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裁判例


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○ 主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
○ 事実
(以下この判決においては、別紙主要略語表記載の略語を用いる。但し、正式の用
語を用いる場合もある。)
第一編 当事者の求めた裁判
第一 請求の趣旨
一 内閣総理大臣が昭和五二年九月一日、東京電力株式会社に対してなした柏崎・
刈羽原子力発電所の原子炉設置許可処分を取り消す。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
第二 請求の趣旨に対する答弁
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二編 当事者の主張
第一章 原告らの主張
第一節 原告らの地位
原告らは、東京電力株式会社(東京電力)柏崎・刈羽原子力発電所(本件原子力発
電所)の設置場所である新潟県柏崎市及び刈羽郡<地名略>並びにその周辺市町村
に居住する者であり、本件原子力発電所一号炉(本件原子炉)において事故が発生
した場合はもとより、平常運転時においても、放射線等によって生命、健康、生活
に重大な影響を受けることを免れない者である。
第二節 本件処分の存在
一 東京電力は、昭和五〇年三月二〇日、内閣総理大臣に対し、本件原子炉(沸騰
水型原子炉、熱出力約三三〇〇MW、発電量約一一〇万KW)の設置許可申請(本
件許可申請)をなし、同大臣は、同五二年九月一日、原子炉設置許可処分(本件処
分)をなした。
二 原告らは、昭和五二年一〇月、行政不服審査法四八条、二五条一項に基づく異
議申立書を内閣総理大臣に提出した。その後、昭和五三年法律第八六号による核原
料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(規制法)の一部改正により、
実用原子炉の設置許可権限が被告に承継されたが、内閣総理大臣及び被告は、右異
議申立てに対する裁決をしていない。
第三節 本件訴訟における司法審査のあり方
一 原子炉設置許可処分は、危険な原子炉施設をこの世に出現させ、周辺住民の生
命と健康等の基本的人権に直接重大な影響(侵害)を及ぼす行政処分であること、
規制法二四条一項各号に定められた各要件の文言は明確であり、どのような場合に
原子炉の設置が許可されるのかについて解釈上複数の選択を許す余地がないことに
鑑みると、本件原子炉の設置が、規制法二四条一項各号の要件に適合するか否かの
判断過程については、被告の裁量が働く余地はなく、とりわけ、同項四号にいう
「災害の防止上支障がない」という要件の適合性については、要するに「当該原子
炉が安全であるか。」というに尽きるから、たとえそれが専門技術的判断を要する
ものであるとしても、一義的に判断されるべきである。原子炉設置許可処分は、裁
量処分ではなく、本件訴訟における裁判所の審理、判断は、裁判所が右各要件の適
合性について改めて独自の審理を行い、その結果に基づく裁判所自らの判断を被告
の判断の結果と対比して直接その適否を決するいわゆる司法判断代置方式が採られ
るべきである。
二 伊方原発最高裁判決は、「原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる
原子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若し
くは原子炉安全専門審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてされた被告
行政庁の判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現
在の科学技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合
理な点があり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原
子力委員会若しくは原子炉安全専門審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い
過誤、欠落があり、被告行政庁の判断がこれに依拠してされたと認められる場合に
は、被告行政庁の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設
置許可処分は違法と解すべきである。」と判示し、司法判断代置方式を排斥した。
しかしながら、被告行政庁の専門技術的判断といっても、その実体は、原子炉設置
許可の申請者が提出した申請書とその添付資料によって、調査審議する程度のもの
であり、被告行政庁が独自の資料、計算、実験等を行って調査審議するものではな
く、手続的にも、正規の審査機関ではない下請機関や代理人等によって調査審査が
行われているなど、極めて杜撰なものである。これが被告行政庁の専門技術的判断
の実体であり、仮に原子炉設置許可処分における審査が専門技術的判断を要するも
のであるとして、裁判所が司法審査を回避するとすれば、被告行政庁の背後におい
て、実質的に専門技術的知識を動員した東京電力に対し、裁判所はその使命を放棄
し、屈伏したことを意味するといわざるを得ない。
また、原子炉施設の安全性に関し、世界中の科学者が真二つに分かれて論争してい
るときに、何故、被告行政庁から選任されて安全審査をしたいわゆる原発推進論者
ともいうべき科学者らの見解が、原発の実用性について、否定的、懐疑的な意見を
有する科学者らの見解よりも尊重されるべきなのか、その根拠は何ら明らかにされ
ていないというべきである。この不合理は、本件取消訴訟を民事差止訴訟と比較し
た場合に、一層明らかになるというべきである。すなわち、仮に、本件取消訴訟
が、電力会社を被告とする差止訴訟であったとすれば、安全性に関する証拠として
裁判所に提出される資料、判断過程において裁判所が直面する困難は本件取消訴訟
におけるのとほぼ同じになるはずであるが、裁判所は、安全性の判断をしなければ
ならないのであり、従来、多くの公害訴訟、薬害訴訟において裁判所は、専門技術
的な安全性に関する審理、判断を行ってきており、行政訴訟の場合に限り、裁判所
が専門技術的分野に立ち入らない理由はないのである。原発の安全性のように、国
民の生命、健康の安全に関わることは、本来裁判所が、審理、判断すべきであり、
原則として、裁判所は、どんな科学技術上の問題に関わることであっても事実認定
をする責務を負っているのであり、裁判所は、原発がいかに巨大科学の代物である
としても、鑑定等を通して実体的判断に迫るべきであるというべきである。
第四節 本件処分の手続的違法
第一 本件原子炉に係る安全性に関する事項の審査手続の経過
一 東京電力は、昭和五〇年一二月二〇日、内閣総理大臣に対し、規制法二三条一
項に基づき本件許可申請を行ったところ、内閣総理大臣は、同年四月一日、原子力
委員会に対し、同法二四条二項に基づき、右申請の同条一項各号の基準の適用につ
いて諮問した。東京電力は、同五二年七月一二日、申請書本文及び添付資料の一部
について補正し、内閣総理大臣は、同月一九日、原子力委員会にその旨通知した。
二 内閣総理大臣から諮問を受けた原子力委員会は、昭和五〇年四月一日開催の第
一三回定例会議において、事務局から申請の概要について説明を受けるとともに、
その適否についての検討に着手し、同年五月二〇日原子炉安全専門審査会(安全審
査会)に対し、原子力委員会設置法(設置法)一四条の二第二項に基づき、本件許
可申請の原子炉に係る安全性に関する事項(規制法二四条一項三号のうち技術的能
力に係る事項及び四号に係る事項)を調査審議するように指示し、それ以外の事項
については、原子力委員会において直接審議した。その後、内閣総理大臣から前記
一部補正の通知を受け、原子力委員会は、同五二年七月一九日安全審査会に対しそ
の旨の通知をした。
三 原子力委員会から本件原子炉の安全性について調査審議するように指示を受け
た安全審査会は、昭和五〇年五月二三日に開催された第一三七回審査会において、
事務局から申請の概要について説明を受け、本件許可申請に係る所要の調査審議の
ために部会を設置する旨決定し、同日、本件原子炉の安全性を審査する部会として
第一二〇部会を設置した。そして、部会員として、一三名の審査委員と七名の調査
委員が選出され、七名の調査員について追加して選出されることが確認された。同
時に、a審査委員が部会長に選出され、通産省原子力発電技術顧問会と合同で審議
を行うことを決定した。
昭和五〇年六月一〇日に開催された第一二〇部会の第一回部会において、申請者か
ら本件原子力発電所の計画概要について説明を受けた後、今後の部会運営方針、審
査方針が検討され、第一二〇部会に本件原子炉の施設関係を審査するAグループ、
環境関係を審査するBグループ、地盤関係を審査するCグループを設置することが
確認された。
安全審査会は、同五二年八月一二日、第一二〇部会における調査審議の結果を基
に、原子力委員会に対し、本件原子炉の設置に係る安全性は十分に確保できるとの
調査結果報告書を提出し、原子力委員会は、同月二三日、本件原子炉が規制法二四
条一項各号の各許可基準に適合しており、安全である旨の答申を内閣総理大臣に対
し行った。
四 内閣総理大臣は、原子力委員会の右答申を尊重し、通産大臣の同意を得た上
で、昭和五二年九月一日、東京電力に対し、規制法二三条一項に基づき、本件処分
をした。
第二 本件安全審査手続における構造的瑕疵
一 安全審査の手続規定の不備、不明確の瑕疵
原子炉施設は、事故時には膨大な人命を犠牲にし、平常時においてさえも人の生
命、身体に重大な損傷を及ぼしかねない危険な施設であることに鑑みると、憲法三
一条により、原子炉の設置許可手続は、刑事処分の際に認められる以上の厳格かつ
適正な法律上の手続であること、すなわち、原子炉施設の設置許可処分が公正に行
われるために、申請から許可に至るまでの一連の手続が詳細に法律で定められ、公
平、中立、自主、独立の審査機関が設置されることが必要であるというべきであ
る。原子炉施設の設置・運転によって、周辺の住民はもとより、広く国民の間に不
安と動揺が広がってきているが、それは、原子炉施設が潜在的危険性を有するにも
かかわらず、原子炉施設の設置許可手続、殊に安全審査手続が国民の目の届きにく
いところで、国民の目の届きにくい形で行われているからであり、それを解消する
ためにも、安全審査の手続規定の中には、住民の参加手続と資料や議事録の公開手
続が設けられるべきである。
しかるに、規制法等の原子炉の設置許可手続に関する手続規定は、その安全審査手
続に関して住民の参加手続と資料や議事録の公開手続を設けていないし、設置許可
の公正を担保するにふさわしい厳格かつ適正な法律上の手続規定とは到底いえない
から、憲法三一条に違反するものである。
二 安全審査に係る技術的基準等の不明確
原子炉の設置は、周辺住民のみならず、広く国民の生活全般に多大な影響を及ぼ
し、かつ、国民の生命、健康、自由、財産に重大な被害を及ぼし兼ねないものであ
るから、それらの設置許可基準や安全審査基準などは、可能な限り明確化され、法
律で定められなければならず、設置許可基準や安全審査基準を、内閣の政令、省
令、ましてやいわゆる内規、決定、了承、談話等に委ねることは許されない。規制
法二四条一項四号は、原子炉を設置する場合の安全性に関する許可基準を定めてい
るものの、その規定の仕方は極めて抽象的で、安全性に係る具体的な事項の審査基
準をこれに求めることは困難であるから、右規定は、不合理、不明確であって、憲
法三一条に違反するといわざるを得ない。
また、原子力安全委員会は、立地審査指針、ECCS安全評価指針、線量目標値指
針、線量目標値評価指針、安全設計審査指針、気象指針等の安全審査の基準を作成
しているが、これらは、その時々の原子力発電所の事故等を参考に自由に変更が可
能な原子力安全委員会の内規に過ぎないにもかかわらず原子力安全委員会の決定と
して公表され、こうした内規が実質的には法律と同様の効果を有しているが、規制
法二四条四号との関係は不明であり、これでは地域住民や国民に責任をもった安全
審査の基準とは到底なり得す、本件処分は、法律又はその委任に基づいて定められ
たものではない原子炉施設の安全性に関する基準を用いた安全審査に依拠してなさ
れたものといわざるを得ないから、権力分立の原則を定めた憲法四一条、七三条、
八一条に違反する。
三 本件安全審査手続の不公正、不適正
前記のとおり、原子炉の設置許可に係る安全審査の手続規定は、不備、不明確とい
わざるを得ないが、そのように、行政処分の判断の公正を担保するにふさわしい手
続法が整備されていない場合においても、行政庁は、憲法三一条に従って、公平、
中立、自主、独立の審査機関を設置し、当該行政処分の手続を厳格かつ適正に行わ
なければならない。また、昭和三〇年一二月、我が国で最初の原子力立法である基
本法、設置法等が制定されたが、それに先立ち、同二九年四月、学術会議は、今後
原子力の研究、利用、開発を行うに当たっては、その前提として原子力が絶対に軍
事目的に利用されない決意が必要であり、そのためには、(1)情報の完全公開と
国民への周知、(2)民主的運営と能力ある研究者に対する十分な協力、(3)自
主性ある運営の三つの条件が付される必要があると政府に申し入れており、この三
条件が、基本法二条に採り入れられ、「民主」、「自主」、「公開」のいわゆる原
子力三原則が確立した。原子力三原則は、直接的には、原子力の軍事利用に対する
国民の強い懸念を反映し、その保障の方法ないし手段として確立されたものであ
り、基本法で設置されることとなった原子力委員会も、その趣旨を実現するにふさ
わしい機関として設置が認められたものであるが、同時に、原子力三原則は、原子
炉設置許可処分に係る審査手続において、原子炉施設の安全性の確保を保障する役
割を有していると考えられる。
しかるに、本件安全審査は、以下のとおり、憲法三一条、原子力三原則に違反し
て、不公正、不適正に行われたものといわざるを得ない。
1 公開の原則違反
東京電力から出された膨大な本件許可申請書は法定の縦覧に供せられたが、二年三
か月に及ぶ第一二〇部会の審査は秘密裡に行われ、議事録も公開されていないし、
本件安全審査においては、有効な安全性論議をたたかわすために用いられた資料を
公開するなどの必要最小限の措置も講じられていない。
2 公聴会の不存在
原子炉の存在それ自体が住民の生命、身体、生活に計り知れない危険を及ぼすおそ
れがあり、安全審査は、まさにその設置の許否を決定する最重要な手続であるか
ら、憲法に基づく適正手続の保障としての公聴会ないし住民に対する告知・聴聞の
手続が不可欠であり、基本法二条の理念にも沿うものであるといえるが、本件安全
審査においては、設置許可までの間、地元住民が何回となく公開討論会の開催を申
し込んだにもかかわらず、無視された。
3 実質審査が可能な審査体制の不存在
原子炉の設置許可に係る安全審査が科学的、専門技術的であって、裁判所の審理と
判断に一定の限界があるとすれば、行政手続の過程での安全審査こそが決定的に重
要であり、原子炉施設に係る安全審査においては、実証と科学に裏打ちされた実質
的安全審査が要請され、そのためには、原子力発電所設置者から提出される資料や
データの真偽を再度実証的に点検し、チェックすることが可能な人員と十分な予算
や設備が必要となるが、我が国の原子力委員会やその下部機関である安全審査会、
それらの事務局である科学技術庁原子力局(後の原子力安全局)規制課には、実質
的安全審査を実施できる人員も、施設・設備も、予算もないのが実態である。ま
た、安全審査委員は、いずれも大学教授等他に本職を持つ非常勤の委員で構成され
ており、安全審査に専念できる体制になっていないことなどに鑑みると、本件安全
審査における審査体制は不十分であって、原子炉施設の安全性を実質的に審査する
ことが極めて困難なものであったといわなければならない。
4 不公正な審査体制
原子力委員会は、本件安全審査の当時、原子力開発を推進する側とこれを規制する
側との両方の役割を同時に兼ねていたため、安全審査体制自体に甚だしい不公正が
生じており、このような不公正な審査体制のもとになされた本件処分は違法であ
る。同委員会は、本件原子炉の設置許可が内閣総理大臣に答申されて間もない昭和
五三年に、原子力行政についての開発推進機構と安全規制機構とを分離するとの目
的で、従来の原子力委員会が有していた原子力の研究、開発、利用に関する事項に
ついて企画、審議、決定する権限の中から安全審査に関する事項を独立させ、これ
を新たに設置した原子力安全委員会の権限としたが、このことは、本件原子炉の安
全審査を担当した原子力委員会そのものが安全審査を担当する機関として不適格で
あったことを示す証左である。
また、原子力委員会は、科学技術庁長官たる委員長と六名の委員で構成され(設置
法六条)、委員のうち三人は非常勤の委員とすることができる(同条二項)とされ
ているところ、本件安全審査を担当した原子力委員会の委員は、委員長がb、委員
がc、d、e、f、g、h、i、j(途中で委員の一部が交代した。)であった
が、原子力委員会の委員は、どのような資格、基準で人選されたのか明らかではな
く、原子力発電所の安全審査を担当するに足りる学識経験、専門技術的知見を有す
るのか否か必ずしも定かではない。更に、安全審査会の審査委員のうち、本件安全
審査に関わった委員が、どのような経歴や研究実績を持ち、原子炉の安全性を審査
するにふさわしい専門技術的判断能力を有するのか、全く明らかにされていない。
原子力委員会の委員及び安全審査会の審査委員は、政府が原子力発電所の建設に積
極的に賛成する学者等を恣意的に選出しており、学術会議や学会からの推薦という
形式を採っておらず、原子力発電所に慎重な、あるいは批判的な姿勢を持つ学者は
一人も審査委員に任命されていないなど原子力委員会の委員及び安全審査会の審査
委員の人選は不公正であり、殊に原子力委員会は、実際にはほぼ完全に政府の支配
下にあったというべきであり、本件安全審査の審査体制が適切かつ公平に行われた
とはいえない。
5 部会等による審査
本件安全審査は、実質的には安全審査会でなく、主として審査委員「二名、調査委
員一五名で構成された第一二〇部会によって行われたものであるところ、確かに原
子炉安全専門審査会運営規程(安全審査会運営規程)七条は、安全審査会にその所
掌事務を分掌させるため、部会を置くことができる旨規定しているが、部会は必要
的機関でなければ、常設的機関でもなく、ましてや安全審査会の審査のほとんどを
肩代わりすることが予定されている機関でもないのであるから、本件原子力発電所
の実質的な安全審査を、第一二〇部会や、さらに同部会内の三グループに肩代わり
させることは、行政の責任転嫁であり、極めて危険な安全審査手続である。
6 正規の機関によらない安全審査
本件安全審査は、事実上、安全審査会の下請機関ともいうべき第一二〇部会によっ
て行われているが、原子炉施設の安全性を公正かつ実質的に審査するためには、原
子力委員会の自主性、独立性を最大限保障し、いやしくも審査手続の公正さを疑わ
しめるような正規の機関でない者が審査に関与することがないように手続上の措置
を講じて審査すべきであるところ、同部会は、原発推進の急先鋒である通産省原子
力発電技術顧問会と合同で審査を行っており、その技術顧問会と称する官庁側の科
学者には地元住民の立場を配慮しながら真剣に安全審査を行おうという熱意はおよ
そ認められず、安全審査の技術基準のあいまいさも加わって、馴れ合い的な安全審
査が行われてきた可能性を否定できない。更に、科学技術庁原子力局の局長、次
長、課長、参事らが毎回多数、安全審査会や部会に出席しており、これらの事務局
員は、事前に審査会の議事を企画した上、資料を作成し、申請書や添付書類に先に
目を通して、委員に対し説明や報告をしているのであり、果ては、安全審査会及び
部会の報告書や原子力委員会の答申書の原案まで作成するなど、事実上本件安全審
査をリードしたもので、こうした他の機関の実質上の関与によりなされた報告書等
は信用性を欠如しており、本件安全審査は違法である。
7 審査範囲(審査対象)を限定した瑕疵
規制法二四条が対象とする原子炉とは、核燃料が補給されつつ、発電が行われ、絶
えず廃棄物を生成し、放射能を放排出して稼働する原子炉であり、原子炉施設の稼
働に必然的に伴う温排水、廃棄物処理、廃炉処理、使用済燃料の再処理、輸送、周
辺の環境問題等は、全て「原子炉施設の位置、構造、設備」ないし「原子炉の運転
を適格に遂行するに足りる技術的能力」(規制法二四条三号、四号)等の審査対象
となるというべきであるところ、本件安全審査においては、温排水による海中生物
への影響、固体廃棄物や廃炉などの最終処分、使用済燃料の再処理、輸送等の問題
は、審査対象外とされて、これらについては何らの審査もなされていない。
また、原子力発電所の安全審査に関する現行の手続は、(1)発電用原子炉の設置
に対する内閣総理大臣の設置許可(規制法二三条)、(2)電気事業の用に供する
電気工作物の設置又は変更の工事計画に対する通商産業大臣(通産大臣)の認可
(電気事業法四一条)、(3)電気工作物の工事に対する通産大臣の検査(同法四
三条)、(4)電気事業の用に供する発電用原子炉及びその付属設備に対する通産
大臣の検査(同法四七条)の四段階に分かれているが、右各段階における各安全審
査の性格は必ずしも明らかではない上、各安全審査相互の関連性も明らかではな
い。そして、現行の原発の安全審査手続は、憲法及び基本法の要請をことごとく踏
みにじった欠陥だらけの手続であることに鑑みると、原子炉の計画・設計段階から
運転段階まで総合的に安全性の審査がなされるべきであるのに、本件安全審査は、
安全審査の対象を基本設計ないし基本設計方針に限定しており、不合理である。
したがって、本件安全審査における安全審査の対象を原子炉施設自体の安全性に直
接関係する事項に限定し、かつ、原子炉施設の基本設計ないし基本設計方針に限定
した点は違法といわざるを得ない。被告は、原子炉施設の詳細設計をめぐる安全性
の審査は建設工事の段階で、運転管理をめぐる安全性の審査は運転段階で行えば足
りる旨主張するが、段階的規制の各段階で、原告らと同様に異議申立てを行い、取
消訴訟を提起している者が皆無であることに鑑みると、被告の右主張は、あまりに
も形式論に過ぎず、失当である。
8 審査方法の瑕疵
審査を実質的・実効的に行うには、審査機関が独自のデータ、独自の計算や実験を
行ってはじめて実効性のある審査が可能となるものであるところ、本件安全審査に
おいては、原子炉設置者である申請者の提出する資料やデータに基づいて、その基
本設計及び基本的設計方針が適切であるか否かを確認するだけであって、安全性を
審査する行政機関において自ら必要な資料やデータを収集し、必要な計算や実験を
行うという方法は採られなかったものであり、このような審査方法では、いかに優
秀な専門家を動員しても実のある審査を行うことは困難であって、本件安全審査の
審査方法は違法であったというべきである。被告は、原子炉の実際面における安全
性の確保は、直接原子炉を設置する原子炉設置者が第一次的にその責を果たすべき
ものである旨主張するが、原子力の研究、利用、開発が政府主導で推進され、商業
用原子炉である原子力発電所の建設が「国策」として推進されてきたこと、憲法、
基本法、規制法などの解釈に鑑みると、原発の安全性を確保すべき第一次的責任
は、原子炉施設の設置の許否を決することのできる行政庁にあるというべきであ
り、失当である。
第三 本件安全審査手続における個別的瑕疵
一 原子力委員会における審査実態と手続上の瑕疵
1 原子力委員会は、委員長及び三名の委員の出席がなければ、会議を開き、議決
をすることができない(設置法一一条二号)とされているが、本件原子炉の安全審
査に関連する原子力委員会は、昭和五〇年四月一日の第一三回定例会議、同月一八
日の第一四回臨時会議、同月二五日の第一五回臨時会議、同年五月二〇日の第一七
回定例会議、同年六月一五日の第二一回定例会議、同五一年六月八日の第二二回臨
時会議、同年七月二日の第二四回臨時会議、同年一二月一四日の第四八回定例会
議、同五二年八月一二日の第三二回臨時会議、同月一六日の第三三回定例会議、同
月二三日の第三四回定例会議の合計一一回の委員会が開催されているところ、第一
三日定例会議、第一七回定例会議、第四八回定例会議、第三二回臨時会議、第三三
回定例会議、第三四回定例会議の各委員会に委員長が出席していない。原子力委員
会は、内閣総理大臣の諮問に応じて原子力発電所の安全性について調査審議し、そ
の結果を内閣総理大臣に答申すべき重大な任務を負っていたものであり、いやしく
も委員会の要である委員長を欠いたまま調査審議し、議決をなすようなことがあっ
てはならないにもかかわらず、原子力委員会の審議が委員長不在のまま行われ、し
かも、最終答申という最も大切な委員会決定すら委員長抜きで行われており、本件
安全審査の際には、委員長の職務代理者も選任されていなかったから、本件安全審
査は違法である。
2 原子力委員会の審査は、自らあるいは事務局を使って必要な資料を分析、点
検、検討して行うというものではなく、専ら原子力委員会の下部機関である安全審
査会に下請けさせて行わせ、しかも原子力委員会の指示の下に本件原子炉の安全審
査を担当するはずの安全審査会は、職務の大半を正規の審査機関ではない第一二〇
部会に任せ、原子力委員会独自の審査は、一時間ないし二時間の短時間内に多くの
議題や報告(多いときは五件以上あった。)を掛け持ちして行ったに過ぎず、到底
科学的、専門技術的事項についての専門家の審査といえるものではなかったのであ
り、このような中身のない形式的な審査は法の要求している安全審査とはいえず、
本件安全審査は違法である。
二 安全審査会における審査実態と手続上の瑕疵
1 安全審査会における審査は、会議の回数こそ二六回に及んでいるが、その会議
の中身なるや正味二、三時間のうちに少ないときでも五、六件、多いときには一〇
件以上の審査を同時並行的に行っているのであって、いかに高度の判断能力を有す
る専門家といえ、そのような短時間で責任を持った判断などできるはずがないか
ら、本件安全審査会の審査は余りにも機械的、形式的であり、到底専門技術的審査
とはいえないから違法である。
2 安全審査会の会合には、毎回のように審査委員の代理人が出席し、開催された
二六回の会合のうち、定員三〇名、定足数一五名のところ、一回は、代理人四名を
含めて一〇名の委員しか出席しないのに、審査会が開かれ、実質的な審議をしてい
る。二六回の会合中、代理人を含め二〇名以上出席したのが僅か一〇回で、代理人
を含め一五名以下の出席によって開かれた会合も三回あり、第一五八審査会には、
正規の委員ではなく、法律上の根拠が明らかでない代理人が四名も審査に加わって
いる。また、本件安全審査には正規の審査委員のほかに多数の調査委員が加わって
いるが、調査委員の法的な性格は全く不明である。したがって、かような安全審査
会において行われた本件安全審査は違法である。
3 また、安全審査会の下で、実質的審査に当たった第一二〇部会についても、部
会員二八名中、合計七回の部会会合に欠かさず出席したのが、部会長くらいで、あ
とは代理人を含め一〇名しか出席のなかったのが一回、過半数の一四名以下の出席
しかなかったのが五回、二〇名以上の出席があったのは僅か一回に過ぎなかった。
また、第一二〇部会は、A、B、Cの三グループに別れて現地調査を含も審査に当
たったが、ここで、実際に調査や審議を担当した者は、正規の審査委員でない調査
委員である。各グループは相当回数の会合を持っているが、審査委員の出席より調
査委員の出席の方が多く、特に現地調査の大半は調査委員によって行われ、調査委
員だけによる調査も何回か行われており、正式の資格も権限もない調査委員による
安全審査というべきものであった。各グループ内の調査委員の数は、一名ないし四
名程度であり、一人、二人の調査委員によって実質的な安全審査が行われていたと
いうべきである。かように、何らの資格も権限もない数名の調査委員の手によって
行われた安全審査の結果は、各グループ、部会、安全審査会、原子力委員会、内閣
総理大臣へと順次受け継がれたものであり、しかも、前記のとおり、各グループ、
部会、安全審査会、原子力委員会には、専門的な安全性判断を行うことのできる能
力もなかったといわざるを得ないから、本件安全審査は違法である。
第四 小括
以上のとおり、本体原子炉の設置許可に係る安全審査手続には重大な瑕疵があった
から、本件処分は手続的に違法である。
第五節 本件処分の実体的違法その一
第一 軍事転用の危険性
一 規制法二四条一項一号は、「原子炉が平和目的以外に利用されるおそれがない
こと」を、原子炉設置許可の要件として規定しているが、本件処分の審査に当たっ
て、原子力委員会は、内閣総理大臣に対し、この原子炉は、商業発電のために用い
るものであって、平和の目的以外に利用されるおそれがない旨答申し、内閣総理大
臣はこれに基づいて、本件処分を行ったが、本件原子炉から生ずる使用済核燃料中
には、核兵器の原料となるプルトニウムが大量に存在し、再処理過程においてこの
プルトニウムを取り出すことが予定されている。プルトニウムの平和利用について
は、現在のところ、技術的な見通しが全くない状態にあり、本件原子炉を設置する
東京電力が営利企業である以上、原子力発電量の増大とともに大量に蓄積され
たプルトニウムが外国に売り渡され、若しくは我が国において、核兵器や原子力潜
水艦等の軍事利用に回される危険性が十分考えられる。我が国においても原子力に
関する軍事的研究が精力的に行われているなど、原子力開発の進展が、核兵器の生
産のための物質的技術的基盤を拡大し、原子力の軍事利用の危険性が増大してい
る。
二 しかるに、被告行政庁は、「企業秘密」を口実に原子力の研究、開発及び利用
の大部分を国民の目から隠し、秘密の軍事開発を容認し、また、すべての核兵器と
核運搬艦船の使用実験、製造及び貯蔵を禁止し、現存するものを廃棄する核兵器完
全禁止の国際協定の締結を拒否し、原子力開発の軍事利用を防止するための核兵器
の生産と保有、その一時通過を含む一切の核兵器の持込みを法的に禁止する措置を
講じることも拒否し続けている。以上のごとき事実は、基本法の「平和の目的に限
る」という我が国の原子力利用の根幹を否定し、軍事転用の危険を防止する十分な
保障を欠いていることを示唆するものであり、本件処分は、規制法二四条一項一号
要件に違反する。
第二 経理的基礎と災害防止に関する誤り
一 規制法二四条一項三号は、原子炉設置者に「原子炉を設置するために必要な経
理的基礎があること」を、原子炉設置許可の要件として規定しているが、本件処分
の審査に当たって、原子力委員会は、内閣総理大臣に対し、東京電力には本件原子
炉を設置するために必要な経理的基礎があり、災害防止上支障がない旨答申し、内
閣総理大臣はこれに基づいて、本件処分を行った。
二 しかしながら、原子炉は、その存在自体が回復不可能の危険性を有しており、
TMI事故はこれを証明した。我が国では、日本原子力産業会議が昭和三五年に科
学技術庁の委託により「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試
算」を公表したが、これによると、電気出力一六万キロワット、敷地は海岸、原子
炉から二〇キロメートルの距離に人口二〇万人、一二〇キロメートルの距離に人口
六〇〇万人の都市があるとの仮定の原子炉から、一〇〇〇万キュリーの放射性物質
が放出された場合、最大五四〇人が死亡し、物的損害は最大三兆七三〇〇億円に上
るなどと見込まれている。
このような原発事故によって生じる国民の重大な生命、健康、財産の損失を補填し
得る経理的基礎が本件許可申請者である東京電力に存するとは到底いえず、かかる
原発事故による災害の甚大性を精査することなく、安易に「経理的基礎」があると
判断した本件処分は、規制法二四条一項三号要件に違反する。
第三 温排水についての審査の欠如
一 原子炉施設においては、原子炉内で発生した熱エネルギーによって蒸気を作
り、それをタービンに送って電気エネルギーに変換するが、その際、熱エネルギー
は、その約三分の一が電気エネルギーとなるに過ぎず、残りの約三分の二は損失熱
量として、外部に放出される。すなわち、復水器を通る冷却水たる海水がタービン
を通る蒸気から熱を奪い、海水は温排水として外部に排出される。本件原子炉施設
においては、約二二〇万キロワット以上の熱が冷却水によって環境へ排出され、環
境水温より摂氏約八・三度高い温排水が毎秒約六五立方メートルも海中に放出され
ることになり、信濃川の年平均流量が毎秒約五〇〇立方メートル(最大約六〇〇〇
立方メートル、最小約五五立方メートル)であることに鑑みると、本件原子炉によ
り放出される温排水は、信濃川の渇水時の水量にも匹敵する膨大なものである。
二 このような環境水温より摂氏八度も高い大量の温排水が環境に放出されれば、
もはや海の自然浄化力だけでは手に負えない、いわゆる熱汚染が発生する。
水棲生物は死滅のおそれすらあり、少なくとも、魚群の回遊移動による漁場の喪失
が考えられ、水産資源に頼る日本国民全体にとって死活問題にもなる。
以上のように、本件原子炉施設から放出される温排水は、明らかに国民の健康、財
産に被害を与え、生活環境を破壊するものであり、本件処分は、温排水についての
審査を欠如してなされた違法な処分である。
第六節 本件処分の実体的違法その二
第一款 放射線の危険性
第一 放射性物質と放射線
一 原子炉における核分裂反応は、熱エネルギーを発生させる際に極めて毒性の強
い核分裂生成物やプルトニウム等の放射性物質を大量に産出するものであり、本件
原子炉の場合、一年間の稼働により希ガス類(クリプトン、キセノン、ヨウ素)、
セシウム、ストロンチウム等の核分裂生成物は広島型原爆の約一一〇〇発分、プル
トニウムは長崎型原爆に使用されたそれの約八〇倍という膨大な量となる。これら
の放射性物質の毒性の特質は、従来の化学的毒物による公害紛争で問題にされてき
たものとは全く性質を異にする。すなわち、放射性物質が発する放射線は、人体に
与える影響の大きさにもかかわらず、人間の五感によって感得できず、特別の検知
装置によってしかその存在を覚知し得す、現在の科学水準では、放射性物質の毒性
を無毒化することは不可能であり、一旦生成されれば、自然の法則に従って放射性
物質が放射線を出しつつ漸次崩壊し、放射能が減衰していくのを待つ以外に対策が
ないのである。
二 放射線とは、空間を流れる高レベルのエネルギーであり、粒子線と電磁放射線
に大別することができる。主な粒子線としては、荷電粒子であるアルファ線、ベー
タ線、非荷電粒子である中性子があり、また、電磁放射線としてガンマ線、エック
ス線がある。これらの粒子線と電磁放射線は、次のとおり、物質と反応して物質を
電離させ、電気的に中性の状態で安定している原子や分子から電子を奪い、又は電
子を与えることによって、物質を破壊する能力がある。すなわち、アルファ線、ベ
ータ線は、物質を通過する際にその物質を構成する分子の軌道電子と電気的に相互
作用を及ぼし、励起現象、電離作用を発生させる。また、中性子線のうち速中性子
は、原子核と衝突して反跳原子核を発生させ、この反跳原子核が荷電粒子として、
電離作用を起こし、熱中性子は、運動エネルギーが極めて小さいために原子核に捕
獲されてその原子核を放射化して、荷電粒子を発生させる。また、電磁放射線であ
るガンマ線、エックス線はエネルギーが大きく、光電効果やコンプトン効果を通じ
て高速電子を生み出し、この電子が荷電粒子として電離や励起作用を発生させる。
第二 放射線の生物への作用
一 放射線による被曝
放射線による被曝には、人体の外部に存在する放射性物質により被曝する外部被曝
と、何らかの経路で環境に放出された放射性物質を摂取し人体内部から被曝する内
部被曝とがある。また、放射線のうち、ガンマ線の飛程距離は他と比べ物にならな
いほど長いため、外部被曝の場合はガンマ線が主役となり、内部被曝の場合は、飛
程距離の短いアルファ線、ベータ線による集中被曝が起こる。透過力が強いガンマ
線は、エネルギーの一部しか物質に吸収されないが、空間的に広く吸収される点で
危険であり、一方透過力の著しく低いアルファ線においては、持っているエネルギ
ーが全てその照射されたわずかな部分に吸収されて物質を破壊する。また、透過力
のやや低いベータ線は、アルファ線よりも物質に対して、深く、広く吸収される。
二 内部被曝の経路
内部被曝の経路としては、呼吸や飲料水の摂取を媒介とする直接摂取のほか、食物
の摂取を媒介とする間接摂取があるが、放射性物質が生体内に取り込まれると、生
体内の放射性物質の濃度が極めて高くなる(放射能の濃縮)性質を有する。例えば
海中の場合、プランクトンから始まる食物連鎖を通じ、より大きな生物の生体内に
取り込まれるに従って濃縮を高めることになり、人間が食物として摂取する際に
は、環境濃度とは比較にならない多量の放射性物質を取り込むことになり、その結
果、長期にわたって人体の各器官に留まり、周囲の細胞を破壊し続ける。したがっ
て、今や原子力発電所によって、撒き散らされる放射性物質が確実に周辺を汚染し
始めており、あらゆる生態系の中にコバルト六〇等危険な人工放射性物質が蓄積さ
れ、その結果、原子力発電所の周辺住民のみならず、その地域で生産される魚介類
等を消費する遠方の人々にまで、時間・空間を越えて放射性物質の危険が及んでい
る。
三 放射線による障害
生物が放射線の照射を受けると、生物の基本的要素である細胞とその構成物質は、
照射された放射線エネルギーを吸収し、その結果、細胞構成物質は電離し、細胞核
内のDNAの鎖を切断し、時に分子構造自体を破壊する。その結果、生物体の修復
作用は失われ、情報の伝達経路の欠陥が発生する。生物に対する放射線の影響は、
遺伝子、染色体、細胞、組織、器官、個体、集団及び生態系までの各レベルにおい
てさまざまな障害として出現するが、これらさまざまな放射線障害は、身体的障害
と遺伝的障害に大別される。
1 身体的障害
放射線が体細胞(生殖細胞又はその原基細胞以外の細胞)に与えた影響に起因する
障害を身体的障害といい、被曝後短時間で発現する急性障害(けいれん、運動失調
などの神経系の障害、骨髄の新生能力喪失、白血球減少などの造血系の障害、食欲
不振、消化不良、下痢、腸内出血等消化器系の障害、脱毛、紅紫斑皮膚剥離、水
泡、皮膚炎、色素沈着などの皮膚の障害、結膜や鼻腔粘膜など粘膜の炎症、血管内
膜損傷、出血、放射線肺炎、精子減少、排卵異常、流産等生殖器系の障害等)と、
数か月ないし数十年を経過して現れる晩発性障害(慢性白血球減少症、白血病、悪
性癌、白内障、寿命短縮)がある。これら身体的障害、特に晩発性障害には、体細
胞に起こった遺伝学的障害に起因するものが多々ある。
2 遺伝的障害
放射線は、さまざまな遺伝子突然変異や染色体異常を誘発し、生殖細胞又はその原
基細胞に起こった遺伝的障害は子孫に遺伝される。放射線が誘発する突然変異は、
大部分が劣性突然変異であり、集団中に隠されて保存蓄積され、容易に淘汰され
ず、突然変異率が一旦上昇すれば、やがて突然変異個体の出現が頻発するが、集団
中に一旦広がった劣性突然遺伝子の除去は不可能である。遺伝的障害の場合、放射
線の被曝を受けてから、出現するまでに多くは五〇年以上経ってから現れるものと
考えられる。
第三 微量放射線の影響としきい値の不存在について
一 微量放射線の影響に関する研究
動植物に高線量域の放射線を照射すると、その子孫に線量に応じて突然変異個体が
出現することは、一九四〇年以前に判明していたが、その後、中低線量域での放射
線障害についてもその出現が報告されるようになり、第二次大戦直後ころまでは、
「一〇〇レムを超えると人体に影響が現れる。」とされていたのが、その後ハツカ
ネズミ等の動物実験により、一九六〇年ころには「二五レム以上で影響が現れ
る。」と変わり、その後、一九六一年にはショウジョウバエを用いた実験によりエ
ックス線の線量を五レム以下に下げても突然変異率と線量が比例関係にあるなどの
事実が明らかになった。
また、一九五五年、イギリスのスチュアートは、妊娠中の女性が下腹部又は骨盤部
に診療用エックス線を受けた場合に、生まれた子供に幼児性白血病が多発すること
を明らかにし、米国のマクマホンは、七〇万組の母と子についての統計調査をした
結果、数レム程度の被曝と幼児性白血病との間に明白な関係があることを明らかに
するなど、胎児については、低い線量域で障害が発生するとの知見が得られたので
あり、更に、近年のムラサキツユクサの雄しべによる実験では、二五〇ミリレムの
エックス線、一〇ミリラドの中性子、〇・七レムのガンマ線によっても、線量突然
変異率に相関関係があることが証明された。
被告は、自然放射線には地域差があるが、晩発性障害や遺伝的障害の発生に格別地
域差を認め難いとも主張するが、インドのケララ州において、自然放射線線量の多
い箇所では生息する植物の種類が限られ、染色体異常も多いことが報告されたほ
か、ブラジルのモロ・ド・フェロにおいて、サソリの精原細胞の染色体異常の発生
頻度が自然放射線線量の傾斜と平行することが発見されている。
二 ムラサキツユクサの研究
1 ムラサキツユクサの特徴
ムラサキツユクサは、北米産の多年生の園芸作物であり、花びらが三枚あり、六本
の雄しべに、五〇ないし九〇本の毛があることが特徴である。この毛は、二〇ない
し三五個の細胞が一列に並んでいるため、直接一つ一つの細胞を顕微鏡で見ること
ができ、かつ、青い色素を作る優性遺伝子とピンク色の色素を作る劣性遺伝子によ
って色が決められる。ムラサキツユクサの花弁や雄しべの毛は、通常青色をしてい
るが、放射線によって優性遺伝子に突然変異が生じると、ピンク色が現れるため、
個々の細胞を色で観察することにより、優性遺伝子の突然変異発生を容易に確認す
ることができ、更に、ムラサキツユクサの六本の雄しべ毛の細胞数は一万個程度に
なり、その数だけ直接観察することができるため、比較的僅かな材料で精度の高い
突然変異率が判明できるという特性を有している。
2 kらの研究結果
kは、昭和四五年から同五一年にかけて、ムラサキツユクサにおける突然変異の発
生率と放射線量との関係についての研究を行い、ガンマ線及び散乱放射線の各線量
と突然変異数とは、直接比例関係にあること、直線比例関係が確認された最低線量
は七二〇ミリレントゲンであることを明らかにした。また、これとは別に、スパロ
ーは、一九七二年、二五〇ミリレム程度の線量でも、エックス線量と突然変異数と
が直線比例関係にあること、中性子線については、一〇ミリラドで、線量と突然変
異数とが比例関係にあることを明らかにした。また、一九六五年、米国のメリクル
夫妻は、自然放射線が高いことで有名なコロラド州において、自然放射線によるム
ラサキツユクサの雄しべ毛及び花弁の突然変異率の上昇が認められること、その線
量は八四へミリレムであったことを報告している。
3 被告の主張に対する反論
被告は、放射線によるムラサキツユクサの突然変異率の研究について、ムラサキツ
ユクサは、放射線のほか他の環境要因にも極めて敏感であり、温度等の変化によっ
ても突然変異率は大きく変動すると主張するが、摂氏三〇度から一五度までの温度
変化による突然変異率の変化は、ムラサキツユクサKU7株の場合一〇〇〇分の五
から一〇〇〇分の九程度であって、同KU9株の場合一〇〇〇分の三から一〇〇〇
分の四程度であり、また、原発周辺におけるモニタリング研究では、いずれも温度
との関係が常に考慮されていたことに鑑みると、被告の右主張は失当である。
三 突然変異及び癌の倍加線量
突然変異率と放射線量との直接的関係と放射線を照射しない場合の自然突然変異率
とが判明すると、どれだけの放射線量によって突然変異率が自然状態の二倍になる
か計算できる。このような線量を突然変異の倍加線量と呼ぶ。
ムラサキツユクサの雄しべ毛における突然変異倍加線量は、多くの場合、数レム程
度であり、最少の値はほぼ一レムに過ぎず、最も高い値でも十数レム程度である。
一方、他の実験動植物から得られている突然変異の倍加線量は、三〇ないし六〇レ
ム程度の値が多く、人類のそれについては、いくつかの推定値が与えられており、
一九六二年の国連科学委員会報告では一五レム、一九五七年のグラス博士の報告で
は一〇レムまたはそれ以下とされている。このように、実験動植物や、主として哺
乳動物からの知見によって算出された人類の突然倍加線量はムラサキツユクサから
行られた値よりもやや大きいが、これは突然変異の検出効率の差異と関係している
ものと考えなければならない。
白血病や癌の倍加線量については、突然変異率よりも未だ知見は少ないが、ネズミ
を用いた実験によれば、乳腺腫瘍については八・五ないし一〇レム、白血病につい
ては九・五レム、甲状腺瘤については二〇ラドという報告もなされている。
以上の事実によれば、遺伝的障害や晩発性障害が一〇レム前後という低い線量で倍
加することは明白であり、倍加線量以下でも、もちろんその線量に応じて遺伝的障
害や晩発性障害が増加する。
四 放射線による障害に対する現在の知見
1 ICRPの一九七七年勧告や国連科学委員会等の公的機関による癌による死亡
のリスク評価では、一レム当たり白血病について約〇・〇〇〇〇二、すべての癌に
ついて約〇・〇〇〇一という危険率(リスク係数)の値が与えられている。このリ
スク評価の基調としては、最も大きな被曝者集団である広島、長崎の原爆被曝者に
関するデータに依拠してきた。ところが、マーシャル諸島におけるビキニ核実験に
よる被曝者、米国原子力潜水艦作業員の被曝者、ネヴァダ州核実験による被曝者に
対する調査の結果、原爆被曝者より低いレベルの被曝者集団のデータに依拠して算
出されたリスク係数は、右リスク係数よりはるかに大きな値を示唆することが明ら
かになった。
2 マンクーゾらは、ハンファード原子力施設の過去三〇年間(一九四四年から一
九七四年)に及ぶ約二万八〇〇〇人の放射線作業従事者の被曝記録と死亡調査をも
とに、放射線被曝を原因とする死亡のリスク評価をしたところ、各種癌の倍加線量
は、ICRP勧告に係るリスク係数から推定される倍加線量の一〇分の一から五〇
分の一程度となり、きわめて大きな危険性を示唆したことから、すべての癌につい
てのリスク係数は一レム当たり約〇・〇〇一から〇・〇〇二ないしそれ以上となる
ことが明らかになった。
3 スチュアート、モーガン、ロートブラットらは、それぞれ独立に、原爆被曝者
と他の被曝者集団のデータの違いを事実として、一時に高線量を浴び、しかもその
下で生存した被曝者の集団としての特殊な性格を指摘しているが、その他に、原爆
線量と癌統計の双方が不正確であったことが原因と考えられる。ロートブラット
は、低レベル被曝者集団におけるデータに依拠して算出されたリスク係数は、広
島、長崎の原爆被曝者に関するデータに依拠して算出されたリスク係数のものよ
り、各癌について五、六倍大きいこと、すべての癌による死亡のリスク係数は、一
レム当たり〇・〇〇〇八であると報告した。
五 しきい値の不存在
放射線による障害について、これ以下の線量では、障害が発生しないことを意味す
る、いわゆる「しきい値」が存在するとの考え方がある。「しきい値」とは、横軸
に放射線量、縦軸に障害の発生率をとった線量・反応を示すグラフにおいて、同関
係曲(直)線が横軸と交わる点の線量であり、この関係がみられる場合、「しきい
値」があるといい、線量と障害の発生との関係において、直線的比例関係がある場
合は、「しきい値」がないという。低・微量線量の知見が十分でなかった過去にお
いて、しばしば、被曝後に比較的早期に出現する急性障害にのみ着目し、「二五レ
ム以下では影響がない。」、「しきい値」があるとの推論がなされたが、この症状
は、高・中線量域に見られた急性障害のみについての知見との推論であり、低・微
量線量域において発生する障害には「しきい値」は存在しないことが今日において
明らかにされた。
第四 ICRP勧告とその破綻
一 ICRPの発足と変節
ICRPは、一九二八年に設立された国際エックス線及びラジウム防護委員会を前
身として、一九五〇年に設立されたものであるが、委員長及び一二名の委員は、放
射線医学、放射線防護学、物理学、遺伝学、生物学及び生物物理学の各領域におけ
る著明な業績を有する専門家で構成され、これまで、放射線防護に関して数々の勧
告を行ってきており、その基本方針は、放射線防護の基本原則を示すことに止ま
り、それをどのように採用するかは各国の実情に委ねるとされたが、国際的に権威
のある勧告として各国に受け入れられてきた。しかしながら、ICRPの発足は、
原子力の平和利用、とりわけ原子力発電所の建設推進と時期を一にしており、IC
RP勧告の変遷をつぶさに辿ると、ICRPは、明らかに原子力産業の発展の要請
に迎合し、大きく変節したというべきである。
二 ICRP勧告の変遷
1 ICRP一九五八年勧告
ICRPは、この勧告において、一九五五年の原子力平和利用会議は、全世界の原
子力発電所の発展に大きな関心を引き起こしたが、早晩このことは、職業上の被曝
者の数を大幅に増大せしめ、また、他の人々や集団が実際に被曝し、あるいは被曝
する可能性をもたらし、更に、動力を経済的に生み出そうとする圧力が、放射線防
護に係る安全係数を廃するおそれがあり、また、一従業員当たりの職業上の平均被
曝期間が増大することがある旨述べて、放射線防護に関し、原子力産業に強い危惧
を表明した。そして、ICRPは、生物学的な面では、低レベルの連続的被曝から
予想される放射線の長期の影響の場合、回復は初期に予想されていたほど重要な役
割をおそらく果していないとして、放射線に被曝してもしばらくするとその影響か
ら回復するとの従来の考え方を改め、職業人に対する最大許容被曝線量を週〇・三
レム、年一五レムとした一九五五年勧告を三分の一まで引き下げ、週〇・一レム、
年五レムとし、一般人に対しては年〇・五レムを超えてはならない旨勧告した。
また、ICRPは、右の勧告の中で、初めて遺伝線量について触れ、人間が子供を
持つ平均年齢を三〇歳と想定し、集団にとって許容できる線量は、三〇年間で六な
いし一〇レムが上限であると考え、医療行為に伴って照射されている線量を四、五
レム程度と推定して、これを差し引いて遺伝線量の程度を五レムと勧告したが、実
際上の必要性から医療上の被曝は、別個に考えるとして五レムと勧告したものであ
り、放射線防護を使命とするICRPの立場からすれば、原子力産業におもねた本
末転倒の勧告であった。更に、ICRPは、右勧告において、「人類が進化しでき
た環境条件から幾分でも離れることは、有害な影響と危険をもたらすかもしれな
い。そこで、自然放射線による被曝のほかに電離放射線に長く連続的に被曝するこ
とは、ある種の危険を含むと想像される。しかし、人類は、電離放射線を全く使用
することなしに済ませることはできないので、実際上の問題は放射線量を個人及び
集団全般に許容不能ではないような危険を伴う程度まで制限することである。この
量が許容線量と呼ばれているものである。」と述べ、更に、「勧告されている最大
許容線量は最大の値であることが強調される。委員会ではあらゆる線量をできるだ
け低く保ち、不必要な被曝はすべて避けるよう勧告する。」と結論付けている。こ
の勧告は、一面では放射線の被曝の影響をできるだけ少なく抑えるという姿勢を取
りつつも、他方、急速に興隆してきた原子力産業を考慮に入れ、より現実的な基準
を定めたものというべきである。
2 ICRP一九六五年勧告
ICRPは、この勧告において、「放射線防護の目的は、放射線の急性効果を防止
し、かつ、晩発性効果の危険を認容できるレベルまで制限することである。」と表
明した上で、この目的を達成するための基本原則として、(1)線量と効果の関係
は直線的であり、かつ、被曝線量の効果は蓄積されること、(2)許容線量として
受け入れられる被曝線量は、基本的にはその行為のもたらす利益と危険のバランス
によって決めること、(3)どんな被曝でもある程度の危険を伴うことがあるの
で、いかなる不必要な被曝も避けるべきであること、(4)経済的及び社会的な考
慮を計算に入れた上で、すべての線量を容易に達成できる限り低く保つべきである
こと、(5)公衆の構成員に対する線量限度は、職業人の一〇分の一の年〇・五レ
ムが適切であるが、放射線生物学上の知見が十分ではないので、この係数の大きさ
にはあまり生物学的な意義をもたせるべきではないことなどを指摘した。
また、ICRPは、右勧告において、しきい値について触れ、「その存在は未知で
あるため、どんな小さい線量でもそれに比例して小さい悪性腫瘍誘発の危険を伴う
と仮定されてきた。また、人における悪性腫瘍誘発の線量と効果の関係の本性に関
する知識が不足しているため、線量と効果の関係が直線的であるという仮定及び線
量は積算的に作用するという仮定に代わる代案を持っていない。」と表明して、し
きい値の存在を否定している。
しかしながら、ICRPは、許容線量について危険と利益のバランスによって決め
るとしながら、「現在の段階では線量と危険の関係は綿密には知られていないし、
利益を数量的に評価することも可能ではない。」として、この考え方を放棄し、
「経済的及び社会的な考慮を計算に入れた上で、すべての線量を容易に達成できる
限り低く保つべきである。」と勧告したのである。ICRPは、その基本方針とい
うべき放射線防護の精神を著しく後退させ、原子力産業を支援する方向に転換した
というべきである。
3 ICRP一九七七年勧告
ICRPは、この勧告において、(1)放射線の影響を確率的影響と非確率的影響
とに区分し、放射線防護の目的は、非確率的な有害な影響を防止し、また、確率的
影響を否認できると思われるレベルにまで制限することであること、(2)線量制
限体系について、(a)いかなる行為もその導入が正味でプラスの利益を生むので
なければ採用してはならない、(b)すべての被曝は、経済的及び社会的要因を考
慮に入れながら、合理的に達成できる限り低く保つことによって達成できる限り低
く保たれなければならない、(c)個人に対する線量当量は、委員会がそれぞれの
現状に応じて勧告する限度を超えてはならない旨指摘した。
ICRPは、右勧告に際し、(1)死亡率が一万人に一人を超えない職業を高い安
全水準の職業と位置付け、職業人が年間五レム被曝すると死亡率は一万人に五人と
なり他の安全な職業より危険になるおそれがあるが、実際には、年間〇・五レム程
度の被曝にとどまるので安全性は確保されること、(2)公衆の構成員に対する線
量当量限度については、「一般公衆に対する死のリスクの容認できるレベルは、職
業上のレベルより一桁低いと結論付けられ、年間一〇のマイナス六乗ないし五乗の
範囲のリスクは、公衆の個々の構成員にとっても容認できるであろう。」とし、こ
れに相当する生涯線量当量は、年間一〇ミリレムないし一〇〇ミリレムということ
になるが、従来の勧告値である年間五〇〇ミリレムを引き続き用いてもある条件の
下では十分に安全性を確保できることも指摘しているが、かような死亡率を社会は
容認しているとはいえず、およそ科学の名に値しない恣意的な勧告というべきであ
る。
4 ICRP一九八五年パリ会議の声明
ICRPは、右声明において、公衆の構成員に関する線量当量限度を年間一〇〇ミ
リレムに切り下げたが、それでも一〇万人に一人の死亡確率となるものであり、よ
り安全性を重視するのであれば、一〇ミリレムを線量当量限度とすべきであった。
5 ICRP一九九〇年勧告
広島、長崎の被曝者に対する線量再評価の結果から、低レベルのエックス線、ガン
マ線の危険性がはるかに大きいものであることが明らかになったため、ICRP
は、右勧告において職業人に対する線量限度を、一年間に五〇ミリシーベルト(五
レム)を超えないとの条件付きで、五年間の平均値が年間二〇ミリシーベルトとす
る旨勧告した。
しかしながら、ICRPは、右勧告において、従来妊娠可能な女子の腹部について
は三か月当たり一・三レムを限度とするとしていた基準を削除し、女性一般に対す
る特別な職業上の線量限度を勧告しないと表明したほか、事故時等の緊急時の職業
人に対する線量限度を一〇レムから五〇レムに引き上げるなどしており、原子力産
業の利益が損なわれないような規制方式を最大限導入したといっても過言ではな
い。
三 広島、長崎の被曝線量評価の改訂
1 一九六五年暫定評価線量
(一) 一九六五年に発表された広島、長崎の暫定被曝評価線量(以下「T65
D」という。)は、百万人レム当たりの白血病による死者を二〇人、全癌死者を一
〇〇人と見込んでいるが、その研究成果は、放射線によるリスク評価の研究として
は当時人類が達成できた最高水準のものであり、対象集団の種類、量、被曝放射線
量の範囲及び追跡調査の期間の点でこれを上回る研究はなく、ICRPの一九七七
年勧告もこのT65Dのデータを基にしてなされた。
(二) 一九七〇年代後半、米国は、中性子爆弾の炸裂による被曝線量評価をコン
ピューターによるシュミレーションによって行うことを計画し、ローレンス・リバ
モア国立研究所は、そのためのプログラムを研究、開発していたが、広島、長崎の
原爆のデータを入力しても、T65Dの結果とは異なった計算結果が得られ、別途
オークリッジ国立研究所において行われていた研究結果もこれに沿うものであった
ことから、T65Dの妥当性について重大な疑問が生ずることになった。
2 線量システム一九八六年(DS86)
一九八六年、「線量システム一九八六年(DS86)」と題する新しい被曝線量評
価が発表されたが、これは、家の中でどのような姿勢で被曝したかなど個別具体的
に検討したものであり、T65Dよりはるかに綿密な被曝線量評価であった。これ
によると、広島の爆心地から二キロメートルの地点では、ガンマ線量がT65Dの
値よりも四倍程度多く異なることなどが明らかにされ、その結果、放射能影響研究
者のブレストン、ピアスは、一九八七年のICRP勧告と比べ、白血病で二ないし
四倍、それ以外の癌で五ないし一〇倍程度死亡するリスクが増加すると報告し、放
射線医学総合研究所の松平博士は、白血病や癌が総合して二倍程度高くなると主張
している。また、一九八九年の国際放射線防護学会におけるアンケート照会によれ
ば、複数の国の学会が職業人の被曝限度を三分の一以上切り下げる必要性があると
考えていることが判明した。
3 放射線被曝についての研究の到達点(DS86の射程)
広島、長崎の原爆の威力は、TNT火薬換算で一万二〇〇〇トンから一万八〇〇〇
トンとも言われ、未だ明確ではなく、広島における原爆の場合、細長い形をしてあ
る傾きをもって爆発したことが知られており、同心円状の被曝ではなかったことが
明らかになったが、DS86はこの点を考慮に入れていない。また、生体の放射線
被曝の仕方、体内被曝のあり方については今日においても十分解明されていない。
長崎における原爆の場合、核分裂反応を起こしたプルトニウムは僅かで、残余の八
キログラムものプルトニウムがそのまま放出されたと言われているが、これをどの
ように評価するのか未だに未解決である。そして、被曝者が登録されたのは、被曝
から五年を経過した一九五〇年であり、それまでに死亡した多数の被曝者は評価の
対象とされておらず、また、被曝者の今後の障害発生も将来の問題であるとされて
いる。これらの諸点を考慮すると、DS86によっても放射線被曝の全容を明らか
にしていないことは明白である。
マンクーゾ、クラフトの研究結果によれば、ICRPのリスク評価よりも一〇ない
し五〇倍、危険性を高く評価すべきであるとされ、ジョセフ・ロートブラットの研
究結果によれば、広島、長崎の被曝者集団よりも他の被曝者集団の方が同じ被曝線
量でも五ないし六倍程度高い割合で癌死亡の危険性を負っているとされているが、
こうした知見を総合すると、T65Dよりも少なくとも三ないし一〇倍以上、危険
性を高く評価する必要があるといわなければならない。
四 ICRP勧告の破綻
ICRPは、発足当初、原子力産業がエネルギーを経済的に生み出そうとして、こ
れと相容れない放射線防護がおろそかにされ、ICRPの勧告する安全係数が疎ん
ぜられることによって放射線被曝者が増大することに強い懸念を表明していたが、
ICRPのその後の勧告の変遷を見るに、ICRP放射線防護の基本精神はどんど
ん後退し、今やICRPは、原子力産業の推進者に変節したといっても過言ではな
い。このことは、ICRPの放射線防護を行う際の運用の精神ともいうべき原則
が、一九五四年当時には、勧告値が最大限であって、「可能な最低のレベルに」被
曝を抑えるべきであるとしていたものを、一九五八年には「実行できるだけ低く」
(As Low As Practicable.ALAP)と、一九六五年には
「すぐに(容易に)達成できるだけ低く」と、一九七三年には「合理的に達成でき
るだけ低く」と、運用の原則を後退させたことからも明らかである。放射線防護の
基本的精神は遠くに押しやられ、これに替わって経済的理由が表面に表れ、原子力
産業の要請が優先されて勧告値が採用される実情にあったということができる。ま
た、ICRPは、一九六五年段階における広島、長崎の被曝者の線量評価に関する
データを根拠に種々の勧告を行ってきたものであるが、近年これが極めて不十分な
ものであることが明らかにされ、これを根拠としてきたICRPの勧告値の是正が
叫ばれている。ICRPの勧告さえ守られていれば安全性は保たれるとの論理は、
もはや空論に過ぎず、ICRPの変節を考慮すると、放射線防護に関し国際的基準
となってきたICRPの勧告は今や完全に破綻したというべきである。
被告は、ICRPのいわゆる許容被曝線量について触れ、その「ALAP」の考え
方に立って我が国でも線量目標値を定めており、放射線被曝の危険性には十分配慮
して対処していると主張するが、その許容被曝線量や線量目標値は、生物学的、医
学的に合理性がないといわざるを得ない。
一 許容線量とその歴史的変遷
我が国においては、職業人の最大許容被曝線量が三か月につき三レム、緊急作業時
の最大許容被曝線量が一二レム、許容集積線量が年間平均五レム、一般人の許容被
曝線量が年間〇・五レムと規定されており(許容被曝線量等を定める件二、四及び
五条)、我が国の許容基準は、ICRPの勧告よりゆるやかなものとなっている。
米国では、一九七七年一月六日、環境保護局によって、一般人の年間被曝線量を全
身については〇・〇二五レム、甲状腺については〇・〇七五レムに抑え、違反者に
は法的制裁を加えるものとする基準が設定された。
二 許容被曝線量の不合理性
米国のゴフマン、タンブリン両博士が、一九七〇年、米国民が年間平均〇・一七レ
ムの被曝を受ければ、年間一〇万人もの癌による死者が出ると警告したのを受け、
米国原子力委員会は、米国科学アカデミーにこの問題に関する検討を委託し、同ア
カデミーは、電離放射線の生物効果に関する諮問委員会(BEIR委員会)を設置
して検討を重ねた結果、一九七二年一一月、「線量電離放射線被曝の集団に対する
影響」と題する報告(BEIR報告)を発表したが、同報告は、米国民が年間平均
〇・一七レムの被曝を受ければ、被曝を受ける当世代において毎年最大一万五〇〇
〇人の癌による死者が出ること、次世代では毎年最大一八〇〇例の重大な遺伝病が
出現し、何世代か後には、毎年最大二万七〇〇〇件もの遺伝的欠陥の出現と、不健
康者の五パーセントの増加がもたらされると推測した。
右のBEIR報告の数値を前提に、我が国の一般人が許容被曝線量である年間〇・
五レムずつを被曝し続けたとすると、我が国の人口が米国のおよそ半分であること
に鑑みれば、BEIR報告が予測した数値の約一・五倍の障害が出現することにな
ると考えられる。
三 線量目標値の不合理性
線量目標値指針によれば、発電用軽水型原子炉周辺の公衆の被曝線量については、
これを全身につき年間五ミリレム(〇・〇〇五レム)、甲状腺に対する放射性ヨウ
素に起因する被曝年間一五ミリレム(〇・〇一五)という目標値が我が国で設定さ
れているが、右目標値が仮に達成され、かつ、周辺住民を作業者として原子力発電
所内に一切入れないとした場合でも、発電用軽水型原子炉周辺の公衆が三〇年間に
全身に被曝する線量は、〇・一五レムとなり、これは、一九六二年に国連科学委員
会が報告した人類の突然変異の倍加線量である一五レムの一バーセントに相当する
など、周辺住民が遺伝的障害を被る危険性が高くなり、原子力発電所周辺の集団の
遺伝質の劣化をもたらすというべきである。
また、白血病その他の癌についても、癌の倍加線量は、約一〇レムと考えるのが相
当であるから、年間五ミリレムの被曝は、倍加線量の〇・〇五パーセントに相当す
ることになり、したがって、癌に罹患する確率が一年ごとに〇・〇五パーセントず
つ、二〇年間で一パーセント、五〇年間で二・五パーセント各増加することを意味
することになる。甲状腺瘤の倍加線量は二〇ラド(ほぼ二〇レムに等しい。)であ
るから、甲状腺への年間一五ミリレムの被曝は、その〇・〇七五パーセントとな
り、一年ごとに甲状腺瘤に罹患する確率が〇・〇七五パーセント増加することにな
る。それゆえに、二〇年間では一・五バーセント、五〇年間では三・七五パーセン
ト甲状腺瘤に罹患する確率が増大すると予測される。したがって、線量目標値指針
による目標値は、晩発性障害発生の観点からみても、いずれも危険な数値であると
いうべきである。
四 許容線量の不存在
放射線量がいかに少なくともその量に応じて障害が生じる上、人体に影響を与えな
いという意味での許容量という概念はありえず、安全な許容量というものはそもそ
も存在しないというべきである。ICRPは、「放射線に対するどんな被曝も有害
な効果を起こす危険を伴うと委員会は考える」が、「考えられる危険が得られる利
益からみて、その人及び社会にとり容認できると思われるレベルにまで放射線量も
制限しなければならない」としている一方で、「しかし現在の段階では、線量と危
険との関係は精密には知られていないし、得られる利益を数量的に評価することも
普通は可能ではない」とも述べ、ICRPが危険と利益との均衡を勧告値の拠り所
としながら、実は、危険の程度は確かではなく、利益の程度も測り得ないとしてい
るのであって、ICRP勧告自体根拠のない自己矛盾の産物といわざるを得ない。
放射線による危険性が線量に応じて伴うことが判明している一方、原子力発電所に
よって得られる利益は、依然として数量的に表すことは不可能であり、仮にそれが
可能であるとしても、原子力発電所における危険性はその周辺住民と子孫に集中
し、得られる利益は、電力会社、電力を消費することによって利潤を得る諸企業に
集中するから、危険と利益の均衡は、地理的にも時間的にも社会構造的にも到底成
り立ち得ないものである。したがって、危険と利益を比較することによって許容基
準を決めることはそもそも不可能であり、かかる比較に基づく許容線量の設定は甚
だしく合理性を欠く不当なものといわざるを得ない。
第二款 本件原子炉施設の危険性
第一 平常時被曝の危険性
一 平常運転時における被曝評価方法の不合理性
本件安全審査においては、本件原子炉の平常時被曝の評価に関して、線量目標値評
価指針に則り、全身被曝線量は年間〇・五ミリレム、甲状腺被曝線量は年間一・四
ミリレムと評価され、これは、線量目標値指針が定めるそれぞれ五ミリレム、一五
ミリレムを下回っており、更に、その他の被曝線量やベータ線による皮膚被曝線
量、大気中に放出された微粒子状放射性物質に起因する被曝線量による寄与分を考
慮しても、現行法令に定める許容線量年間五〇〇ミリレムを下回るから、本件原子
炉施設は安全であると結論付けられている。しかしながら、本件原子炉施設の平常
運転時に環境に放出される気体廃棄物及び液体廃棄物の量は、以下のとおり、過少
に評価されたものであり、平常運転時における被曝評価方法は不合理なものといわ
ざるを得ない。
1 気体廃棄物の被曝評価
(一) 間欠放出による気体廃棄物の過少評価
本件原子炉においては、運転起動の際、タービンの起動のために真空ポンプによっ
て短い時間に大量の排気を行うことが必要となるが、その場合は、希ガスホールド
アップ装置を使用できないので、大量の放射性物質をそのまま周辺に放出すること
になる。燃料棒の破損、腐食の増大によって、運転停止、再起動が頻繁となり、ま
た、原子炉の巨大化と相俟って、放出される放射性物質の量を一層激増させる。本
件安全審査においては、間欠放出における一回当たりの放射性物質の放出量を一〇
〇〇キュリー、年間放出回数を五回としているが、一回当たりの放出量を定めた根
拠はあいまいであり、実際はこの数倍ともいわれていることに鑑みると、この放出
見積量は著しく低いものといわざるを得ない。また、本件原子炉と同型の福島第一
原発三号炉、中部電力浜岡原発一号炉、敦賀原発における昭和五一年度の各間欠放
出回数は、それぞれ九回、一〇回、七回であって、その後においてもこれら原子力
発電所においては、事故による運転停止、再起動が相次いでおり、この現状を直視
すれば、年間放出回数を五回とすることも、極めて過少な評価といわざるを得な
い。
(二) 放射性ヨウ素の被曝線量評価の不合理
原子炉施設は平常運転時、気体廃棄物としてヨウ素一三一を中心とする放射性ヨウ
素を放出するが、それによって、放射性ヨウ素を含む空気の吸入、葉菜類の摂取、
牧草・乳牛という食物連鎖を経た上での牛乳の摂取等による内部被曝の危険性が生
じる。したがって、放射性ヨウ素については、右過程における被曝評価をなすべき
ことは当然である。ヨウ素は生物体、人体に付着した場合は一〇倍ないし一〇〇倍
の被曝量となり、更に摂取、濃縮した場合の被曝量は飛躍的に増大するとされてお
り、特に放射性ヨウ素一三一の場合、その大気中における濃度と比較して、牧草で
の濃度は、二〇〇万倍ないし一〇〇〇万倍になると報告されている。しかしなが
ら、被告は、放射性ヨウ素の放出量を年間五・五キュリーとしているに過ぎず、こ
れは、単に放射性ヨウ素の沈着を考慮したに過ぎず、濃縮を考慮すれば被告主張の
数値が一層大きくなることは明らかであり、本件安全審査は、放射性ヨウ素の被曝
評価を充分に行っていない。
(三) 粒子状放射性物質の被曝評価の不合理
本件安全審査における気体廃棄物の審査は、希ガスと気体に含まれる放射性ヨウ素
のみに限定され、しかも被曝線量評価は、希ガスによる空中ガンマ線線量と放射性
ヨウ素の甲状腺被曝のみに限定されている。本件安全審査においては、評価の対象
外となったベータ線、アルファ線線量は小さいとされているが、ベータ線による体
内被曝は空中ガンマ線による被曝とは桁違いの大きな被曝障害をもたらすものであ
り、また、アルファ線放射性物質の測定は現実的には極めて困難であり、評価方法
も確立していないのが現実である。
一九七八年(昭和五三年)五月には、浜岡原発のある御前崎町内で採取された茶の
生葉一グラム中に、セリウム一四四(半減期二八五日)が一・二ピコキュリー、セ
シウム一三七(同三〇年)が〇・一五ピコキュリー、ニオブ九五(同三五日)が
〇・一五ピコキュリー、ジルコニウム九五(同六五・五日)が〇・一一ピコキュリ
ー、ストロンチウム九〇(同二七・七年)が〇・〇七一ピコキュリー、マンガン五
四(同三一二日)が〇・〇〇八五ピコキュリー、コバルト六〇(同五・二六年)が
微量、鉄五九(同四五・六日)が微量検出されたと報告されているが、本件安全審
査においては、これら粒子状放射性物質の被曝線量評価を全く行っていない。これ
ら評価の対象外とされた粒子状放射性物質は、生物学的効果のより高いベータ線を
放出する危険な物質であり、半減期も長いのである。一旦生物体に取り込まれたこ
れらの微粒子放射性核種は、その核種の判定やその線量測定が極めて困難な上、本
件許可申請によれば、環境資料として海底土、海洋生物、土壌植物を原則として三
ないし六か月に一回の割合で採取して核種を調べるとしているが、それは、主にヨ
ウ素、セシウム、コバルトを対象とするものであり、全核種ではないのである。し
たがって、本件安全審査における粒子状放射性核種の被曝線量評価は、極めて不十
分であり、安全性が確保されているとはいえない。
2 液体廃棄物の被曝評価
(一) 洗濯廃液の評価の不合理
本件許可申請において東京電力は、本件液体廃棄物の海水への放出は、原則とし
て、作業着、人体等に付着した汚染物質の洗濯廃液のみで、量は一日一五立方メー
トルに過ぎず、これによる環境汚染は、年間〇・五五キュリーに過ぎないという仮
定に立ち、本件安全審査もこれを確認した。
しかしながら、本件原子炉のように一一〇万キロワット級の原子力発電所の場合、
洗濯廃液量がわずか一日一五立方メートル程度に止まるはずはない。また、本件許
可申請が洗濯液に含まれていると指摘する一一種類の主な放射性物質をそれぞれ測
定すること自体、多くの時間と労力を要するものであり(特に危険なストロンチウ
ムのガンマ線の分析は不可能である。)、毎日の放出量と放射性核種ごとの実績を
正確に記録しているデータは存在せず、申請書もデータに基づいたものではない。
液体廃棄物に含まれる放射性核種と放出量は、運転モード(定常運転、起動、停
止、定期点検)に大きく左右され、特に洗濯廃液は、停止時や定期点検時に多く排
出され、高濃度になるはずであるのに、本件許可申請上も本件安全審査上もこの点
について具体的に検討した形跡はみられない。したがって、洗濯廃液に起因する放
射性物質の量が年間〇・五五キュリーとなる根拠は何ら示されておらず、不合理と
いわざるを得ない。
(二) 機器ドレン廃液による被曝評価の不合理
原子炉施設の配管のバルブ、ポンプ等から機器ドレン廃液が漏れ出ることは、今日
の機械工学の技術から防止できないものであるところ、本件安全審査においては、
廃液の量を一日当たり一一〇立方メートルと推定するも、このような高濃度の汚染
水が一滴も環境に放出されないという前提で被曝評価が行われているが、こうした
廃液は、原子炉建家、タービン室のみでなく、液体廃棄物貯蔵施設その他の配管、
タンクから流出することが予想されるのであり、不合理な被曝評価である。
(三) 濃縮係数の不合理
本件安全審査においては、コバルト六〇の濃縮係数を、魚類が一〇の二乗、海藻が
一〇の三乗であると想定して被曝評価がなされているが、右濃縮係数は、一九七二
年(昭和四七年)に発表された外国文献を引用しているに過ぎず、対象とした魚や
海藻の種類も不明であり、そもそも、海産物の濃縮係数については、その数値も計
算方法も確立したものではないから、このような不合理な濃縮係数を前提にした本
件安全審査の被曝評価も不合理である。
(四) 放出放射性物質の濃度の不合理
液体廃棄物は間欠的に放出され、特に定期検査時に放出される液体廃棄物における
放射性物質の濃度は、通常よりも高いにもかかわらず、本件安全審査においては、
年間を通して復水器冷却水に平均的に希釈されるとして被曝線量評価がなされてお
り、不合理である。
(五) 核種組成の不合理
本件安全審査においては、液体廃棄物による被曝評価が正当な理由がなくトリチウ
ムを除いて一〇種類のガンマ線放出核種に限定して行われ、バリウム一四〇、ラタ
ン一四〇、ジルコニウム五一、ニオブ九五、セリウム一四一を評価の対象外として
いるが、合理性を欠くものである。また、本件原子炉と同型の敦賀原子力発電所に
おける昭和五〇年四月から同五二年三月までの液体廃棄物核種別実績によれば、コ
バルト六〇(半減期約五・三年)の構成比が平均約四七パーセント、マンガン五四
(同三一二日)の構成比が平均約五〇パーセントと判明したが、本件安全審査にお
ける液体廃棄物中の放射性物質の核種組成は、これらの構成比がそれぞれ三〇パー
セント、四〇パーセントとされ、被曝線量の評価結果が小さくなるように決められ
ており、コバルト六〇やマンガン五四が放出核種の中でも半減期が長く濃縮係数も
高い核種であることに鑑みると、人体への影響を無視した恣意的な数値といわざる
を得ない。
(六) トリチウムの無審査
トリチウムは、ウラン・プルトニウムの核分裂によって生成する三重水素であり、
ベータ線を放射してヘリウムとなる。ガス状態のトリチウムは、水と反応してトリ
チウム水に移行する。トリチウム水は、水蒸気、水、雪(氷)の三態をとるため、
空気中で複雑な挙動をする。また、トリチウムの半減期も一二・三年と長く、他の
核種と異なり、フィルターで減衰したり、濃縮したりして除去する方法がなく、原
子力発電所において最も取扱いの困難な核種で、大部分が大気中にガス、水蒸気と
してたれ流しの状態で放出されている。トリチウムは、蒸気又は沸騰水として、ポ
ンプ、バルブ等から漏洩し、気体となって施設外に放出されるが、本件安全審査に
わいては、全て液体状で海水に希釈されて海に流され、海産物による濃縮はなく、
人体への影響はないと判断されている。しかし、これは、トリチウムの被曝評価が
困難なことから無審査を隠蔽するための誤魔化しであり、仮に、海水に混入されて
放出されるトリチウムがあったとしても、水蒸気となり、必ずしも大気によって希
釈されることなく、固まりとなって偏在し、雨、雪となって地上に降り積もるので
ある。殊に豪雪地帯の新潟県においては、立地条件上極めて問題が多いといえる。
そして、地上に降り積もったトリチウムが植物や動物を経て人体に取り込まれるの
である。
本件許可申請では、放射性物質を含む廃液等は、固形分不純物等を除去して海水中
に放出されるもので、本件原子力発電所の場合、環境への年間放出量は、トリチウ
ム3H以外のものを一キュリー、トリチウムを一〇〇キュリーと想定すれば十分で
あるとし、これを基に被曝線量評価をしている。しかしながら、本件原子炉より一
般に放射性核種の排出の小さい原子炉とされているサンオノフレ発電所等の先行炉
実績では、年間二四〇〇から四五七〇キュリーものトリチウムの放出があったこと
が報告されており、本件許可申請が想定した一〇〇キュリーの実に平均三五倍とな
っている。したがって、本件許可申請の右想定の根拠は、極めてあいまいであると
いわざるを得ない。また、トリチウムの放射するベータ線は、飛行距離が短いた
め、主として内部被曝が問題となり、癌、白血病、遺伝障害といった生物学的効果
は大きく、ガンマ線の二ないし一五倍とされている。ICRPは、トリチウムの生
物学的効果を一としているが、近時これが大きな誤りであることが指摘され、我が
国でもようやく研究に着手されようとしているのが現状である。
したがって、本件安全審査においては、トリチウムが審査の対象となっていないか
ら、不合理な審査というべきである。
3 線量目標値評価指針の不合理性
本件許可申請においては、審査途中の昭和五一年九月二八日に線量目標値評価指針
が定められたのを受けて、同五二年七月一二日、許可申請書の本文及び添付資料の
補正が行われ、その際、廃棄物の推定発生量等も線量目標値評価指針の内容に沿っ
て大幅な変更がなされているが、このことは、平常運転時の被曝評価というもの
が、考え方により大きく変動することの証左であり、本件安全審査が前提とした線
量目標値評価指針も未だ確立された評価方法とはいえないというべきである。
4 ムラサキツユクサの告発
kが、昭和四九年に中部電力浜岡原発の周辺、同五一年に関西電力高浜原発及び中
国電力島根原発の周辺に、それぞれムラサキツユクサを植え、同五二年までに、浜
岡原発で三一〇万本、高浜原発で一七〇万本、島根原発で一六〇万本もの雄しべを
観察したところ、原子炉の運転期間中の卓越風の風下の地点で、統計学上、雄しべ
の突然変異率が有為に上昇したことが判明し、更に、その突然変異発生率の上昇の
原因は、ムラサキツユクサの雄しべ細胞が一〇〇ないし三〇〇ミリレムに相当する
被曝を受けていたためであることが明らかになった。右の事実によれば、本件安全
審査における被曝評価に合理性があるとは到底いえない。
二 放射線管理システム機能の欠如
安全設計審査指針は、放射線管理施設について、「放射線管理施設は、平常運転時
及び事故時に発電所の周辺へ放出される放射性物質を、適切に監視できるような設
計であること」としているが、以下のとおり、本件原子力発電所の放射線管理施設
は何ら機能しないものであり、右指針に違反する。
1 環境監視施設の不備
(一) 排気、排水モニター等についての無審査
本件原子炉施設における排気、排水モニターは、ガンマ線以外の線量率を測定でき
ず、また、液体廃棄物の濃度測定の方法が不明確なものであるところ、本件安全審
査においては、排気、排水モニターの構造及び性質に関する審査はなされておら
ず、したがって、気体及び液体廃棄物の放出に際しての放射線管理システムの機能
が欠如しているというべきである。
(二) 周辺環境放射線管理設備についての無審査
(1) 本件許可申請書及び添付書類中には、本件原子力発電所周辺での放射線管
理設備について、(1)外部放射線量の監視のため、モニタリングポイント一八か
所(三か月毎に読み取り)、モニタリングポスト九か所、モニタリングステーショ
ン三か所を設置すること、(2)周辺環境試料の放射線監視のため、陸水、海水、
海底土、土壌、農畜産物、海洋生物について年二回分析を行うこと、(3)異常放
出があった場合に、モニタリングカーにより敷地周辺の放射線測定を行うことなど
の記載があるが、右各周辺放射線監視設備の数及び設置場所、構造及び性能につい
ての記載はない。被告は、本件安全審査において、これら周辺放射線監視設備が機
能すると判断したが、原告ら住民居住地にモニタリングポスト等が設置されるのか
否か、仮に設置されるとすれば、どこに何か所設置されるのか全く不明であるな
ど、その判断の根拠は明らかではない。
浜岡原発においては、モニタリングポストが七か所、モニタリングステーションが
六か所、モニタリングポイントが三八か所、美浜原発においては、モニタリングポ
ストが一三か所、モニタリングポイントが三〇か所、高浜原発においては、モニタ
リングポストが一〇か所、モニタリングポイントが二四か所それぞれあることに鑑
みると、本件原子炉施設の周辺放射線監視設備は不備であるといわなければならな
い。右モニタリングポスト等の設置数が原子炉の設置される場所の気象条件、地
形、周辺公衆の居住区域の分布等によって異なるという考え方に立つとしても、被
告において本件原子炉施設周辺における監視設備が他の発電所よりも少なくてよい
との理由を、他の発電所設置場所の気象条件、地形等との比較において明らかにす
べきであるが、被告はこの点について明らかにしない。
(2) 本件原子炉施設におけるモニタリングポイント及びモニタリングステーシ
ョンは、中央制御室で常時監視できる体制となっておらず、モニタリングポストに
ついてもその内何か所が中央制御室で常時監視されるのか不明である。しかも、こ
れらの監視設備はガンマ線の空中線量率が表示されるに過ぎず、アルファ線及びベ
ータ線については測定不可能である。さらに、モニタリングポイント及びモニタリ
ングステーション並びに中央制御室以外で常時監視される以外のモニタリングポス
トでの環境放射線については、わざわざ右場所に赴いて目盛りを読み取らなけれ
ば、放射線量が分からないものであり、また、気象条件次第では、周辺監視区域内
よりも原告ら居住地の放射線量が高くなるという問題点もある。
したがって、本件原子炉施設の周辺放射線監視設備は不十分といわざるを得ない。
(3) 陸水、海水、海底土、土壌、農畜産物、海洋生物の環境試料分析について
も、ゲルマニウム半導体検出器による測定であることが明らかにされている以外
は、どの地点から試料を採取するのか等、全く明らかにされていないし、年二回の
試料分析程度で放射能環境汚染を知り得るはずがない。とりわけ、右試料分析は東
京電力内で行われることになっているが、電力会社の「事故隠し体質」に鑑みる
と、試料が正しく採取されるという保証はない。
(4) 放射能が異常放出された場合に使用されるというモニタリングカーについ
てもその性能や、積載機器の性能等は明らかにされていない。
2 分析、測定方法の未確立
昭和四九年一〇月に報告された原子力委員会の環境安全専門部会報告書によれば、
現在行われている環境放射能モニタリングの分析測定方法について、原子力利用に
伴う環境放射線モニタリングにおいて必要とされる対象核種、測定目標値、制度等
を考慮して再検討すべきであり、簡易迅速な測定方法の採用及び実際的な測定方法
の基準化が特に重要であると指摘しているが、これは、原子力委員会自身が環境放
射線モニタリングにおける分析、測定方法を未だ確立していないことを自認するも
のである。
3 環境放射線監視体制の欺瞞性
本件処分においては、環境放射線の監視を東京電力に行わせるとしているが、放射
性物質の放出主体に自らの汚れた手でその監視をさせるという体制は、原告ら住民
を欺瞞するものであり、各地の先行原発における放射線の監視結果が十分になされ
ていないことは、各地の事故例からも明らかであって、かかる環境放射線監視体制
が無意味であることは明白である。また、地方自治体による環境放射線監視体制も
また極めて不十分であり、原子炉施設設置者に対する批判者たる立場を忘れ、しば
しば設置者との癒着や擁護が見られる。前記環境安全専門部会報告書は、施設者、
地方公共団体及び国の果たすべき役割に対する考え方が明らかではないとしてお
り、原子力委員会自らも、現在の環境放射線監視体制の不備を自認している。
三 固体廃棄物の最終処分方法の不存在
1 本件原発から発生する固体廃棄物
本件原発から発生する固体廃棄物には、廃樹脂、廃スラッジ、液体廃棄系の蒸発缶
からの濃縮廃液、雑固体廃棄物等がある。このうち、雑固体廃棄物は、圧縮してド
ラム缶詰めされ、濃縮廃液も一か月余りの貯蔵の後、固化剤と混合させてドラム缶
に詰められる。また、廃樹脂は、放射性物質の量が一トン当たり約一〇〇キュリー
と高い上、五ないし一〇年間タンクで貯蔵した後、固化剤と混合してドラム缶に詰
められる。
しかしながら、このような中高レベル廃液は、固化そのもの、固化後の管理の困難
さから、事実上タンクの増設により敷地内タンク貯蔵が増加していくものと推認さ
れ、こうした中高レベルの廃液タンクは、その高度の放射性のために直接的管理の
なされないまま、長期間(事実上無制限)放置されることになり、一度事故が発生
すると修復どころか近づくことさえ困難になるのである。そして、本件原発の場
合、発生する固体廃棄物は、年間五〇〇〇本以上になると推定される。
2 固体廃棄物の最終処分の審査の不可欠
固体廃棄物に含まれる放射性核種には、ストロンチウム九〇、セシウム一三七、コ
バルト六〇等半減期の長いものが多く、また、詰められたドラム缶内部で、核壊変
が生じ崩壊熱を発生させる。その結果、固化剤に変化を及ぼして固体廃棄物の体積
を増加させ、ドラム缶を破壊させる危険性がある。また、ドラム缶についても、コ
ンクリートで内巻きにされたものではなく、通常市販されているものが使用されて
おり、耐用年数、強度、遮蔽度等は全く考慮されていないのが実情である。
かように危険で甚大な量の固体廃棄物を、敷地内の廃棄施設に保管、貯蔵するなど
ということは、放射性廃棄物の危険性を知らない児戯にも等しい立論であり、固体
廃棄物については、最終処分の方法及びその安全性を審査することは不可欠であ
る。
3 固体廃棄物の最終処分方法の不存在
被告は、固体廃棄物の最終処分について、現在、深海底への海洋処分等を計画して
おり、近い将来における実施を目指し、その安全性の調査、研究等の準備を進めて
いるとし、この問題が未だ調査、研究の段階であることを自認している。しかしな
がら、本来、放射性廃棄物は、希釈、拡散という自然環境の浄化能力によって無害
化が期待できる性質のものではない。深海底投棄の試みについても、深海底が学問
的にも未開拓の分野であり、毎秒十数センチメートルもの早い流れ、渦拡散による
上下水、湧昇流の存在などが考えられ、また、四〇〇〇メートルもの深海底では、
四〇〇気圧もの圧力がかかることなどの現実に鑑みると、容器の安全性が不明であ
り、破壊による放射性廃棄物の拡散の危険性が否定できない。現実に計画されてい
る西太平洋への試験的投棄さえ、周辺諸国の強い反対により実現できないのが現状
である。また、地中処分についても検討されているが、地下水位が高く、地震の影
響も受け易い我が国の実情に鑑みると、地下への永久処分が可能であるとの具体的
な見通しもないといわざるを得ない。
したがって、現在のところ、固体廃棄物の最終処分方法は存在していない。
4 固体廃棄物の最終処分方法の無審査の違法性
本件安全審査においては、固体廃棄物の最終処分方法については、全く審査されて
いないが、被告は、原子炉設置許可に係る安全審査においては、固体廃棄物の当該
原子炉の敷地内における廃棄設備の構造等が災害の防止上支障がないものであるか
どうかが審査されれば足りるのであって、固体廃棄物の最終処分方法の内容、安全
性についてはこれが実施される段階で別途規制される旨主張する。
しかしながら、以下の理由により固体廃棄物の最終処分方法の内容、安全性は、本
件安全審査の内容をなすというべきである。
(一) 規制法二三条による許可処分は、審査の対象を明記していないが、許可申
請に際し、申請書に記載し、あるいは添付を要求される書類、資料等によって審査
対象は明らかとなり、少なくともこれら申請書の記載事項として要求されている添
付書類、資料のすべてが審査対象となるべきところ、原子炉規則一条の二第二項九
号(現行規則二条二項九号)は、「放射性廃棄物の廃棄に関する説明書」の添付が
義務づけられており、また、規則一四条(現行規則一五条)は、規制法三五条によ
って原子炉設置者等が放射性廃棄物に関して採るべき措置として、放射性廃棄物
は、気体、液体、固体を問わず、永久的な措置を施さなければならないとしている
のであって、廃棄とは最終処分と同意義であって、「廃棄物を取り出す意思もな
く、永久的と考えられるやり方で放置すること」と解されるから、原子炉規則一条
の二第二項九号(現行規則二条二項九号)により、「放射性廃棄物の廃棄に関する
説明書」の添付が義務づけられているということは、放射性廃棄物の最終処分に関
する説明書の添付が本件許可申請に際して要求されているというべきである。
(二) 本件原子炉から発生する固体廃棄物の量、その危険性は前記のとおりであ
り、放射性廃棄物の最終処分の方法とその安全性が確立しない限り、「原子力の開
発および利用の計画的遂行」が不可能であることは明らかであり、また、最終処分
の方法がないまま敷地内にこれらを貯蔵、保管することは、「核燃料物質によって
汚染された物による災害の防止上支障」が生ずることは明らかであるから、規制法
二四条の許可基準の解釈からしても、固体廃棄物の最終処分の内容、安全性は当然
審査されるべきである。
(三) 被告は、規制法三五条、三七条、現行規制法五八条の二を指摘し、固体廃
棄物の最終処分の安全性については、それが実施に移される段階で別途規制される
べきであると主張するが、実施段階で規制されるのは、何も廃棄物の処理に限ら
ず、原子炉の安全性そのものであって、設計及び工事の方法の認可(規制法二七
条)、保安措置義務(同法三五条)、保安規定作成の認可(同法三七条)等の規制
があり、原子炉の安全性は、設置許可段階では不要ということにはならないのであ
るから、規制法三五条、三七条、現行規制法五八条の二があるからといって、廃棄
物の最終処分の安全性が設置許可段階で審査の対象とされないことの根拠にはなら
ない。
5 規制法二四条一項二、四号要件違反
(一) 規制法二四条一項二号は、規制法二三条の許可処分をすることによって、
「原子炉の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがない」場合でなけ
れば許可をしてはならない旨を規定し、規制法は、製錬から再処理に至るまでの一
連の核燃料サイクルについて規制しているが、その中で原子炉の設置についてのみ
特に「原子力」の利用及び開発の計画的遂行との関連で支障を生ぜしめないことが
要求されていること、実質的にも放射性廃棄物の最終処分の方法とその安全性が確
立しない限り、「原子力の開発及び利用の計画的遂行」は不可能であることなどに
鑑みると、原子炉設置許可は、固体廃棄物の最終処分の方法及びその安全性が確立
していることを必須の条件としているのであり、現在のところ、固体廃棄物の最終
処分方法が確立していないのは、前記のとおりであるから、本件処分は、規制法二
四条一項二号要件に違反する。
(二) 固体廃棄物の最終処分の方法がないまま、敷地内にこれらを保管、貯蔵す
ることは、そのこと自体において、原告ら周辺住民に対し、原子炉の事故、地震、
火災その他の災害時はもちろんのこと、平常時においても被害を及ぼすことにな
る。固体廃棄物の最終処分の方法がないまま敷地内にこれを保管、貯蔵することに
より、原子炉施設が核燃料物質によって汚染され、災害防止上極めて重大な支障を
及ぼすのは明白であるから、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違反すると
いうべきである。
四 使用済核燃料の最終処分方法の不存在
1 死の灰
本件原子炉運転の結果、ウラン燃料中のウラン二三五が原子核分裂を起こして、ク
リプトン八五、キセノン一三五、ストロンチウム九〇、セシウム一三七、ヨウ素一
三一等の核分裂生成物(死の灰)と、ウラン二三八が核壊変したプルトニウム二三
九が発生し、ウラン二三八の一部が燃え残る。
燃料棒中に「死の灰」が蓄積されると、核分裂反応が妨げられるため、燃料棒は取
り替えられ、その結果、ウラン二三八、プルトニウム二三九及び「死の灰」を含人
だ使用済核燃料が生ずる。
電気出力一〇〇万キロワットの原子炉が一年間運転を続けた結果、発生する使用済
核燃料の放射性物質の量は一七三億キュリーという膨大な量に達し、その毒性は一
〇〇万年にわたって持続される。使用済核燃料の再処理も、再利用可能なプルトニ
ウムの約九九・五パーセントを分離抽出するだけで、使用済核燃料を無毒化するも
のではない。五〇〇年、一〇〇〇年先まで保障できる使用済核燃料の貯蔵、保管方
法等は、存在し得ないのであり、使用済核燃料の最終処分方法はおよそ確立してい
ないのが現実である。しかし、かかる猛毒の生成を不可避的に伴う核分裂を利用す
る技術は、はるか未来の事柄についても保障しなければならないのであって、使用
済核燃料が半永久的に人類に危害を及ぼすことなく、安全確実に管理処分し得る具
体的方法を獲得できない限り、この技術は許されないというべきである。
プルトニウム二三八の半減期は八六年、同二三九の半減期は二万五〇〇〇年にも達
し、これらプルトニウムは、細部壊死作用、発癌作用がある極めて毒性の強い物質
であり、一旦体内に取り込まれると長期間沈着する性質のものである。ICRP
は、現在、プルトニウムの最大許容負荷量の基準を職業人について年間四〇ナノキ
ュリー、公衆について四ナノキュリーと定めているが、コクラン及びタンプリン
は、不溶性プルトニウム微粒子の発癌実験の結果を根拠に、現行の基準を二〇〇〇
分の一に引き下げるべきであると報告している。かように危険なプルトニウムを永
久ともいうべき期間、人類が生物の環境から隔離して管理することは全く不可能と
考えるほかない。
2 使用済核燃料の最終処分方法の無審査の違法性
被告は、使用済核燃料の最終処分方法の内容、安全性は本件安全審査の対象外であ
る旨主張するが、以下の理由により、使用済核燃料の最終処分に至るすべての過程
が設置許可の段階での安全審査の対象とされているというべきである。
(一) 本件原子炉は、使用済核燃料の発生を不可避としており、かつ、使用済核
燃料の最終処分が可能であることを維持、存続の前提としているのであるから、本
件原子炉の存続にとって、使用済核燃料の最終処分は不可避の問題である。最終処
分が可能であり、単にその手段等が問題とされているのであればともかく、それが
現実に可能であるか否かは、安全審査の最初である原子炉設置許可の段階でなされ
なければならない。
(二) 規制法二四条一項一号は、「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれ
がない」場合でなければ、許可をしてはならない旨規定しており、使用済核燃料の
再処理によって分離されるウラン、プルトニウムがどのように処理、処分されるか
を審査対象としているというべきである。また、同条項二号は、「原子炉の開発及
び利用の計画的な遂行に支障をおよぼすおそれがない」ことも原子炉設置許可の条
件としているが、使用済核燃料の最終処分が不可能となれば、原子力開発及び利用
の計画的遂行が不可能となることは明らかである。したがって、右最終処分が可能
であるか否かは、当然設置許可の段階で審査されなければならない。さらに、最終
処分の方法がなく、本件原発施設内に貯蔵、保管が続けられるとするならば、原告
らを含も広範囲の住民に放射能による災害の危険を及ぼすことになり、「核燃料物
質によって汚染された物による災害の防止上」重大な「支障」(同条項四号)を生
ずることは明らかである。したがって、規制法二四条の解釈からしても、使用済核
燃料の最終処分方法の内容、安全性の審査は、設置許可の段階でなされなければな
らない。
(三) 規制法二三条二項五号は、原子炉及びその附属施設の位置、構造及び設備
を原子炉設置許可申請書に記載すべきものとし、その際、原子炉規則一条の二第一
項二号は、核燃料物質の取扱施設及び貯蔵施設の構造及び設備は、核燃料物質取扱
設備の構造、核燃料物質貯蔵設備の構造及び貯蔵能力の区分によって記載すべきで
あるとしている。また、規制法二三条二項八号は、使用済核燃料の処分の方法を原
子炉設置許可申請書に記載すべきものとし、その際、原子炉規則一条の二第一項五
号は、その売渡、貸付、返還等の相手方及びその方法、又はその廃棄の方法を記載
すべきであるとしている。そして、右の「廃棄」とは、「廃棄物を取り出す意図も
なく、永久的と考えるやり方で放置すること」、すなわち最終処分を意味するので
あって、規制法は、使用済核燃料について、これを廃棄する際の最終処分方法の内
容、安全性についても原子炉設置許可段階での審査事項としているものと解すべき
である。
3 規制法二四条一項二、四号要件違反
(一) 規制法二四条一項二号は、規制法二三条の許可処分をすることによって、
「原子炉の開発及び利用の計画的な遂行に支障をおよぼすおそれがない」場合でな
ければ許可をしてはならない旨規定し、規制法は、製錬から再処理に至るまでの一
連の核燃料サイクルについて規制しているが、その中で原子炉の設置についてのみ
特に「原子力」の利用及び開発の計画的遂行との関連で支障を生ぜしめないことが
要求されていること、実質的にも使用済核燃料の最終処分の方法とその安全性が確
立しない限り、「原子力の利用及び開発の計画的遂行」は不可能であることなどに
鑑みると、原子炉設置許可は、使用済核燃料の最終処分の方法及びその安全性が確
立していることを必須の条件としているのであり、現在のところ、使用済核燃料の
最終処分方法が確立していないのは、前記のとおりであるから、本件処分は、規制
法二四条一項二号要件に違反する。
(二) 使用済核燃料の最終処分の方法がないまま、敷地内にこれらを保管、貯蔵
することは、そのこと自体において、原告ら周辺住民に対し、原子炉の事故、地
震、火災その他の災害時はもちろ人のこと、平常時においても被害を及ぼすことに
なる。使用済核燃料の最終処分の方法がないまま敷地内にこれを保管、貯蔵するこ
とは原子炉施設が核燃料物質によって汚染され、災害防止上極めて重大な支障を及
ぼすことは明白であるから、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違反すると
いうべきである。
五 使用済核燃料の再処理の無審査
1 使用済核燃料の再処理
原子炉内の核燃料は、ウラン二三五が核分裂反応により熱エネルギーを発生すると
同時に、ウラン二三八の一部が中性子を吸収してウラン二三九に変わり、更に、こ
れが最終的にプルトニウム二三九に壊変するが、プルトニウム二三九は、核分裂の
際、大量の熱を出し、核分裂の連鎖反応を起こすことから、核燃料として利用する
ことができ、また、使用済核燃料中の燃え残りのウランも再利用が可能である。天
然ウランの埋蔵量には限度があることに鑑みると、原子炉の運転を継続する限り、
使用済核燃料からウランとプルトニウムを他の放射性物質から分離する使用済核燃
料の再処理が不可欠となる。再処理は、使用済核燃料を燃料棒ごと解体し、硝酸溶
液に入れて溶解させた上、化学的にウランとプルトニウムを他の放射性物質から分
離する方法が採られる。
2 使用済核燃料の再処理の危険性
(一) 再処理工場は、一種の化学工場であり、過圧、腐食、有害物質等による事
故が発生する危険性があるばかりか、一立方メートル当たり、最高一〇〇万キュリ
ーという高レベルの放射性物質を含む溶液を取り扱うため、事故時の被害は従来の
化学工場とは比べものにならないほど危険性が高く、火災・爆発・臨界事故の発生
も十分に考えられる。また、再処理工場の中には、各工程を結ぶ大小無数のパイプ
が通っており、その一本、一本の中を極めて危険性の高い放射性物質が流れること
になり、パイプの破損、継ぎ目のゆるみなどによって施設内は直ちに汚染され、操
業は不可能になる。
(二) 再処理施設は、年間処理量二〇〇トンの小型のものでも、実に約一億キュ
リーもの放射性物質を化学処理するものであるから、施設外の環境にたれ流される
放射性物質の量は膨大なものになる。
(三) 一〇〇万キロワットの原子炉の運転に必要な核燃料を、使用済核燃料の再
処理によって賄おうとすると、再処理によって排出される廃液は、年間約三五立方
メートルで、その有する放射性物質の量は約五五〇〇万キュリーにも達するほか、
解体された燃料被覆管は年間約七・六トン、固体廃棄物は約三〇ないし六五トンに
及ぶところ、これらの廃棄物及び燃料被覆管は、高レベル放射性廃棄物と呼ばれ、
その最終処分の方法は存在しない。
(四) プルトニウム二三九は、細胞壊死作用、発癌作用の強い放射性核種である
ところ、その半減期は二万五〇〇〇年にも及び、かように危険なプルトニウムを半
永久的に、環境から隔離して管理することは不可能である。
3 使用済核燃料の再処理と本件安全審査
前記のとおり、使用済核燃料の再処理は不可避なものといわざるを得ないが、同時
に極めて高度な危険性を有するものであるところ、本件安全審査においては、使用
済核燃料の再処理についての審査を行っていないから、本件処分は、規制法二四条
一項二号、四号要件に違反する。
六 廃炉の処理方法の不存在
1 廃炉の危険性と処理方法の不存在
原子炉の寿命は、約三〇年といわれ、二〇ないし三〇年にわたって使用され続けた
原子炉は、原子炉容器内及びその周辺部の至る所が危険な放射性物質で汚染されて
いる。原子炉容器、配管類の内表面には、放射性物質が一定の厚さで付着し、原子
炉稼働中に中性子の照射を受け続けた、炉心構造物、各種機器類、コンクリート建
築物は半減期の長いコバルト六〇等の放射性核種を付着させている。それは、稼働
期間約二〇年の原子炉容器内部では、一時間当たり数百レントゲン、外側では一時
間当たり数一〇レントゲンにも達する。
右のように廃炉自体が極めて高度の危険性を有するものである以上、廃炉処理方法
については、安全対策上、他に類のないほど厳しい規制がなされなければならない
が、未だ、その安全な処理方法についての技術は確立されていない。
2 廃炉の処理方法の無審査の違法性
被告は、廃炉の処理方法の内容、安全性は本件安全審査の対象外である旨主張する
が、以下の理由により、設置許可の段階での審査の対象とされているというべきで
ある。
(一) 規制法三八条は、廃炉の処理方法に対する審査は、解体実施の段階で行わ
れるかのごとく規定されているが、大型商業用原子炉を解体した実例は世界的に皆
無であり、その安全な処理方法についての技術は確立されていないことや、廃炉自
体の危険性に鑑みると、廃炉の処理方法が原子炉設置許可の段階で全く審理されな
くてよいとは到底考えられない。同法は、原子炉設置許可段階での審査も前提とし
ていると解されるべきであり、このことは、原発の安全審査における多重性及び原
発の有する危険性に照らして十分な根拠があるというべきである。
(二) 規制法二四条一項二号は、「原子炉の開発及び利用の計画的な遂行に支障
をおよぼすおそれがない」ことを原子炉設置許可の条件としているが、原子炉の老
衰化は不可避であり、その後の処理方法のめどが立たないのであれば、原子力開発
及び利用の計画的遂行が不可能となることは明らかである。したがって、右処理方
法が可能であるか否かは、当然設置許可の段階で審査されなければならない。さら
に、処理の方法がなく、廃炉が敷地内に放置されるとするならば、原告らを含む広
範囲の住民に放射能による災害の危険を及ぼすことになり、「核燃料物質によって
汚染された物による災害の防止上」重大な「支障」(同条項四号)を生ずることは
明らかである。したがって、規制法二四条の解釈からしても、廃炉の処理方法の内
容、安全性の審査は、設置許可の段階でなされなければならない。
3 規制法二四条一項二、四号要件違反
(一) 規制法二四条一項二号は、規制法二三条の許可処分をすることによって、
「原子炉の開発及び利用の計画的な遂行に支障をおよぼすおそれがない」場合でな
ければ許可をしてはならない旨規定し、規制法は、製錬から再処理に至るまでの一
連の核燃料サイクルについて規制しているが、その中で原子炉の設置についてのみ
特に「原子力」の利用及び開発の計画的遂行との関連で支障を生ぜしめないことが
要求されていろこと、実質的にも廃炉の処理方法とその安全性が確立しない限り、
「原子力の利用及び開発の計画的遂行」は不可能であることなどに鑑みると、原子
炉設置許可は、廃炉の処理の方法及びその安全性が確立していることを必須の条件
としているのであり、現在のところ、廃炉の処理方法が存在していないのは、前記
のとおりであるから、本件処分は、規制法二四条一項二号要件に違反する。
(二) 廃炉の処理方法がないまま、敷地内に放置することは、そのこと自体にお
いて、原告ら周辺住民に対し、地震、火災その他の災害時はもちろんのこと、平常
時においても被害を及ぼすことになる。廃炉の処理方法がないまま敷地内にこれを
放置することは原子炉施設が核燃料物質によって汚染され、災害防止上極めて重大
な支障を及ぼすのは明白であるから、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違
反するというべきである。
七 労働者被曝の危険性
1 労働者被曝の危険性の増加
原子力発電所には、重大事故等による放射性物質の発電所施設外への流出、漏洩を
防止するための防護装置が不十分ながらも設置されているが、原子炉格納容器から
発電所の各施設への放射性物質の流出、漏洩については何らの防護装置も施されて
いない。原子力発電所に勤務する労働者(原発従事者)の作業のうち、核燃料の運
搬・装荷・入れ替え作業、各種設備・装置・機器類の点検・管理作業、補修・取り
替え作業、除染・清掃作業、各種廃棄物の収集・保管作業、作業着等クリーニング
作業等は、いずれも放射性物質が付着、滞留する被曝の避けられない作業である。
こうした労働者被曝の危険性の増加に加え、原子力発電所に多発している事故はよ
り多くの被曝者を生み出し、一人、一人の被曝量を増大させている。昭和四八年か
ら同五七年までの総被曝線量は八万八六二二人レムに達しているところ、原発従事
者の中から、吐き気、全身倦怠感、下痢、白血球の減少、発疹、潰瘍等の症状を訴
える者、相当数の癌による死亡者も出てきており、死亡した原発従事者の遺族から
も原子力発電所が死亡の原因ではないかとの疑問を提起する者もいる。
我が国における原子力発電所は、昭和三八年以来二〇年間に急成長し、米国に次ぐ
世界第二位の原発国となり、その反面、運転中の原子力発電所の敷地内には、ドラ
ム缶詰めされた放射性廃棄物が全国に約三五万本貯蔵されるなど放射性物質が山積
みされ、大量の被曝労働者を作り出し、年毎に深刻の度を増している。
2 労働者被曝の危険性と本件安全審査
本件安全審査においては、原発従事者の放射線防護及び被曝管理について審査され
ているが、その内容は形式的なものに過ぎず、設置者である東京電力が原発従事者
の放射線防護及び被曝管理にどのように関わってきたか、それまでの労働者被曝の
実態がどうであったか、実際の作業現場での放射線管理がどのように行なわれてき
たかなどについては何ら具体的な審査がなされておらず、前記労働者被曝の危険性
の増加の実態に鑑みると、本件原子力発電所に勤務する原発従事者の安全性が十分
担保されているとはいえない。
八 小括
以上のとおり、本件原子炉施設は平常運転時における有効な被曝低減対策が採られ
ていないから、本件処分は、規制法二四条一項二号、四号要件に違反する。
第二 本件原子炉の工学的危険性
一 沸騰水型原子炉の構造的危険性
軽水型原子炉には、沸騰水型と加圧水型があり、本件原子炉は沸騰水型である。加
圧水型は、炉心が約一五〇気圧の高圧のため炉心の冷却材(一次冷却材)は、三〇
〇度を超えるが沸騰はしないで、同じ格納容器内の蒸気発生器に導かれ、別系統の
二次冷却材に熱を与えて蒸気を発生させ、この蒸気によってタービンを回す構造を
採っているのに対し、沸騰水型は、炉心の冷却材を沸騰させ、その蒸気によってタ
ービンを回す構造を採っている。したがって、沸騰水型では、放射線で汚染された
一次冷却材が直接格納容器外のタービンに送られてくるという構造上の特質を有す
るため、次のような弱点を有する。
1 沸騰水型においては、冷却材は、燃料被覆管のピンホール等から漏洩する核分
裂生成物(セシウム一三七、ストンチウム九〇、ヨウ素一三一等)によって汚染さ
れるばかりでなく、元来放射能を有しなかった冷却材中の核種が中性子の照射・吸
収によってコバルト六〇、マンガン五四等の放射性物質に変化して放射能を有する
ようになるが、そのように汚染された冷却材は直接格納容器外に出て、配管及びこ
れに関連するすべての機器類に影響を与えるため、一般的に沸騰水型の方が加圧水
型より放射能漏洩事故に結びつき易く、現実にも原発従事者の被曝量は、沸騰水型
の原発における従事者の方が多くなっている。
2 また、沸騰水型の場合、炉心とタービンが直結しているので、配管及び弁、ポ
ンプ、バルブを含む全ての機器の故障は、たとえそれ自体がごく些細なものであっ
ても、配管、各機器の故障による冷却材の喪失は、即、炉心溶融の引き金となる冷
却材喪失事故(LOCA)に直結する。
3 TMI事故は、原子炉内における水とジルコニウムの反応に伴う水素の発生、
水素ガスの爆発の危険性を実証したが、一般に加圧水型より格納容器の容積の小さ
い沸騰水型においては、格納容器の破壊の危険性も高いといえる。
二 炉心燃料部の健全性の欠如
1 炉心燃料部の構造と役割
本件原子炉の炉心は、高さ約三・七メートル、直径約四・八メートルの直円筒形
で、七六四個の燃料集合体からなる燃料部と、約一二〇〇度の大量の高圧冷却材、
一八五本の制御棒によって構成されている。燃料集合体は、原子炉内外への核燃料
の出し入れに際し、一体となって動く燃料要素(燃料棒)の集合体で、燃料棒、ウ
オーター・ロッド、スペーサ、燃料支持板、チャンネル・ボックス、ハンドルなど
によって構成されている。本件原子炉には、伊方原発一号炉の二倍以上の燃料集合
体が装荷され、四体を一組として、制御棒案内管頂部、下部炉心支持板の上にある
支持金具によって取り付け支持される仕組みになっており、冷却材は、それぞれの
燃料について独立に下方から上方に向かって流れる。
原子炉は、単に、核分裂エネルギーを電気エネルギーに転換するに不可欠な役割を
有しているだけでなく、核分裂によって生ずる大量の放射性物質を外部に漏洩させ
ないための障壁ないしは防止手段として極めて重要な役割が期待されている。原発
における放射性物質の漏洩防止のための障壁ないし手段として、原子炉工学上考え
られているものは、第一に燃料ペレット、第二に燃料被覆管、第三に圧力バウンダ
リ、第四にECCS、第五に格納容器等があるが、これらの工学的・技術的安全確
保装置のうちで、最も重要視されなければならないのは、放射性物質の発生源とし
ての燃料ペレットであり、これを直近で取り囲んでいる燃料被覆管である。
多数の燃料集合体等で構成されている燃料部の健全性を保障することこそが原発に
おける安全確保対策の第一歩であり、その根幹でなければならない。
2 炉心燃料部を取り巻く厳しい環境と炉心燃料部材の健全性の欠如
(一) 炉心燃料部を取り巻く厳しい環境
燃料棒内の燃料物質中での核分裂反応によって発生した熱は、燃料被覆管を介して
冷却材に伝えられるが、発熱体である燃料ペレットは、中心点で摂氏約二〇〇〇
度、外周部で摂氏約七〇〇度、また、燃料被覆管は、内壁面で摂氏約五〇〇度、外
壁面で摂氏約四〇〇度の高温となるが、一〇〇〇度以上の急激な温度勾配にさらさ
れることになる半径五ミリメートルの燃料ペレット及びそれを覆う燃料被覆管が原
型を維持できる保障は全くない。しかも、本件原子炉の燃料被覆管は、全長約四メ
ートル、直径約一センチメートル、被覆厚約〇・八ミリメートルの長尺の細管であ
り、四八一三二本もの大量の燃料棒がわずか一・六三センチメートルの短い間隔で
配列され、そのわずかな間隔に摂氏約三〇〇度、約七〇気圧の高温、高圧水ないし
水蒸気が大量に流れることになっており、更に、燃料部を構成する各器材が長年月
にわたって絶え間なく強い放射線にもさらされていることに鑑みると、燃料棒を取
り巻く条件は、極めて苛酷である。
(二) 炉心燃料部材の適格性の欠如
核燃料や燃料被覆管を取り巻く環境条件は、一般工業材料が置かれる環境条件に比
べ、量的にも質的にも厳しく、一般工業材料として開発された従来の材料をこうし
た厳しい環境条件に適合させることは困難である。燃料被覆管等の炉心材料として
適格性が認められるためには、(1)放射線損傷のおそれがないこと、(2)誘導
放射能を示すような不純物、不純元素を含んでいないこと、(3)冷却材に対する
耐食性に優れていること、(4)高温、高圧に対する十分な機械的強度をもってい
ること、(5)中性子吸収断面積が小さいことなどの条件をすべて満足するもので
なければならないところ、本件原子炉に使用される主要材料は、ジルカロイー2、
ジルカロイー4、ステンレス鋼、インコネルXといった主要部材、特に、燃料被覆
管の材料であるジルカロイは、放射線照射による機械的、化学的性質の変化や、高
温、高圧に対する機械的性質の変化、冷却材等による科学的反応の変化などの点で
必ずしも優れた特性を有しているとは認め難く、また、他の工業分野での実績は全
くなく、未だ試用段階、実験段階にある不適格な材料である。
3 平常運転時の炉心燃料部の健全性の欠如
炉心燃料部を構成する燃料ペレットや燃料被覆管等の各部材は、摂氏三〇〇度から
二〇〇〇度に達する高温、摂氏一〇〇〇度を超える温度勾配、約七〇気圧の高圧、
秒速数メートルの高速流水、莫大な量の放射線による絶えざる照射、核分裂による
大量の核分裂生成物の発生等によって、物理的、化学的、機械的に大きな影響を受
けており、以下のような平常運転時の燃料棒の挙動と、続発する燃料棒事故は、本
件原子炉燃料部が抱えている不安定性と欠陥を示す重大なメルクマールというべき
である。
(一) 平常運転時の燃料棒の異常な現象
(1) 燃料ペレットの危険な現象
ア 焼きしまり現象
燃料ペレットは、焼結温度摂氏一四五〇度から一七〇〇度において製造されている
ため、運転中の燃料ペレットの中心温度が右焼結温度以上の高温となると、焼結が
一層進み、燃料ペレットの密度が高くなって体積が縮もという焼きしまり現象が生
じ、燃料被覆管と燃料ペレットとのギャップ、燃料ペレット相互のギャップを大き
くし、燃料ペレットに発生した熱が冷却材に伝わることを妨げ、燃料ペレットの中
心温度を上昇させ、燃料溶融の危険性が生じる。
イ 燃料被覆管の熱変形及び割れ現象
燃料ペレットには、摂氏一〇〇〇度を超える急激な温度勾配があるから、砂時計状
に変形し、径方向及び横断面内に割れが生じ、これによって、燃料ペレットが燃料
被覆管に応力を加え、燃料被覆管は竹筒状に変形し、破損するおそれがある。
ウ 照射スウェリング現象
核分裂による気体状及び固体状の核分裂生成物が燃料ペレット内に蓄積すると、燃
料ペレットの体積が増大するという照射スウェリング現象が生ずるが、それによっ
て燃料被覆管に過大な歪みを生じさせるおそれがある。
(2) 燃料被覆管にみられる危険な現象
ア 放射線の照射による変形現象
燃料被覆管は、中性子等の照射によって、耐力、張力等の強度が増加する反面、延
性が著しく減少するため、燃料被覆管の脆性破壊(塑性変形を伴わない破壊)の原
因となる。
イ 冷却材圧力によるクリープ現象
燃料被覆管は、燃焼の進行とともに冷却材圧力を受け、徐々に燃料被覆管の外径が
減少するクリープ現象が生じるが、これによって、燃料被覆管は細く変形し、つい
には延性破壊(塑性変形後の破壊)の原因となる。
ウ 楕円度の進行現象
燃料被覆管は、円状に製造、加工されることになっているが、長尺の細い管である
ため、全量あるいは全身を正確な円状に保つことは不可能であり、一部に楕円状の
ものが混じることは避けられないところ、こうした楕円状の燃料被覆管は、管内外
の圧力差等の力学的作用によって楕円度を進行させ、ひいては燃料棒の座屈損傷の
原因となる。
エ 水及び核分裂生成物による腐食現象
燃料被覆管は、冷却材や核分裂生成物等によって、腐食するが、その進行、拡大に
よって、腐食疲労、応力腐食割れ等の現象を引き起こし、燃料被覆管を破断させる
原因となる。
オ 燃料被覆管の変形、損傷をもたらすその他の現象
燃料被覆管は、燃料棒とスペーサが接触し、擦れあって生ずるフレッティング腐食
によっても損傷するほか、燃料棒の膨張がスペーサにより拘束されることによって
燃料被覆管が屈曲したり、炉心燃料部における圧力損失や不安定圧力により燃料棒
が過熱して破損するおそれのあることも指摘されている。
(二) 多発する燃料棒事故と対策の遅れ
今日まで、国内外における原子炉の炉心燃料部に、以下のとおり、多くの事故が発
生しており、これまで発生(判明)した炉心燃料部事故の大半は、燃料棒に関する
もので、(1)つぶれ事故、(2)曲がり事故、(3)ピンホール、ひび割れ事
故、(4)破損事故に大別される。こうした燃料棒に関する事故は、その原因がは
つきりしていないものが大部分であって、こうした事故に対する適切な対策はほと
んど講じられていないし、事故原因が解明されたとされている燃料棒に関する事故
についても、その後も同種の事故を繰り返している。平常運転時の燃料棒の挙動に
関する本格的な研究、実験は、我が国の場合、最近になって開始されたばかりであ
り、燃料棒に関する事故原因の解明には相当の長年月を要すると考えられることに
鑑みると、今後も燃料棒に関する事故の発生は避けられないものであり、本件安全
審査も、本件原子炉の炉心燃料部の健全性を十分に確認しなかったといわざるを得
ない。
(1) 燃料棒の潰れ事故
(日本)
(1) 昭和四八年三月、美浜原発(PWR)で第一領域の燃料集合体二〇体に潰
れが発見された。
(2) 昭和五二年八月、大飯原発(PWR)で燃料棒一六本に漬れと思われる変
形が生じた。
(外国)
(1) 一九七一年(昭和四六年)六月、スイスのベズナウ一号炉で第二領域の約
二・三パーセントに長さ数センチメートルの潰れが発見された。
(2) 一九七二年(昭和四七年)四月、米国のギネー原発で、第一領域に二パー
セント、第二領域に七パーセント、第三領域に三・五パーセントの潰れが発見され
た。
(2) 燃料棒の曲がり事故
(日本)
(1) 昭和四八年九月、美浜原発二号炉(PWR)で燃料集合体一六体に曲がり
が発見された。
(2) 昭和五〇年一月、美浜原発二号炉(PWR)で燃料集合体五一体に曲がり
が発見された。
(外国)
(1) 一九七二年(昭和四七年)末、米国のポイントビーチ原発一号炉で燃料集
合体一一体の曲がりが発見された。
(2) 一九七三年(昭和四八年)春、同じく米国のロビンソン原発二号炉で燃料
集合体七体の曲がりが発見された。
(3) 燃料部のピンホール、ひび割れ
(1) 昭和四六年五月から同五二年六月までの間、敦賀原発一号炉(BWR)で
前後数回にわたり、合計六〇体を超える多数の燃料集合体にピンホール、ひび割れ
が発見された。
(2) 同四六年九月から同五二年二月までの間、福島第一原発(BWR)で前後
数回にわたり、合計六〇体を超える多数の燃料集合体にピンホール、ひび割れが発
見された。
(4) 燃料棒の破損事故
(1) 昭和四八年三月、美浜原発一号炉(PWR)で、第三領域の燃料集合体中
の燃料棒二本の上部が約一七〇センチメートルにわたり、大きく切損した。
(2) 昭和五六年八月、大飯原発二号炉(PWR)で、燃料集合体に目で見える
程度の接触破損事故が発生し、新しい燃料集合体と取り替えられた。
4 冷却材喪失事故時における炉心燃料部の健全性の欠如
(一) 避けられない冷却材喪失事故
冷却材喪失事故は、圧力バウンダリを構成する機器の破損、配管の破断等によって
引き起こされるが、圧力バウンダリを構成する機器の破損、配管の破断の発生は、
これまで数多く発生している圧力容器、ポンプ、弁、各種配管のひび割れ事故など
から容易に推測されるものであり、原子炉作業従事者の手落等も含めて考えると、
冷却材喪失事故は避けられない事故であるというべきである。
(二) 冷却材喪失事故における燃料棒の異常な挙動
冷却材喪失事故が発生した場合、以下のとおり、本件原子炉の燃料被覆管が破裂
し、炉心崩壊に至るおそれがあるから、本件安全審査における冷却材喪失事故を想
定しても、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計が総合的にみて妥当なものとし
た解析評価は、不合理であるというべきである。
(1) 燃料棒内の内圧は、通常でも八〇ないし一五〇気圧に達するものと推定さ
れるが、冷却材喪失事故の発生によって温度が急上昇し、それに伴って、内圧も急
上昇する。燃料棒に対する外圧は、冷却材の喪失により刻々と低下するため、燃料
被覆管が膨張して冷却材の流路を閉鎖し、ECCSの冷却材の侵入を妨げ、高温の
水蒸気を発生させる。本件原子炉の燃料被覆管は、ジルコニウム合金(ジルカロイ
-2)製であるが、ジルコニウム合金は、高温で水蒸気と接触すると酸化反応を起
こす性質があるところ、この酸化反応は、発熱反応であるため、燃料被覆管の温度
を上昇させる。その結果、燃料被覆管は、ジルカロイの融点である約一八五〇度に
も達するおそれがある。
(2) 燃料被覆管は、炉心内の苛酷な条件に長時間さらされ、中性子による照射
損傷、燃料ペレット及び燃料被覆管間の機械的相互作用によって材質は劣化し、延
性を失っている。本件原子炉と同型炉でのバースト実験では、燃料被覆管内圧約七
〇気圧、温度摂氏約八〇〇度で燃料被覆管が破壊されるというデータも報告されて
いるから、燃料被覆管の膨張によって燃料被覆管が破裂し、核分裂生成物の放出等
の危険性もある。
(3) ジルコニウムは、水蒸気中で酸素と化合すると水素を発生するところ、水
蒸気に流れがあると、水素は、水蒸気流に運ばれ、滞留して濃度を高めれば、水素
爆発を発生させる危険性もある。また、破裂した燃料被覆管内部に発生した水素
は、水蒸気の流れを悪化させ、滞留蒸気を生んでジルコニウム・水素化現象を進行
させる。水素は、金属の原子配列に侵入し、金属を脆化させる性質を有するため、
燃料被覆管は、破裂部分で内面酸化割合を増進させ、破断部上下端の水蒸気の滞留
する箇所で延性を失い、軽い衝撃があると、脆化した部分を境に燃料被覆管破裂部
が抜け落ち、燃料被覆管の切損口から燃料ペレットが落下して、燃料被覆管の溶融
を誘発するおそれもある。燃料被覆管の破裂は、酸化、水素化のみならず応力集中
による機械的強度の著しい低下をもたらすから、冷却材喪失事故時においては、炉
心崩壊の重要な因子にもなる。
三 圧力バウンダリその他各種配管機器設備の健全性の欠如
圧力バウンダリを構成する圧力容器及び原子炉冷却系統設備は、原子炉の工学的安
全防護システムの枢要部を構成し、原子炉事故の最後の防壁となるものであるか
ら、その健全性の確保は、最高水準の技術をもってしてもなお足りず、起こり得る
いかなる事態に対しても、安全機能を維持し得る絶対的な要請を満たすものでなけ
ればならないが、以下のとおり、原子炉工学は、未だ実験途上にある未完成の技術
であり、本件原子炉の安全確保の要求は満たされていないというべきである。
1 中性子照射による圧力容器の脆化
圧力容器は、膨大な放射性物質と高温高圧の冷却材を内封し、原子炉においては最
も重要な安全装置であり、その破損破壊は、被告が最後の拠り所とするECCSの
機能さえも全く無意味にするものである。しかしながら、圧力容器は、平常運転
時、核分裂反応によって放射される中性子の照射を絶えず受け続けており、これに
よって、圧力容器材は硬くなり、次第にその靭性が低下するが、その過程、程度に
ついては、現在の科学では何もわかっていないといっても過言ではない。米国オー
クリッジ国立研究所は、炉壁に含まれる銅やリン等の不純物は、中性子照射による
脆化を速め、そこにECCS作動によって急に冷たい水が注入されると、炉壁の損
傷が急激に進行し、やがては圧力容器の破壊へと進む可能性もあると報告してい
る。また、本件安全審査においては、圧力容器内に圧力容器と同質の試験片を挿入
し、中性子照射による機械的性質の変化を監視することなどによって、安全確保が
図られるとされているが、右検査方法は、わずかな試験片の変化を監視することに
よって、分厚い圧力容器材の脆化を評価し得るのか、試験片の材質のばらつきをど
のようにチェックできるのか、圧力容器それ自体の温度と試験片の温度の温度差を
どのように把握するのか(脆化の程度は、中性子照射を受ける際の温度条件によっ
て異なるとされている。)など未解決な問題を有しており、かかる不確かな検査方
法によってしか、圧力容器の健全性の維持確保がなし得ない本件原子炉は、その設
計の根本において、災害防止上重大な欠陥を有するというべきである。
2 応力腐食割れ
応力腐食割れとは、応力と腐食の共同作用によって生ずる合金材料の割れをいい、
ある腐食環境の下で材料に引張応力が作用している場合に起こる特殊な破壊現象で
ある。本件原子炉の圧力容器の内張、再循環系配管等には、比較的耐食性の優良な
オーステナイト系ステンレス銅、高ニッケル合金等が使用されているが、国内外の
沸騰水型原子炉において、圧力容器及び冷却系配管等にこの応力腐食割れが多発し
ている。応力腐食割れは、五年ないし一〇年経過して発生することが多く、実験に
よる実体把握が困難で原因究明や対応策は全く解決されていない。応力腐食割れの
応力源は、組立時の荷重、溶接による残留応力、内部蒸気圧力、材料の自重、加熱
冷却による熱サイクル応力、ポンプ等による振動応力など無数に存在し、これらの
応力の値を測定したり、相乗作用の効果を把握することは不可能であり、応力対策
を立てることができない。また、腐食環境についても、水中の酸素、塩素イオン、
不純物等の存在、pH値等との関係が指摘されているが、なお未解明である。
被告は、冷却材中の塩素濃度、pH値等について適切な水質管理を行えば、腐食環
境を除去し得る旨主張するが、水の放射線分解によって不可避的に生成する短寿命
の酸素の存在状況等が不明であり、塩素濃度、pH値の水質管理も奏功していると
はいえない。敦賀原発、福島第一原発(一ないし三号炉)、浜岡原発(一号炉)、
島根原発等の沸騰水型原子炉では、圧力容器、制御棒駆動機構、再循環系配管、給
水ノズル、ECCS系配管等のひび割れ事故を続発させており、被告の主張する冷
却材の水質管理がいかに実効性のないものかを如実に示している。
3 疲労破壊、応力集中による破壊
圧力バウンダリ等が損傷を受ける原因として、応力腐食割れ以外に、金属材料が応
力を受け続けた場合に、その部分が疲労し、はるかに小さな応力で破壊(亀裂)が
生ずる疲労破壊があるが、この現象についても、十分メカニズムが解明されている
とはいえず、設計や製作時の品質管理に留意したとしても、なおその発生を根絶す
ることは不可能である。また、金属材料が一旦微小な破壊を受けると、傷部分に応
力が集中することになることから、応力が集中し、破壊が次々と拡大していくこと
になることも無視することはできない。
4 解析による設計の問題
本件原子炉施設における圧力容器の設計は、詳細応力解析による設計に従ってなさ
れているが、温度変化の計算、温度差による応力の発生とその解析、疲労の検討等
の基準は、すべて設計者に委ねられており、特に炉心スプレイノズル二本、給水ノ
ズルは、熱伝達理論が十分把握されていないから、圧力容器は安全性が確保されて
いるとはいえない。
5 事前検知の困難
圧力バウンダリ、冷却系配管及び炉内構造物等におけるひび割れを検知するには、
外観目視検査、超音波探傷検査及び漏洩検査等があるが、外観目視検査及び超音波
探傷検査は、年一回の定期検査時に行うしかなく、運転期間中のひび割れの進行は
放置されることになるし、定期検査の限られた時間内に全ての箇所を検査すること
は不可能であり、外観目視検査も水中カメラ等の遠隔操作に頼らざるを得ない。漏
洩検査も内部からいかに巨大な亀裂が進行しようともそれが外部に開口しない限り
発見されないし、そもそも、検査の性能自体にも疑問が残る。したがって、いずれ
の検査方法も信頼に値しないから、圧力バウンダリ、冷却系配管及び炉内構造物等
におけるひび割れを微小なうちに発見することは著しく困難であるといわざるを得
ない。
四 制御棒、制御棒駆動系の健全性の欠如
一九八〇年(昭和五五年)六月二八日、米国ブラウンズ・フェリー三号炉におい
て、出力三五パーセントで運転中、給水系統の故障が判明し、原子炉停止作業(ス
クラム)を行ったところ、一部の制御棒の全挿入ができないという事故が発生し、
また、同五六年四月には、NRCは、米国の三分の一を占めるジェネラル・エレク
トリック社製造の沸騰水型原子炉の制御棒駆動機構に重大な欠陥があり、制御棒の
挿入が困難となり、炉心過熱の大事故につながる危険性が高いと報告した。我が国
においても、制御棒駆動機構、駆動水配管のひび割れ事故、駆動水圧ポンプ軸の損
傷事故、制御棒逆さ取付ミスが多数発生している。制御棒駆動機構の故障は、制御
棒の不作動を招来するものであり、本件原子炉における制御棒、制御棒駆動系の健
全性は欠如しているというほかない。
五 ECCSの欠陥
1 ECCSの役割と構造
ECCSは、何らかの原因によって冷却材喪失事故が発生した際、サブレッショ
ン・チェンバー等に貯蔵してある冷却材を炉心に注水して燃料棒を冷却し、燃料被
覆管の重大な損傷を防止し、水とジルコニウムの反応を無視し得る程度に抑え、崩
壊熱を長期にわたって除去し、炉心溶融事故を未然に防止するシステムであり、本
件原子炉のECCSは、高圧炉心スプレイ系、低圧炉心スプレイ系、低圧注水系及
び自動減圧系で構成され、それぞれが中小口径配管破断、大口径配管破断に対処す
るものとされ、炉心の圧力と水位によって自動的に起動し、外部電源が喪失した場
合に備えて、ディーゼル発電機等の非常用電源を有している。
2 ECCSの有効性への疑問
ECCSは、原発における最大の事故ともいうべき炉心溶融事故を防止する命綱で
あるにもかかわらず、朱だECCSの有効性は確認されていないばかりか、米国国
立原子炉試験所は、一九七一年(昭和四六年)、加圧水型軽水炉のECCSのセミ
スケール試験(ロット試験)を実施し、電気加熱の模擬炉を用い、一次冷却材の配
管が切断され、冷却材が切断箇所で噴出する事故を想定して、冷却材を外部から注
入したところ、冷却材は炉内の水蒸気のために加圧された炉心に達しないで配管の
切断箇所から追い出される結果となったことを発表し、ECCSは設計どおりの機
能を発揮しないとの疑いが広まった。我が国では、昭和四九年からECCSに関す
る実験が開始されたばかりであり、本件原子炉のECCSは、その性能が実証され
ていない危険なシステムであるといわざるを得ない。
3 ECCSの不作動例
米国では、昭和四七年から同四九年までの二年間に沸騰水型原子炉のテスト運転時
に、弁の故障(一七件)、ポンプの故障(三件)を原因とする二〇件のECCS不
作動が報告されており、弁の故障の内容は、弁のかみこみ、弁軸の損傷、弁駆動モ
ーターの焼損、潤滑油不足による注入弁の作動不良等とされている。さらに、米国
オークリッジ国立研究所が実施した配管の小規模破損に対処すべく設けられている
高圧冷却材注入系の有効性に関する調査の結果、同四八年秋から同五〇年春までの
間に、米国の原子炉において一一二件の機能不良が起こったことが判明した。その
ほか、非常用のディーゼル発電機の運転経験も乏しく、必要なときに正しく応答し
なかった実例が多数報告されている。
我が国においては、ECCSの不作動に関する公式の報告はなされていないが、非
公式には、蒸気リークによって炉心水位が低下したが、水位計の故障のためにEC
CSが作動しなかった報告例もあり、それ以外にも多数の不作動事故が起こってい
るものと推測される。また、ECCS炉心スプレー配管のひび割れ事故について
は、高浜原発(一号炉)、美浜原発(一号炉)及び福島第一原発(一号炉)等で発
生しており、これは、ECCSの不作動に直結する。
4 ECCSの機能上の欠陥
(一) 本件原子炉のECCS審査基準の不十分性
安全設計審査指針は、ECCSが原子炉冷却材圧力バウンダリ内のいかなる寸法の
配管破断による冷却材喪失事故に対しても燃料被覆の溶融を防止できるような設計
でなければならない旨規定し、これを受けて、ECCS安全評価指針は、冷却材喪
失事故時にECCSが炉心の冷却可能な形状を維持しつつこれを冷却し、もって放
射性物質の環境への放出を十分抑制することができるかを評価するに際しての具体
的な判断基準として、「(1)燃料被覆管温度の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇
度以下でなければならない。(2)燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃
料被覆管の厚さの一五パーセント以下でなければならない。(3)炉心で燃料被覆
管が水と反応して発生する水素の量は、格納容器の健全性を確保するために十分低
くなければならない。(4)炉心形状の変化をも考慮して、長半減期核種の崩壊熱
の除去が長期間にわたって行われることが可能でなければならない。」の四項目を
示している。しかしながら、右基準は、(1)冷却材喪失事故時に燃料被覆管に作
用する応力の大きさに係る基準がないこと、(2)燃料被覆管の脆化に係る基準が
ないこと、(3)水素の発生量に係る基準が抽象的であることなどから、燃料被覆
管破損防止の基準としては不十分である。
(二) 本件原子炉のECCS審査基準の不適合性
ECCSの機能を予測し、本件原子炉のECCSが前記四基準に適合しているか否
かを判断するためには、事前に冷却材喪失事故時における、圧力容器内のブローダ
ウンの過程(冷却材が破断口から格納容器の中に流出する過程)、燃料棒の挙動及
び注水後の再冠水の過程等の炉心の状況が実験によって認識され、実証的なデータ
が十分整っていることが必要であるが、これに関するデータはなく、前記基準に適
合しているか否か判断できないというべきである。
また、本件安全審査が、(1)燃料被覆管は、中性子照射、酸化、応力腐食等によ
って劣化しているが、劣化を想定しない健全な燃料棒に基づいた無意味な事故解析
を行っていること、(2)冷却材喪失事故時の温度上昇の結果生ずる燃料被覆管の
ふくれを原因とする流路閉鎖及び破裂について何ら実証的な検討が行われていない
こと、(3)燃料被覆管の最高温度及び水とジルコニウムの反応量に重大な影響を
与える燃料被覆管の内面酸化については、外面酸化に比して最高四倍程度となると
報告した日本原子力研究所の研究結果に従うべきところ、これを採用せず内面酸化
を過少評価していることに鑑みると、本件原子炉のECCS機能の解析は説得力が
なく、前記四基準を充足しているとはいえない。
(三) 圧力容器自体の破壊
本件安全審査は、冷却材喪失事故の原因として、一次系配管の破壊のみを指摘する
が、圧力容器それ自体が破壊されると、そもそも原子炉内に冷却材を保持すること
が不可能となり、ECCSが全く機能しないことになる。鋼鉄製の圧力容器は、絶
えず炉心から中性子照射を受けているが、これによって鋼材はもろくなり、容器の
内側に小さなひび割れができやすくなり、脆化し、冷却材喪失事故時にECCSが
作動して圧力容器内に冷却材を注入した場合、温度が急激に低下することによって
ひび割れが一挙に拡大して圧力容器が崩壊する危険性も指摘されている。しかしな
がら、本件安全審査は、この点についての想定をしておらず、また、これを防止す
る技術が未確立であることに鑑みると、本件原子炉のECCSの健全性が保たれて
いるとはいえない。
六 計測制御システムの欠陥
1 米国においては、一九六八年(昭和四三年)から一九七五年(昭和五〇年)ま
での間に原子炉の故障例が一二二二件あったが、そのうち、二三八件が計測制御系
の故障であり、また、一二五件が原子炉の停止に至っているが、そのうちの二六件
が計測制御系の故障によるものであり、また、沸騰水型原子炉におけるさまざまな
弁の故障一二九件のうち、制御信号系の故障によるものが五七件ある。米国におけ
る計測制御系の重大な故障事例としては、加圧器の水位計が誤表示したTMI事
故、昭和五四年一月六日、ドナルドクック原発二号炉において、圧力測定器の圧力
検出ラインの凍結という初歩的な故障によって原子炉停止にまで至った事故、同五
五年二月二六日、クリスタル・リバー三号炉において、非原子力関連計装のX供給
電源の停止事故(制御盤の七〇パーセントが影響を受け、加圧器逃し弁が開いて高
圧注水系ECCSが作動し、約四三〇〇〇ガロンの冷却材が格納容器内に溢れ出
た)等がある。
我が国においては、同五〇年一月八日の美浜原発二号炉事故から同五五年九月一〇
日の浜岡原発二号炉の事故までの一五〇件の事故のうち、計測制御系の故障(弁の
故障も含も。)、誤作動は四二件にも及んであり、そのうち、三九件が原子炉停止
に至っている。
2 原子炉の各種計測制御システムにおいて、その検出端である流量、温度、圧力
及び液面等の測定機構や、バルブ等の操作機構は、すべて原子炉施設本体に接続さ
れるものであるから、高温、高圧、腐食性流体等の過酷な条件に耐えるような材質
でなければならないが、高温高圧状態の水位測定や摂氏二〇〇〇度もの高温の測定
がそもそも不可能であることは周知のとおりであり、また、高温度や流量を正確に
しかも長期にわたって測定し続けることも困難であるとされている。しかも、各種
計測制御システムにおける検出端の構造は、精密で繊細なため、異物の夾雑、腐食
等による測定誤差が生じやすいこと、ダイヤフラム弁、パイロット弁などの操作機
構は、異物のかみこみ等によって故障し、しばしば作動不能となること、時間的経
過、測定値の大きさ等の設定条件により測定誤差が徐々に増大することなどの欠陥
があることも指摘されている。また、計測制御システムは日常の保守点検が不可欠
であるところ、原子炉においては計測制御システムが原子炉の中枢部にあり、保守
点検が不可能である。
したがって、原子炉における各種制御システムは未完成の技術分野であり、信頼性
も欠如しているといわざるを得ない。
七 格納容器の健全性の欠如
安全設計審査指針は、格納容器バウンダリを冷却材喪失事故時に圧力障壁となり、
かつ、放射性物質の放散に対する障壁を形成するように設計された範囲の施設をい
うと定義づけ、機能として、想定される配管破断による冷却材喪失事故に際して、
事故後に想定される最大エネルギー放出によって生じる圧力と温度に耐え、かつ、
出入口及び貫通部を含めて所定の漏洩率を超えることがないように働くものと期待
し、また、通常運転時、運転時の異常な過渡変化時、保修時、試験時及び事故時に
おいて、脆化的挙動を示さず、かつ、急速な伝播型破断を生じない設計であること
を要求しているところ、以下のとおり、本件原子炉の格納容器の健全性は欠如して
いる。
1 本件安全審査においては、事故解析の前提となる想定事故として、冷却材喪失
事故及び主蒸気管破断事故を検討しているが、いずれもECCSや他の安全防護設
備が絶対的に機能し、炉心溶融はあり得ないという前提で審査を行っている。しか
しながら、被告が周辺住民の安全性の観点から事故解析を行って、格納容器の健全
性、安全性を宣言するためには、理論的に考えられる可能な最大規模の事故を想定
しなければならないところ、前記(五)のとおり、ECCSが不作動に陥る可能性
が十分考えられる以上、本件安全審査の事故解析は不十分といわざるを得す、した
がって、そのような事故解析を踏まえてなされた本件原子炉の格納容器に関する安
全審査にも問題があり、格納容器が安全であるとはいえない。
2 沸騰水型原子炉の場合、主蒸気管、給水管等多数の配管や電気関係の配線が格
納容器内部から格納容器を貫いて外界に通じている。これらの配管類の隔離弁が閉
ざされたときに初めて格納容器が隔離されることになるが、格納容器の隔離弁はし
ばしば故障し、また、事故時にECCSを使用した場合にはそれらの配管類が閉ざ
されないので、格納容器における隔離機能は不十分である。
3 主蒸気管隔離時には、多量の蒸気が格納容器下部のサブレッション・チェンバ
に殺到するが、その際の衝撃が格納容器自体に大きな力を加え、物理的振動が生
じ、圧力容器を動かす危険性があり、制御棒不挿入事故を起こす可能性があるか
ら、本件原子炉の格納容器は安全とはいえない。
4 本件原子炉のような沸騰水型原子炉の場合、格納容器の容積は、加圧水型原子
炉の数分の一と小さいので、原子炉内のジルコニウムと水の反応によって大量に発
生する水素による爆発や、水蒸気爆発に対して極めて弱いという構造上の欠陥を有
するから、本件原子炉の格納容器は安全とはいえない。
八 ポンプ、弁の健全性の欠如
1 我が国においては、昭和四六年一月から同五六年三月までの間に、ポンプ、弁
の故障が以下のとおり多発している。
昭和四六年 一月 敦賀原発一号炉
復水ポンプ水張不足による給水ポンプ停止
同   年 五月 美浜原発一号炉
一 次冷却系弁からの冷却材漏洩事故
同   年 六月 敦賀原発一号炉
給水ポンプウオーミング配管エルボーからの冷却材漏洩
同   年 八月 敦賀原発一号炉
パイロット弁不調による主蒸気隔離弁の全閉
同   年一一月 敦賀原発一号炉
蒸気タービン加減弁カムシャフト軸受台損傷
昭和四七年 二月 敦賀原発一号炉
蒸気タービン加減弁カムシャフト軸受台破損
同   年 七月 美浜原発二号炉
冷却材ポンプ潤滑油漏洩
同   年一二月 福島第一原発一号炉
再循環ポンプ制御装置故障事故
昭和四八年 一月 福島第一原発一号炉
再循環ポンプ制御装置故障事故
同   年 九月 美浜原発一号炉
加圧器スプレイ弁のバイパス弁グランド部からの漏洩
昭和四九年 五月 福島第一原発一号炉
制御棒駆動水圧ポンプシャフト損傷
昭和五〇年 一月 福島第一原発二号炉
再循環ポンプ軸封部損傷
同   年 六月 高浜原発一号炉
給水制御弁故障
昭和五一年 三月 敦賀原発一号炉
テスト用電磁弁に異物かみ込み、主蒸気止め弁誤作動
同   年 同月 浜岡原発一号炉
主蒸気隔離弁グランド部からの漏洩
同   年 同月 福島第一原発二号炉
再循環ポンプ軸封部損傷
同   年 六月 福島第一原発一号炉
制御棒駆動水圧ポンプシャフト損傷
同   年 同月 福島第一原発二号炉
再循環ポンプ一台がショート、停止
同   年 八月 島根原発
主蒸気止め弁テスト用電磁弁誤作動
同   年 九月 福島第一原発三号炉
再循環ポンプ速度設計回路不調
同   年一〇年 福島第一原発三号炉
タービン主蒸気止め弁用制御弁からの油漏れ
同   年一一年 福島第一原発三号炉
再循環ポンプ停止
昭和五二年 四月 美浜原発三号炉
電磁弁の故障による主蒸気隔離弁閉鎖
昭和五三年 八月 高浜原発一号炉
冷却材ポンプ異常振動
同   年一〇年 伊方原発一号炉
一 次冷却材ポンプ軸受部からの冷却材漏洩
昭和五四年 一月 東海第二原発
再循環ポンプ停止事故
同   年 二月 東海第二原発
再循環ポンプ、
軸受油冷却用配管からの漏洩
同   年 五月 大飯原発一号炉
余熱除去ポンプ入口電動弁故障
同   年 同月 高浜原発一号炉
ECCS高圧注入ポンプの軸切損
同   年 七月 東海第二原発
蒸気管予備計装配管弁のフランジ部からの漏洩
同   年一一月 福島第一原発二号炉
高圧復水ポンプ停止
昭和五五年 三月 敦賀原発一号炉
主蒸気隔離弁閉
同   年 四月 敦賀原発一号炉
給水ポンプ停止
同   年 同月 福島第一原発四号炉
炉心スプレイ系ポンプ異常振動
同   年一二月 大飯原発一号炉
冷却材ポンブシール損傷
同   年 同月 浜岡原発二号炉
再循環ポンプ停止
昭和五六年 一月 敦賀原発一号炉
主蒸気隔離弁用窒素漏洩
同   年 三月 玄界原発二号炉
二 次側給水制御弁の弁開度調整装置不調
2 本件原子炉における主蒸気復水給水系、冷却材再循環系、原子炉浄化系、残留
熱除去系、原子炉隔離時冷却系、制御棒駆動系、ほう酸水注入系、ECCS系等に
は、原子炉運転時、緊急時に欠くことのできないポンプや多数の弁が設置されてい
る。しかしながら、これらのポンプや弁は、高温高圧の炉水に直接さらされる上、
数多くの熱サイクル、圧力変動、運転に伴う振動などの各種応力の下で、長期間の
連続運転に耐えなければならないが、放射能汚染環境下にあるため、その保守点検
も容易ではない。しかも、これらのポンプ、弁は機械的強度を保ち、性能を維持す
る必要性があるに止まらず、冷却材漏洩防止対策が講じられなければならないが、
特に原子力発電所用の特殊な機種が用いられているわけでもない。このような通常
のポンプ、弁に対し、過酷な使用条件に耐え、かつ必要時に要求される万全の機能
を発揮し得る機械的強度、能力を本件原子炉の全稼働期間にわたって維持せよと求
めること自体に無理があり、本件原子炉において使用されているポンプ、弁は健全
性を欠如している。
九 繰り返される原子力発電所における事故、故障の発生について
我が国における原子力発電所の開発は、経済効率のみを重視するあまり、小型のも
ので、実験を積み重ねながら、実証された範囲内で徐々に大型化していくというこ
れまでの技術の常道をとらず、計算コード等机上の計算とECCS等の工学的安全
装置にすべてを頼り、急速にスケールアップを続けてきたものであるが、このよう
な経過に鑑みると、具体的に発生する原発の事故は、原子炉施設の原理、構造等の
多少の違いを超越して、安全審査、設置許可処分の当否を判断する貴重な資料、実
験例と位置づけられなければならず、少なくとも安全審査体制、原理、構造を同じ
くする原子炉施設で事故が発生した場合には、他の同種の原子炉施設の同一箇所に
おいて同一の事故が起こる高度の蓋然性があり、同箇所の安全上欠陥があると推認
されなければならず、その場合、被告は、同箇所について災害防止上支障がないこ
とを完全に立証しなければならないというべきである。また、安全審査に当たって
は、設計で採用される機器や設備がそもそも技術的に信頼性を有するか否か、申請
に係る設計が現実に設計どおりに機能するか否かを確認する必要があるが、繰り返
される原発事故は、そうした機器や設備がそもそも信頼性のないことを明らかにす
るものである。
1 我が国の原子力発電所における事故、故障の発生について
(一) 敦賀原発一号炉における事故例
(1) 給水加熱器からの冷却材漏出事故
ア 事故の概要
昭和五六年一月一〇日午後七時三〇分ころ、敦賀原発一号炉(沸騰水型原子炉)の
冷却材系B系列第四給水加熱器胴体部分の溶接部分にひび割れが生じ、放射能を帯
びた大量の冷却材が漏れる事故が発生したが、担当者は、格別の対策を立てないま
まこれを放置し、同月一四日、主蒸気隔離弁制御用のチッソガス漏洩事故で同原子
炉が一時停止した際に、ようやく漏洩箇所のひび割れ部分に鉄材の当て板を溶接
し、これを補修した。ところが、同月二四日午後三時ころ右漏洩箇所付近にさらに
ひび割れが生じ、そこから放射能を帯びた冷却材が大量に漏れる事故が再発し、作
業員は、直ちにハンマーで同箇所を叩いて、ひび割れ部分を一時的に詰め、同月二
八日から同年二月一日までの間に、ひび割れ部分をパッキングのようなもので巻き
付け、その上から鉄輪で締める補修工事を行った。これら一連の事故の発生及び復
旧の日時、事故の状況、事故に対する処置内容、事故原因並びに事故後の処置内容
等は一切記録されず、通産大臣に対する報告もなされなかった。
イ 事故原因と評価
この事故でひび割れを起こした第四給水加熱器は、昭和五五年度の定期検査で最も
重要な耐圧試験をしていなかった。そもそも、給水加熱器は、発電用タービンを回
した蒸気が復水器で冷却されて水に戻ったものを、蒸気サイクルの効率を高めるた
めに加熱し、これを再度圧力容器内に送り込もための重要な配管装置であり、これ
にわずかなひび割れでもあって、冷却材が外部に漏水するようなことがあると、こ
れにより、圧力容器内の空炊き現象を惹起するおそれのある高度の危険性を有する
ものであった。
(2) 濃縮廃液貯蔵タンクからの濃縮廃液漏洩事故
ア 事故の概要
昭和五六年一月一九日、敦賀原発一号炉の放射性廃棄物処理建家内濃縮廃液貯蔵タ
ンクから二基の配管つけ根部分の三箇所に穴があき、同箇所から超高濃度の放射能
に汚染された粘着性廃液が大量に漏洩する事故が発生し、作業員は、防護服で全身
を包むなどの重装備をした上で、五秒交替で、破損箇所に鉄板を張り付けるなどの
補修をしたが、これについての記録も、通産大臣への報告もなされなかった。
イ 事故原因と評価
敦賀原発の廃棄物貯蔵施設は、使用開始後約一〇年にして早くもその耐久性を失い
つつあるというべきであり、これは、同原発が海浜に建設されたために塩害の影響
があったものと考えられるが、敦賀原発の安全審査においては、原子力施設におけ
る各機器の材質に及ぼす塩害の影響は全く考慮されていなかったものであり、原発
安全審査体制の無力・無能ぶりの証左というべきである。
(3) フィルタースラッジ貯蔵タンクからの放射性廃棄物漏出事故
ア 事故の概要
昭和五六年三月七日夜から翌八日午前一一時ころまでの間に、放射性廃棄物処理旧
建家のフィルタースラッジ貯蔵タンクから放射性廃液がオーヴァーフローし、同建
家内に大量に流出し、右汚染廃液は、埋込管路を通じて洗濯廃液濾過装置室に至
り、作業員らが多数、右廃液を塵取りでくみ取り、ポリバケツ約二〇杯分を回収す
ろなどの応急除染作業を行ったが、廃液の一部が同濾過装置室床下にある一般の排
水路に流れ込み、一般排水に混入して排水口から大量に浦底湾に流れ込んだ。その
結果、浦底湾から採取されたホンダワラ等から通常値の一〇倍を超えるコバルト六
〇、マンガン五四が検出された。
イ 事故原因と評価
敦賀原発にはA危険極まりない廃棄物処理施設の真下に本来これと厳格に隔離され
ていなければならないはずの一般排水施設があるという構造的な欠陥があったにも
かかわず、計画段階から敦賀原発に対する安全審査を通り、工事認可を得ていたも
のであり、敦賀原発の安全審査には重大な過誤があったというべきである。
(二) 本件原子炉施設における事故例
(1) 事故の概要
昭和六〇年五月三一日、本件原子炉施設のタ-ビン建家地下二階にある復水器B系
統の循環水配管から七トンもの大量の海水が放射線管理区域である同建家内に漏洩
する事故が発生した。
(2) 事故の原因と評価
復水器入口循環水配管の外面に取り付けられている吊りピースの取付け隅肉溶接部
と管壁との境界部に貫通孔があり、管壁の外面で径約二センチメートル、内面で径
約七・五センチメートルと円錐状に欠損していたもので、通水後八か月しか経過し
ておらず、肉厚一三ミリメートルの鋼管に貫通孔が生じること自体由々しき事態と
いわざるを得ない。この事故のように循環水配管に穴が生じると、復水器の冷却能
力に影響を及ぼし、給水制御器の作動あるいはタービン停止の状態となるが、ここ
で、信号伝達の失敗、ポンプ、弁の故障等が重なれば、重大な原発事故へと発展す
る可能性を秘めるものである。
このように復水器循環水系は、原子炉冷却系の中のタービン設備の一つとして、極
めて重要かつ不可欠の配管であるにもかかわらず、本件安全審査においては、その
材質、強度及び設計位置などの健全性について審査はなされなかった。また、そも
そも、本件のような配管の技術については、「蒸気タ-ビン及びその附属設備」と
して、昭和四〇年六月一五日通商産業省令第六二号三四条三項により、「発電用火
力設備に関する技術基準を定める省令」に委ねられているが、原発においては、水
は極めて重要な要素であり、それに影響を与える機器、配管類の技術水準は、原発
固有の問題として議論されなければならないのであり、本件原子炉施設で用いられ
た復水器入口循環水配管が原発において用いられるべき技術的水準を有していなか
った証左というべきである。
東京電力は、貫通孔が生じた原因を、海水が流れる配管の内側の一部の塗膜が剥が
れ(管の内側にあった据付用鋼製補強材を取り除くガス切断作業により変質した塗
装の一部が取り除かれることなく再塗装されたのが原因である。)、露出した鉄と
復水器のチタンとの間で電極電位差が生じ、電気化学的腐食作用によって、管の腐
食が短期間に進行したと報告し、その根拠として、(1)貫通孔の形状が円錐状、
(2)円錐状の部分に錆の堆積がない、(3)腐食電流の測定結果、(4)損傷部
の表面の金属組織調査、(5)工場における再現試験の結果などを挙げているが、
(3)及び(5)に科学的合理性があるのか疑問であり、東京電力の報告した電気
化学的腐食作用のみが貫通孔の原因とは直ちにはいえない。
そして、(1)本件原発の復水器循環水系は、チタンと鉄という異種金属間に海水
を流す構造となっており、腐食電流が流れやすい構造的欠陥を有していること、
(2)腐食電流が配管に直接影響を与えないようにするためには、鉄よりもイオン
化傾向の低いアルミニウム等の金属を配管に張り付ける必要があるが、そのような
初歩的な腐食防止策が講じられていなかったこと、(3)循環水配管のみならずあ
らゆる配管の据付工事において、今まで試みられたことのない金属補強材を安易に
取り付けるなど配管の健全性に重大な欠陥をもたらしていること、(4)東京電力
は、この事故の原因が電気化学的腐食作用のみによるものであると固執し、他の配
管類の材質などの根本問題についての検討を回避していること、(5)本件安全審
査は、復水器循環水系の配管について、火力発電と同じ認識程度で審査しているに
過ぎず、原発の配管としての審査を全くしていないことなどに鑑みると、本件原子
炉施設には欠陥があるといわざるを得ない。
(三) 福島第二原発三号炉における事故例
(1) 事故の概要
昭和六四年一月一日午後七時ころ、福島第二原発三号炉(沸騰水型原子炉)の再循
環ポンプに異常振動が発生し、ポンプ回転軸の振動計が振り切れ、警報が鳴ったた
め、運転員は、出力を下げて運転を継続したが、その後も振動は続き、同月六日、
再び、振動計の警報装置が作動し、運転員は更に出力を下げたが、回復せず、同日
午後、翌日に予定した定期検査のため、原子炉を停止した。その結果、再循環ポン
プ内部の水中軸受部分のリングが割れて脱落し、羽根車の一部等が破損しており、
圧力容器内に推定三〇キログラムもの金属片が流入していることが判明した。
(2) 事故原因と評価
ア 重大な事故
運転員は、異常振動のために原子炉を停止したのではなく、定期点検のために原子
炉を停止したものであり、定期点検がなく、右のような異常振動が継続すれば、ポ
ンプや配管が破壊され、冷却材喪失事故等の重大な事故に発展する可能性があっ
た。また、右のとおり、多量の金属片が圧力容器内に流入しており、これらがジェ
ットポンプを目詰まりさせ、燃料集合体間の流水を妨げれば、核反応、反応度に影
響を及ぼすことになったばかりでなく、燃料を直接破壊する危険や炉心の冷却不能
を招くおそれもあった。
イ 共振現象の見落とし
軸受リング脱落の原因は、軸受の上下に生ずる水の流れによって生ずる圧力差によ
る振動と、ポンプそのものが有している固有振動との共振現象によるものであった
が、原発の安全審査においては、このような基本的事項が見落とされていたのであ
り、現在も、溶接方法の変更という対症療法が採られているに過ぎず、根本的な対
策は採られていない。
ウ 運転管理の杜撰な実態
原子炉が停止される五日前から異常振動が認められたにもかかわらず、運転員は、
運転マニュアルに従って出力を下げただけで運転を継続し、その間、再循環ポンプ
に過酷な稼働を強いたものであって、運転員には、危険事象に対する感覚の鈍麻、
安全軽視の姿勢があったものであり、杜撰な運転管理が行われているといえる。
(四) 美浜原発二号炉における事故例
(1) 事故の概要
平成三年二月九日午後〇時一六分、美浜原発二号炉(加圧水型原子炉)の蒸気発生
器ブローダウン水モニターの指示値が「注意信号」を発し、同日午後一時四〇分蒸
気発生細管がギロチン破断したため、原子炉圧力が急降下し、放射線高のアラーム
が鳴り、原子炉はスクラム状態となり、圧力が一六〇気圧から一気に一〇〇気圧ま
でに下がったところで、ECCS高圧注入系が作動した。しかし、加圧器逃し弁が
開かず、一次系の圧力が下がらず、ECCSが有効に働かないまま、一次系から二
次系への水漏れが続き、午後二時ころ、炉心温度は、摂氏三〇〇度前後になり、燃
料棒表面付近では部分的な沸騰も起きた。午後二時九分、充填ポンプ三台が起動
し、一次冷却系の水を補給し、加圧器補助スプレーを使用したり、午後二時三七分
にはECCSを停止したことにより、一次系の圧力は下がり午後二時四八分、二次
冷却系側への水抜けが止まったが、一次系から二次系に流出した冷却材は五五トン
に及び、また、この事故に際し、主蒸気隔離弁も故障していた。
(2) 事故の原因と評価
ア 深刻な事故
右事故では、ECCSが作動したものの、炉内の圧力、温度の不安定な状態が続
き、更に、主蒸気隔離弁の故障、加圧器逃し弁の不作動というトラブルが重畳的に
発生し、炉心で沸騰が始まったものであり、燃料棒の冷却が妨げられ、水とジルコ
ニウムの反応による燃料棒破損という危機的な状況もあった深刻な事故であった。
イ 細管のギロチン破断
美浜原発二号炉における安全審査においては、蒸気発生器細管の強度に充分な余裕
があり、その破断を想定することは非現実的であって、仮に破断の危険性があった
としても、その前にリークを検知し、所要の措置を講じることができるとされてい
たが、LBB(リーク・ビフォア・ブレイク)から瞬く間にギロチン破断に至っ
た。その原因は、細管の疲労劣化及びこれを無視した無謀な供用の連続にあったと
いうべきであり、また、LBBが有効に働かなかったことで、被告が原子炉の工学
的安全性の根拠の一つとする異常事態の早期検知の技術システムが信頼に値しない
ことが明らかになった。
ウ 施工上のミス
この事故の原因の一つとして、細管振れ止め金具の取り付けミスという施工上のミ
スが大きく作用したといえるが、このような事象を安全審査の対象外とするようで
は、到底原発の安全性を確認することはできない。
エ ECCSの機能不十分
この事故ではECCSが作動したが、原子炉内の圧力が十分下がらなかったため、
冷却材を十分注入することができなかったものであり、この事故のような小破断冷
却材喪失事故の場合のECCSの機能に重大な疑義が生じた。
オ 事故解析と実際の事故経過との不一致
美浜原発二号炉における安全審査においては、加圧木型原子炉の事故解析として蒸
気発生器細管の破断事故が取り上げられ、事故発生から約三〇分で一次系の圧力
は、二次系の圧力と同じとなると解析されていたが、実際には、約一時間を要して
いたものであり、右事故解析が現実の事態を反映していない証左となった。
2 TMI事故について
(一) 事故の概要
(1) スリーマイルアイランド(TMI)原発は、米国ペンシルヴェニア州スリ
ーマイル島にある原発であって、同原発には、バブコック・アンド・ウィルコック
ス社設計の加圧水型原子炉が二基設置されており、TMI事故は、二号炉(電気出
力九五万九〇〇〇キロワット、昭和五三年一二月営業開始)で発生した。
(2) 昭和五四年三月二八日午前四時ころ、運転中の二号炉において、復水器を
通過して水に戻った二次冷却水を蒸気発生器へ給水するために二次冷却系に設けら
れている主給水ポンプ二台が突然いずれも停止し、このため、蒸気発生器への給水
が停止した。このため、右のような主給水喪失時に、直ちに蒸気発生器に給水し、
一次冷却系の除熱を確保するために設けられていた補助給水系の補助給水ポンプが
すべて自動的に起動したが、本来開けられているべき補助給水ポンプの出口側の弁
が閉じられたままの状態で運転されていたため、蒸気発生器における一次冷却系の
除熱能力が失われた。一方、一次冷却系においては、温度、圧力が急速に上昇し、
主給ポンプ停止の三秒後(以下、経過時間は主給ポンプ停止後の時間をいう。)に
は、一次冷却系の圧力が上昇することを抑制することを目的として加圧器に設けら
れている加圧器逃し弁が開き、蒸気と熱水が格納容器ドレンタンクに流入した。そ
して、八秒後には、原子炉緊急停止装置が作動して、原子炉が自動停止した。
(3) 右の加圧器逃し弁の開放及び原子炉停止によって、一次冷却系の圧力は急
速に低下し、加圧器逃し弁が閉止すべき圧力以下に低下した。しかし、加圧器逃し
弁は、開放状態のまま固着して閉止せず、遂には、ドレンタンクのラプチャーディ
スクを破壊させ、冷却材は、格納容器内の格納容器サンプへと流出し続けた。
(4) 二分二秒後、炉内圧力低下により、ECCSの一つである高圧注入系が自
動起動し、原子炉内に注水を開始したが、加圧器水位計が異常な上昇を示したた
め、運転員は、圧力調整が不能となることを恐れ、手動でポンプを停止したり、流
量を絞ったりした。
(5) 七分三〇秒後、サンプ移送ポンプが自動起動し、冷却水は格納容器から気
密性の不十分な原子炉補助建家内のタンクに汲み出され、そのラプチャーディスク
も破壊し、補助建家の床に溢れた。補助建家に流出した気体状放射性物質は、その
かなりの部分が同建家の排気系に設けられた活性炭フィルタを通らず、直接排気筒
から環境に流出した(排気筒に設けられたガスモニターは、測定範囲を超える多量
の放射性物質が通過したため、事故発生の数時間後から約三週間にわたって振り切
れたままであった。)。
(6) 八分後、運転員は、二次冷却系の補助給水ポンプ出目弁が閉じられている
ことに気付いてこれを開いたため、蒸気発生器を通じての除然も行われていたが、
炉内温度は上昇を続け、飽和温度を超えて冷却水が沸騰を始め、燃料被覆管におい
てジルコニウムと水の反応が進行し、大量の気泡や水素ガスが発生した。
(7) 一時間一五分ないし四〇分後ころ、一次冷却系にキャヴィテーション(異
常振動)を生じ、冷却材ポンプが空回りし、激しく振動し始めた。運転員は、この
ままポンプを稼働させ続ければ、ポンプの破損に止まらず、一次冷却系配管の損
傷、破断につながることを懸念し、冷却材ポンプを停止した。
運転員は、一次冷却水の自然循環を期待したが、実際には、炉内の気泡ガスに阻害
され、一時間四〇分後、ECCSの流量絞り込みによる冷却水の減少と相俟って、
炉心の露出が始まり、炉心損傷が進んだ。
(8) 二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃し弁の開放固着に気付き(これほど
時間がかかった原因は、弁の開閉表示が不適切で、「閉」の表示ランプがついてい
たのだが、これは「閉じよ」との電気信号を意味するだけで、実際の開閉が表示さ
れていなかったことにある。)、加圧器逃し弁の元弁を手動で閉じたが、その間、
一次冷却水は噴出を続けていた。また、そのころ、二機ある蒸気発生器の一方の二
次側に高い放射能が検出され、運転員は一機を隔離した。
(9) 二時間四五分後ころ、運転員は、停止していた一次冷却材ポンプを再度働
かせようとして短時間運転を試み、三時間二〇分後ころ、炉内の圧力の低下を元に
戻そうとして約七分間、高圧注入ポンプを働かせて送水した結果、露出していた炉
心を冷却し、炉内を冠水状態に戻した。
(10) 炉心で発生した大量の水素ガスは、格納容器内へ流出し、三時間一五分
後ころ及び同三〇分後ころ、格納容器ドレンタンク内で圧力スパイク(水素の小爆
発)が観測され、一〇時間後には、格納容器内で約二気圧に達する圧力スパイクが
観測された。
(11) 炉心内では、ジルコニウム水反応に止まらず、炉心温度は、燃料ペレッ
トの酸化ウランの融点である二八〇〇度を超えて溶融が始まり、三時間四四分後に
は溶融固化物の中心部に冷却効果が及ばず、中心部で再溶融まで生じていたもの
で、メルトダウンが始まり、更に、炉心のほとんどすべての燃料棒が何らかの損傷
を受け、炉心上部約三分の一が崩落して空洞となり、圧力容器底部には溶融流下し
て固化した多量の塊状デブリ推定約一六トンが観測され、メルトスルー(圧力容器
の貫通)の危機にあった。
(12) ケメニー報告書、ロビゴン報告書は、希ガスの環境への放出量は、約二
五〇万キュリーと報告しているが、放出放射能量について最も正確な測定値を与え
るべき排気筒に設けられたガスモニターは振り切れて使用できず、TLD(熱蛍光
線量計)のデータは空中のガンマ線量の測定に限られ、しかも、周辺にわずか二〇
個しか設置されていなかったのであるから、放出された放射性物質のすべては測定
できなかった。また、排気ダクト付近に設置されたエリアモニター一空中線量を示
すモニター)の指示値も、拡散後の放射線量の時間変化を記録しているに過ぎず、
排気筒出口における放射能量の時間的変化を記録していないから、エリヤモニター
からの推定は当然に過少評価を伴うというべきである。したがって、放出された希
ガスは、ケメニー報告等の数倍に及んでいたというべきである。
(13) また、ケメニー報告書、ロビゴン報告書は、ヨウ素一三一の環境への放
出量は、約一五キュリーと報告しているが、事故後二日間の信頼すべきデータがな
いことによれば、その三〇〇ないし四〇〇倍以上にも達した可能性がある。
(二) TMI事故の原因
(1) 複合的要因による事故
TMI事故の発生、拡大に決定的な影響を与えたのは、次の諸点であるといえる。
すなわち、
(1) 主給水ポンプが停止した際、補助給水ポンプは、その出口側の弁が閉じら
れたままの状態であったため、有効に作動しなかったこと。これは、日常的な保安
の杜撰さが原因であり、端緒の小さな出来事を大事故につなげた。
(2) 加圧器逃し弁の固着。これ自体は、通常起こり得る故障でさして重要視さ
れていなかったが、これが冷却材喪失口となった。
(3) 中央制御室の加圧器逃し弁の表示が「閉」となっていたこと。実際には、
「閉じよ」との命令信号であり、「閉じた」ことを表示したわけではなかったが、
これが運転員の判断を誤らせ、弁の開放状態が二時間一八分続く原因となった。
(4) 炉心水位を判断するための唯一の計器である加圧器水位計が振り切れ、満
水状態を示したことから、実際には炉心から水が漏れていたにもかかわらず、当然
炉内は満水であると判断し、運転員がECCSの注水を絞ったこと。
(5) 炉内で発生した蒸気泡によりポンプが異常振動を起こしたために、運転員
が冷却材ポンプを切ったこと。これによって、水の循環が妨げられ、炉心の過熱が
促進されたが、この状況下での措置としてはやもを得ないものであった。
右以外にも、主給水ポンプの同時停止(多重性を無効ならしめる設計)、補助給水
系出目弁が閉じた状態でも運転可能であったこと(インターロックの不存在)、蒸
気発生器の漏洩、各種計測器の振り切れによる測定不能、コンピュータデータの遅
れ(事故発生後、プリンターから打ち出されてくるコンピュータの情報が、プリン
ターの印字速度が遅いため遅れ始め、遅れは最大で二時間三〇分に達した。)、直
接に炉心水位を知り得べき手段の欠如、一次冷却材の自然循環の不能、多重要因事
故及び共通要因事故に対する対策の欠如、人的因子を無視した制御室の設計、緊急
連絡体制の不備等の事情がこの事故の発生、拡大に寄与したものと考えられる。こ
のように、TMI事故は、一つ一つの原因をみるとそれ自体さほど重要とはいえな
い故障、やむを得ない判断の誤りが複雑に作用して発展・拡大し、惹き起こされた
事故であった。
(2) 人為ミス論の不当性
ア 被告は、TMI事故の決定的原因を、(1)加圧器逃し弁が開放固着している
ことに二時間以上も気付かなかったこと、(2)一次冷却水に関する判断を誤って
ECCSを停止させたり、流量を最低限まで絞ったりしてECCSの機能を実質的
に殺してしまったことに尽き、その背景要因も原子炉施設の管理が適切でなかった
こと、運転員に対する教育、訓練等が不適切あるいは不十分であったこと等の運転
管理上の問題であると主張し、専らこの事故を運転管理に係る事故の範疇に封じ込
めようとしている。
しかしながら、TMI事故の発生、拡大の原因は、前記のような多様な事情が複雑
に作用して発展・拡大して、惹き起こされたものであり、人為ミス論というのは、
いわば二次的な意味しか有しないものというべきである。
イ 運転員らが加圧器逃し弁が開放固着していることに二時間以上も気付かなかっ
たことは過失とはいえない。
被告は、加圧器逃し弁の出口配管の温度、ドレンタンクの水位、温度、格納容器サ
ンプ水位の上昇等から、運転員は、加圧器逃し弁が開放固着していることに気付く
べきであったと主張する。
しかしながら、加圧器逃し弁の開閉表示は、明らかに「閉」を示していたのであ
り、運転員らにとって、原子炉の状態を直接感知する方法はないのであるから、運
転員としては、こうした間接的情報を信頼するしか術はなく、むしろ、各種機器の
健全性は確認されているはずであり、加圧器逃し弁に対し「閉」を指示する電気信
号が出ている以上、弁は確実に閉じていなければならないのであって、運転員とし
ては、これを信頼するのが当然である。しかも、当時、加圧器水位計は、原子炉の
満水状態を表示し、運転員らは、一次系の圧力調整不能、一次系破損の事態を真剣
に心配していたのであり、漏洩の継続を疑うどころか、これと正反対の原子炉の満
水加圧状態を警告する表示が他方で与えられていた。運転員らには、明らかに相矛
盾する、およそ理解困難な雑多な情報が与えられたのであり、しかも、事故発生後
数時間の制御室は多数の表示ランプが点滅し、一〇〇にも及ぶアラームが鳴り響
き、大混乱の状況にあった。わずか数名の運転員らは、まかり間違えば、自らの生
命にも関わる警告が次々と発せられる中で、頼り得るはずの表示、データの中から
当てになるものとそうでないものを選別しなければならなかったのであり、それで
も、運転員らはわずか二時間二〇分にして、明確に情報とは反する加圧器逃し弁の
開放固着状態を探り当てたのであって、この点について、運転員らに過失があった
とはいえない。
ウ 運転員らが加圧器水位計の急上昇を見て、ECCSを停止したり、流量を絞っ
たりしたことは過失とはいえない。
被告は、水位計が一次系内の水量を適切に示すのは、一次冷却水が沸騰していない
正常な状態にある場合に限られるのに、この事故の当時、冷却材ポンプが振動して
おり、圧力容器出口側配管温度が極めて高温となり、沸騰を示す情報が与えられて
いたのであるから、水位計が一次系内の水量を適切に示していなかったことは明ら
かであったと主張する。
しかしながら、冷却材ポンプの振動は、キャヴィテーションの発生に限られず、ま
ず疑うべきものはポンプ自体の故障と考えられ、しかも、当時、加圧器逃し弁は閉
じていたのであり、一次冷却材の沸騰、一次冷却材喪失事故が発生しているなどと
考えることは不可能であった。原子炉の過圧状態は一次系の大破損という極めて重
大な危険をもたらすのであるから、加圧器の満水状態を避けようと判断したことは
当然であった。したがって、運転員らが、相矛盾する情報の中から、その時点にお
ける最も危機的な状況を読み取って、ECCSの停止を決断したのは当然であっ
た。事故発生から二時間後、TMI発電所の最高幹部らによる緊急会議が開かれた
が、原子炉圧力が低下しているのにかかわらず、誰一人、加圧器水位計が振り切れ
ているという表示の謎を解くことができず、約六時間後に到着したNRCの担当官
までが加圧器水位計の振り切れを見て、即座にECCSの停止を指示したのであ
る。
TMI事故発生前、我が国の加圧水型原子炉(ウエスティングハウス社製)におけ
るECCSの起動信号は、炉内の圧力低下と加圧器水位低下の同時信号とされてい
たが、事故後、加圧器の水位に関わりなく、炉内の圧力低下だけでもECCSを作
動させるP′回路が付加された。
このことは、我が国の原子力発電所の専門家及び製造会社であるウエスティングハ
ウス社が、ECCSの起動信号を炉内の圧力低下と加圧器水位低下の同時信号で足
りると考えてきた証左というべきである。
エ 原子力安全委員会が設置した米国原子力発電所事故調査特別委員会は、昭和五
六年五月、TMI事故について、事故を拡大した決定的要因は、人為的因子(人為
ミスではない。)であったことは確実であるが、詳細にみてみると、設計、運転管
理、事故時の通報連絡体制等諸々の因子の不備が複雑に関わり合っており、その責
を単純に運転員の誤判断や誤操作に帰してしまうことはできないものであった旨報
告している(第三次報告)。
オ TMI原発の運転員らは、最悪の条件の下、想定不適当として安全審査の対象
から除外され、何の対策も講じられていなかったこの事故に実によく対処したとい
うべきであり、運転員らに過失があったとはいえない。
(三) TMI事故と本件安全審査
(1) TMI事故の教訓
前記米国原子力発電所事故調査特別委員会は、昭和五四年九月一三日、「わが国の
安全確保対策に反映すべき事項」として、沸騰水型原子炉、加圧木型原子炉の区別
なく、基準・審査関係一四項目、設計・運転管理に関するもの一六項目、防災計画
に関するもの一〇項目、安全研究に関するもの一二項目の合計五二項目の具体的提
言を行った。それによると、「TMI-二の場合、緊急時において、運転員の練達
度もさることながら、短時間に的確な判断をし、確実な操作を行うことか困難な点
があったように思われる。このことに鑑み、運転員に要求される必要な操作の内容
を把握し、安全評価上ヒューマン・クレディットをどう考えるかについて検討する
必要がある。また、事故解析に際しては、現指針のように安全系についてその機能
別に単一事故を想定すれば安全評価上十分とするか、又は故障の重畳についても想
定すべきなのか等を検討する必要がある。」、運転員の誤操作防止策については、
「設計上の考え方をより明確にするとともに、手段、方式等について検討する必要
がある。」とし、安全上重要な系統及び機器の分類の見直し、計測制御系及びプロ
セス計測制御系の信頼性の点検、制御室のレイアウトの見直し、一次冷却材の監視
方法の検討、小破断事象時の安全性の研究、水素ガス対策、弁の信頼性の検討等、
実に多岐にわたる指摘がなされている。
被告は、加圧水型原子炉であるTMI原発二号炉と沸騰水型原子炉である本件原子
炉とは、基本的にその原理、構造を異にしており、TMI事故を直接本件原子炉施
設に当てはめ、その安全性を云々することはそもそも無意味である旨主張するが、
TMI事故によって、原発施設が人間の誤操作や機械の誤動作を阻止する構造(フ
ェイルセイフ)となっていなかったこと、誤動作を自動的に安全側に修復する構造
(フールプルーフ)とはなっていなかったこと、安全設計上の諸対策が逆に人的要
因によって機能を発揮し得ない場合があること、人的因子と機械との接点の検討が
十分なされていなければならなかったこと、故障の重畳、共通要因故障、人的因子
も含む多重要因事故が現実のものであり、これらの十分な検討が必要であったこ
と、原因の如何を問わず大事故の発生は不可避であること、これを想定不適当とし
て何らの対策の検討もしてこなかった安全審査に根本的欠陥があったことなどが明
らかになったのであり、こうしたことは、沸騰水型原子炉と加圧水型原子炉の差異
に関わりがないというべきである。
(2) 単一故障指針の誤り
TMI事故は、主給水ポンプ二台の同時停止、三系統ある補助給水系の補助給水ポ
ンプ出口弁の開け忘れ、加圧器逃し弁の開放固着、人的要因を含んだECCSの性
能低下、蒸気発生器の漏洩、キャヴィテーションによる冷却材ポンプの使用不能等
の故障が次々と加わった明白な多重故障事故であった。本件安全審査における事故
解析は、専ら単一の事象に起因して、機器、装置の機能が失われるという単一故障
を想定して行っているに過ぎないが、多重故障事故の場合は、容易に大事故に発展
する危険性があることをTMI事故は明らかにしな。本件安全審査において、非現
実的な単一故障の事故解析を繰り返しているが、原子炉施設の安全性の確認として
は、およそ無意味なものというほかない。
(3) 人的要因無視の違法性
被告は、原子炉施設のフェイルセイフ、フールプルーフを強調してきたが、TMI
事故によって、シナリオのない実際の事故の場面では、原子炉施設の安全確保は、
結局のところ、その時その場の情報に基づく運転員の的確な総合判断に委ねられざ
るを得ないことが明らかになった。したがって、原子炉の安全審査においては、一
定の運転管理能力を有する者にして、なおあり得る失敗をいかに基本設計において
考慮したのか、人的因子の関与する分野、運転員の判断に頼らざるを得ない分野、
範囲を明らかにし、その失敗を防止し、なおあり得べき失敗からその波及的影響を
いかにして阻止するかなどについて、審査される必要があるが、本件安全審査にお
いては、そのような配慮は全くなかった。このように、被告が人的因子を無視して
きた背景には、最も厳しい条件下においても、燃料棒の温度は一二〇〇度を超え
ず、ジルコニウムと水の反応も一パーセント以下にとどまり、制御室では、一、二
の警報ランプが点滅するだけで、運転員の判断に特段の困難もなく、一つの操作で
事故を終息し得る程度の原発事故を想定したに過ぎないという事故想定の不適切が
挙げられるというべきである。
人的要因の関与すべき分野について、想定される人為ミスに検討を加え、そうした
分野から人的因子の関与をできる限り除去すること、除去が不可能であれば、運転
員らに与えられる情報を一義的に明確なものとして、誤判断の余地を少なくするこ
と、なお、あり得べき人為ミスについては、これを抑制し、安全側に修復すべき機
構設備を具備することなどが、規制法の当然要求する審査内容といわなければなら
ない。運転員の運転管理、運転能力の向上がそれ自体として追求されるべきこと
は、当然としても、人的因子の関与、運転管理事項との関わりを抜きにして、原発
の安全基本設計を語ることはできないというべきである。もとより、どのような人
為ミスがあっても、基本的な安全設計が確保されるというような設計は、技術的に
極めて困難もしくは不可能であるが、本件安全審査においては、その発生原因の如
何、運転員の過失の程度のいかんを問わず、一切の人的因子、人為ミスの問題を審
査の埒外に放逐してしまっているのであり、その違法性は明らかである。
3 チェルノブイル原発の事故
(一) チェルノブイル原発の概要と原子炉の構造
(1) チェルノブイル原発は、旧ソ連ウクライナ共和国の首都キエフの北方約一
三〇キロメートルに位置する原発であり、旧ソ連が独自に開発した黒鉛を減速材、
軽水を冷却材とする黒鉛軽水冷却沸騰水型原子炉(RBMK一〇〇〇型炉、定格熱
出力三二〇万キロワット、定格電力出力一〇〇万キロワット)が四基稼働していた
ところ、チェルノブイル事故は、昭和五八年一二月に運転を開始した四号炉で発生
した。
旧ソ連は、昭和四八年にRBMK一〇〇〇型炉を完成させて以来、これを標準型と
して各地で建設を始め、同六〇年当時、総数五〇基の民生用原子炉を保有し、原発
について欧米や我が国と同等又はそれ以上の最先端の技術的水準を有する国であっ
た。
(2) 黒鉛軽水冷却沸騰水型原子炉は、二五センチメートル角、高さ六〇センチ
メートルの黒鉛を約一八〇〇トン積み重ね、その中に圧力管と呼ばれる直径八八ミ
リメートルの細いパイプが約二〇〇〇本入れられ、そのうち一六六一本に濃縮度二
パーセントのウラン燃料が詰められ、二二一本は原子炉の制御用に使用されてい
る。原子炉の下から、冷却水が入り、炉内で沸騰し、その蒸気が原子炉上部の蒸気
ドラムで分けられ、その蒸気でタービンを回して発電し、蒸気は復水器で冷やさ
れ、再び原子炉に戻るという構造を採っており、基本的には沸騰水型原子炉と近似
した構造になっている。この型の原子炉は、炉心全体を収容する圧力容器は不要で
あり、個々の燃料要素を収容する圧力管で足りること、そのため原子φの運転中で
も燃料の交換が可能であること、圧力管自体の故障も直ちには重大事故になりにく
いという長所を有する反面、冷却材が沸騰すると、正の反応度が入る特性があるこ
と、圧力管チャンネル一つ一つをモニターしないと原子炉を制御しにくく、制御の
方法が複雑となること、黒鉛を使用するため、事故の際、燃焼による状況の悪化が
考えられることなどの短所を有する。
(3) チェルノブイル原発は、蓄圧注入系、低圧注入系、高圧注入系の三種類の
ECCSを有し、最も太い冷却水配管の破断を想定した耐圧四・五気圧の格納容器
に相当する気密区画室に原子炉が収められている。そして、原子炉のコンクリート
基礎の下に広大な水槽を設けることで、大口径配管破断時の噴出水蒸気を冷却、凝
縮させる機能を備えている点も沸騰水型原子炉に近似しているが、原子炉の減速材
として黒鉛を使用しているため、原子炉本体の中の高温、高圧の水量は軽水炉型に
比べて格段に少なく、それが噴出しても原子炉を取り囲人でいる金属製及びコンク
リート製の囲いで十分であるため、原子炉建家全体を加圧木型原子炉の格納容器の
ような耐圧、気密構造にしないという設計方針を採っている。
(二) チェルノブイル事故の経過
(1) 昭和六一年四月二五日、保守点検のためにチェルノブイル原発四号炉の運
転を停止する機会があり、それを利用して、発電所外部の電源が喪失してタービン
への蒸気供給が停止した場合に、惰性で回転しているタービン発電機のエネルギー
を、発電所内で必要な電源としてどこまで利用できるかという実験が実施された。
(2) 同日午前一時ころから、運転員は、実験計画に従って、定格熱出力三二〇
万キロワットで運転中の四号炉の出力を低下させ、同日午後一時五分、原子炉出力
を一六〇万キロワットまで下げた時に、二台あるタービンのうち、一台のタービン
を送電系統から切り離した。同日午後二時、運転員は、実験中の水位低下に備え、
緊急注水を防ぐためにECCSの信号回路を解除した。実験計画によれば、出力の
低下を更に続ける予定であったが、給電担当者からの要請により、その後、約九時
間にわたって原子炉の熱出力が一六〇万キロワットの状態で運転が続けられた。
(3) 同日午後一一時一〇分、運転員が出力降下の操作を再開したところ、熱出
力が三万キロワット以下に低下してしまうアクシデントが発生したため、運転員
は、熱出力の回復に努め、翌二六日午前一時ころ、原子炉の熱出力を二〇万キロワ
ットにまで回復させたが、キセノンの毒作用の進行等の理由により、これ以上の出
力上昇は困難と判断し、原子炉の熱出力は、実験計画の七〇ないし一〇〇万キロワ
ットより下回っていたが、実験は可能と判断した。
(4) 同日午前一時三分及び七分、それまで作動していた六台の主循環ポンプに
加えて、二台の主循環ポンプを起動させた結果、炉心を通過する冷却材流量が増大
し、炉内の冷却材の状態は予測のつかない不安定なものとなり、炉心内の冷却材に
占める蒸気泡(ボイド)の体積割合(ボイド率)が減少し、気水分離器の水位と圧
力が低下した。運転員は、原子炉が自動停止してしまうことを懸念し、気水分離器
内の蒸気圧と水位に関する安全保護信号の回路を切り、同日午前一時一九分、運転
員は、気水分離器の水位の低下を防ぐため、気水分離器への給水を増加させたとこ
ろ、低温の冷却材が気水分離器を介して原子炉内に流入したため、炉心におけるボ
イド率が減少し、負の反応度が加えられた。そこで、運転員は、正の反応度を加
え、原子炉の出力を維持するため、自動制御棒及び手動制御棒を相次いで引き抜い
た。
(5) 同日午前一時二二分ころ、気水分離器の水位が上昇してきたため、運転員
は、給水量を急激に低下させ、その結果、炉心に流入する水の温度が上昇し、ボイ
ド率が上昇した。
(6) 同日午前一時二二分三〇秒ころ、運転員は、操作可能な制御棒が六ないし
八本程度しかなく、通常であれば原子炉の緊急停止を要する値となるまで反応度操
作余裕が少なくなっていることを認知したが、運転員は、実験実行を優先して原子
炉の運転を継続させた。
(7) 運転員は、実験の前提であるタービン停止によって原子炉自体が自動停止
するという自動停止回路を切り、同日午前一時二三分四秒、タービン発電機の蒸気
停止加減弁を閉じて実験を開始し、更に、タービンの蒸気停止加減弁を閉じたこと
によって、タ-ビンの回転数が低下し始め、それに伴い、タービン発電機を電源と
していた給水ポンプ及び主循環ポンプの機能が低下した。そして、気水分離器内の
蒸気圧及び循環水の温度が上昇するとともに、冷却材循環流量が低下し、炉心内に
おけるボイド率が上昇した。この結果、正の反応度が加えられ出力が上昇し始め、
反応度出力係数が正のため出力の上昇は加速された。
(8) 同日午前一時二三分四〇秒、運転員は、原子炉緊急停止ボタンを押した
が、原子炉内の出力の上昇を抑制することができず、原子炉は核暴走して二回爆発
した。その結果、原子炉内の一六六一本の圧力管すべてが破壊され、一〇〇〇トン
近いコンクリートの蓋を持ち上げて、垂直に落とし、黒鉛の約二五パーセント(約
四〇〇トン)を吹き飛ばした。
(三) 放出された放射性物質
前記原子炉の爆発により、破壊された原子炉から、砕け散った炉内の黒鉛、ウラン
燃料一九〇トンのうちの三ないし四パーセントが放出され、同時に揮発性の核分裂
生成物であるヨウ素、テルル、セシウム等の「死の灰」が放出され、昭和六一年五
月二日までに炉内の黒鉛が燃焼を停止した後も、依然として、燃料中の組成に近い
放射性物質が熱い空気流等に伴って放出された。その後、同月五日までに、炉心の
燃料が残留熱のために摂氏一七〇〇度を超えるまで上昇し、核分裂生成物の流出量
が再び急増し、ヨウ素を中心とする揮発性物質、燃料微粉(エアロゾル)が放出さ
れ、同月六日以降になって、ようやく核分裂生成物の放出量が減少に向かった。し
かし、その後も、各地の放射線の空間線量は、最大値の半分程度の減少にとどま
り、キエフ市の場合、平常値の一〇倍程度に回復するまで更に二か月を要した。
昭和六一年八月に国際原子力機関のウィーンにおける会議において、旧ソ連政府が
発表した「チェルノブイル原発事故に関する経過報告書」は、炉内に生じていたキ
セノン、クリプトンを主体とする希ガスは、同年五月六日までに炉内の一〇〇パー
セントが放出され、ヨウ素、セシウム、テルルのような揮発性核分裂生成物は、炉
内の一〇ないし二〇パーセント、バリウム、ストロンチウム、プルトニウム、セリ
ウム等は、同じく三ないし五・五パーセントがそれぞれ放出され、放出総量は五〇
〇〇万キュリーであると報告している。しかし、この五〇〇〇万キュリー中には、
そもそも希ガスの放出量が含まれていないし、また、爆発の一〇日後の同年五月六
日の時点を基準として補正したものであり、正確とはいえない。チェルノブイル原
発四号炉の運転開始から爆発までの間に費消されたウラン二三二五は、約一一〇〇
キログラムと推定され、「死の灰」の放射能の総量は運転停止二四時間後には約二
七億キュリー存在し、そのうち希ガスとして一億キュリー、セシウムが二〇〇万な
いし四〇〇万キュリー、総量として三億ないし四億キュリーの「死の灰」が放出さ
れたというべきである。
(四) 放射能汚染状況
(1) 旧ソ連内における汚染状況
旧ソ連政府が発表した前記「チェルノブイル原発事故に関する経過報告書」による
事故当日のチェルノブイル原発周辺の気象状況は、以下のとおりである。すなわ
ち、周辺は低気圧内にあり、方向を変化する微風が吹いていたが、下層の気団は西
及び北西方向に長距離移動しており、上空七〇〇ないし八〇〇メートルから一五〇
〇メートルは高気圧の南西の縁に位置しており、気塊は毎秒五ないし一〇メートル
の速度で北西に移動していた。昭和六一年四月二九日にかけては、高度二〇〇メー
トル付近で気流は、北及び北東に向かっており、続く同年五月七、八日までは南方
に向かっていた。放射能に汚染された上昇気雲は、同年四月二七日に一二〇〇メー
トルを超える高度に達し、初めに西北の方向に移動し、事故後二、三日は北の方向
へ、同月二九日からの数日間は南の方向へ移動したとされている。
同報告によるチェルノブイル原発近隣地の汚染状況の概略は、以下のとおりであ
る。すなわち、事故後の地上汚染の主要な地帯は、チェルノブイル原発の西部、北
西部、北東部の一帯で、それに続いて南部であった。周辺の放射線レベルは、毎時
一〇〇ミリレムを超え、事故後一五日を経過した最大放射線量は、チェルノブイル
原発の五〇ないし六〇キロメートル西の地点、三五ないし四〇キロメートル北の地
点で、いずれも毎時五ミリレムあり、キエフ市では、同年五月始めの放射線レベル
が毎時〇・五ないし〇・八ミリレムに達していた。近隣地域におけるプルトニウム
の汚染レベルは除染作業をしなければならないほどではなく、同年五月三日にはキ
エフにおいて、ヨウ素一三一が一リットル当たり三・八×一〇のマイナス八乗キュ
リーと観察された。
同報告によるチェルノブイル原発近隣地の住民被曝の概略は、以下のとおりであ
る。すなわち、プリピヤチ市における同年四月二六日午前九時の放射線量は、地上
一メートルで毎時一四ないし一四〇ミリレム、チェルノブイル原発に近いクルチャ
ドバア通りにおける翌二七日のガンマ線量は、午前七時に毎時一八〇ないし三〇〇
ミリレム、午後五時には毎時七二〇ないし一〇〇〇ミリレムに達した。
(2) ヨーロッパにおける汚染状況
ア 汚染実態
スウェーデンでは、事故後間もなく、全国平均で一平方キロメートル当たり〇・二
二キュリーのセシウムの降下が観測され、局所的には五キュリーという高い値も測
定された。旧西ドイツのミュンヘン付近では、平均で、一平方キロメートル当たり
〇・二五キュリーのセシウムが観測され、局所的にはその二倍近い値も示した。ス
イス南部地区では、一平方キロメートルあたり〇・三キュリー、イタリア北部のコ
モでは、一平方キロメートル当たり一・四キュリーのセシウムが観測された。そし
て、ヨーロッパ全土には、少なくとも一〇〇万キュリー以上のセシウムが降下した
ものと推定されている。
イ 避難措置等
ポーランドを始めとするヨーロッパ近隣各国では、牛乳や野菜の摂取制限や、乳幼
児等について外出制限等の措置が採られた。ヨウ素一三一等の放射性物質の影響か
ら住民を守るために、ヨード剤が配付され、住民がこれを求めて殺到する事態も招
いた。また、大量の農作物や牛乳、酪農製品が廃棄され、イタリアでは汚染された
食肉用兎が数万匹処分されるなどの甚大な被害が生じた。旧ソ連からの輸入制限の
措置が採られ、経済的にも大きな影響を与えた。
(3) 日本における汚染状況
チェルノブイル事故に起因する放射性核種がヨウ素一三一、セシウム一三七を始め
として二〇種類も検出され、ヨウ素一三一については、昭和六一年五月三日、千葉
で雨水一リットル当たり一万三三〇〇ピコキュリー、新潟の飲料水中において一リ
ットル当たり四四ピコキュリー検出された。植物中には、一キログラム当たり一万
ピコキュリー、ホウレンソウには最大で一キログラム当たり一万三〇〇ピコキュリ
ーのヨウ素が検出されるなどした。
(五) 放射線被曝による被害
(1) 急性障害
チェルノブイル事故発生後、繰り広げられた消火活動等によって、多くの要員が一
〇〇レム以上の高線量の放射能を浴び、火傷を負った。昭和六一年四月二六日の午
前六時までに一〇八人が入院し、その日のうちに更に二四人が入院した。被災者の
一人は、重症の火傷で同日午前六時に死亡し、また、現場で働いていた一人の遺体
は発見されなかった。事故発生一二時聞後に医療チームが派遣され、合計二〇三人
が急性放射線障害を被っていると診断された。そのうち、最も重い重症度IVと診
断された者は二二人で、そのうち、二一人が死亡した。重症度IIIと診断された
者は二三人で、そのうち、七人が二ないし七週間で死亡し、皮膚に著しい障害のあ
った六人もおおかた死亡した。重症度IIと診断された者は五三人、同Iと診断さ
れた者は四五人であった。放射線被曝による急性障害の要因は、皮膚や着衣に付着
した放射性核分裂生成物が発したベータ線による火傷が原因であり、重症者のうち
には、全身の九〇パーセントが爛れ、治療の施しようのなかった者もいた。その
後、二〇三人の急性障害の患者の中には、畑仕事や自転車で外出していたプリピヤ
チ市の一般市民二人が含まれていることが判明したが、旧ソ連当局が行った住民の
避難対策が遅れ、一般市民が自由に出入りできる地区にまでかかる高濃度の汚染が
及んでいたことを意味する。
(2) 晩発性障害
ア 癌発生予測
前記「チェルノブイル原発事故に関する経過報告書」は、チェルノブイル原発から
半径三〇キロメートル圏内に居住していた住民の放射線外部被曝量を、約一六〇万
レムと評価し、避難民一三万五〇〇〇人の今後七〇年間に自然発生癌で死亡する予
想人数が一万七〇〇〇人であり、癌による死亡率の増加は約一・六バーセントとし
ている。また旧ソ連のヨーロッパ部の人口は七四五〇万人であり、これらの集団被
曝線量を昭和六一年においては、八六〇万人レム、以後五〇年間で二九〇〇万人レ
ムと評価し、自然発生癌による死亡者は九五〇万人で、増加率は〇・〇五パーセン
トとしている。このような旧ソ連政府の評価を前提としても、半径三〇キロメート
ル以内の住民については、今後約二七二人が、旧ソ連ヨーロッパ部の住民について
は、約四七五〇人がこの事故による放射線の外部被曝のため癌で死亡することにな
るが、同政府が評価の前提としたリスク係数は低きに失しているという批判が有力
である。米国カリフォルニア大学名誉教授のゴフマン博士は、今回の事故で放出さ
れたセシウム一三七が一九九万キュリーであった場合と、一三三万キュリーであっ
た場合とを検討し、セシウムの外部被曝のみの評価で、今後の癌発生数を、前者が
九七万五〇〇〇人(そのうち致死性癌が四七万五五〇〇人、非致死性癌が四七万五
五〇〇人、白血病が一万九五〇〇人)、後者が六四万七三〇〇人(そのうち致死性
癌が三一万七一〇〇人、非致死性癌が三一万七一〇〇人、白血病が一万三一〇〇
人)と推定し、約三〇万から五〇万人の癌による死亡者が発生すると予測してい
る。
イ 内部被曝による影響
旧ソ連政府は、チェルノブイル事故により、甲状腺癌による死亡者が一五〇〇人増
える(増加率一パーセント)と評価し、また、事故後七〇年間の国内におけるセシ
ウム一三七による内部被曝は二億四〇〇〇万人レムとなり、これは癌による自然死
数を〇・四パーセント増加させ、四万二〇〇〇人の癌による死亡者が発生するとし
ている。米国プリンストン大学教授フォン・ヒッペル博士らは、ヨーロッパ等を含
めた全体で調査を行い、ヨウ素一三一の吸入による甲状腺癌の患者が二〇〇〇人か
ら四万人、牛乳からの摂取による同患者が一万人から二五万人発生すると予測して
いる。
ウィーンのエコロジー研究所の研究員の調査によると、オーストリア人は、一人平
均一年間でセシウム一三七を約九〇万ピコキュリー体内に取り込み、全身被曝量は
三七ミリレムになると報告した。これによれば、約一〇〇〇人が癌で死亡すること
になり、ヨーロッパ全土では、数十万人がセシウム一三七の影響による癌で死亡す
ることになる。
ウ 我が国における影響
京都大学原子炉実験所の今中哲二は、日本において測定された放射線量等から食物
の内容、摂取量等を総合的に考察し、大人(二〇歳以上)、青年(一五歳)、幼児
(五歳)、乳児(〇歳)をモデルにして、今回のチェルノブイル事故による影響を
調査したところ、外部被曝線量がすべてのモデルについて〇・三ミリレム、内部全
身被曝線量については、大人が〇・一ミリレム、青年が〇・二ミリレム、幼児が
〇・三ミリレム、乳児が一・三ミリレム、内部甲状腺被曝線量については、大人が
一五ミリレム、青年が二〇ミリレム、幼児が四〇ミリレム、乳児が四六ミリレムと
算定し、この被曝線量にゴフマン博士の癌死亡のリスク率を当てはめると、全身被
曝の影響により大人四七人、青年四五人、幼児一三〇人、乳児四一人の癌死亡者が
発生し、甲状腺については、大人四・四人、青年四・九人、幼児二五人、乳児三・
三人の癌死亡者がそれぞれ発生することになると予測している。
(3) 遺伝的障害
昭和六一年一一月に、黒海沿岸のトルコの町では、無脳症児の出生率が異常に増加
したとされ、また、旧西ドイツ西ベルリンの人類遺伝学研究所の調査によると、同
六二年一月に西ベルリンで出生した一八〇〇人の子供のうち、通常の発生率の五倍
に当たる一〇人にダウン症候群が認められるなどとしており、チェルノブイル事故
との関連性が指摘されている。また、米国カリフォルニア州のローレンス・リバモ
ア研究所のロナルド・ジョンソン博士らは、チェルノブイル事故の被災者の血液に
は、通常、一〇〇万個のうち一〇個程度しか存在しないはずの異常細胞が一〇〇な
いし五五〇個も発見されたと発表しているほか、事故後に流産、死産や心臓の奇形
を持つ新生児の出生率が倍以上に増加したとの報告もあり、また、チェルノブイル
原発付近で出生した新生児は、精神障害を持つ可能性が非常に高いと予測してい
る。
(六) 事故原因
(1) 事故原因についての報告の変遷と誤謬
チェルノブイル事故の原因についての報告書としては、旧ソ連政府が昭和六一年八
月に国際原子力機関のウィーン会議で発表した前記「チェルノブイル原発事故に関
する経過報告書」と、平成三年一月に旧ソ連工業原子力安全監視国家委員会が旧ソ
連最高会議に提出した「チェルノブイル事故の原因と事故状況に関する報告書」の
二つがあり、我が国の原子力安全委員会は、前者に基づいて、昭和六二年五月に
「ソ連原子力発電所事故調査報告書」を発表している。しかしながら、「チェルノ
ブイル原発事故に関する経過報告書」は、誤謬に満ちた不正確なものであり、事故
内容をいわば人為ミスによって片付けてしまうまやかしのものであった。
(2) 「チェルノブイル原発事故に関する経過報告書」
「チェルノブイル原発事故に関する経過報告書」は、(1)反応度操作余裕が許さ
れる値よりも著しく少なかったこと、(2)出力が実験計画で指定されているもの
より低かったこと、(3)主循環ポンプ運転台数を定格運転時よりも増やし、規定
以上の流量を流したこと、(4)二基のタービン発電機の停止信号に基づいて原子
炉自動停止回路を切ったこと、(5)気水分離器の圧力、水位によって作動する原
子炉自動停止回路を切ったこと、(6)ECCSシステムを切ったことの各運転規
則違反があったことを指摘し、チェルノブイル事故は人為事故であると結論付け
た。
我が国の原子力安全委員会も、この報告を概ね承認し、チェルノブイル事故は、設
計における多重防護の適用の脆弱性を背景としつつ、運転員の多数かつ重大な規則
違反により、設計者が予想しなかったような危険な状態に原子炉を導いた結果発生
したものであると結論付け、「運転員の選定、教育訓練に問題があったのではない
か。」、「運転員の規則違反は、設計者の予想も及ばないほどのものであっ
た。」、「運転員の規則違反のほとんどが単なる錯誤というよりは意識的なもので
あった。」、「発電所の管理体制全般に安全を最優先するという意識が希薄であっ
た。」、「原子炉の安全を確保するためには、従事者の一人一人が安全の意識を高
め、安全優先の気風を維持向上させることが不可欠である。」などと指摘してい
る。
(3) 「チェルノブイル事故の原因と事故状況に関する報告書」
「チェルノブイル事故の原因と事故状況に関する報告書」は、平成二年に旧ソ連最
高会議の要請に応じて、事故原因の洗い直しを行ったものであり、(1)運転員
は、反応度操作余裕の値が緊急防護系の有効性に影響を及ぼすことを知らされてい
なかったこと、(2)運転規則では、低出力運転が禁止されていたわけではなく、
設計段階で、低出力運転の安全性について研究、実証がなされていなかったこと、
(3)すべての循環ポンプを運転してはならないとする運転規則はなく、一部のポ
ンプの流量が規定以上流れていたことは事実であるが、これは、ポンプのキャヴィ
テーションを防止するためであり、実際にはキャビテーションは生じていなかった
こと、(4)運転規則によると、熱出力三二万キロワット以下の場合、二基のター
ビン発電機の停止信号に基づいて原子炉自動停止回路を解除しておくように定めて
おり、規則違反はなかったこと、(5)運転員は、原子炉の出力が六〇パーセント
以下になったとき、水位低スクラム信号の設定値を変更しなかったが、運転員には
スクラムを避けるように要請されていたから、運転員を責めることはできないこ
と、(6)運転員がECCSを解除したのは、実験手順に従ったものであり、運転
員の違反ではなく、また、ECCSが作動しても事故の進展には関係がなかったこ
となどを指摘し、チェルノブイル事故の原因は、人為ミスではなく、原子炉の構造
的欠陥、とりわけ制御防護システムの欠陥にあったと報告した。
(4) 事故原因
チェルノブイル事故の原因は、以下のとおり、(1)異常な低出力での運転、
(2)反応度操作余裕の重要性の認識欠如、(3)制御棒そのものの構造的欠陥等
が指摘されるべきである。
ア 異常な低出力での運転
熱出力三二〇万キロワットの定格出力で設計された原子炉は、その定格出力による
運転が望ましく、これを極端に低い出力で運転することは反応の制御が難しいとい
う問題が生じる上に、また、チェルノブイル原発は、低出力運転において、反応度
係数が正になるという制御上の難点が発生するという構造的欠陥をもっていた。し
たがって、運転員は、冷却材の循環に関する操作と制御棒に関する操作を通じて出
力維持の一点に注意が集中していかざるを得なかった。
イ 反応度操作余裕の重要性の認識欠如
チェルノブイル原発の場合、適当な位置に制御棒が下りていないと、原子炉そのも
のを止めにくくなるという欠陥があったが、運転員には知らされていなかったた
め、運転員自身に反応度操作余裕に関する認識がなく、逆に運転員は、いくら制御
棒を引き上げても、いつでも緊急停止ボタンにより、原子炉が停止するという認識
を有していた。また、運転員は、実験が電気系統の性能テストであるとの認識が強
く、原子炉の炉心に影響を与えると考えておらず、出力を維持することに注意が集
中していた。
ウ 制御棒自体の構造的欠陥
チェルノブイル原発の制御棒本体(六・二メートル)の下部には、四・五五メート
ルの黒鉛棒がぶら下がっており、制御棒が全部引き抜かれている状態から、反応を
止めるために制御棒を挿入していくと、炉心底部の一・二五メートル部分の水が排
除されて黒鉛が入り、その部分で反応度が上がる現象が生じる。このように、チェ
ルノブイル原発は、制御棒自体、構造的欠陥を有していた。
(5) チェルノブイル事故の評価
チェルノブイル事故を人為ミスに力点をおいて評価し、原発の運転管理の問題とし
て捕えることの誤りは前記のとおりであるが、また、その原因をチェルノブイル原
発における構造的欠陥だけに由来すると評価し、我が国の原子炉の安全評価に影響
がないとするのも偏った見方である。
チェルノブイル事故は、原発という巨大なシステムが一つの引き金を契機として、
事象が次の事象へと伝播し、その道すがら次第に事態の深刻さが拡大されてシステ
ムの弱い部分にしわ寄せされ、ついには破局へと向かったと評価するのが、相当で
あり、事故の過程で、将棋倒しのように起きてきた一つ一つの事象を独立している
かのように評価し、掛け合わせの確立論を論じて巨大事故は発生しないとして人々
を安心させる手法はもはや無意味であるというべきである。そして、この将棋倒し
の事象を橋渡ししたのが人間そのものであることに鑑みると、そのようなヒューマ
ン・ファクターは、原発という巨大な科学システムを構築し、安全に運転していく
ことの大前提であるといわざるを得ない。
(七) 本件原子炉における反応度事故の可能性
(1) 被告は、チェルノブイル原発が、ボイド係数が大きな正であることによっ
て、特に低出力で原子炉が不安定になるという正の反応度フィードバック特性を有
しており、この反応度フィードバック特性が今回の事故において重要な役割を演じ
た旨主張するが、沸騰水型原子炉の場合でも、(1)炉心流量の増大(再循環系及
びECCSの異常)、(2)炉心冷却材温度の降下(給水過熱器の故障、ECCS
の起動)、(3)炉心圧力の上昇(主蒸気管弁の閉止)等によって、ボイド(蒸気
泡)が潰れれば、反応度が上がる特性をもっている。被告は、主蒸気管弁の急速閉
止、原子炉圧力急上昇の事象、発電機付加遮断について事故解析し、燃料被覆管、
圧力バウンダリが健全であることを確認していると主張するが、被告の主張する事
故解析は、主蒸気管弁急速閉止の際にタービン・バイパス弁のみが作動しないとい
う設定であって、制御棒の挿入、逃し安全弁の開放といった他の機器の有効性につ
いては一〇〇バーセント保証しているものであって、正に机上の計算に過ぎない。
TMI事故、チェルノブイル事故のように、現実の原発事故は機器の単一故障だけ
の事故はむしろ少なく(ちなみに、国際原子力機関の統計では、昭和五八年から同
六〇年の間における原発事故のうち、単一故障は全体の四割であり、その余は複数
故障、共通要因故障、システム相互干渉とされている。)、本件原子炉において
も、反応度上昇という事象に加え、さらにスクラムが失敗するという事態があり得
ないとはいえない。特に、反応度上昇の時間は、数秒の勝負になるのであり、命取
りになり兼ねないのである。
リチャード・ウェブは、沸騰水型原子炉がフル出力で稼働中に、主蒸気出口配管に
おいて、突然隔離弁が閉じてしまい、更に、制御棒が入らないで原子炉が自動停止
せず、再循環ポンプの自動停止に失敗し、反応度の制御機構が失われてしまうと、
核暴走が起こると警告し、また、ラサール原発事故の例をとり、主蒸気管が閉じて
原子炉が自動停止されない場合、再循環ポンプを停止させる方法がよいとされてき
たにもかかわらず、原子炉出力が振動するという未知の現象も引き起こしているこ
とも指摘している。こうした未知の現象も含め、沸騰水型原子炉の反応度事故、暴
走事故の危険性は解明されていないといわざるを得す、本件原子炉がチェルノブイ
ル原発とは違うとは断言できない。
(2) 被告は、本件安全審査においては、(1)本件原子炉がすべての出力領域
で反応度係数が負となるように設計されており、固有の安全性(自己制御性)を有
していることを確認していること、(2)「過渡変化」、「事故」事象の発生を想
定しても安全性が確保されることを確認していること、(3)最大の反応度価値を
有する制御棒一本が、完全に引き抜かれて挿入できない状態を仮定しても、その他
の制御棒の全挿入によって炉心を未臨界にできる設計となっていることを確認して
いることなどを挙げ、チェルノブイル事故は、本件安全審査の合理性に何らの影響
を与えるものではない旨主張する。
しかしながら、被告の審査したという「過渡変化」、「事故」は、現実の事故とは
異なる「設計せんがための事故」想定であり、住民の安全が原子炉設計の大前提と
考えるならば、この事故想定による事故解析は不十分極まりないといわざるを得な
い。被告の行った過渡変化解析、事故解析の中で、反応度事故に関連してくるの
は、発電機負荷遮断、タービートリップ、主蒸気隔離弁閉鎖、圧力制御装置の故
障、起動時の制御棒引抜き、出力運転中の制御棒引抜き、高圧炉心スプレイ系の誤
起動、外部電源の喪失、制御棒落下事故などであるが、いずれも、原子炉の緊急停
止、すなわちスクラムが機能することが前提となっており、暴走事故になり得る可
能性は全く審査されていない。また、再循環ポンプが二台とも停止し、ECCSが
誤作動するというような例(反応度が上がる中で、ボイドが発生しない事故想定)
についても検討されていない。
要するに、本件安全審査は、チェルノブイル事故のような暴走事故を無視し、審査
の考慮外においたもので違法というべきである。
一〇 運転時の異常な過渡変化解析及び事故解析の誤り
1 事象選定の困難
本件原子炉施設の安全性を確認するためには、運転時の異常な過渡変化解析及び事
故解析が十分に行われなければならないが、そのためには右各解析の対象とする各
事象が原子炉施設の運転に当たって起こり得る全事象を代表するものでなければな
らないが、現実の事故は予想もしない所から始まり、事故に至る経路も様々である
のが通常であるから、そもそも、起こり得る全事象を予め予想することは不可能で
あり、本件安全審査において検討された各事象の選定も恣意的で不合理である。
2 単一故障指針に従った解析の誤り
単一故障指針が有効であるためには、その前提として、良好な品質保証と運転管理
によって、故障の発生確率が十分低く保たれ、故障の発生がランダムで、かつ、独
立していることが不可欠であるが、現実の事故の内容に鑑みれば、個々の機器設備
について故障の発生確率が低いとは到底いえないし、共通要因やあるいは事象の連
鎖的発展によって、重要機器の多重性、独立性が破られる事故が多発している。
したがって、故障、トラブルの重畳、安全系機器の共倒れを想定しなかった本件安
全審査の運転時の異常な過渡変化解析及び事故解析は不合理である。
一一 小括
以上のとおり、本件原子炉施設は工学的に危険であり、有効な事故防止対策が採ら
れているとはいえないから、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違反する。
第三 本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性の欠如
一 立地条件と耐震設計の基本
1 原子炉施設周辺に大規模な地震が発生し、複雑な構造を有し、放射性物質を密
封保有している原子炉施設の建物、配管類等が損傷した場合、多重防護といわれる
安全機能が一度に働かなくなり、予測不可能な連鎖的事故を引き起こし、大惨事と
なるおそれがあることに鑑みると、原子炉施設の敷地地盤は、原子炉施設の設計荷
重に対して十分な強度及び支持力を有するとともに、その場所に起こり得ると想定
される最大規模の地震にも耐え得る性質のものでなければならない。
2 そこで、立地審査指針は、安全審査会が、陸上に定置する原子炉の設置に先立
って行う安全審査の際、万一の事故に関連して、その立地条件の適否を判断するた
めに定められた指針であるところ、同指針は、原則的立地条件として、「大きな事
故となるような事象が過去においてなかったことはもちろんであるが、将来におい
てもあると考えられないこと、また災害を拡大するような事象も少ないこと」が必
要であると宣言しており、これを受けて、安全審査会は、昭和五三年八月二三日、
「原子力発電所の地質、地盤に関する安全審査の手引き」を作成し、「原子炉施設
の設置される場所の地質、地盤は、原子炉施設の自己荷重のほか、想定される地震
その他の荷重をきびしく評価しても、原子炉施設の安全性を十分に確保し得るもの
でなければならない。」と規定した上で、地質、地盤に関する審査要領の中で、
「敷地周辺の地質構造において、顕著な断層または摺曲構造の存在が認められると
きは、その活動について十分安全側の評価がなされなければならない。」と規定し
た。そして、更に、耐震設計審査指針は、基本方針として、「発電用原子炉施設は
想定されるいかなる地震力に対してもこれが大きな事故の誘因とならないよう十分
な耐震性を有していなければならない。また、建物・構築物は原則として剛構造に
するとともに、重要な建物・構築物は岩盤に支持させなければならない。」とし、
施設の重要度に応じて基準地震動(敷地の解放基盤表面において考慮する地震動)
を定め、圧力バウンダリを構成する機器・配管系等の最重要施設に対しては、「地
震学的見地に立脚し設計用最強地震を上回る地震について、過去の地震の発生状
況、敷地周辺の活断層の性質及び地震地体構造に基づき工学的見地からの検討を加
え、最も影響の大きなものを想定」して選定された「設計用限界地震による地震力
に対してその安全機能が保持できること」と規定された。
二 活発な地殻変動の存在
1 活摺曲
本件原子炉施設の敷地は、青森県西部から秋田、山形、新潟に続く羽越活摺曲帯と
いわれている地域に含まれ、古い時代の河岸段丘の平坦面ほど変形が著しい。現在
も背斜部は、隆起を続け、向斜部は沈降を続けている。こうした変動は、地形に現
れるのみならず、地形測量の基準となる一等水準点や一等三角点の測量結果にも記
録されている。三〇年間隔で実施された測量の結果からも背斜部の隆起と向斜部の
沈降が確認されており、摺曲運動が何十万年前から現在に至るまで続いていること
を物語る。
2 活発な地震活動
本件原子炉施設の敷地を含む長野県北部から新潟県西部一帯は近い将来地震の起こ
る可能性の高い地域として特定観測地域に指定された全国八か所のうちの一つであ
る。本件原発周辺では、(1)昭和二年一〇月二七日の関原地震(M五・三)、
(2)同三七年二月二日の長岡地震(M五・二)、(3)同三九年の南鯖石群発地
震、(4)同年の東頚城松代群発地震、(5)同五四年七月から同五八年一月まで
の小千谷群発地震、(6)同五七年一月一〇日の小国地震(M四・〇)、(7)同
五八年一月一九日の小国地震(M三・九)、(8)平成二年一二月七日の高柳地震
(M五・四、M五・三)、(9)同四年八月一七日の細越地震、(10)同年一二
月二七日の津南地震(M四・五)と、この地域における活摺曲に関係のある活発な
地震活動が頻繁に続いているが、これらの地震は、この地域における活慴曲に原因
がある。
3 柏崎平野の沖積面の地形変化
沖積平野は、最終氷河期以降の高海水準時に背後山地から供給された土砂を河川が
運搬し、これが堆積して形成されたものであり、一般的に、地表面は河川勾配に調
和して平坦であるところ、柏崎平野においては、鯖石川の右岸支流の別山川の流域
で、周囲に比較して低い平坦面の部分が多数存在しており、このことは、沖積層堆
積後、地殻変動があったことの証左である。
4 柏崎平野の基盤の乱れ
柏崎平野の北部、別山川流域において、コンクリート建物や道路橋梁等の工事のた
めに多数のポーリング調査が実施されたところ、近接したボーリング調査結果にお
いても基盤の標高が大きく異なるなど、地形変形が著しいことが判明した。
5 遺跡の埋没と地殻構造運動
昭和六三年以降、遺跡を地質構造運動との関係で調査する手法、体系が確立した
が、柏崎平野には多数の遺跡が分布しており、近年道路工事や圃場整備、ガスパイ
プライン工事等で発掘調査が進められたところ、柏崎市<地名略>の下谷地遺跡で
は、弥生中期の多数住居跡が標高四メートルに存在していることや、同市<地名略
>の萱場遺跡では、古墳時代の遺跡が三メートルもの厚い堆積層に覆われているこ
とが判明したものであり、このことは、弥生中期以降にこの地域に地殻変動があっ
たことの証左である。
6 安田層、番神砂層下部水成層の標高変化
柏崎平野に分布する安田層の段丘面標高や番神砂層下部水成層の標高は、場所によ
り大きく異なっているが、これは、同時期に同標高に堆積したものがその後の地殻
変動で変化したためであり、この地域に活発な地殻変動があったことの証左であ
る。
7 荒浜砂丘の標高
新潟県の海岸部には荒浜砂丘、潟町砂丘等多数の砂丘が分布するが、これらは、地
質学的には形成後間もないものであり、類似条件で形成されたものであるといえる
から、形成後の構造運動を比較できるところ、荒浜砂丘の標高が他に比較して高
く、このことは、荒浜砂丘の一帯に砂丘形成後、活発な構造運動があったことの証
左である。
8 断層の走向の一致について
本件原子炉の建設に当たっては、地質調査のために、標高三〇メートル地点で十字
型に延長二〇〇メートルの試掘坑が掘削され、断層、節理の存在が調査され、本件
原子力発電所の他の原子炉建設に際しての調査を合わせると、総延長一八〇四メー
トルの試掘坑が掘削されたが、その結果、粘土を挟む節理、断層が三八九箇所、面
の癒着した断層が九一箇所、粘土を挟まない節理が四〇七箇所それぞれ発見され
た。右試掘坑内における断層と、本件原子炉施設敷地周辺で見られる多数の安田層
及び番神砂層を切る断層の走向は、北西から南東方向の走向が極めて明瞭に卓越し
ており、このことは、これらの断層等が同一の構造運動で形成されてきたものであ
ることの証左であり、慴曲運動が番神砂層堆積時まで続いていたというべきであ
る。
三 本件原子炉施設の支持基盤の劣悪性
1 本件原子炉施設は、海面下四〇メートルまで掘削し、沖積層、番神砂層、安田
層の土砂を取り去り、直接西山層泥岩を基礎地盤として建設された。原子炉施設の
支持基盤は、その危険性から判断してダムに劣らない強度が要求されるというべき
であるが、西山層は、土質工学上軟岩とされ、岩石化が未熟で、土と岩石の中間の
性質をもつもので、重力式コンクリートダムには不適当な支持基盤とされている。
2 本件安全審査においては、西山層泥岩の物理的特性について、単位体積重量が
一立方センチメートル当たり約一・七グラム、含水比が四六パーセント、一軸圧縮
強度が一平方センチメートル当たり一〇ないし四〇キログラム程度と確認している
が、原子炉施設支持基盤である西山層が軽く、非常に多くの水を含み、軟弱で不均
質な地盤であることを示唆している。浜岡原発では、東海地震の発生が予測されて
いるが、相良層といわれる軟岩の上に建設され、相良層の泥岩の単位体積重量が一
立方センチメートル当たり平均二・〇六グラム、含水比が一二ないし二〇パーセン
トであり、本件原子炉施設の敷地の地盤土質と比較してかなり良好な値を示してい
る。また、伊方原発の基盤岩は、三波変岩に属する緑色変岩という硬岩であるた
め、右のような土質試験(岩質試験)は、必要とされていない。本件原子炉施設の
敷地以外の西山層泥岩は、単位体積重量が一立方センチメートル当たり二・〇グラ
ム以上、含水比が二〇パーセント以下とされており、本件原子炉施設の敷地の支持
基盤である西山層は、他の西山層と比較しても特に劣悪な地盤である。
3 堅硬な地盤ほど弾性波速度が早く、第三紀堆積層では毎秒二ないし四キロメー
トル、中生代及び古生代の堆積層では毎秒四ないし六キロメートル、浜岡原発の相
良層が毎秒二・一キロメートル、伊方原発の緑色変岩が毎秒五・六キロメートル、
原子炉施設の基盤としては不適当とされ、除去されている洪積世後期の安田層でさ
え、弾性波速度は、毎秒一・五ないし一・六キロメートルとされているところ、本
件原子炉施設の支持基盤である西山層の弾性波速度は毎秒一・七キロメートルであ
り、支持基盤としては軟弱であるというべきである。
以上のような西山層の物理特性は、その堆積年代が新しく、構造運動に伴う潜在的
割れ目や顕在化した断層、亀裂のために、含水比が高くなり、弾性波速度が小さく
なったとみるのが妥当であり、西山層は、原子炉施設の敷地の支持基盤としては不
適当である。
四 本件原子炉施設の敷地周辺の活発な断層活動について
1 本件原子炉施設の敷地周辺における多数の断層について
本件原子炉施設の敷地周辺の安田層や番神砂層の露頭には、多くの断層が認めら
れ、これらは、地殻の構造運動に起因するものと考えられるが、本件原子炉施設の
耐震設計においては、これら断層のうち、敷地内で一七箇所、敷地外で一九箇所が
抽出され、露頭調査、ポーリング調査及びトレンチカット調査等が行われた結果、
断層の走向傾向がまちまちで、地形に調和していることなどからすべて地すべり性
のものであり、構造性のものではないと判断された。しかしながら、調査の対象と
なった断層は本件原子炉施設の敷地周辺の露頭の存在する断層の極く一部に過ぎ
ず、また、露頭調査や、ポーリング調査、数メートル掘った程度のトレンチカット
調査だけでは、これらの断層をすべて地すベり性のものと断ずることはできない。
2 本件原子力発電所五号炉直下の断層について
本件原子炉施設から北東へ約一キロメートル離れた地点に設置が計画されている本
件原発五号炉の敷地基盤に、西山層及び安田層を切る断層が発見されたが、同原子
炉付近の露頭断層が安田層及び番神砂層を切っていることを併せ考えると、右五号
炉の敷地基盤に見られる断層は、番神砂層をも切る極めて新しいものである可能性
が高く、本件原子炉施設の敷地の安全性にも影響を及ぼすものである。
3 新砂丘を切る断層について
昭和五三年七月ころ、本件原子炉施設から北東約三〇〇メートルの本件原子炉施設
東側道路の法面の掘削工事中に、新砂丘、番神砂層及び安田層を切る断層が発見さ
れたが、この断層は西山層をも切っている可能性があり、変位量も新砂丘が二〇な
いし三〇センチメートル、番神砂層が六〇ないし七〇センチメートル、安田層が二
メートルと観測され、西山層の変位量は七、八メートルと推定され、断層の変位に
累積性が認められることから、右断層は、極めて新しく、かつ活発な活動を繰り返
している断層というべきである。
4 寺尾断層
(一) 位置、形状、
性質
地学団体研究会荒浜砂丘研究グループは、平成西年八月、本件原子炉施設の北東六
〇〇メートルに位置し、本件原子炉施設の敷地と同じ後谷宮川背斜東翼上にある刈
羽村<地名略>の土砂採取場において、寺尾断層を発見したが、寺尾断層は、
(1)椎谷層、安田層及び番神砂層の三層を貫く断層であること、(2)安田層の
泥岩層での変位量が約一二〇センチメートル、椎谷屠の上限面での変位量が約一四
〇センチメートル、椎谷層の火山灰での変位量が約一四〇センチメートルあり、変
位は累積し、繰り返し活動していること、(3)四万五〇〇〇年前に堆積した番神
砂層を切っているので、この断層は、五万年前以降に活動したものであること、
(4)背斜軸に並走する縦走断層であり、圧縮応力場で形成されていることから、
周辺の摺曲構造の成長と関係があること、(5)地形的には尾根側が、地質構造的
には背斜の軸側か落ちる高角正断層であることから、C級活断層であり、その活動
によって、本件原子炉施設の敷地は重大な影響を受ける。
(二) 寺尾断層の変位量の評価について
被告は、椎谷層中の泥岩を鍵層として、椎谷層の変位量は九〇センチメートルに過
ぎず、安田層の一二〇センチメートルより少なく、変位の累積性が認められないた
め、断層は、地すベり性のものであると主張するので、以下検討する。
(1) 断層の変位量を測定するには、断層面の両側にある連続して同一時期に堆
積した地層を正しく対比して、そのずれを測定する必要があるところ、堆積時期が
同一と判断できる火山灰層が鍵層(変位量測定の対比基準の地層)として最適であ
る。寺尾断層の変位量は、(1)椎谷層における火山灰質砂岩層が断層面の両側
(東西)において連続して存在しており、同じ時期に堆積したことが明らかである
こと、(2)火山灰質砂岩層の上下面における層序、層厚が断層面の両側で一致し
ていること(但し、東側では、安田層の亜炭層より上の地層が存在せず、断層面西
側では火山灰質砂岩層のすぐ下の地層までしか露出していないため、十分な対比が
できない。)、(3)安田層の堆積直前の地形面は、椎谷層の上限であるが、その
椎谷層上限の断層の変位は、約一二〇センチメートルであり、これは、安田層中の
亜炭層の変位量と一致し、かつ、椎谷層中の火山灰質砂岩層の変位量とも調和する
こと、(4)安田層中には、黒褐色亜炭層が認められ、その層厚は、断層面の東西
両側、トレンチの南、北側壁を通じて、約一メートルあり、同一時期にほぼ水平に
堆積したものであると考えられるところ、その変位量は、約一二〇センチメートル
であり、椎谷層の上限及び椎谷層中の火山灰質砂岩層の変位量とも調和することに
鑑みると、火山灰質砂岩層を基準として測定されるべきであり、その結果、椎谷層
における変位量は、前記のとおり一四〇センチメートルとなる。
(2) 被告は、椎谷層中の泥岩を鍵層として、椎谷層の変位量は、九〇センチメ
ートルに過ぎないと断言するが、実際には、右の泥岩は、レンズ状に点在するのみ
であって、連続した層になっておらず、こうした地層を鍵層とすることはできな
い。また、寺尾断層のトレンチA南側壁面における椎谷層の層序、層厚の対比をし
てみると、断層東側は、粗粒砂岩が二五センチメートル、石灰質砂岩が二五センチ
メートル、粗粒砂岩が四五センチメートル、泥岩が五センチメートル、中粒砂岩が
一〇センチメートル、石灰質砂岩が一〇センチメートル、中・粗粒砂岩が二五セン
チメートルであるのに対し、西側は、東側に対応する粗粒砂岩及び石灰質砂岩が存
在せず、粗粒砂岩が三〇センチメートル、泥岩が五センチメートル、中粒砂岩が七
センチメートル、石灰質砂岩が五センチメートル、中・粗粒砂岩が二五センチメー
トル以上となっている。同断面における椎谷層泥岩層から同層上限面までの層の厚
さは、断層面東側では九〇センチメートルであるのに対し、同西側では四〇センチ
メートルとなり、同様に椎谷層泥岩層から安田層亜炭層までの層の厚さは、断層面
東側では一八〇センチメートルであるのに対し、同西側では一三〇センチメートル
となっており、椎谷層における泥岩層を鍵層とすると、上下の地層の層序、層厚に
ついて、断層面の両側で一致しない。
更に、トレンチ南側壁面と北側壁面とを比較してみると、トレンチ南側壁面におけ
る椎谷層には、泥岩層と泥岩層との間に二層の石灰質砂岩層があるのに対し、同北
側壁面における椎谷層には、一層の石灰質砂岩層が認められるに過ぎず、南面と北
面はわずか一・二メートルしか離れていないものであることに照らすと、被告が鍵
層とした泥岩層が基準となり得ないことが判明する。
(3) 被告は、構造性断層と地すベり性断層の区別として、構造性断層は、下か
ら枝分かれするが、地すベり性は上から枝分かれするところ、寺尾断層は、上から
枝分かれしているので地すベり性であるとも主張するが、地滑り性の一般的形状
は、下から枝分かれするものであり、また、上から枝分かれする構造性断層も多く
認められているのであって、断層の枝分かれの形態で、構造性断層と地すベり性断
層を区別することは到底できないのであって、被告の右主張は、独自の見解といわ
ざるを得ない。
5 滝谷断層
刈羽村の滝谷地区では、西山層と番神砂層が断層で接している露頭があり、これ
は、真殿坂断層の活動が番神砂層堆積後も続いていることを示唆するものである。
被告は、これについても地滑り性と断定しているが、その判断は、ポーリングやト
レンチ調査によるものではなく、地表の露頭調査からの推定に過ぎず、事実を正確
に把握していない。
6 α、β断層及び真殿坂断層の活動性
本件原子炉施設の直下には、原子炉建家の西側にα断層が、中央部にβ断層がある
が、走向が北東から南西方向、鉛直に近い東落ちの正断層で、落差は、α断層が一
メートル、β断層が七〇センチメートルある。両断層とも数センチメートルの断層
粘土を伴っており、断層中心から数メートル幅に枝分かれした断層が無数に見ら
れ、その全体が構造的な弱線を構成している。β断層は、西山層とともに安田層を
切っているが、α断層は、西山層を切っているが、安田層は切っていない。
本件原子炉施設の敷地周辺は、前記のとおり、活摺曲地帯、地震多発地帯に属し、
また、敷地の内外に無数の番神砂層、安田層を切る断層が存在していることに鑑み
ると、α、β断層の主断層と目される真殿坂断層によって地震が発生する可能性が
あり、その結果、本件原子炉直下にあるα、β断層が再活動し、本件原子炉施設の
支持基盤が上下、左右にずれ、支持基盤を崩壊させる危険性がある。こうした地殻
構造運動に基づく支持基盤の破壊を未然に防ぐことは人類の力では不可能であり、
また、支持基盤の破壊による原子炉施設の被害発生を防ぐことも現在の工学水準で
は到底不可能である。原子炉施設の支持基盤の破壊は、各施設の破壊、同時的機能
停止をもたらし、その結果、疑いもなく炉心溶融事故、蒸気爆発、水素爆発による
圧力容器、格納容器の破壊を生じさせる。原子炉建家が一体の剛構造であるため、
建物の破壊が当面なかったとしても、原子炉建家とタービン建家を結ぶ冷却水パイ
プ等の配管の破断や損傷は大いにあり得るといえる。その際、ECCS等の安全装
置が作動し、事故が収束するか否かは未経験の事態である。しかしながら、本件安
全審査においては、本件原子炉施設の直下断層が再活動をした場合の対策等につい
て全く検討されていないのが実情である。
五 震源断層の評価及び耐震設計の誤り
1 周辺の主要断層
本件原子炉施設の敷地周辺の地質構造は、著しい摺曲構造を示しており、背斜と向
斜が北北東から南南東方向に交互に連なり、中央油帯の東翼部には気比ノ宮断層、
西翼部には常楽寺断層、長嶺背斜と後谷宮川背斜の間には真殿坂断層、後谷宮川背
斜の西翼には椎谷断層がある。本件原子炉施設の耐震設計においては、本件原子炉
施設に最も近い真殿坂断層が番神砂層を切る断層露頭を現しているにもかかわら
ず、これを地すベりとみなし、また、他にも、構造運動と関係すると考えられる安
田層、番神砂層を切る断層についても地すベりとみなして、検討しておらず、気比
ノ宮断層の一部区間と常楽寺断層について過少評価して検討しているに過ぎない
が、こうした調査や判断は、予断と偏見に基づくものである。
本件安全審査においては、断層の認定について、地形的にリニアメントが見られる
か否かが判断基準とされているが、明治以降に日本で発生した地震断層は一〇回あ
るところ、リニアメントが見られるのは、一八九一年の濃尾地震及び一九一二〇年
の北伊豆地震の際のA級活断層、一八九六年の陸羽地震、一八九四年の庄内地震及
び一九七四年の伊豆半島地震の際のB級活断層であり、一九七八年の伊豆半島近海
地震、一九四五年の三河地震、一九二七年の北丹後地震、一九二五年の丹馬地震及
び一九四三年の鳥取地震の際のC級活断層には、リニアメントは見られず、C級活
断層を地形学的に判別することは、困難といわれている。また、近時各地で活断層
のトレンチ調査が進められ、地震の再来周期や一回の断層運動での変位量が測定さ
れており、明確なりニアメントの確認できる活断層は、再来周期と最終地震の発生
時期から将来の地震の発生がある程度は予測できるようになってきているため、
A、B級活断層は素性が分かり、地震に対して準備可能な断層といえるが、リニア
メントの確認できないC級活断層は、地震が起こって始めて存在が確認できるもの
であり、調査が困難で始末に負えない存在であるといえる。そして、そのC級活断
層が明治以降半数の地震断層を出現させている事実は不気味であり、これを無視し
た本件安全審査は不合理である。
2 気比ノ宮断層について
(一) 信濃川左岸の中央油帯丘陵西翼部にある気比ノ宮断層は、南蒲原郡<地名
略>から柏崎市<地名略>までの三八・五キロメートルの長さを有する活断層であ
る。本件安全審査においては、長岡市<地名略>から柏崎市<地名略>までの南部
区間には、信濃川河岸段丘の傾斜やリニアメント、過摺曲構造が認められないこと
から、中之島村<地名略>から長岡市<地名略>までの北部区間のみを活断層と認
め、同断層の長さは一七・五キロメートルとされているが、南部区間には河岸段丘
それ自体が存ぜす、また、南部区間は、沖積層で覆われでいるため、過摺曲構造を
示す地層が地表からは確認できないに過ぎない。過摺曲構造だけでなく、撓曲構造
の存在もまた、地下での断層を推定させるものであるが、南部区間にも、地層が六
〇度、七〇度もの傾斜を示す撓曲帯の箇所が、長岡市<地名略>、越路町<地名略
>、柏崎市<地名略>等に何箇所もあり、南部区間における気比ノ宮断層の存在を
推定させ、また、雲出より北に位置する鳥越に四〇〇ないし五〇〇メートルの断層
(灰爪層上限)、雲出付近には、寺泊層上限面で五〇〇メートルの落差の断層があ
るが、かような大きな断層の存在は、南部区間にも北部区間に続く断層が存在する
ことを推定させる。
(二) 右のように気比ノ宮断層は、南部区間を含めて長さは三八・五キロメート
ルに及ぶものであり、それが地震を起こした場合のマグニチュードは七・五と想定
される。これによる本件原子炉施設の支持基盤に加わる最大加速度は、同断層から
の距離が九・五キロメートルであることに鑑みると、五三〇ガルとなる。仮に、同
断層の長さを三〇キロメートルとしても、本件原子炉施設の支持基盤に加わる最大
加速度は四六〇ガルとなる。
3 常楽寺断層について
(一) 常楽寺断層の北部区間(出雲崎町<地名略>から西山町<地名略>)は、
魚沼層群の摺曲構造が連続することや、地形的に丘陵の尾根の高度が不連続である
こと、丘陵内の谷幅が急変することなどから、容易にその存在が確認できる。そし
て、西山町<地名略>等の露頭で、安田層の下位に位置する大坪層が無数の断層に
よってズタズタにされていることは、常楽寺断層の活動は現在も続いていることの
証左である。
(二) 常楽寺断層の南部区間(西山町<地名略>から柏崎市<地名略>)には、
上記の魚沼層群が存在しないため、同地層の摺曲構造は確認できないが、魚沼層群
の下位に位置する灰爪層の摺曲は連続して追跡できるし、山地と平野が直線的に連
続している場合、その境界は新しい活断層であることが多いところ、柏崎市<地名
略>から平井までの間は、地形的に山地と平地が直線的となっており、同地区にも
常楽寺断層が続いているというべきであり、常楽寺断層は、中央油帯丘陵西縁部に
連なり、出雲崎町<地名略>から柏崎市<地名略>までの長さ二四キロメートルに
及ぶ活断層である。
(三) したがって、常楽寺断層は、延長二四キロメートルの活断層というべきで
あり、これによる地震はマグニチュード七・一となり、本件原子炉施設の支持基盤
に加わる最大加速度は、五〇〇ガルと想定される。
4 真殿坂断層について
(一) 真殿坂断層は、出雲崎町<地名略>から鯖石川河口までの二一キロメート
ルに及ぶ活断層である。真殿坂断層の北部区間の断層線上では、尾根部に窪地(ケ
ルンコル)が連なっている。また、断層活動による番神砂層の軟弱化を裏付けるよ
うにこの線上に集中豪雨による山崩れが集中して発生し、その線上の平野部は、水
田が底無しの深田となっている。また、道路の断層線と交わった箇所は、異常に陥
没しており、南部区間の砂丘では、断層線上の陥没地形を裏付けるように窪地が連
なっている。真殿坂断層の活動が現在まで続いていることは、刈羽村<地名略>の
真殿坂断層上の露頭に、西山層から古砂丘までを切る滝谷断層があること、本件原
子炉施設敷地内の古砂丘に見られる断層が真殿坂断層上で逆断層となっていること
などからも明らかである。本件安全審査においては、真殿坂断層を刈羽村<地名略
>を南限とする一四キロメートルの断層と認定し、空中写真判定によってもリニア
メントが見られないことから活断層としての評価をしていないが、一般に活動度の
高いA級活断層に比べて活動度の劣るB級、C級活断層は、変位の基準となる地形
面が乏しいことや、断層による変位が山地の浸食速度と同等か又は劣るため、空中
写真の判定によって活断層を発見することはそもそも困難であるから、本件安全審
査の評価は不合理である。
(二) 真殿坂断層が震源となった場合、それによる地震はマグニチュード七・〇
となり、本件原子炉施設の支持基盤に加わる最大加速度は、
同断層からの距離が一一・二キロメートルであることに鑑みると、五二〇ガルとな
る。
5 椎谷断層について
椎谷断層は、石油関係資料によると魚沼層群を切っているのであるから、空中写真
によりリニアメントが認められず、また、断層露頭がないことのみをもって、同断
層の第四紀後期の活動を否定することはできない。また、椎谷断層の陸上部の位置
は、出雲崎町<地名略>から柏崎市<地名略>までの約一三キロメートルである
が、椎谷より西は海中となるため、陸上での観察が不可能であるが、実際には、椎
谷断層は、椎谷より西の沖まで延びているというべきである。
6 本件原子炉施設の安全性の欠如
本件原子炉施設の格納容器、原子炉緊急停止装置、ほう酸水注入装置といった安全
対策上重要な施設は、最大加速度四五〇ガルの地震に対して機能を保持できるに過
ぎないところ、気比ノ宮断層等によって、最大加速度五〇〇ガル以上の地震が襲う
可能性が十分あり、その場合には、本件原子炉施設の格納容器、ECCS、計測制
御系システム等は機能を喪失し、本件原子炉施設は機能を維持し得ない。地震によ
る外力は、原子炉施設の多重防護の安全機能を同時的に無効ならしめ、大きな事故
を引き起こす可能性があり、本件原子炉施設における耐震設計は安全とはいえな
い。
六 小括
以上のとおり、本件原子炉施設の自然的立地条件は、極めて劣悪であり、本件原子
炉施設の耐震設計は想定される地震に対して到底安全性を保障できるものではない
から、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違反する。
第四 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性の欠如
一 はじめに
1 立地審査指針は、原則的立地条件として、「原子炉は、その安全防護施設との
関連において十分に公衆から離れていること。」、「原子炉の敷地は、その周辺を
含め、必要に応じ公衆に対して適切な措置を講じうる環境にあること。」も必要で
あるとし、更に、万一の事故時にも、公衆の安全を確保し、かつ原子力開発の健全
な発展を図ることを基本方針として、「a敷地周辺の事象、原子炉の特性、安全防
護施設等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の場合には起こるかもしれないと考
えられる重大な事故(以下、重大事故という。)の発生を仮定しても、周辺の公衆
に放射線障害を与えないこと。b更に、重大事故を超えるような技術的見地からは
起こるとは考えられない事故(以下「仮想事故」という。
)(例えば、重大事故を想定する際には効果を期待した安全防護施設のうちのいく
つかが作動しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮想するもの)の
発生を仮想しても、周辺の公衆に著しい放射線災害を与えないこと。cなお、仮想
事故の場合には、国民遺伝線量に対する影響が十分に小さいこと。」を、立地審査
指針によって達成しようとする基本的目標とする旨宣言している。
2 原子炉施設においては、万一の事故時に備えて十分な立地条件が要求され、そ
のことは、規制法二四条一項四号の適合性を判断するに際しての欠くことのできな
い重要な要件であるところ、本件安全審査においては、「重大事故」、「仮想事
故」として、冷却材喪失事故及び主蒸気管破断事故を想定し、これに基づいて災害
評価を行い、その結果、本件原子炉の災害評価は、立地審査指針が定める原子炉立
地審査指針を適用する際に必要な暫定的な判断のめやす(以下「めやす線量」とい
う。)に比べて十分に小さく、原子炉立地審査指針の要求する立地条件を十分満足
するものになっている旨判断されたが、本件安全審査における「重大事故」、「仮
想事故」の内容、事故の経過は、以下のとおり、極めて非科学的、恣意的、御都合
主義的であり、その災害評価も著しく過少なものといわざるを得す、立地審査指針
が要求する立地条件は何ら満たされていない。
二 本件災害評価の恣意性
1 一般に、原発事故の災害評価は、(1)最悪の事態として、原子炉のどんな事
故、破壊を想定するか、(2)その場合、環境中にどの程度の放射線が放出され、
どの程度離れた人がどの程度の放射線を浴びるか、(3)右被害を容認し得るかと
いう分析方法に基づいて行われるから、重大事故、仮想事故の決定は、当該原発の
「万一の事故」に際し、いかなる地域にいかなる災害を与えるのかを分析する上
で、その出発点となるものであり、その内容、事故の経過は、自然法則に基づいた
客観的かつ明白なものでなければならないし、災害評価の前提としての事故選定及
び事故解析は、最高の科学、技術水準に基づいて正当で納得のいくやり方で行われ
なければならない。
しかしながら、本件安全審査においては、災害評価に当たり、重大事故、仮想事故
として、冷却材の喪失が最大となる冷却材再循環配管一本が瞬時に完全破断し、格
納容器内に放射性物質が放出される事故としての冷却材喪失事故、冷却材の流出量
が最大となる主蒸気管一本が瞬時に完全破断し、直接格納容器外に放射性物質が放
出される事故としての主蒸気管破断事故が想定され、その場合の事故解析評価を試
みているが、どのような場合でも結局のところ、ECCS、圧力容器、格納容器の
健全性が絶対的な前提とされており、炉心溶融、圧力容器溶融、格納容器の土台コ
ンクリートの分解、破壊等という最悪の事故など絶対に起こり得ないと一方的に決
めつけており、一方的な前提の下で一定の解析がなされているに過ぎず、科学的合
理性もなく、重大事故、仮想事故の定義にさえ相反する恣意的な事故想定といわざ
るを得ない。
2 本件原子炉で想定されている冷却材再循環配管の破断が生ずると、圧力容器内
の冷却水が破断口から格納容器の中に流出し(最大級の破断事故が発生すれば、こ
の間五ないし一〇秒程度しかかからない。圧力の急激な減少を伴うこの時期をブロ
ーダウン期という。)、その結果、炉内の核分裂反応は停止するが、燃料棒内の余
熱と「死の灰」の崩壊熱が、燃料棒内の温度を上昇させる(燃料棒内の余熱は、約
一五〇〇万キロカロリーで約三〇トンの水を蒸発させるに足りるものであり、「死
の灰」の崩壊熱は、原子炉停止直後は、約二三万キロワットであり、時間とともに
減少していくが、二ないし三分間の発熱量は、燃料棒の余熱の量に匹敵する。)。
これによって、燃料被覆管の温度も上昇し、五〇秒後には、摂氏一一〇〇度に達
し、燃料被覆管のジルコニウムと水が反応しで、水素ガスを発生し、これが第三の
熱源となる。第三の熱源は、ジルコニウムの温度上昇とともに加速度的に上昇し、
事故開始数分後には、燃料被覆管の融点である摂氏一八〇〇度、燃料ペレットの融
点である摂氏二八〇〇度をも超え、炉心全体が溶融し、圧力容器の底に落下する。
その結果、圧力容器底部にかなりの水があった場合には、水蒸気爆発を発生させて
圧力容器、格納容器を破壊し、炉心内の「死の灰」の大部分が環境外へ放出され
る。また、水蒸気爆発が発生しなくとも、炉心溶融物は、圧力容器底部を一瞬のう
ちに溶かし、圧力容器溶融物とともに格納容器底部に落ち込み(メルトスルー)、
この際、格納容器隔離弁が作動しなければ、「死の灰」は環境に放出されることに
なる。そして、メルトスルーが発生し、大量の溶融物が格納容器底部の大量の水と
接触すれば、二〇〇気圧を超える蒸気爆発を起こし、格納容器を破壊する。また、
蒸気爆発によって、撒き散らされた大量の溶融物によって、金属と水の反応が爆発
的に進行し、大量の水素を発生させ、水素爆発を起こすなどして、格納容器を破壊
する。さらに、格納容器の底部に落ち込んだ溶融物は、格納容器基礎のコンクリー
トを溶かし、地下へと沈んでいくチャイナ・シンドロームを発生させる。
3 本件原子炉で想定されている冷却材再循環配管の破断等がもたらす「圧力容器
の空炊き現象」は、ECCSの有効な作動及び圧力容器の健全性が確保されなけれ
ば、冷厳なる自然法則に支配され、確実に右のとおりの炉心溶融現象を生み出すか
ら、本件原子炉において想定されなければならない最悪の事態は、炉心溶融と、そ
れによって炉心内に貯蔵されている放射性物質の相当部分が環境内に放出される事
態をいうべきである。
三 最悪の事態における被害の甚大性
1 ブルックヘブン報告書
昭和三二年、米国プルックヘブン国立研究所は、原発事故損害補償を定めるプライ
ス・アンダーソン法の補償上限金額を算定する根拠として、本件原子炉の七分の一
の出力一六万キロワットという小規模原発を用いた原発事故の被害想定の研究を行
い、炉心内の「死の灰」の半分が大気内に放出され、大気に逆転層があると、三四
〇〇人が早期に死亡し、四万三〇〇〇人が急性の放射線障害に罹り、財産上の損害
は、七〇億ドルに上ると報告した(プルックヘブン報告書、文書番号WASH七四
〇)。そして、同三九年、原発の大型化を理由に右報告の改訂が行われ、その結
果、早期の死亡者は四万五〇〇〇人、急性放射線障害の罹患者は七万人、被害の及
ぶ範囲はペンシルヴェニア州に匹敵すると報告された。
2 ラスムッセン報告
昭和五〇年、米国原子力委員会は、ラスムッセン報告(文書番号WASH一四〇
〇)を公表したが、同報告は、一〇〇万キロワット級原発において、大気中に一〇
〇パーセントの希ガス、九〇パーセントのヨウ素、五〇パーセントのセシウム一三
七、九〇・六パーセントのストロンチウム九〇が各放出されるという最悪事故を想
定し、早期の死亡者は三三〇〇人、急性放射線障害の罹患者は四万五〇〇〇人、晩
発性障害者は二四万八〇〇〇人、財産の損害は一四〇億ドルに達すると報告した。
しかし、同五二年、「憂慮する科学者同盟」は、ラスムッセン報告に対する批判を
行い、早期の死亡者は三万三〇〇〇人、癌等の晩発性の死亡者は実に二七万人とな
ると修正した。
3 原子力産業会議の報告
我が国においては、昭和三四年、科学技術庁の委託を受けて、原子力産業会議が
「大型原子炉の事故の理論的可能性及び公衆損害に関する試算」を報告した。同報
告は、原発事故は予期しない形で発生し、その発生確率は本質的に予測不可能であ
り、安全審査で想定された事故よりさらに大規模な災害を与える事故も起こり得る
との発想を前提にし、死者に対する損害金を八五万円、農村の立退料を三五万円と
著しく過少に評価しているにもかかわらず、当時の価額として、一兆円を超える災
害が発生すると報告した。
4 チェルノブイル事故
本件安全審査における仮想事故の解析結果では、核分裂生成物の大気中の放出量
は、希ガス約七六万キュリー、ヨウ素約二六〇〇キュリーとされているが、チェル
ノブイル事故では、炉心のほとんどが溶融し、外界へ放出された放射性物質は、六
億キュリー以上に及び、原発周辺はもとより国境を越えて全世界的規模で深刻な災
害をもたらしたが、これが原発大事故の現実である。この事故によって、少なくと
も半径三〇キロメートルの範囲の土地は放射線の被害のために無人化され、その範
囲は拡大しつつある。本件原子炉を含めて、我が国の原発は、諸外国の原発と比し
て敷地面積が狭小であり、周辺の人口密度も高く、人口密集地帯が原発に近いの
で、原発事故が発生した場合の被害や影響は、旧ソ連の比ではない。本件安全審査
に用いられた立地審査指針には、原子炉周辺に設けられるべき「非居住区域」の範
囲を決めるめやす線量として、二五レムという著しく高い値を採用しているが、こ
の不当なめやす線量をもってしても、本件原子炉において、チェルノブイル事故と
同程度の事故を想定すれば、「非居住区域」は、半径三〇キロメートルの範囲をと
らなければならなくなる。
5 本件原子炉大事故時の災害評価
本件原子炉の冷却材が喪失し、かつ、ECCSが故障して、炉心溶融が起き、格納
容器内で水蒸気爆発が発生し、格納容器が破壊され、外部に放射性物質が出るとい
うシビアアクシデントを想定し、(1)放射性物質放射量は、希ガスが一〇〇パー
セント、ヨウ素が六〇パーセント、セシウムが三〇パーセントとすること、(2)
気象条件は、二種類を想定し、風向きが東京方面で、風速毎秒三メートル、大気安
定度D、晴天で放出高度二〇〇メートルの場合と、風向きが新潟方面で、風速毎秒
二メートル、大気安定度A、雨天で放出高度〇メートルの場合とすること、(3)
平成二年の国勢調査資料によって、人口を確定し、現実に起こり得る避難は前提と
していないこと、(4)被曝経路は、雲から直接放射線が当たる外部被曝、放射性
物質が地表面に降下した場合の放射線による外部被曝、汚染をした空気を吸うこと
による内部被曝の三経路であり、汚染した水や食品を摂取することによる内部被曝
を除外することの各設定条件下で、本件原子炉大事故時の災害評価をすると、東京
方面では、総被曝量は大きく、晩発性障害の影響が大きく、早期の死亡者が七〇〇
〇ないし九〇〇〇人、急性放射線障害者が約六万人(ほとんどが新潟県内の住民で
ある。)であり、総被曝線量が四・二億人レムとなり、四〇万人の癌死者、甲状腺
癌患者は一六万人で、そのうち一万六〇〇〇人が致死性のものと予想される。ま
た、新潟方面では、死者が多く総被曝線量は限られ、早期の死亡者が六、七万人、
急性放射線障害者が約二五万人(ほとんどが柏崎、刈羽、西山、出雲崎の住民であ
る。)であり、総被曝線量が一・四億人レムとなり、一四万人の癌死者、甲状腺癌
患者は一万四〇〇〇人で、そのうち一四〇〇人が致死性のものと予想される。
しかしながら、本件災害評価においては、右のようなシビアアクシデントについ
て、何らの検討もしていない。
四 めやす線量の不合理性
立地審査指針は、非居住区域設定のための目安として、甲状腺(小児)被曝につい
て一五〇レム、全身被曝について二五レム、低人口地帯設定のための目安として、
甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム、全身被曝について二五レムをそれぞれ考
慮し、人口密集地帯までの離隔の目安として、外国の例から二〇〇万人レムを参考
とすることを求めている。しかしながら、昭和三九年に定められた立地審査指針自
身が、これらのめやす線量について、「行政的見地から定めたものであるが、とく
に放射線の生体効果、国民遺伝線量等については、まだ明確でない点もあるので、
今後とも我が国におけるこの方面の研究の促進をはかり、世界のすう勢をも考慮し
て再検討を行うこととする。」、「甲状腺及び全身以外のものが障害の見地から重
要となる場合には、別途考慮することが必要である。」などと指摘し、必ずしも確
定的な数値でないことを自認しているばかりか、近時、国際放射線防護委員会が一
般住民や作業従事者の被曝限度を大幅に引き下げする勧告を行い、立地審査指針作
成時の一般住民の被曝限度が年間〇・五レムであったものが、今や、その五分の一
の〇・一レムになっている。このように線量値に対する認識の変化は、広島や長崎
の被爆者データを基にして見直されてきた結果であり、不明であった放射線の影響
が徐々に解明されてきた証左である。もはや、全身被曝二五レム、小児甲状腺被曝
一五〇レムが放射線障害を与えない線量とは到底いえないのであり、また、立地審
査指針が放射線障害の中に癌をも組み込んでいるのであれば、そもそもしきい値が
なく、めやす線量等を考慮することはできないというべきである。
したがって、このような過大な線量値を定めている立地審査指針自体不合理であ
る。
五 小括
以上のとおり、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性は欠如しているという
べきであるから、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違反する。
第五 防災計画の無審査
原子炉施設は、TMI事故のような大量の放射性物質を放出する大事故が発生した
場合、原告ら周辺住民の安全確保は、避難によって図るしか術はなく、現実に、T
MI事故においては、一〇万人にも上る人々が実際に避難し、二五マイル以内の全
住民の避難計画が検討されたことに鑑みると、原子炉設置に際して、事故発生時に
放射線被曝を受ける範囲の住民が、安全に退避するための十分な防災計画が策定さ
れ、原子炉設置許可に際して行われる安全審査に当たっては、災害の防止上支障が
ないことの重要な要件として審査されなければならない。しかるに、本件安全審査
においては、事故に対する住民避難防災計画は、全く審査されていないものであ
り、本件処分は、規制法二四条一項四号要件に違反する。
第七節 結論
以上のとおり、本件処分には取り消されるべき違法事由があるので、原告らは、内
閣総理大臣の訴訟承継人である被告に対し、本件処分の取消しを求める。
第二章 被告の主張
第一節 原告らの主張に対する認否
第一 原告らの主張第一節(原告らの地位)のうち、原告らが本件原子力発電所の
設置場所である新潟県柏崎市及び刈羽郡<地名略>並びにその周辺市町村に居住す
る者であることは認め、その余は否認ないし争う。
第二 同第二節(本件処分の存在)は認める。
第三 同第三節(本件訴訟における司法審査のあり方)は争う。
第四 同第四節(本件処分の手続的違法)のうち、第一(本件原子炉に係る安全性
に関する事項の審査手続の経過)は、被告の主張第四節第一(手続的適法性の存
在)の事実の限度で認め、これに反する部分は否認し、第二(本件安全審査におけ
る構造的瑕疵)、第三(本件安全審査における個別的瑕疵)は争う。
第五 同第五節(本件処分の実体的違法その一)は争う。
第六 同第六節(本件処分の実体的違法その二)について
一 同第一款(放射線の危険性)は、被告の主張第六節第一(原子力発電の有する
潜在的危険性とその安全性の確保)記載の事実の限度で認め、これに反する部分は
否認ないし争う。
二 同第二款(本件原子炉施設の危険性)について
1 間第一(平常時被曝の危険性)について
(一) 同一(平常運転時における被曝評価方法の不合理性)及び同二(放射線管
理システム)は、被告の主張第六節第二の一(本件原子炉施設の平常運転時におけ
る被曝低減対策に係る安全性)の事実の限度で認め、これに反する部分は否認ない
し争う。
(二) 同三ないし八は争う。
2 同第二(本件原子炉の工学的危険性)について
(一) 同二3(二)(3)のうち、敦賀原発一号炉及び福島第一原発一号炉の燃
料集合体にピンホールやひび割れが発生したことは認める。
(二) 同五4(一)のうち、ECCS安全評価指針には、(1)燃料被覆管温度
の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇度以下でなければならない(基準(1))、
(2)燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセ
ント以下でなければならない(基準(2))、(3)炉心で、燃料被覆管が水と反
応して発生する水素の量は、格納容器の健全性を確保するために十分低くなければ
ならない(基準(3))、(4)炉心形状の変化を考慮して、長半減期核種の崩壊
熱の除去が長期間にわたって行われることが可能でなければならない(基準
(4))という四項目が示されていることは認める。
(三) 同七冒頭事実のうち、安全設計審査指針が、格納容器バウンダリを冷却材
喪失事故時に圧力障壁となり、かつ、放射性物質の放散に対する障壁を形成するよ
うに設計された範囲の施設をいうと定義づけ、機能として、想定される配管破断に
よる冷却材喪失事故に際して、事故後の想定される最大エネルギー放出によって生
じる圧力と温度に耐え、かつ、出入日及び貫通部を含めて所定の漏洩率を超えるこ
とがないように働くものと期待し、また、通常運転時、運転時の異常な過渡変化
時、保修時、試験時及び事故時において、脆化的挙動を示さず、かつ、急速な伝播
型破断を生じない設計であることを要求していることは認める。
(四) 同八のうち、他の原発において、原告ら主張のポンプ、弁の故障事例が発
生したことは認める。
(五) 同九1について
(1) 同(一)のうち、昭和五六年一月一〇日、敦賀原発一号炉(沸騰水型原子
炉)の冷却系B系列第四給水加熱器胴体部分の溶接部分に生じたひび割れから放射
性物質が漏洩したため、同月一四日、漏洩箇所のひび割れ部分に当て板を溶接して
補修したが、更に、同月二四日右漏洩箇所から放射性物質の漏洩があり、補修した
こと((1)ア)、同月一九日、敦賀原発一号炉の放射性廃棄物処理建家内濃縮廃
液貯蔵タンク二基の配管つけ根部分に穴があき、同箇所から放射性廃液が漏洩する
事故があったこと((2)ア)、同年三月七日ころ、放射性廃棄物処理旧建家内の
フィルタースラッジ貯蔵タンクから放射性廃液がオーヴァーフローし、同建家内に
流出した結果、廃液の一部が洗濯廃液濾過装置室床下にある一般排水路に漏洩した
こと((3)ア)は認める。
(2) 同(二)のうち、昭和六〇年五月三一日、本件原子炉施設のタービン建家
地下二階にある復水器B系統の循環水配管から約七トンの海水が放射線管理区域で
ある同建家内に漏洩する事故が発生したこと、復水器入口循環水配管の外面に取り
付けられている吊りピースの取付け隅肉溶接部と管壁との境界部に貫通孔があり、
管壁の外面で径約二センチメートル、内面で径約七・五センチメートルと円錐状に
欠損していたことは認める。
(3) 同(三)のうち、昭和六四年一月、福島第二原発三号炉(沸騰水型原子
炉)の再循環ポンプに異常振動が発生したこと((1))は認める。
(4) 同(至)のうち、平成三年二月九日、美浜原発二号炉(加圧水型原子炉)
の蒸気発生器伝熱管が損傷したこと((1))は認める。
(六) 同九2(一)のうち、(1)ないし(3)の各事実、(4)のうち、二分
二秒後、炉内圧力低下により、ECCSの一つである高圧注水系が自動起動し、原
子炉内に注水を開始したこと、運転員は、圧力調整が不能となることを恐れ、手動
でポンプを停止し、流量を絞ったこと、(7)のうち、原子炉の炉心が損傷したこ
と、(8)のうち、二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃し弁の開放固着に気付
き、加圧器逃し弁の元弁を手動で閉じたこと、(10)のうち、希ガスの環境への
放出量が約二五〇万キュリーと報告されていること、(13)のうち、ヨウ素一三
一の環境への放出量が約一五キュリーと報告されていることは認める。
(七) 同九3のうち、(一)(1)の前段の事実、(二)(1)ないし(7)の
各事実はいずれも認める。
(八) 同第二のその余の事実は、被告の主張第六節第二の二(本件原子炉施設の
事故防止対策に係る安全性)記載の事実の限度で認め、これに反する部分は否認な
いし争う。
3 同第三(本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性の欠如)のうち、一2の
事実は認め、その余の事実は、被告の主張第六節第二の三(本件原子炉施設の自然
的立地条件に係る安全性)の事実の限度で認め、これに反する部分は否認ないし争
う。
4 同第四(本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性の欠如)について
(一) 同一1の事実は認める。
(二) 同ニ1のうち、本件安全審査においては、災害評価に当たり、重大事故、
仮想事故として、冷却材の喪失が最大となる冷却材再循環配管一本が瞬時に完全破
断し、格納容器内に放射性物質が放出される事故としての冷却材喪失事故、冷却材
の流出量が最大となる主蒸気管一本が瞬時に完全破断し、直接格納容器外に放射性
物質が放出される事故としての主蒸気管破断事故が想定されたことは認める。
(三) 同第四のその余の事実は、被告の主張第六節第二の四(四件原子炉施設の
公衆との離隔に係る安全性)記載の事実の限度で認め、これに反する部分は否認な
いし争う。
5 同第五(防災計画の無審査)は争う。
第七 同第七節は争う。
第二節 本件訴訟における司法審査のあり方
第一 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項
本件訴訟は、規制法二三条、二四条の各規定に基づいて内閣総理大臣がなした原子
炉設置許可処分の取消訴訟であるから、その審査の対象は、本件処分の違法性の存
否、すなわち本件許可申請が規制法二四条一項所定の許可要件に適合するとした内
閣総理大臣の判断における違法性の存否である。したがって、本件処分の違法事由
として、裁判所の審理、判断の対象となる事項は、本件許可申請に対して内閣総理
大臣が規制法二四条一項所定の許可要件について審査した対象事項に限定される。
更に、取消訴訟においては、この訴訟制度の本質に由来して、処分の違法事由に関
する主張制限の規定が置かれており(行訴法一〇条一項)、右制限規定によれば、
本件訴訟における裁判所の審理、判断の対象となる事項は、規制法二四条一項三号
所定の技術的能力に係る許可要件適合性及び四号所定の安全性に係る許可要件適合
性の各審査の対象となる事項の中で、原告らの法律上の利益に関係する違法事由に
係る事項に限定されることとなる。
一 行訴法一〇条一項の規定と本件訴訟の審理、判断の対象となる事項
1 行訴法一〇条一項は、「取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のな
い違法を理由として取消しを求めることができない。」と規定している。けだし、
主観訴訟として位置づけられる取消訴訟は、取消判決によって違法な行政作用を排
除し公益に資することを目的とするものではなく、被告行政庁の処分によって原告
の被っている具体的権利、法的利益の侵害の救済を目的とするものである。このこ
とから、取消訴訟において原告が主張し得る処分の違法事由は、自己の法律上の利
益に関係のあるものに限られるのである。そして、ここでいう「自己の法律上の利
益に関係のない違法」とは、被告行政庁の処分に存する違法のうち、原告の個人的
権利、利益の保護を目的として行政権の行使に制約を課するために設けられたもの
とはいえない法規に違背したに過ぎない違法をいうのである。
2 規制法二四条一項各号のうち、一号は「原子炉が平和の目的以外に利用される
おそれがないこと」との要件を、及び二号は「その許可をすることによって原子力
の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」との要件をそれ
ぞれ定めているが、右各要件が定められた趣旨は、専ら、原子力の研究、開発及び
利用を平和の目的に限り、かつ、原子力の開発及び利用を長期的視野に立って計画
的に遂行するとの我が国の原子力に関係する基本政策に適合せしめ、もって広く国
民全体の公益の増進に資することにあるのであって、原子炉施設の周辺住民等の個
人的利益の保護を目的として内閣総理大臣の許可権限の行使に制約を課したもので
ないことは明らかである。
また、同項三号のうち、経理的基礎があることを要件とした趣旨は、原子炉の設置
には多額の資金を要することに鑑み、原子炉の設置、運転等をするに足りる十分な
資金的裏付けがあることを要するとしたことにあるのであって、これも原子炉施設
の周辺住民等の個人的利益の保護を目的として内閣総理大臣の許可権限の行使に制
約を課したものでないことは明らかである。
したがって、本件処分の要件のうち、規制法二四条一項一号、二号及び一二号のう
ち経理的基礎に係るものは、原告らの法律上の利益に関係しないのであるから、右
各要件に係る違法事由は、本件取消訴訟の審理の対象となる余地のないものであ
る。
二 原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項
原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項については、原子炉設懺許可
手続を原子力の利用に関する規制法における分野別安全規制の体系の中において、
いわば横断的な観点から考察するとともに、右手続を発電用原子炉の利用に関する
規制法及び電気事業法による段階的安全規制の体系の中において、いわば縦断的な
観点から考察することが肝心である。そして、右考察に当たっては、発電用原子炉
の利用に係る安全確保のための行政規制の法的性質及び機能についての検討が有益
なことはいうまでもない。
1 発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制の法的性質及び機能
(一) 原子力施設に限らず、一般に潜在的な危険性を有する各種の産業設備の安
全確保は、本来、当該設備の取扱いに直接携わる者、すなわち、その設計及び製
造・建設・設備並びに運転・操業等をする者(設置者等)がその責任を負担すべき
ものであることはいうまでもない。
ところで、国が公共の安全の確保の観点から、産業設備の設置等に関し一定の規制
を行う例は少なくないが、そのような場合であっても、当該産業設備について第一
次的な安全確保の責任を負担する者が設置者等であることに変わりはないのであ
る。右の行政上の規制は、あくまでも、設置者等の右のような責任の存在を前提と
しつつ、公共の安全の確保に資するとの観点から、設置者等の行動の自由に一定の
制限を加えるという方法によって、安全の確保に対し間接的に機能することが要請
されているに過ぎないのである。そして、行政上の安全規制の方法や内容は、規制
の権利制限的な性質に鑑み、右のような行政規制に要請された機能の達成に必要な
限度で行われるべきものである。
(二) そして、発電用原子炉の利用に係る安全確保のための行政規制は、その規
制の対象の特質に鑑み、産業設備の安全確保に係る行政規制の中でも最も厳格な分
野別かつ段階的規制の方法が用いられ、安全確保に対して立法上手厚い配慮がなさ
れているが、行政規制における右の基本的性質と何ら異なるところはない。すなわ
ち、原子炉設置許可に際しての安全審査は、公共の安全の確保に資するとの観点か
ら、当該申請に係る原子炉施設の設置に関する安全性の適否を審査することを目的
とするのであって、もとより、右の安全審査を行うことによって、国が原子炉設置
者の本来負担する第一次的な安全確保の責任を肩代わりしようとするものではな
く、また、右の審査は、右の原子炉設置に係る安全規制に要請された機能の達成に
必要な限度において行われるべきものである。
2 規制法における分野別及び段階的安全規制の体系と原子炉設置許可に際しての
安全審査の対象となる事項
(一) 原子力の利用に関する規制法における分野別安全規制の体系
原子力の利用に関する規制法における安全規制の体系の特色は、核原料物質、核燃
料物質及び原子炉の利用につき、これを各種分野に区分し、それぞれの分野の特質
に応じて、それぞれの分野ごとに一連の所要の安全規制を行うという方法が採られ
ているということにある。すなわち、同法は、(1)その第二章の各規定によって
製錬の事業に関し、(2)第三章の各規定によって加工の事業に関し、(3)第四
章の各規定によって原子炉の設置、運転等に関し、(4)第五章の各規定によって
再処理の事業に関し、(5)第六章の各規定によって右各章の規定の適用を受けな
い核燃料物質等の使用等に関し、それぞれ一連の規制を行うこととし、これにより
同法一条の所定の目的を実現しようとしているのである。
したがって、右規制法が採用する法体系からすると、同法第四章所定の原子炉の設
置、運転等に関する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をその対象
とするものであって、他の各章において規制することとされている事項までをその
対象とするものでないことは明らかである。
(二) 発電用原子炉の利用に関する規制法及び電気事業法による段階的安全規制
の体系
(1) 発電用原子炉の利用に関する規制法及び電気事業法による安全規制の体系
の特色は、原子炉施設の設計から運転に至る過程を段階的に区分し、それぞれの段
階に対応して原子炉設置の許可、工事計画の認可、使用前検査、同合格、保安規定
の認可、定期検査等の規制手続を介在させ、これら一連の規制手続を通じて発電用
原子炉の利用に係る安全確保を図るという方法による段階的安全規制の体系が採ら
れていることにある。すなわち、(1)発電用原子炉を設置しようとする者は、内
閣総理大臣の原子炉設置許可を受けた後においても、(2)工事に着手するために
は、具体的な工事計画についての通産大臣の認可を受けなければならず(規制法二
七条、七三条、電気事業法四一条)、そして、(3)原子炉の運転を開始するため
には、a工事の工程ごとに通産大臣の使用前検査を受け、これに合格しなければな
らず(規制法二八条、七三条、電気事業法四三条)、また、b保安規定を定め、こ
れにつき内閣総理大臣の認可を受けなければならず(規制法三七条)、さらに、
(4)運転開始時においても、一定の時期ごとに定期検査を受けなければならない
(規制法二九条、七三条、電気事業法四七条)のである。
(2) また、右設置許可に係る安全審査は、発電用原子炉施設の詳細設計及びそ
の建設、工事の前提となる基本的事項を確定し、これらに対して一定の枠付けを与
えるという機能を有している。そして、次の詳細設計の段階においては、右の枠付
けを前提として設計が行われ、当該詳細設計の当否につき具体的な審査を経て工事
計画の認可を受けることとなり、原子炉の建設、工事は右認可に係る詳細設計に従
って行われる。建設、工事に際しては、安全審査における枠付けの下で行われた詳
細設計を踏まえて使用前検査が実施され、それに合格し、更に、保安規定の認可を
受けた後でなければ、原子炉の運転を開始することはできない。
要するに、規制法等による発電用原子炉施設の安全確保に関する行政規制の体系
は、原子炉設置許可に際しての安全審査を土台として段階的に行われるのであり、
それぞれの段階において、かつ、その全過程を通じて、所要の安全確保が図られて
いるのである。
(3) 規制法が原子炉設置許可に際しての安全審査を土台としてその後の各行政
規制の段階において、かつ、その全過程を通じて、所要の安全確保を図ることとし
ていることに照らすならば、同法は、原子炉設置許可の段階においては、専ら当該
原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針のみを規制の対象とするのであって、
後続の工事計画の認可、使用前検査、保安規定の認可並びに定期検査の各段階で規
制される原子炉施設の詳細設計や具体的な運転管理に関する事項等が原子炉設置許
可の規制の対象とならないことは明らかである。
(三) 原子炉設置許可において安全審査の対象となる事項
以上のとおり、原子炉設置許可に際しての原子炉施設の安全審査においては、原子
炉施設自体の安全性に直接関係する事項であって、かつ、原子炉施設の基本設計な
いし基本的設計方針に係る安全性に関する事項のみをその対象とすることとなるの
であり、原子炉施設自体の安全性に直接関係」ない事項はもちろんのこと、原子炉
施設自体の安全性に関係する事項であっても、その詳細設計や実際の運転管理に関
する事項等は、原子炉設置許可の際の安全審査の対象とはならないのである。
(四) 安全審査の対象についての原告らの主張に対する反論
原告らは、原子炉設置許可における安全審査の対象を基本設計ないし基本的設計方
針に限定することはできないのみならず、仮に限定し得るとしても、基本設計ない
し基本的設計方針の概念があいまいであり、審査対象を弁別する基準とはなり得な
い旨主張する。
しかしながら、原子炉設置許可に係る安全審査においては、原子炉施設自体の安全
性に直接関係のない事項はもちろん、原子炉施設自体の安全性に関係する事項であ
っても、例えば、その詳細設計や実際の運転管理に関する事項のごときは安全審査
の対象には含まれないのである。また、基本設計ないし基本的設計方針なる概念
は、工学的分野に携わる者にとっては決してあいまいな概念ではなく、現に原子炉
施設の設計においても、基本的事項を確定するための設計と当該設計を基礎とする
実際の工事施工に必要なより詳細な設計が行われている。したがって、実際の設計
等を行う場面において、基本設計ないし基本的設計方針とそれ以降の設計(詳細設
計)等とが混同されるとか、不明確になるようなことはあり得ないから、原告らの
右主張は失当である。
三 原告らの主張する違法事由のうち、審理、判断の対象外の事項
1 軍事転用に係る危険性に関する主張について
原告らは、本件処分は、本件原子炉から生じる使用済核燃料の再処理によって取り
出されるプルトニウムについての軍事転用の危険性を防止する十分な保障がなされ
ていないので、規制法二四条一項一号要件に違反する旨主張するが、同法同条項号
に係る要件は何ら原告らの法律上の利益に関係がないものであり、原告ら主張の右
要件に係る右違法事由は本件訴訟の審理、判断の対象とはならない事項であるの
で、右主張が失当であることは明らかである。また、使用済核燃科の再処理によっ
て取り出されるプルトニウムについては、別途同法の第五章によって厳しく規制し
ているので、平和の目的以外に利用されることはない。
2 「経理的基礎」に係る許可要件違背に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、原発災害時の生命、健康、財産の損失を補填する経理
的基礎がないにもかかわらず、経理的基礎を認めたことは規制法二四条一項三号要
件に違反する旨主張するが、同法同条項号のうち、経理的基礎に係る要件は、申請
者の総合的経理能力及び原子炉設置のための資金計画を審査するものであることか
ら、これは、原告らの法律上の利益に何ら関係のないものであり、したがって、原
告ら主張の右要件に係る右違法事由は、本件訴訟の審理、判断の対象とはならない
事項であるので、原告らの主張は失当である。また、万一、原子炉の運転により原
子力損害が生じた場合、被害者を対象とする損害賠償は、原子力損害の賠償に関す
る法律によって行われることになっており、右経理的基礎に係る要件と右賠償問題
とは関係がない。
3 温排水の熱的影響に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、温排水について審査しなかったのは違法である旨主張
するが、温排水自体は、火力発電所の発電設備など蒸気等を冷却するために水を使
用する設備からは常に排出されるものであって、その熱的影響等の問題は、原子炉
施設固有の問題ではないため、そもそも原子力の利用に係る固有の事項を規制の対
象としている規制法においては規制の対象とされないものであり、このことは原子
炉設置許可の申請書及び添付書類の記載事項を定めた規制法二三条二項、同法施行
令六条二項、原子炉規則一条の二の各規定に照らしても明らかなところである。し
たがって、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないので、原告ら
の右主張は失当である。
4 固体廃棄物の最終処分に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、本件原子炉の運転に伴って発生する固体廃棄物の最終
処分について審査しなかったのは、規制法二四条一項二号、四号要件に違反する旨
主張する。
しかしながら、同法同条項二号の要件は、何ら原告らの法律上の利益に関係がない
ものであり、したがって、原告ら主張の右要件に係る右違法事由は、本件訴訟にお
ける審理、判断の対象とはならない。また、固体廃棄物に係る安全性に関する事項
については、原子炉設置許可に際しての安全審査において、固体廃棄物の当該原子
炉施設の敷地内における廃棄設備の構造等が災害防止上支障がないものかどうか
等、原子炉施設自体の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関係のある事
項が、規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかどうかの観点から右審査の対
象となるに止まるものであって、固体廃棄物の最終処分に係る安全性の問題が右審
査の対象に含まれるものではないことは、規制法等による発電用原子炉の利用に関
する段階的安全規制の体系に照らして明らかなところである。したがって、右の点
は本件訴訟における審理、判断の対象とはならない。
ちなみに、申請者が原子炉施設の一部として、固体廃棄物の最終処分のための設備
を設置しようとするのであれば、当該施設に係る安全性の問題が安全審査の対象と
なることはあり得るが、本件原子炉の設置許可申請者たる東京電力は、固体廃棄物
を本件原子炉の敷地内に貯蔵、保管するための施設として固体廃棄物の廃棄設備を
設置しようとするに過ぎないから、本件安全審査においては、右貯蔵、保管のため
の設備としてその安全性を審査すれば足りる。また、付言するに、原子力関係法令
中における「廃棄」とは、必ずしも、原告らの主張するような最終的な処分を意味
するものではない。例えば、安全確保上適切な方法によって貯蔵、保管する等の措
置を講じて管理することもまた、右にいう「廃棄」に該当するのである。このこと
は、放射性廃棄物の廃棄に関する措置について規定する原子炉規則一四条が、固体
廃棄物の廃棄については、原則として、水の浸透しない腐食に耐える容器に封入し
て障害の防止の効果をもった廃棄施設に廃棄し、管理することを予定しており、海
洋処分は、現段階では、あくまでも例外的な措置として予定しているに過ぎないこ
とからも明らかである。したがって、同規則一条の二第二項九号が添付書類として
放射性廃棄物の廃棄に関する説明書を要求しているのも、右に述べた意味での「廃
棄」に係る事項についての審査資料とする趣旨に過ぎないものであって、固体廃棄
物の最終的な処分に係る安全性の問題が安全審査の対象であるとする根拠とするこ
ともできない。
5 使用済燃料の再処理、輸送及び最終処分に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、使用済燃料の再処理、輸送及び最終処分について審査
しなかったのは、規制法二四条一項二号、四号要件に違反する旨主張するが、同法
同条項二号の要件は、何ら原告らの法律上の利益に関係がないものであり、したが
って、原告ら主張の右要件に係る右違法事由は、本件訴訟における審理、判断の対
象とはならない。また、使用済燃料に係る安全性に関する事項については、原子炉
設置許可に際しての安全審査において、使用済燃料の当該原子炉施設の敷地内にお
ける貯蔵設備の構造等が災害防止上支障がないものかどうか等、原子炉施設自体の
安全性に直接関係のある事項が、規制法二四条一項四号の許可要件に適合するかど
うかの観点から右審査の対象となるに止まるものであって、使用済燃料の再処理及
び輸送に係る安全性等原子炉施設自体の安全性に直接関わりのない事項について
は、右安全審査において審査すべき事項とされておらず、別途、同法第五章及び第
六章において規制されることとなっていることは、規制法における原子力の利用に
関する安全規制の体系に照らして明らかなところである。したがって、右の点は本
件訴訟における審理、判断の対象とはならない。
付言するに、原子炉規則一条の二第一項五号において、規制法二三条二項八号の申
請書の記載事項として、使用済燃料の処分の相手方及びその方法又はその廃棄の方
法の記載を要求しているのは、規制法二四条一項一号の審査の観点から、使用済燃
料の処分あるいは廃棄の方法について使用済燃料の非平和的利用への転用が十分防
止されるものであるか否か、さらには同項二号の審査の観点から、使用済燃料の有
効利用を積極的に推進するという国の方針に沿ったものであるかどうかを判断する
という趣旨によるものであり、それ以上のものではない。また、右規定にいう「廃
棄」が、必ずしも最終的な処分を意味するものでないことは前記のとおりである。
6 廃炉に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、廃炉について審査しなかったのは、規制法二四条一項
二号、四号要件に違反する旨主張するが、同法同条項二号の要件は、何ら原告らの
法律上の利益に関係がないものであり、したがって、原告ら主張の右要件に係る右
違法事由は、本件訴訟における審理、判断の対象とはならない。また、廃炉に係る
安全性に関する事項は、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる事項とさ
れておらず、別途、規制法三八条、六五条、六六条等によって規制されることとさ
れていることは、同法等による発電用原子炉の利用に関する段階的安全規制の体系
に照らし、明らかなところである。したがって、原告ら主張の右違法事由のうち四
号の要件に係るものも本件訴訟における審理、判断の対象とはならない。
7 労働者被曝に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、原発従事者の被曝について審査しなかったのは違法で
ある旨主張するが、労働者被曝に関する問題は、本件原子炉施設の周辺住民である
と主張するに止まる原告ら自らの法律上の利益に関係のない事項であることは明ら
かであって、右の点は、何ら原告らの法律上の利益に関係のない違法の主張として
本件訴訟における審理、判断の対象とはならないので、原告らの右主張は失当であ
る。
8 防災計画に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、防災計画について審査しなかったのは違法である旨主
張するが、原子炉設置許可に際しての安全審査は、申請に係る原子炉施設自体の基
本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関係のある事項につき審査することで
あるから、防災対策に関係する事項が右安全審査の対象となる事項でないことはい
うまでもなく、右の点は本件訴訟における審理、判断の対象とはならないので、原
告らの右主張は失当である。ちなみに、防災対策については、災害対策基本法に基
づき所要の対策が講じられることとなっている。
第二 本件取消訴訟における司法審査のあり方
一 原子炉設置許可の法的性格
1 本件処分は、その許可要件を定めた規制法二四条一項の規定の文言や許可要件
の内容、性質に照らすと、その一号の「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそ
れがないこと」との要件及び二号の「その許可をすることによって原子力の開発及
び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」との要件並びに三号のう
ち経理的基礎に係る要件の判断には、原子力行政に関係する広範な政策的裁量が伴
うことは明らかであり、また、三号のうち技術的能力に係る要件及び四号の「原子
炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含む。以下同じ。)又は
原子炉による災害の防止上支障がないものであること」との要件の判断には、極め
て高度な科学的、専門技術的知見に基づく総合的な判断を要することも明らかであ
る。
2 (一)規制法二四条一項三号のうち技術的能力に係る要件の審査に当たって
は、主として原子炉施設による災害の防止を図るという観点から、原子炉を設置し
ようとする者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転を適確に遂
行するに足りる技術的能力を有するか否かを、申請に係る当該原子炉施設との関連
において、専門技術的見地から検討するものである。そして、同条二項は、内閣総
理大臣は右許可要件の適用についてあらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを
尊重しなければならない旨規定しているが、これは、このような審査の特質を考慮
し、右要件の適合性については、原子力委員会の専門技術的知見に基づく意見を尊
重して行う内閣総理大臣の合理的な判断に委ねられる趣旨であると解される。この
ような判断過程の構造からすれば、三号のうち技術的能力に係る要件適合性につい
ての行政庁の審査は極めて高度な科学的、専門技術的知見に基づく総合的な判断を
伴うものであることは明らかである。
(二) 規制法二四条一項四号は、当該申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設
備が核燃料物質等又は原子炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつ
いて審査することを定めたものである。原子炉設置許可の基準として、右のように
定められた趣旨は、当該施設における核燃料物質等又は原子炉による災害を防止す
るため、当該施設の位置、構造及び設備について、これらの有する潜在的な危険性
を顕在化させない対策が採られていることを、科学的、専門技術的な見地から十分
な審査を行った上で確認することにある。
そして、法は、右のように抽象的な許可基準を設定するに止めているが、その趣旨
は、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に関係する審査が、多方面にわた
る極めて高度な科学的、専門技術的知見に基づいてなされる必要があり、しかもそ
の科学技術が不断に進歩し、発展していることから、原子炉施設の安全性に関する
基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、最新の科学水
準への即応性の観点から見て適当でないとする趣旨によるものである。また、右の
原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設そのものの工学的安全性、平
常運転時における周辺住民及び周辺環境への放射線の影響、事故時における周辺環
境への影響等を、原子炉施設予定地の地形、地質、気象等の自然的条件、人口分布
等の社会的条件等の関連において多角的、総合的見地から検討するものであり、し
かも、右審査の対象には将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査
においては、原子力工学はもとより、多方面にわたる専門技術的知見に基づく総合
的判断が必要とされるのである。そして、同条二項が、内閣総理大臣は右許可要件
の適用についてあらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重しなければなら
ない旨規定しているが、これは、このような審査の特質を考慮し、右要件の適合性
については、原子力委員会の専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理
大臣の合理的な判断に委ねる趣旨であると解される。このような判断過程の構造か
らすれば、原子炉設置許可の審査において、どのような審査基準を策定し、これを
用いるか、また、どのような知見に基づき、どのような結論を導くか、という判断
及びそうして導く結論を含めて、具体的な審査基準の策定やその審査過程の両面に
おいて、行政庁の審査に極めて高度な科学的、専門技術的知見に基づく総合的な判
断を要することは明らかである。
二 原子炉設置許可処分の取消訴訟における主張・立証責任
本件は、原子炉設置許可についての取消訴訟であるところ、前記のとおり、原子炉
設置許可における規制法二四条一項三号のうち技術的能力に係る要件適合性及び四
号要件適合性についての判断には、多方面にわたる極めて高度な科学的、専門技術
的知見に基づく総合的判断が必要とされることからすれば、右各要件適合性を肯定
し、原子炉設置許可処分をした被告行政庁の判断の合理性についての主張・立証責
任は、右判断を不合理なものとして争う原告において負担すべきことは当然であ
る。
三 本件訴訟における審理のあり方
1 原子炉設置許可の許可基準のうち、本件取消訴訟の審理の対象である三号のう
ちの技術的能力に係る要件及び四号要件の審査には、右に述べたとおり、高度な科
学的、専門技術的知見に基づく総合的な判断を要することに鑑みれば、本件訴訟に
おける裁判所の審理、判断は、裁判所が右各要件の適合性について改めて独自の審
理を行い、その結果に基づく裁判所自らの判断を被告行政庁の判断の結果と対比し
て直接その適否を決するという方法(いわゆる司法判断代置方式)を採るべきでは
なく、原子力委員会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてなされた被告行政
庁の高度な科学的、専門技術的知見に基づく総合的な判断を前提とした上で、それ
に不合理な点があるか否かという観点から適否を決するという方法が採られるべき
である。したがって、三号のうち当該申請者の技術的能力に係る要件及び四号要件
への適合性についての調査審議に用いられた具体的な審査基準に不合理な点があ
り、あるいは当該原子炉施設が右の具体的な審査基準に適合するとしたその調査審
議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるため、これに依拠してなされた被
告行政庁の判断に瑕疵があると認められる場合に初めて、被告行政庁の右判断には
不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分を違法とすべき
ものなのである。
2 したがって、本件訴訟の審理においては、被告行政庁の高度な科学的、専門技
術的知見に基づく総合的な判断を前提とした上で、本件許可申請に対する原子力委
員会の調査審議に用いられた具体的な審査基準に不合理な点があるか否か、あるい
はその調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるか否か、このため、
本件処分に瑕疵があるか否かの点について審査するという方法で、本件処分におけ
る違法事由の有無の審理、判断がなされるべきである。
第三節 原子炉設置許可手続の構造
第一 原子炉設置許可手続の概要
一 内閣総理大臣は、規制法二三条に基づく原子炉設置許可申請を受けた場合に
は、右申請の適否につき検討するとともに、右申請の同法二四条一項各号所定の許
可要件への適合性について原子力委員会に意見を求める(同条二項)。
二 右意見を求められた原子力委員会は、委員長が当該原子炉に係る安全性に関す
る事項(同条一項三号の技術的能力に係る事項及び四号に係る事項)については、
同委員会に置かれた安全審査会にその調査審議を指示し(設置法一四条の二)、そ
れ以外の事項については、原子力委員会において直接調査審議する。
三 安全審査会は、原子力委員会委員長の右指示に基づき、当該原子炉施設がその
基本設計ないし基本的設計方針において十分その安全性が確保できるものであるか
どうかを専門技術的見地から調査審議する。
さらに、安全審査会は、適切かつ効率的な調査審議を行うために、安全審査会運営
規程八条(昭和五一年七月一三日改正、本件許可申請時は七条)に基づき、通常、
各原子炉設置許可申請ごとに部会を設置し、そこに審査方針・審査事項を指示して
詳細な調査審議を行わせる。
四 部会は、大別される専門分野に応じてグループ分けされ、グループ単位で、あ
るいは、全体で現地調査を含む調査審議を行い(その審議経過は、適宜、安全審査
会に報告され、安全審査会の審議に付される。)、その結果を部会報告書にまとめ
て、安全審査会に報告する。
五 安全審査会は、右報告を基に検討を行った上、安全審査報告書を決定して原子
力委員会委員長に報告する。
六 原子力委員会は、その報告を踏まえた上、規制法二四条一項各号所定の各要件
への適合性について判断し、内閣総理大臣に対し、その結果を答申する。
七 そして、右答申を受けた内閣総理大臣は、これを尊重し(同条二項)、同法七
一条一項に基づき通産大臣の同意を得た上で、当該申請に対する最終的な判断を下
す。
第二 原子炉設置許可に係る審査体制
一 原子力委員会
1 原子力委員会は、法律の規定上からは、独自の行政権限を有していないため、
国家行政組織法三条所定のいわゆる行政委員会としての性格を有するものではな
く、同法八条所定のいわゆる八条機関(その代表的なものはいわゆる諮問機関)と
称されるものの一つである。しかしながら、原子力委員会は、第一に、その所掌事
務が原子力に関する重要なあらゆる事項にまで及んでおり、しかも、それらの事項
に関して企画し、審議するだけでなく、決定する権限をも与えられていること(基
本法五条、設置法二条)、第二に、内閣総理大臣は、右決定について原子力委員会
から報告を受けなときは、これを尊重しなければならないとされていること(設置
法三条)、第三に、原子力利用に関する重要事項について、内閣総理大臣を通じて
関係行政機関の長に対する勧告権を有すること(同法四条)等から、実質的には、
行政委員会に近い性格を有している。
2 原子力委員会は、その職務を的確に遂行していくため、同委員会に、原子炉に
係る安全性に関する事項を調査審議するための安全審査会(設置法一四条の二)や
同委員会から指示された事項を調査審議する専門部会(設置法施行令四条、専門部
会運営規程一条)を必要の都度設け、内閣総理大臣の諮問に応じて個々の原子炉の
安全性に関する事項について調査審議したり、原子炉の安全性についての技術的基
準を制定するなどしている。
3 原子力委員会は、委員長及び委員六人をもって組織される(設置法六条一
項)。委員長は科学技術庁長官たる国務大臣をもって充てられ(同法七条一項)、
委員は両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命する(同法八条一項)。
4 原子力委員会は、委員長が招集し(設置法一一条一項)、会議を開き、議決を
するには委員長及び三人以上の委員の出席を必要とする(同条二項)。委員会の議
事は、出席者の過半数で決し、可否同数のときは、委員長の決するところによる
(同条三項)。会議には、毎週一回開かれる定例会議のほか、必要に応じて開かれ
る臨時会議がある(設置法施行令一条一項)。
二 原子炉安全専門審査会(安全審査会)
1 安全審査会は、原子炉に係る安全性に関係する事項を調査審議するために原子
力委員会に置かれるものであり、審査委員三〇人以内で組織される(設置法一四条
の三第一項)。審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちか
ら、内閣総理大臣が任命する(同条二項)。審査委員は、広い分野から専門技術的
知見を有する優秀な人材を必要に応じて集めることを可能にするため、非常勤とさ
れている(同条三項)。安全審査会の会長は、審査委員の互選によって定められる
(同法一四条の西第一項)。なお、安全審査会には、審査委員のほか、調査審議の
能率の向上を図るため、審査委員を補助して原子炉に係る安全性に関係する事項を
調査するための調査委員が置かれる(調査委員制度は、安全審査会運営規程九条
(昭和五一年七月一三日改正、本件許可申請時は八条)に基づき、昭和四四年六月
に設けられたもので、調査委員は会長が安全審査会に諮って指名する。)。
2 安全審査会は、会長が招集し(安全審査会運営規程二条)、議事を開くには審
査委員の二分の一以上の出席を必要とし(同規程三条一項)、決議を行う必要があ
るときは、出席した審査委員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、会長の決
するところによる(同条二項)。なお、原子力委員会委員長への調査審議結果の報
告について議決をする必要があるときは、出席した審査委員の四分の三以上の賛成
により、これを決する(同条三項)。
三 安全審査会部会
1 部会は、安全審査会の調査審議を適切かつ効率的に行うために、安全審査会運
営規程八条、九条(昭和五一年七月一三日改正、本件許可申請時は七条、八条)の
運用によって、通常、各原子炉設置許可申請ごとに安全審査会に置かれるものであ
り、安全審査会の審査委員及び調査委員の一部がその構成員となる。
2 部会における審査の方式については、安全審査会会長が安全審査会に諮って定
めるが、実際の部会の運営は、部会全体で一種の合議的検討を行う場合もあるし、
詳細かつ効率的な審査を行うために、大別される専門分野に応じてグループ分けを
した上で、そのグループ単位で会合が開かれることもある。
3 部会は、安全審査会から審査方針、審査事項等の指示を受けて、調査審議を行
い、その過程において適宜、審査状況を安全審査会に報告し、安全審査会の審議に
付する。そして、部会は、最終的な調査審議結果を部会報告にまとめて安全審査会
に報告する。したがって、部会は、独自の意思決定を行うものではないから、決議
機関としての性格を有しない。
第三 安全審査のための基準
一 規制法二四条一項四号は、原子炉設置許可の基準として、抽象的な許可要件を
設定するに止めているが、それは、原子炉施設の安全性に関係する審査が、多方面
にわたる極めて高度な科学的、専門技術的知見に基づいてなされる必要があり、し
かも、その科学技術が不断に進歩、発展していることから、原子炉施設の安全性に
関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、右審査
に弾力性を失わせ、科学技術の進歩、研究の成果を必要に応じて速やかに右審査に
取り入れていく上で障害となり易いため適当でないとする趣旨によるものである。
その一方で、その審査、判断の客観性、確実性及び予測可能性の確保等に資するた
めに、それが可能な事項については一定の審査基準を明確にしておくことが望まし
いということができる。
そこで、原子力委員会は、右に述べた二つの相反する要請、要因を考慮した上、本
件処分当時において、(1)立地審査指針、(2)ECCS安全評価指針、(3)
線量目標値指針、(4)線量目標値評価指針、(5)安全設計審査指針、(6)気
象指針等の安全審査の基準を設け、これを公表している。これらの指針の法律上の
性格は、原子力委員会の内規というべきものであるが、いずれも関係各方面におい
て高い権威があるものとして取り扱われている。
二 また、安全審査に当たっては、右の各審査基準のみならず、法令上の基準であ
る許容被曝線量を定める件のほか、ASME(米国機会学会)やASTM(米国材
料試験協会)の規格等外国の基準及び日本工業規格等の我が国における一般的な基
準をも参考とし、更に、明文化はされていないが、長い間の安全審査の積み重ねに
よって、先例ともいうべき幾つかの事実上の審査基準が安全審査会内部において定
立・集積されているほか、審査委員・調査委員の原子炉工学に対する学識経験等が
右審査に生かされるものであることはもとより当然である。
第四 原子力三原則とその原子炉設置許可手続における意義
一 基本法の目的及び性格
我が国における原子力の研究、開発及び利用は、基本法を始めとする原子力関係法
令に従って進められている。これらの法令は、いずれも原子力の平和利用を積極的
に推進するとともに、その安全性の確保等を図ることによって、人類社会の福祉と
国民生活の水準向上とに寄与することを究極の目的とする。
このうち、基本法は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによって、将来
におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もって人類
社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とし(同法一条)、原子
力の研究、開発及び利用は平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的にこれ
を行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする(同法二
条)ことをその基本方針とする。そして、同法は、原子力の研究、開発及び利用全
般にわたり、包括的な法規範として機能しているものの、それぞれの法的規制等の
具体的な内容は、ほとんどすべてを他の法律に委ねている。したがって、基本法
が、他の法律を通さずに、原子力の研究、開発及び利用に関して直接国民の権利義
務に影響を及ぼしたり、国民と国家との間の具体的な法律関係を形成することはな
いのである。
二 原子力三原則
基本法二条は、原子力の平和利用についての基本方針であるいわゆる原子力三原
則、すなわち原子力の研究、開発及び利用に関する「民主」、「自主」及び「公
開」の各原則を定めている。
1 右三原則のうち、民主の原則とは、主として原子力における平和利用を担保す
るため、我が国における原子力の研究、開発及び利用が民主的な運営の下に進めら
れなければならない旨を定めたものであり、このために設けられた機関が原子力委
員会である。すなわち、右委員会は、原子力の研究、開発及び利用に関する国の施
策を計画的に遂行し、原子力行政の民主的な運営を図るため、総理府に設置される
ものであり(同法四条、設置法一条)、右委員会は、科学技術庁長官たる国務大臣
をもって充てられる委員長及び両議院の同意を得て内閣総理大臣が任命する六名の
委員をもって構成されることから、究極において国民の意思が原子力行政に十分に
反映される仕組みとなっている。しかも、右委員会は、原子力の分野全般にわたっ
て広範かつ強力な権限を有しており、そのことによって、我が国における民主的な
原子力の研究、開発及び利用の推進に貢献することとされているのである。
2 また、自主の原則とは、我が国における原子力の研究、開発及び利用が、他国
からの干渉によってゆがめられたり、支配を受けることなく、自主的に進められな
ければならない旨を定めたものであり、我が国の独立が脅かされることがないよう
に留意しているものである。
3 更に、いわゆる公開の原則とは、原子力の研究、開発及び利用に関する成果を
公開する旨を定めたものであり、平和利用に限られるべき原子力の研究、開発及び
利用の推進が軍事利用に転用されるなど平和利用以外の方向に向けられることを抑
制しようとするものである。
このような原子力三原則は、右に述べた基本法の法的性格、原子力三原則の内容自
体等から明らかなとおり、原子力の研究、開発及び利用に関わりを持つすべての者
がそのよりどころとすべき基本的精神ないしは基本的方針を宣言したものであっ
て、個々の原子力の利用に係る許可手続を直接に規制するものでないことはいうま
でもない。
第四節 本件処分の手続的適法性
第一 手続的適法性の存在
本件処分は、規制法等における法定の手続に則り、次のとおり適法に行われた。
一 東京電力は、昭和五〇年三月二〇日、内閣総理大臣に対し、規制法二三条に基
づき、本件原子炉の設置許可申請をした(なお、東京電力は、同五二年七月一二
日、申請書及び添付書類の一部を補正した。)。
二 右申請を受けた内閣総理大臣は、同年四月一日、原子力委員会に対し、同法二
四条二項に基づき、右申請の同条一項各号の基準の適用について諮問した。
三 右諮問を受けた原子力委員会においては、原子力委員会委員長が、同年五月二
〇日、安全審査会に対し、設置法一四条の二第二項に基づき、右申請の原子炉に係
る安全性に関する事項(規制法二四条一項三号のうち技術的能力に係る事項及び四
号に係る事項)を調査審議するよう指示し、それ以外の事項については、原子力委
員会において直接審議した。
四 本件処分当時、安全審査会は、原子炉工学、核燃料工学、熱工学、放射線物理
学など原子炉に関する専門的分野はもちろんのこと、地震学や気象学等広範な分野
から選ばれた、それぞれの分野における専門家である審査委員三〇名及び調査委員
二八名により構成された。
なお、本件処分に係る審査を行った安全審査会は、昭和五〇年五月二三日から同五
二年八月一二日までの間、計二六回開催された。
五 安全審査会は、本件許可申請に係る所要の調査審議を適切かつ効率的に行うた
め、昭和五〇年五月二三日、第一二〇部会を設置した。
第一二〇部会は、一三名の審査委員と一五名の調査委員とをもって構成され、そし
て、これらの委員は、主として原子炉施設を担当するAグループ、主として周辺公
衆の被曝線量評価等環境面に係る事項を担当するBグループ及び主として地盤、地
震を担当するCグループの三グループに分かれて、それぞれの分野における問題を
各グループにおいて検討した。また、各グループの合同会合や部会全体での会合を
開いて、関連する問題の検討を行ったほか、一二回にわたって現地調査を行うとと
もに、適宜審査状況を安全審査会に報告し、安全審査会における審議に付した。
なお、第一二〇部会における各会合は、昭和五〇年六月一〇日から同五二年八月二
日までの間に、全体会合が七回、Aグループ会合が三九回、Bグループ会合が一一
回、Cグループ会合が二〇回、A・Bグループ会合が二回、それぞれ開催された。
六 第一二〇部会は、右のような調査審議を経て、昭和五二年八月二日、部会報告
書を取りまとめて、安全審査会に報告した。
七 安全審査会は、右の報告書を基に検討を行い、同年八月一二日、「本原子炉の
設置に係る安全性は、十分確保し得るものと認める。」との安全審査報告書を決定
し、原子力委員会委員長に対し報告した。
八 右委員会は、右報告を踏まえた上、本件許可申請が規制法二四条一項各号に規
定する許可基準に適合しているか否かについて検討し、同月二三日内閣総理大臣に
対し、同申請が右基準に適合している旨答申した。
九 内閣総理大臣は、右答申を尊重し、かつ、同法七一条一項に基づき通産大臣の
同意を得た上で、同年九月一日、東京電力に対し、同法二三条一項に基づき本件処
分をした。
第二 原告らの主張する本件処分の手続的違法についての反論
一 行訴法一〇条一項違反について
原子炉設置許可処分の根拠実定法規である規制法の関係規定を子細に検討しても、
原子炉施設の周辺住民に対し、原子炉設置許可手続への参加を保障する趣旨の規定
は何ら見出し得ないところであり、したがって、同法が原子炉施設の周辺住民個々
人の原子炉設置許可の際の安全審査手続それ自体に関する利益を個別的に保護して
いるものとは到底解し得ない。
したがって、原告ら主張の本件処分に係る安全審査手続に関する違法事由中、その
手続に関する違法が安全審査の実体的な適法性を直接左右すべき性質のものならと
もかく(このような違法事由は、安全審査の実体的違法に関する主張として扱えば
足りる。)、単に右安全審査手続それ自体の違法をいうに止まるものは、行訴法一
〇条一項にいう「自己の法律上の利益に関係のない違法」の主張として、本件訴訟
における審理、判断の対象とはならないものである。
二 原告らの主張に対する個別的反論
1 立法の不備に関する主張に対する反論
原告らは、原子力発電所のような危険な施設の設置を認める処分に際しては、刑事
処分の際の手続以上に厳格かつ適正な手続が要求されるところ、原子炉設置許可に
ついては、その判断の公正さを担保するような手続規定が設けられておらず、この
ような法の不備自体が、本件処分の違法性を裏付ける旨主張するが、十分な手続規
定が設けられていない法の不備自体が、本件処分の違法性を裏付けるとの原告らの
論旨は、必ずしも分明でないところであるが、いずれにしても、単に現行法制自体
を非難するに止まる右の主張が、本件処分の違法性の主張には到底なり得ないこと
は明らかである。のみならず、規制法及びその関係法規は慎重な具体的手続規定を
定めているところであって、右の手続規定は厳重な審査を確保し、判断の公正さを
担保し得るものであり、原告らの右主張は失当である。
2 原子力三原則(基本法二条)違反の主張について
原告らは、本件処分には、原子力三原則(基本法二条)に違反した手続的違法があ
るとして種々の主張をしているが、基本法は、原子力の研究、開発及び利用全般に
わたり、包括的な法規範として機能しているものの、それぞれの法的規制等の具体
的な内容は、ほとんどすべてを他の法律に委ねており、基本法が直接国民の権利義
務に影響を及ぼすことはないこと、また、原子力の研究、開発及び利用に関する民
主、自主及び公開の各原則を定めたいわゆる原子力三原則は、基本法の法的性格、
原子力三原則の内容自体等から明らかなとおり、原子力の研究、開発及び利用に関
わりを持つすべての者がそのよりどころとすべき基本的精神ないしは基本的方針を
宣言したものであって、個々の原子力の利用に係る許可手続を直接に規制するもの
でないことは、前記のとおりであり、原告らの右主張は、いずれも、何ら違法事由
となり得ないものであり、失当である。
3 聴聞手続欠如の主張について
原告らは、本件処分手続においては、審査の事前手続として、周辺住民の同意や民
意を十分に反映させることのできる公聴会ないし聴聞手続がなされておらず、ま
た、全資料の公開手続が設けられていないことは憲法三一条に違反すると主張す
る。
しかしながら、行政手続は、憲法三一条による保障が及ぶと解すべき場合であって
も、刑事手続とその性質において自ずから差異があり、また、行政目的に応じて多
種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方等に事前の告知、弁解、防御の機会
を与えるなどの一定の手続きを設けることを必要とするものではない。そして、原
子炉設置許可の申請が規制法二四条一項各号所定の基準に適合するかどうかの審査
は、原子力の開発及び利用の計画との適合性や原子炉施設の安全性に関する極めて
高度な専門技術的判断を伴うものであり、同条二項は、右許可をする場合に、各専
門分野の学識経験者を擁する原子力委員会の意見を聴き、これを尊重してしなけれ
ばならないと定めている。
このことに鑑みると、原告らの主張のように、周辺住民の同意、公聴会の開催、聴
聞手続及び安全審査に関する全資料の公開をしていないことが、憲法三一条の決意
に反するものということはできない。
したがって、原告らの右主張は失当である。
4 許可基準の抽象性の主張について
原告らは、規制法二四条において定められた許可基準は、極めて抽象的であり、実
質的な内容を、原子力委員会の単なる内規に過ぎない各種審査指針に委ねているこ
とは憲法三一条に違反すると主張する。
しかしながら、規制法二四条一項四号は、原子炉設置許可の基準として、抽象的な
許可要件を設定するに止めているが、それは、原子炉施設の安全性に関係する審査
が、多方面にわたる極めて高度な科学的、専門技術的知見に基づいてなされる必要
があり、しかも、その科学技術が不断に進歩、発展していることから、原子炉施設
の安全性に関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみなら
ず、右審査に弾力性を失わせ、科学技術の進歩、研究の成果を必要に応じて速やか
に右審査に取り入れていく上で障害となり易いため適当でないとする趣旨によるも
のである。しかも、設置許可に当たっては、申請に係る原子炉施設の位置、構造及
び設備の安全性に関する審査の適正を確保するため、各専門分野の学識経験者等を
擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を聴き、これを尊重す
るという、慎重な手続が定められているのであるから、右規定が不合理であるとか
不明確であるということはできない。そこで、審査指針に基づいて安全審査がなさ
れている場合には、そもそも安全審査が、その合理性が十分にある規制法二四条一
項四号の規定に基づいてなされているのであるから、特段の事情のない限り何らの
違法もないことになる。
したがって、原告らの右主張は失当である。
5 手続法不整備の主張について
原告らは、行政処分の判断の公正を担保するにふさわしい手続法が整備されていな
い場合にも、憲法三一条の規定に従って適正な手続により処分を行わなければなら
ず、それがなされていない本件処分は違憲無効である旨主張するが、原告らの指摘
する右憲法の規定は、直ちに行政手続に適用されるものではないのみならず、規制
法及びその関係法規には、慎重な具体的手続規定が定められており、そのような手
続規定に則って適法に行われた本件処分は、何ら憲法三一条の規定に違背するもの
ではない。
6 不公正な審査体制との主張について
原告らは、原子力委員会がほぼ完全に政府の支配下にあり、公正な審査体制にはな
い旨主張するが、原子力委員会については、原告ら自らが認めるところである委員
の身分保障(設置法一〇条二項)に加え、内閣総理大臣が原子力委員会の委員を任
命するに際しては、両院の同意が必要である(同法八条一項)など制度的に原子力
委員会の審査の公正さを担保する仕組みになっているとともに、現実にも慎重かつ
公正な審査がなされているのであり、かつ、内閣総理大臣が委員会の決定を尊重し
なければならない)同法三条、規制法二四条二項)ことからして、原告らの右主張
は失当である。
7 審査委員が非常勤であることについて
原告らは、非常勤の審査委員で構成されている安全審査会では、実質的な審査を行
い得ない旨主張するが、審査委員が非常勤とされているのは、できるだけ広い分野
にわたり高度な専門技術的知見を有する優秀な人材を審査委員に採用することを可
能とするためであり、審査委員が非常勤であることが、審査の不十分さを招くと
か、公正さを左右するなどということは全くなく、原告らの右主張は失当である。
8 資料の収集方法について
原告らは、安全審査に際しては審査機関が独自に資料を収集し、計算、実験等を行
わなければならない旨主張するが、原子炉の実際の局面における安全性の確保は、
直接原子炉を設置、運転する原子炉設置者が第一次的にその責を果たすべきであ
り、原子炉設置許可における安全審査は、あくまでも右のような原子炉設置者の第
一次的な責任を前提としつつ、原子炉設置者の申請する内容について審査するもの
であるから、安全審査会の審査が、申請者たる原子炉設置者の提出する資料に基づ
いて、当該原子炉の安全確保のための設計及び考え方についてこれらが適切である
か否かを審査し、判断する形のものになるのは、当然のことである。もちろん、審
査の過程において、必要な場合には、安全審査会が新たな資料を申請者に求めた
り、また、必要な資料を収集することもあるが、原告らの主張が、右安全審査に際
し、安全審査会自身が調査研究しなければならないとする趣旨であれば、原告らの
右主張は、行政規制の持つ意義を全く理解していないことによるものであって、失
当である。
9 審査基準について
原告らは、本件処分に際しての安全審査に用いた審査基準は、規制法に授権規定が
ないことから、同法二四条一項四号要件との間に法律的関連性がない旨、また、そ
の内容も恣意的、非科学的であって、次々に審査基準が新設、変遷しているのはそ
れを物語る旨主張する。
しかしながら、規制法二四条一項四号に係る原子炉施設の安全性の判断は、内閣総
理大臣の広範な専門技術的裁量に委ねられているところ、一方において、判断の客
観性の担保、その確実性及び予測可能性の確保、安全審査の便宜等のために、それ
が可能な事項については一定の審査基準を明確にしておくことが望ましいというこ
とができ、また、他方において、画一的な審査基準を数多く設けることは、安全審
査に弾力性を失わせ、科学・技術の進歩、研究の成果を必要に応じて速やかに安全
審査に取り入れていく上で障害となり易いことから、この二つのいわば相反する要
請、要因を考慮して、適宜審査基準を明文化し、これを安全審査に用いているので
あって、原告らの右主張は、そもそも規制法が具体的な審査基準の内容の確定につ
いて、行政庁の専門技術的裁量に委ねていることを正当に理解していないことに起
因するものであって、失当である。
ちなみに、審査基準の内容に関していえば、審査基準は、原子炉施設に関する技術
的事項の細部にわたって逐一具体的な指示を与えるものである必要はなく、安全審
査会の委員ら専門技術的知見を有する者が右の審査において、申請に係る原子炉施
設の位置、構造及び設備が当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に従っ
て原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設置されるものであるかどう
かを判断するための基本的な枠組みを提供する内容を具備していれば足りることは
明らかであり、本件処分当時、右の審査基準はこの要請を十分満たしていたもので
ある。
10 調査委員について
原告らは、本件安全審査は法律に根拠のない調査委員が関与して行われていた旨主
張するが、調査委員制度は、安全審査会が昭和四四年六月、設置法一六条、設置法
施行令四条、安全審査会運営規程八条に基づき、審査委員を補助して原子炉に係る
安全性に関する事項を調査することによって調査審議の能率の向上を図るために設
けられたものであり、法令上の根拠を有するものであるから、原告らの主張は失当
である。
11 代理人の関与について
原告らは、本件安全審査が法律に根拠のない代理人が関与して行われている旨主張
するが、審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちから、内閣
総理大臣が任命することとなっている(設置法一四条の三第二項)が、右委員のう
ち、関係行政機関の職員のうちから任命される審査委員については、その者の有す
る専門的学識・経験とともに、当該行政機関自体が有する高度の専門的知見を安全
審査に役立てるため、その者が属する関係行政機関を代表する者として選任する趣
旨であるから、学識経験のある者のうちから任命された審査委員の場合とは異なっ
て、適切な代理者である限り、代理出席を認めても何ら法の趣旨に反するものでは
ない。
そこで、安全審査会は、昭和三九年九月、設置法一六条、設置法施行令四条、安全
審査会運営規程八条に基づき、右関係行政機関の職員のうちから任命された審査委
員については代理出席を認めることとしたのであり、本件安全審査会に代理者を出
席させた審査委員は、いずれも関係行政機関の職員のうちから任命された者である
(なお、第一二〇部会の会合に代理者が出席した事実はない。)。
12 合同審査について
原告らは、本件安全審査手続においては原子力委員会や安全審査会と全く無関係な
通産省の原子力発電技術顧問会が合同で審査に加わり、公正であるべき本件処分に
重大な影響を与えている旨主張するが、原子力発電技術顧問会は、昭和四〇年一一
月の通産省省議決定により、電気事業法上の通産大臣の許認可等に関する原子力発
電に係る技術的事項について諮問するため、通産大臣の諮問機関として設置された
ものである。発電用原子炉を設置する場合、設置者は、原子炉設置許可を内閣総理
大臣に申請するとともに、電気事業法八条に基づき電気工作物変更許可を通産大臣
に申請する。通産大臣は、これに対する許可及び規制法七一条に基づく内閣総理大
臣への同意を与えるに際して、当該原子炉を含も電気工作物全体の安全性について
判断するものであるところ、その際、通産大臣は、その諮問機関である前記顧問会
に諮問し、諮問を受けた同顧問会はその安全性を審査する。この顧問会による審査
と安全審査会(又はその部会)における審査は両審査が密接な関連を有することか
ら、審査の効率化に資するため、合同で審査を行うのが慣例であった。しかし、安
全審査会の最終的判断は、安全審査会自体でするものであるから、安全審査会と右
顧問会とが合同で審査を行うことは、安全審査会の審査を効率的にするためのもの
であって、安全審査会の判断が右顧問会によって不当に影響を受けるということは
ないのであるから、原告らの右主張は何ら理由がない。
13 職員の出席について
また、原告らは、科学技術庁原子力局の局長や次長等の職員が安全審査会や部会に
出席していることが不当であるとも主張するが、科学技術庁原子力局長は、安全審
査会の審査委員であり(なお、本件安全審査の途中で、昭和五一年一月の科学技術
庁設置法改正により、同庁原子力局長が審査委員を退任し、同庁原子力安全局長が
審査委員となった。)、また、原子力委員会の庶務は、科学技術庁原子力局におい
て処理するものとされ(同法一五条)、更には安全審査会の議案に必要な資料は科
学技術庁原子力局において準備する(安全審査会運営規程四条二項)ものとされて
いる以上、同局の職員が原子力委員会、安全審査会及び同部会に出席することは、
当然のことであって、原告らの主張は全く理由がない。
14 定足数の充足について
原告らは、本件安全審査手続に際して、定足数を欠いた安全審査会が開催された旨
主張するが、原告らの指摘に係る安全審査会は、昭和五〇年一一月一九日に開催さ
れた第一四二回の安全審査会(出席者数一五名)、同五一年九月二〇日に開催され
た第一五一回の安全審査会(出席者数一五名)、同五二年四月一九日に開催された
第一五八回の安全審査会(出席者数一〇名)であると思われるところ、右いずれの
安全審査会についても定足数を満たしており、原告らの右主張は失当である。な
お、右第一五八回の安全審査会が開催された同年四月一九日当時は、一部の審査委
員について、その任期が終了し、かつ、再任される以前であったため、右時点にお
ける現員は一九名であって、定足数は一〇名であった。また、安全審査会の定足数
の充足については、審査委員の代理者を算入しても差し支えない。
15 出席状況について
原告らは、第一二〇部会における会合の多くが不当に少ない部会員の出席をもって
行われたと主張するが、ある特定の専門分野に係る事項について、ある特定の審査
委員、調査委員が分担して審査するという方式は、原子炉に係る安全性に関する事
項のような高度に専門技術的な事項を審査する場合には、その担当者が責任をもっ
て詳細かつ効率的な審査を行い得ることなどから、多人数による合議方式よりむし
ろ適切な場合が多い。このような特定の専門分野の議題に係る会合の場合には、当
該分野の担当委員が出席している以上、他の分野の委員が欠席していても、特に審
査に支障が生ずるわけではなく、また、最終的にはその審査内容は部会に報告さ
れ、部会の審議を経た上で部会報告書に盛り込まれるのであるから、審査が不十分
となることはないのである。
第五節 本件処分の実体的適法性(規制法二四条一項一号ないし三号について)
第一 規制法二四条一項一号要件適合性
規制法二四条一項一号に規定する「原子炉が平和の目的以外に利用されるおそれが
ないこと」との要件に適合しているかどうかについての審査は、我が国における原
子力の研究、開発及び利用を平和の目的に限って行うという我が国の原子力に関す
る基本政策に適合するか否かを判断するものである。ところで、本件原子炉は、一
般電気事業者である東京電力が商業用発電炉として設置する沸騰水型原子炉である
から平和目的以外に利用されるおそれはなく、また、原子炉の燃料として用いる核
燃料物質は低濃縮二酸化ウランであり、その予定使用量も適正であり、さらに、使
用済燃料の再処理によって取り出されるプルトニウムは、我が国内において規制法
等によって厳しく規制されることとなっているので、平和の目的以外に利用される
おそれはない。
したがって、本件許可申請は、一号の要件に適合するものである。
第二 規制法二四条一項二号要件適合性
規制法二四条一項二号に規定する「その許可をすることによって原子力の開発及び
利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこと」との要件に適合しているか
どうかについての審査は、我が国における原子力の開発及び利用を長期的視野に立
って計画的に遂行するとの我が国の原子力に関する基本政策に適合するか否かを判
断するものである。ところで、本件原子炉の設置は、我が国の原子力発電につき、
当面実用化されている軽水型原子炉を中心にして進めるとの我が国における原子力
開発・利用の基本的方向に則っており、かつ、我が国のエネルギー供給上十分な意
義を有するものであること、本件原子炉の運転に必要な低濃縮二酸化ウランについ
ては、我が国と米国との協定に基づき米国において濃縮されることとなっており、
これが確保される十分な見通しがあったこと、使用済燃料については、動力炉・核
燃料開発事業団の再処理施設又は海外において再処理されることとなっており、十
分な見通しがあったこと、本件原子炉の運転に伴って発生する放射性固体廃棄物に
ついては、本件原子炉の敷地内に貯蔵・保管することにしており、十分な見通しが
あったことなどから、本件原子炉の設置は、原子力開発利用長期計画に定められた
我が国における原子力開発・利用の方向に沿っており、原子力の開発及び利用の計
画的遂行に支障を及ぼすおそれはない。
したがって、本件許可申請は、二号の要件に適合するものである。
第三 規制法二四条一項三号要件適合性
一 規制法二四条一項三号のうち、経理的基礎に係る要件に適合しているかどうか
についての審査は、原子炉の設置には多額の資金を要することに鑑み、原子炉の設
置、運転等をするに足りる十分な資金的な裏付けがあるか否かを判断するものであ
る。ところで、本件許可申請を行った東京電力は、本件原子炉の設置に要する資金
を自己資金、社債、日本開発銀行を含も国内金融機関からの借入れ等により調達す
る計画であり、同社の資金調達能力及び原子炉設置のための資金計画から見て、同
社には原子炉を設置するために必要な経理的基礎があるものと認められる。
したがって、本件許可申請は、三号のうち経理的基礎に係る要件に適合するもので
ある。
二 同法二四条一項三号のうち、技術的能力に係る要件に適合しているかどうかに
ついての審査は、主として原子炉の建設、運転による災害の防止を図るという観点
から、本件許可申請者がそれに必要な組織、要員を確保することになっているか等
を中心に、人的、組織的な面から事業者としての適格性があるか否かを判断するも
のである。ところで、東京電力の擁する技術者の質及び数、技術者の養成計画等か
ら見て、同社には本件原子炉の建設に必要な技術的能力及び本件原子炉の運転を的
確に遂行するに足りる技術的能力があるものと認められる。
したがって、本件許可申請は、三号のうち技術的能力に係る要件に適合するもので
ある。
第六節 規制法二四条一項四号要件適合性について
第一 原子力発電の有する潜在的危険性とその安全性の確保
一 原子力発電の有する潜在的危険性
軽水型原子炉を利用した原子力発電の有する潜在的危険性としては、核燃料の核分
裂反応により発生する核分裂生成物等の放射性物質によるもの、高温、高圧の水や
蒸気を使用することによるもの等があり、右潜在的危険性のうち、放射性物質によ
る危険性以外のものについては、火力発電におけるそれと何ら異なるところはな
く、原子力発電の有する潜在的危険性について特に論じる必要があるとすれば、そ
れは放射性物質によるものであって、原子力発電における安全性の確保の問題は、
結局は、右の放射性物質の有する危険性をいかに顕在化させないか、という点にあ
るといえる。
かかる放射性物質による人体への危険性については、原子力の平和利用の一環であ
る原子力発電においては十分に認識されており、その開発、利用は、当初からこの
危険性を十分に念頭に置き、これを克服するための技術開発を軸として、かつ、そ
れによって安全が確保される範囲内において、段階的かつ着実に進められてきた。
二 放射線と人間生活
1 自然放射線と人間生活
自然界には、あらゆるところに常に放射線が存在し、人類は、その誕生のときから
現在に至るまで絶えず自然放射線を被曝し続けながら生活してきたのであって、決
して原子力発電等が開発されて初めて放射線を被曝するようになったのではない。
すなわち、自然界には、宇宙線、地殻を構成している花崗岩、石灰岩、粘土に含ま
れる放射性物質及び人間が摂取する飲食物に含まれる放射性物質等様々な起源に由
来する放射線が存在し、人類はこれら自然界からの放射線を絶えず被曝し続けてい
る。
2 放射線被曝による障害の種類
人間の放射線被曝による障害としては、放射線を被曝した個人に現れる身体的障害
と、その個人の子孫に現れる遺伝的障害とに分けられ、身体的障害は、更に、被曝
後余り長くない時期、すなわち通常二、三週間以内に現れる急性障害と、かなり長
い潜伏期間を経て現れる晩発性障害とに分けられる。急性障害は、短期間に高線量
の放射線を被曝した場合に生じるとされている。晩発性障害は、短期間に高線量の
放射線を被曝したときだけではなく、比較的低線量の放射線を長期間被曝すること
によっても発生することもあり得るのではないかと考えられており、その症状とし
ては、白血病その他の癌、白内障等があるが、白血病その他の癌については、現在
のところ、どの程度の放射線をどれだけ長期間被曝した場合に発生するのかは必ず
しも明らかにされていない。このため、低線量の放射線被曝と人間の発癌との関係
については、高線量域において得られている人間の発癌データから推定評価されて
いる。放射線の被曝線量とそれによって生じる遺伝的障害との関係については、人
間以外の幾つかの動物の場合に、中線量域ではほぼ直線関係が成立することが認め
られているが、低線量域における遺伝的障害は、晩発性障害のうちの発癌の場合と
同様に、たとえそれが生じ得るとしてもその頻度が極めて小さいため、放射線を被
曝した場合と被曝しない場合とを比較して見ても、その発生率に意味のある差は認
められないのであり、低線量放射線被曝と遺伝的障害の発生との関係については必
ずしも明らかではない。したがって、現在のところ、比較的高線量の放射線を照射
した動物実験データを参考として、人間の遺伝的障害について推論が行われている
程度である。
3 低線量の放射線被曝の影響
右に述べたように、低線量放射線被曝と晩発性障害及び遺伝的障害の発生との定量
的な関係については詳しい知見は得られていない。右のような現状において、低線
量放射線被曝の人体に及ぼす影響を理解するに際して参考となるのが自然放射線被
曝における地域差である。すなわち、自然放射線による一人当たりの被曝線量につ
いては、我が国の場合においても、例えば九州と関東との間には年間〇・〇二ない
し〇・〇六レム程度の差異が認められるにもかかわらず、九州において関東に比較
してより多くの人が晩発性障害や遺伝的障害を受けているという証拠は全く得られ
ていない。また、諸外国における自然放射線による一人当たりの被曝線量が大きく
異なる地域を相互に比較して見ても、晩発性障害や遺伝的障害の発生率に意味のあ
る差があるという結果は全く認められていない。したがって、自然放射線被曝にお
ける地域差よりも小さい低線量放射線被曝による影響は、仮にあるとしても、それ
は無視できる程度のものであるということができる。
三 公衆の許容被曝線量
1 ICRPは、放射線防護の分野における権威者をもって構成されており、放射
線防護に関する基本的な考え方、あるいは基準等を勧告として発表している。IC
RPは、右の勧告のうち公衆に対する被曝線量限度を勧告するに当たっては、以下
のように慎重な考慮を払うとともに、その時々の最新の科学的知見に照らして、客
観的・中立的な立場から身体的障害の発生する確率が無視し得るほど小さい線量
を、社会的に容認できる被曝線量限度として勧告している。すなわち、
(一) まず、放射線被曝による障害については、しきい線量(これ以下の被曝線
量では障害が生じ得ないという線量)が存在するかもしれないが、いかに低い被曝
線量でも障害が生じるかもしれない、換言すれば、低線量放射線被曝と障害発生と
の間には直線関係が成り立つかもしれないという慎重な仮定に基づいていること、
(二) 長年にわたるエックス線やラジウムその他の放射性物質の使用経験や、人
間その他の生物の放射線障害に関する知見に基づいて検討していること、
(三) 公衆という概念の中には、放射線感受性の高い子供(胎児を含も。)が含
まれていること、
(四) 公衆は、被曝するか否かについての選択の自由がないことや、放射線下の
作業を行う従業者とは異なり、必要な放射線管理を受けていないこと、
等についても考慮している。
2 我が国は、ICRPの公衆に対する被曝線量限度に関する勧告を尊重し、公衆
の許容被曝線量を定めているが、本件処分時においては、ICRPの公衆に対する
被曝線量限度に関する勧告(昭和三三年)を尊重し、総理府に設置された放射線審
議会の答申を受けて、一年間につき〇・五レムとしていたものである。
3 また、ICRPは、公衆に対する被曝線量限度を勧告するに当たっては、放射
線被曝についてこの線量を超えさえしなければよいというのではなく、被曝線量を
できるだけ少なくするといういわゆるALAPの考え方をも併せて勧告している。
そこで、我が国においても、このALAPの考え方に立って、平常運転に伴う公衆
の被曝線量を、右の許容被曝線量よりも更に一層低く抑えるための努力が払われて
きたが、その努力目標値を明らかにすることが望ましいとの観点から、昭和五〇年
五月、線量目標値指針が定められ、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線
量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値につい
ては年間〇・〇〇五レム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価値につい
ては年間〇・〇一五レムとの努力目標値が明示され、本件安全審査においては右数
値が使用されている。
4 なお、ICRPは、昭和五二年、公衆に対する線量当量限度を年間〇・五レム
(五ミリシーベルト)、生涯を通して年平均〇・一レム(一ミリシーベルト)とす
る旨勧告した。さらに、ICRPは、昭和六〇年パリ会議において、右勧告で定め
られた生涯を通しての年平均線量当量〇・一レムをより確実に実行するためとし
て、公衆に対する線量当量限度を年間〇・一レムとし、生涯にわたる平均の年間線
量がこれを超えない限り、数年にわたり年間〇・五レムとする声明を出した。これ
は、従来からの基本的な考え方を変えるものではなく、大きな混乱や不当な負担を
伴うことなく実行できるのであれば、一層安全を指向するという放射線防護の基本
姿勢を示したものである。そこで、我が国においても右パリ会議の声明を採り入れ
た法令改正(平成元年三月二七日通商産業省告示第一三一号炉)により、公衆の線
量当量限度を実効線量当量として、一年間につき〇・五レムを〇・一レムに変更し
た。
四 放射線とその影響についての原告らの主張に対する反論
1 しきい値に関する主張について
原告らは、放射線被曝による人体の障害については、今日、これ以下の線量では障
害が起こらないという「しきい値」の存在は、完全に否定されている旨主張する。
しかしながら、放射線被曝による人体への影響については、原告ら主張に係る調
査、研究を含め多数の調査、研究がされてきているところであるが、低線量被曝に
よる人体への影響については、たとえ障害が発生する場合があり得るとしても、そ
の発生する頻度が極めて少なく、信頼するに足りろ十分なデータの収集が極めて困
難であることから、現在においてもなお、しきい値があるか否かについては、いず
れとも断定することはできない。そして、放射線防護上は、しきい値が存在しない
ものとして扱っているが、これは安全を重視する立場からあえてしきい値が存在し
ないとしたに過ぎず、現実にしきい値が無いことが確認されたことによるものでは
ない。
したがって、原告らの右主張は失当である。
2 自然放射線と人工放射線の差異について
自然放射線と人工放射性核種との間では、人体内や生物体内における蓄積や濃縮等
の点において差異があるので、この差異を考慮することなしに人工放射線による人
体への影響と自然放射線によるそれとを比較することはできない旨主張するが、人
体組織や生物体組織が放射性物質から受ける影響は、当該放射性核種から放出され
る放射線の種類(アルファ線、ベータ線、ガンマ線等)、エネルギー及び放射線量
により決まるものであるところ、本件安全審査においては、原子炉施設から放出さ
れる放射性物質について、人体内や生物体内での蓄積、濃縮等、その放射性物質の
特性を考慮した上で、公衆の被曝線量を評価している。したがって、その結果と自
然放射線による被曝線量とを比較することには何ら問題はなく、原告らの右主張は
失当である。
3 ICRP勧告に関する主張について
(一) 原告らは、ICRPの勧告について、ALAPの考え方の表現に変化が見
られることをもって、ICRPは、純粋に生物学的、医学的知見に基づいて勧告を
出す基本的立場を放棄し、原子力産業の要請に合わせる方向をたどり始めたことを
示すものである旨主張する。
しかしながら、ICRPが政治や行政に左右されることなく、あくまでも、客観
的・中立的立場から放射線防護に関する勧告を行っている機関であることは、公知
の事実であり、ましてや原子力産業の要請に合わせることなどはおよそ考えられな
いから、原告らの右主張は失当である。
また、いわゆるALAPの考え方の表現に若干の変化が見られるのは、勧告の表現
をより具体的に分かり易くするためであって、勧告の趣旨とするところは、本質的
に何ら変化していない。
(二) 原告らは、米国環境保護庁が、昭和五二年一月、公衆の全身被曝線量を年
間〇・〇二五レムにする等の新基準値を設定していることをもって、我が国におけ
る公衆の許容被曝線量年間〇・五レムが過大であることの証左である旨主張する
が、そもそも、米国環境保護庁が設定した右基準値は、正にALAPの考え方を適
用したというべきであって、決してICRPの公衆の線量限度についての勧告値で
ある年間〇・五レムを安全でないとしたものではないから、原告らの右主張は失当
である。
ちなみに、米国における、我が国の公衆の許容被曝線量に相当するところの原子力
発電所の運転による公衆の被曝線量に関する規制は、米国原子力規制委員会の米国
連邦規則に定められているが、右基準によれば、我が国と同様、ICRP勧告に準
拠して、〇・五レムとしている。
4 ゴフマン、タンプリン説及びBEIR報告に関する主張について
原告らは、ゴフマン、タンプリンが行った、米国の全国民が年間平均〇・一七レム
の放射線を被曝すると仮定した場合における癌死者数の推定値及び米国の電離放射
線の生物効果に関する諮問委員会の報告(いわゆるBEIR報告一における右と同
様の仮定をおいた場合における癌死者数等の推定値をもって、我が国における公衆
の許容被曝線量である年間〇・五レムが危険である旨主張するが、右のゴフマン、
タンプリンが行った研究については、米国原子力委員会により、右研究がその前提
とする米国の全国民が年間〇・一七レムもの放射線被曝を受けるというような事態
はあり得す、全く非現実的な仮定に立つばかりでなく、被曝による影響をも過大に
評価しているとして批判されている。また、BEIR報告についても、米国放射線
防護測定審議会(NCRP)により、同報告のリスクの推定値は過大であると批判
されている。そもそも、右BEIR報告の目的とするところは、実際に生じるかも
しれない障害等を評価することにあるのではなく、放射線防護のための規制の根拠
を得ること、ないしは原子力開発利用によるリスクと他の社会的リスクとの相対的
比較の資料を得ることにあり、このため、同報告は、必ずしも正確ではないことを
自ら認めながらも、低線量の放射線の人体に対する影響を、高線量の放射線によっ
て得られた動物実験の結果や疫学的データを用いて評価したものなのである。そこ
で、右のようなこれらのリスク評価の目的や、その前提となる種々の条件、仮定等
によれば、右の推定値をもって、公衆の許容被曝線量の危険性の根拠とすることは
できないから、原告らの右主張は失当である。
5 原爆による被曝線量の再評価に関する主張について
原告らは、昭和四〇年に広島、長崎の原爆による被曝線量を推定した値、いわゆる
一九六五年暫定線量(T65D)を再評価したところによれば、右T65Dを根拠
とするICRP勧告値汲びICRP勧告に基づく我が国の許容被曝線量である年間
につき〇・五レムは一般公衆にとって極めて危険であるから、早急に改定する必要
がある旨主張する。
しかしながら、本件安全審査における公衆の許容被曝線量年間〇・五レムは、IC
RP勧告を尊重し、放射線審議会の答申を受けて定められた値であり、放射線防護
の観点から十分妥当なものである。
なお、我が国における公衆の許容被曝線量は、既に年間〇・一レムに変更されてい
るが、この変更の経緯は、前記のとおりであり、従来の考え方を変えるものではな
く、より安全性を指向するという放射線防護の基本姿勢を示したものである。いず
れにしても、本件安全審査における平常運転時の公衆の被曝線量評価値は、ALA
Pの考え方に基づいて定められた線量目標値指針の努力目標を十分に下回っている
のであるから、右の許容被曝線量の変更が行われたことによっても、本件安全審査
の合理性は何ら左右されるものではない。さらに、我が国の許容被曝線量は、既に
年間〇・一レムに変更されているのであるから、原告らの右主張はその前提を欠き
失当である。
6 ハンフォード工場における労働者被曝の研究に関する主張について
原告らは、マンクーゾ、スチュアート及びニールらが行ったハンフォード工場にお
ける労働者被曝に関する研究結果によれば、低線量被曝による癌による死亡率は、
ICRPの見積りより一〇倍も高い旨主張するが、右マンクーゾらの研究のうち、
昭和五三年の論文及びそれ以前に出された同旨の論文に対しては、BEIR委員会
により、(1)低線量被曝による癌による死亡率を求めるには、この工場従業員数
及び特に元従業員で既に死亡した人々の数が少なく、統計学上、信頼性が低い、
(2)日本の原爆被曝生存者に見られた放射線によって最も発生し易い(潜伏期間
が短く、発生率の高い)白血病やリンパ腫、胃癌等がこの工場従業員死亡者の中に
はほとんど見当たらない、(3)膵臓癌、多発性骨髄腫が従業員に高率に発生した
原因として、放射線を考えるよりも、この工場がかって化学物質を取り扱っていた
前歴があることから、他の癌原物質に曝露されていた可能性が高いといった問題点
のあることが指摘されている。そこで、右のような欠陥のある研究結果を根拠とし
て、低線量被曝に起因する癌による死亡率の算定の根拠とすることはできないか
ら、原告らの右主張は失当である。
第二 本件原子炉施設が基本設計ないし基本的設計方針において災害の防止上支障
がないものであることについて
一 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性
1 原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性についての審査
(一) 原子力発電における安全性の確保は、放射性物質の有する危険性をいかに
顕在化させないか、という点にある。そして、このためには、事故防止に係る安全
確保対策が必要であるとともに、さらに、原子炉施設の平常運転時における被曝低
減に係る安全確保対策、すなわち、原子炉施設の平常運転に伴って、不可避的に環
境に放出される微量の放射性物質についても、これによる公衆の被曝線量を許容被
曝線量等を定める件に規定する許容被曝線量以下に制限することが必要であるのみ
ならず、ALAPの考え方に基づいて、これを可及的に許容被曝線量より低減させ
るための対策が望ましい。
(二) 原子炉設置許可に際しての安全審査について、申請に係る原子炉施設が、
その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減対策を
確保し得るものであるかどうかを判断するに当たっては、当該原子炉施設につき、
以下のような事項について確認する必要がある。
(1) 第一に、当該原子炉施設が、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出さ
れる放射性物質の量を抑制できる対策が採られることとされているかどうかを、主
に次の二点において確認する。
(1) 放射性物質が冷却水中に現れることを抑制できるかどうか。
(2) 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質を、その形態に応
じて適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられているかどうか。
(2) 第二に、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の
量、環境中における線量率等を、それぞれ的確に監視することのできる放射線管理
設備が設けられているかどうかを確認する。
(3) 第三に、平常運転時における被曝低減対策の総合的な妥当性を評価する観
点から、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質からの放射線
による公衆の被曝線量が適切に評価され、かつ、その評価値は許容被曝線量である
年間〇・五レムを下回ることはもちろんのこと、線量目標値指針が定める線量目標
値、すなわち、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中
の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値については年間〇・〇〇五
レム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価値については年間〇・〇一五
レムをそれぞれ下回ることとなっているかどうかを確認する。
(三) ところで、線量目標値指針において、右(二)(3)のとおりの評価基準
が設けられた理由は、以下のとおりである。
(1) 原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質には、希ガ
ス、ヨウ素、鉄、マンガン、コバルト、トリチウム等がある。これらによる公衆の
被曝経路としては、(1)気体として放出された放射性物質が空気中に拡散してい
る間にこれから放出される放射線による外部被曝、(2)気体として放出された
後、地表に沈着した放射性物質から放出される放射線による外部被曝、(3)気体
として放出された放射性物質を吸入したり、これらが付着した農作物等を摂取する
ことによる内部被曝、(4)液体として放出された放射性物質から放出される放射
線によって遊泳中や漁業活動中に受ける外部被曝、(5)液体として放出された放
射性物質を取り込んだ海産物を摂取することによる内部被曝が考えられる。
(2) ところで、これまでの軽水型原子炉の運転経験、放射線等に関する調査、
研究によれば、軽水型原子炉の平常運転に伴って放出される放射性物質の中では量
的には希ガスが最も多いことが知られている。希ガスは、透過力の強いガンマ線を
放出するなめ、これに被曝すると、全身被曝の可能性が生ずることもある。また、
ヨウ素は、海藻等に濃縮したり、葉菜類に付着する等の性質があるとともに、人体
内部に取り込まれた場合には甲状腺に集まる特性があることが知られている。さら
に、鉄、マンガン、コバルト等は、気体廃棄物中にはほとんど含まれていないが、
液体廃棄物中に占める割合が高く、また海産物中で濃縮する性質を有するため、そ
れらを取り込んだ海産物を摂取した場合には、人体に比較的大きな被曝を与える可
能性があることが知られている。また、人体が被曝することによって受ける影響に
ついては、各臓器が個別的に被曝する場合よりも全身にわたって被曝する場合の方
が大きいこと等が判明している。
右のような事実を総合的に考慮すると、右(1)、(1)の被曝経路における希ガ
スから放出されるガンマ線による外部全身被曝が最も主要なものである。次に、同
(3)の被曝経路におけるヨウ素に起因する内部甲状腺被曝及び同(5)の被曝経
路における放射性物質による内部全身被曝が主要なものであり、他の被曝経路によ
るものは無視し得る程度のものであることが判明している。そこで、右のような主
要な被曝経路について、公衆の被曝線量を定量的に評価し、その値が十分低いもの
であれば、公衆の被曝線量は、右以外の経路の被曝の寄与分を考慮しても、なお低
く抑えられると判断できるのである。
2 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設は、その基本設計ないし
基本的設計方針において平常運転時における被曝低減対策に係る安全性を確保し得
るもの、すなわち、平常運転時における被曝低減対策との関連において、原子炉等
による災害の防止上支障がないものと判断された。
(一) 環境への放射性物質放出の抑制
本件安全審査においては、本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針
について、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の量を抑制
できるものと判断された。
(1) 放射性物質の冷却水中への出現の抑制
原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量を低減するためには、冷却水中に現れ
る放射性物質をできる限り少なくすることが望ましい。
原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質としては、
(1)燃料の核分裂反応によって燃料被覆管内に生成される核分裂生成物等と、
(2)冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によって生成された腐食生成物等
が中性子により放射化されることによって生じる放射化生成物の二種類がある。そ
して、前者については、それを燃料被覆管内に閉じ込めることにより、後者につい
ては、冷却水について適切な水質管理を行うこと等によってその出現を極力防止し
得ることによりこれらの放射性物質の冷却水中への出現を抑制している。
本件安全審査においては、まず、(1)核分裂生成物等については、本件原子炉施
設において使用される燃料被覆管の健全性が支持されるような設計となっているこ
と、(2)放射化生成物については、冷却水の水質を腐食の生じ難い清浄な状態に
保っために原子炉冷却材浄化系濾過脱塩装置、復水濾過・脱塩装置等の水質管理を
行う設備が設けられること等が確認された結果、本件原子炉施設は、放射性物質が
冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断された。
(2) 冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質の処理
原子力発電所においては、右に述べたような対策にもかかわらず、(1)多数の燃
料棒のうちのごく一部のものの燃料被覆管にピンホール等が生じる可能性を完全に
は除去することはできず、このピンホール等から核分裂生成物等が冷却水中に漏洩
することがあり、また、(2)冷却水が接する機器や配管の内面等のすべてにわた
って腐食を完全に防止することは困難であり、したがって、極めて微量ではあるが
放射化生成物の発生は不可避であること等の理由から、冷却水中に微量とはいえ放
射性物質が現れることは避けられない。
右のようにして冷却水中に現れた放射性物質の大部分は、原子炉冷却系統設備内に
閉じ込められるが、右の放射性物質の一部は、冷却水の清浄度を保っために行う浄
化処理の過程において原子炉冷却系統設備外に取り出され、また、復水器から抽出
される空気あるいはポンプ、バルブ等から漏洩してくる水と共に原子炉冷却系統設
備外に漏洩する。したがって、これら原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質に
ついては、放射性廃棄物廃棄設備により適切な処理を行い、環境への放射性物質の
放出をできる限り低く抑えなければならないのである。
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、以下のとおり、原子炉冷却系統設
備外に現れる放射性物質について、気体、液体、固体の各形態に応じて適切に処理
し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられていることが確認された。
ア 気体状の放射性物質
本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質としては、(1)平常運
転時に、復水器内の真空を保っため復水器空気抽出器により復水器内から連続的に
抽出される空気中に含まれる放射性物質、(2)タービンの停止後比較的短時間の
うちにこれを再起動させる場合に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポ
ンプの運転により復水器内から間欠的に放出される空気中に含まれる放射性物質
(但し、右間欠放出の回数は少なく、かつ一回当たりの放射性物質の放出量も少な
い。)、(3)ポンプ、バルブ等から漏洩する冷却水の蒸気等により原子炉建家内
等の空気に含まれる放射性物質の三種類があり、これらの気体状の放射性物質に
は、クリプトン、キセノン等の希ガス、空気中に浮遊する粒子状の放射性物質等が
ある。
本件安全審査においては、右(1)については、希ガスを長期間保留してその放射
能を十分に減衰させる活性炭式希ガスホールドアップ装置、粒子状の放射性物質を
捕捉するフィルタ(濾過器)、及び拡散、希釈するための排気筒が設けられるこ
と、右(2)については、これを拡散、希釈するための排気筒が設けられること、
右(3)については、粒子状の放射性物質を捕捉するフィルタ、及び拡散、希釈す
るための排気筒が設けられること等がそれぞれ確認された結果、これを適切に処理
し得る設備が設けられているものと判断された。
イ 液体状の放射性物質
本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、(1)ポン
プ、バルブ等からの漏洩水等のうち、比較的放射能濃度が高く、不純物が少ない機
器ドレン廃液及び比較的放射能濃度が低く不純物が多い床ドレン廃液、(2)復水
脱塩装置や放射性廃棄物廃棄設備で使用された樹脂を再生する際に発生する再生廃
液等の比較的放射能濃度が高く、不純物が多い化学廃液、(3)発電所の従業者が
使用した衣類等の洗濯により発生する廃液で、放射能濃度が極めて低い洗濯廃液の
三種類がある。
本件安全審査においては、右(1)のうち機器ドレン廃液については、放射化生成
物を含む固形分を取り除くためのクラッド除去装置及び濾過装置が、またイオン状
の不純物を取り除くための脱塩装置等がそれぞれ設けられること(その処理水は原
子炉の冷却水等として再使用される。)、右(1)のうち床ドレン廃液及び右
(2)の化学廃液については、蒸留して不純物を分離するための蒸発濃縮装置、蒸
留水中のイオン状の不純物を取り除くための脱塩装置等が設けられること(その処
理水は原子炉の冷却水等として再使用され、蒸留した際に残る濃縮廃液は、固体状
の放射性物質として処理される。)、右(3)の洗濯廃液については、固形分を除
くための濾過装置等が設けられ、処理水は復水器冷却用の海水に混合、希釈し、環
境へ放出されること等がそれぞれ確認された結果、本件原子炉施設において発生す
る液体状の放射性物質については、これらをその性状に応じて適切に処理し得る設
備が設けられるものと判断された。
ウ 固体状の放射性物質
本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、(1)右イの
冷却水の浄化処理等のために使用される脱塩装置等から発生する使用済樹脂、
(2)右イの床ドレン廃液及び化学廃液の蒸発濃縮処理の結果として残る濃縮廃
液、(3)機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付着した
布切れや紙くず、気体状の放射性物質を捕捉するために使用されたフィルタ等の雑
固体廃棄物の三種類がある。
本件安全審査においては、右(1)のうち比較的放射能濃度が低いものについて
は、固化材と混合してドラム缶詰めする装置が設けられること、比較的放射能濃度
が高いものについては、貯蔵するためのタンクが設けられること、右(2)につい
ては、放射能を減衰させるための貯蔵タンク及び固化材と混合してドラム缶詰めす
る装置が設けられること、右(3)については、圧縮減容する装置及びドラム缶詰
めする装置が設けられること、更に、右の各ドラム缶は、固体廃棄物貯蔵庫に適切
に貯蔵、保管し得ること等が確認された結果、本件原子炉施設において発生する固
体状の放射性物質については、適切に処理し得る設備が設けられるものと判断され
た。
(二) 放射性物質の放出量等の監視
原子炉施設の平常運転に伴って放射性物質を環境に放出するに当たっては、放射性
廃棄物廃棄設備が正常に機能していること等を確認するために、その放出量及び放
出後における線量率等を的確に監視することのできる設備を設けることが必要であ
る。
本件安全審査においては、本件安全審査について、まず、(1)気体廃棄物に関し
ては、活性炭式希ガスホールドアップ装置の前後にそれぞれ放射線量を連続的に監
視する放射線モニターが設けられること、排気筒から環境への放出量を連続的に監
視するために排気筒に放射線モニターが設けられること等が、(2)液体廃棄物に
関しては、環境に放出する前に放射性物質の濃度が十分に低いことを確認するた
め、一旦サンプルタンクに貯留し、放射性物質の濃度をサンプリングして測定する
設備が設けられること、復水器の冷却水放水路につながる排水環境に放出量を連続
的に監視する放射線モニターが設けられること等がそれぞれ確認され、また、環境
中の線量率等の監視については、本件原子炉施設の周辺にモニタリングポスト等の
線量率等を測定する設備が設けられること等が確認された結果、本件原子炉施設に
は、その平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における
線量率等をそれぞれ的確に監視することのできる放射線管理設備が設けられるもの
と判断された。
(三) 公衆の被曝線量の評価
本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、原子炉施設の平
常運転に伴って環境に放出される放射性物質の量を抑制できるものと判断される
が、本件安全審査においては、念のため更に、これによる公衆の被曝線量の評価の
妥当性について審査を行い、その結果、右評価は適切になされており、かつ、その
評価値は許容被曝線量である年間〇・五レムを下回ることはもちろんのこと、線量
目標値指針に定められた線量目標値をも下回るものであると判断された。
(1) 被曝線量評価方法の妥当性
原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出された気体状及び液体状の放射性物質は
大気中や海水中において拡散、希釈するが、公衆は、この拡散、希釈した放射性物
質から放出される放射線によって被曝したり、更には、この拡散、希釈した放射性
物質を吸入したり、それを取り込んだ海産物等を摂取したりすること等によって被
曝することがあり得る。
公衆に対する被曝線量の評価が適切になされているといえるためには、まず当該原
子炉施設から放出される気体状及び液体状の各放射性物質の放出量、放出後におけ
る大気中や海水中での拡散、希釈の状況等評価の前提条件の設定等評価方法が妥当
なものでなければならない。
本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の評価
に当たっては、以下のとおりの事項が確認され、その結果、被曝線量の評価方法は
妥当であると判断された。
第一に、気体廃棄物については、(1)本件原子炉施設から大気中への放出量につ
き、平常運転時に復水器から連続的に抽出される空気中に含まれる放射性希ガスの
放出率毎秒一・一ミリキュリー(年間放出量約二万八〇〇〇キュリー、年間稼働率
八〇パーセント)は、先行炉の実績値よりも大きい全希ガス漏洩率に基づいて計算
された厳しいものであること、また、真空ポンプの運転により間欠放出される放射
性希ガスについての一回当たりの放出量一一〇〇〇キュリー一及び年間の放出回数
(五回)は先行炉の実績を踏まえて想定されている合理性のあるものであること、
原子炉建家等の換気設備から連続的に放出される空気中に含まれる放射性希ガス毎
秒〇・六八ミリキュリー(年間放出量約一万七〇〇〇キュリー、年間稼働率八〇パ
ーセント)も、右全希ガス漏洩率に基づいて計算された厳しいものであること、更
に、真空ポンプの運転による間欠放出及び換気設備系から連続的に放出される放射
性ヨウ素の放出量(約五・五キュリー)についても先行炉の実績を踏まえて想定さ
れる合理性のあるものであること等、(2)気体廃棄物の拡散、希釈の状況につい
ては、本件原子炉敷地における気象観測が季節ごとの変化を考慮して一年間にわた
って行われており、その気象観測により得られた気象資料は、長期間の気象条件を
代表していることから、その結果に基づく拡散、希釈の解析方法は、妥当なもので
あること等が確認された。第二に、液体廃棄物については、(1)本件原子炉施設
から海水中への放出量につき、年間の放出量(トリチウム以外のもの一キュリー、
トリチウム一〇〇キュリー)については、先行炉における実績等から見て安全側に
立った放出量の想定であること、(2)液体廃棄物の拡散、希釈の状況について
は、復水器冷却水放水口に放出された液体廃棄物は、実際はその放出後、前面海域
において拡散、希釈することによってその濃度は低くなるにもかかわらず、その効
果を無視し、右放水口における濃度をそのまま用いていること等が確認された。
以上の結果から、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線量の評価の前提条
件の設定等評価方法は妥当なものであると判断された。
(2) 被曝線量評価値の妥当性
本件原子炉施設の平常運転時における公衆に対する線量評価値が妥当であるといえ
るためには、適切な評価方法の下で、許容被曝線量である年間〇・五レムを下回る
ことはもちろんのこと、線量目標値指針に定められた線量目標値をも下回るもので
なければならないのは当然である。
本件安全審査においては、右のような各種の厳しい条件を設定した場合において
も、本件原子炉の平常運転に伴う公衆の被曝線量の最大値は、放射性希ガスからの
ガンマ線による全身被曝線量が年間約〇・〇〇〇三レム、液体廃棄物中の放射性物
質に起因する全身被曝線量が年間約〇・〇〇〇二レム、合計全身被曝線量値が年間
約〇・〇〇〇五レムと評価されること、また、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝
線量の最大値は年間約〇・〇〇一四レムと評価されることが確認された結果、本件
原子炉施設は、その平常運転に伴って環境へ放出される放射性物質からの放射線に
よる公衆の被曝線量の評価値が、許容被曝線量である年間〇・五レムをはるかに下
回ることはもちろんのこと、線量目標値指針に定められた線量目標値、すなわち、
放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に
起因する全身被曝線量の合計値についての年間〇・〇〇五レム、放射性ヨウ素に起
因する甲状腺被曝線量についての年間〇・〇一五レムをもそれぞれ十分下回るもの
と判断された。
なお、右本件安全審査における公衆の被曝線量評価値は、本件処分後に許容被曝線
量等を定める告示の改正に伴い公衆に対する線量当量限度として定められた実効線
量当量一ミリシーベルト(〇・一レム)に照らしても、これをはるかに下回ってい
る。
3 本件原子炉施設の平常運転時における公衆の被曝低減対策に係る安全性に関す
る原告らの主張に対する反論
(一) 気体廃棄物に関する主張について
(1) 気体廃棄物の放出量に関する主張について
原告らは、本件原子炉よりも小型の原子炉ですら、本件原子炉から放出されるとす
る気体廃棄物の数十倍も放出されていること、これまでの原子力発電所における真
空ポンプによる間欠放出回数の実績が年間五回を上回っていること等から、本件安
全審査における気体廃棄物の放出量は過少評価である旨主張する。
しかしながら、原告らが主張する「本件原子炉よりも小型の原子炉」がいかなる原
子炉を指すのか、あるいは、原告らが昭和五一年度の間欠放出の実績として掲げる
回数がいかなる根拠に基づくものかは明らかではないが、いずれにせよ、原告らの
右主張は、以下に述べるとおり失当である。
すなわち、被告は、右被曝線量の評価に際して、本件原子炉施設から環境に放出さ
れる気体廃棄物の量を、復水器内から連続的に抽出され空気中に含まれるもの約二
万八〇〇〇キュリー、真空ポンプの運転により間欠的に放出され空気中に含まれる
もの五〇〇〇キュリー、換気設備から連続的に放出され空気中に含まれるもの約一
万七〇〇〇キュリー等(合計年間約五万キュリー)と想定してい乙ところ、本件安
全審査当時の昭和五〇年度における東京電力福島第一原発における気体廃棄物の放
出実績は、同発電所三号炉までの三基(合計電気出力約二〇三万キロワット)の各
放出実績を合計しても一万六〇〇〇キュリー(なお、本件原子炉も含めた最近の我
が国における沸騰水型原子炉の気体廃棄物の放出実績は、ほとんど検出限界以下、
又は極めて低い値となっている。)に過ぎないことからも明らかなように、本件原
子炉施設からの被曝線量を評価する際に想定した放出量は、近年の原子力発電所か
らの気体廃棄物の放出実績に照らしても、十分に安全側に立つものであって、合理
的なものである。
したがって、原告らの主張は失当である。
なお、右間欠的な放出回数は、単なる原子炉の停止回数を指すものではなく、ター
ビン停止後、比較的短時間に再起動させる際の真空ポンプの運転による放出回数を
指すものであって、タービン停止から再起動までに比較的長時間を要するもの、す
なわち、右期間中に復水器内の放射性物質の放射能が減衰し、再起動に際し真空ポ
ンプを運転してもそれによって放射性物質が環境に放出されることがほとんどない
ような停止、具体的には、計画停止や定期検査による停止を含まない。
(2) 放射性ヨウ素の被曝線量に関する主張について
原告らは、本件安全審査において、平常運転時に本件原子炉施設から放出される放
射性ヨウ素について、その濃縮を考慮した被曝線量評価が欠落している旨主張す
る。
しかしながら、本件安全審査において、平常運転時に本件原子炉施設から放出され
る放射性ヨウ素については、気体廃棄物及び液体廃棄物中の各ヨウ素が呼吸、葉
菜、牛乳及び海産物を介して、成人、幼児及び乳児にそれぞれ摂取されるとした場
合における甲状腺被曝線量を評価しており、その際、当然、空気中又は海水中のヨ
ウ素濃度、空気中のヨウ素が葉菜あるいは牛乳に移行する割合、海産物の濃縮係
数、呼吸等により人体に摂取されたヨウ素が甲状腺に移行する割合等をも考慮した
評価を行っている。
したがって、原告らの主張は失当である。
(3) 粒子状放射性物質の被曝線量評価に関する主張について
原告らは、本件安全審査においては、平常運転時に本件原子炉施設から放出される
コバルト六〇、マンガン五四、ストロンチウム九〇、セシウム一三七等の粒子状放
射性物質についての被曝線量評価を行っておらず、安全審査における被曝線量評価
は部分的である旨主張する。
しかしながら、本件安全審査において、本件原子炉施設から放出される気体廃棄物
中に含まれる粒子状放射性物質について具体的な線量評価を行わなかったのは、コ
バルト六〇等はいずれも揮発性でないこと等から、冷却水中に発生しても気体中に
移行するものはごく微量であり、また、気体中に移行したものについても放射性廃
棄物廃棄設備に設けられたフィルタによって容易に除去できるため、本件原子炉施
設から環境に放出される気体廃棄物中に含まれる粒子状放射性物質の量は極めて微
量なものである。したがって、気体廃棄物中に含まれる粒子状放射性物質による被
曝線量は無視できる程度に過ぎず、厳しい条件を設定した公衆の被曝線量評価上
は、特にこれを取り上げて具体的に計算、評価するまでもないと判断されたためで
ある。
よって、原告らの主張は失当である。
(4) ムラサキツユクサを用いた実験に関する主張について
原告らは、kの原発周辺におけるムラサキツユクサの雄しべ毛の細胞を用いた突然
変異に関する実験結果を根拠に、本件安全審査の際における平常運転時の被曝線量
評価は欺瞞的である旨主張する。
しかしながら、ムラサキツユクサの雄しべ毛の細胞は、放射線のみならず、温度、
降雨、日照、農薬、自動車排気ガス等の諸要因に対しても高い感受性を示すため、
ムラサキツユクサを用いた野外での実験によって、その雄しべ毛の細胞における突
然変異の発生に対する放射線の寄与を正確に把握することは現実的にはほとんど不
可能に近いものであり、仮に可能であるとしても、そのためには、実験の方法や実
験結果の解析の方法等を極めて慎重かつ緻密に行わなければならない。ところが、
kの右実験は、観察本数、観察地点の選定等諸々の点において極めて不十分なもの
であって、到底、右突然変異の発生に対する放射線の寄与を評価できる内容のもの
ではない。また、kは、突然変異率の上昇の原因を原子炉施設から放出される放射
性ヨウ素であると推論しているが、同人も自認するとおり、そもそも放射性ヨウ素
の定量的評価は行えなかったのであるから、放射性ヨウ素が突然変異率上昇の原因
であるとの結論を導くことは困難である。
したがって、右実験に基づく被曝線量の推計方法の問題点について指摘するまでも
なく、右実験を根拠に、本件安全審査の際の本件原子炉施設の平常運転時における
被曝線量の合理性を云々することは到底できないのであり、原告らの右主張は失当
である。
(二) 液体廃棄物に関する主張について
(1) 洗濯廃液の発生量に関する主張について
原告らは、液体廃棄物による被曝線量評価に関し、洗濯廃液の発生量が常識的には
考えられないほど過少数値となっており、したがって、本件安全審査における洗濯
廃液中の放射性物質の放射能量の評価には根拠がない旨主張するが、本件安全審査
においては、洗濯廃液の発生量を、先行炉である東京電力福島第一原発一号炉の実
績に基づき、一日当たり一五立方メートルと想定したものであるところ、同発電所
一号炉の昭和四七年度から同四九年度までの実績では、一日当たり一〇立方メート
ル以下に過ぎないのであるから、右想定は十分安全側に立つものであり、原告らの
右主張は失当である。
(2) 放出放射性物質の濃度に関する主張について
原告らは、液体廃棄物の放出は間欠的であり、特に定期検査時に放出される液体廃
棄物における放射性物質の濃度は通常よりも高いにもかかわらず、年間を通して復
水器冷却水に平均的に希釈されるとして被曝線量評価を行っているのは不当である
旨主張するが、本件安全審査においては、公衆の被曝線量が十分低く抑えられるよ
うになっているかどうかを判断するに当たって、公衆の年間の累積被曝線量を評価
しているのであるから、一様の連続放出を仮定することには何ら不都合な点はない
から、原告らの右主張は失当である。
(3) 核種組成に関する主張について
原告らは、本件安全審査における液体廃棄物中の放射性物質の核種組成は、敦賀原
発の実績に照らすと、被曝線量の評価結果が小さくなるように意図的に決められて
いる旨主張するが、本件安全審査における液体廃棄物中の放射性物質の核種組成
は、先行炉の運転実績に基づき、各核種の濃縮係数と被曝線量への換算とを考慮し
て、被曝線量の計算結果が厳しくなるように(すなわち安全側に立って)定められ
たものであるところ、原告らの引用する敦賀原発の核種組成は、本件安全審査にお
ける核種組成と比較して、コバルト六〇及びマンガン五四の割合は大きいが、反
面、被曝線量への寄与の大きい鉄五九等他の核種の割合は小さいため、仮に、右実
績に基づいて本件原子炉施設の被曝線量を評価したとしても、全体としてはむしろ
本件安全審査における被曝線量値よりも小さくなるのであるから、原告らの右主張
は失当である。
(4) 濃縮係数に関する主張について
原告らは、海産物の濃縮係数について、その数値も計算方法も確立したものではな
いばかりでなく、我が国においては研究すら行われておらず、本件安全審査に用い
られた濃縮係数も外国文献を引用しており、また、対象とした魚や海藻の種類も不
明である旨主張するが、本件安全審査で使用した濃縮係数は、トンプソンらの濃縮
係数総合報告書から引用した値を用いているところ、右トンプソンらの報告書は、
多数の元素につき過去の情報をできるだけ総合してまとめあげたもので、我が国の
研究者による成果も多数取り入れられている。また、右報告書に取りまとめられた
濃縮係数は広い範囲から得られた多数の測定値からその平均レベルを求めており、
米国における規制においても採り入れられている。そして、本件安全審査で使用さ
れた濃縮係数は、右報告書のうち、放射性核種の濃縮係数を採らずに、安定元素の
濃縮係数を採用している(前者よりも後者の値が概して高めに出ていることから安
全側に考慮していることになる。)ことからみても、その値は十分合理的である。
(5) 被曝線量評価におけるトリチウムの評価に関する主張について
原告らは、本件安全審査においては、平常運転時に本件原子炉施設から放出される
トリチウムについて全く無審査である旨主張するが、本件安全審査における公衆の
被曝線量評価は、原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝経路のうち、人体に対す
る主要な被曝経路((1)放射性希ガスから放射されるガンマ線による外部全身被
曝、(2)ヨウ素に起因する内部甲状腺被曝、(3)液体として放出された放射性
物質(トリチウムを含む。)に起因する内部全身被曝)を対象として行っている。
これは、主要な被曝経路についての定量的な評価による線量値が十分低ければ、被
曝線量評価の対象としなかった経路の被曝線量による寄与分を考慮してもなお、十
分低く抑えられるものと判断できるところから、本件安全審査においては、右の主
要な被曝経路について、公衆の被曝線量評価を行ったものであって、本件安全審査
における被曝線量評価は妥当なものであり、原告らの右主張は失当である。
二 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性
1 原子炉施設の事故防止対策に係る安全性についての審査
(一) 原子力発電における安全性の確保は、放射性物質の有する危険性をいかに
顕在化させないかという点にある。原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積さ
れる主な放射性物質としては、(1)燃料の核分裂反応によって生じる核分裂生成
物等で、燃料被覆管の内部に存在するものと、(2)右核分裂生成物のうち燃料被
覆管から冷却水中に侵出してきたもの及び冷却水が接する機器や配管の内面等の腐
食によって生成された腐食生成物等が中性子により放射化されることによって生じ
る放射化生成物等で、冷却水中に存在するものとに分けて考えることができる。そ
して、原子炉施設においては、平常運転時には、右のようにして発生した放射性物
質のうち前者を燃料被覆管内に、後者を圧力バウンダリを含も原子炉冷却系統設備
内にそれぞれ閉じ込め、また、異常時には、前者を燃料被覆管内に、後者を圧力バ
ウンダリ内にそれぞれ閉じ込めることによって、これらが環境へ放出されることを
防止して、その安全性を確保することを基本的な対策としている。すなわち、原子
炉施設においては、平常運転時はもちろんのこと、異常時においても、燃料被覆管
及び圧力バウンダリの各健全性を維持することが重要となる。
そこで、原子炉施設の安全性を確認するためには、まず、燃料被覆管や圧力バウン
ダリ自体における異常の発生を防止することが基本となる。次に、右異常が発生し
た場合においては、それが拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出する
おそれのある事態にまで発展拡大することを防止することになる。これに加えて、
仮に放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合において
もなお、放射性物質の環境への異常な放出という結果を防止し、公共の安全を確保
することとしているのである。原子炉施設の安全性を確保するためには、右のよう
に、いわゆる多重防護の考え方に基づいた各種の事故防止対策が講じられているの
である。
(二) そこで、原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉
施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、右の事故防止対策に係る安
全性を確保し得るものであるかどうかを判断するに当たっては、当該原子炉施設に
ついて、右に述べた多重防護の考え方に従って、以下のとおり、そのそれぞれの段
階において、各種の事故防止対策が講じられ、安全性が確保されることとなってい
ることを確認するのである。
(1) 第一に、所要の異常発生防止対策が講じられるかどうかを確認する。この
ため燃料被覆管や圧力バウンダリ自体における異常の発生を防止するとともに、こ
れらの健全性に影響を与える他の機器等の異常の発生を防止することができること
を、以下のような事項について確認する。
(1) 燃料の核分裂反応を確実かつ安定的に制御することができるかどうか。
(2) 核分裂生成物等を閉じ込めるべき燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影
響によってその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか。
(3) 放射性物質を閉じ込めるべき圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によ
ってその健全性が損なわれることのない余裕のあるものかどうか。
(4) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設
備は、これらに起因する異常の発生を防止し得る信頼性が確保されるかどうか。
(2) 第二に、所要の異常拡大防止対策が講じられるかどうかを確認する。この
ため、右の第一の対策にもかかわらず、右異常が発生した場合においても、それが
拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発
展することを防止できることを、以下のような事項について確認する。
(1) 燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそ
れのある設備に異常が発生した場合に所要の措置が採れるよう、その異常の発生を
早期にかつ確実に検知し得るかどうか。
(2) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設
備に発生した異常が大きなものであり、それに対し、迅速な措置を講じなければ燃
料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性が損なわれるおそれのある場合に備え、所
要の安全保護設備が設置されるかどうか。
(3) 右の各安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確
保されるかどうか。
(4) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価(念のため、あ
えて原子炉施設の寿命期間中にその発生が予測される代表的な起因事象を幾つか想
定し、また、その解析評価に際しては、評価結果が厳しくなるような前提条件を設
定して行う解析評価(これを安全審査においては「運転時の異常な過渡変化解析」
と呼んでいる。))によっても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性を確保
できることとなっているかどうか。
(3) 第三に、所要の放射性物質異常放出防止対策が講じられるかどうかを確認
する。このため、右第一及び第二の対策にもかからず、仮に放射性物質を環境に異
常に放出するおそれのある事態が発生した場合においてもなお、放射性物質の環境
への異常な放出という結果を防止し、公共の安全を確保することができることを、
以下のような事項について確認する。
(1) 圧力バウンダリを構成する配管の破断等が発生する場合に備え、所要の安
全防護設備が設置されるかどうか。
(2) 右の安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保
されるかどうか。
(3) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価(原子炉施設に
おいて現実に発生する蓋然性は非常に低いが、念のため、敢えて放射性物質を環境
に異常に放出するおそれのある事態をもたらす代表的な起因事象を幾つか想定し、
また、その解析評価に際しては、評価結果が厳しくなるような条件を設定して行う
解析評価(これを安全審査においては「事故解析」と呼んでいる。))によって
も、放射性物質の環境への異常な放出が防止できるかどうか。
2 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性
本件安全審査においては、本件原子炉施設が右に述べた事項を満足するものかどう
かについて慎重な検討を行った結果、本件許可申請は、右各事項に係るECCS安
全評価指針、安全設置審査指針等の審査基準等に照らし、その基本設計ないし基本
的設計方針において、事故防止対策に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、事
故防止対策との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして
設置されると判断された。
(一) 異常発生防止対策
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設は、その基本設計ないし
基本的設計方針において、燃料被覆管や圧力バウンダリ自体における異常の発生を
防止するとともに、これらの健全性に影響を与える他の機器等の異常の発生を防止
するところの異常発生防止対策が講じられるものと判断された。
(1) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的な制御
原子炉における異常の発生を防止するためには、まず、燃料の核分裂反応を確実に
かつ安定的に制御する必要がある。
本件安全審査においては、本件原子炉施設において使用される燃料の濃縮度(燃料
中の全ウランに対するウラン二三五の占める重量の割合)は、平均で約二・二パー
セントと低濃縮度のものであること、及び本件原子炉は、軽水型原子炉であって、
核分裂反応の割合が増大して燃料及び冷却水の各温度が上昇すれば、それに伴って
核分裂反応が抑制されるという性質、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制
御性があることから、燃料の健全性に影響を及ぼすような出力の振動は生じないこ
と(なお、この特性は、異常発生防止に有効であるのみならず、異常が発生した場
合においても、急激な出力上昇の程度を緩和し、核的逸走を制御する効果を有して
いる。)、また、これに加えて本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に
制御する反応度制御系(制御棒)、再循環流量制御系等からなる原子炉出力制御設
備が設けられること等が確認された結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂反応を
確実にかつ安定的に制御することができるものと判断された。
(2) 燃料被覆管の健全性の維持
燃料ペレットを密封し、核分裂生成物等を閉じ込めている燃料被覆管は、その健全
性を維持することのできる余裕をもった設計が行わなければならない。燃料被覆管
を損傷させる要因としては、(1)核分裂反応によって発生する熱に比べて除去さ
れる熱が少ないために燃料被覆管の温度が上昇し、燃料被覆管が焼損してしまうこ
と、(2)燃料ペレットと燃料被覆管との相対的な熱膨張差によって生じるひずみ
により燃料被覆管が機械的に損傷してしまうこと、(3)燃料ペレットから浸出し
た、主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却水による外圧等により燃料
被覆管が機械的に損傷してしまうこと、(4)燃料被覆管が冷却水中の不純物等に
より化学的腐食を起こし損傷してしまうこと等が考えられる。
本件安全審査においては、(1)燃料被覆管の焼損防止については、定格出力(電
気出力約一一〇万キロワット)で運転等における最小限界出力比が、燃料被覆管を
焼損させないための限界値一・〇七を十分に上回る一・一九以上に維持し得るよう
に設計されること、(2)燃料ペレットとの熱膨張差による燃料被覆管の機械的損
傷防止については、右熱膨張差が平常運転時における燃料の単位長さ当たりの発熱
量(線出力密度)の大小に依存するところ、これが燃料被覆管が損傷を起こすおそ
れの生じる約八三キロワット毎メートルを十分に下回る約四四キロワット毎メート
ル以下に抑えられること、(3)内圧や外圧等による燃料被覆管の機械的損傷防止
については、使用される燃料被覆管が十分な強度をもって設計されること、(4)
燃料被覆管の化学的腐食による損傷防止については、使用される燃料被覆管には耐
食性に優れた金属(ジルカロイー2)が使用されること等が確認された結果、本件
原子炉施設において使用される燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によって
その健全性が損なわれることのない、余裕のあるものであると判断された。
(3) 圧力バウンダリの健全性の維持
燃料被覆管と共に放射性物質を閉じ込める重要な機能を担う圧力バウンダリも、そ
の健全性を維持することのできる余裕をもった設計が行わなければならない。圧力
バウンダリを損傷させるに至る要因としては、(1)圧力容器内の圧力等が過大と
なって圧力バウンダリが機械的に損傷してしまうこと、(2)圧力バウシダリにつ
いては、それが核分裂反応による中性子照射を受け続けることにより脆性破壊を起
こしてしまうこと、(3)圧力バウンダリが冷却水中の不純物中により化学的腐食
を起こして損傷してしまうこと等が考えられる。本件安全審査においては、(1)
圧力バウンダリの機械的損傷の防止については、圧力制御装置によって、圧力容器
内の圧力を自動的にほぼ一定(約七一キログラム毎平方センチメートル)に保つと
ともに、圧力バウンダリが、右圧力に対して十分な余裕をもって(例えば、圧力容
器の設計圧力として、約八八キログラム毎平方センチメートルが設定されてい
る。)設計されること等が、(2)圧力容器の脆性破壊防止については、(4)脆
性破壊防止を十分考慮した延性の高い材料が使用されること、(b)圧力容器内に
脆性遷移温度の変化を知るための試験片を取り付けることができるように設計され
ること、(c)圧力容器の最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高くす
ることができるように設計されること等が、(3)圧力バウンダリの化学的腐食に
よる損傷防止については、(a)必要に応じて、耐食性に優れた材料であるステン
レス鋼が使用されること、(b)腐食の要因となる冷却水中の塩素濃度、pH値等
を管理する等、冷却水について、適切な水質管理が出来るように設計されること等
が、また、圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、運転開始後の検査によっ
て、その健全性を確認できるように設計されること等が確認された結果、本件原子
炉施設の圧力バウンダリは、機械的、化学的影響によってその健全性が損なわれる
ことのない、余裕のあるものであると判断された。
(4) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設
備の信頼性の確保
燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、信
頼性が確保され、原子炉が安定して運転し得るだけの余裕のある設計がされなけれ
ばならない。燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのあ
る設備としては、燃料棒を支持する炉心支持構造物等の圧力容器の内部の構造物、
原子炉冷却系統設備、原子炉出力制御設備等がある。これらの設備については、
(1)性能や強度等に余裕をもった設計とし、また、(2)誤操作防止のため、運
転員の操作に対する適切な配慮をするとともに、(3)必要な場合には自動制御装
置を設置する。
本件安全審査においては、(1)本件原子炉施設において用いられる右各設備は、
いずれも性能や強度等に十分な余裕をもって設計されること、(2)誤操作を防止
するため、(a)原子炉冷却系統設備や原子炉出力制御設備等に、各設備の状態を
正確に把握することができるように、圧力、温度、流量等を測定する計測装置が設
けられること、(b)原子炉出力制御設備には、運転員が誤って制御棒を引き抜こ
うとしても同時に二本以上引き抜けなくする等のインターロックが掛かる装置が設
けられること、(3)本件原子炉施設には、原子炉の運転が正常な状態からずれた
場合、これを自動的に修正する自動制御装置が設けられること、例えば、平常運転
中タービン入口の蒸気加減弁を自動的に作動させることにより圧力容器内の圧力を
一定に保持する圧力制御装置、並びに主蒸気流量、給水流量及び原子炉水位の三要
素により圧力容器内の水位を自動的にあらかじめ設定された値に保持する水位制御
装置が設けられる等が確認された結果、本件原子炉施設における燃料被覆管及び圧
力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、信頼性が確保され、
本件原子炉は安定して運転し得るものと判断された。
(二) 異常拡大防止対策
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設は、その基本設計ないし
基本的設計方針において、異常が発生した場合においても、それが拡大したり、更
には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防
止するところの異常拡大防止対策が講じられるものと判断された。
(1) 異常発生の早期かつ確実な検知
燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある
設備に異常が発生した場合に所要の措置が採れるよう、異常の発生を早期にかつ確
実に検知する必要がある。
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、燃料被覆管の損傷を検知するため
に、冷却水中の放射能レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダリを構成する
機器等からの冷却水の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉の出力や原子炉冷却系
統設備等の圧力、温度、流量等を測定監視する計測装置等が設置されること、異常
の発生を検知した場合には、原子炉の停止等所要の措置が採れるように、直ちに警
報を発する警報装置が設けられること等が確認された結果、本件原子炉施設は、異
常の発生を早期にかつ確実に検知し得るものと判断された。
(2) 安全保護設備の設置
燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生
した異常が大きなものであり、それに対し、迅速な措置を講じなければ燃料被覆管
及び圧力バウンダリの各健全性が損なわれろおそれのある場合に備え、所要の安全
保護設備が設置される必要がある。
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、(1)原子炉冷却系統設備等に何
らかの異常が発生し、圧力容器内の内圧の上昇や水位の低下等が生じた場合に、必
要に応じて原子炉を緊急に停止させるために全制御棒が自動的にかつ瞬間的に挿入
される原子炉緊急停止装置が設けられること、(2)給水系による圧力容器への給
水が停止した場合に、自動的に圧力容器へ給水することにより、圧力容器内の水位
を維持するとともに原子炉停止後も残存する炉心の崩壊熱等を除去するための原子
炉隔離時冷却系設備等が設けられること、(3)圧力バウンダリ内の圧力が過度に
上昇するような異常が生じた場合に、圧力バウンダリ内を減圧する逃し安全弁が設
けられること等が確認された結果、本件原子炉施設には、燃料被覆管及び圧力バウ
ンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある異常に備え、所要の安全保護設備が
設置されるものと判断された。
(3) 安全保護設備の信頼性の確保
右の安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮しなければならないことは
いうまでもない。
本件安全審査においては、(1)本件原子炉施設に設置される安全保護設備は、い
ずれも十分な性能、強度等を有するように設計されること、(2)安全保護設備の
うち原子炉緊急停止装置については、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場
合においても自動的に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有す
るように設計されるとともに、右装置を作動させる回路は多重性と独立性とを有す
るように設計されること、更に、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒
一本が完全に引き抜かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を
挿入することによって原子炉を停止する能力を有するように設計されること、
(3)原子炉隔離時冷却系設備等については、外部電力を用いず、圧力容器内で炉
心の崩壊熱により発生する蒸気の一部を用いてタービン駆動のポンプを作動させる
ことにより、原子炉停止後の崩壊熱等の除去及び圧力容器内の水位の維持を行う能
力を有するように設計されていること、(4)主蒸気系の安全弁については、構造
が簡単で信頼性が高く、かつその開閉動作について電源等を一切必要としないバネ
式のものが使用されること、(5)安全保護設備は、その信頼性を常に保持するた
め、運転開始後もその性能が引き続き確保されていることを確認するための試験を
行えるように設計されること等が確認された結果、本件原子炉施設に設置される安
全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し得るものと判断された。
(4) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価
原子炉設置許可に際しての安全審査においては、所要の安全保護設備が設置されて
いるか、またそれらの信頼性が確保されているか等を確認するが、念のため、更
に、運転時の異常な過渡変化解析に基づき、安全保護設備等の設計の総合的な妥当
性を判断することとしている。
本件安全審査においても、運転時の異常な過渡変化解析について、その評価の妥当
性について検討した。すなわち、右運転時の異常な過渡変化解析における起因事象
の想定が妥当なものであること、解析評価に際し、評価結果が厳しくなるような前
提条件が適切に設定されていること、安全保護設備、自動制御設備等の動作によ
り、本件原子炉は安定して収束するとともに、燃料被覆管及び圧力容器の各健全性
を確保できるとの解析評価結果が妥当なものであることが確認され、これらから、
仮に異常が発生してもこれが拡大したり、さらには放射性物質を環境に異常に放出
するおそれのある事態にまで発展することを防止できるものとなっており、本件原
子炉施設の安全保護設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断され
た。
なお、右解析評価においては、前提条件の一つとして安全保護設備に単一故障を仮
定している。
以下においては、右異常な過渡変化解析のうち、解析評価上、厳しい結果をもたら
す発電機負荷遮断に係るものを中心にして述べることとする。
送電線の故障等により送電が不能となり、発電機の負荷がなくなると、タービンの
回転数が急上昇し、このためタービンが損傷するおそれがあるので、急速にタービ
ンへの蒸気の供給を遮断する必要がある。しかしながら、このために、タービンの
入口に設けられた蒸気加減弁を急速に閉鎖すると、圧力容器内の圧力の上昇によ
り、燃料の核分裂反応の割合が増大し、燃料棒が過熱して損傷するおそれがあると
ともに、右圧力の上昇によって圧力バウンダリが損傷するおそれがある。
本件安全審査においては、右発電機負荷遮断に係る異常な過渡変化解析に当たって
は、本件原子炉施設においては、平常運転時に、定格出力を超えて運転することは
ないが、定格出力の約一〇五パーセントで運転していると仮定していること、ま
た、発電機負荷遮断時には原子炉で発生した蒸気をタービンへ送ることができない
ため、タービン・バイパス配管を経由してこの蒸気を直接復水器に導くようになっ
ており、これにより圧力容器内の圧力の上昇が抑制されることになっているが、こ
のタービン・バイパス弁がすべて作動しないと仮定していること等の厳しい前提条
件が設定されていることが確認され、また、右解析評価によれば、高出力運転中の
発電機負荷遮断時においても最小限界出力比が、一・〇七を下回ることはないこ
と、また、圧力容器内の最高圧力が、約八〇キログラム毎平方センナメートルにと
どまり、本件原子炉の圧力容器の設計圧力である約八八キログラム毎平方センチメ
ートルを超えることはないこと等とされていることから、燃料被覆管及び圧力バウ
ンダリの各健全性は確認できるとの評価結果が妥当なものであると判断された。
更に、本件安全審査においては、右以外の異常な過渡変化解析でも、燃料被覆管及
び圧力バウンダリの各健全性について同様な結論が得られたことから、仮に異常が
発生しても、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性は確保されるものと判断され
た。
(三) 放射性物質異常放出防止対策
本件原子炉施設は、その基本設計ないし基本的設計方針において、仮に放射性物質
を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においてもなお、放射性
物質の環境への異常な放出という結果を防止するところの放射性物質異常放出防止
対策が講じられるものと判断された。
(1) 安全防護設備の設置
放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防
護設備が設置される必要がある。
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、(1)燃料被覆管の重大な損傷を
防止するに十分な量の冷却水を炉心に注入するための高圧炉心スプレイ系一系統、
自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系三系統からなるEC
CS、(2)圧力バウンダリから放出される放射性物質を閉じ込めるための高い気
密性(漏洩率は、一日当たり〇・五パーセント以下)を有する格納容器、(3)圧
力バウンダリから高温の蒸気等が放出された場合に格納容器の健全性を確保するた
め、格納容器内の雰囲気(格納容器内部の空間の状態)を冷却、減圧し、さらに、
右蒸気中に浮遊している放射性物質を洗い落とす格納容器スプレイ冷却系設備及び
(4)格納容器から原子炉建家内に漏洩した放射性物質を環境に異常に放出させな
いための放射性物質除去フィルタ(設計上のヨウ素除去率九九パーセント以上)等
からなる非常用ガス処理系設備等が設けられることが確認された結果、本件原子炉
施設には、圧力バウンダリを構成するいかなる配管の破断等が発生しても、これに
備えた所要の安全防護設備が設置されるものと判断された。
(2) 安全防護設備の信頼性
右の安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮しなければならないことは
いうまでもない。
本件安全審査においては、(1)本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、い
ずれも十分な性能、強度等を有するように設計されるとともに、定期的な試験、検
査を実施できるように設計されること、(2)安全防護設備のうち、ECCSは、
炉心への注水機能を有する高圧炉心スプレイ系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統
及び低圧注水系三系統、並びに原子炉の減圧機能を有する自動減圧系一系統から構
成されるが、これらの各系統は、外部電源が喪失した場合に備えて、非常用電源に
より作動させ得るように設計されること、すなわち、注水機能を有する系統につい
ては、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水系一系統(区分I)、低圧注水系二
系統(区分II)、高圧炉心スプレイ系一系統(区分III)の独立した三区分に
分離され、それぞれ一台のディーゼル発電機に、また、自動減圧系については蓄電
池に接続されること、更に、これらの系統は、圧力バウンダリを構成するいかなる
配管の破断の際にも、右三区分のうち一区分の系統の不作動があっても対処できる
設計となっていること、すなわち、(a)中小口径破断時には、区分IIIが作動
するが、仮にこの区分が作動しない場合でも自動減圧系が作動し、これと連携して
区分1及び区分IIの二区分が作動すること、(b)大口径破断時には、区分I、
区分II及び区分IIIの三区分が作動し、いずれも一区分の不作動があっても対
処できること、(3)格納容器は、脆性破壊を防止するため、最低使用温度より摂
氏一七度以上低い脆性遷移温度を有する材料が使用されること、及び冷却材喪失事
故時に格納容器の隔離機能を確保するなめ、格納容器を貫通する配管のうち閉鎖を
要求されるものについて隔離弁が設けられること、(4)安全防護設備のうち、格
納容器スプレイ冷却系設備及び非常用ガス処理系設備は、いずれも十分な性能を有
する互いに独立した二つの系統が設けられ、かつ、外部電源が喪失した場合に備え
ていずれもディーゼル発電機等の非常用電源により作動させ得るように設計される
こと等が確認された結果、本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも
確実に所期の機能を発揮し得るものと判断された。
(3) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価
原子炉設置許可に際しての安全審査においては、所要の安全防護設備が設置されて
いるか、またそれらの信頼性が確保されているか等を確認するが、念のため、更
に、事故解析に基づき、安全防護設備等の設計の総合的な妥当性を判断することと
している。
本件安全審査においては、事故解析について、その評価の妥当性を判断した。すな
わち、右事故解析における起因事象の想定が妥当なものであること、解析評価に際
し、評価結果が厳しくなるような前提条件が適切に設定されていること、安全防護
設備等により、放射性物質の環境への異常な放出を防止できるとの解析評価結果が
妥当なものであることが確認され、また、これらから、万一、放射性物質を環境に
異常に放出するおそれのある事態が発生しても、放射性物質の環境への異常な放出
を防止できるものとなっており、本件原子炉施設の安全防護設備等の設計は、総合
的にみて妥当なものであると判断された。
なお、右解析評価においても、前提条件の一つとして、安全防護設備等に単一故障
を仮定している。
以下においては、右事故解析のうち、(1)格納容器内に放射性物質が放出される
場合の代表例として冷却材喪失に係る事故解析、及び(2)格納容器外に直接放射
性物質が放出される場合の代表例として主蒸気管破断に係る事故解析につき、それ
ぞれの解析評価をする。
ア 冷却材喪失事故
圧力バウンダリを構成する配管の損傷により、冷却材が喪失した場合には、燃料被
覆管の過熱及びその結果生ずる燃料被覆管と水との反応(水とジルコニウム反応)
による酸化により、燃料被覆管に大きな損傷が生じるおそれがあるとともに、配管
の損傷箇所から格納容器内へ放出された冷却水等による格納容器内の圧力の上昇や
水とジルコニウム反応により発生した水素等の燃焼により、格納容器が損傷するに
至るおそれがある。
本件安全審査においては、以下のとおり、前提条件が適切に設定されていること、
解析評価結果が妥当であることを確認した。
冷却材喪失事故の解析評価に当たり、極めて考え難いことではあるが、敢えて圧力
容器に接続されている配管のうち、冷却水の喪失量が最大となり、したがって、炉
心の冷却にとって最も厳しい結果となる冷却材再循環系配管の一本が瞬時に完全に
破断するものと仮定していること、平常運転時には定格出力を超えて運転すること
はないが、定格出力の約一〇五パーセントで運転していると仮定していること、冷
却材再循環系配管の破断と同時に外部電源が喪失し、かつ、事故時に作動が要求さ
れているECCSに単一動的機器の故障(低圧スプレイ系の非常用ディーゼル発電
機の故障)が起こるものと仮定していること等の厳しい前提条件が設定されている
ことが確認された。
また、右解析評価によれば、(1)燃料被覆管の最高温度が摂氏一二〇〇度を超え
た場合、又は燃料被覆管の全酸化量が酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセント
を超えた場合には、燃料被覆管の延性が極度に失われ、炉心の冷却可能形状を保持
し続けることができなくなるものであるところ、燃料被覆管の最高温度は摂氏約八
八六度を超えることはなく、燃料被覆管の損傷はないこと、また、燃料被覆管にお
ける全酸化量は、酸化前の燃料被覆管の厚さに対して最大約〇・三パーセントと極
めて小さいことから、燃料被覆管の延性は失われず、燃料棒は、冷却可能な形状に
維持され、燃料の冷却は確認されること、(2)破断した配管から放出される冷却
水及び水とジルコニウム反応により発生した水素により格納容器内の圧力は上昇す
るものの、最高圧力は約二・六キログラム毎平方センチメートルにとどまり、格納
容器の設計圧力である二・八五キログラム毎平方センチメートルを超えることはな
いこと、(3)水とジルコニウム反応による水素の発生に加え、更に評価結果が厳
しくなるような条件下での水の放射線分解による水素及び酸素の発生を仮定した場
合でも、可燃性ガス濃度制御系を使用して、水素と酸素を結合させることにより、
格納容器内の水素及び酸素の各濃度は燃焼限界(水素濃度四パーセント又は酸素濃
度五パーセント)以下に抑えられるとされていることから、格納容器の健全性は損
なわれないとの評価結果が妥当なものであることが確認された。
本件安全審査においては、右に述べたことから圧力バウンダリの損傷という事態
が、万一発生しても、放射性物質の環境への異常な放出が防止できるものと判断さ
れた。
イ 主蒸気管破断事故
主蒸気管が破断した場合、破断箇所から冷却水が流出し、その結果、燃料被覆管が
過熱して損傷に至るおそれがある。
本件安全審査においては、主蒸気管破断事故の解析評価に当たり、極めて考え難い
ことではあるが、敢えて四本の主蒸気管のうちの一本が格納容器外で瞬時に完全に
破断するものと仮定していること、主蒸気管破断後、自動的に閉鎖して主蒸気を圧
力容器内に閉じ込める主蒸気隔離弁の閉鎖時間を、設計上は三ないし四・五秒の範
囲内に設定することとなっているが、破断箇所における冷却水の流出量を大きく見
積るためにこれを五秒と仮定していること、また、事故の発生と同時に外部電源が
喪失し、冷却材再循環系ポンプが即時に停止して、炉心流量の急減により燃料被覆
管からの除熱が低下すると仮定していること等の厳しい前提条件が設定されている
ことが確認され、また、右解析評価によれば、炉心は露出することなく、また、最
小限出力比は、事故発生前の運転状態における値を下回らないとされていることか
ら、燃料被覆管の健全性は確保されるとの評価結果が妥当なものであることが確認
された。
本件安全審査においては、右に述べたことから主蒸気管破断という事態が、万一発
生しても、放射性物質の環境への異常な放出が防止できるものと判断された。
3 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性に関する原告らの主張に対する反

(一) 燃料被覆管の健全性に関する主張について
(1) 原告らは、本件原子炉の燃料被覆材として用いられているジルカロイは、
放射線照射による機械的、化学的変化等において必ずしも優れた特性を有している
とは認め難く、また、他の工業分野での使用実績は全くなく、炉心材料として不適
格である旨主張するが、燃料被覆管の材料としてどのような物質を用いるかについ
ては、軽水炉の開発の当初から各種材料について種々の開発、研究が行われ、燃料
被覆管として要求される特性、すなわち、中性子の吸収が少ないこと、強度や延性
が大きいこと、中性子照射による性能劣化が小さいこと、冷却水に対する耐食性に
優れていること等を総合的に判断した結果、ジルカロイが最適のものと判断されて
採用されたものであって、このジルカロイは、燃料被覆管の材料として既に二〇年
以上の使用実績があるのであるから、原告らの右主張は失当である。
(2) 次に、原告らは、燃料棒について、これまで多くの、(1)ピンホールや
ひび割れ事故、(2)つぶれ事故、(3)曲がり事故、及び(4)破損事故が発生
しているが、これら事故の大部分は未だにその原因がはつきりせず、したがって、
適切な対策はほとんど講じられていないので、本件安全審査においても、右のとお
り本件原子炉の炉心燃料部の健全性が確認されていないことになり、右審査は違法
ということになる旨主張するが、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
ア 燃料棒に関する原告ら主張の事象例のうち、敦賀原発及び福島第一原発一号炉
において発生したような燃料被覆管のピンホール(目に見えないほど微小な孔)や
ひび割れは、PCI(燃料ペレットと燃料被覆管との相互作用)及び燃料被覆管内
に残留する湿分から発生する水素により燃料被覆管が脆化すること、いわゆる水素
脆化に起因するものであることは、本件安全審査当時、既に判明していた。そし
て、八行八列配列の燃料については、燃料ペレットの形状を工夫し、燃料の被覆管
の延性の向上を図る熱処理の方法を採ること等により、また、燃料製造時に湿分を
管理する方法を採ること等により、右PCI及び水素脆化による燃料被覆管のピン
ホール等への対策が十分であることが当時既に確認されていた。
本件安全審査において、本件原子炉施設では、右のように八行八列配列の燃料が使
用され、右燃料は、PCI及び水素脆化への対策が講じられていることが確認され
たのであるから、本件原子炉の炉心燃料部の健全性は確認されているといえる。
イ なお、燃料棒に関する原告ら主張の事象例のうち、右以外のものは、いずれも
加圧木型原子炉において発生したものであり(しかも、これら加圧木型原子炉にお
いて発生したこれらの事象については既に発生防止対策が採られている。)、沸騰
水型原子炉において発生したことはないものであるから、本件原子炉の炉心燃料部
の健全性の問題には関係しないのであり、原告らの右主張は失当である。
(二) 圧力バウンダリに関する主張について
(1) 圧力容器の中性子による脆化に関する主張について
原告らは、圧力容器が中性子の照射を受け続けることによってその靭性が低下す
る、いわゆる圧力容器の中性子照射脆化については、未だ、そのメカニズムすら分
かっておらず、また、被告主張の右脆化の程度を監視する方法も実効性を期し難い
ものである旨主張するが、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
ア すなわち、金属材料は、使用温度がある温度より下がると、急激に強さが減少
し、もろくなる脆化遷移現象が生じる。その温度を、脆化遷移温度と呼び、その値
は通常かなり低く、実用上の使用温度範囲には入らない。しかしながら、金属材料
が中性子照射を受けると、金属材料中に原子レベルの空孔等が生じ、この脆化遷移
温度が上昇する。これを中性子照射脆化と呼ぶ。この中性子照射脆化に起因する脆
化遷移温度の上昇は、中性子照射量や金属材料中の不純物、特にリンや銅等の含有
量が多いと大きくなる特性を有している。このような中性子照射脆化の現象は、本
件安全審査当時、既に解明されていた。
そして、本件安全審査においては、本件原子炉の圧力容器については、その材料
に、焼入れ、焼戻しの熱処理を施すこと、不純物の含有量を非常に少なくすること
等により照射脆化特性を改良した「原子力発電用マンガン・モリブデン・ニッケル
鋼板二種相当品(JIS・G・三一二〇・SQV2A・ASTM・A-五三三鋼相
当ごが使用され、中性子照射による脆化遷移温度の上昇をも十分考慮した余裕のあ
る設計となっており、その使用期間中に中性子照射による脆化が問題となることは
ないと判断された。
イ また、本件安全審査においては、圧力容器における照射脆化の監視方法につい
て、圧力容器の内側に監視試験片を取り付ける方法によって行うが、監視試験片
は、溶接部とそれ以外の部分とのそれぞれについて、実際の圧力容器と同じ照射特
性が得られるよう、圧力容器と同一の鋼材から取り出したものを使用すること等が
確認され、右脆化の程度を監視する方法の信頼性につき何ら問題はないと判断され
た。
原告らは、その主張を支持するものとして、米国オークリッジ国立研究所の報告を
援用するが、右報告は、圧力容器に使用される鋼材に含まれる銅等の含有率が高か
った米国の初期の加圧水型原子炉について解析をした場合に、圧力容器の脆化破壊
が問題となり得る旨指摘したものであって、本件原子炉の圧力容器には当てはまる
ものではない。
なお、付言すれば、本件原子炉のような沸騰水型原子炉の場合には、加圧水型原子
炉の場合と比較して、炉心に最も近い圧力容器壁の受ける中性子照射量が少なく、
また、その構造上ECCSの作動による注入水が右圧力容器内壁に直接当たること
はないのであるから、本件原子炉においては、右報告にあるようなECCSの注入
水による圧力容器の脆化破壊が問題となることはないのである。
(2) 応力腐食割れに関する主張について
原告らは、本件原子炉の再循環系配管等の材料であるオーステナイト系ステンレス
鋼等には、いわゆる応力腐食割れが多発しており、しかもこの応力腐食割れについ
ては、その対応策等が解決されていない旨主張する。
しかしながら、圧力バウシダリにおける応力腐食割れ事象の問題は、原子炉施設の
詳細設計や具体的な工事方法及び具体的な運転管理において対処されれば足りる事
項であって、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る安全性に関する事
項を審査する原子炉設置許可に際しての安全審査の対策となる事柄ではないから、
本件安全審査において応力腐食割れの防止対策が審査されていないことをもって本
件処分の違法事由とする原告らの右主張は、主張自体失当である。
(三) 制御棒駆動系の信頼性に関する主張について
原告らは、昭和五五年六月、米国のブラウンズ・フェリー原発三号炉において、ジ
ェネラル・エレクトリック社の沸騰水型原子炉の制御棒駆動機構には重大な欠陥が
あること等を報じたNRCの報告及びNRCのl運転管理分析局長談なるものを援
用し、また、我が国における制御棒関連の事象例を羅列して、原子炉施設における
制御棒ないしは同駆動系の信頼性が欠ける旨主張するが、以下のとおり、原告らの
右主張は失当である。
(1) 本件安全審査においては、本件原子炉の制御棒及び同駆動系については、
各制御棒及び同駆動系ごとにアキュムレータが設けられること、原子炉の緊急停止
時、いわゆるスクラム時にすべての制御棒駆動系から排出される水を貯えるスクラ
ム排出ヘッダー及びスクラム排出容器が設けられること等から、十分なスクラム信
頼性を有しているものと判断された。
(2) なお、ブラウンズ・フェリー原発三号炉において制御棒が円滑に挿入され
ない事態が生じたのは、スクラム排出ヘッダーとその下流側にあるスクラム排出容
器とを結ぶ長い小口径の連絡管に水詰まりが生じ、その結果制御棒を原子炉内に挿
入しようとした際に、水が十分排出されなかったことによるものであるが、我が国
の沸騰水型原子炉においては、ブラウンズ・フェリー原発三号炉における経験を教
訓として、スクラム排出ヘッダーとスクラム排出容器が直接つながる構造とするこ
とにより、スクラム排出ヘッダーに水が留まらないよう対策を講じており、本件原
子炉施設においてもそのような事象は全く考えられない。
(3) また、原告らの援用する報告は、中間段階のものであり、その後NRCが
行った詳細な検討結果によれば、制御棒駆動水圧系スクラム排出系配管の破断の発
生の可能性は極めて低いこと等から、原子力発電所の運転を継続することに問題は
ないとされた。
本件原子炉施設においては、制御棒駆動系の水圧制御ユニットは、安全保護設備と
して、設計上十分信頼性を有するものとするとともに、厳重な品質管理の下に製造
されろこととされているので、ユニット内の配管に亀裂が生じることは考えられな
い。
(自)ECCSに関する主張について
原告らは、ECCSに関し、ECCSの性能は実証されておらず、現にテスト運転
において弁、ポンプの故障等によって的確に作動しなかった例があり、また、EC
CS安全評価指針は不十分であるばかりでなく、本件原子炉のECCSの右指針適
合性には疑問がある旨主張するが、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
(1) ECCSの実証性・信頼性
ア 原告らが右のとおり主張する「実証」とは、具体的にどのようなものを指すの
かは明らかではないが、仮に実際の原子炉施設において実験されていないことをも
って実証されていないとする趣旨であれば、それは極めて非科学的な主張といわざ
るを得ない。
すなわち、被告が本件原子炉のECCSの性能を評価するに当たって用いた手法
は、解析モデルを用いて行うものであるが、このように解析モデルを用いて設備等
の性能評価を行い、その有効性を確認するという手法は、工学上一般に広く承認さ
れた手法であって、特に、原子炉施設については、実際に異常を発生させて実験す
ることができないことから、必要であるのみならず、有効かつ合理的なものとされ
ている。また、問題は右解析モデルが適当なものであるかどうかにあるが、ECC
Sの性能評価解析に用いられたモデルは、実験によって十分な確証が得られている
部分については、その結果を踏まえ、また、未だ実験によって十分な確証が得られ
ていない部分については、十分厳しい条件を設定し、全体としては、安全上厳しい
結果となるように作成された信頼性の高いものである。そして、実際のECCSの
性能評価においては、更に厳しい条件を設定した安全側の評価が行われているのだ
から、右解析モデルをECCSの性能評価に用いることに何ら問題はない。
イ 次に、原告らは、実証に乏しいことの論拠として、米国アイダホ州の国立原子
炉試験所で行われた加圧木型原子炉におけるECCSのセミスケール実験例を挙げ
る。しかしながら、右実験は、いわゆるロフト計画の一連の実験の初期において、
本件原子炉のような実用発電用原子炉とは規模、内容を異にする簡単な模型実験装
置における実験であり、その実験結果を実用発電用原子炉にあてはめることはでき
ない。そして、その後、実用発電用原子炉により近い小型原子炉を用いたロフト計
画の実験においては、ECCSにより有効に原子炉内に注水が行われ、燃料被覆管
の最高温度が計算による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られて
いるのであるから、原告らのいう実験例がその主張の根拠とならないことは明らか
である。ちなみに、沸騰水型原子炉においても、TLTA、ROSA-III及び
TBBLのいずれも実用発電用原子炉に近い形に模擬した総合システム実験におい
て、ECCSによって有効に原子炉内に注水がされ、燃料被覆管の最高温度が計算
による予測値よりも低い温度にとどまるとの実験結果が得られている。
また、美浜原発において発生した事象に関連して、ECCSが作動した結果、燃料
集合体に異常は認められなかった。このことは、燃料被覆管の重大な損傷を防止す
るというECCSの目的が的確に達せられたことを示すものである。
(2) ECCS安全評価指針及び本件原子炉施設の同指針適合性について
ア ECCS安全評価指針の妥当性
(3) ECCS安全評価指針には、冷却材喪失事故時にECCSが炉心の冷却可
能な形状を維持しつつこれを冷却し、もって放射性物質の環境への放出を十分抑制
することができるかを評価するに際しての具体的な判断基準として、以下の四項目
が示されている。すなわち、
(1) 燃料被覆管温度の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇度以下でなければなら
ない、
(2) 燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パー
セント以下でなければならない、
(3) 炉心で、燃料被覆管が水と反応して発生する水素の量は、格納容器の健全
性を確保するために十分低くなければならない、
(4) 炉心形状の変化を考慮して、長半減期核種の崩壊熱の除去が長期間にわた
って行われることが可能でなければならない、
というものである。
(b)原告らは、このECCS安全評価指針について、ECCSの機能に関し重要
なポイントを押さえていると肯定的に評価しつつも、(1)冷却材喪失事故時に燃
料被覆管に作用する応力の大きさに係る基準がないこと、(2)燃料被覆管の脆化
に係る基準がないこと、(3)水素の発生量に係る基準が抽象的であることから、
右基準は燃料棒破損事故防止の基準としては不十分である旨主張する。
(c)しかしながら、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
(1) 右(1)の主張について
冷却材喪失事故時に燃料被覆管に作用する応力としては、ECCSによる冷却水注
入時に発生する熱応力等と、燃料被覆管の内外圧力差によって発生する応力とがあ
るが、前者については、燃料被覆管の最高温度及び酸化量がそれぞれ前記(a)の
判断基準において定める摂氏一二〇〇度及び燃料被覆管の厚さの一五パーセントを
下回っていれば、燃料被覆管の脆化は十分に抑えられるので、燃料被覆管は、この
応力に対しても十分に冷却可能な形状として維持されることが、実験により確認さ
れている。また、後者については、この応力によって生ずる燃料被覆管のふくれ及
び破裂による変形が、燃料被覆管の最高温度、酸化量に影響を与えることが問題で
あるところ、これらの変形をも考慮して右判断基準への適合性を評価すれば足りる
のである。
(2) 右(2)の主張について
燃料被覆管の脆化については、その程度は酸化量に依存し、その酸化量は過度の温
度上昇により急激に増加するので、酸化量及び温度が右各制限値を下回れば、燃料
被覆管の脆化は十分に抑えられる。すなわち、酸化量及び温度に係る基準は、脆化
に対する基準そのものなのである。
(3) 右(3)の主張について
格納容器内の水素の濃度(水素は、一般に、その濃度が四パーセント以上で、か
つ、酸素の濃度が五パーセント以上の状態において燃焼を生じる可能性があるの
で、格納容器の健全性の確保の観点からは、格納容器内の水素濃度を四パーセント
未満に抑えるか、又は酸素濃度を五パーセント未満に抑える必要がある。)は、燃
料被覆管の水とジルコニウム反応によって発生する水素の量以外にも、格納容器の
大きさ、可燃性ガス濃度制御系(主として水の放射線分解によって格納容器内に発
生する水素と酸素を強制的に再結合させて水に戻すための設備)の性能等ECCS
以外の設備設計等に依存するものであるから、水素の濃度を抑えるためには、水素
の発生量を主たる基準として設ける合理性はないのであり、前記(4)(3)のよ
うな基準を定めておけば十分合目的的というべきである。
イ 本件原子炉施設の同指針適合性
原告らは、本件原子炉のECCSは、(1)燃料棒は、中性子照射等によって劣化
しているはずであるのに、劣化を想定しない健全な燃料棒に基づいて行った事故解
析は無意味であり、(2)冷却材喪失事故時に温度上昇の結果生ずる燃料被覆管の
ふくれによる流路閉鎖及び破裂について何ら実証的な検討が行われていない、
(3)燃料被覆管の最高温度及び水とジルコニウムの反応量にいずれも重大な影響
を与える燃料被覆管の内面酸化を過少評価している点において、本件原子炉のEC
CSが右基準を充足していない旨主張するが、以下のとおり、原告らの右主張は失
当である。
(1) 右(1)の主張について
燃料被覆管の健全性については、中性子照射後の燃料被覆管に関する破裂の実験を
斟酌しても、なお十分に余裕があることが確認されているのである。そこで、燃料
棒が中性子照射等によって劣化することを想定して解析する必要性はない。
(2) 右(2)の主張について
本件原子炉施設においては、そもそも燃料被覆管がふくれたり、破裂したりするこ
とがないことが解析等により確認されているのである。それゆえ、冷却材喪失事故
時における燃料被覆管の挙動については、既に十分検討されている。
(3) 右(3)の主張について
本件原子炉施設においては、そもそも冷却材喪失事故時においても燃料被覆管が破
裂することはなく、したがって、それによる内面酸化の発生はない。一方、仮に燃
料被覆管に破裂が生じた場合、その時点以降内面酸化を考慮することがECCS安
全評価指針で要求されているが、前記ア(a)(2)基準の「全酸化量の計算値が
酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセント」とは、内面酸化と外面酸化とを区別
することなく、両者を合わせた燃料被覆管の全酸化量に対して定められた制限値で
あって妥当なものであり、更に、この値については、昭和五八年に実施された日本
原子力研究所の実験においてもその保守性が示されている。それゆえ、燃料被覆管
の内面酸化を過少評価しているということはできない。
なお、原告らは、日本原子力研究所の報告を援用し、内面酸化は外面酸化より多い
旨主張するが、原告らの援用に係る実験は、昭和五〇年に行われたものであり、こ
の実験によれば、内面酸化と外面酸化との酸化量の比較を示す結果は得られていな
いのであり、これをもって、原告らの右主張の根拠とすることはできない。
(五) 格納容器の健全性に関する主張について
(1) 原告らは、格納容器の隔離弁はしばしば故障し、また事故時にECCS等
を使用した場合にはそれらの配管類が閉ざされないので、格納容器における隔離機
能は十分ではない旨主張するが、格納容器を貫通する配管には、格納容器の内外若
しくは外側に隔離弁を設ける設計となっているが、これらの隔離弁は、(1)十分
な余裕を持った設計とされるとともに、(2)いずれも隔離信号により自動的に閉
鎖するばかりでなく、中央制御室からの遠隔手動操作によっても閉鎖することがで
きるようになっており、また、(3)配管に二個の隔離弁を設けている場合には、
その二個の隔離弁はいずれもそれぞれ独立した電源によりこれを駆動することにな
っており、更には、(4)原子炉の運転開始後においても定期的にその機能を確認
するための試験が実施できる構造となっている等十分な信頼性を有する設計となっ
ており、原告らの右主張は失当である。
(2) 原告らは、主蒸気の隔離時には多量の蒸気がサブレッション・チェンバに
流入するが、この際の衝撃が格納容器に大きな力を加え、圧力容器を動かす可能性
があり、そうなれば制御棒不挿入事故も起こりかねない旨主張するが、圧力容器
は、圧力容器ペデスタル(基礎台)によってその全重量が支持されているのであ
り、圧力容器は格納容器の変位を直接受けるような構造となっていないのであるか
ら、蒸気がサブレッション・チェンバに流入する際の衝撃が制御棒の挿入性に影響
を与えることはなく、原告らの右主張は失当である。
(3) 原告らは、沸騰水型原子炉の格納容器は加圧水型原子炉のそれと比べ、容
積が小さいので、水素爆発等に対し極めて弱い旨主張する。
原告らの右主張の趣旨は明らかではないが、仮に格納容器の容積の大小のみをもっ
て水素爆発に対する格納容器の健全性を論じるものであれば、以下のとおり沸騰水
型原子炉の事故防止対策についての理解を全く欠いたものである。
すなわち、格納容器の容積が小さいほど、内部の圧力上昇という観点からは、厳し
いものとなるが、沸騰水型原子炉の格納容器が加圧水型原子炉のそれと比較して小
さいのは、沸騰水型原子炉の場合には、加圧水型原子炉の場合と異なり、格納容器
内に放出された蒸気を、格納容器の下部にあるサブレッション・プールの水によっ
て凝縮復水させることによって、格納容器内の圧力の上昇を抑制できる設計として
いるからにほかならず、また、本件原子炉施設には、格納容器内の空気をあらかじ
め窒素ガスで置換する不活性ガス系及び可燃性ガス濃度制御系がそれぞれ設置され
るので、たとえ冷却材喪失事故時の水素及び酸素の発生を考慮しても、格納容器内
の水素及び酸素濃度は、十分燃焼限界(水素濃度四パーセント又は酸素濃度五パー
セント)以下に抑えられるのである。
したがって、原告らの右主張は失当である。
(六) 事故解析に関する主張について
原告らは、本件安全審査に際し行われた事故解析においては、単一機器の故障しか
考慮されておらず、他の機器、設備はすべて安全側に作動することが前提とされて
おり、また、圧力容器の破壊やECCSの不作動等炉心溶融につながる事故解析を
行っていないので、右事故解析は、虚妄である旨主張するが、原告らの右主張は、
以下のとおり、事故解析の意義、更には、事故解析に際し用いられている「単一機
器の故障」の意義、内容についての理解を欠くことに起因するものであって、失当
といわなければならない。
(1) すなわち、本件原子炉施設には、多重防護の考え方に基づいて各種の事故
防止対策が講じられており、かつ、事故防止対策に係る設備のうち、安全保護設備
及び安全防護設備の各信頼性については、(1)強度等において十分な余裕をもっ
た設計となっていること、(2)原則として多重性及び独立性を有する設計となっ
ていること、(3)外部電源が喪失した場合においても非常用電源をその電源とす
る等所定の機能が発揮されることとなっていること、(4)原子炉の運転開始後に
おいても定期的にその性能確認のための試験、検査が実施できる構造となっている
こと等が要求され、非常に高いものとなっている。
そこで、本件原子炉施設に放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が
発生したとしても、その発生に伴って作動することが要求される右安全防護設備等
に、同時に故障が発生することはそもそも考えられないのである。
(2) また、原子炉設置許可の際の安全審査においては、右事故防止対策の総合
的な妥当性を検討するに際し、事故解析を行い、原子炉施設の安全性が確保される
ことを確認している。右解析評価においては、放射性物質を環境に異常に放出する
おそれのある事態をもたらす起因事象の中から、安全上の観点から厳しいものを仮
定した上、右起因事象の発生に伴い作動が要求される安全防護設備等について、そ
れらの設備を構成するポンプ等の動的な機器について、要求される機能ごとに結果
が最も厳しくなるような単一故障の発生を想定している。例えば、冷却材喪失事故
に対しては、安全防護設備は炉心冷却、格納容器冷却、放射能放出低減等の安全機
能を要求されるが、この場合、それぞれの機能について作動を要求されるポンプ等
の機器に順次単一故障を仮定して解析を行っているのである。このように事故解析
は、原告らがいう単に単一の機器の故障に起因する事態について行うものではない
のである。
更に、事故解析において、原告らが主張するように、圧力容器の破壊やECCSの
ような安全防護設備の同時故障等を仮定することは、本件原子炉施設の安全性に係
る設計上の対策を根底から無視するものであり、何ら技術的合理性を有していな
い。
(七) 我が国における故障等に関する主張等について
(1) 原告らは、敦賀原発において発生した故障ないし事故及び本件原子炉施設
の循環水配管における海水漏洩事象を取り上げ、それらがあたかも本件原子炉施設
についての安全審査の不合理性を示す証左であるかのように主張するが、右故障な
いし事故は、いずれも溶接施工、運転管理あるいは塗装等に起因するものであり、
原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に起因するものではなく、
安全審査の対象となるものではなく、そもそも本件訴訟の対象とならないから、原
告らの右主張は失当である。
(2) 原告らは、昭和六四年一月、福島第二原発三号炉において発生した冷却材
再循環ポンプ損傷事象の根本的な原因は水中軸受リングの共振であり、未だ解決さ
れていない旨主張するが、水中軸受リング溶接部の強度が共振によって生ずる応力
を下回らないように施工すれば、右事象の発生を防止できるのである。そして、三
号炉における右事象は、溶接施工上の問題に起因したものであり、原子炉施設の基
本設計ないし基本的設計方針に係る事項に起因するものではなく、本件安全審査の
対象となるものではないから、原告らの右主張は失当である。
(3) 原告らは、平成三年二月、美浜原発二号炉において発生した蒸気発生器伝
熱管損傷事象では、ECCSが十分に機能しなかった旨主張するが、再現解析の結
果によって、右事象においてはECCSは設計どおりに作動し、炉心の冠水は維持
され、炉心の健全性に影響はなかったことが確認されており、また、念のため行わ
れた燃料集合体シッピング検査の結果からも燃料集合体に異常は認められていない
のであり、右事象においてECCSが十分にその機能を発揮したことは明らかであ
るから、原告らの右主張は失当である。
(八) TMI事故に関する主張について
原告らは、TMI事故につき、その事実関係を単に一般的に羅列し(但し、誤りが
少なくない。)、格別の具体的理由を示すことなく、本件安全審査が不合理である
と主張するが、原告らの右主張は失当である。
TMI事故の要因、すなわち、単なる主給水喪失という事象を炉心損傷事故まで拡
大、発展せしめた決定的な要因は、第一に、一次冷却系の圧力の上昇に伴って開い
た加圧器逃し弁が開放固着していることに、運転員が、二時間以上もの間気付かな
かったこと(仮に、運転員が早期に加圧器逃し弁の開放固着に気付き、加圧器逃し
弁の元弁を閉じていれば、一次冷却水の一次冷却系外への大量の流出は避けられ、
炉心損傷の事態にまでは至らなかった。)、第二に、一次冷却水量は、原子炉圧力
と加圧器水位によって判断しなければならないところ、運転員が原子炉圧力の低下
に留意することなく加圧器水位のみに着目するという誤判断を犯し、加圧器逃し弁
からの一次冷却水の流出による一次冷却系の圧力の低下に伴って自動起動したEC
CS(高圧注水系)を停止させたり、その流量を最低限まで絞ったりした上、その
状態を継続させ、ECCSの機能を長時間にわたり実質的に殺してしまったこと
(仮に、設計とおりECCSを機能させていれば、加圧器逃し弁からの一次冷却水
の大量の流出があったにせよ、炉心損傷の事態には至らなかった。)の二点に尽き
る。
そして、運転員が右のような誤判断ないし誤操作に至った背景としては、TMI二
号炉においては、原子炉施設の管理が適切に行われていなかったこと、運転員に対
する教育・訓練等の問題点の存在が指摘されている。
これを要するに、TMI事故において、単なる主給水喪失という事象を炉心損傷事
故にまで拡大、発展せしめた決定的な要因は、TMI二号炉における具体的な運転
管理に係る事項に属するものであって、原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方
針に係る安全性の確認を目的とする安全審査の対象となる事項に属するものではな
いから、TMI事故の発生は、何ら本件安全審査の合理性を左右するものではな
い。
(九) チェルノブイル事故に関する主張について
原告らは、チェルノブイル事故が本件安全審査の不合理性を示すものである旨主張
するが、以下のとおり、そもそもチェルノブイル原発四号炉と本件原子炉との設
計、構造等に関する基本的相違を殊更無視するものであって、失当である。
すなわち、チェルノブイル事故は、いわゆる反応度事故であり、その要因は、多重
防護の適用が十分でない設計を背景としつつ、運転員が設計者の予想のしなかった
ような危険な状態に原子炉を導いたことにある。これを我が国の原子炉設置許可に
際しての安全審査の対象との関係でいえば、基本設計ないし基本的設計方針と関連
するものは、チェルノブイル事故の原因のうち、チェルノブイル原発四号炉が、低
出力では反応度出力係数が正となる設計、すなわちすべての出力領域において固有
の自己制御性を有しない設計であること、及びこのような炉特性に対応した原子炉
緊急停止装置の設計が不十分であることに限られるのであって、その余は、専ら運
転管理に関わるものである。
これを本件原子炉についていえば、本件安全審査においては、原子炉に異常な反応
度が投入され、核分裂反応が異常に急上昇する事象に対しては、すべての出力領域
で反応度出力係数が負となること、すなわち自己制御性を有していること、また、
本件原子炉施設の原子炉緊急停止装置は、制御棒の位置、炉心の燃焼状態等につい
て最も厳しい条件とし、その上で更に制御棒一本の挿入失敗を仮定しても、なお原
子炉の緊急停止に必要な負の反応度添加率が確保されるように設計されていること
を確認している。なお、念のため付言すれば、原告らがチェルノブイル事故の主原
因であるとする、いわゆるポジティヴ・スクラムは、そもそも本件原子炉施設のよ
うな沸騰水型原子炉では存在しない。
なお、原告らは、反応度出力係数が負である本件原子炉施設においては、原子炉内
の圧力上昇によって蒸気泡がつぶれた場合には正の反応度が投入され、大事故に至
る可能性がある旨主張するが、本件安全審査においては、何らかの理由で主蒸気系
の弁が急速に閉鎖し、原子炉圧力が急上昇するような場合、具体的には、圧力上昇
の観点から最も厳しい発電機負荷遮断等について解析評価を行い、燃料被覆管及び
圧力バウンダリの健全性が確保され、何ら原告らが主張するような大事故には至ら
ないことを確認している。
以上のとおり、本件原子炉については、本件処分に際しての安全審査において、そ
の基本設計ないし基本的設計方針に関し、チェルノブイル事故の要因となった前提
条件がそもそも存在しないこと、及び厳しい条件を仮定した反応度投入事象を想定
しても十分に安全性が確保されることを確認している。したがって、チェルノブイ
ル事故の発生は、本件安全審査の合理性に何ら影響を与えるものではないのであ
り、原告らの右主張は失当である。
三 本件原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性
1 原子炉施設の自然的立地条件に係る安全審査
(一) 自然的立地条件に係る安全審査の内容
(1) 原子力発電における安全性の確保の問題のうち、原子力発電に固有のもの
は、放射性物質の有する危険性をいかにして顕在化させないかという点であり、原
子炉施設の設置に当たっては、この点について十分に配慮しなければならないこと
はいうまでもない。原子炉施設の自然的立地条件に係る安全性の問題は、右固有の
問題の一部を構成するものであって、当該原子炉施設に関する諸条件のうち自然的
立地条件が、放射性物質の有する危険性を顕在化させることがないように事故防止
に係る安全確保対策がなされているかという問題である。すなわち、原子炉施設の
自然的立地条件に係る安全性(すなわち自然的立地条件が放射性物質の有する危険
性を顕在化させないこと)とは、原子炉施設の位置、構造及び設置が、その自然的
立地条件との関連において、原子炉等による災害の防止上支障がないものとして設
置されることである。
そして、その安全性は総合的な審査に基づいて判断され、同審査においては、当該
原子炉施設が、その基本設計ないし基本的設計方針において、工学的、技術的にそ
の自然的立地条件に対応する安全なものとして設計、建設されるかどうかについて
検討されるのである。
(2) 右審査において自然的立地条件として考慮すべきものには、当該原子炉施
設の地盤及び地震を始めとして、気象、海象等の問題もある。しかし、本件安全審
査においては、右のうち地盤及び地震に係る安全性の確保が特に重要であるという
観点から、地盤及び地震の画点に重点を置いて審査したものである。
(二) 地盤及び地震に係る安全性
原子炉設置許可に際しての安全審査で、申請に係る原子炉施設が、その基本設計な
いし基本的設計方針において、自然的立地条件のうち地盤及び地震の問題に係る安
全性を確保し得るかどうかを判断するに当たっては、当該原子炉に関して次の事項
を確認する。
(1) 本件原子炉施設の敷地の地盤に係る条件が、同施設における大きな事故の
誘因とならないかどうか。その具体的な審査項目は、次のとおりである。
ア 本件原子炉施設の敷地の地盤のうち、特に同施設を直接支持する地盤(これを
支持地盤という。)の安全性については、それが、同施設を支持するために必要な
地耐力を有しているか、また、荷重による不等沈下を起こすおそれがないかどう
か、並びに本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺における広範囲にわたる地質の分布
及び構造からみて、同施設の支持地盤が、十分な安全性を有しているかどうか。
これらの事項は、本件原子炉施設の敷地の地盤が脆弱であったり、同施設の敷地及
び敷地周辺における構造運動が活発であると、本件原子炉施設の支持地盤の安定
性、ひいては同施設の安全性を損なうおそれがあるためである。
イ 本件原子炉施設の敷地全体の地盤の安全性については、同地盤が、本件原子炉
施設に損傷を与えるような大規模な地すベり、山崩れ、山津波等を発生させるおそ
れがないかどうか。
これらの事項は、山崩れ、山津波等の中には工学的に対処可能なものもあるが、工
学的に対処不可能なほどの大規模な地すベり、山崩れ、山津波等が、本件原子炉の
敷地において発生すると同施設が損傷を受けるおそれがあるためである。
(2) 地震及びこれに伴う事象が、本件原子炉施設における大きな事故の誘因と
ならないかどうか。その具体的な審査項目は、次のとおりである。
ア 過去の地震歴や、断層の活動性等から、将来発生することがあり得るものと考
えられるべき地震のうち本件原子炉施設に大きな影響を与えるであろうと考えられ
る地震、すなわち本件原子炉施設において耐震設計上考慮すべき地震が適切に選定
されているかどうか。
イ 右アで選定される地震が本件原子炉施設の敷地に及ぼすと考えられる影響を考
慮した上で、本件原子炉施設の敷地基盤における設計用地震動が余裕をもって設定
されているかどうか。
ウ 右イで設定される設計用地震動に対して、工学的、技術的見地からみて、適切
な耐震設計が本件原子炉施設につき講じられ得るかどうか。
2 本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性
(一) 本件原子炉施設の地盤に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設の支持地盤が、同施設を
支持するために十分な地耐力を有し、かつ同施設の荷重による不等沈下を起こさな
いこと、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤には、摺曲構造が認められる
が、摺曲運動等の程度から見て、本件原子炉施設の支持地盤の安全性を損なうもの
ではないこと、本件原子炉施設の敷地全体の地盤には、同施設に損傷を与えるよう
な大規模な地すベり、山崩れ、山津波を発生させるおそれのある地形又は地質状況
は認められないこと等が確認された結果、本件原子炉施設の地盤に係る条件は、同
施設における大きな事故の誘因にならないと判断された。
(1) 支持地盤に係る安全性
本件安全審査においては、次のアないしウが確認されたことから、本件原子炉施設
の支持地盤に掛かる安全性が確保されるものと判断された。
本件原子炉施設は、地盤を数十メートル掘り下げて、強固かつ安定した岩盤を露出
させ、これを支持地盤としてその上に直接建てられている。ところで、地表踏査、
ポーリング調査、試掘坑調査等の結果によれば、本件原子炉施設の支持地盤は、新
第三紀に形成された西山層(泥岩から成る地層である。一であり、同地層は本件原
子炉施設の敷地全域にわたって分布しているが、右西山層は、次のとおり、本件原
子炉施設を直接支えるために十分な地耐力を有し、かつ、不等沈下が生じるおそれ
はなく、構造運動が本件原子炉施設の支持地盤の安定性を損なうおそれはない。
ア 地耐力について
本件原子炉施設の支持地盤は、十分な地耐力(支持力、変形に対する抵抗力、せん
断抵抗力)を有する。
(1) 支持力
試掘坑内で実施された平板載荷試験の結果によれば、本件原子炉施設の支持地盤が
有する支持力は、一平方センチメートル当たり六二ないし八五キログラムであっ
た。これに対して、本件原子炉施設の自重は、一平方センチメートル当たり七キロ
グラムである。また、地震時において本件原子炉施設に働く荷重を、右自重に加え
ても、その合計は一平方センチメートル当たり一四キログラムにしかならない。
したがって、本件原子炉施設の支持地盤は、十分な余裕を持った支持力を有する。
(2) 変形に対する抵抗力
支持地盤(西山層)が原子炉施設を支持し得るとしても、右施設の重量による支持
地盤の変形は避けられない。しかし、同地盤に作用する荷重は右のとおり小さく、
試掘抗で実施された変形試験の結果によれば、荷重に対する変形はごく小さく、工
学的には無視できる。さらに、小さい荷重であっても、長期的にある荷重がかかり
続けると沈下する現象(クリープ現象)が生じるが、同地盤の変形試験の結果等に
よれば、同沈下は設計上支障となるものではない。したがって、本件原子炉施設の
支持地盤は、変形に対する抵抗力を十分に有する。
(3) せん断抵抗力
岩盤せん断試験の結果等から求められたところの、本件原子炉施設の支持地盤のせ
ん断抵抗力は、幅一メートル当たり一万四〇〇トンであった。これに対して、建築
基準法施行令八八条、建設省告示第一〇七四号(地盤の種別及び構築物の種別によ
る低減率)に定められた最大水平震度の三倍の力が本件原子炉施設に加えられたと
きに生ずる水平方向の力は、幅一メートル当たり三三〇〇トンであった。
したがって、右支持地盤は、十分な余裕を持つなせん断抵抗力を有するので、地震
による地盤破壊のおそれはない。
イ 不等沈下について
また、荷重による不等沈下については、本件原子炉施設の支持地盤について行われ
た岩石、岩盤試験の結果によれば、同支持地盤の強度的不均一性は極めて小さいた
め、本件原子炉施設の重量による不等沈下が生ずるおそれはない。
ウ 地殻変動と支持地盤の安全性
更に、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤及び地殻の構造状況に照らせば、
以下のとおり、地下深部から地表に至る地殻自体の変動、例えば摺曲運動等の構造
運動が本件原子炉施設の支持地盤の安全性を損なうおそれはない。
(1) 本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤については、石油関係資料、海
上保安庁水路部資料、験潮記録及び水準測量記録等の文献調査や、本件原子炉施設
の敷地を中心とする半径約三〇キロメートルの範囲についての詳細な空中写真判
読、地表踏査、海上保安庁水路部で実施した海上音波探査資料の解析等の調査の結
果に照らすならば、将来、原子炉施設の支持地盤の安全性を損なう大規模な構造運
動はないものと考えられる。
すなわち、右調査の結果、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤を構成する地
層は、下から上へ(すなわち年代的に古いものから新しいものへ)向かって順に、
新第三紀に堆積した寺尾層、椎谷層、西山層及び灰爪層、新第三紀及び第四紀に堆
積した魚沼層群、第四紀に堆積した青海川層、安田層、番神砂層、雪成砂層、沖積
層(新期砂層を含む。)であることが判明し、右のうち、寺尾層、椎谷層、西山層
及び灰爪層並びに魚沼層群の一部は、摺曲構造が認められた。
(2) しかしながら、敷地内で実施したボーリング調査等の結果から、本件原子
炉施設の敷地では、近年においても摺曲運動が継続しているとは考えられない。
すなわち、地層における摺曲構造の存在は、過去において当該地層を摺曲させた構
造運動があったことを示す。そして、その摺曲運動の活動時期は、摺曲構造を示す
地層の上位にある摺曲していない地層の形成時期から判断できるところ、本件原子
炉施設の敷地について見れば、同施設の支持地盤である西山層は摺曲構造を呈して
いるが、敷地内で実施したボーリング調査等の結果からその上位に分布する第四紀
後期の地層である安田層は、敷地全域にわたってほぼ水平に連続していることが確
認されており、少なくとも、安田層の堆積以降においては、摺曲運動が継続してい
るとは考えられない。
(3) なお、本件原子炉施設の敷地は、羽越活摺曲帝に属するとされており、同
摺曲帯では広域的には地殻変動が認められるが、右調査(水準調査)の結果によれ
ば、仮に本件原子炉施設の敷地の周辺の地盤において、近年においても摺曲運動が
継続しているとしても、それによる摺曲の変位の速度は小さいので、同摺曲運動の
本件原子炉施設の敷地への影響は、工学的には無視できるものといえる。
以上のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の支持地盤に係る安全性
を損なうような大規模な構造運動は起こり得ないと判断された。
ちなみに、本件原子炉施設の敷地の位置する西山丘陵に隣接する柏崎平野は、陥没
という構造運動によって生じた低地に海進時土砂等が堆積して形成された地層が、
その後の海退時に陸地化してできたのであるとする説もあるが、むしろ、摺曲構造
の向斜部に位置するため、もともと低い地形であった土地(陥没によって低地にな
ったのではない。)が、その後の海退による陸地化と浸食作用及び海進による地層
形成によって平野になったと考えるほうが妥当である。
なお、右平野においては、第四紀後期に堆積した安田層が、海退時になだらかな地
表面として現れ、その後の浸食を免れた部分が、現在、段丘として残されている。
仮に、右平野が陥没によって生じ、その運動が現在まで継続しているとするなら
ば、なだらかな地表面の一部であった右段丘の頂部の平坦部分に高度の食い違いが
生ずるはずであるが、右段丘の頂部は平坦であり、陥没による高度の不連続は認め
られないことから、少なくとも安田層堆積後、すなわち、第四紀後期以降に構造運
動がないことは明らかである。
(2) 敷地及び敷地周辺の地盤の安定性
本件安全審査においては、次のアないしウの地形及び地質状況が確認されたことか
ら、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤において、同施設に被害を与えるよ
うな、工学的に対処不可能な大規模な地すベりや山津波等が発生するおそれはない
と判断された。
地すベりや山津波等は、地盤の斜面部などで重力(地盤の自重)の不均衡によって
発生する現象であるので、斜面の存在しないところにおいてはもとより、傾斜地で
あっても重力の不均衡の要因を取り去れば、発生することはない。したがって、大
規模な地すベりや山津波等が発生するおそれがあるか、そして、地すベりや山津浪
等に対し、傾斜や重力不均衡の要因の除去という工学的な対処が可能であるか否か
は、(1)地表に広範囲の急傾斜面があるかどうか、(2)地盤中に断層や傾斜し
た地層その他の広範囲かつ急傾斜した不連続な面(この面に沿って地盤がすべる可
能性がある。)が存在するかどうか、(3)地盤を構成する物質(砂、粘土、泥
等)のすべりに対する抵抗力が小さいかどうかに関わることになる。
ア 本件原子炉施設の敷地は、柏崎市及び刈羽郡<地名略>にまたがり、西山丘陵
の南端部に位置する。同敷地の形は、海岸線に平行に約三・二キロメートル、直角
に内陸に向かって約一・四キロメートルの半楕円形をなしている。同敷地前面の海
岸線から同敷地背面の境界部にある標高六〇メートル前後のりよう線に向かって高
くなって行くところの、なだらかな起伏を持った丘陵地となっている。
したがって、本件原子炉施設に近接した位置の地表に、地すベりや山津波の原因と
なるような広範囲の急傾斜の斜面はない。
イ 本件原子炉施設の敷地内において実施された地表踏査、ポーリング調査、試掘
坑調査等の結果によれば、本件原子炉施設の敷地全域にわたって、新第三紀に形成
された西山層(泥岩層)が分布している。この西山層が本件原子炉施設の支持地盤
であり、西山層には、節理の発達が少なく、かつ大規模な断層や破砕帯も存在しな
いので、強固かつ安定した岩盤であるということができる。
ウ 右の西山層(泥岩層)の上には、これを覆う形で、約一二万年ないし一四万年
前に形成された安田層(硬質の粘土等を主体とする。)が、ほぼ水平な層を成して
存在する。また、安田層の上には約三万年ないし八万年前に形成された半固結状の
番神砂層(砂質土を主体とする。)があり、更に、その上には、最上位の地層とし
て新期砂層(砂丘砂を主体とする。)が分布している。
なお、これら異なる地層が接する不連続な面に傾斜がないわけではないが、いずれ
も地表部付近において局所的に存在しているのみで本件原子炉施設に被害を及ぼす
ような大規模な地すベりや山津波を引き起こすおそれはない。
以上のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地
盤において、同施設に被害を与えるような、工学的に対処不可能な地すベりや山津
波等が発生するおそれはないと判断された。
(二) 本件原子炉施設の地震に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設において耐震設計上考慮
すべき地震は、過去の地震歴や、断層の活動性等から、適切に選定されているこ
と、選定された地震が本件原子炉施設の敷地に及ぼすと考えられる影響を考慮した
上で、本件原子炉施設の敷地基盤における設計用地震動が余裕をもって設定されて
いること、設計用地震動に対して、工学的、技術的見地からみて、適切な耐震設計
が本件原子炉施設につき講じられていることが確認された結果、地震及びこれに伴
う事象(機器や配管の振動等)は、本件原子炉施設における大きな事故の誘因とな
らないものと判断された。
(1) 耐震設計上考慮すべき地震
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設に関して耐震設計上考慮
すべき地震が適切に選定されていることが確認された。
ア 酎震設計上考慮すべき地震の選定に関する基本方針
原子炉施設の耐震設計に用いられる設計用地震動は、耐震設計上考慮すべき地震を
基準として余裕をもって設定される。したがって、設計用地震動の設定やこれに基
づく耐震設計が適切に行われるためには、基準になる地震の選定が適切に行われる
必要がある。
右の基準になる地震、すなわち耐震設計上考慮すべき地震としては、過去の地震歴
の調査によって、過去に発生し、本件原子炉施設の敷地の地盤に対して影響を与え
たことが判明している地震、若しくは影響を与えたことが推定される地震、又は、
本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤に存在する断層の調査によって、同断層
の活動により同地盤において将来発生することがあり得るものと考えられる地震の
中から、本件原子炉施設に最も大きい影響を与えるであろうと考えられるものを選
定する。
右のように、過去の地震を考慮するのは、地震は、ほぼ同様の規模で繰り返し発生
するものであるとされているところから、将来においても、本件原子炉施設の敷地
及び敷地周辺において、過去に発生した地震と同じ様な影響を及ぼす地震が同所で
発生するおそれがあるからである。
しかし、有史時代より前に発生した地震は、地震歴の調査による方法では把握でき
ない。そこで、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の断層について、その活動性の
有無を調査するのである。
これは、近年、地震の多くは構造運動に伴う断層活動によって発生すると考えられ
ているところ、有史以前の時期を含む最近の地質年代に繰り返し活動した断層は、
将来も活動する可能性があり、これを評価することによって、有史期間にはたまた
ま発生しなかった地震をも看過しないようにするためである。このような観点か
ら、最近の地質年代である第四紀後期、特にその後半の時期における断層の活動性
が着目されるのである。
そもそも地震は、地下深部の地殻の一部が、何らかの応力によって長時間かけてで
きたひずみに耐えられなくなり、破壊する際の衝撃波が地表に伝わったものであ
る。そして、破壊した部分は断層という形で残される。いったん、断層が形或され
るとそれまでのひずみは解消されるが、それ以降も応力の作用が続き、これによっ
て再びひずみが蓄積されると、同じ断層面上(周辺の地殻のうち最も強度が弱い部
分)においてひずみに耐えられなくなった結果の破壊、すなわち断層面のズレが生
じ、これによって再び地震が発生する。したがって、応力状況が変わらない限り、
こうした断層のズレが繰り返され、同じような規模の地震は周期的に発生すること
になる。そしてその周期は、日本列島内では、経験的に数百年ないし数万年である
ことが判明しているため、有史時代に活動していない断層であっても将来活動する
おそれがあると考えられているのである。
ところで、過去に活動した断層がすべて将来も活動するとはいえない。これは、長
い間には、応力の掛かり方が変化して、周期的に活動していた断層が、以後活動し
なくなることがあるからである。そして、我が国においては、第四紀後期において
は応力の掛かり方ほぼ一定方向であり、この力によって同一の断層が繰り返し活動
し、地震を発生させたものと考えられている。したがって、工学的見地からは、第
四紀後期における活動性が全くないか、又は低い断層についてまで、将来において
活動すると考える必要はないのである。こうした判断は、現在活動している断層の
活動周期は、長くとも数万年以内であることが経験的に知られていることからも正
当化される。
イ 過去の地震歴
(1) 過去の地震歴によって、耐震設計上考慮すべき地震を選定するには、本件
原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤において過去に発生した地震につき、そのマ
グニチュードや震央距離に基づいて、金井式(地震のマグニチュードと震源距離か
ら最大加速度を推定する式)により、本件原子炉施設の敷地基盤において地震動の
推定最大加速度(以下「推定最大加速度」という。)を算定する。最大加速度は、
周期特性と共に、地震動を特徴づけるものであって、本件原子炉施設の敷地及び敷
地周辺の地盤において過去に発生した地震のうち、最大加速度が大きいものほど、
同地盤に与える影響は大きいと考えられる。
(2) 本件原子炉施設について耐震設計上考慮すべき過去の主な地震は、次のと
おりである。しかし、過去において、柏崎付近が被害の中心となった地震はなく、
柏崎付近では、地震による被害自体あまり経験していない。
(a)越後南西部の地震
発生時期    西暦一五〇二年
マグニチュード 六・九
震央距離    四二キロメートル
推定最大加速度 九五ガル
(b)越後高田の地震
発生時期    西暦一六一四年
マグニチュード 七・七
震央距離    五四キロメートル
推定最大加速度 一六〇ガル
(c)越後三条の地震
発生時期    西暦一八二八年
マグニチュード 六・九
震央距離    三三キロメートル
推定最大加速度 一三〇ガル
(d)六日町の地震
発生時期    西暦一九〇四年
マグニチュード 六・九
震央距離    三〇キロメートル
推定最大加速度 一五〇ガル
(e)新潟地震
発生時期    西暦一九六四年
マグニチュード 七・五
震央距離    一一五キロメートル
推定最大加速度 三〇ガル
右(a)ないし(e)の地震のうち、同様の地震が将来再び発生した場合に、本件
原子炉施設に最も大きな影響全及ぼすと判断されるものは、推定最大加速度が最も
大きい(b)越後高田の地震(一六〇ガル)である。
ウ 敷地及び敷地周辺の地盤に存在する断層
(1) 断層の評価の基本方針
以下のとおり、本件原子炉施設の耐震設計上考慮すべき断層として、気比ノ宮断層
が選定された。
気比ノ宮断層の選定に至るまでの、各断層の評価過程等の経緯は、次のとおりであ
る。
(a)まず、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の広い範囲を対象として、文献調
査(石油関連資料等)、空中写真判読及び地表踏査による地形、地質調査を行い、
右範囲に存在する断層及び存在が推定される断層のうち、地すベり性の断層を除外
し、また、構造性の断層でも本件原子炉施設から遠く、かつ小規模なものは除外す
るなどの絞り込みを行った。
その結果、耐震設計上考慮すべき断層と判断される可能性のあるものとして残った
断層は、気比ノ宮断層、中央丘陵西縁部断層、真殿坂断層及び椎谷断層であるが、
これらはいずれも、地表に断層面を確認できないため、地下に断層が存在する可能
性があると推定されているに過ぎないものである。
(b)次に、右四断層について、第四紀後期における活動性を評価し、それに基づ
いて、断層活動に基づく地震によって本件原子炉施設に大きな影響を与えると考え
られるものを、耐震設計上考慮すべき断層として選定した。それが気比ノ宮断層で
ある。
ところで、右四断層の第四紀後期の活動性の評価に当たっては、第四紀後期の活動
が活発かつ大規模な断層は、その断層活動の痕跡として、連続したリニアメント、
すなわち線状をを呈する地形が地表に明瞭に判読されるとか、リニアメント線上及
びその近傍の露頭に、第四紀後期にしばしば活動したことを示す断層や地下深部に
おける第四紀後期の断層活動を反映していると考えられる撓曲構造等が認められる
等の地形上、地質構造上の特徴を伴うことに着目する。
すなわち、第四紀後期に活動した断層により形成されたリニアメントは、形成年代
が新しいことから、浸食される期間が短いため、地形上の特徴として明瞭に判読さ
れ、かつ、断層露頭や撓曲構造近くでこれちと同一方向に向かって延びるものとし
て判読される。これに対し、古い時代に活動した断層により形成されたリニアメン
トは、長い期間の浸食作用によって不明瞭になるか、また、断層露頭等と一致しな
い。したがって、右地形、地質構造上の特徴は、第四紀後期における断層の活動性
に関し、極めて有用な指標となる。
そこで、断層や撓曲構造、さらに構造運動を反映した第四紀後期の地層の変形など
がリニアメントと対応している場合には、最近の地質時代に繰り返し活動している
断層であると判定し、連続して認められるリニアメントに右地質構造の特質も加え
て、これにより断層の長さ(長さにより、当該断層が引き起こし得る地震の規模が
推定される。)を判定して、第四紀後期における活動性を評価した。
その結果、本件原子炉施設に関して評価されたのは、気比ノ宮断層であり、同断層
が耐震設計上考慮すべき断層と選定されたのである。
(2) 断層の評価結果
右評価の方針に基づく右四断層の評価結果は、次のとおりである。
(a)気比ノ宮断層
これは、本件原子炉施設の敷地東方の中央丘陵東縁部信濃川左岸地区の長岡市<地
名略>付近から中之島町<地名略>付近に至る延長約一七・五キロメートルの範囲
で、地下深部に存在の可能性が推定される断層である。
当該地域の段丘面や丘陵部には、かなり明瞭なリニアメントが認められているこ
と、基盤の地層に過摺曲構造が認められ、この過摺曲を呈する構造の方向が右リニ
アメントに概ね一致していること、この地区に右過摺曲構造を覆って発達する段丘
が平野側に著しく傾斜しているという地形上の特徴を有し、摺曲運動の影響を受け
たと考えられていること、及び右段丘の堆積物が第四紀後期に形成されたことか
ら、第四紀後期においても摺曲運動は続いており、右断層は第四紀後期の活動性が
ある程度大きいものと判断された。
(b)中央丘陵西縁部これは、中央丘陵西縁部の西山町<地名略>から出雲崎町<
地名略>に至る延長約一二・五キロメートルの範囲で、地下深部に存在する可能性
があると推定される断層である。
すなわち、右地域の新第三紀ないし第四紀の灰爪層又は魚沼層群で構成された地層
部には、気比ノ宮断層で認められたリニアメントに比べて、やや不明瞭なリニアメ
ントが認められたこと、また、このリニアメントに沿って一部に撓曲構造が確認さ
れること等から、地表付近においては大規模な断層は存在しないものの、地下深部
においては、断層が存在する可能性は否定できないと考えられる。しかし、右リニ
アメントと、右断層の存在を推定させる撓曲構造の位置とが一部において一致しな
いこと、右撓曲構造に沿う多数の露頭で第四紀後期に活動したことを示す断層が存
在しないことから、右断層の第四紀後期における活動はなかったか、仮にあったと
しても、その活動性はごく小さいものと判断された。
(c)真殿坂断層、椎谷断層
真殿坂断層は、本件原子炉施設の敷地の北東方向にある西山丘陵の刈羽村<地名略
>から北東方向に延びる延長約一四キロメートルの範囲で、地下深部に存在する可
能性があると推定される断層である。また、椎谷断層は、西山丘陵の柏崎市<地名
略>から北東方向にある出雲崎町<地名略>に至る延長約一三キロメートルの範囲
で、地下深部に存在する可能性があると推定される断層である。両断層共、文献
(石油関係資料)において、地下深部に推定されている断層である。
ところで、右両断層が第四紀後期に活動したとすれば、地形上何らかの形跡が残さ
れているものと考えられるが、空中写真判読によっても両断層共に全くリニアメン
トは認められず、地表踏査等によっても、第四紀後期において断層活動を示唆する
地形(断層崖、ケルンコル等)や断層露頭が認められないことから、右両断層の第
四紀後期における活動性は無視できる。
(3) 耐震設計上考慮すべき断層
以上のとおり、耐震設計上考慮すべき断層は気比ノ宮断層であり、過摺曲構造やそ
の構造と一致するリニアメントの存在等から断層の長さは、約一七・五キロメート
ルとされた。将来、断層活動により発生することがあり得るものと考えるべき地震
の規模は、当該断層の長さから推定することができる。そこで、気比ノ宮断層の活
動によって将来発生することがあり得るものと考えられる地震の規模を、一般に広
く用いられている松田式(断層の長さから地震の規模を推定する式)により算出す
ると、マグニチュード六・九となる。そして、同地震による推定最大加速度は、震
央距離を二〇キロメートルとして、二二〇ガルと算定された。これが耐震設計上考
慮すべき地震である。
(2) 設計用地震動
地震が原子炉施設に及ぼす影響は、当該地震が原子炉施設の敷地基盤に対して、ど
のような地震動を与えるかによって異なる。そして、地震が敷地基盤にどのような
地震動を与えるかは、主に当該地震動の最大加速度及び周期特性によって表され
る。したがって、設計用地震動の設定に当たっては、耐震設計上考慮すべき地震に
よる地震動に対して余裕のある最大加速度と適切な周期特性を選んで採用すること
が必要である。
本件安全審査においては、以下のとおり、設計用地震動の設定に当たって、過去の
地震歴や断層の活動から将来発生することがあり得るものと考えるべき地震のうち
耐震設計上考慮すべき地震に対しても、十分余裕のある最大加速度を採用し、か
つ、地震動と原子炉施設を構成する機器等との共振に配慮した適切な周期特性等を
採用していることが確認された。
ア 最大加速度
本件原子炉施設において耐震設計上考慮すべき地震によって敷地基盤に与えられる
地震動の推定最大加速度のうち、最大のものは、過去の地震歴及び断層の活動性に
ついての調査結果から明らかなとおり、気比ノ宮断層の活動によって将来発生する
ことのあり得る地震による二二〇ガルである。そこで、本件原子炉施設を設計する
に当たって設定するところの敷地基盤における地震動、すなわち設計用地震動の最
大加速度は、右の二二〇ガルに対して十分の余裕を有する三〇〇ガルとされた。
イ 周期特性
一般に、構造物や機器等の物体(以下「構築物等」という。)は、その構造、材質
等に応じて、それぞれ固有の振動周期を持っている。そして、地震によって構築物
等に振動が生じた場合における当該構築物等の振動の程度は、地震動の周期と右固
有の振動周期(以下「固有周期」という。)とが一致したとき、すなわち共振した
ときに最大となり、また、当該地震動が当該構築物等に与える影響も最大となる。
構築物等の固有周期は、その構築物等が剛構造であれば相対的に短く、それが柔構
造であれば相対的に長い。
そこで、本件原子炉施設の耐震設計を行うに当たっては、同施設を構成する主要な
構築物等の固有周期を十分に考慮して、設計用地震動の周期特性を選定する。すな
わち、本件原子炉施設(大部分が厚い壁、太い柱を有する鉄筋コンクリート造りの
構築物)は、原則として剛構造である上、直接に岩盤(敷地基盤)上に設置するた
め、同施設の固有周期はほぼ〇・五秒以下の短周期振動系となる。そこで、敷地基
盤における設計用地震動の波形は、重要施設の耐震設計に広く用いられている過去
の代表的な強震記録波形の中から、ほぼ〇・五秒以下の周期成分が優勢なものを選
定する。しかし、同周期範囲においても、本件原子炉施設を構成する構築物等によ
って固有周期が異なることから、このことを考慮して、同施設を構成する構築物等
のそれぞれについて、十分大きな応答(共振)が生ずるように、(1)比較的短周
期側が優勢なゴールデンゲートパーク記録(米国、一九五七年、サンフランシスコ
地震、マグニチュード五・三)、(2)比較的中周期が優勢なタフト記録(米国、
一九五二年、カーンカウンティ地震、マグニチュード七・七)、及び(3)比較的
長周期側が優勢なエルセント口記録(米国、一九四〇年、インペリアルバレー地
震、マグニチュード七・一)の三波を選定した。
(3) 本件原子炉施設の耐震設計
本件安全審査においては、右(2)で設定される設計用地震動に対して、工学的、
技術的見地からみて、適切な耐震設計が講じられ得ることが確認された。
ア 剛構造及び岩盤設置
本件原子炉施設は、地震時における原子炉格納施設や機器の変形の程度を小さくす
るため、原則として、同施設の主要な部分を剛構造とした上、同施設全体を岩盤
(西山層)上に直接設置する。
イ 重要度分類に応じた耐震設計
本件原子炉施設の耐震設計に当たっては、同施設を構成する構築物等を安全上の重
要度に応じてA、B、Cの三種類に分類し、それぞれの重要度に応じて適切な耐震
設計を講じる。
特に、原子炉施設のうち主要な部分(Aクラス)、すなわち、その機能喪失が原子
炉事故を引き起こすおそれのある施設や本件原子炉施設周辺の公衆に対して放射線
障害を与えることを防止するために必要な施設(以下「主要施設」という。)に対
しては、水平震度については、建築基準法に定められている水平震度の三倍の震度
を、鉛直震度については、水平震度の半分、すなわち、建築基準法に定められてい
る水平震度の一・五倍の震度を考慮した静的解析、また、本件原子炉施設の支持地
盤に与えられる設計用地震動を用いた動的解析をそれぞれ行い、右静的解析及び動
的解析から求められたいずれの地震力に対しても十分余裕のある耐震設計を講じ
る。
また、主要施設については、右各解析によって求められた地震力に、平常運転に伴
って作用する圧力や熱膨張等による力が加わった場合にも、それによって発生する
応力の程度が、本件原子炉施設を構成する建設材料の耐え得る許容限度内にとどま
り、右主要施設には損傷が生じないように設計する。
更に、主要施設のうち、安全対策上特に緊要な格納容器、原子炉緊急停止装置及び
ほう酸水注入装置については、設計用地震動の一・五倍の地震動を用いた動的解析
によって求められた地震力に、平常運転に伴って作用する圧力や熱膨張等による力
が加わったとしても、主要施設に損傷が生じないように設計することはもとより、
更に、同施設に課せられている機能が十分維持されるように設計する。
3 本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性に関する原告らの主張に対する反

(一) 本件原子炉施設の敷地内に存在すると推定される断層の評価に関する主張
について
原告らが、本件原子炉施設の敷地内に存在する断層であると主張するものは、以下
のとおり、実は、断層ですらないもの、断層であっても地震の原因とならない地す
ベり性の断層に過ぎないもの、構造運動に起因した断層であっても、もはや活動す
るおそれのないものに過ぎない。
(1) 地すベり性断層の判断の可否に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤に存在する番神砂層や安田層
に認められる断層について、大間隔のポーリング調査や地表面から数メートル掘っ
た程度のトレンチカット調査によっては、これらの断層を地すベりによるものと判
断することはできない旨主張する。
しかしながら、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
ア すなわち、地すベりとは、地形(斜面)などの要因によって重力のバランスが
崩れ、地盤の表面だけに発生する変形であるから、地すベりによって生じる断層
は、一般に、(1)斜面に沿って存在し、(2)断層を引き起こした力(重力)の
方向もその斜面の傾斜方向に沿っており、(3)断層は、地下深部に達しておら
ず、断層の傾斜は下方に行くに従って緩やかなものとなり(次第に地層の抵抗が増
すためである。)、そのため、断層面は、全体として湾曲している等の特徴を示す
のである。
これに対し、構造運動に起因して地震を発生させるような断層(これを構造性の断
層という。)は、一般に、(1)斜面とは無関係に存在し、(2)断層面は、水平
方向に直線状に連なっていて、(3)断層は、構造運動に伴う地殻変動の結果とし
て、地下深部まで達しており、かつ断層面はほぼ一様の傾斜で地下深部に向かって
連続している等、地すベり性の断層とは、全く異なる特徴を示すのである。
したがって、当該断層が地すベり性の断層であるか否かは、露頭調査、トレンチ調
査、ポーリング調査等、地質調査においてごく一般的に用いられている調査方法に
よって、容易かつ的確に判断し得るのである。
イ そして、本件原子炉施設の敷地内の番神砂層や安田層等に認められる断層につ
いては、まず、断層露頭について詳細な調査が行われた上、更に、これらの断層の
うち規模が比較的大きいと思われるものについては、トレンチ調査等によって、断
層の性状、水平方向の連続性等が把握され、かつ、数メートルから数十メートル間
隔のポーリング調査によって、断層の性状、鉛直方向の連続性等が把握された。
その結果、(1)断層露頭の詳細な調査から右断層は、番神砂層や安田層等の各旧
斜面に沿ってそれぞれ存在すること、(2)それらの断層を形成した力の方向も番
神砂層や安田層等の各旧斜面の傾斜方向に沿ったものであること、(3)また、ト
レンチ調査等から、それら断層の傾斜は下方に行くに従って緩やかなものとなり、
断層面は全体として湾曲していること等、地すベり性の断層に見られる一般的特徴
を有するものであることが判明した。
これらを総合的に検討、評価した結果、右断層はいずれも、番神砂層や安田層等が
かって地表に表れていた時代において、浸食作用で形成されたかっての谷の斜面に
沿って小規模かつ局所的に生じた地すベりにより形成された断層(このような小規
模かつ局所的に生ずる地すベりが本件原子炉施設に特段の影響を及ぼすのでないこ
とはいうまでもない。)であると判断された。
ウ また、本件原子炉施設の敷地周辺の番神砂層や安田層の露頭の調査結果によれ
ば、同露頭に認められる断層は、同施設の敷地内に認められる地すベり性の断層と
同様の性状、形態を示すことが判明した。したがって、これら露頭の断層も、地表
部のみに形成された地すベり性の断層と判断された。
(2) 本件原発五号炉直下の断層の活動性に関する主張について
原告らは、本件原子炉(一号炉)から北東へ約一キロメートル離れた地点に設置が
計画されている本件原発五号炉の敷地基盤に見られる断層が西山層及び安田層を切
っていろこと、及び右五号炉設置計画地点付近の県道露頭に見られる断層が安田層
及び番神砂層を切っていることを併せ考えると、右五号炉の敷地基盤に見られる断
層は、番神砂層をも切る極めて新しいものである可能性が高い旨主張する。
しかしながら、原告らが主張する五号炉直下の断層とは、東京電力が、規制法二六
条一項に基づいて、被告に提出した本件原発の原子炉設置変更(二号炉及び五号炉
増設)許可申請書の添付書類に記載されているところの、五号炉の敷地基盤に認め
られた断層V系断層及びF系断層と称されるもの)を指すと思われるが、ポーリン
グ調査及び追跡坑調査の結果によれば、右断層は、その一部が安田層の下部を切っ
てはいるものの、安田層の上部には全く変位を与えていないので、少なくとも安田
層堆積以降、すなわち、約一二万年前以降の活動は認められず、また、破砕幅及び
変位が小さいこと等から、本件原子炉施設の安全性を損なうおそれはない。また、
原告らが、五号炉設置計画地点付近の旧県道の露頭に見られる断層と主張するもの
は、安田層と新期砂層とが不整合で接しているものに過ぎず、断層ではないから、
原告らの右主張は失当である。
(3) 東側道路法面の断層の性質に関する主張について
原告らは、本件処分後、本件原子炉の炉心から北東へ約三〇〇メートルの地点にお
いて、本件原発東側道路の掘削工事中、同道路法面に発見された断層は、新砂丘、
番神砂層及び安田層を切っており、さらに西山層をも切っている可能性があるこ
と、右断層の変位に累積性が認められることから、右断層は、極めて新しく、かつ
活発な活動を繰り返している断層である旨主張するが、以下のとおり、原告らの右
主張は失当である。
ア 原告らの右主張に係る断層がいずれの断層を指すものか必ずしも明確でない
が、右道路法面に認められる数本の小規模な断層のうち最も規模の大きい断層(以
下「主断層」という。)について見ると、露頭調査、トレンチ調査、ポーリング調
査等の結果によれば、主断層は、番神砂層及び安田層上部には変位を与えているも
のの、下位の地層である安田層下部及び西山層には全く変位を与えていない。しか
し、原告らが主張するごとく、主断層が極めて新しく、かつ活発な活動を繰り返し
ている断層であるとするならば、右のように上部の地層を切りながら下位の地層を
切らないことはあり得ない。構造運動を起こす力は、地下深部から来るからであ
る。逆に、右主断層のように、上位の地層を切って下位の地層を切らないのは地す
ベり性の断層であることを示している。
また、断層は、番神砂層や安田層の旧斜面に沿って存在し、さらに、主断層の傾斜
は下方にいくに従って緩やかなものとなり、断層面は全体として湾曲していること
等、地すベり性の断層において一般的に見られる特徴を示していることから、右断
層は、地すベりによって生じたものである。
イ また、露頭調査の結果によれば、右道路法面に認められるその他数本の小規模
な断層の規模は、地すベり性のものと判断された右主断層に比べて小さく、かつ、
その形態が右主断層に類似しているところから、右主断層を形成したと同じ地すべ
りによって、副次的に生じた断層(地すベりの発生時の衝撃で、地すベりを起こし
た土塊の中や地すベり面の背後に、同時に発生する小規模な断層)であることが明
らかである。
ウ 原告ら主張の断層変位の累積性が、いかなる事象を指すものなのか必ずしも明
らかではない。しかし、それが右断層に伴う地層の変位の分布が非一様性を示して
いることを指すものであるならば、これは地すベり性の断層にしばしば認められる
事象に過ぎず、構造運動に起因する断層活動において、その活動の繰り返し(古い
地層ほど何回も断層活動を経験する。)によって、断層に伴う変位が大きくなると
いう変位の累積性を示すようなものではない。
(4) 本件原子炉直下の断層(α断層及びβ断層)及び真殿坂断層の活動性に関
する主張について
原告らは、本件原子炉施設の支持地盤に認められたいわゆるα断層及びβ断層は、
地震の発生源となる活断層でないとしても、周辺地域で地震が発生した場合、再び
ずれを生じるおそれがある旨主張するが、以下のとおり、原告らの右主張は失当で
ある。
ア α断層及びβ断層が、仮に地震により影響を受け、更に右両断層の断層部の強
度が不十分だと仮定しても、本件原子炉施設の支持地盤は地震時に作用する荷重に
対しても十分な地耐力を有しており、かつ、両断層は著しい破砕部を伴うものでは
ないことから、地震発生によって本件原子炉施設の支持地盤が影響を受けるおそれ
はない。なお、地震により右両断層に変位が生ずるものであれば、これまでも第四
紀後期の後半の時期に発生した様々な地震によって変位が生じるはずであるが、昭
和五五年五月一六日の検証によれば、そのような変位は生じておらず、右両断層は
いずれも約一二万年前に形成された安田層上部に変位を与えていない。
また、α断層及びβ断層は安田層の下部を切っているものの、安田層の上部には影
響を与えていないことから、右両断層は少なくとも安田層堆積以降、すなわち、約
一二万年前以降の活動は認められず、右両断層の再活動のおそれはない。
イ また、真殿坂断層の活動は無視できるし、α断層及びβ断層との間に関連性も
ない。真殿坂断層は、地質構造的に見て、西山町<地名略>付近の摺曲構造の向斜
軸部に位置する西山層以深の地層が急傾斜をなしていることにより、地下深部にそ
の存在が推定されているものである。ところが、本件原子炉施設の敷地において実
施された多数のポーリング調査結果によれば、同敷地内に存在することが認められ
る摺曲構造の向斜部に位置する西山層の傾斜は、極めて緩やかに連続しており、断
層に伴う変位は認められない(変位があれば、右のように急傾斜を示すはずであ
る。)。したがって、本件原子炉施設の敷地内には、真殿坂断層はもとより、それ
に関連する断層が存在する余地はないと判断されたのである。
(5) 寺尾断層に関する主張について
原告らは、刈羽村<地名略>に見られる断層について、右断層は、西山丘陵の摺曲
運動に起因する構造性の断層であり、番神砂層等新しい地層を切っていることから
新しい活動性を有する旨主張するが、寺尾に見られる断層は、以下のとおり、原告
らの主張するような構造性のものではなく、地すベり性のものであるから、原告ら
の主張は、その前提を欠き失当である。
ア 地すベり性の断層と構造性の断層は、全く異なる成因によって生じるものであ
り、左記のとおり、それぞれ明瞭に異なる特徴を有する。
(a) 構造運動に起因して地震を発生させる構造性の断層は、地下探部(地球内
部)から来る応力によって生じるものであるため、(1)斜面とは無関係に存在
し、(2)断層面は水平方向に直線状に連なって、(3)断層は地下深部まで達
し、(4)断層面はほぼ一様な傾斜角度で、地下深部に向かって連続しているとの
特徴を示す。構造性の断層は、右のほかに、(5)断層活動の繰り返しにより地層
の変位が累積する結果、より古い地層(より多くの断層活動を経ている。)である
下位の地層における変位量が、より新しい地層である上位の地層における変位量よ
り大きく、また、(6)構造性の断層は地下深部で発生し、地表に向かって延びる
ものであるから、断層が枝分かれする場合には下方から上方に向かう等の特徴があ
る。
(b) 一方、地すベりとは、地形(地表のものに限らない。)などの要因によっ
て重力のバランスが崩れた結果、地盤の表面付近(地表ではない。)にのみ発生す
る変形である。地すベりの要因になる地形としては斜面の存在等が挙げられ、例と
しては不整合をなす二地層の境界面等がある。大規模な地すベりではかなり深くま
で地盤の変形が生じることもあるが、地球内部から来る応力によって生じる構造性
断層のように地下深部まで変形が及ぶことはない。地すベりによる断層は、一般
に、(1)斜面に沿って存在し、(2)断層を引き起こした力(重力)の方向も、
その斜面の傾斜方向に沿っており、(3)地下深部に達しておらず、(4)斜面下
方へ進むに従って徐々に地層の抵抗が増すため、断層の傾斜は下方へ行くに従って
緩やかなものとなり、(5)そのため、断層面は全体として湾曲しているとの特徴
を示している。地すベり性の断層は、右のほかに、(6)地下の地すベり性断層に
沿って、地上にリニアメントが生ずることはなく、(7)斜面上方に当たる上位の
地層における地すベりによる変位量が、斜面下方に当たる下位の地層における地す
ベりによる変位量より大きいため、地すベりによる地層の鉛直変位量は、上位の地
層の方が下位の地層よりも大きい等の特徴がある。
イ 以上の特徴を前提として、原告らの主張する寺尾断層の性質について見てみ
る。
(1) 東京電力の調査によれば、寺尾断層の椎谷層における変位量は、最大約九
〇センチメートルに過ぎず、上位にある安田層における変位量約一二〇センチメー
トルに比べて、はるかに小さいものになっていることが認められ、寺尾断層は、地
すベり性断層の特徴である前記ア(b)(7)の特徴を示している。
(2) また、寺尾断層は、上方から下方に向かって枝分かれしていることが認め
られ、前記ア(a)(6)の特徴を欠いている。すなわち、構造性の断層であるな
らば、地球内部から来る応力によって地下深部で発生し、地表に向かって延びる構
造性断層の性質上、断層が枝分かれする場合には、下方から上方に向かうはずであ
るが、寺尾断層では、逆に上方から下方に向かって枝分かれしているところからみ
て、寺尾断層が地球内部から来た力によって生じたものとは考えられない。
以上のとおり、寺尾断層は、地すベり性の断層の特徴を有し、構造性断層と符号し
ない特徴を伴うものであるから、寺尾断層を構造性断層であるとする原告らの主張
は誤りである。
ウ(1) ところで、原告らは、寺尾断層について、荒浜砂丘団体研究グループの
スケッチに基づき、火山灰質砂岩層を基準の地層(鍵層)として測定すると、寺尾
断層の椎谷層の変位量は約一四〇センチメートルと認められるとした上で、より上
位の安田層の変位量約一二〇センチメートルに対して下位の変位量が大きいので、
寺尾断層は構造性断層の前記ア(a)(5)の特徴を示す旨主張するが、寺尾断層
の椎谷層における変位量は最大約九〇センチメートルに過ぎず、椎谷層より上位に
ある安田層における変位量が約一二〇センチメートルであるに比べて、はるかに小
さい変位しか示していないのである。
(2) また、原告らは、被告が泥岩層を基準として椎谷層における変位量が約九
〇センチメートルに過ぎないとの結論を導いたことに対して、一般に泥岩は連続し
ないので鍵層とはなり得す、火山仄は地質学的に一瞬で堆積するので有力な鍵層と
なるのであるから、火山灰質砂層を鍵層とすべきである旨主張するが、以下のとお
り、原告らの右主張は失当である。
(a) 一般論としては、確かに火山灰層等が鍵層に適する。その理由は、火山の
爆発があると火山灰が短期間において広範囲にわたって散布されるために、地層の
時間的・地域的な対比が容易となるからである。原告らが「泥岩は連続しないので
鍵層とはなり得ない。」と主張しているのも、火山灰層のように広範囲にわたって
連続しないという趣旨である。
しかし、寺尾断層の椎谷層における変位量を測定するという課題については、寺尾
断層は極めて狭い範囲のみが対象とされているので、泥岩層であっても、必要な範
囲内において連続している以上、十分に基準の地層としての役割を果たし得るので
ある。右のとおり、基準の地層として適切であるか否かは、具体的な実情に則して
考えなければならないのであり、変位量についての被告の判断には鍵層の取り違え
の誤りがあるという原告らの主張は、一般論を重視するあまり、問題の本質を見誤
ったものである。また、そもそも、原告らが鍵層として用いた「火山灰質砂層」
を、寺尾断層に認めることはできない。
(b) 被告が右判断の基準とした泥岩層は、トレンチ南・北側壁の椎谷層中に、
断層の両面にほぼ連続して認められる。そして、右泥岩層を挟んで、石灰質砂岩層
が上下に分布していることや、右の石灰質砂岩層の上下にある砂岩には、明らかな
岩相の相違があること等から、寺尾断層の左右にある泥岩層の同一性は、容易かつ
的確に判断できるのである。したがって、被告が右判断の基準とした泥岩層は、寺
尾断層の椎谷層中における変位量を測定するための基準の地層として最も適切であ
るというべきである。
(6) 柏崎平野に係る原告らの主張について
原告らは、本件原子炉施設の敷地に隣接する柏崎平野は、沖積層堆積後も地殻変動
が継続していると主張し、その理由として、新たに同平野に分布する遺跡が埋没し
ていること、安田層や番神砂層下部水成層の標高変化が大きいこと、及び荒浜砂丘
の標高が高いこと等を挙げる。
しかしながら、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
すなわち、柏崎平野において、第四紀後期に堆積した安田層からなる段丘の頂部は
平坦であり、陥没による高度の不連続は認められないから、少なくとも第四紀後期
以降の構造運動がないことは明らかである。
また、以下のとおり、原告らが挙げる理由は地殻変動が沖積層堆積後も継続してい
ることの根拠とはなり得ない。
ア 柏崎平野にある下谷地遺跡は、原告らも認めるように弥生時代中期のものとさ
れているが、右遺跡は、埋没深さ等遺跡の埋没状況が日本各地で発掘された同時代
の遺跡と大きく異なるわけではなく、したがって、右遺跡が埋没していることをも
って同平野の地殻変動を示す根拠とすることはできない。
イ 安田層からなる段丘の頂部の平坦部分に安田層堆積後の構造運動に伴う高度の
不連続性は認められないのであるから、安田層よりも新しい時代に堆積した番神砂
層下部水成層に構造運動に伴う標高変化が生じるはずがないのである。甲九六の二
ないし四は、番神砂層下部水成層は高い標高に分布するとしているが、同位置にお
いては、明らかに風成の番神砂層が存在していることが確認されているのであり、
したがって、原告らが主張する番神砂層下部水成層の大きな標高変化とは、同層上
部の風成層上限を同層下部の水成層上限と見誤ったことによるものであるというほ
かない。
ウ 原告らは、荒浜砂丘の標高が新潟県の海岸部に存在する他の砂丘に比べ高いこ
とをもって地殻変動が継続していることの根拠としている。しかしながら、一般
に、砂丘が風により運搬された砂が堆積して形成されるものであり、砂丘の標高
は、砂の供給量、旧地形等の砂丘形成時の堆積環境により決まるものであるから、
右砂丘の標高が高いことをもって、構造運動の根拠とすることはできない。
(二) 本件原子炉施設の敷地周辺に存在すると推定される主な断層の評価に関す
る主張について
(1) 気比ノ宮断層の延長距離に関する主張について
原告らは、気比ノ宮断層について、被告が同断層の延長を中之島町<地名略>から
長岡市<地名略>付近までの約一七・五キロメートルと推定していることに関し
て、右断層の延長は中之島町<地名略>から長岡市<地名略>を経て、柏崎市<地
名略>までの三八・五キロメートルとみるべきである旨主張するが、以下のとお
り、原告らの右主張は失当である。
ア 気比ノ宮断層について、文献調査、空中写真判読、地表踏査等に基づいて、第
四紀後期の断層活動を示唆する地形上の特徴や地質構造上の特徴について検討した
結果、気比ノ宮断層の南限は、長岡市<地名略>付近と推定された。すなわち、雲
出町付近以北与板町付近までの西山層、灰爪層及び魚沼層における背斜構造の東翼
部には、過摺曲構造(地下深部において断層を伴うことが多いといわれる。)が認
められ、かつ、この過摺曲構造の東縁に沿って、地表にかなり明瞭なリニアメント
が認められるのに対し、雲出町付近以南の気比ノ宮断層の延長線上には、明瞭なリ
ニアメントや過摺曲構造が全く認められない。
このように、雲出町付近以北と以南とでは、地形上、地質構造上に明白な差異があ
るため、同町以南については、地下に気比ノ宮断層の延長と思われる断層の存在を
推定することはできないと判断された。
イ 更に、雲出町付近以北の地質構造は、右のとおり、過摺曲構造を示す背斜構造
である。これに対して、雲出町付近以南柏崎市<地名略>まで(原告らはこの区間
を気比ノ宮断層の「南部区間」といっている。)の地質構造は、向斜構造である。
このように、雲出町付近以北と以南とでは、そもそも地質構造を全く異にしている
のであるから、気比ノ宮断層の延長として「南部区間」を挙げること自体、根本的
に誤りである。
ウ また、原告らは、「南部区間」に活断層が存するという主張の根拠として、右
区間においても魚沼層群に撓曲構造が追跡できること、「日本の活断層」には「南
部区間」の一部がリニアメントとして記載されていることを挙げる。
しかし、雲出町以南の「南部区間」には、地表踏査の結果によっても、魚沼層群に
撓曲構造は認められないし、原告らの掲げる「日本の活断層」には、「南部区間」
の一部にリニアメントが示されているが、本件安全審査において気比ノ宮断層を推
定したリニアメントの一部に相当するリニアメント(鳥越断層群に係るもの)が右
リニアメントとは別のものとして示されており、この二つのりニアメントについて
活断層の存在の確かさを表す確実度の評価も前者を確かさが最も低いIIIとし、
後者を確かさが最も高いIとしているのであるから、「日本の活断層」の記述から
この二つのリニアメントを一体のものと考え、気比ノ宮断層が雲出町以南に伸びて
いると主張することはできない。ちなみに、現地における地表踏査の結果によれ
ば、右「南部区間」の一部に見られるリニアメントについては、岩質の差異に起因
する侵食の進行の差によって生じた段差(よりやわらかい岩質の地層は、より堅い
岩質の地層より早く侵食される。)が判読されたものと考えるのが妥当である。
(2) 中央丘陵西縁部断層の活動性に関する主張について
ア 原告らは、国道一一六号線のバイパス工事によってできた西山町<地名略>な
どの露頭において認められる断層の存在をもって、常楽寺断層の活動が現在も続い
ていることを示すものである旨主張する。
しかしながら、以下のとおり、原告らの右主張は失当である。
中央丘陵西縁断層(原告らの主張する「常楽寺断層」の一部がこれに当たる。)の
存在が推定されている西山町<地名略>から出雲崎町<地名略>にかけての地表部
付近には、第四紀後期において活動した断層が認められる露頭は全く認められな
い。また、右区間に認められるリニアメントも、中央丘陵西縁部断層が地下深部に
存在すると推定する根拠となった撓曲構造の位置と一部で一致していないが、これ
は撓曲構造に係る構造運動によって形成されたリニアメントが、長い期間の侵食作
用を受けて東側に後退した結果撓曲構造とずれたものである。これらのことから同
断層の第四紀後期における活動は、あったとしても、ごく小さいものと判断され
た。
なお、西山町<地名略>周辺の露頭において複数の断層が認められることは事実で
あるが、その位置や断層面の方向は、中央丘陵西縁部断層を推定する根拠となった
右リニアメント及び撓曲構造の位置や方向と一致していない(リニアメントや撓曲
構造は、その地下における断層の存在を推定させるものであり、構造性の断層は地
下深部から来る力によって生じるものであるから、断層とその存在を示唆するリニ
アメントや撓曲構造とは、同じ地下深部からの力が作用することによってできたも
のである以上、その位置や方向は一致するはずである。)上、右各断層は、地すベ
り性の断層の特徴を示しているので、これら断層の存在は、中央丘陵西縁部断層の
活動が現在も続いているという根拠にはなり得ない。
ところで原告らが、西山町<地名略>の露頭において認められた断層をもって常楽
寺断層の活動が現在も継続している旨主張するのは、右バイパス工事によってでき
た露頭を調査し、柏崎平野が安田層の堆積直前の陥没によって形成され、安田層堆
積後も断層の活動があったと推定する学説を背景にしているものと考えられるが、
これにいう断層は地すベり性の断層であり、右学説は支持されなかったのである。
イ また、原告らは、中央丘陵西縁部断層の南限である西山町<地名略>から、更
に南方の柏崎市<地名略>までの区間の一部において、灰爪層の撓曲が連続して追
跡できること、右区間の一部である柏崎市<地名略>から同<地名略>までの間に
おいては地形的に山地と平地が直線状の境界をなしていることから、右区間を中央
丘陵西縁部断層の延長に加え、右中央丘陵西縁部断層の延長は、出雲崎町<地名略
>から柏崎市<地名略>までの二四キロメートルであると主張するが、右前者につ
いては、地表精査をしても連続して追跡できるような撓曲構造は認められず、ま
た、後者については、当該地形は、過去の海岸線に起因する地形(現在より海水準
が高い時代の海食崖)がリニアメントとして見られるものに過ぎないから、原告ら
の右主張は失当である。
(3) 真殿坂断層の性質に関する主張について
原告らは、被告がリニアメントが認められないことを理由として、真殿坂断層が活
断層ではないと判断している旨主張するが、被告の右判断がリニアメントの不存在
にのみに基づくものでないことは、以下のとおりであって、原告らの右主張は失当
である。
すなわち、真殿坂断層の存在が推定される地域の空中写真判読によっては、リニア
メントの存在は全く認められず、また、これに加えて実施した地表踏査の結果によ
っても、第四紀後期における構造運動に起因した断層活動を示唆する断層崖やケル
ンコル等の地形的特徴及び露頭は認められなかった。このように、第四紀後期に右
断層が活動した知見がないことから、被告は、右断層の第四紀後期における活動は
無視できると判断したのであって、原告らが主張するような、
リニアメントの不存在のみを理由として判断したのではない。
また原告らが、真殿坂断層の活動が現在も続いている根拠として挙げる刈羽村<地
名略>の露頭に見られる断層は、地すベり性の運動によって番神砂層及び安田層が
西山層中に落ち込んで生じた表層の断層であり、真殿坂断層とは関係がない。
更に、原告らは、本件原子炉施設の敷地内の番神砂層(原告らのいう「古砂丘」)
に見られる逆断層をも、真殿坂断層の活動が現在も続いている根拠とするが、地す
ベり性の断層においても局部的に見れば逆断層が認められることがしばしばある
(同一斜面で同一機会に起きた複数の地すベりのうち、後から起きたものの方がス
ピードが早くて、先に起きた地すベりによる断層の下にもぐり込んでしまう場合
等)のであるから、右逆断層の存在のみをもって、真殿坂断層の活動が現在も続い
ている根拠とはなし得ない。
(4) 椎谷断層の性質に関する主張について
原告らは、椎谷断層について、石油関係資料で魚沼層群を切っているとの記載があ
る以上、空中写真によりリニアメントが認められず、また、断層露頭がないことを
理由に、同断層の活動を無視した被告の判断は誤っていると主張するが、ある断層
が第四紀後期に活発に活動しているものであるならば、第四紀後期の活動を示す断
層や撓曲構造等の露頭が存在し、これに対応する明瞭なリニアメントが連続して判
読されるはずであるが、椎谷断層の存在が推定されている出雲崎町<地名略>から
柏崎市<地名略>にかけての区間では、空中写真からリニアメントは判読されず、
また、地表踏査の結果によっても、第四紀後期における断層活動を示唆する地形や
露頭が認められない等、右断層の第四紀後期における活動を示唆する事象は認めら
れない。被告は、右調査に結果に基づき、右石油関係資料の記載をも考慮した上
で、第四紀後期における右断屠の活動は無視できると判断したものであって、これ
ら調査結果及び資料に基づく判断としては当然のものである。むしろ、空中写真判
読や地表踏査という調査の結果を無視し、石油関係資料の一記載のみに基づいて椎
谷断層に活動性ありとする原告らの主張こそ、調査結果及び資料の評価を誤った判
断の上に立つものである。したがって、原告らの右主張は失当である。
四 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性
1 災害評価の意義
(一) 原子力発電における安全性の確保は、
放射性物質の有する危険性をいかに顕在化させないかという点にある。
このため、原子炉設置許可に際しての安全審査においては、申請に係る原子炉施設
が、その基本設計ないし基本的設計方針において、平常運転時における被曝低減に
係る安全確保対策が講じられるものであるかどうか及び自然的立地条件との関連を
含めた事故防止に係る安全確保対策が講じられているかどうかを慎重に審査するこ
ととしている。右のような安全審査を経て、平常運転時における被曝低減対策に係
る安全性が確認され、また、事故防止対策に係る安全性をも確認された原子炉施設
においては、その基本設計ないし基本的設計方針に係る事項に関し、放射性物質の
環境への異常な放出という結果が防止され、公共の安全が確保されていることも確
認されているのである。
しかしながら、安全審査においては、更に、念には念を入れて安全性を確認するた
めに、立地審査指針に基づき、当該原子炉が、その安全防護設備との関連において
十分に公衆から離れているとの立地条件を満たすものであるかどうかを審査するこ
ととしている。
そして、立地審査指針に基づき、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適否を検
討することを、安全審査においては、慣習的に「災害評価」と称しているが、この
評価は、事故防止対策に係る安全確保対策を講じた原子炉施設が、更に適切な社会
的立地条件を具備しているかどうかを判断するために行う評価である。
(二) 安全審査においては、公衆との離隔に係る立地条件の適否について、立地
条件に基づき、次の三つの条件が満たされることを確認することにより判断するこ
ととしている。
(1) 原子炉の周囲は、原子炉からある距離の範囲内は非居住区域であること。
(2) 原子炉からある距離の範囲であって、非居住区域の外側の地帯は、低人口
地帯であること。
(3) 原子炉敷地は、人口密集地帝からある距離だけ離れていること。
そして、右条件に適合するか否かを判断するため、仮想的な放射性物質の放出を仮
定している。具体的には安全防護設備の有効性を一定限度考慮に入れた上で、環境
に放出される放射性物質の放出量に着目し、(1)現実的には発生する蓋然性はな
いということができるが、専ら技術的見地からみた場合には、最悪の場合には発生
するかもしれないと考えられる事故としての「重大事故」、及び(2)右重大事故
を超え、したがって、
専ら技術的見地からみな場合でさえも発生するとは考えられない事故としての「仮
想事故」の二つを段階的に想定して災害評価を行うこととしている。
ここで、留意すべきことは、既に、事故解析において、現実に多少とも発生する蓋
然性のある事故のうち、仮に発生した場合には重大な結果を惹起するおそれのある
代表的な事故を想定して解析評価を行い、災害の防止上支障がないものであること
を確認しているということである。そうだとすれば、右事故解析において取り扱わ
れた各事故以上のものであれば、いかなる種類、態様の事故であっても、現実には
発生する蓋然性のない観念的なものであり、当該原子炉の公衆との離隔に係る立地
条件の適否を判断するため、観念的な事故を想定するとの趣旨に合致し、合理性あ
るいは合目的性を失うものではないということである。
一方、右事故解析において取り扱われた各事故以上の事故を想定すればいいとして
も、実際上どの程度のものを想走することが適当であるかということについては、
災害評価の目的、意義を踏まえて決定する必要がある。
すなわち、右三条件を満たす離隔は、当該原子炉の基本的構造、出力、その他の特
性、安全防護設備を含む安全上の対策等によって変化し得るものであるが、右安全
上の対策等のすべてが無条件に機能しないと仮定した場合には、事実上原子炉の出
力のみで決まってしまうことになり、その他の重要な因子は無視されることにな
る。そこで、このような仮定は、最小限必要とされる離隔距離を判断するという見
地からは、適切とはいい難いため、安全審査においては、その安全防護設備との関
連を考え、格納容器内に考え難いほどの大量の放射性物質が放出され、更にこれが
環境に放出されるような事故をあえて想定した上、その事故による公衆の被曝線量
を計算、評価し、これを基礎に判断する方法が採られている。
要するに、原子炉施設の安全性は、適切な設計と運転管理等とによって確保される
ものであることはいうまでもなく、立地審査指針への適合性の評価は、本件安全審
査において申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備、すなわち基本設計ないし
基本的設計方針が災害の防止上支障がないものであるか否かを判断する行為の一環
として実施されるものなのである。したがって、運転に係る著しい不合理を仮定
し、基本設計ないし基本的設計方針において採られる安全対策をすべて無効とする
想定は、そもそも基本設計ないし基本的設計方針の是非を審査するという災害評価
の趣旨に反する不合理なものなのであり、考慮に値しないものであることはいうま
でもない。
2 原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性についての審査
原子炉設置許可に際しての安全審査において、申請に係る原子炉が、その安全防護
設備との関連において十分に公衆から離れている、との立地条件を具備しているか
どうか、すなわち、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るものであるかどうかを
判断するに当たっては、立地審査指針に基づく三つの条件と「重大事故」及び「仮
想事故」との関連において、
第一に、「重大事故」の発生を仮定した場合に、そこに人が居続けるならば、その
人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離までの範囲内が非居住区域
(公衆が原則として居住しない区域をいう。)となうているかどうか、
第二に、「仮想事故」の発生を仮想した場合に何らの措置を講じなければ、その範
囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲内であ
って、右非居住区域の外側の地帯が低人口地帯(著しい放射線災害を与えないため
に、適切な措置を講じ得る環境にある地帯をいう。)となっているかどうか、
第三に、右「仮想事故」の発生を仮想した場合に、全身被曝線量の積算値(集団中
の一人、一人の全身被曝線量の総和)が国民遺伝線量の見地から十分受け入れられ
る程度に小さな値になるような距離だけその敷地が人口密集地帯から離れているか
どうかがそれぞれ確認される。
そして、右各距離の範囲を判断するための目安の線量として、右の第一の場合に関
しては、甲状腺(小児)被曝について一五〇レム、全身被曝について二五レムが、
また、右の第二の場合については、甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム、全身
被曝について二五レムが、更に、右の第三の場合については、全身被曝線量の積算
値として二〇〇万レムがそれぞれ用いられる。
ところで、採用されている右各線量は、右に述べたところから明らかなように、い
ずれもあくまでも原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適否を判断するための一
方法として、その判断の際に用いられる目安としての線量であって、その線量値ま
での公衆の被曝を許容するものとしての許容被曝線量である年間〇・五レムとは本
質的にその意義を異にするものである。また、この目安は、実際に原子炉事故が生
じた場合に採られる緊急時の措置に関連して定められた指標(例えば、退避措置、
飲食物摂取制限等のための線量等)とも意味を異にするものである。
3 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件許可申請につき、右2の各事項につ
いて慎重な検討を行った結果、本件原子炉の公衆との離隔に係る立地条件は立地審
査指針に適合するものであり、したがって、本件原子炉施設は、その基本設計ない
し基本的設計方針において、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るもの、すなわ
ち、公衆との離隔に係る立地条件において原子炉等による災害の防止上支障がない
ものと判断された。
(一) 本件原子炉施設の設置位置等
災害評価の審査に当たっては、その前提として原子炉施設の設置される位置、その
周辺の人口等を確認しておく必要がある。
本件安全審査においては、本件原子炉施設は、新潟県柏崎市及び同県刈羽郡<地名
略>にまたがり、日本海に面した敷地内に設置されること、本件原子炉敷地は、ほ
ぼ半楕円形をなしており、その面積は約四二〇万平方メートルであり、本件原子炉
から敷地境界までの最短距離は、約七九〇メートルであること、本件原子炉から半
径五キロメートル以内の人口は約一万五〇〇〇人、半径一〇キロメートル以内の人
口は約七万三〇〇〇人であること等が確認された。
(二) 災害評価方法の妥当性
災害評価は、公衆との離隔に係る立地条件の適否を判断するための媒介として、観
念的に一定の事故を想定した上、その際に環境に放出される放射性物質による公衆
の被曝線量を計算し、その線量が立地審査指針に適合するかどうかを検討するもの
であるから、安全審査においては、右放射性物質の放出量、放出経路に着目し、重
大事故及び仮想事故として想定された事故が妥当なものであるかどうかはもちろん
のこと、公衆の被曝線量を計算するに当たって設定された放射性物質の放出量や放
出形態が当該原子炉施設の基本設計ないし基本的設計方針を踏まえた妥当なもので
あるかどうか、環境に放出された放射性物質の大気中における拡散、希釈の状況の
設定が当該原子炉施設周辺における地形や風速等の気象条件等を踏まえた妥当なも
のであるかどうか等、評価条件設定の妥当性について判断することが必要である。
なお、原子炉施設から環境に放出される放射性物質による公衆の被曝形態は、放射
性物質の放出量、放出形態等により種々のものが考えられるが、主要な被曝形態に
ついて計算評価すれば、必要とされる離隔の有無を合理的に判断することが可能で
あるから、考えられるすべての被曝形態について逐一計算する必要はない。
本件安全審査においては、以下のとおり、重大事故及び仮想事故の各想定は妥当で
あり、また、右各想定条件に係る評価条件の設定も妥当なものであると判断され
た。
(1) 重大事故及び仮想事故想定の妥当性
本件災害評価においては、格納容器内に放射性物質が放出される事故としての冷却
材喪失事故と、直接格納容器外に放射性物質が放出される事故としての主蒸気管破
断事故との二種類の事故が想定されている。
本件安全審査においては、これらの冷却材喪失事故及び主蒸気管破断事故は、放射
性物質の環境への放出量が最大となる可能性のある事象で、放射性物質が格納容器
内と格納容器外に放出される事象を代表して想定されたものであることから、右各
条件の想定は妥当なものであると判断された。
(2) 重大事故に係る災害評価条件設定の妥当性
重大事故は、非居住区域であるべき地域の範囲を判断するために想定する事故であ
り、その判断に際しては、右事故による公衆の甲状腺被曝及び全身被曝についての
各線量を計算する必要がある。
ア 冷却材喪失事故
重大事故として想定された冷却材喪失事故による公衆の甲状腺(小児)被曝及び全
身被曝に係る主要な被曝形態としては、(1)放出された放射性物質のうち、放射
性ヨウ素を吸入することに起因する甲状腺の被曝、(2)放出された放射性物質の
うち、放射性希ガスから放出されるガンマ線による全身被曝がある。
本件安全審査においては、重大事故として想定された冷却材喪失事故による災害評
価に当たっての評価条件が、(1)格納容器内への希ガス及びヨウ素の各放出量が
全燃料棒の被覆管が損傷するとの厳しい前提をおいて求めた値であること、(2)
希ガスやヨウ素の格納容器からの漏洩率は、格納容器スプレイ冷却系設備の作動等
により格納容器の圧力が事故後三三日後には大気圧にまで低下するので、格納容器
の圧力に依存し漸減するにもかかわらず、この間格納容器の設計圧力における漏洩
率である一日当たり〇・五パーセントで一定と仮定することにより漏洩率を多く見
積っていること、(3)非常用ガス用処理系設備におけるフィルタのヨウ素除去率
は、九九パーセント以上のものとなるように設計されるにもかかわらず、これより
も低い九五パーセントと仮定して、ヨウ素の環境への放出量を多く見積っているこ
と、また、(4)大気中に放出された希ガスやヨウ素の拡散、希釈については、風
向、風速等が変動することに伴う拡散、希釈の程度を厳しく見積るために、三三日
間で放出されると想定されるところを、二四時間で放出されるものと仮定し、更
に、まれにしか生じないと思われる濃度等、すなわち、一年間にわたる現地でのあ
らゆる気象データに基づいて計算された濃度等のうち九七パーセントを包含する厳
しいものを採用していること等の厳しいものであることが確認された結果、右の重
大事故に係る評価条件の設定は、妥当なものであると判断された。
イ 主蒸気管破断事故
重大事故として想定された主蒸気管破断事故による公衆の甲状腺不児一被曝及び全
身被曝に係る主要な被曝形態としては、冷却材喪失事故によるそれと同様、(1)
放出された放射性物質のうち、放射性ヨウ素を吸入することに起因する甲状腺の被
曝、(2)放出された放射性物質のうち、放射性希ガスから放出されるガンマ線に
よる全身被曝がある。
本件安全審査においては、重大事故として想定された主蒸気管破断事故による災害
評価に当たっての評価条件が、(1)ピンホールを有する燃料棒から冷却水中に放
出されるヨウ素の量は、最大二万キュリーと想定されるにもかかわらず、余裕をみ
てその値の二倍である約四万キュリーと多く見積っていること、(2)事故時、破
断箇所からの冷却水の流出を抑制するために自動的に閉鎖する八個の隔離弁は、原
子炉施設運転開始後もその作動性を実証するための試験ができるようになっている
こと等から、十分な信頼性が確保されるにもかかわらず、隔離弁一個の閉鎖失敗を
仮定していること、及び閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩率は、一日当たり約
三〇パーセント一隔離弁一個、一日当たり一〇パーセントの漏洩率に相当一以下に
制限することができる設計であるにもかかわらず、十分に余裕をとって一日当たり
一二〇パーセント一隔離弁一個、一日当たり四〇パーセントの漏洩率に相当)と仮
定し、その後は圧力容器内の圧力に依存するとしていること、また、(3)大気中
に放出された希ガスやヨウ素の拡散、希釈については、風向、風速等が変動するこ
とに伴う拡散、希釈の程度を厳しく見積るために、一日間で放出されると想定され
るところを、全量がわずか一時間で放出されるものと仮定し、更に、まれにしか生
じないと思われる濃度等、すなわち、一年間にわたる現地でのあらゆる気象データ
に基づいて計算された濃度等のうち九七バーセントを包含する厳しいものを採用し
ていること等の厳しいものであることが確認された結果、右の重大事故に係る評価
条件の設定は、妥当なものであると判断された。
(3) 仮想事故に係る災害評価条件設定の妥当性
仮想事故は、低人口地帯であるべき地域の範囲等を判断するために想定する事故で
あり、その判断に際しては、右事故による公衆の甲状腺一成人一被曝及び全身被曝
についての各線量を計算する必要がある。なお、仮想事故として想定された二種の
事故のそれぞれについて、右各被曝に係る公衆の主要な被曝の形態は、重大事故と
して想定された事故の場合と全く同様である。
ア 冷却材喪失事故
本件安全審査においては、仮想事故として想定された冷却材喪失事故による災害評
価に当たっての評価条件が、重大事故に係る災害評価に当たって設定されたのと同
様の厳しい評価条件が設定されているほか、炉心に蓄積されている核分裂生成物の
格納容器内への放出量については、炉心内の全燃料棒が溶融したと仮定した場合に
放出される放射性物質の量に相当する量としていること、希ガス、ヨウ素の格納容
器から原子炉建家内への漏洩は、格納容器内の圧力の低下に伴い、事故の三三日後
には停止するにもかかわらず、これを無視して一定の漏洩率(一日当たり〇・五パ
ーセント)で無限時間継続するとしていること等の非常に厳しいものであることが
確認された結果、右の仮想事故に係る評価の条件の設定は妥当なものであると判断
された。
イ 主蒸気管破断事故
本件安全審査においては、仮想事故として想定された主蒸気管破断事故による災害
評価に当たっての評価条件が、重大事故に係る災害評価に当たって設定されたと同
様の厳しい評価条件が設定されているほか、燃料棒から冷却水中に追加放出される
放射性物質については、事故後の圧力容器内の圧力の低下に伴い徐々に放出される
ものであるにもかかわらず、これを無視して一度に全量が放出されるものとしてい
ること、閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩は、圧力容器内の圧力の低下に伴い
漸次、圧力容器内の圧力が大気圧にまで低下する一日後には停止するにもかかわら
ず、これを無視して一定の漏洩率(一日当たり一二〇パーセント)で、かつ無限時
間継続するとしていること等の非常に厳しいものであることが確認された結果、右
の仮想事故に係る評価の条件の設定は妥当なものであると判断された。
(三) 立地審査指針適合性
立地審査指針に基づき、重大事故について、公衆との離隔に係る立地条件に関して
行う安全審査は、重大事故の発生を仮定した場合に、そこに人が居続けるならば、
その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離の範囲内が非居住区域
となっているかどうかをみるものであり、右距離を判断するためのめやす線量とし
て、甲状腺(小児)被曝については一五〇レム、及び全身被曝については二五レム
がそれぞれ用いられる。
また、立地審査指針に基づき、仮想事故について、公衆との離隔に係る立地条件に
関して行う安全審査は、仮想事故の発生を仮想した場合に、何らの措置も講じなけ
れば、その範囲内にいる公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断され
る距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯が低人口地帯となっているかど
うか、及び右仮想事故の場合、全身被曝線量の積算値が国民遺伝線量の見地から十
分受け入れられる程度に小さな値になる距離だけ、その敷地が人口密集地帯から離
れているかどうか、をそれぞれみるものであり、右距離を判断するためのめやす線
量として、前者に関しては甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム、全身被曝につ
いて二五レムが、後者に関しては二〇〇万人レムがそれぞれ用いられる。
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設の公衆との離隔に係る立
地条件は立地審査指針に適合するものであると判断された。
(1) 本件原子炉施設に係る評価結果
本件安全審査においては、災害評価における重大事故及び仮想事故のそれぞれの場
合の本件原子炉敷地外における被曝線量の最大値、並びに仮想事故の場合における
全身被曝線量の積算値について、以下の結果が得られることが確認された。
ア 重大事故の評価結果
(1) 冷却材喪失事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(小児)被曝については約〇・〇五七レム、全身被曝については約〇・〇〇一九
レムと計算されることが確認された。
(2) 主蒸気管破断事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(小児)被曝については約三〇レム、全身被曝については約〇・〇二五レムと計
算されることが確認された。
イ 仮想事故の評価結果
(1) 冷却材喪失事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(成人)被曝については約〇・七四レム、全身被曝については約〇・〇九八レム
と計算され、また、全身被曝線量の積算値は、昭和五〇年の人口に対しては約一二
万人レム、西暦二〇二〇年の推定人口に対しては約一五万人レムと計算されること
が確認された。
(2) 主蒸気管破断事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(成人)被曝については約一五レム、全身被曝については約〇・〇三七レムと計
算され、また、全身被曝線量の積算値は、昭和五〇年の人口に対しては約〇・六四
万人レム、西暦二〇二〇年の推定人口に対しては約〇・八五万人レムと計算される
ことが確認された。
(2) 立地審査指針適合性
右田から明らかなとおり、本件安全審査では、二つの重大事故のいずれの場合にお
いても、本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値
は、目安線量である甲状腺(小児)被曝一五〇レム及び全身被曝二五レムに比べて
それぞれ十分小さく、非居住区域であるべき範囲は右敷地内に含まれ、また、二つ
の仮想事故のいずれの場合においても、本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境
界)における被曝線量の最大値は、めやす線量である甲状腺(成人)被曝三〇〇レ
ム及び全身被曝二五レムに比べてそれぞれ十分小さく、低人口地帯であるべき範囲
は右敷地内に含まれ、更に、全身被曝線量の積算値もめやす線量である二〇〇万人
レムに比べて十分小さいものであることがいずれも確認され、本件原子炉施設は、
立地審査指針に適合するものであり、したがって、本件原子炉施設は、公衆との離
隔に係る安全性を十分確保し得るものであると判断された。
4 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性に関する原告らの主張に対する反

(一) 災害評価における全炉心溶融の不想定に関する主張について
原告らは、チェルノブイル事故の結果等を踏まえれば、原子炉施設における最悪の
事態は炉心溶融なのであるから、災害評価に際しては右炉心溶融事故を想定すべき
であり、またWASH七四〇(プルックヘブン報告)及びWASH一四〇〇(ラフ
スムッセン報告)によれば、原子力発電所の事故による災害の規模は広範囲で深刻
なものであるからこれを考慮すべきであるにもかかわらず、本件安全審査において
は、右炉心溶融事故を想定しておらず、殊更事故の過少評価を行っている旨主張す
る。
しかしながら、原告らの右主張は、以下のとおり、原子炉設置許可に際しての安全
審査における災害評価の意義、目的についての理解を欠くこと等によるものであっ
て、失当である。
(1) すなわち、原子炉設置許可に際しての安全審査における災害評価は、既
に、多重防護の考え方に基づいて各種の事故防止対策が講じられ、その基本設計な
いし基本的設計方針における事故防止対策に係る安全性が確認された原子炉施設
(これをECCS、格納容器等を含も安全防護設備についてみれば、所要の安全防
護設備が設置され、かつ、その信頼性が確保されるとともに、その設計の総合的な
妥当性が事故解析に基づく評価によって確認された原子炉施設)について、原子炉
施設における安全性の確保には念には念を入れるとの観点から、立地審査指針に基
づき、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適否を検討するために行うものであ
る。
したがって、既にこれらの安全防護設備の信頼性が確保されることが確認され、か
つ、その設計の総合的な妥当性を解析評価するための事故解析において、これらの
設備が有効に機能することが確認されているものである以上、右のような災害評価
においてこれら安全防護設備が全く機能しないときに初めて生じ得る炉心溶融のよ
うな状態を仮定して審査する必要性がないことは明らかである。立地審査指針にお
いて、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件につき、「その安全防護施設との関連
において」、一定の要求を満たすべきものとしているのも、右のような安全審査の
構造を踏まえてのものであることはいうまでもない。
(2) また、原子炉設置許可に際しての安全審査は、原子炉施設の位置、構造及
び設備の妥当性を評価するものであることから、安全防護設備等の存在を全く無視
して初めて発生し得るような事故(例えば炉心溶融)を右災害評価において考慮す
る必要がないことはいうまでもなく、原告ら主張のWASH七四〇及びWASH一
四〇〇の各報告において全炉心溶融事故が扱われていることをもって、右災害評価
において全炉心溶融を想定する必要性はないのであるから、原告らの右主張は失当
である。
(二) 災害評価における格納容器の健全性に関する主張について
原告らは、本件安全審査における災害評価に際し、「炉心内の全燃料の溶融」を仮
定した場合においても、「格納容器の健全性」が保持されるとしているのは、恣意
的な仮定である旨主張するが、本件災害評価に当たっては、仮想事故としての冷却
材喪失事故においても、炉心内の全燃料の溶融の発生及びそれに付随する物理的現
象を仮定しているものではないから、原告らの右主張は、その前提において既に失
当である。
右仮想事故としての冷却材喪失事故においては、炉心内の全燃料が溶融する場合に
放出される量に相当する量の放射性物質が格納容器内に放出されるとの評価条件を
設定しているが、これはあくまで、本件原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適
否を評価するために、保守的な評価条件をあえて仮定したに過ぎないのである。こ
のことは、右の量の放射性物質が格納容器内に放出されるに至る仮定を逐一追跡し
て、右の冷却材喪失事故に係る評価条件が設定されているのではないことからも明
らかである。それゆえ、災害評価において格納容器の健全性を前提としていること
は、何ら恣意的な仮定ということはできないから、原告らの右主張は失当である。
第三編 証拠(省略)
○ 理由
第一章 本件処分の存在等
東京電力が昭和五〇年三月二〇日、内閣総理大臣に対し、本件許可申請をし、同大
臣が、同五二年九月一日、本件処分をなしたこと、原告らが本件原子力発電所の設
置場所である新潟県柏崎市及び刈羽郡<地名略>並びにその周辺市町村に居住する
者であること、原告らが昭和五二年一〇月、行政不服審査法四八条、二五条一項に
基づく異議申立書を内閣総理大臣に提出したこと、その後、昭和五三年法律第八六
号による規制法の一部改正により、実用原子炉の設置許可権限が被告に承継された
が、内閣総理大臣及び被告が右異議申立てに対する裁決をしていないことは当事者
間に争いがない。
第二章 本件訴訟における司法審査のあり方
第一 本件訴訟の審理、判断の対象となる事項
一 取消しの理由の制限(行訴法一〇条)
1 取消訴訟においては、自己の法律上の利益に関係のない違法を理由として取消
しを求めることができない(行訴法一〇条一項)。したがって、原告らが本件訴訟
で主張し得る本件処分の違法は、原告らの法律上の利益に関係のあるものに限られ
る。
2 規制法二四条一項各号所定の許可要件のうち、三号(技術的能力に係る部分に
限る。)は、当該申請者が原子炉を設置するために必要な技術的能力及びその運転
を適格に遂行するに足りる技術的能力を有するか否かにつき、また、四号は、当該
申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備が核燃料物質(使用済燃料を含
も。)、核燃料物質によって汚染された物(原子核分裂生成物を含も。)又は原子
炉による災害の防止上支障がないものであるか否かにつき、審査を行うべきものと
定めている。
原子炉設置許可の基準として、右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四
号が設けられた趣旨は、原子炉が、原子核分裂の過程において高エネルギーを放出
するウラン等の核燃料物質を燃料として使用する装置であり、その稼働により、内
部に多量の人体に有害な放射性物質を発生させるものであって、原子炉を設置しよ
うとする者が原子炉の設置、運転につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉
施設の安全性が確保されないときは、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の
生命、身体に重大な危害を及ぼし、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深
刻な災害を引き起こすおそれがあることに鑑み、右災害が万が一にも起こらないよ
うにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の右技術的
能力の有無及び申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につき十分な
審査をし、右の者において所定の技術的能力があり、かつ、原子炉施設の位置、構
造及び設備が右災害の防止上支障がないものであると認められる場合でない限り、
主務大臣(本件処分当時、内閣総理大臣)は原子炉設置許可処分をしてはならない
とした点にある。そして、同法二四条一項三号所定の技術的能力の有無及び四号所
定の安全性に関する各審査に過誤、欠落があった場合には重大な原子炉事故が起こ
る可能性があり、事故が起こったときは、原子炉施設に近い住民ほど被害を受ける
蓋然性が高く、しかも、その被害の程度はより直接的かつ重大なものとなるのであ
って、特に、原子炉施設の近くに居住する者はその生命、身体等に直接的かつ重大
な被害を受けるものと想定されるのであり、右各号は、このような原子炉の事故等
がもたらす災害による被害の性質を考慮した上で、右技術的能力及び安全性に関す
る基準を定めているものと解される。右の三号(技術的能力に係る部分に限る。)
及び四号の設けられた趣旨、右各号が考慮している被害の性質等に鑑みると、右各
号は、単に公衆の生命、身体の安全、環境上の利益を一般的公益として保護しよう
とするにとどまらず、原子炉施設周辺に居住し、右事故等がもたらす災害により直
接的かつ重大な被害を受けることが想定される範囲の住民の生命、身体の安全等を
個々人の個別的利益としても保護すべきものとする趣旨を含むと解するのが相当で
ある。そして、前記のとおり、原告らは、本件原子力発電所の設置場所である新潟
県柏崎市及び刈羽郡<地名略>並びにその周辺市町村に居住する者(弁論の全趣旨
によれば、原告らは、本件原子力発電所の敷地境界から約〇・五ないし約九六キロ
メートルの範囲内の地域に居住していることが認められる。)であり、明らかに、
原子炉事故の発生によって、その生命、身体に直接的かつ重大な被害を受けること
が想定されると考えられるから、原告らは、規制法二四条一項三号(技術的能力に
係る部分に限る。)及び四号に係る違法を主張することができるというべきであ
る。
3 これに対し、規制法二四条一項各号のうち、一号は、「原子炉が平和の目的以
外に利用されるおそれがないこと」との要件を、及び二号は、「その許可をするこ
とによって原子力の開発及び利用の計画的な遂行に支障を及ぼすおそれがないこ
と」との要件をそれぞれ定めているが、右各要件が定められた趣旨は、専ら、原子
力の研究、開発及び利用を平和の目的に限り、かつ、原子力の開発及び利用を長期
的視野に立って計画的に遂行するとの我が国の原子力に関係する基本政策に適合せ
しめ、もって、広く国民全体の公益の増進に資することにあるのであり、また、同
項一二号のうち、経理的基礎があることを要件とした趣旨は、原子炉の設置には多
額の資金を要することに鑑み、申請者の総合的経理能力及び原子炉設置のための資
金計画を審査することにしたのであって、規制法二四条一項一号、二号、三号のう
ち経理的基礎に係るものは、個人的利益の保護を目的として内閣総理大臣の許可権
限の行使に制約を課したものではなく、原告らの法律上の利益に関係しないのであ
るから、右各要件に係る違法事由は、本件取消訴訟の審理の対象となる余地はな
い。
4 ところで、被告は、規制法には原子炉施設の周辺住民に対して原子炉設置許可
手続への参加を保障する趣旨の規定がないことから、右住民は安全審査手続自体に
関する利益を個別的に保護されているとはいえず、右手続自体の違法は、原告らの
法律上の利益に関係がない旨主張するが、規制法二四条一項三号(技術的能力に係
る部分に限る。)及び四号の要件は極めて、抽象的、一般的である上、後記のとお
り、原子炉施設の安全性に関する審査の適合性については、各専門分野の学識経験
者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う
内閣総理大臣の合理的な判断に委ねる趣旨と解されるところ、同法二三条、二四条
二項は、右内閣総理大臣の判断が適正になされることを担保するために厳格な手続
を定めていると考えられるから、安全審査手続が適法であってはじめて右の判断の
適正が保障されることになるというべきである。したがって、手続上の違法が実体
上の違法をもたらさないことが明白でない限り、原告らは、手続上の違法を主張す
ることができると解するのが相当である。
5 したがって、原告らが本件訴訟において主張することのできる本件処分の違法
は、本件安全審査の手続上の瑕疵(実体上の違法をもたらさないことが明白である
ものを除く。)並びに規制法二四条一項三号所定の技術的能力に係る許可要件適合
性及び四号所定の安全性に係る許可要件適合性の審査、判断に係る瑕疵に限られる
というべきである。
二 原子炉設置許可の段階における安全審査の対象
規制法は、その規制対象を、精錬事業(第二章)、加工事業(第三章)、原子炉の
設置、運転等(第四章)、再処理事業(第五章)、核燃料物質等の使用等(第六
章)、国際規制物質の使用(第六章の二)に分け、それぞれにつき内閣総理大臣の
指定、許可、認可等を受けるべきものとしているのであるから、第四章所定の原子
炉の設置、運転等に対する規制は、専ら原子炉設置の許可等の同章所定の事項をそ
の対象とするものであって、他の各章において規制することとされている事項まで
をその対象とするものでないことは明らかである。
また、規制法第四章の原子炉の設置、運転等に関する規制の内容をみると、原子炉
の設置の許可、変更の許可(二三条ないし二六条の二)のほかに、設計及び工事方
法の認可(二七条)、使用前検査(二八条)、保安規定の認可(三七条)、定期検
査(二九条)、原子炉の解体の届出(三八条)等の各規制が段階的に行われること
とされている(なお、本件原子炉のような発電用原子炉施設について、規制法七三
条は二七条ないし二九条の適用を除外するものとしているが、これは、電気事業法
(昭和五八年法律第八三号による改正前のもの)四一条、四三条及び四七条によ
り、その工事計画の認可、使用前検査及び定期検査を受けなければならないとされ
ているからである。)。したがって、原子炉の設置の許可の段階においては、専ら
当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となるのであって、後続の設計及び工事方
法の認可(二七条)の段階で規制の対象とされる当該原子炉の具体的な詳細設計及
び工事の方法は規制の対象とはならないものと解すべきである。
右にみた規制法の規制の構造に照らすと、原子炉設置の許可の段階の安全審査にお
い.ては、当該原子炉施設の安全性に係るすべてをその審査対象とするものではな
く、その基本設計の安全性に係る事項のみをその対象とするものと解するのが相当
である。
三 原告らの主張する違法事由の検討
1 軍事転用に係る危険性に関する主張について
原告らは、本件処分は、本件原子炉から生じる使用済核燃料の再処理によって取り
出されるプルトニウムについての軍事転用の危険性を防止する十分な保障がされて
いないので、規制法二四条一項一号要件に違反する旨主張する(第五節第一)が、
同法同条項号に係る要件は原告らの法律上の利益に関係がないものであり、原告ら
主張の右要件に係る右違法事由は本件訴訟の審理、判断の対象とはならない事項で
あるので、原告らの右主張は失当である。
2 経理的基礎に係る許可要件違背に関する主張について
原告らは、東京電力には、原発災害時の生命、健康、財産の損失を補填する経理的
基礎がないにもかかわらず、本件処分においてこれが認められたことは、規制法二
四条一項三号要件に違反する旨主張する一第五節第二)が、同法同条項号のうち、
経理的基礎に係る要件は原告らの法律上の利益に何ら関係のないものであり、原告
ら主張の右要件に係る右違法事由は本件訴訟の審理、判断の対象とはならない事項
であるので、原告らの右主張は失当である。
3 温排水の熱的影響に関する主張について
原告らは、本件処分において、温排水について審査されなかったのは違法である旨
主張する(第五節第三)が、温排水自体は、火力発電所の発電設備など蒸気等を冷
却するために水を使用する設備からは常に排出されるものであって、その熱的影響
等の問題は、原子炉施設固有の問題ではなく、そもそも原子力の利用に係る固有の
事項を規制の対象としている規制法においてはその対象とされないものであり、し
たがって、本件訴訟における審理、判断の対象とはならないから、原告らの右主張
は失当である。
4 固体廃棄物の最終処分に関する主張について
原告らは、本件処分において、本件原子炉の運転に伴って発生する固体廃棄物の最
終処分について審査されなかったのは、規制法二四条一項二号及び四号要件に違反
する旨主張する(第六節第二款第一の三)が、同法同条項二号の要件は、何ら原告
らの法律上の利益に関係がないものであり、また、固体廃棄物に係る安全性に関す
る事項については、原子炉設置許可に際しての安全審査において、固体廃棄物の当
該原子炉施設の敷地内における廃棄設備の構造等が災害防止上支障がないものかど
うか等、原子炉施設における基本設計の安全性に関係のある事項が、規制法二四条
一項四号の許可要件に適合するかどうかの観点から右審査の対象となるにとどまる
ものであって、固体廃棄物の最終処分に係る安全性の問題は右審査の対象に含まれ
るものではないから、原告らの右主張は失当である。
5 使用済燃料の再処理、輸送及び最終処分に関する主張について
原告らは、本件処分において、使用済燃料の再処理、輸送及び最終処分について審
査されなかったのは、規制法二四条一項二号及び四号要件に違反する旨主張する
(第六節第二款第一の四、五)が、同法同条項二号の要件は、何ら原告らの法律上
の利益に関係がないものであり、また、使用済燃料に係る安全性に関する事項につ
いては、原子炉設置許可に際しての安全審査において、使用済燃料の当該原子炉施
設の敷地内における貯蔵設備の構造等が災害防止上支障がないものかどうか等、原
子炉施設における基本設計の安全性に関係のある事項が、規制法二四条一項四号の
許可要件に適合するかどうかの観点から右審査の対象となるにとどまり、使用済燃
料の再処理、輸送及び最終処分に係る安全性の問題は右審査の対象に含まれるもの
ではないから、原告らの右主張は失当である。
6 廃炉に関する主張について
原告らは、本件処分において、廃炉について審査されなかったのは、規制法二四条
一項二号及び四号要件に違反する旨主張する(第六節第二款第一の六)が、同法同
条項二号の要件は、何ら原告らの法律上の利益に関係がないものであり、また、廃
炉に係る安全性に関する事項は、原子炉設置許可に際しての安全審査の対象となる
事項とされておらず、別途、規制法三八条、六五条、六六条等によって規制される
こととされているから、原告らの右主張は失当である。
7 労働者被曝に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、原発従事者の被曝について審査しなかったのは違法で
ある旨主張する(第六節第二款第一の七)が、労働者被曝に関する問題は、本件原
子炉施設の周辺住民であると主張するとどまる原告ら自らの法律上の利益に関係の
ない事項であるから、原告らの右主張は失当である。
8 防災計画に関する主張について
原告らは、本件処分に際し、防災計画について審査しなかったのは違法である旨主
張する(第六節第二款第五)が、防災対策に関係する事項は、原子炉施設の基本設
計に係る事項ではないから、原告らの右主張は失当である。
第二 本件取消訴訟における司法審査のあり方
前記(第一の一2)のとおり、原子炉を設置しようとする者が原子炉の設置、運転
につき所定の技術的能力を欠くとき、又は原子炉施設の安全性が確保されないとき
は、当該原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に重大な危害を及ぼ
し、周辺の環境を放射能によって汚染するなど、深刻な災害を引き起こすおそれが
あることに鑑みると、原子炉設置許可の基準として、規制法二四条一項三号(技術
的能力に係る部分に限る。)及び四号が設けられた趣旨は、右災害が万が一にも起
こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者
の右技術的能力並びに申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性につ
き、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにあるものと解され
る。
右の技術的能力を含めた原子炉施設の安全性に関する審査は、当該原子炉施設その
ものの工学的安全性、平常運転時における従業員、周辺住民及び周辺環境への放射
線の影響、事故時における周辺地域への影響等を、原子炉設置予定地の地形、地
質、気象等の自然的条件、人口分布等の社会的条件及び当該原子炉設置者の右技術
的能力との関連において、多角的、総合的見地から検討するものであり、しかも、
右審査の対象には、将来の予測に係る事項も含まれているのであって、右審査にお
いては、原子力工学はもとより、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門
技術的知見に基づく総合的判断が必要とされるものであることが明らかである。そ
して、規制法二四条二項が、内閣総理大臣は、原子炉設置の許可をする場合におい
ては、同条一項三号(技術的能力に係る部分に限る。)及び四号所定の基準の適用
について、あらかじめ原子力委員会の意見を聴き、これを尊重しなければならない
と定めているのは、右のような原子炉施設の安全性に関する審査の特質性を考慮
し、右各号所定の基準の適合性については、各専門分野の学識経験者等を擁する原
子力委員会の科学的、専門技術的知見に基づく意見を尊重して行う内閣総理大臣の
合理的な判断に委ねる趣旨と解するのが相当である。
以上の点を考慮すると、右の原子炉施設の安全性に関する判断の適否が争われる原
子炉設置許可処分の取消訴訟における裁判所の審理、判断は、原子力委員会若しく
は安全審査会の専門技術的な調査審議及び判断を基にしてなされた内閣総理大臣の
判断に不合理な点があるか否かという観点から行われるべきであって、現在の科学
技術水準に照らし、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点が
あり、あるいは当該原子炉施設が右の具体的審査基準に適合するとした原子力委員
会若しくは安全審査会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があり、
内閣総理大臣の判断がこれに依拠してなされたと認められる場合には、内閣総理大
臣の右判断に不合理な点があるものとして、右判断に基づく原子炉設置許可処分は
違法であると解すべきである。
原子炉設置許可処分についての右取消訴訟においては、右処分が前記のような性質
を有することに鑑みると、被告行政庁がなした判断に不合理な点があることの主
張、立証責任は、本来、原告らが負うべきものと解されるが、当該原子炉施設の安
全審査に関する資料をすべて被告行政庁の側が保持していることなどの点を考慮す
ると、被告行政庁の側において、まず、その依拠した前記の具体的審査基準並びに
調査審議及び判断の過程等、被告行政庁の判断に不合理な点がないことを相当の根
拠、資料に基づき主張、立証する必要があり、被告行政庁が、右主張、立証を尽く
さない場合には、被告行政庁がした右判断に不合理な点があることが事実上推認さ
れるものというべきである(伊方原発最高裁判決)。
第三章 本件処分の手続的適法性
第一 本件処分の手続
本件処分が被告の主張第四節第一の一ないし九の経過を経て行われたものであるこ
とは当事者間に争いがなく、右事実によれば、本件処分は、規制法等の所定の手続
に則り行われたものであると認められる。
第二 原告らの主張に対する判断
一 本件安全審査手続における構造的瑕疵の主張について
1 安全審査の手続規定の不備、不明確の瑕疵の主張について
原告らは、規制法等の原子炉施設の設置許可手続に関する手続規定は、原子炉施設
の安全審査手続に関して住民の参加手続と資料や議事録の公開手続を設けていない
し、設置許可の公正を担保するにふさわしい厳格かつ適正な法律上の手続規定とは
到底いえないから、憲法三一条に違反するものであり、更に、原告らに本件安全審
査の議事録、資料を公開せず、適正手続の保障としての公聴会を開催しないまま行
った本件処分も同条に違反する旨主張する(第四節第二の一、三)。
しかしながら、行政手続は、憲法三一条による保障が及ぶと解すべき場合であって
も、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて
多種多様であるから、常に必ず行政処分の相手方等に事前の告知、弁解、防御の機
会を与えるなどの一定の手続を設けることを必要とするものではないと解するのが
相当である。そして、原子炉設置許可の申請が規制法二四条一項各号所定の基準に
適合するかどうかの審査は、原子力の開発及び利用の計画との適合性や原子炉施設
の安全性に関する極めて高度な専門技術的判断を伴うものであり、同条二項は、右
許可をする場合に、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の意見を聴
き、これを十分に尊重してしなければならないと定めていることに鑑みれば、基本
法及び規制法が、原子炉設置予定地の周辺住民を原子炉設置許可手続に参加させる
手続及び設置の申請書等の公開に関する定めを置いていないからといって、その一
事をもって、右各法が憲法三一条の法意に反するものとはいえず、また、本件処分
に際し、周辺住民である原告らに安全審査の議事録及び資料が公開されず、適正手
続の保障としての公聴会、告知・聴聞の手続が開催されなかったことが、同条の決
意に反するものともいえない(伊方原発最高裁判決参照)。そして、規制法及び設
置法は、原子力発電所の設置規制手続について具体的に規定しており、これらによ
って、判断の公正さが十分担保されるといえるから、安全審査の手続規定が不備、
不明確とはいえない。
したがって、原告らの右主張は失当である。
2 安全審査に係る技術的基準等が不明確であるとの主張について
原告らは、規制法二四条一項四号は、原子炉を設置する場合の安全性に関する許可
基準を定めているものの、その規定の仕方は極めて抽象的で、安全性に係る具体的
な事項の審査基準をこれに求めることは困難であるから、右規定は、不合理、不明
確であって憲法三一条に違反する旨主張する(第四節第二の二)。
しかしながら、規制法二四条一項四号は、原子炉設置許可の基準として、原子炉施
設の位置、構造及び設置が核燃料物質(使用済核燃料を含も。)、核燃料物質によ
って汚染された物(原子核分裂生成物を含も。)又は原子炉による災害の防止上支
障がないものであることと規定しているが、それは、原子炉施設の安全性に関係す
る審査が、多方面にわたる極めて高度な最新の科学的、専門技術的知見に基づいて
される必要がある上、科学技術は不断に進歩、発展しているため、原子炉施設の安
全性に関する基準を具体的かつ詳細に法律で定めることは困難であるのみならず、
最新の科学技術水準への即応性の観点からみて適当ではないとの見解に基づくもの
と考えられ、右見解は十分首肯し得るところである。しかも、設置許可に当たって
は、申請に係る原子炉施設の位置、構造及び設備の安全性に関する審査の適正を確
保するため、各専門分野の学識経験者等を擁する原子力委員会の科学的、専門技術
的知見に基づく意見を聴き、これを尊重するという、慎重な手続が定められている
ことを考慮すると、右規定が不合理、不明確であるとの非難は当たらないというべ
きである(伊方原発最高裁判決参照)。
したがって、原告らの右主張は失当である。
3 安全審査と法律上の根拠について
原告らは、本件処分は、法律又はその委任に基づいて定められたものではない原子
炉施設の安全性に関する基準を用いた安全審査に依拠してされたものといわざるを
得ないから、権力分立の原則を定めた憲法四一条、七三条、八一条に違反する旨主
張する(第四節第二の二)。
しかしながら、本件原子炉施設の安全審査は、その合理性を十分首肯し得る規制法
二四条一項四号の規定に基づいてされたものであるから、それが法律の規定に基づ
かないものであることを前提とする所論は、その前提を欠くものであり、原告らの
右主張は失当である(伊方原発最高裁判決参照)。
4 原子力三原則違反の主張について
原告らは、本件安全審査が基本法二条に定める「民主」、「自主」、「公開」の原
子力三原則に違反する旨縷々主張する(第四節第二の三)。
しかしながら、基本法は、原子力の研究、開発及び利用を推進することによって、
将来におけるエネルギー資源を確保し、学術の進歩と産業の振興とを図り、もって
人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することを目的とし(同法一条)、
原子力の研究、開発及び利用は平和の目的に限り、民主的な運営の下に、自主的に
これを行うものとし、その成果を公開し、進んで国際協力に資するものとする(同
法二条)ことをその基本方針とするが、同法は、原子力の研究、開発及び利用全般
にわたり、包括的な法規範として機能しているものの、それぞれの法的規制等の具
体的な内容は、ほとんどすべてを他の法律に委ねており、基本法が、他の法律を通
さずに、原子力の研究、開発及び利用に関して直接国民の権利義務に影響を及ぼし
たり、国民と国家との間の具体的な法律関係を形成することはないと解される上、
そもそも、原子力三原則は、原子力の平和利用を担保しようとするものであり、原
子力の平和利用方法である発電用原子炉の設置許可手続を直接規制するものと解す
ることができないことに鑑みると、原告らの右主張は失当である。
5 審査体制が不備であるとの主張について
原告らは、我が国の原子力委員会やその下部機関である本件安全審査会、それらの
事務局である科学技術庁原子力局規制課には、実質的な安全審査を実施できる人員
も、施設・設備も、予算もないのが実態であり、また、審査委員は、いずれも大学
教授等他に本職を持つ非常勤の委員で構成されており、安全審査に専念できる体制
になっていないことなどに鑑みると、本件安全審査における審査体制では、本件原
子炉施設の安全性を実質的に審査することが極めて困難であった旨主張する(第四
節第二の三3)。
しかしながら、前記(第一)認定のとおり、本件安全審査は、原子炉工学、核燃料
工学、熱工学、放射線物理学、地震学、気象学等のそれぞれの分野における専門家
である審査委員三〇名及び調査委員二八名により構成された本件安全審査会によっ
て、昭和五〇年五月二三日から同五二年八月一二日まで合計二六回にわたり開催さ
れていること、安全審査会は、第一二〇部会を設置し、更にこれをAないしCの三
つのグループに分け、同五〇年六月一〇日から同五二年八月二日までの間に、全体
会合が七回、Aグループ会合が三九回、Bグループ会合が一一回、Cグループ会合
が二〇回、A・Bグループ会合が二回、それぞれ開催されているのであり、かよう
な本件安全審査の審査経過に鑑みると、我が国の原子力委員会やその下部機関であ
る本件安全審査会、それらの事務局である科学技術庁原子力局規制課に実質的安全
審査を実施できる人員も、施設・設備も、予算もないとは、にわかにいい難く、こ
れを認めるに足りる証拠もない。また、審査委員が非常勤とされているのは、でき
るだけ広い分野にわたり高度な専門技術的知見を有する優秀な人材を審査委員に採
用することを可能とするためとも考えられ、審査委員が非常勤であることが直ち
に、審査の不十分さを招くともいえず、これを認めるに足りる証拠もない。
したがって、原告らの右主張は失当である。
6 不公正な審査体制との主張について
原告らは、原子力委員会は、本件安全審査の当時、原子力開発を推進する側とこれ
を規制する側との両方の役割を同時に兼ねていたため、安全審査体制自体に甚だし
い不公正が生じており、このような不公正な審査体制のもとになされた本件安全審
査は違法である旨主張する(第四節第二の三4)。
確かに、本件安全審査及び本件処分当時の原子力委員会は、核燃料物質及び原子炉
に関する規制に関すること(設置法二条四号)のほかに、原子力利用に関する政策
に関すること(同条一号)等、原子力の利用と開発を推進することに関しても所掌
することとされていたものであり、本件処分後の昭和五三年に設置法が改正され、
従前の原子力委員会の所掌事務のうち安全の確保及び障害の防止に関するものは原
子力委員会とは独立した原子力安全委員会が所掌することとされたことは、原告ら
の指摘するとおりである。しかしながら、原子力の研究、開発及び利用に関する行
政の民主的な運営を図るために、原子力の利用、開発の推進とその安全の確保とを
総合的見地から併せ所掌する一つの委員会を設置するのと、これらを各別に所掌す
る二つの委員会を設置するのと、いずれが優れた制度であるかは、にわかに断じ難
い立法政策に属する事柄であり、また、問題は、原子力の安全を確保し得る公正な
審査体制が採られていたか否かということであるが、安全審査会の審査委員の資格
は法定され(設置法一四条の三)、原子力委員会の委員の任免及びその服務につい
ても厳格な規制がなされている(同法八ないし一〇条、一三条、一四条)など原子
炉設置許可に関する安全審査体制は慎重かつ厳正な審査を確保し得るよう整備され
ており、かつ、本件処分も右の体制に沿って行われたのであるから、原告らの主張
のような体制が採られていたからといって、その一事をもって、本件処分が不公正
に行われた違法なものであるとはいえない。
更に、原告らは、原子力委員会の委員及び安全審査会の審査委員は、政府が原子力
発電所の建設に積極的に賛成する学者等を恣意的に選出しており、学術会議や学会
からの推薦という形式を採っておらず、原発建設に慎重な、あるいは批判的な姿勢
を持つ学者は一人も審査委員に任命されていないなど原子力委員会の委員及び安全
審査会の審査委員の人選は不公正であって、殊に原子力委員会はほぼ完全に政府の
支配下にあるというべきであり、本件安全審査を適切かつ公平に行う審査体制があ
ったとはいえない旨主張する(第四節第二の三4)。
しかしながら、原子力委員会の委員は、両議院の同意を得て、内閣総理大臣が任命
するとされ(設置法八条一項)、安全審査会の審査委員は、学識経験のある者及び
関係行政機関の職員のうちから、内閣総理大臣が任命するとされている(同法一四
条の三第二項)上に(原告らは、選任された原子力委員会の委員の学識経験、専門
技術的知見が不明であるとも主張するが、設置法は、原子力委員会の委員の資格に
ついて特に定めておらず、したがって、同法は、原子炉に係る安全性に関する事項
についての専門技術的観点からする調査審議は、原子力委員会が直接に行うのでは
なく、安全審査会の専門技術的調査審議に基づく報告を踏まえて行うことを予定し
ていると解される。)、後に判断する本件安全審査の具体的な審査内容に徴して
も、個々の委員、審査委員が原子力発電所の建設を積極的に推進することだけを考
え、その学問的あるいは専門的知識に基づいた真撃な安全審査が行われなかったと
にわかに断定することはできず、これを認めるに足りる証拠はない。そして、右の
事情に加えて、原子力委員会の委員には身分保障(設置法一〇条二項)があり、内
閣総理大臣は原子力委員会の決定を尊重しなければならない(同法三条、規制法二
四条二項)とされていることを総合すると、原子力委員会が政府の支配下にあった
と断ずることもできない。
したがって、原告らの右主張はいずれも失当である。
7 部会等による審査について
原告らは、必要的機関でも常設的機関でもない第一二〇部会が設置され、本件原子
炉に係る実質的な安全審査が、同部会や、さらに同部会内の三グループにおいて実
施されたことについて、行政の責任転嫁であり、極めて危険な安全審査手続である
旨主張する(第四節第二の三5)。
しかしながら、専門部会運営規程七条によれば、安全審査会に、その所掌事務を分
掌させるために部会を置くことができるとされているところ、これは、調査審議を
適切かつ効率的に行うための方策と考えられ、証人aの証言によれば、本件安全審
査においては、調査審議を適切かつ効率的に行うために第一二〇部会が設置され、
更に、部会の中に審査委員及び調査委員の各専門分野毎に三つのグループが作られ
て審査が進められたことが認められる。そして、この点に、前記(第一)の本件処
分の手続に係る事実経過を総合すれば、同部会は、安全審査会における本件安全審
査を適切かつ効率的に行うために設置されたものであり、しかも、同部会のみが実
質的な審査をなし、本件安全審査会の安全審査が形骸化していたとまで断言するこ
とはできないから、原告らの右主張は失当である。
8 合同審査等について
原告らは、第一二〇部会が原発推進の急先鋒である通産省原子力発電技術顧問会と
合同で審査を行っていることを指摘し、安全審査の技術基準のあいまいさも加わっ
て、馴れ合い的な安全審査が行われてきた可能性を否定できず、また、科学技術庁
原子力局の局長ら職員が毎回多数、安全審査会や部会に出席し、事実上審査をリー
ドしたのであるから、このように他の機関の実質上の関与によってなされた報告書
等は、信用性を欠如しており、本件安全審査は違法である旨主張する(第四節第二
の三6)。
確かに、甲六八、乙四によれば、昭和五〇年五月二三日に開催された第一三七回安
全審査会において、第一二〇部会が設置されると共に、審議は、通産省原子力発電
技術顧問会と合同で行う旨決定されたことが認められるが、証人aの証言及び弁論
の全趣旨によれば、原子力発電技術顧問会は、昭和四〇年一一月の通産省省議決定
により、規制法七一条に基づく内閣総理大臣への同意、通産大臣の電気事業法上の
原子力発電に係る許認可等に際し、当該原子炉を含む電気工作物全体の安全性に関
する技術的事項について諮問するため、通産大臣の諮問機関として設置されたもの
であること、したがって、同顧問会の審査と安全審査会(又はその部会)における
審査は両審査が密接な関連を有し、審査の効率化に資するため、合同で審査を行う
ことが慣例であったこと、本件安全審査の審査委員の多くが同顧問会の会員を兼ね
ていたことが認められ、いずれも原子炉の安全性に係る専門技術的事項を審査する
に過ぎないから、本件安全審査における第一二〇部会が原子力発電技術顧問会と合
同で本件原子炉の安全性に係る事項について審査を行ったとしても本件安全審査会
の判断に不当な影響が出るとはいい難く、これを認めるに足りる証拠もない。
また、弁論の全趣旨によれば、科学技術庁原子力局長は、本件安全審査会の審査委
員に任命されていることが認められる上(なお、本件安全審査の途中で、昭和五一
年一月の科学技術庁設置法改正に伴い、同庁原子力局長が審査委員を退任し、同庁
原子力安全局長が審査委員となった。)、また、設置法一五条によれば、原子力委
員会の庶務は、科学技術庁原子力局において処理するものとされ、更に、安全審査
会運営規程四条二項により、安全審査会の議案に必要な資料は科学技術庁原子力局
において準備するものとされていることを総合すれば、同局の職員が原子力委員
会、本件安全審査会及び第一二〇部会に出席することは、むしろ当然ともいえ、ま
た、科学技術庁原子力局の局長ら職員が事実上審査をリードしたと認めるに足りる
証拠もない。
したがって、原告らの右主張は失当である。
9 審査範囲の限定について
原告らは、本件安全審査においては、温排水による海中生物への影響、固体廃棄物
や廃炉などの最終処分、使用済燃料の再処理、輸送等の問題が審査対象外とされた
こと、本件安全審査においては、安全審査対象事項を本件原子炉の基本設計ないし
基本設計方針に限定したことを指摘し、審査範囲・審査対象を不当に限定した点に
おいて本件安全審査は違法である旨主張する(第四節第二の三7)。
しかしながら、前記(第二章第一の二、三)のとおり、原子炉設置許可における安
全審査については、当該原子炉施設における基本設計の安全性に係る事項のみが審
査の対象となるのであるから、原告らの右主張は失当である。
10 資料の収集等について
原告らは、原子力発電所の安全性を確保すべき第一次的責任は、原子炉施設の設置
の許否を決することのできる行政庁にあるところ、本件安全審査においては、原子
炉設置者である申請者の提出する資料やデータに基づき、その基本設計及び基本的
設計方針が適切であるか否かが確認されただけで、自ら必要な資料やデータを収集
し、必要な計算や実験を行うという方法が採られなかったから、本件安全審査の審
査方法は違法であった旨主張する(第四節第二の三8)。
しかしながら、原子炉の安全性の確保は、直接原子炉を設置、運転する原子炉設置
者が第一次的にその責を果たすべきであり、原子炉設置許可における安全審査にお
いては、設置者の申請に係る内容が災害の防止上支障のないものであるかどうかを
申請者の提出する資料に基づいて審査すれば足りろと考えられるから、原告らの右
主張は失当である。
二 本件安全審査手続における個別的瑕疵の主張について
1 原子力委員会委員長の不在について
原告らは、原子力委員会が本件安全審査を行った際、委員長不在のまま審議をした
ことがあるほか、最終答申という最も大切な委員会決定すら委員長不在のまま行わ
れており、委員長の職務代理者も選任されていなかったから、本件安全審査は違法
である旨主張する(第四節第三の一1)。
設置法一一条二項によれば、原子力委員会は委員長及び三人以上の委員の出席がな
ければ、会議を開き、議決をすることができないとされているところ、確かに、甲
五七1、六〇1、六四、六五1、六六1及び弁論の全趣旨によれば、原子力委員会
が本件安全審査を行った際、委員長不在のまま審議をしたこともあること、昭和五
二年八月二三日に開催された第三四回原子力委員会定例会議では、本件原子炉の設
置は許可して差し支えないものと認め、内閣総理大臣宛にその旨答申することが決
定されたが、同会議にも委員長が出席していないことが認められる。しかしなが
ら、委員長は、あらかじめ常勤の委員のうちから、委員長に故障がある場合におい
て委員長を代理する者を定めておかなければならず(同法七条三項)、委員長に故
障がある場合においては、同法七条三項に規定する委員長を代理する者は、委員長
の職務を行うものとされている(同法一一条三項)上、甲六六1、六七1によれ
ば、本件原子炉の設置について審議した第三二回原子力委員会及び内閣総理大臣へ
の答申を決定した第三四回原子力委員会とも、六名全員の委員が出席していること
が認められることに鑑みると、原子力委員会が本件安全審査を行った際にも委員長
の職務代理者がいたか、又はこれと同視し得る状態にあったものと推認されるか
ら、原告らの右主張は失当である。
2 審査方法等について
原告らは、原子力委員会の審査は、自らあるいは事務局を使って必要な資料を分
析、点検、検討して行うことをせず、専ら原子力委員会の下部機関である安全審査
会及び第一二〇部会に任せ、原子力委員会独自の審査は、一時間ないし二時間の短
時間内に多くの議題や報告(多いときは五件以上あった。)を掛け持ちして行った
に過ぎず、到底法の要求している科学的、専門技術的事項についての専門家の安全
審査といえないから、本件安全審査は違法である旨主張する(第四節第三の一
2)。
しかしながら、設置法は、原子力委員会の委員の資格について特に定めておらず、
同法は、原子炉に係る安全性に関する事項についての専門技術的観点からする調査
審議は、原子力委員会が直接に行うのではなく、安全審査会の専門技術的調査審議
に基づく報告を踏まえて行うことを予定していると解され、元来、原子力委員会に
おける安全審査は、科学的、専門技術的事項についての専門家の審査ではないと考
えられる上に、前記(第一)の本件処分に係る手続経過を総合すれば、原子力委員
会における本件安全審査が中身のない形式的な審査であったと断ずることはできな
いから、原告らの右主張は失当である。
3 並行審査等について
原告らは、本件安全審査会における審査は、正味二、三時間のうちに少ないときで
も五、六件、多いときは一〇件以上の審査を同時並行的に行っており、本件安全審
査は余りにも機械的、形式的であり、到底専門技術的審査とはいえないから、本件
安全審査は違法である旨主張する(第四節第三のニ1)。
しかしながら、証人aの証言によれば、本件安全審査会は、一期日に多数の案件を
処理することもあるが、議事の内容に応じ、重要な案件については十分な時間を掛
けて審査したこと、その程度の審議であっても、専門技術的知見を有する審査委員
らが安全性の確保の判断として十分であるとしたことが認められるから、原告らの
右主張は失当である。
4 代理人の出席について
本件安全審査を行う安全審査会の会合には、毎回のように審査委員の代理人が複数
人出席し、定足数に満たなかったにもかかわらず、安全審査会が開催され、実質的
な審議が行われたこともあったばかりか、正規の審査委員のほかに法的な性格が全
く不明な調査委員が多数参加しており、本件安全審査は違法である旨主張する(第
四節第三の二2)。
しかしながら、審査委員は、学識経験のある者及び関係行政機関の職員のうちか
ら、内閣総理大臣が任命することとなっている(設置法一四条の三第二項)が、右
委員のうち、関係行政機関の職員のうちから任命された審査委員については、その
者の有する専門的学識・経験とともに、当該行政機関自体が有する高度の専門技術
的知見を安全審査に役立てるため、その者が属する関係行政機関を代表する者とし
て選任されるものと解されるから、学識経験のある者のうちから任命された審査委
員の場合とは異なって、適切な代理者である限り、代理出席を認めても何ら法の趣
旨に反するものではないと考えられるところ、証人aの証言及び弁論の全趣旨によ
れば、安全審査会は、昭和三九年九月、設置法一六条、設置法施行令四条、安全審
査会運営規程八条に基づき、右関係行政機関の職員のうちから任命された審査委員
については代理出席を認めることとしたこと、本件安全審査会に代理者を出席させ
た審査委員は、いずれも関係行政機関の職員のうちから任命されたものであること
が認められる。また、証人aの証言及び弁論の全趣旨によれば、調査委員制度は、
昭和四四年六月、設置法一六条、設置法施行令四条、安全審査会運営規程八条に基
づき、審査委員を補助して安全審査会の調査審議の能率向上を図るために設けら
れ、原子炉の安全性に関する事項を調査することを職務内容とされたことが認めら
れるから、調査委員制度が法令の根拠を有しないとはいえない。更に、本件安全審
査に際して、定足数を欠いた安全審査会が開催されたと認めるに足りる証拠はな
い。
したがって、原告らの右主張は失当である。
5 調査委員中心の審査との主張について
原告らは、第一二〇部会における部会員の出席率は悪く、審査委員の代理人も出席
しており、また、実際に調査や審議を担当した者は何らの資格も権限もなかった調
査委員であり、特に現地調査の大半は少数の調査委員によって行われたものに過ぎ
ず、このように調査委員中心で行われた同部会の審査方法は違法といわざるを得
ず、その判断を受け継いだ本件安全審査は違法である旨主張する(第四節第三の二
3)。
しかしながら、甲九四3、乙四及び弁論の全趣旨によれば、第一二〇部会の会合に
代理者が出席した事実は認められず、また、前記(4)のとおり、調査委員制度
は、設置法一六条、設置法施行令四条、安全審査会運営規程八条に基づき、審査委
員を補助して安全審査会の調査審議の能率の向上を図るために設けられたものであ
り、調査委員は、原子炉の安全性に関する事項を調査することをその職務内容とす
るものであるから、第一二〇部会における調査審議に関与し、現地調査を行ったの
も当然であり、更に、甲九四3、乙四、証人aの証言によれば、審査委員も部会の
調査審議に関与し、多数回にわたり現地調査を行ったことが認められ、したがっ
て、現地調査の大半が少数の調査委員によって行われ審査委員がこれに関与してい
なかったとはいい難い。また、証人aの証言及び弁論の全趣旨によれば、部会にお
いては、審査委員及び調査委員のそれぞれの専門分野に応じた三つのグループ毎の
調査審議が行われ、しかも、その中でも特定の専門分野に係る事項については、特
定の審査委員、調査委員が分担して審査するという方式が採られていることが認め
られるが、原子炉に係る安全性に関する事項のような高度に専門技術的事項を審査
する場合には、右のような方式も不合理とはいえず、議題ごとに各グループ、更に
は、部会の出席者が代わり、それぞれの会合に審査委員及び調査委員全員が参加し
なかったとしても必ずしも調査審査に支障が生ずるわけではないと考えられ、第一
二〇部会が行った調査審議の方法が違法であったとはいえない。
したがって、原告らの右主張は失当である。
本件処分の実体的適法性
第一 はじめに
一 規制法二四条一項四号適合性の審査
規制法二四条一項四号適合性の審査は、当該原子炉施設の位置、構造及び設置がそ
の基本設計において原子炉等による災害の防止上支障がないものであるかについて
行われるが、本件安全審査会は、本件原子炉施設の設置に係る安全性は十分確保し
得るものと認め、原子力委員会も、右の安全審査会の審査結果のとおり判断して、
内閣総理大臣に対してその旨を答申し、内閣総理大臣が右答申を尊重して本件処分
をしたことは、前記(第三章第一)のとおりである。そこで、当裁判所は、現在の
科学水準に照らし、安全審査会、原子力委員会の右調査審議において用いられた具
体的審査基準に不合理な点があるか否か、本件原子炉施設が右具体的審査基準に適
合するとした安全審査会、原子力委員会の調査審議及び判断の過程に看過し難い過
誤、欠落があるか否かについて検討することにするが、その前提として、まず、発
電用原子炉である本件原子炉施設の仕組み、原子炉施設の潜在的危険性、原子炉施
設の安全性の意義及びその審査について順次検討する。
二 発電用原子炉の仕組み
1 発電用原子炉の原理
甲一、乙九、一六ないし一九及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めること
ができる。
(一) 原子力発電の仕組みは、原理的には、火力発電におけるボイラーを原子炉
に置き換えたものであって、蒸気の力でタービンを回転させて電気を起こすという
点では、火力発電と全く同じであり、発電用原子炉は、核分裂反応を制御しつつ継
続的に起こさせることにより、タービンを回転させるのに必要な熱エネルギーを発
生させるための装置である。その中心部、すなわち炉心は、核分裂反応を起こして
熱を発生させる核燃料、核燃料物質によって新たに発生する高速の中性子を次の核
分裂を起こしやすい状態にまで減速させるための減速材、発生した熱を取り出すた
めの冷却材、核燃料の核分裂反応を制御するための制御棒等から成り立っている。
(二) 発電用原子炉には、幾つかの種類があるが、軽水型原子炉は、右の減速材
及び冷却材の両者の役割を果たすものとして、普通の水(いわゆる軽水)を用いる
ものである。この軽水型原子炉には、原子炉内で直接蒸気を発生させ、これをター
ビンに送って発電する型(沸騰水型原子炉)と、高圧をかけることによって原子炉
内では冷却材を沸騰させることなく、高温の水のまま蒸気発生器に導いて、そこで
蒸気を発生させ、これをタービンに送って発電する型(加圧水型原子炉)とがあ
る。
2 沸騰水型原子炉の構造と発電の仕組み
本件原子炉が沸騰水型原子炉であることは当事者間に争いがなく、甲一、乙一、
二、三、一四、一六ないし一九、証人aの証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の
事実を認めることができる。
(一) 沸騰水型原子炉の構造は、概略別紙一のとおりであり、原子炉に用いる核
燃料には、中性子が当たると核分裂反応を起こすウラン二三五を数パーセント含も
二酸化ウランをペレット状に焼き固めたものが使用される。この燃料ペレットは、
両端を密封されたジルコニウム合金であるジルカロイ製の被覆管の中に縦に積み重
ねられて燃料棒を構成し、その燃料棒は、数本ごとにまとめられて一つの燃料集合
体を形成しており、この燃料集合体数百体で炉心を構成している。また、制御材と
しては、その内部に中性子を吸収する中性子吸収材が詰められている棒状の制御棒
が使用されており、この制御棒を出し入れすることによって炉内の中性子の数を調
整して核分裂反応を制御している。燃料ペレット、燃料棒、燃料集合体、制御棒の
構造は概略別紙二のとおりである。これら燃料集合体及び制御棒は、高温、高圧に
耐え得る鋼鉄製の圧力容器に収められており、圧力容器の構造は概略別紙三のとお
りである。
(二) 原子炉圧力容器には、冷却材と減速材とを兼ねる水が入れられており、こ
の水は、核分裂反応によって生じた熱によって高温の蒸気となり、その蒸気は主蒸
気管を通ってタービンに送られる。そして、この蒸気は、タービンにおいて、その
熱エネルギーの一部が機械的回転エネルギーに変換され、タービンに結合された発
電機により発電を行う。タービンを回転させた蒸気は、復水器で海水により冷却さ
れて水となり、この水が給水管を通って圧力容器に戻され、そこで再び高温の蒸気
となってタービンを回転させる。また、圧力容器に冷却材再循環系設備を接続さ
せ、炉心を循環する冷却水の一部を強制的に再循環させるとともにその循環流量を
調整することにより、発生する蒸気量すなわち出力を制御している。
このように、圧力容器内で発生した蒸気がタービン、復水器を経て水となり、再び
圧力容器に戻ってくる冷却水の循環経路を構成する設備及び右冷却材再循環系設備
を原子炉冷却系統設備といい、圧力容器及び原子炉冷却系統設備の一部であって、
平常運転時には冷却材を内包し、異常時には隔離弁によって他の部分と隔離し、圧
力障壁を形成する範囲を圧力バウンダリという。
三 原子炉施設の潜在的危険性
1 想定されている危険の内容
規制法二四条一項四号が審査することとしている原子炉施設の安全性とは、その文
言上、使用済燃料を含む核燃料物質、原子核分裂生成物を含も核燃料物質によって
汚染された物又は原子炉によりもたらされるおそれのある災害を防止し得るもので
あることを意味することが明らかであるから、そこで想定されている原子炉施設の
潜在的危険性は、主として放射性物質による環境の汚染であると解するのが相当で
あり、原子炉施設における安全性の確保の問題は、結局は、右の放射性物質の有す
る危険性をいかに顕在化させないか、という点にあるといえる。
そこで、放射線の種類と人体に及ぼす影響について、次に検討する。
2 放射線とその影響
放射線とその人間に及ぼす影響の概要については、ほぼ当事者間に争いがないが、
右争いのない事実と甲一、一五七、一六七1、2、一八一、乙八、九、一六、一
八、二一、二二、二六、四八、五九1ないし4、六〇1ないし4、六一1ないし
3、六二1ないし5、六三1ないし4、証人m、同n、同kの各証言及び弁論の全
趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 放射線には、アルファ線、ベータ線、中性子線等の粒子線と、ガンマ線、
エックス線のような波長の非常に短い電磁波とがある。放射線のうち、ガンマ線や
エックス線のような電磁波は、透過力が非常に大きく、これを遮蔽するには一般に
は厚い鉛板やコンクリート壁が必要である。また粒子線のうち、アルファ線は、透
過力が極めて小さく、空気中でも数センチメートル程度しか透過できず、薄い紙一
枚でも遮蔽できる。ベータ線は、透過力はアルファ線よりもかなり大きいが、空気
中で数十センチメートルないし数メートルしか透過できず、数ミリメートルないし
一センチメートル程度の厚さのアルミニウムやプラスチックの板で遮蔽できる。中
性子線は、その速度により低速度のものは透過力が小さく、高速度のものはかなり
透過力が大きいが、これを水のような水素を大量に含む物質中に通し、質量のほぼ
等しい水素の原子核と衝突させて減速させることなどにより、遮蔽できる。放射性
物質から放出される放射線の量は、時間の経過とともに減速するが、減速速度は放
射性物質の種類(核種)により異なる。放射性物質は、天然にも存在するが、人工
的にも生成され、原子炉内において種々の核種の放射性物質が生成される。
(二) 自然界には、宇宙線、地殻を構成している花崗岩、石灰岩、粘土に含まれ
る放射性物質及び人が摂取する飲食物に含まれる放射性物質等様々な起源に由来す
る放射線が存在し、人類はこれら自然界からの放射線を絶えず被曝し続けている。
自然放射線による一人当たりの被曝線量は、地域によってかなりの差異がある。例
えば、我が国の場合においても、九州では年間〇・〇八ないし〇・一レム、関東で
は年間〇・〇四ないし〇・〇六レムと、九州と関東との間には年間〇・〇二ないし
〇・〇六レム程度の差異が認められ、さらに、諸外国においては、年間一レムを記
録している地域すら存在する。このように、自然放射線による一人当たりの被曝線
量は、居住地域や生活様式等によってかなりの差異を生じるが、我が国における自
然放射線による一人当なりの被曝線量は平均して年間〇・一レム程度であるとされ
ており、その内訳は、宇宙線によるもの〇・〇三レム、地殻からの放射線によるも
の〇・〇五レム程度、摂取された飲食物等からの放射線によるもの〇・〇二レム程
度とされている。
人が日常生活を営んでいく上において被曝している放射線には、自然放射線以外に
も、種々の人口放射線がある。例えば、医療用として、胸部レントゲン間接撮影の
場合には一回当たり約〇・一レム、胃や歯の診断のためのレントゲン撮影の場合に
は、一回当たり一・三ないし一・五レム、癌の治療では五〇〇レム以上を被曝する
ことがある。そのほか夜光時計やテレビ等からも僅かながら放射線は放出されてお
り、コンクリート造りの家屋の中で受ける被曝線量は、コンクリートの中に含まれ
る放射性物質からの放射線が加わって、木造の家屋の中で受ける被曝線量の約一・
五倍になる場合もある。
(三) 放射線は、人を含む生物の組織に対して励起ないし電離作用を及ぼすが、
人はこれを五感により感ずることができない。放射線の被曝には、人体の外部に存
在する放射性物質により被曝する外部被曝と、何らかの経路で環境に放出された放
射性物質を摂取し、人体内部から被曝する内部被曝とがある。外部被曝の場合、ア
ルファ線及びベータ線によっては体内器官はほとんど被曝しないが、ガンマ線によ
っては身体内部も含め、全身がほぼ均等に被曝する。これに対し、内部被曝の場
合、アルファ線及びベータ線によって体内器官に集中被曝が起こる。
(四) 人の放射線被曝による障害としては、放射線を被曝した個人に現れる身体
的障害と、その個人の子孫に現れる遺伝的障害とに分けられ、身体的障害は、更
に、被曝後余り長くない時期、すなわち通常二、三週間以内に現れる急性障害と、
かなり長い潜伏期間を経て現れる晩発性障害とがある。
急性障害は、短期間に高線量の放射線を被曝した場合に初めて生じるものであっ
て、被曝線量や被曝部位によっても異なるが、吐き気、倦怠感、下痢に始まり白血
球減少、脱毛、発疹、水泡、急性潰瘍等の症状を引き起こし、極端な高線量被爆の
場合には死に至ることもある。すなわち、急激に高線量の放射線を全身に被曝し、
何らの医療措置を受けない場合には、一万ラド以上では、中枢神経の障害のためご
く短期間のうちに死に至り、四〇〇ラド程度では、主として造血組織の障害のた
め、被曝した人の半数が三〇日以内に死亡し、五〇ないし七五ラド程度では、白血
球の一時的な減少が起こるが、二五ラド以下では、臨床症状はほとんど発生しない
といわれている。晩発性障害は、短期間に高線量の放射線を被曝したときだけでは
なく、比較的低線量の放射線を長期間被曝することによっても発生することもあり
得ると考えられており、その症状としては、白血病その他の癌、白内障等がある。
遺伝的障害は生殖細胞の中にある遺伝子や染色体が、物理的、科学的その他種々の
要因により突然変異あるいは異常を起こし、それが子孫に伝えられて生じるもので
あり、生殖腺が放射線を被曝した場合には、その放射線も右の突然変異あるいは異
常を起こす要因の一つになる可能性があるとされている。
放射線被曝による障害は、一般に、ガンマ線、エックス線等の放射線による被曝線
量の総量が同じであっても、その線量を被曝した期間が長ければ長いほどその影響
は小さい。
3 しきい値の存否
(一) 原告らは、放射線被曝による人体の障害については、今日、これ以下の線
量では障害が起こらないという「しきい値」の存在は、完全に否定されている旨主
張する(第六節第一款第三の五)ので、以下、検討するに、甲一、一五七、一六
一、一六三、一六四、一六五、一六八ないし一七一、一七四1ないし3、乙一八、
二一、二四、二六、六三1ないし4、証人m、同kの各証言及び弁論の全趣旨によ
れば、以下の事実を認めることができる。
(1) 一九四〇年代に入り、動植物に十数レム相当の放射線を照射すると、染色
体が切断されるという異常が現れ、その切断数と放射線量が比例関係にあるという
報告がなされていたが、人体に対しては、第二次大戦直後ころまでは、一〇〇レム
に相当する放射線を浴びてもいかなる障害も発生しないとされていた。その後、イ
ギリスのアリス・スチュアートは、一九五五年(昭和三〇年)、妊娠中の女性が下
腹部又は骨盤部に診療用エックス線を受けた場合に、生まれた子供に幼児性白血病
が多発する旨の研究発表を行い、米国のグラスは、一九六一年(昭和三六年)、シ
ョウジョウバエを用いた実験によりエックス線の線量を五レムまで下げても、線量
と突然変異率が比例関係にある旨報告し、更に、米国のマクマホンは、一九六二年
(昭和三七年)、妊娠中に骨盤部にエックス線検診を受けた人と受けなかった人、
それらの者の子(合計七〇万組)を対象とした調査を行った結果、数レム程度の被
曝と子の幼児性白血病との間に明白な関係がある旨報告した。また、右スチュアー
トは、ニールと共同で、被曝が妊娠一三週以内であれば三分の一ラドで、小児癌と
白血病の発生率が自然発生率の二倍になる旨報告した。
(2) スパローは、一九七二年(昭和四七年)、エックス線の場合、二五〇ミリ
ラド程度、中性子線の場合、一〇ミリラド程度で、それぞれ放射線量と突然変異数
とが比例関係にある旨、米国のメリクル夫妻は、一九六五年、自然放射線が高いこ
とで有名なコロラド州において、自然放射線によるムラサキツユクサの雄しべの毛
及び花弁の突然変異率の上昇が認められること、その線量は八四ミリレムであった
旨、インドのヤナールは、一九七〇年(昭和四五年)、トリウム二三二を含むケラ
ラ州の土壌を利用したムラサキツユクサの栽培実験を行ったところ、内部被曝によ
って取り込まれた放射性核種の量と突然変異率が高い相関関係を示した旨、カタリ
ーナ・タカハシは、サソリの精原細胞の染色体異常を調査したところ、自然放射線
と染色体異常の発生との間に明確な関係が認められた旨、それぞれ報告し、また、
kは、昭和四五年から同五一年にかけて、ムラサキツユクサにおける突然変異の発
生率と放射線量との関係についての研究を行い、ガンマ線及び散乱放射線の各線量
と突然変異数とは、直線比例関係にあり、直線比例関係が確認された最低線量はガ
ンマ線の場合、二・一レントゲン、散乱放射線の場合、〇・七二レントゲンである
旨報告した。
しかしながら、ムラサキツユクサを用いた実験については、ムラサキツユクサの雄
しべ毛の細胞が、放射線のみならず、温度、降雨、日照、農薬、自動車排気ガス等
の諸要因に対しても高い感受性を示すため、ムラサキツユクサを用いた野外での実
験によって、その雄しべ毛の細胞における突然変異の発生に対する放射線の寄与を
正確に把握することは現実的にはほとんど不可能に近いし、仮に可能であるとして
も、そのためには、実験の方法や実験結果の解析の方法等を極めて慎重かつ緻密に
行わなければならないが、それは十分に行われていなかったとの批判もあり、これ
に対し、kは、温度との関係等についても十分考慮して実験を行った旨反論してい
る。
(3) 東北大学の粟冠正利教授は、昭和五三年、全国二七道県四〇二地点で二二
年間にわたり五万七〇〇〇人以上の白血病死亡を取り上げて研究した結果、癌死亡
率と線量率との間には正の相関関係があるが、相関係数は〇・五までであまり大き
くないこと、白血病死亡率と放射線との相関関係はこれより更に小さく、かつ負の
相関をもつものが多いことが判明したとの論文を発表したが、右論文に対し、その
用いる線量率のデータが不十分であること、計算間違いが多いことなどからその内
容の信用性に疑問があるとする批判も出ている。また、京都大学の上野陽里教授
は、一九八六年(昭和六一年)、ロンドンで開催された「電離放射線の生物効果」
に関する国際会議においで、日本の各地における体外自然放射線の被曝線量率とこ
れら地域での癌発生率との間の相関関係について講演し、「ガンの発生率と自然放
射線との明らかな相関を、観察した六期間のいずれにおいても得ることができなか
った。しかし、いくつかのガンでは、自然放射線との間に有意な関係があるように
見える。」などと報告した。
また、自然放射線被曝における地域差と晩発性障害及び遺伝的障害の関係につい
て、九州と関東との間には年間〇・〇二ないし〇・〇六レムの被曝線量差が認めら
れるにもかかわらず、九州において関東に比較してより多くの人が晩発性障害や遺
伝的障害を受けているということを裏付ける資料はなく、諸外国において自然放射
線による被曝線量が大きく異なる地域を比較しても同様であるとする報告もある。
(二) 右認定の各事実に、後記(四3(二))のとおり、ICRPが低線量放射
線による晩発性障害及び遺伝的障害について、しきい値の不存在を確認するに足り
る資料はないが、しきい値はないものと仮定する立場をとっていること(甲二〇四
によれば、一九九〇年の勧告においても同様の立場をとっていることが認められ
る。)、及び証人mの証言を総合すると、低線量被曝による人体への影響について
は、不明な点が多々あり、信頼するに足りる十分なデータの収集がなされていない
ことから、現在においてもなお、しきい値があるか否かについては、いずれとも断
定することはできないというべきである。しかしながら、低線量被曝による人体へ
の影響を指摘する学説も多く見られ、低線量被曝による障害にはしきい値がないと
する疑いも十分にあり、しかも、動植物において低線量被曝による影響が判明して
いることに鑑みると、人類の安全のためにはしきい値が存在しないと仮定して、で
きる限り放射線による被曝を防止し、もって、放射線による障害からの防護を図る
べきであり、本件安全審査もこのような見地から、審査を行うのが相当であると考
えられる。
四 原子炉施設の安全性の意義及びその審査
1 安全性の意義
前記(三1)のとおり、規制法二四条一項四号が規定する原子炉施設における安全
性の確保の問題は、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化させないかという点
にあるが、同規定がいかなる意味においても完全に放射線障害の発生を防止するこ
とを要件とする趣旨であるとすると、放射線障害の発生にはしきい値がないと仮定
すべきであるから、原子炉施設は、放射線を環境に全く放出しないものでなければ
ならなくなる。ところが、弁論の全趣旨によれば、原子炉施設は、その運転により
不可避的に一定の放射性物質を環境に放出するものであることが認められ、また、
原子炉施設も人工の施設である限り、どのような安全上の対策を講じたとしても、
絶対的に事故を発生させないようにすることが不可能なことは、経験則上明らかで
あり、そうすると、原子炉施設の設置は現実にはおよそ許容される余地がないこと
になる。
しかしながら、そもそも、人の生命、身体の安全は最大限の尊重を必要とする重大
な法益であることはいうまでもないが、人の生命、身体に対する害や、その危険性
が絶対的に零でなければ社会においてその存在が認められないとするならば、放射
線のみならず、現代社会において現に存在が受容されているおびただしい科学技術
を利用した各種の機械、装置、施設等も、何らかの程度の事故発生等の危険性を伴
っている以上、その存在を許されないことになる。しかし、人類は、そうした科学
技術を利用した各種の機械、装置、施設等の危険性が社会通念上容認できる水準以
下であると考えられる場合に、その危険性の程度と科学技術の利用により得られる
利益の大きさを比較衡量して、これを一応安全なものであるとして利用していると
いうべきである。そして、基本法一条は、原子力の研究、開発及び利用を推進する
ことが将来におけるエネルギー資源の確保及び学術の進歩と産業の振興とを図るこ
ととなり、人類社会の福祉と国民生活の水準向上とに寄与することになるとの考え
方を明示しており、また、規制法は、原子炉の設置を一定の要件の下に許容するこ
とを当然の前提とするものであることは明らかであるから、原子炉施設について
も、その危険性が社会通念上容認できる水準以下であると考えられる場合には、そ
の存在が許容されるというべきである。そうすると、規制法二四条一項四号が規定
する原子炉施設の安全性の確保は、原子炉施設の有する潜在的危険性を顕在化させ
ないよう、放射性物質の環境への放出を可及的に少なくし、これによる災害発生の
危険性を社会通念上容認できる水準以下に保つことにあるというべきである。
2 安全審査の方針及び審査事項について
(一) 原子炉施設の安全性の確保の意義が右のとおりであるとすると、原子炉設
置許可処分に際しての安全性の審査は、原子炉施設の位置、構造及び設置につい
て、その基本設計において、原子炉施設から排出する放射性物質を可及的に少なく
し、これによる災害発生の可能性を社会通念上容認できる水準以下に保つような方
策が講じられているかどうかについて行われるべきものと解される。
(二) これを本件についてみるに、乙四及び証人a、同nの各証言によれば、本
件安全審査の基本方針及び審査事項が次のとおりであったことを認めることができ
る。
すなわち、本件安全審査においては、本件原子炉施設が平常運転時はもとより、万
一の事故を想定した場合にも、一般公衆及び従事者の安全が確保されるように、所
要の安全設計等が講じられていることを確認するために、次の事項が審査の基本方
針及び審査事項とされた。
(1) 原子炉施設が設置される場所の地盤、地震、気象、木理等の自然事象及び
交通等の人為事象によって原子炉施設の安全性が損なわれないような安全設計が講
じられること。
(2) 平常運転時に放出される放射性物質による一般公衆の被曝線量が、許容線
量等を定める件二条に規定する許容被曝線量(年間〇・五レム)以下に抑えられて
いることはもちろんのこと、更に、それをできるだけ少なくするような安全設計が
講じられること。
(3) 平常運転時において、従事者が許容被曝線量を超える線量を受けないよう
な放射線の防護及び管理が講じられること。
(4) 原子炉の運転に際し、異常の発生を早期に発見し、その拡大を未然に防止
するような安全設計が講じられること。
(5) 原子炉の運転に際し、機器の故障、誤操作等が発生しても、燃料の健全
性、冷却材圧力バウンダリの健全性等が損なわれないような安全設計が講じられる
こと。
(6) 原子炉冷却材を包合している冷却材圧力バウンダリの健全性が損なわれ、
冷却材が喪失するような事故、炉心の反応度を制御している制御系の健全性が損な
われ、反応度が異常に上昇するような事故等の発生を仮定しても、事故の拡大を防
止し、放射性物質の放出を抑制できるような安全設計が講じられること。
(7) 重大事故及び仮想事故を仮定しても、その安全防護施設との関連におい
て、一般公衆の安全が確保されるような立地条件を有していること。
また、審査にあたっては、原子力委員会が指示した、(1)立地審査指針、(2)
ECCS安全評価指針、(3)線量目標値指針、(4)線量目標値評価指針、
(5)安全設計審査指針、(5)気象指針の各指針を用い、本件安全審査会が原子
炉施設の安全審査にあたり、解析条件、判断基準等を内規として運用するために作
成した、(1)「沸騰水型原子炉に用いる八行八列型の燃料集合体について」(昭
和四九年一二月)、(2)「被曝計算に用いる放射能エネルギー等について」(同
五〇年一一月)、(3)「沸騰水型原子炉の炉心熱設計手法及び熱的運転制限値決
定手法について」(同五一年二月)、(4)「沸騰水型原子炉の炉心熱設計手法及
び熱的運転制限値決定手法の適用について」(同五二年二月)、(5)「発電用軽
水型原子炉の反応度事故に対する評価手法について」(同年五月)、(6)「取替
炉心検討会報告書」(同月)、(7)「発電用軽水型原子炉施設の安全審査におけ
る一般公衆の被ばく線量評価について」(同年六月)の各報告書を活用し、先行炉
の審査経過及び諸外国の審査基準を参考とした。
(三) ところで、前記(一)の安全審査の理念の範囲内において、具体的にどの
ような審査方針を樹立し、どのような事項について審査を行うかは、既に判示した
とおり、内閣総理大臣の合理的な判断に委ねられているというべきであり、そし
て、右(二)の本件安全審査における審査の基本方針及び審査事項は、その内容に
鑑みれば、前記(一)の安全審査の理念の範囲内にある合理的なものと認めるのが
相当であり、右の審査方針の樹立及び審査事項の選定自体に裁量権の逸脱等がある
とはいえない(もっとも、右の審査事項のうち、(二)(2)について、被曝線量
が、許容線量等を定める件二条に規定する許容被曝線量(年間〇・五レム)以下に
抑えられていれば、公衆の安全が確保されるかについて争いがあり、次に検討す
る。)。
3 公衆の許容被曝線量について
原告らは、本件安全審査において、安全審査会が平常運転時の公衆の許容被曝線量
値として採用した許容線量等を定める件二条所定の線量値(年間〇・五レム)は不
当に高いと主張するので、この点について以下検討する。
(一) 弁論の全趣旨によれば、許容線量等を定める件二条の許容被曝線量値(年
間〇・五レム)は、ICRPの一九五八年(昭和三三年)の被曝線量限度に関する
勧告を尊重し、科学技術庁告示をもって定められたものであることが認められる。
(二) 原告らは、ICRPの勧告自体が破綻したものである旨主張するので、右
勧告について検討するに、ICRPの組織、ICRPの勧告についての概要等は概
ね当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、甲一、一一八、一一九1、2、一
二一、一二二、一五二、一五四、一五六、一五七、一六一、一七八2、3、6、一
八一、二〇四ないし二〇七、乙二一、二二、四六1ないし7、四七1ないし5、四
八、六二1ないし5、六七1ないし4、六八1ないし4、証人m、同nの各証言及
び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
(1) ICRPは、一九二八年(昭和三年)に、第二回国際放射線医学会議にお
いて、「国際エックス線及びラジウム防護委員会」として設立され、その後、一九
五〇年(昭和二五年)に組織改正及び改称がなされ、現在に至っている。ICRP
は、委員長及び一二名の委員で構成され、委員は、放射線医学、放射線防護学、物
理学、生物学、遺伝学、生物化学及び生物物理学の各領域における著明な業績を有
する専門家の中から選任されている。また、ICRPは、専門委員会を置くことが
でき、更に、専門委員でない専門家にも臨時の作業グループとして協力を求めるこ
とができるものとされているほか、世界保健機関(WHO)及び国際原子力機関
(IAEA)と公的な関係を有し、国際連合原子放射線の影響に関する科学委員会
(UNSCESR)等とも密接な仕事上の協力関係を保っている。ICRPの方針
は、適切な放射線防護方策の基礎となる基本原則を考えることにあり、その勧告
は、各国において放射線防護を実施に移す責任を持つ専門家に指針を与えようとす
るものであって、発足以来、放射線防護に関し数々の勧告を行ってきた。
(2) ICRPは、一九五八年(昭和三三年)採択の勧告において、「生物学的
な面では、低レベルの連続的被曝から予想される放射線の長期の影響の場合、『回
復』は初期に想像されていたほど重要な役割をおそらく果たしていない」、「最も
ひかえめなやり方は、しきい値も回復もない、つまりその場合には、たとえ低い蓄
積線量ですら、感受性の高い人々に白血病を誘発させることがあり、またその頻度
は蓄積線量に比例するであろう、と仮定することである。」、「人類は電離放射線
を全く使用することなしにすませることはできないので、実際上の問題は放射線線
量を、個人及び集団全般に許容不能ではないような危険を伴う程度にまで、制限す
ることである。
この量が『許容線量』と呼ばれるものである。」、「勧告されている最大許容線量
は最大の値であることが強調される。委員会は、あらゆる線量をできるだけ低く保
ち、不必要な被曝はすべて避けるように勧告する。」などと述べた上で、職業上の
個人の被曝について、「一八歳以上のすべての年齢の人の生殖腺、造血臓器、およ
び水晶体中に蓄積される最大許容総線量」を五×(年齢-一八)レムとすること
(最大週線量が〇・一レムであることを示す。)、管理区域の周辺に住も一般人の
被曝について、このような公衆には放射線感受性の高い子供(胎児を含む。)が含
まれていることなどを考慮し、年間〇・五レムを許容線量とすること、更に、集団
に対する遺伝線量(これをその集団の各人が受胎から子供を持つ平均年齢までに受
けたと仮定した場合に、それらの個人が受けた実際の線量によって生ずるのと同じ
遺伝的負担を全集団に生じるような線量)については、人の平均生殖年齢(三〇
歳)に達するまでの総被曝線量を平均一〇レム以下に押さえるべきであるが、今後
原子力利用の代価として、三〇年間に新たに五レム程度の被曝量を加えたとしても
さしたる障害は認められないとして、医療行為以外の人工放射線源からの遺伝線量
を三〇年間に五レム以下とすることなどを勧告した。
(3) ICRPは、一九六五年(昭和四〇年)採択の勧告において、「放射線防
護の目的は、放射線の急性効果を防止し、かつ、晩発性効果の危険を認容できるレ
ベルまで制限することである。」、「放射線による白血病およびその他の型の悪性
腫瘍の誘発機構はわかっていない。」、「しきい線量の存在は不明であるため、と
人な小さい線量でもそれに比例して小さい悪性腫瘍誘発の危険を伴うと仮定されて
きた。また、人における悪性腫瘍誘発の線量1効果関係の本性に関する知識1特に
放射線防護で問題とされる線量レベルでの知識-が不足しているため、線量-効果
関係が直線的であるという仮定、および、線量は積算的に作用するという仮定に代
わる実際的な代案を持っていない。」、「電離放射線への被曝が含まれる活動をし
ないですまそうと望むのではない限り、ある程度の危険性が存在することを認識し
なければならず、かつ、考えられる危険が、このような活動から得られる利益から
みて、その人および社会にとり容認できると思われるレベルにまで放射線量を制限
しなければならない。」、「どんな被曝でもある程度の危険を伴うことがあるの
で、委員会は、いかなる不必要な被曝も避けるべきであること、および、経済的お
よび社会的な考慮を計算にいれたうえ、すべての線量を容易に達成できるかぎり低
く保つべきである。」などと表明した上で、職業上の個人の全身被曝について、最
大許容線量を年間五レムとすること、公衆の構成員の被曝について、「放射線作業
者に対し容認できると考えられる線量と同程度の大きさの線量を公衆の構成員が受
けることは望ましくない。公衆の構成員中には子供、すなわち成人より大きい危険
にさらされるかも知れず、また全生涯を通じて被曝するかもしれない者を含んでい
る。公衆の構成員は(放射線作業者と異なり)被曝するかしないかに関して選択の
自由がなく、かつ、その被曝から直接的利益を何も受けないであろう。これらの人
々は放射線作業に必要とされる人選、監督及びモニタリングを受けないし、また自
身の職業の危険にさらされている。」とした上で、その全身被曝の線量限度を年間
〇・五レム(但し、公衆の構成員の線量限度を放射線作業者の値の一〇分の一とす
ることについて、現在、放射線生物学上の知見が十分ではないので、この係数の大
きさにはあまり生物学的な意義をもたせるべきではないとも指摘している。)とす
ることなどを勧告した。
(4) ICRPは、一九七七年(昭和五二年)採択の勧告において、放射線の影
響を確率的影響と非確率的影響に区分した上で、「放射線防護の目的は、非確率的
な有害な影響を防止し、また、確率的影響を否認できると思われるレベルにまで制
限することにおくべきである。」、「いいかなる行為も、その導入が正味でプラス
の利益を生むのでなければ、採用してはならない、(6)すべての被曝は、経済的
および社会的な要因を考慮に入れながら、合理的に達成できるかぎり低く保たれな
ければならない、(ロ)個人に対する線量当量は、委員会がそれぞれの現状に応じ
て勧告する限度を超えてはならない。」ことをICRPの勧告する線量制限体系と
する、全身均等照射による放射線誘発癌に関する死亡のリスク係数は、男女及びす
べての年齢の平均値として、一レム当たり約一万人分の一であるとICRPは結論
するなどと表明した上、放射線作業者に関する線量等量限度について、高い安全水
準の職業とは、職業上の危険による平均年死亡率が一万人に一人を超えない職業と
位置付け、放射線作業者が年間五レム被曝すると死亡率は一万人に五人となり、他
の安全な職業より危険になるおそれがあるが、実際には、年間〇・五レム程度の被
曝にとどまるので安全性は確保されるとして、その全身均等照射による被曝の線量
限度を年間五レムとすること、公衆の個々の構成員に対する線量当量限度について
は、一般公衆に対する死のリスクの容認できるレベルは、職業上のレベルより一桁
低いと結論付けられ、年間一〇万ないし一〇〇万分の一の範囲の死亡リスクは、公
衆の個々の構成員にとっても容認できるから、公衆の個々の生涯線量当量を、一生
涯を通して年間〇・一レムの全身被曝に相当する値に制限することを意味するが、
「公衆の個々の構成員に対して五ミリシーベルトという年線量当量限度を適用する
とき、公衆の被曝をもたらすような行為は少ししかなく、決定グループ外の人々の
被曝がほとんどないならば、平均線量当量は一年につき〇・五ミリシーベルトより
低くなると思われる。」などとして、結局、従来どおり、年間〇・五レムという全
身線量当量限度を用いれば足りることなどを勧告した。
(5) ICRPは、一九八五年(昭和六〇年)のパリ会議において、公衆の構成
員に対する実効線量当量限度を年間〇・一レムとするが、生涯にわたる平均の年実
効線量当量が右限度を超えることのないかぎり、一年につき〇・五レムという補助
的線量限度を数年にわたって用いることができるとする旨の声明を出した。
(6) ICRPは、一九九〇年(平成二年)一一月採択の勧告において、ICR
Pが、それまでに明らかになった日本の原爆被曝者の研究、新しい線量算定体系で
あるDS86、UNSCEAR、BEIR等の機関による研究等を評価し、致死癌
の確率を推定した旨表明した上、職業人に対する実効線量限度を、年間五〇ミリシ
ーベルト(五レム)を超えないとの条件付きで、五年間の平均値が年間二〇ミリシ
ーベルト(二レム)とすること、公衆の個々の構成員に対する実効線量限度を、年
間一ミリシーベルト(〇・一レム)とし、特殊の状況下では五年間にわたる平均が
年当たり一ミリシーベルトを超えなければ、単一年ではもつと高い実効線量が許さ
れることもあり得ること、妊娠していない女性に関する職業被曝の管理の基礎は男
性の職業被曝の場合と同じであること、事故時等の緊急時の職業人に対する線量限
度を五〇レムとすることなどを勧告した。
(7) ICRPの勧告は、米国を初めとして各国で尊重され、その許容線量(線
量限度)は、各国の法令に採り入れられているところ、我が国も、ICRPの勧告
を尊重して、公衆の許容被曝線量を定めており、本件処分当時においては、ICR
Pの一九五八年勧告を尊重し、総理府に設置された放射線審議会の答申を受けて、
一年間につき〇・五レムとしていた(許容被曝線量等を定める件二条)が、前記
(5)のパリ会議の声明を取り入れた法令改正(平成元年三月二七日通産省告示第
一三一号)により、公衆の線量当量限度を実効線量当量(実効線量当量とは、人が
放射線を受けた場合、その受けた部位が人体の一部であっても、人体全体に対して
どの程度の影響があるか、その組織の感受性等を考慮して換算したものである。)
とし、一年間につき〇・五レムを一ミリシーベルト(〇・一レム)に変更した。
また、我が国では、ICRPのALAPの考え方に従い、平常運転に伴う公衆の被
曝線量を、右の許容被曝線量よりも一層低く抑えるための努力が払われてきたが、
その努力目標値を明らかにすることが望ましいとの観点から、昭和五〇年五月、線
量目標値指針が定められ、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液
体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値については年間
〇・〇〇五レム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価値については年間
〇・〇一五レムとの努力目標値が明示されていたが、本件処分後、線量目標値指針
の改正により公衆の受ける線量当量の目標値を実効線量当量で年間〇・〇〇五レム
とされた。
(8) 米国における原子力発電所の運転による公衆の被曝線量に関する規制は、
米国原子力規制委員会(NRC)の米国連邦規則中の放射線防護基準に定められて
いるが、右基準では、公衆の許容被曝線量をICRP勧告に準拠して、年間〇・五
レムとしているが、一九七七年一月六日、米国環境保護局(EPA)によって、公
衆の全身被曝線量を年間〇・〇二五レム、甲状腺被曝線量を年間〇・〇七五レムと
する等の新基準を設定した。
(9) 米国のゴフマン、タンブリン両博士は、一九七〇年(昭和四五年)、成人
については、一ラドの被曝により癌の発生率が自然発生率の二パーセント増加し、
また、妊娠一三週以内の胎児については、三分の一ラドの被曝で癌の発生率が倍加
し、妊娠後期の胎児については、約一・五ラドの被曝で白血病や小児癌の発生率が
倍加すると推測され、米国連邦放射線審議会が定めている公衆に対する許容線量で
ある年間〇・一七ラドの放射線を受け続ければ、年間一二万人に癌が発生する旨報
告した。そして、米国原子力委員会は、米国科学アカデミーにこの問題に関する検
討を委託し、同アカデミーは、電離放射線の生物効果に関する諮問委員会(BEI
R委員会)を設置して検討を重ねた結果、一九七二年(昭和四七年) 一一月、
「線量電離放射線被曝の集団に対する影響」と題する報告(BEIR報告)を発表
したが、同報告は、米国民が年間平均〇・一七レムの被曝を受ければ、被曝を受け
る当世代において年間三〇〇〇人から一万五〇〇〇人の癌による死者が増加し、次
世代では毎年最大一八〇〇例の重大な遺伝病が出現し、何世代か後には、毎年最大
二万七〇〇〇件もの遺伝的欠陥の出現と、不健康者の五パーセントの増加がもたら
されると推測した。
しかしながら、ゴフマン、タンブリンの報告に対しては、米国の全国民が年間〇・
一七レムもの放射線被曝を受けるというような事態はあり得す、全く非現実的な仮
定に立つばかりでなく、被曝による影響をも過大に評価しているという批判もなさ
れており、また、BEIR報告については、米国放射線防護測定審議会が、一九七
五年(昭和五〇年)、同報告のリスクの推定値は、低線量の放射線の人に対する影
響を、高線量の放射線によって得られた動物実験の結果や疫学的データを用いて評
価したものであり、また、過大な推定値であると批判した。
(10) マンクーゾ、スチュアート、ニ-ルらは、一九七七年(昭和五二年)、
米国ハンフォード原子力施設に一九四四年(昭和一九年)から一九七四年(昭和四
九年)まで勤務した労働者の記録に基づき、職業的に放射線を受けた労働者に線量
と関連した過剰な癌死亡率があること、(1)骨髄腫・白血病、(2)肺癌、
(3)膵臓癌・胃癌・大腸癌、(4)総ての癌の各倍加線量は、それぞれ、三・六
ラド、一三・七ラド、一五・六ラド、三三・七ラドであったこと、右倍加線量値
は、ICRPのリスク係数値から推定されるものの一〇分の一ないし五〇分の一と
なること、放射線による発癌のリスク係数値は、日本の原爆被曝生存者や医学的な
理由で放射線を受けた集団の研究から導き出された推定値よりはるかに高いもので
あったことなどを報告した。また、イギリスのジョセフ・ロートブラットは、医療
被曝者等の低レベル被曝者集団におけるデータに依拠して算出されたリスク係数値
は、広島、長崎の原爆被曝者に関するデータに依拠して算出されたリスク係数値よ
り、各癌について五、六倍大きいこと、すべての癌による死亡のリスク係数値は、
一レム当たり〇・〇〇〇八であると報告した。
しかしながら、右マンクーゾらの研究に対しては、BEIR委員会は、(1)低線
量被曝による癌の死亡率を求めるには、工場従業員数及び特に元従業員で既に死亡
した人々の数が少なく、統計学上、信頼性が低い、(2)日本の原爆被曝生存者に
みられた放射線によって最も発生しやすい(潜伏期間が短く、発生率の高い)白血
病やリンパ腫、胃癌等がこの工場従業員死亡者の中にはほとんど見当たらない、
(3)膵臓癌、多発性骨髄腫が従業員に高率に発生した原因として、放射線を考え
るよりも、この工場がかって化学物質を取り扱っていた前歴があることから、他の
癌原物質に曝露されていた可能性が高いといった問題点があると指摘している。
(11) 第二次大戦後、日米の科学者は、広島、長崎の原爆被曝者を対象とし
て、電離放射線の晩発性障害についての研究を行い、特に、米国オークリッジ国立
研究所は、模擬実験を繰り返すなどして、一九六五年(昭和四〇年)、被曝線量を
推計し、線量推定方式、いわゆるT65Dを発表し、ICRPは、放射線防護基準
設定の基礎資料としてT65Dを用いている。
しかしながら、一九七〇年代に入り、T65Dに対する疑問が投げ掛けられるよう
になり、米国のローレンス・リバモア国立研究所、オークリッジ国立研究所の研究
員らが、それぞれ、広島、長崎の原爆被曝者の放射線被曝線量の推定の見直し作業
を行ったところ、一九八〇年代に入り、右被曝線量が、従来考えられていた線量
(T651D)よりも大幅に低いことが明らかにされ、その結果、T65Dを基礎
資料として行われてきた放射線による癌死のリスク係数値が著しく過少である疑い
が生じ、昭和五七年には、日米両国により線量再評価委員会が設置され、広島、長
崎の原爆被曝線量の再評価の作業がなされ、その結果、一九八六年(昭和六一
年)、右委員会の上級委員会によって、新しい線量評価システムであるDS86が
承認された。DS86は、広島においては、爆心地から二キロ地点でガンマ線はT
65Dよりも四倍程度多く、中性子はT65Dの九分の一程度であり、長崎におい
ては、T65Dが予想していた線量よりいずれも少ないことを明らかにしている。
そして、財団法人放射線影響研究所は、一九八七年(昭和六二年)、白血病及び一
般の癌に分けた新しい死亡危険率を公表したが、それによると、ICRPの勧告し
た危険率より、白血病で約六倍、一般の癌で四倍以上高くなるとする見解もある。
以上認定した事実を総合すると、本件処分当時、ICRPが公衆の許容線量限度と
していた年間〇・五レムという値は、現在では採用されておらず、ICRPは、一
九八九年(平成元年)までの研究結果を踏まえた上、一九九〇年一一月採択の勧告
で表明したとおり、職業人に対する実効線量限度を、年間に五〇ミリシーベルト
(五レム)を超えないとの条件付きで、五年間の平均値が年間二〇ミリシーベルト
(二レム)とし、公衆の個々の構成員に対する実効線量限度を、年間一ミリシーベ
ルト(〇・一レム、特殊の状況下では五年間にわたる平均が年当たり一ミリシーベ
ルトを超えなければ、単一年ではもつと高い実効線量が許されることもあり得
る。)とする考え方を採用しているというべきであり、そして、右実効線量限度を
いわゆるALAPの精神と共に用いる限りにおいては、被曝による危険を社会通念
上容認できる水準以下に保っための基準として合理的なものと認められる。
これに対し、原告らは、ICRPは、いわゆるALAPの原則を後退させ、原子力
産業の要請を優先させており、放射線防護を基本精神とするICRP勧告は破綻し
た旨主張する(第六節第一款第四)ところ、ICRPの一九五八年採択の勧告で
は、「あらゆる線量をできるだけ低く保ち、不必要な被曝はすべて避けるように勧
告する。」とされていたが、一九六五年採択の勧告では、「いかなる不必要な被曝
も避けるべきであること、並びに、経済的及び社会的な考慮を計算に入れた上、総
ての線量を容易に達成できる限り低く保つべきであることを勧告する」となり、更
に、一九七七年採択の勧告では、「総ての被曝は、経済的及び社会的な要因を考慮
に入れながら、合理的に達成できる限り低く保たなければならない」となったこと
は、前記((2)ないし(4))のとおりである。
しかしながら、右のように、表現が変化してきたことについては、専門家の間に
も、勧告の後退であり、「なんらかの圧力によってICRPが影響を受けたのでは
ないか」という問題を指摘する意見もあるが、一方、「基本的精神が変わったので
はなく、表現をより具体的に、より分かり易くしたためである」との意見もある上
(弁論の全趣旨によって認められる。)、ICRPが原子力産業の要請のみを優先
させていると認めるに足りる証拠もないから、原告らの右主張は失当である。
(三) 右(二)のとおり、ICRPは、現在では、公衆の個々の構成員に対する
実効線量限度を、年間一ミリシーベルト(〇・一レム、特殊の状況下では五年間に
わたる平均が年当たり一ミリシーベルトを超えなければ、単一年ではもつと高い実
効線量が許されることもあり得る。)とする考え方を採用していることに鑑みる
と、本件安全審査において、平常運転時の公衆の許容被曝線量値として採用された
許容線量等を定める件二条所定の線量値(年間〇・五レム)が現在においても許容
被曝線量値としての合理性を有しているか疑問といわざるを得ない。しかしなが
ら、前記(2(二)(2))のとおり、本件安全審査においては、平常運転時に放
出される放射性物質による一般公衆の被曝線量が、許容線量等を定める件二条に規
定する許容被曝線量(年間〇・五レム)以下に押さえられていることはもちろんの
こと、更に、それをできるだけ少なくするような安全設計が講じられることを基本
方針とし、乙四によれば、線量目標値指針所定の線量値(放射性希ガスからのガン
マ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の
評価値の合計値についでは年間〇・〇〇五レム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被
曝線量の評価値については年間〇・〇一五レム)を基準として設定し、実際には、
これを公衆の線量限度としたばかりか、ALAPの精神に従って、可能な限り被曝
線量を低下させるための対策が講じられているか否かを審査していることが認めら
れるから、本件安全審査における審査の基本方針及び審査事項が安全審査の理念の
範囲内にある合理的なものであるとの前記(2(三))判断が左右されるものでは
ないというべきである。
4 線量目標値の合理性について
原告らは、線量目標値指針所定の線量値(放射性希ガスからのガンマ線による全身
被曝線量及び液体廃棄物中の放射性物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値
について年間〇・〇〇五レム、放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価値に
ついては年間〇・〇一五レム)についても、合理性のない危険なものである旨主張
する(第六節第一款第五の三)が、一九九〇年採択のICRP勧告が、公衆の個々
の構成員に対する実効線量限度を、年間〇・一レムとしていることは前記(3
(二)(6))のとおりであり、また、本件安全審査においては、ALAPの精神
に従って、可能な限り被曝線量を低下させるための対策が講じられているか否かが
審査されていることは前記(3(三))のとおりであるから、現在の科学水準に照
らしても、右線量目標値が不合理なものとはいえず、原告らの右主張は失当であ
る。
第二 本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に係る安全性
一 平常運転時における被曝低減対策に係る本件安全審査の審査内容
1 はじめに
原子炉施設における安全性の確保は、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化さ
せないか、という点にあることは前記(第一の三1)のとおりであり、そのために
は、原子炉施設において、いわゆる多重防護の考え方に基づき、可及的に安全側に
立った被曝低減対策が講じられなければならない。
2 事実関係
乙一ないし四、一三、一六、四五、九一、九二1ないし4、証人a、同nの各証言
及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 安全審査において検討された事項
原子炉施設においては、放射性物質の有する危険性を顕在化させないために、放射
性物質が冷却水中に現れることを抑制し、冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現
れる放射性物質を、その形態に応じて適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備を設
け、また、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質からの放射
線による公衆の被曝線量を適切に評価し、それが、線量目標値指針が定める線量目
標値を下回ることはもちろんのこと、ALAPの指針に従って可及的にその被曝線
量値を低減するような基本設計を行う必要があり、その上で、原子炉施設の平常運
転に伴って環境に放出される放射性物質の量と環境中における線量率等を的確に監
視することのできる放射線管理設備を設ける必要がある。
本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に関し、本件安全審査において
検討された事項は、以下とおりであり、その際、原子力委員会が指示した(1)線
量目標値指針、(2)線量目標値評価指針の各指針が用いられ、また、安全審査会
が作成した「発電用軽水型原子炉施設の安全審査における一般公衆の被ばく線量評
価について」(昭和五二年六月)の報告書が活用された。
第一に、本件原子炉施設は、その平常運転時に伴って環境に放出される放射性物質
の量を抑制できるものかどうか、すなわち、(1)放射性物質が冷却水中に現れる
ことを抑制できるかどうか、(2)冷却水中から原子炉冷却系統設備外に現れる放
射性物質を、その形態に応じて適切に処理し得る放射性廃棄物廃棄設備が設けられ
ているかどうかを確認する。
第二に、平常運転時における被曝低減対策の総合的な妥当性を評価する観点から、
本件原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の放射線による公
衆の被曝線量が適切に評価され、かつ、その評価値が許容被曝線量である年間〇・
五レムを下回ることはもちろんのこと、線量目標値指針が定める線量目標値、すな
わち、放射性希ガスからのガンマ線による全身被曝線量及び液体廃棄物中の放射性
物質に起因する全身被曝線量の評価値の合計値については年間〇・〇〇五レム、放
射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量の評価値については年間〇・〇一五レムをそ
れぞれ下回ることとなっているかどうかを確認する。
第三に、原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質の量、環境中
における線量率等をそれぞれ的確に監視することのできる放射線管理設備が設けら
れているかどうかを確認する。
(二) 放射性物質の種類
原子炉施設の平常運転時に排気筒から放出される放射性物質には、(1)主として
空気を構成している窒素、酸素、アルゴンが原子炉内及びその近傍で中性子に照射
されて生ずる窒素一三、同一六、炭素一四、アルゴン四一等の放射化生成物と、原
子炉内の燃料の核分裂によって発生したクリブトン八五、キセノン一三三等の核分
裂生成物からなる気体状放射性物質、(2)常温、常圧では液体状又は固体状であ
るが、高温では揮発して気体状の挙動を示し、燃料の核分裂によって生成する放射
性ヨウ素(ヨウ素一三一、同一三三)等の揮発性放射性物質、(3)原子炉の冷却
材中に含まれている微量の不純物が原子炉内の中性子に照射されて生ずる放射化生
成物及び燃料から冷却材中に漏洩した微量の核分裂生成物から成り、塵埃等に付着
して挙動するマンガン五四、コバルト五八、同六〇、セシウム一三七等の粒子状放
射性物質がある。原子炉施設の平常運転時に放出される放射性物質の放射線源とし
ては、右の気体廃棄物のほかに、液体廃棄物中に含まれている放射性物質と原子炉
施設に直接起因する放射線とがあり、前者は、粒子状放射性物質と同様の発生機構
によって生成するので、そこに含まれている放射性核種もほぼ同様のものである
が、一般に、原子炉施設は液体廃棄物処理施設を設けているので比較的管理しやす
いとされており、後者は、原子炉内の燃料が核分裂する際に発生する放射線と原子
炉施設内に内蔵されている放射性物質が放出する放射線であり、これによって通常
原子炉施設周辺で問題となるガンマ線についても、一般に原子炉容器、原子炉格納
施設、使用済燃料プール、固体廃棄物貯蔵倉庫等において十分遮蔽されるので原子
炉施設周辺に及ぼす影響は小さいとされている。
(三) 一般公衆の被曝経路
原子炉施設の平常運転時に放出される放射性物質によって、一般公衆が被曝する際
の主要な被曝経路としては、(1)気体として放出された放射性物質が空気中に拡
散している間にこれから放出される放射線による外部被曝、(2)気体として放出
された後、地表に沈着した放射性物質から放出される放射線による外部被曝、
(3)気体として放出された放射性物質を吸入したり、これらが付着した農作物等
を摂取することによる内部被曝、(4)液体として放出された放射性物質から放出
される放射線によって遊泳中や漁業活動中に受ける外部被曝、(5)液体として放
出された放射性物質を取り込んだ海産物を摂取することによる内部被曝がある。
これまでの軽水型原子炉の運転経験、放射線等に関する調査・研究によれば、軽水
型原子炉の平常運転に伴って放出される放射性物質の中では、量的にはクリプトン
八五、キセノン一三三等の放射性希ガスが最も多く、放射性希ガスは、透過力の強
いガンマ線を放出するため、これに被曝すると、全身被曝の可能性が生ずること、
揮発性放射性物質のうち、放射性ヨウ素は生成量が多く、物理的半減期も長いとこ
ろ、放射性ヨウ素は海藻等に濃縮したり、葉菜類に付着する等の性質があるととも
に、人体内部に取り込まれた場合には甲状腺に集まる特性があること、鉄、マンガ
ン、コバルト等は、気体廃棄物中にほほとんど含まれていないが、液体廃棄物中に
占める割合が多く、また海産物中で濃縮する性質を有するため、それらを取り込ん
だ海産物を摂取した場合には、人体に比較的大きな被曝を与える可能性があるこ
と、人体が被曝することによって受ける影響については、各臓器が個別的に被曝す
る場合よりも全身にわたって被曝する場合の方が大きいことが知られており、この
ような事実から、一般的に、一般公衆に対する右被曝経路のうち、(1)の被曝経
路における希ガスから放出されるガンマ線による外部全身被曝が最も主要なもの
で、次に、(3)の被曝経路におけるヨウ素に起因する内部甲状腺被曝及び(5)
の被曝経路における放射性物質による内部全身被曝が主要なものであり、他の被曝
経路によるものは無視し得る程度のものであると考えられている。
本件安全審査においては、右のような主要な被曝経路について、公衆の被曝線量を
定量的に評価し、その値が十分低いものであれば、公衆の被曝線量は、右以外の経
路の被曝の寄与分を考慮しても、なお低く抑えられるとの判断に基づいて、本件原
子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に関する安全審査が行われた。
(四) 施設内での放射性物質の蓄積
原子炉の平常運転に伴い原子炉施設内に蓄積される主な放射性物質としては、
(1)燃料の核分裂反応によって燃料被覆管内に生成される核分裂生成物と、
(2)冷却水が接する機器や配管の内面等の腐食によって生成された腐食生成物等
が中性子により放射化されることによって生じる放射化生成物の二種類があるとこ
ろ、(1)の核分裂生成物については、後記のとおり、本件原子炉施設において使
用される燃料被覆管の健全性が維持されるような設計となっていること、(2)の
放射化生成物については、冷却水の水質を腐食の生じ難い清浄な状態に保っために
原子炉冷却材浄化系濾過脱塩装置、復水濾過・脱塩装置等の水質管理を行う設備が
設けられていることから、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、放射性物
質が冷却水中に現れるのを抑制できるものと判断された。
(五) 放射性廃棄物の廃棄設備について
原子炉施設においては、多数の燃料棒のうちのごく一部のものの燃料被覆管にピン
ホール等が生じる可能性があり、このピンホール等から核分裂生成物等が冷却水中
に漏洩することがある。また、冷却水が接する機器や配管の内面等のすべてにわた
って腐食を完全に防止することは困難であり、したがって、微量ではあるが冷却水
中に放射性物質が現れることは避けられないところ、その大部分は、原子炉冷却系
統設備内に閉じ込められるが、一部は、冷却水の清浄度を保っために行う浄化処理
の過程において原子炉冷却系統設備外に取り出され、また、復水器から抽出される
空気あるいはポンプ、バルブ等から漏洩してくる水と共に原子炉冷却系統設備外に
漏洩する。したがって、これら原子炉冷却系統設備外に現れる放射性物質について
は、放射性廃棄物廃棄設備により適切な処理を行い、環境への放出をできる限り低
く抑える必要がある。
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、以下のとおり、原子炉冷却系統設
備外に現れる放射性物質について、気体、液体、固体の各形態に応じて適切に処理
し得る放射性廃棄物廃棄設備(別紙四のとおり)が設けられていることが確認され
た。
(1) 気体状の放射性物質の場合
本件原子炉施設において発生する主な気体状の放射性物質としては、(1)平常運
転時に、復水器内の真空を保っため復水器空気抽出器により復水器内から連続的に
抽出される空気中に含まれる放射性物質、(2)タービンの停止後比較的短時間の
うちにこれを再起動させる場合に、復水器内を真空にするために用いられる真空ポ
ンプの運転により復水器内から間欠的に放出される空気中に含まれる放射性物質、
(3)ポンプ、バルブ等から漏洩する冷却水の蒸気等により原子炉建家内等の空気
に含まれる放射性物質の三種類があり、これらの気体状の放射性物質には、クリプ
トン、キセノン等の希ガス、空気中に浮遊する粒子状の放射性物質等がある。
本件原子炉施設においては、右(1)は、空気抽出器を通った上、減衰管で約三〇
分間減衰され、更に、粒子状放射性物質を補足するフィルタ(濾過器)で固形物が
除去されたのち、希ガスを長時間貯留してその濃度を低減させる効用を有する活性
炭式希ガスホールドアップ装置、希ガス等を拡散、希釈するための高さ約一五〇メ
ートルの排気筒を経て排気されることになっているほか、右(2)は、そのような
間欠放出の回数は少なく、一回当たりの放射性物質の放出量も少ないことから、拡
散、希釈するための右排気筒を経て排気され、更に、右(3)は、粒子状の放射性
物質を捕捉するフィルタで固形物が除去されたのち、拡散、希釈するための排気筒
を経て排気されることになっている。
(2) 液体状の放射性物質の場合
本件原子炉施設において発生する主な液体状の放射性物質としては、(1)ポン
プ、バルブ等からの漏洩水等のうち、放射能濃度が高く、不純物が少ない機器ドレ
ン廃液及び放射能濃度が低く不純物が多い床ドレン廃液、(2)復水脱塩装置や放
射性廃棄物廃棄設備で使用された樹脂を再生する際に発生する再生廃液等の放射能
濃度が高く、不純物が多い化学廃液、(3)発電所の従業者が使用した衣類等の洗
濯により発生する廃液で、放射能濃度が低い洗濯廃液の三種類がある。
本件原子炉施設において、右(1)のうち機器ドレン廃液は、収集タンクに集めら
れ、クラッド除去装置及び濾過装置を経て放射化生成物を含む固形分が取り除かれ
たのち、イオン状の不純物を取り除くための脱塩装置を経て、復水貯蔵タンクに送
られ、処理水は原子炉の冷却水等として再使用されており、右(1)のうち床ドレ
ン廃液及び右(2)の化学廃液は、収集タンクに集められたのち、蒸留して不純物
を分離するための蒸発濃縮装置、蒸留水中のイオン状の不純物を取り除くための脱
塩装置等を経て、処理水は原子炉の冷却水等として再使用され、蒸留した際に残る
濃縮廃液は、固体状の放射性物質として処理される。また、(3)の洗濯廃液は、
収集タンクに集められたのち、固形分を除くための濾過装置等を経て、処理水は復
水器冷却用の海水に混合、希釈し、環境へ放出されることになっている。
(3) 固体状の放射性物質の場合
本件原子炉施設において発生する主な固体状の放射性物質としては、(1)右
(2)の冷却水の浄化処理等のために使用される脱塩装置等から発生する使用済樹
脂、(2)右(2)の床ドレン廃液及び化学廃液の蒸発濃縮処理の結果として残る
濃縮廃液、(3)機器の点検や修理の際に冷却水に触れるなどして放射性物質が付
着した布切れや紙くず、気体状の放射性物質を捕捉するために使用されたフィルタ
等の雑固体廃棄物の三種類がある。
本件原子炉施設においては、右(1)のうち比較的放射能濃度が低いものは、固化
材と混合してドラム缶詰めする装置によってドラム缶詰めされ、比較的放射能濃度
が高いもの及び右(2)は、貯蔵タンクに貯蔵して放射能を減衰させた上、ドラム
缶話めされる。また、右(3)は、圧縮減容する装置を経て、ドラム缶詰めされる
ことになっており、更に、右の各ドラム缶は、固体廃棄物貯蔵庫に貯蔵、保管され
る。
(六) 公衆の被曝線量の評価
原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出された気体状及び液体状の放射性物質は
大気中や海水中において拡散、希釈するが、公衆は、この拡散、希釈した放射性物
質から放出される放射線によって被曝したり、更には、この拡散、希釈した放射性
物質を吸入したり、それを取り込んだ海産物等を摂取したりすること等によって被
曝することがあり得るが、本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に
伴って環境に放出される放射性物質について、以下のとおり、公衆の被曝線量の評
価の妥当性の審査を行い、その結果、右評価は適切にされており、かつ、その評価
値は許容被曝線量である年間〇・五レムを下回ることはもちろんのこと、線量目標
値指針に定められた線量目標値をも下回るものであると判断された。
(1) 本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転に伴う公衆の被曝線
量評価方法の妥当性について以下のとおり検討し、いずれも妥当なものと判断され
た。
ア 本件原子炉施設から平常運転時(年間稼働率八〇パーセント)に大気中に放出
される気体状放射性物質のうち、(1)復水器から連続的に抽出される空気中に含
まれる放射性希ガスの放出率は、毎秒一・一ミリキュリー(年間放出量約二万八〇
〇〇キュリー)、(2)原子炉建家等の換気設備から連続的に放出される空気中に
含まれる放射性希ガスの放出率は、毎秒〇・六八ミリキュリー(年間放出量約一万
七〇〇〇キュリー)、(3)真空ポンプの運転により間欠放出される放射性希ガス
の一回当たりの放出量は一〇〇〇キュリー、年間の放出回数は五回、(4)真空ポ
ンプの運転による間欠放出及び換気設備系から連続的に放出される放射性ヨウ素の
放出量は年間約五・五キュリーとそれぞれ想定されているが、これらは、先行炉の
実績を踏まえ、あるいは、先行炉の実績値(毎秒〇・三キュリー)よりも高い全希
ガス漏洩率(毎秒〇・四キュリー)に基づいて計算されたものである。
また、本件原子炉施設から大気中に放出された気体廃棄物の拡散、希釈の状況につ
いては、気象条件は、季節毎の変化を考慮して本件原子炉施設敷地周辺における昭
和四六年三月から同四七年二月までの気象観測で得られた実測値を用いて計算し
(但し、静穏時の場合は、風速を毎秒〇・五メートルとし、風速毎秒〇・五ないし
二・〇メートルのときの風向出現頻度に応じて各風向きに比例分配した。)、線量
の計算は、排気筒を中心として一六方位に分割した陸側一〇方位の周辺監視区域境
界外について行い、希ガスのガンマ線による全身被曝線量が最大となる地点での線
量を求めた。
イ 本件原子炉施設から平常運転時に海水中へ放出される液体廃棄物中の放射性物
質(トリチウムを除く。)の年間放出量は、洗濯廃液中の約〇・五五キュリー、濃
縮処理による発生蒸気の凝縮水中の約〇・〇三キュリー、トリチウムの環境放出量
は年間一〇〇キュリー以下と、いずれも我が国における先行炉の実績等から推定さ
れることから、液体廃棄物等の放射性物質による全身被曝線量及び甲状腺被曝線量
の評価を行う際には、液体廃棄物処理系統の運用の変動を考慮して、トリチウムを
除く液体廃棄物の年間放出量を一キュリー、トリチウムの年間放出量を一〇〇キュ
リーと想定した。
また、本件原子炉施設から海水中に放出された液体廃棄物の拡散、希釈の状況につ
いては、復水器冷却水放水口に放出された液体廃棄物は、実際はその放出後、前面
海域において拡散、希釈することによってその濃度は低くなるにもかかわらず、そ
の効果を無視し、右放水口における濃度がそのまま用いられた。
(2) 本件安全審査においては、右のような各種の条件を設定して、本件原子炉
の平常運転に伴う公衆の被曝線量を計算した場合、希ガスから放出されるガンマ線
による全身被曝線量が最大となる地点は、排気筒南方約七四〇メートルの周辺監視
区域境界であり、その線量は年間約〇・三ミリレムであること、液体廃棄物中の放
射性物質に起因する全身被曝線量が年間約〇・二ミリレムであること、したがっ
て、全身被曝線量値は合計して年間約〇・五ミリレムと評価されること、また、気
体廃棄物中に含まれる放射性ヨウ素に起因する甲状腺被曝線量が最大となる地点
は、将来の集落の形成や葉菜又は牛乳摂取による被曝経路の存在を考慮すると、排
気筒の南約一・二キロメートルの敷地境界外であり、その地点における気体廃棄物
中の放射性ヨウ素の呼吸、葉菜及び牛乳摂取による年間の甲状腺被曝線量は、成人
で約〇・二ミリレム、幼児で約一・四ミリレム、乳児で約一・二ミリレムであるこ
と、液体廃棄物中に含まれる放射性ヨウ素による甲状腺被曝線量は、海藻類を摂取
する場合、成人で年間約〇・〇二ミリレム、幼児及び乳児で年間約〇・〇五ミリレ
ムとなり、海藻類を摂取しない場合、成人で年間約〇・〇一ミリレム、幼児で年間
約〇・〇四ミリレム、乳児で年間約〇・〇三ミリレムとなること、気体廃棄物中及
び液体廃棄物中に含まれる放射性ヨウ素を同時に摂取する場合の甲状腺被曝線量の
最大値は幼児の場合で年間約一・四ミリレムであることが確認された。そして、計
算された被曝線量の最大値は、全身被曝線量について年間約〇・五ミリレム、甲状
腺被曝線量について年間約一・四ミリレムであり、線量目標値指針に定める全身被
曝線量(年間五ミリレム)、甲状腺被曝線量(年間一五ミリレム)の線量目標値を
下回っており、以上の評価に取り上げられていない原子炉施設からの直接線量及び
スカイシャイン線量は、原子炉建家のコンクリート壁等によって十分遮蔽され、人
の住居の可能性のある敷地境界において年間五ミリレム以下となることを目標に抑
えられ、かつ、また、この線量は、線源が固定されているため、距離が離れるにし
たがって急激に減衰するという性質を考慮すると、一般公衆の被曝線量に寄与する
地点は、敷地境界近傍に限られ、他の被曝線量として、ベータ線による皮膚被曝線
量、海水浴中に受ける被曝線量、大気中に放出された粒子状放射性物質に起因する
被曝線量等があるが、これらの被曝線量については、一般に小さい寄与しか与えな
いことに鑑み、これらによる線量等を考慮しても、周辺監視区域外における被曝線
量は、許容被曝線量等を定める件所定の許容被曝線量(年間五〇〇ミリレム)をは
るかに下回るものと判断された。
(七) 放射性物質の放出量等の監視
本件安全審査においては、本件原子炉施設には、以下のように、その平常運転に伴
って環境に放出される放射性物質の放出量、環境中における線量率等をそれぞれ的
確に監視することのできる放射線管理設備が設けられていると判断された。
(1) 本件原子炉施設には、気体廃棄物について、活性炭式希ガスホールドアッ
プ装置の前後にそれぞれ放射線量を連続的に監視する放射線モニター、排気筒から
の放出量を連続的に監視するために排気筒に放射線モニターが設けられている。
(2) 本件原子炉施設には、液体廃棄物について、環境に放出する前に放射性物
質の濃度が十分に低いことを確認するため、一旦サンプルタンクに貯留し、放射性
物質の濃度をサンプリングして測定する設備、復水器の冷却水放水路につながる排
水環境に放出量を連続的に監視する放射線モニターが設けられている。
(3) 本件原子炉施設の周辺には、環境中の線量率等を監視するためのモニタリ
ングポスト九基が設置され、外部放射線量率を連続監視するほか、気体廃棄物の放
出管理及び発電所周辺の一般公衆の被曝評価に資するために発電所敷地内に風速、
日射量、放射収支量等を連続観測する設備が設けられている。
3 判断
右2で認定した本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策に関する本件安
全審査の審査内容に鑑みると、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不
合理な点があるとはいえないし、また、本件原子炉が右具体的審査基準に適合し、
平常運転時における放射性廃棄物について、敷地周辺の公衆に対する放射線障害の
防止上支障がないものとした本件安全審査における調査審議及び判断の過程に看過
し難い過誤、欠落があるとは認められない。
二 本件原子炉施設の平常運転時における公衆の被曝低減対策に係る安全性に関す
る原告らの主張について
1 気体廃棄物に関する主張について
(一) 間欠放出による気体廃棄物の過少評価に関する主張について
原告らは、間欠放出による気体廃棄物が過少評価されている旨主張する(第六節第
二款第一の一1(一))が、前記(一2(六)(1)ア)のとおり、本件安全審査
においては、真空ポンプの運転により間欠放出される放射性希ガスの一回当たりの
放出量が一〇〇〇キュリー、年間の放出回数が五回と想定されているところ、これ
は、先行炉の運転実績を参考に、全希ガス漏洩率が毎秒一キュリーのときの真空ポ
ンプ運転一回当たりの放出量を二五〇〇キュリー、運転回数を五回として、年間放
出量を一万二五〇〇キュリーとし、これに全希ガス漏洩率である毎秒〇・四キュリ
ーを乗じて算出されたものであり(乙三、四、一三によって認められる。)、前記
(一2(六)(1)ア)のとおり、先行炉の実績を踏まえた合理的な放出量と判断
されたこと、乙四五、九二1ないし4によれば、本件安全審査当時の昭和五〇年度
における東京電力福島第一原発における気体廃棄物の放出実績は、同発電所三号炉
までの三基(合計電気出力約二〇三万キロワット)の各放出実績を合計しても一万
六〇〇〇キュリーに過ぎないこと、本件原子炉も含めた最近の我が国における沸騰
水型原子炉の気体廃棄物の放出実績は、ほとんど検出限界以下、又は極めて低い値
となっていることが認められるのに対し、本件安全審査においては、前記(一2
(六)(1)ア)のとおり、本件原子炉施設に係る気体廃棄物の推定発生量を、間
欠放出による気体廃棄物(年間合計五〇〇〇キュリー)を含めて年間五万キュリー
と高めに想定していること、弁論の全趣旨によれば、間欠放出の回数は、単なる原
子炉の停止回数を指すものではなく、タービン停止後、比較的短時間に再起動させ
る際の真空ポンプの運転による放出回数を指すものであって、タービン停止から再
起動までに比較的長時間を要するもの、すなわち、右期間中に復水器内の放射性物
質の放射能が減衰し、再起動に際し真空ポンプを運転してもそれによって放射性物
質が環境に放出されることがほとんどないような停止、具体的には、計画停止や定
期検査による停止を含まないと認められることなどの諸事情を総合すると、間欠放
出の放出量及び放出回数についての本件安全審査の右判断の過程に看過し難い過
誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
(二) 放射性ヨウ素の被曝線量に関する主張について
原告らは、本件安全審査において、平常運転時に本件原子炉施設から放出される放
射性ヨウ素について、その濃縮を考慮した被曝線量評価が欠落している旨主張する
(第六節第二款第一の一-(二))が、前記(一2(六))の事実に、乙三、四、
一三及び証人nの証言を総合すれば、本件安全審査においては、平常運転時に本件
原子炉施設から放出される放射性ヨウ素について、気体廃棄物及び液体廃棄物中の
各ヨウ素が呼吸、葉菜、牛乳及び海産物を介して、成人、幼児及び乳児にそれぞれ
摂取されるとした場合における甲状腺被曝線量を評価しており、その際、当然に、
空気中又は海水中のヨウ素濃度、空気中のヨウ素が葉菜あるいは牛乳に移行する割
合、海産物の濃縮係数、呼吸等により人体に摂取されたヨウ素が甲状腺に移行する
割合等も考慮した評価を行っていることが認められ、本件安全審査における右判断
の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失
当である。
(三) 粒子状放射性物質の被曝線量評価に関する主張について
原告らは、本件安全審査においては、平常運転時に本件原子炉施設から放出される
気体廃棄物中に含まれるコバルト六〇、マンガン五四、ストロンチウム九〇、セシ
ウム一三七等の粒子状放射性物質についての被曝線量評価が行われておらず、安全
審査における被曝線量評価は不十分である旨主張する(第六節第二款第一の一1
(三))。
しかしながら、乙四、一三、九一及び弁論の全趣旨によれば、粒子状放射性物質は
揮発性でないこと等から、冷却水中に発生しても気体中に移行するものはごく微量
であり、また、気体中に移行したものについても放射性廃棄物廃棄設備に設けられ
たフィルタによって容易に除去できるため、本件原子炉施設から環境に放出される
気体廃棄物中に含まれる粒子状放射性物質の量は極めて微量であること、部分被曝
に比べれば全身被曝の方がはるかに重要であること、本件安全審査において、本件
原子炉施設から放出される気体廃棄物中に含まれる粒子状放射性物質について具体
的な線量評価を行わなかったのは、これらの放射性物質の食物中ないし人体内にお
ける濃縮を考慮してもなお、その被曝線量は無視できる程度に過ぎず、厳しい条件
を設定した公衆の被曝線量評価上は、特にこれを取り上げて具体的に計算、評価す
るまでもないと判断されたためであることが認められ、本件安全審査における右判
断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められない上、原告らの主張すると
ころは、単に抽象的に、放出される粒子状放射性物質の核種が多種類であり、微量
でも内部被曝を与えると指摘するのみであることを考え合わせると、原告らの右主
張は失当である。
2 液体廃棄物に関する主張について
(一) 洗濯廃液に関する主張について
原告らは、液体廃棄物による被曝線量評価に関し、洗濯廃液の発生量が常識的には
考えられないほど過少数値となっているばかりか、洗濯廃液に起因する放射性物質
の量が年間〇・五五キュリーとなる根拠は何ら示されていないから、本件安全審査
における洗濯廃液中の放射性物質の線量評価は不合理である旨主張する(第六節第
二款第一の一2(一))が、前記(一2(六)(1)イ)の事実に、乙三、四、一
三、九一及び証人aの証言を総合すれば、本件安全審査においては、洗濯廃液の発
生量を、先行炉である東京電力福島第一原発一号炉の実績に基づき、一日当たり一
五立方メートルと想定されたこと、同発電所一号炉の昭和四七年度から同四九年度
までの実績では、一日当たり一〇立方メートル以下に過ぎないこと、洗濯廃液中の
放射性物質の量は、先行炉の実績等から判断すると非常に少なく、一立方センチメ
ートル当たり約〇・〇〇〇一マイクロキュリーとされ、本件安全審査においては、
これに洗濯廃液の年間の発生量を乗じて、洗濯廃液に起因する放射性物質の量を年
間〇・五五キュリーと想定されたことが認められ、本件安全審査における右判断の
過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失当
である。
(二) 機器ドレン廃液の環境流出に関する主張について
原告らは、本件安全審査において、原子炉施設の配管のバルブ、ポンプ等から漏れ
出る機器ドレン廃液が一滴も環境に放出されないという前提で被曝評価が行われて
いるのは不合理である旨主張する(第六節第二款第一の一2(二))が、本件原子
炉施設の基本設計においては、前記(一2(五)(2))のとおり、機器ドレン廃
液は、収集タンクに集められ、クラッド除去装置及び濾過装置を経て放射化生成物
を含も固形分が取り除かれ、更に、イオン状の不純物を取り除くための脱塩装置を
経て、復水貯蔵タンクに送られ、処理水は原子炉の冷却材等として再使用されるこ
とになっていることに鑑みると、機器ドレンが環境に放出されないという前提で被
曝評価が行われた本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認
められないから、原告らの右主張は失当である。
(三) 濃縮係数に関する主張について
原告らは、海産物の濃縮係数について、その数値も計算方法も確立したものでない
ばかりか、我が国においては研究すら行われておらず、本件安全審査に用いられた
濃縮係数も外国文献を引用しており、また、対象とした魚や海藻の種類も不明であ
る旨主張する(第六節第二款第一の一2(三))が、乙一三、四九1ないし4及び
弁論の全趣旨によれば、本件安全審査において使用された濃縮係数は、トンプソン
らの濃縮係数総合報告書から引用した値が用いられていること、右トンプソンらの
報告書は、多数の元素につき過去の情報をできるだけ総合してまとめあげたもの
で、我が国の研究者による成果も多数取り入れられていること、右報告書に取りま
とめられた濃縮係数は広い範囲から得られた多数の測定値からその平均レベルを求
めたものであること、本件安全審査で使用された濃縮係数には、右報告書のうち、
放射性核種の濃縮係数を採らず、一般にそれよりも濃縮係数が高くなる安定元素の
濃縮係数を採用していることが認められ、以上の事実によれば、本件安全審査にお
いて用いられた濃縮係数が不合理であるということはできないから、原告らの右主
張は失当である。
(四) 放出放射性物質の濃度に関する主張について
原告らは、液体廃棄物の放出は間欠的であり、特に定期検査時に放出される液体廃
棄物における放射性物質の濃度は通常よりも高いにもかかわらず、年間を通して復
水器冷却水に平均的に希釈されるとして被曝線量評価を行っているのは不当である
旨主張する(第六節第二款第一の一2(四))が、乙三、四及び弁論の全趣旨によ
れば、本件安全審査においては、公衆の被曝線量が十分低く抑えられるようになっ
ているかどうかを判断するに当たって、公衆の年間の累積被曝線量を評価している
ことが認められるから、液体廃棄物の一様な連続放出を仮定した本件安全審査の判
断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められず、原告らの右主張は失当で
ある。
(五) 核種組成に関する主張について
原告らは、本件安全審査において、液体廃棄物による被曝評価の際、バリウム一四
〇、ラタン一四〇、ジルコニウム五一、ニオブ九五、セリウム一四一を評価の対象
外としたのは不合理である旨主張する(第六節第二款第一の一2(五))が、乙
三、四、一三、九一及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件安全審査においては、液
体廃棄物に含まれる核種のうち量が最も重く、かつ全身被曝に支配的なものとして
一一核種を採り上げて定量的な被曝評価をすれば、本件原子炉施設の安全性を確認
するのに十分であると判断されたことが認められ、そして、液体廃棄物中に含まれ
る放射性物質による全身被曝線量が年間約〇・二ミリレムであると評価されたこと
は前記(一2(六)(2))のとおりであるから、右主要一一核種以外の核種につ
いて定量的評価をしなかった本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落が
あるとは認められない。
また、原告らは、本件安全審査における液体廃棄物中の放射性物質の核種組成は、
敦賀原発の実績に照らすと、被曝線量の評価結果が小さくなるように恣意的に決め
られている旨主張するが、乙一三によれば、本件安全審査における液体廃棄物中の
放射性物質の核種組成は、先行炉の運転実績に基づいて定められたものであるこ
と、核種組成は、運転・保守の態様、処理水の運用により変動する性質のものであ
るが、各核種の濃縮係数と線量への換算係数を考慮し、被曝線量の計算結果が安全
側になるように核種組成を定めたことが認められ、右核種組成比が恣意的に定めら
れたと認めるに足りる証拠もないから、液体廃棄物中の放射性物質の核種組成に関
する本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められない。
したがって、原告らの右主張はいずれも失当である。
(六) 被曝線量評価におけるトリチウムの評価に関する主張について
原告らは、本件安全審査においては、平常運転時に本件原子炉施設から放出される
トリチウムについて十分な審査がなされていない旨主張する(第六節第二款第一の
一2(六))が、本件安全審査においては、本件原子炉施設から平常運転時に海水
中へ放出される液体廃棄物中のトリチウムが我が国における先行炉の実績等から年
間一〇〇キュリー以下と推定されるも、液体廃棄物処理系統の運用の変動を考慮
し、トリチウムの年間放出量を一〇〇キュリーと想定されたことは前記(一2
(六)(1)イ)のとおりであるから、トリチウムの放出量が不合理なものである
とはにわかに断定できない。そして、乙三、一三及び証人nの証言によれば、トリ
チウムは海産生物により濃縮されないことが認められ、更に、前記(一2(三))
のとおり、本件安全審査における公衆の被曝線量評価は、原子炉施設の平常運転に
畔う公衆の被曝経路のうち、人体に対する主要な被曝経路((1)放射性希ガスか
ら放射されるガンマ線による外部全身被曝、(2)ヨウ素に起因する内部甲状腺被
曝、(3)液体として放出された放射性物質(トリチウムを含も。)に起因する内
部全身被曝)を対象として行われているところ、これは、主要な被曝経路について
の定量的な評価による線量値が十分低ければ、被曝線量評価の対象としなかった経
路の被曝線量による寄与分を考慮してもなお、十分低く抑えられるものと判断でき
ると考えられたからである。
以上の事情に鑑みれば、トリチウムの評価に関する本件安全審査の判断の過程に看
過し難い過誤、欠落があるとは認められず、トリチウムに関する審査が不十分であ
ったとはいえないから、原告らの右主張は失当である。
3 被曝評価方法に関する主張について
原告らは、平常運転時における被曝評価方法は未だ確立したものとはいえず、評価
方法によって、平常運転時の被曝評価に関する数値は幾らでも変わり得るものとい
わざるを得ないから、線量目標値評価指針に則って審査がなされた本件安全審査
は、不合理である旨主張する(第六節第二款第一の一3)が、放射性廃棄物の推定
発生量等に関する知見は、科学技術の発展と共に不断に進歩、発展し、刻々と新し
い知見が生まれていると考えられることに鑑みると、右推定発生量に関する数値に
変動があるからといって、直ちに、恣意的な変更であるとはいい難いから、原告ら
の主張は失当である。
4 ムラサキツユクサに関する主張について
原告らは、kの原子力発電所周辺におけるムラサキツユクサの雄しべ毛の細胞を用
いた突然変異に関する実験結果を根拠に、本件安全審査の際における平常運転時の
被曝線量評価は不合理である旨主張する(第六節第二款第一の一4)。
証人kの証言によれば、kが原告ら主張のとおりの実験を行い、その結果、原告ら
の主張するような事実が認められたと発表していることが認められるが、ムラサキ
ツユクサを用いた実験については、ムラサキツユクサの雄しべ毛の細胞が、放射線
のみならず、温度、降雨、日照、農薬、自動車排気ガス等の諸要因に対しても高い
感受性を示すため、ムラサキツユクサを用いた野外での実験によって、その雄しべ
毛の細胞における突然変異の発生に対する放射線の寄与を正確に把握することは現
実的にはほとんど不可能に近いし、仮に可能であるとしても、そのためには、実験
の方法や実験結果の解析の方法等を極めて慎重かつ緻密に行わなければならない
が、それが十分に行われていなかった旨の批判があることは前記(第一の三3
(一)(2))のとおりであるから、kの実験結果をもって、直ちに本件安全審査
における被曝評価に誤りがあるものとはいい難い。
5 放射線管理施設に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設における放射線管理施設は何ら機能していないし、同施
設に対する本件安全審査も不十分である旨縷々主張する(第六節第二款第一の二)
が、前記(一)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の平常運転時
における被曝低減対策に関し、第一に、本件原子炉施設は、その平常運転に伴って
環境に放出される放射性物質の量を抑制できる対策が採られていること、第二に、
本件原子炉施設の平常運転に伴って環境に放出される放射性物質からの放射線によ
る公衆の被曝線量が適切に評価され、かつ、その評価値は許容被曝線量である年間
〇・五レムを下回ることはもちろんのこと、線量目標値指針が定める線量目標値を
下回ることとなっていることがいずれも確認され、その上で、原子炉施設の平常運
転に伴って環境に放出される放射性物質の量、環境中における線量率等をそれぞれ
的確に監視することのできる放射線管理設備が設けられているかどうかが確認され
たこと、したがって、本件原子炉施設の平常運転時における被曝低減対策として、
すべての放射性物質による放射線を完全に監視することのできる放射線管理設備が
設けられる必要まではないものと考えられること、本件安全審査においては、本件
原子炉施設に気体廃棄物を監視する放射線モニター、液体廃棄物を監視する放射線
モニター等が設置され、本件原子炉施設の周辺には、環境中の線量率等を監視する
ためのモニタリングポスト九基等が設置されていることが確認されたことなどは、
前記(一2(七))のとおりであり、これによって主要な放射線を監視することが
可能であると考えられること、前記(第二章第一、二)のとおり、原子炉設置許可
に際しての安全審査は、専ら当該原子炉の基本設計のみが規制の対象となることに
照らし、各放射線管理設備の詳細な審査は不要であることなどの諸点に鑑みると、
放射線管理設備に関する本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落がある
とは認められないから、原告らの右主張は失当である。
第三 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性
一 原子炉施設の事故防止対策に係る本件安全審査の審査内容
1 はじめに
原子炉施設における安全性の確保は、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化さ
せないか、という点にあること前記(第一の三1)のとおりであり、そのために
は、原子炉施設において、いわゆる多重防護の考え方に基づき、可及的に安全側に
立った事故防止対策が講じられなければならない。
2 事実関係
甲三〇、三三、三五、三七、三八、四一、四五、四八、四九、乙一ないし四、九、
一一、一四、一六、一九、二〇、三〇1、2、三一ないし三七、証人aの証言及び
弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 安全審査において検討された事項
原子炉施設においては、放射性物質の有する危険性を顕在化させないために、平常
運転時に発生する放射性物質のうち(第二の一の2(四)参照)、燃料被覆管内に
存在する核分裂生成物等を燃料被覆管内に、冷却材中に存在する核分裂生成物及び
腐食生成物等を圧力バウンダリ又はこれを含も原子炉冷却系統設備内にそれぞれ閉
じ込め、異常時には、前者を燃料被覆管内に、後者を圧力バウンダリにそれぞれ閉
じ込め、これらが環境へ放出されないように防止する必要があり、そのためには、
燃料被覆管や圧力バウンダリ等の健全性が損なわれるおそれのある事態が発生しな
いような対策を講じる必要がある。具体的には、まず、燃料被覆管や圧力バウンダ
リ自体における異常の発生を防止することが基本となり、次に、右異常が発生した
場合においては、それが拡大したり、更には放射性物質を環境に異常に放出するお
それのある事態にまで発展拡大することを防止することが必要となり、また、仮に
放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合においてもな
お、放射性物質の環境への異常な放出という結果を防止するといういわゆる多重防
護の考え方に基づいた各種の事故防止対策が原子炉施設の安全性を確保するために
講じられる必要がある。
本件原子炉施設の事故防止対策に関し、本件安全審査において検討された事項は、
以下のとおりであり、その際、原子力委員会が指示した(1)ECCS安全評価指
針、(2)安全設計審査指針の各指針が用いられ、また、安全審査会が作成した
(1)「沸騰水型原子炉に用いる八行八列型の燃料集合体について」(昭和四九年
一二月)、(2)「沸騰水型原子炉の炉心熱設計手法及び熱的運転制限値決定手法
について」(同五一年二月)、
(3) 「沸騰水型原子炉の炉心熱設計手法及び熱的運転制限値決定手法の適用に
ついて」(同五二年二月)、(4)「発電用軽水型原子炉の反応度事故に対する評
価方法について」(同年五月)、(5)「取替炉心検討会報告書」(同月)の各報
告書が活用された。
(1) 異常発生防止対策
本件原子炉施設は、燃料被覆管や圧力バウンダリ自体における異常の発生を防止す
ることができるかどうか、これらの健全性に影響を与える他の機器等の異常の発生
を防止することができるかどうか、具体的には、(1)燃料の核分裂反応を確実か
つ安定的に制御することができるかどうか、(2)核分裂生成物等を閉じ込めるべ
き燃料被覆管は、熱的、機械的、化学的影響によってその健全性が損なわれること
のない余裕のあるものかどうか、(3)放射性物質を閉じ込めるべき圧力バウンダ
リは、機械的、化学的影響によってその健全性が損なわれることのない余裕のある
ものかどうか、(4)燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすお
それのある設備は、これらに起因する異常の発生を防止し得る信頼性が確保される
かどうかを確認する。
(2) 異常拡大防止対策
本件原子炉施設は、異常が発生した場合においても、それが拡大したり、更には放
射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展することを防止でき
るかどうか、具体的には、(1)燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健
全性に影響を及ぼすおそれのある設備に異常が発生した場合、所要の措置が採れる
よう、その異常の発生を早期にかつ確実に検知し得るかどうか、(2)燃料被覆管
及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生した異常が
大きなものであり、それに対し、迅速な措置を講じなければ燃料被覆管及び圧力バ
ウンダリの各健全性が損なわれるおそれのある場合に備え、所要の安全保護設備が
設置されるかどうか、(3)安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮
し、信頼性が確保されるかどうか、(4)安全保護設備等の設計の総合的な妥当性
に関する解析評価(原子炉施設の寿命期間中にその発生が予測される代表的な起因
事象を幾つか想定し、その評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して行う解
析評価、以下「運転時の異常な過渡変化解析」という。)によっても、燃料被覆管
及び圧力バウンダリの各健全性を確保できることとなっているかどうかを確認す
る。
(3) 放射性物質異常放出防止対策
本件原子炉施設は、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生し
た場合においても、放射性物質の環境への異常な放出という結果を防止し、公共の
安全を確保することができるかどうか、具体的には、(1)圧力バウンダリを構成
する配管の破断等が発生する場合に備え、所要の安全防護設備が設置されるかどう
か、(2)安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し、信頼性が確保さ
れるかどうか、(3)安全防護設備等の設計の総合的な妥当性に関する解析評価
(原子炉施設において現実に発生する可能性は極めて少ないが、あえて放射性物質
を環境に異常に放出するおそれのある事態をもたらす代表的な起因事象を幾つか想
定し、その評価結果が厳しくなるような条件設定して行う解析評価、以下「事故解
析」という。)によっても、放射性物質の環境への異常な放出が防止できるかどう
かを確認する。
(二) 異常発生防止対策について
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設は、その基本設計におい
て、燃料被覆管や圧力バウンダリ自体における異常の発生を防止するとともに、こ
れらの健全性に影響を与える他の機器等の異常の発生を防止するところの異常発生
防止対策が講じられるものと判断された。
(1) 燃料の核分裂反応の確実かつ安定的制御
燃料被覆管や圧力バウンダリの健全性を維持し、原子炉における異常の発生を防止
するためには、まず、燃料の核分裂反応を確実に、かつ安定的に制御する必要があ
るところ、本件原子炉施設において使用される燃料の濃縮度(燃料中の全ウランに
対するウラン二三五の占める重量の割合)は、平均で約二・二パーセントと低濃縮
度のものであり、また、本件原子炉は、軽水型原子炉であって、核分裂反応の割合
が増大して燃料及び冷却材の各温度が上昇すれば、それに伴って核分裂反応が抑制
されるという性質、すなわち、核分裂反応に対して固有の自己制御性を有すること
から、燃料の制御不能な核分裂反応が生ずることはない仕組みになっているほか、
本件原子炉施設には、燃料の核分裂反応を安定的に制御する反応度制御系(制御
棒)、再循環流量制御系等からなる原子炉出力制御設備が設けられている。本件安
全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設は、燃料の核分裂
反応を確実に、かつ安定的に制御することができるものと判断された。
(2) 燃料被覆管の健全性の維持
本件原子炉に使用される燃料被覆管はジルカロイ-2製で、外径が一二・五ミリメ
ートル、燃料棒有効長が三七一センチメートル、燃料被覆管厚が〇・八六ミリメー
トル、燃料ペレットとの間隔が〇・二三ミリメートルであり、燃料ペレットの大き
さは、直径が一〇・六ミリメートル、高さが一一ミリメートルである。燃料被覆管
の上端には約三〇センチメートルの空間(ブレナム)が設けられており、ここに、
核分裂で生成されたガス状の生成物を溜めて、被覆管内の圧力が過度にならないよ
うにしてある。本件原子炉稼働中は、燃料ペレットの中心部の温度は、約一八三〇
度に達するが、燃料ペレットの熱伝導率が低いため、燃料ペレットの表面温度は約
五〇〇度、燃料被覆管最高温度は約三八〇度に止まる。
燃料ペレットを密封し、核分裂生成物等を閉じ込めている燃料被覆管は、損傷を防
止し、その健全性を維持するために余裕をもった設計が行わなければならないが、
燃料被覆管を損傷させる要因として、(1)核分裂反応によって発生する熱に比べ
て除去される熱が少ないために燃料被覆管の温度が上昇し、燃料被覆管が焼損する
こと、(2)燃料ペレットと燃料被覆管との相対的な熱膨張差によって生じるひず
みにより燃料被覆管が機械的に損傷してしまうこと、(3)燃料ペレットから浸出
した、主としてガス状の核分裂生成物等による内圧や冷却材による外圧等により燃
料被覆管が機械的に損傷すること、(4)燃料被覆管が冷却材中の不純物等により
化学的腐食を起こし損傷すること等が挙げられる。
本件原子炉施設においては、定格出力(電気出力約一一〇万キロワット)で運転等
における最小限界出力比が、燃料被覆管を焼損させないための限界値一・〇七を十
分に上回る一・一九以上に維持し得るように設計され、燃料被覆管の焼損防止策が
施されている。また、燃料ペレットと燃料被覆管の熱膨張差は、平常運転時におけ
る燃料の単位長さ当たりの発熱量(線出力密度)の大小に依存するところ、発熱量
は、燃料被覆管が損傷を起こすおそれの生じる約八三キロワット毎メートルを十分
に下回る約四四キロワット毎メートル以下に抑えられており、本件原子炉施設に
は、燃料ペレットとの熱膨張差による燃料被覆管の機械的損傷防止策が施されてい
る。更に、本件原子炉施設において使用される燃料被覆管が十分な強度をもって設
計され、内圧や外圧等による燃料被覆管の機械的損傷防止策が施され、また、燃料
被覆管には耐食性に優れた金属(ジルカロイー2)が使用されることから、燃料被
覆管の化学的腐食による損傷防止策も施されている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設の燃料被覆
管は、熱的、機械的、化学的影響によってその健全性が損なわれることのない、余
裕のあるものが使用されると判断された。
(3) 圧力バウンダリの健全性の維持
燃料被覆管とともに放射性物質を閉じ込める重要な機能を担う圧力バウンダリも、
その健全性を維持することのできる余裕をもった設計が行わなければならないが、
圧力バウンダリを損傷させるに至る要因として、(1)圧力容器内の圧力等が過大
となって圧力バウンダリが機械的に損傷すること、(2)圧力バウンダリ自体が核
分裂反応による中性子照射を受け続けることにより脆性破壊を起こすこと、(3)
圧力バウンダリが冷却材中の不純物等により化学的腐食を起こして損傷すること等
が挙げられる。
本件原子炉施設においては、圧力容器の設計圧力が約八八キログラム毎平方センチ
メートルに設定され、圧力容器内の圧力を圧力制御装置によって自動的に約七一キ
ログラム毎平方センチメートルに保つように設計されており、圧力バウンダリの機
械的損傷の防止策が施され、また、(1)脆性破壊防止を十分考慮した延性の高い
材料が使用され、(2)圧力容器内に脆性遷移温度の変化を知るための試験片が取
り付けられ、(3)圧力容器の最低使用温度を脆性遷移温度より摂氏三三度以上高
くすることができるように設計されており、圧力容器の脆性破壊防止策も施されて
いる。更に、本件原子炉施設においては、(1)必要に応じて、耐食性に優れた材
料であるステンレス鋼が使用され、(2)腐食の要因となる冷却材中の塩素濃度、
pH値等が管理されているなど、冷却材について、適切な水質管理が出来るように
設計されており、圧力バウンダリの化学的腐食による損傷防止策が施され、また、
圧力バウンダリを構成する機器及び配管は、運転開始後の検査によって、その健全
性を確認できるように設計されている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設の圧力バウ
ンダリは、機械的、化学的影響によってその健全性が損なわれることのない、余裕
のあるものであると判断された。
(4) 燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設
備の信頼性の確保
燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、信
頼性が確保され、原子炉が安定して運転し得るだけの余裕のある設計がされなけれ
ばならないが、燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれの
ある設備としては、燃料棒を支持する炉心支持構造物等の圧力容器内部の構造物、
原子炉冷却系統設備、原子炉出力制御設備等があるが、これらの設備については、
(1)性能や強度等に余裕をもった設計とし、また、(2)誤操作防止のため、運
転員の操作に対する適切な配慮をするとともに、(3)必要な場合には自動制御装
置を設置する必要がある。
本件原子炉施設においては、右各設備がいずれも性能や強度等に十分な余裕をもっ
て設計され、(1)原子炉冷却系統設備や原子炉出力制御設備等に、各設備の状態
を正確に把握することができるように、圧力、温度、流量等を測定する計測装置が
設けられ、(2)原子炉出力制御設備には、運転員が誤って制御捧を引き抜こうと
しても同時に二本以上引き抜けなくする等のインターロックが掛かる装置が設けら
れており、誤操作の防止策が講じられている。更に、本件原子炉施設には、平常運
転中タービン入口の蒸気加減弁を自動的に作動させることにより圧力容器内の圧力
を一定に保持する圧力制御装置、並びに主蒸気流量、給水流量及び原子炉水位の三
要素により圧力容器内の水位を自動的にあらかじめ設定された値に保持する水位制
御装置が設けられるなど、原子炉の運転が正常な状態からずれた場合、これを自動
的に修正する自動制御装置が設けられている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設における燃
料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備は、信頼
性が確保され、原子炉は安定して運転し得るものと判断された。
(三) 異常拡大防止対策について
本件安全審査においては、以上のとおり、本件原子炉施設について異常発生防止対
策が講じられていると判断されたが、それにもかかわらず異常が発生した場合に備
えて、以下のとおり、本件原子炉施設は、その基本設計において、異常が拡大した
り、更には放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態にまで発展するこ
とを防止する対策が講じられているかどうかが検討され、その結果、右の対策が講
じられていると判断された。
(1) 異常発生の早期かつ確実な検知
燃料被覆管及び圧力バウンダリ並びにこれらの健全性に影響を及ぼすおそれのある
設備に異常が発生した場合に所要の措置が採れるよう、異常の発生を早期に、かつ
確実に検知する必要があるが、本件原子炉施設には、燃料被覆管の損傷を検知する
ために、冷却材中の放射能レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダリを構成
する機器等からの冷却材の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉の出力や原子炉冷
却系統設備等の圧力、温度、流量等を測定監視する計測装置等が設置され、異常の
発生を検知した場合には、原子炉の停止等所要の措置が採れるように、直ちに警報
を発する警報装置が設けられている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設は、異常の
発生を早期にかつ確実に検知し得るものと判断された。
(2) 安全保護設備の設置
燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある設備に発生
した異常が大きなものであり、それに対し、迅速な措置を講じなければ燃料被覆管
及び圧力バウンダリの各健全性が損なわれるおそれのある場合に備え、所要の安全
保護設備が設置される必要があるが、本件原子炉施設においては、(1)原子炉冷
却系統設備等に何らかの異常が発生し、圧力容器内の内圧の上昇や水位の低下等が
生じた場合に、必要に応じて原子炉を緊急に停止させるために全制御棒が自動的
に、かつ瞬間的に挿入される原子炉緊急停止装置が設けられ、(2)給水系による
圧力容器への給水が停止した場合に、自動的に圧力容器へ給水することにより、圧
力容器内の水位を維持するとともに原子炉停止後も残存する炉心の崩壊熱等を除去
するための原子炉隔離時冷却系設備等が設けられ、更に、(3)圧力バウンダリ内
の圧力が過度に上昇するような異常が生じた場合に、圧力バウンダリ内を減圧する
逃し安全弁が設けられている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設には、燃料
被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある異常に備え、所
要の安全保護設備が設置されるものと判断された。
(3) 安全保護設備の信頼性の確保
安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮しなければならないことはいう
までもないが、本件原子炉施設においては、(1)安全保護設備がいずれも十分な
性能、強度等を有するように設計され、(2)安全保護設備のうち原子炉緊急停止
装置については、右装置用の電源が何らかの原因で喪失した場合においても自動的
に制御棒が炉心内に挿入され、原子炉を停止させる能力を有するように設計される
とともに、右装置を作動させる回路は多重性と独立性とを有するように設計されて
おり、また、全制御棒のうちの最大反応度価値を有する制御棒一本が完全に引き抜
かれている状態を仮定した場合においても、その他の制御棒を挿入することによっ
て原子炉を停止する能力を有するように設計され、(3)原子炉隔離時冷却系設備
等については、外部電力を用いず、圧力容器内で炉心の崩壊熱により発生する蒸気
の一部を用いてタービン駆動のポンプを作動させることにより、原子炉停止後の崩
壊熱等の除去及び圧力容器内の水位の維持を行う能力を有するように設計されてい
る。更に、(4)主蒸気系の安全弁については、構造が簡単で信頼性が高く、かつ
その開閉動作について電源等を一切必要としないバネ式のものが使用され、(5)
安全保護設備は、その信頼性を常に保持するため、運転開始後もその性能が引き続
き確保されていることを確認するための試験を行えるように設計されている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設に設置され
る安全保護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し得ると判断された。
(4) 安全保護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価
本件原子炉施設の安全保護設備は、以上のとおり、いずれも信頼性が確保されるも
のと判断されたが、本件安全審査においては、更に、以下のとおり、運転時の異常
な過渡変化解析が行われ、安全保護設備等の設計の総合的な妥当性が審査された。
すなわち、具体的には、右の異常な過渡変化として、本件原子炉施設の寿命期間中
にその発生が予想される代表的な異常事象である(1)再循環系の過渡変化(再循
環ポンプ一台軸固着、再循環ポンプトリップ、再循環流量制御器誤作動、再循環ル
ープ誤作動)、(2)給水系の過渡変化(給水制御器故障、給水加熱喪失、全給水
流量喪失)、(3)主蒸気系の過渡変化(発電機負荷遮断、タービン・トリップ、
主蒸気隔離弁閉鎖、圧力制御装置の故障、逃し安全弁の開放)、(4)制御棒系の
過渡変化(起動時における制御棒引抜、出力運転中の制御棒引抜)、(5)その他
の過渡変化(高圧スプレイ系の誤起動、外部電源喪失)を想定し、これらの事象に
ついて、安全保護設備のうち最もその評価結果が厳しくなるような機器の一つが単
一の事象に起因して故障し(但し、単一の事象に起因して必然的に起こる多重故障
を含む。)、その機器の有する安全上の機能が発揮されないこと(以下「単一故
障」という。)を想定するなどの厳しい前提条件を設定して行われた解析結果が検
討された。その結果、最小限界出力比は、最も厳しい過渡現象である給水加熱喪失
時及び発電機負荷遮断(タービン・バイパス弁不作動)時でも、限界値一・〇七を
下回ることがないこと、燃料の線出力密度が最も厳しくなる出力運転中の制御棒引
抜時においても、線出力密度は、約五六キロワット毎メートルであり、燃料被覆管
の一パーセント塑性歪に対応する線出力密度を下回っていること、急激な反応度増
加を伴う過渡現象として取り上げた起動時の制御棒引抜の場合の燃料ペレット最大
エンタルビも許容設計限界値を下回っていることから、いかなる運転時の異常な過
渡変化時においても、燃料被覆管の許容設計限界を超えることはないと判断され、
また、早期炉心において原子炉圧力が最大となる発電負荷遮断(タービン・バイパ
ス弁不作動)時の、最大圧力は、七九・八キログラム毎平方センチメートルであ
り、平衡炉心末期のスクラム特性の劣化を考慮しても、最大圧力は、八〇・一キロ
グラム毎平方センチメートルに抑えられ、これらの数値は設計圧力の一・一倍の圧
力(九六・七キログラム毎平方センチメートル)を下回っていることから、圧力バ
ウンダリの健全性が保たれていると判断された。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉は、沸騰水型原
子炉がもつ自己制御性と種々の安全保護機能の動作があいまって、運転中に起こる
異常な過渡変化を安定的に制御し、燃料被覆管及び圧力バウンダリの健全性を保持
できることが確認された。
(四) 放射性物質異常放出防止対策について
本件安全審査においては、以上のとおり、本件原子炉施設について異常発生防止対
策及び異常拡大防止対策がそれぞれ講じられているものと判断されたが、それにも
かかわらず、放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態が発生した場合
に備えて、以下のとおり、放射性物質の環境への異常放出という結果を防止する対
策が講じられているかどうかが検討され、その結果、右の対策が講じられていると
判断された。
(1) 安全防護設備の設置
放射性物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生に備え、所要の安全防
護設備が設置される必要があるが、本件原子炉施設には、(1)別紙五のとおり、
燃料被覆管の重大な損傷を防止するに十分な量の冷却材を炉心に注入するための高
圧炉心スプレイ系一系統、自動減圧系一系統、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧
注水系三系統からなるECCS、(2)圧力バウンダリから放出される放射性物質
を閉じ込めるための高い気密性(漏洩率は、一日当たり〇・五パーセント以下)を
有する格納容器、(3)圧力バウンダリから高温の蒸気等が放出された場合に格納
容器の健全性を確保するため、格納容器内の雰囲気(格納容器内部の空間の状態)
を冷却、減圧し、更に、右蒸気中に浮遊している放射性物質を洗い落とす格納容器
スプレイ冷却系設備及び(4)格納容器から原子炉建家内に漏洩した放射性物質を
環境に異常に放出させないための放射性物質除去フィルタ(設計上のヨウ素除去率
九九パーセント以上)等からなる非常用ガス処理系設備等が設けられている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設には、圧力
バウンダリを構成するいかなる配管の破断等の異常を想定しても、放射性物質を環
境に異常に放出することを防止し得る安全防護設備が設置されるものと判断され
た。
(2) 安全防護設備の信頼性
安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮しなければならないことはいう
までもないが、(1)本件原子炉施設に設置される安全防護設備は、いずれも十分
な性能、強度等を有するように設計されるとともに、定期的な試験、検査を実施で
きるように設計され、(2)ECCSは、炉心への注水機能を有する高圧炉心スブ
レイ系一系統、低圧炉心スブレイ系一系統及び低圧注水系三系統、並びに原子炉の
減圧機能を有する自動減圧系一系統から構成されているところ、これらの各系統
は、外部電源が喪失した場合に備えて、非常用電源により作動させ得るように設計
され、注水機能を有する系統については、低圧炉心スプレイ系一系統及び低圧注水
系一系統(区分-)、低圧注水系二系統(区分II)、高圧炉心スプレイ系一系統
(区分III)、の独立した三区分に分離され、それぞれ一台のディーゼル発電機
に、また、自動減圧系については蓄電池に接続されている。そして、中小口径破断
時には、区分IIIが作動するが、仮にこの区分が作動しない場合でも自動減圧系
が作動すると共に、これと連携して区分1及び区分IIの二区分が作動し、大口径
破断時には、区分I、区分II及び区分IIIのIII区分が作動し、いずれも一
区分の不作動があっても対処できるなど、これらの系統は、圧力バウンダリを構成
するいかなる配管の破断の際にも、右三区分のうち一区分の系統の不作動があって
も対処できる設計とされている。更に、(3)格納容器は、脆性破壊を防止するた
め、最低使用温度より摂氏一七度以上低い脆性遷移温度を有する材料が使用され、
更に、冷却材喪失事故時に格納容器の隔離機能を確保するため、格納容器を貫通す
る配管のうち閉鎖を要求されるものについて隔離弁が設けられ、(4)格納容器ス
プレイ冷却系設備及び非常用ガス処理系設備は、いずれも十分な性能を有する互い
に独立した二つの系統が設けられ、かつ、外部電源が喪失した場合に備えていずれ
もディーゼル発電機等の非常用電源により作動させ得るように設計されている。
本件安全審査においては、右の諸点が確認された結果、本件原子炉施設に設置され
る安全防護設備は、いずれも確実に所期の機能を発揮し得るものと判断された。
(3) 安全防護設備等の設計の総合的な妥当性の解析評価
本件原子炉施設の安全防護設備は、以上のとおり、いずれも信頼性が確保されるも
のと判断されたが、本件安全審査においては、更に、以下のとおり、あえて放射性
物質を環境に異常に放出するおそれのある事態の発生を想定した場合の事故解析が
行われ、安全防護設備等の設計の総合的な妥当性が審査された。
すなわち、具体的には、(1)反応度事故として、制御棒落下事故、(2)圧力バ
ウンダリにある機器の破損、配管の破断によって引き起こされる事故として、冷却
材喪失事故、(3)圧力バウンダリ外にある機器の破損、配管の破断等によって引
き起こされる事故として、主蒸気管破断事故、(4)機器取扱事故として、燃料取
扱事故、(5)放射性廃棄物廃棄施設における事故として、活性炭式希ガスホール
ドアップ装置破損事故を想定し、これらの事象について、単一事故を過程した上
で、評価結果が厳しくなるような前提条件を設定して行われた解析結果が検討され
た。その結果、本件安全審査においては、本件原子炉施設は、万一、放射性物質を
環境に異常に放出するおそれのある事態が発生しても、放射性物質の環境への異常
な放出を防止できるものとなっていることが確認され、本件原子炉施設の安全防護
設備等の設計は、総合的にみて妥当なものであると判断された。
3 判断
右2で認定した原子炉施設の事故防止対策に係る本件安全審査の審査内容に鑑みる
と、右調査審議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があるとはいえな
いし、また、本件原子炉が右具体的審査基準に適合し、その基本設計において、事
故防止対策に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、事故防止対策との関連にお
いて、原子炉等による災害の防止上支障がないものとした本件安全審査における調
査審議及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められない。
二 本件原子炉施設の事故防止対策に係る安全性に関する原告らの主張について
1 炉心燃料部の健全性に関する主張について
(一) 炉心燃料部材の適格性に関する主張について
原告らは、核燃料や燃料被覆管を取り巻く環境条件が過酷であることに鑑みると、
本件原子炉の燃料被覆材として用いられているジルカロイは、放射線照射による機
械的、化学的変化等において必ずしも優れた特性を有しているとは認め難く、ま
た、他の工業分野での使用実績は全くなく、未だ試用段階、実験段階にあり、炉心
材料として不適格である旨主張する(第六節第二款第二の二2(二))が、前記
(一2(二)(2))の事実に、乙二、三、一六、一九、三一、三二、証人aの証
言及び弁論の全趣旨を総合すれば、ジルカロイは、一九五〇年代後半に商業用軽水
炉が出現して以来、中性子の吸収が少ないこと、強度や延性が大きいこと、中性子
照射による性能劣化が小さいこと、冷却材に対する耐食性に優れていること等が総
合的に判断された結果、燃料被覆管の材料として最適のものとされて一貫して使用
されていること、沸騰水型原子炉に使用されたジルカロイー2被覆管燃料棒は、一
九七四年(昭和四九年)九月までに八一万本使用されているが、被覆管に損傷を生
じた燃料棒は、〇・七六パーセント程度であり、その間にも各種材料について種々
の開発、研究が行われ、一九七三年(昭和四八年)に改良型七行七列配列の燃料集
合体、一九七四年(昭和四九年)に本件原子炉と同様の八行八列配列の燃料集合体
が採用されて以来損傷率は非常に少なくなっていることが認められる。
更に、原告らは、ジルカロイ以外に、燃料集合体の部材として使用されているステ
ンレス鋼、インコネルーXについても、炉心部材としての適格性を欠く旨主張する
(第六節第二款第二の二2(二))が、乙二、三によれば、これらの部材も過去の
経験から沸騰水型原子炉の条件に十分適合でき、原子炉の運転中にその設計目的を
十分満足できると報告されていることが認められる。
したがって、炉心燃料部材の適格性に関する本件安全審査の判断の過程に看過し難
い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は、いずれも失当であ
る。
(二) 平常運転時の炉心燃料部の健全性の欠如に関する主張について
(1) 原告らは、本件原子炉においては、燃料ペレットに焼きしまり現象が生じ
ることが予想され、その結果、燃料ペレットと燃料被覆管、燃料ペレットと燃料ペ
レットとの熱伝達を低下させ、燃料ペレットの中心温度が上昇して燃料溶融の危険
性が生ずる旨主張する(第六節第二款第二の二3(一)(1)ア)が、乙二、三、
三〇1、2、三一によれば、一九七〇年(昭和四五年)の初め、加圧水型原子炉の
一部で、燃料棒の部分がつぶれているものが発見されたが、これは、照射下で生じ
る燃料ベレットの密度の上昇現象である焼きしまり現象と分かったこと、その後、
焼きしまり現象に対する研究が進められ、加圧木型原子炉の燃料の場合、燃料ペレ
ットの密度、焼結温度を上昇させるなどの防止策を講じたこと、本件原子炉のよう
な沸騰水型原子炉の燃料の場合は、もともと焼きしまり現象を生じ雑い燃料ペレッ
トが使用されているなどの理由から、燃料棒のつぶれにまでは至っていないこと、
本件原子炉においても、燃料ペレットの密度を約九五パーセントの高密度に焼結す
るとともに、照射中の焼きしまりを小さくするよう製造方法を考慮していることが
認められ、右の諸点に鑑みれば、原告らの右主張は失当である。
(2) 原告らは、燃料ペレットが砂時計状に変形したり、核分裂による気体状及
び固体状の核分裂生成物が燃料ペレット内に蓄積し、燃料ペレットの体積が増大す
るという照射スウェリング現象によって、燃料被覆管が影響を受け、破損するおそ
れがある旨主張する(第六節第二款第二の二3(一)(1)イ、ウ一が、前記(一
2(二)(2))のとおり、平常運転時における燃料の単位長さ当たりの発熱量一
線出力密度)が、燃料被覆管が損傷を起こすおそれの生じる約八三キロワット毎メ
ートルを十分に下回る約四四キロワット毎メートル以下に抑えられ、本件原子炉施
設には、燃料ペレットとの熱膨張差による燃料被覆管の機械的損傷防止策が施され
ていること、前記一一2(二)(2)一の事実に、乙二、三、四、三01、2、三
一、三二及び証人aの証言を総合すれば、本件原子炉においては、かような燃料ペ
レットの変形の事実を前提にした上、燃料ペレットの変形に基づく燃料被覆管の局
所的な歪みによる損傷を減少させる対策として、短尺チャンファ付ペレットを使用
し、強度及び延性の点で優れたジルカロイー2を燃料被覆管材としていること、燃
料ペレットと燃料被覆管との間に〇・二三ミリメートルの間隔が設けられている
が、右間隔は、熱膨張と照射スウェリングによって燃料被覆管に過大な歪みが生じ
ないように定められたものであり、燃料ペレットの膨張等に備えていること、その
上で、燃料被覆管の歪みの限界を、燃料ペレットと燃料被覆管の間隔と照射された
試料についての試験結果から安全と判断された一パーセントとしていることが認め
られ、右の諸点に鑑みれば、原告らの右主張は失当である。
(3) 原告らは、燃料被覆管は、中性子等の照射によって、耐力、張力等の強度
が増加する反面、延性が著しく減少するため、燃料被覆管の脆性破壊(塑性変形を
伴わない破壊)の原因となる旨主張する(第六節第二款第二の二3(一)(2)
ア)が、前記((一))のとおり、燃料被覆管の部材として最適とされ、安全面に
おいても実績のあるジルカロイー2が使用されているから、原告らの右主張は失当
である。
(4) 原告らは、燃料の燃焼の進行とともに冷却材圧力を受け、徐々に燃料被覆
管の外径が減少するクリープ現象によって、燃料被覆管は細く変形し、ついには延
性破壊(塑性変形後の破壊)の原因となる旨主張する(第六節第二款第二の二3
(一)(2)イ)が、乙二、三、三〇2、三一、三二及び証人aの証言によれば、
沸騰水型原子炉における燃料被覆管は、クリープを考えても、外圧によって挫屈を
起こすことがないよう燃料被覆管の肉厚対半径比を十分大きくするとともに、製造
時に燃料被覆管の偏平率を小さく抑えており、過去の実績でもクリープ圧潰を起こ
したことがないこと、本件原子炉のような八行八列配列の燃料の場合、従来の七行
七列配列の燃料より肉厚対半径比を大きくし、クリープ圧潰に対する余裕が大きく
なっていることが認められ、右の諸点に鑑みれば、原告らの右主張は失当である。
(5) 原告らは、長尺の細い管である燃料被覆管の一部に楕円状のものが混じる
ことは避けられず、こうした楕円状の燃料被覆管は、管内外の圧力差等の力学的作
用によって楕円度を進行させ、ひいては燃料棒の座屈損傷の原因となる旨主張する
(第六節第二款第二の二3(一)(2)ウ)が、前記((一))のとおり、燃料被
覆管の部材として最適とされ、安全面においても実績のあるジルカロイー2が使用
されているから、原告らの右主張は失当である。
(6) 原告らは、燃料被覆管が、冷却材や核分裂生成物等によって腐食し、その
進行、拡大によって、腐食疲労、応力腐食割れ等の現象を引き起こす旨主張する
(第六節第二款第二の二3(ヨ)(2)エ)が、前記((一))のとおり、燃料被
覆管の部材として耐食性に優れ、安全面においても実績のあるジルカロイー2が使
用されているから、原告らの右主張は失当である。
(7) 原告らは、燃料棒とスぺーサが接触し、擦れあって生ずるフレッティング
腐食によって燃料被覆管が損傷するおそれがある旨主張する(第六節第二款第二の
二3(一)(2)オ)が、乙二によれば、沸騰水型原子炉に用いられているスペー
サは、過度なフレッティング腐食を起こさないことが実験及び照射実験で確認され
ていることが認められるから、原告らの右主張は失当である。
(8) 原告らは、燃料棒の膨張がスペーサにより拘束されることによって燃料被
覆管が屈曲するおそれがある旨主張する(第六節第二款第二の二3(一)(2)
オ)が、乙二によれば、本件原子炉の燃料棒は、上部タイプレート、下部タイプレ
ート及びスペーサにより、水平方向の変位が抑えられているが、熱膨張もしくは照
射成長による軸方向の伸びは、上部タイプレートを通して自由に逃げられるように
なっており、スペーサは、右軸方向の伸びを拘束し、曲がりを発生させることのな
いようにその接触圧を考慮していることが認められるから、原告らの右主張は失当
である。
(9) 原告らは、炉心燃料部における圧力損失や不安定圧力により燃料棒が過熱
して破損するおそれのある旨主張する(第六節第二款第二の二3(一)(2)オ)
が、前記((一))のとおり、燃料被覆管の部材として最適とされ、安全面におい
ても実績のあるジルカロイー2が使用されているから、原告らの右主張は失当であ
る。
(三) 多発する燃料棒事故と対策の遅れに関する主張について
原告らは、燃料棒、燃料集合体について、これまで多くの、(1)ピンホールやひ
び割れ事故、(2)つぶれ事故、(3)曲がり事故、及び(4)破損事故が発生し
ているが、これら事故の大部分は未だにその原因がはつきりせず、したがって、適
切な対策はほとんど講じられていないので、本件安全審査においても、右のとおり
本件原子炉の炉心燃料部の健全性が確認されていないことになり、右審査は違法と
いうことになる旨主張する(第六節第二款第二の二3(二))。
(1) 燃料棒に関する原告ら主張の事象例のうち、敦賀原発一号炉及び福島第一
原発一号炉の燃料集合体にピンホールやひび割れが発生したことがあることは当事
者間に争いがないところ、前記((二)(2))の事実に、乙二、三〇2、三一、
三二及び七八を総合すれば、このようなピンホールや、ひび割れは、燃料ペレット
と燃料被覆管との相互作用(PCI)や、燃料被覆管内に残留する湿分から発生す
る水素によって燃料被覆管が脆化するいわゆる水素脆化に起因するものであり、こ
の事実は、本件安全審査当時、既に判明していたこと、本件原子炉においては、燃
料ペレットの形状を工夫し、燃料の被覆管の延性の向上を図る熱処理の方法が採ら
れたこと、燃料棒の製造工程で、燃料被覆管の水素化による損傷が生じないよう
に、燃料棒内の水分を十分低く抑えるように管理され、更に、プレナム部にゲッタ
ーと呼ばれる水分と反応しやすい物質を入れ、燃料被覆管の水素化を抑える工夫が
なされていることが認められるから、本件原子炉においては、右PCI及び水素脆
化による燃料被覆管のピンホール等への対策が十分になされているというべきであ
り、原告らの主張する右各事象の存在が本件安全審査の結果に影響を与えるものと
はいえない。
(2) 燃料棒に関する原告ら主張の事象例のうち、右(1)以外のものは、いず
れも加圧水型原子炉において発生したものであり(乙九及び弁論の全趣旨によって
認められる。〕、本件原子炉のような沸騰水型原子炉において、炉心燃料部の健全
性が確保されていることは、前記((一)及び(二))のとおりであるから、原告
らの主張する右各事象の存在が本件安全審査の結果に影響を与えるものとはいえな
い。
したがって、原告らの右主張は失当である。
(四) 冷却材喪失事故時における炉心燃料部の健全性に関する主張について
(1) 原告らは、圧力バウンダリを構成する機器の破損、配管の破断等によって
引き起こされる冷却材喪失事故が避けられない旨主張する(第六節第二款第二の二
4(一))。
しかしながら、本件原子炉施設には、異常発生防止対策、異常拡大防止対策及び放
射性物質異常放出防止対策が講じられており、それらによって、災害の防止上支障
がないものとした本件安全審査における調査審議及び判断の過程に看過し難い過
誤、欠落があるとは認められないことは、前記(一)のとおりであるから、圧力バ
ウンダリを構成する機器の破損、配管の破断等によって引き起こされる冷却材喪失
事故が避けられないという原告らの主張は、それ自体失当であるというべきであ
る。
(2) 本件安全審査においては、前記(一2(四)(3))のとおり、放射性物
質異常放出防止対策として本件原子炉に設置された安全防護設備等の設計の総合的
な妥当性の解析評価を行い、その中で、あえて放射性物質を環境に異常に放出する
おそれのある事態として、冷却材喪失事故の発生を想定した場合の事故解析を行っ
ているが、原告らは、冷却材喪失事故が発生した場合、本件原子炉の燃料被覆管が
破裂し、炉心崩壊の危険性があるから、右解析評価は不合理である旨主張する(第
六節第二款第二の二4(二))。
しかしながら、前記(一2(三)(3))の事実に、乙二、三、四及び証人aの証
言を総合すれば、本件安全審査においては、冷却材喪失事故の解析評価に当たり、
(1)圧力容器に接続されている配管のうち、冷却材の喪失量が最大となり、した
がって、炉心の冷却にとって最も厳しい結果となる冷却材再循環系配管の一本が瞬
時に完全に破断すること、(2)平常運転時には定格出力を超えて運転することは
ないが、定格出力の約一〇五パーセントで運転していること、(3)冷却材再循環
系配管の破断と同時に外部電源が喪失し、かつ、事故時に作動が要求されているE
CCSに単一動的機器の故障(低圧スプレイ系の非常用ディーゼル発電機の故障)
が起こることを仮定したとしても、本件原子炉について、(1)燃料被覆管の最高
温度が摂氏一二〇〇度を超えた場合、又は燃料被覆管の全酸化量が酸化前の燃料被
覆管の厚さの一五パーセントを超えた場合には、燃料被覆管の延性が極度に失わ
れ、炉心の冷却可能形状を保持し続けることができなくなるものであるところ、燃
料被覆管の最高温度は摂氏約八八六度を超えることはなく、燃料被覆管の損傷はな
いこと、また、燃料被覆管における全酸化量は、酸化前の燃料被覆管の厚さに対し
て最大約〇・三パーセントと極めて小さいことから、燃料被覆管の延性は失われ
ず、燃料棒は、冷却可能な形状に維持され、燃料の冷却は確保されること、(2)
破断した配管から放出される冷却材及び水とジルコニウム反応により発生した水素
により格納容器内の圧力は上昇するものの、最高圧力は約二・六キログラム毎平方
センナメートルにとどまり、格納容器の設計圧力である二・八五キログラム毎平方
センチメートルを超えることはないこと、(3)水とジルコニウム反応による水素
の発生に加え、更に評価結果が厳しくなるような条件下での水の放射線分解による
水素及び酸素の発生を仮定した場合でも、可燃性ガス濃度制御系を使用して、水素
と酸素を結合させることにより、格納容器内の水素及び酸素の各濃度は燃焼限界
(水素濃度四パーセント又は酸素濃度五パーセント)以下に抑えられることの各事
実が確認され、本件安全審査においては、右に述べたことから圧力バウンダリの損
傷という事態が万一発生しても、放射性物質の環境への異常な放出が防止できるも
のと判断されたことが認められ、右諸点に鑑みれば、右冷却材喪失事故に関する本
件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原
告らの右主張は失当である。
2 圧力バウンダリに関する主張について
(一) 圧力容器の中性子による脆化に関する主張について
(1) 原告らは、圧力容器が中性子の照射を受け続けることによってその靭性が
低下する、いわゆる圧力容器の中性子照射脆化については、未だ、そのメカニズム
すら分かっておらず、安全が確保されているとはいえない旨主張する(第六節第二
款第二の三1)。
前記(一2(二)(3))の事実に、乙二、三、四、一九、七九1ないし4、八〇
1ないし4、八二1ないし5、八三1ないし5及び証人aの証言を総合すれば、金
属材料は、使用温度がある温度(脆性遷移温度)より下がると、急激に強さが減少
し、もろくなる脆性遷移現象が生じること、脆性遷移温度は通常かなり低く、実用
上の使用温度範囲には入らないが、金属材料が中性子照射を受けると、金属材料中
に原子レベルの空孔等が生じ、この脆性遷移温度が上昇する中性子照射脆化が起こ
ること、中性子照射脆化に起因する脆性遷移温度の上昇は、中性子照射量や金属材
料中の不純物、特にリンや銅等の含有量が多いと大きくなる特性を有しているこ
と、以上のような中性子照射脆化のメカニズムは、本件安全審査当時、既に解明さ
れていたこと、本件原子炉においては、圧力容器の材料に、焼入れ、焼戻しの熱処
理を施し、不純物の含有量を非常に少なくして照射脆化特性を改良した「原子力発
電用マンガン・モリブデン・ニッケル鋼板二種相当品(JIS・G・三一二〇・S
QV2A・ASTM・A-五三三鋼相当)」が使用され、中性子照射による脆性遷
移温度の上昇をも十分考慮した余裕のある設計となっていること、その上で、本件
安全審査においては、使用期間中に中性子照射による脆化が問題となることはない
と判断されたこと、原告らの主張する米国オークリッジ国立研究所の報告は、圧力
容器に使用される鋼材に含まれる銅等の含有率が高かった米国の初期の加圧木型原
子炉について解析をした場合に圧力容器の脆性破壊が問題となり得る旨指摘したも
のであり、本件原子炉のような沸騰水型原子炉の場合には、加圧水型原子炉の場合
と比較して、炉心に最も近い圧力容器壁の受ける中性子照射量が少なく、また、そ
の構造上ECCSの作動による注入水が右圧力容器内壁に直接当たることはなく、
本件原子炉の圧力容器に直接当てはまるものではないことが認められ、右の諸点に
鑑みれば、本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは
認められないから、原告らの右主張は失当である。
(2) 原告らは、わずかな試験片の変化を監視しただけでは、分厚い圧力容器材
の脆化を評価することはできず、かかる不確かな検査方法では圧力容器の健全性の
維持確保はなし得ない旨主張する(第六節第二款第二の三1)が、前記(一2
(二)(3))の事実に、乙三、四及び八一を総合すれば、本件原子炉の圧力容器
構造材の監視は、社団法人日本電気協会で規程する電気技術規程(原子力編)JE
ACI四二〇五-一九七〇(原子炉構造材の監視試験方法)に従い、実際の圧力容
器と同じ照射特性が得られるよう、圧力容器と同一の鋼材から取り出した監視試験
片を圧力容器の内側に取り付け、圧力容器と同様な条件で照射し定期的に取り出し
て試験を行うこと、本件安全審査においては、その上でそのような試験方法を是認
していることが認められ、この点に、前記(一2(二)(3))のとおり、本件原
子炉の圧力容器について脆性破壊を防止する対策が講じられていることを考え合わ
せると、本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認
められないから、原告らの右主張は失当である。
(二) 応力腐食割れに関する主張について
原告らは、本件原子炉の再循環系配管等の材料であるオーステナイト系ステンレス
鋼等には、いわゆる応力腐食割れが多発しており、しかもこの応力腐食割れについ
ては、その対応策等が解決されていない旨主張する(第六節第二款第二の三2)。
乙三三ないし三五によれば、応力腐食割れは、(1)金属材料に耐食性をもたらし
ているクロムが、溶接時の加熱によってその金属材料中の炭素と結合し、クロム炭
化物として析出することにより、その付近に部分的なクロム欠乏部が生じ、金属材
料の耐食性が低下すること、(2)原子炉施設の運転に伴い発生する内圧や熱荷重
等による引張応力に、溶接による残留応力が加わって、材料に過度の引張応力が存
在していること、及び(3)冷却材等の溶存酸素濃度が高いなど冷却材が腐食環境
にあること、の三つの条件が重畳した場合にのみ発生すること、したがって、
(1)材料として、炭素含有量の低い低炭素ステンレス鋼等を用いること、(2)
溶接時の人熱量を減らす等適切な溶接方法ないしは溶接管理を行うことによって、
金属材料の鋭敏化や残留応力の低減を図ること、(3)原子炉の停止時には冷却材
中の溶存酸素濃度が高くなるので、その起動時に冷却材中の溶存酸素濃度を低減す
るような運転を行うことなどの対策を講じることによって、右応力腐食割れは、そ
の発生を十分防止できることが認められる。
以上の事実によれば、応力腐食割れ事象の問題は、原子炉施設の詳細設計や具体的
な工事方法及び具体的な運転管理において対処されれば足りる事項であり、前記
(第二章第一の二)のとおり、原子炉設置許可の段階の安全審査においては、当該
原子炉の基本設計の安全性に関わる事項のみをその対象とするものと解するのが相
当であるから、本件安全審査において応力腐食割れの防止対策がされていないこと
をもって本件処分の違法事由とする原告らの右主張は、主張自体失当である(福島
第二原発最高裁判決参照)。
(三) 疲労破壊、応力集中に関する主張について
原告らは、疲労破壊、応力集中によって圧力バウンダリが破壊されるおそれがある
旨主張する(第六節第二款第二の三3)が、前記(一2(二)(3))の事実に、
乙二、三、四及び一九を総合すれば、本件原子炉の圧力バウンダリ等は、平常運転
時、運転時の異常な過渡変化時、保修時、試験時及び事故時に発生する応力に対し
て、脆性的挙動及び急速な伝播型破断の防止の観点から、応力解析、疲労解析等を
行うとともに、使用材料の管理、使用圧力・温度の制限及び供用期間中の監視を考
慮した設計がなされていること、原子炉の運転開始後、圧力バウンダリの健全性を
確認するため、定期的に供用期間中検査が行えるよう、機器、配管等の設計にあた
っては、検査箇所へ検査機器等が接近できろように機器、配管等の配置が考慮され
ていること、本件原子炉の圧力バウンダリ等の試験、検査として、使用前に電気事
業法等で定められた使用前検査、供用中に日本電気協会で規程する電気技術規程
(原子力編)JEAC-四二〇五-一九七四「原子炉冷却材圧力バウンダリの供用
期間中検査」に基づく検査、逃がし安全弁の設定点の確認等を実施し、その健全性
が確認され、その上で、本件安全審査においては、本件原子炉施設の圧力バウンダ
リの健全性が維持されると判断されたことが認められ、右の諸点に鑑みれば、本件
安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないか
ら、原告らの右主張は失当である。
(四) 解析による設計に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の圧力容器の設計は、詳細応力解析による設計に従って
なされているところ、温度変化の計算、温度差による応力の発生とその解析、疲労
の検討等の基準は、すべて設計者に委ねられており、特に炉心スプレイノズル二
本、給水ノズルは、熱伝達理論が十分把握されていないから、圧力容器は安全性が
確保されているとはいえない旨主張し(第六節第二款第二の三4)、甲一八二及び
証人oの証言中にはこれに副う供述部分もあるが、前記(一2(二)(3)、3)
のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の圧力バウンダリが、その基
本設計において、機械的、化学的影響によってその健全性が損なわれることのな
い、余裕のあるものであると判断されたのであるから、原告らの右主張は失当であ
る。
(五) 事前検知に関する主張について
原告らは、本件安全審査において確認された検査方法には限界があり、信頼に値し
ない旨主張する(第六節第二款第二の三5)が、原子炉の運転開始後、圧力バウン
ダリの健全性を確認するため、定期的に供用期間中検査が行えるよう、機器、配管
等の設計にあたっては、検査箇所へ検査機器等が接近できるように機器、配管等の
配置が考慮されていること、本件原子炉の圧力バウンダリ等については、使用前に
電気事業法等で定められた使用前検査、供用中に日本電気協会で規程する電気技術
規程(原子力編)JEAC-四二〇五-一九七四「原子炉冷却材圧力バウンダリの
供用期間中検査」に基づく検査、逃がし安全弁の設定点の確認等が実施され、その
健全性が確認されることは、前記(二2(一))のとおりであり、その上で、本件
安全審査においては、前記(一2(二)(3))のとおり、本件原子炉の圧力バウ
ンダリの健全性が維持されると判断されたことを考え合わせると、本件安全審査に
おける右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告ら
の右主張は失当である。
3 制御棒駆動系の信頼性に関する主張について
原告らは、本件原子炉の制御棒ないしは同駆動系の信頼性が欠ける旨主張する(第
六節第二款第二の四)が、乙二、三、八四1ないし4、八八1ないし4によれば、
本件原子炉においては、制御棒及び同駆動系について、各制御棒及び同駆動系ごと
にアキュムレータが設けられること、原子炉の緊急停止時、いわゆるスクラム時に
すべての制御棒駆動系から排出される水を貯えるスクラム排出ヘッダー及びスクラ
ム排出容器が設けられ、十分なスクラム信頼性を有していること、ブラウンズ・フ
ェリー原発三号炉において制御棒が円滑に挿入されない事態が生じたのは、スクラ
ム排出ヘッダーとその下流側にあるスクラム排出容器とを結ぶ長い小口径の連絡管
に水詰まりが生じ、その結果制御棒を原子炉内に挿入しようとした際に、水が十分
排出されなかったことによるものであるが、我が国の沸騰水型原子炉においては、
ブラウンズ・フェリー原発三号炉における経験を教訓として、スクラム排出ヘッダ
ーとスクラム排出容器が直接つながる構造とすることにより、スクラム排出ヘッダ
ーに水が留まらないよう対策を講じていること、NRCは、一九八一年(昭和五六
年)八月、沸騰水型原子炉の制御棒駆動水圧系スクラム排出系配管が破断する可能
性は極めて低い旨の報告を行ったこと、本件原子炉施設における制御棒駆動系の水
圧制御ユニットは、安全保護設備として、設計上十分信頼性を有するものとすると
ともに、厳重な品質管理の下に製造されること、その上で、本件安全審査において
は、本件原子炉の制御棒駆動系に十分な信頼性があると判断されたことが認めら
れ、右の諸点に鑑みれば、本件安全審査の右判断の過程に看過し難い過誤、欠落が
あるとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
4 ECCSに関する主張について
(一) ECCSの性能の実証性に関する主張について
原告らは、ECCSに関し、その性能が実証されていない旨主張する(第六節第二
款第二の五2)が、前記(一2(四))の事実に、乙二、三、四、一九、五六1な
いし3、八五1、2、八九1、2、証人aの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、
本件原子炉のECCSの性能を評価するに当たっては、解析モデルを用いて設備等
の性能評価を行う方法が採られたこと、原子炉施設については、実際に異常を発生
させて実験することができないことから、かような方法が有効、かつ合理的なもの
とされていること、ECCSの性能評価解析に用いられたモデルは、実験によって
十分な確証が得られている部分については、その結果を踏まえ、また、未だ実験に
よって十分な確証が得られていない部分については、十分厳しい条件を設定し、全
体としては、安全上厳しい結果となるように作成されたものであること、実際のE
CCSの性能評価においては、更に厳しい条件を設定した安全側の評価が行われた
こと、その上で、本件安全審査においては、本件原子炉のECCSが確実に所期の
機能を発揮し得るものと判断されたこと、米国アイダホ州の国立原子炉試験所で行
われた加圧水型原子炉におけるECCSのセミスケール実験は、いわゆるロフト計
画の一連の実験の初期において、本件原子炉のような実用発電用原子炉とは規模、
内容を異にする簡単な模型実験装置における実験であること、実用発電用原子炉に
より近い小型原子炉を用いたロフト計画の実験においては、ECCSにより有効に
原子炉内に注水が行われ、燃料被覆管の最高温度が計算による予測値よりも低い温
度にとどまるとの実験結果が得られていること、沸騰水型原子炉においても、実用
発電用原子炉に近い形に模擬した総合システム実験において、ECCSによって有
効に原子炉内に注水がなされ、燃料被覆管の最高温度が計算による予測値よりも低
い温度にとどまるとの実験結果が得られていること、平成三年二月九日、美浜原発
二号炉において発生した蒸気発生器伝熱管損傷事象の際には、ECCSが設計とお
りに作動し、炉心の冠水は維持され炉心の健全性に影響はなかったことが認めら
れ、右の諸点に鑑みれば、本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、
欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
(二) ポンプ、弁等の故障に関する主張について
原告らは、ECCSは、弁、ポンプの故障、配管のひび割れ、非常用電源としての
ディーゼル発電機の不作動、計測制御系の故障等によって作動しない可能性がある
旨主張する(第六節第二款第二の五3)が、前記(一2(四)、二4(一))の事
実に、乙二、三、四、証人aの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、ECCSは、
弁、ポンプ、配管、非常用のディーゼル発電機、計測制御装置等によって構成さ
れ、ECCS起動信号が発せられると、ポンプが自動的に起動して水源であるサブ
レッション・プール等の水を炉心に注水するという、構造上、動作上単純な設備で
あること、製造時には厳重な品質管理の下に製造されること、ECCSは、種々の
故障を想定し、多重性を有するように設計されていること、ECCSは、定期的な
試験、検査を実施できるように設計されていること、その上で、本件安全審査にお
いては、本件原子炉のECCSが確実に所期の機能を発揮し得るものと判断された
ことが認められ、右の諸点に鑑みれば、本件安全審査における右判断の過程に看過
し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
(三) ECCS安全評価指針に関する主張について
原告らは、ECCS安全評価指針は不十分であるばかりでなく、本件原子炉のEC
CSの右指針適合性には疑問がある旨主張する(第六節第二款第二の五4)。
(1) ECCS安全評価指針の妥当性
ECCS安全評価指針には、冷却材喪失事故時にECCSが炉心の冷却可能な形状
を維持しつつこれを冷却し、もって放射性物質の環境への放出を十分抑制すること
ができるかを評価するに際しての具体的な判断基準として、(1)燃料被覆管温度
の計算値の最高値は、摂氏一二〇〇度以下でなければならない(基準の)、(2)
燃料被覆管の全酸化量の計算値は、酸化前の燃料被覆管の厚さの一五パーセント以
下でなければならない(基準(2))、(3)炉心で、燃料被覆管が水と反応して
発生する水素の量は、格納容器の健全性を確保するために十分低くなければならな
い(基準(3))、(4)炉心形状の変化を考慮して、長半減期核種の崩壊熱の除
去が長期間にわたって行われることが可能でなければならない)基準(4))との
四項目が示されていることは、当事者間に争いがない。原告らは、ECCS安全評
価指針について、(1)冷却材喪失事故時に燃料被覆管に作用する応力の大きさに
係る基準がないこと、(2)燃料被覆管の脆化に係る基準がないこと、(3)水素
の発生量に係る基準が抽象的であるとから、右基準は燃料棒破損事故防止の基準と
しては不十分である旨主張する(第六節第二款第二の五4(一))が、乙一一及び
弁論の全趣旨によれば、冷却材喪失事故時に燃料被覆管に作用する応力としては、
ECCSによる冷却材注入時に発生する熱応力等と燃料被覆管の内外圧力差によっ
て発生する応力とがあること、前者については、燃料被覆管の最高温度及び酸化量
がそれぞれ基準の及び(2)において定める摂氏一二〇〇度及び燃料被覆管の厚さ
の一五パーセントを下回っていれば、燃料被覆管の脆化は十分に抑えられるので、
燃料被覆管は、この応力に対しても十分に冷却可能な形状として維持されること
が、実験により確認されていること、後者については、この応力によって生ずる燃
料被覆管のふくれ及び破裂による変形が、燃料被覆管の最高温度、酸化量に影響を
与えることが問題であるところ、これらの変形をも考慮に入れて右判断基準への適
合性を評価すれば足りるとされていること、燃料被覆管の脆化については、その程
度は酸化量に依存し、その酸化量は過度の温度上昇により急激に増加するので、酸
化量及び温度が右各制限値を下回れば、燃料被覆管の脆化は十分に抑えられるか
ら、酸化量及び温度に係る基準は、脆化に対する基準と評価できるとされているこ
と、格納容器内の水素の濃度は、燃料被覆管の水とジルコニウム反応によって発生
する水素の量以外にも、格納容器の大きさ、可燃性ガス濃度制御系の性能等ECC
S以外の設備設計等に依存するものであるから、水素の濃度を抑えるためには、水
素の発生量を主たる基準として設ける合理性はないのであり、基準(3)で十分合
目的的とされていることが認められ、右の諸点に鑑みれば、ECCS安全評価指針
が不合理とはいえないから、原告らの右主張は失当である。
(2) 本件原子炉施設の同指針適合性
原告らは、(1)燃料棒が中性子照射等によって劣化しているはずであるのに、劣
化を想定しない健全な燃料棒に基づいて行った事故解析は無意味である、(2)冷
却材喪失事故時に温度上昇の結果生ずる燃料被覆管のふくれによる流路閉鎖及び破
裂について何ら実証的な検討が行われていない、(3)燃料被覆管の最高温度及び
水とジルコニウムの反応量にいずれも重大な影響を与える燃料被覆管の内面酸化を
過少評価している点において、本件原子炉のECCSは指針に適合していない旨主
張する(第六節第二款第二の五4(二))。
(1) 右(1)の主張について
乙二、三及び四によれば、本件安全審査においては、中性子照射後の燃料被覆管に
関する破裂実験の結果等を科酌した上で、燃料棒の健全性が維持されると判断され
たことが認められ、本件安全審査における燃料棒の健全性に関する判断の過程に看
過し難い過誤、欠落があるとは認められないのは前記一一2、3)のとおりである
から、原告らの右主張は失当である。
(2) 右(2)の主張について
前記(一2(二)(2)、二2)のとおり、本件原子炉施設においては、そもそも
燃料被覆管がふくれたり、破裂したりすることがないことが解析等により確認され
ている上に、本件安全審査における燃料棒の健全性に関する判断の過程に看過し難
い過誤、欠落があるとは認められないのは前記(一2、3)のとおりであるから、
原告らの右主張は失当である。
(3) 右(3)の主張について
乙八六及び八七によれば、日本原子力研究所が、昭和五八年に実施した実験の結
果、燃料被覆管の内面酸化と外面酸化を合わせた全酸化量の計算値が酸化前の燃料
被覆管の厚さの一五パーセント以下でなければならないとするECCS安全評価指
針の基準値が安全側に設定されたものであると確認されたことが認められ、また、
前記(1(四)(2))のとおり、事故解析の結果、冷却材喪失事故時において
も、燃料被覆管の最高温度は摂氏約八八六度を超えることはなく、燃料被覆管の損
傷はないこと、燃料被覆管における全酸化量は、酸化前の燃料被覆管の厚さに対し
て最大約〇・三パーセントと極めて小さいことから、燃料被覆管の延性は失われ
ず、燃料棒は、冷却可能な形状に維持され、燃料の冷却は確保されると判断された
ことを考え合わせると、原告らの右主張は失当である(なお、原告らは、内面酸化
は外面酸化より四倍多く進行する旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はな
い。)。
5 計測制御システムの欠陥に関する主張について
原告らは、米国及び我が国における計測制御システムの故障例を指摘した上で、原
子炉における各種制御システムは未完成の技術分野であり、信頼性も欠如している
旨主張する(第六節第二款第二の六)が、前記(一2(三)、(四))のとおり、
燃料被覆管及び圧力バウンダリの各健全性に影響を及ぼすおそれのある原子炉出力
制御設備、安全保護設備等の制御装置については、十分な性能、強度等を有するよ
うに設計され、異常の発生を早期、かつ確実に検知するために、燃料被覆管の損傷
を検知するために冷却材中の放射能レベルを測定監視する計測装置、圧力バウンダ
リを構成する機器等からの冷却材の漏洩を検知する漏洩監視装置、原子炉冷却系統
設備や原子炉出力制御設備等に、各設備の状態を正確に把握することができるよう
に、圧力、温度、流量等を測定する計測装置が設けられること等が確認された結
果、本件安全審査においては、これらの計測制御システムに十分な信頼性があり、
本件原子炉は安定して運転し得るものと判断されたのであり、計測制御システムの
基本設計に関する本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があ
るとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
6 格納容器の健全性に関する主張について
(一) 安全設計審査指針が、格納容器バウンダリを、冷却材喪失事故時に圧力障
壁となり、かつ、放射性物質の放散に対する障壁を形成するように設計された範囲
の施設をいうと定義づけ、機能として、想定される配管破断による冷却材喪失事故
に際して、事故後に想定される最大エネルギー放出によって生じる圧力と温度に耐
え、かつ、出入口及び貫通部を含めて所定の漏洩率を超えることがないように働く
ものと期待し、また、平常運転時、運転時の異常な過渡変化時、保修時、試験時及
び事故時において、脆化的挙動を示さず、かつ、急速な伝播型破断を生じない設計
であることを要求していることは当事者間に争いがない。
(二) 原告らは、ECCS等の安全防護設備が絶対的に機能し、炉心溶融はあり
得ないという前提で行われた本件安全審査の事故解析は不合理であり、かような事
故解析を前提として行われた格納容器の健全性についての判断も不合理である旨主
張する(第六節第二款第二の七1)が、前記(一2(四))のとおり、本件原子炉
に設置される安全防護設備がいずれも確実に所期の機能を発揮し得るものとした本
件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原
告らの右主張は失当である。
(三) 原告らは、格納容器の隔離弁はしばしば故障し、また、事故時にECCS
等を使用した場合にはそれらの配管類が閉ざされないので、格納容器における隔離
機能は十分ではない旨主張する(第六節第二款第二の七2)が、乙二、三及び、四
によれば、格納容器を貫通する配管には、格納容器の内外若しくは外側に隔離弁が
設けられ、これらの隔離弁は十分な余裕をもった設計とされていること、いずれも
隔離信号により自動的に閉鎖するばかりでなく、中央制御室からの遠隔手動操作に
よっても閉鎖することができるようになっていること、原子炉の運転開始後におい
ても定期的にその機能を確認するための試験が実施できる構造となっていること、
その上で、本件安全審査においては、格納容器の隔離弁が十分な信頼性を有すると
判断されたことが認められ、本件安全審査の右判断の過程に看過し難い過誤、欠落
があるとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
(四) 原告らは、主蒸気の隔離時には多量の蒸気がサブレッション・チェンバに
流入するが、この際の衝撃が格納容器に大きな力を加え、圧力容器を動かす可能性
があり、そうなれば制御棒不挿入事故も起こりかねない旨主張する(第六節第二款
第二の七3)が、乙二、三、四及び弁論の全趣旨によれば、圧力容器は、圧力容器
ペデスタル(基礎台)によってその全重量が支持されているのであり、圧力容器は
格納容器の変位を直接受けるような構造となっていないことが認められるから、蒸
気がサブレッション・チェンバに流入する際の衝撃が制御棒の挿入性に影響を与え
ることはなく、原告らの右主張は失当である。
(五) 原告らは、沸騰水型原子炉の格納容器は加圧水型原子炉のそれと比べ、容
積が小さいので、水素爆発等に対して極めて弱い旨主張する(第六節第二款第二の
七4)が、前記(一2(四))の事実に、乙二、三、四及び弁論の全趣旨を総合す
れば、沸騰水型原子炉の場合には、加圧木型原子炉の場合と異なり、格納容器内に
放出された蒸気を、格納容器の下部にあるサブレッション・プールの水によって凝
縮復水させることによって、格納容器内の圧力の上昇を抑制できること、本件原子
炉施設には、格納容器内の空気をあらかじめ窒素ガスで置換する不活性ガス系及び
可燃性ガス濃度制御系がそれぞれ設置され、たとえ冷却材喪失事故時の水素及び酸
素の発生を考慮しても、格納容器内の水素及び酸素濃度は、十分燃焼限界(水素濃
度四パーセント、又は酸素濃度五パーセント)以下に抑えられること、その上で、
本件安全審査においては、本件原子炉の格納容器の健全性が維持されると判断され
たことが認められ、右の諸点に鑑みれると、本件安全審査における右判断の過程に
看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失当であ
る。
7 ボンプ、弁等の健全性に関する主張について
原告らは、多数のポンプ、弁の故障例を指摘した上で、本件原子炉において使用さ
れているポンプ、弁の健全性が欠如している旨主張する(第六節第二款第二の八)
ところ、原告らの主張するポンプ、弁の故障事例の発生については当事者間に争い
がない。しかしながら、ポンプ、弁を重要な要素とする本件原子炉のECCSが所
期の機能を発揮し得るものとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠
落があるとは認められないことは前記(4)のとおりであり、更に、前記(一2)
の事実に、乙二、三、四及び証人aの証言を総合すれば、主蒸気系の安全弁につい
ては、構造の簡単で信頼が高く、開閉動作について電源を一切必要としないバネ式
のものが使用されていること、復水ポンプは、低圧復水ポンプ、高圧復水ポンプが
それぞれ三台設置され、各一台が予備ポンプとされていること、原子炉給水ポンプ
は、常用の二台のポンプのほかに二台の予備ポンプが設けられていること、原子炉
冷却材浄化系、残留熱除去系及び原子炉隔離時冷却材を構成するポンプは、定期的
に検査されて健全性が確認されること、その上で、本件安全審査においては、本件
原子炉において使用されるポンプ、弁の健全性が維持されると判断されたことが認
められ、また、原告らの主張するポンプ、弁に関する故障事例の発生が直ちに右判
断に影響を及ぼすともいえないから、本件安全審査における右判断の過程に看過し
難い過誤、欠落があるとは認められず、原告らの右主張は失当である。
8 我が国における故障等に関する主張について
(一) 敦賀原発一号炉における事故例
(1) 給水加熱器からの冷却材漏出事故
昭和五六年一月一〇日、敦賀原発一号炉(沸騰水型原子炉)の冷却材系B系列第四
給水加熱器胴体部分の溶接部分に生じたひび割れから放射性物質が漏洩したこと、
同月一四日、漏洩箇所のひび割れ部分に当て板を溶接して補修したこと、同月二四
日、再度、右漏洩箇所から放射性物質の漏洩があり、補修をしたことは当事者間に
争いがなく、右争いのない事実に、乙三九ないし四二及び弁論の全趣旨を総合すれ
ば、以下の事実を認めることができる。
ア 昭和五六年一月一〇日午後七時三〇分から午後八時三〇分ころにかけての運転
員の巡視の際、B系統第四給水加熱器の胴体部分下部からドレン水(給水を加熱し
た蒸気が凝縮する等により胴体内下部に溜まった温水で、復水器に戻されるも
の。)が数秒間に一滴程度漏洩しているのが発見された。この小漏洩の原因は、胴
体部分の最終溶接線近傍に発生したひび割れによるものであることが確認され、同
月一四日一八時から翌一五日一時三〇分ころにかけて、応急の保修作業として、漏
洩箇所に当て板を溶接する作業が実施された。
イ 同月二四日午後三時から午後四時ころにかけての運転員の巡視の際に、右漏洩
箇所付近から同程度の漏洩が発見された。右漏洩の原因は、当て板溶接部の近傍に
発生した新たなひび割れによるものであることが確認され、同月二八日一五時から
一七時ころにかけて、応急の保修作業としてコーキング♀たがねと金槌によりひび
割れ周辺部を叩き、ひび割れを圧縮することにより漏れ止めを行うこと。一が実施
された。
ウ その後、右漏洩の原因は、給水加熱器胴体部分溶接部が二度にわたり溶接され
たことから、二度目の溶接に際し、その溶接部に一度目の溶接部との関係において
胴体内面に応力集中を生じやすい切り欠き状の溝等が生じ、その結果、ひび割れが
発生したためであることが判明した。
以上認定した事実によれば、敦賀原発一号炉における右ドレン水漏洩事故は、右給
水加熱器製造時における溶接施工上の問題に起因する事象であって、原子炉施設の
基本設計に起因するものではないから、右事故は、本件原子炉施設がその基本設計
において災害の防止上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するものと
はいえない。
(2) 濃縮廃液貯蔵タンクからの濃縮廃液漏出事故
昭和五六年一月一九日、敦賀原発一号炉の放射性廃棄物処理建家内濃縮廃液貯蔵タ
ンク二基の配管つけ根部分に穴があき、同箇所から放射性廃液が漏洩する事故があ
ったことは、当事者間に争いがないが、その原因は、原子炉施設の運転管理に起因
するものであると推認され、原子炉施設の基本設計に起因するものであるとは直ち
にはいい難いから、右事故は、本件原子炉施設がその基本設計において災害の防止
上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するものとはいえない。
(3) フィルタースラッジ貯蔵タンクからの放射性廃液漏出事故
昭和五六年三月七日ころ、放射性廃棄物処理旧建家内のフィルタースラッジ貯蔵タ
ンクから放射性廃液がオーヴァーフローし、同建家内に流出したこと、廃液の一部
が洗濯廃液濾過装置室床下にある一般排水路に漏出したことは、当事者間に争いが
なく、右争いのない事実に、乙三九ないし四二及び弁論の全趣旨を総合すれば、以
下の事実を認めることができる。
ア 敦賀原発一号炉にわいては、昭和五六年三月七日午後八時二〇分ころから、フ
ィルタースラッジをサージタンクから貯蔵タンクに移送する作業が行われ、右移送
作業の終了後の同日午後九時三五分ころ、移送配管の洗浄作業が開始された。とこ
ろが、右洗浄作業を担当していた運転員らは、洗浄作業中であることを忘却し、洗
浄系弁の操作スイッチがある廃棄物処理旧建家内の制御盤及び洗浄系弁設置場所か
ら引継のために中央制御室に帰室してしまった。その際、旧建家内の制御盤にある
洗浄系弁の開閉状態を示す表示灯は、故障したまま放置されていたため、右洗浄作
業に際し、洗浄系弁が開かれたにもかかわらず、洗浄系弁が閉じていることを示す
緑色の表示になっていた。その結果、洗浄水は、貯蔵タンクへ流入し続け、右貯蔵
タンク、ドレンタンクがいずれもオーヴァーフローし、オーヴァーフローした廃液
は、配管を通してサンプに流入し、更にこのサンプから建家の床面に溢れ出た。こ
の聞、廃棄物処理建家内の制御盤における右貯蔵タンクの水位計の異常に気付いた
者はいなかった。また、廃棄物処理新建家内の制御盤に示される貯蔵タンク室のサ
ンプに溜まった廃液を回収するサンプポンプの作動状況、サンプの水位が異常に高
くなったことを示す警報に気付いた者もいなかった。
イ 貯蔵タンク室においてサンプから床に溢れ出た廃液のほとんどは、更に、建家
内の通路を経由して床ドレンファンネルに至り、階下の廃液中和タンクに回収され
たが、一部は、隣室の洗濯廃液濾過装置室に流れ込み、同室の内側の壁面に沿って
設置された四本の電線管の床埋込み部周辺に生じていた細孔及び同室の壁面に沿っ
て存在する側溝の一部に生じていた微細なひび割れを通して、床下に埋設されてい
た一般排水路へ漏洩した。同月八日一一時における運転員による巡視によって、漸
く廃液の漏洩が発見され、洗浄系弁が閉じられ、廃液漏洩の拡大を防止する措置が
講じられた。
ウ 右廃液の廃棄物処理旧建家床面のオーヴァーフロ-量は一四・五ないし一五立
方メートル、そのうち回収量は約一四立方メートル、一般排水路への漏洩は約一立
方メートルと推定され、右一般排水路への漏洩廃棄物に含まれでいた放射性物質の
量は、十数ミリキュリーから数十ミリキュリーと推定されている。
以上認定した事実によれば、敦賀原発一号炉における右放射性廃液漏洩事故の主要
な原因は、(1)運転員が洗浄系弁を閉め忘れたこと、(2)運転員が貯蔵タンク
の水位の異常を看過したこと、(2)運転員がサンプボンプの作動を示す表示やサ
ンプの水位の異常を示す警報を看過したこと、(3)洗濯廃液濾過装置室の床にひ
び割れ等があったことということができ、いずれも、原子炉の運転ないし管理に起
因するものであり、原子炉施設の基本設計に起因するものではないから、右事故
は、本件原子炉施設がその基本設計において災害の防止上支障のないものとした本
件安全審査の結果を左右するものとはいえない。
(二) 本件原子炉施設における事故例
昭和六〇年五月三一日、本件原子炉施設のタービン建家地下二階にある復水器B系
統の循環水配管から約七トンの海水が放射線管理区域である同建家内に漏洩する事
故が発生したこと、復水器入口循環水配管の外面に取り付けられている吊リピース
の取付け隅肉溶接部と管壁との境界部に貫通孔があり、管壁の外面で径約二センチ
メートル、内面で径約七・五センチメートルと円錐状に欠損していたことは、当事
者間に争いがなく、右争いのない事実に、乙九〇を総合すれば、以下の事実を認め
ることができる。
(1) 昭和六〇年五月三一日午後一時三〇分ころ、本件原子炉施設においては、
電気出力一一〇万キロワットの定格出力で試運転が行われていたところ、タービン
建家地下二階の床に海水が漏洩したことが漏洩検出器により検知され、直ちに調査
したところ、循環水系配管のうちの一系統の配管で復水器に入る前の箇所から海水
が漏洩していることが確認された。
(2) 右事故は、循環水系配管内面に腐食防止の目的で塗られていたタールエポ
キシ樹脂の塗膜の一部が、当該配管に仮設されていた鋼製補強材を配管据付け後に
撤去する際、作業に伴う熱の影響を受けたため、本来であれば、熱の影響を受けた
塗膜を完全に除去した上で、新たにタールエポキシ樹脂を塗るべきところ、その除
去が不完全なままで重ね塗りがなされた結果、塗膜の一部が剥離し、配管内面が直
接海水にさらされた結果、腐食して穴があいたために発生したものであった。
以上認定した事実によれば、本件原子炉施設における右海水漏洩事故は、塗装方法
の不備という本件原子炉施設の具体的な施工管理に起因するものであり、原子炉施
設の基本設計に起因するものではないから、右事故は、本件原子炉施設がその基本
設計において災害の防止上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するも
のとはいえない。
(三) 福島第二原発三号炉における事故例
昭和六四年一月、福島第二原発三号炉(沸騰水型原子炉)の再循環ポンプに異常振
動が発生したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に甲一五一1ないし
11、一七九8、一八二、一八九1ないし9、乙五五1ないし3、五七1ないし
3、証人o、同pの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めること
ができる。
(1) 昭和六四年一月一日午後七時ころ、福島第二原発三号炉の再循環ポンプに
異常振動が発生し、ポンプ回転軸の振動計が振り切れ、警報が鳴った。運転員は、
出力を下げて運転を継続したが、その後も振動は続き、同月六日、再び、振動計の
警報装置が作動し、運転員は更に出力を下げたが、回復せず、同日午後、翌日に予
定した定期検査のため、原子炉を停止した。
(2) 右異常振動の原因が調査された結果、再循環ポンプ内部の回転軸を支える
直径一メートル、重さ一〇〇キログラムの水中軸受リングが割れて脱落し、一部が
下にあった羽根車に当たり、羽根車も長さ四四センチメートル、幅八センチメート
ルにわたって破壊され、更に、水中軸受リングを支えていたボルトや座金も破損
し、金属片が燃料棒や圧力容器内各部に金属粉となって付着していることが判明し
た。
(3) 右再循環ポンプ損傷は、水中軸受リングの共振と水中軸受リングの溶接が
不十分であったことが原因であり、水中軸受リングの溶接部の強度が共振によって
生ずる応力を下回らないように施工すれば、右損傷を防止することができた。
以上認定した事実によれば、右再循環ポンプ損傷事故は、溶接方法の不備という原
子炉施設の具体的な施工管理に起因するものであり、原子炉施設の基本設計に起因
するものではないから、右事故は、本件原子炉施設がその基本設計において災害の
防止上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するものとはいえない。
(四) 美浜原発二号炉における事故例
平成三年二月九日、美浜原発二号炉(加圧水型原子炉)の蒸気発生器伝熱管が損傷
したことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実に甲一九〇、一九二、一九
三、一九八、乙五六1ないし3、証人o、同pの各証言及び弁論の全趣旨を総合す
れば、平成三年二月九日午後〇時一六分、美浜原発二号炉の蒸気発生器ブローダウ
ン水モニターの指示値が「注意信号」を発し、同日午後一時四〇分ころから原子炉
圧力が急降下し、放射線高のアラームが鳴ったこと、運転員らは、原子炉停止作業
に掛かろうとしたところ、原子炉圧力が一六〇気圧から一〇〇気圧まで一気に下が
り、原子炉はスクラム状態となって、ECCS高圧注入系が作動したこと、運転員
らは、蒸気発生器伝熱管の破断に気付き、破断した蒸気発生器の隔離を行うなどの
措置を講じたが、同日午後二時四八分、二次冷却系側への水抜けが止まるまでに一
次系から二次系に約五五トンの冷却材が流出したことを認めることができる。
原告らは、平成三年二月、美浜原発二号炉において発生した蒸気発生器伝熱管損傷
事故では、加圧器逃し弁が故障していたため、ECCSが十分に機能しなかった旨
主張する(第六節第二款第二の九1(四)(2)エ)が、乙五六1ないし3によれ
ば、再現解析の結果によって、右事象においではECCSは設計どおりに作動し、
炉心の冠水は維持され、炉心の健全性に影響はなかったことが確認されたこと、燃
料集合体シッピング検査の結果からも燃料集合体に異常は認められなかったことが
認められるから、ECCSはその機能を発揮したというべきであり、また、原告ら
は、蒸気発生器の安全審査の不備等にも縷々言及するが、美浜原発二号炉が本件原
子炉とは異なって加圧水型原子炉であることに鑑みると、美浜原発二号炉における
右蒸気発生器伝熱管損傷事故の発生が、本件原子炉施設がその基本設計において災
害の防止上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するものとはいえな
い。
9 TMI事故に関する主張について
(一) TMI事故の経過
原告らの主張の第六節第二款第二の九2(一)(1)ないし(3)、(4)のう
ち、二分二秒後、炉内圧力低下により、ECCSの一つである高圧注入系が自動起
動し、原子炉内に注水を開始したこと、運転員は、圧力調整が不能となることを恐
れ、手動でポンプを停止し、流量を絞ったこと、(7)のうち、原子炉の炉心が損
傷したこと、(8)のうち、二時間二〇分後、運転員は、加圧器逃し弁の開放固着
に気付き、加圧器逃し弁の元弁を手動で閉じたこと、(12)のうち、希ガスの環
境への放出量が約二五〇万キュリーと報告されていること、(13)のうち、ヨウ
素一三一の環境への放出量が約一五キュリーと報告されていることは当事者間に争
いがなく、右争いのない事実に、甲二、五、二七ないし二九、乙九、四三、四四
1、2、証人a、同pの各証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認め
ることができる。
(1) TMI二号炉は、電気出力九五万九〇〇〇キロワットの加圧水型原子炉で
あり、昭和五三年一二月営業運転を開始し、同五四年三月二八日にTMI事故を起
こした。
(2) TMI二号炉においては、TMI事故前から、次のような運転がなされて
いた。
ア 加圧器逃し弁又は安全弁から毎時約一・四立方メートルもの一次冷却材が漏洩
し、そのため、右各弁の出口配管温度が摂氏八二度以上を示していたにもかかわら
ず、何らの措置も採られず、長期間運転が継続されていた。
イ 主給水喪失時に直ちに蒸気発生器に給水し、一次冷却系の除熱をするために設
けられていた補助給水系の補助給水ポンプの出口側の弁二個が、いずれも閉じられ
たままの状態で運転された。
ウ ECCSの不必要な起動がTMI事故前までに四回もあり、それによる様々な
トラブルが生じていたこともあって、運転員は、ECCSの起動信号が発信した時
は直ちにこの起動信号を切り、すぐに手動操作に移れるように指示されていた。
(3) 事故の直前、TMI二号炉は、定格の約九七パーセントの出力で運転され
ていたところ、事故の約一一時間前から、二次冷却系の脱塩塔からイオン交換樹脂
を再生するための移送作業が行われていたが、この移送配管に樹脂が詰まったた
め、移送作業が難航していた。そして、昭和五四年三月二八日午前四時三七秒、主
給水ポンプ二台が突然いずれも停止し、はと人と同時にタービンが停止した。右主
給水ポンプの停止の原因は、樹脂移送用の水が弁等を制御する計装用空気系に混入
し、脱塩塔出入口の弁が閉じたためであると推定されている。
(4) 蒸気発生器への給水が停止したため、直ちに補助給水系の補助給水ポンプ
がすべて自動的に起動したが、本来開けられているべき補助給水ポンプの出口側の
弁が閉じられたままの状態で運転されていたため、蒸気発生器における一次冷却系
の除熱能力が失われ、一次冷却系においては、温度、圧力が急速に上昇し、主給ポ
ンプ停止後三秒(以下、経過時間は主給ポンプ停止後の時間をいう。)には、加圧
器逃し弁が開き、蒸気と熱水が格納容器ドレンタンクに流入した。そして、八秒後
には、原子炉緊急停止装置が作動して、原子炉が自動停止した。
(5) 右の加圧器逃し弁の開放及び原子炉停止によって、一次冷却系の圧力は急
速に低下し、加圧器逃し弁が閉止すべき圧力以下に低下したが、加圧器逃し弁は、
開放状態のまま固着して閉止しなかった。しかし、中央制御室における右弁の開閉
表示は、右弁の開閉状態を直接検出してこれを表示するものではなく、弁の開閉を
指示する電気信号の状態を間接的に表示する方式のものであったため、現実には、
弁が開放固着していたにもかかわらず、「閉」の状態を表示した結果、運転員は、
右の表示を見て、設計とおり右弁が閉止したものと判断した。
ところが、現実には加圧器逃し弁は、閉止しなかったなめ、一次冷却材が右弁から
流出し、小破断冷却材喪失事故の状態となった。
(6) 一方、二次冷却系では、前記主給水ポンプ停止により、補助給水ポンプ三
台がすべて設計どおり自動起動したが、前記(4)のとおり、本来開かれているべ
き補助給水ポンプの出口側の弁二個が閉じられていたので、蒸気発生器に二次冷却
材を注入することができなかつな。このため、約二分には、蒸気発生器の二次側の
水はほとんど蒸発してしまい、蒸気発生器による除熱能力は急速に低下した。しか
し、八分に、運転員が右弁が閉じられていることに気付き、これを開いたため、蒸
気発生器の除熱能力は回復した。
(7) その間、一次冷却系においては、一次冷却材の流出が続いたため、圧力が
低下し、二分二秒後には、ECCSの一つである高圧注水系のポンプ二台が設計ど
おり自動起動し、原子炉内に注水を開始した。ところが、前記(6)のとおり、蒸
気発生器の除熱能力が低下していたため、一次冷却材が局所的に沸騰し、発生した
蒸気泡が冷却材を押し上げ、加圧器の水位を上昇させた。そのため、加圧器水位計
の表示上、一見、一次冷却材の量が増加したかの如き現象を呈した。これを見た運
転員は、常々加圧器を満水にして圧力制御不能になる状態を回避するように教育さ
れていたため、四分三〇秒に、高圧注水ポンプ一台を停止し、残りの一台の流量を
最低限にまで絞り、加圧器水位の上昇を抑えるために、抽出量を最大にし、一次冷
却材量が減少しているのに、これを補給せず、かえって減少させる操作を行った
(これらの措置が採られずに、高圧注水系を作動させておけば、事故はこれ以上発
展せず終息していた。)。ところが、加圧器水位計上は、水位の上昇を示し、五分
五一秒には振り切れ、六分には加圧器が満水状態を示していた。
(8) 加圧器逃し弁から流出した一次冷却材は、一次冷却材ドレンタンクに流入
したため、同タンクの圧力が上昇を続け、一五分二七秒には、同タンクのラプチャ
ーディスクが破壊され、一次冷却材は格納容器サンプへと流出した。ところが、格
納容器の隔離がなされなかったため、この水は、更に、サンプポンプにより補助建
家の放射性廃棄物貯蔵タンクに移送された。
(9) 一次冷却材の喪失が更に進行した結果、蒸気泡が増加し、このため、冷却
材ポンプの振動が激しくなり、運転員は、右ポンプの破損を防止するため、やむを
得す、四台の右ポンプを、一時間一三分から一時間四一分にかけて、順次停止させ
た。このため、冷却材の流れが止まり、これによる冷却機能が失われるとともに、
水と蒸気が分離し、その直後から炉心上部が蒸気中に露出し始めな。
(10) 運転員は、二時間二〇分になって、初めて加圧器逃し弁の開放固着に気
付き、同弁の元弁を閉じたが、依然として高圧注水ポンプを全開にして冷却材を注
入することをしなかった。このころには既に、炉心は上部約三分の二が露出したと
推定され、露出した燃料棒は温度が上昇し、重大な損傷が生じて大量の放射性物質
が一次冷却系に放出された。また、燃料被覆管と蒸気が反応して大量の水素が発生
した。
(11) 三時間二〇分には、短時間ではあったが、高圧注水ポンプが起動され、
炉心は再び冠水したが、注水時の急冷により、炉心のかなりの部分の形状が変形、
崩壊した。
(12) この間、事故発生直後から警報が次々と出され、その数は一〇〇を超え
たが、警報の内容を打ち出すプリンターの速度が情報に追いつかず、遅れ出し、情
報の遅れは、二時間三九分には約一時間半にも達したため、運転員は、一時間一三
分以降の情報を捨て、二時間四七分からプリンターの使用をした。しかし、その後
も情報の遅れが生じ、五時間一七分には再度約一時間半もの遅れに達した。
(13) 炉心内で発生した水素は、運転員が七時間三〇分に減圧のため加圧器逃
し弁の元弁を開いたため、格納容器に漏洩し、九時間五〇分に水素爆発が生じた
が、格納容器の破壊は生じなかった。
以上認定の事故の経過によれば、主給水ポンプ停止及びタービン停止を炉心損傷に
まで拡大させた原因は、第一に、加圧器逃し弁が約二時間二〇分にもわたり開放し
たままの状態に置かれていたこと、第二に、高圧注水ポンプの流量が約三時間一六
分にもわたり最小限に絞られていたことの二点にあるということができ、これらの
点が短時間で解決されていれば、炉心損傷にまで至らなかったということができ
る。
(二) TMI事故の原因等
原告らは、TMI事故が一つ一つの原因を見るとそれ自体さほど重要とはいえない
故障、やむを得ない判断の誤りが複雑に作用し、それが発展、拡大して惹き起こさ
れた事故であり、運転員らに過失はなかった旨主張する(第六節第二款第二の九2
(二))ので、以下、検討する。
(1) 加圧器逃し弁開放固着状態の放置について
加圧器逃し弁開放固着状態が長時間にわたり継続した要因は、右弁の開放固着状態
を長時間にわたり運転員が発見し得なかったことが決定的な要因といわざるを得な
いが、前記((一)(5))のとおり、中央制御室における右弁の開閉表示は、右
弁の開閉状態を直接検出してこれを表示するものではなく、弁の開閉を指示する電
気信号の状態を間接的に表示する方式のものであったため、現実には、弁が開放固
着していたにもかかわらず、「閉」の状態を表示した結果、運転員は、右の表示を
見て、設計どおり右弁が閉止したものと判断したものであるから、開閉状態の表示
に係る構造上の欠陥と、運転員に対する開閉表示に係る指示の不徹底という運転管
理上の問題が、右開放状態の放置の一因となっているというべきである。
そこで、右のような誤表示があったにもかかわらず、その表示を信じて、運転員が
弁の開放固着に気付かなかったことが、過誤といえるか、更に検討するに、前記
(一)の事実に、甲五、二七、二八、乙九、四三、四四1、2、証人a、同pの各
証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実を認めることができる。
ア 加圧器逃し弁が開き、一次冷却材が流出すると、同弁の出口配管の温度が上昇
するところ、同弁の出口配管には温度計が取り付けられ、中央制御室に右温度計の
温度が表示されるようになっているので、右温度上昇の表示により、一次冷却材が
流出し続けていることが認識できた。運転員は、右弁の出口温度が三〇秒には摂氏
一一五度であったものが、二四分五八秒には摂氏一四〇・八度にも達し、これを確
認したにもかかわらず、元弁は閉じられず、右温度から弁の開放固着に気付く者は
いなかった。運転員は、加圧器逃し弁の出口配管の温度が高いのを見ても異常を察
知しなかった原因の一つとして、前記((一)(2))のとおり、加圧器逃し弁又
は安全弁から毎時約一・四立方メートルもの一次冷却材が漏洩し、そのため、右各
弁の出口配管温度が摂氏八二度以上を示していたにもかかわらず、何らの措置も採
られず、長期間運転が継続されていたというTMI二号炉の緊急手順書、技術仕様
書に違反した平常運転時の運転管理上の過誤があった。
イ 加圧器逃し弁から流出する一次冷却材を一時的に収容するために、原子炉格納
容器内に設けられている一次冷却材ドレンタンクに一次冷却材が流入すると、同ド
レンタンクの水位及び温度が上昇するところ、この水位、温度が中央制御室に表示
されるようになっているので、右水位上昇の表示及び温度上昇の表示により、更に
は、同ドレンタンクのラプチャーディスクの破裂により、一次冷却材が流出し続け
ていることを認識することができた。
ウ 原子炉格納容器内への漏水等の場合に備えて格納容器底部に設けられているサ
ンプの水位についても、中央制御室に表示されるようになっており、右水位上昇の
表示により、一次冷却材が流出し続けているこを認識できた。
エ TMI二号炉は、もともと他の原子炉用に設計されたものを、現場の運転員の
経験、要望、運転体制等についての固有の事情をほとんど反映しないまま、必要最
小限の設計変更のみを行って流用したものであり、かつ、制御盤、計器、操作器な
どの大きさ、配置も適切とは言い難く、また、事故発生後短時間に一〇〇を超える
警報が出るなどして、運転員の判断を困難ならしめた。
オ TMI二号炉では、多数の機器の故障や不具合が放置されたままになってお
り、このため、制御室内に点灯していた警報が常時五二個を下回ったことがなかっ
た。
カ TMI二号炉には、他の原子炉と同様、′NRCが認可した技術仕様書があ
り、これに基づいて運転手順書、緊急手順書及び保守点検手順書(運転規則等)が
作成されていたが、これらの整備は十分でなく、かつ、定期的な見直しをされてい
なかった。緊急手続書の「小破断LOCAの徴候」の項は、明らかに矛盾を含んで
おり、運転員は、事故中、右項目を参照しなかった。
キ TMI二号炉の運転員に対しては、特に緊急時の訓練が十分でなく、運転員の
チームを組んでの訓練もないなど、教育訓練の内容に問題があった。
以上の事実によれば、加圧器逃し弁の開放固着が冷却材喪失事故にまで発展したの
は、運転員の過誤による誤判断のみならず、表示装置の構造上の欠陥を含む設計上
の不備並びに設置者による機器の保守及び運転員に対する教育訓練の不備等の運転
管理の不備等が相俟って、右の誤判断の惹起を助長したことに原因があったという
ことができる。
(2) 高圧注水ポンプの流量制限について
前記((一)(7))のとおり、運転員が高圧注水ポンプを絞ること等により、冷
却材喪失を促進させてしまったのは、加圧器水位計が一見、一次冷却材の量が増え
たかのように高い水位を表示したため、冷却材喪失はないものと判断したことに起
因したものであるが、乙四四1によれば、TMI二号炉の緊急手続書では、「高圧
注水ポンプを停止するか否かは、加圧器水位が維持され、かつ、一次冷却系の圧力
が起動設定値以上であること」にかかっていることと明記されていたが、運転員が
高圧注水ポンプのを停止した際には、圧力が右起動設定値を下回っていたことが認
められ、運転員の操作に明らかな過誤があったといわざるを得ない。
また、前記((一)(2)、(7))のとおり、ECCSの不必要な起動がTMI
事故前までに四回もあり、それによる様々なトラブルが生じていたこともあって、
運転員は、ECCSの起動信号が発信した時は直ちにこの起動信号を切り、すぐに
手動操作に移れるように指示されていたこと、運転員は、常々加圧器を満水にして
圧力制御不能になる状態を回避するように教育されていたことなど、安全上の設計
の考慮を無視した不適切な指示を受けていたこと、更には、前記(1)エないしキ
の事情も、右運転員の過誤の要因となっていたと認められる。
以上の事実によれば、高圧ポンプの流量制限が冷却材喪失事故にまで発展したの
は、運転員の過誤による誤判断のみならず、設置者による機器の保守及び運転員に
対する教育訓練の不十分等の運転管理の不備等が相俟って、右の誤判断の惹起を助
長したことに原因があったということができる。
したがって、TMI事故において、主給水ポンプ停止を炉心損傷にまで発展させた
要因は、運転員の誤判断、誤操作並びにその惹起を助長した設計、設置者による機
器の保守及び運転員に対する教育訓練の不十分等の運転管理の不備の重畳であった
ものというのが相当である。
(三) TMI事故と本件安全審査
右のとおり、TMI事故において、主給水ポンプ停止を炉心損傷にまで発展させた
要因は、運転員の誤判断、誤操作並びにその惹起を助長した設計、設置者による機
器の保守及び運転員に対する教育訓練の不十分等の運転管理の不備の重畳であった
ものというのが相当であり、設計上の問題というべき加圧器逃し弁の開閉表示装置
の検知方式、中央制御盤の具体的配列等は、いずれも詳細設計に属する事項と認め
るのが相当であること、TMI二号炉は加圧木型原子炉であり、沸騰水型原子炉で
ある本件原子炉において、TMI事故と同一の経過による事故が生ずることはない
ことに鑑みると、TMI事故の発生は、本件原子炉施設がその基本設計において災
害の防止上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するものとはいえな
い。
原告らは、TMI事故が多重故障事故であることを指摘し、本件安全審査の基準と
された単一故障指針が誤りである旨主張する(第六節第二款第二の九2(三)
(2))が、前記((三))のとおり、TMI事故において、主給水ポンプ停止を
炉心損傷にまで発展させた要因は、運転員の誤判断、誤操作並びにその惹起を助長
した設計、設置者による機器の保守及び運転員に対する教育訓練の不十分等の運転
管理の不備の重畳であったというべきであり、安全保護設備及び安全防護設備の故
障が重複し、故障が連鎖的に拡大したという事故ではないから、TMI事故の発生
によって、単一故障指針が誤りであると結論付ける原告らの右主張は失当である。
原告らは、TMI事故においては、機器の故障に人為的要因が重畳することによっ
て重大な事故が発生したところ、本件安全審査においては、人的要因を考慮した審
査を行っていない旨主張する一第六節第二款第二の九2(三)(3))が、原子炉
施設のみならず、工学的施設、機器は、一般に、運転者の一定水準以上の技術、能
力、それを確保する運転者の教育、訓練等の運転管理が適切に行われることなくし
て、事故の発生を回避することができないことは、経験則上明らかであるから、そ
うした一定水準以上の技術、能力があり、それを確保する運転者の教育、訓練等の
運転管理がなされることを前提とした原子炉施設の基本設計が不合理とはいえない
こと、本件安全審査においては、前記(一2(三)、(四))のとおり、運転時の
異常な過渡変化解析及び事故解析を通じて、本件原子炉施設の安全保護設備及び安
全防護設備の設計の総合的な妥当性の解析評価の検討が行われているが、解析評価
の対象となった過渡変化及び事故には当然、人為的過誤に起因するものも含まれる
と考えられることに照らせば、原告らの右主張は失当である。
10 チェルノブイル事故に関する主張について
(一) チェルノブイル事故の経過
原告らの主張の第六節第二款第二の九3(一)の(1)前段、(二)の(1)ない
し(7)の事実は、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に甲一八四、一九
五、二〇一、乙五〇、五一、証人a、同pの各証言及び弁論の全趣旨を総合する
と、以下の事実を認めることができる。
(1) チェルノブイル原発四号炉の主要な設計上の特徴は、(1)燃料及び冷却
材を収納する縦型の燃料チャンネルを有する炉であり、(2)ジルコニウム被覆管
に収納した二酸化ウラン製の燃料棒を円筒状に束ねた燃料集合体を使用しており、
(3)燃料チャンネル間には、減速材としての黒鉛ブロックが存在し、(4)ター
ビンに蒸気を直接供給するいわゆる再循環方式の沸騰水型原子炉であるが、この原
子炉は、定格出力の約二〇パーセントを下回る状態では、反応度出力係数が正とな
ること、炉心の出力分布を安定させるために複雑な制御システムを必要としている
ことが問題点とされている。
(2) チェルノブイル原発四号炉においては、発電所外部の電源が喪失してター
ビンへの蒸気供給が停止した後、タービン発電機の回転惰性エネルギーがどの程度
発電所内の電源需要に応じることができるかという実験を実施することになり、昭
和六一年四月二五日午前一時、運転員は、定格熱出力三二〇万キロワットで運転中
のチェルノブイル原発四号炉の出力を実験計画に従い七〇ないし一〇〇万キロワッ
トまで低下させる操作にかかった。同日午後一時五分、原子炉出力が定格熱出力の
二分の一である一六〇万キロワットとなった状態で、二台あるタービンのうちの一
台を送電系統から切り離した。同日午後二時、運転員は、実験中の水位低下に備
え、緊急注水を防ぐためにECCSの信号回路を解除した。実験計画によれば、出
力の低下を更に続ける予定であったが、給電担当者からの要請により、その後、約
九時間にわたって原子炉の熱出力が一六〇万キロワットの状態で運転が続けられ
た。
(3) 同日午後一一時一〇分、運転員は、出力降下の操作を再開したところ、運
転員が出力制御系の操作手順を誤ったため、原子炉の熱出力を三万キロワット以下
に低下させてしまった。運転員は、熱出力の回復に努め、翌二六日午前一時ころ、
原子炉の熱出力を二〇万キロワットにまで回復させたが、キセノンの毒作用の進行
等の理由により、これ以上の出力上昇は困難であり、原子炉の熱出力は、実験計画
の七〇ないし一〇〇万キロワットより下回っていたが、実験の実施は可能であると
判断した。
(4) 同日午前一時三分及び七分、それまで作動していた六台の主循環ポンプに
加えて、二台の主循環ポンプを起動させた結果、炉心を通過する冷却材流量が増大
し、これによって右炉心内の冷却材に占める蒸気泡の体積割合(ボイド率)が減少
するとともに、気水分離器の水位と圧力が低下した。運転員は、原子炉が自動停止
してしまうことを懸念し、気水分離器内の蒸気圧と水位に関する安全保護信号をバ
イパスさせ、同日午前一時一九分、運転員は、気水分離器の水位の低下を防ぐた
め、気水分離器への給水を増加させたところ、低温の冷却材が気水分離器を介して
原子炉内に流入したため、炉心におけるボイド率が減少し、負の反応度が加えられ
た。そこで、運転員は、正の反応度を加え、原子炉の出力を維持するため、自動制
御棒及び手動制御棒を相次いで引き抜き、反応度操作余裕を少なくした。このとき
の反応度操作余裕は、運転規則で定められている最小値三〇本相当を大幅に下回る
六ないし八本相当の制御捧にまでなっていた。
(5) 同日午前一時二二分ころ、気水分離器の水位が上昇してきたため、運転員
は、給水量を急激に低下させ、その結果、炉心に流入する水の温度が上昇し、ボイ
ド率が上昇した。
(6) 運転員は、同日午前一時二二分三〇秒ころ、反応度操作余裕を計算する高
速計算プログラムの出力データ中に、反応度操作余裕が原子炉の緊急停止を要する
値になっていることを発見したが、原子炉を停止しなかった。
(7) 運転員は、二台のタービンが停止した場合に出る原子炉緊急停止信号をバ
イパスさせた上、同日午前一時二三分四秒、タービン発電機の蒸気停止加減弁を閉
じて実験を開始し、更に、タービンの蒸気停止加減弁を閉じた。それによって、タ
ービンの回転数が低下し始め、タービン発電機を電源としていた給水ポンプ及び主
循環ポンプの機能が低下した。そして気水分離器内の蒸気圧及び循環水の温度が上
昇するとともに、冷却材循環流量が低下し、炉心内におけるボイド率が上昇した。
この結果、正の反応度が加えられ出力が上昇し始め、反応度出力係数が正のため出
力の上昇は加速された。
(8) 同日午前一時二三分四〇秒、運転員は、原子炉緊急停止ボタンを押した
が、原子炉内の出力の上昇を抑制することができず、その結果、多量の蒸気発生、
燃料過熱、燃料損傷、破損した燃料粒子による急激な冷却材沸騰、燃料チャンネル
の破壊、そして、最終的には、同日午前一時二四分ころ爆発が二回発生し、すべて
の圧力管及び原子炉上部の構造物が破壊されるとともに、燃料及び黒鉛ブロックの
一部が飛散した。原子炉建家の屋根も破壊され、炉心の高温物質は吹き上げられて
原子炉諸施設、機械室等の屋根に落ち、火災が発生し、それに伴い多量の放射性物
質が環境に放出された。
チェルノブイル原発四号炉の制御棒は、制御棒本体の下部に黒鉛棒が付けられてお
り、制御棒が炉心に挿入されると、炉心の底部では、中性子を吸収していた水柱が
ほとんど中性子を吸収しない黒鉛棒と置き変わるため、運転員が原子炉緊急停止ボ
タンを押し、制御棒が一斉に挿入された結果、最初にプラスの反応度が加わりポジ
ティヴスクラムが発生し、原子炉の出力上昇に寄与したと推定される。
(9) 以上一連の運転員の行為のうち、(1)反応度操作余裕を著しく少ない状
態にさせ、原子炉の緊急停止機能を低下させたこと、(2)実験計画で指定された
出力より更に低い出力まで低下させて、実験を実施し、原子炉を不安定な状態にお
いたこと、(3)待機中の循環ポンプを導入して、過剰な冷却材を送り込んだこと
により、原子炉を極めて不安定な状態にしたこと、(4)二基のタービン発電機の
停止信号に基づいた原子炉の保護信号をバイパスさせ、原子炉の自動停止の可能性
を失わせたこと、(5)気水分離器内の水位レベルと蒸気圧に関する保護信号をバ
イパスさせ、熱パラメータによる原子炉の停止機能を失わせたこと、(6)ECC
Sを切り離し、これによって事故の規模を小さくする可能性を失わせたことは、い
ずれも運転規則違反の行為であり、このうち、(1)は、緊急停止の機能を大きく
損なうものであって、極めて重大な違反である、(2)は、低出力において著しく
不安定になるという、この原子炉の特性ないし問題点を全く理解していなかった行
為である、(3)の結果、僅かな外乱で大きなボイド率の変化を生じ得る状態にな
っていた、(4)は、最後の致命傷とでもいうべき違反であって、この違反がなけ
れば事故を防止することもできた可能性が高いと評価されているが、一方で、
(2)については、運転規則では、低出力運転が禁止されていたわけではない旨、
(4)については、運転規則によれば、熱出力三二万キロワット以下の場合、二基
のタービン発電機の停止信号に基づいた原子炉自動停止回路を解除しておくように
定められていた旨の各報告もなされている。
以上認定の事実に、甲一八四、一九五、二〇一、乙五〇、五一、証人a、同pの各
証言及び弁論の全趣旨を総合すると、チェルノブイル事故は、運転員の度重なる運
転規則違反あるいは原子炉の安全性に影響を及ぼす行為と、チェルノブイル原発四
号炉の制御棒の設計上の問題に起因すると考えられるが、運転員の行為は、単なる
錯誤というよりも意識的なもので、運転員は、数々の規則違反あるいは原子炉の安
全性に影響を及ぼす行為を繰り返しながら、原子炉がどれほど危険な状態になって
いるかについての認識がなかったか、あるいは極めて不十分であり、これは、運転
員のみならず、試験計画者、発電所の管理体制全般に、安全を優先するという意識
が欠けていた証左といわざるを得ない。チェルノブイル事故は、チェルノブイル原
発四号炉が低出力では反応度出力係数が正のフィードバック特性を示し、固有の自
己制御性を失う性質があるのに、それに対応し得るだけの制御系・緊急停止系が確
保されていないとの設計上の問題があったところ、安全思想が希薄な管理体制のも
とで、運転員が意識的に多数かつ重大な運転規則違反あるいは原子炉の安全性に影
響を及ぼす行為を重ねた上、制御棒の挿入でポジティヴスクラムが発生するという
制御棒の設計上の問題が付加された結果生じた、原子炉の反応度事故であるという
ことができる。
(二) チェルノブイル事故と本件安全審査
チェルノブイル原発四号炉は旧ソ連が独自に開発した黒鉛減速軽水冷却沸騰水型で
あり、制御棒の構造を含め、著しく設計、構造を異にする本件原子炉において、チ
ェルノブイル事故と同一の経過による事故が生ずることはない上に、前記(一2
(二)、(三))の事実に、乙二、三及び四を総合すると、本件安全審査において
は、本件原子炉が、異常な反応度が投入され、核分裂反応が異常に急上昇する事象
に対し、すべての出力領域で反応度出力係数が負となる自己制御性を有しているこ
と、また、本件原子炉施設の原子炉緊急停止装置は、制御棒の位置、炉心の燃焼状
態等について最も厳しい条件とし、その上で、更に制御棒一本の挿入失敗を仮定し
ても、なお原子炉の緊急停止に必要な負の反応度添加率が確保されるように設計さ
れていること、反応度が投入される事象に対する設計の妥当性を評価確認するた
め、原子炉の運転状態において原子炉施設寿命期間中に予想される、未臨界状態か
らの制御棒引抜、出力運転中の制御棒引抜等や、制御棒落下事故を想定し、そのい
ずれの場合でも安全性が確保されることが確認されたことが認められることに鑑み
ると、チェルノブイル事故の発生は、本件原子炉施設がその基本設計において災害
の防止上支障のないものとした本件安全審査の結果を左右するものとはいえない。
原告らは、反応度出力係数が負である本件原子炉施設においても、原子炉内の圧力
上昇によって蒸気泡がつぶれた場合には正の反応度が投入されるし、その他種々の
状況が重なれば、チェルノブイル事故のような大事故に至る可能性があるところ、
本件安全審査においては、このような大事故を想定した審査を行っておらず、不十
分な審査である旨主張する(第六節第二款第二の九3(七))が、前記(10
(一))のチェルノブイル事故の発生経過に鑑みると、正の反応度が投入されるだ
けで、チェルノブイル事故のような大事故が発生するとはいえないし、前記(一
2)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設に十分な事故防止対策が
講じられていると確認され、そのように確認されたからこそ、チェルノブイル事故
のような大事故を想定した事故解析までする必要はないと判断されたことなどを考
え合わせると、本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落がある
とは認められないから、原告らの右主張は失当である。
11 運転時の異常な過渡変化解析及び事故解析の誤りに関する主張について
原告らは、運転時の異常な過渡変化解析及び事故解析の対象となる事象の選定は困
難な上、本件安全審査における事象選定は恣意的であり、故障等の重畳、安全系機
器の共倒れを想定しなかった本件安全審査の運転時の異常な過渡変化解析及び事故
解析は不合理である旨主張する(第六節第二款第二の一〇)が、前記(一)のとお
り、本件安全審査においては、本件原子炉施設について、多重防護の考え方に基づ
いた各種の事故防止対策が講じられており、かつ、事故防止対策に係る設備のう
ち、安全保護設備及び安全防護設備の各信頼性については、(1)強度等において
十分な余裕をもった設計となっていること、(2)原則として多重性及び独立性を
有する設計となっていること、(3)原子炉の運転開始後においても定期的にその
性能確認のための試験、検査が実施できる構造となっていること等が要求されてい
ること、解析評価においては、その対象となる起因事象の中から、安全上の観点か
ら厳しいものを仮定した上、右起因事象の発生に伴い作動が要求される安全保護設
備及び安全防護設備、それらの設備を構成する機器について、要求される機能ごと
に結果が最も厳しくなるような単一故障の発生を想定していることが確認された結
果、本件原子炉施設の安全保護設備及び安全防護設備に、同時に故障が発生すると
は考えられず、右各設備の設計は総合的にみて妥当なものと判断されたことが認め
られ、本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認め
られないから、原告らの右主張は失当である。
第四 本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性
一 原子炉施設の地盤及び地震に係る本件安全審査の審査内容
1 はじめに
原子力発電における安全性の確保は、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化さ
せないか、という点にあることは前記(第一の三1)のとおりであり、原子炉施設
周辺に大規模な地震が発生し、圧力バウンダリを構成する機器・配管系に重大な損
傷が生じた場合には、予測できない重大な事故を引き起こし、放射性物質が環境に
放出される危険性を否定することができないことに鑑みると、原子炉施設の設置に
当たっては、原子炉施設の自己荷重のほか、想定される地震その他の荷重を、安全
側に厳しく評価しても、原子炉施設の安全性を十分に確保し得る敷地が選定され、
かつ、原子炉施設は、想定されるいかなる地震力によっても、放射性物質が環境に
異常に放出されるような大事故が発生しないように、可及的に安全側に立った耐震
設計がなされなければならないというべきである。
2 事実関係
原告らの主張第六節第二款第三の一2の事実は当事者間に争いがなく、乙一、二、
三、四、証人a、同qの各証言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めるこ
とができる。
(一) 本件安全審査において検討された事項
原子炉施設においては、敷地地盤が脆弱であり、工学的に対処不可能なほどの大規
模な地すベり、山崩れ、山津波等が発生したり、敷地及び敷地周辺において活発な
構造運動があり、地震が発生したりすると、原子が施設の支持地盤の安定性、
ひいては同施設の安全性を損なうおそれがある。
本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性に関し、本件安全審査において検討さ
れた事項は、以下のとおりであり、その際、原子力委員会が支持した立地審査指針
が用いられた。
(1) 本件原子炉施設の地盤に係る安全性
本件原子炉施設の敷地の地盤に係る条件が、同施設における大きな事故の誘因とな
らないかどうか、具体的には、本件原子炉施設の支持地盤は、同施設を支持するた
めに必要な地耐力を有しているか、荷重による不等沈下を起こすおそれがないかど
うか、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺における広範囲にわたる地質の分布及び
構造からみて、同施設の支持地盤が、十分な安全性を有しているかどうか。本件原
子炉施設の敷地の地盤は、本件原子炉施設に損傷を与えるような大規模な地すベ
り、山崩れ、山津波等を発生させるおそれがないかどうか。
(2) 本件原子炉施設の地震に係る安全性
地震及びこれに伴う事象が、本件原子炉施設における大きな事故の誘因とならない
かどうか、具体的には、過去の地震歴や、断層の活動性等から、将来発生すること
があり得るものと考えられるべき地震のうち本件原子炉施設に大きな影響を与える
であろうと考えられる地震、すなわち本件原子炉施設において耐震設計上考慮すべ
き地震が適切に選定されているかどうか。選定される地震が本件原子炉施設の敷地
に及ぼすと考えられる影響を考慮した上で、本件原子炉施設の敷地基盤における設
計用地震動が余裕をもって設定されているかどうか。設定される設計用地震動に対
して、工学的、技術的見地からみて、適切な耐震設計が本件原子炉施設につき講じ
られているかどうか。
(二) 本件原子炉施設の地盤に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設の支持地盤が、同施設を
支持するために十分な地耐力を有し、かつ同施設の荷重による不等沈下を起こさな
いこと、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤には、摺曲構造が認められる
が、摺曲運動等の程度から見て、本件原子炉施設の支持地盤の安全性を損なうもの
ではないこと、本件原子炉施設の敷地全体の地盤には、同施設に損傷を与えるよう
な大規模な地すベり、山崩れ、山津波を発生させるおそれのある地形又は地質状況
は認められないこと等が確認された結果、本件原子炉施設の地盤に係る条件は、
同施設における大きな事故の誘因にならないと判断された。
(1) 支持地盤に係る安全性
本件原子炉施設は、地盤を数十メートル掘り下げて、強固かつ安定した岩盤を露出
させ、これを支持地盤としてその上に直接建てられているが、右支持地盤は、別紙
六のとおり、新第三紀に形成された西山層(泥岩から成る地層である。)であり、
同地層は本件原子炉施設の敷地全域にわたって分布している。本件安全審査におい
ては、以下のとおり、本件原子炉施設の支持地盤に係る安全性が確保されるものと
判断された。
ア 本件原子炉施設の支持地盤である西山層の支持力は、一平方センチメートル当
たり六二ないし八五キログラムであるところ、本件原子炉施設の自重は、平常時で
一平方センチメートル当たり七キログラム、地震時で一平方センチメートル当たり
一四キログラムであった(試掘抗内で実施された平板載荷試験の結果)。そして、
支持地盤が本件原子炉施設を支持し得るとしても、右施設の重量による支持地盤の
変形は避けられないが、本件安全審査においては、試掘抗で実施した変形試験の結
果から、荷重に対する変形はごく小さく、工学的には無視でき、また、長期的にあ
る荷重がかかり続けると沈下するクリープ現象も本件原子炉施設の設計上は支障と
ならず、本件原子炉施設の支持地盤は変形に対する抵抗力を十分に有すると判断さ
れた。また、本件原子炉施設の支持地盤のせん断抵抗力は、幅一メートル当たり一
万四〇〇トンであり、建築基準法施行令八八条、建設省告示第一〇七四号(地盤の
種別及び構築物の種別による低減率)所定の最大水平震度の三倍の力が本件原子炉
施設に加えられたときに生ずる水平方向の力は、幅一メートル当たり三三〇〇トン
であった(岩盤せん断試験等の結果)ことから、本件安全審査においては、本件原
子炉施設の支持地盤は、十分な余裕を持ったせん断抵抗力を有するので、地震によ
る地盤破壊のおそれはないと判断された。
イ 本件安全審査においては、本件原子炉施設の支持地盤について行われた岩石、
岩盤試験の結果から、同支持地盤の強度的不均一性は極めて小さいため、本件原子
炉施設の重量による不等沈下が生ずるおそれはないと判断された。
ウ 本件安全審査においては、石油関係資料、海上保安庁水路部資料、験潮記録及
び水準測量記録等の文献調査、本件原子炉施設の敷地を中心とする半径約三〇キロ
メートルの範囲における詳細な空中写真判読及び地表踏査、海上保安庁水路部で実
施した海上音波審査資料の解析等の調査、敷地内で実施したポーリング調査の結果
等から、(1)本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤は、下から上へ(すなわ
ち年代的に古いものから新しいものへ)向かって順に、新第三紀に堆積した寺尾
層、椎谷層、西山層及び灰爪層、新第三紀及び第四紀に堆積した魚沼層群、第四紀
に堆積した青海川層、安田層、番神砂層、雪成砂層、沖積層(新期砂層を含も。)
の各地層で構成され、寺尾層、椎谷層、西山層及び灰爪層並びに魚沼層群の一部に
摺曲構造がある、(2)地層における摺曲構造の存在は、過去において当該地層を
摺曲させた構造運動があったことを示し、その摺曲運動の活動時期は、摺曲構造を
示す地層の上位にある摺曲していない地層の形成時期から判断できるところ、本件
原子炉施設の敷地の支持地盤である西山層は摺曲構造を呈しているが、その上位に
分布する第四紀後期の地層である安田層は、敷地全域にわたってほぼ水平に連続し
ており、少なくとも、安田層の堆積以降においては、摺曲運動が継続しているとは
考えられない、(3)本件原子炉施設の敷地は、羽越活摺曲帯に属するとされてお
り、同摺曲帯では広域的には地殻変動が認められるが、仮に本件原子炉施設の敷地
の周辺の地盤において、近年においても摺曲運動が継続しているとしても、それに
よる摺曲の変位の速度は小さいので、同摺曲運動の本件原子炉施設の敷地への影響
は、工学的には無視できる、(4)したがって、本件原子炉施設の支持地盤に係る
安全性を損なうような大規模な構造運動は起こり得ず、地下深部から地表に至る地
殻自体の変動、例えば摺曲運動等の構造運動が本件原子炉施設の支持地盤の安全性
を損なうおそれはないと判断された。
(2) 敷地及び敷地周辺の地盤の安定性
地すベりや山津波等は、地盤の斜面部などで重力(地盤の自重)の不均衡によって
発生する現象であるので、斜面の存在しないところにおいてはもとより、傾斜地で
あっても重力の不均衡の要因を取り去れば、発生することはない。したがって、大
規模な地すベりや山津波等が発生するおそれがあるか、そして、地すベりや山津波
等に対し、傾斜や重力不均衡の要因の除去という工学的な対処が可能であるか否か
は、(1)地表に広範囲の急傾斜面があるかどうか、(2)地盤中に断層や傾斜し
た地層その他の広範囲かつ急傾斜した不連続な面(この面に沿って地盤がすべる可
能性がある。)が存在するかどうか、(3)地盤を構成する物質(砂、粘土、泥
等)のすべりに対する抵抗力が小さいかどうかに関わることになる。本件安全審査
においては、以下のとおり、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の地盤において、
同施設に被害を与えるような、工学的に対処不可能な大規模な地すベりや山津波等
が発生するおそれはないと判断された。
ア 本件原子炉施設の敷地は、柏崎市及び刈羽郡<地名略>にまたがり、西山丘陵
の南端部に位置し、同敷地の形は、海岸線に平行に約三・二キロメートル、直角に
内陸に向かって約一・四キロメートルの半楕円形をなし、同敷地前面の海岸線から
同敷地背面の境界部にある標高六〇メートル前後の稜線に向かってなだらかに高く
なる丘陵地となっていることから、本件安全審査においては、本件原子炉施設に近
接した位置の地表に、地すベりや山津波の原因となるような広範囲の急傾斜の斜面
はないと判断された。
イ 本件安全審査においては、本件原子炉施設の敷地内において実施された地表踏
査、ポーリング調査、試掘坑調査等の結果から、本件原子炉施設の敷地の支持地盤
である西山層が、節理の発達が少なく、かつ大規模な断層や破砕帯も存在しない、
強固かつ安定した岩盤であると判断された。
ウ 本件原子炉施設の敷地の支持地盤である西山層(泥岩層)の上には、これを覆
う形で、約一二万年ないし、一四万年前に形成された安田層(硬質の粘土等を主体
とする。)が、ほぼ水平な層を成して存在し、また、安田層の上には約三万年ない
し八万年前に形成された半固結状の番神砂層(砂質土を主体とする。)、更に、最
上位の地層として新期砂層(砂丘砂を主体とする。)が存在するが、本件安全審査
においては、これら異なる地層が接する不連続な面に傾斜がないわけではないが、
いずれも地表部付近において局所的に存在しているのみで、本件原子炉施設に被害
を及ぼすような大規模な地すベりや山津波を引き起こすおそれはないと判断され
た。
(三) 本件原子炉施設の地震に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設において耐震設計上考慮
すべき地震は、過去の地震歴や、断層の活動性等から、適切に選定されているこ
と、選定された地震が本件原子炉施設の敷地に及ぼすと考えられる影響を考慮した
上で、本件原子炉施設の敷地基盤における設計用地震動が余裕をもって設定されて
いること、設計用地震動に対して、工学的、技術的見地からみて、適切な耐震設計
が本件原子炉施設につき講じられていることが確認された結果、地震及びこれに伴
う事象(機器や配管の振動等)は、本件原子炉施設における大事故の誘因とならな
いものと判断された。
(1) 耐震設計上考慮すべき地震
原子炉施設の耐震設計に用いられる設計用地震動は、耐震設計上考慮すべき地震を
基準として余裕をもって設定されるべきであるから、設計用地震動の設定やこれに
基づく耐震設計が適切に行われるためには、基準になる地震の選定が適切に行われ
る必要があるところ、本件安全審査においては、以下の諸点が確認され、本件原子
炉施設の設計上、耐震設計上考慮すべき地震が適切に選定されていると判断され
た。
ア 耐震設計上考慮すべき地震の選定に関する基本方針
(1) 地震は、ほぼ同様の規模で繰り返し発生するものであるとされているとこ
ろから、将来においても、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺において、過去に発
生した地震と同じ様な影響を及ぼす地震が同所で発生するおそれがあること、
(2)有史時代より前に発生した地震は、地震歴の調査による方法では把握できな
いので、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の断層について、その活動性の有無を
調査する必要があるところ、我が国においては、第四紀後期においては応力の掛か
り方ほぼ一定方向であり、この力によって同一の断層が繰り返し活動し、地震を発
生させたものと考えられていることから、工学的見地からは、第四紀後期における
活動性が全くないか、又は低い断層についてまで、将来において活動すると考える
必要はなく、本件原子炉施設の耐震設計においては、過去の地震歴の調査によっ
て、過去に発生し、本件原子炉施設の敷地の地盤に対して影響を与えたことが判明
している地震、若しくは影響を与えたことが推定される地震、又は、本件原子炉施
設の敷地及び敷地周辺の地盤に存在する第四紀後期以降の断層の調査によって、同
断層の活動により同地盤において将来発生することがあり得るものと考えられる地
震の中から、本件原子炉施設に最も大きい影響を与えるであろうと考えられるもの
が考慮された。
イ 過去の地震歴
本件原子炉施設の設置場所である柏崎付近が被害の中心となった地震は有史以降な
いが、本件原子炉施設の耐震設計上、(1)越後南西部の地震(発生時期一五〇二
年、マグニチュード六・九、震央距離四二キロメートル、推定最大加速度九五ガ
ル)、(2)越後高田の地震一発生時期一六一四年、マグニチュード七・七、震央
距離五四キロメートル、推定最大加速度一六〇ガル)、(3)越後三条の地震(発
生時期一八二八年、マグニチュード六・九、震央距離三三キロメートル、推定最大
加速度一三〇ガル)、(4)六日町の地震(発生時期一九〇四年、マグニチュード
六・九、震央距離三〇キロメートル、推定最大加速度一五〇ガル)、(5)新潟地
震(発生時期一九六四年、マグニチュード七・五、震央距離一一五キロメートル、
推定最大加速度三〇ガル)の各地震が考慮され、右各地震のうち、同様の地震が将
来再び発生した場合に、本件原子炉施設に最も大きな影響を及ぼすと判断されるも
のは、推定最大加速度が最も大きい越後高田の地震(一六〇ガル)であると判断さ
れた。
ウ 敷地及び敷地周辺の地盤に存在する断層
本件原子炉施設の耐震設計においては、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の広い
範囲を対象する文献調査(石油関連資料等)、空中写真判読及び地表踏査による地
形、地質調査が行われ、その結果、右範囲に存在する断層及び存在が推定される断
層のうち、地すベり性の断層、構造性の断層でも本件原子炉施設から遠く、かつ小
規模なものが除外され、耐震設計上考慮すべき断層と判断される可能性のあるもの
として気比ノ宮断層、中央丘陵西縁部断層、真殿坂断層及び椎谷断層が選定され、
更に、右四断層について、第四紀後期における活動性が評価され、それに基づい
て、断層活動に基づく地震によって本件原子炉施設に大きな影響を与えると考えら
れるものが、耐震設計上考慮すべき断層として選定されたが、第四紀後期の活動性
の評価に当たっては、第四紀後期の活動が活発かつ大規模な断層は、その断層活動
の痕跡として、連続したリニアメント、すなわち線状を呈する地形が地表に明瞭に
判読されるかどうかとか、リニアメント線上及びその近傍の露頭に、第四紀後期に
しばしば活動したことを示す断層や地下深部における第四紀後期の断層活動を反映
していると考えられる撓曲構造等が認められるか否か等の地形上、地質構造上の特
徴を伴うことが着目された。第四紀後期に活動した断層により形成されたリニアメ
ントは、形成年代が新しいことから、侵食される期間が短いため、地形上の特徴と
して明瞭に判読され、かつ、断層露頭や撓曲構造近くでこれらと同一方向に向かっ
て延びるものとして判読されるが、古い時代に活動した断層により形成されたリニ
アメントは、長い期間の侵食作用によって不明瞭になったり、断層露頭等と一致し
ないなど、右地形、地質構造上の特徴は、第四紀後期における断層の活動性に関
し、極めて有用な指標となるとされている。
そして、本件原子炉施設の耐震設計においては、以下のとおり、右四断層について
検討され、断層や撓曲構造、さらに構造運動を反映した第四紀後期の地層の変形な
どがリニアメントと対応している場合には、最近の地質時代に繰り返し活動してい
る断層であると判断され、連続して認められるリニアメントに右地質構造の特質も
加えて、これにより断層の長さ(長さにより、当該断層が引き起こし得る地震の規
模が推定される。)が判定され、第四紀後期における活動性が評価された結果、本
件原子炉施設の耐震設計上考慮すべき断層として気比ノ宮断層が選定された。
(1) 気比ノ宮断層
気比ノ宮断層は、本件原子炉施設の敷地東方の中央丘陵東縁部信濃川左岸地区の長
岡市<地名略>付近から中之島町<地名略>付近に至る延長約一七・五キロメート
ルの範囲で、地下深部に存在の可能性が推定される断層であり、本件原子炉施設の
耐震設計においては、当該地域の段丘面や丘陵部には、かなり明瞭なリニアメント
が認められていること、基盤の地層に過摺曲構造が認められ、この過摺曲を呈する
構造の方向が右リニアメントに概ね一致していること、この地区に右過摺曲構造を
覆って発達する段丘が平野側に著しく傾斜しているという地形上の特徴を有し、摺
曲運動の影響を受けたと考えられていること、及び右段丘の堆積物が第四紀後期に
形成されたことから、第四紀後期においても摺曲運動は続いており、右断層は第四
紀後期の活動性がある程度大きいものと判断された。
(2) 中央丘陵西縁部断層
中央丘陵西縁部断層は、中央丘陵西縁部の西山町<地名略>から出雲崎町<地名略
>に至る延長約一二・五キロメートルの範囲で、地下深部に存在する可能性がある
と推定される断層であり、本件原子炉施設の耐震設計においては、右地域の新第三
紀ないし第四紀の灰爪層又は魚沼層群で構成された地層部には、気比ノ宮断層で認
められたリニアメントに比べて、やや不明瞭なリニアメントが認められたこと、リ
ニアメントに沿って一部に撓曲構造が確認されること等から、地表付近においては
大規模な断層は存在しないものの、地下深部においては、断層が存在する可能性は
否定できないこと、しかし、リニアメントと、断層の存在を推定させる撓曲構造の
位置とが一部において一致しないこと、撓曲構造に沿う多数の露頭で第四紀後期に
活動したことを示す断層が存在しないことから、右断層の第四紀後期における活動
はなかったか、仮にあったとしても、その活動性はごく小さいものと判断された。
(3) 真殿坂断層、椎谷断層
真殿坂断層は、本件原子炉施設の敷地の北東方向にある西山丘陵の刈羽村<地名略
>から北東方向に延びる延長約一四キロメートルの範囲で、地下深部に存在する可
能性があると推定される断層であり、椎谷断層は、西山丘陵の拍崎市<地名略>か
ら北東方向にある出雲崎町<地名略>に至る延長約一三キロメートルの範囲で、地
下深部に存在する可能性があると推定される断層である。両断層とも、文献(石油
関係資料)において、地下深部に推定されている断層である。
本件原子炉施設の耐震設計においては、右両断層が第四紀後期に活動したとすれ
ば、地形上何らかの形跡が残されているものと考えられるが、空中写真判読によっ
ても両断層共に全くリニアメントは認められず、地表踏査等によっても、第四紀後
期において断層活動を示唆する地形(断層崖、ケルンコル等)や断層露頭が認めら
れないことから、右両断層の第四紀後期において活動性は無視できると判断され
た。
以上の検討の結果、本件原子炉施設の耐震設計においては、i耐震設計上考慮すべ
き断層は気比ノ宮断層である、ii過摺曲構造やその構造と一致するリニアメント
の存在等から断層の長さは、約一七・五キロメートルと推定される、iii将来、
断層活動により発生することがあり得るものと考えるべき地震の規模は、当該断層
の長さから推定することができるところ、気比ノ宮断層の活動によって将来発生す
ることがあり得るものと考えられる地震の規模を、一般に広く用いられている松田
式(断層の長さから地震の規模を推定する式)により算出すると、マグニチュード
六・九となる、゛IV同地震による推定最大加速度は、
震央距離を二〇キロメートルとして、二二〇ガルと算定され、これが耐震設計上考
慮すべき地震であると考えられるなどと判断された。
(2) 設計用地震動
地震が原子炉施設に及ぼす影響は、当該地震が原子炉施設の敷地基盤に対して、ど
のような地震動を与えるかによって異なり、地震が敷地基盤にどのような地震動を
与えるかは、主に当該地震動の最大加速度及び周期特性によって左右されるから、
設計用地震動の設定に当たっては、耐震設計上考慮すべき地震による地震動に対し
て余裕のある最大加速度と適切な周期特性を選んで採用することが必要であるとこ
ろ、本件安全審査においては、以下の諸点が確認され、本件原子炉施設の耐震設計
においては、設計用地震動の設定に当たって、過去の地震歴や断層の活動から将来
発生することがあり得るものと考えるべき地震のうち耐震設計上考慮すべき地震に
対しても、十分余裕のある最大加速度を採用し、かつ、地震動と原子炉施設を構成
する機器等との共振に配慮した適切な周期特性等を採用していると判断された。
ア 最大加速度
本件原子炉施設において耐震設計上考慮すべき地震によって敷地基盤に与えられる
地震動の推定最大加速度のうち最大のものは、前記(1)のとおり、気比ノ宮断層
の活動によって将来発生することのあり得る地震による二二〇ガルであるところ、
本件原子炉施設の耐震設計においては、設計用地震動の最大加速度を三〇〇ガルと
した。
イ 周期特性
本件原子炉施設の耐震設計においては、本件原子炉施設(大部分が厚い壁、太い柱
を有する鉄筋コンクリート造りの構築物)が、原則として剛構造である上、直接に
岩盤(敷地基盤)上に設置されるため、同施設の固有周期はほぼ〇・五秒以下の短
周期振動系となることが考慮され、敷地基盤における設計用地震動の波形として、
重要施設の耐震設計に広く用いられている過去の代表的な強震記録波形の中から、
ほぼ〇・五秒以下の周期範囲で、(1)比較的短周期側が優勢なゴールデンゲート
パーク記録(米国、一九五七年、サンフランシスコ地震、マグニチュード五・三
9、(2)比較的中周期が優勢なタフト記録(米国、一九五二年、カーンカウンテ
ィ地震、マグニチュード七・七)、及び(3)比較的長周期側が優勢なエルセント
ロ記録8米国、一九四〇年、インペリアルバレー地震、マグニチュード七・一)の
三波が選定され、
本件原子炉施設を構成する構築物や機器等のそれぞれについて大きな共振が生ずる
ような条件が設定された。
(3) 本件原子炉施設の耐震設計
ア 剛構造及び岩盤設置
本件原子炉施設は、地震時における原子炉格納施設や機器の変形の程度を小さくす
るため、原則として、同施設の主要な部分を剛構造とした上、同施設全体を岩盤
(西山層)上に直接設置する。
イ 重要度分類に応じた耐震設計
本件原子炉施設の耐震設計においては、同施設を構成する構築物等が安全上の重要
度に応じてA、B、Cの三種類に分類され、それぞれの重要度に応じた耐震設計が
講じられ、特に、原子炉施設のうち主要施設(Aクラス)、すなわち、その機能喪
失が原子炉事故を引き起こすおそれのある施設や本件原子炉施設周辺の公衆に対し
て放射線障害を与えることを防止するために必要な施設に対しては、水平震度につ
いては、建築基準法に定められている水平震度の三倍の震度を、鉛直震度について
は、同法に定められている水平震度の一・五倍の震度を考慮した静的解析と、本件
原子炉施設の支持地盤に与えられる設計用地震動を用いた動的解析がそれぞれ行わ
れ、右静的解析及び動的解析から求められたいずれの地震力に対しても余裕のある
耐震設計が講じられたほか、右各解析によって求められた地震力に、平常運転に伴
って作用する圧力や熱膨張等による力が加わった場合にも、それによって発生する
応力の程度が、本件原子炉施設を構威する建設材料の耐え得る許容限度内にとどま
り、右主要施設には損傷が生じないよう設計され、更に、安全対策上特に緊要な格
納容器、原子炉緊急停止装置及びほう酸水注入装置については、設計用地震動の
一・五倍の地震動を用いた動的解析によって求められた地震力に、平常運転に伴っ
て作用する圧力や熱膨張等による力が加わったとしても、主要施設が損傷せず、十
分に機能が維持されるように設計された。
3 判断
右2で認定した本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全対策についての本件安全
審査の審査内容に鑑みると、右調査審議で用いられた具体的審査基準に不合理な点
があるとはいえないし、また、本件原子炉が右具体的審査基準に適合した、本件原
子炉施設の地盤及び同施設周辺において発生するおそれのある地震が、同施設にお
ける大事故の誘因とならず、安全性を確保でき、
原子炉等による災害の防止上支障がないものとした本件安全審査における調査審議
及び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められない。
二 本件原子炉施設の地盤及び地震に係る安全性に関する原告らの主張について
1 本件原子炉施設の敷地の支持地盤に関する主張について
(一) 活発な地殻変動の存在に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の敷地が羽越活摺曲帯に属し、地形測量の結果や活発な
地震活動が存在すること、柏崎平野の沖積層の地形変化が著しいこと、柏崎平野の
基盤の乱れが著しいこと、遺跡の埋没状況、安田層及び番神砂層下部水成層の標高
変化が大きいこと、荒浜砂丘の標高が高いこと、試掘坑や本件原子炉施設の敷地周
辺に見られる安田層や番神砂層を切る断層の走向が一致していることなどの諸事情
から判断すると、本件原子炉施設の敷地周辺は、現在も摺曲運動が継続しており、
危険である旨主張する(第六節第二款第三の二)ところ、甲九六2ないし4、一〇
四及び二一八によれば、(1)東山背斜、中央油田背斜等の摺曲の背斜部は、現在
も隆起し、向斜部は沈下しており、向斜部の水準点を基準にして、背斜軸部に設置
された水準点の相対的な成長速度を求めると、東山背斜が年間〇・五四ミリメート
ル、中央油田背斜が年間二・八ミリメートルとなり、これを一〇〇万年間の累積変
位量にすると、それぞれ五四〇メートル、二八〇〇メートルとなり極めて大きく、
これらの摺曲は現在も活発に活動している旨、(2)昭和三年一〇月二七日に発生
した関原地震(M五・三)、同三七年二月二日に発生した長岡地震、同五四年七月
から同五七年一月まで続いた小千谷群発地震、平成二年一二月七日に発生した高柳
地震(M五・四、五v三)等はいずれも、羽越活摺曲帯における摺曲運動が原因で
ある盲、(3)番神砂層上・下部境界面の高度差から、陥没が番神砂層堆積後も継
続している旨などの研究報告がなされていること、本件原子炉施設の設計に際して
掘削された試掘坑中に見られる断層や節理の走向が北西から南東方向に卓越してい
ることが認められる。
しかしながら、前記(一2(二)(1)ウ)の事実に、甲二二二、乙二、四、証人
qの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件原子炉施設の敷地の支持地盤である
西山層は、摺曲構造を呈しているが、敷地で実施したポーリング調査等の結果から
その上位に分布する安田層は敷地全域にわたって、ほぼ水平に連続していることが
確認されたことから、本件安全審査においては、少なくとも本件原子炉施設の敷地
周辺では、安田層の堆積以降、摺曲運動が継続しているとは考えられないと判断さ
れたこと、本件安全審査においては、約八〇年間にわたる柏崎周辺の水準測量結果
の解析から、平野部と丘陵部との相対的な変位には、沖積層の圧密沈下も含まれて
おり、丘陵部の隆起速度も年間一ミリメートルを超えず、たとえ近年も摺曲運動が
継続しているとしても、それによる地盤傾動速度は極めて小さく、同摺曲運動の本
件原子炉施設の敷地への影響は、工学的には無視できると判断されたこと、柏崎平
野にある下谷地遺跡は、弥生時代中期のものとされているが、右遺跡は、埋没深さ
等遺跡の埋没状況が日本各地で発掘された同時代の遺跡と大きく異なるわけではな
いこと、砂丘は、風により運搬された砂が堆積して形成されるものであり、砂丘の
標高は、砂の供給量、旧地形等の砂丘形成時の堆積環境により決まるものであるか
ら、右砂丘の標高が高いことをもって、構造運動の根拠とすることはできないこ
と、本件原子炉施設の敷地内外の安田層や番神砂層を切る断層の走向には必ずしも
明確な一定の方向性があるとはいえないことが認められ、右の諸点に鑑みれば、摺
曲運動等の構造運動が本件原子炉施設の支持地盤の安定性を損なうおそれがないと
した本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないか
ら、原告らの右主張は失当である。
(二) 本件原子炉施設の支持基盤の劣悪性に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の敷地の支持地盤である西山層は、土質工学上石化が未
熟な軟岩であり、その物理的特性も単位体積重量が一立方センチメートル当たりの
約一・七グラム、含水比が四六バーセント、一軸圧縮強度が一平方センチメートル
当たり一〇ないし四〇キログラム程度、弾性波速度が毎秒一・七キロメートルと他
の原子炉施設の敷地の支持地盤等と比較しても、非常に多くの水を含んだ軟弱で不
均質な劣悪な地盤であるところ、これは、西山層の堆積年代が新しく、構造運動に
伴う潜在的割れ目や顕在化した断層、亀裂が存在していることに起因するものであ
るから、原子炉施設の支持基盤としては不適当である旨主張する(第六節第二款第
三の三)。
しかしながら、乙二、三及び証人qの証言によれば、近時、西山層の一部は第四紀
に形成されたという学説が有力になっているものの、本件原子炉施設の敷地となっ
ている西山層は、第三紀(鮮新世)に形成されたものであるという調査結果もある
こと、ボーリング調査及び試掘坑調査の結果から、本件原子炉施設の敷地周辺の西
山層は、はさみ層の少ない塊状の硬質泥岩であり、単位体積重量は一立方センチメ
ートル当たり平均約一・七二グラム(本件原子炉施設の敷地の基盤とほぼ同様の地
質からなる福島第一、第二原発の敷地の単位体積重量は一立方センチメートル当た
りそれぞれ平均一・六一グラム、約一・六四グラム)と地表部近くの新第三紀鮮新
層の泥岩としては通常のものであると判断され、更に、含水比は平均約四六パーセ
ント(福島第二原発の敷地の含水比は平均約五〇パーセント)であり、新第三紀鮮
新層の泥岩としては一般的である判断されたこと、一軸圧縮強度は一立方センチメ
ートル当たり平均約二三キログラム(本件原子炉施設の敷地の基盤とほぼ同様の地
質からなる福島第一、第二原発の敷地の一軸圧縮強度は一立方センチメートル当た
りそれぞれ平均約二六キログラム、約二八キログラム)と測定されたことが認めら
れ、右の詣点に、前記(一2(二)(1))のとおり、本件安全審査においては、
本件原子炉施設の敷地の支持地盤が十分な地耐力(支持力、変形に対する抵抗力、
せん断抵抗力)を有し、荷重による不等沈下のおそれもないと判断されたことを考
え合わせると、本件安全審査の右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認
められないから、原告らの右主張は失当である。
2 本件原子炉施設の敷地周辺に見られる断層に関する主張について
(一) 地すベり性断層の判断の当否に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の敷地及び敷地周辺の番神砂層や安田層に認められる多
数の断層を、一部の断層について、大間隔のボーリング調査や地表面から数メート
ル掘った程度のトレンチカット調査を行うだけで、地滑りに起因すると判断するこ
とはできない旨主張する(第六節第二款第三の四1)。
乙二、三、証人qの証言及び弁論の全趣旨によれば、地すベりとは、地形(斜面)
などの要因によって重力のバランスが崩れ、地盤の表面だけに発生する変形である
から、地すベりによって生じる断層は、一般に、(1)斜面に沿って存在し、
(2)断層を引き起こした力(重力)の方向もその斜面の傾斜方向に沿っており、
(3)断層は、地下深部に達しておらず、断層の傾斜は下方に行くに従って地層の
抵抗力が増すため緩やかなものとなり、そのため、断層面は、全体として湾曲して
いる等の特徴を示すこと、構造運動に起因して地震を発生させるような断層は、一
般に、(1)斜面とは無関係に存在し、(2)断層面は、水平方向に直線状に連な
っていて、(3)断層は、構造運動に伴う地殻変動の結果として、地下深部まで達
しており、かつ断層面はほぼ一様の傾斜で地下深部に向かって連続していること、
したがって、当該断層が地すベり性の断層であるか否かは、露頭調査、トレンチ調
査、ボーリング調査等、地質調査において判断できること、本件原子炉施設の設計
に当たって、本件原子炉施設の敷地内の番神砂層や安田層等に認められる断層につ
いて、まず、断層露頭について詳細な調査が行われた上、更に、これらの断層のう
ち規模が比較的大きいと思われるものについては、トレンチ調査等によって、断層
の性状、水平方向の連続性等が把握され、かつ、数メートルから数十メートル間隔
のボーリング調査によって、断層の性状、鉛直方向の連続性等が把握されたこと、
その結果、(1)断層露頭の調査から右断層は、番神砂層や安田層等の各旧斜面に
沿ってそれぞれ存在すること、(2)それらの断層を形成した力の方向も番神砂層
や安田層等の各旧斜面の傾斜方向に沿ったものであること、(3)トレンチ調査等
から、それら断層の傾斜は下方に行くに従って緩やかなものとなり、断層面は全体
として湾曲していること等、地すベり性の断層に見られる一般的特徴を有するもの
であることが判明し、その結果、右断層はいずれも、番神砂層や安田層等がかって
地表に表れていた時代において、浸食作用で形成されたかっての谷の斜面に沿って
小規模かつ局所的に生じた地すベり性により形成された断層であり、本件原子炉施
設に特段の影響を及ぼすものでないと判断されたこと、本件原子炉施設の敷地周辺
の番神砂層や安田層の露頭の調査結果から、同露頭に認められる断層は、同施設の
敷地内に認められる地すベり性の断層と同様の性状、形態を示すことが判明し、本
件原子炉施設の耐震設計においては、これら露頭の断層も、地表部のみに形成され
た地すベり性の断層と判断されたこと、その上で、本件安全審査においては、本件
原子炉施設の敷地及び敷地周辺の番神砂層や安田層に認められる多数の断層が地す
ベりに起因するものと判断されたことが認められ、右の諸点に鑑みれば、本件安全
審査の右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告ら
の右主張は失当である。
(二) 本件原子力発電所五号炉直下の断層の活動性に関する主張について
原告らは、本件原子炉(一号炉)から北東へ約一キロメートル離れた地点に設置が
計画されている本件原子力発電所五号炉の敷地基盤に見られる断層が西山層及び安
田層を切っていること、及び右五号炉設置計画地点付近の県道露頭に見られる断層
が安田層及び番神砂層を切っていることを併せ考えると、右五号炉の敷地基盤に見
られる断層は、番神砂層をも切る極めて新しいものである可能性が高い旨主張する
(第六節第二款第三の四2)。
しかしながら、乙七四3によれば、二号炉及び五号炉の増設許可に係る安全審査に
おいては、五号炉基礎底面付近にV系断層とF系断層が認められるが、これらは、
ボーリング調査、追跡調査の結果、破砕幅及び落差が小さく、これらを覆う第四系
の安田層上部に変位を与えておらず、約一二万年前以降は活動していないと推定さ
れることから安全上支障となるものではないと判断され、更に、五号炉建設予定地
付近の番神砂層中等に断層が認められるが、詳細な露頭観察及びボーリング調査に
より、安田層下部及び西山層中には断層による落差を示唆するものは認められない
ことから、これらの断層は地すベり等によって生じたものであり、地下深部に達す
る構造性の断層ではなく、原子炉施設の安全上支障となるものではないと判断され
たことが認められ、右の諸点に鑑みれば、原告ら主張の断層が存在するからといっ
て、本件原子炉施設の地盤に係る条件が同施設における大きな事故の誘因にならな
いとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められな
いから、原告らの右主張は失当である。
(三) 東側道路法面の断層の性質に関する主張について
原告らは、本件処分後、本件原子炉の炉心から北東へ約三〇〇メートルの地点にお
いて、本件原子力発電所東側道路の掘削工事中、同道路法面に発見された断層は、
新砂丘、番神砂層及び安田層を切っており、さらに西山層をも切っている可能性が
あること、右断層の変位に累積性が認められることから、右断層は、極めて新し
く、かつ活発な活動を繰り返している断層である旨主張する(第六節第二款第三の
四3)。
しかしながら、甲二二八、証人qの証言及び弁論の全趣旨によれば、本件原子力発
電所東側道路法面に断層が認められたこと、本件原子力発電所の二号炉ないし五号
炉の増設許可に係る安全審査において、露頭調査、トレンチ調査、ボーリング調査
等が行われた結果、右断層は、番神砂層及び安田層上部には変位を与えているもの
の、下位の地層である安田層下部及び西山層には全く変位を与えていないこと、番
神砂層や安田層の旧斜面に沿って存在し、更に、主断層の傾斜は下方に行くに従っ
て緩やかなものとなり、断層面は全体として湾曲していることから、地すベり性の
断層であると判断されたことが認められ、右の諸点に鑑みれば、原告ら主張の断層
が存在するからといって、本件原子炉施設の地盤に係る条件が同施設における大き
な事故の誘因にならないとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落
があるとは認められないから、原告らの右主張は失当である。
(四) 滝谷断層に関する主張について
原告らは、刈羽村の滝谷地区における断層は、真殿坂断層の活動が番神砂層堆積後
も続いていることを示唆する旨主張する(第六節第二款第三の四5)が、乙三、四
及び証人qの証言によれば、滝谷地区では、西山丘陵から東側に張り出した尾根の
先端部付近に、西山層と番神砂層が急傾斜の境界面をもって接している箇所が少な
くとも三箇所認められるが、本件原子炉施設の設計に当たっては、この付近には地
形的なリニアメントが認められないこと、番神砂層と西山層との間に破砕帯が認め
られるが、全体として、大規模な破壊現象が認められず、地すベりの引きずり効果
によって生じたと考えられる番神砂層中の断裂が、他の多くの地点で見られる断裂
と極めて類似した特徴を示しており、それらと類似した原因のもとで、ほぼ同時的
に形成されたものと考えられる、これらの急傾斜境界面及び断裂は、基盤の上限面
の斜面部に不安定な状態で堆積した番神砂層が地すベりなどに起因して変形した結
果、形成されたとものと考えられるなどと判断され、本件安全審査においても、右
の諸点を確認し、滝谷断層は、地すベり性の運動に伴って生じた表層の断層である
と判断されたことが認められ、原告ら主張の断層が存在するからといって、本件原
子炉施設の地盤に係る条件が同施設における大きな事故の誘因にならないとした本
件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原
告らの右主張は失当である。
(五) 寺尾断層に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の北東六〇〇メートルに位置し、本件原子炉施設の敷地
と同じ後谷宮川背斜東翼上にある刈羽村<地名略>の土砂採取場において発見され
た寺尾断層は活断層であり、その活動によって本件原子炉施設の敷地は重大な影響
を受ける旨主張する(第六節第二款第三の四4)ので、以下検討する。
(1) 甲二一九、二二一ないし二二三、二二五1、2、二三〇、二三一、二三
四、乙九九1、2、一〇〇1、2、証人qの証言及び弁論の全趣旨によれば、以下
の事実を認めることができる。
ア rら荒浜砂丘団体研究グループは、平成四年八月、本件原子炉施設の敷地境界
から北東約六〇〇メートル離れた刈羽村寺尾地区の西側にある土砂採取場におい
て、椎谷層から番神砂層下部までを通して切る断層を発見した旨の研究報告を行っ
た。右研究報告によれば、(1)椎谷層は、暗灰色粗粒砂岩層で、泥岩の薄層を挟
み、一九〇センチメートル以上であり、安田層は、炭質層を含む青灰亀塊状のシル
トを主体とし、層相変化が著しく、下位の第三系に由来する泥岩及び砂岩の角礫を
大量に含む角礫層、粗粒・中粒層、亜炭層を伴い、下位の椎谷層を不整合で覆い、
番神砂層は中粒・粗粒の砂層で、安田層に整合に重なっている、(2)寺尾断層
は、正断層で、地形的には尾根側が落ち、地質構造的には背斜の軸側に向かって落
ちており、これによる垂直隔離は、番神砂層下部及び安田層に対して一一〇ないし
一二〇センチメートル、椎谷層に対して一三〇ないし一四〇センチメートルあり、
両者の垂直隔離の差が約二〇センチメートル認められ、このことは、安田層堆積前
に既に椎谷層がこの断層によって変位していたことを示しており、更に、安田層及
び番神砂層下部も変位していることから、番神砂層下部形成後においても断層の活
動があったことを示し、寺尾断層は、椎谷層から番神砂層下部までの一連の地層を
切り、かつ複数回の変位が累積されていることを示している、(3)寺尾断層は、
椎谷層から番神砂層下部までを切っている活断層であり、この断層の変位は、複数
回の活動が累積されたものであり、四ないし五万年前以降も活動が続いていると推
定される、(4)寺尾断層は、地形的には、尾根側が、地質構造的には、背斜の軸
側が落ちる高角正断層であり、地すベりによって形成された可能性は少なく、断層
が後谷背斜の軸方向と並走する縦走断層であること、及び断層面の形状から圧縮応
力場で形成されたと考えられることから、摺曲構造の成長と断層形成との間には何
らかの因果関係があるものと推定されるなどとされている。
イ 東京電力は、同年一一月、寺尾断層を調査したところ、その結果、(1)寺尾
断層は、トレンチ内では、より下方に向かうほぼ鉛直な断層と上部の走向・傾斜を
有したまま西傾斜する断層の二条に分岐している、(2)下方に分岐した鉛直な断
層は、東側の椎谷層と西側の安田層とを境し、椎谷層上限に鉛直一・〇ないし一・
二メートルの高度差を与えているように見えるが、同断層は、椎谷層内では面なし
断層となっており、この面なし断層による椎谷層の泥岩の変位は約〇・五メートル
西落ちであり、断層上部の安田層内での変位量と調和していない。(3)上部の走
向・傾斜を有したまま西傾斜する断層についても、椎谷層上限面に五ないし三〇セ
ンチメートルの高度差が見られるものの、椎谷層内では面なし断層となるか、ある
いは連続が不明瞭となる、(4)寺尾断層は、下方で変位量が小さくなるから地す
ベり性の断層と判断でき、上部で発生した地すベり性の断層が下方の椎谷層上限面
の急崖・風化により、面なし断層が開口した亀裂を利用して椎谷層に達したと考え
られる旨報告された。
ウ 東京電力は、同五年四月五日、寺尾断層のトレンチ南側壁に見られる断層の性
状について、(1)安田層中には、同層中の腐植質シルト層の約一・二メートルの
鉛直変位を与える断層が分布している、(2)同断層は、より下方に向かうほぼ鉛
直な断層と、西傾斜する断層の二条に分岐している、(3)下方に向かうほぼ鉛直
な断層は、椎谷層と安田層の境界部に沿って分布しているが、一部は緩く西側に向
かって枝分かれしており、一方、西傾斜する断層は、椎谷層上限面に達しており、
同上限面に高さ約三〇センチメートルの落差が認められる、(4)両断層下方延長
部の椎谷層中には、断層は認められないものの、筋状になっている、(5)椎谷層
と安田層の境界面に沿う断層の下方では、椎谷層中の泥岩の挟み層に約〇・五ない
し〇・八メートルの鉛直変位が見られ、安田層中に見られる断層の変位量より小さ
くなっている、(5)椎谷層に見られる断層は、ほぼ鉛直であるのに対し、安田層
中の断層は斜めの性状となっている、(7)当該地域には空中写真判読でリニアメ
ントは認められないことから、寺尾断層は、一般にいわれている活断層の特徴を有
しておらず、下部の椎谷層の変位量より上位の安田層の変位量の方が大きく、正断
層であるなどから、地すベり性の断層である旨の補足説明を行った。
エ 新潟大学理学部講師sらは、平成五年六月一五日、(1)寺尾断層のうち、ト
レンチ内の下方に向かうほぼ鉛直な断層は、安田層中の腐食泥炭層を巻き込もとと
もに、その上部及び下部においても、断層各礫を含む破砕帯を伴った開離型の断層
であり、この断層の主たる動きは、安田層堆積後であり、(2)砕屑物中の相当層
を認定する際、地質学的同一時間面をより正確に表す火山灰層ないし火山灰質層を
用いるのは調査の基本であるところ、寺尾断層のトレンチ内南側壁面に見られる火
山灰質層の落差は約一四〇センチメートルになる、(3)寺尾断層が地すベりによ
るものであるとすれば、滑動する底の部分が面として存在しなければならないが、
寺尾断層ではこれがない、(4)一万年前以降の新砂丘が厚く発達する地域におい
てリニアメントが認められないからといって、数万年前の構造運転を否定すること
はできないなどと、右イ、ウの東京電力の見解を批判した上、アと同様に、寺尾断
層は、現在もなお成長しつつある後谷背斜の隆起に伴う引張応力場で形成され、番
神砂層下部堆積後、すなわち、五万年前よりも新しい時期に背斜頂部に向かって活
動した正断層というべきである旨報告した。
オ 寺尾断層のトレンチ南側壁面の概略は、別紙七及びその拡大図面である別紙八
のとおりである。
(2) 右認定した事実によれば、寺尾断層を巡って、これを地すベり性の断層と
評価する見解と、構造性の活断層と評価する見解が対立していることが認められる
ところ、前記((一))の事実に、証人qの証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、
構造運動に起因して地震を発生させる構造性の断層は、地下深部(地球内部)から
来る応力によって生じるものであるため、(1)斜面とは無関係に存在し、(2)
断層面は水平方向に直線状に連なって、(3)断層は地下深部まで達し、(4)断
層面はほぼ一様な傾斜角度で、地下深部に向かって連続しているとの特徴を示し、
また、(5)断層活動の繰り返しにより地層の変位が累積する結果、より古い地層
(より多くの断層活動を経ている。)である下位の地層における変位量が、より新
しい地層である上位の地層における変位量より大きく、また、(6)構造性の断層
は地下深部で発生し、地表に向かって延びるものであるから、断層が枝分かれする
場合には下方から上方に向かう等の特徴があるのに対し、地すベりとは、地形(地
表のものに限らない。)などの要因によって重力のバランスが崩れた結果、地盤の
表面付近(地表ではない。)にのみ発生する変形であるため、一般に、(1)斜面
に沿って存在し、(2)断層を引き起こした力(重力)の方向も、その斜面の傾斜
方向に沿っており、(3)地下深部に達しておらず、(4)斜面下方へ進むに従っ
て徐々に地層の抵抗が増すため、断層の傾斜は下方へ行くに従って緩やかなものと
なり、(5)そのため、断層面は全体として湾曲しているとの特徴を示し、また、
(6)地下の地すベり性断層に沿って、地上にリニアメントが生ずることはなく、
(7)斜面上方に当たる上位の地層における地すベりによる変位量が、斜面下方に
当たる下位の地層における地すベりによる変位量より大きいため、地すベりによる
地層の鉛直変位量は、上位の地層の方が下位の地層よりも大きい等の特徴があると
されていることが認められる。
そして、右(1)ア及びエの見解が椎谷層における変位量が安田層におけるそれよ
りも大きいと認めて、寺尾断層を構造性のものと判断しているのに対し、右イ及び
ウの東京電力の見解が逆に小さいとして、地すベり性のもの判断しているのは、椎
谷層における鍵層として、前者は別紙七のX及びX′での層を選び(エの見解は、
この層を火山灰質砂層としている。)、変位量を別紙七のとおり約一四〇センチメ
ートルと認定しているのに対し、後者は泥岩層(別紙八の泥岩層(1))を選び、
変位量を別紙七のとおり約九〇センチメートルと認定していることによるものと考
えられる(甲二二一、二二三及び弁論の全趣旨によって認められる。)。
原告らは、断層の変位量を測定するには、断層面の両側にある連続して同一時期に
堆積した地層を正しく対比して、そのずれを測定する必要があるから、堆積時期が
同一と判断できる火山灰層が鍵層として最適であり、別紙七のX及びX′の層を鍵
層と認めるべきである旨主張し、甲二二二中にはこれに副う記載部分もあるが、乙
一〇〇1、2によれば、別紙七のX及びX′の層は石灰質砂岩であること、別紙七
のX及びX′の層を対比すると、Xの層の上下が粗粒砂岩であるのに対し、X′の
層の上下は粗粒~中粒砂岩であること、X′の層の上位にある泥岩層が、Xの層の
上位にないことが認められ、必ずしも層序が一致するとはいえないから、椎谷層の
変位量が約一四〇センチメートルあったと認めるにはなお不十分である。そして、
前記二了(二)一のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設の支持地盤
に係る安全性を損なうような大規模な構造運動は起こり得ず、地下深部から地表に
至る地殻自体の変動、例えば摺曲運動等の構造運動が本件原子炉施設の支持地盤の
安全性を損なうおそれはないと判断されたことに鑑みると、寺尾断層の存在を前提
としても、本件原子炉施設の地盤に係る条件が同施設における大きな事故の誘因に
ならないとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとまで結
論付けることはできないから、原告らの寺尾断層に関する主張は失当である。
(六) α、β断層及び真殿坂断層の活動性に関する主張について
原告らは、本件原子炉施設の支持地盤に認められたいわゆるα断層及びβ断層は、
地震の発生源となる活断層ではないとしても、周辺地域で地震が発生した場合、再
びずれを生じるおそれがある旨主張する(第六節第二款第三の四6)ところ、乙
二、三、四、昭和五五年五月一六日付け検証の結果、証人qの証言及び弁論の全趣
旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(1) 本件原子炉施設の基盤面上に北東から南西方向に走行する二本の高角度正
断層(α、β断層)があり、α断層の落差は〇ないし約一・一メートル、断層面に
伴う粘土の厚さは〇ないし約三センチメートルあり、β断層の落差は〇ないし約
〇・七メートル、断層面に伴う粘土の厚さは〇ないし約二・五センチメートルある
ことが認められる。
(2) 二号炉及び五号炉の増設許可に係る安全審査においては、α、β断層は、
破砕幅及び落差が小さく、これらを覆う第四系の安田層上部に変位を与えておら
ず、約一二万年前以降は活動していないと推定されることから、両断層の再活動の
おそれはなく、安全上支障となるものではないと判断された。
(3) 本件安全審査においては、真殿坂断層は、地質構造的にみて、西山町<地
名略>付近の摺曲構造の向斜軸部に位置する西山層以深の地層が急傾斜をなしてい
ることにより、地下深部にその存在が推定されているものであるところ、本件原子
炉施設の敷地において実施された多数のポーリング調査の結果、同敷地内の西山層
の傾斜は、極めて緩やかに連続しており、断層に伴う変位は認められないことか
ら、本件原子炉施設の敷地内には、真殿坂断層や、それに関連する断層は存在しな
いと判断された。
(4) 本件安全審査においては、α、β断層を含も試掘坑内の小断層が将来地震
力により変位を生ずるおそれはないと判断された。
以上認定の事実に、前記(一2(二)(1)、(三)(1)ウ(3))のとおり、
本件安全審査においては、本件原子炉施設の支持地盤に係る安全性が確保され、ま
た、真殿坂断層の第四紀後期における活動性は無視できると判断されたことを考え
合わせると、α、β断層によっても、本件原子炉施設の地盤に係る条件が同施設に
おける大きな事故の誘因にならないとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い
過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右断層に関する主張は失当であ
る。
3 本件原子炉施設の敷地周辺に存在すると推定される主な断層の評価に関する主
張について
(一) リニアメントに関する主張について
原告らは、リニアメントの確認できないC級活断層は、地震が起こって初めて存在
が確認できるものであり、これを無視した本件安全審査の判断は不合理である旨主
張する(第六節第二款第三の五1)が、前記(一2(三)(1)ア、ウ)のとお
り、本件原子炉施設の耐震設計においては、過去の地震歴の調査によって、過去に
発生し、本件原子炉施設の敷地の地盤に対して影響を与えたことが判明している地
震、若しくは影響を与えたことが推定される地震、又は、本件原子炉施設の敷地及
び敷地周辺の地盤に存在する第四紀後期以降の断層の調査によって、同断層の活動
により同地盤において将来発生することがあり得るものと考えられる地震の中か
ら、本件原子炉施設に最も大きい影響を与えるであろうと考えられるものが考慮さ
れたこと、本件原子炉施設の耐震設計に考慮すべき断層を選定するに当たっては、
空中写真判読によるリニアメントの調査だけでなく、本件原子炉施設の敷地及び敷
地周辺の広い範囲を対象する文献調査宕油関連資料等)及び地表踏査による地形、
地質調査が行われ、その結果、右範囲に存在する断層及び存在が推定される断層の
うち、地すベり性の断層や、構造性の断層でも本件原子炉施設から遠く、かつ小規
模なものが除外されたことが認められ、右の諸点に鑑みれば、本件原子炉施設にお
いて耐震設計上考慮すべき地震は、過去の地震歴や、断層の活動性等から、適切に
選定されているとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があると
は認められないから、原告らの右主張は失当である。
(二) 気比ノ宮断層の延長距離に関する主張について
原告らは、気比ノ宮断層は、中之島町<地名略>から長岡市<地名略>を経て、柏
崎市<地名略>までの三八・五キロメートルとみるべきである旨主張する(第六節
第二款第三の五2)が、乙二、三、四、七七3、証人qの証言及び弁論の全趣旨に
よれば、(1)本件原子炉施設の耐震設計においては、気比ノ宮断層について、文
献調査、空中写真判読、地表踏査等に基づいて、第四紀後期の断層活動を示唆する
地形上の特徴や地質構造上の特徴が検討されたところ、雲出町付近以北与板町付近
までの西山層、灰爪層及び魚沼層における背斜構造の東翼部には、地下深部におい
て断層を伴うことが多いとされる過摺曲構造が認められ、かつ、この過摺曲構造の
東縁に沿って、地表にかなり明瞭なリニアメントが認められるのに対し、雲出町付
近以南の気比ノ宮断層の延長線上には、明瞭なリニアメントや過摺曲構造が全く認
められないことから、雲出町付近以北と以南とでは、地形上、地質構造上に明白な
差異があり、気比ノ宮断層の南限は、長岡市<地名略>付近と推定されたこと、
(2)雲出町付近以北の地質構造は、右のとおり、過摺曲構造を示す背斜構造であ
るのに対し、雲出町付近以南柏崎市<地名略>までの地質構造は、向斜構造であ
り、雲出町付近以北と以南とでは、地質構造を異にしていること、雲出町付近以南
柏崎市<地名略>までの区間には、地表踏査の結果、魚沼層群に撓曲構造は認めら
れなかったこと、(3)活断層研究会が編集した「日本の活断層」と題する文献中
には、雲出町付近以南柏崎市<地名略>までの区間には、リニアメントが示されて
いるが、同時に、本件安全審査において気比ノ宮断層を推定したリニアメントの一
部に相当するリニアメント(鳥越断層群に係るもの)が右リニアメントとは別のも
のとして示されており、この二つのリニアメントについて活断層の存在の確かさを
表す確実度の評価も前者を確かさが最も低いIIIとし、後者を確かさが最も高い
Iとしているのであるから、「日本の活断層」の編者らも、二つのリニアメントを
必ずしも一体のものと考えていないこと、甲一〇三中には、長岡平野西に長さ三〇
キロメートル以上、活動度Bとする逆断層が存在する旨の記載があるが、この記載
は、気比ノ宮断層を含もその周辺の雁行している断層を一括して表したものである
ことが認められ、右の諸点に鑑みれば、気比ノ宮断層の南限を長岡市<地名略>付
近までとした本件安全審査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認めら
れないから、原告らの右主張は失当である。
(三) 常楽寺断層(中央丘陵西縁部断層)に関する主張について
(1) 原告らは、西山町<地名略>などの露頭において認められる断層は、常楽
寺断層の活動が現在も続いている証左である旨主張する(第六節第二款第三の五3
(一))が、前記(一2(三)(1)ウ(2))の事実に、乙二、三、四、証人q
の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、本件原子炉施設の耐震設計においては、中
央丘陵西縁部断層(原告らの主張する「常楽寺断層」の一部がこれに当たる。)の
存在が推定されている西山町<地名略>から出雲崎町<地名略>にかけての地表部
付近には、第四紀後期において活動した断層が認められる露頭は認められないこ
と、右区間に認められるリニアメントも、中央丘陵西縁部断層が地下深部に存在す
ると推定する根拠となって撓曲構造の位置と一部で一致していないが、これは撓曲
構造に係る構造運動によって形成されたリニアメントが、長い期間の侵食作用を受
けて東側に後退した結果撓曲構造とずれた結果であると判断されたこと、西山町<
地名略>周辺の露頭において複数の断層が認められる(この点は当事者間に争いが
ない。)が、その位置や断層面の方向は、中央丘陵西縁部断層を推定する根拠とな
った右リニアメント及び撓曲構造の位置や方向と一致していない上、右各断層は、
地すベり性の断層の特徴を示していることが認められ、右の諸点に鑑みれば、中央
丘陵西縁部断層の第四紀後期の活動性は無視できるとした本件安全審査の判断の過
程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右主張は失当で
ある。
(2) 原告らは、中央丘陵西縁部断層の南限である西山町<地名略>から、更に
南方の柏崎市<地名略>までの区間の一部において、灰爪層の撓曲が連続して追跡
できること、右区間の一部である柏崎市<地名略>から同<地名略>までの間にお
いては地形的に山地と平地が直線状の境界をなしていることから、中央丘陵西縁部
断層(常楽寺断層)の長さは、出雲崎町<地名略>から柏崎市<地名略>までの二
四キロメートルである旨主張する(第六節第二款第三の五3(二))が、乙二、
三、四及び証人qの証言によれば、本件原子炉施設の耐震設計においては、地表踏
査をしても連続して追跡できるような撓曲構造は存在せず、柏崎市<地名略>から
同<地名略>までの間に比較的、直線的な山地と平野の区切りの構造が認められる
が、地形は、現在より海水準が高い時代の海岸線に起因する地形(海食崖)がリニ
アメントとして見られるものに過ぎないと判断されたことが認められ、右の諸点に
鑑みれば、中央丘陵西縁部断層の南限は西山町<地名略>であるとした本件安全審
査の判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められないから、原告らの右
主張は失当である。
(四) 真殿坂断層に関する主張について
原告らは、真殿坂断層が出雲崎町<地名略>から鯖石川河口までの二一キロメート
ルに及ぶ活断層である旨主張する(第六節第二款第三の五4)が、前記(一2
(三)(1)ウ(3))の事実に、乙二、三、四、証人qの証言及び弁論の全趣旨
を総合すれば、本件原子炉施設の耐震設計においては、真殿坂断層の存在が推定さ
れる地域の空中写真判読によっては、リニアメントの存在は全く認められず、ま
た、これに加えて実施された地表踏査の結果によっても、第四紀後期における構造
運動に起因した断層活動を示唆する断層崖やケルンコル等の地形的特徴及び露頭は
認められなかったことから、右断層の第四紀後期における活動は無視できると判断
されたこと、真殿坂断層は、背斜軸と背斜軸との間にある向斜軸が急傾斜になって
いる地域に推定される断層であるところ、刈羽村<地名略>より南側には認められ
ないことなどから、右刈羽村<地名略>が真殿坂断層の南限と判断されたことが認
められ、更に、前記(2(四))のとおり、本件安全審査においては、
滝谷断層が地すベり性の運動に伴って生じた表層の断層であると判断されたこと、
前記(一2(二)(1)ウ)のとおり、本件安全審査においては、本件原子炉施設
敷地及び敷地周辺の地盤について、原子炉施設の支持地盤の安定性を損なうような
大規模な構造運動はないと判断されたことを考え合わせると、真殿坂断層の長さを
出雲崎町<地名略>から刈羽村<地名略>までの約一四キロメートルとし、真殿坂
断層の第四紀後期以降の活動性は無視できるとした本件安全審査の判断の過程に看
過し難い過誤、欠落があるとはいえず、原告らの右主張は失当である。
(五) 椎谷断層に関する主張について
原告らは、椎谷断層について、石油関係資料で魚沼層群を切っているとの記載があ
る以上、空中写真によりリニアメントが認められず、また、断層露頭がないことを
理由に、同断層の活動を無視した被告の判断は誤っていると主張する(第六節第二
款第三の五5)ところ、石油関係資料には、椎谷断層が魚沼層群を切っているとの
記載があることは当事者間に争いがない。
しかしながら、乙三、四及び証人qの証言によれば、本件原子炉施設の耐震設計に
おいては、椎谷断層が存在すると推定される地域の地表踏査の結果、断層露頭が確
認されず、椎谷断層線に沿った稲川付近では、逆転した灰爪層の上に、安田層より
古い水平な半固結層があるが、断層で切られている形跡がないことが判明し、更
に、空中写真の判読結果によっても変位地形が全く認められなかったことから、椎
谷断層の活動は少なくとも安田層堆積前にはと人と終了し、それ以降の活動は全く
なかったか、あってもごく小さいものと判断されたことが認められるから、椎谷断
層の第四紀後期以降の活動性は無視できるとした本件安全審査の判断の過程に看過
し難い過誤、欠落があるとはいえず、原告らの右主張は失当である。
(六) 本件原子炉施設の安全性の欠如に関する主張について
原告らは、気比ノ宮断層等によって、最大加速度五〇〇ガル以上の地震が襲う可能
性が十分あり、その場合には、本件原子炉施設の格納容器、ECCS、計測制御系
システム等は機能を喪失する旨主張する(第六節第二款第三の五6)が、前記(一
2(三)(2)、(3)3)の事実に、乙二、三、証人qの証言を総合すれば、本
件原子炉施設における耐震設計上においては、敷地基盤に与えられる地震動の推定
最大加速度のうち最大のものは、
気比ノ宮断層の活動によって将来発生することのあり得る地震による二二〇ガルと
されたこと、安全対策上特に緊要な格納容器、原子炉緊急停止装置及びほう酸水注
入装置については、設計用地震動(最大加速度三〇〇ガル)の一・五倍の地震動を
用いた動的解析によって求められた地震力に、平常運転に伴って作用する圧力や熱
膨張等による力が加わったとしても、主要施設が損傷せず、十分に機能が維持され
るように設計されたこと、その上で、本件安全審査においては、その基本設計にお
いて、本件原子炉施設の地盤及び同施設周辺において発生するおそれのある地震
が、同施設における大事故の誘因とはならず、安全性を確保でき、原子炉等による
災害の防止上支障がないものと判断されたことが認められ、右の諸点に鑑みれば、
本件安全審査における右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められな
いから、原告らの右主張は失当である。
第五 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性
一 原子炉施設の公衆との離隔に係る本件安全審査の審査内容
1 はじめに
原子力発電における安全性の確保は、放射性物質の有する危険性をいかに顕在化さ
せないか、という点にあることは、前記(第一の三1)のとおりであり、そのため
に、原子炉施設は、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策と、自然的立
地条件との関連を含めた事故防止に係る安全確保対策が、十分な余裕をもって安全
側に講じられる必要があるというべきであるが、原子炉施設における潜在的危険性
の甚大さに鑑みると、いわゆる多重防護の考え方に基づいて、万一事故が発生した
場合を想定し、原子炉施設が、その安全防護設備との関連において十分に公衆から
離れているとの立地条件を満たす必要があるというべきである。
2 事実関係
原告らの主張第六節第二款第四の一1の事実、本件安全審査においては、災害評価
に当たり、重大事故、仮想事故として、冷却材の喪失が最大となる冷却材再循環配
管一本が瞬時に完全破断し、格納容器内に放射性物質が放出される事故としての冷
却材喪失事故、冷却材の流出量が最大となる主蒸気管一本が瞬時に完全破断し、直
接格納容器外に放射性物質が放出される事故としての主蒸気管破断事故が想定され
たことは.当事者間に争いがなく、乙一、二、三、四、一〇、証人a、同pの各証
言及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。
(一) 安全審査において検討された事項
本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全対策に関し、本件安全審査において検討
された事項は、以下のとおりであり、その際、原子力委員会が指示した立地審査指
針が用いられた。
(1) 重大事故の発生と非居住区域の確保
本件原子炉からある距離の範囲内は非居住区域とされているか。すなわち、敷地周
辺の事象、原子炉の特性、安全防護設備等を考慮し、技術的見地からみて、最悪の
場合には起こるかもしれないと考えられる重大事故の発生を仮定しても、そこに人
が居続けるならば、その人に放射線障害を与えるかもしれないと判断される距離ま
での範囲内が、公衆が原則として居住しない非居住区域となっているかどうか、あ
る距離の範囲を判断するためのめやす線量として、甲状腺(小児)被曝について一
五〇レム、全身被曝について二五レムを用いて確認する。
(2) 仮想事故の発生と低人口地帯の確保
本件原子炉からある距離の範囲であって、非居住区域の外側の地帯が、低人口地帯
とされているか。すなわち、重大事故を超え、技術的見地からは起こるとは考えら
れない仮想事故(例えば、重大事故を想定する際には、効果を期待した安全防護設
備のうちのいくつかが作動しないと仮想し、それに相当する放射性物質の放散を仮
想するもの)の発生を仮定しても、何らの措置を講じなければ、その範囲内にいる
公衆に著しい放射線災害を与えるかもしれないと判断される範囲内であって、右非
居住区域の外側の地帯が低人口地帯(著しい放射線災害を与えないために、適切な
措置を講じ得る環境にある地帝をいう。)となっているかどうか、ある距離の範囲
を判断するためのめやす線量として、甲状腺(成人)被曝について三〇〇レム、全
身被曝について二五レムを用いて確認する。
(3) 仮想事故の発生と人口密集地帯からの離隔
本件原子炉の敷地が、人口密集地帯からある距離だけ離れているか。すなわち、仮
想事故の発生を仮定しても、全身被曝線量の積算値(集団中の一人、一人の全身被
曝線量の総和)が国民遺伝線量の見地から十分受け入れられる程度に小さな値にな
るような距離だけその敷地が人口密集地帯から離れているかどうか、ある距離の範
囲を判断するためのめやす線量として、全身被曝線量の積算値について二〇〇万レ
ムを用いて確認する。
(二) 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性
本件安全審査においては、以下のとおり、本件原子炉施設は、原子炉の公衆との離
隔に係る立地条件の適否を検討する災害評価が合理的になされており、その基本設
計において、公衆との離隔に係る安全性を確保し得るもの、すなわち、公衆との離
隔に係る立地条件において原子炉等による災害の防止上支障がないと判断された。
(1) 本件原子炉施設の設置位置等
本件安全審査においては、別紙九のとおり、本件原子炉施設は、新潟県柏崎市及び
同県刈羽郡<地名略>にまたがり、日本海に面した敷地内に設置されること、本件
原子炉敷地は、ほぼ半楕円形をなしており、その面積は約四二〇万平方メートルで
あり、本件原子炉から敷地境界までの最短距離は、約七九〇メートルであること、
本件原子炉から半径五キロメートル以内の人口は約一万五〇〇〇人、半径一〇キロ
メートル以内の人口は約七万三〇〇〇人であること等が確認された。
(2) 重大事故及び仮想事故想定の妥当性
本件災害評価においては、重大事故及び仮想事故として、格納容器内に放射性物質
が放出される事故としての冷却材喪失事故と、直接格納容器外に放射性物質が放出
される事故としての主蒸気管破断事故との二種類の事故が想定されているが、本件
安全審査においては、これらの冷却材喪失事故及び主蒸気管破断事故は、放射性物
質の環境への放出量が最大となる可能性のある事象で、放射性物質が格納容器内と
格納容器外に放出される事象を代表して想定されたものであることから、右各条件
の想定は妥当なものであると判断された。
(3) 主要な被曝形態
冷却材喪失事故及び主蒸気管破断事故による公衆の甲状腺(小児)被曝及び全身被
曝に係る主要な被曝形態としては、放出された放射性物質のうち、放射性ヨウ素を
吸入することに起因する甲状腺の被曝と、放射性希ガスから放出されるガンマ線に
よる全身被曝がある。
(4) 重大事故に係る災害評価条件設定の妥当性
ア 冷却材喪失事故
本件安全審査においては、(1)希ガス及びヨウ素の炉内蓄積量を原子炉が定格出
力の一〇五パーセントで一〇〇〇日間連続運転されているものとして算出するこ
と、(2)燃料から圧力容器中に放出される希ガス及びヨウ素は、全燃料中に内蔵
されているもののうち、燃料棒内のギャップ及びプレナム中に蓄積されている希ガ
ス及びヨウ素が全量放出されると仮定し、希ガスについては二パーセント、ヨウ素
については一パーセントとすること、(3)燃料から放出された希ガス及び有機ヨ
ウ素(有機ヨウ素の生成割合は、冷却材喪失事故条件下の実験結果によれば、多く
ても三・二パーセントとされているが、一〇パーセントと仮定された。)は、すべ
て格納容器に移行するものとし、無機ヨウ素については、圧力容器、配管及び格納
容器の壁面等に付着、又は沈着する効果を考慮して、五〇パーセントが格納容器か
らの漏洩に寄与するものとすること、(4)格納容器中のヨウ素は、液相及び気相
中に存在するものとし、気相中のヨウ素は、格納容器スプレイ冷却水の効果によ
り、液相中に移行する一方、液相中のヨウ素も気相中に移行するものとすること、
(5)希ガスやヨウ素の格納容器からの漏洩率は、格納容器スプレイ冷却系設備の
作動等により格納容器の圧力が事故後三三日後には大気圧にまで低下するので、格
納容器の圧力に依存し漸減するにもかかわらず、この間、格納容器の設計圧力にお
ける漏洩率である一日当たり〇・五パーセントで一定と仮定することにより、漏洩
率を多く見積っていること、(6)格納容器から原子炉建家に漏洩した希ガス及び
ヨウ素は、非常用再循環ガス処理系で再循環され、その過程において一部が非常用
ガス処理系から排気筒を通して大気中に放出されるものとし、非常用再循環ガス処
理系と非常用ガス用処理系設備におけるフィルタのヨウ素除去率は、九九パーセン
ト以上のものとなるように設計されるにもかかわらず、これよりも低い九五パーセ
ントと仮定して、ヨウ素の環境への放出量を多く見積っていること、(7)大気中
に放出された希ガスやヨウ素の拡散、希釈については、風向、風速等が変動するこ
とに伴う拡散、希釈の程度を厳しく見積るために、三三日間で放出されると想定さ
れるところを、二四時間で放出されるものと仮定し、更に、まれにしか生じないと
思われる濃度等、すなわち、一年間にわたる現地でのあらゆる気象データに基づい
て計算された濃度等のうち九七パーセントを包含する厳しいものを採用しているこ
と等が重大事故として想定された冷却材喪失事故による災害評価に当たっての評価
条件とされていろことが確認された結果、右の重大事故に係る評価条件の設定は、
妥当なものであると判断された。
イ 主蒸気管破断事故
本件安全審査においては、(1)主蒸気管破断事故が起こる前の原子炉は、冷却材
の希ガス及びハロゲン(ヨウ素一三一の場合、一立方センチメートル当たり〇・五
マイクロキュリー)の濃度が原子炉の運転上許容される最大濃度で運転されている
ものとすること、(2)主蒸気管が破断した場合、破断口からの冷却材の流出を阻
止するために設けられている主蒸気隔離弁が短時間(五秒)で閉鎖すること、
(3)主蒸気隔離弁閉鎖後、主蒸気系からの蒸気の漏洩が停止するのは、事故後一
日とすること、(4)主蒸気隔離弁閉鎖後に大気中に放出される希ガス及びハロゲ
ンについては、運転中の冷却材中に含まれていた希ガス及びハロゲンのほかに、燃
料から圧力容器中に追加放出されるものとし、ピンホールを有する燃料棒から冷却
水中に放出されるヨウ素の量は、最大二万キュリーと想定されるにもかかわらず、
余裕をみてその値の二倍である約四万キュリーと多く見積っていること、(5)事
故後、破断箇所からの冷却水の流出を抑制するために自動的に閉鎖する八個の隔離
弁は、原子炉施設運転開始後もその作動性を実証するための試験ができるようにな
っていること等から、十分な信頼性が確保されるにもかかわらず、隔離弁一個の閉
鎖失敗を仮定していること、及び閉鎖した七個の隔離弁全体からの漏洩率は、一日
当たり約三〇パーセント(隔離弁一個、一日当たり一〇パーセントの漏洩率に相
当)以下に制限することができる設計であるにもかかわらず、十分に余裕をとって
一日当たり一二〇パーセント(隔離弁一個、一日当たり四〇パーセントの漏洩率に
相当)と仮定し、その後は原子炉圧力内の圧力に依存するとしていること、(6)
主蒸気隔離弁(第一弁及び第二弁)の後方には、主蒸気第三弁が設けられており、
また、第一弁と第二弁及び第二弁と第三弁との間には、主蒸気隔離弁漏洩抑制系が
設けられているが、第二弁と第三弁の間で主蒸気管の破断が起き、最悪の機器の単
一故障を仮定した場合には、この系の有効性が十分期待できないことになるので、
この系の効果はないものとしたこと、(7)燃料から追加放出される希ガスとハロ
ゲンのうち、希ガスと有機ヨウ素は、すべて気相に移行するものとし、無機ヨウ素
については、液相と気相間に分配係数一〇〇で分配されるものとすること、(8)
主蒸気隔離弁閉鎖後、残留熱除去系又は逃し安全弁を通して崩壊熱相当の蒸気がサ
ブレッション・プールへ移行するが、この蒸気に含まれる核分裂生成物の寄与は無
視すること、(9)大気中に放出された希ガスやヨウ素の拡散、希釈については、
風向、風速等が変動することに伴う拡散、希釈の程度を厳しく見積るために、一日
間で放出されると想定されるところを、全量がわずか一時間で放出されるものと仮
定し、更に、まれにしか生じないと思われる濃度等、すなわち、一年間にわたる現
地でのあらゆる気象データに基づいて計算された濃度等のうち九七パーセントを包
含する厳しいものを採用しでいること等が重大事故として想定された主蒸気管破断
事故による災害評価に当たっての評価条件とされていることが確認された結果、右
の重大事故に係る評価条件の設定は、妥当なものであると判断された。
(5) 仮想事故に係る災害評価条件設定の妥当性
ア 冷却材喪失事故
本件安全審査においては、重大事故に係る災害評価に当たって設定されたのと同様
の厳しい評価条件のほか、全燃料に内蔵されている核分裂生或物のうち、希ガス一
〇〇パーセント、ヨウ素五〇パーセントが圧力容器内に放出されるものとするこ
と、炉心に蓄積されている核分裂生成物の格納容器内への放出量については、炉心
内の全燃料棒が溶融したと仮走した場合に放出される放射性物質の量に相当する量
としていること、希ガス、ヨウ素の格納容器から原子炉建家内への漏洩は、格納容
器内の圧力の低下に伴い、事故の三三日後には停止するにもかかわらず、これを無
視して一定の漏洩率(一日当たり〇・五パーセン上で無限時間継続するとしている
こと等が仮想事故として想定された冷却材喪失事故による災害評価に当たっての評
価条件とされていることが確認された結果、右の仮想事故に係る評価の条件の設定
は妥当なものであると判断された。
イ 主蒸気管破断事故
本件安全審査においては、重大事故に係る災害評価に当たって設定されたと同様の
厳しい評価条件のほか、燃料棒から冷却水中に追加放出される放射性物質について
は、事故後の圧力容器内の圧力の低下に伴い徐々に放出されるものであるにもかか
わらず、これを無視して一度に全量が放出されるものとしていること、閉鎖した七
個の隔離弁全体からの漏洩は、圧力容器内の圧力の低下に伴い漸次、圧力容器内の
圧力が大気圧にまで低下する一日後には停止するにもかかわらず、これを無視して
一定の漏洩率(一日当たり一二〇パーセント)で、かつ無限時間継続するとしてい
ること等が仮想事故として想定された主蒸気管破断事故による災害評価に当たって
の評価条件とされていることが確認された結果、右の仮想事故に係る評価の条件の
設定は妥当なものであると判断された。
(6) 本件原子炉施設に係る評価結果
本件安全審査においては、災害評価における重大事故及び仮想事故のそれぞれの場
合の本件原子炉敷地外における被曝線量の最大値及び仮想事故の場合における全身
被曝線量の積算値について、以下の結果が得られることが確認された。
ア 重大事故の評価結果
(1) 冷却材喪失事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(小児)被曝については約〇・〇五七レム、全身被曝については約〇・〇〇一九
レムと計算されることが確認された。
(2) 主蒸気管破断事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(小児)被曝については約三〇レム、全身被曝については約〇・〇二五レムと計
算されることが確認された。
イ 仮想事故の評価結果
(1) 冷却材喪失事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(成人)被曝については約〇・七四レム、全身被曝については約〇・〇九八レム
と計算され、また、全身被曝線量の積算値は、昭和五〇年の人口に対しては約一二
万人レム、西暦二〇二〇年の推定人口に対しては約一五万人レムと計算されること
が確認された。
(2) 主蒸気管破断事故
本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、甲状
腺(成人)被曝については約一五レム、全身被曝については約〇・〇三七レムと計
算され、また、全身被曝線量の積算値は、昭和五〇年の人口に対しては約〇・六四
万人レム、西暦二〇二〇年の推定人口に対しては約〇・八五万人レムと計算される
ことが確認された。
(7) 立地審査指針適合性
右(6)から明らかなとおり、本件安全審査では、二つの重大事故のいずれの場合
においても、本件原子炉敷地境界付近(周辺監視区域境界)における被曝線量の最
大値は、めやす線量である甲状腺(小児)被曝一五〇レム及び全身被曝二五レムに
比べてそれぞれ十分小さく、非居住区域であるべき範囲は右敷地内に含まれるこ
と、また、二つの仮想事故のいずれの場合においても、本件原子炉敷地境界付近
(周辺監視区域境界)における被曝線量の最大値は、めやす線量である甲状腺(成
人)被曝三〇〇レム及び全身被曝二五レムに比べてそれぞれ十分小さく、低人口地
帯であるべき範囲は右敷地内に含まれ、更に、全身被曝線量の積算値もめやす線量
である二〇〇万人レムに比べて十分小さいものであることがいずれも確認され、本
件原子炉施設は、立地審査指針に適合するものであり、したがって、本件原子炉施
設は、公衆との離隔に係る安全性を十分確保し得るものであると判断された。
3 判断
右2で認定した原子炉施設の公衆との離隔に係る本件安全審査の審査内容に鑑みる
と、右調査審議で用いられた具体的審査基準に不合理な点があるとはいえないし、
本件原子炉が右具体的審査基準に適合し、その基本設計において、公衆との離隔に
係る安全性を確保し得るもの、すなわち、公衆との離隔に係る立地条件において原
子炉等による災害の防止上支障がないものとした本件安全審査における調査審議及
び判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められない。
二 本件原子炉施設の公衆との離隔に係る安全性に関する原告らの主張について
1 災害評価における全炉心溶融の不想定に関する主張について
原告らは、原子炉施設における最悪の事態は全炉心溶融であり、これを前提とした
災害評価がなされなければならないところ、本件安全審査における災害評価は、冷
却材喪失事故及び主蒸気管破断事故を想定しているが、ECCS、圧力容器、格納
容器の健全性が絶対的な前提となっており、本件災害評価に当たり、本件原子炉施
設の安全防護等の技術的因子の有効性を考慮に入れるのは不合理である旨主張する
(第六節第二款第四の二)。
しかしながら、前記(第二ないし第四)のとおり、本件安全審査においては、本件
原子炉施設について、平常運転時における被曝低減に係る安全確保対策、地震及び
地盤に係る安全確保対策を含めた原子炉施設の事故防止対策がいずれも講じられて
いるものと判断され、右判断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとは認められな
いのであるから、右各安全対策は十分有効なものであることを前提として、すなわ
ち、ECCS、圧力容器、格納容器等の技術的因子の有効性を考慮して、原子炉施
設の公衆との離隔に係る安全確保対策の有無を検討するという方法が直ちに不合理
とはいえないと考えられ、原告らの右主張は、前提において失当である。
2 めやす線量に関する原告らの主張について
原告らは、立地審査指針が定めているめやす線量は、何ら根拠がなく、このような
過大な線量値を定めている同指針に依拠した本件安全審査も不合理である旨主張し
(第六節第二款第四の四)、証人pの証言中には、これに副う供述部分もある。
しかしながら、立地審査指針は、原子炉設置許可に際しての安全審査において、申
請に係る原子炉施設につき、その基本設計に関して、平常運転時における被曝低減
対策及び事故防止対策に係る安全性がそれぞれ確保されるものであることを確認し
た上、原子炉施設の安全性の確保について念には念を入れるとの考え方から要求さ
れる、原子炉の公衆との離隔に係る立地条件の適否の判断基準となるものであり、
右指針が定めるめやす線量は、その基本設計からみて現実には発生する蓋然性のな
い事故を想定した場合においても、当該原子炉はその安全防護設備との関連におい
て十分に公衆から離れているかどうかを判断する目安としての線量に止まるものと
考えられ、公衆がその線量を現実に被曝する蓋然性があることを前提としたもので
はなく、しかも、本件原子炉施設の場合、本件原子炉敷地境界付近における重大事
故及び仮想事故の評価結果は、前記(一2(二)(6))のとおりであることを考
え合わせると、原告らの右主張は、前提において失当である。
第五章 結論
以上のとおり、本件処分は、安全性の審査を含めて法定の手続に則り行われたもの
であり、これを取り消すに足りる手続的違法はなく、また、本件安全審査の調査審
議において用いられた具体的審査基準に不合理な点があるとはいえず、本件原子炉
施設が右の具体的審査基準に適合するとした本件安全審査における調査審議及び判
断の過程に看過し難い過誤、欠落があるとも認められないから、本件原子炉施設
は、その基本設計において、災害の防止上支障がなく、規制法二四条一項四号の要
件に適合するとしてなされた本件処分は、実体的にも適法である。
よって、本件処分の取消しを求める原告らの請求は、いずれも理由がないから、こ
れを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条
一項本文の規定を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 太田幸夫 戸田彰子 永谷典雄)
〔主要略語表〕
行  訴  法  行政事件訴訟法(昭和三七年法律第一三九号)
基  本  法  原子力基本法(昭和三〇年法律第一八六号、昭和五三年法律第
八六号による改正前のものをいう。)
設  置  法  原子力委員会設置法(昭和三〇年法律第一八八号、昭和五三年
法律第八六号による改正前のものをいう。)
設置法施行令  原子力委員会設置法施行令(昭和三一年政令第四号、昭和五三年
政令第三三六号による改正前のものをいう。)
規  制  法  核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律(昭和
三二年法律第一六六号、昭和五二年法律第八〇号による改正前のものをいう。)
規制法施行令  核原料物質、核燃料物質及び原子炉の規制に関する法律施行令
(昭和三二年政令第三二四号、昭和五二年政令第三一五号による改正前のものをい
う。)
原子炉規則  原子炉の設置、運転等に関する規則(昭和三二年総理府令第八三
号、昭和五二年総理府令第四二号による改正前のものをいう。)
許容線量等を定める件原子炉の設置、運転等に関する規則等の規定に基づき、許容
被曝線量等を定める件(昭和三五年科学技術庁告示第二一号、昭和五三年同庁告示
第一二号による改正前のものをいう。)
立地審査指針  原子炉立地審査指針及びその運用に関する判断のめやすについて
(昭和三九年五月二七日原子力委員会決定)
気 象 指 針  発電用原子炉施設の安全解析に関する気象指針について(昭和
五二年六月一四日原子力委員会決定)
安全設計審査指針発電用軽水型原子炉施設に関する安全設計審査指針について(昭
和五二年六月一四日原子力委員会決定)
線量目標値指針  発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に関する指針につい
て(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)
線量目標値評価指針発電用軽水型原子炉施設周辺の線量目標値に対する評価指針に
ついて一昭和五一年九月二八日原子力委員会決定)
ECCS安全評価指針軽水型動力炉の非常用炉心冷却系の安全評価指針について
(昭和五〇年五月一三日原子力委員会決定)
安全審査会運営規定原子力安全専門審査会運営規定(昭和三六年九月六日原子力委
員会決定、昭和五一年同委員会決定による改正後のものをいう。

安全審査会  原子炉安全専門審査会
東 京 電 力  東京電力株式会社
本件原子力発電所・本件原発柏崎・刈羽原子力発電所
本件原子炉本件原子力発電所一号炉
本件許可申請  東京電力が昭和五〇年三月二〇日付けで内閣総理大臣に対してな
した本件原子炉設置許可申請
本 件 処 分  内閣総理大臣が昭和五二年九月一日付けで東京電力に対してな
した本件原子炉設置許可処分
本件安全審査  本件処分の過程における本件原子炉の安全性に関する事項につい
ての一連の審査
本件災害評価  立地審査指針に基づき検討された本件原子炉の公衆との離隔に係
る立地条件の適否についての評価
伊方原発最高裁判決伊方原子力発電所原子炉設置許可処分取消訴訟についての最高
裁判所平成四年一〇月二九日第一小法廷判決・民集四六巻七号一一七頁
福島第二原発最高裁判決福島第二原子力発電所原子炉設置許可処分取消訴訟につい
ての最高裁判所平成四年一〇月二九日第一小法廷判決・判例時報一四四一号五〇
頁、判例タイムズ八〇四号六五頁
ECCS  非常用炉心冷却設備
I CRP  国際放射線防護委員会
N  R  C  米国原子力規制委員会
TMI発電所  米国ペンシルヴェニア州スリーマイルアイランド原子力発電所
TMI事故  昭和五四年三月二八日、TMI発電所において発生した事故
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