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平成29年6月16日判決言渡
平成28年(行ウ)第288号退去強制令書発付処分取消等請求事件
主文
1本件訴えのうち,在留特別許可処分の義務付けを求める部分を却
下する。
2東京入国管理局長が原告に対して平成27年11月18日付けで
した出入国管理及び難民認定法49条1項の規定による異議の申出
には理由がない旨の裁決を取り消す。
3東京入国管理局主任審査官が原告に対して平成28年2月18日
付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。
4訴訟費用は,これを2分し,それぞれを原告と被告の各負担とす
る。
事実及び理由
第1請求
1主文第2項と同旨
2主文第3項と同旨
3東京入国管理局長は,原告に対し,在留資格を「定住者」,在留期間
を「5年」とする在留特別許可処分をせよ。
第2事案の概要
本件は,中華人民共和国(以下「中国」という。)の国籍を有する男
性である原告が,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)
24条4号ロ(不法残留)の退去強制対象者に該当するとの東京入国管
理局(以下「東京入管」といい,その長を「東京入管局長」という。)
入国審査官の認定が誤りがないとの東京入管特別審理官の判定に対し,
入管法49条1項の規定による異議の申出をしたが,法務大臣から権
限の委任を受けた東京入管局長が平成27年11月18日付けでその
異議の申出には理由がない旨裁決し(以下「本件裁決」という。),こ
れを受けて東京入管主任審査官が原告に対し平成28年2月18日付
け退去強制令書(以下「本件退令」という。)を発付したため,原告が,
東京入管局長及び東京入管主任審査官の所属する被告国に対し,原告
には,中国残留邦人3世の中国国籍の女性と婚姻して,2子を含む家族
4人で本邦に定着して生活している等の事情があるのに,原告の在留
を特別に許可しないでした本件裁決は,裁量権の範囲をこえ又はその
濫用があるもので違法であり,これを受けてされた本件退令発付処分
も違法であるとして,これらの各取消しを求めるとともに,東京入管局
長による在留特別許可処分の義務付けを求める事案である。
1前提事実(概ね当事者間に争いがなく,乙1及び後掲各証拠によっ
ても認められる。)
(1)原告は,昭和47年(1972年)▲月▲日に中国で出生した同国
国籍を有する男性である。
(2)原告は,平成3年4月7日,在留資格を当時の「就学」,在留期間
を6月とする上陸の許可を受けて本邦に入国した後,数回にわたり6
月又は3月の在留期間更新許可を受けていたが,最終の在留期限であ
る平成5年1月7日を経過して本邦に残留した。
(3)原告は,本邦で出会った中国国籍のP1(中国残留邦人の孫で,日
本名はP2。)と,平成8年▲月▲日に駐日中国大使館で婚姻手続を
した上,自ら入国管理当局に出頭して,同月12日に本国に送還され
た。
(4)原告は,入管法(平成11年法律第135号による改正前のもの)
5条1項9号所定の上陸拒否期間1年を経過した後の平成9年7月
3日,在留資格を「定住者」,在留期間を1年とする上陸の許可を受
けて本邦に再度入国した。
原告(この頃には日本名としてP3も名乗るようになっていた。)
は,その後5回にわたり1年の在留期間更新許可を受け,さらに,平
成15年7月11日,3年の在留期間更新許可を受けた。
(5)この間,原告夫婦の間には,平成11年▲月▲日に長女・P4(日
本名・P5)が,平成13年▲月▲日に長男・P6(日本名・P7)
が出生した。
(6)原告は,平成17年▲月▲日,風俗営業等の規制及び業務の適正
化等に関する法律(平成17年法律第119号による改正前のもの。
以下「風営法」という。)違反の罪で罰金30万円の略式命令を受け
た(乙2,乙27の1・2。以下「本件風営法違反前科」という。)。
(7)原告は,平成18年▲月▲日,P1と離婚したが,同年7月25
日,在留資格を「投資・経営」,在留期間を1年とする在留資格変更
許可を受けた。
原告は,その後3回にわたり1年の在留期間更新許可を受け,さら
に,平成22年7月20日,3年の在留期間更新許可を受けた。
(8)原告は,平成25年▲月▲日,中国人男性2名と共謀の上,東京都
○区αにおいて,被害者2名に対して暴行を加え,よってうち1名に
高次脳機能障害の残存の可能性がある全治不明の外傷性くも膜下出
血,びまん性軸索損傷,脳挫傷の傷害を負わせるとともに,他の1名
に全治約10日間を要する額部及び口唇擦過創の傷害を負わせると
いう事件(以下「本件傷害事犯」という。)を起こした(乙3)。
(9)原告は,平成25年▲月▲日,P1と再婚し,同年8月22日,在
留資格を「定住者」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,
これにより在留期限は平成26年8月22日までとされた。
(10)原告は,平成25年▲月▲日,東京地方裁判所において,本件傷
害事犯につき,懲役2年6月,執行猶予5年の刑に処する旨の判決(以
下「本件刑事判決」という。)を宣告され,同判決は控訴なく確定し
た(乙2,3)。
(11)原告は,平成26年8月20日,入管法69条の2,同法施行規
則61条の2第7号により法務大臣の権限の委任を受けた東京入管
局長に対し,同法21条2項に基づき,在留期間の更新を申請した(乙
4。以下「本件更新申請」という。)。
東京入管局長は,同年10月20日,原告に対し,在留状況が良好
と認められないことを根拠として,本件更新申請を許可しない処分を
し(以下「本件更新不許可処分」という。),その旨通知したところ,
その通知書の1通には,「申請内容を出国準備を目的とする申請に変
更する場合は,在留期限から2か月を経過する前に必ず,別紙の申出
書を提出の上,手続を行って下さい。手続きをされないまま,在留期
限から2か月を経過した場合は,本邦に滞在することができなくなり
ます。」との注意書きが付された(乙5ないし7)。
(12)原告については,本件更新不許可処分がされたことにより入管法
21条4項,20条5項に基づく特例の在留期限も到来したことから,
翌平成26年10月21日に入管法24条4号ロ(不法残留)該当の
容疑が立件された。
東京入管入国審査官は,平成27年2月18日,原告が同号ロの退
去強制対象者に該当すると認定し,同日,原告にこれを通知したとこ
ろ,原告は,同日,口頭審理の請求をした(乙16)。
(13)東京入管特別審理官は,平成27年10月30日,上記(12)の東
京入管入国審査官の認定が誤りがないと判定し,同日,原告にこれを
通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対して異議の申出をした
(乙18,19)。
(14)入管法69条の2,同法施行規則61条の2第10号,11号に
より法務大臣の権限の委任を受けた東京入管局長は,同法50条1項
に基づき原告の在留を特別に許可しないで,平成27年11月18日
付けで,上記(13)の原告の異議の申出には理由がない旨裁決し(本件
裁決),同日その旨の通知を受けた東京入管主任審査官は,平成28
年2月18日,原告に対し,本件裁決を通知するとともに,退去強制
令書(本件退令)を発付した(乙20ないし23)。
2主な争点及び当事者の主張
本件の主な争点は,(1)原告の在留を特別に許可しないでした本件裁
決の適否(争点1)及び(2)在留特別許可処分の義務付けを求める訴え
部分(以下「本件義務付けの訴え」という。)の適否(争点2)であり,
これらに関する当事者の主張は以下のとおりである。
(1)原告の在留を特別に許可しないでした本件裁決の適否(争点1)
(原告の主張)
ア違法性判断の方法
被告は,在留特別許可は退去されるべき外国人に恩恵的に与え得
るものにすぎないから,その許否判断には法務大臣及びその権限の
委任を受けた地方入国管理局長(以下「法務大臣等」という。)に
極めて広範な裁量が認められており,その裁量権の逸脱濫用に当た
るとして違法とされるような事態は容易には想定し難いと主張す
る。
しかし,法務省入国管理局が,平成18年10月に策定,公表し,
平成21年7月に改訂,公表した「在留特別許可に係るガイドライ
ン」(以下,改訂後のものを単に「ガイドライン」という。)は,
在留特別許可の判断基準が不明確であるとの批判を受け,法務省入
国管理局内部で慎重に検討,作成の上,公表されたものであり,入
国管理当局内部において,担当者は,上司の決裁を仰ぐために作成
する「事案概要書」記載のとおり,ガイドラインに当てはめて,積
極要素と消極要素とを考慮して在留特別許可の許否を判断する運
用をしているから,法務大臣等は,個別案件について在留特別許可
処分をする際,ガイドラインに拘束され,これが示した基準から離
れた判断をすることは,平等原則ないし比例原則に反し,裁量権の
逸脱・濫用となり,違法である。法務大臣等に広範な裁量があると
されているのは,法で確定的な要件・基準を定めない場合に,法務
大臣等が,社会情勢等を加味して一般的基準を定立した上,運用す
ることを許す趣旨であるところ,この裁量に基づいて定立されたの
がガイドラインであるから,この基準の定立及びその公表により,
この基準に則って処分をしなければ,信義則に反し,また,平等原
則に違反し,その結果,具体的個別的判断の場合における要件裁量,
効果裁量は否定される。
そして,基準に当てはめる前提となる事実認定においては,いう
までもなく,裁量はなく,全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著
しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,裁量権の範囲をこ
え又はその濫用があったものとして違法となる。
イ原告の在留を特別に許可すべき積極事情
(ア)P1との婚姻関係
原告は,平成9年7月3日以降,中国残留邦人3世で「定住者」
の在留資格を有するP1の配偶者としての地位にあり,原告ら夫
婦には,相互の信頼関係と深い愛情に基づく真摯な婚姻関係があ
り,その婚姻関係は,互いにとってまさに人格の一部となってい
る。原告ら夫婦は,ガイドラインにおける積極要素である「夫婦
の間に子がいるなど,婚姻が安定かつ成熟していること」に正に
該当する。
被告は,原告とP1が平成25年▲月▲日に再婚した理由が,
在留資格変更申請を有利に進めるために行われたものであり,再
婚後の期間が約3年と短いことも考慮すると,安定かつ成熟した
婚姻関係とはいい難く,要保護性が低いと主張するが,原告は,
些細な喧嘩がきっかけでP1と1度離婚したものの,その後も交
流を継続し,主に子らを中心とする相互扶助に基づく精神的・経
済的協力関係があった。特に平成23年3月のいわゆる東日本大
震災以降は,家族の必要性を互いに再認識し,同居して家族生活
を送っていたものの,法形式上の婚姻手続をとる必要を感じなか
ったことから,再婚の時期を逸していたところ,原告は,逮捕さ
れたことによって改めて家族の必要性を感じるとともに法的に
婚姻する必要を感じ,再婚したものである。P1にとっても,婚
姻の有無と関係なく,原告は家族であり,原告が逮捕された際も,
P1は迷わず原告を支援した。原告とP1とが形式上逮捕の後に
婚姻の届出をしたことをもって,同人らの間の真摯な婚姻関係を
否定するのは誤りである。
(イ)子らとの親子関係
また,上記のとおり,原告は,1度離婚した後も,子らの父親
としての役割を果たそうと努力し,子らの人生を導くよう心掛け
てきた。本件口頭弁論終結時現在,原告の長女は17歳,長男は
15歳の未成年で心身の発達途上にあり,子らは原告を尊敬し,
慕っている。原告は,これからも,日本において子らと生活を共
にしながら,子らの成長を父親として支えたいと考えている。
被告は,原告の出捐がなくともP1の収入から子らが扶養でき
ること等,特に経済面で原告が帰国しても子らの養育に問題がな
いとし,原告のみが帰国することになっても,子らの監護養育に
支障が生じないと主張するが,親子の関係の本質は,精神的つな
がりにこそあるところ,原告は,離婚後再同居前も子らとの精神
的交流を深めてきたし,再同居後から現在も,思春期の子らの成
長に深く寄与してきた。特に,原告は,自らを反面教師として長
男に成長してほしいと願い,本件傷害事犯の裁判を長男に傍聴さ
せ,長男は自省し,精神的に成長した。このような精神的な教育,
親子関係の構築は,その意に反して別居し,たまに交流をする程
度では決して築くことができない。
(ウ)本邦への定着性と人道的配慮の必要性
原告は,中国に帰国していた1年半ほどを除いて,満19歳で
留学生として最初に来日して以来,20年以上の長年日本に居住
し生計を立ててきたため,日本語が堪能であり,日本の文化にも
なじむなど,日本への定着性が極めて高い。
原告の妻であるP1は,中国残留邦人3世で17歳時に来日し,
以降,日本で生活し,家族は全員日本に在住しており,生活の本
拠は日本だけにしかない。また,原告の子らは日本生まれの日本
育ちであって,長女は高校3年生,長男は高校1年生で,いずれ
も日本でしか教育を受けたことがなく,中国への渡航は幼児の時
1回のみで,中国語はできず,中国語での学校教育を受けること
は不可能で,中国での生活を拒否しているばかりでなく,その心
身の健全な成長のため,このまま日本で生活するほかない。被告
は,P1も子らも「定住者」の在留資格を持つ外国人であること
を理由に,その婚姻関係や親子関係の保護の必要性が,日本人又
は永住者との関係よりも低いと主張するが,「定住者」の在留資
格を有する者の日本とのつながり及びその配偶者の保護の必要
性の有無は,個別具体的に検討すべきであるところ,原告は,日
系3世であってそのルーツが日本にあるP1と婚姻し,日本で生
まれ育った子らを養育するなどの生活の本拠が全て日本にある
のであり,その定着性は極めて高い。
原告が帰国を余儀なくされた場合,思春期の子らは,父親との
密な交流が断絶され,その精神的成長に対する悪影響は計り知れ
ず,本件については,子らのためにも,原告に対する人道的配慮
が必要である。家族生活への不当な干渉が排除されるべきこと,
家族が維持,保護されるべきことは,人権条約の中でも最も基本
的かつ包括的なものと位置付けられる国際人権規約においても,
経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約10条,市民的
及び政治的権利に関する国際規約17条,23条で保障されてい
る。また,子が親と分離されないことは,子どもの権利に関する
条約9条1項でも保障されているように,子の成長にとってかけ
がえのない重要な権利である。被告は,P1らが本邦と本国を往
来したり,電話,電子メールやインターネット等により交流した
りする手段を行使することにより,家族関係を維持することも可
能であって,原告の退去強制は,P1らとの完全な別離を意味す
るものではないと主張するが,これは,家族関係,親子関係が個
人の人格そのものであり,最も大切であることを軽視した,誤っ
た価値観に基づくものである。
また,原告は,肥大型心筋症,冠攣縮性狭心症,脂質異常症の
重大な疾病を抱え,継続的,定期的に通院加療中であるところ,
今後も日本において治療の継続の必要がある。
ウ原告の在留を特別に許可するに当たっての消極事情について
(ア)不法残留について
被告は,原告が申請内容を出国準備とする申出書を提出しなか
ったことから,原告の我が国の出入国管理制度を軽視する態度は
甚だしいとして,これは在留特別許可の許否判断に当たり消極的
な事情として考慮されるべきであると主張する。
しかし,原告は,妻と子らとの生活を守るためには,中国に帰
国することはできないと考え,止むに止まれず,上記申出書の提
出をしなかったものである。被告はあたかも法律の軽視であるよ
うに主張するが,誤りである。
なお,原告は,平成8年3月12日に退去強制されたことがあ
るが,これは,自ら入国管理局に出頭し,帰国したものであり,
その悪質性がないこと,帰国により違反が治癒されたことは,翌
平成9年7月3日に「定住者」「1年」の在留資格を取得したこ
とからも明らかである。
ガイドラインにも,不法残留それ自体が在留特別許可の許否の
判断に当たっての消極要素として定められていない。
(イ)刑罰法令違反について
被告は,本件傷害事犯の責任が重大であったこと,原告には本
件風営法違反前科があること等から,原告には粗暴な傾向のほか,
我が国の刑罰法令を軽視する態度が著しいといわざるを得ない
と主張する。
しかし,本件傷害事犯は,重大犯罪と評価されるものでは到底
ない上,既に有罪判決を受けて,その刑事責任を果たしたといい
得る。また,原告は,自らが行った行為を認め,1000万円も
の被害弁償を行い,さらに,本件傷害事犯に係る労働者災害補償
保険給付(以下「労災給付」という。)の求償金についても,被
害者に対する1つのけじめであると考え,自らの貯金等から捻出
し,支払を続けている。ガイドラインは,在留特別許可の許否に
際して特に考慮する消極要素として挙げている「重大犯罪等によ
り刑に処せられたことがあること」の例として「凶悪・重大犯罪
により実刑に処せられたことがあること」を掲げているが,原告
は2度の刑罰法令違反のいずれも実刑に処せられたものではな
く,凶悪・重大犯罪を起こしたものではない。
原告は,本件傷害事犯を機に,勾留中,自らの言動や行動の傾
向等につき,深く反省した。その中で,本件風営法違反前科に処
せられた際には,自分なりの反省をしてはいたものの,その自覚
が浅く,反省が不十分であったことを痛感し,自分の至らなさを
真摯に反省し,自ら更生しており,実質的にも責任を果たしたと
評価できる。原告は,現在でも,日々自らを省みて,本件傷害事
犯の原因が自らの傲慢さや短気な性格にあることを真摯に受け
止め,その原因を分析し,2度と法を犯さないことを誓っている。
原告は,深い反省の末,人生の根本的価値観や生活観,人生観を
変え,現在では,欲を出さないようになったためほとんど怒るこ
とがない上,怒りそうになっても,その度に本件傷害事犯のこと
や家族のことが思い浮かぶため,怒りが生じない。原告が,2度
と社会に迷惑を掛け,法に違反することはない。
原告が粗暴な性格であり,日本の刑罰法令を軽視する態度が著
しいとする事実認定は誤りであり,これらの原告の前科を過大評
価するのは誤りである。
(ウ)居住地登録及び中長期在留者の住居地届出義務違反につい

被告は,原告が,外国人登録法(平成21年法律第79号(以
下「入管法等改正法」という。)による廃止前のもの。以下「外
登法」という。)上の居住地登録変更の申請義務及び入管法上の
中長期在留者の住居地届出義務に違反したことから,原告の在留
状況が悪質であり,出入国管理秩序を乱すものであると主張する。
しかし,原告は,実際に生活している場と異なる場所に住所地
を登録したことが法律に違反する行為であると全く知らなかっ
たのであり,これらの法違反につき,法の不知という原告の落ち
度こそあれ,これをもって原告の在留状況が悪質であるとする事
実認定は誤りである。また,原告は,全く関係のない住所地に登
録したのではなく,実質的に反社会性の高い違反とはいえず,当
該行為が出入国管理秩序を大きく乱すものであるとする事実認
定も誤りである。原告は,現在は,住所の届出義務があり,自分
にその義務違反があったことを真摯に受け止め,反省している。
エまとめ
以上のように,原告には,ガイドライン上,積極要素こそあれ消
極要素とされるべき事情はなく,ガイドラインに定める在留特別許
可処分の要件を満たしていたのであり,これを満たしていないとし
た本件裁決は,判断の基礎とされた重要な事実に誤認があり,平等
原則,比例原則に反するほか,過大に評価すべきでない消極的要素
を過大視し,適正に評価すべき積極的要素を斟酌していないもので,
その権限の行使に当たり,裁量権の逸脱ないし濫用があり,違法で
あるから,取り消されるべきである。
本件裁決は違法であるから,これに引き続き行われた本件退令発
付処分もまた違法であり,取り消されるべきである。
(被告の主張)
ア違法性判断の方法
(ア)国家は外国人を受け入れる義務を国際慣習法上負うもので
はなく,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自国内に
受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条
件を付するかを自由に決することができるのであり,憲法上も,
外国人は,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求
する権利を保障されているものでない。在留特別許可は,許可す
るか否かという効果についても法務大臣の裁量が認められてお
り,その許否に関する法務大臣の裁量の範囲は,相当性の要件が
定められている在留期間の更新の許否に関する裁量の範囲より
も質的に格段に広範なものであることは明らかであり,この理は
法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長にも妥当す
る。
外国人の我が国への出入国は,政治経済はもちろん,国民生活
一般へ重大な影響を与えるものであることから,我が国は,外国
人の無秩序,無制限な出入国及び滞在を認めず,国益の保持を目
的として入管法を定め,入管法は,在留資格制度を中核とする出
入国管理制度を設けたのであるから,このような出入国管理制度
に違反する行為は,重要な国家社会的法益を侵害するものである。
入管法24条に列挙された退去強制事由に該当する者は,類型的
に見て我が国社会に滞在させることが好ましくない外国人とい
えるのであり,在留特別許可の許否の判断に当たっては,当該外
国人に上記事由が存在することを前提とした上で,恩恵として,
在留を特別に許可することが我が国の国益に合致するか否かを
検討する必要がある。このような判断は,国内はもとより国際的
にも広範な情報を収集,分析し,先例にとらわれず,時宜に応じ
て的確かつ慎重に行う必要があり,時には高度に政治的な判断を
要求される場合もあり得ることなどに鑑みれば,法務大臣等の極
めて広範な裁量に委ねるのが適当である。
このような広範な裁量権が認められていることから,法務大臣
等の判断の適否に対する司法審査の在り方は,法務大臣等の第1
次的な裁量判断が存在することを前提として,裁量権を付与した
目的を同判断が逸脱し,又はこれを濫用したと認められるかどう
かを判断すべきであり(行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)
30条参照),在留特別許可を付与しないという法務大臣等の判
断が裁量権の逸脱濫用に当たるとして違法とされるような事態
は容易には想定し難い。極めて例外的にその判断が違法となり得
る場合があるとしても,それは,法律上当然に退去強制されるべ
き外国人について,なお我が国に在留することを認めなければな
らない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過された
など,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反す
るような極めて特別な事情が認められる場合に限られるという
べきであり,この特別な事情の主張立証責任は原告にある。
(イ)ガイドラインは,在留特別許可の許否の判断に当たって考慮
すべき当該外国人の個別的事情を,「積極要素」と「消極要素」
とに分けて類型的に分類し,在留特別許可方向で検討する例,退
去方向で検討する例を一般的抽象的に例示したものであり,在留
特別許可を付与するか否かはガイドラインに例示された事情だ
けで判断されるものではないから,仮に,ガイドラインに示され
た「積極要素」に該当すると評価できる事情が存在したとしても,
そのことだけで当然に在留特別許可を付与すべきであるという
ことにはならず,まして在留特別許可をしなかったことが法務大
臣等に与えられた裁量権の逸脱・濫用になるということはない。
ガイドラインを根拠として本件裁決の違法をいう原告の主張は,
入管法50条1項の趣旨を正解しないものであって,理由がない。
イ原告の在留を特別に許可すべきでない消極事情
(ア)退去強制事由たる不法残留
原告は,過去に不法残留により本邦から退去強制された経歴を
有するところ,平成26年10月20日,東京入管局長から,本
件更新申請について,申請どおりの内容では許可できない旨及び
申請内容を出国準備を目的とする申請に変更するのであれば在
留期限から2か月を経過する前に申出書を提出されたいとの旨
の通知を受けたにもかかわらず,同申出書を提出せず,本件更新
不許可処分の通知を受けた後も引き続き本邦内にとどまり,もっ
て在留期間を経過して再び本邦に不法残留したものであり,これ
により,原告の入管法違反は,2度目となった。
不法残留については,入管法70条1項5号により懲役刑も科
し得る違法性の高い犯罪行為とされていることに照らせば,この
ような刑罰規定に該当する行為は,それ自体が重要な国家社会的
な法益の侵害である。したがって,理由や目的のいかんを問わず,
不法残留したとの事実だけをみても,原告の在留状況は悪質とい
うべきであり,原告の在留特別許可の許否判断に当たって重要な
消極要素として考慮されるべきである。
(イ)刑罰法令違反
a原告の本件傷害事犯の犯行態様は危険,粗暴かつ悪質であり,
被害結果も甚大である。
本件刑事判決は,本件傷害事犯に至る経緯に酌むべき事情は
乏しいとして,その量刑の理由で,①被害者1名に対して取り
返しのつかない深刻な傷害を負わせたという点で,その結果は
甚大である,②被害者1名に対し,重量のある用具を用いるな
どして一方的かつ執拗に暴行を加えており,犯行態様は重い,
③もう1名の被害者に対する暴行も,顔面等を足で蹴るという
強度のもので,同人が当初は厳しい処罰感情を表明していたの
も無理はない,④仮に原告を含む被告人らの暴行の発端が,被
害者のうち1名が原告の携帯電話を奪って破壊したことによ
ることが事実であるとしても,その理由は原告を含む被告人ら
の粗暴な振る舞いにあったのであり,強度の暴行を正当化する
理由には到底ならないと述べている。さらに,原告個別の事情
に関し,被告人らの中で目上の者であり,被害者2名のいずれ
に対しても,最初の暴行を加えた点では責任が重いとも判示し
ている。
本件傷害事犯に対する原告の責任は相当に重大であること
は明らかである。
b本件風営法違反前科は,原告が経営していたスナックの従業
員が風営法22条1項1号所定の客引き行為に及んだため,代
表者である原告が両罰規定により処罰されたものであり,同行
為は,法定刑上,懲役刑も科し得るものであるから違法性が高
いものであり,かかる行為を従業員に許していた原告の責任は
重いといわざるを得ない。
c以上のとおり,原告は,複数の前科を有するのであって,粗
暴な傾向のほか,我が国の刑罰法令を軽視する態度が著しいと
いわざるを得ず,これらの犯歴をみても,原告に在留特別許可
の恩恵を付与すべきではないことは明らかである。
(ウ)居住地登録変更申請及び中長期在留者の住居地届出義務違

a原告は,平成15年6月2日に東京都○区β所在の都営住宅
(以下「βのアパート」という。)を居住地とする旨の居住地
変更の登録を受けた後,平成23年3月7日に東京都○区γ所
在のマンション(以下「γのマンション」という。)を居住地
とする旨の居住地変更の登録を受けているが,平成18年▲月
▲日に離婚した後にγに引っ越した旨の原告の供述によれば,
原告がγに転居してから居住地変更の登録を受けるまで,約4
年11か月も放置していたことになる。原告が,外登法8条1
項の新居住地に移転した日から14日以内に居住地登録変更
の申請をしなければならない義務に違反したことは明らかで
ある。
また,原告が平成24年5月29日に居住地変更の登録を受
けた東京都○区δ所在のマンション(以下「δのマンション」
という。)は,原告の供述によれば,βのアパートに居住して
いたにもかかわらず,原告が経営していた株式会社P8(以下
「P8」という。)の所在地を居住地として変更登録をしたと
いうのであり,その理由について,原告は,妻のP1が経営し
ていたキャバクラの税務調査に巻き込まれたくないことを挙
げ,極めて身勝手な理由により,居住地に関して虚偽の登録を
行っていたというのである。
このような原告の行為は,本邦に在留する外国人の居住関係
及び身分関係を明確ならしめ,もって在留外国人の公正な管理
に資することを目的とする外登法の趣旨(同法1条)に反し,
罰則規定にも抵触するものであるから,原告に対する在留特別
許可の許否の判断に当たり,これを消極的事情として斟酌する
のは当然である。
bさらに,平成24年7月9日,入管法等改正法により外登法
が廃止され,入管法において,中長期在留者は,新住居地に移
転した日から14日以内に,市町村長を経由して法務大臣に新
住居地を届け出るよう義務付けられたところ,原告は,平成2
3年3月17日か18日頃から,現住居地であるβのアパート
に再び居住しているにもかかわらず,当該転居について届出を
したのは,その約2年3か月後の平成25年6月6日であった。
このような原告の行為は,中長期在留者に係る住居地等の情
報を正確かつ最新の内容に保つように努め,もって適法に滞在
する外国人の利便性を向上させる措置を講じた入管法等改正
法の趣旨にもとる上,罰則規定にも抵触するものであるから,
原告に対する在留特別許可の許否の判断に当たり,これを消極
的事情として斟酌するのは当然である。
ウ原告の在留を特別に許可するに当たっての積極事情について
(ア)P1との婚姻関係について
退去強制事由のある外国人に「定住者」の在留資格を有する配
偶者がいることは,法務大臣等が当該外国人に対して特別に在留
を許可すべきか否かの判断をする際に斟酌される事情の1つと
はなり得るものの,その裁量権の行使に対する制約になると解す
ることはできない。
また,外国人である永住者については,本国に帰国する可能性
もないとはいえないから,本邦とのつながりは,日本人と本邦と
のつながりと比較すれば相対的に弱いということができ,それゆ
え,永住者の配偶者を保護する必要性の程度も,日本人の配偶者
に対するものとは自ずから異なるというべきところ,まして,永
住者より更に日本とのつながりが弱い定住者であれば,その配偶
者を保護すべき必要性も更に低いことはいうまでもなく,この点
は,配偶者が中国残留邦人を祖母にもつ日系3世として「定住者」
の在留資格をもって本邦に在留している場合であっても異なら
ない。
そして,P1は,平成25年▲月▲日に原告と再婚した理由に
ついて,婚姻の動機が,在留更新許可を受けるためであったこと
を認めており,原告とP1は,原告が逮捕されたのを契機に,在
留資格変更申請を有利に進めることを意図して婚姻の手続を進
めたものであるから,再婚後の期間が約3年と短いことも考慮す
ると,安定かつ成熟した婚姻関係とはいい難く,必ずしも要保護
性が高いとはいえないというべきである。
原告とP1との婚姻関係は,在留特別許可の許否判断において
格別有利に斟酌すべき事情にはならないというべきである。
(イ)子らとの親子関係について
「定住者」の在留資格を有する外国人との親子関係も,在留特
別許可の許否の判断に当たり,斟酌され得る一事情にすぎない。
また,当該児童が我が国の国籍を有していた場合でさえ,その
ことのみを理由に当該児童を扶養する外国人親が我が国に引き
続き在留することを保障されるものではなく,我が国における監
護・養育の権利の行使又はその義務の履行は,その外国人が本邦
に在留することができるという枠内においてのみ可能となるも
のであり,そのことは在留特別許可の許否の判断に当たり,直ち
に格別重視すべき要素とはならないのであるから,これとの対比
において,子が「定住者」の在留資格を有する外国人である事案
では,より一層保護の必要性が低くなるものというほかない。
そして,原告は,平成18年▲月▲日にP1と離婚した際,子
らの親権者をP1と定め,離婚後二,三年間を経てだんだん会う
頻度は減っていた旨供述しているとおり,同居を開始したと供述
する平成23年3月17日か18日頃までの間,子らと別居し,
時折会う程度に過ぎなかった。その間は,P1が就労して子らを
養育し,原告は,別居期間中,子らの養育費を払っていなかった
のであり,P8を閉鎖した後も,P1がP1の姉の店で勤務して
得た収入により子らの生活費を賄っていた。本邦には,P1の母
及び兄弟が在留しており,原告の子らの監護養育につき援助を受
けることも可能である。これらの事情に照らせば,子らの養育は,
相当期間にわたり専らP1が行っていたのであり,加えて,原告
が帰国しても養育費をP1らに送金することは可能であるから,
子らが本邦での在留を継続するという選択をした場合であって
も,P1やP1の親族の援助によってその監護養育は十分に可能
である。
原告と子らとの婚姻関係は,在留特別許可の許否判断において
格別有利に斟酌すべき事情にはならないというべきである。
(ウ)本国に送還することによる特段の支障について
原告は,本国である中国で生まれ育ち,本国の中学校を卒業し
て,平成8年3月12日に退去強制された後,上海において土地
を購入し,米を作って売る仕事をして生活を営んできたものであ
り,平成9年7月3日に本邦入国後,為替の情報サイトを運営す
る会社や複数の飲食店を経営した経験を有している。上記の成育
歴及び稼働経験等に照らせば,原告が本国で就労して生活する上
で支障はない。そして,本国には原告の両親が生活しており,原
告の供述によれば,原告は,両親が本国に所有する分譲マンショ
ン2つを相続する予定であるというのであるから,原告が本国に
送還されたとしても,生活するに当たり,両親の援助を受けるこ
とが十分期待できる。原告が本国に帰国したとしても,本国での
生活に特段の支障はないというべきである。
原告は,原告の子らが中国での生活を拒否しているため,原告
が帰国すれば,思春期の子らの精神的成長に対する悪影響は計り
知れない旨主張するが,原告が本邦から退去強制された場合であ
っても,P1らが父親との密な交流を重視するのであれば原告と
共に中国に帰国して原告と同居することも可能である。実際にも,
原告及びP1は,口頭審理において,家族で一緒に生活すること
を重視し,退去強制の結果が出れば中国に帰国することも念頭に
置いている旨を述べている。仮にP1及び子らが本邦での生活を
継続することになったとしても,現代のように国際化が進んだ社
会においては,仕事などの事情により家族が異なる国で生活する
ことはある程度起こり得ることであって,そのような事情が原告
に限って生ずる特殊な事情とはいえない。P1らが,本邦と本国
を往来したり,電話,電子メールやインターネット等により交流
したりすることは可能であるから,これらの手段を行使すること
により,家族関係を維持することも可能であって,原告の退去強
制は,P1らとの完全な別離を意味するものではない。さらに,
原告が送還されることにより,原告がP1らと離れて暮らすこと
になったとしても,それは,原告が入管法違反により自ら招いた
事態であるから,原告が当然に受忍すべきものであることはいう
までもなく,その責任を出入国管理行政に転嫁することはもとよ
り許されるものではない。
なお,原告の疾病は,通院頻度は1か月半から2か月に1回程
度というのであり,その治療法も内服薬を服用する程度であるか
ら,到底重篤な症状とはいえないし,そもそも外国人について,
本邦の社会保障制度や医療水準を前提とした医療を受ける法的
地位ないし利益が保障されているものでもない。
原告を本国へ送還することに特段の支障があるとは認められ
ない。
エまとめ
上記イのような原告の在留状況は相当に悪質であり,出入国管
理秩序を大きく乱すものといえるから,在留特別許可の許否判断
に当たり,重大な消極事由として考慮されなければならず,本件
裁決に際して,原告に在留特別許可が付与されなかったことにつ
き,同制度を設けた入管法の趣旨に反するような極めて特別な事
情があったとは認められないから,東京入管局長の判断に裁量権
の逸脱,濫用はなく,本件裁決は適法であり,本件裁決が適法であ
る以上,本件退令発付処分も当然に適法であるというべきである。
(2)本件義務付けの訴えの適否(争点2)
(原告の主張)
ア被告は,入管法は,退去強制令書発付処分の撤回を求める申請権
を当該処分を受けた外国人に認めているとはいえない旨主張し,こ
れを前提として,本件義務付けの訴えがいわゆる「非申請型」の義
務付けの訴えであるとする。
しかし,日本の入管法の母法であるアメリカ法においては,在留
特別許可を求める申立ては申請権のある申立てとして規定されて
おり,法制定の経緯から,在留特別許可の申出は申請である。入国
管理実務上も,在留特別許可の申出に際して,陳述書の書式が定め
られ,必要書類のリストも用意されているなど,その申出は申請と
して扱われている。さらに,入管法は,同法49条1項の異議の申
出権を同法50条1項の在留特別許可を求める申請権としての性
質を併せ有するものとして規定し,かつ,当該申請に対しては在留
特別許可を付与するか否かの応答をすべき義務を法務大臣に課し
たものと解するのが自然である。
したがって,退去強制令書発付処分を受けた外国人には,在留特
別許可申請権があるから,本件義務付けの訴えは,行訴法3条6項
2号の申請型である。
イ被告は,入管法49条1項に基づく異議の申出に理由がない旨の
裁決が既に存在する場合には,同裁決の効力が失われて法務大臣等
が改めて同条3項の裁決をすることが可能な状況が復活しない限
り,法務大臣等は入管法50条1項に基づく在留特別許可をする法
的権限を有しないから,本件義務付けの訴えは,行政庁に法的に権
限のない処分を求めるものであると主張する。
しかし,入国管理実務上,法務大臣等の裁決がされ,それに基づ
いて退去強制令書が発付されている案件においても,当事者が申し
出ることにより,再度審理がされ,在留特別許可処分がされること
があり,「再審情願」と呼ばれているところ,少なくとも行政解釈
上,これは適法なものとして実際に運用されているのであるから,
本件義務付けの訴えは,法的権限のない処分を求めるものではない。
東京入管局長は,本件裁決を見直し,原告に対し,改めて在留特別
許可処分をすることができる。在留特別許可処分の義務付けには,
当然従前の裁決の取消しないし撤回が含まれているのであるから,
異議の申出に理由がない旨の従前の裁決の効力が存在したままの
状態で在留特別許可処分がされることになる旨の被告の主張は当
たらない。
ウ被告は,取消訴訟を提起してこれに勝訴すればその目的を達する
ことができるから,本件義務付けの訴えは「損害を避けるため他に
適当な方法がない」との要件を満たさない旨主張する。
本件義務付けの訴えは,上記アのとおり申請型なので,そもそも
同要件の充足は不要だが,仮に非申請型であるとしても,取消訴訟
で勝訴し,その確定判決上の一定の事実認定及び法律判断に法務大
臣等が拘束されるとしても,法務大臣等は,依然として,在留特別
許可処分をするか否かは広範な自由裁量に服すると解釈しており,
原告が適切に救済される担保は一切ない。しかも,在留特別許可処
分をするとして,入管法上定められた在留資格のうち,いずれの在
留資格を付与し,在留期間をどの程度にするかは,行政解釈上,法
務大臣等の広範な裁量に委ねられており,かつ,取消訴訟の主文を
導く事実認定,法律判断には,論理上,いずれの在留資格,在留期
間が適切であるかの判断が含まれるとは限らない。
以上のとおり,取消訴訟での勝訴によっては,原告の救済は担保
されていないから,本件義務付けの訴えは,「その損害を避けるた
め他に適当な方法がないとき」に該当する。
エ原告は,在留特別許可処分がされないことにより重大な不利益が
あり,かつ,他に適当な方法がない。そして,「定住者」である家
族らとの身分関係があり,日本への定着性が極めて強い原告には,
「定住者」「5年」の在留特別許可が与えられるべきである。
(被告の主張)
ア義務付けの訴えは,申請型として,「行政庁に対し一定の処分又
は裁決を求める旨の法令に基づく申請又は審査請求がされた場合
において,当該行政庁がその処分又は裁決をすべきであるにかかわ
らずこれがされないとき」との類型が行訴法3条6項2号に定めら
れ,非申請型として,同号の場合を除く,「行政庁が一定の処分を
すべきであるにかかわらずこれがされないとき」が同項1号に定め
られている。
この点,前記(1)の被告の主張ア(ア)のような恩恵的措置として
の在留特別許可の性質に照らすと,在留特別許可を付与するかどう
かの判断を求める手続上の権利を退去強制事由が認められる外国
人に付与する必要性がないにもかかわらず,入管法が特に異議の申
出をした容疑者に在留特別許可の許否の判断(応答)を求めるにつ
いて,申請権等の手続上の権利を付与する立法政策を採用している
というためには,明確な明文上の根拠が必要であるというべきであ
る。しかし,入管法には,容疑者に在留特別許可の付与を求める申
請権があることを認めた明文の規定はなく,入管法は,その申請権
を外国人に認めているとはいえないから,在留特別許可をすべき旨
を命ずることを求める義務付け訴訟は,行訴法3条6項2号の「行
政庁に対し一定の処分又は裁決を求める旨の法令に基づく申請又
は審査請求がされた場合」には当たらず,同項1号の「非申請型」
に当たる。
イ非申請型の義務付けの訴えにおいては,当該処分を行う権限が行
政庁にあることが当然の前提となり,それが訴訟要件となることは
明らかであるところ,入管法50条1項の規定は,法務大臣等が,
同法49条1項に基づく異議の申出に対して同条3項の裁決をす
るに当たって,在留を特別に許可することができることを定めたも
のであり,その異議の申出には理由がない旨の裁決を受けた者に対
して,その裁決の効力が存続したままの状態で在留特別許可をする
根拠とはならない。したがって,同条1項に基づく異議の申出には
理由がない旨の裁決が既に存在する場合には,同裁決の効力が失わ
れて法務大臣等が改めて同条3項の裁決をすることが可能な状況
が復活しない限り,法務大臣等は,同法50条1項に基づく在留特
別許可をする法的権限を有しない。
前記(1)の被告の主張のとおり,本件裁決は適法であり,その効
力は存続しているのであるから,本件在留特別許可の義務付けの訴
えは,法務大臣等に対して法令上行う権限のない行為を求めるもの
であって,訴訟要件を欠いており,不適法であるといわざるを得な
い。入管法上,退去強制令書の発付を受けた外国人について,再審
査の手続は何ら法定されておらず,仮にその「再審査の申請」なる
ものを行っても,それに対する決定等の応答を求める権利を有する
ものではないから,原告の主張する再審情願をもって,法務大臣等
に在留特別許可の付与を義務付ける前提となる法的権限があると
解することはできない。
ウまた,非申請型の義務付けの訴えにおいては,行訴法37条の2
第1項により,「一定の処分がされないことにより重大な損害を生
ずるおそれがあり,かつ,その損害を避けるため他に適当な方法が
ないとき」との救済の必要性,補充性に関する要件が訴訟要件とさ
れているところ,原告は,本件裁決又はこれを前提とする本件退令
発付処分の取消訴訟を提起して,これに勝訴すれば,同法33条に
より,法務大臣等は,取消判決の主文が導き出されるのに必要な事
実認定及び法律判断に拘束されることになるから,当該判決後にな
される法務大臣等の裁決により,その目的を達することができるこ
とになる。
そうすると,仮に,在留特別許可が付与されないことにより,原
告に重大な損害が生ずるおそれがあるとしても,その損害を避ける
ためには,上記取消訴訟を提起するという方法があるから,同法3
7条の2第1項の「その損害を避けるため他に適当な方法がない」
との要件を満たさないというべきである。通常の場合であっても,
法務大臣等によって在留特別許可がされる場合に,希望する在留資
格及び在留期間が与えられるということは保障されていないので
あって,在留特別許可によりいかなる在留資格が与えられたとして
も,そのことが原告の損害と評価されるべきものではないから,原
告に対し,その希望する在留資格及び在留期間を定めた在留特別許
可が与えられない限り,原告の権利が救済されないとする原告の主
張の前提自体が誤りである。
エ本件義務付けの訴えは,訴訟要件を欠く不適法な訴えである。
第3当裁判所の判断
1原告の在留を特別に許可しないでした本件裁決の適否(争点1)
(1)裁決行政庁の裁量について
ア国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではな
く,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,
また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国
家が自由に決定することができるものとされているから,憲法上,
外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないこと
はもちろん,在留の権利ないし引き続き在留することを要求するこ
とができる権利を保障されているものでもないと解すべきである
(最高裁判所昭和53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1
223頁参照)。
この憲法の趣旨を前提として,入管法は,外国人に対し,原則と
して一定の期間を限り,特定の在留資格により我が国への上陸を許
すこととした上で,その在留期間が経過し又は在留資格を取り消さ
れる等の退去強制事由に該当する者は,出国命令対象者となる所定
の要件に該当するか否かにより,出国命令により定められた出国期
限までに,あるいは直ちに我が国から退去しなければならないもの
としている。
イもっとも,入管法50条1項は,外国人が上記の退去強制事由に
該当するとの入国審査官の認定が誤りがないとの特別審理官の判
定に対し,当該外国人から異議の申出がされた場合,法務大臣にお
いてその異議の申出が理由がないと認める場合でも,当該外国人の
在留を特別に許可することができるという在留特別許可の制度を
設けているが,これを認めるための要件は,本邦との強い関係性を
示す一定の事情や他人の支配下に置かれて本邦に在留するという
人道的に考慮すべき事情のほかは,概括的に「法務大臣が特別に在
留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するにとどめ,そ
れ以上に,その許否の判断の要件ないし基準となる事項を定めてい
ない。
これは,外国人に対する在留特別許可の許否を決するに当たって
は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場
の安定などの国益を保持する見地から,当該外国人の在留中の一切
の行状,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,
国際礼譲など諸般の事情を総合的に考慮して,時宜に応じた的確な
判断をすることが必要であり,このような判断は,出入国管理行政
の責任を負う法務大臣の裁量に任せるのでなければ適切な結果を
期待することができないと考えられることから,その判断を法務大
臣の広範な裁量権に委ねる趣旨であると解される。そして,この理
は地方入国管理局長が法務大臣から権限の委任を受けてその許否
の判断をする場合においても基本的に変わらないと考えられる。
ウしたがって,退去強制対象者である外国人の在留を特別に許可す
るか否かについての法務大臣等の判断は,その判断の基礎とされた重
要な事実に誤認があること等によりその判断が全く事実の基礎を欠
き,又は事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等によりその判
断が社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかである場合に限っ
て,裁量権の範囲をこえ又はその濫用があったものとして違法である
というべきである(行訴法30条参照)。
そこで以下,上記の見地に立って,東京入管局長による本件裁決に,
裁量権の範囲をこえ又はその濫用がある違法があったといえるかを
検討する。
(2)認定事実
前提事実及び後掲各証拠によれば,以下の各事実が認められ,これ
らに反する証拠は信用することができない。
ア原告の来歴,初来日とP1との結婚及び帰国
(ア)原告は,昭和47年(1972年)▲月▲日,中国上海市に
おいて出生した同国国籍を有する男性である(前提事実(1))。
原告は,平成2年7月に上海市内の中学校を卒業後,平成3年
4月7日,在留資格を当時の「就学」,在留期間を6月とする上
陸の許可を受けて本邦に入国し,以後,数回にわたり6月又は3
月の在留期間更新許可を受け,東京都内で日本語学校に通ってい
たが,しばらくして退学し,最終の在留期限である平成5年1月
7日を経過して本邦に残留し,以後,不法就労していた(前提事
実(2),甲9の1頁,乙8の5頁・24頁,乙11の2~3頁,乙
15の5頁)。
(イ)P1は,昭和44年(1969年)▲月▲日に中国残留邦人
の孫に当たる日系3世として中国黒龍江省で出生し,昭和62年
1月8日に家族とともに来日して以降,「定住者」の在留資格で
本邦に在留する者であり(乙25),原告は,平成5年ないし平
成6年頃,友人とスナックに赴いた際,その店がP1の姉が経営
する店で,P1が手伝いをしていたことから,P1と知り合った
(乙11の3頁,乙15の5~6頁)。
原告とP1は,知り合って約3か月後から交際を始め,その頃,
P1は,原告が不法残留の状態にあることを原告から告げられた
が,両名は別離することを危惧し,当面,その状態を放置して,
交際を続けた。原告とP1は,交際を開始して更に約半年後に東
京都○区内で同棲を始めた。((イ)全体につき,甲9の1頁,乙
10の5~6頁)
(ウ)原告は,平成8年▲月▲日に駐日中国大使館でP1との婚姻
手続をした上,挙式する等のためもあり,間もなく入国管理当局
に出頭して退去強制手続を受け,同月12日にP1ともども本国
に帰国した(前提事実(3),甲9の1~2頁,乙10の6頁,乙1
5の6頁)。その退去強制手続の際,当時は,退去を強制された
者で退去した日から1年を経過していないものについて,本邦に
上陸することができないものとされていたこと(平成11年法律
第135号による改正前の入管法5条1項9号)から,原告は担
当係官からその旨の説明を受けた。(乙11の3~5頁)
原告は,その帰国中,稲作地を購入し,米を販売する仕事を営
んだが,倒産し,平成9年には土地を手放した(乙17の12頁,
原告本人20頁・22頁)。
イ原告夫婦の再来日と離婚
(ア)原告は,平成9年7月3日,P1と共に,在留資格を「定住
者」(原告については在留期間を1年)とする上陸の許可を受け
て再来日し,同月7日に東京都○区内に外登法上の新規登録を申
請して登録され,同月22日には,通称として日本名のP3が記
録される等の変更登録がされた(乙11の4頁)。原告は,以後
5回,1年の在留期間更新許可を受け,この間,パチンコ店や貿
易会社などで稼働するなどした。
P1は,平成11年▲月▲日に原告との間の長女を,平成13
年▲月▲日に同じく長男を,それぞれ出産し,原告ら家族は,平
成15年6月2日,同年5月1日から○区内のβのアパートに居
住地を変更した旨を申請して,その旨の変更登録を受けた。次い
で,原告は,同年7月11日,3年の在留期間更新許可を受け,
その在留期間を平成18年7月3日までとされた。((ア)全体に
つき,前提事実(4)及び(5),甲9の1~2頁,乙1,乙8の24
頁,乙10の6頁,乙15の6頁)
(イ)原告は,平成15年頃から,αで小規模のスナック「P9」
を自営し,間もなく,規模を拡大したキャバクラ「P10」を開
業したが,平成16年▲月▲日,同店の営業に関し従業員が客引
きをした風営法違反の罪により,経営者の両罰規定に基づき,同
年12月22日に略式起訴され,平成17年▲月▲日,罰金30
万円の略式命令を受けた(本件風営法違反前科。前提事実(6),甲
9の4~5頁,乙8の20頁,乙15の6頁,乙17の12~1
3頁,乙27の1・2)。
(ウ)原告は,平成17年7月頃,かねて為替関係の仕事を希望し
ていたこともあって,為替の分析と情報提供サイトの運営を業と
するP8を設立し,自ら代表取締役に就任した。これに伴い,原
告は,家に帰る時間が短くなり,P1は,原告の女性関係を疑う
ようになって,両名の関係は悪化した。加えて,子らを厳しく育
てるべきであるという考えの原告と,これに反対するP1及びP
1の母は,教育方針を巡っても対立したことなどから,両名は,
平成18年▲月▲日,子らの親権者を母と定めて離婚した(前提
事実(7))。原告は,離婚に際し,開業を継続していたP10の経
営権をP1に譲り,P8の事務所を置いていたγのマンションに
生活の本拠を移した。(甲9の1~3頁・7~12頁,乙8の7
頁,乙15の7頁,乙17の11~12頁・14頁,原告本人1
頁・3頁)
(エ)原告は,平成18年7月25日,在留資格を「投資・経営」,
在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,離婚後約半年間
は,子らにも離婚の事実を伏せつつ,週に1回程度,βのアパー
トに立ち寄る生活を続けていたが,βのアパートに赴く頻度は減
り,やがて絶えた(甲9の2~3頁,原告本人1~2頁)。もっ
とも,原告は,子らなどとの交流は続け,平成21年にも長男と
2人で京都に旅行に行くような関係にあった(乙8の7頁)。
原告は,この間3回,1年の在留期間更新許可を受けた後,平
成22年7月20日に3年の在留期間更新許可を受け,在留期間
を平成25年7月20日までとされた。また,平成23年3月7
日,βのアパートから,当時,生活の本拠としていたγのマンシ
ョンに居住地の変更登録をした(乙1)。((エ)全体につき,前
提事実(7),乙15の7~8頁)
ウ原告とP1の復縁と家族との再同居
(ア)平成23年3月11日,いわゆる東日本大震災が発生し,γ
のマンションで地震に遭った原告は,直ぐにP1に架けた電話が
1度は通じたものの,P1が子らを学校に迎えに行くと電話を切
ったきり,その後電話もメールもつながらなくなったことから,
心配になって,βのアパートに向かおうとした。しかし,鉄道は
麻痺し,タクシーも拾えず,原告は,約4時間歩き,ようやくP
1に通じた電話で,あと三,四十分で着く旨を告げ,そのまま歩
き切って,子らの無事を確認した。
P1も,それまで家を顧みず,普段は歩くのを好まない原告が,
そうまでして家族のことを思った行動に出たことに心を動かさ
れ,さらに約1週間後,家族も受け入れて,原告がβのアパート
を本拠として生活を再開するようになったことなどを見るにつ
け,次第に原告とよりを戻す気持ちを抱くようになり,βのアパ
ートと同じ都営住宅の別の棟に住むP1の母も,原告を見直すよ
うになった。((ア)全体につき,甲9の3頁・8頁,乙8の8頁・
17頁,乙17の19頁,原告本人3~4頁)
(イ)この頃,P1は,「P11」というキャバクラを経営するよ
うになっていたが,収益は芳しくなく,税務調査も入っていたこ
とから,原告は,その経営には関わらないようにしていた。一方,
原告は,P8の業務内容をキャバクラの経営に切り替えることと
し,平成25年初めまでにαにクラブ「P12」を新規開業した。
以降,P8は,為替情報提供サイトを閉じ,P12の売上や従業
員の出勤及び給与の管理などをP1に任せて,同人に給与を支払
うようになった。(甲9の4頁,乙8の9頁・12~13頁,乙
10の7頁,乙15の10~11頁,乙17の11~14頁,乙
25)
エ本件傷害事犯とそのてん末
(ア)平成25年▲月▲日朝,原告は,年下の中国人友人男性から
飲みに行くことを誘われ,同様の立場のもう1名とも誘い合わせ
て,数店ではしご酒をした後,3人でP12のそばで1階に行き
つけの飲食店が入居するビルの4階にあるキャバクラに入ろう
としたところ,同店店員のIからショータイム中だとして入店を
断られたため,原告らは,客を入れられないとはどういうことだ
と抗議して諍いになった。原告が連れていた1名がIを殴打した
ことから,別の店員が出てきて,通報した旨を告げ,原告が,も
ういいと言って,帰ろうとエレベータを待っていると,Iが,原
告らが帰るのを止めようとしてか,原告の折りたたみ式携帯電話
を奪おうとしたことから,原告との間でもみ合いになって原告の
携帯電話が折れ,これに怒った原告が,手拳でIを数回殴打した。
原告ら3名は,Iもエレベータに乗せた上,うち原告の連れの
1名において4階の店舗前にあったパイプ椅子を携えて1階に
降り,怖じ気付いたIにエレベータから下りるように促すと,I
は抵抗せずに応じた。原告の連れのうち1名は,重量約1.8キ
ログラムのパイプ椅子でIの頭部を数回殴り,更に倒れたIを数
回足蹴にし,さらに,もう1名は,1階のエレベータホールにあ
った重量約6キログラムのスタンド式灰皿を,座り込んだIの頭
部目がけて投げ付けた。この間,原告は,原告らとIの間に入っ
て止めようとした別の店員を2発殴ったところ,次いで連れの者
たちが同人の顔面等を足蹴にするなどした。
1階の行きつけの飲食店にいた原告と顔見知りの店員が,原告
に対し,大変なことになると言って,止めに入ったことから,原
告は,連れの2名に暴行を止めるよう働き掛けた。
これら原告らの一連の暴行により,Iは,外傷性くも膜下出血,
びまん性軸索損傷,脳挫傷の傷害を負って,後に高次脳機能障害
と診断されるとともに,記憶障害の可能性が残り,もう1名の被
害者は,全治約10日間を要する額部及び口唇擦過創の傷害を負
った。((ア)全体につき,前提事実(8),甲9の4~5頁,甲13
の4,乙3,乙8の10頁,乙17の15~17頁,原告本人1
1~15頁・23~24頁)
(イ)原告は,上記(ア)の傷害の被疑事実(本件傷害事犯)により
逮捕,勾留された。P1はこれを聞いて最初憤慨したものの,勾
留中の原告を面会に訪れた。原告は,P1に対し,事情と示談の
意向とを説明した。P1は当初,原告が逮捕,勾留されたことを
子らに伏せていたが,数日後に長女から事情を質されたため,長
男に対しても事情を説明したところ,長男は,原告との面会を希
望して原告が留置されている警察署を訪れた。(甲9の4頁,乙
17の15頁・19~20頁)
(ウ)P1は,原告の在留期限が平成25年7月20日に迫ってい
たことから,同年6月初め頃,行政書士に相談したところ,行政
書士から,原告の「投資・経営」の在留資格での在留期間更新許
可はされないことが見込まれるとして,在留資格が欲しいのであ
れば,結婚して「定住者」への在留資格変更申請をする方法しか
ないだろうと言われた。P1は,同月6日,原告の同年5月1日
からのβのアパートへの転居を届け出るとともに,中国大使館関
係者も連れて勾留中の原告の下に面会に赴き説明もして,必要書
類に原告の署名押印を得,同年▲月▲日,○区長に原告との再婚
を届け出た(乙4の4~5丁,乙17の21頁)。この間,P1
は,自分の父親が亡くなった日を除き,面会のできる平日は毎日,
原告を面会に訪れた。
原告は,代理人を介して,直ちに「定住者」への在留資格変更
申請をしたところ,同年8月22日にこれを許可され,在留期間
は1年後の平成26年8月22日までとされた。((ウ)全体につ
き,前提事実(9),甲9の1頁・5~6頁,乙1,乙8の9頁・1
1頁,乙10の9~10頁.乙15の9頁,原告本人5頁・17
~18頁・24~25頁)
(エ)前後して,原告は,本件傷害事犯の被害者らに謝罪文等を送
り,共犯者2名とともに,Iに対し1100万円,もう1名の被
害者に対し51万円を支払い,両名は,原告らを宥恕し又は寛大
な処分を希望する旨の示談を成立させた。この示談金合計115
1万円のうち,共犯者2名が負担したのは100万円のみで,そ
の余の1051万円は,原告が,自身及びP1の貯金から拠出し
て支払った。(甲9の5頁,乙9の2頁,乙15の9頁,乙17
の16頁・18頁)
本件傷害事犯に係る公判廷には,P1もいわゆる情状証人とし
て出頭し,今後原告を監督することを誓約し,原告自身も,今後
は飲酒せず,飲酒するとしてもP1に同席してもらう旨を述べた
(原告本人15頁)。
原告は,平成25年▲月▲日,東京地方裁判所において,本件
傷害事犯につき,懲役2年6月,執行猶予5年の刑に処されて(本
件刑事判決),身柄を解かれ,同判決は控訴なく確定した(前提
事実(10),甲9の5頁,乙10の4頁)。((エ)全体につき,乙
3,乙8の11~12頁)
(オ)原告は,身柄を解かれた後も,他の犯罪者が著した手記やブ
ログを読んで,勾留中から継続していた犯罪者となる原因を探求
する考察を深めた。原告は,本件刑事判決以来,酒量を減らすと
ともに,酒席にはP1を同席させることが多く,同席できない場
合でも前後のP1への電話は欠かさないようにしているほか,P
1やかつての従業員,友人など周囲の数名以上からも,事件以来,
性格が丸くなったといわれるようになっている。(甲5,乙17
の10頁,原告本人7~8頁・21~22頁)
(カ)原告は,本件傷害事犯を業務災害としてIに支払われた労災
給付額1241万2121円につき,労働者災害補償保険法12
条の4第1項のいわゆる第三者行為による求償権に基づき,東京
労働局長から損害賠償請求されたものについて債務承認書を提
出した上,うち少なくとも68万2030円を,上記(エ)の示談
金とは別に,分割請求に応ずる形でこれまで支払ってきている
(甲13の1~4,甲14の1~19,原告本人8頁)。
オ本件更新不許可処分と原告に対する退去強制手続
(ア)原告は,在留期限が2日後に迫った平成26年8月20日,
東京入管局長に対し,本件更新申請をしたところ,東京入管局長
は,同年10月20日,原告に対し,在留状況が良好と認められ
ないことを理由として本件更新不許可処分をし,その旨通知した。
その際,原告は,申請内容を出国準備を目的とする在留資格変更
申請に変更することを慫慂されたが,弁護士や行政書士とも相談
した上,収容されることを覚悟で,出国を前提とした在留資格変
更申請には切り替えず,日本での家族との生活の継続を希望する
こととした。(前提事実(11),甲9の6頁,乙10の5頁・10
~11頁,乙17の5~6頁)
(イ)東京入管入国警備官は,平成26年11月19日に原告とP
1を取り調べるとともに,同年12月2日に再度原告を取り調べ,
東京入管主任審査官が原告の不法残留の容疑事実により平成2
7年2月16日に発付した収容令書を同月18日に執行して,原
告を東京入管収容場に収容し,東京入管入国審査官に引き渡した
(乙8ないし13)。
東京入管入国審査官は,同日,違反審査をして,原告が入管法
24条4号ロ(不法残留)の退去強制事由に該当すると認定し,
これを原告に通知したところ,原告は,即日,口頭審理を請求し
た(前提事実(12),乙15)。原告は同日,仮放免を許可された
(乙14)。
(ウ)東京入管特別審理官は,平成27年10月30日,P1も出
席した場で,原告を口頭審理し,上記(イ)の東京入管入国審査官
の認定が誤りがないと判定し,これを原告に通知したところ,原
告は,即日,法務大臣に対し異議の申出をした(前提事実(13),
乙17)。
(エ)法務大臣の権限の委任を受けた東京入管局長は,平成27年
11月18日付けで,上記(ウ)の原告の異議の申出には理由がな
い旨の本件裁決をし,同日にその旨の通知を受けた東京入管主任
審査官は,平成28年2月18日,原告に対し,本件裁決を通知
するとともに,本件退令を発付した(前提事実(14))。東京入管
入国警備官は,同日,本件退令を執行して原告を東京入管収容場
に収容したが,原告は同日,仮放免を許可されて出所した(甲9
の7頁,乙23,24)。
カ原告及びその家族の状況
(ア)原告の子らは,中国国籍であるが,本邦で出生,成育し,専
ら日本語で教育を受けてきて,国語(日本語)の成績も良好であ
り,「定住者」の在留資格を有している(甲7,8,甲9の15
頁,乙10の3頁,乙15の4~5頁,原告本人9頁)。原告の
子らは,中国には1度短期間の旅行をしたことしかなく,中国語
もP1の母に教わって簡単な言葉を解せる程度である(甲9の7
頁,原告本人21頁)。(甲10)
(イ)原告は,家での子らとの会話は専ら日本語で行っており,P
1は原告のことを日常「パパ」と呼んでいる(乙10の2頁)。
遅くとも東京入管特別審理官による口頭審理時までには,P1の
目から見ても,以前は仕事が第一であった原告が,子らのことを
よく考えるようになり,本件刑事判決以前よりも子らとのコミュ
ニケーションが取れるようになっていると映っており,原告自身,
家族と一緒にいられることが第一であり,お金は二の次でほどほ
どに得られればよいとの考えを持つに至っていた(乙17の17
~18頁)。原告は,当裁判所においても,人生で大切なものは,
一に家族で二に健康であり,お金は大事ではない旨述べている。
(原告本人9頁)
(ウ)原告は,高血圧の治療のため,平成26年12月当時,○病
院に通いつつ,医師から服用を勧められていた治療薬については,
生活改善を希望して服用しないようにしていたが,平成28年1
2月時点では,肥大型心筋症,冠攣縮性狭心症,脂質異常症の診
断名で○病院に外来通院し,血管拡張剤や降圧剤,中性脂肪量を
下げる作用のある内服薬の処方を受けている(甲4,甲9の13
頁,甲11,12,乙8の19頁,乙10の13頁,乙11の5
頁,原告本人8~9頁)。
(エ)原告は本件傷害事犯以前,日本への帰化申請を考えることも
あったものの,本国上海市に健在している両親の存命中は控えて
おこうという思いもあって,実際の申請には至っていなかった
(甲10,乙8の24頁)。原告の両親は本国に分譲マンション
を2つ所有しているが,本国に両親以外の原告の家族はいない
(原告本人10頁)。(乙17の7~8頁・21頁)
(オ)現在,原告家族の家計は,P1が姉の飲食店をパートで手伝
っている給与と貯金の取崩しに頼っている(甲9の16頁,乙1
7の9頁)。
(3)検討
ア原告の在留を特別に許可するに当たっての消極事情(在留状況等)
について
(ア)不法残留について
被告は,その理由や目的の如何を問わず,不法残留した事実は
悪質であり,重要な消極要素として考慮されるべきである旨主張
する。
確かに,本件更新不許可処分が効力を生じている以上,原告が
法的に不法残留の状態にあることは否定すべくもない。しかし,
前記認定事実によれば,原告は,適法な在留期間中に本件更新申
請をしたものの,これが認められずに本件更新不許可処分となっ
たために,在留期間を経過して本邦に在留する不法残留状態に至
ったものであり,このような経過からすると,在留期間を遵守し
て適法な在留資格を得ようとする意思はあったものと認められ
る。そして,原告が,当時,本件刑事判決を受けており,いった
ん帰国すると本邦に再度上陸することが困難となることからす
ると,原告においては,本件更新不許可処分等の適否を争って適
法な在留資格を得るべく訴訟を提起するため,本邦に留まる現実
的な必要性が生じており,そのために帰国しないという選択をす
ることにはそれなりの理由があったということができる。
これらの点を勘案すると,原告の不法残留は,必ずしも本邦の
出入国管理秩序の根幹をなす在留資格制度を軽視していたもの
とはいえず,原告に強い悪質性があるとまでいうのは困難である
から,原告の在留特別許可の許否の判断に当たって,この点が消
極要素となり得る程度は,限定的なものにとどまると解される。
なお,原告が過去に不法残留をして平成8年に1度退去強制歴
があり,今回の不法残留が2度目のものであることについても,
今回の入国が,その退去強制後,当時の上陸拒否期間を経過して
正規に再度上陸の許可を受けて入国したものであることからす
れば,過大視することは相当でないものと解される。
(イ)本件傷害事犯等の刑罰法令違反について
被告は,本件傷害事犯の犯行態様は危険,粗暴かつ悪質であり,
被害結果も甚大であり,また,本件風営法違反前科もあることか
らして,原告には,我が国の刑罰法令を軽視する態度が著しいと
いわざるを得ず,これらの犯歴をみても,原告に在留特別許可の
恩恵を付与すべきではない旨主張する。
この点,前記(2)の認定事実エ(ア)のとおり原告が本件傷害事
犯に果たした役割や行動に鑑みても,その犯情は悪質なものであ
って,当時の在留状況が良好であるとはいえないと判断されたと
しても,必ずしも不合理であったとはいえない。
しかしながら,前記(2)の認定事実エ(エ)ないし(カ)及びカ
(イ)並びに証拠(甲9の12~14頁,乙15の9頁,原告本人
7~8頁・21~23頁)によれば,原告は,本件傷害事犯を起
こした後,その被害者であるIらとの間で,少なくない額の示談
金の大部分を拠出して示談に至り,被害者らにおいて原告らの寛
大な処分を求め又は原告らを宥恕する旨の意思の表明を得て,本
件刑事判決においてその刑の執行を猶予されたばかりでなく,本
件刑事判決後も,本件傷害事犯に至った真の原因を究明しようと
犯罪心理を学ぶための具体的な行動にも出て,自己を分析し,考
察を深めるなどした結果,本件傷害事犯の原因の深いところには,
自分がこれまで,金銭を中心とする社会的な成功に価値を置き,
経済力や権力に物を言わせて他者を見下すような態度を取って
きていたことがあったと気付き,家族や健康があってこその人生
であるとその世界認識を改めるに至り,本件傷害事犯以前とは価
値観や人生観を根本的に変容させていることが認められる。また,
こうした内省に基づく原告の価値観の変容は,その内心のものに
とどまらず,本件傷害事犯に係る労災給付額の求償債務を承認し,
東京労働局長からの分割請求額の支払を継続してきていること
にも表れているといえるし,P1をはじめとする家族や周囲の者
からも生活態度の変容を認められて評価されるに至っており,本
件裁決前の口頭審理時の発言などからも,こうした価値観の変容
はうかがい知ることのできる状況にあったことも認められる。そ
して,原告は,原告本人尋問において,通り一遍の皮相な反省を
しただけであれば到底思いも及ばないと考えられる自分なりの
表現で,二度と同様の失敗を起こさない旨の強い意志を示してい
ることにも照らすと,本件裁決時においても,原告の粗暴傾向は,
本件傷害事犯当時と比して有意に減退しており,その遵法精神も
向上していたものと推認されるところである。
しかるに,被告の上記主張に照らすと,東京入管局長は,本件
傷害事犯を含む原告の前科や同事犯の犯情の重さについてのみ
着目し,上記で判示したような本件傷害事犯後における原告の変
容(すなわち,本件裁決時における原告の将来の粗暴性・犯罪傾
向の程度の評価に関する基礎事情となるもの)を適切に認定して
いなかったことがうかがわれる。
これに対し,被告は,原告が本件傷害事犯の刑事裁判において,
今後は飲酒しないようにし,仮に飲酒するとしてもP1を同席さ
せる旨を誓約していたにもかかわらず,原告がP1を同席させる
ことなく外出先での飲酒を繰り返していたとして,原告が本件傷
害事犯について真に反省をしているとはいい難い旨主張する。し
かし,前記認定事実エ(オ)によれば,原告は,本件刑事判決後,
酒量自体を減らすとともに,酒席にP1を同席させることをなる
べく実践しつつも,それができない場合においても前後のP1へ
の電話は欠かさないこととして,二度と同様の事件を起こさない
ようにしていることに照らすと,上記の被告の評価は正鵠を射て
いるものとはいえない。
また,被告は,本件傷害事犯の他の共犯者ら2人が永住者の在
留資格を有していたために退去強制の対象とされていないこと
について,原告が不公平感を吐露していることをもって,身勝手
であり,真摯な反省であるとはいえない旨主張する。しかし,上
記のような本件傷害事犯の共犯者との取扱いの公平性に関する
事情は,原告に対する在留特別許可の許否の判断に際して一応検
討を要する要素にはなり得ることからすると,それを指摘したこ
とをもって真摯な反省に欠けると評価することは,必ずしも合理
的ではない。
(ウ)居住地登録変更申請及び中長期在留者の住居地届出義務違
反について
①原告が平成18年▲月にP1と離婚した後,βのアパートか
らγのマンションへの居住地の変更登録をしたのが平成23年
3月になってからであったこと,②原告は,βのアパートに居住
していたのに,平成24年5月にδのマンションへの居住地の変
更登録をし,βのアパートを住居地として届け出たのが平成25
年6月であったことは,いずれも,外登法又は入管法等改正法の
目的を一定程度阻害する行為であったことは否定できない。
もっとも,いずれにおいても原告と連絡の取れない場所に居住
地又は住居地が置かれるなどして原告が所在を不明にしたとい
ったまでの実態はなかったと認められ,上記の各行為が,被告に
おける出入国管理行政に実害をもたらしたという事情があるこ
とまではうかがわれないことにも鑑みると,原告の在留特別許可
の許否の判断に当たって,これらの点を消極事情として過大視す
ることは相当ではないと考えられる。
イ原告の在留を特別に許可するに当たっての積極事情(家族関係等)
について
(ア)定住者であるP1との婚姻関係
被告は,原告が,定住者であるP1と平成25年▲月▲日に再
婚したのは,在留資格変更申請を有利に進めることを意図したも
のであり,再婚後の期間が約3年と短いことも考慮すると,安定
かつ成熟した婚姻関係とはいえないと主張する。
しかしながら,上記ア(イ)に判示したとおり,原告は,本件裁
決時までには,その価値観や人生観,生活態度を,本件傷害事犯
当時とは根本的に変容させていることが認められるところ,P1
は,本件傷害事犯による原告の勾留後,父が逝去した1日を除い
て,面会が可能な曜日には毎日原告を面会に訪れ,上記の示談金
の一部を自身の貯金からも負担し,また,刑事裁判に証人として
出廷して原告の監督を誓ったばかりでなく,更に原告が家族優先
の価値観を持つに至ったことを評価するなどしており,夫婦相互
に家族としての重要性を再認識するに至っていることからする
と,再婚後の原告とP1の婚姻関係は,10年間に及んだ離婚前
の婚姻期間中よりも,むしろ強固な信頼関係に支えられたものに
昇華していることがうかがわれる。
そうであるとすれば,その再婚が本件傷害事犯を契機とするも
のであったという事情や,再婚手続から本件裁決の通知までの期
間が3年に満たないという事情を考慮したとしても,原告とP1
との婚姻関係は,真摯なものであり,安定かつ成熟した夫婦関係
として評価すべきものと考えられ,在留資格変更申請を有利に進
めることを目的としたものにとどまると評価することは合理的
であるとはいえない。
なお,被告は,退去強制事由のある外国人に「定住者」の在留
資格を有する配偶者がいる事実は,当該外国人の在留を特別に許
可するか否かに関する法務大臣等の裁量権の行使に対する制約
になるものではないとの趣旨の主張をするが,そのような事実は,
被告自らも認めるとおり,その許否の判断に当たって斟酌される
べき事情にはなり得ると考えられるものであり,とりわけ当該配
偶者との婚姻関係が安定かつ成熟したものである場合には,その
許否の判断に影響を与える重要な基礎事実であると解される。
(イ)その他の積極事情(送還の支障,子らとの関係等)について
被告は,原告の成育歴,稼働経験及び健康状態等に照らし,本
国で就労して生活する上で支障がなく,また,原告の子らが本邦
での在留を継続するとしてもその監護養育には支障が生じない
旨主張する。
この点,前記(2)の認定事実及び弁論の全趣旨によれば,原告の
配偶者であるP1は中国残留邦人3世であること,原告とP1は,
いずれも20歳前に来日し,一時帰国したことはあったが,再来
日後20年弱の期間にわたり,適法な在留資格の下で本邦で生活
し,本邦において生計を立ててきたものであること,両名には,
本邦で出生,成育した未成年の実子が2名おり,これらの子は中
国国籍ではあるものの,定住者の在留資格を有し,専ら日本語で
公教育を受けてきていて現に中等教育機関に在学しており,原告
は,離婚し別居していた期間を除き,これらの子を扶養し,監護
養育していたことが認められるところ,これらの事情からすると,
原告については,本邦での滞在期間が若年時から相当長期間に及
び,本邦への定着性が高いということができるし,また,原告の
子らが,今後,中国で継続的に生活をすることは現実的ではない
という側面が強いといわざるを得ない。
被告は,原告及びP1が,口頭審理時に,原告が送還された場
合には家族全員で帰国すると発言していた旨主張する。しかし,
上記の発言は,その文脈上,原告が退去強制となることは想定し
たくないことを第一の前提としつつ,どうしても送還されること
となった最悪の場合の選択肢として述べたものであると認めら
れ(乙17),原告の子らが中国で生活することに支障がない旨
を述べた趣旨ではないと考えられる。
そうすると,原告を本国に送還することは,本邦において原告
とP1との安定かつ成熟した夫婦関係の下に成立している子ら
を含む家族関係を,相当程度分断するか,その家族の少なくとも
一部に甚大な生活上の支障をもたらすかの結果を強いることと
なるものというべきであって,それにもかかわらず,その送還に
特段の支障がないと評価するのは必ずしも合理的な判断である
とはいえない。
ウ総合判断
以上で判示したところによると,東京入管局長は,本件裁決に際
して,原告の在留を特別に許可するか否かを判断するに当たり,①
その消極事情(在留状況等)に関しては,原告が不法残留となった
ことや,原告が本件傷害事犯等の刑罰法令違反を犯したことなどの
事情を過大に評価しており,特に,後者については,犯行時の犯情
のみを捉えるにとどまり,その後の真摯な内省によりその粗暴な傾
向等が変容していたことを認定していなかったことが認められ,②
他方,積極事情(家族関係等)に関しては,原告とP1との再婚は
安定かつ成熟した真摯なものと評価すべきであったのに,これを在
留資格変更申請を有利に進めることを目的とするものにとどまる
と誤認し,それに伴い,原告の送還の支障に関する事情についても
十分な評価をしなかったことが認められる。
そうすると,東京入管局長が本件裁決に際して原告の在留を特別
に許可しないとした判断には,その判断の基礎とされた重要な事実
に誤認があることによりその判断が全く事実の基礎を欠くという
べき部分や,事実に対する評価が明白に合理性を欠くというべき部
分があり,家族と共に本邦に定着性を有している原告の本邦におけ
る改善の機会を全く付与しないという点において,社会通念上著し
く妥当性を欠くものであったことが明らかであるから,本件裁決に
は,その裁量権の範囲をこえ又はその濫用がある違法があったもの
というべきである。
本件裁決の取消しを求める原告の請求は理由がある。
2本件退令発付処分の適否
本件裁決が違法である以上,これを受けてされた東京入管主任審査
官による本件退令発付処分も違法であり,その取消しを求める原告の
請求も理由がある。
3本件義務付け訴えの適否(争点2)
(1)本件義務付けの訴えは,東京入管局長において入管法50条1項
4号に基づく在留特別許可処分の義務付けを求めるものである。
前記1(1)に判示したように,憲法上,外国人については,在留の
権利ないし引き続き在留することを要求することができる権利が保
障されているものではなく,入管法50条1項4号が「特別に」在留
を許可すべき事情があると認めるときという文言をもって,その要件
を規定していることをも勘案すれば,同号に定める在留特別許可は,
退去強制対象者として本来的に退去させられるべき外国人について,
なお特別に在留を許可すべき事情があると認めるときに,法務大臣等
が恩恵的措置としてこれを付与するという性質のものと解すべきで
あり,入管法が,外国人の在留資格の変更(20条2項)や在留期間
の更新(21条2項)等についてはその申請権があることを明示して
いるのに対して,在留特別許可については,その申請権を認める明文
の規定を置かず,その申請権があることを前提として定められた規定
も見当たらないことを考慮すれば,同法が退去強制対象者たる外国人
に在留特別許可の申請権を認めているものと解することはできない。
この点,原告は,同法49条1項の異議の申出権は,実務運用上も,
同法50条1項の在留特別許可を求める申請として扱われ,法律上も
その性質を併せ有するものとして規定されているという趣旨とみら
れる主張をするが,同法49条1項の異議の申出は,容疑者が退去強
制対象者に該当するとの入国審査官の認定に誤りがないとの特別審
理官の判定に異議がある場合における当該容疑者による不服申立て
の方法として規定されているものであって,法務大臣等が在留特別許
可をしない場合であっても,その旨を当該容疑者に通知する旨の規定
はないこと(同条6項参照)等に照らしても,上記の異議の申出が上
記在留特別許可の付与を求める申請権としての性質を併せ有すると
解することはできない。そして,実務の運用により法の規定の趣旨を
改変できるものでもない。
したがって,退去強制対象者たる外国人に在留特別許可の申請権が
あることを前提に,本件義務付けの訴えがいわゆる申請型の義務付け
の訴えであるとする原告の主張は採用することができず,入管法50
条1項に基づく在留特別許可処分の義務付けを求める訴えは,行訴法
3条6項2号のいわゆる申請型の義務付けの訴えには当たらず,同項
1号のいわゆる非申請型の義務付けの訴えに当たるものというべき
である。
(2)非申請型の義務付けの訴えは,行政庁が一定の処分をすべきであ
るにかかわらずこれがされないときに提起することが許されている
(行訴法3条6項1号)ところ,原告が求める処分をすべき法的権限
を行政庁が有することを当然の前提にしているものと解される。
もっとも,前記1のとおり,原告の本件裁決取消請求は理由がある
ものと認められるところ,本件裁決が取り消されることにより,東京
入管局長は,原告について再び在留特別許可処分をする法的権限を有
するところとなるものである。この点,厳密には,本件裁決を取り消
す効力が発生するのはその取消請求認容判決の確定時であるが,申請
型の義務付けの訴えにおいても,処分又は裁決が取り消されるべきも
のである等のときには訴えを提起することができるとされ,むしろ,
これを併合提起しなければならないものとして,紛争の一回的解決を
図っていること(行訴法37条の3第1項2号,3項)との権衡を考
慮すれば,判決をもって入管法49条1項の規定による異議の申出に
は理由がない旨の裁決を取り消すべきときには,同取消請求に係る訴
えと併合して提起された同法50条1項の在留特別許可処分の義務
付けの訴えについては,当該裁決行政庁は,当該在留特別許可処分を
する法的権限を有するものとして,行政庁が処分権限を有するもので
なければならないとの訴訟要件は満たすものと解するのが相当であ
る。
(3)そこで進んで,本件義務付けの訴えが「損害を避けるため他に適
当な方法がないとき」に提起されたものとして,いわゆる補充性の要
件を満たすかを次に検討する。
この点,処分又は裁決を取り消す判決は,その事件について,処分
又は裁決をした行政庁その他の関係行政庁を拘束し(行訴法33条1
項),審査請求を却下し又は棄却した裁決が判決により取り消された
ときは,その裁決をした行政庁は,判決の趣旨に従い,改めて審査請
求に対する裁決をしなければならない(同条2項,3項)。
そうすると,退去強制対象者たる外国人は,上記(1)に判示したと
おり,在留特別許可処分の申請権は認められないものの,在留特別許
可をしないでされた裁決が,裁決行政庁の裁量権の範囲をこえ又はそ
の濫用がある違法があったことを理由として,判決により取り消され
たときは,その判決理由を含めた趣旨に従い,改めて裁決をしなけれ
ばならないことに帰着するから,通常は,在留特別許可をしないでさ
れた裁決の取消しの訴えを提起して当該請求について認容判決を得
ることにより,その目的を達することができるものと解される。した
がって,そのような裁決の取消しの訴えを提起して当該請求について
認容判決を得たとしても,原告が重大な損害を避けるためなお目的を
達することのできない裁決等がされる蓋然性が高いなどの特段の事
情がある場合であれば格別,そのような特段の事情もないままに,入
管法50条1項に基づく在留特別許可処分の義務付けの訴えを提起
する以外には適当な方法がないという補充性の要件を満たすとはい
えないと解するのが相当である。
これを本件についてみると,原告が,本件裁決取消請求の認容判決
を得るだけではなおその目的を達成することのできない裁決等がさ
れる蓋然性が高いなどの特段の事情があるとまでは認められないと
いうべきであるから,本件義務付けの訴えは,原告の重大な損害を避
けるため入管法50条1項に基づく在留特別許可処分の義務付けの
訴えを提起する以外に適当な方法がないという,補充性の訴訟要件を
満たすとはいえない。
原告は,本件裁決取消請求認容の判決を受けた裁決行政庁が原告に
対して在留特別許可処分をするとして,いずれの在留資格を付与し,
在留期間をどの程度にするかの点につき,適切に救済される担保がな
い旨を主張するが,上記のとおり,裁決行政庁は,行訴法33条2項,
3項の規定により,その判決の趣旨に従い,改めてこれに対する裁決
等をしなければならないものと解されるから,法的担保がないとの指
摘は当たらない(なお,念のため付言すれば,在留特別許可と合わせ
て,「短期滞在」や,出国準備を目的とする「特定活動」などの在留
資格を付与する決定がされるのでは,本判決の趣旨に従った措置であ
るといえないことは,争点1について前記1に判示したところから明
らかである。)。
(4)以上によれば,東京入管局長は,本判決により本件裁決が取り消
されることにより,原告に対し,入管法50条1項に基づく在留特別
許可処分をする法的権限を有すべきこととなると認められるものの,
原告の重大な損害を避けるため同処分の義務付けの訴えを提起する
以外に適当な方法がないという補充性の訴訟要件を満たすとはいえ
ず,本件義務付けの訴えは不適法である。
4結論
よって,原告の本件裁決取消請求及び本件退令発付処分取消請求は
いずれも理由があるからこれらを認容するとともに,本件義務付けの
訴えは不適法であるからその訴え部分を却下することとし,訴訟費用
の負担につき行訴法7条,民事訴訟法64条本文,61条を適用して,
主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第38部
裁判長裁判官谷口豊
裁判官平山馨
裁判官馬場潤

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