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平成25年12月16日判決言渡
平成24年(行コ)第16号生活保護変更決定取消請求控訴事件
主文
1別紙2記載の控訴人らの控訴をいずれも棄却する。
2本件訴訟のうち別紙3記載の控訴人らの請求に関する部分は,同目録記
載の各日に同目録記載の控訴人らの死亡により終了した。
3差戻し前の控訴審以降の訴訟費用は第1項記載の控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1本件控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2別紙5「平成16年処分一覧表」及び別紙6「平成18年処分一覧表」の各
「処分行政庁」欄記載の処分行政庁が各「処分の名宛人」欄記載の被保護者に
対して各「処分日」欄記載の日にした生活保護法25条2項に基づく保護変更
決定のうち,各「金額」欄記載の金額を減額する部分を取り消す。
3訴訟の総費用は被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
1保護基準の改定等
生活保護法の委任に基づいて厚生労働大臣が定めた「生活保護法による保護
の基準」(昭和38年厚生省告示第158号。以下「保護基準」という。)のう
ち,生活扶助に関する基準(以下「生活扶助基準」という。別表第1)は,基
準生活費(第1章)と加算(第2章)とに大別され,居宅で生活する者の基準
生活費は,市町村別に1級地-1から3級地-2までの六つに区分して定めら
れる級地(別表第9)及び年齢別に定められる第1類と,級地等及び世帯人員
別に定められる第2類とに分けられ,原則として世帯ごとに,当該世帯を構成
する個人ごとに算出される第1類の額(以下「第1類費」という。)を合算し
たものと第2類の額(以下「第2類費」という。)を合算して算出され,第1
類費は,食費,被服費等の個人単位の経費等に,第2類費は,光熱費,家具什
器費等の世帯単位の経費に,それぞれ対応するものとされている。平成16年
厚生労働省告示第130号により改定される前の保護基準によれば,加算には
妊産婦加算,老齢加算,母子加算,障害者加算等があり,老齢加算に関しては,
現に生活保護法による保護を受けている者(以下「被保護者」という。)のう
ち,70歳以上の者並びに68歳及び69歳の病弱者について一定額が基準生
活費に加算して支給されていた。
厚生労働大臣は,平成16年度以降,保護基準につき,平成16年厚生労働
省告示第130号及び平成17年厚生労働省告示第193号によって老齢加算
をそれぞれ減額し,平成18年厚生労働省告示第315号によって老齢加算を
廃止する旨の改定をした(以下,これらの保護基準の改定を「本件改定」と総
称する。)。
2本件は,北九州市内に居住して生活保護法に基づく生活扶助の支給を受けて
いた別紙2及び3記載の控訴人ら(以下「控訴人ら」という。)が,同法の委
任に基づいて厚生労働大臣が定めた保護基準の数次の改定により,原則として
70歳以上の者を対象とする生活扶助の加算(老齢加算)が段階的に減額,廃
止されたことに伴い,控訴人らの住所地を所管する各福祉事務所長からそれぞ
れ生活扶助の支給額を減額する旨の保護変更決定(以下「本件各決定」と総称
する。)を受けたため,保護基準の上記改定は憲法25条1項,生活保護法5
6条等に反する違憲,違法なものであるから,本件各決定も違法であるとして,
その取消しを求めた事案である。
上記のほかの事案の概要(争いのない事実等,争点及び争点に関する当事者
の主張)は,当審における当事者の主張を後記第3のとおり付加するほか,原
判決「事実及び理由」欄の第1から第3まで(原判決6頁3行目から同10頁
16行目まで)のとおりであるから,これを引用する(ただし,原判決8頁2
0行目,同24行目,同9頁4行目及び同19行目の各「3760円」をいず
れも「7520円」と,同9頁11行目の「3130円」を「6890円」と,
同18行目の「P1」を「P2」とそれぞれ改める。)。
3本件訴訟の経過等
(1)原判決は,本件改定が違憲,違法なものであるということはできない等
として,控訴人らの請求をいずれも棄却したので,控訴人らが,これを不服
として控訴した(なお,前記第1の2記載の控訴人らの請求の趣旨には,控
訴後に補正された部分が含まれている。また,原判決に対して控訴した者の
中には,後記の本件上告審判決において死亡に伴う訴訟終了宣言がされた4
名も含まれていた。)。
(2)差戻し前の控訴審判決(福岡高等裁判所平成21年(行コ)第28号)は,
生活保護法56条の趣旨に鑑みれば,保護基準の改定に基づいて既に決定さ
れた保護を不利益に変更される被保護者との関係においては,単に保護基準
が改定されたというだけでは同条にいう「正当な理由」があるものと解する
ことはできず,その保護基準の改定そのものに「正当な理由」がない限り,
これに基づく保護の不利益変更は同条に反し違法となるものと解するのが相
当であるとし,本件改定は,生活保護制度の在り方に関する専門委員会(以
下「専門委員会」という。)の「生活保護制度の在り方についての中間取り
まとめ」(乙A1。以下「中間取りまとめ」という。)のただし書に係る考慮
すべき事項を十分考慮しておらず,又は考慮した事項に対する評価が明らか
に合理性を欠き,その結果,社会通年に照らして著しく妥当性を欠いており,
裁量権の範囲の逸脱又はその濫用として,生活保護法56条にいう正当な理
由のない保護基準の不利益変更に当たるというべきであるから,これに基づ
く本件各決定も同条に反し違法となるとして,原判決を取り消し,本件各決
定を取り消した。
(3)これに対し,被控訴人が上告したところ,最高裁判所は,次のとおり判
断し,上記控訴審判決のうち,控訴人らの請求に関する部分を破棄し,同部
分につき当裁判所に差し戻した(以下「本件上告審判決」という。)。
ア生活保護法56条にいう正当な理由がある場合とは,既に決定された保
護の内容に係る不利益な変更が,同法及びこれに基づく保護基準が定めて
いる変更,停止又は廃止の要件に適合する場合を指すものと解するのが相
当であり,したがって,保護基準自体が減額改定されることに基づいて保
護の内容が減額決定される本件のような場合については,同条が規律する
ところではないというべきである。
イ生活保護法8条2項によれば,保護基準は,生活保護法による保護を必
要とする者(以下「要保護者」という。)の年齢別,性別,世帯構成別,
所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情を考慮した最低限度の生
活の需要を満たすに十分なものであるのみならず,これを超えないもので
なければならない。
そうすると,仮に,老齢加算の一部又は全部についてその支給の根拠と
なっていた高齢者の特別な需要が認められないというのであれば,老齢加
算の減額又は廃止をすべきことは,同項の規定に基づく要請であるという
ことができる。もっとも,同項にいう最低限度の生活は,抽象的かつ相対
的な概念であって,その時々における経済的・社会的条件,一般的な国民
生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであり,これ
を保護基準において具体化するに当たっては,国の財政事情を含めた多方
面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた
政策的判断を必要とするものである(最高裁昭和57年7月7日大法廷判
決・民集36巻7号1235頁参照)。したがって,保護基準中の老齢加
算に係る部分を改定するに際し,最低限度の生活を維持する上で老齢であ
ることに起因する特別な需要が存在するといえるか否かを判断するに当た
っては,厚生労働大臣に上記のような専門技術的かつ政策的な見地からの
裁量権が認められるものというべきである。
ウまた,老齢加算の全部についてその支給の根拠となる上記の特別な需要
が認められない場合であっても,老齢加算は,一定の年齢に達すれば自動
的に受給資格が生じ,老齢のため他に生計の資が得られない高齢者への生
活扶助の一部として相当期間にわたり支給される性格のものであることに
鑑みると,その加算の廃止は,これを含めた生活扶助が支給されることを
前提として現に生活設計を立てていた被保護者に関しては,保護基準によ
って具体化されていたその期待的利益の喪失を来すものであることも否定
し得ないところである。そうすると,上記のような場合においても,厚生
労働大臣は,老齢加算の支給を受けていない者との公平や国の財政事情と
いった見地に基づく加算の廃止の必要性を踏まえつつ,被保護者のこのよ
うな期待的利益についても可及的に配慮する必要があるところ,その廃止
の具体的な方法等について,激変緩和措置を講ずることなどを含め,上記
のような専門技術的かつ政策的な見地からの裁量権を有しているものとい
うべきである。
エしたがって,本件改定は,①本件改定の時点において70歳以上の高齢
者にはもはや老齢加算に見合う特別な需要が認められないとした厚生労働
大臣の判断に上記イの見地からの裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がある
場合,あるいは②老齢加算の廃止に際して採るべき激変緩和措置は3年間
の段階的な廃止が相当であるとしつつ生活扶助基準の水準の定期的な検証
を行うものとした同大臣の判断に上記ウの見地からの裁量権の範囲の逸脱
又はその濫用がある場合に,生活保護法8条2項に違反して違法となり,
本件改定に基づく本件各決定も違法となるものというべきである。
そして,老齢加算の減額又は廃止の要否の前提となる最低限度の生活の
需要に係る評価が上記イのような専門技術的な考察に基づいた政策的判断
であることや,老齢加算の支給根拠及びその額等についてはそれまでも各
種の統計や専門家の作成した資料等に基づいて高齢者の特別な需要に係る
推計や加算対象世帯と一般世帯との消費構造の比較検討等がされてきた経
緯等に鑑みると,上記①の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては,
主として老齢加算の廃止に至る判断の過程及び手続に過誤,欠落があるか
否か等の観点から,統計等の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知
見との整合性の有無等について審査されるべきものと解される。また,本
件改定が老齢加算を一定期間内に廃止するという内容のものであることに
鑑みると,上記②の裁量判断の適否に係る裁判所の審理においては,本件
改定に基づく生活扶助額の減額が被保護者の上記のような期待的利益の喪
失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼすか否か等の観点から,本件
改定の被保護者の生活への影響の程度やそれが激変緩和措置等によって緩
和される程度等について上記の統計等の客観的な数値等との合理的関連性
等を含めて審査されるべきものと解される。
オこれと異なる見解に立って,本件改定を行った厚生労働大臣の判断の適
否に関し,上記エの各観点について何ら審理を尽くすことなく,本件改定
が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用によるものとして違法であるとし,こ
れに基づく本件各決定も違法であるとした原審の判断には,判決に影響を
及ぼすことが明らかな法令の違反があるので,この点について更に審理を
尽くす必要がある。
4当裁判所の審判の対象
したがって,差戻し後の当審における審判の対象は,本件上告審判決が指摘
する上記各観点からして,厚生労働大臣がした本件各決定に裁量権の範囲の逸
脱又はその濫用があるといえるか否かである。
なお,前記引用に係る別紙2記載の控訴人ら(以下,便宜「控訴人ら」とい
うことがある。)の従前の主張のうち,保護基準の改定そのものに生活保護法
56条にいう「正当な理由」がない限り,これに基づく保護の不利益変更は同
条に反し違法となる旨の主張等,本件上告審判決の判断に抵触する主張は採用
することができない。
第3当事者の主張
(控訴人らの主張)
1老齢加算の廃止自体について
本件上告審判決の趣旨に沿って,統計等の客観的な数値等との合理的関連性
や専門的知見との整合性の観点から厚生労働大臣が行った老齢加算の廃止に至
る判断の過程及び手続を検討すると,次のとおり,厚生労働大臣の上記判断に
は過誤,欠落がある。
(1)厚生労働大臣による十分な検討がされていないこと
ア専門委員会によって中間取りまとめが発表されたのは平成15年12月
16日であるところ,同月20日には,老齢加算を翌年度から3年間かけ
て段階的に廃止することなどを盛り込んだ平成16年度予算の財務省原案
が内示されているので,厚生労働大臣は,既に同日までに老齢加算の廃止
を決定していたものと考えられる。
そうすると,厚生労働大臣は,中間取りまとめからわずか4日間で老齢
加算の廃止を決めたことになるが,これは統計等の客観的な数値等との合
理的関連性や専門的知見との整合性の観点からの検討を行うには短すぎる
期間であり,このことは,上記の観点からの検討が行われていないことを
示すものである。
イ保護基準の改定において考慮しなければならない要素との関係から見て
も,老齢加算の廃止を決めた厚生労働大臣の判断の過程及び手続には過誤,
欠落があったといわざるを得ない。
すなわち,生活保護法8条2項によれば,要保護者の①年齢別,②性別,
③世帯構成別,④所在地域別,⑤その他保護の種類に応じて必要な事情が,
また,同法9条によれば,⑥要保護者の個別事情が,保護基準の改定にお
いて考慮すべき要素とされているところ,このうち要保護者の個別事情に
ついては,専門委員会でも考慮されていないのであって,厚生労働大臣が
これを考慮していないことは明らかである。
また,専門委員会で比較検討がされた生活扶助相当消費支出額について
も,単身世帯を中心に60ないし69歳と70歳以上との比較が行われた
だけで,例えば70ないし74歳といったより細やかな年齢別や男女別の
支出額の比較は行われておらず,世帯構成ごとや1級地から3級地までの
各地域ごとの特性(例えば,温暖地と寒冷地では生活する上で必要となる
作業も異なるし,高齢になればその作業を他人に委託せざるを得ない場合
も十分に考えられる。)を考慮した上での特別需要の有無の検討もされて
おらず,厚生労働大臣がこのような事情に配慮した形跡はない。
老齢加算には「加算」の名がつけられてはいるものの,実質的には,生
活扶助費が他の年齢層と比べて低く抑えられ,最低限度の生活以下の水準
に陥っていたのを老齢加算分で補っていたのであって,この補完によりよ
うやく最低限度の生活に見合う水準が維持されていたということができる。
この事情は,まさに「健康で文化的な最低限度の生活」の具体化に直結す
るものであるから,厚生労働大臣においては特に重視すべきであった(中
間取りまとめが,老齢加算そのものについては廃止の方向で見直すべきで
あるとしつつ,「ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,
保護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続
き検討する必要がある。」と指摘したのも,単純に老齢加算を廃止するだ
けでは高齢者の最低生活水準が維持されないことから,その問題の解消を
求めたものである。)。ところが,厚生労働大臣は,上記事情を考慮せず,
代替措置を採ることなく老齢加算の廃止を決めたのである。
(2)統計等の客観的な数値等との合理的関連性が認められないこと
ア特別集計について
専門委員会においては,総務庁統計局が平成11年に実施した全国消
費実態調査によって得られた調査票を用いて,収入階層別及び年齢階層別
に単身世帯の生活扶助相当消費支出額(消費支出額の全体から,生活扶助
以外の扶助に該当するもの,被保護世帯は免除されているもの,及び家事
使用人給料や仕送り金等の最低生活費になじまないものを控除した残額を
いう。以下同じ。)等を厚生労働省が集計した結果(乙A10の8説明資
料10頁。以下「特別集計」という。)を資料として,議論が重ねられた
が,特別集計によれば,①無職単身世帯の生活扶助相当消費支出額を月額
で比較した場合,平均して,第Ⅰ-5分位,第Ⅰ-10分位のいずれにお
いても,70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ない
こと(以下「比較1」という。)及び②70歳以上の単身者の生活扶助額
(老齢加算を除く。)の平均は第Ⅰ-5分位の70歳以上の単身無職者の
生活扶助相当消費支出額より高いこと(以下「比較2」という。)が示さ
れていた。
(ア)しかしながら,比較1及び比較2は,統計に示される客観的数値
そのものではなく,統計(平成11年度全国消費実態調査)に示され
る客観的数値は,65ないし69歳よりも70ないし74歳の方が消
費支出が多いなど,比較1及び比較2で示される数値を示していない。
すなわち,比較1について見ると,平成11年度全国消費実態調査の
第26表(甲A28)によれば,消費支出の月額(男女平均)は,6
0ないし64歳が19万4397円,65ないし69歳が15万69
81円,70ないし74歳が16万1600円,75歳以上が13万
1813円であって,比較1とは異なり,65ないし69歳よりも7
0ないし74歳の方が多額となっており,これと同じ現象が同調査の
第28表にも認められる。
(イ)また,厚生労働省が株式会社P3に委託して行った平成16年度
全国消費実態調査の個別調査票情報を基にした集計(平成16年度の
特別集計)に関する中間報告書(甲A180)には,第Ⅰ-5分位の
標本平均値を60ないし69歳と70歳以上に区分した場合の数値が
示されているところ,これによると,70歳以上の生活扶助相当支出
額は7万1963円で,60ないし69歳のそれ(8万0968円)
より少なくなっているが,これに対応する70歳以上の年収(月額7
万円)を60ないし69歳と同額(月額8万円)と仮定して比例計算
すると,70歳以上の生活扶助相当支出額は8万2243円となり,
60ないし69歳のそれを上回るほか,平成16年度の生活扶助額
(7万2600円)をも上回るため,比較1及び比較2とは矛盾する
ことになる。
(ウ)以上のとおり,比較1及び比較2は統計等の客観的数値と整合し
ていないものであるが,そもそも,比較1及び比較2の根拠とされる
平成11年度全国消費実態調査の特別集計には合理性・信頼性がない。
すなわち,比較1及び比較2の数値は,上記実態調査のデータを厚
生労働省が収入階層別に集計し直した上で「生活扶助相当消費支出
額」という形に加工したものであるが,その集計や加工の過程は具体
的には明らかにされておらず,これが明らかにされ,統計から客観性
を保ったまま導き出された数値であることが確認された後でなければ,
比較1及び比較2の数値が統計(平成11年度全国消費実態調査)の
客観的数値と整合するか否かの判断はできない。
(エ)ちなみに,上記(イ)で述べた集計に関する最終報告書(甲A18
1)においては,70歳以上の生活扶助相当支出額につき,前記中間
報告書では395の集計世帯数で7万1963円と報告されていたの
に対して,335の集計世帯数で6万4838円との報告がされてい
る。この変更の理由につき,上記最終報告書は,「引退世代(60歳以
上の単身世帯を想定)では,年間収入が減少しても,就労期間中に蓄
えた貯蓄を取り崩すことにより消費の大幅な落ち込みを避けようとす
ると考えられるため(この考え方は,経済学上「ライフサイクル消費
仮説」として確立されている。),60歳以上の単身世帯については,
その保有貯蓄残高を世帯主の平均余命で除した金額を毎年消費に充当
することができる額と仮定し,これと年間収入を合算した値の低い順
に分位を計算することとした」旨説明しているが,そうであれば,最
初(中間報告書の段階)からそのような立場が採られたはずである。
そうすると,上記説明は疑わしく,むしろ,比較1及び比較2と矛盾
する数値が示される報告内容を容認できなかった厚生労働省が意図的
に上記の変更を指示したものと推測される。
(オ)比較1及び比較2の数値は,いわば上記最終報告書の内容(階級
区分基準変更の理由等)が隠されたまま,その数値的な結果だけを見
せられているようなものであって,比較1及び比較2の数値が導き出
された過程は検証不可能である。しかし,平成12年の日銀ワーキン
グペーパー「日本の高齢者の貯蓄行動(ライフサイクル仮説の再検
証)」(甲A182)が「米国で観察されるような明確なライフサイク
ル型の貯蓄パターンは確認できなかった」と述べていることからして
も,上記最終報告書の数値をそのまま受け入れることはできず,比較
1及び比較2の数値が導き出された過程の開示とその検証が不可欠で
ある。
(カ)さらに,比較1及び比較2における「生活扶助相当消費支出額」
は,消費支出額の全体から,生活扶助以外の扶助に該当するもの(家
賃,地代=住宅扶助,教育費=教育扶助,医療診療代=医療扶助),生
活保護制度で基本的に認められない支出に該当するもの(自動車関連
経費),被保護世帯は免除されているもの(NHK受信料),最低生活
費の範疇になじまないもの(家事使用人給料,仕送り金)を除いたも
のとされているが,例えば,上記の家事使用人給料(全国消費実態調
査の収支項目分類表(甲A183)の例示では「炊事,洗濯,室内,
庭の掃除など通常の家事を世帯員以外の者に行わせ,そのサービスの
対価として支払った賃金及び料金。○家政婦・派出婦・お手伝いさん
の給料・交通費・定期代○ホームヘルパー・ハウスキーパー・ベビ
ーシッターの料金」を指すものとされている。)について見ると,足腰
の痛みなどのために買物等を他人に頼みたい,家の掃除・ゴミ出し・
庭の草取り等を他人に頼みたいといったニーズは高齢者になれば当然
に生じてくるものである。そうすると,高齢者は何らかのお礼をする
ことになるが,これを最低生活費になじまないものとして一律に控除
するのは,生活保護法8条2項の趣旨に反する。
したがって,「生活扶助相当消費支出額」という形に加工する過程に
おける控除項目と控除金額が全て明らかにされ,それらの一つ一つに
ついて控除の正当性が検証される必要があるところ,本件において,
上記のような検証は行われていない。
(キ)以上によれば,特別集計の結果に基づくものとされる比較1,比
較2,及びこれらを根拠とするものと解される「単身無職の一般低所
得高齢者世帯の消費支出額について,70歳以上の者と60ないし6
9歳の者との間で比較すると,前者の消費支出額の方が少なく,70
歳以上の高齢者について現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要
があるとは認められないため,老齢加算そのものについては廃止の方
向で見直すべきである。」との中間取りまとめの提言には十分な根拠が
ないことになる。
よって,上記の提言等に基づいて老齢加算を廃止すべきとした厚生
労働大臣の判断には,統計等の客観的な数値との合理的関連性がなく,
その判断の過程及び手続には過誤,欠落があるというべきである。
イ「貯蓄純増」等について
第6回の専門委員会で配付,検討された資料(乙A10の12)によ
れば,加算のない世帯の貯蓄純増は9407円,平均貯蓄率は8.4%,
繰越金は3万6094円であるのに対し,加算のある世帯の貯蓄純増は1
万4926円,平均貯蓄率は12.1%,繰越金は4万7071円となっ
ており,いずれの数値も後者が前者より高いとされている。
(ア)しかしながら,上記資料中の「説明資料」掲記(3,4頁)の
「2被保護高齢単身世帯の家計全体の状況」には「貯蓄純増」や
「平均貯蓄率」等に該当する記載はなく,上記専門委員会の議事録
(乙A10の11)を見ても「貯蓄純増」「平均貯蓄率」に関する質疑
や意見は記載されておらず,上記資料から上記の貯蓄純増等の事項を
読み取ることが正しい推論であるということはできない。
(イ)また,平成11年度における被保護者生活実態調査にいう「貯
金」と「保険掛け金」との合計から「貯金引出」と「保険取金」との
合計を差し引いたものとされる上記の「貯蓄純増」という概念自体,
極めて曖昧なものである。被控訴人も,「当該値は,貯蓄可能な1か月
当たりの平均的な額であるとはいえるが,この額を12倍した額の貯
蓄が1年間で形成されるという理解は必ずしも正しくないのであり,
原審第2準備書面における主張は,貯蓄純増と翌月への繰越金につい
て,加算有世帯(主に70歳以上)と加算無世帯(主に60歳~69
歳)とを比較した場合,前者が後者より高く,その差の合計は1万6
千円余に上るということにすぎない。」旨主張していたのである(原審
における被控訴人第3準備書面)。
被控訴人も認めていた「貯蓄可能額がありながら貯蓄が形成されて
いない」という事実からすると,貯蓄可能額が支出されている可能性
だけでなく,実際には支出された金額が家計表作成時に漏れてしまっ
た可能性もある。このような可能性を考えると,「貯蓄純増」なるもの
が実際に存在するのかを十分に精査した上でなければ,それを,老齢
加算の是非を判断するための資料とすることは許されないのである。
仮に厚生労働大臣が「貯蓄純増」の具体的内容(具体的に毎月幾らが
貯蓄されていたのかという点)を捨象して,これを老齢加算廃止の根
拠としたのであれば,その判断は,「保護は,要保護者の(中略)実際
の必要の相違を考慮して,有効且つ適切に行うものとする。」と定める
生活保護法9条に違反するものである。
(ウ)さらに,被控訴人は,「老齢加算が少なからず消費に充てられずに
貯蓄等に充てられていると合理的に推認することができる」として,
「貯蓄純増」による貯蓄形成を肯定するような主張をしているが,第
2回専門委員会において配付された資料(乙A10の4の資料2)の
うち「社会生活に関する調査結果社会保障生計調査結果【概要報告
書】」によれば(同報告書25頁),一般低所得世帯のどの世帯類型に
おいても25%以上の家計が赤字であり,特に高齢者世帯においては
赤字割合が53%を超えているのであって,このような状況に照らす
と,被控訴人の上記主張が誤りであることは明らかである。
(エ)以上のとおり,仮に厚生労働大臣が「貯蓄純増」を理由に老齢加算
の廃止を決定したものとすれば,その判断には統計等の客観的な数値と
の合理的関連性がなく,その判断の過程及び手続には過誤,欠落がある。
(3)専門的知見との不整合
ア上記の「社会生活に関する調査結果社会保障生計調査結果【概要報告
書】」(乙10の4の資料2)によれば,当該調査の目的に関し,「社会経
済情勢が大きく変化する中で,被保護世帯の生活も多様化が進んでおり,
その実態把握が難しくなっている。このため,家計と社会生活の両面につ
いて,一般低所得世帯及び被保護世帯を調査し,その生活実態を明らかに
し,生活保護制度のあり方等を議論する上での基礎資料を得ることを目的
とする」旨述べられているところ(上記報告書1頁),この目的からする
と,上記調査のデータを分析することにより得られた知見は,本件との関
係で専門的知見と評価することができる。
イ上記調査のデータを分析検討した中川清教授(「社会生活に関する調査
検討会」の座長)は,「貧困の性格変化と社会生活の困難さ」という論文
(甲A185)において,①被保護世帯は低所得世帯に比べ社会生活の困
難さの度合いが高い,②被保護世帯の消費の実態は同じような所得,世帯
構成の低所得世帯に比べて大きく異なっており,両世帯の間には異なった
生活枠組みを想定せざるを得ないのではなかろうか。」と述べており,ま
た,上記調査のデータを用いて分析検討した阿部彩も,「低所得世帯と被
保護世帯の生活実態」という論文(甲A186)において,③被保護世帯
においては交通通信費,教養娯楽費,その他経費(交際費を含む。)の支
出が,同じ世帯所得や世帯構成の低所得世帯よりも大幅に少なく,これが
社会参加や社会関係,生活満足などのウェル・ビーイングが低く留まって
いる一因と考えられる。」と述べている。
ウ上記イの各知見によれば,高齢の低所得世帯である第Ⅰ-5分位,第Ⅰ
-10分位の「生活扶助相当消費支出額」を比較することで得られる情報
を,そのまま被保護世帯に当てはめることはできない。
すなわち,上記の各知見からすれば,第Ⅰ-5分位,第Ⅰ-10分位の
世帯に関する比較1及び比較2の情報は,あくまで低所得世帯における情
報にすぎず,被保護世帯におけるものではない。この比較1及び比較2の
情報を被保護世帯でも使える情報とするためには,上記各知見にいう低所
得世帯と被保護世帯との間の消費実態の大きな相違や異なった生活枠組み
を想定せざるを得ないほどの生活実態の違いが存在してもこの比較1及び
比較2の情報が妥当するという実証的な検証が必要であるが,本件におい
て,そのような検証はされていないのである。かえって,上記の各知見の
基礎となった社会生活に関する調査・社会保障生計調査は平成13年度と
同14年度にそれぞれ実施されたものであり(前記報告書1頁),その調
査時点では老齢加算が実施されていたにもかかわらず,上記の各知見が得
られたことからすれば,老齢加算を廃止する根拠はなかったと考えざるを
得ない(少なくとも,それらの問題を解消する方策が具体的に実施される
こととセットでなければ,老齢加算の廃止は許されなかった。)。
エこの点,中間取りまとめでは「老齢加算そのものについては廃止の方向
で見直すべきである」とされているが,これは,文字どおり,「廃止の方
向で見直すべき」ことを提言しただけであって,老齢加算を直ちに廃止す
べきことを提言したものではない。むしろ,上記提言部分における「老齢
加算そのものについては」という表現ぶりや,同部分に続くただし書にお
いて「高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,保護基準の体系の
中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き検討する必要が
ある」との提言がされていること,併せて「被保護者世帯の生活水準が急
に低下することのないよう,激変緩和の措置を講ずべきである」旨の提言
もされていることに照らすと,専門委員会としては,老齢加算を廃止の方
向で見直すための検討作業として,少なくとも高齢者世帯の社会生活に必
要な費用との関係での最低限度の生活水準を維持するための検討と激変緩
和措置の検討が行われることを予定して,中間取りまとめを作成したと考
えられる。
このことは,専門委員会の委員長であったP4の意見書(甲A136)
の中に「老齢加算の廃止は,単身世帯や高齢期への生活扶助基準の「展
開」の不合理の是正の後で,あるいは一体的になされるべきであるという
のが,専門委員会の結論である。だが,厚生労働省はこの一体的取り扱い
を行わず,むしろ加算廃止(中略)をつまみ食い的に先行させ」たとの記
述部分(7頁)や,「委員会の審議途中における老齢加算の先行的廃止は,
中間報告の一部のみを委員会の結論として即座に利用し,他の部分は行政
判断でペンディングにしておくという,なんとも奇妙なものであった。
(中略)少なくとも中間報告の老齢加算廃止は,「展開」方法の改善とセ
ットで提案したものであ」るとの記述部分(9頁)があることからも明ら
かである。
そうすると,老齢加算のない生活扶助基準が「最低限度の生活の需要を
満たすに十分なもの」(生活保護法8条2項)である点を確認しないまま
老齢加算を廃止することとした厚生労働大臣の判断は,専門委員会の中間
取りまとめとの関係でも,その全体としての趣旨に反するものであったと
いうべきである。
オ以上によれば,老齢加算を廃止すべきものとした厚生労働大臣の判断に
ついては,専門的知見との整合性の点からしても,判断の過程及び手続に
過誤,欠落があるといわざるを得ない。
2老齢加算の廃止方法(激変緩和措置)について
(1)厚生労働大臣による十分な検討が行われなかったこと
上記のとおり,厚生労働大臣は専門委員会による中間取りまとめの発表後
わずか4日間で,3年間での老齢加算の段階的廃止を決めたものであるが,
この検討期間の短さに照らすと,生活扶助額の減額が被保護者の期待的利益
の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼすか否かの観点からの検討
は行われていないことが明らかである。
(2)統計等の客観的な数値等との合理的関連性等がないこと
前記のとおり,専門委員会においては,老齢加算を廃止の方向で見直すた
めの検討作業として高齢者世帯の最低限度の生活水準を維持するための検討
と激変緩和措置の検討が行われることを予定して,中間取りまとめを作成し
たものと考えられる。この点,その激変緩和措置は,当然,老齢加算を廃止
する措置の一環として行われるべきものであるが,老齢加算廃止後の高齢者
世帯の生活扶助基準が適正なものでない場合は,その基準で生活を営む高齢
者世帯は最低生活以下の生活を強いられることとなり,形式的に激変緩和措
置が採られても高齢者世帯にとっては何ら激変緩和にはならない。そこで,
専門委員会は,中間取りまとめのただし書部分において,特に社会生活に必
要な費用との関係で高齢者世帯の最低限度の生活水準を維持するための検討
を求めたものと解される。
上記の検討が必要であることは,次のような事情から明らかである。すな
わち,①比較1及び比較2の数値は統計等の客観的数値と整合していないた
め,単純に老齢加算を廃止してしまうと生活扶助相当の消費支出ができなく
なり,生活保護法8条2項に定める「最低限度の生活の需要を満たすに十分
なもの」でなくなるおそれが高く,②中川清及び阿部彩の上記各分析結果に
よると,被保護世帯は低所得世帯に比べ社会生活の困難さの度合いが高いと
されており,これによると単純に老齢加算を廃止すると被保護世帯の社会生
活の困難さの度合いを高めてしまうおそれがある。
したがって,老齢加算を廃止するに当たっては,前記ただし書部分の提言
に従い高齢者世帯の最低限度の生活水準を維持するための検討(生活扶助基
準の見直し)を行う必要があり,厚生労働大臣が上記のような検討を行うこ
となく激変緩和措置として3年間の段階的廃止の措置を採ることで足りるも
のとした厚生労働大臣の判断は,生活扶助額の減額が被保護者の期待的利益
の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼすか否か等の観点から見て,
裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用したものといわざるを得ない。
(3)平成11年度被保護者生活実態調査について
本件と同種の事案に関する最高裁平成24年2月28日第三小法廷判決
(民集66巻3号1240頁)は,「本件改定が老齢加算を3年間かけて段
階的に減額して廃止したことも,専門委員会の(中略)意見に沿ったもの
であるところ,平成11年度における老齢加算のある被保護者世帯の貯蓄
純増は老齢加算の額に近似した水準に達しており,老齢加算のない被保護
者世帯の貯蓄純増との差額も月額で5000円を超えていたというのであ
るから,3年間かけて段階的に老齢加算を減額して廃止することによって
被保護者世帯に対する影響は相当程度緩和されたものと評価することがで
きる」などとして,「本件改定に基づく生活扶助額の減額が被保護者世帯の
期待的利益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼしたものとま
で評価することはできないというべきである。」としている。
上記最高裁判決中の「貯蓄純増」に関する部分の基になっている議論
(加算のある世帯の方が加算のない世帯より「貯蓄純増」,「平均貯蓄率」
及び「繰越金」の数値が相当に高いとするもの)は失当であり,その確認
資料とされた平成11年度被保護者生活実態調査そのものについても,次
のとおり重大な問題がある。
ア上記調査において高齢単身世帯で調査対象となったのは,加算ありの
世帯で91世帯,加算なしの世帯で62世帯と極めて少なく,この程度
の調査母数では,統計調査としての有意性は認められない。
イ平成11年度の「被保護者生活実態調査調査必携」(乙A15の2)
によれば,その調査の対象として「560世帯を抽出する」とされてい
るので,全部で6720枚(=560世帯×12か月)の家計簿を集め
ることを目標にしていたことになるが,調査結果の表(乙A15の1)
は4頁目と13頁から16頁までしか提出されておらず,上記調査にお
いて最終的に何枚の家計簿が集まったのかは明らかでない。しかし,「5
60世帯を抽出する」とされたのは,その程度の世帯を抽出しなければ
統計調査の実効性が確保できないからであり,それを実際に抽出するこ
とができたかどうかは,調査結果の信用性に大きく関わる事柄である。
にもかかわらず被控訴人が上記の表(乙A15の1)の全体を開示しな
いのは,統計調査の実効性が認められないほどに少ない世帯しか抽出で
きなかったためであると思われる。
ウ特に「貯蓄純増」や「実収入と実支出の差額」については,各世帯か
ら12か月を通した家計簿の提出を受けて,それらを集約しなければ,
統計的に意味のある結果は導き出せないというべきところ,被控訴人は,
12か月を通じて家計簿を提出することができた世帯数について釈明を
拒否している。これは上記世帯数が極めて少ないことによるものと思わ
れる。
エ高齢者の単身世帯において正確な家計表を作成することが困難である
のは自明の理であるから,高齢者が何とか家計簿に記入したとしても,
それがどれほどの正確性を備えているかは大いに疑問であるといわなけ
ればならない。
オ上記調査必携(乙A15の2)には老齢加算以外の加算についての記
載もあるので(22頁),上記調査は老齢加算に特化した調査ではないこ
とが分かるところ,「加算あり世帯」に老齢加算より多額の障害加算を受
給している世帯が混在していることからすれば,仮に上記調査が統計上
意味のあるものであったとしても,被控訴人が主張するような「老齢加
算は,必ずしも老齢加算が想定する需要を満たすためには消費されず,
貯蓄等に回っている」という判断の根拠とはなり得ないのである。
以上によれば,平成11年度被保護者生活実態調査には信頼性がなく,
これを基にした貯蓄純増等に係る上記議論を採用するのは困難というべき
ところ,この点の詳細が明確になっていれば,上記最高裁判決の結論も変
わっていたものと考えられる(同判決では,前記引用部分のとおり「平成
11年度における老齢加算のある被保護者世帯の貯蓄純増は老齢加算の額
に近似した水準に達しており,老齢加算のない被保護者世帯の貯蓄純増と
の差額も月額で5000円を超えていたというのであるから」とされてい
るが,その被保護世帯の中には老齢加算より多額の障害加算を受給してい
た世帯も含まれているので,少なくとも上記判示部分は誤りである。)。
3控訴人らの生活実態について
本件上告審判決が,老齢加算を廃止した厚生労働大臣の裁量判断(なお,こ
の判断につき,上記の別件の最高裁判決では「70歳以上の高齢者に老齢加算
に見合う特別な需要が認められず,高齢者に係る本件改定後の生活扶助基準の
内容が健康で文化的な生活水準を維持するに足りない程度にまで低下するもの
ではないとした厚生労働大臣の判断」とされているの対して,本件上告審判決
では,「本件改定の時点において70歳以上の高齢者にはもはや老齢加算に見
合う特別な需要が認められないとした厚生労働大臣の判断」とされている。)
の適否に係る裁判所の審理においては老齢加算の廃止に至る判断の過程及び手
続に過誤,欠落があるか否か等の観点から,統計等の客観的な数値等との合理
的関連性や専門的知見との整合性の有無等について審査がされるべき旨指摘し
ていることからすると,具体的に述べられていない上記以外のことでも結論に
影響を及ぼし得るものは審理の対象になるというべきところ,本件改定に基づ
く本件各決定がされた後,控訴人らは,慢性疾患が累積し,次第に身体の自由
が利かなくなる中,健康を脅かされ,社会的に孤立し,人間としての尊厳を保
てない生活を強いられており,健康で文化的な最低限度の生活が破壊された状
態にあるのである。このような控訴人らの生活実態を考慮すると,本件改定に
基づく本件各決定は憲法25条1項及び生活保護法3条に違反する。
(被控訴人の主張)
前記の最高裁平成24年2月28日第三小法廷判決(民集66巻3号1240
頁)は,本件改定について,生活扶助の老齢加算の廃止を内容とする生活保護法
による保護の基準(昭和38年厚生省告示第158号)の改定が生活保護法3条
又は8条2項の規定に違反しないと判断したのであって,本件各決定において,
これと異なる判断がされるべき事情はない。本件改訂の時点において,老齢加算
を控除した生活扶助基準額それ自体で「健康で文化的な最低限度の生活」を賄う
ことができ,経済的な生活条件を著しく下回ることになるような事態を招来する
ものではない。
控訴人らは,老齢加算廃止後の生活状況等をもって老齢加算廃止が違法である
旨主張するもののようでもあるが,控訴人らの生活状況いかんが被保護者全体の
生活状況を的確に反映しているとはいえないし,そもそも,個々の被保護者の具
体的生活状況をもって,直ちに本件改訂に係る厚生労働大臣の判断における裁量
権の範囲の逸脱又はその濫用を基礎づけることはできない。
また,控訴人らは,平成11年度被保護者生活実態調査に係る特別集計の検証
方法等には誤りがある旨主張するが,その資料となった全国消費実態調査の調査
票は,旧統計法所定の統計資料であり,国民の消費実態に係る大規模かつ最も信
頼度の高いものとされている統計調査に係るものであって,信頼性の高いもので
ある。平成11年度被保護者生活実態調査につき厚生労働省において確認したと
ころによれば,被保護高齢単身の「加算有」世帯から提出された家計簿の延べ数
は853冊であり,その内訳は,老齢加算を受給している世帯から提出されたも
のが743冊,障害者加算を受給している世帯から提出されたものが107冊,
その他が3冊であった。このように,障害者加算受給世帯から提出された家計簿
の割合は「加算有」世帯全体の1割強にすぎないものであり,その影響も大きな
ものとは考えられない(「加算有」世帯における老齢加算の額と障害者加算の額
が全て1級地の額であると仮定した上で,障害者加算受給世帯が入ることによる
影響について加重平均をもって算出しても,「加算有」世帯全体での収入増加額
は1139円にすぎない。)のであるから,「老齢加算のある」世帯で見たとして
も,貯蓄純増の額(1万4926円)が大幅に減少するということは考え難く,
3年間かけて段階的に老齢加算を減額して廃止するという方法が採られたことに
より被保護世帯に対する影響は相当程度緩和されたものと評価できるのである。
平成11年特別集計の合理性・信頼性に関する控訴人らの指摘はいずれも失当で
あり,平成11年度被保護者生活実態調査が信頼性に欠けるということはできな
い。
控訴人らは,老齢加算を廃止するには併せて中間取りまとめを踏まえた代替策
をも併せて講じなければならなかった旨主張するが,中間取りまとめでは,激変
緩和の措置として代替措置を講ずることまでは提言されておらず,このことは専
門委員会において,P5委員やP6委員らが,何ら条件を付さずに老齢加算廃止
に賛成の意見を述べていることからしても明らかである。
また,控訴人らは,老齢加算のある被保護者世帯において貯蓄純増に相当する
金額が毎月貯蓄されていたということはできないとして,上記最高裁平成24年
2月28日第三小法廷判決が「老齢加算の額に近似した」額が毎月貯蓄されてい
たとする判示部分は誤りである旨主張するが,同判決も,加算有世帯において,
具体的に個々の被保護者世帯における貯蓄純増に相当する金額が毎月貯蓄されて
いたということを前提に上記判断をしたものではなく,他の事情も総合的に判断
した上で,老齢加算が少なからず消費に充てられずに貯蓄等に充てられているこ
とを合理的に推認したにすぎない。
第4当裁判所の判断
1生活保護制度の概要及び控訴人らの生活状況等に関する認定等は,原判決第
3章第1(原判決10頁18行目から同13頁6行目まで),第4の2から5
まで(原判決51頁1行目から同68頁3行目までのうち,控訴人ら関係部
分)のとおりであるから,これを引用する。
2老齢加算制度の導入から廃止に至るまでの経緯等
証拠(甲A1,甲A2,甲A9,甲A107,甲A119,甲A147の1
から3まで,甲A148,甲A173,乙A5,乙A6,乙A9,乙A10の
1から12まで,乙A11,乙A19,乙A21,乙A22)及び弁論の全趣
旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)老齢加算の創設とその後の推移
ア老齢加算は,昭和35年4月,70歳以上の者を対象に前年度に開始さ
れた老齢福祉年金(月額1000円)を収入として認定することに対応し
て,これと同額を生活扶助に加算するものとして創設された。その際,老
齢加算は,高齢者の特別な需要,例えば①観劇,雑誌,通信費等の教養費,
②下衣,毛布,老眼鏡等の被服・身廻り品費,③炭,湯たんぽ,入浴料等
の保健衛生費及び④茶,菓子,果物等のし好品費に充てられるものとして
積算されていた。(甲A1)
イ老齢加算の額は,その後も老齢福祉年金が増額されるのに伴ってこれと
同額が増額されていったが,昭和48年以降,同年金が大幅に増額され,
それまでの敬老年金的性格に代わり基礎的生活需要に対応するものという
性格が強まり,昭和50年10月には月額7500円から1万2000円
にまで引き上げられることになったため,老齢加算として老齢福祉年金と
同額を加算する方式が再検討されることになり,厚生省(当時)の審議会
である中央社会福祉審議会の生活保護専門分科会(以下「専門分科会」と
いう。)は,同年9月19日,「生活保護制度における加算の取扱いについ
ての意見」(乙A22)を作成して,老齢加算の額は,本来,一般生活費
の付加的部分として高齢者の特別の需要に見合うべきものであるから,第
1類費基準額との間にある程度の均衡が保たれていることが望ましく,同
基準額の一定割合にするという方法が検討に値し,その際,障害者加算,
母子加算については,老齢加算との均衡等に配慮し,適切な水準とすべき
である旨の意見等を提示した。これを受けて,厚生省(当時)は,老齢加
算の額は,昭和51年1月,1級地における65歳以上の者に係る第1類
費基準額の男女平均額の50%とすることとした。(甲A1,2,乙A2
2)
厚生省(当時)は,上記加算方式の主な根拠として,老齢者に特有の需
要に見合う所要額は1類基準額のおおむね2分の1程度と判断されること,
創設時の老齢加算額が当時の1類基準額の約2分の1であったこと等を挙
げ,老齢者に特有の需要として,①食料費(生鮮魚介,野菜等の中でも消
化吸収がよく,ビタミン等の豊富な食品を他の年齢層より余分に摂取する
必要がある。),②光熱費(老人は少人数世帯の場合が多く,肉体的条件か
ら暖房等のための費用を余分に必要とする。),③被服費(寒気,湿気等に
対応できるよう寝具,衣料品等の費用を余分に必要とする。),④保健衛生
費(保健医療,理容衛生費としての家庭薬,栄養剤等また入浴関係等の費
用を余分に必要とする。),⑤雑費(墓参,親戚知人への訪問関係の費用,
交際費また老人クラブ関係費等の教養娯楽費等を余分に必要とする。)が
ある旨説明していた。(乙A9)
ウその後,専門委員会は,生活保護の水準,生活扶助基準改定方式の適否
等のほか,生活扶助基準における各種加算のあり方について検討を加え,
昭和55年12月,「生活保護専門分科会審議状況の中間的とりまとめ」
(乙A5)を発表したが,その中で,老齢者の特別需要につき,「老令者
は咀しゃく力が弱いため,他の年令層に比し消化吸収がよく良質な食品を
必要とするとともに肉体的条件から暖房費,被服費,保健衛生費等に特別
な配慮を必要とし,また近隣,知人,親せき等への訪問や墓参などの社会
的費用が他の年令層に比し余分に必要となる。」(7頁),「現在利用可能な
資料を用いて特別需要額を推計してみると,現行の加算額は,金額的にも
それぞれの特別需要にほぼ見合うものと考えられる。」(8頁)としていた。
(乙A5)
エまた,中央社会福祉審議会は,昭和58年12月23日,「生活扶助基
準及び加算のあり方について(意見具申)」と題する書面(乙A6)を発
表した。
中央社会福祉審議は,上記の意見具申において,近年における国民生活
の変化及び保護基準の改善等の結果,加算額の妥当性についての再検討
が必要な事態に立ち至ったとの認識の下,専門分科会において,低所得
者世帯の家計に関する各種の資料を基にして,加算対象世帯と一般世帯
との消費構造を比較検討した結果,老齢者の特別需要としては,加齢に
伴う精神的又は身体的機能の低下に対応する食費,光熱費,保健衛生費,
社会的費用,介護関連費などの加算対象経費が認められているところ,
その額は,おおむね現行の加算額で満たされているとの所見を得たとす
るとともに,老齢加算の実質的水準が今後も維持されるようにすること
が必要であるが,その改定に当たっては,生活扶助基準本体の場合とは
異なる取扱いをするよう検討すべきであるとした。(乙A6)
この意見具申を踏まえ,昭和59年4月以降,老齢加算の額は,第1類
費に対応する品目に係る消費者物価指数の伸び率に準拠して改定される
ことになった。(乙A19)
(2)老齢加算の見直しから廃止に至るまでの経緯等
ア一般勤労者世帯の消費支出に対する被保護勤労者世帯の消費支出の割合
は,昭和45年度には54.6%であったが,同58年度には66.
4%となり,その後はおおむね,67%から70%弱程度で推移し,平
成13年度には71.9%,同14年度には73.0%に達した。(乙A
11)
この間,平成12年,「社会福祉の増進のための社会福祉事業法等の一
部を改正する等の法律案」に係る衆議院厚生委員会及び参議院国民福祉
委員会の附帯決議において,「社会福祉基礎構造改革を踏まえた今後の社
会福祉の状況変化や規制緩和,地方分権の進展,介護保険の施行状況等
を踏まえつつ,介護保険制度の施行後5年後を目途とした同制度全般の
見直しの際に,(中略)生活保護の在り方について,十分検討を行うこ
と」との指摘がされた。(乙A10の2の説明資料7頁)
このような中,財務省の審議会である財政制度等審議会財政制度分科会
は,平成15年6月9日,「平成16年度予算編成の基本的考え方につい
て」と題する財務大臣宛ての建議書(甲A20)を提出し,その中で,
「我が国財政は,平成15年度末の公債残高が約450兆円にも達する
見込みであるなど,主要先進国中最悪の危機的状況に陥っており,それ
が国民の将来不安につながっている。」
革を進めていく必要がある建議した上,生活保護については,「近年,高
齢化の進展や経済活動の低迷等を受けて生活保護受給者が急増してきて
いる。生活保護は国民生活の最後のセーフティネットとしての機能を有
するものであり,真に困窮した自立不可能な者に最低限度の生活を保障
することを目的とするものである。しかしながら,受給者に一定の収入
を保障するものであるがゆえに,保障水準やその執行状況によっては,
モラルハザードが生じかねず,かえって被保護者の自立を阻害しかねな
いという面も指摘される。このため,制度・運営面について,しっかり
とした点検と見直しが必要である。」と,老齢加算については,「老齢加
算は福祉年金創設との関係から昭和35年に創設されたが,年金制度改
革の議論と一体的に考えると,70歳未満受給者との公平性,高齢者の
消費は加齢に伴い減少する傾向にあること等からみて,廃止に向けた検
討が必要であると考えられる。」(13頁)と提言した。(甲A20)
また,同月27日,「経済財政運営と構造改革に関する基本方針20
03」(甲A21)が閣議決定され,その中で,改革のポイントの一つと
して,「年金・医療・介護・生活保護などの社会保障サービスを一体的に
とらえ,制度の設計を相互に関連づけて行う。」との提言がされ,具体的
手段の一つとして,「生活保護においても,物価,賃金動向,社会経済情
勢の変化,年金制度改革などとの関係を踏まえ,老齢加算等の扶助基準
など制度,運営の両面にわたる見直しが必要である。」(18頁)との指
摘がされた。(甲A21)
イこれを受けて,厚生労働省の審議会である社会保障審議会(厚生労働省
設置法7条1項に定める厚生労働大臣の諮問機関)は,平成15年7月
28日の第6回福祉部会において,専門委員会を同部会内に設置した。
専門委員会は,P4(P7大学人間社会学部教授)を委員長,P6(P
8大学学長)を委員長代理とし,P9(東京都立大学学長),P10(横
浜市福祉局ソーシャルワーカー),P11(神奈川県立保健福祉大学保健
福祉学部教授),P12(P13大学大学院先端総合科学術研究科教授),
P14(P15協議会会長),P5(P16大学教養学部教授),P17
(静岡大学人文学部教授)及びP18(全国市長会社会文教委員会委員
長)等,社会保障制度や経済学の研究者,生活保護行政の担当者等によ
って構成されていたが,この委員会においては,同年8月6日から同年
12月2日までの間に合計6回の会議が開かれ,生活保護制度の在り方
について,次のような検討が重ねられた。(甲A119,乙A10の1か
ら12まで)
(ア)平成15年8月6日,第1回専門委員会が開催され,冒頭,生活
保護を取り巻く状況,専門委員会の進め方等について概括的な説明が
された後,出席委員から議論に当たっての視点が提示され,「現在の改
定方式の在り方そのものについても問題が出ており,多人数世帯の問
題についても現行の一類費を積み上げていく手法に問題があるのでは
ないか。」「老齢加算を始めとする加算のうちの幾つかにはその当時の
政策的な配慮の中でできたものもないことはないと言えるかもしれま
せん。そのような一つの矛盾みたいなものがだんだん大きくなってき
た状況にあるのかと思うときもあります。」等の意見が述べられた。
そして,同年9月30日に第2回専門委員会が開催され,前回欠席
した委員から,「生活保護の場合,租税を原資とした制度であり,一方
で国民の最低生活を保障する制度です。つまり受給者の生活保障と納
税者の目の非常に難しいバランスの上に成り立つ制度です。」「今回の
生活保護制度の在り方の見直しは,直接は保護基準の問題とか加算の
問題を契機にしております。しかし,そういう当面の問題にとどまる
ことなく,イギリスのように社会保障給与と呼んでいる給付として社
会保障事務所で年金と補足給付を一緒に出すという方法がよいかどう
かはわかりませんが,日本の伝統を踏まえつつも21世紀にふさわし
い方向に向けて,21世紀に通用するような新しい公的扶助の根幹シ
ステムを議論したいと思っております。」といった意見が述べられた。
(イ)平成15年10月14日,第3回専門委員会が開催され,生活保
護制度の中で最低生活保障をどう考えるかといった点について議論さ
れたが,老齢加算については格別の議論はされなかった。
そして,同年11月18日に第4回専門委員会が開催され,厚生労
働省による特別集計や低所得者の生活実態に関する調査結果等が説明
資料として配付され,事務局の担当者から上記資料につき説明がされ
た。その後,委員長のP4(以下「P4委員長」ということがある。)
が,予め用意していた「最低生活費の体系と生活保護基準についての
メモ」と題する書面に基づいて,生活保護基準のあり方等について概
括的な説明をし,議論すべき内容等について説明を加えた後,「加算に
ついては,これ自体,問題点として投げかけられておりますので,加
算も含めた議論を年内にしていただくということをお願いしたいと思
います。」「年内は加算の妥当性のところまで議論して中間的な取りま
とめをしたい。」と述べた。これを受けて,母子加算について意見が述
べられた後,出席委員から,「まず老齢加算は不要ではないかと思いま
す。実際問題として,年をとれば消費額が結構少なくなっているとい
うのが全国消費実態調査で明らかになりました。今までの前提が必ず
しも成り立っていなかった以上,長期的には減らしていくべきもので
はないかと思います。」,「全国知事会としては,基本的には老齢加算は
もう廃止していいのではないかというのが全体的な意見です。」,「高齢
者の消費の実態からすれば老齢加算は必要ないかもしれませんが,高
齢者の最低生活というふうに考えたときには,例えば高齢者の社会参
加などが加算に相当するものか,あるいは生活扶助基準に含まれるの
かどうかといった議論をしていただければと思っています。」,「保護施
設の立場からは,老齢加算しかない人は老齢加算だけが本人が自由に
使える金銭なのです。単に消費水準が下がりましたから扶助基準を下
げますという形ではなく,文化生活,人間の尊厳としてのものを考え
て加算の在り方などを決定していただきたい。」,「特別需要という加算
的な形での需要相当額がないとしても,社会的費用等については第1
類費の中に溶け込ませるというふうな手法も大いにあると思います。」
「現場で老齢加算を認定するときに,70歳になったから突然需要が
増えるという実感は確かにないが,例えば長期の保護を受けているこ
とによって,ストックがないための生活のちょっとした消耗というか,
減価償却分が出てくるということなどはあります。」等の意見が出され
た。その後,P4委員長が,他の委員から加算の議論の進め方につい
て質問されたのを受けて,「私の考えは,まず加算を廃止して,その後
の対応を考えるという議論ではないと思います。もし,議論の結果,
加算を廃止するとすれば,当然,別のこういうものが必要だという議
論になります。」と述べた。
上記の特別集計によると,いずれも無職単身世帯の生活扶助相当消費
支出額を月額で比較した場合,①平均では,60ないし69歳が11万
8209円,70歳以上が10万7664円,②第Ⅰ-5分位(調査対
象者を年間収入額順に5等分した場合に最も収入額の低いグループ)で
は,60ないし69歳が7万6761円,70歳以上が6万5843円,
③第Ⅰ-10分位(調査対象者を年間収入額順に10等分した場合に最
も収入額の低いグループ)では,60ないし69歳が7万9817円,
70歳以上が6万2277円となっており,いずれの収入階層でも70
歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれよりも少ないことが示
されていた。同じく,特別集計によると,第Ⅰ-5分位の70歳以上の
単身無職者の生活扶助相当消費支出額が6万5843円であるのに対し,
70歳以上の単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の平均は,これ
よりも高い7万1190円となっていた。
(ウ)平成15年11月25日に開催された専門委員会(第5回)におい
は,生活扶助基準及び加算のあり方等について議論されたが,P4委員
長が,加算のあり方について意見を求めたところ,出席委員から,「加
算については確かに70歳過ぎてから突然支出がどんと増えるというこ
とはあり得ません。現場では,老齢加算がついたら,その旨を被保護者
に知らせるが,「その分で来月の初めには美味しいものでも食べてね。」
という程度のことで,別に70歳になったら急に支出が増えるわけでは
ない。70歳を過ぎてから加算をつけるという形ではなくて,高齢単身
者の世帯の基準をどういうふうに考えるかという視点で加算を考えた方
が適切ではないかと思う。」,「最初から加算ありきというのは,やはり
この委員会でやった意味がないのでやめた方がいいと思います。加算イ
コール特別需要という時代があったかもしれないが,本来は生活扶助と
いうのは一般需要で,各種の他の扶助が特別需要に対応するという体系
になっているはずです。年取っただけで上に乗せていいのかという問題
がでてくる。他の扶助をうまく組み合わせてできることも十分考えられ
ると思います。それから,その他のいろんな社会保障の制度があります。
介護保険やそもそも老人保健がなかった時代もあったわけですが,今日
そういうのが完全に改善されている中で,老齢加算みたいなものが,年
取っただけで上に乗せていいのかという問題が出てくる。」等の意見が
述べられた。
(エ)平成15年12月2日に開催された専門委員会(第6回)において
は,「生活保護制度の在り方についての中間取りまとめ(案)」(以下
「中間取りまとめ案」という。)が資料として配付されたが,これには
単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について,①70歳以
上の者と60ないし69歳の者との間で比較すると,前者の消費支出
額の方が少ないことが認められる旨,したがって,②70歳以上の高
齢者について,現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があると
は認められないため,廃止の方向で見直すべきである旨,③見直しに
当たっては,高齢者世帯の社会的費用については一定の需要があると
認められるので,生活保護基準の体系の中でその点に配慮する必要が
あること等の意見があった旨記載されていた。また,生活扶助基準の
改定率,消費者物価指数,賃金等の推移を比較した資料(乙A10の
12説明資料1頁,)が配付され,これに基づいて検討が加えられたが,
これによると,昭和59年度を100%とした場合の平成14年度に
おける割合は,生活扶助基準が135.5%,消費者物価指数が11
6.5%,賃金が131.2%となっており,平成7年度を100%
とした場合の同14年度における割合は,生活扶助基準が104.
3%,消費者物価指数が99.9%,賃金が98.7%となっており,
昭和55年と平成12年を比較すると,一般勤労者世帯の平均並びに
第Ⅰ-10分位及び被保護勤労者世帯の平均のいずれにおいても,消
費支出に占める食料費の割合(エンゲル係数)は低下していた(乙A
10の6の説明資料12頁から14頁まで)。
上記専門委員会においては,被保護高齢単身世帯の家計消費の実態を
示すものとして,平成11年度における被保護者生活実態調査を基に
した月ごとの貯蓄純増(同調査結果にいう「貯金」と「保険掛金」の
合計から「貯金引出」と「保険取金」の合計を差し引いたもの),平均
貯蓄率(可処分所得に対する貯蓄純増の割合)及び繰越金(月末にお
ける世帯の手持金残高)を比較した資料(乙A10の12説明資料3,
4頁)が検討されたが,これによると,老齢加算のない世帯の貯蓄純
増は9407円,平均貯蓄率は8.4%,繰越金は3万6094円で
あるのに対し,老齢加算のある世帯の貯蓄純増は1万4926円,平
均貯蓄率は12.1%,繰越金は4万7071円となっており,いず
れの数値も後者が前者より高くなっていた。
上記専門委員会においては,出席委員から,「老齢加算額がちょっと
高過ぎるというという議論はしたが,廃止を明言する限りは,そこか
ら起きてくる問題をもう少しちゃんと議論して,本当に問題がないと
いう議論の上でないと廃止ということが軽々にいえないのではない
か。」,「確かに老齢加算のついている世帯は他の一般低所得世帯と比べ
て若干基準が高いと言われてきたが,老齢加算そのものを廃止してと
いうところまで意見として集約するだけの議論をしたかどうか。」,「廃
止をするならばそれに当たる代替措置をという形で議論を進められた
と記憶するので,中間取りまとめ案をそのように表現上変えていただ
くという形が適当ではないかと考えます。」,「加算という形で一括して,
同じ金額をこの特別需要に払うかどうかというところについては,議
論の余地があると思いますので,議論してもいいし,見直さなければ
いけないかもしれないとということなんですが,ただ個別の需要が全
員にないというわけでもないわけで,それが第1類費の方法で一般化
されるかどうかというのはちょっと先の話かと思います。」,「やはり生
活扶助費の加算について議論していたわけだから,医療扶助が必要だ
ったら医療扶助を申請するとしてきちっとやらなければいけないんで
す。それをすべて加算という従来の考え方がちょっと古くなっている
んじゃないかという議論はしていたと思うので,出だしに戻るわけに
はいかないと思う。」,「廃止ということがすべてなくなるということで
はなくて,内容を精査して,それぞれ必要なところに実質的にそれを
復元するような制度的な仕組みにやっていくという形の整理でしてい
ただければいいんではないかと思っています。」,「中間取りまとめにつ
いては,断定的にしない案で座長にお任せします。」といった意見が出
された。また,上記専門委員会において,事務局が作成した説明資料
に基づいて議論されたが,P4委員長は,上記資料によれば,被保護
世帯の実収入と実支出の差額に着目した上で,高齢単身世帯の場合も,
少なくとも多少家計を回せるような余裕を何とか捻出しながら生活で
きていることがわかるのではないかとして,上記議論をまとめた。
P4委員長は,専門委員会の議論を踏まえて,中間取りまとめ案を修
正し,中間の取りまとめを作成したい旨述べて,出席委員の了解を得た。
なお,上記専門委員会において,上記の説明資料や被保護者生活実態
調査の信頼性につき疑問がある旨の意見が述べられることはなかった。
ウ上記のような検討を経て,平成15年12月16日,専門委員会は,の
中間取りまとめ(乙A1)を公表し,同日開催された社会保障審議会の
第7回福祉部会において,その内容について議論され,老齢加算につい
て廃止という方向で見直す場合には,生活保護基準全体の体系の中でど
のように見直すかを考えるべきである等の意見が述べられたが,老齢加
算に係る保護基準の改定の在り方等につき具体的な見解の集約はされな
かった。(甲A173,乙A1)
中間取りまとめは,加算の在り方について,「加算は被保護者の特別の
需要に対応する方策の一つであり,必要即応の観点,実質的最低生活の確
保の上から検討する必要がある。しかし,歴史的な経緯で設けられてきた
加算には現在の状況に合わないものもある。」とした上,老齢加算につき
次のとおり提言した。(乙A1)
(ア)単身無職の一般低所得高齢者世帯の消費支出額について,70歳
以上の者と60ないし69歳の者との間で比較すると,前者の消費支
出額の方が少なく,70歳以上の高齢者について現行の老齢加算に相
当するだけの特別な需要があるとは認められないため,老齢加算その
ものについては廃止の方向で見直すべきである。
(イ)ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,保護基
準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き
検討する必要がある。
(ウ)被保護者世帯の生活水準が急に低下することのないよう,激変緩
和の措置を講ずべきである。
なお,中間取りまとめには,生活扶助基準の改定方式につき,「一般国
民生活における消費水準との比較において相対的なものとして設定する
観点から,当該年度に想定される一般国民の消費動向に対応するよう,
毎年度の政府経済見通しの民間最終消費支出の伸びを基礎とする改定方
式が採られてきた」が,「最近の経済情勢はこの方式を採用した当時と異
なることから,例えば5年間に一度の頻度で,生活扶助基準の水準につ
いて定期的に検証を行うことが必要である。」と付記された。
エ平成15年12月20日,財務省は,平成15月12日20日,平成
16年度予算の財務省原案を内示したが,これには老齢加算を3年間か
けて段階的に減額して廃止することなどが示されていた。そして,同月
24日,上記内容を含む平成16年度予算案が閣議決定された。(甲A1
07)
厚生労働大臣は,上記の中間取りまとめを受けて,70歳以上の高齢
者にはもはや老齢加算に見合う特別な需要があるとは認められないと判
断して老齢加算を廃止することとし,平成16年度以降,保護基準につ
き,本件改定を実施した。
なお,平成16年12月,専門委員会は,「生活保護制度の在り方に関
する専門委員会報告書」(甲A9)を発表し,生活保護基準の在り方につ
き,「勤労3人世帯の生活扶助基準について,低所得世帯の消費支出額と
の比較において検証・評価した結果,その水準は基本的に妥当であった
が,今後,生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に
図られているか否かを定期的に見極めるため,全国消費実態調査等を基
に5年に1度の頻度で検証を行う必要がある。」(2頁)としたが,老齢
加算については,加算の在り方に関する部分(3頁)において「老齢加
算については,既に中間取りまとめにおいてその廃止の方向での見直し
を提言したところである」とするにとどまった。(甲A9)
(3)本件各決定について
控訴人らは,別紙5「平成16年処分一覧表」及び別紙6「平成18年処
分一覧表」の各「処分行政庁」欄記載の福祉事務所長から,本件改定に基づ
き,各「処分日」欄記載の日に,各「処分の名宛人」欄記載の被保護者(世
帯主)を名宛人として,それぞれ老齢加算の減額又は廃止に伴う生活扶助支
給額の減額を内容とする保護変更決定(本件各決定)を受けた。
(4)厚生労働省は,専門委員会が平成16年に発表した上記(2)エの「生活保
護制度の在り方に関する専門委員会報告書」(甲A9)において,生活扶助
基準と一般低所得世帯の消費実態との均衡が適切に図られているか否かを定
期的に見極めるため全国消費実態調査等を基に5年に一度の頻度で検証を行
う必要があるとされているのを受けて,生活扶助基準の定期的な検証を行う
こととし,平成19年,級地を含む生活扶助基準の見直しについて専門的な
分析・検討を行うため,学識経験者等による「生活扶助基準に関する検討
会」を設置した。上記検討会においては,直近の全国消費実態調査の結果等
を用いて,主に統計的な分析をもとに専門的かつ客観的に評価・検証を実施
し,平成16年特別集計における単身世帯の生活扶助相当支出額と生活扶助
基準額とを比較し,70歳以上で生活扶助相当支出額が5万7553円,生
活扶助基準額が6万9628円であり,生活扶助基準額が生活扶助相当支出
額を上回っていること等が確認された。(甲A147の1から3まで,甲A
148)
3老齢加算の廃止に係る厚生労働大臣の判断について
上記2認定のとおり,厚生労働大臣は,専門委員会の中間取りまとめを受け
て,70歳以上の高齢者には老齢加算に見合う特別な需要があるとは認められ
ないと判断して老齢加算を廃止することとし,平成16年度以降,本件改定を
実施したものである。そこで,厚生労働大臣の上記判断に本件上告審判決が指
摘する見地から裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるか否かについて検討す
る。
(1)控訴人らは,厚生労働大臣が,統計等の客観的数値等との合理的関連性
や専門的知見との整合性の観点からの検討を行っていない旨主張する。しか
し,厚生労働大臣は,前記認定の社会保障制度や経済学の研究者等を構成員
とする専門委員会による中間取りまとめを受けて,70歳以上の高齢者には
老齢加算に見合う特別な需要があるとは認められないと判断したのであるか
ら,中間取りまとめにおける専門委員会の意見に誤謬等があり,しかもその
ことを,厚生労働大臣が現に認識していたか,又は不注意により看過したの
でない限り,裁量権の濫用等があったということはできない。
また,控訴人らは,厚生労働大臣が,控訴人らの生活状況等の個別事情に
ついて考慮していないのは不当である旨主張するが,老齢加算制度を廃止す
るか否かは,その支給対象者一般に関する問題であって,個々の被保護者の
具体的な個別事情に応じて決められるべきものではないから,上記主張は失
当である。
(2)前記認定のとおり,中間取りまとめにおいては,「単身無職の一般低所得
高齢者世帯の消費支出額について,70歳以上の者と60ないし69歳の者
との間で比較すると,前者の消費支出額の方が少なく,70歳以上の高齢者
について現行の老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められな
いため,老齢加算そのものについては廃止の方向で見直すべきである」とさ
れているが,「老齢加算に相当するだけの特別な需要があるとは認められな
い」とされているのは,特別集計において,無職単身世帯の生活扶助相当消
費支出額を比較した場合,平均,第Ⅰ-5分位,第Ⅰ-10分位のいずれに
おいても,70歳以上の者の需要は60ないし69歳の者のそれより少ない
こと(比較1)が示されていた点を主な根拠とするものであると解される
(なお,比較2の70歳以上の単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の
平均が,第Ⅰ-5分位の70歳以上の単身無職者の生活扶助相当消費支出額
を上回っていたとの点も,老齢加算を付加しない保護によっても70歳以上
の単身無職者である低所得者層の一般的消費支出を充足し得ることを示すも
のであるという意味で,70歳以上の高齢者について老齢加算に相当するだ
けの特別な需要があるとは認められないことの根拠とはなり得る。)。
アこの点,控訴人らは,比較1及び比較2の数値が,統計に示される客観
的数値そのものではなく,収入階層別に集計し直した上で生活扶助相当消
費支出額という形に加工したものであり,その集計や加工の過程が明らか
でないから信頼性に欠けるとして,統計(平成11年度全国消費実態調
査)に示される客観的数値は65ないし69歳よりも70ないし74
歳の方が消費支出が多いことからすると比較1及び比較2の数値は合
理性に欠ける旨主張する。なるほど,平成11年度全国消費実態調査の第
26表(甲A28)によれば,消費支出の月額(男女平均)は,60ない
し64歳が19万4397円,65ないし69歳が15万6981円,7
0ないし74歳が16万1600円,75歳以上が13万1813円とな
っており,65ないし69歳よりも70ないし74歳の方が多額である。
しかしながら,特別集計では60ないし69歳の者と70歳以上の者とを
比較しているのであり,5歳刻みになっている統計において,65ないし
69歳の者より70ないし74歳の者の方が消費支出が多いとの結果が示
されているというだけでは,比較1に疑問があるということはできない。
控訴人らは,より細やかな年代別の比較が必要である旨主張するが,老齢
加算は基本的には70歳以上の者に支給されるものであるから,老齢加算
の在り方を検討するに際して60ないし69歳の者と70歳以上の者を比
較して,後者に生活扶助基準では賄えない特別な需要があるかどうかを検
証することをもって不合理な方法ということはできないから,控訴人らの
上記主張も採用することができない。なお,老齢加算は,性別には関係な
く基本的に70歳以上の者に一律に支給される仕組みになっていたのであ
るから,性別ごとに特別需要の有無を検証する必要性があったということ
もできない。
イまた,控訴人らは,平成16年度全国消費実態調査の個別調査票情報
を基にした集計につき,70歳以上の者の年収を60ないし69歳の者
と同額と仮定して計算すると,比較1及び比較2と矛盾する数値が得ら
れる旨主張するが,控訴人らが主張する上記計算方法をもって比較1及
び比較2の数値が不合理であるとすることはできない。
ウそして,控訴人らは,比較1及び比較2の数値が統計(平成11年度全
国消費実態調査)の客観的数値と整合するか否かの検証や,消費支出額
全体から生活扶助以外の扶助に該当するもの等を控除したとされる「生
活扶助相当消費支出額」の算出過程における控除の正当性の検証がされ
ていないので比較1及び比較2には十分な根拠がない旨主張する。しか
しながら,P19資本市場調査部作成の「60歳代前半家計の収入・支
出構造」と題する平成18年3月31日付け文書(甲A144)によれ
ば,同調査部は,資本市場調査に係る各種資料を分析し,上記文書にお
いて,高齢無職世帯の消費性向を世帯主年齢別に見たところ,消費性向
は60歳代前半で最も高く(よって貯蓄率が最も低く),年齢が上昇する
につれて消費性向が低下(よって貯蓄率のマイナスが縮小)し,60歳
ないし64歳世帯,65ないし69歳世帯,70ないし74歳世帯と各
年齢区分が高くなるほど消費性向が低くなり,この消費性向は平成12
年から同17年までのいずれの年度においても同様であった旨,これは
高齢になるほど世帯当たり消費が減少する一方,70歳前半までは高齢
になるほど可処分所得が増えているからである旨,高齢になるほど世帯
人員は減少するが,世帯人員一人当たりで消費と可処分所得を見ても,
消費は徐々に減少しているにもかかわらず可処分所得が大きく増加して
おり,そのため,高齢になるほど貯蓄率のマイナス幅が減少している旨
報告し,消費性向は若い高齢者ほど高く,高齢者は高齢化すると貯蓄率
が改善するとしていることが認められる。そして,前記認定の専門委員
会における議論の内容等によれば,社会保障制度や経済学の専門的知見
を有する者によって構成されていた専門委員会においては,高齢の生活
保護受給者が社会的に孤立した生活を送っている現状を改善する必要が
あるとの意見が出されていたものの,平成15年当時,高齢者世帯の6
0ないし64歳世帯より70歳以上世帯の方がその消費性向が低いとい
う点については,格別異論はなく,専門的知見を有する者には一般的な
知見となっていたことがうかがわれる。仮に控訴人らが主張する検証に
より,老齢加算に見合う特別の需要がないという結論が覆る可能性があ
ったとすれば,当然,専門委員会においてもその旨指摘されるはずであ
るが,そのような指摘がされた形跡はない。このような諸事情の下,厚
生労働大臣において,控訴人ら主張に係る上記各検証を行う必要性があ
ったなどということはできず,平成11年度被保護者生活実態調査に係
る各調査票情報の正確性について格別の検証をしなかったとしてもこれ
を不当であるということはできず,前記認定の当時の財政事情の下,厚
生労働大臣が専門委員会の中間取りまとめを受けて上記のとおり判断し
たことに裁量権の濫用等があったということはできないから,控訴人ら
の上記主張も理由がない。
(3)ところで,控訴人らは,仮に厚生労働大臣が「貯蓄純増」を理由に老齢
加算の廃止を決定したものとすれば,その判断には統計等の客観的な数値と
の合理的関連性がなく,判断の過程及び手続に過誤,欠落がある旨主張する。
アしかしながら,前記のとおり,厚生労働大臣は中間取りまとめを受けて
70歳以上の高齢者には老齢加算に見合う特別な需要があるとは認められ
ないと判断して老齢加算を廃止することとしたものと認められるところ,
中間取りまとめ(乙A1)においては「貯蓄純増」や「平均貯蓄率」及び
「繰越金」について何ら言及されていないことが明らかであるから,厚生
労働大臣が「貯蓄純増」を直接的理由として老齢加算を廃止する判断をし
たものとは認められない。
イもっとも,前記第4の2(2)の事実と証拠(乙A10の9,11及び1
2)並びに弁論の全趣旨によれば,①平成15年12月2日に開かれた第
6回専門委員会において「2被保護高齢単身世帯の家計全体の状況」と
称する資料(乙A10の12の説明資料3,4頁)が配付されたこと,上
記資料は,同年11月25日の第5回専門委員会においてP17委員が
「標準世帯について今の基準が妥当であるという立証は十分なされたと思
います。ただ,それ以外の加算の必要性,妥当性が見えるかという点につ
いては,前回お示しいただいた資料では一般低所得世帯の消費水準と比較
してどうかという議論でしたが,それだけでなく実際の保護世帯の消費構
造や生活構造から検証してみるということも必要なのではないかと考えま
す。と言いますのは,この委員会で最初に御報告いただいた社会生活調査
報告(乙A10の4の資料2である「社会生活に関する調査結果社会保
障生計調査結果【概要報告書】)を見せていただきますと,特に母子世帯
や老齢世帯の生活実態が今の状況でも大変であるというのがとても如実に
表れていて,そこから加算を引いてしまったら,本当にどうなるのだろう
かというイメージを持ちました。そういう意味から立証の仕方としまして,
たしかに生活保護世帯に対してこういう金額で暮らしなさいということで,
第1類費,第2類費の額が決まって支給されますが,それで実際にどう暮
らしているのかというところから見ていかないと,大きな問題を見落とし
てしまうのではないかという感じがいたします。」等の発言があったのを
受けて,事務局において,平成11年度被保護者生活実態調査の結果を用
いて作成し,第6回専門委員会の説明資料として配付したものであること,
②上記資料については,同委員会において,P4委員長から「この資料の
2ページ以降は,仮に加算を取った場合に,最低生活を大幅に割るような
ことになるかどうかということを判断するために,(中略)平成11年に
行われた詳細な家計調査をお出しいただいています。(中略)一般低所得
世帯と比較したときに,必ずしも高齢加算を付ける合理性がないとなった
ときに,それで最低生活を割ってしまっては困るので,その検証をしよう
ということでお出しいただきました。」との説明がされた上で議論が行わ
れたこと,③そして,第6回専門委員会では,「実収入,実支出の差額で
見ていただければ,(中略)もちろん中身の問題があるわけですが,中身
はともあれ,一応その中でやって,なおかつ若干の余裕が出ているように
家計では示されているというふうになります。」,「ただ総額で言うと,多
少家計を回せるような余裕を何とか捻出しながら回して生活できていると
いう感じが,母子世帯の場合も,単身高齢者の場合も,この調査からは少
なくともそういうふうなことが見えるという資料と御理解いただければと
思います。」というP4委員長の発言をもって,上記資料に関する議論は
終了したこと,以上の事実が認められる。
上記認定の事実によれば,上記資料からうかがわれる「貯蓄純増」や
「平均貯蓄率」等の状況からすると,老齢加算を廃止した後における70
歳以上の高齢者の生活扶助基準による生活が最低生活を大幅に割りこむこ
とにはならないことを確認したという意味において,上記の「貯蓄純増」
等が老齢加算を廃止の方向で見直すべきであるとする中間取りまとめの一
つの根拠にはなっているということができる。
ウこれに対し,控訴人らは,「貯蓄純増」という概念自体が極めて曖昧で
あって,実際には支出されていたものの家計表作成時に漏れてしまったも
のが「貯蓄純増」になっている可能性もあるとして,「貯蓄純増」なるも
のが実際に認められるのか(具体的に毎月幾らが貯蓄されていたのか)を
精査した上でなければ,これを老齢加算廃止の根拠とすることは許されな
い旨主張する。しかしながら,上記資料によれば加算のある世帯の「貯蓄
純増」等の方が加算のない世帯のそれよりも相当に多いことは明らかであ
り,これは前記認定の専門委員会における議論の内容等とも整合し,上記
事情を老齢加算廃止後における70歳以上の高齢者の生活が最低生活を大
幅に割りこむことにはならないとする判断の根拠とすることは一応の合理
性を有するということができる。したがって,控訴人らの上記主張も理由
がない。
エまた,控訴人らは,老齢加算の廃止方法(激変緩和措置)との関係で,
上記「貯蓄純増」等の基になっている平成11年度被保護者生活実態調査
には信頼性が欠ける旨主張する。しかしながら,証拠(乙A49)及び弁
論の全趣旨によれば,被保護者生活実態調査は,昭和26年に当時の「国
民生活実態調査」の一環として第1回調査が実施され,その後現在に至る
まで行われており(昭和28年に「被保護者生活実態調査」と改称され
た。),これは被保護世帯における家計収支の内容を把握し,生活保護基準
の改訂等,生活保護制度の運営に必要な資料を得ることを主たる目的とし
て実施され,被保護世帯における家計状況を把握する唯一の公的な統計調
査とされていること,平成11年度被保護者生活実態調における調査対象
及び客体については,全国の被保護世帯を対象として地域別に10ブロッ
クに分け,各ブロック毎に都道府県1ないし2カ所を調査対象県に選定し,
560世帯を抽出するとされていたこと,平成11年度被保護者生活実態
調査は,調査設計等の審査を経た上,総務庁長官の承認を受けた承認統計
であることが認められ,平成16年当時,統計調査として信頼性を有する
ものとして一般に受け入れられていたことがうかがわれる。そして,専門
委員会が平成16年12月に発表した「生活保護制度の在り方に関する専
門委員会報告書」(甲A9)においても,生活保護基準の水準は基本的に
妥当と評価しつつ,生活扶助基準と一般低所得世帯の消費実態の均衡が適
切に図られているか否かを定期的に見極めるため,全国消費実態調査等を
基に5年に1度の頻度で検証を行う必要がある旨の指摘がされるにとどま
っているのであって(前記認定のとおり,上記報告書中の老齢加算に関す
る記述は「既に中間取りまとめにおいてその廃止の方向での見直しを提言
したところであるが」というものにすぎない。),上記生活実態調査が信頼
性に欠けることをうかがわせるような事情は認め難い。貯蓄純増に関する
控訴人らの上記主張も採用することができない。
なお,控訴人らは,平成11年度被保護者生活実態調査について,調査
母数が少ないので有意性がないとか,調査対象として560世帯を抽出で
きておらず,12か月を通した家計簿の調査ができていない等,他にも上
記実態調査に係る集計には問題がある旨主張するが,弁論の全趣旨によれ
ば,家計簿を提出した世帯数は645世帯,うち加算有世帯が91世帯,
加算無世帯が62世帯であり,提出された家計簿は,それぞれ6049冊,
853冊,520冊であること,調査対象となった世帯の中には調査期間
の途中で協力が得られなくなった世帯もあったため,いわゆる脱落世帯が
あったことが認められる。これらは統計調査上も想定されているものであ
り,平成11年度被保護者生活実態調査も総務庁長官の承認を受けた承認
統計である。控訴人らの上記主張はいずれも統計調査の実情を踏ま得ない
推測にわたるものにすぎず,上記統計調査の有意性に疑問が生じるような
ものではないから採用することはできない。
オまた,控訴人らは,上記の専門委員会においては老齢加算の削減・廃止
の結論を前提とした検討が行われたにすぎず,公正な審議が行われたとは
いえない旨主張する。
なるほど,前記認定のとおり,平成12年,「社会福祉の増進のための
社会福祉事業法等の一部を改正する等の法律案」に係る衆議院厚生委員会
及び参議院国民福祉委員会の附帯決議において,「社会福祉基礎構造改革
を踏まえた今後の社会福祉の状況変化や規制緩和,地方分権の進展,介護
保険の施行状況等を踏まえつつ,介護保険制度の施行後5年後を目途とし
た同制度全般の見直しの際に,(中略)生活保護の在り方について,十分
検討を行うこと」との指摘がされ,平成15年,財務省の審議会である財
政制度等審議会財政制度分科会において,「平成16年度予算編成の基本
的考え方について」と題する建議がされ,老齢加算につき「年金制度改革
の議論と一体的に考えると,70歳未満受給者との公平性,高齢者の消費
は加齢に伴い減少する傾向にあること等からみて,廃止に向けた検討が必
要である」との指摘がされていたわけであるが,これらの指摘がされたの
は,社会経済情勢の変化等に伴って,生活保護制度のあり方や保護基準の
水準の妥当性について,その検討の必要が要請されていたからである。こ
のような状況の中,専門委員会は上記附帯決議等の指摘を受けて制度の見
直し等に係る検討を行ったのであって,前記認定の専門委員会の老齢加算
に係る検討の経過及び審議内容からしても,専門委員会が老齢加算の削
減・廃止の結論を前提とした不公正な審議を行ったなどということはでき
ない。
(4)控訴人らは,老齢加算を廃止すべきとした厚生労働大臣の判断について
専門的知見との整合性の点からしても,判断の過程及び手続に過誤,欠落
がある旨主張する。
しかし,控訴人らが具体的に主張する「社会生活に関する調査結果社
会保障生計調査結果【概要報告書】」(乙10の4の資料2)については,
上記(3)イのとおり,専門委員会でも考慮されていたものであるし,これを
踏まえた専門委員会の中間取りまとめも専門的知見であることが明らかで
あるから,控訴人らの上記主張も採用することができない。
この点,控訴人らは,老齢加算が,加算の名がつけられてはいるものの,
実質的には,生活扶助費が他の年齢層と比べて低く抑えられており最低限
度の生活以下の水準に陥っているのを,その不足を補う形でようやく最低
限度の生活に見合う水準を維持する役割を果たしていたのであって,中間
取りまとめが,老齢加算そのものについては廃止の方向で見直すべきであ
るとしつつ,「ただし,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮して,保
護基準の体系の中で高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう引き続き
検討する必要がある。」との指摘をしたのも,上記の水準を維持するために
老齢加算に代わる代替措置が採られるべきことを提言したものであるから,
この代替措置を採ることなく老齢加算を廃止すべきものとした厚生労働大
臣の判断は,専門委員会の中間取りまとめとの関係でもその全体としての
趣旨に反するものであった旨主張する。
しかしながら,仮に中間取りまとめが老齢加算の廃止に当たって代替措
置が採られるべきことを提言したものであったとしても,厚生労働大臣は
専門委員会の意見に拘束されるものではなく,厚生労働大臣が専門委員会
の意見を容れなかったというだけで,厚生労働大臣に裁量権の濫用等があ
ったことにはならないし,上記のただし書部分に係る指摘も,その文意か
らして,必ずしも代替措置が採られることを老齢加算廃止の条件として提
言したものとまでは言い難い。仮に,控訴人らが主張するように,老齢加
算という形の給付があることによって高齢者世帯の最低限度の生活水準が
かろうじて維持されていたのであれば,当然,中間取りまとめにおいても
その旨の指摘がされるとともに,もっと明確な形で,老齢加算に代わる代
替措置が採られるべきである旨の提言が行われていたはずである。そして,
①平成11年度全国消費実態調査に係る特別集計によれば,70歳以上の
単身者の生活扶助額(老齢加算を除く。)の平均は,第Ⅰ-5分位の同じく
70歳以上の単身無職者の生活扶助相当消費支出額を上回っていたのであ
り,これによれば,老齢加算を付加しない保護のみによっても70歳以上
の単身無職者である低所得者層の一般的消費支出を充足するに足りること
になるので,本件改定の際における70歳以上の者の生活扶助費について
も,最低生活を下回るものであったとは認め難いし,②上記(3)イ認定のと
おり,専門委員会においても老齢加算廃止後における70歳以上の高齢者
の生活扶助基準による生活が最低生活を大幅に割りこむことにはならない
旨確認されており,③専門委員会が平成16年12月に発表した「生活保
護制度の在り方に関する専門委員会報告書」(甲A9)においても,既に3
年間での老齢加算の段階的廃止が実行されつつあったにもかかわらず,そ
れとの関係で70歳以上の者に係る生活扶助基準を早急に見直す必要があ
るといった指摘がされていた形跡もないから,中間取りまとめのただし書
部分は,文字どおり,高齢者世帯の社会生活に必要な費用に配慮しつつ,
高齢者世帯の最低生活水準が維持されるよう,老齢加算の廃止後も引き続
き検討する必要があることを指摘したにすぎないのであって,同部分が代
替措置を条件とする旨提言したものであったとは認め難い。
専門委員会の委員長であったP4の意見書(甲A136)中には控訴人
らの主張に沿う記述部分があるが,前記認定の専門委員会における議論の
内容等からすると,上記意見書によっても上記の認定判断を覆すに足りな
いというべきである。
また,厚生労働大臣としては,中間取りまとめにおいて代替措置の提言
を伴わない形で老齢加算の廃止に向けた見直しの提言がされていたことか
ら,老齢加算の廃止後における高齢者の生活扶助基準による生活が最低生
活を維持するに足りない程度にまで低下するものではないとして,その廃
止を決めたものと解されるのであって,中間取りまとめが明確な形では代
替措置の提言をしていないことからすると,厚生労働大臣が上記のような
判断をしたことを不当とすることはできない。したがって,代替措置に関
する控訴人らの主張も理由がない。
(5)以上に検討してきたところからすると,老齢加算を廃止の方向で見直す
べきであるとした中間取りまとめの提言は,比較1及び比較2のほか,①
昭和58年度以降,被保護勤労者世帯の消費支出の割合は,一般勤労者世
帯の7割前後で推移していたこと,②昭和59年度から平成14年度まで
における生活扶助基準の改定率は,消費者物価指数及び賃金の各伸び率を
上回っており,特に平成7年度以降の比較では後二者がマイナスで推移し
ているにもかかわらずプラスとなっていたこと,及び③昭和55年と平成
12年を比べると,第Ⅰ-10分位と被保護勤労者世帯の平均のいずれに
おいても,消費支出に占める食料費の割合(エンゲル係数)は低下してい
たことなどを考慮したものであって,統計等の客観的数値等との合理的関
連性や専門的知見との整合性において欠けるところはないものと認められ
る。
そして,70歳以上の高齢者に老齢加算に見合う特別な需要は認められ
ず,老齢加算を廃止した後における高齢者の生活扶助基準による生活が最
低生活を維持するに足りない程度にまで低下するものではないとした厚生
労働大臣の判断は,専門委員会の上記提言を考慮して行われたものであっ
て,他にその判断の過程及び手続に過誤,欠落があると解すべき事情も見
当たらないから,上記の判断が裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用し
たものであるということはできない。
なお,控訴人らの生活実態は前記引用に係る原判決認定の事実のとおり
であり,本件各決定後,控訴人らは日々の生活の中で困窮感を抱いて生活
していることがうかがわれ,専門委員会の議論にもあるように高齢単身世
帯者に対する社会保障の充実という観点からすると検討を要するところで
はあるが,老齢加算を廃止する理由及びその必要性は前記のとおりであっ
て,上記改訂後に生活保護を受給するようになった70歳以上の高齢者も
老齢加算のない生活扶助によって最低限度の生活を維持していることがう
かがわれるから,控訴人らに係る上記事情によっても厚生労働大臣の上記
判断に裁量権の逸脱,濫用があったと認めることはできない(前記認定の
事実によれば,高齢の生活保護受給者の中には社会的に孤立した生活を送
っている現状にある者が少なくないことがうかがわれ,「貧困とは何か」,
「高齢者の自立とは何か」が問われる中で,高齢の生活保護受給者に対す
る自立支援を図り,その社会参加を促進する取り組みが必要であることは
控訴人ら主張のとおりであって,高齢生活保護受給者を含む貧困高齢者に
対する支援策を講じていくべきものと思われるが,経済事情の動向や時々
の財政状態の下でどのような施策を図り,その中で生活保護のあり方をど
のように位置づけるかは困難な問題である。上記対策についての検討,拡
充が望まれるゆえんである。)。
4老齢加算の廃止方法(激変緩和措置)に係る厚生労働大臣の判断について
(1)控訴人らは,厚生労働大臣が,専門委員会による中間取りまとめの発
表後わずか4日間で,3年間での老齢加算の段階的廃止を決めたことから
すると,生活扶助額の減額が被保護者の期待的利益の喪失を通じてその生
活に看過し難い影響を及ぼすか否か等の観点からの検討をしていないもの
というべきである旨主張する。
なるほど,厚生労働大臣が上記決定をしたのが,中間取りまとめが発表
された4日後であったのは性急にすぎるとの指摘があり得るが(ただし,
前記認定のとおり,中間取りまとめには,被保護者世帯の生活水準が急に
低下することのないよう,激変緩和の措置を講ずべきであるとの意見が付
されてはいたものの,具体的な措置についてまでは言及されていない。),
前記認定の事実と弁論の全趣旨によれば,一般に激変緩和のための期間と
しては2年ないし数年の期間が設定されることが多いこと,厚生労働大臣
は,従前の検討の結果を踏まえて,老齢加算の廃止が被保護者世帯の生活
に及ぼす影響を緩和するために,上記激変緩和の措置として3年の期間を
置くこととし,厚生労働省及び財務省間の折衝等を経た後,上記決定をし
たことが認められるのであって,この措置により被保護者世帯に対する影
響は相当程度緩和されたことがうかがわれる。前記認定の事実によれば,
厚生労働大臣は,平成15年の中間取りまとめに沿って検討を重ね,専門
委員会の意見を考慮するなどしてして,相当の期間にわたって検討を重ね
た結果,老齢加算を廃止することとし,併せて老齢加算の廃止が被保護世
帯の生活に及ぼす影響を緩和するために3年間かけて老齢加算を段階的に
減額,廃止することとしたのであって,この厚生労働大臣の判断は,いず
れも統計等の数値の客観的な数値等との合理的関連性や専門的知見との整
合性を有する中間取りまとめに沿った合理的なものであったと認められる。
そして,前記のとおり,老齢加算についてはその支給の根拠となってい
た高齢者の特別な需要が認められないのであれば,本来的にはこれを可及
的速やかに廃止すべきであることは生活保護法8条2項の規定に基づく要
請であるということができるから,段階的に減額,廃止することは,その
間,上記要請に反する状態が継続することになり,70歳未満受給者との
公平性に欠けるとの指摘もあり得るのであって,生活保護が租税を原資と
する制度であり,受給者の生活保護との調整を図る必要があることを考慮
すると,上記の老齢加算を3年かけて段階的に減額,廃止するという措置
は,中間取りまとめの老齢加算に関する提言の趣旨に沿うものであり,老
齢加算受給者に対する激変緩和策としてはバランスのとれたものであった
ということができる。また,上記の措置は,老齢加算受給者の有していた
期待的利益にも一定の配慮をした合目的的なものであったと認められ,老
齢加算の段階的廃止の措置が採られた後の各年度の保護基準額が期待的利
益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼしているとも認められ
ないから,控訴人らの上記主張は採用することができない。
(2)また,控訴人らは,老齢加算を廃止するに当たっては,中間取りまと
めのただし書部分の提言に従って高齢者世帯の最低生活水準を維持するた
めの検討(生活扶助基準の見直し)を行わなければならなかったことが明
らかである旨主張するが,この点については,上記3の(4)のとおりであ
るから,控訴人らの上記主張も理由がない。
(3)以上検討したところによれば,厚生労働大臣は,本件改訂に当たり,
当時の財政事情等の下,老齢加算を廃止する際の激変緩和措置として,3
年間にわたる段階的な減額,廃止という方策を採り,併せて生活扶助基準
の水準の定期的な検証を行うものとしたのであって(この定期的な検証が
行われていることは前記認定のとおりである。この定期的な検証によって,
老齢加算廃止後の生活扶助が最低限度の生活の需要を満たすに十分なもの
であるか否かを確認することとされているのである。),生活扶助額の減額
が被保護者の期待的利益の喪失を通じてその生活に看過し難い影響を及ぼ
すか否か等の観点から見て,上記判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用
があったということはできない。
5別紙3記載の控訴人らの請求について
なお,本件記録によれば,上記控訴人らは同目録記載の各日に死亡してい
ることが明らかであるところ,本件訴訟は,上記控訴人らについてはその死
亡と同時に終了したものと解すべきである(最高裁昭和42年5月24日大
法廷判決・民集21巻5号1043頁参照)。そこで,本件訴訟のうち,上
記控訴人らの請求に関する部分は,上記の各日に終了したことを明確にする
ため,その旨を宣言することとする。
6文書提出命令の申立てについて
控訴人らは,平成11年度被保護者生活実態調査が「560世帯を対象と
し,1年間にわたり,家計簿を記入させる方法により行われたもの」でない
こと及び平成11年度被保護者生活実態調査を根拠とする「実収入と実支出
の差額」が老齢加算の金額に基づくものでないことを証明するとして,平成
11年度被保護者生活実態調査の家計簿・世帯票,または同家計簿・世帯票
で電磁的媒体に記録される形式で保管されているもののうち単身世帯の調査
票情報の全部につき文書提出命令の申立てをし(平成25年(行タ)第2
号),また,平成11年及び同16年の各全国消費実態調査の単身世帯の個
票をもとにした厚生労働省の特別集計はその統計上の信頼性が検証されてお
らず,同所から導き出された比較1及び比較2は老齢加算廃止の根拠となり
得ないことを証明するとして,平成11年及び同16年の各全国消費実態調
査の調査票の家計簿A及びB,年収・貯蓄等調査票,世帯票で,電磁的媒体
に記録される形式で保管されているもののうち単身世帯の調査票情報の全部
につき文書提出命令の申立てをしている(平成25年(行タ)第3号。)。
しかしながら,控訴人らは,上記各申立て(以下,併せて「本件各申立
て」という。)において,被保護者生活実態調査の家計簿等の情報の信頼性
には疑問があるとして,この点を検証するためには上記各生活実態調査の家
計簿等の情報が開示される必要があるとするが,本件における争点との関係
でどのような具体的な必要性があるのかは明確でなく,いわば模索的な立証
を図ろうとしているものである。そして,証拠(乙A49,同68の1及び
2)及び弁論の全趣旨によれば,全国消費実態調査は,統計法に基づいた指
定統計調査として実施されているが,同法上,申告の義務,調査票の統計目
的外への使用禁止,調査に携わる者の守秘義務等が定められ,その精度を確
保するために罰則等の各種措置が講じられていること,上記調査は,全国的
な政策を企画立案し,又はこれを実施する上において特に重要な統計に該当
する基幹統計の一つである全国消費実態統計を作成することを目的とするも
のであること,また,調査に当たって,秘密の保護には万全を期することと
され,調査を依頼された世帯主に交付される文書には「調査票に書かれた内
容が外部に漏れることは絶対にありません。」と明記されていること,上記
調査は信頼性が高いものとして一般に受け入れられていることが認められ,
また,被保護者生活実態調査も同様に規律されていることは前記認定のとお
りである。このような規律の下に実施される上記各調査の信頼性は高く,い
ずれも,統計調査として信頼性の高いものとして一般に受け入れられている
ものである。また,本件各申立てに係る各生活実態調査に当たって,恣意的
な調査や調査票の処理が行われるなど,その調査結果の信頼性に疑いを抱か
せるような具体的な事情は見受けられない。
そして,統計法上,秘密の保護は基本理念の一つであり,上記各調査票情
報に係る個人情報を保護する必要性が極めて高いことをも考慮すると,本件
における厚生労働大臣の裁量判断の適否の判断に当たって,被保護者の生活
実態調査に係る上記各調査票情報が正確であるかどうかを検証する必要性が
あるということはできない。したがって,本件各申立てに係る上記各調査票
情報を取り調べる必要性を認めることはできない。
第5結論
以上の次第で,控訴人らの控訴は理由がないから,これをいずれも棄却する
とともに,上記第4の5記載の訴訟終了宣言をすることとし,主文のとおり判
決する。
福岡高等裁判所第4民事部
裁判長裁判官原敏雄
裁判官小田幸生
裁判官佐々木信俊
(別紙5)
平成16年処分一覧表
控訴人処分の名宛人処分行政庁処分日金額(円)
P20P20北九州市門司福祉事務所長平成16年4月1日8,260
P21P21同上平成16年4月1日8,260
P22P22北九州市戸畑福祉事務所長平成16年3月10日8,260
P23P23同上平成16年3月10日8,260
P24P24同上平成16年3月10日8,260
P25P25同上平成16年3月10日8,260
P26P26北九州市八幡東福祉事務所長平成16年3月26日16,520
P27P27同上平成16年3月26日8,260
P28P28同上平成16年3月26日8,260
P29P29同上平成16年3月26日8,260
P30P30同上平成16年3月26日8,260
P31P31同上平成16年3月26日8,260
P32P32同上平成16年3月26日8,260
P33P34同上平成16年3月26日6,880
P35P35同上平成16年3月29日8,260
P36P36北九州市八幡西福祉事務所長平成16年3月22日8,260
P37P37同上平成16年4月1日8,260
P1P2同上平成16年3月29日16,520
P38P38同上平成16年3月22日8,260
P39P39同上平成16年3月22日8,260
P40P40同上平成16年3月22日8,260
(別紙6)
平成18年処分一覧表
控訴人処分の名宛人処分行政庁処分日金額(円)
P20P20北九州市門司福祉事務所長平成18年3月22日3,760
P21P21同上平成18年3月22日3,760
P41P41同上平成18年3月22日3,760
P42P42同上平成18年3月22日3,760
P43P43北九州市小倉北福祉事務所長平成18年4月1日3,760
P44
P44同上平成18年3月24日7,520
P45
P46P46同上平成18年4月1日3,760
P47P47北九州市若松福祉事務所長平成18年3月27日3,760
P48P49北九州市戸畑福祉事務所長平成18年4月1日7,520
P22P22同上平成18年4月1日3,760
P23P23同上平成18年4月1日3,760
P24P24同上平成18年4月1日3,130
P25P25同上平成18年4月1日3,760
P50P50同上平成18年4月1日3,760
P26
P26北九州市八幡東福祉事務所長平成18年3月20日7,520
P51
P27P27同上平成18年3月20日3,760
P28P28同上平成18年3月20日3,760
P29P29同上平成18年3月20日3,760
P30P30同上平成18年3月20日3,760
P31P31同上平成18年3月20日3,760
P32P32同上平成18年3月20日3,760
P33P34同上平成18年3月20日6,890
P35P35同上平成18年3月20日3,760
P52P52同上平成18年3月20日3,760
P53P53同上平成18年3月20日3,760
P36P36北九州市八幡西福祉事務所長平成18年3月14日3,760
P37P37同上平成18年3月14日3,760
P1P2同上平成18年3月14日3,760
P38
P38同上平成18年3月14日7,520
P54
P39P39同上平成18年3月14日3,760
P40P40同上平成18年3月14日3,760
P55P55同上平成18年3月14日3,760

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