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平成17年(行ケ)第10110号 特許取消決定取消請求事件
(旧事件番号 東京高裁平成16年(行ケ)第458号)
口頭弁論終結日 平成17年8月25日
判決
原告         NECトーキン株式会社
訴訟代理人弁理士   池田憲保
同    福田修一
同    山本格介
   被告         特許庁長官小川洋
指定代理人   藤井俊明
同    鈴木久雄
同    田々井正吾
同    高橋泰史
同    高木彰
同    伊藤三男
主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1 請求
 特許庁が異議2003-72601号事件について平成16年9月1日にし
た異議の決定を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,原告の有する後記特許につき,特許庁に対しA及びB株式会社から
特許異議の申立てがなされ,特許庁が,審理の上これを取り消す旨の決定をしたこ
とから,原告がその取消しを求めた事案である。
第3 当事者の主張
1 請求の原因
(1) 特許庁における手続の経緯
 原告は,平成6年1月20日,発明の名称を「電磁波干渉抑制体」とする
発明について特許を出願し,平成15年2月28日,特許庁から特許第34016
50号として設定登録を受けた(甲2。以下「本件特許」という。)。
 本件特許に対し,平成15年10月27日付けでA及びB株式会社からそ
れぞれ特許異議の申立てがなされ,異議2003-72601号事件として特許庁
に係属した。その係属中の平成16年6月29日,原告は本件特許の明細書の訂正
を請求した(甲3。以下「本件訂正」といい,甲3中の全文訂正明細書を「本件明
細書」という。)
 特許庁は,上記事件について審理の上,平成16年9月1日,「訂正を認
める。特許第3401650号の請求項1~11に係る特許を取り消す。」との決
定(以下「本件決定」という。)をし,その決定謄本は平成16年9月17日原告
に送達された。
(2) 発明の内容
 本件訂正後の発明の要旨は,下記のとおりである。

「【請求項1】 高周波領域に於いて高周波電子機器類内での電子部品類や
プリント配線,部品間や配線基板間,同一配線基板内の不要電磁波の干渉によって
生じる電磁障害を抑制する電磁波干渉抑制体であって,導電性支持体と,該導電性
支持体の少なくとも一方面に設けられた絶縁性軟磁性体層とを有し,該絶縁性軟磁
性体層は金属軟磁性体粉末と有機結合剤を含み,前記金属軟磁性体粉末が偏平状及
び/又は針状の粉末であって,尚且つ前記絶縁性軟磁性体層の磁化容易軸方向若し
くは磁性粒子配向方向が,前記導電性支持体と平行であり,前記電磁波干渉抑制体
は同一面上に複数の電子部品を実装する配線基板の前記複数の電子部品に沿って配
され,かつ前記絶縁性軟磁性体層を前記電子部品側に配置することを特徴とする電
磁波干渉抑制体。
【請求項2】 高周波領域に於いて高周波電子機器類内での電子部品類や
プリント配線,部品間や配線基板間,同一配線基板内の不要電磁波の干渉によって
生じる電磁障害を抑制する電磁波干渉抑制体であって,導電性支持体と,該導電性
支持体の少なくとも一方面に設けられた絶縁性軟磁性体層とを有すると共に,該絶
縁性軟磁性体層の少なくとも一方面に設けられた誘電体層を有し,前記絶縁性軟磁
性体層は偏平状及び/又は針状の金属軟磁性体粉末と有機結合剤とを含み,尚且つ
該絶縁性軟磁性体層の磁化容易軸方向若しくは磁性粒子配向方向が,前記導電性支
持体と平行であり,前記誘電体層は誘電体粉末と有機結合剤とを含み,前記電磁波
干渉抑制体は同一面上に複数の電子部品を実装する配線基板の前記複数の電子部品
に沿って配され,かつ前記絶縁性軟磁性体層又は前記誘電体層を前記電子部品側に
配置することを特徴とする電磁波干渉抑制体。
【請求項3】 高周波領域に於いて高周波電子機器類内での電子部品類や
プリント配線,部品間や配線基板間,同一配線基板内の不要電磁波の干渉によって
生じる電磁障害を抑制する電磁波干渉抑制体であって,導電性支持体と,該導電性
支持体の少なくとも一方面に設けられた絶縁性軟磁性体層とを有し,該絶縁性軟磁
性体層は,偏平状及び/又は針状の金属軟磁性体粉末,誘電体粉末,及び有機結合
剤を含み,尚且つ前記絶縁性軟磁性体層の磁化容易軸方向若しくは磁性粒子配向方
向が,前記導電性支持体と平行であり,前記電磁波干渉抑制体は同一面上に複数の
電子部品を実装する配線基板の前記複数の電子部品に沿って配され,かつ前記絶縁
性軟磁性体層を前記電子部品側に配置することを特徴とする電磁波干渉抑制体。
【請求項4】 請求項1,2又は3記載の電磁波干渉抑制体であって,前
記導電性支持体が,導電体板,網目状導電体板,もしくは導電性繊維の織物である
ことを特徴とする電磁波干渉抑制体。
【請求項5】 請求項1,2又は3記載の電磁波干渉抑制体であって,前
記導電性支持体が,絶縁基材と該絶縁基材の少なくとも一方の面に蒸着成膜された
導電性膜とからなることを特徴とする電磁波干渉抑制体。
【請求項6】 請求項1,2又は3記載の電磁波干渉抑制体であって,前
記導電性支持体が,絶縁基材と該絶縁基材の少なくとも一方面に蒸着成膜された軟
磁性金属薄膜とからなることを特徴とする電磁波干渉抑制体。
【請求項7】 請求項5又は6記載の電磁波干渉抑制体であって,前記絶
縁基材が,請求項1,2又は3記載の前記絶縁性軟磁性体層もしくは,請求項2記
載の前記誘電体層で代用されていることを特徴とする電磁波干渉抑制体。
【請求項8】 請求項1,2又は3記載の電磁波干渉抑制体であって,前
記導電性支持体が,導電性微粉末と有機結合剤とからなることを特徴とする電磁波
干渉抑制体。
【請求項9】 請求項1,2又は3記載の電磁波干渉抑制体であって,前
記導電性支持体が,絶縁基材と,該絶縁基材の少なくとも一方の面上に設けられた
導電体層とを有し,該導電体層は導電性微粉末と有機結合剤とを含むことを特徴と
する電磁波干渉抑制体。
【請求項10】 請求項1,2又は3記載の電磁波干渉抑制体であって,
前記導電性支持体が,軟磁性を有する導電性軟磁性支持体であることを特徴とする
電磁波干渉抑制体。
【請求項11】 請求項10記載の電磁波干渉抑制体であって,前記導電
性軟磁性支持体が,軟磁性金属板,網目状軟磁性金属板,もしくは軟磁性金属繊維
の織物であることを特徴とする電磁波干渉抑制体」
(以下,本件特許の請求項1に係る発明を「本件第1発明」といい,請求
項2以下についてもこれに準じる。)
(3) 決定の内容
ア 本件決定の内容の詳細は,別紙「異議の決定」写しのとおりである。
 その要旨は,本件訂正を認めた上,本件第1~11発明は,下記の刊行
物1に記載された発明,刊行物2,6,7,8に記載された技術事項及び下記の各
周知例に示された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもの
であるから,本件第1~11発明に係る特許は,特許法29条2項の規定に違反す
る,としたものである。

・刊行物1 特開昭55-157300号公報(甲4)
・刊行物2 特開昭60-57700号公報(甲5)
・刊行物6 特開昭49-89461号公報(甲6)
・刊行物7 山田桜編「プラスチックス配合剤-基礎と応用」株式会社
大成社発行,昭和46年7月10日初版第2刷(84~8
7,90,91頁)(甲7)
・刊行物8 「電磁波の吸収と遮蔽」日経技術図書株式会社発行,198
9年1月10日(684,685,694~697,700,701頁)(甲8)
・周知例1 特開昭63-269804号公報(甲9)
・周知例2 特開平4-211198号公報(甲10)
・周知例3 特開平5-335776号公報(甲11)
イ なお,本件決定は,本件第1発明と刊行物1(甲4)に記載された発明
(以下「刊行物1発明」という。)とを対比して,その一致点及び相違点を,次の
とおり認定した。
(一致点)
 「高周波領域に於いて不要電磁波の干渉によって生じる電磁障害を抑制
する電磁波干渉抑制体であって,導電性支持体と,該導電性支持体の少なくとも一
方面に設けられた絶縁性軟磁性体層とを有し,該絶縁性軟磁性体層は金属軟磁性体
粉末と有機結合剤を含み,前記金属軟磁性体粉末が扁平状及び/又は針状の粉末で
あって,尚且つ前記絶縁性軟磁性体層の磁化容易軸方向若しくは磁性粒子配向方向
が,前記導電性支持体と平行であることを特徴とする電磁波干渉抑制体。」である

(相違点1)
 本件第1発明においては「高周波電子機器類内での電子部品類やプリン
ト配線,部品間や配線基板間,同一配線基板内の」電磁波の干渉を抑制するのに対
し,刊行物1には該構成についての言及がない点
(相違点2)
 本件第1発明においては,「電磁波干渉抑制体は同一面上に複数の電子
部品を実装する配線基板の(前記)複数の電子部品に沿って配され,」の構成を採
用しているのに対し,刊行物1には該構成についての言及がない点
(相違点3)
 本件第1発明においては,「絶縁性軟磁性体層を(前記)電子部品側に
配置する」構成を採用しているのに対し,刊行物1には該構成についての言及がな
い点
(4) 決定の取消事由
 しかしながら,本件決定は,本件第1発明と刊行物1発明との一致点の認
定を誤り,本件第1~11発明についての進歩性の判断を誤ったから,違法として
取り消されるべきである。
ア 取消事由1(一致点の認定の誤り)
 本件明細書(本件訂正後のもの。甲3)の段落【0008】の「それ故
に本発明の課題は,電磁波の透過に対しては,導電性のシールド材と同等の遮蔽効
果をもち,電磁波の反射に対しては,少なくとも反射による電磁結合を助長させる
ことのない電磁波干渉抑制体を提供することにある。」との記載からも明らかなと
おり,本件第1発明に係る電磁波干渉抑制体は,電磁波の透過に対して遮へい効果
をもつだけでなく,「電磁波の反射による電磁結合」をも助長させることのない電
磁波干渉抑制用途に利用するものである。
 一方,刊行物1に記載された遮へい吸収材2’は,ケース又は壁等の支
持部材に取り付けて使用されるものであるところ,刊行物1では,ケース内部に配
置されるコンデンサ,ボリューム,スイッチに対する遮へい吸収材からの反射によ
る悪影響について全く考慮されておらず,電磁波の反射について全く開示されてい
ないから,刊行物1から遮へい材自体による反射を課題として見いだすことは困難
であり,刊行物1に記載された遮へい吸収材2’は電磁波の吸収用途だけを目的と
するものである。
 このように本件第1発明の電磁波干渉抑制体は,電磁波の透過及び反射
の双方を抑制する用途に利用することを目的とするのに対し,刊行物1に記載され
た遮へい吸収材2’は,電磁波の吸収用途だけを目的とするものであって,両者は
明らかに異なるから,本件第1発明と刊行物1発明が電磁波干渉抑制体である点で
一致するとした本件決定の認定は誤りである。
イ 取消事由2(本件第1発明についての進歩性の判断の誤り)
(ア) 伝導ノイズは,本来の信号に重畳されたり,導体表面にトラップさ
れた高周波電流の形態をとるノイズであり,進行する電磁波の形態をとる放射ノイ
ズとは形態上区別されるものである。一方で,放射ノイズが導体表面にトラップさ
れれば,伝導ノイズとなるし,伝導ノイズが空間に飛び出してしまえば,放射ノイ
ズとなるものである。
 そして,本件特許発明は,所定の材料(金属軟磁性体粉末,有機結合
材,導電性支持体)からなる複合磁性体を,潜在的ノイズ源と考えられる電子部品
などに近接して配置することにより,電磁波干渉抑制用途へ利用したことに基づく
用途発明の一種であり,本件特許発明の直接的な対象は伝導ノイズであり(本件明
細書の段落【0004】),伝導ノイズを放射ノイズに変わる前に消滅させ,結果
として放射ノイズによる誤動作の防止を行うことを前提としている。伝導ノイズを
消滅させるためには,その実体たる高周波電流を抵抗に流し込んで熱に変換させて
しまえば良いが,高周波電流の経路に直接的に抵抗を挿入することは不可能である
ため,伝導ノイズに付随する磁界(高周波電流の近傍)に磁気損失の高い部材(高
磁気損失部材)を配置することで,高周波電流に仮想的な抵抗を挿入したことと同
じ効果を得ようとするのが,本件特許発明の一つのポイントである。
 一方,刊行物1,2記載の技術は,いずれも放射ノイズを直接的な対
象としているものであるところ,放射ノイズを吸収しようとする場合,電波吸収体
と空間との境界面においてインピーダンスマッチングを図ることが必要不可欠であ
るが,遠方界においてはマッチング対象のインピーダンスが一定(377Ω)であ
るのに対し,近傍界においては,インピーダンスがノイズ源からの距離に応じて変
化することに加え,ノイズ源の特定自体が困難であることから,インピーダンスマ
ッチングは事実上不可能であるため,近傍界において放射ノイズを直接的な対象と
して対策をしようとする場合には,完全な“吸収”はありえず,吸収体に取り込め
なかった放射ノイズは吸収体により反射されることになる。また,放射ノイズのエ
ネルギーは,ノイズ源に近ければ近い程大きいのが普通であるから,反射された場
合のエネルギーもノイズ源に近いところで反射された方が当然に大きくなる。
 したがって,放射ノイズを直接的な対象としている刊行物1記載の遮
へい吸収材又は刊行物2記載の電磁シールド材を,ノイズ源又は潜在的ノイズ源に
近接して配置することに適するように変形し,その変形後の遮へい吸収材又は電磁
シールド材を本件特許発明の用途(電磁波干渉抑制用途)で用いるという発想は,
より大きいエネルギーのノイズを電子機器等に向けて戻すことになってしまうこと
から,生まれて来ないのである。
 このように伝導ノイズ対策のために,刊行物1記載の遮へい吸収材又
は刊行物2記載の電磁シールド材を,本件第1発明の電磁波干渉抑制体に転用する
ことには技術的な阻害要因があった。
(イ) 本件決定は,「出願人自ら<相違点1>の「高周波電子機器類内での
電子部品類やプリント配線,部品間や配線基板間,同一配線基板内の」電磁波の干
渉を抑制することが本件特許出願前に知られていること,及び<相違点2>の「電磁
波干渉抑制体は同一面上に複数の電子部品を実装する配線基板の(前記)複数の電
子部品に沿って配され,」の構成が本件特許出願前に知られていることを認めてい
る。」と認定しているが(11頁24行~29行),本件特許発明にいう複合磁性
体(導電性支持体,金属軟磁性体粉末,有機結合材)を電磁波干渉抑制用途に利用
することが本件特許出願前に公知であったとはいえず,本件明細書に記載もないか
ら,上記認定は誤りである。
 また,本件決定は,相違点1及び相違点2の構成は,周知例2(甲1
0)にも示されている技術事項であるから,相違点1及び相違点2である電磁波干
渉抑制体を適用する個所の構成としては周知の構成である旨認定しているが(11
頁30行~33行),周知例2には,本件特許発明にいう複合磁性体を電磁波干渉
抑制用途に利用することは記載されていないし,わずか1件の公開特許公報をもっ
て周知であるとは必ずしもいえず,しかも,周知例2に対しては,原告にあらかじ
め意見を述べる機会が与えられていないから,上記認定には手続違背がある。
(ウ) 本件決定は,「<相違点3>の構成に関しては,絶縁性軟磁性体層は
不要電磁波を吸収するのであるから,絶縁性軟磁性体層を適用する際,絶縁性軟磁
性体層を不要電磁波が生ずる電子部品側に配することは極めて当然のことであ
る。」(11頁34行~37行)と認定判断している。
 しかし,本件明細書は,不要電磁波の吸収のみならず,同じ基板面に
対する不要輻射の反射,ノイズ源側の同一配線基板内での二次的な電磁結合の助長
をも抑制する手段を開示しているのに,本件決定では,不要輻射の反射及び二次的
な電磁結合について全く言及していないから,本件第1発明を誤認していることは
明らかである。また,刊行物1には,電磁波を遮へいするために,不要電磁波を吸
収することのみが記載されており,使用環境によっては,吸収以外の現象が生じて
しまうことについて全く言及していないから,本件決定の前記認定判断は明らかに
失当である。
(エ) 以上によれば,本件第1発明における相違点1~3の構成は,当業
者が容易に想到することができたとする本件決定の判断は誤りである。
ウ 取消事由3(本件第2~11発明についての進歩性の判断の誤り)
(ア) 本件第2,3発明は,その中枢が本件第1発明と同様であるので,
進歩性を有する。
 周知例1(甲9)には,誘電体粉末を含んだ接着性樹脂材を誘電体共
振器の開放端面に塗布し,硬化させることによって,共振周波数を調整することが
記載されているが,共振器と,電磁波の透過及び反射を対象とする本件第3発明と
は,技術分野に同一性も近接性もないので,周知例1は,本件第3発明の進歩性を
否定する根拠にならない。
 また,わずか1件の公開特許公報をもって周知であるとは必ずしもい
えず,しかも,周知例1に対しては,原告にあらかじめ意見を述べる機会が与えら
れていないから,これを周知であると認定することには手続違背がある。
(イ) 本件第4~11発明は,本件第1~3発明の従属項であって,本件
第1~3発明が進歩性を有する以上,進歩性を有する。
エ 取消事由4(アスペクト比とμ”の関係についての認定判断の誤り)
 本件決定は,周知例3(甲11)の段落【0016】と【表1】を根拠
に,「アスペクト比の大きな粉末を用いるとμ”が大になることと,この事実が電
磁波の吸収に利用できることは」,周知例3に示されているように当該分野では周
知の事実である(13頁12行~14行)と結論づけている。
 しかし,周知例3には,「誘電特性も電磁波の吸収に利用できること」
は示されているものの,「アスペクト比の大きな粉末を用いるとμ”が大になるこ
と」は開示されておらず,周知例3から「アスペクト比の大きな粉末を用いると
μ”が大になること」が周知であると,結論することはできない。また,磁性を応
用した本件特許発明に対して,誘電性を応用した発明を示して「この事実が電磁波
の吸収に利用できることが明白に示されている。」ということもできない。わずか
1件の公開特許公報をもって周知であるとは必ずしもいえず,しかも,周知例3に
対しては,原告にあらかじめ意見を述べる機会が与えられていないから,これを周
知であると認定することには手続違背がある。
2 請求原因に対する認否
 請求原因(1)ないし(3)の各事実は認めるが,同(4)は争う。
3 被告の反論
 以下に述べるとおり,本件決定には,原告主張の違法はない。
(1) 取消事由1に対して
 刊行物1に記載の遮へい吸収材2’と本件第1発明の電磁波干渉抑制体と
は,「高周波領域に於いて不要電磁波の干渉によって生じる電磁障害を抑制する電
磁波干渉抑制体であって,導電性支持体と,該導電性支持体の少なくとも一方面に
設けられた絶縁性軟磁性体層とを有し,該絶縁性軟磁性体層は金属軟磁性体粉末と
有機結合剤を含み,前記金属軟磁性体粉末が扁平状及び/又は針状の粉末であっ
て,尚且つ前記絶縁性軟磁性体層の磁化容易軸方向若しくは磁性粒子配向方向が,
前記導電性支持体と平行である電磁波干渉抑制体。」である点では構成が同じであ
るから,刊行物1には電磁波の「透過」及び「反射」という用語は用いられていな
いものの,刊行物1の遮へい吸収材の「吸収」の意味するところは,不要な電磁波
を遮へい吸収材の中へ閉じ込めて電磁波の透過も反射も抑制するというものであ
り,本件第1発明の電磁波干渉抑制体が電磁波の透過及び反射の双方を抑制するの
と同様の機能を果たすものと解される。刊行物1の第4図に示された多層構造の遮
へい吸収材2’が電磁波の透過抑制機能は備えているが,反射抑制機能(電磁波の
反射による電磁結合を助長させることがない機能)は備えていないとする根拠はな
く,吸収を「透過」抑制機能のみと限定的に解釈する合理的理由はない。
 また,そもそも,本件第1発明の「電磁波干渉抑制体」という用語は,電
磁結合を抑制するものという意味であって,電磁波の透過及び反射の双方を抑制す
るものに限定されるものとはいえない。
 したがって,刊行物1記載の発明の遮へい吸収材2’が本件第1発明の電
磁波干渉抑制体に相当するとした本件決定の一致点の認定に誤りはない。
(2) 取消事由2に対して
ア 原告は,本件特許発明の直接的な対象が伝導ノイズである旨述べている
が,本件明細書の段落【0007】・【0008】に,例えば「発明が解決しよう
とする課題」の欄に「上述した配線基板では,・・・同じ基板面に対しては,不要
輻射の反射が生じてしまい,ノイズ源側の同一配線基板内での二次的な電磁結合が
助長されるという問題がある。それ故に本発明の課題は,・・・電磁波の反射に対
しては,少なくとも反射による電磁結合を助長させることのない電磁波干渉抑制体
を提供することにある。」と記載されているように,本件特許発明は,反射による
ノイズを対象とするものということができる。
 そして,電磁波干渉抑制効果を得るためにノイズ源又は潜在的ノイズ源
の近傍に電磁シ-ルド材を近接配置することへのニーズは,本件特許出願前から周
知であって,このような配置の場合にも反射によるノイズを防止する必要があるこ
とは明らかである。また,放射ノイズ対策用であるという刊行物1の第4図記載の
遮へい吸収材2’の技術を伝導ノイズ対策用であるという本件第1発明のような近
傍界における不要電磁波対策用の技術に転用することには何ら技術的な阻害要因は
ないから,刊行物1記載の遮へい吸収材2’をノイズ源又は潜在的ノイズ源に対し
て近接配置して,本件第1発明のような形態のものにも使用することは,当業者が
容易に推考し得たものである。
イ 本件明細書の段落【0006】には,「複数の配線基板を重ね合わせて
実装する場合においては,部品間や配線基板間の電磁波干渉に由来する電磁障害の
起こりうる可能性が極めて高くなり,何等かの対策が不可欠となる。」と記載さ
れ,更に「これらの配線基板間における干渉の対策手段としては,一般に,導電性
のシールド材(銅板,アルミニウム板等)を配線基板間に挿入することが行われて
いる。」とも記載されていることから明らかなように,部品間や配線基板間の電磁
波干渉に由来する電磁波障害が起こる可能性があるので,何らかの対策が不可欠と
なるという要求があって,その対策手段として,一般に,導電性のシールド材を配
線基板間に挿入することが行われており,実質的に相違点1及び2に係る構成が本
件特許出願前に公知であったことが裏付けられている。
 そして,本件第1発明の技術背景となる電磁波シールド材(電磁波遮蔽
体)を配線基板間に挿入する構成は,乙1(特開平3-175824号公報(第4
図参照))・2(特開平5-308198号公報)・3(特開平3-70196号
公報(第1図))・4(実願昭61-768号(実開昭62-112196号)の
マイクロフィルム(第2図))・5(実願昭61-146880号(実開昭63-
55483号)のマイクロフィルム)に示されているように,本件特許出願前から
周知のものであり,本件第1発明は,刊行物1の第4図記載の遮へい吸収材2’を
従来から周知の構造体における電磁波シールド材に代えて適用したにすぎない。
ウ 刊行物1の遮へい吸収材2’は,電磁波の「透過」抑制及び「反射」抑
制の両方を含めて電磁波を吸収するものであると解されるから,刊行物1の電磁遮
へい吸収材2(本件第1発明の絶縁性軟磁性体層に相当)を積層してある側を不要
電磁波を発生する電子部品側に向けて配置することは,本件第1発明の条件下で適
用する際には至極当然なことであり,本件決定の相違点3の判断に誤りはない。
エ したがって,本件第1発明は,本件明細書の段落【0006】の記載事
項,及び周知例2に示された技術事項を始めとする乙1~5に例示された周知技術
である構成を参酌することによって,刊行物1に記載された発明に基づいて当業者
が容易に発明をすることができたものである。
(3) 取消事由3に対して
 本件第2~11発明についても,本件決定の各周知例に示された技術事項
及び乙1~5に例示された周知技術を参酌することによって,刊行物1発明及び刊
行物2,6,7,8に記載された各技術事項に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものである。
 なお,電気特性を調整するために誘電体粉末を加えることは刊行物7(甲
7)や周知例1(甲9)にみられるように周知であり,また,電波吸収体として磁
性体と誘電体を組み合わせることも,例えば周知例3(甲11)にみられるように
周知の事項である。
(4) 取消事由4に対して
 アスペクト比とμ”の関係については本件明細書の実施例で言及している
のであって,本件の請求項1の記載からだけでは原告がいうアスペクト比とμ”の
関係を明らかにしたとはいえず,原告の主張は,特許請求の範囲の記載に基づかな
い主張であるといわざるを得ない。
第4 当裁判所の判断
1 請求原因(1)(特許庁における手続の経緯),(2)(発明の内容),(3)(決定
の内容)の各事実は,いずれも当事者間に争いがない。
 そこで,原告主張に係る本件決定の取消事由(請求原因(4))について,以
下,順次判断する。
2 取消事由1(一致点の認定の誤り)について
(1) 原告は,本件第1発明の電磁波干渉抑制体は,電磁波の透過及び反射の双
方を抑制する用途に利用することを目的とするのに対し,刊行物1には電磁波の反
射について全く開示されておらず,刊行物1に記載された遮へい吸収材2’は,電
磁波の吸収用途だけを目的とするものであって,本件第1発明と刊行物1発明は明
らかに異なるから,両者が電磁波干渉抑制体である点で一致するとした本件決定の
一致点の認定は誤りである旨主張する。
 そこで検討するに,刊行物1(甲4)の「特許請求の範囲」には「(6) 非
導電性粘結物質と導電性箔状粒子の混練成形材であって,上記箔状粒子が表面に平
行に配向している成形材と,金属板との多層構造にしたことを特徴とする電磁遮へ
い吸収材。」,「(7) 金属板が高透磁率磁性材であることを特徴とする特許請求の
範囲第6項に記載の電磁遮へい吸収材。」との記載があり,またその「発明の詳細
な説明」には,「本発明を以下に詳細に説明する。非導電性の粘結物質としては,
ポリ塩化ビニル,ポリ塩化ビニリデン,・・・(中略)・・・カルボキメチルセル
ロース等の物質が使用される。導電性箔状粒子には,フレーク状の黒鉛粉末粒子,
アルミニウム,銀,銅等の高導電性の金属粉末をロールで圧延して箔状にしたも
の,さらに高透磁率磁性材料のパーマロイ,アルパームの箔状粒子,センダストの
箔状粒子等が用いられる。」(以上,2頁左下欄2行~右下欄1行),「以上説明
した非導電性粘結物質と導電性箔状粒子との混練物の電磁遮へい吸収剤は,金属板
に比べるとその電気抵抗は高いものといわなければならない。従って,高周波に対
する電磁遮へいには有効であるが,低周波に対しては効果が不足する場合がある。
このような場合には・・・(中略)・・・。さらにこの金属板4として磁性材,特
にケイ素鋼板のような高透磁性金属材を用いると,低周波から高周波まで広い周波
帯域で電磁波の有効な遮へい吸収ができるものとなる。」(3頁左下欄5行~右下
欄2行)と記載されている。
 これらの記載によれば,刊行物1には「高周波領域に於いて不要電磁波の
干渉によって生じる電磁障害を抑制する遮へい吸収材であって,金属板と,該金属
板の少なくとも一方面に設けられた混練成形材とを有し,該混練成形材は高透磁率
磁性材料の箔状粒子と粘結物質を含み,前記混練成形材の磁性粒子配向方向が,前
記金属板と平行であるもの」が示されているといえる。
 また,本件明細書(甲3)には,「本発明の一つの構成要素である導電性
支持体(もしくは導電性軟磁性支持体)1としては,銅薄板,ステンレス薄板,ア
ルミニウム薄板等の金属薄板,及び・・・(中略)・・・或いは細線状の導体を網
目状に加工した金網等を使用することができる。」(段落【0031】),「本件
発明の構成要素のもう一つである絶縁性軟磁性層2の形成に用いることのできる偏
平状(もしくは針状)の軟磁性体粉末3としては,高周波透磁率の大きな鉄アルミ
珪素合金(センダスト),鉄ニッケル合金(パーマロイ)をその代表的素材として
挙げることでき,粉末のアスペクト比は十分に大きい(おおよそ5:1以上)こと
が望ましい。」(段落【0033】),「絶縁性軟磁性層2の形成に用いる有機結
合剤4としては,ポリエステル系樹脂,ポリ塩化ビニル系樹脂,ポリビニルプチラ
ール樹脂,ポリウレタン樹脂,セルロース系樹脂・・・(中略)・・・・等を挙げ
ることができる。」(段落【0034】)との記載がある。
 そうすると,本件第1発明と刊行物1発明とは,「導電性支持体(刊行物
1の「金属板」に相当)と,該導電性支持体の少なくとも一方面に設けられた絶縁
性軟磁性体層(刊行物1の「混練成形材」に相当)とを有し,該絶縁性軟磁性体層
は金属軟磁性体粉末(刊行物1の「箔状粒子」に相当)と有機結合剤(刊行物1の
「粘結物質」に相当)を含み,前記金属軟磁性体粉末が扁平状及び/又は針状の粉
末であって,尚且つ前記絶縁性軟磁性体層の磁化容易軸方向若しくは磁性粒子配向
方向が,前記導電性支持体と平行である」点において,構成が一致していることが
認められる。
(2) 次に,刊行物1(甲4)には「一般に,磁気遮へい材としては,鉄などの
高透磁率磁性材の薄板や高透磁率磁性材の粉末を焼結したものが使用されている。
また電気遮へい材としては,導電率の大きな金属薄板が用いられている。しかも,
磁界又は電界を効果的に遮へいするためには,1枚の厚い遮へい材を用いるよりも
薄い遮へい材を多層構造にして用いる方が過電流損を抑制することができることか
ら,好ましいものとされている。しかしながら,薄い磁性材料の板や導電率の高い
金属板を何枚も重ねて遮へいすることは加工がむずかしく,特に小型の電気,電子
機器の遮へいをするとなると,加工の困難性が一層顕著となる。」,「また一般
に,電波無響室の遮へい壁には,発泡ポリウレタンや発泡ポリスチレンに黒鉛粉末
を混入した材料のものが使われている。しかし,この場合でも,これら発泡性樹脂
では,小型機器の遮へいに使用しようとすると成形加工が困難である問題があ
る。」,「本発明は,このような従来の問題に鑑みてなされたものであり,成形性
が良く安価に製造でき,種々の電気,電子機器の電磁波の遮へい吸収を効果的に行
なうことができる電磁遮へい吸収材を提供することを目的とする。」,「すなわ
ち,本発明は,非導電性粘結物質と導電性箔状粒子との混練成形材で,しかも箔状
粒子が成形材の表面に平行に配向していることを特徴とする電磁遮へい吸収材,さ
らに低周波に対しても効果的な遮へい性を示す上記遮へい吸収材と金属板との多層
構造の電磁遮へい吸収材を提供するものである。」(以上,2頁左上欄1行~同頁
左下欄1行),「さらに磁気の遮へい吸収に重点を置くときには,磁性材,特に高
透磁率磁性材の箔状粒子を用いる。」(3頁左下欄2~4行),「尚,以上説明し
た電磁遮へい吸収材の用途には,シート状のまま,又は一定の成形加工をすること
によりコンデンサケース,ボリュームやスイッチ等の電気,電子機器のケース,シ
ャーシのシールドカバー,シールドルームの壁材その他がある。」(3頁右下欄3
~7行)がある。
 これらの記載によれば,刊行物1の遮へい吸収材は,磁界や電界を遮へい
するだけでなく,電磁波を吸収する作用も有することが認められる。そして,電磁
波を吸収し,熱に変換すれば,当然,電磁波の透過及び反射を抑制することができ
ることは明らかであるから,刊行物1の遮へい吸収材は,電磁波の透過を防止する
とともに,電磁波の反射を抑制する作用をも奏するものといえる。
 そして,本件第1発明と刊行物1発明とは前記認定の点において構成が一
致していること及び本件明細書(甲3)の段落【0022】には「また,軟磁性体
粉末の形状が偏平状もしくは針状であるために,形状磁気異方性が出現し,高周波
領域にて磁気共鳴に基づく複素透磁率の増大化が生じ,不要輻射成分が効率的に吸
収,抑制される。」との記載があることに照らすと,刊行物1発明の「遮へい吸収
材」が有する電磁波を吸収する作用と本件第1発明の「電磁波干渉抑制体」が有す
る電磁波の反射による電磁結合を抑制する作用とは同じのものと認められる。
 したがって,刊行物1に記載された遮へい吸収材2’は,本件第1発明の
電磁波干渉抑制体に相当するものであるから,本件決定の一致点の認定に誤りはな
い。
 原告は,本件第1発明の電磁波干渉抑制体は,電磁波の透過及び反射の双
方を抑制する用途に利用することを目的とするのに対し,刊行物1に記載された遮
へい吸収材2’は,電磁波の吸収用途だけを目的とするものであり,用途が異なる
から本件決定の一致点の認定は誤りである旨主張するが,そもそも原告が主張する
ような用途の相違は,本件決定の一致点の認定に影響を及ぼすものとは認められな
い。
 したがって,原告主張の取消事由1は理由がない。
3 取消事由2(本件第1発明についての進歩性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件特許発明は,伝導ノイズを放射ノイズに変わる前に消滅さ
せ,結果として放射ノイズによる誤動作の防止を行うことを前提とするもので,本
件特許発明の直接的な対象は伝導ノイズであるのに対し,刊行物1記載の遮へい吸
収材又は刊行物2記載の電磁シールド材は,いずれも放射ノイズを直接的な対象と
するものであって,これらを伝導ノイズ対策のためにノイズ源又は潜在的ノイズ源
に近接して配置する本件第1発明の電磁波干渉抑制体の用途に転用することには技
術的な阻害要因があった旨主張する。
ア 本件明細書(甲3)には,「【産業上の利用分野】本発明は電磁波干渉
抑制体に関し,特に高周波領域において不要電磁波の干渉によって生じる電磁障害
を抑制するために用いられる電磁波干渉抑制体に関する。」(段落【000
1】),「【従来の技術】近年,デジタル電子機器をはじめ高周波を利用する電子
機器類が普及しており,中でも準マイクロ波帯域を使用する通信機器類の普及がめ
ざましい。例えば,携帯電話に代表される移動体通信機器は,特に小型化・軽量化
の要求が顕著であり,高密度実装化が最大の技術課題の一つとなっている。」(段
落【0002】),「したがって,過密に実装された電子部品類やプリント配線に
は,信号処理速度の高速化も図られているため,静電及び電磁結合による線間結合
の増大化や放射ノイズによる干渉などが生じ,電子機器類の正常な動作を妨げる事
態が少なからず生じている。」(段落【0003】),「このようないわゆる電磁
障害に対して,従来は回路の出力端子毎にローパスフィルタ等を接続し,不要な高
周波電流を抑制したり,問題となる回路を遠ざけるような方策を講じる等で電磁障
害の原因となる電磁結合,不要輻射や伝導ノイズ等を抑制していた。」(段落【0
004】),「これら高周波電子機器のさらなる小型,軽量化を実現する具体策と
して,例えば,一枚のプリント配線基板に異なる回路を混在(例えば,電力回路と
小信号回路)させたり,回路ごとに小基板化し,それらを重ね合わせて実装すると
いった手段が取られることが多くなってきている。」(段落【0005】),「し
かし,特に,複数の配線基板を重ね合わせて実装する場合においては,部品間や配
線基板間の電磁波干渉に由来する電磁障害の起こりうる可能性が極めて高くなり,
何等かの対策が不可欠となる。これらの配線基板間における干渉の対策手段として
は,一般に,導電性のシールド材(銅板,アルミニウム板等)を配線基板間に挿入
することが行われている。配線基板では,部品実装密度が高くなっているために,
高周波磁界波はノイズ源に対して低インピーダンスとなっており,配線基板の相互
間隔も接近して配置されている。」(段落【0006】),「【発明が解決しよう
とする課題】しかしながら,上述した配線基板では,ノイズ源となる一方の配線基
板に対向する他方の配線基板に対しての遮蔽効果は期待できるものの,同じ基板面
に対しては,不要輻射の反射が生じてしまい,ノイズ源側の同一配線基板内での二
次的な電磁結合が助長されるという問題がある。」(段落【0007】),「それ
故に本発明の課題は,電磁波の透過に対しては,導電性のシールド材と同等の遮蔽
効果をもち,電磁波の反射に対しては,少なくとも反射による電磁結合を助長させ
ることのない電磁波干渉抑制体を提供することにある。」(段落【0008】)と
の記載がある。
 これらの記載によれば,本件特許発明の課題は,複数の基板間で電磁波
を遮蔽するとともに,ノイズ源側の基板に対する電磁波の反射を抑制し,反射によ
る同一配線基板内での二次的な電磁結合を助長させることのない電磁波干渉抑制体
を提供することにあることが認められるものの,原告が主張するように本件特許発
明が伝導ノイズのみを直接の対象としているものとまで認めることはできないし,
本件明細書の他の記載からもこれを認めるに足りない。したがって,本件特許発明
の直接的な対象は伝導ノイズであるとの原告の主張は,本件明細書の記載に基づか
ないものである。
イ また,刊行物2(甲5)の「特許請求の範囲」には「(1) 高分子材料に
フェライト粒子を混合した複合フェライトの一面に導電性繊維布又は導電性複合材
料からなる抵抗体層を設けたことを特徴とする電磁シールド材。」との記載があ
り,同「発明の目的」には「本発明は,上記の点に鑑み,加工性の良好な複合フェ
ライトの一面に抵抗体層を形成する構成とし,入射電波の透過量を充分に少なくす
るとともに,反射波を複合フェライト部分で吸収して放射ノイズエネルギーの蓄積
防止を図った電磁シールド材を提供しようとするものである。」(1頁右下欄18
行~2頁左上欄3行)との記載がある。
 これらの記載によれば,刊行物2記載の電磁シールド材は,電磁波の透
過を抑制するとともに,反射波を吸収して抑制するものであることが認められる。
 そして,刊行物1の遮へい吸収材及び刊行物2の電磁シールド材は,放
射ノイズを対象とし,電磁波の透過を防止するものであるとともに,吸収すること
により抑制するものでもあり,ノイズ源側の基板に近接配置された場合に伝導ノイ
ズをも抑制する効果があるものといえる。
ウ 原告は,放射ノイズを吸収しようとする場合,電波吸収体と空間との境
界面においてインピーダンスマッチングを図ることが必要不可欠であるが,遠方界
においてはマッチング対象のインピーダンスが一定(377Ω)であるのに対し,
近傍界においては,インピーダンスがノイズ源からの距離に応じて変化することに
加え,ノイズ源の特定自体が困難であることから,インピーダンスマッチングは事
実上不可能であるため,近傍界において放射ノイズを直接的な対象として対策をし
ようとする場合には,完全な“吸収”はありえず,吸収体に取り込めなかった放射
ノイズは吸収体により反射されることになり,しかも,放射ノイズが反射された場
合のエネルギーもノイズ源に近いところで反射された方が当然に大きくなるから,
放射ノイズを直接的な対象としている刊行物1記載の遮へい吸収材又は刊行物2記
載の電磁シールド材を,ノイズ源又は潜在的ノイズ源に近接して配置することに適
するように転用し,本件特許発明の用途に適用しようする発想は生まれない旨主張
する。
 しかし,刊行物1には,遮へい吸収材の入力インピーダンスに関する記
載はなく,また,刊行物1の遮へい吸収材の用途は,前記2(2)のとおり,シールド
ルームの壁材のほか,コンデンサケース,ボリュームやスイッチ等の電気,電子機
器のケース,シャーシのシールドカバー等であり(甲4の3頁右下欄3~7行),
これらの用途には放射ノイズの反射を完全に抑制することを必ずしも要しないもの
を含むことに照らすと,遮へい吸収材をノイズ源又は潜在的ノイズ源に近接して配
置することについてインピーダンスマッチングを図る観点から阻害事由があるとま
で認め難い。
 加えて,① 本件決定が周知例2として引用した特開平4-21119
8号公報(甲10)の【要約】(1頁)には,「【構成】 腕時計型受信機に内蔵
される回路組立体5は,液晶表示パネル13,信号処理回路部の形成された第2の
回路基板14,ノイズ遮蔽板15,スペ-サ17,受信回路部の形成された第1の
回路基板16で構成され,この順序で本体部の表面側から積層されており,パネル
枠11および回路ケ-ス体12でサンドイツチ状に挟まれ,組み立てられてい
る。」,「【効果】 信号処理回路部からのノイズを効果的に遮蔽可能なシ―ルド
構造を有する腕時計型通信装置などの携帯式の送受信装置を,装置の寸法を大きく
することなく,また,装置の価格の増大もなく提供できる。」との記載がある。②
 特開平5-308198号公報(乙2)には,「【産業上の利用分野】本発明
は,防水・防滴・防塵が必要で,かつ,シールドのための板金を筐体内部に有する
小型電気製品などのシールド構造に関するものである。」(段落【0001】),
「【従来の技術】近年,電気機器に高周波が多く用いられるようになり,それに伴
ってシールド対策の重要性が高まっている。また,電話やコンピュータなどの様々
な機器が携帯できるように小型化されていくなか,これらの機器の構成部品はより
近接の度を増し,シールド対策によって部品相互の干渉を防がなくてはならないケ
ースが多くなっている。」(段落【0002】),「電気部品の中には,その使用
時に,不要な電波を放射するものがあり,これがノイズとなって,他の部品に悪影
響を与える。このような部品は,周囲をシールドして,電波の不要輻射を遮断しな
くてはならない。」(段落【0003】),「上部筐体13と下部筐体14との内
部にはブラケット15,16を介して基板11,12が固定され,この基板11,
12の間にシールド板金17が配設されている。したがって,上部筐体13と下部
筐体14の内部下方寄り位置に固定されている基板11は,下部筐体14とシール
ド板金17によって囲まれ,上部筐体13と下部筐体14の内部上方寄り位置に固
定されている基板12は,上部筐体13とシールド板金17によって囲まれてい
る。」(段落【0015】)との記載がある。③ 実願昭61-768号(実開昭
62-112196号)のマイクロフィルム(乙4)には,「この考案は,機能の
異なる複数の電子回路部を互いに高周波的にシールドする部品実装構造に関するも
のである。」(1頁14行~15行),「フレキシブル基板(11)を図のように
電子回路部(11a)(11b)が対面する形の間にシールドパターン部(11
c)が位置するように折り曲げ,電子回路部(11a)のアースパターンとシール
ドカバーのツメ(12a)及びフレキシブル基板のライン接続部(11c)のアー
スパターンとシールドパターン部(11d)を各々,半田付けにより電気的,機械
的に接続固定して,シールドケース(13)に収納する。これによってシールドパ
ターン部(11d)とシールドカバー(12)及びシールドケース(13)から成
るシールド構造が形成され,電子回路部(11a)(11b)間と外部への高周波
的干渉が防止される。」(4頁11行~5頁2行)との記載がある。④ 実願昭6
1-146880号(実開昭63-55483号)のマイクロフィルム(乙5)に
は,「第1及び第2のプリント回路基板をシールドするシールド板を有し,該シー
ルド板に上記第1及び第2のプリント回路基板を保持する第1及び第2のプリント
回路基板保持部を設けると共に機体本体に固定する固定手段を設けたことを特徴と
するプリント回路基板取付装置。」(実用新案登録請求の範囲)との記載がある。
 上記①ないし④によれば,本件特許出願時において,電磁波遮蔽部材に
より「高周波電子機器類内での電子部品類やプリント配線,部品間や配線基板間の
電磁波の干渉を抑制する」ことが周知であったものと認められる。
 そうすると,刊行物1記載の遮へい吸収材又は刊行物2記載の電磁シー
ルド材を,ノイズ源又は潜在的ノイズ源に近接して配置することに適するように転
用することについては,阻害事由はないというべきである。
 したがって,原告の前記主張は採用することができない。
(2) 原告は,本件決定が「出願人自ら<相違点1>の「高周波電子機器類内での
電子部品類やプリント配線,部品間や配線基板間,同一配線基板内の」電磁波の干
渉を抑制することが本件特許出願前に知られていること,及び<相違点2>の「電磁
波干渉抑制体は同一面上に複数の電子部品を実装する配線基板の(前記)複数の電
子部品に沿って配され,」の構成が本件特許出願前に知られていることを認めてい
る。」と認定しているが(11頁24行~29行),本件特許発明にいう複合磁性
体(導電性支持体,金属軟磁性体粉末,有機結合材)を電磁波干渉抑制用途に利用
することが本件特許出願前に公知であったとはいえず,本件明細書に記載もないか
ら,上記認定は誤りである旨主張する。
 しかしながら,前記(1)ウで認定したとおり,本件特許出願当時,電磁波遮
蔽部材により「高周波電子機器類内での電子部品類やプリント配線,部品間や配線
基板間の電磁波の干渉を抑制する」ことが周知であったものであり,また,前記(1)
ウ①ないし④の各文献(甲10,乙2,4,5)の図面等の記載から,電磁波遮蔽
部材が「同一面上に複数の電子部品を実装する配線基板の複数の電子部品に沿って
配されている」ことも周知であったものと認められる。
 したがって,本件決定前が上記各周知技術について「本件特許出願前に知
られている」と認定したことに誤りはなく,刊行物1の遮へい吸収材を用いて,本
件第1発明の相違点1及び相違点2の構成とすることに何ら困難性はないものと認
められるから,仮に出願人である原告が「本件特許出願前に知られている」ことを
認めていなかったとしても,そのことは本件決定の結論に影響を及ぼすものではな
いというべきである(もっとも,本件全証拠によっても,本件特許出願時におい
て,電磁波遮蔽部材により高周波電子機器類内での「同一配線基板内」の電磁波の
干渉を抑制することが周知であったとまで認められず,この点では本件決定に誤り
があるが,このことが上記認定を左右するものではない。)。
 また,原告は,本件決定の周知例2(甲10)に対してあらかじめ意見を
述べる機会が与えられていないから,本件決定には手続違背がある旨主張するが,
周知例2記載の上記事項が周知であると認められる以上,これを参酌することは原
告にとって違法な不意打ちとなるものではないから,上記事項について意見を述べ
る機会を与えなければならないというものではなく,原告の上記主張は採用するこ
とができない。
(3) 原告は,本件決定が「<相違点3>の構成に関しては,絶縁性軟磁性体層は
不要電磁波を吸収するのであるから,絶縁性軟磁性体層を適用する際,絶縁性軟磁
性体層を不要電磁波が生ずる電子部品側に配することは極めて当然のことであ
る。」(11頁34行~37行)と認定判断しているのは,誤りである旨主張す
る。
 しかし,前記認定のとおり,刊行物1発明の遮へい吸収材も,電磁波の吸
収作用を有するものであり,本件第1発明の反射防止作用と刊行物1発明の吸収作
用とは同じ作用であるといえるから,刊行物1発明の吸収作用が絶縁性軟磁性体層
(混練成形材)によって得られることは明らかであるる。
 そうすると,相違点3に関する本件決定の上記認定判断に誤りはないとい
うべきである。
(4) 以上のとおり,原告主張の取消事由2は認められない。
4 取消事由3(本件第2~11発明についての進歩性の判断の誤り)について
(1) 原告は,本件決定の本件第1発明についての進歩性の判断が誤りである以
上,これを前提とする本件第2,3発明についての進歩性の判断は誤りであり,ひ
いては本件第1~3発明の従属項である本件第4~11発明の進歩性の判断も誤り
である旨主張する。
 しかしながら,先に説示したとおり,本件発明1の進歩性についての本件
決定の判断に誤りはないのであるから,原告の上記主張は,その前提を欠き,採用
することができない。
(2) 原告は,本件第3発明について,周知例1(甲9)の共振器と本件第3発
明との技術分野に同一性も近接性もないから,本件決定が周知例1をもって本件第
3発明の進歩性を否定する根拠としたのは誤りであると主張する。
 しかし,本件決定は,本件第3発明と刊行物1発明とは,相違点1~3に
加えて,絶縁性軟磁性体層に「誘電体粉末」を加えた点で相違するが,電気特性を
調整するため誘電体粉末を加えることも当該分野においては慣用の技術手段であ
り,このことは刊行物7及び周知例1にも示されている旨認定判断しているところ
(12頁9~13行),刊行物7(甲7)には,充填剤に関して「高周波特性,耐
電圧,絶縁性などの電気特性を向上させるのに,焼成クレーやマイカなどが用いら
れる。」(91頁2~3行)と記載されており,また,周知例3(甲11)にも,
電波吸収体としての誘電複合体として,誘電体を用いることが記載されているか
ら,本件決定の上記認定判断に誤りはない。
 原告は,周知例1に対する意見を述べる機会が与えられていない旨主張す
るが,周知技術に対して意見を述べる機会を与える必要がないことは先に説示した
とおりである。
(3) 以上のとおり,原告主張の取消事由3も認められない。
5 取消事由4(アスペクト比とμ”の関係についての認定判断の誤り)につい

 原告は,本件決定が,周知例3(甲11)の段落【0016】と【表1】を
根拠に,「アスペクト比の大きな粉末を用いるとμ”が大になることと,この事実
が電磁波の吸収に利用できることは」,周知例3に示されているように当該分野で
は周知の事実であると結論づけているのは誤りであるなどと主張する。
 原告の上記主張は,本件特許発明において,アスペクト比の大きな磁性粉末
を用いると磁気損失が大きくなり,伝導ノイズの抑制に効果があるというものであ
るが,アスペクト比の如何は,本件第1発明と刊行物1発明との一致点及び相違点
の認定判断には何ら影響を及ぼさないものであるから,仮に本件決定に原告が主張
するようなアスペクト比とμ”との関係についての誤認があるとしても,本件決定
の取消事由に結びつくものではない。
6 結論
 以上によれば,原告の本訴請求は理由がないから棄却することとし,主文の
とおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官    中  野     哲  弘
裁判官    大  鷹     一  郎
裁判官    長  谷  川  浩  二

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司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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