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平成20年6月6日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成18年(ワ)第29704号特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日平成20年3月27日
判決
長崎県諫早市<以下略>
原告A
同訴訟代理人弁護士古川勞
同小川原優之
同訴訟代理人弁理士田中昭雄
兵庫県神崎郡<以下略>
被告エーモン工業株式会社
同訴訟代理人弁護士室谷和彦
同補佐人弁理士中谷武嗣
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載の各製品を製造,販売してはならない。
2被告は,別紙物件目録記載の各製品及びその半製品を廃棄せよ。
3被告は,原告に対し,金4654万5000円及びこれに対する平成19年
1月11日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,発明の名称を「自動車の電気回路用配線材を追加する事による性能
改善方法」とする特許権(特許番号第3296418号)を有する原告が,被
告による別紙物件目録記載の各製品(以下,別紙物件目録記載の各製品を,そ
れぞれに付された番号に従って「被告製品1」などといい,被告製品1ないし
5をまとめて「各被告製品」という。)の製造,販売行為は,上記特許権を直
接侵害する行為であるか,仮に直接侵害する行為ではないとしても,平成18
年法律第55号による改正前の特許法(以下「改正前特許法」という。)10
1条3号又は4号により,上記特許権を侵害するものとみなされると主張して,
特許法100条1項及び2項に基づき,各被告製品の製造,販売の差止め,並
びに各被告製品及びその半製品の廃棄を求め,民法709条,特許法102条
3項に基づき,平成15年4月から平成18年3月までの間に被告が製造,販
売した各被告製品に係る実施料相当額の損害,又は民法709条,特許法10
2条2項に基づき,上記期間に各被告製品の販売により被告が得た利益相当額
の損害の賠償を求める事案である。
なお,附帯請求は,不法行為の後の日(訴状送達の日の翌日)である平成1
9年1月11日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の
支払請求である。
1争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。)
(1)原告の特許権
原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許請求の範囲請
求項1の発明を「本件発明」という。また,本件特許権に係る特許を「本件
特許」といい,本件特許に係る明細書(別紙特許公報参照)を「本件明細
書」という。)を有する。
特許番号第3296418号
発明の名称自動車の電気回路用配線材を追加する事による性能改善
方法
出願日平成10年2月25日
登録日平成14年4月12日
特許請求の範囲請求項1
「車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間を車体やエ
ンジンの一部を配線用導体として使用するとともに,導電率の良い配線材
を配線用導体として追加使用して行うことを特徴とすることを特徴とする
電気配線方法。」
(2)本件発明の構成要件の分説
本件発明の構成要件を分説すると,次のとおりである(以下分説した各構
成要件をそれぞれ「構成要件A」などという。)。
A車両のマイナス供給の電気配線方法で,
B発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を配線用導体として使用す
るとともに,
C導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行うことを特徴と
することを特徴とする電気配線方法。
(3)被告の行為
ア被告は,自動車用品装飾品の製造,販売を業とする株式会社である。
イ被告は,各被告製品を製造,販売している。
ウ被告は,「CUSTOMEARTHSYSTEM」と題するセッテ
ィングガイド(甲3。以下「本件ガイド」という。)を作成し,配布して
いる。
本件ガイドにおいては,次の記載と共に,各被告製品の取付方法が記載
されている。
(ア)「アースケーブルでアース強化!」,「車輌電装機器本来の性能
を引き出す!」
(イ)「電装機器のマイナス配線は,ボディ・エンジンに直接アースされ
ています。ボディは鋼板のため抵抗値が高く,エンジンも高温のため抵
抗が高くなります。そこで電気抵抗の少ないアースケーブルで電装機器
のマイナスからバッテリー・オルタネーターなどにダイレクトに配線し,
環境を改善することで電子の流れを安定させ,電装機器の性能を最大限
に発揮させます。」
(4)無効審判請求及び審決取消訴訟の提起等
被告は,平成19年1月12日付けで本件特許の請求項1及び2について
特許無効審判請求をした。同請求は無効2007−800004号事件とし
て特許庁に係属し,特許庁は,平成19年6月4日,「特許第329641
8号の請求項1及び2に係る発明についての特許を無効とする。」との審決
をした。
原告は,知的財産権高等裁判所に対し,上記審決について審決取消訴訟を
提起したものの(同庁平成19年(行ケ)第10249号事件),同裁判所
は,平成20年2月27日,原告の請求を棄却する判決をした。
(甲31,乙1,19)
2争点
(1)被告による各被告製品の製造,販売は本件特許権の侵害となるか(争点
1)
ア直接侵害の成否(争点1−a)
イ間接侵害の成否(争点1−b)
(2)本件特許は無効にされるべきものか。(争点2)
ア乙第2号証に基づく無効理由の有無(新規性の欠如)(争点2−a)
イ乙第2号証に基づく無効理由の有無(進歩性の欠如)(争点2−b)
ウ乙第6号証の1ないし9に基づく無効理由の有無(新規性の欠如)(争
点2−c)
エ乙第6号証の1ないし9に基づく無効理由の有無(進歩性の欠如)(争
点2−d)
オ乙第7号証の2に基づく無効理由の有無(新規性の欠如)(争点2−
e)
(3)損害額(争点3)
第3争点に関する当事者の主張
1争点1(被告による各被告製品の製造,販売は本件特許権の侵害となるか)
について
〔原告の主張〕
(1)被告による各被告製品の販売方法
ア各被告製品は,「CUSTOMEARTHSYSTEM」という名
称の自動車配線方法(以下「被告方法」という。)のための専用部品とし
て宣伝,販売されている。
被告方法は,本件ガイドにおいて「電装機器のマイナス配線は,ボディ
・エンジンに直接アースされています。ボディは鋼板のため抵抗値が高く,
エンジンも高温のため抵抗が高くなります。そこで電気抵抗の少ないアー
スケーブルで電装機器のマイナスからバッテリー・オルタネーターなどに
ダイレクトに配線し,環境を改善することで電子の流れを安定させ,電装
機器の性能を最大限に発揮させます。」と紹介されている,蓄電池とオル
タネーター,エンジン(プラグ本体周辺その他)を各被告製品により直接
接続する性能改善方法である。
イ被告は,各被告製品を,全国の自動車部品販売店チェーンやホームセン
ターチェーンに対して販売するほか,エーモン「CIY」イベントや実演
販売会(各被告製品を小売りする自動車部品販売店等において,被告の従
業員が,被告方法の説明を行うもの)等において,消費者に直接販売し,
あるいは,インターネットを通じて通信販売している。
被告は,各被告製品の販売に際しては,売り場に本件ガイドを常備し,
パネルを掲示し,あるいは,インターネット上で被告方法を具体的に説明
している。また,エーモン「CIY」イベントや実演販売会の際には,被
告の担当者が,顧客に対し,被告方法による配線を直接指示し,顧客に被
告方法による配線を行わせている。さらに,自動車部品販売店においては,
顧客からの希望があった場合,店員が被告方法による配線を行うサービス
も行われている。
ウ被告は,株式会社ワンガン(以下「ワンガン」という。)に対して,各
被告製品を販売している。ワンガンの「EARTHKIT」という名称
の商品は,各被告製品より成り,その宣伝内容は被告方法と同様である。
(2)被告方法の構成
ア被告方法は,車両の発電機(オルタネータ),エンジン,セルモーター,
ホーン,オーディオ,ライト等の電装機器のそれぞれの接続箇所とバッテ
リーのマイナス端子に取り付けられたターミナルブロックとの間を,導体
にOFC(無酸素銅99.99%以上)を採用した配線材(アースケーブ
ル)で接続することにより,電装機器の性能の改善を図るものである。
イ被告方法の構成を分説すると,次のとおりである。
a電装機器のそれぞれの接続箇所とバッテリーのマイナス端子に取り付
けられたターミナルブロックとの間を,ケーブルで接続するものであり,
車両の「電装機器のマイナス配線」に関するものである。
b車両の電装機器についての性能改善方法であり,車体やエンジンの一
部を,発電機と蓄電池との間を結ぶ配線材として使用している車両にお
いて用いるものである。
c電装機器のそれぞれの接続箇所とバッテリーのマイナス端子に取り付
けられたターミナルブロックとの間を,導電率の良いケーブル(OFC
無酸素銅99.99%以上)で接続するものである。
(3)争点1−a(直接侵害の成否・構成要件AないしCの充足性)について
ア構成要件Aについて
被告方法は,車両の「電装機器のマイナス配線」に関するものであり
(a),本件発明の構成要件Aを充足する。
イ構成要件Bについて
被告方法は,車体やエンジンの一部を,発電機と蓄電池との間を結ぶ配
線材として使用している車両において用いるものであり(b),本件発明
の構成要件Bを充足する。
ウ構成要件C
(ア)被告方法は,電装機器のそれぞれの接続箇所とバッテリーのマイナ
ス端子に取り付けられたターミナルブロックとの間を導電率の良いケー
ブル(OFC無酸素銅99.99%以上)で接続するものであり
(c),本件発明の構成要件Cを充足する。
(イ)「導電率の良い配線材を配線用導線として追加使用」する箇所につ
いて
a構成要件Cは,車両のマイナス供給の電気配線方法において,発電
機と蓄電池の間を,「導電率の良い配線材を配線用導体として追加使
用」するというものであり,具体的には,発電機のマイナス端子と蓄
電池のマイナス極(端子)とを直接導線で接続するものである。
この場合,発電機(オルタネータ)にはマイナス配線を接続するた
めの部品等は存在しておらず(すべての生産車両は,ボディアースを
利用したマイナス配線を行っているからである。),マイナス端子と
いうのは発電機の外側の金属カバー(リアハウジングを含む。)のこ
とを指している。
すなわち,構成要件Cにおける接続とは,原則として,「蓄電池の
マイナス極と発電機(オルタネータ)の外側の金属カバーとを直接つ
なぐこと」をいう。
bもっとも,本件発明は,配線中に導電率の低い配線材がごく一部で
も介在すればその効果が得られないというものではないから,発電機
(オルタネータ)の外側カバーの形状,エンジンとの接続状況やエン
ジンルームなど発電機(オルタネータ)周辺の配置状況によって上記
直接の配線が困難な場合であっても,実施が可能である。このような
場合には,上記カバー周辺において,上記直接接続と同等である箇所
への接続をすることになる。
すなわち,構成要件Cにおける接続とは,「蓄電池のマイナス極と
発電機(オルタネータ)の外側の金属カバー又はこれと同等の箇所と
をつなぐこと」をいう。
(4)争点1−b(間接侵害の成否)について
ア各被告製品の使用目的について
(ア)各被告製品は,いずれも被告方法を実施するために開発され,商品
化されたものである。
すなわち,アースケーブル(被告製品1)は,導電性の高いOFC
(無酸素銅99.99%以上)を採用した配線材であり,耐熱温度が1
05℃であるなどエンジンルームで使用するのに適した仕様となってい
る。
また,アース用端子(被告製品3ないし5)は,24Kメッキを施す
とともに,自動車のエンジンルーム内の主なボルトに適合するサイズと
されている。
(イ)被告は,各被告製品を,いずれも「アーシング専用品」とうたって
販売等を行っている。
すなわち,各被告製品にはいずれも「アース用」であることが明記さ
れ,「他の用途にも使用可能である」旨の記載は全くなく,販売店等に
おいても他の自動車用配線材とは明確に区別されて販売されている。
ここに「アーシング」,「アース」とは,本件ガイドに記載された配
線方法(被告方法)を意味する。
イ改正前特許法101条3号に該当すること
(ア)各被告製品には,社会通念上経済的,商業的,又は実用的な用途が
ないこと
aアース用端子(被告製品3ないし5)は,自動車のエンジンルーム
内の主なボルトに適合するサイズであることや24Kメッキを施され
たものであることのほか,他の自動車内配線用の端子や家庭用オーデ
ィオ製品の端子とは,形状もサイズも異なり,転用が困難であること
から,社会通念上「アース配線」専用品であるといえる。
bアースケーブル(被告製品1)は,自動車内の配線の規格となって
おり,家庭用オーディオの配線の規格は満たしていない。また,オー
ディオの配線には,通常,プラスとマイナスの2本を一体とした線を
使用するものであり,単線であるアースケーブルの使用は実用性に欠
ける。
c自動車の「アース配線」(ボディアース)には,通常,自動車メー
カーが製造した当該自動車の純正部品を使用するものであり,全く別
の用途のために製造,販売されている特殊な配線材であるアースケー
ブルを使用することは考えにくい。
d本件ガイドや販売店の表示等においては,「アース配線」,「アー
シング」は,常に,バッテリーと発電機(オルタネータ)の追加配線
を含むものとして紹介されている。
すなわち,ターミナルブロックは,バッテリーと発電機(オルタネ
ータ)の追加配線を伴うアース配線に使用されるものであり,上記追
加配線を伴わないアース配線は実用性がない。
(イ)以上のとおり,各被告製品は,社会通念上経済的,商業的,又は実
用的な観点から,被告方法に使用するのが唯一の用途であるといえる。
よって,被告は,業として,本件特許の方法の使用にのみ用いる各被
告製品を生産し,譲渡することによって,本件特許を侵害している(改
正前特許法101条3号)。
ウ改正前特許法101条4号に該当すること
(ア)本件発明の課題の解決に不可欠なものであること
a本件発明における「発明の解決しようとする課題」とは,主として,
エンジンを制御する電子機器の動作不良を解消し,正確なエンジン制
御を行わせることである。
上記課題を解決するために本件発明が新たに開示した,従来技術に
見られない特徴的技術手段は,「車両のマイナス供給の電気配線」に
おいて,導電率の良い配線材を使用することにより,主にエンジン制
御機器の動作不良を解消させることである。
そして,蓄電池と発電機その他の間を従来の配線等に追加して導電
率の良い配線材を使用して直接つなげることが,上記技術手段を特徴
付ける構成となっている。
b上記構成を実現するためには,導電率の良い配線材及びこれを当該
マイナス端子に固定する端子その他の器具が作製されなければならな
い。
これらの部材等の作製については,法規制に対する対応性,熱,振
動に対する耐性,並びに本来接続が予定されていない箇所への接続,
固定を可能にする実用性,配線の効果と値段等を比較した経済性,商
業性等が考慮される必要がある。
各被告製品は,上記考慮に基づいて,本件特許を実施するための専
用品として製造されたものである。
(イ)各被告製品が本件特許の実施と同じ意義を有する被告方法の専用部
品として宣伝,販売されていることに照らせば,被告は,各被告製品の
製造,販売に際して,これらが本件発明の方法の使用に用いられるもの
であることを知っていたといえる。
(ウ)被告は自動車用品の製造,販売を行う専門業者であることや,本件
ガイドにおいて本件明細書の記載と酷似した内容の文章が用いられてい
ることなどに照らし,被告は,本件特許の存在を知っていたものといえ
る。
(エ)仮に,各被告製品に本件特許の実施以外の用途があったとしても,
被告は,業として各被告製品を製造,販売することによって,本件特許
を侵害している(改正前特許法101条4号)。
〔被告の主張〕
(1)被告の販売方法について
ア被告は,オートバックスの本部である会社(オートバックスセブン),
イエローハットの本部である会社(株式会社イエローハット)に対し,各
被告製品を販売している。各被告製品は,上記各本部会社から,各販売店
に対して譲渡され,各販売店の店舗において販売されている。
ホームセンターチェーンについては,被告が,代理店に対し,各被告製
品を販売し,代理店がホームセンターチェーンに販売している。
イ被告は,エーモン「CIY」イベントや実演販売会と称する直接販売に
より各被告製品を販売したことはない。
被告は,「CustomizeItYourself」(略して「CIY」)なる名称の
イベントを開催したことはあるものの,上記イベントにおいて,各被告製
品を販売したことはない。上記イベントにおいては,必要な部品を,ユー
ザーが用意するのが原則であり,部品が足りない場合にはこれを無償で譲
渡することがあるにすぎない。上記イベントにおいては,ユーザー自身が
カスタマイズを行う。
また,実演会は,ホームセンター等の販売店の駐車場等に被告の従業員
が赴いて行うキャンペーンである。被告の従業員は,ユーザーに対し,ア
ーシングの説明を行う。ユーザーが販売店から部品を購入すれば,ユーザ
ーが取付けを行う際,被告の従業員が取付方法をアドバイスする。実演会
において,各被告製品を販売しているのは,ホームセンターなどの販売店
であって,被告ではない。
ウ被告は,各被告製品について,インターネットを通じた販売を行ってい
ない。
第三者において,各被告製品をインターネットを通じて販売することが
あっても,それは被告の行為ではない。
エ被告は,ワンガンに対し,商品を販売している。しかしながら,ワンガ
ンの「EARTHKIT」と称する商品は,各被告製品を組み合わせた
ものではない。各被告製品のうち,「EARTHKIT」に含まれてい
るのは,ターミナルブロック(被告製品2)のみである。
オ被告は,各被告製品を,それぞれ個別の製品として販売しており,各被
告製品をセットにして,消費者あてに販売していない。
(2)争点1−a(直接侵害の成否)について
ア実施なし
被告は,本件ガイドを作成し,配布したにすぎず,被告方法を使用して
いるわけではない。
したがって,被告方法が本件発明の技術的範囲に属するか否かにかかわ
らず,被告は本件特許権を侵害していない。
イ被告方法の構成要件Cの充足性について
(ア)構成要件Cの「導電率の良い配線材を配線用導線として追加使用し
て行うことを特徴とすることを特徴とする電気配線方法」における「導
電率の良い配線材を配線用導線として追加使用」する箇所は,「発電機
と蓄電池の間」である。
(イ)さらに具体的に言えば,接続する箇所は,次のとおり,「発電機の
アース端子と蓄電池のマイナス端子」に限られると解すべきである。
a本件明細書における記載
本件明細書中の【符号の説明欄】には,「14本発明の基本とな
る発電機のマイナス端子と蓄電池のマイナス端子を接続する配線材」
との記載がある。
b包袋禁反言
原告は,本件発明の出願経過において提出した意見書(乙11)に
おいて,「本発明は発電機のアース端子と蓄電池のマイナス端子を指
定している。本発明では電装品全てに対しアースラインを別に設定し
たり,シャシーと絶縁する必要など無い。」(乙11の2枚目[意見
の内容]14行目ないし16行目)などと主張している。
原告は,本件において,上記と異なる主張をすることは許されない。
c公知技術の参酌
仮に,接続箇所が「発電機のアース端子と蓄電池のマイナス端子」
に限られないとするならば,後記本件車両(トヨタエスティマ)に
おける接続方法には,本件発明の構成要件のすべてが示されていたと
いうことになる。
したがって,この観点に照らしても,構成要件Cにおける接続箇所
は,「発電機のアース端子と蓄電池のマイナス端子」に限られると解
すべきである。
(ウ)本件ガイド(被告方法)においては,「3発電効率の向上,ロス
の低減」の効果を得るための「接続箇所(片側はターミナルブロックに
接続)」として,「オルタネーターの固定されている周辺」と記載され
ている。
構成要件Cにおける「追加使用」の接続箇所は「発電機のアース端子
と蓄電池のマイナス端子」に限られると解されるから,本件ガイドにお
ける上記接続方法は,構成要件Cを充足しない。
ウ本件ガイドについて
本件ガイドには,マイナス供給の追加配線の方法が記載されているもの
の,多数記載されている配線箇所(甲3の表において1ないし7の配線箇
所が示されている。)のうち,発電機と蓄電池の間の接続に関するものは
わずか1つ(甲3の表において「3」と示されているもの)にすぎない。
しかも,本件ガイドは,上記「3」の配線をユーザーに対して指示する
ものではなく,ユーザーが選択する接続箇所の1つとして説明しているに
すぎない。
上記のとおりであるから,被告が本件ガイドを作成,配布することが,
「本件発明を侵害する配線方法を不特定多数の者に教える」行為であると
はいえない。
(3)争点1−b(間接侵害の成否)について
ア各被告製品の使用目的(「アーシング」,「アース配線」の意義)につ
いて
自動車業界において,「アース」とは,本来的には,車体と電気機器等
のマイナス側を接続することをいい,広義には,マイナス供給の配線をい
う。「アース配線」とは単なるマイナス配線と同義である。
「アーシング」とは,造語であり,マイナス配線を行うことである。
原告が主張するように,「アーシング」,「アース配線」が,本件ガイ
ド記載の配線方法を意味すると限定解釈すべき理由はない。まして,本件
発明の方法(発電機と蓄電池との間のマイナス追加配線)を含む場合に限
定されるものでもない
イ改正前特許法101条3号について
(ア)アースケーブル(被告製品1)及びアース用端子(被告製品3ない
し5)は,いずれも発電機と蓄電池との間の追加配線にのみ用いられる
ものではなく,他の箇所の配線にも用いられる。
(イ)ターミナルブロック(被告製品2)は,専らマイナス配線に用いら
れるものではあるものの,発電機と蓄電池との間の追加配線を伴う場合
にのみ用いられるものではなく,多くの電装品のマイナス配線を集結す
るためにも用いられる。
(ウ)以上のとおり,各被告製品は,本件発明の「方法の使用にのみ用い
る物」ではない。
ウ改正前特許法101条4号について
(ア)アースケーブル(被告製品1)がOFC(無酸素銅99.99%以
上)を採用していること及び耐熱温度が105℃であることは認める。
しかしながら,本件発明の課題の解決には,導電率の良いケーブルで
あれば足り,OFCでなくても,「真鍮,銅,銀材」でもよい(本件明
細書の段落【0008】)。
したがって,アースケーブル(被告製品1)は,本件発明の課題の解
決に不可欠なものではない。
また,被告製品1は,通常のOFCのケーブルであり,国内において
広く流通しているものである。
(イ)ターミナルブロック(被告製品2)及びアース用端子(被告製品3
ないし5)は,いずれも,本件発明の課題の解決に不可欠なものではな
い。
すなわち,これらの製品がなくても,追加配線をすることは可能であ
る。
2争点2(本件特許は無効にされるべきものか)について
〔被告の主張〕
本件特許は,次のとおり,特許無効審判により無効にされるべきものである
から,原告は,本件特許権に基づく権利を行使することはできない(特許法1
04条の3)。
(1)争点2−a(乙第2号証に基づく新規性の欠如)について
ア本件発明について
(ア)特許請求の範囲の記載
「車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間を車体
やエンジンの一部を配線用導体として使用するとともに,導電率の良い
配線材を配線用導体として追加使用して行うことを特徴とすることを特
徴とする電気配線方法。」
(イ)本件発明の技術的意義
「追加使用」とは,従来の配線に加え,新たな配線を行うことである。
そして,「車体やエンジンの一部を配線用導体として使用」すること
が従来の配線に該当し,「導電率の良い配線材を配線用導体として追加
使用」することが新たな配線に該当する。
そうすると,本件発明は「車体やエンジンの一部を配線用導体として
使用」している車両に対して「導電率の良い配線材を配線用導体として
追加使用」する点に技術的意義を有するということになる。
「発電機と発電地の間を」は,「発電機と発電地の間の配線を」との
意味である。
なお,本件発明は,車両が旧車であることを除外しておらず,かえっ
て,「追加使用」するのであるから,「旧車」を念頭に置いている。
イ乙第2号証の記載
(ア)乙第2号証は,「AutoClub(オートクラブ)1998年
〔平成10年〕2月号」(株式会社平成10年2月1日発行枻出版社
第2巻第2号通巻4号。以下「本件書籍」という。)の74頁ないし
75頁に掲載された「オルタネータ交換と電装チューンでエンジンフィ
ールを大幅改善!!」と題する記事(以下「本件記事」という。)であ
る。
なお,実際には,本件書籍は,平成9年12月24日ころ,書店向け
に出荷され,同月26日ころには店頭に陳列されて,販売されていた。
(イ)「強化配線図」
本件書籍75頁左上には,次の「強化配線図」が示されている。
ここで,バッテリー(蓄電池)のマイナス極からオルタネータ(発電
機)のリアハウジングに配線がされている。
「強化配線図」には,自動車の電気配線において,蓄電池のマイナス
極と発電機との間に強化配線をすることが示されている。
(ウ)本件記事の記載
a本件記事の75頁本文中には,「強化配線図」について,「配線チ
ューンについては別図を見てほしい。簡単に原理を説明すると,配線
を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくするのだ。
特にマイナス線は太いものを使用する。」と記載されている。
「強化配線図」における配線が従来の配線に加え,配線を増やした
ものであることが示されている。
b本件記事の75頁「強化配線図」の直下の3枚の写真のうち右側の
ものの下に付された説明には,「バッテリーのプラス,マイナス端子
に新たに追加したダイレクト配線の端子が接続される。」と記載され
ている。
従来の配線に「追加」して「ダイレクト配線」したことが示されて
いる。
c本件書籍の75頁「強化配線図」右側の4枚の写真のうち左側下段
のものの左側に付された説明には,「配線強化に使用したコード。太
い方がマイナス線で細い方がプラス線。この後,銅線ムキ出し部分は
キレイに端子加工がなされた。」と記載されている。
配線強化には,「銅線」が用いられたことが示されている。
(エ)以上の記載等によれば,本件記事には,次の電気配線方法の発明
(以下「本件記事の方法」という。)が示されているといえる。
すなわち,1986年製BMW635CSiのリフレッシュにおける
配線チューンに関するマイナス線に係る電気配線の方法で,バッテリー
のマイナス端子とオルタネータのリアハウジングを,既設のマイナス線
に加え,新たに銅線を追加して,強化配線をするとともに,バッテリー
のマイナス端子からの既設のマイナス線に加え,バッテリーのマイナス
端子からボディアース及びバッテリーのマイナス端子からシリンダーブ
ロックとシリンダーヘッドの2箇所に新たに銅線を追加して強化配線し,
さらにシリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス端子と
シリンダーブロックとを新たに銅線を追加するマイナス線でつないで強
化配線する電気配線の方法が開示されている。
ウ対比
(ア)「強化配線図」は,電気配線方法を示している。
また,本件記事は1986年製BMW635CSiの電装チューン等
について記載されたものであり,「車両」の電気配線方法を示している。
「強化配線図」のバッテリーのマイナス極から出ている線は,マイナ
ス供給配線を示している。
したがって,本件発明と本件記事の方法とは,車両のマイナス供給の
電気配線方法(構成要件A)の点で一致している。
(イ)a「強化配線図」には,バッテリーのマイナス極から「ボディアー
ス」に配線がされている。「ボディアース」とは,車体にマイナス配
線をつなぐことを意味するから,上記は,車体を配線用導体として使
用していることを示している。
また,「強化配線図」では,バッテリーのマイナス極からエンジン
に配線がされており,エンジンの一部を配線用導体として使用してい
ることが示されている。
したがって,本件発明と本件記事の方法とは,発電機と蓄電池との
間を車体やエンジンの一部を配線用導体として使用する(構成要件
B)との点で一致している。
bなお,本件記事には,バッテリーのマイナス極に接続された車体や
エンジンから発電機に接続されている点,すなわち,車体やエンジン
を発電機と蓄電池との間の配線用導体として使用することについての
直接的記載はない。
しかしながら,次のとおり,この点は当然の前提とされているとい
える。
(a)本件明細書の【従来の技術】には,「生産されている自動車の
電気配線方法に於いて,発電機から蓄電池までのマイナスの配線材
として電線や専用電材を使用しての直接的な配線は無い。大量生産
とコスト削減のため配線材として車体やエンジンの一部を介して接
続され,電線をより短くする接続方法が取られる。」と記載されて
いる(段落【0002】)。
また,本件明細書の【図1】は,従来方式のマイナス供給の接続
図であり,発電機と蓄電池の間で車体を配線用導体として使用して
いることが明記されている。
以上の記載からも明らかなように,生産されている自動車におい
ては,発電機と蓄電池との間で車体やエンジンの一部を配線用導体
として使用している。これは,当業者の常識に属するものであり,
本件記事に直接の記載はなくても当然の前提とされているといえる。
(b)電装チューンをする以前の1986年製BMW635CSiに
おいても,発電機と蓄電池との間で車体やエンジンの一部を配線用
導体としてきたことは明らかである。
そして,本件記事中の「配線を増やしてやる」,「強化配線」と
いう表現からも,発電機と蓄電池との間の従来の配線はそのままで
あると考えるほかない。発電機と蓄電池との間を接続していたボデ
ィアースをあえて遮断,絶縁する必要はないし,本件記事中にはそ
のような記載は全くない。
c以上のとおり,生産されている自動車の配線において,発電機と蓄
電池との間で車体やエンジンの一部を配線用導体として使用している
ことは,当業者から見れば,当然の前提であるということができる。
本件記事の方法は,従来の配線に追加するものであるから,発電機と
蓄電池との間で車体やエンジンの一部を配線用導体として使用してい
る。
(ウ)本件記事の方法において,配線強化に使用したコードは,「太い銅
線」であり,「導電率の良い配線材」に当たる。
そして,本件記事の方法は,従来の配線に追加して,オルタネータの
リアハウジングとバッテリーのマイナス極との間をダイレクト配線して
おり,発電機と蓄電池との間で配線用導体を追加使用して行うものであ
る。
したがって,本件発明と本件記事の方法とは,導電率の良い配線材を
配線用導体として追加使用して行う(構成要件C)との点で一致する。
エ以上のとおり,本件発明と本件記事の方法とは,構成要件AないしCの
点ですべて一致しているから,本件発明は,特許出願(平成10年2月2
5日)前に,日本国内で頒布された刊行物に記載された発明であり,特許
を受けることができないものである(特許法29条1項3号)。
(2)争点2−b(乙第2号証に基づく進歩性の欠如)について
ア一致点
本件発明と本件記事の方法とを対比すると,後者の「1986年製BM
W635CSi」は,前者の「車両」に対応する。
また,後者の「オルタネータ」は前者の「発電機」に,後者の「バッテ
リー」は前者の「蓄電池」に,後者の「ボディ」は前者の「車体」に,後
者の「シリンダーブロック」と「シリンダーヘッド」は前者の「エンジン
の一部」に,後者の「銅線」は前者の「導電率の良い配線材」に,それぞ
れ相当する。
さらに,後者の「マイナス線に係る電気配線の方法」は前者の「マイナ
ス供給の電気配線方法」に相当し,後者の「バッテリーのマイナス端子と
オルタネータのリアハウジングを,・・・(中略)・・・新たに導線を追
加して,強化配線すること」は,前者の「導電率の良い配線材を配線用導
体として追加使用して行う」ことに相当する。
そして,後者の「既設のマイナス線」による「マイナス線に係る電気配
線」と前者の「発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を配線用導体
として使用する」「マイナス供給の電気配線」とは,共に,従来の既設の
マイナス供給の電気配線であるといえ,「導電率の良い配線材を配線用導
体として追加使用」する前の車両には既設のマイナス供給の電気配線が設
けられている点でも共通している。
したがって,両者は「車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と
蓄電池の間において,既設のマイナス供給の電気配線を使用するとともに,
導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用して行う電気配線方
法。」である点で一致する。
イ相違点
本件発明と本件記事の方法とは,次の2点で相違する。
(ア)車両の種類(車種)について,本件発明では特定していないのに対
し,本件記事の方法は「1986年製BMW635CSi」である点
(以下「相違点A」という。)
(イ)導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用する車両が,本件
発明では,発電機と蓄電池との間の配線について車体やエンジンの一部
を配線用導体として使用する車両であるのに対し,本件記事の方法では,
いかなる車両であるのか不明である点(以下「相違点B」という。)
ウ相違点について
(ア)相違点Aについて
本件記事の方法は,「1986年製BMW635CSiのリフレッシ
ュにおける配線チューンに関するマイナス線に係る電気配線の方法」で
はあるものの,「広く“エイティーズ・カー”オーナー」に勧められる,
旧車に関する電装チューニング,つまり配線チューンに関するものとし
ており,「1986年製BMW635CSi」という特定の車種に限ら
ず,その他の旧車にも適用することが示唆されている。
また,通常の車両(旧車)は既設のマイナス供給の電気配線を有して
おり,本件記事の方法の新たに導線を「追加使用」する車両とすること
ができないという格別の事情もない。
そして,本件発明の技術的意義が「追加使用」することにあることを
考慮すると,上記示唆に基づいて,特定の車種に限らない車両(車種)
を「追加使用」する車両として選択することに格別の困難性は認められ
ない。
(イ)相違点Bについて
上記(ア)のとおり,本件記事の方法は特定の車種に限定されるもので
はない。
また「1986年製BMW635CSi」を含め旧車は,当然,従来
より周知の既設のマイナス供給の電気配線を有しており,その電気配線
がいかなるものであろうと,これに加えて導電率の良い配線材を「追加
使用」することができないというものではない。
さらに,本件記事の方法は,電圧降下を抑え,電気を流しやすくして,
バッテリー電圧を確保するために導電率の良い配線材を「追加使用」す
るものであるから,既設のマイナス供給の電気配線がいかなる配線であ
ろうとその効果を当業者が期待するものといえる。
そうすると,既設の発電機と蓄電池との間にマイナス供給の電気配線
を備えた車両として,従来周知の車体やエンジンの一部を配線用導体と
して使用する車両に対して本件記事の方法を適用することに格別の困難
性は認められない。
なお,既設のマイナス供給の電気配線に,導線を用いる複線式の車両
でも,発電機と蓄電池との間を車体やエンジンの一部を配線用導体とし
て使用する車両でも,導線や接続箇所の劣化等による電気抵抗の増加等
は当業者が普通に予測し得るものである。
エ効果について
本件発明と本件記事の方法は,共に既設のマイナス供給の電気配線に
「導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用」するものである。
そして,本件発明も旧車における追加の配線を含むものである(本件明
細書の段落【0003】,【0004】参照)。
そうすると,本件発明の効果は,本件記事の方法と同じく,「導電率の
良い配線材を配線用導体として追加使用」することから派生する効果であ
るといえ,その効果は当業者が予測し得る範囲内のものであるということ
ができる。
なお,本件発明は,「発電機と蓄電池の間」のみに係るマイナス供給の
電気配線方法であるから,電子機器間の電位差が少なくなることによる正
確なエンジン制御とは直接の関連があるとはいえず,電圧が確保されるこ
とによる限度で,本件発明の効果が認められる。
オ以上によれば,本件発明は,本件記事の方法に基づき,当業者において,
容易に想到することができたものであるといえ,特許を受けることができ
ないものである(特許法29条2項)。
(3)争点2−c(乙第6号証の1ないし9に基づく新規性の欠如)について
ア下記車両(以下「本件車両」という。)においては,純正の配線として,
発電機と蓄電池との間の配線について,車体やエンジンの一部を配線用導
体として使用するとともに,銅線により直接配線している(乙5,乙6の
1ないし9)。

トヨタエスティマ
登録番号<省略>
登録日平成7年5月12日
イ新車の場合であっても,発電機と蓄電池との間において,車体やエンジ
ンの一部を配線用導体として使用するとともに,これと並列的に銅線によ
り直接配線をしているのであるから,「追加使用」しているといえる。
本件明細書の【発明が解決しようとする課題】には,「車が本来持つ性
能を充分発揮させる。新車では初期性能を維持し,古い車に於いては,よ
り初期性能に近くする。」(段落【0004】)との記載があり,本件発
明が,事後的に追加する場合だけでなく,新車の時点で並列的に追加する
場合も含むものであることは明らかである。
ウ本件車両における電気配線方法は,本件発明の構成要件AないしCを充
足する。
本件車両は,本件特許出願(平成10年2月25日)よりも前である平
成7年5月12日以前に,トヨタ自動車において製造されたものであり,
本件車両における配線は同社においてされたものである。
したがって,本件発明は,特許出願前に日本国内において公然知られた
発明であり,特許を受けることができないものである(特許法29条1項
1号)。
(4)争点2−d(乙第6号証の1ないし9に基づく進歩性の欠如)について
本件発明は,公然と知られた本件車両の電気配線方法に基づき,当業者が
容易に想到することができるから,特許を受けることができないものである
(特許法29条2項)。
(5)争点2−e(乙第7号証の2に基づく新規性の欠如)について
ア乙第7号証の2(本件記事の取材において,作業を行った者からの回答
書)によれば,オルタネータとバッテリーのマイナス極との間をダイレク
ト配線することは,平成元年(1989年)ころから行われていた,あり
ふれた配線方法であることが明らかである。
イしたがって,本件発明は,特許出願(平成10年2月25日)より前に
日本国内において公然実施をされた発明であり,特許を受けることができ
ないものである(特許法29条1項2号)。
〔原告の主張〕
被告の主張する事由は,いずれも本件特許の新規性,進歩性を否定するに足る
ものではなく,本件特許は無効にされるべきものではない。
(1)争点2−a(乙第2号証に基づく新規性の欠如)について
ア本件記事に記載された技術の内容について
(ア)本件記事において,「バッテリーの端子とオルタネータのリアハウ
ジング」及び「バッテリーのマイナス端子からボディアース」の各配線
が開示されていないこと
a「強化配線」
(a)「強化配線」という言葉は,本件記事の本文には存在せず,掲
載された図面の題目である「強化配線図」という言葉に用いられて
いるだけである。
(b)上記「強化配線図」の説明として,「簡単に原理を説明すると,
配線を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくす
るのだ。」と記載されており,被告は,この記載に基づいて,「バ
ッテリーや電装機器間の配線を二重にする」という趣旨であると解
しているようである。
しかしながら,次のとおり,本件記事において,マイナス配線に
つき,強化配線を記載しているのは2本だけである。すなわち,本
件記事の本文に記載されている強化配線は,①バッテリーのプラス
端子からイグニッションコイルのプラス端子にリレーを介してつな
ぐプラス配線(乙第2号証75頁中段9行目ないし15行目)だけ
であり,「強化配線図」中の説明に示されている配線は,②バッテ
リーのマイナス端子とシリンダーブロックとシリンダーヘッドの2
箇所とをつなぐマイナス配線及び③シリンダーヘッド後方のコンピ
ュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックとをつなぐマ
イナス配線の2本である(本件記事に明記された強化配線は,プラ
ス線が1本,マイナス線が2本であり,バッテリーのプラス,マイ
ナス端子にはそれぞれ1本が接続されることになる。)。
(c)配線に関する説明は,更に写真によってされている。「強化配
線図」の右側には4枚の写真が掲載されており,これらの写真は,
本件記事が「オルタネータ交換と電装チューン」と称する更生作業
のために調達した部品を撮影したものと理解することができる。そ
のうち左側下の写真には,「配線強化に使用したコード」として,
プラス用の細い導線が1本,マイナス用の太い導線が2本写ってい
る。すなわち,この作業に使用したコードは上記①ないし③の配線
に使用したものだけであると解される。
また,「強化配線図」の直下には3枚の写真が掲載されている。
そのうち右側の写真には,「バッテリーのプラス,マイナス端子に
新たに追加したダイレクト配線の端子が接続される。」との説明が
添えられており,新たな配線の趣旨と解される束ねられた導線は,
プラス,マイナス端子とも各1本ずつしか写っていない。すなわち,
バッテリーに新たにつながれた配線は上記①と②だけであるという
ことになる。
真ん中の写真は,上記①の配線がイグニッションコイルにつなが
れている様子を写したものである。
(d)以上を総合すれば,本件記事が強化配線として記載している配
線は,上記①ないし③の合計3本のみであるといえる。
(e)被告の主張を前提とすると,本件記事には,上記①ないし③の
配線の他に,④バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハ
ウジングとを結ぶ配線,⑤バッテリーのマイナス端子からボディア
ースに至る配線,⑥バッテリーのプラス端子とオルタネータのB端
子を結ぶ配線が存在することになる。
しかしながら,上記④ないし⑥に該当するコードは本件記事中の
写真には全く写っておらず,本件記事に上記配線が記載されている
と見ることはできない。
(f)上記⑥の配線は,従来から存在していたはずのものであるから,
劣化や老朽化が著しい等の理由で抵抗値を下げる必要がある場合に
は,配線を二重にするという処置をとるのではなく,配線を取り替
えることによって対応するのが通常である。
したがって,上記⑥は強化配線ではあり得ない。
また,上記⑤の配線についても,市販されている自動車はボディ
アースを使用するものとして生産されていることを考えれば,上記
⑥と同様に,既に存在している配線であって,強化配線が行われる
ことはないものと推認される。
このように考えると,「強化配線図」における上記⑤及び⑥に該
当する実線は,新たな配線を意味しているのではなく,その他の趣
旨で描かれたもの解されるべきである。例えば,強化配線と同時に
バッテリーとオルタネータの交換を行っていることを図面に表すた
めに描かれたと考えれば,矛盾はない。
(g)上記④の配線についても,上記⑤及び⑥の配線と同様の理解を
することを妨げる事情はなく,上記④の配線についてだけ,「写真
には写っていないものの,強化配線である。」などと無理な解釈を
する必要はない。④に該当する実線は,「車体やエンジンの一部を
使用した配線材」という意味に理解されるのである。
b以上のとおり,本件記事には,「バッテリーの端子とオルタネータ
のリアハウジング」及び「バッテリーのマイナス端子からボディアー
ス」の各配線は開示されておらず,被告の主張する「本件記事の方
法」が本件記事において開示されているとはいえない。
(イ)本件記事から,マイナス配線のみを抽出することの不可解性
a被告の主張は,マイナス配線のみを取り出して,同時に行われてい
るオルタネータの交換,容量アップ,バッテリーの新品交換,さらに
は,プラス側の極めて特徴的な配線を無視するものである。
本件記事の主眼は,オルタネータの容量アップ及びプラス側の極め
て特徴的な配線(上記①の配線)にあり,マイナス配線は付随的なも
のにとどまる。
プラス側の配線(上記①の配線)は,スパークプラグの電圧を高め
ることによって,エンジンの性能を引き出すという考え方の下にされ
たものであり,本件記事に明記されているとおり,既設のプラス配線
とは異なり,ヒューズボックスを介さないために電圧降下が減少し,
上記電圧を確保することができると考えられている。
しかしながら,かかる効果を得ることはできるであろうものの,電
気的安全装置であるヒューズボックスを介さないのであるから,自己
の危険性も著しく増大させるものであり,違法で危険な改造である。
オルタネータの容量アップは,スパークプラグの電圧確保にも貢献
するほか,バッテリーへの充電量を増やす等の効果が期待されている
と思われる。
これについても,かかる効果を得ることはできるであろうものの,
80Aのオルタネータを前提に設計された配線に90Aのオルタネー
タを接続するのであるから,危険で違法な改造に該当する。
b本件記事におけるマイナス配線は,上記処置に伴いマイナス側に求
められる配線強化である。すなわち,違法かつ無理な処置が企図され
た結果必要となった配線であって,それ独自の作用,効果を期待した
ものではない。本件記事には,マイナス配線について,「古い欧州車
にありがちな細い線だと,最悪,燃えてしまうトラブルも生じる」等
と記載されていることからも,マイナス配線が危険な処置に伴う付随
的なものであることが裏付けられる。また,本件記事には,マイナス
配線独自の作用,効果を示す表現は全くないのであり,本件記事の記
載に基づく限り,マイナス配線のみを取り出すことは無意味である。
c以上のとおり,本件記事に示された技術的説明の根幹となるものは,
オルタネータの容量アップとヒューズボックスを介さないプラス配線
であり,いずれも危険で違法な改造に該当すると考えられる。マイナ
ス配線は,このような不当な処置の結果として必要となったものであ
り,これのみを取り出すことがそもそも相当でない。
(ウ)強化配線の導電率について
本件記事には,「導電率の良い配線材の使用が必要である」旨明記さ
れていない。
強化配線の技術的な説明に基づいて考察しても,配線は抵抗値を低く
するものであることが必要とは言えても,導電率の高い配線材を使用す
る必要性は全く認められない。
なお,自動車内配線を行う場合,実際上最も容易に入手することがで
きる配線材は銅線であるから,本件記事において銅線が用いられている
のは,技術的要請とは異なる,実際上の便宜に基づいたものにすぎない
と考えられる。
イ本件発明の課題と本件記事に記載された技術の課題の相違について
(ア)本件発明の課題
a本件発明の技術的課題は,「車が本来持つ性能を充分発揮させ
る。」ことであり,具体的にいえば,「エンジンを制御する電子機器
の動作不良を解消し,正確なエンジン制御を行わせる」ことにある
(本件明細書の段落【0004】,【0005】)。
本件発明は,新車をも対象としており,「動作不良」は,故障や部
品等の劣化による不良だけではなく,現在生産されている自動車が当
初から持っている限界に基づくものを包含している。
本件発明は,上記課題の解決のために,配線材の導電率,すなわち
電気の流れ易さに注目するものである。
b上記のような一時的,非正規的電圧変動について,正常な状態を回
復するには,滞留した静電気を速やかに除去すること等が必要である。
これを実現するためにはマイナス側の配線材を導電率の良いものにす
る必要がある。
これは,抵抗値とは異なる問題であり,導電率が低くても太い配線
であれば,抵抗値は低くなるものの,抵抗値が低くても電気の流れ易
さ,電子の移動速度は少しも増大しない。自動車のボディアースによ
る配線は,抵抗値としてはかなり小さいものの,上記のような一時的,
非正規的電圧変動について対応し得ない。
本件発明は,このようなボディアースを使用した車両のマイナス配
線の一部を導電率の良い配線材で追加配線することによって,静電気
を排除する等電圧変動を速やかに吸収するものである。
また,本件発明はマイナス供給配線のみを対象としている。これは
技術的課題解決のための必然的なものであり,発明の本質的な要素で
ある。
c以上のとおり,本件発明が問題としているような電位差変動要因の
影響を解消する速度あるいは不断に発生する電位差変動要因の除去が
問題となる場合には,配線の抵抗値だけでなく,その導電率も問題と
しなければならない。
(イ)技術的課題の相違
本件記事が,老朽化した特定車種の中古車の更生を目的とするもので
あるのに対し,本件発明は,新車,中古車,ガソリンエンジン車,ディ
ーゼルエンジン車を問わずに適用することができる性能改善策であって,
本件記事とはその目的において著しく相違する。
すなわち,本件記事には,「日常においても火花が弱く,不健全な状
態だったというわけなのだ。」と明記しているとおり,車両の設計値と
しての電圧を維持することができない状態が恒常的になった老朽車両に
対する更生方法が記載されている。これに対し,本件発明は,バッテリ
ー電圧その他の電圧が,恒常的に設計値を維持している車両につき,当
該車両が本来持つ性能を発揮させようとするものであって,本件記事と
は,その目的,技術的課題を全く異にしている。
ウ本件発明の効果と本件記事に記載された技術の効果の相違について
(ア)本件発明の最も顕著な効果は,排ガスにおける有毒ガスの減少であ
り,これに次いで,エンジン出力の上昇である。
(イ)本件発明には,①新車において本来予定されている性能を超える性
能を発揮するようになる,②スパークプラグが存在せず,エンジン制御
用のコンピュータを搭載していないことが多いディーゼル車においても,
実施可能でかつ顕著な効果を生じる,③本件発明による排ガス削減等の
効果が,車種,条件等によって若干のばらつきはあるものの,常に何ら
かの効果が生じている,④本件発明を実施するにつき,配線の太さは問
題とならず,細い導線であっても効果が生じる,⑤排ガスに含まれる有
毒ガスの除去,その他の効果において数値的にも極めて顕著であり,マ
イナス配線の一部に良導電性の配線材による配線を実施することだけで
実現する技術である,という効果がある。
本件発明のこれらの効果は,当業者において,全く予測し得ない顕著
なものであるといえる。
(ウ)以上のとおり,本件発明は,現在生産されている単線式車両(マイ
ナス配線をすべてボディアースとする車両)における欠点を補い,現代
社会の要請にこたえる極めて重要な発明である。
本件発明を,老朽化した車両の更生策の一部である本件記事に記載さ
れた技術と同一視することはできない。
エ本件発明と本件記事に記載された技術とが相違すること
以上のとおり,本件発明と本件記事に記載された技術とは,その目的,
技術的課題が全く異なり,また,その技術手段にも大きな違いがある。
(2)争点2−b(乙第2号証に基づく進歩性の欠如)について
ア上記のとおり,本件記事には被告の主張する技術は開示されていない。
イ仮に,バッテリーとオルタネータその他のマイナス供給配線が記載され
ているとしても,その意義は副次的なものにとどまる。また,本件記事に
記載された効果は本件発明の効果とは著しく異なること,本件記事には,
オルタネータの容量増加やプラス側の配線を除いたマイナス側の配線独自
の効果について全く記載がないこと等をも考慮すれば,当業者において,
本件記事に基づいて本件発明に容易に想到し得たとはいえない。
(3)争点2−c(乙第6号証の1ないし9に基づく新規性の欠如)について
ア本件車両は,発電機と蓄電池との間のマイナス供給配線において,車体
やエンジンの一部を使用することがないのであり,本件発明の構成要件B
を欠く。
イ本件車両における発電機と蓄電池との間のマイナス供給配線は,その一
部に導電性の低い鉄製の金具を使用しており,導電率の良い配線材を使用
しているとはいえない。
したがって,本件車両は,本件発明の構成要件Cも欠く。
なお,本件車両において,上記金具が車体と電気的に接続しているとす
れば,その構造はボディアースと同視することもでき,構成要件Bを充足
すると解する余地もある。しかしながら,上記の場合には,構成要件Cを
充足しないことが明らかである。
(4)争点2−d(乙第6号証の1ないし9に基づく進歩性の欠如)について
本件車両における発電機と蓄電池との間のマイナス供給配線の意義は,大
きな鉄の塊である金具(オルタネータその他の機器を固定するための鉄製金
具と一体になった鉄製のオルタネータベルト調整金具)を,当該金具に取り
付けられたオルタネータやエアーコンプレッサー等に対するマイナス供給配
線に利用するものである。すなわち,いわゆる「ボディアース」における車
体やエンジンの一部の代わりに,当該金具を使用するものであるか(上記金
具と車体が絶縁されている場合),当該金具を車体の一部と同視し得るもの
として利用するもの(上記金具と車体が接続している場合)であって,この
両者間には技術的に何ら差異はない。
本件車両における上記マイナス供給配線は,「ボディアース」と異ならず,
かかる配線は本件発明と根本的に異なるものである。
したがって,当業者が本件車両に示された技術に基づいて本件発明に想到
することはない。
(5)争点2−e(乙第7号証の2に基づく新規性の欠如)について
ア乙第7号証の2は,信用性に乏しく,本件発明の新規性を否定する根拠
たり得ない。
イ乙第7号証の2に記載された「ダイレクト配線」は,本件発明とはその
技術的課題,構成,効果の点で異なっている。
ウ乙第7号証の2の記載からは,どのような整備士が,どのような場合に,
いつごろから「ダイレクト配線」を行っていたのか明らかでなく,この記
載をもって,公然実施の存在が認められることはない。
3争点3(損害額)について
〔原告の主張〕
(1)被告は,遅くとも平成15年3月ころまでに,被告方法の宣伝と各被告
製品の製造,販売を開始した。
(2)被告における,平成16年ないし平成18年の各決算期の売上高は次の
とおりである。
平成16年3月期約34億1100万円
平成17年3月期約29億円
平成18年3月期約29億9800万円
合計約93億0900万円
(3)被告の営業状況に照らすと,上記売上高の少なくとも5分の1は各被告
製品による売上げであり,その総額は18億6180万円を下らない。
(4)被告を含め各被告製品の販売店は,通常,各被告製品を,「被告製品1
(商品名「アースケーブル」)5m,被告製品2(商品名「ターミナルブロ
ック」1個,被告製品3(商品名「アース用端子6パイ」)6セット入り
1箱,被告製品4(商品名「アース用端子8パイ」)4セット入1箱,被
告製品5(商品名「アース用端子10パイ」)4セット入1箱」のセット
として販売する。卸売販売と直接販売を平均すると,その価格は1セット当
たり約3000円と推認することができる。
(5)上記(3)及び(4)によれば,被告は,平成16年3月期ないし平成18年
3月期までの3期の間に,各被告製品を62万0600セット(1,861,800,
000円÷3,000円)販売したことになる。
(6)特許法102条3項に基づく請求
各被告製品の実施料は,1セット当たり75円を下らないから,原告が被
告による上記販売により受けるべき実施料は,合計4654万5000円
(75円×620,600セット)を下らない。
よって,特許法102条3項に基づき,原告の損害は実施料相当額である
4654万5000円を下らないものと推定される。
(7)特許法102条2項に基づく請求
各被告製品の販売による限界利益は,1セット当たり75円を下らないか
ら,被告が上記販売により得た利益の総額は4654万5000円(75円×
620,600セット)を下らない。
よって,特許法102条2項に基づき,原告の損害は4654万5000
円を下らないものと推定される。
〔被告の主張〕
原告の主張は否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
本件は,事案に鑑み,争点2(本件特許は無効にされるべきものか)から検
討する。
1争点2−b(乙第2号証に基づく進歩性の欠如)について
(1)本件発明
ア本件発明は,特許請求の範囲請求項1に記載のとおり,「車両のマイナ
ス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を
配線用導体として使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体と
して追加使用して行うことを特徴とすることを特徴とする電気配線方
法。」であると認められる。
イここに,「追加使用」とは,請求項1の記載自体から,従来の配線に加
えて,新たな配線を行うことを意味すると解される。このことは,本件明
細書中の「では実際に実装されるとどうなるかを見ると,機器やスパーク
プラグへのマイナス供給はエンジンの一部を使用したり,車体を導体とし
て供給される。材質は鉄である。」(段落【0005】2頁3欄26行目
ないし29行目),「以上のように抵抗値や金属の性質により,鉄よりも
電気配線に適した材質に交換するか,追加することで電圧降下を少なくし,
損失をおさえる。追加という方法は,電気の性質上,流れ易い方へ流れる
事を利用している。」(段落【0008】2頁3欄48行目ないし4欄2
行目)等の記載からも明らかである。
請求項1の記載に照らせば,本件発明において,「車体やエンジンの一
部を配線用導体として使用」する配線が従来の配線に該当し,「導電率の
良い配線材を配線用導体として追加使用」する配線が新たな配線に該当す
る。
ウまた,「導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用」する箇所は,
請求項1に「発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を配線用導体と
して使用するとともに,導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用
して行う」と記載されていること(他方,請求項2の配線方法が蓄電池と
電装品との間のものとして記載されていること)や,本件特許の出願経過
(甲5ないし7)等に照らし,「発電機と蓄電池の間」と解すべきである。
エ本件明細書には,次の記載があり,これらの記載に照らせば,本件発明
の「車両」(構成要件A)には旧車(老朽車両)が含まれることが明示さ
れているといえる。すなわち,本件発明は旧車に対して追加の配線を施す
ことを含む(除外していない)。
(ア)「従来のマイナス供給の配線方法は多くの接点や鉄材を長く通過す
る。通電させるために,車体の塗装を無理に剥がして使用する鉄材の接
点は,接触不良になりやすく,また熱や振動源に近い接点は伸び縮みし
使用年数と共に腐食する。最悪は接触不良を招き電装機器の動作不良に
なる。エンジンを制御する電子機器の動作不良は,始動,燃費,排気ガ
ス,の良し悪しに直接関わってくる。また動作不良にならないまでも,
使用するごとに調子が変わる,使用年数と共に,不調になっていくのが
一般的であり,性能自体が劣化していると思われている。」(段落【0
003】1頁2欄15行目ないし2頁3欄10行目)
(イ)「【発明が解決しようとする課題】車が本来持つ性能を充分発揮さ
せる。新車では初期性能を維持し,古い車に於いては,より初期性能に
近くする。」(段落【0004】2頁3欄12行目ないし14行目)
(ウ)「【発明の効果】・・・使用年数とともに規制排気ガスが徐々に増
える現象は,媒体自体の経年変化ではなく電気が流れにくくなったため
に起こるエンジン不調であり,配線を追加する事で新車時の規定値に近
くなったり,規定値以下になる車種もある。」(段落【0010】2頁
4欄39行目ないし43行目)
(2)本件記事記載の発明
ア本件記事の記載
乙第2号証によれば,本件記事は,本件特許の出願日(平成10年2月
25日)より前である平成10年2月1日に発行された「AutoCl
ub(オートクラブ)1998年〔平成10年〕2月号」(本件書籍)の
74頁ないし75頁に掲載された「オルタネータ交換と電装チューンでエ
ンジンフィールを大幅改善!!」と題する記事であり,同記事中には,次
のとおりの記載があることが認められる。
(ア)表題
「オルタネータ交換と電装チューンでエンジンフィールを大幅改
善!!」との表題のもと,「1986BMW635CSiVol.
4走行距離:5万5555㎞」との記載で対象車が示され,上部には
その車の走行中の写真が表示されている。(74頁)
(イ)本文の記載
a「エンジンのアイドリングや低回転域での不調の原因究明である。
冷却水の総入れ換えとサーモスタット,ラジエターキャップの交換で
水周りを改善。プラグ,プラグコード,ディストリビュータの交換で
電装系をリフレッシュ。なのに,その症状は完璧には直らないのだ。
そこで,日本外車部品を訪ね,オシロスコープでの診断を施しても
らうことにした。すると,やはり,電圧が足りないという。635C
Si後期(’82年以降)のオルタネータは80Aと,当時にしては
大容量なので安心しきっていたが,電気というものはそんな単純なも
のではないそうだ。配線コードの劣化による電圧降下やバッテリーの
充電率の劣化によるオルタネータへの負担は知らずのうちに電圧の低
下を招いているのだ。」(74頁下段9行目ないし26行目)
b「ヘッドライトとエアコンをONにした負荷状態にすると,11V
台の電圧しか発しない。つまり,日常においても火花が弱く,不健全
な状態だったというわけなのだ。」(75頁上段1行目ないし5行
目)
c「今回はオルタネータのリビルト交換&容量アップ,バッテリーの
新品交換,ダイレクト配線による電圧強化を試みることにした。」
(75頁上段13行目ないし16行目)
d「配線チューンについては別図を見てほしい。簡単に原理を説明す
ると,配線を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気を流しやす
くするのだ。特にマイナス線は太いものを使用する。旧い欧州車にあ
りがちな細い線だと,最悪,燃えてしまうようなトラブルも生じるし,
冷却水の循環で生じる静電気がセンサー類を誤作動させる恐れも出て
くる。
イグニッションコイルへの電気の流れは,通常,バッテリーのプラ
ス端子からヒューズボックスを介し,イグニッションスイッチからイ
グニッションコイルへとつながる。が,それでは電圧硬化(判決注・
「降下」の誤記と認める。)による電圧の弱さが生じてしまいがちな
ので,これもバッテリーのプラス端子からイグニッションコイルのプ
ラス端子(15番端子)にダイレクトにつなぐ。
ただし,それだと,常時,電流が流れてしまうので,その中間にリ
レーを設けたというわけだ。これでイグニッションONの時のみ電流
が流れる。
また,シリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス端
子とシリンダーブロックをマイナス線でつなぎ,より一層,アース不
良を解消する。アース不良もまた,旧いクルマのトラブルによくある
要因なのだ。」(75頁上段21行目ないし中段21行目)
e「こうして電装系チューニングが施されたシルキー6だが,オシロ
スコープの数値はノーマル時のバッテリー電圧が14.2V,ヘッド
ライト,エアコンを付けた負荷状態でも12.8∼13.1Vぐらい
の電圧を確保するに至った。
アイドリングはより安定し,中低速のトルクアップが体感できるよ
うになる。燃費もわずかながら向上し,電気の重要性を改めて痛感す
ることになった。」(75頁下段3行目ないし12行目)
f「旧車のエンジンを確実にフィールアップできる電装チューニング。
635オーナーのみならず,広く“エイティーズ・カー”オーナーに
オススメしたい。」(75頁下段24行目ないし27行目)
(ウ)「強化配線図」
75頁左上には,次の「強化配線図」が表示されている。
上記「強化配線図」では,バッテリーのプラス端子とイグニッション
コイルのプラス端子がリレーを介して,バッテリーのプラス端子とオル
タネータのB端子が,それぞれ実線でつながれている。また,バッテリ
ーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングが,バッテリーのマ
イナス端子とボディアースが,それぞれ実線でつながれている。さらに,
バッテリーのマイナス端子とエンジンとが実線でつながれ,その下に
「シリンダーブロックとシリンダーヘッドの2箇所につなぐ」との説明
文が付されている。エンジンには,「シリンダーヘッド後方のコンピュ
ータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックをマイナス線でつな
ぎ,アース不良をのがれる」との説明文が付されている。
(エ)写真に付された説明文の記載
a74頁左下には対象車のボンネットを開けた状態の写真が表示され,
その下部に付された写真の説明文には「オルタネータ,バッテリーを
リフレッシュし,配線を強化した3.5シルキー6。電圧が強力になℓ
り,アイドリングや吹け上がり(判決注・「吹き上がり」の誤記と認
める。)がより一層スムーズになった。・・・」と記載されている。
b75頁の上部に表示された4つの部品の写真のうち左下のコードの
写真の左横に付された説明文には「配線強化に使用したコード。太い
方がマイナス線で細い方がプラス線。この後,銅線ムキ出し部分はキ
レイに端子加工がなされた。」と記載されている。
c75頁「強化配線図」下段右端のバッテリーを撮影した写真の下部
に付された説明文には「バッテリーのプラス,マイナス端子に新たに
追加したダイレクト配線の端子が接続される。」と記載されている。
イ周知技術
(ア)本件明細書の【従来の技術】には,「生産されている自動車の電気
配線方法に於いて,発電機から蓄電池までのマイナスの配線材として電
線や専用電材を使用しての直接的な配線は無い。大量生産とコスト削減
のため配線材として車体やエンジンの一部を介して接続され,電線をよ
り短くする接続方法が取られる。」との記載がある(段落【0002】
1頁2欄5行目ないし10行目)。
(イ)乙第21号証(「自動車の電氣装置」紹文社昭和23年4月10
日発行の105頁)には,「電気装置配線法」との表題のもと,「自動
車の電気装置の配線方法には,単線式と複線式の二方法がある。単線式
は,蓄電池の陰極を車枠にアース(接地)し,車枠が電線の作用をなし
ているものである。従って,陽極は絶縁されて電線であって各点灯部及
発電機の陽極に連結されている。又,逆に陰極が電線を利用し,陽極を
アースしている場合もあって,そのどちらでもよく,要するに,自動車
の構造上,複雑化を計る目的をもって,一本はそれぞれの点灯部に,一
本は自動車の金属部分を応用するのである。次に複線式というのは,電
気装置に到る回路を二本の被覆電線を使用したものであって,電線の不
経済ばかりでなく,複雑な自動車の構造を一層複雑ならしむるものであ
って,現在は全く使用されては居らぬのである。」との記載がある。
(ウ)上記各記載からも明らかなように,車両のマイナス供給の電気配線
方法として,車体やエンジンの一部を配線用導体として使用する方法や
導線を用いる複線式の配線方法が存在することは,従来より周知である
といえる。
ウ本件記事の開示内容
(ア)本件記事中の「配線チューンについては別図を見てほしい。簡単に
原理を説明すると,配線を増やしてやることで,電圧降下を抑え,電気
を流しやすくするのだ。」との記載(ア(イ)d)や「バッテリーのプラ
ス,マイナス端子に新たに追加したダイレクト配線の端子が接続され
る。」との記載(ア(エ)c)から,本件記事には,既存の配線に新たに
配線を追加して増やす配線方法が開示されているといえる。
さらに,上記周知技術及び本件記事中の「配線チューンについては別
図を見てほしい。簡単に原理を説明すると,配線を増やしてやることで,
電圧降下を抑え,電気を流しやすくするのだ。特にマイナス線は太いも
のを使用する。」との記載(ア(イ)d),「シリンダーヘッド後方のコ
ンピュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックをマイナス線
でつなぎ,」との記載(ア(イ)d),「配線強化に使用したコード。太
い方がマイナス線で細い方がプラス線。」との記載(ア(エ)b),「バ
ッテリーのプラス,マイナス端子に新たに追加したダイレクト配線の端
子が接続される。」との記載(ア(エ)c),「強化配線図」の記載(ア
(ウ))から,本件記事には,既存のマイナス配線に新たに配線を追加し
て増やす配線方法が開示されているといえる。
(イ)また,本件記事には,①1986年製BMW635CSiをオルタ
ネータ交換と電装チューンでエンジンフィールを大幅改善しようとする
ものであること(ア(ア)),②エンジンのアイドリングや低回転域での
不調で,冷却水の総入れ換え,サーモスタット,ラジエターキャップの
交換で水周りを改善したり,プラグ,プラグコード,ディストリビュー
タの交換で電装系をリフレッシュしたにもかかわらず,完全には改善さ
れない症状に対するものであり,その原因が電圧の低下にあるものであ
ること(ア(イ)a,b),③上記電圧の低下に対する処置としてのダイ
レクト配線による電圧強化に関するものであること(ア(イ)c),④配
線チューン(配線チューニングによる強化配線)に関するものであり,
配線を増やすことで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくするものであ
ること(ア(イ)d),⑤導線として銅線を使用するものであること(ア
(イ)d,(エ)b),⑥配線チューンの結果,バッテリーの電圧を確保し,
アイドリングを安定させ,中低速のトルクアップをさせ,燃費を向上さ
せること(ア(イ)e),コンピュータのアース不良を防ぐこと(ア
(イ)d),⑦広く“エイティーズ・カー”オーナーに勧めることができ
る旧車に関する電装チューニングであること(ア(イ)f),が記載され
ているといえる。
(ウ)本件記事には,配線チューニングによる強化配線の例として,
(ⅰ)バッテリーのプラス端子から,中間にリレーを介して,イグニッ
ションコイルのプラス端子にダイレクトに配線することにより,イグニ
ッションコイルへの電流の流れを強化する例,(ⅱ)シリンダーヘッド
後方のコンピュータにつながるマイナス端子とシリンダーブロックをマ
イナス線でつなぐことにより,より一層アース不良を解消する例,が記
載されている(ア(イ)d)。
これら(ⅰ),(ⅱ)の記載内容からすれば,配線を増やすこと,す
なわち,既存の配線に対してさらに強化配線を追加することによって,
既存の配線に対して並列に強化配線が配置され,それらの合成抵抗値を
下げることで電圧降下を抑え,電流を流しやすくする効果を奏すること
は,当業者(その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する
者)が容易に認識し得る技術事項であるといえる。
そして,一般の自動車においては,バッテリー及びオルタネータを電
源として,自動車に配置された種々の電気部品に対して回路配線が様々
に施されていることは自明の事項であるといえるから,「強化配線図」
に示されている,(ⅲ)バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリ
アハウジングをつなぐ配線,(ⅳ)バッテリーのマイナス端子とボディ
アースをつなぐ配線は,「強化配線図」に説明文とともに記載された,
「バッテリーのマイナス端子からシリンダーブロックとシリンダーヘッ
ドの2箇所をつなぐ」強化配線と同様に,既存の配線に追加した配線で
あるととらえるのが相当である。すなわち,「強化配線図」は,強化配
線のみを図示したものと認められる。このように解しても,電気回路と
して矛盾は生じない。
したがって,本件記事には,強化配線として,(ⅰ)バッテリーのプ
ラス端子とリレーのプラス端子とを結ぶ強化配線,(ⅱ)バッテリーの
マイナス端子とエンジンとを結ぶ強化配線(「強化配線図」中で,エン
ジンには,「シリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス
端子とシリンダーブロックをマイナス線でつなぎ,アース不良をのがれ
る」との説明文が付されている。),(ⅲ)バッテリーのマイナス端子
とオルタネータのリアハウジングとをつなぐ強化配線,(ⅳ)バッテリ
ーのマイナス端子とボディアースとをつなぐ強化配線,(ⅴ)バッテリ
ーのプラス端子とオルタネータのB端子とをつなぐ強化配線が記載され
ているものと認められる。
(エ)以上によれば,本件記事には,「1986年製BMW635CSi
について,配線チューンに関するマイナス線に係る電気配線の方法で,
バッテリーのマイナス端子とオルタネータのリアハウジングを,既設の
マイナス線に,新たに銅線を追加して,強化配線するとともに,バッテ
リーのマイナス端子からの既設のマイナス線に加え,バッテリーのマイ
ナス端子からボディアース及びバッテリーのマイナス端子からシリンダ
ーブロックとシリンダーヘッドの2箇所に新たに銅線を追加して強化配
線し,さらにシリンダーヘッド後方のコンピュータにつながるマイナス
端子とシリンダーブロックを新たに銅線を追加するマイナス線でつない
で強化配線する電気配線の方法」(以下「本件記事の発明」という。)
が開示されているものと認められる。
エ原告の主張について
(ア)原告は,本件記事には,「バッテリーの端子とオルタネータのリア
ハウジング」とをつなぐ配線及び「バッテリーのマイナス端子からボデ
ィアース」とをつなぐ配線についての記載がない旨主張し,その根拠と
して,①75頁の上部に表示された4つの部品の写真のうち左下のコー
ドの写真は,「オルタネータ交換と電装チューン」と称する更生作業の
ために調達した部品を撮影したものと考えられるものの,同写真には,
プラス用の細い導線が1本とマイナス用の太い導線が2本しか写ってい
ないこと,②75頁「強化配線図」下段右端のバッテリーを撮影した写
真には,新たな配線の趣旨と解される束ねられた導線がプラス,マイナ
ス端子とも各1本ずつしか写っていないことを挙げる。
a①の点について
原告の主張する写真に付された説明文には,「配線強化に使用した
コード。太い方がマイナス線で細い方がプラス線。この後,銅線ムキ
出し部分はキレイに端子加工がなされた。」と記載されている(ア
(エ)b)ことからすれば,同写真の趣旨は,配線強化に使用したマイ
ナス線,プラス線のコードの形状を写真で示すことにあるにすぎない。
上記写真に示されたコードの本数が強化配線に使用されたコードのす
べてであると解すべき根拠はない。
b②の点について
原告の主張する写真は不鮮明であり,バッテリーのプラス端子,マ
イナス端子に接続したすべての強化配線を撮影する趣旨のものとは解
されない。
c上記アで認定した本件記事の「強化配線図」の記載,本文中の記載
及び写真に付された説明文の記載からは,原告の主張する上記配線も
本件記事中に示されているものと解し得ることは上記ウで述べたとお
りである。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(イ)また,原告は,本件記事においては,電装チューンにおけるマイナ
ス配線は,オルタネータの交換,容量アップ,バッテリーの新品交換,
プラス側の極めて特徴的な配線と一体として述べられており,また,む
しろ,その主眼は,オルタネータの容量アップ及びプラス側の極めて特
徴的な配線にあり,マイナス配線は付随的なものにとどまるから,マイ
ナス配線のみを抽出することには根拠がなく,また,相当でない旨主張
する。
a本件記事中の「今回はオルタネータのリビルト交換&容量アップ,
バッテリーの新品交換,ダイレクト配線による電圧強化を試みること
にした。」との記載(ア(イ)c)にあるとおり,本件記事は,「19
86年製BMW635CSi」の電装チューンにおいて,オルタネー
タをリビルト品で交換し,容量をアップすること,バッテリーを新品
に交換すること,ダイレクト配線による電圧強化をすること,の3つ
の対策を試みたものである。
上記3つの対策は,これらを組み合わせることによりより大きな効
果を得られるものであるとは言い得るものの,それぞれを単独で行っ
たのでは何らの効果も奏することができないというものではない。本
件記事中においても,上記3つの対策を一体として行わなければなら
ない旨の記載はない。
bまた,ダイレクト配線についても,プラス配線も,マイナス配線も
共に,配線を増やすことで電圧降下を抑え,電気を流しやすくする効
果を奏するものであるから(ア(イ)d参照),プラス配線単独でも,
マイナス配線単独でも,上記の効果を奏することができるのであって,
プラス配線とマイナス配線とが一体でなければならない必然性はない。
これらは,別個に独立して採用し得る手段であるから,マイナス配
線を増やす手段を抽出して本件記事において開示された発明を認定す
ることも可能である。
cさらに,上記のとおり,本件記事中には,「配線チューンについて
は別図を見てほしい。簡単に原理を説明すると,配線を増やしてやる
ことで,電圧降下を抑え,電気を流しやすくするのだ。」との記載が
あること(ア(イ)d)からすれば,本件記事において,マイナス配線
に独自の意義があることは明らかであり,マイナス配線が付随的なも
のにとどまるとも,これだけを抽出することが無意味であるともいえ
ない。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(ウ)原告は,本件記事の強化配線の技術的な説明に基づいて考察すると,
配線は抵抗値を低くするものであることが必要とはいえても,導電率の
高い(良い)配線材を使用する必要性は認められないから,本件記事に
は,「導電率の良い配線材」の使用が必要であることは記載されていな
い旨主張する。
aしかしながら,本件明細書には,「・・・抵抗値や金属の性質によ
り,鉄よりも電気配線に適した材質に交換するか,追加することで電
圧降下を少なくし,損失をおさえる。追加という方法は,電気の性質
上,流れ易い方へ流れる事を利用している。本発明にて使用する配線
材量は鉄より抵抗が低く熱に変化しにくい,真鍮,銅,銀材を使用す
る。・・・」(段落【0008】2頁3欄48行目ないし4欄3行
目)との記載がある。
上記記載によれば,本件明細書には,「導電率の良い配線材」の一
つとして,「銅」を使用することが示されている。
b他方,本件記事には,「特にマイナス線は太いものを使用する。」
(ア(イ)d),「配線強化に使用したコード。太い方がマイナス線で
細い方がプラス線。この後,銅線ムキ出し部分はキレイに端子加工が
なされた。」(ア(エ)b)と記載されている。
上記記載によれば,本件記事において,配線強化に使用されるマイ
ナス線及びプラス線のコードは銅線であることが認められる。
c以上によれば,本件記事の発明における「銅線」が「導電率の良い
配線材」であることは明らかであり,本件記事には,導電率の良い配
線材を使用することが開示されているといえる。
よって,原告の上記主張は採用することができない。
(3)対比
本件発明と本件記事の発明とを対比すると,後者の「1986年製BMW
635CSi」は,前者の「車両」に,後者の「オルタネータ」は前者の
「発電機」に,後者の「バッテリー」は前者の「蓄電池」に,後者の「ボデ
ィ」は前者の「車体」に,後者の「シリンダーブロック」と「シリンダーヘ
ッド」は前者の「エンジンの一部」に,後者の「銅線」は前者の「導電率の
良い配線材」にそれぞれ相当する。
また,後者の「マイナス線に係る電気配線の方法」は,前者の「マイナス
供給の電気配線方法」に,後者の「バッテリーのマイナス端子とオルタネー
タのリアハウジングを,・・・(中略)・・・新たに銅線を追加して,強化
配線する」は,前者の「導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用し
て行う」に相当する。
さらに,後者の「既設のマイナス線」による「マイナス線に係る電気配
線」と前者の「発電機と蓄電池の間を車体やエンジンの一部を配線用導体と
して使用する」「マイナス供給の電気配線」とは,ともに,従来の既設のマ
イナス供給の電気配線であり,両者とも,「導電率の良い配線材を配線用導
体として追加使用」する前の車両には既設のマイナス供給の電気配線がある。
よって,本件発明と本件記事の発明の一致点及び相違点は,次のとおりで
あると認められる。
ア一致点
車両のマイナス供給の電気配線方法で,発電機と蓄電池の間において,
既設のマイナス供給の電気配線を使用するとともに,導電率の良い配線材
を配線用導体として追加使用して行う電気配線方法である点
イ相違点
(ア)相違点A
車両の種類(車種)について,本件発明では特定していないのに対し,
本件記事の発明では「1986年製BMW635CSi」である点
(イ)相違点B
導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用する車両が,本件発
明では,発電機と蓄電池の間の配線を車体やエンジンの一部を配線用導
体として使用する車両であるのに対し,本件記事の発明ではいかなる車
両であるのか不明である(既設のマイナス供給の電気配線がある車両で
あることしか明らかでない)点
ウ相違点の検討
(ア)相違点Aについて
本件記事の発明は「1986年製BMW635CSiについて」のも
のである。
しかしながら,前述のとおり,本件記事には「広く“エイティーズ・
カー”オーナーに」勧めることができる旧車に関する電装チューニング
であること((2)ア(イ)f)が記載されており,「1986年製BMW
635CSi」という特定の車種に限らず,その他の旧車にも適用する
ことができることが示唆されている。
一方,通常の車両(旧車)は既設のマイナス供給の電気配線を有して
おり,本件記事の発明の「新たに導線を追加使用する車両」とすること
ができないという格別の事情もない。
上記示唆に基づいて,特定の車種に限らない車両(車種)を「追加使
用」する車両として選択することに格別の困難性は認められない。
(イ)相違点Bについて
上記のとおり,本件記事の発明は特定の車種に限定されるものではな
い。
また「1986年製BMW635CSi」を含め旧車は,当然,従来
より周知の既設のマイナス供給の電気配線を有しており,その電気配線
がいかなるものであろうと,これに加えて導電率の良い配線材を追加使
用することができないというものではない。
さらに,本件記事の発明は,電圧降下を抑え,電気を流しやすくして,
バッテリー電圧を確保するために導電率の良い配線材を追加使用すると
いうものであるから,既設のマイナス供給の電気配線がいかなる配線で
あろうと,その効果を当業者が期待するものといえる。
そうすると,発電機と蓄電池との間に既設のマイナス供給の電気配線
を備えた車両として,従来周知の車体やエンジンの一部を配線用導体と
して使用する車両に対して本件記事の発明を適用することに格別の困難
性は認められない。
既設のマイナス供給の電気配線に,導線を用いる複線式の車両でも,
発電機と蓄電池との間において車体やエンジンの一部を配線用導体とし
て使用する車両でも,導線や接続箇所の劣化等による電気抵抗の増加等
の問題があることは当業者が普通に予測し得るものである。
(ウ)効果について
a本件発明と本件記事の方法は,共に既設のマイナス供給の電気配線
に「導電率の良い配線材を配線用導体として追加使用」するものであ
る。
また,本件発明は,前述のとおり,旧車における追加の配線をも含
むものである。
そうすると,本件発明の効果は,本件記事の発明と同様に「導電率
の良い配線材を配線用導体として追加使用」することから派生する効
果であるといえ,その効果は当業者が予測し得る範囲内のものである
といえる。
b本件発明は,「発電機と蓄電池の間」のみに係るマイナス供給の電
気配線方法であるから,電子機器間の電位差が少なくなることによる
正確なエンジン制御とは直接の関連があるとはいえず,電圧が確保さ
れることによる限度で,本件発明の効果が認められるにすぎない。
エ原告の主張について
(ア)原告は,本件記事には車両の設計値としての電圧を維持することが
できない状態が恒常的になった老朽車両に対する更生方法が記載されて
いるのに対し,本件発明はバッテリー電圧その他の電圧が,恒常的に設
計値を維持している車両について,それが本来持つ性能を発揮させよう
とするものであって,両者の技術的課題は異なるものである旨主張する。
しかしながら,上記(1)エで述べたとおり,本件明細書には,古い車
(老朽車両)に対する性能改善の方法として,古い車に対して追加の配
線を施すことを含むことが明示されており,本件発明は,古い車も対象
としているものと認められる。
よって,両者の目的,技術的課題が異なるものであるとの原告の上記
主張は採用することができない。
(イ)原告は,本件発明は電気の流れ易さ,電子の移動速度に注目するも
のであり,本件記事とは技術的課題が異なる旨主張する。
しかしながら,「電子の移動速度に注目するものである」との点につ
いては,本件明細書中に記載も示唆もない。
また,「電気の流れ易さ」や「電子の移動速度」が,導電率の良い配
線材を用いることと関連するとしても,上記(2)エ(ウ)で述べたとおり,
「導電率の良い配線材」を用いること自体は,本件記事の発明と共通し
ている。
よって,原告の上記主張も採用することができない。
(ウ)原告は,本件発明には,①新車において本来予定されている性能を
超える性能を発揮するようになる,②スパークプラグが存在せず,エン
ジン制御用のコンピューターを搭載していないことが多いディーゼル車
においても,実施可能でかつ顕著な効果を生じる,③本件発明による排
ガス削減等の効果が,車種,条件等によって若干のばらつきはあるもの
の,常に何らかの効果が生じている,④本件発明を実施するにつき,配
線の太さは問題とならず,細い導線であっても効果が生じる,⑤排ガス
に含まれる有毒ガスの除去,その他の効果において数値的にも極めて顕
著であり,マイナス配線の一部に良導電性の配線材による配線を実施す
ることだけで実現する技術である,という顕著な効果がある旨主張する。
a①の点について
上記(ア)で述べたとおり,本件発明の構成は,古い車にも適用され
るものであるから,①の新車における効果は,本件発明の進歩性を基
礎付ける顕著な効果であるということができないことは明らかである。
b②の点について
本件明細書には,排気ガスの減少に関する記載に続けて,「さらに
共通した改善点を一部あげる。燃費がよくなる。始動時のかかりが良
くなる。エアコン投入時の減速感が少なくなる。エンジン音が静かに
なる。メーター類の動作が速くなる。加速,減速がより正確で反応が
速くなる。オートマチック車の変速ショックが柔らかくなる。ラジオ
のノイズが減少する。カーステレオの音質が向上する。ライトが明る
くなる。速度制限の無い車に於いては最高速度が上がる。このように
全てに於いて電力損失が減少し,電装品が正しく動作するため,より
完全燃焼し他の関連した機構も正しく動作している様子がうかがえる。
これはディーゼル車でも排気ガスの項目を除き同じ改善が認められ
る。」(段落【0010】2頁4欄43行目ないし3頁5欄4行目)
との記載があるものの,ディーゼル車について,従来技術と対比した
実施例等の記載は全くない。
本件明細書の上記記載によれば,ディーゼル車においても,本件発
明の効果として,排気ガスの項目を除き,ガソリン車と同じく電装品
の改善等が認められるという効果は記載されているものの,これらの
効果が,本件発明の進歩性を基礎付ける顕著な効果であることについ
ては,何ら具体的な記述がなく,これを認めることはできない。
c③,⑤の点について
(a)本件明細書には,「この発明により電子機器間の電位差が少な
くなり,常に,より正確なエンジン制御が可能になる。エンジンが
正確に動作する事は完全燃焼につながり,排気ガスCO,HC,も
少なくなるはずであるし,エンジン自体の出力向上や反応も速くな
る。更に燃費向上にもなる。」(段落【0008】2頁4欄7行目
ないし12行目),「エンジンが正しく動作しているという現象と
して,車検時に測定するガソリン車の排気ガスHC,COを調べた。
以前より正確であれば,排気ガスは減少するはずである。本発明で
ある,指定した部品間を充分な電流容量をもつ材質が銅材,または
銀材にて配線を行った後に測定した。銅材配線ではHCが約半分に
COが10分の1に減少。銀材使用ではHC,0ppm,CO,0.
0%になる車種も多い。正確な数値は車種により異なるが,これは
新車時に登録されている数値より明らかに減少している。古い車の
場合,前回の整備記録と比較すると電子制御されている車の殆どが
一桁以上の減少を測定により確認出来る。」(段落【0010】2
頁4欄25行目ないし36行目)との記載があるものの,従来技術
と対比した実施例等の記載は全くない。
本件明細書の上記記載は,本件発明がその進歩性を基礎付ける顕
著な効果を奏するものであるか否かについて,具体性に欠けるもの
といわざるを得ない。
原告は,本件発明に顕著な効果があるとして,甲第20ないし第
24,第32の1ないし3,第33号証等の実験結果報告書等を証
拠として提出するものの,これらの記載により本件明細書の記載を
補うことはできない。
(b)よって,原告の上記③及び⑤の点についての主張を採用するこ
とはできない。
d④の点について
本件明細書には,「導電率の良い配線材」の太さ(細さ)について
の記載はなく,本件発明が太い配線材の使用を除外したものであると
はいえないから,④の細い導線であっても効果が生じるとの効果は,
本件発明の進歩性を基礎付ける顕著な効果であるということができな
いことは明らかである。
eなお,原告は,本件発明は滞留した静電気を速やかに除去すること
を実現するものである旨主張するものの,本件明細書中には,この点
についての記載も示唆もないから,原告の上記主張は採用することが
できない。
(4)まとめ
以上によれば,本件発明は,本件記事の発明に基づいて,周知の事項を参
酌することにより,当業者において,容易に想到することができたものであ
るというべきである(特許法29条2項)。
よって,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものと認められ
るから,原告は,被告に対し,本件特許権を行使することはできない(特許
法104条の3)。
2よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本訴請求は,いず
れも理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第47部
阿部正幸裁判長裁判官
平田直人裁判官
柵木澄子裁判官
(別紙)
物件目録
1商品名「アースケーブル」
ジャンコード4905034026001・4905034026018
2商品名「ターミナルブロック」
ジャンコード4905034026308
3商品名「アース用端子6パイ」
ジャンコード4905034026100
4商品名「アース用端子8パイ」
ジャンコード4905034026117
5商品名「アース用端子10パイ」
ジャンコード4905034026124
以上
(別紙特許公報は省略)

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◎事務所事件の共同受任可

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