弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を仙台高等裁判所秋田支部に差し戻す。
         理    由
 上告代理人脇山淑子の上告理由第二について
 原判決は、上告人が本件農地の買主として売買契約を履行するために上告人所有
の農地を売却して手附金を除いた残代金支払の準備を整え、再三にわたり売主であ
る被上告人に対し履行を催告したから、上告人は民法五五七条一項にいう「契約の
履行に着手」したものであつて、その後に被上告人がした手附倍戻しによる売買契
約解除の意思表示は効力を生じない旨主張したのに対し、上告人は多額の預貯金を
有し本件売買代金の支払に窮することはない旨自認していることに加えて、上告人
所有農地の売買の経緯に照らすと、右売買は本件売買契約の履行のためにされたも
のとは認められないとしたうえ、上告人が本件売買代金の全額を現実に提供したな
ど特別の事情の認められない本件においては、被上告人の契約解除の意思表示前に
上告人が契約の履行に着手したものとは解されないとして、上告人の右の主張を排
斥し、本件農地の売買契約は解除されたものと判断して上告人の農地法上の許可申
請手続、所有権移転登記手続等の請求を棄却している。
 しかしながら、土地の買主が約定の履行期後売主に対してしばしば履行を求め、
かつ、売主が履行すればいつでも支払えるよう約定残代金の準備をしていたときは、
現実に残代金を提供しなくても、民法五五七条一項にいわゆる「契約の履行に着手」
したものと認めるのが相当であることは、当裁判所の判例とするところであり(昭
和三〇年(オ)第九九五号同三三年六月五日第一小法廷判決・民集一二巻九号一三
五九頁)、この理は、農地の売買においても異なるところはないものというべきで
ある。しかるところ、原審の適法に確定するところによれば、本件農地の売買契約
は昭和五〇年一一月一八日に締結されたが、被上告人は、契約後ただちに農地法三
条の許可申請手続をし、許可あり次第残代金の支払と引き換えに所有権移転登記手
続及び引渡しをすることを約したにもかかわらず、右約束に反して許可申請手続を
しなかつたというのであり、そのため上告人が被上告人に対する仮登記仮処分決定
を得て昭和五一年七月二九日本件農地について条件付所有権移転の仮登記を経由し
たことは、当事者間に争いがなく、更に上告人が昭和五一年九月四日本訴を起こし、
昭和五三年二月二一日第一審において勝訴の判決を得たことは本件記録によつて明
らかであるから、被上告人がその後の本訴控訴審第一回期日(昭和五三年九月一三
日)に手附倍戻しによる契約解除の意思表示をする前に上告人は被上告人に対し再
三にわたつて本件売買契約の履行を催告していたものというべきところ、上告人の
主張と原判決の認定するところによれば、上告人は当時その所有農地の売買によつ
て取得した代金を含めて多額の預貯金を有し本件売買代金の支払に窮することはな
かつたというのであるから、更に審理をすれば、上告人が前記催告の間常に残代金
の支払の準備をしており、農地法三条所定の許可がされて所有権移転登記手続をす
る運びになればいつでもその支払をすることのできる状態にあつたと認定される可
能性があつたものといわなければならない。そして右のように認定されれば、上告
人は被上告人の契約解除前すでに履行に着手したものと解すべきものであるから、
原判決が右の点について事実関係を確定することなく上告人の主張を排斥したこと
は、履行の着手に関する民法五五七条一項の解釈を誤り、ひいて審理不尽の違法を
おかしたものというべく、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。この
点に関する論旨は理由があり、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決
は破棄を免れない。そして、本件については更に審理を尽くさせるのが相当である
から、これを原審に差し戻すこととする。
 よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判
決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    谷   口   正   孝
            裁判官    団   藤   重   光
            裁判官    藤   崎   萬   里
            裁判官    本   山       亨
            裁判官    中   村   治   朗

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