4の間に熱抵抗が高い空隙7が形成されることがな
く,かつこの放熱シート3は熱伝導性が高いので,電子部品4から放熱
器5への熱伝導効率を向上し,電子部品4からの発熱を容易に放熱する
ことができるものである。また耐熱試験における機械特性変化が低いた
め,電子部品4からの発熱による機械特性の変化が小さく,長期間に亘
って安定して使用することができるものである。このように本発明の熱
伝導性シリコーンゴム組成物は,放熱シート3を形成するために好適な
ものである。」(段落【0031】)
(イ)実施例
「以下,本発明を実施例によって詳述する。
(実施例1)
シリコーンゴムとして,主剤と硬化剤の二液よりなる付加反応型シリ
コーンゲル(東レダウコーニング社製,品番「SE1885」)を,熱
伝導性無機フィラー1としてアルミナ(昭和電工社製)を,シランカッ
プリング剤としてn-ヘキシルトリメトキシシランをそれぞれ用い,熱
伝導性無機フィラー1に上記の直接処理法の乾式法にて,シランカップ
リング剤を,熱伝導性無機フィラー100重量部に対して0.5重量部
の割合で処理し,シリコーンゴムの主剤と硬化剤のそれぞれに,この表
面処理を施した熱伝導性無機フィラー1を,熱伝導性無機フィラー1の
体積分率(Vf)が60%となるように配合した。この混練物の主剤と
硬化剤を一対一の比率で混練して,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物を得た。」(段落【0032】)
「またこの熱伝導性シリコーンゴム組成物を離型フィルムで挟み込
み,プレス成形により2mm厚のシート状に成形し,これを120℃,
2hの条件下で硬化させて,放熱シート3を形成した。
(実施例2~8,比較例1~9)
シランカップリング剤及びその処理量を下記のようにした他は,実施
例1と同様に行なった。」(段落【0033】)
「実施例2n-ヘキシルトリメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
実施例3n-ヘキシルトリエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
実施例4n-ヘキシルトリエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
実施例5n-オクチルトリエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
実施例6n-オクチルトリエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
実施例7n-デシルトリメトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
実施例8n-デシルトリメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例1シランカップリング剤未処理
比較例2メチルトリメトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例3メチルトリメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例4メチルトリエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例5メチルトリエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例6ジメチルジメトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例7ジメチルジメトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
比較例8ジメチルジエトキシシラン
0.5重量部(対フィラー100重量部)
比較例9ジメチルジエトキシシラン
1.0重量部(対フィラー100重量部)
(実施例9~11,比較例10~12)
実施例9~11ではシランカップリング剤としてn-デシルトリメト
キシシランをフィラー100重量部に対して1.0重量部処理し,比較
例10~12ではシランカップリング剤は未処理とし,熱伝導性無機フ
ィラー1として下記のものを用いた以外は,実施例1と同様に行なっ
た。」(段落【0034】)
「実施例9シリカ(龍森(株)製)
実施例10酸化マグネシウム(協和化学(株)製)
実施例11酸化チタン(石原産業(株)製)
比較例10シリカ(龍森(株)製)
比較例11酸化マグネシウム(協和化学(株)製)
比較例12酸化チタン(石原産業(株)製)
上記の各実施例及び比較例について,下記のような評価試験を行なっ
た。
(成形スラリー粘度測定)
各実施例及び比較例のスラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物に
ついて,レオメーターにより,せん断速度5(1/S)の条件で粘度を
測定した。
(圧縮永久歪み測定)
各実施例及び比較例の放熱シート3を50%圧縮し,120℃で10
h処理した後,圧縮分の何%が歪みとして残ったかを測定した。
(引裂強度測定)
各実施例及び比較例の放熱シート3について,JISK6301に
より,2号型A型に準拠して測定した。
(ゴム硬度測定)
各実施例及び比較例の放熱シート3について,JISK6301A
に準拠して測定した。また各実施例及び比較例の放熱シートを150℃
で1000h処理した後,同様にゴム硬度を測定し,加熱後のゴム硬度
の変化を測定した。」(段落【0035】)
「…実施例1乃至11のものは,比較例1乃至12のものに対して全体
的に,圧縮永久歪みの低減,引裂強度の向上,及び加熱後のゴム硬度変化
の低減が生じていることが確認できた。」(段落【0040】)
オ発明の効果
「上記のように本発明の請求項1に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成
物は,シリコーンゴムに,上記一般式(A)で示されるシランカップリン
グ剤で表面処理を施した熱伝導性無機フィラーを分散させて成り,熱伝導
性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol
%~80vol%であるため,熱伝導性無機フィラーの表面が疎水性の長
鎖のアルキル基に覆われてシリコーンゴムとの相溶性が向上し,熱伝導性
を高めるためにマトリックスのシリコーンゴムに熱伝導性無機フィラーを
高充填化しても,スラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラ
リー粘度が上昇して成形加工性が低下するようなことがなく,熱伝導性無
機フィラーを高充填化した熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形加工性を
向上することができるものであり,また熱伝導性無機フィラー同士の凝集
を防ぎ,シリコーンゴムのマトリックス中での熱伝導性無機フィラーの二
次凝集の少ない良好な分散状態を可能とすることができ,熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物の硬化成形物の柔軟性が向上し,ゴム弾性が向上すると共
に,引張強度,引裂強度の向上及び圧縮永久歪みを低減することができる
ものであり,また耐熱エージング(高温放置)によるシリコーンゴムの酸
化を起こしにくくさせると共に上記のように熱伝導性無機フィラー同士の
凝集も起こりにくいものであって,この熱伝導性シリコーンゴム組成物の
硬化成形物の,耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減す
ることができるものである。また熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物全量に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率
を得ると共に,80vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム
組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することができるものであ
る。」(段落【0055】)
「また本発明の請求項2に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,請
求項1の構成に加えて,上記熱伝導性無機フィラーとして金属酸化物,金
属窒化物,及び金属単体から選択されたものを用いるため,熱伝導性シリ
コーンゴム組成物の熱伝導性を効率良く向上することができると共に,熱
伝導性無機フィラーに対して容易にシランカップリング処理を施すことが
できるものである。」(段落【0056】)
「また本発明の請求項3に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,熱
伝導性無機フィラーとしてアルミナを用いるため,熱伝導性無機フィラー
とシランカップリング剤との反応性が良く,熱伝導性無機フィラーに対す
るシランカプリング剤の処理効率を向上するとができるものであり,また
熱伝導性無機フィラーのコストを安くすることができ,熱伝導性無機フィ
ラーの充填量を多くできるものである。」(段落【0057】)
「また本発明の請求項4に記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物は,熱
伝導性無機フィラーとしてシリカを用いるため,熱伝導性無機フィラーと
シランカップリング剤との反応性が良く,熱伝導性無機フィラーに対する
シランカプリング剤の処理効率を向上することができるものであり,また
熱伝導性無機フィラーのコストを安くすることができ,熱伝導性無機フィ
ラーの充填量を多くできるものである。」(段落【0058】)
「また本発明の請求項5に記載の放熱シートは,請求項1乃至4のいず
れかに記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物を成形したため,放熱シート
を形成する際の成形性を向上することができるものであり,またこの放熱
シートはゴム弾性が高いと共に強度が高いため,放熱器と電子部品との間
に配置する際,電子部品に強い荷重を掛けなくても放熱器と電子部品の接
合面の反りやうねりを容易に埋めることができ,放熱器と電子部品の間に
熱抵抗が高い空隙が形成されることがなく,かつこの放熱シートは熱伝導
性が高いので,電子部品から放熱器への熱伝導効率を向上し,電子部品か
らの発熱を容易に放熱することができるものである。また耐熱試験におけ
る機械特性変化が低いため,電子部品からの発熱による機械特性の変化が
小さく,長期間に亘って安定して使用することができるものである。」
(段落【0059】)
(2)上記(1)からすると,本件特許発明は,トランジスター,コンピューター
のCPU(中央演算処理装置)等の電気部品と放熱器との間に配置され,電
子・電気部品から発生する熱を放熱器に伝導する放熱シートを形成するため
の熱伝導性シリコーンゴム組成物及びこの熱伝導性シリコーンゴム組成物に
て成形された放熱シートに関するものであって,本件特許発明の構成を採用
することにより,①熱伝導性無機フィラーのシリコーンゴムとの相溶性が向
上するので,シリコーンゴムに熱伝導性無機フィラーを高充填化しても,ス
ラリー状の熱伝導性シリコーンゴム組成物の成形スラリー粘度が上昇して成
形加工性が低下することがない,②熱伝導性無機フィラー同士の凝集を防
ぎ,シリコーンゴム中での熱伝導性無機フィラーの二次凝集の少ない良好な
分散状態を可能とすることができるので,熱伝導性シリコーンゴム組成物の
硬化成形物の柔軟性,ゴム弾性が向上し(圧縮永久歪みの低下),引張強
度,引裂強度が向上する,③熱伝導性無機フィラーのシリコーンゴムとの相
溶性が向上することによって,耐熱エージング(高温放置)によるシリコー
ンゴムの酸化が起こりにくくなるとともに,上記のように熱伝導性無機フィ
ラー同士の凝集も起こりにくくなるので,熱伝導性シリコーンゴム組成物の
硬化成形物の耐熱試験におけるゴム硬度変化等の機械特性変化を低減するこ
とができる,④熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量
に対して40vol%以上であることで高い熱伝導率を得るとともに,80
vol%以下であることから熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が
硬く脆くなることを防止することができる,というものであると認められ
る。そして,以上の効果のうち,成形スラリー粘度の低下,圧縮永久歪みの
低減,引裂強度の向上及び加熱後のゴム硬度変化の低減については,実施例
と比較例の比較実験によって示されている。
3取消事由1(引用発明1との対比による新規性判断の誤り)について
(1)甲1(特開昭62-184058号公報)には,次の記載がある。
ア特許請求の範囲
「1.硬化により熱伝導性シリコーンエラストマーになり得るポリオル
ガノシロキサン組成物において:
A.1分子当り平均で2個のエチレン性不飽和炭化水素基を含む100
重量部の液体ポリジオルガノシロキサンと;
B.上記ポリジオルガノシロキサンを硬化するのに充分な量の硬化剤
と,この場合上記硬化剤は1分子当り平均で少くとも3個のケイ素結合
水素原子およびケイ素原子1個当り1つ以下の上記水素原子を含んでお
り;
C.上記ポリジオルガノシロキサンの硬化を促進するのに充分な量の白
金含有ヒドロシレーション触媒と;
D.50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネ
シウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子と;
E.上記組成物の加工性を保持するのに充分な量の充填剤処理剤とから
成ることを特徴とするポリオルガノシロキサン組成物。」(1頁左欄6
行~右欄4行)
「2.混合した時硬化して熱伝導性シリコーンエラストマーになり得る
二液型ポリオルガノシロキサン組成物において,この組成物の第1液が:
A.1分子当り平均で2個のエチレン性不飽和炭化水素基を含む100
重量部の液体ポリジオルガノシロキサンと;
B.上記ポリジオルガノシロキサンの硬化を促進するのに充分な量の白
金含有ヒドロシレーション触媒と;
C.50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネ
シウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子と;
D.上記第1液の加工性を保持するのに充分な量の充填剤処理剤とから
成り,且つ上記組成物の第2液が:
E.100部の上記ポリジオルガノシロキサンと;
F.上記ポリジオルガノシロキサンを硬化するのに充分な量の硬化剤
と,この場合上記硬化剤は1分子当り平均で少くとも3個のケイ素結合
水素原子およびケイ素原子1個当り1個以下の上記水素原子を含んでい
るオルガノシリコン化合物であり;
G.200~400重量部のアルミナ微粒子と;
H.上記第2液の加工性を保持するのに充分な量の充填剤処理剤とから
成ることを特徴とする二液型ポリオルガノシロキサン組成物。」(1頁
右欄5行~2頁左上欄11行)
「3.上記アルミナの60重量%以下が等量の酸化第二鉄と取替えられ
ていることを特徴とする特許請求の範囲第2項記載の組成物。」(2頁
左上欄12行~14行)
イ発明の詳細な説明
(ア)産業上の利用分野
「本発明は熱伝導性ポリオルガノシロキサンエラストマーに関する。
さらに詳しくは,本発明は熱伝導性充填剤を独特な組み合せで含む硬化
性ポリオルガノシロキサン組成物に関する。これらの組成物を用いて製
造した硬化エラストマーは静電複写機において用いられる溶融ロール
(定着ロール)の被膜として使用するのに特に望ましいものである。」
(2頁左上欄17行~右上欄4行)
(イ)問題点を解決するための手段および作用効果
「5.充填剤処理剤:
本願の発明者は次のことを見い出した。即ち,本発明の少くとも1つ
のポリジオルガノシロキサンおよび約50重量%を越える量の熱伝導性
充填剤を含む混合物においては,液体組成物としての加工性を保持する
ために充填剤処理剤の存在が必要である。そのような処理剤が存在しな
い場合組成物のコンシステンシーが通常堅くなりすぎて,そのため従来
の混合装置,射出成形装置および塗布装置を用いて処理することが不可
能となる。
望ましい充填剤処理剤としては,1分子当り平均で少くとも2つの官
能基を含むシランおよびシロキサンがある。理論によって拘束されたく
はないけれども,これらの処理剤は充填剤粒子上に存在するヒドロキシ
ル基と反応することができると考えられる。これらの反応性基は通常ケ
イ素結合ヒドロキシル基およびアルコキシル基である。また容易に加水
分解してケイ素結合ヒドロキシル基を生成するヘキサオルガノジシラザ
ンおよび環状ジオルガノシロキサンオリゴマーのようなオルガノシリコ
ン化合物もまた有用な充填剤処理剤である。…
代表的な処理剤は周囲温度において液体で,このような処理剤として
はアルキルオルトシリケート,1分子当り平均で4~約10個の反復単
位を含むヒドロキシル基を末端基とするポリジオルガノシロキサンおよ
び一般式RSi(OR)のシランがある。この式において,Rお'''''''
q4-q
よびRは1~約20個の炭素原子を含む同一または異なる炭化水素基'''
を表し,且つqは1または2である。好ましくはRおよびRは低級ア'''''
ルキル基であり,最も好ましくはメチルであり,またqは1である。
本発明の硬化性組成物の処理を容易にするために,充填剤処理剤は
ポリジオルガノシロキサン成分と相溶可能であることが好ましい。不相
溶性処理剤は充填剤粒子の完全な「浸潤性」を得ることができず,この
ため硬化性組成物の粘度が著しく高くなる。
通常本発明の一液型および二液型組成物の加工性を保持するために
は,硬化性組成物の重量に対して約5%未満の好ましい充填剤処理剤で
充分である。好ましくは,この処理剤の含有量は0.1~約1%であ
る。組成物が二液型の場合,両方の材料が充填剤処理剤を含むことが通
常望ましい。」(8頁右上欄1行~右下欄7行)
「6.硬化性組成物の製造および性質:
本発明の硬化性組成物はすべての成分を室温で一緒に配合することに
より製造することができる。」(8頁右下欄9行~10行)
(ウ)実施例
「実施例1
次の成分を用いて,本発明の二液型硬化性ポリオルガノシロキサン組
成物を製造した:
材料I
成分重量パーセント
ポリジオルガノシロキサンA21.86
ポリジオルガノシロキサンB9.04
酸化亜鉛49.0
酸化マグネシウム19.26
メチルトリメトキシシラン0.5
白金含有触媒0.24
2-メチル-3-ブチン-2-オール0.1
材料IはポリジオルガノシロキサンAおよびBの100重量部の混合
物および173.96部の全充填剤を含んでおり,この充填剤のうち7
2重量%は酸化亜鉛である。酸化亜鉛および酸化マグネシウムの平均粒
度はそれぞれ0.11および6ミクロンであった。
材料Ⅱ
成分重量パーセント
ポリジオルガノシロキサンA23.25
平板状アルミナ38.77
酸化第二鉄35.24
メチルトリメトキシシラン0.50
硬化剤2.27
材料Ⅱは100重量部のポリジオルガノシロキサンおよび318.2
重量部の全充填剤を含み,この充填剤のうち52重量%はアルミナであ
り残りは酸化第二鉄である。アルミナおよび酸化第二鉄の平均粒度はそ
れぞれ10ミクロンおよび0.25ミクロンであった。…
メチルトリメトキシシランは充填剤処理剤であり,…
二液材料のそれぞれはドウ型ミキサーを用いてすべての成分を一緒に
配合することにより調製した。次に2つの材料を一緒に混合して,均一
な組成物を生成し,この組成物を厚さ1.5mmのシート状に形成した。
このシートを170℃で10分間硬化し,次に160℃で1時間後硬化
した。」(9頁右下欄3行~10頁左下欄6行)
「実施例2(対照)
この実施例は,充填剤としてアルミナおよび酸化第二鉄の混合物を含
む従来の熱伝導性エラストマーが比較的大きな重量損失および高いジュ
ロメータ-硬度を示すことについて証明するものである。
次の成分および使用量で上記実施例1に述べた方法で,熱伝導性エラ
ストマーを製造した。
材料I
成分重量パーセント
ポリジオルガノシロキサンA18.8
ポリジオルガノシロキサンB11.2
平板状アルミナ69.0
メチルトリメトキシシラン0.5
白金含有触媒0.5
材料IはポリジオルガノシロキサンAおよびBの100重量部の混合
物並びに唯一の充填剤として230重量部のアルミナを含んでいた。
材料Ⅱ
成分重量パーセント
ポリジオルガノシロキサンA18.6
ポリジオルガノシロキサンB3.8
平板状アルミナ38.8
酸化第二鉄35.3
メチルトリメトキシシラン0.5
硬化剤2.9
2-メチル-3-ブチン-2-オール0.2
ポリジオルガノシロキサンA,ポリジオルガノシロキサンB,白金含
有触媒および硬化剤の各成分は上記実施例1において用いられたものと
同じであった。
材料ⅡはポリジオルガノシロキサンAおよびBの100重量部の混合
物並びに330.5重量部の充填剤を含んでいた。なおこの充填剤の5
2重量部はアルミナであり,残りは酸化第二鉄であった。アルミナおよ
び酸化第二鉄の平均粒度はそれぞれ10ミクロンおよび0.25ミクロ
ンであった。」(10頁左下欄下4行~11頁左上欄13行)
「静電複写機における溶融ロール被膜としてエラストマーを評価した
場合,本発明(実施例1)の硬化エラストマーは先行技術(実施例2)
の熱伝導性エラストマーに比べて…有効寿命が長く優れた性能であるこ
とを示している。」(11頁右上欄1行~7行)
(2)審決の判断手法につき
ア審決は,本件特許発明1と引用発明1は,以下の(あ)及び(い)の点
で相違すると判断している(25頁17行以下)。
「(あ)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1で
は,『一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数63
個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリ
ング剤を使用するのに対して,引用発明1では,『一般式RSi(OR''
q
)のシラン〔式中,RおよびRは1~約20個の炭素原子を含む同''''''
4-q
''
一または異なる炭化水素基を表し,且つqは1または2である。〕』であ
るシランカップリング剤を使用する点。
(い)熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1で
は,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80v
ol%』と規定するのに対し,引用発明1では,シリコーンゴムの出発原
料である『「液体ポリジオルガノシロキサン」「100重量部」』に対し
て,『50~90重量%の酸化亜鉛および10~50重量%の酸化マグネ
シウムを含む200~400重量部の熱伝導性充填剤微粒子』を配合する
と規定する点。」
イこの点につき,原告は,内容を検討する前から相違する点があるとの判
断手法は,それ自体誤りであると主張する。しかし,本件特許発明1の特
許請求の範囲の記載と上記(1)認定の甲1の記載を対比すると,記載上,
(あ),(い)の各点が異なることは明らかであるから,これらを相違点
とした上,これらが実質的に相違するかどうかを,結論に必要な限度で判
断している審決の判断手法に誤りがあるということはできない。
そこで,上記各相違点の実質について検討する。
(3)相違点(あ)につき
ア上記(1)のとおり,甲1には,「一般式RSi(OR)のシラン'''''
q4-q
〔式中,RおよびRは1~約20個の炭素原子を含む同一または異な'''''
る炭化水素基を表し,且つqは1または2である。〕」であるシランカッ
プリング剤を使用することが記載されている。そして,この引用発明1の
一般式には,本件特許発明1の一般式である「YSiXX=メトキシ基3
又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル
基〕」が含まれる。しかし,このような広い範囲の開示しかない引用発明
1の一般式に本件特許発明1の一般式が含まれるからといって,直ちにこ
れらが一致すると認めることはできない。
すなわち,上記(1)イ(イ)のとおり,甲1には,「好ましくはRおよび''
Rは低級アルキル基であり,最も好ましくはメチルであり,またqは1'''
である。」と記載されており,実施例において用いられているのも,メチ
ルトリメトキシシランのみであるから,R及びRが炭素数1又は1に近'''''
い低級のアルキル基については開示されているものの,本件特許発明1の
「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個3
以下の脂肪族長鎖アルキル基」という特定の組み合わせを有するものまで
開示されていると認めることはできない。
そして,その他には,甲1に,本件特許発明1の「YSiXX=メト3
キシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アル
キル基」という特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示さ
れているというべき事情は認められないから,引用発明1に,本件特許発
明1の上記特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されて
いると認めることはできない。
イまた,原告は,本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許
発明1の構成要件である「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基3
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシラン
カップリング剤は,周知自明であったと主張するが,後記6(6)のとお
り,甲2~7から,本件特許発明1の構成要件である「YSiXX=3
メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖
アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム
組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であった
と認めることはできない。
ウしたがって,相違点(あ)につき実質的な相違点であるとした審決の判
断に誤りはない。
(4)相違点(い)につき
上記(3)のとおり,相違点(あ)が実質的な相違点である以上,本件特許
発明1と引用発明1が同一のものであることは否定されるから,相違点
(い)について判断するまでもなく,引用発明1との対比における新規性は
認められるのであって,相違点(い)について判断することなく,引用発明
1との対比における新規性を認めた審決の判断に誤りはない。
(5)本件特許発明2,3につき
上記のとおり,本件特許発明1について引用発明1との対比における新規
性が認められるのであるから,本件特許発明1に係る熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物にさらに限定を付した本件特許発明2,3についても,引用発明1
との対比における新規性が認められることは明らかであり,その旨の審決の
判断に誤りはない。
4取消事由2(引用発明2との対比による新規性判断の誤り)について
(1)甲2(特開平8-325457号公報)には,次の記載がある。
ア特許請求の範囲
「【請求項1】
(A)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合アルケニル基を含有する
オルガノポリシロキサン100重量部,(B)一分子中に少なくとも2個
のケイ素原子結合水素原子を含有するオルガノハイドロジェンポリシロキ
サン0.1~50重量部,(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子
結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキ
サン0.1~10重量部,(D)(i)平均粒子径が10μm未満である球
状または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~
50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からなる
アルミナ微粉末300~1200重量部および(E)ヒドロシリル化反応
用触媒触媒量からなる熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項2】(D)成分が有機ケイ素化合物により表面処理されたアルミ
ナ微粉末であることを特徴とする請求項1記載の熱伝導性シリコーンゴム
組成物。」
イ発明の詳細な説明
(ア)産業上の利用分野
「本発明は熱伝導性シリコーンゴム組成物に関し,詳しくは,高熱伝
導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合し
ているにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえ
アルミナ微粉末が沈降していても均一に再分散させることが容易な熱伝
導性シリコーンゴム組成物に関する。」(段落【0001】)
(イ)発明が解決しようとする課題
「本発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明
に到達した。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴム
を形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわら
ず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえアルミナ微粉末が沈
降していても容易に均一に再分散させることができる熱伝導性シリコー
ンゴム組成物を提供することにある。」(段落【0004】)
(ウ)課題を解決するための手段およびその作用
「(C)成分のオルガノシロキサンは本組成物にチクソトロピー性を付
与して,高充填したアルミナ微粉末の沈降を抑制し,また,たとえアル
ミナ微粉末が沈降していても均一に再分散させることを容易にするため
の成分であり,一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合アルコキシ
基またはケイ素原子結合水酸基を含有する。(C)成分中のケイ素原子結
合アルコキシ基としては,例えば,メトキシ基,エトキシ基,プロポキ
シ基,ブトキシ基が挙げられ,特に,メトキシ基であることが好まし
い。また,(C)成分のケイ素原子に結合する基としては,例えば,メチ
ル基,エチル基,プロピル基,ブチル基,ヘキシル基,オクチル基等の
アルキル基;ビニル基,アリル基,ヘキセニル基等のアルケニル基;フ
ェニル基,トリル基,キシリル基等のアリール基;3,3,3-トリフ
ロロプロピル基,3-クロロプロピル基等のハロゲン化アルキル基;3
-グリシドキシピロピル基,3-メタクリロキシプロピル基,3-アミ
ノプロピル基,N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピル基等の
官能性有機基;トリメトキシシリルエチル基,メチルジメトキシシリル
エチル基等のアルコキシシリルアルキル基;ケイ素結合水素原子が挙げ
られる。(C)成分の分子構造としては,例えば,直鎖状,環状,分岐
状,一部分岐を有する直鎖状が挙げられ,これらの分子構造を有する二
種以上の混合物であってもよい。また,(C)成分の分子量は限定されな
いが,本組成物に十分なチクソトロピー性を付与できることから,2量
体以上の重合度であることが好ましく,25℃における粘度が3~20
00センチポイズの範囲であることが好ましい。」(段落【0011
】)
「ケイ素原子結合アルコキシ基を含有する(C)成分としては,例え
ば,テトラメトキシシラン,テトラエトキシシラン,テトライソプロポ
キシシラン,メチルトリメトキシシラン,メチルトリエトキシシラン,
ジメチルジメトキシシラン,ビニルトリメトキシシラン,メチルビニル
ジメトキシシラン,メチルフェニルジメトキシシラン,フェニルトリメ
トキシシラン,フェニルトリエトキシシラン,トリメチルメトキシシラ
ン,3,3,3-トリフロロプロピルトリメトキシシラン,3-グリシ
ドキシピロピルトリメトキシシラン,3-グリシドキシプロピルメチル
ジメトキシシラン,3-メタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,
3-メタクリロキシプロピルメチルジメトキシシラン,3-アミノプロ
ピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリエトキシシラン,N
-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメトキシシラン等の
アルコキシシランの一種もしくは二種以上からなる部分加水分解縮合物
が挙げられる。この部分加水分解縮合物としては,例えば,メチルポリ
シリケート,エチルポリシリケート,式:
【化1】
で示されるオルガノシロキサンオリゴマーが挙げられる。…」(段落【
0012】)
「(C)成分の配合量は,(A)成分100重量部に対して0.1~10
重量部の範囲内である。これは,(C)成分の配合量が,(A)成分100
重量部に対して0.1重量部未満であると,得られる組成物の貯蔵安定
性が悪化するためであり,また,これが10重量部をこえると,得られ
る組成物の貯蔵中にゲル化したり,これを硬化して得られるシリコーン
ゴムの物理特性が悪化するためである。」(段落【0013】)
「(D)成分のアルミナ微粉末は本組成物を硬化して得られるシリコー
ンゴムに高熱伝導性を付与するための成分である。(D)成分は(i)平均
粒子径が10μm未満である球状または非球状アルミナ微粉末5~95
重量%と(ii)平均粒子径が10~50μmである球状または非球状アル
ミナ微粉末95~5重量%からなる。本組成物では,このような混合物
からなるアルミナ粉末と上記に(C)成分を組み合わせることにより,ア
ルミナ微粉末の沈降が生じにくく,かつ,沈降したアルミナ微粉末の再
分散が容易となる。また,本組成物の貯蔵安定性が優れることから,(
D)成分は有機ケイ素化合物により表面処理されたアルミナ微粉末であ
ることが好ましい。アルミナ微粉末の表面を処理するための有機ケイ素
化合物としては,例えば,メチルトリメトキシシラン,ビニルトリメト
キシシラン,ビニルトリエトキシシラン,3-グリシドキシプロピルト
リメトキシシラン,3ーメタクリロキシプロピルトリメトキシシラン,
3-アミノプロピルトリメトキシシラン,3-アミノプロピルトリエト
キシシラン,N-(2-アミノエチル)-3-アミノプロピルトリメト
キシシラン等のアルコキシシラン;メチルトリクロルシラン,ジメチル
ジクロルシラン,トリメチルモノクロルシラン等のクロロシラン;ヘキ
サメチルジシラザン,ヘキサメチルシクロトリシラザン等のシラザン;
分子鎖両末端シラノール基封鎖ジメチルシロキサンオリゴマー,分子鎖
両末端シラノール基封鎖ジメチルシロキサン・メチルビニルシロキサン
共重合体オリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖メチルビニルシロ
キサンオリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖メチルフェニルシロ
キサンオリゴマー等のシロキサンオリゴマーが挙げられる。これらの表
面処理方法としては,例えば,アルミナ微粉末とこれらの有機ケイ素化
合物を直接混合して処理する方法(乾式処理方法),これらの有機ケイ
素化合物をトルエン,メタノール,ヘプタン等の有機溶剤と共にアルミ
ナ微粉末と混合して処理する方法(湿式処理方法),(A)成分とこれら
の有機ケイ素化合物との混合物中にアルミナ微粉末を配合するか,また
は,(A)成分とアルミナ微粉末の混合物中にこれらの有機ケイ素化合物
を配合してアルミナ微粉末の表面を処理する方法(in-situ処理
方法)が挙げられる。また,これらの有機ケイ素化合物によりアルミナ
微粉末の表面処理を行う際には,その処理効率を向上させるために,例
えば,有機チタン等の有機金属化合物,水等を添加することが好まし
い。」(段落【0014】)
「本組成物は上記の(A)成分~(E)成分を均一に混合することにより
調製される。…」(段落【0018】)
「本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物を調製する方法は特に限定
されず,例えば,ロスミキサー,プラネタリーミキサー等の混合装置を
用いて調製することができる。本発明の熱伝導性シリコーンゴム組成物
は高熱伝導性のシリコーンゴムを形成することができるので,例えば,
トランジスター,IC,メモリー素子等の電子部品を登載したプリント
回路基板やハイブリッドICのポッティング材や接着剤,半導体素子の
接着剤,エンジンマウントの接着・シール剤として利用することができ
る。また,この熱伝導性シリコーンゴム組成物を硬化して得られるシリ
コーンゴムは,これを成形して放熱シートとして利用することができ
る。」(段落【0019】)
(2)審決の判断手法につき
ア審決は,本件特許発明1と引用発明2は,以下の(う)及び(え)の
点で相違すると判断している(29頁下6行~30頁10行)。
「(う)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1
では,『一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素3
数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカ
ップリング剤を使用するのに対して,引用発明2では,シランカップリ
ング剤として作用し得る化合物として,アルミナ微粉末用表面処理剤と
して明記された『アルコキシシラン』または『(C)一分子中に少なく
とも1個のケイ素原子結合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を
含有するオルガノシロキサン』を使用する点。
(え)熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1で
は,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80
vol%』と規定するのに対し,引用発明2では,シリコーンゴムの出
発原料である(A)成分『100重量部』および(B)成分『0.1~
50重量部』に対して,『(i)平均粒子径が10μm未満である球状
または非球状アルミナ微粉末5~95重量%と(ii)平均粒子径が10~
50μmである球状または非球状アルミナ微粉末95~5重量%からな
るアルミナ微粉末』を『300~1200重量部』配合すると規定する
点。」
イこの点につき,原告は,内容を検討する前から相違する点があるとの
判断手法は,それ自体誤りであると主張する。しかし,本件特許発明1
の特許請求の範囲の記載と上記(1)認定の甲2の記載を対比すると,記
載上,(う),(え)の各点が異なることは明らかであるから,これら
を相違点とした上,これらが実質的に相違するかどうかを,結論に必要
な限度で判断している審決の判断手法に誤りがあるということはできな
い。
なお,甲2には,「(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結
合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキ
サン」は,シランカップリング剤としては記載されていないが,上記
(C)成分を,(D)成分のアルミナ微粉末等とともに均一に混合した
場合には,アルミナ微粉末の表面が(C)成分によって処理されること
があるから,審決が「(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結
合アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキ
サン」をシランカップリング剤として作用し得る化合物として認定した
ことに誤りはない。
そこで,上記各相違点の実質について検討する。
(3)相違点(う)につき
ア上記(1)のとおり,甲2には,シランカップリング剤として作用し得
る化合物として,アルミナ微粉末用表面処理剤として明記された「アル
コキシシラン」と「(C)一分子中に少なくとも1個のケイ素原子結合
アルコキシ基またはケイ素原子結合水酸基を含有するオルガノシロキサ
ン」が記載されている。
そして,上記(1)イ(ウ)のとおり,甲2には,(C)成分中のケイ素
原子結合アルコキシ基として,メトキシ基,エトキシ基が例示され,
(C)成分のケイ素原子に結合する基として,ヘキシル基,オクチル基
61が例示されている(段落【0011】)ところ,ヘキシル基は「CH
-」,オクチル基は「CH-」であるから,炭素数6個以上18個3817
以下の脂肪族長鎖アルキル基に含まれる。
しかし,上記の甲2のメトキシ基,エトキシ基は,「特に,メトキシ
基であることが好ましい。」との記載があるものの,(C)成分中のケ
イ素原子結合アルコキシ基の例示として,プロポキシ基,ブトキシ基と
ともに掲げられているものにすぎない。また,甲2に,(C)成分のケ
イ素原子に結合する基として掲げられているヘキシル基,オクチル基
は,他の多くの基とともに,例示されているにすぎない。
さらに,甲2には,(C)成分の「アルコキシシラン」として,多くの
化合物が掲げられている(段落【0012】)が,この中には「一般式
YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上183
個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される」ものは含まれていない。
甲2においては,アルミナ微粉末用表面処理剤として明記された「ア
ルコキシシラン」(段落【0014】)にも,「一般式YSiX〔X3
=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族
長鎖アルキル基〕で示される」ものは含まれていない。
その他には,甲2に,本件特許発明1の「YSiXX=メトキシ基3
又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル
基」という特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示され
ているというべき事情は認められないから,引用発明2に,本件特許発
明1の上記特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示され
ていると認めることはできない。
イまた,原告は,本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許
発明1の構成要件である「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基3
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシラン
カップリング剤は,周知自明であったと主張するが,後記6(6)のとお
り,甲2~7から,本件特許発明1の構成要件である「YSiXX=3
メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖
アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム
組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であった
と認めることはできない。
ウしたがって,相違点(う)につき実質的な相違点であるとした審決の判
断に誤りはない。
(4)相違点(え)につき
上記(3)のとおり,相違点(う)が実質的な相違点である以上,本件特許
発明1と引用発明2が同一であることが否定されるから,相違点(え)につ
いて判断するまでもなく,引用発明2との対比における新規性は認められる
のであって,相違点(え)について判断することなく,引用発明2との対比
における新規性を認めた審決の判断に誤りはない。
(5)本件特許発明2,3,5につき
上記のとおり,本件特許発明1について引用発明2との対比における新規
性が認められるのであるから,本件特許発明1に係る熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物にさらに限定を付した本件特許発明2,3,5についても,引用発
明2との対比における新規性が認められることは明らかであり,その旨の審
決の判断に誤りはない。
5取消事由3(引用発明3との対比による新規性判断の誤り)について
(1)甲3(特開平9-111124号公報)には,次の記載がある。
ア特許請求の範囲
「【請求項1】(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉
末10~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5
μmを除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導性充
填剤を40~90重量%含有することを特徴とする熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物。
【請求項2】付加反応硬化型であることを特徴とする請求項1記載の熱
伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項3】(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末1
0~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μm
を除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導性充填
剤,(A)一分子中に少なくとも2個のアルケニル基を含有するオルガノポ
リシロキサン,(A)成分100重量部に対して0.1~50重量部の(B)
一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有するオルガノ
ポリシロキサン,および触媒量の(C)ヒドロシリル化反応用触媒からな
り,この充填剤を40~90重量%含有することを特徴とする請求項2記
載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項4】縮合反応硬化型であることを特徴とする請求項1記載の熱
伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項5】(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末1
0~90重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μm
を除く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導性充填
剤,(D)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する水酸基もしく
は加水分解可能な基を含有する実質的に直鎖状のオルガノポリシロキサ
ン,(D)成分100重量部に対して0.1~25重量部の(E)一分子中に
少なくとも2個のケイ素原子に結合する加水分解可能な基を含有する有機
ケイ素化合物,および(D)成分100重量部に対して0.01~10重量
部の(F)縮合反応用触媒からなり,この充填剤を40~90重量%含有す
ることを特徴とする請求項4記載の熱伝導性シリコーンゴム組成物。
【請求項6】請求項1ないし5のいずれか1項に記載の熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物を硬化させてなる熱伝導性シリコーンゴム。」
イ発明の詳細な説明
(ア)産業上の利用分野
「本発明は,熱伝導性シリコーンゴムおよびその組成物に関し,詳し
くは,比較的比重が小さい高熱伝導性シリコーンゴム,およびこのシリ
コーンゴムを形成するために多量の熱伝導性充填剤を配合しているにも
かかわらず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが沈降して
も,容易にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコーンゴム組
成物に関する。」(段落【0001】)
(イ)発明が解決しようとする課題
「本発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明
に到達した。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴム
を形成するために多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわら
ず,貯蔵中にこれが沈降し難く,また,たとえこれが沈降しても,容易
にこれを再分散させることができる熱伝導性シリコーン組成物を提供す
ることにあり,そして,比較的比重が小さい高熱伝導性シリコーンゴム
を提供することにある。」(段落【0004】)
(ウ)課題を解決するための手段およびその作用
「これらの充填剤は有機ケイ素化合物により表面処理されていてもよ
い。この有機ケイ素化合物としては,例えば,メチルトリメトキシシラ
ン,ビニルトリメトキシシラン,ビニルトリエトキシシラン,3-グリ
シドキシプロピルトリメトキシシラン,3-メタクリロキシプロピルト
リメトキシシラン,3-アミノプロピルトリメトキシシラン,3-アミ
ノプロピルトリエトキシシラン,N-(2-アミノエチル)-3-アミ
ノプロピルトリメトキシシラン等のアルコキシシラン化合物;メチルト
リクロロシラン,ジメチルジクロロシラン,トリメチルモノクロロシラ
ン等のクロロシラン化合物;ヘキサメチルジシラザン,ヘキサメチルシ
クロトリシラザン等のシラザン化合物;分子鎖両末端シラノール基封鎖
ジメチルシロキサンオリゴマー,分子鎖両末端シラノール基封鎖ジメチ
ルシロキサン・メチルビニルシロキサン共重合体オリゴマー,分子鎖両
末端シラノール基封鎖メチルビニルシロキサンオリゴマー,分子鎖両末
端シラノール基封鎖メチルフェニルシロキサンオリゴマー等のシロキサ
ンオリゴマー化合物が例示される。これらの充填剤を表面処理する方法
としては,例えば,これらの充填剤にこれらの有機ケイ素化合物を直接
混合して処理する方法(乾式処理方法),これらの有機ケイ素化合物を
トルエン,メタノール,ヘプタン等の有機溶剤と共にこれらの充填剤に
混合して処理する方法(湿式処理方法),シリコーンゴム組成物の主剤
であるオルガノポリシロキサンとこれらの有機ケイ素化合物との混合物
中にこれらの充填剤を混合して処理するか,または,このオルガノポリ
シロキサンとこの充填剤の混合物中にこれらの有機ケイ素化合物を混合
して処理する方法(in-situ処理方法)が挙げられる。また,こ
れらの有機ケイ素化合物により,これらの充填剤を表面処理する際に,
その処理効率を向上させるために,例えば,有機チタン等の有機金属化
合物,水等を配合しておくことが好ましい。」(段落【0007】)
「この充填剤の含有量は,本組成物において40~90重量%の範囲
内であり,特に,60~80重量%の範囲内であることが好ましい。こ
れは,この充填剤の含有量が組成物の40重量%未満であると,硬化し
て得られるシリコーンゴムに十分な熱伝導性を付与することができない
ためであり,また,この充填剤の含有量が組成物の90重量%をこえる
と,この組成物の粘度が著しく大きくなり,その取扱作業性が著しく悪
化するためである。」(段落【0008】)
「本組成物の硬化機構としては,例えば,付加反応硬化型,縮合反応
硬化型,有機過酸化物硬化型が挙げられ,特に,付加反応硬化型,縮合
反応硬化型であることが好ましい。また,縮合反応硬化型としては,例
えば,脱アルコール縮合反応硬化型,脱オキシム化合物縮合反応硬化
型,脱酢酸縮合反応硬化型,脱ケトン化合物縮合反応硬化型,脱アミン
化合物縮合反応硬化型,脱アミド化合物縮合反応硬化型および脱ヒドロ
キシアミン化合物縮合反応硬化型が挙げられる。」(段落【0009
】)
「本組成物の硬化機構が付加反応硬化型である場合には,例えば,(
i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90重量
%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除く)で
あるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導充填剤,(A)一分
子中に少なくとも2個のアルケニル基を含有するオルガノポリシロキサ
ン,(A)成分100重量部に対して0.1~50重量部の(B)一分子中
に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有するオルガノポリシ
ロキサン,および触媒量の(C)ヒドロシリル化反応用触媒からなり,こ
の充填剤を40~90重量%含有する組成物であることが好ましく,特
に,この充填剤を60~80重量%含有する組成物であることが好まし
い。(段落【0010】)
「(B)成分のオルガノポリシロキサンはこの組成物の架橋剤であり,
一分子中に少なくとも2個のケイ素原子結合水素原子を含有する。(B)
成分のケイ素原子結合水素原子の結合位置としては,例えば,分子鎖末
端および/または分子鎖側鎖が挙げられる。(B)成分のケイ素原子に結
合する有機基としては,例えば,メチル基,エチル基,プロピル基,ブ
チル基,ペンチル基,ヘキシル基,ヘプチル基等のアルキル基;フェニ
ル基,トリル基,キシリル基,ナフチル基等のアリール基;ベンジル
基,フェネチル基等のアラルキル基;クロロメチル基,3-クロロプロ
ピル基,3,3,3-トリフロロプロピル基等のハロゲン化アルキル基
が挙げられ,特に,メチル基,フェニル基であることが好ましい。この
ような(B)成分の分子構造としては,例えば,直鎖状,一部分岐を有す
る直鎖状,環状,分岐鎖状が挙げられるが,(A)成分が分岐鎖状である
場合には,(B)成分は実質的に直鎖状であることが好ましい。…」(段
落【0013】)
「このような(B)成分のオルガノハイドロジェンポリシロキサンとし
ては,分子鎖両末端トリメチルシロキシ基封鎖メチルハイドロジェンポ
リシロキサン,分子鎖両末端トリメチルシロキシ基封鎖ジメチルシロキ
サン・メチルハイドロジェンシロキサン共重合体,分子鎖両末端トリメ
チルシロキシ基封鎖ジメチルシロキサン・メチルハイドロジェンシロキ
サン・メチルフェニルシロキサン共重合体,分子鎖両末端ジメチルハイ
ドロジェンシロキシ基封鎖ジメチルポリシロキサン,分子鎖両末端ジメ
チルハイドロジェンシロキシ基封鎖ジメチルシロキサン・メチルフェニ
ルシロキサン共重合体,分子鎖両末端ジメチルハイドロジェンシロキシ
基封鎖メチルフェニルポリシロキサン,式:RSiOで示される1
31/2
シロキサン単位と式:RHSiOで示されるシロキサン単位と少1
21/2
量の式:SiOで示されるシロキサン単位からなるオルガノポリシ4/2
ロキサン共重合体,式:RHSiOで示されるシロキサン単位と1
21/2
少量の式:SiOで示されるシロキサン単位からなるオルガノポリ4/2
シロキサン共重合体,式:RHSiOで示されるシロキサン単位と1
2/2
少量の式:RSiOで示されるシロキサン単位もしくは式:HSi1
3/2
Oで示されるシロキサン単位からなるオルガノポリシロキサン共重3/2
合体,および,これらのオルガノポリシロキサンの二種以上からなる混
合物が挙げられる。上式中のRはアルケニル基以外の一価炭化水素基1
であり,前記と同様の基が例示される。」(段落【0014】)
「この組成物を調製する方法としては,例えば,ロスミキサー,プラ
ネタリーミキサー等の混合装置により調製する方法が挙げられる。この
組成物を一液として貯蔵する場合には,これを25℃以下で貯蔵する
か,好ましくは,10℃以下に冷蔵することが必要であり,また,この
組成物を二液以上に分けて貯蔵する場合には,使用直前に均一に混合す
ることが必要である。」(段落【0021】)
「また,本組成物の硬化機構が縮合反応硬化型である場合には,例え
ば,(i)平均粒子径が0.1~50μmであるシリカ微粉末10~90
重量%および(ii)平均粒子径が0.1~5μm(但し,5μmを除
く)であるアルミナ微粉末90~10重量%からなる熱伝導充填剤,(
D)一分子中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する水酸基もしくは
加水分解可能な基を含有する実質的に直鎖状のオルガノポリシロキサ
ン,(D)成分100重量部に対して0.1~25重量部の(E)一分子中
に少なくとも2個のケイ素原子に結合する加水分解可能な基を含有する
有機ケイ素化合物,および(D)成分100重量部に対して0.01~1
0重量部の(F)縮合反応用触媒からなり,この充填剤を40~90重量
%含有する組成物であることが好ましく,特に,この充填剤を60~8
0重量%含有する組成物であることが好ましい。」(段落【0022
】)
「(E)成分の有機ケイ素化合物はこの組成物の架橋剤であり,一分子
中に少なくとも2個のケイ素原子に結合する加水分解可能な基を含有す
る。(E)成分中のケイ素原子に結合する加水分解可能な基としては,前
記と同様の基が例示される。このような(E)成分の有機ケイ素化合物と
しては,例えば,テトラメトキシシラン,テトラエトキシシラン,テト
ライソプロポキシシラン,テトラブトキシシラン,テトラ(2-クロロ
エトキシ)シラン,メチルセロソルブオルソシリケート,メチルトリメ
トキシシラン,メチルトリエトキシシラン,エチルトリメトキシシラ
ン,ビニルトリメトキシシラン,フェニルトリメトキシシラン,3,
3,3-トリフルオロプロピルトリメトキシシラン,オクタデシルトリ
メトキシシラン,プロピルトリス(4-クロロブトキシ)シラン,メチ
ルトリス(メトキシエトキシ)シラン,ジフェニルジメトキシシラン,
ジメチルジメトキシシラン等のアルコキシシラン化合物;エチルポリシ
リケート,ジメチルテトラメトキシジシロキサン等のアルコキシシロキ
サン化合物;テトラ(メチルエチルケトオキシム)シラン,テトラ(ジ
メチルケトオキシム)シラン,メチルトリス(メチルエチルケトオキシ
ム)シラン,メチルトリス(ジエチルケトオキシム)シラン,ビニルト
リス(ジメチルケトオキシム)シラン,メチルトリス(アセトンオキシ
ム)シラン,ビニルトリス(ジメチルケトオキシム)シラン,フェニル
トリス(ジメチルケトオキシム)シラン,フェニルトリス(ジメチルケ
トオキシム)シラン,ジメチルビス(ジメチルケトオキシム)シラン,
ジメチルビス(アセトオキシム)ジメチルシラン等のオキシムシラン化
合物;メチルトリス(プロペニルオキシ)シラン,ビニルトリス(ブテ
ニルオキシ)シラン,フェニルトリス(プロペニルオキシ)シラン,ジ
メチルビス(プロペニルオキシ)シラン等のアルケノキシシラン化合物
;メチルトリアセトキシシラン,メチルトリオクタノイルオキシシラ
ン,メチルトリベンゾイルオキシシラン,トリアセトキシブトキシシラ
ン,フェニルトリアセトキシシラン,ビニルトリアセトキシシラン,ジ
メチルジアセトキシシラン,メチルビニルジアセトキシシラン,ジ-t
-ブチルジアセトキシシラン,ジフェニルジアセトキシシラン等のアセ
トキシシラン化合物;メチルトリス(ジメチルアミノ)シラン,ビニル
トリス(ジメチルアミノ)シラン,ビニルトリス(N-ブチルアミノ)
シラン,フェニルトリス(ジメチルアミノ)シラン,メチルトリス(シ
クロヘキシルアミノ)シラン,ジメチル-ビス(ジエチルアミノ)シラ
ン,ジフェニル-ビス(ジエチルアミノ)シラン,メチルフェニル-ビ
ス(ジエチルアミノ)シラン等のアミノシラン化合物;メチルトリス
(N-メチルアセトアミド)シラン,メチルトリス(N-ブチルアセト
アミド)シラン,メチルトリス(N-シクロヘキシルアセトアミド)シ
ラン,ジメチルビス(N-メチルアセトアミド)シラン,ジメチルビス
(N-エチルアセトアミド)シラン,メチルビニルビス(N-メチルア
セトアミド)シラン等のアミドシラン化合物;メチルトリス(N,N-
ジエチルアミノキシ)シラン等のアミノキシシラン化合物,およびこれ
らシラン化合物もしくはシロキサン化合物の部分加水分解縮合物,ま
た,これらの2種以上の混合物が挙げられる。」(段落【0026】)
「この組成物において,(D)成分が一分子中に少なくとも2個のケイ
素原子に結合する水酸基を含有するジオルガノポリシロキサンである場
合に,(E)成分として上記のアルコキシシラン化合物もしくはアルコキ
シシロキサン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱アルコール化
合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のオキシム
シラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱オキシム化合物縮合
反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として上記のアセトキシシラン
化合物またはその部分加水分解物を用いて脱酢酸縮合反応硬化型の組成
物としたり,(E)成分として上記のアルケノキシシラン化合物またはそ
の部分加水分解物を用いて脱ケトン化合物縮合反応硬化型の組成物とし
たり,(E)成分として上記のアミノシラン化合物またはその部分加水分
解物を用いて脱アミン化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成
分として,上記のアミドシラン化合物またはその部分加水分解物を用い
て,脱アミド化合物縮合反応硬化型の組成物としたり,(E)成分として
上記のアミノキシシラン化合物またはその部分加水分解物を用いて脱ヒ
ドロキシアミン化合物縮合反応硬化型の組成物としたりすることができ
る。…」(段落【0027】)
「(E)成分の配合量は(D)成分100重量部に対して0.1~25重
量部の範囲内であり,特に,0.5~10重量部の範囲内であることが
好ましい。これは,(D)成分100重量部に対して,(E)成分が0.1
重量部未満である組成物は十分に硬化しなかったり,湿気遮断下で貯蔵
中に増粘やゲル化を生じ易くなるためであり,また,これが25重量部
をこえる組成物は硬化速度が著しく遅かったりするためである。」(段
落【0028】)
「この組成物を調製する際には,湿気遮断下で行う必要があり,ま
た,この組成物を一液として貯蔵する際にも湿気遮断下で貯蔵すること
が必要である。」(段落【0033】)
「これらの硬化機構からなる本組成物は,硬化して高熱伝導性のシリ
コーンゴムを形成することができるので,例えば,トランジスター,I
C,メモリー素子等の電子部品を登載したプリント回路基板やハイブリ
ッドICのポッティング材や接着剤,半導体素子の接着剤,エンジンマ
ウントの接着・シール剤として利用することができる。また,この組成
物を硬化して得られる高熱伝導性シリコーンゴムは,放熱シートに成形
して利用することができる。」(段落【0034】)
(エ)実施例
「[実施例5]粘度が400ポイズである分子鎖両末端トリメトキシ
シロキシ基封鎖ジメチルポリシロキサン100重量部,メチルトリメト
キシシラン4重量部,平均粒子径が5μmである不定形シリカ微粉末1
05重量部,平均粒子径が3μmである不定形アルミナ微粉末210重
量部,およびテトラブチルチタネート1重量部を湿気遮断下で均一に混
合して熱伝導性シリコーンゴム組成物を調製した。この組成物の貯蔵安
定性,およびこれを硬化して得られたシリコーンゴム熱伝導率を表2に
示した。」(段落【0047】)
(2)審決の判断手法につき
ア審決は,本件特許発明1と引用発明3は,以下の(お)及び(か)の点
で相違すると判断している(33頁下4行~34頁4行)。
「(お)熱伝導性無機フィラーの表面処理のために,本件特許発明1で
は,『一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数63
個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される』シランカップリ
ング剤を使用するのに対して,引用発明3では,このような規定がなされ
ていない点。
(か)熱伝導性無機フィラーの配合割合について,本件特許発明1で
は,『熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~80v
ol%』と規定するのに対し,引用発明3では,『熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物』の『40~90重量%』と規定する点。」
イこの点につき,原告は,内容を検討する前から相違する点があるとの判
断手法は,それ自体誤りであると主張する。しかし,本件特許発明1の特
許請求の範囲の記載と上記(1)認定の甲3の記載を対比すると,記載上,
(お),(か)の各点が異なることは明らかであるから,これらを相違点
とした上,これらが実質的に相違するかどうかを,結論に必要な限度で判
断している審決の判断手法に誤りがあるということはできない。
そこで,上記各相違点の実質について検討する。
(3)相違点(お)につき
ア上記(1)イ(ウ)のとおり,甲3には,充填剤を表面処理する有機ケイ素
化合物として,メチルトリメトキシシラン等が例示されている(段落【0
007】)が,この中には,本件特許発明1の「一般式YSiX〔X=3
メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖
アルキル基〕で示される」ものは含まれていない。
また,上記(1)イ(ウ)のとおり,甲3には,架橋剤として(B)成分と
(E)成分が記載されているところ,このうち,組成物の硬化機構が縮合
反応硬化型である場合の架橋剤である(E)成分として記載されている
「オクタデシルトリメトキシシラン」(段落【0026】)は,本件特許
発明1の「一般式YSiX〔X=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素3
数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基〕で示される」ものに当た
る。しかし,これは,極めて多くの化合物が例示されている中の一つとし
て記載されているものにすぎない。
そして,その他には,甲3に,本件特許発明1の「YSiXX=メト3
キシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アル
キル基」という特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示さ
れているというべき事情は認められないから,引用発明3に,本件特許発
明1の上記特定の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されて
いると認めることはできない。
なお,原告は,架橋剤を添加して混合スラリーを作成する際に,架橋剤
はフィラー表面に吸着されるから,シランカップリング剤として用いたの
と同様の結果となると主張し,甲8(原告社員Cの平成19年7月23日
付け実験報告書)を提出するが,たとえそうであるとしても,甲3の記載
が上記認定のようなものである以上,引用発明3に本件特許発明1の特定
の組み合わせを有するシランカップリング剤が開示されていると認めるこ
とはできないとの上記認定を左右するものではない。
イまた,原告は,本件特許出願前には,甲2~7に示すように,本件特許
発明1の構成要件である「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基3
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」からなるシラン
カップリング剤は,周知自明であったと主張するが,後記6(6)のとお
り,甲2~7から,本件特許発明1の構成要件である「YSiXX=3
メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖
アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴム
組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であった
と認めることはできない。
ウしたがって,相違点(お)につき実質的な相違点であるとした審決の判
断に誤りはない。
(4)相違点(か)につき
上記(3)のとおり,相違点(お)が実質的な相違点である以上,本件特許
発明1と引用発明3が同一であることが否定されるから,相違点(か)につ
いて判断するまでもなく,引用発明3との対比における新規性は認められる
のであって,相違点(か)について判断することなく引用発明3との対比に
おける新規性を認めた審決の判断に誤りはない。
(5)本件特許発明2~5につき
上記のとおり,本件特許発明1について引用発明3との対比における新規
性が認められるのであるから,本件特許発明1に係る熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物にさらに限定を付した本件特許発明2~5についても,引用発明3
との対比における新規性が認められることは明らかであり,その旨の審決の
判断に誤りはない。
6取消事由4(進歩性判断の誤り)について
(1)引用発明2及び3につき
前記4(1)イ(イ)のとおり,甲2には「本発明者らは上記の課題を解決す
るため鋭意検討した結果,本発明に到達した。すなわち,本発明の目的は,
高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するために多量のアルミナ微粉末を配合
しているにもかかわらず,アルミナ微粉末が沈降しにくく,また,たとえア
ルミナ微粉末が沈降していても容易に均一に再分散させることができる熱伝
導性シリコーンゴム組成物を提供することにある。」(段落【0004
】)」と記載されている。また,前記5(1)イ(イ)のとおり,甲3には「本
発明者らは上記の課題を解決するため鋭意検討した結果,本発明に到達し
た。すなわち,本発明の目的は,高熱伝導性のシリコーンゴムを形成するた
めに多量のアルミナ微粉末を配合しているにもかかわらず,貯蔵中にこれが
沈降し難く,また,たとえこれが沈降しても,容易にこれを再分散させるこ
とができる熱伝導性シリコーン組成物を提供することにあり,そして,比較
的比重が小さい高熱伝導性シリコーンゴムを提供することにある。」(段落
【0004】)と記載されている。これらの記載は,前記2(1)ウ認定の本
件特許訂正明細書の本件特許発明の目的に関する記載(段落【0007】)
や前記2(2)認定の本件特許発明の作用効果と共通する点がある。
しかし,引用発明2と引用発明3が本件特許発明と構成において相違する
ことは,前記4及び5で判断したとおりである。
したがって,引用発明2について相違点(う)と(え)が,引用発明3に
ついて相違点(お)と(か)が,それぞれ存在しないことを前提として,本
件特許発明に進歩性がないとする原告の主張は理由がない。
(2)引用発明4につき
ア甲4(特表平9-509686号公報)には,次の記載がある。
(ア)特許請求の範囲
「1.ポリマーおよびポリマーマトリックスの重量を基準にして,約
0.01~約87重量%のシラン処理されたTiO顔料からなる,高2
められた加工性を示す前記ポリマーマトリックスであって,前記シラン
処理されたTiO顔料が,前記シラン処理されたTiOの重量を基準22
にして,約0.1~約5重量%の式:
x4-xRSi(R′)
(式中,Rは8~約20個の炭素原子を有する,加水分解しない,脂肪
族,環式脂肪族または芳香族の基であり;
R′はアルコキシ,ハロゲン,アセトキシもしくはヒドロキシまたは
それらの混合から選ばれる加水分解性基であり;そして
x=1~3である)を有する少なくとも一つの有機珪素化合物のコー
ティングを有する前記ポリマーマトリックス。」
「3.ポリマーがポリオレフィンである,請求項1または2記載の組
成物。」
「5.ポリマーがポリ塩化ビニルである,請求項1または2記載の組
成物。」
「6.Rが8~18個の炭素原子を有する脂肪族であり,R′がアル
コキシであり,そしてx=1~3である,請求項1,2または4記載の
組成物。」
「8.シラン処理されたTiO顔料が,シラン処理されたTiOの22
重量を基準にして,約0.1~約5重量%の式:
x4-xRSi(R′)
(式中,Rは8~約20個の炭素原子を有する,加水分解しない,脂肪
族,環式脂肪族または芳香族の基であり;
R′はアルコキシ,ハロゲン,アセトキシもしくはヒドロキシまたは
それらの混合から選ばれる加水分解性基であり;そしてx=1~3で
ある)を有する有機珪素化合物のコーティングを有する,ポリオレフィ
ンおよびポリマーマトリックスの重量を基準にして,約0.01~約8
7重量%のシラン処理されたTiO顔料からなる,高められた加工性2
を示すポリオレフィンマトリックス。
「10.シラン処理された顔料が,約70~約82重量%の量で存在
し,有機珪素化合物が,オクチルトリエトキシシラン,ノニルトリエト
キシシラン,デシルトリエトキシシラン,ドデシルトリエトキシシラ
ン,トリデシルトリエトキシシラン,テトラデシルトリエトキシシラ
ン,ペンタデシルトリエトキシシラン,ヘキサデシルトリエトキシシラ
ン,ヘプタデシルトリエトキシシラン,オクタデシルトリエトキシシラ
ン,それらの混合物;並びにブチルトリメトキシシランおよびポリジメ
チルシロキサンの混合物,およびオクチルトリエトキシシランおよびポ
リジメチルシロキサンの混合物からなる群より選ばれる,請求項1,
2,8または9記載の組成物。」
「11.(a)ポリオレフィンがポリエチレンであり:
(b)シラン処理されたTiOが,約0.5~1.5重量%のオク2
チルトリエトキシシランでコーティングされたTiOであり;そして2
(c)シラン処理されたTiO顔料が,約70重量%の量で存在す2
る:
請求項10記載のポリオレフィンマトリックス。」
「14.ポリオレフィンマトリックスが,ポリオレフィンマトリック
スの重量を基準にして,約0.2~約20重量%の範囲のTiO濃度2
で,耐レーシング性を示す,請求項8記載の組成物。」
(イ)発明の詳細な説明
a発明の背景
「本発明は,有機珪素化合物で処理され,配合における加工性
(processibility)およびポリオレフィンマトリックス中のレーシン
グ抵抗性(lacingresistance)のような性能の性質が改善された白色顔
料を含む,白色に着色されたポリマー(特にポリオレフィン,例えば
ポリエチレン)に関する。
TiO顔料を有機珪素化合物で処理してポリマーマトリックス中2
の分散性を改善することは,当分野ではよく知られている。例えば,
米国特許第4,061,503号および同第4,151,154号には,塗料及びプラス
チック中のTiOの高められた分散性が開示されている。そこで2
は,珪素に結合した少なくとも二つの加水分解性基およびポリアルキ
レンオキシド基を含む有機基を有するシランを用いてTiOを表面2
処理する。
さらに,米国特許第4,810,305号には,合成樹脂中の分散性が改善
された,オルガノポリシロキサン0.05~10重量%を含む,改質
された疎水性顔料または充填剤が開示されている。
しかしながら,先行技術の欠点には,(1)許容できない加工性,す
なわち遅い速度でのポリマーマトリックス中のTiO顔料の分散2
性,(2)レーシング,すなわちポリオレフィンマトリックス中の欠陥
の発生:が含まれるが,これらに限定されるわけではない。レーシン
グは,高い温度でポリオレフィンの加工プロセス中に,顔料から揮発
物が放出される結果として起こる。またレーシングは,TiOが水2
分を取り込むためでもありうる。さらに別の欠点は,ポリマー濃縮物
中のTiO顔料の配合量が高くなると,加工速度が遅くなるという2
ことである。
先行技術の上記の組合わせられた欠点は,本発明によって克服でき
ることがわかった。」(6頁6行~下1行)
b発明の詳述
(a)「『シラン処理した』TiOとは,本明細書中では,少なく2
とも一つのシラン,または少なくとも一つのシランおよび少なくと
も一つのポリシロキサンの混合物(本明細書中ではひとまとめにし
て有機珪素化合物と称する)のいずれかで処理したTiOのこと2
である。
適切なシランは,
x4-xRSi(R′)
(式中,Rは少なくとも1~約20個の炭素原子を有する,加水分
解しない,脂肪族,環式脂肪族または芳香族の基であり:
R′は加水分解性基,例えばアルコキシ,ハロゲン,アセトキシ
もしくはヒドロキシまたはそれらの混合物であり;そして
x=1~3である)
例えば,本発明を実施するのに有用なシランには,オクチルトリ
エトキシシラン,ノニルトリエトキシシラン,デシルトリエトキシ
シラン,ドデシルトリエトキシシラン,トリデシルトリエトキシシ
ラン,テトラデシルトリエトキシシラン,ペンタデシルトリエトキ
シシラン,ヘキサデシルトリエトキシシラン,ヘプタデシルトリエ
トキシシラン,およびオクタデシルトリエトキシシランが含まれ
る。シランのさらに別の例には,R=8~18個の炭素原子;R′
=クロロ,メトキシ,ヒドロキシまたはそれらの混合物;そしてx
=1~3が含まれる。好ましいシランは,R=8~18個の炭素原
子;R′=エトキシ;およびx=1~3である。R=8~18個の
炭素原子は,加工性を高めるのに好ましい。R′=エトキシは取り
扱いを容易にするために好ましい。」(7頁下3行~8頁19行)
(b)「本発明の使用に適したポリマーには,オレフィンを含むエチ
レン系不飽和モノマーのポリマー,例えばポリエチレン,ポリプロ
ピレン,ポリブチレンおよびエチレンとより高級なオレフィン,例
えば4~10個の炭素原子を含むアルファオレフィンまたは酢酸ビ
ニル等とのコポリマー;ビニル系樹脂,例えばポリ塩化ビニル,ポ
リビニルエステル,例えばポリ酢酸ビニル,ポリスチレン,アクリ
ルホモポリマーおよびコポリマー;フェノール樹脂;アルキド樹脂
;アミノ樹脂;エポキシ樹脂,ポリアミド,ポリウレタン;フェノ
キシ樹脂,ポリスルホン;ポリカーボネート;ポリエーテルおよび
塩素化ポリエステル;ポリエーテル;アセタール樹脂;ポリイミド
;およびポリオキシエチレンが含まれるが,これらに限定されるわ
けではない。また,本発明によるポリマーには,種々のゴムおよび
/またはエラストマー,種々のジエンモノマーと上記ポリマーとの
共重合,グラフト化または物理的ブレンドに基づく合成ポリマーま
たは天然ポリマーも含まれ,これらすべては当分野で一般に知られ
ているものである。従って,一般に本発明は,白色に着色されたプ
ラスチックまたは弾性組成物(本明細書では,ひとまとめにして白
色に着色されたポリマーと称する)のいずれにも有用である。例え
ば,そして限定するわけではないが,本発明はポリオレフィン,例
えばポリプロピレン,ポリ塩化ビニル,ポリアミドおよびポリエス
テルに特に有用であると考えられる。」(10頁13行~11頁3
行)
(c)「高配合された,シラン処理された顔料のTiOは,ポリオレ2
フィンマトリックス中に配合した時に,優れたポリマーマトリック
ス中での加工性およびレーシング抵抗性を示す。観察される付加的
な利点は,嵩密度の増加,粘度の低下,優れた分散性,耐湿性およ
び優れた光学的性質,例えば高い着色力である。」(12頁17行
~20行)
イ上記アによると,引用発明4は,白色に着色されたポリマーにおいて,
TiO顔料を有機珪素化合物で処理して,ポリマーマトリックス中のT2
iO顔料の分散性の改善及びレーシング(ポリオレフィンマトリックス2
中の欠陥の発生)の防止等を図るものであって,本件特許発明のような,
シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導
性シリコーンゴム組成物に関するものではない。
そして,前記2(1)エ(イ)のとおり,本件特許発明の実施例11では,
酸化チタンが用いられているから,この限度では,引用発明4は本件特許
発明と共通する。しかし,引用発明4は,酸化チタンを顔料として用いて
いるのであって,熱伝導性無機フィラーとして用いている本件特許発明と
は異なる。
また,原告は,引用発明4の有機珪素化合物は,本件特許発明1の「Y
SiXX=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以3
下の脂肪族長鎖アルキル基」のうち,「YSiX」の式と「X=エトキ3
シ基,Y=炭素数8個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」が共通す
ると主張する。上記アの甲4の記載によると,引用発明4の有機珪素化合
物を,本件特許発明1の「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基,3
Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」と対比すると,
原告が主張するように重なり合う部分があり,本件特許発明1の上記一般
式に該当する化合物も開示されていることが認められる。しかし,引用発
明4の有機珪素化合物は,熱伝導性無機フィラーの表面処理のためのシラ
ンカップリング剤ではない。
さらに,原告は,上記ア(イ)b(b)の「また,本発明によるポリマーに
は,種々のゴムおよび/またはエラストマー,・…これらすべては当分野
で一般に知られているものである。」との記載から,シリコーンゴムに応
用することは,当業者であれば容易であると主張する。しかし,甲4に
は,このように一般的に「種々のゴムおよび/またはエラストマー」と記
載されているのみであって,シリコーンゴムについて記載されているもの
ではない。
原告は,上記ア(イ)b(c)の「粘度の低下,優れた分散性,耐湿性」
は,本件特許発明の作用効果と共通すると主張する。しかし,作用効果が
共通する点があるとしても,引用発明4の作用効果は,熱伝導性無機フィ
ラーの表面処理のためのシランカップリング剤の作用効果ではなく,それ
から本件特許発明の効果を当然に予想し得るということもできない。
(3)引用発明5につき
ア甲5(特開平5-259314号公報)には,次の記載がある。
(ア)特許請求の範囲
「【請求項1】樹脂に無機質充填剤粉末を配合分散させ,前記無機質
充填剤粉末の表面が加水分解され易い少なくとも1つのアルコキシル基
と,加水分解されにくいアルキル基からなり,その最長鎖の炭素原子数
が14個から22個である少なくとも1つの基とがケイ素原子に結合し
てなるシラン化合物により処理されていることを特徴とする半導体用封
止樹脂組成物。」
(イ)発明の詳細な説明
a産業上の利用分野
「本発明は半導体用の封止樹脂組成物に関するものである。特に耐
半田クラック性に優れた半導体用樹脂組成物に関するものである。」
(段落【0001】)
b従来の技術
「IC,LSIなどの半導体のパッケージは,エポキシ樹脂などか
らなる樹脂組成物を低圧トランスファー成形により封止する方法が,
生産性や価額の面で有利なため主流を占めている。」(段落【000
2】)
「近年,半導体の微細化,チップの大型化,パッケージの小型,薄
型化さらには高密度表面実装化の進む中で,封止樹脂には,極度の低
応力化および表面実装時の耐半田クラック性が要求されている。」
(段落【0003】)
「低応力化に対しては,樹脂にシリカ粉末などの充填剤を多量に配
合して,熱膨張係数を小さくすることと,シリコン樹脂などの可とう
性樹脂をマトリックス樹脂内に島状に混入し,弾性率を低減させるこ
との二つの方法がある。」(段落【0004】)
「耐半田クラックに対しては,低吸水性樹脂や強靱性樹脂の導入に
より,また充填剤粉末表面にr-アミノメトキシシラン,r-グリシド
キシプロピルトリメトキシシランなどのシランカップリング剤で処理
を施し,樹脂と充填剤間の結合力を高め,樹脂を高強度化すること等
により,改善がなされている。」(段落【0005】)
c発明が解決しようとする課題
「しかしながら,半導体の信頼性を確保するには十分に満足できる
状態にはない。」(段落【0006】)
「本発明は低応力で,実装時の際の熱ショックに対してパッケージ
クラックが発生することのない,耐吸湿半田性に優れた半導体封止用
樹脂組成物を提供することである。」(段落【0007】)
d実施例
(a)「以下に本発明の第1の実施例である樹脂封止組成物について
述べる。」(段落【0011】)
「充填剤粉末として,粒子径が0.1μmから75μmに分布
し,その平均粒子径が14μmの溶融球状シリカについて,表面処
理剤としてオクタデシルトリエトキシシランを用い,次の方法で表
面処理を行った。」(段落【0012】)
「溶融シリカ粉末100重量部に,オクタデシルトリエトキシシ
ラン(CHSi(OCH))を1.2重量部と,トルエンを1837253
50重量部混合する。」(段落【0013】)
「上記の混合物をシェーカで1時間混合分散した後,濾過した
後,150℃で1時間加熱して表面処理シリカ粉末を得る。」(段
落【0014】)
「以下に本発明の第2の実施例である樹脂封止組成物について述
べる。第1の実施例で使用したのと同じシリカに対して,表面処理
剤にヘキサデシルトリメトキシシラン((CHSi(OCH1633
))により,第1の実施例と同じ混合割合で,同じ方法条件で表33
面処理を行い,表面処理シリカ粉末を得る。」(段落【0015
】)
(b)【表1】の最下段には,「充填剤シリカ粉末82.2重量
部」と記載されている(段落【0022】)。
(c)「充填剤表面のアルキル基と組成物を構成するマトリックス樹
脂とは一次的な化学結合を形成しないため,また長鎖のアルキル基
が充填剤表面と樹脂との間に介在するので,両者間では容易にすべ
りが起こり,充填剤表面の応力集中の発生が極めて小さくなる。」
(段落【0037】)
「この結果残留応力や熱時の発生応力の低減さらには熱衝撃的応
力の吸収に効果がある。さらには,充填剤表面と樹脂の間の滑りが
起こり易くなるため,粘度の低下に寄与し,トランスファー成形時
の流れ性の優れた組成物が達成できる。」(段落【0038】)
「本発明における以上のごとき作用効果は,例えばシリカを充填
剤にした場合,その配合割合が80重量%以上の高充填組成物にお
いて,即ち充填剤粒子間の樹脂層厚が極めて薄い場合に顕著に発揮
されるものである。」(段落【0039】)
「本発明に使用可能な長鎖のアルキルシラン化合物において,ケ
イ素原子の4個の結合の内,1~3個の結合はアルコキシル基から
なり,残りの3~1個の結合には同一または異なる非または難加水
分解性の長鎖アルキル基が結合されているものである。アルキル基
は最長鎖の炭素原子数が14~22個で,好ましくは16~20個
である。炭素数が14個より少なくなると表面処理の効果が小さ
く,また22個を越えると加水分解速度が遅くなり,均一な表面処
理ができにくくなる。」(段落【0040】)
「本発明に適用できる無機質充填剤としては,溶融シリカ,結晶
シリカ,タルク,アルミナ,窒化珪素,炭酸カルシウム半田槽,け
い酸カルシウム半田槽などがある。これらは単独もしくは2種類以
上組合わせて使用できる。これらのなかでシリカが熱膨張,熱伝導
の点で優れ,好ましい。」(段落【0041】)
(d)「マトリックス樹脂としては,クレゾールノボラック型,ビフ
ェニル型,ナフタレン型などのエポキシ樹脂およびポリイミド樹脂
等が単独,もしくはそれらの混合系として適用できる。」(段落【
0049】)
「又樹脂の硬化剤としては,フェノールノボラック,クレゾー
ルノボラックなどのフェノール性OH基を有するものが一般的に使
用できる。」(段落【0050】)
「樹脂の可とう化剤は必要に応じてシリコン系ゴム及びポリオレ
フィン系ゴム材料がマトリックス樹脂を海として島状に混入され
る。」(段落【0053】)
イ上記アによると,引用発明5は,半導体用の封止樹脂組成物,特に耐半
田クラック性に優れた半導体用樹脂組成物に関するものであって,樹脂に
無機質充填剤粉末を配合分散させ,無機質充填剤粉末の表面を,上記ア(
ア)記載のシラン化合物により処理することによって,半導体用封止樹脂
組成物の耐半田クラック性等を向上させるものである。その樹脂として
は,エポキシ樹脂,ポリイミド樹脂等が想定されており,シリコーンゴム
については記載されていない。上記ア(イ)d(d)の「樹脂の可とう化剤は
必要に応じてシリコン系ゴム及びポリオレフィン系ゴム材料がマトリック
ス樹脂を海として島状に混入される。」[段落【0053】]との記載
は,可とう化剤としてシリコン系ゴムを混入することが記載されているの
みで,マトリックス樹脂としての記載ではない。したがって,引用発明5
は,本件特許発明のような,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導
性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関するものではな
い。
また,上記ア(イ)d(c)のとおり,甲5の段落【0041】には,無機
質充填剤としてシリカが熱伝導の点で優れていることが記載されている。
しかし,引用発明5は,上記認定のようなものであって,本件特許発明の
ように熱伝導性が求められるものではないから,ここでいう無機質充填剤
は,本件特許発明の熱伝導性無機フィラーとは異なるものである。
また,上記ア(イ)d(a)のとおり,甲5の段落【0013】~【001
5】には,本件特許発明1の「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ3
基,Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族長鎖アルキル基」を満たす化
合物が記載されている。しかし,これらは,半導体用樹脂組成物において
無機質充填剤粉末の表面を処理するための化合物であって,熱伝導性無機
フィラーを表面処理するためのものではない。
また,上記ア(イ)d(b)のとおり,甲5の段落【0022】【表1】の
最下段には,「充填剤シリカ粉末82.2重量部」と記載されてお
り,原告は,この記載からすると,引用発明5は,本件特許発明1とは,
熱伝導性無機フィラーの添加範囲が共通すると主張する。しかし,引用発
明5は,上記のとおり,本件特許発明のように熱伝導性無機フィラーを添
加するものではない。
また,上記ア(イ)d(c)のとおり,甲5の段落【0038】~【003
9】には,「…充填剤表面と樹脂の間の滑りが起こり易くなるため,粘度
の低下に寄与し,トランスファー成形時の流れ性の優れた組成物が提供で
きる。本発明における以上のごとき作用効果は,例えばシリカを充填剤に
した場合,その配合割合が80重量%以上の高充填組成物において,即ち
充填剤粒子間の樹脂膜厚が極めて薄い場合に顕著に発揮されるものである
。」と記載されている。原告は,この記載からすると,甲5には,本件特
許発明の「成形スラリーの粘度低下」という目的及び作用効果と動機付け
は記載されており,本件特許発明の「成形物の圧縮永久歪みの低下(ゴム
弾性の付与)及び引裂強度の向上の効果」も,特別な目的及び作用効果と
はいえないと主張する。しかし,甲5に記載の上記作用効果は,シランカ
ップリング剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコ
ーンゴム組成物に関する作用効果ではなく,本件特許発明の効果を当然に
予測とし得るということもできない。
(4)引用発明6につき
ア甲6(チッソ株式会社パンフレット「SILICONCHEMICALS」)の4頁~5
頁には,「シラン化合物」の表題の下に,「チッソのシラン化合物は,ク
ロロシラン・アルコキシシラン・シラザン等で構成され,無機質の表面改
質剤,樹脂の改質剤,エレクトロニクス関連材料などの幅広い分野で使わ
れています。」と記載され,その下の表に,15種類のシラン化合物が記
載されている。そのうち,「11」には,品名「HTS-M」,名称「n
-ヘキシルトリメトキシシラン」,構造式「CHSi(OCH)6133
」,主用途「撥水剤等」と記載され,「12」には,品名「HTS-3
E」,名称「n-ヘキシルトリエトキシシラン」,構造式「CHSi613
(OCH)」,主用途「撥水剤等」と記載されている。253
また,甲6の4頁の左下には,「荷姿」として,「TCS・4CSはボ
ンベ,コンテナ,ローリー車となります。他のものは18L石油缶,20
0Lドラム缶となります。」と記載されている。
イ以上のとおり,甲6の4頁~5頁には,チッソ株式会社が販売している
シラン化合物が記載されているのみで,シランカップリング剤で表面処理
した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物が記載さ
れているということはできない。
上記アの「11」と「12」のシラン化合物は,本件特許発明1の「Y
SiXX=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上18個以3
下の脂肪族長鎖アルキル基」を満たすものであるが,主用途としては,上
記アのとおり,「撥水剤等」と記載されている。甲6の4頁~5頁の上記
アの表には,他に「無機質の表面改質剤等」を主用途とするシラン化合物
が記載されていることや甲6の6頁~15頁には「サイラエース」の表題
の下に無機質の表面処理法に使用するシランカップリング剤が記載されて
いることからすると,上記アの「11」と「12」のシラン化合物が無機
質の表面改質剤又はシランカップリング剤として記載されているとは認め
られないし,また,甲6に,それを無機質の表面改質剤又はシランカップ
リング剤として使用する動機付けとなる記載があると認めることもできな
い。
この点につき,原告は,上記アの「11」と「12」のシラン化合物は
撥水剤であるからこそ,本件特許発明の効果をもたらすとか,上記アの
「シラン化合物」の表題の下に記載されている「アルコキシシラン」は,
上記アの「11」と「12」のシラン化合物を含む上位概念であるとか,
甲6において,「シラン化合物」(4頁~5頁)と「サイラエース」(6
頁以下)は同一の文献の隣り合わせの頁であって,「シラン化合物」と
「サイラエース」は,いずれも,有機基とケイ素結合性反応性基(アルコ
キシ基,Si-Cl基など)を同一ケイ素原子上に合わせ持つシランであ
るなどと主張するが,それらの事情のみでは,上記アの「11」と「1
2」のシラン化合物が無機質の表面改質剤又はシランカップリング剤とし
て記載されているとは認められず,それを無機質の表面改質剤又はシラン
カップリング剤として使用する動機付けとなる記載があると認めることは
できない。
ウ原告は,甲6の8頁の記載は,本件特許訂正明細書の段落【0025】
~【0027】の記載内容(前記2(1)エ(ア))と共通する部分があり,
甲6の9頁の記載は,本件特許訂正明細書の段落【0019】の記載内容
(前記2(1)エ(ア))と共通する部分が多いと主張するが,単にこのよう
な記載が共通しているというのみでは,甲6に基づく本件特許発明の容易
想到性を基礎付けるものということはできない。
(5)引用発明7につき
ア甲7(DegussaAG「SCHRIFTENREIHEPIGMENTEGrundlagenvonAEROSIL<
R>Nummer11」p.1-20,1993年[平成8年]6月,第5版)の15
頁には,「AEROSIL表面の機能化は,ハロゲン化シラン,アルコキシシラ
ン,シラザンおよびシロキサン等により行われる。市販されている疎水性
AEROSILの表面基の概要を図7に示す。」(左欄下7行~下1行。訳文は
2頁下3行~下1行)と記載され,同頁の「Abbildung7」(訳文3頁上
段の図7)には,「AEROSILR805」として,「(-O-)Si-C3
H」を図示したものが記載されている。この図は,本件特許発明1の817
「YSiXX=メトキシ基又はエトキシ基,Y=炭素数6個以上183
個以下の脂肪族長鎖アルキル基」と共通するシランカップリング剤を,
AEROSILに適用した場合における表面構造の図であるということができ
る。
イまた,甲7の16頁には,次の記載がある(左欄下17行~下3行。訳
文は3頁下6行~下2行)。
「例えば,図8に示すように,疎水性ケイ酸の最大水分吸着率は,親水
性のものと較べると著しく低い。粘度効果の具体例において,架橋剤であ
るポリアミノアミドと促進剤である第三アミンの混合物を加えた前後にお
ける,低粘度になる反応性エポキシ樹脂内での親水性AEROSILの利点を図
9に更に示す。エポキシ樹脂内において,疎水性のAEROSILR202と
AEROSILR805は,AEROSIL300に較べて明らかに優れている。」
ウしかし,甲7には,AEROSILを熱伝導性無機フィラーとして使用するこ
とについて記載があるとは認められないし,配合の対象となる樹脂につい
てもエポキシ樹脂が記載されているのみで,シリコーンゴムは記載されて
いない。
また,乙5(「TECHNICALBULLETENAEROSIL<R>No.17」日本アエロジ
ル株式会社1999年6月改訂版発行)によると,AEROSILは,非晶質シ
リカ(SiO)であって(1頁,17頁),熱伝導率は,100度まで2
の範囲では,約0.02W/m・kである(34頁の図32)と認められ
るところ,その熱伝導率は,乙6(「電子機器・部品用放熱材料の高熱
伝導化および熱伝導性の測定・評価技術」2003年5月22日株式会社
技術情報協会第2版発行)によって認められるアルミナ(20W/m・
k)や結晶性シリカ(10W/m・k)よりもはるかに低い。
したがって,引用発明7は,本件特許発明のような,シランカップリン
グ剤で表面処理した熱伝導性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム
組成物に関するものではない。
なお,甲7の16頁の「Abbildung9」(訳文4頁下段の図9)のグラ
フには,上記の「AEROSILR805」の粘度が45分までは最も低いこ
とが示されているが,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導性無機
フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関する効果ではない。
(6)小括
前記4及び5で判断したとおり,引用発明2と引用発明3は,本件特許発
明1と目的及び作用効果について共通する点があるものの,構成において相
違するものであり,また,上記(2)~(5)のとおり,引用発明4~7は,いず
れも,本件特許発明のような,シランカップリング剤で表面処理した熱伝導
性無機フィラーを含む熱伝導性シリコーンゴム組成物に関するものではな
3く,本件特許の出願前から,本件特許発明1の構成要件である「YSiX
X=メトキシ基又はエトキシ基Y=炭素数6個以上18個以下の脂肪族
長鎖アルキル基」からなるシランカップリング剤が,熱伝導性シリコーンゴ
ム組成物の熱伝導性無機フィラーに適用できるものとして周知自明であった
と認めることはできない。
(7)本件特許発明の作用効果につき
ア前記2(1)エ(イ)のとおり,本件特許発明の実施例1~11は,いずれ
も熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して6
0vol%のものである。
そして,前記2(2)のとおり,本件特許発明において,「熱伝導性無機
フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して40vol%~8
0vol%である」ことの技術的意義は,40vol%以上であることで
高い熱伝導率を得るとともに,80vol%以下であることから熱伝導性
シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることを防止することが
できるというところにある(前記2(2)④)。このように,本件特許発明
において,熱伝導性シリコーンゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなるこ
とについては,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全
量に対して80vol%以下であるとすることによって考慮されており,
そのことが技術常識に反するというべき事情も認められない。
そうすると,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全
量に対して60vol%以外のものについて実施例がないとしても,本件
特許発明における,「成形スラリー粘度の上昇防止」,「ゴム弾性の向上
(圧縮永久歪みの低下)」,「引裂強度,引裂強度の向上」,「機械特性
変化の低減」といった作用効果(前記2(2)①~③)は,60vol%以
外の40vol%~80vol%の範囲内においても生ずるものと合理的
に推認することができるから,作用効果が明らかにされていないというこ
とにはならない。
イまた,前記第3,1(2)の特許請求の範囲【請求項5】によると,本件
特許発明5は,「放熱シート」に関する発明である。これに対し甲4~7
の記載は,上記(2)~(5)のとおりであって,電子・電気部品の放熱に有用
な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することについては開示さ
れていない。
のみならず,本件特許訂正明細書(甲18)には,放熱シートの放熱性
はどの程度なのか,熱伝導性シリコーンゴム組成物の熱伝導性はどの程度
なのかの記載がないとしても,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーを
用いたものであって,熱伝導性を有することは明らかであり,その程度に
ついては,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有
する者)が,適宜設定することができると考えられるから,電子・電気部
品の放熱に有用な放熱シートの形成に好適な樹脂組成物を提供することに
ついて開示されていない甲4~7と作用効果について違いがあることは明
らかである。
ウそして,上記(1)~(6)のとおり,本件特許発明と引用発明2~7には違
いがあるから,前記2(2)の本件特許発明の作用効果は,引用発明2~7
から当然に予想することができたということはできない。
(8)まとめ
以上の次第で,引用発明2又は引用発明3に引用発明4~7を組み合わせ
て本件特許発明1~5を容易に発明することができたとは認めることはでき
ないことになるから,取消事由4は理由がない。
7取消事由5(明細書の記載不備についての判断の誤り)について
(1)フィラーの配合量についての特許法36条6項1号(サポート要件)違
反につき
ア前記6(7)アのとおり,本件特許発明において,熱伝導性無機フィラー
が熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して60vol%以外のものに
ついては実施例がない。しかし,前記6(7)アのとおり,本件特許発明に
おける,「成形スラリー粘度の上昇防止」,「ゴム弾性の向上(圧縮永久
歪みの低下)」,「引裂強度,引裂強度の向上」,「機械特性変化の低
減」といった作用効果(前記2(2)①~③)は,60vol%以外の40
vol%~80vol%の範囲内においても生ずるものと合理的に推認す
ることができるから,本件特許訂正明細書(甲18)の「発明の詳細な説
明」において,作用効果が明らかにされていないということにはならな
い。したがって,本件特許訂正明細書の記載が特許法36条6項1号(サ
ポート要件)に違反しているということはない。
イなお,原告は,「特に60vol%よりも熱伝導性フィラーの体積含有
率が高い領域では,当業者ならば,大きな疑問を抱く。なぜなら,熱伝導
性フィラーの体積含有率がこのように高い領域では,混合を強化しても湿
り気がある粉状にしかならず,硬化してゴム状組成物が得られないことが
多いからである。」と主張するが,上記6(7)アのとおり,本件特許発明
において,ゴム組成物の硬化成形物が硬く脆くなることについては,熱伝
導性無機フィラーが熱伝導性シリコーンゴム組成物全量に対して80vo
l%以下とすることによって考慮されており,そのことが技術常識に反す
るとも認められない。
また,原告は,「40vol%で本当に熱伝導性があるのか,疑問であ
る。」と主張するが,上記6(7)アのとおり,本件特許発明において,高
い熱伝導性を得ることについては,熱伝導性無機フィラーが熱伝導性シリ
コーンゴム組成物全量に対して40vol%以上とすることによって考慮
されており,そのことが技術常識に反するとも認められない。
したがって,これらの原告の主張はいずれも採用することができない。
(2)シリコーンゴム組成物の「熱伝導性」についての特許法36条4項(実
施可能要件)違反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反につき
ア本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,熱伝導性がど
の程度のものであるのか記載されていない。しかし,本件特許発明は,熱
伝導性無機フィラーを用いたものであって,熱伝導性を有することは明ら
かであり,その程度については,当業者が,適宜設定することができると
考えられる。したがって,本件特許訂正明細書の記載が,シリコーンゴム
組成物の「熱伝導性」について,特許法36条4項(実施可能要件)又は
特許法36条6項1号(サポート要件)に違反しているということはでき
ない。
イなお,原告は,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシラン
カップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機
フィラーを使用した場合とは,熱伝導性は異なると主張する。しかし,そ
うであるとしても,熱伝導性を有しなくなるというべき事情は認められ
ず,その場合における熱伝導率は当業者が適宜設定することができるとい
うべきであるから,上記認定を左右するものではない。
(3)放熱シートの「放熱」についての特許法36条4項(実施可能要件)違
反及び特許法36条6項1号(サポート要件)違反につき
ア本件特許訂正明細書(甲18)中には,実施例も含めて,放熱シートの
放熱性がどの程度のものであるのか,記載されていない。しかし,本件特
許発明5は,熱伝導性無機フィラーを用いたものであって,放熱性を有す
ることは明らかであり,その程度については,当業者が,適宜設定するこ
とができると考えられる。したがって,本件特許訂正明細書の記載が,放
熱シートの「放熱」について,特許法36条4項(実施可能要件)又は特
許法36条6項1号(サポート要件)に違反しているということはできな
い。
イなお,原告は,本件特許発明は,熱伝導性無機フィラーの表面にシラン
カップリング剤を処理して被覆するのであるから,無処理の熱伝導性無機
フィラーを使用した場合とは,放熱性が異なると判断できると主張する。
しかし,そうであるとしても,放熱性を有しなくなるというべき事情は認
められず,その場合における放熱性の程度は当業者が適宜設定することが
できるというべきであるから,上記認定を左右するものではない。
(4)以上のとおりであるから,取消事由5の主張も理由がない。
8結論
以上によれば,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとして,主文のとおり判
決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官中野哲弘
裁判官森義之
裁判官澁谷勝海

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