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平成18年(ヨ)第22022号著作隣接権仮処分命令申立事件
決定
当事者の表示別紙当事者目録記載のとおり
主文
1本件申立てを却下する。
2申立費用は債権者の負担とする。
事実及び理由
第1申立て
債務者は,債務者が運営する放送番組送信サービス「まねきTV」において,
別紙放送目録記載の放送を送信可能化してはならない。
第2事案の概要等
1争いのない事実等
(1)当事者
債権者は,放送事業者である。
債務者は,コンピュータ及びコンピュータ付属機器の製造,販売,保守,
管理及び修繕,放送設備の開発,設計,運用及びコンサルティング並びに電
気通信事業法に基づく一般第二種電気通信事業及び特別第二種電気通信事業
等を目的とする株式会社である(審尋の全趣旨)。
(2)債権者の著作隣接権
債権者は,別紙放送目録記載の放送(以下「本件放送」という。)につき,
送信可能化権等の著作隣接権を有している。
(3)債務者の行為
債務者は,「まねきTV」という名称で,利用者がインターネット回線を
通じてテレビ番組を視聴できるようにするサービス(以下「本件サービス」
という。)を提供している。本件サービスは,ソニー株式会社(以下「ソニ
ー」という。)製の商品名「ロケーションフリーテレビ」の構成機器である
ベースステーションを用い,インターネット回線に常時接続する専用モニタ
ー又はパソコンを有する利用者が,インターネット回線を通じてテレビ番組
を視聴できるものである(甲1の4)。
2事案の概要
本件は,債権者が債務者に対し,債務者が行う本件サービスが,本件放送に
係る債権者の送信可能化権を侵害していると主張して,本件放送の送信可能化
行為の差止めを求める事案である。
なお,債権者のほか5社のテレビ放送会社(以下,まとめて「債権者ら」と
いう。)も,本件と同様の仮処分命令申立てを行っている。
3争点
(1)本件サービスにおいて,債務者が本件放送の送信可能化行為を行ってい
るか否か
(2)保全の必要性
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)(債務者の送信可能化行為の有無)について
〔債権者の主張〕
次のとおり,債務者は,本件サービスにおいて,本件放送の送信可能化行為
を行っている。
(1)著作権法2条1項9号の5の解釈
ア「自動公衆送信装置」等の意義等
著作権法2条1項9号の5にいう「自動公衆送信装置」は,公衆の用に
供する電気通信回線に接続することにより,当該装置に入力される情報を
「自動公衆送信」する機能を有する装置をいうところ,「自動公衆送信」
は,「公衆送信」のうち,公衆からの求めに応じて自動的に送信するもの
をいい,「公衆送信」とは,公衆によって直接受信されることを目的とし
て有線電気通信の送信を行うことをいう。そうすると,「自動公衆送信」
とは,公衆によって直接受信されることを目的として有線電気通信の送信
を行うことのうち,公衆からの求めに応じて自動的に行うものをいうこと
になる。
そして,かかる送信行為は,著作物の利用行為の一つであって,上演,
演奏及び口述等と著作権法上同等に取り扱われている上,「公衆によって
直接受信される」「目的」という「目的」を有するのは人のみであるから,
かかる送信行為は人の行為であって,単なる装置の動作ではない。そうす
ると,「自動公衆送信」とは,不特定の者によって直接受信されることを
目的として有線電気通信の送信を行うことのうち,不特定の者からの求め
に応じて自動的に行うものをいう。
したがって,「自動公衆送信する機能を有する装置」とは,当該装置を
用いて人が送信を行った場合,当該送信が自動公衆送信に当たり得るよう
な機能を有する装置をいう。
そして,ある装置が「自動公衆送信する機能を有する装置」に当たるか
否かは,当該装置の客観的機能によって決すべき事項であり,当該装置が
自動公衆送信機能を有している限り,他のいかなる用途に用いられていよ
うと,「自動公衆送信する機能を有する装置」に当たる。
イ「公衆」の意義等
そもそも著作権法にいう「公衆」は,「不特定」ないし「特定多数」の
者をいうが,ここで「特定」の者とは,行為者との間に個人的結合関係が
ある者をいう。
本件サービスは,申込みさえすれば何人も加入することができるもので
あって,債務者(行為者)との間に個人的結合関係があることを要しない
から,本件サービスの利用者は「不特定」の者に当たる。
そうすると,あるベースステーションがそれに対応する利用者の専用モ
ニター又はパソコンに対して送信行為を行っているのみだとしても,債務
者から見て不特定の者の専用モニター又はパソコンに対して送信行為を行
っているものであるから,「公衆」に対する送信に当たる。
そうすると,ベースステーションは,「自動公衆送信する機能を有する
装置」に当たるものである。
(2)送信可能化行為の主体
ア債務者は,物理的に,(a)既に電気通信回線たるインターネット回線
に接続されている,「自動公衆送信する機能を有する装置」たるベースス
テーションに,放送波を入力し,同時に,(b)既に放送波が入力されて
いる,「自動公衆送信する機能を有する装置」たるベースステーションを
電気通信回線たるインターネット回線に接続して,利用者が当該放送を視
聴し得る状態にしている。上記(a)は著作権法2条9号の5イの「情報を
入力すること」に当たり,(b)は同ロに当たる。
上記のとおり,債務者は自ら物理的にベースステーションをアンテナ端
子及びインターネット回線に接続することにより,放送波の入力行為等を
行っているのであって,自然的観察の下では利用行為を行っているとはみ
られない者の行為を規範的に評価して行為主体と認定する,いわゆるカラ
オケ法理を用いる必要はない。
イ実質的にみても,送信可能化の主体は債務者である。
(ア)目的・本質
本件サービスの本質は,単なるベースステーションという物の寄託に
あるのではなく,海外又は放送区域外に居住する,本来当該放送を視聴
できない利用者に対し,債権者らの放送を再送信することでこれを視聴
することができるようにすることを本質とするサービスであって,かか
る海外及び放送区域外での放送の視聴ができることをうたい文句として,
加入を積極的に勧誘しているものである。
(イ)支配・管理性
債務者は,別紙1のとおり,自己のデータセンター内にベースステー
ションを設置し,分配機を介してベースステーションとテレビアンテナ
とを接続して,債務者が受信した放送波を現実に入力し,①したがっ
て,本件サービスにおいて視聴可能な放送波は債務者がデータセンター
で受信するものに限定されているとともに,②放送波の入力並びにイ
ンターネット回線との接続及び送信可能化が生じている場所は債務者の
データセンター内にあり,放送波のベースステーションへの入力に必要
な分配機やケーブル等の機器並びにベースステーションからインターネ
ット回線への出力に必要なハブ,ルーター及び光ファイバー等の機器も
すべて債務者の所有及び管理に係るものであり,③送信可能化に必要
なベースステーション等の機器全般につき,債務者においてポート番号
の変更や電源供給等を含む必要な接続及び設定の作業が行われ,④債
務者において,利用者の問い合わせに応じて適宜サポートを行う体制が
とられ,かつ債務者において継続的に管理が行われているのであって,
これらは送信可能化のために必要とされる行為をすべて包摂している。
このように,債務者の行為は,単なる設備の管理及び運営の枠に止ま
るものではなく,送信可能化と評価するのにふさわしい実質を備えてい
るものである。
(ウ)図利性
債務者は,上記各行為を行って,利用者に対してサービスを提供する
ことで,利用者から,イニシャルコスト(初期費用)3万1500円及
び月額利用料5040円(いずれも消費税を含む。)の支払を受けてい
る。
上記利用料も,単なるベースステーションの保管料に止まるものでは
なく,放送の同時再送信サービスの対価であることは明らかである。
(エ)そうすると,債務者は放送の送信可能化の主体であって,債権者ら
の送信可能化権を侵害しているものである。
(3)債務者の主張に対する反論
ア〔債務者の主張〕(1)について
債務者が本件サービスにおいてブースターを使用しているか否か及びI
Pアドレスを付与しているか否かは,債務者による送信可能化権侵害の有
無とは無関係であるが,債務者は,少なくともベースステーションのポー
ト番号の変更は行っているはずである。ポート番号の変更を行わないと,
各ベースステーション相互間でポート番号の競合が生じ,通信に支障があ
るからである。
イ〔債務者の主張〕(3)ア(ア)について
利用者がベースステーションの所有権を有していることは争わず,利用
者への所有権移転が仮装のものであるとの主張はしない。
ベースステーションの所有権の帰属の問題と,ベースステーションを用
いたサービスが「自動公衆送信」に当たるか否かの問題とは,全く独立し
た問題である。利用者がベースステーションの所有権を有しているとして
も,これを用いたサービスが「自動公衆送信」に当たらないということは
できない。
ウ〔債務者の主張〕(3)ア(キ)について
ソニー等の業者が行うベースステーションの設定サービスにおいては,
サービスを行う業者が管理する場所にベースステーションを設置するわけ
ではなく,ベースステーションに入力される放送波を受信するのは,あく
までも当該業者ではなく利用者個人であり,債権者らの著作隣接権の侵害
は行われていない。また,同サービスを提供している業者は,放送波の選
択に全く関与しておらず,放送波の入力及び送信可能化が生じる場所も当
該利用者個人の自宅等の中である。つまり,ベースステーションに放送波
を入力しているのは当該利用者個人であって,業者ではない。さらに,当
該業者の提供するサービスは,接続設定作業が終われば終了するのであっ
て,以後の入力作業を行うものではない。
また,放送波の入力に必要な分配機等の機器やインターネット回線への
出力に必要なハブ等の機器を所有及び管理しているのは当該利用者個人で
あって,当該業者はこれを所有することも管理することもない。
さらに,かかるサービスの目的も,当該業者から利用者に対して放送デ
ータを送信して提供することにあるわけではなく,利用者個人がその支配
領域(私的領域)内で自ら行い得る作業を,技術的な観点から代替してい
るにすぎない。これは利用者が本来なし得ない行為を業者において実現し
ているものではない。
エ〔債務者の主張〕(3)ア(ケ)について
ロケーションフリーテレビは家電であって,通常のデータ・ストレージ
サービスないしハウジングサービスで用いられる業務用サーバー・コンピ
ュータ等(以下「サーバー等」という。)のように特別慎重な取扱いが要
求されるものでも,重要性や機密性が高い情報が蔵置されるものでもなく,
利用者においてベースステーションを債務者に預かってもらうこと自体に
よるメリットは小さい。債務者も,データ・ストレージサービスないしハ
ウジングサービスのように,耐震設備等の安全性をうたったり,空調設備
やセキュリティシステム等の具備をメリットとして本件サービスをアピー
ルしているわけでもない。
また,通常のデータ・ストレージサービスないしハウジングサービスで
サーバー等から利用者の手元のパソコン等に移動されるデータは,利用者
が自ら作成したデータ等であって,サービスを提供するハウジング業者の
行為とは無関係に利用者が保有しているデータ等であり,ハウジング業者
が提供するデータ等ではない。すなわち,通常のデータ・ストレージサー
ビスないしハウジングサービスの場合,サービスを行う業者は,インター
ネット回線に接続されたサーバー等を利用者に対して提供し,利用者にお
いてデータ媒体に情報を記録するのであって,業者自体がデータ媒体に情
報を記録するのではない。当該サーバー等が情報の自動送信を行うことが
できるのは,利用者がデータ媒体に情報を記録した時点以降であるから,
情報の自動送信を行い得るようにしている主体は利用者であって業者では
ない。そうすると,通常のデータ・ストレージサービス等が直ちに公衆送
信に当たるということはできない。
しかし,本件サービスにおいては,利用者は債務者から本件サービスの
提供を受け,本来取得できなかった放送データを取得しているのであって,
債務者から利用者に放送データが移動しているとみるべきであって,本件
サービスは,通常のデータ・ストレージサービス等とは全く異なるサービ
スである。本件サービスの本質は,本来放送コンテンツに接し得なかった
利用者に対し,有償で放送コンテンツを提供するものにほかならない。
オ〔債務者の主張〕(3)イについて
著作権法2条5項は,その規定の体裁から,不特定の者についてはその
人数の多寡にかかわらず「公衆」に当たることを当然の前提としている。
また,「公衆送信」には,「放送」や「有線放送」のように多数の者に対
して同一内容の情報を同時に発信する態様だけでなく,利用者の求めに応
じて逐次情報を送信することが含まれるものである。したがって,送信行
為者にとって受信者が不特定である限り,「公衆送信」に当たることは明
らかである。
ここで,債務者にとって本件サービスの利用者は不特定の者に当たるか
ら,債務者による放送データの送信行為は不特定の者に対する送信行為で
あって,「公衆送信」に当たるものである。
〔債務者の主張〕
次のとおり,債務者は,本件サービスにおいて,本件放送の送信可能化行為
を行っていない。本件サービスの利用者が自らテレビ放送をデジタル化して送
信しているにすぎず,それ自体は何ら違法な著作隣接権侵害行為ではなく,こ
れに債務者が関与しても違法ではない。
(1)本件サービスの内容
ア債務者は,利用者が入手したベースステーションの預託を受け,これを
保管し,必要に応じてメンテナンスをするサービスを提供しているにすぎ
ず,利用者の手足となって作業を行っているにすぎない。利用者は,債務
者による認証その他の特別な行為を介さずに,専用モニター又はパソコン
からインターネット回線を通じて,自らのベースステーションに直接アク
セスし,操作することができる。
利用者は,ベースステーションを預託し,専用モニターの電源を入れた
り,又はそれに代わるパソコンを起動するだけで放送を視聴できるように
なるわけではなく,利用者において,高速インターネット接続の確立並び
にソニー製のロケーションフリーテレビ専用ソフトウェア「ロケーション
フリープレイヤー」の購入(後記パソコン型の場合)及び環境設定(MT
Uの変更等)を行う必要がある。
イ本件サービスは,利用者が個人としてベースステーションを利用する際
に,その利用の便宜を図っているにすぎないものであって,テレビメーカ
ー等が安価なテレビ受信機を提供して街頭テレビの前に集まらなくても見
たいテレビ番組を見ることができるようにしたり,家庭用ビデオ機器を提
供して好きな時間にテレビ番組を見ることができるようにしたのと同等の
事柄である。
ウなお,債務者が保管するベースステーションがテレビ用アンテナに接続
されている事実は知らない。ブースターは使用していない。
(2)ベースステーションが「自動公衆送信装置」に当たらないこと
ア著作権法2条1項9号の5にいう「自動公衆送信装置」というためには,
公衆からの求めに応じて自動的に,公衆によって直接受信されることを目
的とする無線通信又は有線電気通信の送信を行う機能を有するものでなけ
ればならない。
なお,「公衆」とは,「不特定」又は「特定多数」の者をいうところ,
「特定」については,他の法律における意義と同様に,個人的結合関係ま
では必要でないと解すべきである。
イベースステーションは,同装置と1対1の関係にある専用モニター又は
パソコンとの間でしか通信を行うことができない。すなわち,利用者Aは
A所有のベースステーションとA所有の専用モニター又はパソコンとの間
でのみ通信を行うことができるにすぎず,他の利用者はA所有のベースス
テーションとの間で通信を行うことができない。特定のベースステーショ
ンで受信された放送が,当該ベースステーションの所有者と無関係の人物
が使用する専用モニター又はパソコンに転送されることはない。つまり,
A所有のベースステーションはAの専用機であって,他人において利用で
きないものである。
利用者Aのベースステーションと利用者Bのベースステーションは,そ
れぞれその所有者,販売された経路が異なる,独立した商品なのであって,
他のベースステーションがなければ独立して機能しないことなどのない,
独自の完結した機能を発揮し得るものである。また,複数のベースステー
ション全体を不可分一体の装置と考えることはできない。
そうすると,債務者が預託を受けたベースステーションは,「公衆」に
対して送信するものではない。同ベースステーションは,このとおり,特
定の1人の利用者のみにおいてその利用が可能な装置であるから,「不特
定」にも「特定多数」にも当たらず,「公衆」に対して送信可能な装置で
はない。
したがって,同ベースステーションは,「自動公衆送信装置」に当たら
ず,送信可能化権の侵害はない。
(3)債務者が「自動公衆送信」し得るようにしていないこと
債務者が委託を受けて管理しているベースステーションから所有者の専用
モニター又はパソコンへの放送データの転送は,当該ベースステーションの
所有者から同一人物に対してなされているものであるから,「送信」に当た
らない。仮に,これを債務者から当該所有者に向けての送信であるといって
みたところで,当該ベースステーションによりなされる放送データの送信に
関していえば,転送の相手方である当該ベースステーションの所有者は「公
衆」ではない。したがって,当該ベースステーションによりなされる放送デ
ータの転送は「自動公衆送信」に当たらない。
ア転送の主体
(ア)債務者は,ロケーションフリーテレビを利用希望者に販売しておら
ず,調達すら行っていない。利用者は,債務者を介さずに,同テレビの
種類を選定し,これを購入する。利用者はいつでも債務者との間の契約
を解除することができ,契約終了後,ベースステーションの返還を受け
ることができる。
そうすると,ベースステーションの所有権は完全に利用者にあり,債
務者にはない。
(イ)ロケーションフリーテレビに用いられているハードウェア,内蔵ソ
フトウェア及び専用ソフトウェアは,ソニーが開発し,一般に市販して
いるものであり,ベースステーションの所有者が自らが現在する場所と
は異なる場所にベースステーションを置き,そこから専用ソフトウェア
がインストールされているパソコンにテレビ放送を転送して,同パソコ
ンで放送を視聴するという,ロケーションフリーテレビの使用法は,債
務者が考案したものではなく,ソニーが推奨している使用法の1つにす
ぎず,そこに債務者独自のノウハウは使用されていない。
債務者は,ソニーの操作マニュアルやQ&A集等をそのまま使用して
いる。また,債務者は,受信可能なテレビチャンネルの数及び種類等に
ついて何ら変更を加えておらず,債務者の事務所において受信可能なテ
レビ放送がそのままベースステーションに入力されているにすぎない。
(ウ)ベースステーションの保管場所についての制約はない。かかる保管
場所が債務者の事務所である必要はない。
(エ)ベースステーションから,いつ,どの番組を転送するのかを決定す
るのは本件サービスの利用者であって,債務者はこの意思決定に関与で
きないし,ベースステーションの所有者がいつ,どの番組についての放
送を転送したのかを把握できない。また,ベースステーションは同時に
はただ1つの放送のみを転送できるにすぎない。
(オ)ベースステーションが利用者に対して放送を転送するのは,専用モ
ニターを使用する場合でいえば,利用者がモニターの電源をオンにし,
画面の「接続」ボタンをクリックした時点から,画面の「切断」アイコ
ンをクリックするまでの間のことであって,ベースステーションが常に
放送を転送し続けているわけではない。パソコンを使用する場合,ベー
スステーションが利用者に対して放送を転送するのは,利用者がパソコ
ンで専用ソフトウェアを起動し,ベースステーションを選択して「接
続」ボタンをクリックした時点から,画面の「切断」アイコンをクリッ
クするまでの間である。
なお,ベースステーションにアンテナから伝送されているアナログ信
号は,ベースステーションから常時デジタル信号に変換されて出力され
ているわけではなく,利用者がベースステーションに指令を送った場合
に限られるし,この場合であっても,ベースステーションに入力され,
デジタル信号に変換されて出力されるテレビ放送波のアナログ信号は,
利用者が選択した放送番組に係るもののみである。
(カ)ロケーションフリーテレビを利用してテレビ番組を視聴したい者に
とって,債務者によるベースステーションの保管等は不可欠のものでは
なく,本件サービスを利用しなくても,自ら接続及び設定を行って機器
を使用すれば,ロケーションフリーテレビの機能を実現することができ
る。また,債務者以外の業者にベースステーションの管理を委託するこ
とも可能である。
(キ)ソニーは,「海外在住者向けサポート」として,ロケーションフリ
ーテレビを購入した者に対し,2万6250円で(基本出張料を含
む。),ベースステーションの取付作業や環境設定等を行っている。ロ
ケーションフリーテレビを販売する家電量販店等も,同様のサービスを
有償で提供している。これらの環境設定(ポート番号の変更を含む。)
は,ロケーションフリーテレビがもともと有している仕様に基づくもの
であって,本件サービスにとって本質的な行為ではなく,債務者も本件
サービスにおいて,利用者の環境設定を代行しているにすぎない。
(ク)通常の地上波放送に関しては,集合住宅の屋上部分にアンテナを設
置したり,自己の占有部分以外の場所にアンテナを設置することが広く
行われており,債権者は受信用アンテナの設置場所ないし設置形態を理
由に,特定人に対して放送の視聴を禁じていないが,本件サービスは受
信用アンテナを他の場所に設置しているのに等しい。
(ケ)今日,利用者が所有するサーバー等を預かって保守及び管理を行い,
この保守等を行う者においてサーバー等に電気を供給し,サーバー等を
インターネット回線等に接続する,いわゆるハウジングサービスが行わ
れている。サービスを提供する業者によって管理されるサーバー等に利
用者のデータが蓄積されるから,このサーバー等と利用者のコンピュー
ターとの間でデータが送受信されることになる。一般に,かかるデータ
の送受信は利用者自身が自らのサーバー等と自らのパソコンとの間でさ
れるものと理解されており,当該業者と利用者との間でデータが送受信
されるものとは理解されていない。その実体は,利用者が自宅外に設置
したサーバー等に自らのデータを蓄積し,同サーバー等からデータを自
宅内でダウンロードするのと何ら変わりがない。
(コ)債務者が利用者から得ている入会金3万1500円及び利用料月額
5040円は,ベースステーションの保管料にすぎない。
この金額は,コンピュータ機器等のハウジングサービスの対価として
はかなり低額であり,放送の入力に対する対価とはなり得ない。また,
債務者は入力によって広告料収入等を得ているわけでもない。むしろ,
利益を得るのは,本来視聴されないテレビCMが視聴された同CMのス
ポンサー企業である。
イ転送の相手方
(ア)日常用語例からすると,「公衆」には少数を含まない。著作権法に
おいても,3条1項等の「公衆」のうちの「衆」の部分のみに着目して
規定された条項がある。著作物等の公の利用というに足りるか否かを決
する基準として「公衆」という語を用いる場合には,著作物等の利用に
よる経済的な効用を認めるに足りる程度の人数に著作物等が提示又は提
供されているか否かが重要なのであって,提示又は提供の相手方が多数
人であることが予定されていることは明らかである。
著作権法2条1項7号の2にいう「公衆送信」は,「放送」(同項8
号),「有線放送」(同項9号の2)及び「自動公衆送信」(同項9号
の4)を包括する概念であって,「公衆送信」における「公衆」の意義
は「放送」等における「公衆」の意義と同一に解されるべきところ,上
記のとおり,「放送」等における「公衆」は相当程度多数の者をいうと
解されるから,「公衆送信」における「公衆」の意義においても相当程
度多数の者をいうと解すべきである。そうすると,「公衆送信」におい
ても,「自動公衆送信」においても,受信者が相当程度多数である構成,
すなわち1対多数の構成が予定され,送信者と受信者が1対1で対応す
る排他的伝送は含まれないというべきである。
しかるに,本件サービスにおいて,債務者が管理するベースステーシ
ョンから利用者への放送データの転送の主体は当該ベースステーション
の所有者たる利用者であって,転送の相手方はかかる利用者である。こ
れは自分から自分自身への転送行為(送信行為)であって,「公衆送
信」に当たらないことは明らかである。仮に,ベースステーションから
する送信行為の主体が債務者であるとしても,放送データの転送の相手
方は当該ベースステーションの所有者たる利用者1人に限定されている
から,多数人に向けて送信されておらず,「公衆」に直接受信されるこ
とを目的とした電気通信の送信に当たらないことは明らかである。
(イ)なお,著作物の使用行為が「公衆」に対する使用行為に当たるか否
かを,当該著作物の種類,性質や利用形態を前提に,著作権者の権利を
及ぼすことが社会通念上適切か否かという観点を加味して判断すること
は,判断をする裁判所に白紙委任を与え,法的安定性及び予測可能性を
失わせるもので適切でない。
また,仮にかかる観点を加味したとしても,①債務者の管理するベ
ースステーションがその構成機器となっているロケーションフリーテレ
ビは2005年度ネットKADEN大賞を受賞した,社会的に好意的に
受け止められている商品であり,②1台のベースステーションから転
送される放送データを受信できるのは,当該ベースステーションに登録
された1台の専用モニター又はパソコンに限定されており,③今日,
利用者等の委託を受けてコンピュータ等の情報機器の設置,保守及び管
理等を行うハウジングサービスが広く行われているが,上記情報機器に
より処理される情報の知的財産権に基づいて,これらのサービスを行う
者に対して禁止権を付与すべきとは社会的にいい難い状況にあること,
④ロケーションフリーテレビにはテレビCMをカットする機能がなく,
債権者らのCMスポンサーの利益を損なうおそれがないこと,⑤放送
法1条1号では「放送が国民に最大限に普及されて,その効用をもたら
すことを保障する」としているところ,本件サービスは債権者らの放送
を受信できない地方の住民や難視聴地域に居住する住民,海外に居住す
る者に広く受信を可能にするサービスであること,⑥本件サービスの
利用者への放送データの転送行為を禁止するときは,利用者の受信の機
会を失わせるという大きな不利益を与える一方,債権者らには格別の利
益は生じないことからすれば,テレビ番組という著作物の種類,性質や
利用形態を前提に,著作権者の権利を及ぼすことが社会通念上適切であ
るとはいい難く,本件サービスにおけるベースステーションから利用者
への放送データの転送は「公衆」に対する送信行為に当たらないという
べきである。
(4)債務者が本件放送を自動公衆送信装置に入力していないこと
単に通信設備ないし自動公衆送信装置を設置,管理又は運営する者は,上
記通信設備等において送信可能化がされたとしても,送信可能化権の侵害の
責任を問われるものではない。
債務者は,ベースステーションの所有者たる利用者の委託を受けて,ベー
スステーションを事務所に設置し,アンテナ端子と接続する等の作業を機械
的に行い,ベースステーションを管理しているにすぎないのであって,単に
通信設備ないし自動公衆送信装置を設置,管理又は運営しているにすぎない。
そうすると,ベースステーションへの放送を入力している主体は,本件サ
ービスの利用者であって,債務者ではない。
また,ベースステーションに障害が生じた場合に,ベースステーションを
リセットしても,著作権法2条1項9号の5ロの送信可能化行為を行ったと
はいえない。
仮に債務者がかかる入力を行っている主体であるとすると,ハウジングサ
ービスを行っている事業者等は,管理下にあるサーバー等内に第三者の著作
権ないし著作隣接権を侵害するような電子ファイル等が蔵置されていないこ
とを確認した上でなければ,当該サーバー等がシステムダウン等を起こして
も,これを再起動させることができなくなるが,かかる結果は不合理である。
(5)ロケーションフリーテレビの社会的有用性等
ソニーが開発・製造しているロケーションフリーシステムは,社会的に好
意的に受け止められている商品であり,海外や地方などに居住しているため
に放送を受信できない者や,電波障害等のために放送を適切に受信できない
者に対して放送の視聴を可能にするものである。
他方,公共財産である電波を利用し,公共の利益に沿って事業を遂行すべ
き性格を有する債権者ら放送会社において,本件サービスのようなハウジン
グサービスを差し止めることが,社会通念上適切であるとはいい難い。
そして,債務者は,ソニーの販売する商品を,何ら商品の仕様を変更する
ことなく,ソニーが提案する使用法どおりに使用して本件サービスを提供し
ているものであって,何ら新たな機能を追加するなどしていない。本件サー
ビスは,ソニーが提供するロケーションフリーテレビの社会的有用性を活用
しているにすぎないものである。
2争点(2)(保全の必要性)について
〔債権者の主張〕
(1)日々損害が生じていること
債務者は,債権者らの本件サービスの差止めを求める警告にもかかわらず,
現在も本件サービスを継続している。そして,本件サービスによって,債権
者らの著作権及び著作隣接権は日々侵害されている。
このとおり,債権者は,債務者による債権者の権利へのただ乗りにより日
々大きな損害を被っており,本案判決を待つことなく,一刻も早く本件サー
ビスを差し止める必要性があることは明らかである。
(2)本案判決後の損害賠償請求では被害が回復できないこと
本件サービスが存続するときは,債権者らがコンテンツの供給を受けてい
る権利者との関係に重大な悪影響を及ぼす。
すなわち,債権者らが放送する番組には,債権者ら以外の権利者から許諾
を受けて放送しているものも多数存在する。その中には,海外の権利者も多
いが,債権者らに放送を許諾するにあたって,契約条件の中で,必ず放送地
域を日本国内に限定している。これらのコンテンツは,各国ごとに個別にラ
イセンスが付与されるため,権利者にとっては,放送地域が限定されている
ことが,ライセンスを与える不可欠の前提となっている。しかしながら,仮
に本件サービスのような事業が日本法上適法とされてしまうと,このような
前提は根底から崩れる。
このような状況に至れば,海外の権利者としては,日本の放送事業者に放
送を許諾すること自体を躊躇せざるを得なくなる。すると,債権者らは,こ
れまで問題なく許諾を受けられていたコンテンツについても許諾が受けられ
なくなり,日本の視聴者は,海外の多数の優良なコンテンツを視聴できなく
なってしまう。
このような被害は,事後的な損害賠償請求で修復できるものではない。
よって,本案判決を待つことなく,直ちに本件サービスを差し止める必要
がある。
(3)利用者の増加の防止の必要性
債務者は,自ら本件サイトを開設し,現在も新規利用者を広く募集してい
る。このまま本件サービスを放置すれば,本件サービスを適法なものと誤解
して新規に加入する利用者が現れることは必至である。また,サービスの低
価格化が進めば,当然これに加入する外国人も増加するのであって,そうな
れば,海外へのコンテンツの漏出による悪影響も飛躍的に増大する。
そうなれば,債権者らの被る損害はますます拡大することになるから,一
刻も早く本件サービスを差し止める必要がある。
〔債務者の主張〕
保全の必要性を争う。
本件サービスが存続することによって,債権者にいかなる性質及び内容の損
害が生じるのか,またその金額が全く明らかでない。
本件サービスにおいては,放送中のコマーシャルをカットしていないから,
債権者の収入が実際に減少したことも,近い将来減少することも考え難い。債
権者の主張する被害は,ひっきょう,将来の損害の可能性にすぎず,仮にこれ
が発生したとしても,その金額はわずかなものである。なお,本件サービスの
存続によって,債権者が海外のコンテンツ権利者から,許諾を受けられなくな
ることなどはあり得ない。
以上のとおり,債権者の損害は事後的な損害賠償によっても十分填補可能で
ある。
他方,本件仮処分が認容されると,債務者は重大な不利益を受け,後に本案
訴訟で勝訴したとしても回復し難い,致命的なものとなるおそれがある。
結局,債権者の本件仮処分申立ては,「債権者に生ずる著しい損害又は急迫
の危険を避けるためにこれを必要とする」ものであるとはいえず,保全の必要
性がない。
第4当裁判所の判断
1疎明資料及び審尋の全趣旨によれば,次の事実が一応認められる。
(1)ロケーションフリーテレビの機能等
アロケーションフリーテレビの機能・種類
ソニー製「ロケーションフリーテレビ」は,製品を購入した消費者の自
宅内ではLANを用い,自宅外ではインターネット回線を用いることで,
外出先や海外においてもテレビ放送の視聴を可能にする機能(このうち,
外出先及び海外においてテレビ放送の視聴を可能にする機能を「NetA
V機能」という。以下,NetAV機能を利用する場合について判断す
る。)を有する装置である。ロケーションフリーテレビを構成する装置で
あるベースステーションは,テレビチューナーを内蔵し,テレビアンテナ
から入力されたアナログの放送波をデジタルデータ化し,対応する専用モ
ニター又はパソコンからの指令に応じて,インターネット回線を通じて当
該モニター又はパソコンへ上記デジタルの放送データを自動的に送信する
機能を有する。
ロケーションフリーテレビには,現時点で,次のとおり2系統の商品が
ある(甲1の5,甲5,乙1,5)。
(ア)商品型番LF-X1及びLF-X5
ベースステーションと対応する専用のモニターがセットになっており,
利用者がこのモニターでテレビ放送を視聴する商品(以下「専用モニタ
ー型」という。)
(イ)商品型番LF-PK1
ベースステーションと対応するパソコン用の専用ソフトウェアのお試
し版がセットになっており,利用者において別売りの正規の専用ソフト
ウェアを自己のパソコンにインストールし,専用モニターの代わりに自
己のパソコンでテレビ放送を視聴する商品(以下「パソコン型」とい
う。)
イ利用のための準備作業
ロケーションフリーテレビを使用するためには,専用モニター型でも,
パソコン型でも,まず,ロケーションフリーテレビの機器を購入し,必要
な電源及びテレビアンテナを確保するほか,インターネット回線と接続す
るためのADSL回線等の利用契約及びインターネットのプロバイダーと
の間の契約を締結し,ルーター等を用意する等の高速インターネット接続
が可能になる環境を確保する必要がある(甲5〔4頁〕,乙1〔25頁〕,
審尋の全趣旨)。
ウ専用モニター型の利用のために必要な設定作業等
専用モニター型を用いて外出先でユーザーがテレビ放送を視聴するため
には,前記イの準備作業のほか,次の作業をする必要がある(乙1)。
(ア)ベースステーションに,商品に付属するACパワーアダプター等を
介して電源コンセントにつないで電源が供給されるようにし,また,背
面のアンテナ接続端子と自宅のテレビアンテナ端子とをアンテナ接続ケ
ーブルで接続する。専用モニターについても,付属するACパワーアダ
プター等を介して電源コンセントにつなぐ〔18,19頁〕。
(イ)ベースステーション及び専用モニターの電源を入れ,専用モニター
からテレビチャンネルの設定を行う〔20ないし24頁〕。
(ウ)ベースステーションのLAN端子と,ルーター(ルーター内蔵モデ
ム及びADSLモデム等を含む。以下同じ。)のLAN端子とをLAN
ケーブルで接続する。その後,専用モニターから,ベースステーション
の回線設定(環境設定。DHCPによる自動設定ないし手動設定等でI
Pアドレス等を設定する。)を行う〔25ないし36頁〕。
(エ)ユーザーが契約しているSo-net等のプロバイダーにダイナミ
ックDNSサービスの利用を申し込み,ベースステーションの所在を示
すドメイン名を取得し,インターネット上から当該ベースステーション
をドメイン名で参照できるようにする〔141,142頁〕。
(オ)専用モニターからNetAV機能の使用環境設定を行う。具体的に
は,使用環境設定の「NetAV有効/無効設定」画面で,画面上段の
「有効にする」のチェックボックスを選択し,画面下段の「NetAV
時につなぐベースのドメイン名」に前記(エ)で取得した自己のベースス
テーションのドメイン名を入力し,画面左下隅の「OK」ボタンを押す。
なお,この設定の際,必要に応じ,上記画面上でベースステーションの
ポート番号を変更することができる〔142,143頁〕。
エパソコン型の利用のために必要な設定作業等
パソコン型を用いて外出先でユーザーがテレビ放送を視聴するためには,
前記イの準備作業のほか,次の作業をする必要がある(甲5)。
(ア)パソコンを用意すると共に,パソコン用のロケーションフリーテレ
ビ専用ソフトウェア「ロケーションフリープレイヤー」(使用期間が限
定されていない正規のもの。商品型番LFA-PC2)を購入して,同
専用ソフトウェアを上記パソコンにインストールする〔6,35,36
頁〕。
(イ)ベースステーションに,商品に付属するACパワーアダプター等を
介して電源コンセントにつないで電源が供給されるようにし,また,背
面のアンテナ接続端子と自宅のテレビアンテナ端子とをアンテナ接続ケ
ーブルで接続する〔7,8,13頁〕。
(ウ)ベースステーションのLAN端子と,ルーターのLAN端子とをL
ANケーブルで接続し,ベースステーションの電源を入れる。その後,
パソコンとベースステーションとの間を,無線ないし有線のLAN回線
で接続する〔14ないし16頁〕。
(エ)パソコンとベースステーションが無線LAN回線で接続されている
場合には,パソコンの所定のソフトウェア(パソコンの基本ソフトウェ
アがWindowsXPの場合には「ワイヤレスネットワーク接続」)
を起動し,ベースステーション側面に記載されているWEPキーを入力
する。
パソコンとベースステーションが有線LAN回線で接続されている場
合で,ルーターのDHCP機能によってパソコンがIPアドレスを自動
的に取得するようパソコンを設定している場合には,既にされているパ
ソコンとルーターとの間のLANケーブルによる接続作業で足り,別段
設定作業を要しないが,ここで,必要に応じ,パソコン上で専用ソフト
ウェアを起動し,専用ソフトウェアの「ベースステーション設定」画面
でIPアドレス等を手動で入力して設定することもできる。
これらの作業により,パソコンとベースステーションとが交信できる
状態になる〔15,16,40頁〕。
(オ)ベースステーション背面のセットアップモードボタンを押し,ベー
スステーションをセットアップモードにする。他方,パソコンの専用ソ
フトウェアを起動し,「ベースステーションの選択」画面で「接続」ボ
タンを押して,当該パソコンをベースステーションに登録させる〔16,
17頁〕。
(カ)パソコン上で専用ソフトウェアを起動した後,再度「ベースステー
ションの選択」画面で「ベースステーションの設定」ボタンを押し,そ
の後数次進んだ画面で「かんたん設定」ボタンを押し,画面に示される
手順に従って所定のボタンを押し,パソコンからベースステーションの
NetAV機能の設定を自動で行う。
なお,かかる「かんたん設定」ボタンによる設定を行う代わりに,パ
ソコンの専用ソフトウェアの該当する画面上において,手動でIPアド
レス等を入力し,NetAV機能の設定等を行うこともできる。この場
合には,ベースステーションのポート番号を入力して既定値の5021
から変更することができる〔18ないし21頁,41ないし43頁〕。
オ外出先からのテレビ放送視聴の手順
ユーザーは,専用モニター型を使用する場合には専用モニターのLAN
端子とインターネット回線に接続されている外出先のルーターのLAN端
子とをLANケーブルで接続するなどし,パソコン型の場合にはパソコン
のLAN端子と上記の外出先のルーターのLAN端子とをLANケーブル
で接続するなどして,専用モニター又はパソコンがインターネット回線と
接続された状態にする。
その後,ユーザーは,専用モニター型の場合には,専用モニターの電源
を入れ,画面下部の「NetAV接続」ボタンを押す。パソコン型の場合
には,パソコンの電源を入れ,専用ソフトウェアを起動し,最初に現れる
「ベースステーションの選択」画面で「接続」ボタンを押す。
そうすると,外出先の専用モニター又はパソコンと自宅のベースステー
ションとの間でインターネット回線を通じて交信が行われ,ソフトウェア
による接続作業が完了すると,ベースステーションからデジタル化された
放送データがインターネット回線を通じて専用モニター又はパソコンに送
信され始めるようになり,テレビ放送を視聴することができる。この際,
専用モニター又はパソコンの画面の一部に視聴可能なチャンネルを示す子
画面が表示されるので,同子画面中の任意のチャンネルを選択して,好き
な放送局に切り替えることができる。
なお,これらのようにして外出先からユーザーが随時テレビ放送を視聴
することができるようにするためには,外出前に予めベースステーション
の電源を入れておく必要がある(甲5〔4,25,26頁〕,乙1〔14
3,144頁〕)
(2)ソニーが提供するロケーションフリーテレビの取付け及び設定サービス
ソニーは,ロケーションフリーテレビを購入したユーザーに対し,機器の
取付け及び設定を有償で行う以下のようなサービス(以下「ソニーの設定サ
ービス」という。)を提供し,自社のインターネット・ホームページで同サ
ービスの申込みを受け付けている(乙2の1ないし4)。
ア専用モニター型の場合,ソニーの設定サービスの内容は,機器の取付け
並びにADSL設定及びNetAV機能設定等であり,前記(1)ウ(ア)な
いし(ウ)及び(オ)の設定作業等に対応するものである。NetAV機能設
定も行われる場合のこのサービスの利用料金は,最低1万5750円(ル
ーターを使用せず,ユーザーにおいてADSLケーブルを設定済みの場合。
以下,料金にはいずれも消費税を含む。),最高2万3100円(ルータ
ーを使用し,インターネット回線の設定,ダイナミックDNSの設定及び
ルーターの設定が必要な場合。)である。
イパソコン型の場合,ソニーの設定サービスの内容は,ベースステーショ
ンの取付け,パソコンのネットワーク設定,パソコンへの専用ソフトウェ
アのインストール及び同ソフトウェアの設定並びにNetAV機能設定で
ある。このサービスは,前記(1)エの設定作業等に対応するものである。
このサービスの利用料金は,ベースステーションの取付け及び設定,パソ
コンのネットワーク設定,パソコンへの専用ソフトウェアのインストール
及び設定並びにUPnP対応ルーター(ソニーによる検証作業が終了して
いるものに限る。)を使用する場合のNetAV機能設定作業を行うサー
ビスで1万5750円である。
ウソニーは,パソコン型の場合には,海外の在住者向けに,国内でベース
ステーションの取付け,パソコンのネットワーク設定,パソコンへの専用
ソフトウェアのインストール及び同ソフトウェアの設定並びにNetAV
機能設定を行うサービス(海外在住者向けサポート)も提供している。こ
のサービスも,前記(1)エの設定作業等に対応するものである。このサー
ビスの利用料金は,国内のベースステーション設置場所への基本出張料込
みで2万6250円である。
(3)本件サービスについて
ア目的ないし意義
本件サービスの目的ないし意義は,債務者において,ベースステーショ
ンに所要の接続をし,債務者の事務所で保管及び管理することで,海外や,
本来であれば放送波が届かない地域に居住している利用者等でも,任意に
希望するテレビ放送を視聴することができるようにすることにある(甲1
の4)。
イ本件サービスの仕組み
次の機器類が概ね別紙2のとおり接続されて,本件サービスのシステム
が構築されている。
なお,本件サービスにおいては使用されるソフトウェアは,いずれもソ
ニーが開発したものであり,債務者が独自に準備したソフトウェアは使用
されていない。また,以下の機器類のうち,ベースステーションは利用者
の所有に係り,それ以外の機器類は,すべて汎用品であり,本件サービス
に特有のものではない(甲1の4,甲5,審尋の全趣旨)。
(ア)ベースステーション
ベースステーションは,インターネット回線に接続されて,放送波を
デジタルデータ化してインターネット回線に送信することができる機器
であり,デジタルデータ化された放送データはインターネット回線を通
じて専用モニター又はパソコンへ送信される。利用者は専用モニター又
はパソコンの操作を通じてベースステーションに指令を行い,ベースス
テーションから送信された放送データを受信して,専用モニター又はパ
ソコン画面で視聴する。
(イ)分配機
分配機は,一方において,テレビの放送波(地上波)を受信するアン
テナ端子にケーブルを用いて接続されており,他方において各ベースス
テーションにも接続されている。放送波を各ベースステーションに供給
するための分岐点の役目を果たす。
(ウ)ハブ
各ベースステーションとルーターとの間に介在して,1つ以上のLA
N回線を束ねる役割を果たす機器である。
(エ)ルーター
ハブとインターネット回線との間に介在して,相互の信号やデータの
割振りを行う機器である。なお,ルーターとインターネット回線とは,
LANケーブル等のケーブル類を用いて接続されている。
ウ本件サービスの利用手順(甲1の2,5,審尋の全趣旨)
(ア)本件サービスへの加入手順
利用希望者は,本件サービスのホームページ(http://■■■■■■
■■)にアクセスして,本件サービスの内容を確認した上,登録予約フ
ォームに氏名等の必要事項を記入して送信することにより本件サービス
の利用申込みを行う。
債務者から申込みを受けた事実の確認及びサービス開始時期等を通知
する電子メールを受信した申込者は,後に債務者へ発送するロケーショ
ンフリーテレビの種類を指定する内容の電子メールを返信する。
債務者から機器の受入準備が整った旨の電子メールを受信した申込者
は,ロケーションフリーテレビを購入し又は既に購入済みのロケーショ
ンフリーテレビを債務者のデータセンターに送付し又は自ら持参する。
(イ)入会金及び月額利用料の支払等
申込者は債務者に対し,入会金3万1500円及び初回分の月額利用
料5040円を支払う。
なお,上記入会金の内訳は,本件サービスへの加入の対価,ベースス
テーションの設置及び設定に要する費用,設備料,インターネットの接
続料金並びに専用モニターの発送手数料であり,上記月額利用料の内訳
は,ベースステーションの保管場所代,電気代,通信回線代及び諸設備
利用代であるとされている。
(ウ)ベースステーションの設置及び設定並びに専用モニターの発送
債務者は,申込者から送付されたロケーションフリーテレビのうち,
ベースステーションを債務者の事務所(データセンター)内に設置し,
ポート番号を割り当てる等の必要な設定を行い,分配機を介してアンテ
ナ端子に,ハブ等を介してインターネット回線に接続する。
債務者は,ベースステーションに専用モニター又はパソコンからの指
令さえあれば自動的に放送を送信できる状態となったことを確認するテ
ストを実施した上,専用モニター型の場合は,ロケーションフリーテレ
ビのうち専用モニターを申込者に発送する。パソコン型の場合には,専
用モニターの発送は行われない。
(エ)専用モニター型の場合の利用手順(甲1の5,審尋の全趣旨)
利用者は,専用モニターを操作し,インターネット回線を通じてベー
スステーションに指令を行う。指令を受けたベースステーションは,自
動的に放送をインターネット回線を通じて利用者のモニター部分に送信
し,利用者は,当該放送を受信して視聴する。
専用モニター型の場合には,事前に所要の手続及び設定を経て高速イ
ンターネット接続を確立する必要があるものの,専用モニターの電源を
入れ,「NetAV接続」ボタンを押すと,インターネット回線を通じ
てベースステーションに指令を送信し,この指令を受けたベースステー
ションから送信される放送を受信して専用モニターで視聴することがで
きる。
(オ)パソコン型の場合の利用手順(甲1の5,甲5,審尋の全趣旨)
パソコン型の場合も,上記の高速インターネット接続の確立作業のほ
かに,事前に専用ソフトウェアを購入し,これを自己のパソコンにイン
ストールし,専用ソフトウェアの環境設定を行う必要がある(なお,必
要に応じて,MTUの設定の変更を行う。)ものの,これらの作業が終
了した後は,パソコン上で専用ソフトウェアを起動し,ベースステーシ
ョンの選択画面で「接続」ボタンを押すことにより,インターネット回
線を通じてベースステーションに指令が送信され,その指令を受けたベ
ースステーションから放送が送信され,利用者はパソコンで放送を受信
して視聴することができる。
エ債務者と利用者との契約の内容
債務者が本件サービスの利用者との間で締結する契約「まねきTV有
料サービス」の約款には,次の規定がある(甲1の5)。
(ア)4条(契約の単位)
「1.サービス契約加入申し込みごとに,当社では本約款に基づきサ
ービスを提供します。このサービスはサービス契約加入申し込みをした
御本人(以下「加入者」といいます)が単独あるいは同一世帯内で個人
的に住居生計を共にする方々と御一緒に有料サービスを受ける為のもの
であり,業務目的乃至その他目的如何を問わず不特定多数の視聴の用に
供する事は出来ません。有料サービスの業務目的使用もしくは同時再送
信ないし再分配をすることは禁止します。
2.次条に基づく契約成立後,前項の規定に違反して不正に使用して
いたことが判明した場合は,当社は,サービス契約を直ちに解除するこ
とが出来る。」
(イ)5条(契約の成立)
「サービス契約は,(中略)成立します。但し,当社は,サービス契
約の申し込みがあった場合でも,以下の場合には承諾しないことがあり
ます。
1.(略)
2.加入申込者が放送番組の著作権および著作隣接権を侵害する恐れが
あると当社が判断する場合。
3.(略)」
(ウ)8条(料金の支払い義務)
「1.加入者は別表に定めるイニシャルコストおよび利用料を当社の
指定する方法により当社にお支払いいただきます。利用料はサービス契
約成立の日の属する月の翌月分からとします。
2.イニシャルコストはサービス契約の成立後は返還されません。」
(エ)12条(中途解約)
「1.加入者は契約期間中であっても当社所定の書式により当社また
は代理店に解約希望月の27日迄に通知したうえでサービス契約を解約
することができます。解約は,当社が27日迄に文書を受領した月の末
日に成立します。
2.ないし4.(略)」
(オ)13条(契約の解除等)
「1.当社は加入者が利用料などの支払い義務を怠った場合,その他
本約款またはサービス契約に違反した場合には,書面による通知のうえ
サービスを停止してサービス契約を解除できます。(以下略)」
(カ)19条(著作権及び著作隣接権侵害の禁止)
「加入者は個人的にまたは家庭内またはこれに準ずる限られた範囲内
において利用することを目的とする場合を除き,著作権および著作隣接
権を侵害する行為をすることはできません。」
(キ)20条(NHK視聴契約)
「NHK視聴契約については,加入者各自で契約する事とする。当サ
ービスでは契約,集金業務は行いません。」
(ク)なお,債務者が利用者との間で契約を解除した後のベースステーシ
ョン等の処理につき,次の2通りの方法が定められている。
aパターン1
債務者が利用者の指定する場所にベースステーション等を送付し,
利用者から取外し手数料及び梱包料として合計5000円並びに送料
実費を徴収する。
bパターン2
利用者がベースステーション等の所有権を放棄して,債務者におい
てベースステーションを廃棄処分し,利用者から取外し手数料及び廃
棄手数料として合計5000円並びにリサイクル法に基づく実費を徴
収する。
オ債務者の本件サービスの提供にあたっての準備等(審尋の全趣旨)
(ア)債務者は,東京都文京区内にデータセンターと称する事務所を賃借
し,契約時に63万円を,その後は月額10万5000円の賃料を支払
っている。また,債務者は,高速インターネット回線を準備し,月額2
万7000円の回線代を支払い,プロバイダーと契約して月額1万20
00円の料金を支払っている。
(イ)そして,債務者は,147万円をかけて本件サービスのホームペー
ジのシステムを作成した。
本件サービスのホームページでは,利用者において不明な点があれば,
「サポートデスク」に問い合わせることにより債務者から直接回答を得
ることもできる。また,同ホームページで,本件サービスの利用が可能
な高速インターネット接続環境にあるか否かについて確認することがで
きる他のウェブサイトを紹介している。
なお,債務者のホームページのうち,本件サービスの内容に係る部分
には,利用希望者がロケーションフリーテレビを購入できる店舗の名称
として,ビックカメラ等が列挙され,同店舗のホームページへのリンク
が張られている。
(ウ)さらに,債務者は,ベースステーションを載置するラックや,ルー
ター,ハブ,ケーブル及び分配機等を購入した。
カ債務者の契約実績
債務者が本件サービスの利用者から送付を受けて保管及び管理を行って
いるベースステーションは,専用モニター型(ただし,LF-X1のみ)
が現在35台(国内の利用者に発送ないし手渡ししたものが26台,海外
の利用者に発送したものが20台の合計46台に上るが,うち11台分に
ついては契約を解除され,ベースステーションは利用者に返却された。),
パソコン型が現在12台ある(審尋の全趣旨)。
(4)ハウジングサービスについて
日本ユニシス・エクセリューションズ株式会社等では,利用者のタワー型,
ラック型又はユニット型のサーバーを預かり,電源及び空調を完備した管理
室内で管理し,利用者のパソコン等とインターネット回線で同サーバーと接
続して,利用者がいつでも同サーバーとデータの送受信ができるようにする
いわゆるハウジングサービスを提供している。
このハウジングサービスでは,業者の従業員が24時間同サーバーの監視
を行ったり,データのバックアップを行うサービスや,ファイアーウォール
を設定・維持するサービス等がオプションとして設けられており,サービス
の内容に応じて異なる利用料金が設定されている。
ハウジングサービスの利用料金は,ラック型のサーバーを預かる簡易かつ
低額のサービスには,1ユニット当たり月額利用料が1万0500円のもの
や初期費用が0円,月額利用料が2万9400円のものがあり,比較的高額
のサービスには1キャビン当たり初期費用が40万円,月額利用料が120
万円のものがある(乙3,4,13ないし20)。
2争点(1)(債務者の送信可能化行為の有無)について
(1)本件サービスの内容及び利用される機器
ア本件サービスにおいては,ソニーが製造販売している「ロケーションフ
リーテレビ」が使用されている。前記1(1)認定のとおり,ロケーション
フリーテレビ自体は,本件サービスとは無関係に,外出先や海外等におい
てもテレビ放送の視聴を可能にする社会的に見ても有用な装置であって,
債権者も,その利用が著作隣接権侵害に当たるとは主張していない。
ロケーションフリーテレビを利用するにあたっては,必ずしも利用者自
身が必要なベースステーションの取付け及び設定作業を行うのではなく,
前記1(2)認定のとおり,ソニーの設定サービスにおいて,かかる作業を
代行してもらうこともできる。しかも,ソニーの設定サービスについては,
海外在住者向けサポートを含め,債権者は,それが著作隣接権侵害に当た
るとは主張していない。
イ本件サービスにおいて放送データの送信を行う機器は,ベースステーシ
ョンである。すなわち,ベースステーションは,テレビチューナーを内蔵
し,アンテナ端子からの放送をデジタルデータ化し,対応する専用モニタ
ー又はパソコンからの指令に応じて,インターネット回線を通じて専用モ
ニター又はパソコンへ自動的に送信する機能を有するものである。
しかしながら,まず,前記アのとおり,債権者においても,ベースステ
ーションの利用行為一般が著作隣接権侵害に当たるとは主張していない。
ロケーションテレビは,前記1(3)ウ認定のとおり,本件サービスの利
用者において購入するものであり,本件サービスの利用者は,いつ,どの
販売店から,どの種類のロケーションフリーテレビを,いくらで購入する
かにつき自由に意思決定をなし得る立場にあり,債務者による購入先の指
定等はされていないし,債務者においてロケーションフリーテレビの購入
の仲介ないしあっせんを行ってはいない。また,利用者はいったん債務者
にベースステーションの保管及び管理を依頼した後も,前記1(3)エ認定
のとおり,本件サービスの利用契約を解除して,ベースステーションの返
還を受けることができる。なお,債務者は,前記1(3)オ(イ)認定のとお
り,自らのホームページ中でロケーションフリーテレビの販売業者の紹介
の項目を設けるなどしているが,これはあくまで利用者に対する最低限の
便宜を図る域を出るものではなく,購入自体は申込者が単独で行ったもの
と評価せざるを得ない。
そうすると,本件サービスにおいて,ベースステーションの所有権が債
務者にあると解する余地は全くなく,利用者への所有権移転が仮装である
とみる余地もない。債権者においても,これを争っていない。
また,前記1(3)イ認定のとおり,その余の機器類は,すべて汎用品で
あり,本件サービスに特有のものではない。
ウさらに,前記1(3)イ認定のとおり,本件サービスにおいては,ソニー
が作成したソフトウェアが用いられているのであって,ベースステーショ
ンから利用者の専用モニター又はパソコンへの送信につき,債務者が独自
に作成したソフトウェア等が利用されている事情は,全く存しないもので
ある。
エそして,本件サービスにおいては,1台のベースステーションから送信
される放送データを受信できるのはそれに対応する同一の利用者が所有す
る1台の専用モニター又はパソコンにすぎず,1台のベースステーション
から複数の専用モニター又はパソコンに放送データが送信されることはな
い。したがって,特定の利用者のベースステーションと他の利用者のベー
スステーションとは,全く無関係に稼働し,それぞれ独立している。
また,本件サービスにおいては,あくまでも,特定の利用者が所有する
1台のベースステーションからは,当該利用者の選択した放送のみが,当
該利用者の専用モニター又はパソコンのみに送信されるにすぎず,この点
に債務者の関与はない。
さらに,債務者は,ベースステーションとは別個のサーバー等を設置し
てはおらず,また,利用者によるベースステーションへのアクセスに同サ
ーバー等の認証手順を要求するなどして,利用者による視聴を管理するこ
ともしていない。すなわち,利用者はインターネット回線を通じて自己の
ベースステーションに直接アクセスし,必要な指令を送って,ベースステ
ーションから選択した放送データのみの送信を受けているのであって,債
務者が管理する複数のベースステーション全体が一体のシステムとして機
能しているとは評価し難いものである。
オ本件サービスは,ソニーの設定サービスと対比して,ベースステーショ
ンを債務者の事務所に設置保管して,分配機を経由してアンテナ端子から
放送波が流入するようにし,かつ利用者がプロバイダーと契約しなくても
ベースステーションからインターネット回線への接続が行われるようにす
る点において相違するが,その余は,利用者がソニーの設定サービスを利
用してロケーションフリーテレビのNetAV機能を使用するのと同じで
あり,本件サービスを利用しなければ,本件放送を視聴できないというも
のではない。
(2)本件サービスにおける債務者の役割
ア本件サービスにおいて債務者が利用者に対して提供しているサービスの
中核は,①ベースステーション等とアンテナ端子及びインターネット回
線とを接続してベースステーションが稼働可能な状態に設定作業を施すこ
と,②ベースステーションを債務者の事務所に設置保管して,放送を受
信できるようにすることである。
イしかし,このうち,まず前記①は,利用者がテレビ視聴を行う場所以外
の場所(自宅等)に必要なアンテナ端子及びインターネット回線を準備し
てベースステーションを設置すれば,本件サービスを利用しなくても可能
になることであり,利用者自身が必要なベースステーションの取付け及び
設定作業を行うこともできるし,利用者が用意したアンテナ端子及びイン
ターネット回線を利用し,ベースステーションとアンテナ端子等を接続し
てベースステーションが稼働可能な状態にすること自体は,ソニーの設定
サービスにおいても行われることである。そして,ベースステーションの
設置場所が東京都内のテレビ放送波の受信状態が良好である場所であれば,
本件サービスを利用したのと同様の結果を得ることができる。
しかも,ソニーの設定サービスについては,債権者はそれが著作隣接権
を侵害するわけではない旨主張している。
ウさらに,前記②についても,ベースステーションの所有権は,名実とも
に利用者にあり,それを債務者に寄託しているもの,すなわち,利用者に
おいて債務者の事務所にあるアンテナ端子及びインターネット回線の利用
を許されているのと同視することができる。いわゆるハウジングサービス
においても,利用者のサーバーを預かり,利用者のパソコン等とインター
ネット接続によりデータの送受信ができるようにされているが,債権者は,
それが本件サービスとは異なるとして,送信可能化権を侵害する旨主張し
ていない。
そして,本件サービスにおいては,あくまでも,特定の利用者が所有す
る1台のベースステーションからは,当該利用者の選択した放送のみが,
当該利用者の専用モニター又はパソコンのみに送信されるにすぎず,この
点に債務者の関与はない。
(3)送受信の主体
ア以上によれば,本件サービスは,利用者の所有するベースステーション
を債務者の事務所に設置保管して,放送波を受信するものではあるが,そ
れに使用される機器の中心をなすベースステーションは,名実ともに利用
者が所有するものであり,その余は汎用品であって,特別なソフトウェア
も使用していないものであるから,放送波は,利用者が各自の所有するベ
ースステーションによって受信しているものといわざるを得ない。
イ本件サービスにおいては,①それに使用される機器の中心をなし,そ
のままではインターネット回線に送信できない放送波を送信可能なデジタ
ルデータにする役割を果たすベースステーションは,名実ともに利用者が
所有するものであり,その余は汎用品であり,本件サービスに特有のもの
ではなく,特別なソフトウェアも使用していないこと,②1台のベース
ステーションから送信される放送データを受信できるのはそれに対応する
1台の専用モニター又はパソコンにすぎず,1台のベースステーションか
ら複数の専用モニター又はパソコンに放送データが送信されることは予定
されていないこと,③特定の利用者のベースステーションと他の利用者
のベースステーションとは,全く無関係に稼働し,それぞれ独立しており,
債務者が保管する複数のベースステーション全体が一体のシステムとして
機能しているとは評価し難いものであること,④特定の利用者が所有す
る1台のベースステーションからは,当該利用者の選択した放送のみが,
当該利用者の専用モニター又はパソコンのみに送信されるにすぎず,この
点に債務者の関与はないこと,⑤利用者によるベースステーションへの
アクセスに特別な認証手順を要求するなどして,利用者による放送の視聴
を管理することはしていないことに照らせば,ベースステーションにおい
て放送波を受信してデジタル化された放送データを専用モニター又はパソ
コンに送信するのは,ベースステーションを所有する本件サービスの利用
者であり,ベースステーションからの放送データを受信する者も,当該専
用モニター又はパソコンを所有する本件サービスの利用者自身であるとい
うことができる。
そうすると,本件サービスにおけるベースステーションがインターネッ
ト回線を通じて専用モニター又はパソコンに放送データを送信することを
債務者の行為と評価することは困難というべきであって,かかる送信は,
利用者自身が自己の専用モニター又はパソコンに対して行っているとみる
のが相当である。
ウ以上のとおり,本件サービスにおいては,利用者が,自己の所有するベ
ースステーションによって,放送波を受信し,自己の専用モニター又はパ
ソコンから視聴したい放送を選択し,当該放送を上記ベースステーション
によってデジタルデータ化した上,上記専用モニター又はパソコンに対し,
デジタルデータ化した放送データを送信しているものである。
これを利用者の立場からみれば,ソニー製のロケーションフリーテレビ
を債務者に寄託することにより,その利用が容易になっているにすぎない。
(4)自動公衆送信装置について
ア債権者は,ベースステーションが自動公衆送信装置に当たる旨主張する。
しかしながら,まず,「自動公衆送信装置」とは,「公衆の用に供する
電気通信回線に接続することにより,その記録媒体のうち自動公衆送信の
用に供する部分に記録され,又は当該装置に入力される情報を自動公衆送
信する機能を有する装置」である(著作権法2条1項9号の5イ)。
そして,「自動公衆送信」とは,「公衆送信のうち,公衆からの求めに
応じ自動的に行うもの(放送又は有線放送に該当するものを除く。)」で
あり(同項9号の4),また「公衆送信」とは,「公衆によつて直接受信
されることを目的として無線通信又は有線電気通信の送信(有線電気通信
設備で,その一の部分の設置の場所が他の部分の設置の場所と同一の構内
(その構内が二以上の者の占有に属している場合には,同一の者の占有に
属する区域内)にあるものによる送信(中略)を除く。)を行うこと」を
いう(同項7号の2)。
ここで,同法2条5項は,「公衆」には,「特定かつ多数の者を含むも
のとする。」と定めているから,送信を行う者にとって,当該送信行為の
相手方(直接受信者)が不特定又は特定多数の者であれば,「公衆」に対
する送信に当たるということができる。
イ前記(3)のように,本件サービスにおけるベースステーションからの放
送データの送信の主体を債務者と評価することはできないから,ベースス
テーションによる放送データの送信は,1主体(利用者)から特定の1主
体(当該利用者自身)に対してされたものである。そうすると,ベースス
テーションによる送信は,不特定又は特定多数の者に対するものとはいえ
ず,これをもって「公衆」に対する送信ということはできない。
したがって,本件サービスにおける個々のベースステーションは,「自
動公衆送信装置」には当たらない。
よって,債務者がインターネット回線に接続されているベースステーシ
ョンを分配機に接続して放送波が入力されるようにすることは著作権法2
条1項9号の5イに当たらないし,同分配機に接続されているベースステ
ーションをインターネット回線に接続することは同ロに当たらないという
べきである。
(5)債権者の主張(2)アについて
ア債権者は,債務者が,(a)既にインターネット回線に接続されている
ベースステーションに放送波を入力し,同時に,(b)既に放送波が入力
されているベースステーションをインターネット回線に接続して,利用者
が当該放送を視聴し得る状態にしていることが,物理的に,それぞれ著作
権法2条1項9号の5イの「情報を入力すること」及びロの行為に当たる
旨主張する。
イしかしながら,まず,前記(4)のとおり,本件サービスにおけるベース
ステーションは,「自動公衆送信装置」に当たるとはいえない。
ウまた,送信可能化とは,著作権法2条1項9号の5イ又はロの行為によ
り「自動公衆送信し得る」ようにすることをいう(同号柱書)。よって,
送信可能化について権利侵害に問われるべき者は,「自動公衆送信し得
る」状態にない放送を「自動公衆送信し得る」状態にしたといえることが
必要である。
上記(a)について検討すると,「自動公衆送信し得る」のはデジタルデ
ータ化された放送データのみであり,アナログのままの状態ではインター
ネット回線を通じて「送信」することができないから,仮にアナログの放
送波がベースステーションに流入しているとしても,その放送波の流入に
よっては,同号柱書の「自動公衆送信し得る」ようにしたものとはいえな
い。また,放送データは,利用者の選択があった場合のみ送信し得る状態
になり,デジタルデータ化するのは利用者が所有するベースステーション
であることからすれば,債務者が利用者の選択によることなく放送データ
をベースステーションに入力しているということはできない。そして,利
用者が選択しない限り本件放送がデジタルデータ化されていることを認め
るに足りず,仮にそれがデジタルデータ化されているとしても,利用者か
ら選択がされない以上,その放送データは送信されることのないものであ
るから,「自動公衆送信し得る」ようにしたとはいえない。
上記(b)については,ベースステーションをインターネット回線に接続
した結果,利用者が選択した放送データのみを当該利用者自身が所有する
ベースステーションから自己の専用モニター又はパソコンに送信している
のであって,特定の1主体に送信しているといわざるを得ないから,「自
動公衆送信し得る」ようにしたとはいえない。なお,債務者がベースステ
ーションをインターネット回線に接続することは,利用者に代わって,そ
の手足として行っているものである。
エそして,ベースステーションから専用モニター又はパソコンへの放送デ
ータの送信が「公衆」に対するものとはいえないことも,前記のとおりで
あるから,債務者が「自動公衆送信し得る」ようにしたということはでき
ない。
オ以上のとおり,債務者が送信可能化を行っているとの債権者の主張は,
理由がない。
(6)債権者の主張(2)イについて
ア債権者は,本件サービスの本質が,海外及び放送区域外でのテレビ番組
視聴ができることにある旨主張する。
しかしながら,そのことは,ソニーのロケーションフリーテレビのNe
tAV機能そのものであって,債権者自身,それを著作隣接権侵害とは主
張していないものである。
イ債権者は,放送波の範囲が債務者によって限定されている旨主張する。
なるほど,本件サービスにおいては,債権者らが提供する地上波がベー
スステーションから送信されるのみであるが,送信される放送波の範囲が
限定されるのは,ベースステーションの設置場所が東京都内の債務者の事
務所(データセンター)内である結果にすぎず,債務者がかかる限定につ
いて関与したとはいえない。なお,かかる放送波の範囲の限定があること
をもって,放送波の受信が債務者においてされているとみることはできな
い。
ウ債権者は,放送波の入力やインターネット回線への接続行為が債務者の
事務所で行われ,そのための機器を債務者が所有し管理している旨主張す
る。
なるほど,債務者は,自己の事務所内にベースステーションを設置し,
アンテナ端子及びインターネット回線に接続しているところ,放送波のベ
ースステーションへの流入に必要な分配機及びケーブル類や,ベースステ
ーションからインターネット回線への出力に必要なハブ,ルーター及びケ
ーブル類等の機器ないし機材は,いずれも債務者の所有及び管理に係るも
のである。
しかしながら,前記1(3)イ認定のとおり,本件サービスに利用する機
器のうち,中心となるベースステーションの所有権は名実ともに利用者に
あり,各ベースステーション同士はそれぞれ別個独立のものであって一体
の機器を成すものではない。その余の分配機やケーブル類,ハブ及びルー
ター等の機器ないし機材は,本件サービスに特有のものではなく,一般的
に利用される汎用品である。
そして,本件サービスにおいては,ソニーが作成したソフトウェアがそ
のまま用いられ,ベースステーションから専用モニターないしパソコンへ
の送信につき,債務者が独自に作成したソフトウェア等が利用されること
はない。
なお,ベースステーションは債務者の事務所に設置されているが,その
所有権を有する利用者がこれを債務者に寄託しているものであり,利用者
において債務者の事務所にあるアンテナ端子及びインターネット回線の利
用を許されているのと同視することができる。そして,利用者自身が所有
するベースステーションを他人に寄託して,直接占有する以外の場所にお
いて受信した放送を視聴することは,著作権法上禁止されていない。そも
そも,通常の地上波放送に関しては,集合住宅の屋上部分にテレビアンテ
ナを設置して複数の居住者のテレビ放送視聴の用に供したり,自己の占有
部分以外の場所にテレビアンテナを設置することが行われており,債権者
は受信用アンテナの設置場所ないし設置形態を理由に放送の視聴を禁じて
いないが(審尋の全趣旨),本件サービスはそれに近いものである。
また,債務者が有償でベースステーションを設置する場所を賃借してい
るとしても,そのことをもってベースステーションによる送信の主体を債
務者とみるのは困難である。
エ債権者は,債務者においてベースステーションのポート番号の変更の作
業が行われ,債務者がベースステーションを管理している旨主張する。
しかしながら,ポート番号の設定作業は,同一のLAN回線上に複数の
ベースステーションが接続されているために,ポート番号が競合して機器
の動作上不都合が生じるという事態を避けるためのものにすぎず(甲5
〔41頁〕),ベースステーションの設定作業の1つにすぎないところ,
ソニーに設定作業の代行を依頼した場合にも行われる作業であると推認で
きる。
そうすると,債務者がベースステーションのポート番号の変更作業を行
っているとしても,この作業のゆえにベースステーションを債務者が管理
しているとはいい難い。
オ債権者は,さらに,債務者がサポート体制を採って管理している旨主張
する。
確かに,前記1(3)オ認定のとおり,債務者は,本件サービスの案内を
するホームページを作成及び公開して,利用希望者が本件サービスの内容
等を容易に知ることができるようにした上,利用希望者が容易に本件サー
ビスの申込みをすることができるよう,登録予約フォームを用意したり,
利用希望者が本件サービスの利用が可能な高速インターネット接続環境を
有しているかチェックできる他のウェブサイトを紹介し,サポートデスク
と称する質問窓口を設けて,利用希望者の疑問に答えるなどしている。
しかし,これは,本件サービスの利用者がベースステーションから自己
の専用モニター又はパソコンへの送信を行う上での便宜を図っているにす
ぎず,利用者に対する付随的なサービスと解される。なお,債務者による
継続的な管理行為も,利用者の管理行為を代行しているにすぎないものと
評価することができる。
カ債権者は,また,債務者が利用料の支払を受けており,それが放送波の
送信の対価である旨主張する。
しかしながら,債務者が利用者から徴収する利用料金も,最初に徴収す
る入会金が3万1500円,その後に徴収する利用料金が月額5040円
であって,前記1(2)認定のソニーの設定サービスの利用料金や,前記1
(4)認定のハウジングサービスの料金水準に比し,にわかに高額すぎると
はいい難く,このうちに放送の送信の対価が含まれているということは困
難である。
キそして,本件サービスにおいては,前記(3)イ判示のとおり,①それ
に使用される機器の中心をなし,そのままではインターネット回線に送信
できない放送波を送信可能なデジタルデータにする役割を果たすベースス
テーションは名実ともに利用者が所有するものであり,その余は汎用品で
あり,本件サービスに特有のものではなく,特別なソフトウェアも使用し
ていないこと,②1台のベースステーションから送信される放送データ
を受信できるのはそれに対応する1台の専用モニター又はパソコンにすぎ
ず,1台のベースステーションから複数の専用モニター又はパソコンに放
送データが送信されることは予定されていないこと,③特定の利用者の
ベースステーションと他の利用者のベースステーションとは,全く無関係
に稼働し,それぞれ独立しており,債務者が保管する複数のベースステー
ション全体が一体のシステムとして機能しているとは評価し難いものであ
ること,④特定の利用者が所有する1台のベースステーションからは,
当該利用者の選択した放送のみが,当該利用者の専用モニター又はパソコ
ンのみに送信されるにすぎず,この点に債務者の関与はないこと,⑤利
用者によるベースステーションへのアクセスに特別な認証手順を要求する
などして,利用者による放送の視聴を管理することはしていないことに照
らせば,債務者は,物理的にみても,実質的にみても,送信可能化行為の
主体とはいい難い。
利用者がソニー製のロケーションフリーテレビのNetAV機能を利用
することが債権者の送信可能化権を侵害するものでない以上,ベースステ
ーションの寄託を受け,これを設置保管してその利用を容易にしているに
すぎない債務者の行為をもって,送信可能化権の侵害と評価することは困
難である。
(7)小括
したがって,本件サービスにおける個々のベースステーションは,「自動
公衆送信装置」に当たらず,債務者の行為は,著作権法2条1項9号の5に
規定する送信可能化行為に当たらないというべきである。
そうすると,債権者には,著作権法112条1項に基づき,債務者の本件
放送の送信可能化を差し止める請求権がない。
3結論
以上の次第で,その余の点につき判断するまでもなく,債権者の本件仮処分
申立てには理由がないから,これを却下することとして,主文のとおり決定す
る。
平成18年8月4日
東京地方裁判所民事第47部
高部眞規子裁判長裁判官
中島基至裁判官
田邉実裁判官
22022号(別紙)
当事者目録
東京都港区(以下略)
債権者株式会社フジテレビジョン
同代理人弁護士前田哲男
同中川達也
東京都千代田区(以下略)
債務者株式会社永野商店
同代理人弁護士藤田康幸
同志村新
同水口洋介
同小倉秀夫
22022号(別紙)
放送目録
債権者株式会社フジテレビジョンが,次の放送波を送信して行う地上波テレビジ
ョン放送
周波数:映像193.25MHz,音声197.75MHz

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