弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1 被告らは,原告に対し,各自,2億円及びこれに対する平成11年3月26日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用のうち,参加によって生じた部分は補助参加人の負担とし,その余は被
告らの負担とする。
3 この判決は,上記1に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 主文1,2と同旨の判決及び仮執行宣言
2 被告ら
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は,原告の負担とする。
第2 事案の概要
1 事案の要旨
 被告らは株式会社a銀行(以下「a銀行」という。)の取締役であったが,a銀行の貸
付先に対する後記本件担保解除の禀議について,被告bはその決裁の際に,被告
cはその意見具申の際に,取締役の善管注意義務違反ないし忠実義務違反(以下
「善管注意義務違反等」という。)により,a銀行に対して少なくとも3億6002万419
6円の損害を与えたところ,原告は,同義務違反(債務不履行)による損害賠償請
求権をa銀行から譲り受けたとして,同請求権に基づき,被告らに対し,各自,内金
2億円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成11年3月26日から支払
済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた。
 これに対して,被告らは,原告主張の善管注意義務違反等を否認するなどして争
っている。
2 前提事実
 以下の事実は,当事者間に争いがないか,証拠(甲1,2,3の1の1・2,3の2の
1・2,5の1・2,6の1ないし7,7の1・2,10ないし13,18,19,21,23の1,2
4,25,乙18,丙1,証人d,同e《補助参加人》,被告両名各本人)及び弁論の全
趣旨から容易に認められる事実である。
(1) 当事者等
 被告bは,昭和63年6月から平成7年7月まで,a銀行の審査部・国際部を担当
する常務取締役の地位にあり,後記本件担保解除の禀議に関する最終決裁権
者であった。
 被告cは,平成6年6月,補助参加人の後任としてa銀行の取締役審査部長に
就任し,後記本件担保解除の禀議時には同地位にあった。
(2) 後記本件担保解除の前提となる担保設定等
 a銀行は,平成4年5月29日,f興産株式会社(以下「f興産」という。)がg抵当証
券株式会社(以下「g抵当証券」という。)から借り入れる5億円につき,一般支払
承諾(債務保証)をし,同日,f興産所有の別紙不動産目録記載の各不動産(以
下一括して「本件不動産」という。)につき,極度額を10億円,債権の範囲を銀
行取引・手形債権・小切手債権,債務者をf興産とする根抵当権(以下「本件根
抵当権」という。)の設定を受け,同日,その旨の根抵当権設定登記を経由した。
その後も,a銀行は,同年7月31日,f興産がg抵当証券から借り入れる5億円に
つき,同様に本件根抵当権を担保として一般支払承諾(債務保証)をした。
 a銀行は,f興産に対し,他に融資も行っており,a銀行の平成6年8月時点の与
信総額は約42億円,同時点での他の金融機関からの分をも含めたf興産の借
入れ総額は約364億1300万円であった。
 hローン株式会社(以下「hローン」という。)は,平成2年3月29日,f興産から,
本件不動産のうち別紙不動産目録記載1の土地につき,極度額を12億円,債
権の範囲を証書貸付取引・手形貸付取引・手形保証・小切手債権,債務者をf興
産とする根抵当権の設定を受け,a銀行に先立って同日その旨の根抵当権設定
登記を経由し,同年4月16日,本件不動産のうち同不動産目録記載3の建物に
ついても同根抵当権の追加として同根抵当権の設定を受け,a銀行に先立って
同日その旨の根抵当権設定登記を経由した。
(3) 本件担保解除等
 a銀行は,平成6年5月27日,f興産が後記売買契約に基づきi学園から受領す
る手付金・中間金の合計2億9000万円につき,宅地建物取引業法41条に定
める手付金等の保全のため,支払保証をすることを決定した。
f興産は,同年5月30日,i学園との間で,本件不動産を14億5000万円で売却
する契約を締結した。なお,当該売買契約は,本件不動産のすべてがその対象
とされているが,「売主は,中間金受領後速やかに,売主の責任と買主の費用
負担において,買主の指定する建物解体業者に売買物件建物の解体・撤去を
行なわせ,所有権移転時までにこれを完了させるものとする」との特約が付され
ているとおり,その実質は本件不動産のうち土地のみを目的とするものであっ
た。
 a銀行は,f興産が上記売買契約締結の際手付金・中間金として受領した合計
2億9000万円をa銀行甲支店(以下単に「甲支店」とのみいうこともある。)に定
期預金させ,これをいったん保全のための支払保証の担保として拘束した。
 甲支店は,同年8月25日,「乙町不動産(本件不動産)の売却代金からa銀行
が回収することは不可能であり,売却代金から返済を受けることなく,本件根抵
当権及び本件担保定期預金を解放する」旨の貸出条件変更禀議書類一式を作
成し,本店審査部に回付した。本店審査部では,上記禀議書を初審担当者jが審
査した上,取締役審査部長である被告cが同禀議を可とする意見を付し,同禀議
の決裁権者である被告bに回付し,同被告は,上記禀議を可決決裁した。
 i学園は,同年8月末,f興産に本件不動産の売買契約による残代金11億600
0万円を支払い,同時に,a銀行は,上記決裁に基づき,本件根抵当権設定登記
を抹消する手続をし,上記のとおり担保として拘束していた定期預金を解放した
(以下「本件担保解除」という。)。
(4) その他の背景事情
 a銀行では,従来,担保物件を売却して回収するに際し,優先的に利息・遅延
損害金(以下「利息」という。)に充当し,帳簿上の収益率を上げることを行ってい
たが,平成6年4月に実施された大蔵省(当時)の銀行検査において,担保物件
の売却による回収金を利息に充当して計上することは適当ではない旨の指摘を
受けた。
 平成6年8月29日時点において,先順位担保権者であるhローンがf興産に対
して有していた債権額(被担保債権額)は,元金9億5000万円,利息8446万
1487円,損害金1064万8317円の合計10億4510万9804円であった。
 本件不動産の売買契約の代金が支払われた際,第1順位担保権者であるhロ
ーンは自己を根抵当権者とする上記根抵当権設定登記を抹消する対価として8
億円を,k株式会社等(売買仲介業者)は仲介手数料として計4486万6000円
をそれぞれ受領した。
f興産は,a銀行に対して,平成6年3月31日に合計6929万0315円,同年9
月30日に合計1億4682万6502円の利息を支払ったほかは,本件売買契約
締結のころ,借入金の利息の支払も滞っており,a銀行としては,f興産の営業収
入からの債権回収を図るのが困難な状況であった。
(5) 本訴請求債権の譲渡等
 a銀行は,平成8年11月21日,大蔵大臣(当時)から預金払出業務を除く業務
停止命令を受け,事実上倒産した。そして,平成9年6月27日開催の同行第96
期定時株主総会において,営業の全部譲渡(l銀行への営業譲渡及び原告への
資産譲渡)等が特別決議をもって可決され,同決議に基づき,平成10年1月26
日,a銀行はl銀行に対して営業を譲渡し,原告に資産を譲渡した。原告に譲渡さ
れた資産の中には,a銀行が有する債務不履行に基づく損害賠償請求権及び事
務管理,不当利得,不法行為その他契約以外の原因に基づいてa銀行が有する
権利(譲渡当時及びそれ以前におけるa銀行の役職員,a銀行の借り手その他の
関係者に対し責任追及する一切の権利を含む。また,既に権利が確定している
もののほか,資産買取日においてその存在の確認若しくは内容の特定が未了
であるものを含む。)が含まれていた。
 a銀行は,被告らに対し,平成11年1月15日到達の確定日付ある書面によっ
て,上記資産譲渡のうちa銀行が被告らに対して有する損害賠償請求権(本訴請
求債権)を原告に譲渡した旨を通知した。
3 争点及びこれに関する当事者の主張
(1) 本件担保解除につき,被告らに善管注意義務違反等があったか。
(原告の主張)
① a銀行の取締役である被告らは,原則としてa銀行の貸付金の返済なくして
担保解除をしてはならず,担保解除に応じる際には貸付金の回収が最大限
図られるよう努めるべき義務を負う。a銀行としては,本件不動産の売却代金
から売買諸費用や先順位担保権者であるhローンへの返済としてhローンの被
担保債権額を控除してもなお3億6002万4196円の余剰があり,ここから回
収することは可能であった。しかも,f興産が本件担保解除の決裁までにa銀
行に提出した平成5年12月期の決算報告書(甲14)には,平成5年12月時
点でのf興産のhローンに対する借入金残元金が9億5000万円であり,未払
利息が5902万9560円であることが明記されていたし,本件担保解除の禀
議書に資料として添付されていた平成6年6月30日付け及び同年7月31日
付けのf興産の銀行取引明細書(甲15の1・2)にも,当時のhローンに対する
借入金残元金が9億5000万円にすぎないことが明記されていたのであるか
ら,被告らは,本件不動産の売却代金からhローンが優先的に元利金を全額
回収してもなおa銀行が回収しうる余剰があることを認識し,若しくは容易に認
識することができたというべきである。にもかかわらず,被告cは返済を条件と
するなど回収を図るための措置を講じることなく本件担保解除を可とする意見
具申をし,被告bはこれを可決決裁したのであるから,被告らには善管注意義
務違反等が認められる。
② 被告らの後記各主張は争う。
 被告bは,上記資料は通常禀議決裁の際に目を通さない後記B書類の中に
含まれていたものであり,これを確認しなかったからといって被告bに善管注
意義務違反等があるとはいえないと主張するが,本件担保解除の決裁を行う
には,前記のとおり,先順位担保権者の被担保債権額を確認することが不可
欠であり,そのための資料である上記資料は本件担保解除の可否ないし当
否を判断するに必要な資料である後記A書類に含まれていたと考えられる。
特に,平成6年6月30日付け及び同年7月31日付けのf興産の銀行取引明
細書(甲15の1・2)は,その日付からみて本件担保解除の禀議用に徴求され
たと考えられ,それが後記A書類から除外されていたとは到底考えられない。
仮に上記資料が後記B書類の中に含まれていたとしても,被告bは,後記B書
類に含まれていた平成6年5月27日付け手形金支払保証に関する禀議書
(甲10)により,先順位担保権者の被担保債権額が12億円を上回るとの認
識を有していたと主張していることから明らかなように,後記B書類にも目を通
していたのであるから,被告bに善管注意義務違反等があるとはいえないとの
同被告の主張は失当である。
(被告bの主張)
① 原告の主張は争う。
② a銀行において,審査部担当役員は,支店が調査し審査部次長(初審担当
者)が確認した前提事実を判断の基礎として,審査部長から回付されてきた
稟議書に対し稟議内容に対する審査部次長の所見及び審査部長の可否の
判断を踏まえて最終的な諾否の経営判断を下すという職務を担当していた。
禀議に際し,審査部長から回付されてくる書類には,審査対象となる当該稟
議書並びに支店及び初審担当者が当該稟議事項に関する参考書類として抽
出した添付書類の束(以下「A書類」という。)と,その他の書類がつづられたフ
ァイル形式の書類の束(以下「B書類」という。)があり,審査部担当役員は,A
書類のみを判断材料とすれば足りる(換言すれば,それ以上の調査・確認
は,支店及び初審担当者がその責任においてなすべきものである。)とされて
きた。
③ 被告bは,先順位担保権者であるhローンの被担保債権額が極度額である1
2億円を下回るとの認識を有していなかったが,これは以下のような事情によ
るものであり,そのような認識を有していなかったことはやむを得ないというべ
きである。
〇 平成6年5月の融資禀議書の審査所見欄には「先順位hローン1,200百
万円」との記載があった(甲10)。
〇 同年8月の禀議書添付の「f興産・担保物件一覧表」には「先順位1,20
0,000千円」との記載があった(甲22の1,25)。
〇 同禀議書添付の「担保土地建物調査表」の「先順位設定の内容」欄には
「設定金額1,200百万円,有効先順位・共通被担保債権額1,200百万
円」との記載があった(甲22の2,25)。
〇 平成6年8月8日,d支店長から,「hローンが先順位担保権に基づいて12
億円を受領する」との説明を受けた。
〇 甲支店からも審査部初審からも,「hローンの先順位担保権の被担保債権
額が極度額12億円を下回るというような例外的事例に当たる」旨の報告を
受けていない。
〇 本件担保解除の稟議書の記載内容や稟議書に添付された参考書類に
も「hローンの先順位担保権の被担保債権額が極度額12億円を下回ると
いうような例外的事例に当たる」といった記載は一切なく,これを疑わせる
ような参考書類も添付されていなかった。
〇 稟議には,当該取引先に関する過去の稟議書や,法人調書,決算書,比
較貸借対照表,比較損益計算書,不動産登記簿謄本等,当該稟議事項と
は直接関係がない書類(B書類)も併せて回付されるところ,本件担保解除
の稟議の際には,B書類は7ないし8センチメートルほどの厚さになる分量
があり,本件担保解除の稟議の審査では,B書類に目を通す必要性が感じ
られなかった。
④ 被告bが審査部担当役員として求められる上記記載の職務内容(②)と,hロ
ーンの被担保債権額が極度額である12億円を下回るとの認識を有し得なか
った上記記載の理由(③)とを併せれば,hローンの被担保債権額が極度額で
ある12億円を下回るとの認識を有しなかったことをもって善管注意義務違反
等ということはできない。
⑤ また,時期は異なるものの,本件担保解除の対価として,前記前提事実のと
おり,a銀行は,平成6年3月31日には6929万0315円,同年9月30日には
1億4682万6502円の利払を受けたのであり,全く無条件で担保解除に応
じたわけではない。
(被告cの主張)
① 原告の主張は争う。
② 本件不動産の売却交渉と時期を同じくして,当時a銀行の審査部長であった
補助参加人を中心に,f興産との間で,担保解除の条件に関する協議もなさ
れており,売買契約が締結されるころには,平成6年3月31日に受領した約6
929万円のほかに,平成6年9月末決算期までの未収利息を見込んだ1億5
000万円の支払を受けることを条件に担保解除に応じる旨内諾を与えてお
り,被告cが取締役審査部長に就任する前に,事実上,担保解除の方針とそ
の条件はすべて決定済みであった。担保解除の稟議の判断に当たり,これを
否とすることは,売買契約が決済できないことになり,f興産は手付金返還の
ほか多額の損害賠償を負担しなければならず,その損害負担は内諾を与え
ているa銀行としても避けて通れない問題であって,被告cとしては担保解除を
可とする判断しかできない立場にあったのであり,これをもって善管注意義務
違反等ということはできない。
③ 原告は,被告cに対し,先順位担保権者であるhローンの被担保債権が極度
額を下回っていたことを認識しえたと非難する。しかしながら,先順位担保権
者の被担保債権額の調査・確認は,まず支店において行うべきであり,審査
部において審査上必要な場合には初審担当者によって確認される仕組みと
なっていて,審査部長の審査は,不正の兆候等特別の事情がない限り,この
各段階の担当者の調査を信頼して行えば足りるというべきである。本件にお
いては,上記のような特別の事情はなく,被告cは,稟議書自体に添付された
担保物件一覧表と担保土地建物調査表等により,先順位担保権者の被担保
債権額が極度額である12億円を超えると確認・審査したのであり,この点に
善管注意義務違反等を認めることはできない。
(2) 上記善管注意義務違反等により,a銀行が被った損害額はいくらか。
(原告の主張)
① 争点(1)に関する原告の主張①のとおり,本件不動産の売却代金14億500
0万円から売買諸費用4486万6000円や先順位担保権者であるhローンへ
の返済として被担保債権額である10億4510万9804円を控除してもなお3
億6002万4196円の余剰があり,ここから回収することは可能であったにも
かかわらず,何ら返済を受けることなく本件根抵当権を担保解除したのである
から,これによってa銀行は3億6002万4196円の損害を受けたことになる。
② 合計約2億1000万円を損害から控除すべきとする被告らの後記主張,過
失相殺等に関する被告bの後記主張はいずれも争う。
 平成6年3月31日に入金された6929万0315円についていえば,本件担
保物件の売買契約が締結されるか否か,売買契約が決済されるか否かにか
かわらず,約定に従って返済されるべき利息であり,かつ,本件不動産の売
買契約締結前(手付の授受より約2か月前)にf興産が自らの資金を調達して
支払った金員であるから,売買前に入金された金員を後日売買契約の決済
の際に受領しうべき金額から控除する理由は何ら存しない。a銀行としては,
上記利払にかかわらず,本件不動産の売買契約の決済時に回収しうる額を
回収し得なかったというにほかならないから,これに相当する額はa銀行の損
害に含まれるというべきである。また,上記金員が入金されたのは,粉飾とも
いえる未収利息の回収という体裁を帳簿上整えるための不正な目的に基づく
不正な処理の結果であり,かかる不正な目的に基づく不正な処理に関する金
員を損益相殺として考慮することは不当である。
 平成6年9月30日に入金された1億4682万6502円についても,a銀行と
しては約定に基づいて当然回収しうる金額であり,f興産は,売買残代金支払
時においても,上記金額を超える負債の返済を延滞している状況だったので
あるから,これを回収しなかったことは,まさしくa銀行の損害であるといわなけ
ればならない。また,上記金員は,売買決済時から約1か月も遅れて入金され
たものであるから,損益相殺すべき関連性も定かではない。
(被告bの主張)
① a銀行はf興産に対し合計2億1611万6817円の内入弁済と引換えとの約
定のもとに本件担保解除を行い,現に同額の内入弁済を受けたのであるか
ら,同額は損害から控除すべきである。
② さらには,取締役の経営判断の基礎となる前提事実の認識の誤りが,企業
における職務分掌上前提事実の調査・確認という職責を有する従業員の故意
又は過失による職務違反に起因する場合や,会社組織自体の問題点に起因
する場合には,会社に生じた損害のてん補を本来かかる事実調査義務を負
担していない取締役個人に全て帰せしめることは公平の原則に反するから,
過失相殺規定の適用ないし類推適用によって取締役の責任を減免すべきで
ある。本件において,被告bがhローンの被担保債権額が極度額12億円を下
回ることの認識を有しなかったのは,職務上禀議事項の前提事実を調査する
職責にある甲支店が種々の調査・確認作業の上,禀議書及び添付資料に明
示的に「本件事例は先順位担保権者の被担保債権額が極度額を下回る例外
的な事例に当たる」旨の記載をすべき事案であったにもかかわらず,これをし
ないばかりか,かえって「設定金額1,200百万円,有効先順位・共通被担保
債権額1,200百万円」といった記載のある参考資料(担保土地建物調査表
《甲25の6~7枚目》等)を添付したためであるから,以上の事情に照らせば,
過失相殺ないしその類推適用という見地から,被告bの責任割合は零とすべ
きである。
(被告cの主張)
 a銀行はf興産に対し合計2億1611万6817円の内入弁済と引換えとの約定
のもとに本件担保解除を行い,現に同額の内入弁済を受けたのであるから,同
額は損害から控除すべきである。原告は,本件担保解除がなされた時期と内入
弁済を受けた時期とのずれを問題視するが,内入弁済を受けない段階で担保解
除をすることによるリスクという意味で当不当の問題があるとしても,内入弁済を
行うとの約定のもと現に弁済がなされたのであるから,これを損害から控除すべ
きはむしろ当然である。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(善管注意義務等の存否)について
(1) 前記前提事実,証拠(甲10ないし12,14,15の1・2,19,23の1,24,2
5,26の1ないし3,乙17の1,18,丙1,証人d,同e《補助参加人》,被告両名
各本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
① f興産は,平成6年1月中旬頃,a銀行甲支店(d支店長)に対して,本件不動
産を売却する話を持ち込み,そのころ,甲支店(d支店長)は,その旨を本店審
査部長であった補助参加人に報告した。補助参加人は,昼食の折に偶然顔を
合わせたm頭取に支店から報告を受けた内容を伝えたところ,d支店長が当
時支店に着任してさほど間がなく,また,補助参加人が以前支店長を務めた
経歴を有しf興産側と面識を有していたこともあって,未収利息の回収を図る
ためf興産と交渉するよう指示を受けた。
② f興産は,同年3月31日,a銀行に対し,未払利息のうちの6929万0315円
を支払った。
③ f興産とi学園との間で本件不動産の売買契約が成立する目途が立ったた
め,甲支店は,同年5月27日,手付金・中間金合計2億9000万円に関する
支払保証の禀議書を作成し,本店審査部に回付した(本店受付は同月30
日)。審査部初審担当であるn審査部次長は,売買契約の内容等につき,甲
支店から聴き取り調査を行って,「売却予定額1450百万円,先順位hローン
1200百万円,同利息200百万円,代取立替金50百万円」と調査結果を記
載し,「当該物件の担保解除については,売却金の当行内入等が前提であ
り,本件の承認にて担解を認めるものでない」との意見を付して補助参加人に
回付した。補助参加人から回付を受けた被告bは,nが記載した上記調査結果
のうち,hローンが受け取るべき「利息200百万円」,代取立替金「50百万円」
に丸印をつけ,「絶対に認めない」旨のコメントを書き加えたものの,nが付し
た上記意見を決裁条件とした上で可決決裁した。
④ f興産は,同年5月30日,i学園との間で,本件不動産の売買契約を締結し
た。
⑤ 同年8月12日ころ,f興産のo常務と甲支店との間で,本件不動産の売買契
約に伴う担保抹消依頼書の文案に関し,文書のやり取りがなされた。そのうち
の当初の文案(甲26の1ないし3)において,f興産側は,甲支店に対し,本件
不動産の売却代金の中から,hローンに対して10億4871万1000円を支払
うことなどを示していた。
⑥ 甲支店は,同月24日,本件不動産に関する担保解除の禀議書を作成した。
同禀議書には,「1番hローン12億と金利等を考慮し,又社長立替金50百
万,仲介手数料45百万,取壊し費用約6百万等の必要の中で,現在も接渉
中であり1450百万円におさまるよう努力中で,当行取り分はない状況であ
る」との記載がある。ところで,a銀行においては,禀議に当たり,禀議書とこれ
に添付された支店及び初審担当者が当該禀議事項に関する裏付資料として
抽出した書類の束(A書類)とその他の書類がつづられたファイル形式の書類
の束(B書類)とが決裁者に送付され,決裁者は,原則としてA書類を参照して
判断をするのが通例であった。そして,上記禀議に当たり,A書類かB書類か
は別として,f興産の,平成5年1月1日から同年12月31日までの決算報告
書(甲14),平成6年6月30日付け銀行取引明細書(甲15の1)及び同年7
月31日における銀行取引明細書(甲15の2)がつづられており,そこには,h
ローンからの借入金残高として,平成5年12月31日時点(甲14),同年6月
30日時点(甲15の1)及び同年7月31日時点(甲15の2)で,いずれも9億5
000万円である旨の記載がある。上記禀議は,同年8月25日に本店で受け
付けられ,初審担当者jの審査を経た上,被告cへ回付され,被告cは,同禀議
を可として被告bへ回付した。被告bは,同月29日,これを可決決裁した。な
お,稟議書の上記記載のうち,少なくとも「1番hローン」の極度額を超える「金
利」に関する部分,「社長立替金50百万」に関する部分が実際には存在しな
い虚偽の記載であること,そのように虚偽の記載をしたのは,大蔵省から前記
のとおりの指摘を受けたので,大蔵省に対して,担保物件の売却代金から未
収利息を回収したことを明らかにしたくないとの配慮によるものであることは,
甲支店,被告c,被告bにとっては了解済みの事項であり,被告b,被告cは上
記各部分が虚偽であることを前提に決裁手続に臨んだ。
⑦ i学園は,同日,本件不動産の売買残代金11億6000万円をf興産に支払
い,同時に,a銀行は,上記決裁に基づき,前記の支払保証の担保に供され
ていた定期預金を解放し,本件根抵当権設定登記を抹消する手続をした(本
件担保解除)。
⑧ f興産は,同年9月30日,a銀行に対し,借入金の利息として1億4682万6
502円を支払った。
(2) 以上の事実に照らして,以下判断する。
 被告b及び被告cが,f興産による本件不動産の売却に伴う本件不動産に対す
る本件根抵当権設定登記の抹消手続をすることを承認する本件担保解除の禀
議を決裁するに当たっては,本件不動産がa銀行のf興産に対する前記与信額
約42億円の唯一の担保であることからして,本件根抵当権の担保余力がいくら
であるか,すなわち,本件不動産の先順位の根抵当権者であるhローンの被担
保債権額がいくらであるかということが重要な判断要素であり,その上,被告両
名は,前記禀議書には,本件不動産が売却されるに当たり,a銀行への支払に
優先する支払があって,本件根抵当権の担保余力はない旨記載されているもの
の,売買代金の一部をf興産に対する貸付金等の与信の利息として回収するこ
ととするが,大蔵省による前記指摘を免れるため,その支払のうち少なくともhロ
ーンの金利とf興産の社長立替金5000万円が架空の支払であることは認識し
ていたのであるから,hローンの被担保債権額が12億円と記載されていても,こ
れも真実でない可能性があると考えるのが通常であり,したがって,被告両名に
は,上記被担保債権額の記載の裏付けを調査すべき取締役としての善管注意
義務ないし忠実義務があったというべきである。そうとすると,被告両名は,前記
のとおり,hローンの被担保債権額が上記禀議書に記載された12億円であるこ
との裏付けを調査しないまま,被告cにおいて,上記禀議を可とする意見を付し
て被告bに回付し,被告bは最終決裁者として可決決裁をしたのであるから,上
記義務に違反したというべきである(なお,f興産の前記決算報告書《甲14》,銀
行取引明細書《甲15の1・2》は,hローンの被担保債権額を裏付ける資料であ
って,本件担保解除の禀議の禀議項目に関する書類というべきであるから,A書
類につづられていたと推認されるので,被告両名は,上記義務を尽くすため,禀
議に当たり原則として参照すべきA書類にあたれば,上記書類を発見し,そこに
は上記被担保債権額が前記のとおり9億5000万円と記載されており,12億円
もないことを容易に発見することができたはずである。また,仮に被告bが主張す
るように,上記書類が決裁に当たり必ずしも参照しないB書類につづられていた
としても,被告両名は,下位者に裏付資料を提出させるように命ずることによっ
て上記義務を果たすことができるのであるから,上記被担保債権額の裏付調査
をすべき被告らの上記義務に消長をきたすことはない。)。
 また,被告cは,担保解除の方針とその条件は被告cが取締役審査部長に就
任する前に事実上決定されており,被告cとしてはこれを拒否することはできな
かった旨主張する。しかしながら,被告cには,担保解除稟議が上げられた時点
において,これを可とすることによりa銀行が受ける利益・不利益,これを否とす
ることによりa銀行が受ける利益・不利益を総合的に考慮して判断することが求
められていたというべきところ,上記のとおり,その判断の前提となる事実の確
認が不十分であったのであるから,結局,被告cの上記主張は,当時与えられて
いた責任を全うすることなく,前任者から言われるままに担保解除を可としたとい
うにほかならず,到底その責任を免れる理由となるものではない。
(3) 以上のとおり,被告らには善管注意義務違反等が認められるというべきであ
る。
2 争点(2)(損害額)について
(1) 1に認定した善管注意義務違反等の内容,すなわち,被告らは,hローンの被
担保債権額が真実10億4510万9804円(平成6年8月29日当時。なお,支店
の把握《前記1(1)⑤》によれば,10億4871万1000円)であったのに,十分な
調査・確認を怠り,これが12億円であると軽信した上,担保解除時に内入弁済
を受けることを条件とすることなく,被告cにおいては稟議を可とする意見を付し
て被告bに回付し,被告bにおいては稟議を可決決裁したのであるから,被告ら
の以上の善管注意義務違反等によりa銀行が被った損害額は,担保物件の売
却代金である14億5000万円から先順位担保権者であるhローンの前記被担
保債権額10億4510万9804円及び前記売買仲介手数料4486万6000円を
控除した3億6002万4196円を下らないというべきである。
 次に,被告bの主張中には,被告bは,禀議書にhローンの被担保債権額を12
億円と虚偽の記載をした甲支店等本件担保解除の稟議に携わった下位者と比
較して,その責任が軽いとして,過失相殺ないしその類推適用という見地から,
被告bの責任割合を零とすべきであるとする部分があるが,前記1に認定・判断
した上記禀議書の記載内容からすれば,最終決裁者である被告bの責任が上
記下位者に比して軽いとは到底いえないから,被告bの上記主張は採用すること
ができない。
(2) 被告らは,平成6年3月31日にa銀行が利息として受領した6929万0315円
は,担保解除に当たっての内入弁済の前払いとしての性格を有するものである
から,これを損益相殺の対象にすべきであると主張する。しかしながら,担保物
件の売買契約が成立したのは,それから2か月後の平成6年5月30日であり,
本件全証拠によっても平成6年3月31日当時売買契約の成立が確実であった
とまでは認められず,そのころにはいまだ売買契約が締結されるか否か未確定
であったというべきところ,仮に交渉の結果売買契約が成立せず,担保解除を要
しないような事態に至った場合には,a銀行からf興産に返還されるべき性質の金
員であったかは甚だ疑問であり(銀行が利息として受領したものを返還するとは
考え難いし,本件においてもそのような約定がなされていたことを認めるに足り
る証拠はない。),上記金員が担保解除に当たっての内入弁済の前払いとして
の性格を有するものとは認められない。よって,この点に関する被告らの主張は
採用の限りでない。
(3) さらに,被告らは,平成6年9月30日にa銀行が利息として受領した1億4682
万6502円は,f興産との間で本件担保解除の条件とされ,その条件が履行され
た結果であるから,担保解除に当たっての内入弁済としての性格を有するものと
して,これを損益相殺の対象にすべきであると主張するが,仮にこれを損益相殺
の対象にするとしても,a銀行が被った前記損害3億6002万4196円から上記
1億4682万6502円を差し引いた2億1319万7694円となり,原告の請求額
2億円を上回ることとなる。
3 結論
 以上によれば,被告らは,原告に対し,各自,上記損害の内金2億円とこれに対
する本訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな平成11年3月26日
から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があ
るから,その履行を求める原告の本件請求は理由がある。よって,これを認容する
こととして,主文のとおり判決する。
和歌山地方裁判所第二民事部
裁判長裁判官   礒尾 正
裁判官   間 史恵
裁判官   田中幸大
物件目録
 1 所在   神戸市丙区丁町戊丁目
   地番   未番
   地目   宅地
   地積   469.94平方メートル
 2 所在   神戸市庚区乙町戊丁目未番地
   家屋番号   未番1
   種類   旅館
   構造   鉄筋コンクリート造陸屋根7階建
   床面積   1階  111.79平方メートル
2階  113.72平方メートル
3階  113.72平方メートル
4階  113.72平方メートル
5階  113.72平方メートル
6階   67.75平方メートル
7階   14.93平方メートル
 3 所在   神戸市庚区乙町戊丁目未番地
   家屋番号   未番2
   種類   居宅
   構造   木造瓦葺平家建
   床面積   33.88平方メートル
 4 所在   神戸市庚区乙町戊丁目未番地
   家屋番号   未番3
   種類   居宅
   構造   木造杉皮葺平家建
   床面積   13.22平方メートル
 5 所在   神戸市庚区乙町戊丁目未番地
   家屋番号   未番4
   種類   店舗作業場
   構造   鉄骨造陸屋根4階建
   床面積   1階  23.72平方メートル
2階  23.72平方メートル
3階  23.72平方メートル
4階  20.44平方メートル
 6 所在   神戸市庚区乙町戊丁目未番地
   家屋番号   未番5
   種類   店舗兼居宅
   構造   木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建
   床面積   1階  37.52平方メートル
2階  10.24平方メートル
 7 所在   神戸市庚区乙町戊丁目未番地
   家屋番号   未番6
   種類   居宅兼作業場
   構造   木造亜鉛メッキ鋼板葺2階建
   床面積   1階  46.05平方メートル
2階  37.95平方メートル

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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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