弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主          文
 1 被告は,原告に対し,1440万3287円及びこれに対する平成12年5月23日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告のその余の請求を棄却する。
 3 訴訟費用はこれを10分し,その9を原告の,その余を被告の負担とする。
 4 この判決は1項に限り仮に執行することができる。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 原告
  (1) 被告は,原告に対し,1億3982万5149円及びこれに対する平成12年5月23
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
  (3) (1)について仮執行宣言
 2 被告
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 事案の概要
 1 事案の要旨
   原告は,その雇用主であった被告に対し,原告が脳梗塞を発症したのは被告にお
いて過重な業務に従事させるなどの安全配慮義務違反があったためである旨主張
して,債務不履行による損害賠償請求権に基づき,損害のうち1億3982万5149
円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成12年5月23日から支払済
みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求めた。
   これに対し,被告は,被告が過重な業務に従事させたことはなく,原告の発症は原
告の既往症とその生活・診療態度等が原因であると主張して,債務不履行を否認
するとともに,過失相殺を主張して争っている。
 2 前提事実
   以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1,5,15,乙7の5,15。書証
については各枝番を含み,以下も同様に特に断らない限り各枝番を含む。)及び弁
論の全趣旨により容易に認められる事実である。
  (1) 当事者
   ア 被告は,建設工事及び軌道工事の請負を主に目的とする株式会社である。
   イ 原告(昭和27年2月3日生)は,平成5年6月1日から平成9年2月28日までの
間,被告の従業員(基幹要員)であった者で,被告和歌山営業所(以下「和歌
山営業所」という。)において,線路工事の現場監督を担当していた。
  (2) 原告の発症等
   ア 原告は,平成7年3月4日,左足関節,左肩の脱力発作を起こしたが,言語障害
も伴っており,これらの症状は,TIA(一過性脳虚血発作)によるものであっ
た。
   イ 原告は,平成8年1月5日,TIA発作を起こし,A脳神経外科からB労災病院(以
下「労災病院」という。)へ紹介され,同病院の医師により,脳梗塞(左内頸動
脈閉塞症)と診断され,同日から入院し治療を受けたが,同年2月7日に無断
外出し,妻に伴われて帰院したものの,自殺企図があり精神症状が強かった
ことから,一度家で落ち着いてゆっくりするようにということで,同日退院し,同
年3月1日,左手足の麻痺等を訴えて労災病院へ再入院し,同年7月21日ま
での間同病院に入院し治療を受けた。
     原告は,上記入院中付添が必要であり,原告の妻が付き添って看護した(入院
日数合計177日)。
   ウ 原告は,第1回目の入院から第2回目の入院までの間に4日間,平成8年7月
21日の第2回目の退院後から平成11年4月30日の前までの間に約45日
間,労災病院に通院した(通院実日数約49日)が,平成11年4月30日,同
病院の医師により,左上下肢麻痺とそれに伴う拘縮(左上肢機能は全廃し,
裸足にての立位保持,自力で坐位より立位をとることは困難で,短下肢装具
及び4点杖を併用し,一度立位をとらせれば,介護歩行は可能という状態であ
る。),視覚的認知機能障害,左半身知覚異常(とくに左足のしびれ)の障害を
残して,症状固定と診断された。その障害の原因は,左内頸動脈閉塞(平成8
年1月10日より生じた。),右内頸動脈2カ所狭窄,左基底核部等の多発性
小梗塞,右頭頂・後頭葉の脳梗塞あり,両側大脳の脳血流低下,予備能の低
下が認められることであった。
 3 争点及びこれに関する当事者の主張
  (1) 原告の業務と発症との間の相当因果関係の有無及び被告の安全配慮義務違
反の有無
  (原告の主張)
   ア 業務の過重性
    (ア) 通常の勤務状態
      原告の勤務には通常勤務(午前8時30分から午後5時15分まで。以下「日
勤」という。)と夜間勤務(午後10時から午前5時まで。但し,実際の勤務時
間は別である。以下「夜勤」という。)があった。
      原告の日勤日数・夜勤日数は,被告の主張を前提としても,平成6年7月1日
から平成7年12月28日までの間,日勤のみの日数が250日,日勤に加え
夜勤もした日は172日,夜勤のみした日は10日間であった。
      被告の主張を前提としても,その労働時間は標準労働時間(週40時間)と比
較して異常に長時間である上,夜勤の占める割合が高く,その時間は,平
成6年7月から同年12月までの間合計259時間,平成7年度1年間で約5
53時間で,労働基準法36条1項の協定で定める労働時間の延長の限度
等に関する基準(1か月45時間,1か年360時間《平成10年12月28日
労働省告示第154号》)に鑑みて,いかにも異常である。しかも,被告の主
張する夜勤時間は,線路閉鎖工事記録簿の着手通告と終了通告の時間を
基礎に算定しているところ,原告は,同記録簿の「現場打ち合わせ・打合完
了欄」記載の時間(着手通告の時刻より約1時間前である。)には現場にい
たはずであること,原告は,工事監督者として,工事終了後最初の列車の
通過を確認しなければ帰宅できなかったところ,列車の通過は同記録簿記
載の終了通告の時刻より少なくとも20分後であったこと,夜勤の前後に通
勤に要する時間が約1時間あったこと,線路閉鎖工事記録簿の「現場打ち
合わせ・打合完了欄」記載の時間には原告は現場にいたはずであることな
どからみて,過少であり,以上の諸事情を考慮すると,被告の線路閉鎖記
録簿により判明した平成6年7月1日から平成7年12月28日の夜勤日数1
82日のうち57日分について被告の主張する夜勤時間を大幅に上回り,原
告の夜勤時間は被告の主張より約178時間多く,182日分全部について
みると被告の主張の約3.5倍(約623時間多い)になる。
      夜勤の勤務内容は,軌道工事管理者線(原文では「線」を○で囲む。以下同
じ)として,軌道工事の指揮指導を行うことであった。被告会社では,軌道工
事を行う際,列車運行の安全のため,軌道工事管理者線の資格を有する
者1名が立ち会わねばならず,原告も平成5年7月に上記資格を取得した
後,月間作業計画に組み込まれ,欠勤すると他の社員の負担が増えるた
め欠勤できず、日勤を行いながら夜勤勤務を行うなどの加重労働を強いら
れた。上記月間作業計画(各社員等の割当)は,主任であったCが決めて
おり,原告に裁量可能性はなかった。しかも,工事時間中は補修作業の状
況等についてJR西日本への報告書を作成するために作業状況の管理や
写真撮影等のために現場を離れることはできない上,上記のとおり,列車
を止めた場合には始発列車の通過まで現場を離れることができなかった。
      原告は,日勤として枕木の交換や線路の整正とを行っていたが,これについて
はJR西日本の指示を優先せざるをえなかったし,夏期枕木の交換を控え
る場合でも,交換に備えて枕木のサイズをチェックしたり線路の除草をする
などの業務がありデスクワークにとどまるものではなかった。なお,原告の
通常の勤務はこの日勤であり,これについて原告自身で調整のしようがな
く,夜勤明けの日勤の場合に遅刻が許されたとしても30分ないし1時間程
度であった。
(イ) 阪神淡路大震災の際の応援
      上記の通常の勤務状態でも過重である上,原告は,阪神淡路大震災の発生
により,以下のとおりa・b付近の保線に従事した。
       平成7年1月26日午後10時ころから29日午前10時ころまで
       同年2月2日午前7時ころから4日午前9時ころまで
      その間,車中で仮眠しながら不規則に移動,待機,作業をしており,同年2月2
日から行った応援の際は純粋な作業時間だけでも26時間中18時間であ
った。
      しかも,その後特別の休暇が付与されることもなかった。
   イ 因果関係
     昼夜逆転現象を生じる夜勤は生体リズムに重大な影響をもたらすものであり,
疲労・ストレスの蓄積は,脳血管疾患や虚血性心疾患等の疾病状態を発生さ
せ,さらに,高血圧状態が長期間継続すると、血管の動脈壁のアテローム性
硬化を促進し,主に動脈の壁に脂肪(コレステロール)が付着して硬化が進行
し,TIA・脳梗塞の原因となる。
     本件では,原告が,平成5年7月に軌道工事管理者線の資格を取得した後,責
任の重さとともに,打ち合わせ等多様な業務負担が増し,前記のような過重
労働を強いられたことが,脳梗塞を発生させた原因である。
     なお,原告がパチンコ等に連日興じていた事実はないし,入院後は,禁煙し,療
養に努めていた。仮に何度かパチンコ店に行ったことがあったとしても,労働
による疲労回復の方法のひとつであり,原告の個別的事情に何ら該当するも
のではない。
ウ 安全配慮義務違反の有無
     使用者は,労働者に対し,その労働が過重とならないように配慮する義務があ
るとともに,常時使用する労働者について,定期健康診断を実施するなどして
労働者の健康状態を把握し,その結果労働者の健康を保持するため必要が
あると認める時は,当該労働者の実情を考慮して,就業場所の変更・作業の
転換・労働時間の短縮等の措置を講じるなどして,脳心臓疾患等の過労性疾
病(脳出血,脳梗塞,狭心症,心筋梗塞等)の発生防止に努めるべき義務を
負っている。
     本件の場合,被告は,健康診断を通じて,原告が完全右足ブロックであり,高血
圧症で中性脂肪の数値が異常に高い状態であったことを把握していた上,平
成7年3月ころから,左足関節・左肩の脱力感、軽度の言語障害があったた
め,週2回の割合で通院していたことを知っていたのであるから,適切な健康
診断を実施するなどして脳心臓疾患等の早期発見につとめるとともに,軌道
工事等の業務に従事する人員を増員するなどして原告の業務を軽減すべき
義務があったにもかかわらず,これを怠ったのであるから,被告が安全配慮
義務に違反していたことは明らかである。
  (被告の主張)
   ア 業務の過重性
     以下述べるとおり,原告の業務は過重なものではなかった。
    (ア) 通常の勤務状態
      平成6年7月から平成7年12月までの間の,原告の被告における勤務日数及
び勤務時間は,別紙「日勤数等集計表」のとおりである。夜勤については,
月間・週間スケジュール作成の段階で,原告を含め各従業員の都合を配慮
されていた上,原告は,入社の際,正社員では給与が安いので,基幹要員
として日給月給にして欲しい旨希望したもので,勤務状況について自己決
定できる立場にあり,自ら土日に出勤するなどして日当を稼いだほか,単
価が高く超勤割増と深夜割増が加算され,線閉手当が別途支給される夜
勤についても,自分の判断で当初の計画より回数を増やすこともあった。
      また,原告が夜勤で軌道工事管理者線として担当していたのは監督業務であ
って肉体労働でなく,しかも軌道工事管理者としての業務を兼務していない
場合には,工事着手及び終了の際JR西日本に連絡することが主な業務
で,工事時間中現場に拘束されていたわけではなかった。なお,原告は,
始発列車の通過確認を行う必要はなく,実際に行っていなかった。
      日勤においては,線路閉鎖工事記録簿等の作成が主な業務で,以上は通常
一晩分約1時間あれば終わる業務である。夏期(5月20日ころから9月20
日ころまで)は,暑さのため線路が伸張し、工事が物理的に不可能であるた
め,昼間の現場作業は午前11時までとなっており,この間の通常業務は,
週間作業計画の作成等のデスクワークがほとんどであった。また,日中の
現場作業においては,原告は,軌道工事管理者線としての資格を用いてな
かったので,JR西日本との打ち合わせ(移動は車を用い,30分程度であ
る。),現場作業実施時の工程管理と品質管理,現場作業のための事前調
査などを行う程度で,その現場に工事中終始拘束されていたわけではなか
った。
      なお,夜勤明けでも必ず午前8時30分に出社するという体制ではなく,原告も
午前10時や11時過ぎに出社することがしばしばあり,しかも,原告は,勤
務時間にパチンコにいくなどしていた。
    (イ) 阪神大震災の際の応援
      原告の稼働状況は別紙「平成7年阪神地区震災に伴う復旧作業について」と
題する書面のとおりであるが,その際原告自らはワゴン車でエアコンをかけ
熟睡していただけである。また,原告自身休暇の申請をしなかった。
   イ 因果関係
     上記のとおり原告の業務は過重ではなかった上,原告が現在の病状(脳梗塞)
に到ったのは平成8年3月1日であって,労働による負荷は全く考えられない
時点であるし,仮に原告が同年1月5日に脳梗塞を発症したと認められるとし
ても,平成7年12月末日以降は冬休みで労働による負荷のない状態であっ
て,いずれについても労働が原因とするのは不合理である。原告の現在の症
状は,以下述べるとおり,原告の体質,日常生活,脳梗塞と診断された後の
不養生,第1回入院時の療養態度,第2回入院の契機等いずれも原告の責
に帰すべき事由によるものである。
     すなわち,原告は,健康診断の際,高脂血症,中性脂肪の高度上昇,γ-GTP
の上昇が指摘され,基本的に脳梗塞になりやすい体質で,断酒と食事療法を
し,減量をすることを指示されていたが,飲酒1,2日で1升,喫煙1日80本,
時間に余裕があればパチンコをし,子供の関係で少年野球の手伝いをし,日
当ほしさに夜勤をするという不健康な生活を続け,平成7年3月ころTIAを発
症した後も,上記の生活習慣を変えず,適切な治療を受けなかった。その後,
原告は,平成7年10月12日にD病院で脳梗塞と診断され,同月13日ころに
はA脳神経外科において脳梗塞,TIA,頸動脈に雑音ありと診断されており,
これは頸動脈に強い狭窄があることを示し,脳梗塞が今にも発症する危険性
があり,速やかに入院し検査を受ける必要があったにもかかわらず,上記の
ような生活を続けた。そのため,原告は,同年12月21日にTIAを起こし,その
治療の際に禁煙と減酒を指示されたにもかからわず,上記診断内容を被告に
伝えたり,勤務状況の変更を申し出たりしたこともなかった。
     そして,労災病院における第1回入院時(平成8年1月5日)には,左内頸動脈
が閉塞し,新たに右内頸動脈に2カ所狭窄が生じ,右頭頂から後頭領域に梗
塞が発生し,「動脈硬化が強いと思われ,脱水」「喫煙することで梗塞へとなる
恐れあり」といわれていたにもかかわらず,原告は入院時も禁煙できず,疾病
についての理解度が低く安静が守れなかった上,病院関係者と対立し,主治
医の許可なしに退院した。その後,同年3月1日に,現在の病状に到って再入
院したが,その原因は,禁煙ができていなかったこと,入院前日に水分をとら
ずのどの乾いた状態でシャワーを浴びて,そのまま寝てしまったこと(原告は
動脈硬化が強いので,脱水,喫煙により梗塞となる恐れがある。)であった。
ウ 安全配慮義務違反
  以上のとおりであるから,被告に安全配慮義務違反はない。
 (2) 損害額
 (原告の主張)
  ア 入院雑費 26万5500円
    日額1500円×177日(労災病院に入院)
  イ 付添看護費 115万0500円
    上記入院期間中常時看護が必要であり,妻が付き添った。
    日額6500円×177日
  ウ 逸失利益 8787万8285円
    原告は,身体障害者等2級の認定を受けたが,これは自動車損害賠償保障法施
行令2条別表(等級表)2級3号(労働能力喪失率100パーセント)に該当する。
    原告は,症状固定時47歳の男性であり,平成10年度男子労働者学歴計・年齢
別平均賃金年収705万1700円を基礎とし,年5分の割合による中間利息をラ
イプニッツ方式により控除すると,以下のとおり算出される。
     705万1700円×12.462
  エ 将来の介護費用 1730万4285円
    原告は,随時介護が必要であり,平均余命までの年5分の割合による中間利息
をライプニッツ方式により控除する。
    日額3000円×365日×15.803
  オ 入通院慰謝料 500万円
    原告は,労災病院に177日間入院したほか,症状固定日まで約3年間週2回の
割合で通院していた。
  カ 後遺障害慰謝料 2500万円
  キ 弁護士費用 1000万円
ク 合計  1億4659万8570円
ケ 請求  うち1億3982万5149円
 (被告の主張)
   争点1に関する被告の主張に述べたとおり原告の疾病は原告に責任があるのであ
って,仮に被告に賠償責任が認められるとしても応分の過失相殺をなすべきであ
る。その他各損害及び損害のてん補に関する主張は以下のとおりである。
  ア 入院雑費 
    日額1300円が限度である。
  イ 付添看護費
    日額5500円が限度である。
  ウ 損害のてん補
    原告は,療養給付,療養の費用の給付,休業補償給付,障害補償年金,介護補
償給付の労働者災害補償保険給付を受領し,もって損害のてん補を受けた。
第3 争点に対する判断
 1 判断の前提となる事実関係
   証拠(甲1,2,5,15,16,乙1ないし9,15,16,19,20ないし22,証人C,同
E,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,この認定を覆
すに足る証拠はない。
  (1) 原告の業務内容,稼働状況等
   ア 原告は,平成2年11月ころから,被告の下請会社であったF組の下請会社であ
ったG組において,平成5年1月ころからは上記F組において,線路工事の作
業員として稼働していた。
     原告は,同年5月に軌道工事管理者の資格を取得した後,同年6月から被告に
おいて勤務するようになり,同年7月,被告から指示されて,軌道工事管理者
線の資格を取得した。工事の計画及び施工管理業務は軌道工事管理者の資
格を有するものが行うが,下記線路閉鎖業務の監督は,軌道工事管理者線
の資格を有するものが行わなければならなかった。
   イ 原告を含む被告従業員の勤務には,日勤(時間帯は午前8時30分から午後5
時15分まで)と夜勤(時間帯は午後10時から午前5時まで)とがあった。平成
7年当時,被告和歌山営業所には,軌道工事管理者の資格を有するものが8
人,軌道工事管理者線の資格を有する者が7人おり(いずれも所長を含
む。),各従業員の担当工事の割当は,Cが、月間作業計画の作成と共に行
い,原告は,これを受けて週間作業計画を作成していた。夜間作業の回数
は,従業員によって差があり,所長は月1回あるかないかといった程度で,原
告は回数が多い方であった。
   ウ 原告は,日勤においては,夜勤をした際の,線路閉鎖工事記録簿,施工打合
せ票,仕上がり状態検査記録,施工数量表等の書類を作成したり,工事現場
で撮影した写真を整理したり,現場作業をする当日のダイヤを確認すること等
が主な業務であり,以上の書類作成作業には約2,3時間を要した。毎年5月
20日ないし9月20日までの間は日中の現場作業(線路補修作業)は午前11
時以降しないこととなっており,現場作業を行った際も,その監督は下請業者
であったF組が行っており,原告が軌道工事管理者として現場監督を行うこと
はなく,原告は,上記書類作成業務に加えて,JR西日本との打ち合わせ,現
場作業実施時の工程管理と品質管理,現場作業のための事前調査(現場の
状態を把握したり,必要な材料・器具を判断するために行う。更換すべき枕木
の確認等も行う。)を行う程度であり,当該現場に工事中終始拘束されていた
わけではなかった。
   エ 原告は,夜勤においては,軌道工事管理者としての現場監督は下請業者に任
せていたが,軌道工事管理者線の資格取得者として,現場工事施工監督及
び現場工事の前後に行う線路閉鎖業務の監督を兼務していた。
   オ 原告の勤務日数,勤務時間,夜勤の回数等は,賃金台帳や線路閉鎖工事記
録簿が残存し,勤務状況が判明する平成6年7月以降について,被告が認め
ている限りでも,別紙「勤務日数・時間等一覧表」記載のとおりであった。
   カ 原告は,和歌山営業所における業務のほか,平成7年1月26日から同月29日
までの間及び同年2月2日から同月4日までの間,阪神大震災発生に伴う線
路の復旧作業に従事したが,その際の勤務状況は,別紙「平成7年阪神地区
震災に伴う復旧作業について」と題する書面記載のとおりである。
     原告は,上記復旧作業の際,自ら現場作業は行わず,軌道工事管理者として
の仕事も下請業者に任せていた。上記復旧作業の際の移動や仮眠は全てワ
ゴン車で行われ,暖房もワゴン車のヒーターだけであった。
   キ 平成7年の仕事納めは同年12月28日で(同月22日以降夜勤はなかった。),
その後平成8年1月3日までの正月休みの間,原告は自宅で過ごした。
     平成8年1月4日の仕事始めの日は,原告は,日勤のみで,書類作成を行い,
同月5日は午前8時30分ころ出勤し,JR紀伊駅においてJR西日本との打ち
合わせ等を行って和歌山営業所の事務所に帰った後,午後1時ころ,事務所
において書類作成を行っていた最中に眩暈を起こし,妻に連絡して従前治療
を受けていたA脳神経外科に連絡をとってもらい,同病院の紹介で労災病院
を受診し,脳梗塞と診断された。
  (2) 原告の健康状態,発症と治療経過
   ア 被告では,年1回従業員について健康診断を実施し,その結果は各営業所長
に知らされていた。原告についての健康診断の結果は以下のとおりである。
    (ア) 平成5年10月13日
      血圧は最高143,最低89。医師より高脂血症とγーGTPの上昇を指摘され,
アルコール禁止と食事療法が指示された。
    (イ) 平成6年9月14日
      血圧は最高146,最低88。医師より高脂血症,中性脂肪の高度上昇,γーG
TPの軽度上昇を指摘され,食事療法と治療が必要との指示を受けた。
    (ウ) 平成7年9月13日
      血圧は最高155,最低93。医師より高血圧症を指摘され,減量と食事療法の
継続を指示された。            
   イ 原告は,上記のとおり医師から断酒と食事療法を指示され,治療を受けるよう
促されたが,以下記載した以外は医師による治療を受けず,自分で購入した
漢方薬(漢方の専門医による処方を受けたものではなかった。)を飲んだ程度
で,それも中断したりしており,飲酒も喫煙も継続し,格別の食事療法も行わ
ず,以下のような経過をたどった。
    (ア) 平成7年3月4日,前記前提事実(2)のとおり,TIA発作を起こした。
    (イ) 同年4月23日に,H生協病院を受診し,手足のしびれ,頭重感,肩こり等を
訴えた。同病院には,同年9月ころまでにかけて,肩こり,不安神経症(同
年9月からは咽頭神経症)で通院し,投薬治療を受けた。
      同年7月12日の同病院での診察の際,原告は脳血管障害を気にしていた
が,医師は心配ない旨話した。
    (ウ) 上記通院の傍ら,原告は,同年10月までの間,肩関節周囲炎,高脂血症,
高血圧,B型肝炎,C型肝炎,糖尿病,大腸がんの疑いで,I医院(胃腸科・
内科)へ通院し,投薬治療を受けた。
    (エ) 同年10月3日,原告は,上記I医院の紹介を受けて,向陽病院(脳神経外
科)を受診した。その紹介状には,原告が最近口語障害,右腕・右手のしび
れ,時に左足指先のしびれ等を訴える旨記載されていた。
    (オ) 同月12日,原告は,D病院でMRI検査を受けたが,その所見は,2か所梗
塞あり,左頸動脈分子枝部で内頸動脈が閉塞かというもので,同病院の医
師は,脳梗塞と診断し,しばらく外来で経過をみて,発作が起こるなら一度
DSA(臨床検査方法のひとつ)をすることとし,以後投薬治療を行った。同
月26日には左半身のしびれを訴えたが,神経学的には異常はなかった。
    (カ) 同月9日,原告は,A脳神経外科を受診し,左足関節,右肩の脱力,言語障
害を訴え,以後同年12月まで,脳梗塞,高血圧症,高脂血症,一過性脳虚
血発作,左腓骨神経麻痺で通院加療を受けた。その間,脱力は一時軽快
したが,同年11月6日,数分で治癒したものの下肢のしびれを生じた。同
年12月21日には,左上下肢の脱力を生じ,左半身麻痺の症状がみられ
たが,原告は,その前日に5合ほど飲酒していた。また,同月22日にはそ
の前日から禁煙した旨述べた。
      同年12月24日,D病院を受診時に右肩に悪寒生じ,不安になったとして救急
車でA脳神経外科に搬送されたが,神経学的には異常がなかった。
    (キ) 平成8年1月5日,原告は,TIAを起こし,前記前提事実(2)のとおり,労災病
院で脳梗塞と診断されて入院し,以後抗血小板剤,脳循環代謝改善剤の
投与を受けつつ経過観察が行われた。同月10日の血管造影で,左内頸閉
塞,右内頸動脈に2カ所狭窄がみられ,同月17日の脳血流シンチグラムで
は,両大脳半球(特に右側)に著名な血流低下が認められ,TIA症状がとき
どきみられた。また,同月24日のMRI検査では,右頭頂後頭に梗塞(新し
い病変部)が見られた。
      入院当時,原告は1日10本喫煙していたということで,禁煙指示を受けたが,
入院中も原告には病識がなく,禁煙ができていない様子が窺われた。
    (ク) 同年2月7日,脳血流シンチグラムでは同年1月17日に比べて血流が改善
していたが,原告は,無断外出し,妻に伴われて帰院したものの,自殺企
図があり精神症状が強かったことから,一度家で落ち着いてゆっくりするよ
うにということで,同日退院した。
    (ケ) 同年3月1日,原告は,左手足の麻痺等を訴えて再入院し,同年7月21日
までの間労災病院に入院した。前回の退院後再入院までの間,飲酒はしな
かったが,喫煙は10日間に20本ほどしていた。
    (コ) 原告は,退院後,労災病院に通院して投薬治療とリハビリテーションを続け
た後,前記前提事実(2)のとおり,症状固定と診断された。
(3) 一般的な医学的知見
    TIAとは,脳循環障害によって局所神経症状が一過性に現れるが,短時間のうち
に完全に回復してしまう発作である。一般にTIAとは反復性局所性脳虚血発作
を指し(狭義のTIA),切迫脳卒中とも呼ばれ,重症な脳血管障害発作の前駆症
状(警告発作)として重視されている。
    狭義のTIAの成因は,頭蓋外(頚部)脳血管(内頸動脈)内腔が動脈硬化性病変
(アテローム性動脈硬化)によって著しく狭窄していることに関連して形成された
血小板フィブリン血栓,ないしはこれに赤血球を含んだ凝集物が微小塞栓子とし
て遊離し,それが末梢の分岐部に定着し,断片化して流れ去るまでに脳血流を
遮断するために発症するという考え方が支配的である。
    TIAのうち頸動脈系のものは,運動障害(一肢または同側上下肢の麻痺等),感
覚障害,失語等の症状がみられ,脳梗塞へ移行することが多い。
  (4) 医師の意見
ア J医師作成の意見書(甲15)
     原告は,血圧値からは軽症高血圧の分類に入る。平成7年9月13日の血圧上
昇はTIA発症後の血圧で,脳血管障害が引き金となって血圧が上昇した可能
性がある。中性脂肪は極めて高値で,動脈硬化性病変を誘発する危険分子
になりえ,その上昇は飲酒を中心とした食餌内容に原因がある。喫煙量も非
常に多く脳・心臓血管の病変を誘発するリスクが高い。飲酒や喫煙量が増加
する背景には,勤務状態や仕事上のストレスなどが存在することが多く,これ
らを改善するには規則正しい生活状態をつくり,ストレスを回避し,定期的に
専門的な医療機関で診察や指導を受ける必要がある。 平成7年3月の症状
は左頸動脈系のTIAであり,それ以降の症状は右頸動脈系のTIAで,TIAは,
発症以前の過重で不規則な労働により生じた疲労・ストレスが原因となりうる
もので,疲労・ストレスにより喫煙量が増え,不規則な食餌により高脂血症が
出現したことが脳血管の動脈硬化性病変を誘発したことが十分考えられ,労
働時間と飲酒・喫煙とは,どちらがTIAに影響を与えたかを別々に検討すべき
ものではなく,労働状況が飲酒・喫煙を増やす悪循環に陥っていたと考えるべ
きである。
     後記K医師の意見は,平成7年3月のTIA発症に到るまでの間約45時間以上
の夜勤が疲労やストレスを蓄積し,TIAに強い影響を与えたという点が看過さ
れ,過重な労働条件下で受けたストレスが飲酒・喫煙に与えた影響が強調さ
れていないし,労災病院に入院中の原告の病識のなさについては,当時原告
は脳血流が著明に低下し,脳波所見でも脳機能の低下が示され,既に高次
脳機能障害として認知障害があったことが疑われ,そのような認識で患者に
対処して細やかな指導をすることが必要で,一方的に原告を非難してはなら
ない。
イ K医師による原告の病状に関する回答(乙15)
     原告の健康診断結果には,脳梗塞の危険因子である高脂血症と高血圧がみら
れ,不整脈も指摘されており,特に不整脈がある場合,心臓内で大きな血栓
が形成され,主要脳血管を閉塞し,急性脳塞栓症に到り致命的な脳障害を引
き起こす危険性が高い。したがって,原告は,健康診断より,健康状態の異常
を認識し,専門医受診を行い,生活指導や薬物治療を受けるとともに,総勤
務時間や夜勤時間を減らし,肉体的・精神的ストレスを軽減させ,食事療法を
行い,過度の飲酒を止め,禁煙すべきであったが,自己健康管理を怠ってい
たと考えられる。
     原告の平成7年3月ころの症状から見て,原告は,平成7年3月ころ,TIAないし
脳梗塞を発症していたといえる。このような場合,MRIやMRAによる非侵襲
的画像検査を行い,血管病変と病態を把握し,脳梗塞の危険因子である疾患
群があれば,生活習慣を改め,薬物治療が必要なレベルであれば内服治療
を始めなければならないし,脳血流をよくするため,抗血小板剤の継続服用な
どの内科的治療を始めなければならない。上記平成7年10月ころの所見から
みて,当時,抗血小板剤を服用するだけの内科的治療では脳梗塞の予防効
果は不十分であり,脳神経外科診療科のある専門病院に入院し,脳血管撮
影検査を行い,脳血流動態を把握し血管狭窄度を測定して,頭蓋内外の脳血
管バイパス術や狭窄部を取り除く頚動脈内膜剥離術の外科的治療適応を考
慮しなければならず,この段階で外科的治療を行えば,平成8年の脳梗塞は
防げたはずである。
     労災病院への第1回目の入院時の所見からは,脳神経外科の専門医ならば上
記のような外科的治療を考慮したはずであるが,原告の病識の乏しさから,
積極的な外科的治療に対する同意が得られなかったものと推測される。ま
た,同病院の診療録から推察される原告の治療態度からみて,同病院での治
療が十分な効果を上げ得ていたものとは考えがたい。また,原告は,2度目の
入院前夜,のどが渇いた状態でシャワーを浴び,そのまま就寝したというが,
脳梗塞になる原因の一つは脱水状態であり,原告は,十分な水分摂取をしな
ければならなかった。
 2 争点1(原告の業務と発症との相当因果関係の有無及び被告の安全配慮義務違
反の有無)について
  (1) 原告の業務と発症との相当因果関係の有無について
    前記認定事実によれば,原告の業務のうち特に夜勤は,線路の保守という公共
の安全に関わる工事の監督業務であるから,相当程度の緊張を伴うものであっ
たということができる。また,夜勤が多く,月平均9ないし10回あって,勤務日数
の約4割を夜勤をした日が占めていた上,夜勤をした日のほとんどは日勤に引
き続き夜勤を行っており,夜勤をした日の8割強は,日勤に引き続き夜勤をし引
き続き日勤を行っており,その中には日勤に続き夜勤をした日が2日以上(最多
で4日)続くこともあるという,拘束時間が長く,極めて不規則な勤務状態であっ
た。被告は,原告の業務は拘束性の強いものではなかったとか密度が低かった
旨主張するが,夜勤の際は,線路閉鎖業務を終了するまでの間工事現場を離
れられなかったことは被告も認めているし,日中の業務についても,原告が業務
時間中にしばしば業務場所を離れていたとも認められず,被告の主張は採用で
きない。そして,平成5年7月以降上記のような勤務状態が続いていたものと推
認され,脳梗塞の前駆症状たるTIAを発症したと認められる平成7年3月まで上
記のような業務に継続して従事してきたことが,原告にとって精神的,身体的に
かなりの負荷となり慢性的な疲労をもたらしたことは否定できない。しかも,TIA
発症の前月(同年2月)の夜勤時間数は51時間にのぼる上,上記発症の約1か
月前には,前記のとおり3日間おいて2回,1回につき3ないし4日を費やして,a
市もしくはb市付近へ,阪神大震災に伴う復旧工事の応援に赴いており,その際
も,仮眠時間を挟んでとはいえ日中の作業に続き深夜の作業を行うことを繰り返
し,夜間作業終了後仮眠等とることなくcに戻ったりしていたこと,仮眠や休憩は
移動に用いた車両内や駐車場で行っていたことにその時季も考え併せると,そ
の業務は原告の従前の業務と比較して決して負担の軽いものであったとはいえ
ず,それまでの長期間にわたる過重な業務の継続と相まって,原告にかなりの
精神的,身体的負荷を与えたものとみるべきである。
    他方,原告は,前記被告入社の約5か月後の健康診断結果からみて,被告入社
当時からTIAひいては脳梗塞の発症の危険因子となる高血圧症・高脂血症を患
っていたと推認されるが,その血圧値からみて軽症の部類であった。
    以上,被告入社当時から基礎疾患を有していた上,後記のとおり,原告は業務に
よる持続的な精神的緊張以外にも高血圧・高脂血症の危険因子を有していたと
いえるから,被告における過重な業務が原告を発症に至らせた唯一の原因であ
るということまではできないが,上記の原告の基礎疾患の内容,程度,TIA発症
前に従事していた業務の内容,態様,遂行状況等に加えて,慢性の疲労や過度
のストレスの持続が慢性の高血圧症の原因の一つとなりうるものであり,原告側
から提出された医師の意見(甲15)も被告側から提出された医師の意見(乙1
5)も原告の業務を軽減すべきであったとする点は一致していることをも併せ考
えれば,原告が上記発症前に従事した業務が少なくとも上記基礎疾患をその自
然の経過を超えて増悪させ,平成7年3月のTIA発症に至らせた一つの原因で
あるとみるのが相当である。そして,TIAは,脳梗塞の前駆症状であって,脳梗
塞に移行することが多いことに,上記TIA発症後平成8年の脳梗塞の発症に到
るまで,前記のとおり,原告の業務内容は従前と変わらず,夜勤が多く不規則な
勤務状態が継続したことなどに鑑みれば,原告の業務と平成8年の脳梗塞の発
症との間にも相当因果関係があるというべきである。なお,上記被告提出の医
師の意見(乙15)は,原告の生活,診療態度の問題を指摘するものであるが,
同意見書には,原告の業務の過重性についての考察はされていないから,上記
判断を左右するものではない。
  (2) 被告の安全配慮義務違反の有無について
    被告は,原告との間の雇用契約上の信義則に基づき,使用者として,原告の生
命,身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負うも
のであり,具体的には,労働時間等について適正な労働条件を確保し,さらに,
健康診断を実施し,原告の健康状態等に応じて従事する勤務時間等を軽減す
るなど適切な措置を執るべき義務を負う。
    そして,上記のとおり高血圧や高脂血症を患っている者は,脳梗塞等を発生する
可能性が高く,持続的な精神的緊張を伴う過重な業務は上記基礎疾患の増悪
に影響を与えるものであるところ,被告は,原告の入社後,定期健康診断の結
果により原告の基礎疾患の存在とその程度を認識していたものであるから,被
告としては,原告の業務を軽減するなどの配慮をすべき義務があったというべき
である。ところが,被告は,原告の業務を軽減することなく、上記のような過重な
業務を継続して行わせたものであるから,被告は,上記安全配慮義務に違反し
たものであり,これによる損害について民法415条に基づき賠償する責任を負う
というべきである。
    なお,原告は業務を軽減してほしい旨申し出たことはなかったが,被告の上記義
務は,本人の申出の有無によって左右されるものではない。また,被告は,原告
の業務について原告の裁量可能性があり,原告はあえて土日出勤や夜勤を行
っていた旨主張するが,上記のとおり,週間作業計画の作成は原告が行ってい
たものの,その前提となる和歌山営業所における月間作業計画の作成と各従業
員の担当工事の割当はCが行っていたものであるから,原告の業務が全く原告
の裁量によるものとはいえず,被告の上記主張は採用できない。
 3 争点2(損害額)について
  (1) 各項目別の損害額(過失相殺及び損害てん補前)
 ア 入院雑費  23万0100円
     日額1300円が相当であり,前記のとおり入院日数は合計177日である。
    1300円×177日=23万0100円
 イ 付添看護費  97万3500円
   親族の付き添いとして日額5500円が相当である。
      5500円×177日=97万3500円
ウ 逸失利益  7651万6680円
     前記前提事実(2)ウの原告(前記のとおり,昭和27年2月3日生で,平成11年4
月30日の症状固定時当時47歳)の後遺障害の内容,程度等からみて,原告
はその労働能力の100パーセントを喪失したものと認められるところ,証拠
(甲4)によれば,原告の平成7年中の勤務に対する被告からの給料収入は
年収614万円であったと認められるから,原告は,前記脳梗塞の発症がなけ
れば67歳に達する20年間この収入を得ることができたはずであり,以上を
基礎として年5分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除する
と,後遺障害による逸失利益は以下のとおり算定される。
    614万円×12.462=7651万6680円
   エ 将来の介護費用  1730万3190円
     原告の後遺障害の内容,程度等に鑑みれば,原告は,生涯にわたり,日常の
起居歩行等に介助が必要であり,その費用は日額3000円が相当と認めら
れるので,平成11年簡易生命表による47歳男子の平均余命(32年)に至る
までの年5分の割合による中間利息をライプニッツ方式により控除すると,以
下のとおり算定される。
    3000円×365日×15.802=1730万3190円
   オ 入通院慰謝料  210万円
     原告の入通院期間及びその間の診療経過等に鑑みれば,上記の額が相当で
ある。
 カ 後遺障害慰謝料  2500万円
   原告の後遺障害の内容,程度等に鑑みれば,上記の額が相当である。
(2) 過失相殺及び損害てん補
   ア 前記1に認定判断したとおり被告には安全配慮義務違反が認められるものの,
原告は,被告入社当時既に基礎疾患を有していたと推認される上,原告が平
成7年3月にTIAを起こし,その後脳梗塞を起こし,後遺障害を残すに到った
については,原告が健康診断の都度高血圧等を指摘され,医師から禁酒,禁
煙,食事療法を行ったり治療を受けることを指示されたにもかかわらず,指示
を守らず,平成7年3月に到るまで医師の診察すら受けなかったこと,その後
も飲酒喫煙を止めず,平成8年1月5日に入院した後も禁煙が守られなかった
ことなど,原告の生活,診療態度に大きな原因があるといわざるをえない。し
たがって,原告の損害を算定するに当たっては,民法418条の過失相殺ない
し同類似の法理により,原告に生じた損害の7割を減額するのが相当であ
る。
   イ 証拠(甲6)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,大阪南労働基準監督署に対
し,平成8年1月5日に脳梗塞を発症したとして,労働者災害補償保険法に基
づく休業補償給付請求をし,同監督署は,原告には高血圧,高脂血症の私病
があるものの,平成7年1,2月に阪神・淡路大震災の軌道復旧工事の応援
のため業務が過重になり,平成7年3月からTIAを発症し,平成8年1月5日に
脳梗塞を発病するに至ったもので,原告の平成7年1,2月の業務は日常業
務に比較して特に過重な業務と認められ,業務による明らかな加重負荷を発
症前に受けたと判断されるとして,業務起因性を認めたことが認められ,その
結果,原告は,労働者災害保険給付を以下のとおり受領した。
    (ア) 療養給付        908万7586円
    (イ) 療養の費用の給付      1万2000円
    (ウ) 休業補償給付     1054万2555円
      証拠(甲18,13,乙23)及び弁論の全趣旨によれば,原告が上記(ア)ないし
(ウ)の各給付を受領したことを認めることができる。
    (エ) 障害補償年金     1152万7099円
      証拠(甲13,14の1ないし5,18の2,乙23)によれば,原告は,平成11年6
月24日に年額354万6800円の障害補償年金が支給される旨の決定を
得,平成11年分として,同年8月に88万6699円,10月,12月,翌平成
12年2月,4月に各月59万1132円ずつ,6月に残額を受領し,同様にし
て,平成14年6月までに,平成11年ないし13年までの3年分合計1064
万0400円を受領したこと,原告は平成14年6月1日に年金額を358万1
543円に増額する旨の決定を得,その支払方法は前同様の分割払いであ
ることを認めることができる。そうとすると,原告は,本件口頭弁論終結の日
である平成14年9月24日までの同年8月に平成14年分の年金の分割金
として,少なくとも88万6699円を受領したと推認することができる。以上に
よれば,原告は,本件口頭弁論終結の日までに上記1064万0400円と8
8万6699円の合計1152万7099円を下回らない障害補償年金を受領し
たものと推認することができる。
    (オ) 介護補償給付      111万3020円
      証拠(甲12の1ないし4)及び弁論の全趣旨によれば,原告は,介護補償給付
として平成11年5月分から月額2万9290円が支給される旨の決定を得,
7月,10月,翌年1月,4月に前々々月,前々月,前月までの3か月分(但
し,平成1年7月については前々月,前月の2か月分)を一括して受領して
いたことを認めることができる。そうとすると,原告は,本件口頭弁論終結の
日である平成14年9月24日までの同年7月に平成11年5月から平成14
年6月までの38か月分合計111万3020円の介護補償給付を受領したも
のといわなければならない。
     上記各給付は,その趣旨目的が合致し,対象となる損害が同質である損害,す
なわち,療養給付金及び療養の費用の給付金は,治療費及びこれに準じる
損害である入院雑費や付添看護費等の医療費関係損害を,休業補償給付及
び障害補償年金は,逸失利益を,介護補償給付は,将来の介護費を,それぞ
れてん補するものというべきである。なお,原告は,休業特別支給金及び障害
特別支給金も受領しているが,これらは損害のてん補を目的とするものでは
ないから控除の対象としない。
   ウ 以上に基づき(1)の各項目別の損害に過失相殺及び損害てん補を行うと,以下
のとおりとなる。
(ア) 入院雑費及び付添看護費  0円
      上記各損害の過失相殺後の合計は,以下のとおり36万1080円であるとこ
ろ,原告は,前記療養給付金908万7586円及び療養の費用の給付金1
万2000円の合計909万9586円を受領したものである。そして,上記各
給付金は,原告の医療費関係の損害にてん補されるべきところ,原告にお
いて,上記各損害以外の治療費等の医療費関係損害を主張立証しないの
で,この給付金を上記入院雑費及び付添看護費による損害にてん補せざ
るを得ず,そうすると,上記各損害は,全額てん補されたといわざるを得な
い。
       (23万0100円+97万3500円)×(1-0.7)
       =36万1080円
    (イ) 逸失利益  88万5350円
      過失相殺後の逸失利益は,以下のとおり2295万5004円である。
     7651万6680円×(1-0.7)=2295万5004円
      原告は,前記休業補償給付1054万2555円及び障害補償年金1152万70
99円の合計2206万9654円を受領したものである。そして,上記各給付
は,原告の休業損害,(後遺障害による)逸失利益等にてん補されるべきと
ころ,原告において逸失利益のみしか主張立証しないので,この給付金を
逸失利益にてん補せざるを得ず,そうすると,残額は,以下のとおり88万5
350円である。
       2295万5004円-2206万9654円=88万5350円
    (ウ) 将来の介護費用  407万7937円
過失相殺後の上記損害は,以下のとおり519万0957円である。
 1730万3190円×(1-0.7)=519万0957円
      原告は,前記介護補償給付111万3020円を受領したから,これを上記損害
にてん補すると,残額は,以下のとおり407万7939円である。
       519万0957円-111万3020円=407万7937円
(エ) 入通院慰謝料及び後遺障害慰謝料 合計813万円
過失相殺後の上記損害の合計は,以下のとおり813万円である
 (210万円+2500万円)×(1-0.7)=813万円
    (オ) 合計 1309万3287円
 エ 弁護士費用 131万円
     本件事案の内容,審理経過,上記認容額等に鑑みれば,上記の額が相当であ
る。
 オ まとめ
     よって,被告には,原告に対し,ウ(オ)の各項目合計にエの弁護士費用を加算し
た損害額1440万3287円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であること
が本件記録上明らかな平成12年5月23日から支払済みまで民法所定年5
分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
 4 結論
   以上の次第で,原告の請求は上記の限度で理由があるから認容し,その余は理由
がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。
  和歌山地方裁判所第二民事部
       裁判長裁判官    礒  尾     正
    
             裁判官      間     史  恵
             裁判官      成  田晋  司
    
(別紙)  
 勤務日
数・時間
等一覧表
平成年月通常
勤務
(日
勤)
夜間
勤務
(夜
勤)
日勤に続
き夜勤を
した日数
日勤のみ
の日数
夜勤のみ
の日数
勤務合計
日数時間日数時間日数時間
H6.727209時間15分1150時間20分1017128259時間35
H6.825193時間45分945時間00分1015025238時間45
H6.923178時間15分838時間05分716124216時間20
H6.1026201時間30分945時間00分917026246時間30
H6.1124186時間00分1049時間30分1014024235時間30
H6.1221162時間45分735時間40分714021198時間25
以上合計1461131時間30分54263時間35分539321481395時間5
月平均24.398.815.50.324.7
平成年月通常
勤務
(日
勤)
夜間
勤務
(夜
勤)
日勤に続
き夜勤を
した日数
日勤のみ
の日数
夜勤のみ
の日数
勤務合計
日数時間日数時間日数時間
H7.123178時間15分840時間00分815023218時間15
H7.223178時間15分1051時間00分1013023229時間15
H7.327209時間15分1149時間55分1116027259時間10
H7.423179時間15分941時間25分914023220時間40
H7.520155時間00分1152時間30分1010121207時間30
H7.626201時間30分1468時間20分1412026269時間50
H7.726201時間30分940時間55分917026242時間25
H7.816124時間00分415時間35分412016139時間35
H7.924186時間00分838時間25分717125224時間25
H7.1025193時間45分1050時間15分1015025244時間00
H7.1123178時間15分1153時間30分1112023231時間45
H7.1220150時間45分1047時間35分812222198時間20
以上合計2762135時間45分115549時間25分11116542802685時間1
月平均239.69.313.80.323.3

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その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

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