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平成18年(行ケ)第10239号審決取消請求事件
平成19年3月28日判決言渡,平成19年3月14日弁論終結
判決
原告株式会社和ケミカル
訴訟代理人弁護士松田政行
同齋藤浩貴
同池村聡
同弁理士林宏
同林直生樹
同堀宏太郎
同後藤正彦
同吉迫大祐
被告Y
被告岡三リビック株式会社
両名訴訟代理人弁護士櫻井彰人
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が無効2005−80238号事件について平成18年4月11日に
した審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
被告らは,発明の名称を「管路補修工法」とする特許第2501048号
(平成3年5月14日出願,平成8年3月13日設定登録。以下「本件特許」
といい,その出願を「本件出願」という。)の特許権者である。
原告は,平成17年8月1日,本件特許を無効とすることについて審判の請
求をし,無効2005−80238号事件として特許庁に係属したところ,被
告らは,同年10月24日,本件出願の願書に添付した明細書の請求項1につ
いて訂正請求をした。特許庁は,本件無効審判請求について審理した結果,平
成18年4月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,
同月21日,その謄本を原告に送達した。
2上記訂正請求に係る明細書(甲16添付,以下「本件訂正明細書」とい
う。)の特許請求の範囲の請求項1,2,4に係る発明(以下,順に「本件発
明1」,「本件発明2」,「本件発明4」という。)の要旨
【請求項1】熱硬化性樹脂を含浸し,且つ内面が気密性の高いフィルムで被覆
された管状ライニング材を空気圧によって老朽管内で膨張させて老朽管内周面
に押圧し,この状態を保ったまま,管状ライニング材にこれの内側から温水を
シャワリングし,シャワリング済みの温水を管状ライニング材底部を流し,循
環して該管状ライニング材に含浸された熱硬化性樹脂を硬化させるようにした
ことを特徴とする管路補修工法。
【請求項2】前記管状ライニング材は,老朽管内に挿入される前に熱硬化性樹
脂を含浸していることを特徴とする請求項1記載の管路補修工法。
【請求項4】前記温水は,老朽管と加熱装置間を循環することを特徴とする
請求項1記載の管路補修工法。
3審決の理由
()審決の理由は,別添審決謄本写し記載のとおりであり,①本件発明1は,1
本件出願の日前の他の特許出願であって,その出願後に出願公開された特願
平3−106545号(特開平7−186259号公報)の願書に最初に添
付した明細書及び図面(以下「先願明細書等」という。)に記載された技術
(以下「先願発明」という。)と同一ではなく,本件発明2,4は,本件発
明1を引用して記載し,技術的な限定を加えたものであるから,同様に,先
願発明と同一でなく,したがって,いずれも特許法29条の2に該当しない,
②本件発明1は,特開昭60−242038号公報(甲2,以下「引用例
2」という。),特開昭56−115213号公報(甲3,以下「引用例
3」という。),米国特許第4562098号明細書(甲4,以下「引用例
4」という。),特開平1−148530号公報(甲5,以下「引用例5」
という。)に記載された発明(以下,順に「引用発明2」ないし「引用発明
5」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでは
なく,本件発明2,4も,同様に,上記引用発明2ないし5に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたものとはいえないと認定判断した。
()先願発明2
熱硬化性樹脂が含浸された,フェルトからなるつばと該つばに接合された
フェルトチューブ,及び該フェルトチューブの外面を覆う耐熱フィルムチュ
ーブから形成されている内張り材の内部に,複数の流体流出口を有する加圧
流体供給ホ−スを挿入し,該流体流出口を耐熱フイルムチュ−ブの後側に配
置して固定し,一端部がパッカ−表面に取り付けられパッカ−内を貫通した
後端に空気供給口と加圧流体供給ホ−ス挿入口を有する反転ガイドパイプに,
上記内張り材を挿入して,該内張り材のつばをパッカ−の表面に装着し,上
記パッカ−を取付管の本管接続部まで移動した後,パッカ−内部に加圧空気
を供給してパッカ−を膨張させ,内張り材のつばを取付管の本管接続部に固
定し,上記反転ガイドパイプの空気供給口から加圧空気を供給し,上記内張
り材を取付管内に反転,挿入し,上記加圧流体供給ホースの両端部が接続さ
れた加熱加圧流体源より蒸気又は温水を該ホースに送り,蒸気等の一部が流
体流出口から耐熱フィルムチューブと反転ガイドパイプで形成する空間に噴
射され,かつ,その他の蒸気等は該ホースと加熱加圧流体源間で循環し,こ
のように蒸気等を循環させて反転したフェルトチュ−ブとつばを加熱して,
熱硬化性樹脂を硬化させることを特徴とする取付管用内張り材の施工方法。
()本件発明1と先願発明との対比3
本件発明1と先願発明とを対比すると,両者は,少なくとも以下の2点で
相違する。
①本件発明1においては,管状ライニング材に内側から「温水をシャワリ
ング」して「熱硬化性樹脂を硬化させる」のに対し,先願発明においては,
蒸気等の一部が加圧流体供給ホースの流体流出口から耐熱フィルムチュー
ブと反転ガイドパイプで形成する空間に噴射され,その他の蒸気等は該ホ
ースと加熱加圧流体源間で循環し,蒸気等の循環により樹脂を加熱,硬化
させるのであり,「温水をシャワリング」して「熱硬化性樹脂を硬化さ
せ」ているかどうか不明である点(以下「相違点1」という。)
②本件発明1においては,シャワリング済みの温水を循環させるのに対し,
先願発明においては,噴射された蒸気等を循環させる構成を有さない点
(以下「相違点2」という。)
()引用発明24
縫合したフェルトのような繊維質材料を硬化性樹脂で含浸してつくられた
屈曲性の内張用管の外側に不透性のフィルムが接着されたものを,液体によ
り裏返されつつパイプライン内に挿入・送りこまれ,裏返された上記管内に
残留した上記液体により上記管はパイプライン表面の形状通りとなるよう維
持され,上記管内に加熱水が循環されて樹脂が硬化されるパイプラインの内
張方法。
()本件発明1と引用発明2との対比における相違点5
本件発明1においては,管状ライニング材に内側から「温水をシャワリン
グ」して熱硬化性樹脂を硬化させるのに対し,引用発明2においては,管内
に加熱水が循環されて樹脂が硬化される点(以下「相違点3」という。)
()引用発明36
内面に熱硬化性接着剤を塗付された柔軟な内張り材の一端を環状に固定し,
該環状固定部分の後部に圧縮空気等の流体圧力を作用させると共に,該環状
固定部分に形成される折返し部分において内張り材を内側が外側となるよう
反転させつつ該折返し部分を管路内を進行させると共に反転した内張り材を
前記流体圧力により前記接着剤を介して管路内面に圧着させ,内張り材の自
由端にその全長全周に亘つて微細な漏出孔を多数有する前記内張り材よりも
小径の柔軟なホースを接続し,前記内張り材をその全長に亘つて反転するこ
とにより該内張り材を管路の全長に亘つて圧着すると共に該内張り材内に前
記ホースを挿通し,然る後に前記ホース内に加圧水蒸気を送入して該加圧水
蒸気を前記漏出孔からホースと内張り材との間へ漏出せしめ,内張り材を介
して前記接着剤を加温して硬化せしめることを特徴とする管路の内張り方法。
()本件発明1と引用発明3との対比における相違点7
本件発明1においては,管状ライニング材に内側から「温水をシャワリン
グ」して熱硬化性樹脂を硬化させるのに対し,引用発明3においては,加圧
水蒸気をホースの漏出孔からホースと内張り材との間へ漏出させて熱硬化性
接着剤を加温,硬化させる点(以下「相違点4」という。)
第3原告主張の審決取消事由
審決は,①特許法29条の2該当性について,本件発明1と先願発明とが相
違点1及び2において実質的に相違すると誤った認定判断をし(取消事由1
(),()),本件発明2,4についても同様の誤認をし(取消事由1()),123
②特許法29条2項該当性について,引用発明2の認定を誤り(取消事由2
()),相違点3及び4についての判断を誤り(取消事由2()),本件発明112
に顕著な作用効果があると誤認し(取消事由2()),本件発明2,4につい3
ても同様の誤認をし(取消事由2()),その結果,本件発明1,2,4が,4
いずれも先願発明と同一ではなく,また,引用発明2ないし5に基づいて当業
者が容易に発明をすることができたといえないとの誤った結論を導いたもので
あるから,違法として取り消されるべきである。
1取消事由1(実質的同一性の認定判断の誤り)
()取消事由1()(相違点1についての認定判断の誤り)11
ア審決は,相違点1として,「本件発明1においては,管状ライニング材
に内側から『温水をシャワリング』して『熱硬化性樹脂を硬化させる』の
に対し,先願発明においては,蒸気等の一部が加圧流体供給ホースの流体
流出口から耐熱フィルムチューブと反転ガイドパイプで形成する空間に噴
射され,その他の蒸気等は該ホースと加熱加圧流体源間で循環し,蒸気等
の循環により樹脂を加熱,硬化させるのであり,『温水をシャワリング』
して『熱硬化性樹脂を硬化させ』ているかどうか不明である点」(前記第
2の3()①)を挙げた上,①「先願発明における熱硬化性樹脂の硬化は,3
『加圧流体供給ホースの両端部が接続された加熱加圧流体源より蒸気又は
温水を該ホースに送り,蒸気等の一部が流体流出口から耐熱フィルムチュ
ーブと反転ガイドパイプで形成する空間に噴射され,かつ,その他の蒸気
等は該ホースと加熱加圧流体源間で循環し,このように蒸気等を循環させ
て反転したフェルトチューブとつばを加熱して』行うものであり,主とし
て蒸気又は温水の循環により行われるものと解される」(審決謄本11頁
第4段落),②「『蒸気等の一部が流体流出口から・・・空間に噴射さ
れ』る点については,先願明細書等には,耐熱フィルムチューブと反転ガ
イドパイプで形成する空間内の圧力,加圧流体供給ホース内の圧力,温水
の供給量,空間内の容積等の条件が何ら記載されて」いない(同段落)こ
とを理由に,「先願発明においては,温水をシャワリングして熱硬化性樹
脂を硬化しているとはいえず,上記相違点1)は実質的な相違点であ
る。」(同頁第5段落)と認定したが,誤りである。
イまず,上記①の理由についてみると,先願明細書等(甲1)の「蒸気等
の一部は流体流出部13から耐熱フイルムチューブ10と反転ガイドパイ
プ2で形成する空間に噴射され,その他蒸気等は加圧流体供給ホース12
と加熱加圧流体源間で循環する。このように蒸気等を循環することにより
つば8とフェルトチューブ9を所定温度で加熱することができる。」(段
落【0025】)との記載は,蒸気等の一部が流体流出口から耐熱フィル
ムチューブと反転ガイドパイプで形成する空間に噴射され,かつ,その他
の蒸気等は該ホースと加熱加圧流体源間で循環し,このように蒸気等を循
環させて反転したフェルトチューブとつばを加熱するという意味であり,
「このように蒸気等を循環することにより」の部分は,単に「循環」のみ
を指しているのではなく,上記段落【0025】の前段部分である「蒸気
又は温水の噴射」をも含んでいるものである。
このことは,前段の「噴射され,その他蒸気等は・・・循環する」との
記載,先願明細書等の請求項1において「循環」が構成要件とされておら
ず,「加熱加圧流体を供給して加熱,硬化させる」ことが発明の特徴とさ
れていること,先願明細書等の「加圧流体供給ホースから加熱加圧流体を
供給して,反転したフェルトチューブとつばを加熱,硬化させることを特
徴とする。」(段落【0009】)及び「加圧流体供給ホースの流体流出
口から加熱加圧流体を噴出させてフェルトチューブとつばの硬化性樹脂を
加熱し硬化させることにより,」(段落【0039】)との各記載におい
て,「循環」には一切言及されていないこと,先願明細書等の【図7】に
は,蒸気又は温水の噴射が矢印によって図示されていることなどから裏付
けられる。
したがって,審決が,「先願発明における熱硬化性樹脂の硬化は,・・
・主として蒸気又は温水の循環により行われる」と解釈したのは,明白な
誤りである。
ウ次に,上記②の理由については,先願明細書等中に,「耐熱フィルムチ
ューブと反転ガイドパイプで形成する空間内の圧力,加圧流体供給ホース
内の圧力,温水の供給量,空間内の容積等の条件」の記載がないからとい
って,そのことから直ちに,先願発明において,「温水のシャワリングに
より熱硬化性樹脂が硬化されるかどうかは,やはり不明である。」(審決
謄本11頁第3段落)との結論に結び付けることはできない。そもそも,
本件訂正明細書においても,上記諸条件についての記載は,全く見当たら
ないのであって,このことは,審決が摘示する上記諸条件が,シャワリン
グの実施態様を開示するために必要でないことを物語っているものである。
エ被告らは,先願明細書等の該当箇所には「シャワリング」という記載は
なく,蒸気等の一部は,フェルトチューブとつばではなく,「耐熱フィル
ムチューブ10と反転ガイドパイプ2で形成する空間」(以下「本件空
間」という。)に噴射されるにすぎず,本件発明1にいう「シャワリン
グ」はされていない旨主張する。
しかし,「噴射」も「シャワリング」も,「小さな穴から液体または蒸
気を噴出する」程度の意味にすぎず,先願発明の説明において「シャワリ
ング」という用語が使われていないことをもって,先願発明においてシャ
ワリングが行われていないと結論付けることはできない。上記イのとおり,
先願発明においても,本件発明1と同様に,硬化対象たる熱硬化性樹脂に
温水を噴射(本件発明1にいう「シャワリング」)することにより,熱硬
化性樹脂を硬化させることが明らかである。
()取消事由1()(相違点2についての認定判断の誤り)22
ア審決は,相違点2として,「本件発明1においては,シャワリング済み
の温水を循環させるのに対し,先願発明においては,噴射された蒸気等を
循環させる構成を有さない点。」(前記第2の3()②)を挙げるととも3
に,格別の理由を付することなく,「先願発明においては,流体流出口か
ら耐熱フィルムチューブと反転ガイドパイプで形成する空間内に噴射され
た蒸気等を循環させていないことは明らかである。」(審決謄本11頁下
から第2段落)と認定したが,誤りである。
イ上記()イのとおり,先願発明においても,本件発明1と同様に,硬化1
対象たる熱硬化性樹脂に温水を噴射(本件発明1にいう「シャワリン
グ」)することにより,熱硬化性樹脂を硬化させているものであるから,
蒸気等の循環は,記載されていると同視し得るものである。先願発明では,
熱硬化性樹脂の加熱に蒸気を用いることを基本とし,それが温水であって
も同等の効果を奏することを前提にして説明されていると考えられ,周知
の技術である「循環」の必要性についてまで,あえて説明しなかったにす
ぎない。
ウ被告らは,先願発明は,本件空間が加圧流体供給ホース12から送られ
た蒸気等の一部により満水又は満水の状態となり,本件空間内に噴射され
た蒸気等以外のその他蒸気等が加圧流体供給ホース12と加熱加圧流体源
間で循環し,当該循環によって,つば8とフェルトチューブ9を所定温度
に加熱すると記載されている旨主張する。
しかし,先願明細書等の「所定時間経過して熱硬化性樹脂が硬化したら,
蒸気等の循環を停止し,反転ガイドパイプ2とパッカー1に送っている加
圧空気を止めて内部の加圧空気を抜く。この加圧空気を抜くことによりパ
ッカー1が収縮し,耐熱フィルムチューブ10が硬化したフェルトチュー
ブ9から離れる。そこでパッカー1を本管20から引き抜くことにより,
接続管22と取付管21の端部とを硬化したつば8とフェルトチューブ9
で覆うことができる。」(段落【0026】)との記載によれば,熱硬化
性樹脂の硬化時には,蒸気等の一部が噴射される耐熱フィルムチューブと
反転ガイドパイプで形成する本件空間には,いまだ加圧空気が存在してい
るのであるから,同所が温水に満たされていないことは明らかであり,ま
た,仮に,本件空間内が満水ないしそれに近い状態であるとすれば,パッ
カーを引き抜くことはできない。
また,先願発明においては,「加圧流体供給ホース内に加熱流体を循環
させ,当該ホース内を循環する加熱温水により本空間内に貯溜する温水を
加熱する」ことにより熱硬化性樹脂を加熱するものではない。
エ審決は,審判段階での,「温水の循環使用」は周知技術であり,本件発
明1は先願発明に該周知技術を付加したものにすぎないとの原告の主張に
対して,「先願発明においては,・・・蒸気等の大部分は加圧流体供給ホ
ースと加熱加圧流体源間で循環しているのであり,蒸気等が仮に温水であ
ったとしても,空間内に噴射された一部の該温水を循環させることについ
ては,実質的に記載されていないし,想定もされていない」(審決謄本1
2頁第2段落),「単に,温水を循環使用することが周知であるとしても,
加圧流体供給ホースと加熱加圧流体源間での蒸気等の循環に加えて,空間
内に噴射された一部の蒸気等をさらに循環させることは,周知技術という
こともできない」(同頁第3段落)として,これを排斥した。
しかし,水蒸気の場合と異なり,温水をシャワリングする場合,シャワ
リング済みの温水が管内に溜まり,これを何らかの手段で処理する必要性
が生じることは当然に想定される事態であり,先願明細書等においても,
このような事態を当然に想定していたものと考えるのが自然である。そし
て,溜まった温水を処理するに際し,これを単に除去・排出だけをするの
ではなく,温水として再利用するため循環させることは,格別な技術的思
想を要するものでもなく,当業者であれば当然に想起する単なる一設計事
項にすぎない。
例えば,実公平5−45404号公報(甲12)や実開昭61−200
160号公報(甲13)から分かるように,先願発明において採用してい
る上記ポンプ循環の流路は,ポンプを用いた加圧液体利用流路において,
ポンプに付随する設備として極めて一般的に用いられている機械的技術の
常識であり,ポンプから吐出した温水を循環させてはいるが,使用に供し
た液体を循環させるものではなく,ポンプやその駆動装置に負荷が掛かる
のを抑制し,ポンプ等の設備保護のために液体の一部を液体供給源に還流
させるものである。
しかも,「加圧流体供給ホースと加熱加圧流体源間での蒸気等の循環に
加えて,空間内に噴射された一部の蒸気等をさらに循環させること」は,
単純な周知技術の付加にすぎない事項である。
なお,上記のとおり,審決は,先願発明が「蒸気等の大部分は加圧流体
供給ホースと加熱加圧流体源間で循環しているのであり」としているが,
先願明細書等において,蒸気等の大部分が循環することを示唆する記載は
見当たらず,「蒸気等の大部分」が循環するという根拠はない。
()取消事由1()(本件発明2,4についての実質的同一性判断の誤り)33
審決は,「本件発明2,4は,本件発明1を引用して記載し,技術的な限
定を加えたものであり,本件発明1は,・・・先願明細書に記載された発明
と同一でない。したがって,本件発明2,4は,同様に,先願発明と同一で
ない。」(審決謄本12頁下から第2段落ないし最終段落)と判断したが,
本件発明2,4は,前記第2の2のとおり,本件発明1を,その構成の一部
として含むものであるところ,上記()及び()で検討したとおり,本件発明12
1は先願発明と同一であるから,審決の上記判断は誤りであり,違法として
取り消されなければならない。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)
()取消事由2()(引用発明2の認定の誤り)11
審決は,前記第2の3()のとおり,引用発明2について,「縫合したフ4
ェルトのような繊維質材料を硬化性樹脂で含浸してつくられた屈曲性の内張
用管の外側に不透性のフィルムが接着されたものを,液体により裏返されつ
つパイプライン内に挿入・送りこまれ,裏返された上記管内に残留した上記
液体により上記管はパイプライン表面の形状通りとなるよう維持され,上記
管内に加熱水が循環されて樹脂が硬化されるパイプラインの内張方法。」と
認定したが,誤りである。
引用発明2は,それ自体,加熱水の循環により樹脂が硬化される技術では
なく,「光」により樹脂を硬化させる技術であって,加熱水の循環により樹
脂が硬化される技術は,引用例2に紹介されている従来技術にすぎない。そ
して,引用発明2についての上記誤りは,相違点3の認定にも影響を及ぼす
ものである。
()取消事由2()(相違点3及び4についての判断の誤り)22
審決は,相違点3及び4について,「甲第4号証(注,引用例4)・・・
には,金属表面における樹脂コーティングの形成に関して,コーティングを
温水噴霧するか,またはそれを温水浴に浸漬することによって,前記コーテ
ィングを硬化することが,一応記載されている。しかしながら,甲第4号証
には,温水噴霧による樹脂コーティングの硬化を管路補修工法に適用するこ
とも,管状ライニング材に含浸された熱硬化性樹脂に適用することも,何ら
記載されておらず,示唆もされていない。したがって,甲第4号証の記載か
ら,甲2発明(注,引用発明2)または甲3発明(注,引用発明3)におけ
る樹脂硬化手段に代えて,温水のシャワリングを採用することは,当業者で
あっても容易に想到することとはいえない。さらに,甲第5号証(注,引用
例5)の記載をみても,温水のシャワリングについて何ら記載されていな
い。」(審決謄本14頁第2ないし第5段落)と判断したが,誤りである。
引用発明4は,管路補修工法や管状ライニング材に含侵された熱硬化性樹
脂に当然に適用される技術である。管路補修工法における熱硬化性樹脂の硬
化方法には,水蒸気(引用発明2),温水(引用発明1),光(引用例1の
特許請求の範囲に係る発明)など様々なものが考えられるところ,これらは,
要するに,「熱硬化性樹脂をいかに硬化させるか」といういわば「要素技
術」にすぎないのである。引用発明4も同様であって,同発明に,「樹脂コ
ーティングを温水噴霧することにより,これを硬化すること」の技術が開示
されている以上,管路補修工法の分野に限らず,熱硬化性樹脂を硬化させる
必要のある分野において,当該技術が調査,参考の対象になるのは当然であ
って,単に「管路補修工法への適用」,「管状ライニング材に含侵された熱
硬化性樹脂への適用」が欠如していることのみをもって,容易想到性を否定
することはできない。
()取消事由2()(顕著な作用効果の不存在)33
審決は,「本件発明1は,上記相違点3),4)により,本件発明の作用,
効果『本発明によれば,老巧管の内周面に押圧された管状ライニング材は,
シャワリングされる温水によって一様に加温されてこれに含浸された熱硬化
性樹脂が硬化されるため,シャワリングされる温水を加熱するに必要な熱エ
ネルギーは,従来工法において水の全てを加熱するに要する熱エネルギーに
比して小さくて済み,ボイラー,温水ポンプ等の加熱・循環設備が小型,コ
ンパクト化され,大口経又は長大な老巧管であっても,これを短期間,且つ
低コストで補修することができる。』(段落【0011】)及び『本発明で
は管状ライニング材に含浸された熱硬化性樹脂を加熱する熱媒として温水を
用いるため,熱硬化性樹脂が硬化時に発生する熱は温水の加熱及び蒸発に費
やされ,温水は約100℃以上の高温には加熱されない。従って,管状ライ
ニング材の高温加熱に伴う残留応力によるクラックや割れの発生が押えられ
る。』(段落【0013】)を奏するものである。」(審決謄本14頁第6
段落)と判断したが,誤りである。
審決のいう熱エネルギーの小型化といった作用効果は,引用発明4を採用
することによって,当然に奏するものである。
また,高温加熱に伴うクラックや割れの発生抑止という作用効果は,「温
水のシャワリング」による作用効果ではなく,「温水」の作用効果にすぎず,
引用発明2,3のいずれも,審決が指摘するような「100度を超える高
熱」を全く想定していない発明であるから,格別の作用効果とはいえない。
()取消事由2()(本件発明2,4の進歩性判断の誤り)44
審決は,本件発明2,4について,「本件発明2,4も,同様に,甲第2
号証∼甲第5号証に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができたものとはいえない。」(審決謄本14頁最終段落)と認定判断し
たが,本件発明2,4は,前記第2の2のとおり,本件発明1を,その構成
の一部として含むものであるところ,上記()ないし()で検討したとおり,13
本件発明1は,本件発明1は,引用発明2ないし5に基づいて当業者が容易
に発明をすることができたものであるから,審決の上記判断は誤りである。
第4被告らの反論
審決の認定判断に誤りはなく,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(実質的同一性の認定判断の誤り)について
()取消事由1()(相違点1についての認定判断の誤り)について11
ア原告は,審決が,「先願発明における熱硬化性樹脂の硬化は,・・・主
として蒸気又は温水の循環により行われる」(審決謄本11頁第3段落)
と認定したことが誤りであると主張する。
しかし,先願明細書等には,「加圧流体供給ホース12の送られた蒸気
等の一部は流体流出部13から耐熱フィルムチューブ10と反転ガイドパ
イプ2で形成する空間に噴射され,」及び「その他蒸気等は加圧流体供給
ホース12と加熱加圧流体源間で循環する」(段落【0025】)と記載
されて,流体流出部13から噴射される蒸気等とその他の蒸気等を明確に
区別し,その後に,「このように蒸気等を循環することによりつば8とフ
ェルトチューブ9を所定温度で加熱することができる。」(同)と記載し
ているのであるから,加圧流体供給ホース12と加熱加圧流体源間で循環
するのは,流体流出部から噴射される蒸気等以外の「その他蒸気等」であ
り,この「その他蒸気等」の循環によって,熱硬化性樹脂が加熱され,硬
化されるのである。
イ原告は,「耐熱フィルムチューブと反転ガイドパイプで形成する空間内
の圧力,加圧流体供給ホース内の圧力,温水の供給量,空間内の容積等の
条件」の記載が先願明細書等に記載されていないことは,先願発明におい
て,「温水のシャワリングにより熱硬化性樹脂が硬化されるかどうかは,
やはり不明である。」との理由となり得ない旨主張する。
しかし,先願明細書等には,「蒸気等の一部が・・・空間に噴射され」
という記載があるのみであって,本件発明1の「シャワリング」に対応す
る記載はない。そして,上記の「蒸気等の一部」は,熱硬化性樹脂を含浸
したフェルトチューブとつばではなく,本件空間に噴射されるにすぎない
から,先願明細書等には,本件発明1にいう「シャワリング」は,開示さ
れていないものというべきである。
しかも,「シャワリング」とは,流体流出部から流体が勢いよく流出す
ることでなければならないが,先願明細書等に記載された本件空間は,密
閉空間であり,当該密閉空間内に流体を供給すると,その供給圧力,空間
内の圧力及び空間の容積により,噴出する流体の勢いに差が生じるところ,
先願明細書等の記載に基づき実験をしてみた結果(乙1,被告Y作成の平
成18年8月5日付け実験報告書,以下「乙1実験報告書」という。)で
も,流体流出部から,流体がチョロチョロと流出するのみで,勢いよくシ
ャワリングしていない。このように,先願発明において,流体流出部から
流体が勢いよく流出し,当該流出を継続するためには,審決が認定するよ
うに,上記諸条件を記載しておく必要があるのであり,当該記載が存在し
ない以上,先願発明では,流体流出部から温水がシャワリングされること
などない。
()取消事由1()(相違点2についての認定判断の誤り)について22
ア原告は,先願発明では,熱硬化性樹脂の加熱に蒸気を用いることを基本
とし,それが温水であっても同等の効果を奏することを前提にして説明さ
れている旨主張する。
しかし,先願明細書等には,本件空間が密閉空間であることが記載され
(なお,本件空間が密閉空間であることは原告も認めている。),その上
で,本件空間内に加圧流体供給ホース12から送られた蒸気等の一部が噴
射されることが記載されているから,先願発明は,本件空間が加圧流体供
給ホース12から送られた蒸気等の一部により満水又は満水の状態となる
ものとみるのが当然である。しかも,本件空間内に噴射された蒸気等以外
のその他蒸気等は,加圧流体供給ホース12と加熱加圧流体源間で循環し,
当該循環によって,つば8とフェルトチューブ9を所定温度に加熱する旨
記載されているのである。
流体流出部13から噴出する状況及び温水量は,加熱加圧流体源の出力
圧及び戻り管の温水の流れに対する抵抗のみで決まるわけではなく,その
他に加圧流体供給ホース内の圧力,耐熱フィルムチューブ10と反転ガイ
ドパイプ2で形成する空間内の圧力や空間内の容積等により決まるのであ
る。例えば,上記空間内の圧力が加圧流体供給ホース12内の圧力より高
ければ,温水が流体流出部から噴出することはないのである。先願発明で
は,耐熱フィルムチューブ10と反転ガイドパイプ2で形成する空間が密
閉空間であるため,温水の供給の始めから当該空間内の圧力と加圧流体供
給ホース12内の圧力との圧力差が小さいことから,温水は勢いよく噴出
せず,また,噴出した温水は当該空間内を満水状態とし流体流出部13を
水没させることから,水没後に温水が供給されることもなくなるのである。
要するに,先願発明では,本件空間内に噴射される蒸気等により熱硬化
性樹脂を硬化させるのではなく,本件空間内に蒸気等を貯溜させた上で,
本件空間内を貫く加圧流体供給ホース12中をその他蒸気等が循環するこ
とにより熱硬化性樹脂を硬化させる技術が示されているのである。
イ原告は,先願発明では,熱硬化性樹脂の加熱に蒸気を用いることを基本
とし,それが温水であっても同等の効果を奏することを前提にして説明さ
れていると考えられ,周知の技術である「循環」の必要性についてまで,
あえて説明しなかったにすぎない旨主張する。
しかし,先願発明では,「加圧空気」を反転ガイドパイプ2内に供給し,
同パイプ内に装着された内張り材7を取付管内に反転して挿入するのであ
り,当該空間が密閉空間でなければ,加圧空気を供給しても内張り材7が
取付管内に向かって反転して進むことはないから,本件空間は密閉空間と
いうことになる。そうすると,当然に,本件空間も密閉空間となるから,
当該空間内の蒸気等が循環することはない。したがって,本件空間内の蒸
気等が循環することを前提とする原告の主張は,失当である。
()取消事由1()(本件発明2,4についての実質的同一性判断の誤り)に33
ついて
本件発明2,4は本件発明1に技術的限定を加えたものであるところ,上
記()及び()のとおり,本件発明1は,先願発明と同一ではないから,本件12
発明2,4も先願発明と同一でないことが明らかであって,審決の認定判断
に誤りはない。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)について
()取消事由2()(引用発明2の認定の誤り)について11
引用発明2は,加熱水の循環により樹脂を硬化させる技術ではなく,光に
より樹脂を硬化させるものであり,本件発明1とは全く異なる技術である。
おそらく,原告は,審判段階において,本件訂正明細書の段落【0002】
に「充満する水を蒸気等によって加熱して温水とし」との記載が存在し,ま
た,引用例2の2頁左上欄8行目ないし左下欄11行目に,従来技術の説明
として,本件訂正明細書の上記段落【0002】を示唆する記載が存在する
ことから,本件発明1の進歩性欠如を主張するための主引用例としたものと
推測されるが,果たして,引用例2が「充満する水を蒸気等によって加熱し
て温水とする」公知技術としての価値があるのか疑義のあるところである。
()取消事由2()(相違点3及び4についての判断の誤り)について22
引用例4には,温水噴霧による樹脂コーティングの硬化を管路補修工法に
適用することも,管状ライニング材に含浸された熱硬化性樹脂を適用するこ
とも何ら記載されておらず,示唆もない。
また,引用発明4は,引用例4の【発明の名称】が「金属基板上の・・
・」とされている上,「一般に,自動積層組成物は,酸水溶液であり,固体
樹脂粒子が該溶液中に分散している。」(1欄25行目ないし27行目),
「自動積層組成物の基本的な成分は,水,該組成分の水性媒体中に分散した
固体樹脂及び活性剤,すなわち,水と樹脂とからなる組成物を金属表面上に
樹脂状コーティングを形成する組成物に転換する成分である。」(3欄55
行目ないし60行目)との記載もあり,金属表面上に積層コーティングをす
る技術であって,本件発明1とは,技術分野が全く異なる発明である。
さらに,引用発明4は,本件発明1とは全く異なる技術的思想に基づく発
明であり,例えば,コーティングを空気中の酸素に露出させないことにより,
コーティング表面に水小膜を形成し,微細な割れを防止することを目的とし
ており,本件発明1とは,クラック,割れを防止する手段において,全く異
なる技術的思想に基づいているものである。
()取消事由2()(顕著な作用効果の不存在)について33
引用発明1及び3には,「温水シャワリング」の技術は開示されておらず,
しかも,引用発明3では,温水による加熱の技術さえも排除しているのであ
る。また,引用発明4は,本件発明1と比べて,技術分野及び技術的思想が
異なるから,引用発明としての価値がなく,しかも,同発明には,「温水シ
ャワリング」の技術などが開示されていないから,引用発明4の技術を採用
しても,本件発明1の熱エネルギーの小型化等の作用効果を得ることはでき
ない。
したがって,顕著な作用効果をいう原告の主張は,失当である。
()取消事由2()(本件発明2,4の進歩性判断の誤り)について44
本件発明2,4は,本件発明1に技術的限定を加えたものであるところ,
上記()ないし()のとおり,本件発明1は,引用発明2ないし5に基づいて13
当業者が容易に発明をすることができたものとはいえないから,審決の認定
判断に誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(実質的同一性の認定判断の誤り)
()取消事由1()(相違点1についての認定判断の誤り)について11
ア審決は,相違点1について,「本件発明1においては,管状ライニング
材に内側から『温水をシャワリング』して『熱硬化性樹脂を硬化させる』
のに対し,先願発明においては,蒸気等の一部が加圧流体供給ホースの流
体流出口から耐熱フィルムチューブと反転ガイドパイプで形成する空間に
噴射され,その他の蒸気等は該ホースと加熱加圧流体源間で循環し,蒸気
等の循環により樹脂を加熱,硬化させるのであり,『温水をシャワリン
グ』して『熱硬化性樹脂を硬化させ』ているかどうか不明である」(審決
謄本10頁最終段落)と認定した上,「先願発明における熱硬化性樹脂の
硬化は・・・主として蒸気又は温水の循環により行われるものと解され
る。」(11頁第4段落),「『蒸気等の一部が流体流出口から・・・空
間に噴射され』る点については,先願明細書等には,耐熱フィルムチュー
ブと反転ガイドパイプで形成する空間内の圧力,加圧流体供給ホース内の
圧力,温水の供給量,空間内の容積等の条件が何ら記載されておらず,温
水のシャワリングにより熱硬化性樹脂が硬化されるかどうかは,やはり不
明である。」(同)とし,これを理由に,「先願発明においては,温水を
シャワリングして熱硬化性樹脂を硬化しているとはいえず,上記相違点
1)は実質的な相違点である。」(同頁第5段落)と認定したのに対し,
原告は,これを争い,上記2つの理由がいずれも誤りである旨主張するの
で,検討する。
イ本件発明1にいう「シャワリング」の意義についてみると,「シャワ
ー」とは,一般的な用語例としては,「如雨露(じようろ)のような噴出口
から水または湯の出る装置。また,その出る水や湯。」(広辞苑第五版),
「如雨露(じようろ)のような噴出口から水や湯を雨のように出して浴びる
装置。また,そこから出る水や湯。」(大辞林第三版)などといった意味
であり,「シャワリング」は,その動名詞形であるから,「如雨露(じよ
うろ)のような噴出口から水または湯の出ること」,「如雨露(じようろ)
のような噴出口から水や湯を雨のように出して浴びること」などといった
意味を有するものということができるが,必ずしも明確とはいえない。
本件訂正明細書の発明の詳細な説明には,「温水ホース11の管状ライ
ニング材2内に臨む部位には,温水を噴出すべき複数の噴出口(図示せ
ず)が適当な間隔で形成されている。」(段落【0012】),「本発明
では温水のシャワリングによって熱硬化性樹脂が加熱されるため,シャワ
リングによる温水の強制撹拌作用及び熱気の上昇,或いはシャワリング済
みの温水の管状ライニング材底部の流れによって,効率の良い加熱状態が
得られる。次に,上記状態を保ったまま,前記ボイラー10及び温水ポン
プ16を駆動すると,ボイラー10によって所定の温度に加熱された温水
が温水ホース11を矢印方向に流れ,温水ホース11に形成された前記噴
出口から噴出する。すると,管ライニング材2は内側から温水のシャワリ
ングを受け,これに含浸された熱硬化性樹脂が温水の熱によって加温され
て硬化し,老朽管1の内周は,図2に示すように硬化した管状ライニング
材2(剛性内張り管)によってライニングされて補修される。」(段落
【0014】ないし【0015】)との記載がある。
上記記載によると,本件発明1において,温水を「シャワリング」する
とは,複数の噴出口から温水を対象である熱硬化性樹脂に向かって噴出さ
せることを意味するものと解することができる。
ウ先願明細書等(甲1)には,以下の記載がある。
(ア)「【請求項1】一端部に取付管の本管接続部の口径,形状に合わせた
孔が設けられ硬化性樹脂を付着若しくは含浸したフェルトつばと,該つ
ばの孔部に固定され,硬化性樹脂を含浸したフェルトチュ−ブと,該フ
ェルトチュ−ブより長く形成され,フェルトチュ−ブを覆った耐熱フイ
ルムチュ−ブとからなることを特徴とする取付管用内張り材。
【請求項2】上記内張り材の内部に1又は複数の流体流出口を有する
加圧流体供給ホ−スを挿入し,流体流出口を耐熱フイルムチュ−ブの後
側に配置し,内張り材を断面積が小さくなるように形状を変え,該内張
り材を,一端部がパッカ−表面に取り付けられ,パッカ−内を貫通した
後端に空気供給口と加圧流体供給ホ−ス挿入口を有する反転ガイドパイ
プに挿入して,内張り材のつばをパッカ−の表面に装着し,上記パッカ
−を取付管の本管接続部まで移動した後,パッカ−内部に加圧空気を供
給してパッカ−を膨張させ,内張り材のつばを取付管の本管接続部に固
定し,反転ガイドパイプの空気供給口から加圧空気を供給し,内張り材
を取付管内に反転,挿入し,加圧流体供給ホ−スから加熱加圧流体を供
給して,反転したフェルトチュ−ブとつばを加熱,硬化させることを特
徴とする取付管用内張り材の施工方法。」(特許請求の範囲)
(イ)「この発明は,下水道の取付管の本管接続部における侵入水等を防止
する取付管用内張り材及びその施工方法に関するものである。」(段落
【0001】)
(ウ)「【課題を解決するための手段】この発明に係る取付管内張り材は,
一端部に取付管の本管接続部の口径,形状に合わせた孔が設けられ硬化
性樹脂を付着若しくは含浸したつばと,該つばの孔部に固定され,硬化
性樹脂を含浸したフェルトチュ−ブと,該フェルトチュ−ブより長く形
成され,フェルトチュ−ブを覆った耐熱フイルムチュ−ブとからなるこ
とを特徴とする。また,この発明に係る取付管用内張り材の施工方法は,
上記内張り材の内部に1又は複数の流体流出口を有する加圧流体供給ホ
−スを挿入し,流体流出口を耐熱フイルムチュ−ブの後側に配置し,内
張り材を断面積が小さくなるように形状を変え,該内張り材を,一端部
がパッカ−表面に取り付けられ,パッカ−内を貫通した後端に空気供給
口と加圧流体供給ホ−ス挿入口を有する反転ガイドパイプに挿入して,
内張り材のつばをパッカ−の表面に装着し,上記パッカ−を取付管の本
管接続部まで移動した後,パッカ−内部に加圧空気を供給してパッカ−
を膨張させ,内張り材のつばを取付管の本管接続部に固定し,反転ガイ
ドパイプの空気供給口から加圧空気を供給し,内張り材を取付管内に反
転,挿入し,加圧流体供給ホ−スから加熱加圧流体を供給して,反転し
たフェルトチュ−ブとつばを加熱,硬化させることを特徴とする。」
(段落【0008】ないし【0009】)
(エ)「【実施例】・・・内張り材7は,図2の斜視図に示すように,フェ
ルトからなるつば8と,つば8に接合されたフェルトチューブ9及びフ
ェルトチューブ9の外面を覆う耐熱フイルムチューブ10とから形成さ
れている。つば8とフェルトチューブ9は熱硬化性樹脂を含浸した合成
樹脂の織物や不織布からなり,つば8の中央には,施工する取付管の本
管接続部の口径,形状に応じた大きさの楕円形の孔11があけられてい
る。フェルトチューブ9は取付管の内径に対して90∼100%の外径
を有し,取付管の内径に応じて長さが10∼50程度と短く形成さcm
れ,つば8に加熱により接着されている。耐熱フイルムチューブ10は
フェルトチューブ9より長く形成されている。この内張り材7の内部に
は加圧流体供給ホース12を挿入する。加圧流体供給ホース12は中間
部に流体を放出する1又は複数の流体流出口を有する流体流出部13を
有し,この流体流出部13が耐熱フイルムチューブ10の後方に位置す
るように配置されている。そして,図3に示すように,フェルトチュー
ブ9と耐熱フイルムチューブ10を成形ローラ等で断面積が小さくなる
ように扁平にしたり,折り曲げてフェルトチューブ9と耐熱フイルムチ
ューブ10で加圧流体供給ホース12を固定する。」(段落【001
7】ないし【0018】)
(オ)「図1に示すように,パッカー1に取り付けられた反転ガイドパイプ
2内に加圧流体供給ホース12を固定した内張り材7を挿入し,つば8
をパッカー1の表面に仮装着する。このパッカー1をマンホール内で管
内自走車26に連結し,加圧流体供給ホ−ス12の両端部を外部のボイ
ラ等加熱加圧流体源に接続された加圧流体供給ホ−スに接続する。」
(段落【0021】)
(カ)「次にパッカー1に取り付けられた空気供給ホース3からパッカー1
内に加圧空気を送り,パッカー1を膨張させて,図6に示すように,つ
ば8を接続部22の端部に固定する。その後,反転ガイドパイプ2に取
り付けられた空気供給ホース5から加圧空気を反転ガイドパイプ2内に
送る。この加圧空気の圧力により内張り材7のフェルトチューブ9と耐
熱フイルムチューブ10が取付管21内に反転挿入され,図7に示すよ
うにつば8とフェルトチューブ9が接続部22と取付管21の端部に密
着する。このフェルトチューブ9と耐熱フイルムチューブ10の反転挿
入により加圧流体供給ホース12も取付管21内を進行し,加圧流体供
給ホース12の流体流出部13も接続部22の近傍に移動する。」(段
落【0023】ないし【0024】)
(キ)「この状態を保持しながら,加熱加圧流体源を稼働して加圧流体供給
ホース12に蒸気又は温水を送る。加圧流体供給ホース12の送られた
蒸気等の一部は流体流出部13から耐熱フイルムチューブ10と反転ガ
イドパイプ2で形成する空間に噴射され,その他蒸気等は加圧流体供給
ホース12と加熱加圧流体源間で循環する。このように蒸気等を循環す
ることによりつば8とフェルトチューブ9を所定温度で加熱することが
できる。」(段落【0025】)
(ク)「そして,つば8とフェルトチューブ9に含浸した熱硬化性樹脂が硬
化するまで加熱温度を保つ。所定時間経過して熱硬化性樹脂が硬化した
ら,蒸気等の循環を停止し,反転ガイドパイプ2とパッカー1に送って
いる加圧空気を止めて内部の加圧空気を抜く。この加圧空気を抜くこと
によりパッカー1が収縮し,耐熱フイルムチューブ10が硬化したフェ
ルトチューブ9から離れる。そこでパッカー1を本管20から引き抜く
ことにより,接続部22と取付管21の端部とを硬化したつば8とフェ
ルトチューブ9で覆うことができる。」(段落【0026】)
(ケ)「【発明の効果】・・・そして,加圧流体供給ホ−スに加熱加圧流体
を供給し,加圧流体供給ホ−スの流体流出口から加熱加圧流体を噴出さ
せてフェルトチュ−ブとつばの硬化性樹脂を加熱し硬化させることによ
り,取付管の本管接続部を合成樹脂で完全に覆うことができ,接続部か
ら地下水や土砂が侵入することを防止することができる。」(段落【0
039】)
エ以上の事実を前提にして,本件発明1にいう「シャワリング」が先願明
細書等に開示されているか否かについて判断する。
(ア)先願明細書等の「加圧流体供給ホース12は中間部に流体を放出する
1又は複数の流体流出口を有する流体流出部13を有し」(上記ウ
(エ)),「この加圧空気の圧力により内張り材7のフェルトチューブ9
と耐熱フイルムチューブ10が取付管21内に反転挿入され,図7に示
すようにつば8とフェルトチューブ9が接続部22と取付管21の端部
に密着する。このフェルトチューブ9と耐熱フイルムチューブ10の反
転挿入により加圧流体供給ホース12も取付管21内を進行し,加圧流
体供給ホース12の流体流出部13も接続部22の近傍に移動する。こ
の状態を保持しながら,加熱加圧流体源を稼働して加圧流体供給ホ−ス
12に蒸気又は温水を送る。加圧流体供給ホ−ス12の送られた蒸気等
の一部は流体流出部13から耐熱フイルムチュ−ブ10と反転ガイドパ
イプ2で形成する空間に噴射され,その他蒸気等は加圧流体供給ホ−ス
12と加熱加圧流体源間で循環する。このように蒸気等を循環すること
によりつば8とフェルトチュ−ブ9を所定温度で加熱することができ
る。」(上記ウ(カ),(キ))との記載の意味について検討する。
(イ)上記ウ(キ)の「加圧流体供給ホース12の送られた蒸気等の一部は流
体流出部13から耐熱フイルムチューブ10と反転ガイドパイプ2で形
成する空間(注,本件空間)に噴射され,その他蒸気等は加圧流体供給
ホース12と加熱加圧流体源間で循環する。」との記載における「蒸気
等」の語句は,その直前の「加熱加圧流体源を稼働して加圧流体供給ホ
ース12に蒸気又は温水を送る。」の記載中の「蒸気又は温水」を受け
ていることが,文脈自体から明らかである。そして,「蒸気又は温水」
である「蒸気等」は,まず,加熱加圧流体源から加圧流体供給ホース1
2に送られ,「蒸気等の一部」は,加圧流体供給ホース12の流体流出
部13から本件空間に噴射され,残りの「その他蒸気等」は,加熱加圧
流体源に戻り,このようにして,「蒸気等」は,加圧流体供給ホース1
2と加熱加圧流体源間で循環を繰り返すものと理解するのが合理的かつ
自然である。そして,そうである以上,「蒸気等の一部」は,本件空間
に噴射されることによって,少なくとも本件空間内を加熱することは自
明であるから,本件空間内の一画を占めるつば8とフェルトチューブ9
の加熱に影響しないはずがないところである。
(ウ)次に,「このように蒸気等を循環することによりつば8とフェルトチ
ュ−ブ9を所定温度で加熱することができる。」(上記ウ(キ))との記
載の意味について検討する。
「このように蒸気等を循環すること」の語句は,その文脈からして,
その直前の「加圧流体供給ホ−ス12の送られた蒸気等の一部は流体流
出部13から耐熱フイルムチュ−ブ10と反転ガイドパイプ2で形成す
る空間に噴射され,その他蒸気等は加圧流体供給ホ−ス12と加熱加圧
流体源間で循環する。」という全文章を受けていると読むことができる
が,他方,上記文章の後半の「その他蒸気等は加圧流体供給ホ−ス12
と加熱加圧流体源間で循環する。」のみを受けていると読むこともでき
る。
後者の読み方をした場合,上記文章の前半の「加圧流体供給ホ−ス1
2の送られた蒸気等の一部は流体流出部13から耐熱フイルムチュ−ブ
10と反転ガイドパイプ2で形成する空間に噴射され」の部分を受ける
語句がなくなることになる。しかし,上記(イ)のとおり,「蒸気等の一
部」は,本件空間に噴射されることによって,本件空間内の一画を占め
るつば8とフェルトチューブ9の加熱に影響しないはずがないのである
から,「このように蒸気等を循環することによりつば8とフェルトチュ
−ブ9を所定温度で加熱することができる。」が,「加圧流体供給ホ−
ス12の送られた蒸気等の一部は流体流出部13から耐熱フイルムチュ
−ブ10と反転ガイドパイプ2で形成する空間に噴射され」の部分を受
けないとするのは,著しく不自然である。
(エ)そこで,更に先願明細書等の他の部分の記載もみると,まず,上記ウ
(ケ)のとおり,【発明の効果】欄には,「加圧流体供給ホ−スに加熱加
圧流体を供給し,加圧流体供給ホ−スの流体流出口から加熱加圧流体を
噴出させてフェルトチュ−ブとつばの硬化性樹脂を加熱し硬化させるこ
とにより」との記載があって,流体流出口から噴出した加熱加圧流体,
すなわち,蒸気等がフェルトチュ−ブとつばの硬化性樹脂を加熱し硬化
させることが明記されている。
また,上記(ア)のとおり,「つば8とフェルトチューブ9が接続部2
2と取付管21の端部に密着」した後,加圧流体供給ホース12が取付
管21内を進行し,その流体流出部13が「接続部22の近傍に移動す
る。この状態を保持しながら」と記載されていることからすると,噴射
が始まる前に,流体流出部13は,意図的に,つば8とフェルトチュー
ブ9に近づけられていることが認められる。
さらに,図7をみると,流体流出部13からつば8とフェルトチュー
ブ9に向かって何かが噴射されることを示す矢印が示されているから,
流体流出部13から本件空間に噴射される「蒸気等の一部」は,接続部
22に存在するつば8とフェルトチューブ9に対して浴びせられるもの
と認められる。
(オ)以上を併せ考えると,先願発明においては,加熱加圧流体源から加圧
流体供給ホース12に送られる「蒸気等」は,その一部が流体流出部1
3から本件空間に噴射されて,熱硬化性樹脂を含浸したつば8とフェル
トチューブ9を加熱しているものと認められ,本件発明1にいう「シャ
ワリング」に該当するものというべきである。
(カ)被告らは,先願明細書等には,「蒸気等の一部が・・・空間に噴射さ
れ」という記載があるのみであって,本件発明1にいう「シャワリン
グ」に対応する記載はなく,上記の「蒸気等の一部」は,熱硬化性樹脂
を含浸したフェルトチューブとつばではなく,本件空間に噴射されるに
すぎないから,先願明細書等には,本件発明1にいう「シャワリング」
は,開示されていない旨主張する。
しかし,上記のとおり,加熱加圧流体源から加圧流体供給ホース12
に送られる「蒸気等」は,その一部が本件空間に噴射されて,熱硬化性
樹脂を含浸したつば8とフェルトチューブ9を加熱しているものであり,
本件発明1にいう「シャワリング」に当たることが明らかというべきで
ある。
なお,被告らは,「シャワリング」とは,流体流出部から流体が勢い
よく流出することでなければならないともいうが,先願明細書等の「加
圧流体供給ホース12の送られた蒸気等の一部は・・・空間に噴射さ
れ」との記載から明らかなとおり,加圧されて噴射するのであるから,
勢いよく流出するものであることは,明らかである。
この点について,被告らは,乙1実験報告書を根拠として,先願明細
書等の記載に基づき実験をしてみた結果でも,流体流出部から,流体が
チョロチョロと流出するのみであった旨主張する。
しかし,「シャワリング」の勢いは,本件空間内の圧力,加圧流体供
給ホース内の圧力,流体流出部の容量,蒸気等の水量等の条件によって
左右されるから,適宜の調整が必要であるところ,被告Yが実施した上
記再現実験は,それを考慮してされたものではないから,先願発明の追
試とはいい難く,これを前提とする被告の主張は,失当である。
(キ)したがって,先願発明において,「『温水をシャワリング』して『熱
硬化性樹脂を硬化させ』ているかどうか不明である」(審決謄本10頁
最終段落)とした審決の認定は,誤りである。
オ以上のとおり,審決は,先願発明の認定を誤った結果,相違点1の認定
を誤ったものであるが,本件発明1の特許法29条の2該当性は,相違点
1及び2がいずれも実質的な相違点といえない場合に成立するので,進ん
で,相違点2についても判断する。
()取消事由1()(相違点2についての認定判断の誤り)について22
ア審決は,「先願発明においては,流体流出口から耐熱フィルムチューブ
と反転ガイドパイプで形成する空間内に噴射された蒸気等を循環させてい
ないことは明らかである。」(審決謄本11頁下から第2段落)と認定し
たのに対し,原告は,これを争い,蒸気等の循環は,先願明細書等に記載
されていると同視し得る旨主張するので,検討する。
イ前記()エ(イ)認定のとおり,先願発明において,「蒸気等」は,まず,1
加熱加圧流体源から加圧流体供給ホース12に送られ,「蒸気等の一部」
は,加圧流体供給ホース12の流体流出部13から本件空間に噴射され,
残りの「その他蒸気等」は,加熱加圧流体源に戻り,このようにして,
「蒸気等」は,加圧流体供給ホース12と加熱加圧流体源間で循環を繰り
返すというものであり,流体流出部13から本件空間に噴射された「蒸気
等」は,熱硬化性樹脂を含浸したつば8とフェルトチューブ9を加熱する
ことが認められるが,本件空間に噴射された「蒸気等の一部」の処理につ
いては,先願明細書等を精査しても,これに関連する何らの記載をも見い
だすこともできない。
ウ原告は,先願発明では,熱硬化性樹脂の加熱に蒸気を用いることを基本
とし,それが温水であっても同等の効果を奏することを前提にして説明さ
れていると考えられ,周知の技術である「循環」の必要性についてまで,
あえて説明しなかったにすぎず,蒸気の場合と異なり,温水をシャワリン
グする場合,シャワリング済みの温水が管内に溜まり,これを何らかの手
段で処理する必要性が生じることは当然に想定される事態であり,溜まっ
た温水を処理するに際し,これを単に除去・排出だけをするのではなく,
温水として再利用するため循環させることは当業者であれば当然に想起す
る単なる一設計事項にすぎない旨主張する。
しかし,つば8とフェルトチューブ9に含浸した熱硬化性樹脂が硬化す
るまでに,本件空間に噴出した蒸気等は,温水となって本件空間の下方に
滞留することが明らかであるところ,先願明細書等が,温水となって本件
空間の下方に滞留する蒸気等について全く言及していない理由は,それが
先願明細書等において言及する必要がない程度の事項であることによるも
のと解するのが相当である。
このことは,上記「反転ガイドパイプ2とパッカー1に送っている加圧
空気を止めて内部の加圧空気を抜く。この加圧空気を抜くことによりパッ
カー1が収縮し,耐熱フイルムチューブ10が硬化したフェルトチューブ
9から離れる。」との記載において,本件空間の加圧空気を抜くと耐熱フ
イルムチューブ10が硬化したフェルトチューブ9から離れるとしている
ことから,本件空間に滞留する温水の量がそれほどのものでなく,先願発
明において問題にされるような事柄ではないことからもうかがわれる。
したがって,原告の上記主張は,採用の限りでない。
エそうすると,原告主張の取消事由1()は理由がないことになり,相違2
点2について実質的な相違点と認められるから,前記のとおりの相違点1
についての認定判断の誤りにかかわらず,本件発明1は,先願発明とは同
一であるといえず,特許法29条の2に該当するとはいえないことに帰す
る。
()取消事由1()(本件発明2,4についての実質的同一性判断の誤り)に33
ついて
本件発明2,4は,前記第2の2のとおり,本件発明1を,その構成の一
部として含むものであるところ,前記のとおり,本件発明1は先願発明と同
一ではないから,本件発明2,4も,先願発明と同一でないことが明らかで
ある。
そうすると,「本件発明1は,・・・先願明細書に記載された発明と同一
でない。したがって,本件発明2,4は,同様に,先願発明と同一でな
い。」(審決謄本12頁下から第2段落ないし最終段落)とした審決の判断
に誤りはなく,原告の取消事由1()は理由がない。3
()以上検討したところによれば,本件発明1,2,4は,いずれも特許法24
9条の2に該当するとはいえないから,「本件発明1は,先願発明と同一で
あるということはできない。」,「本件発明2,4は,同様に,先願発明と
同一でない。」とした審決の認定判断には,結論において誤りはない。
2取消事由2(進歩性判断の誤り)について
()取消事由2()(引用発明2の認定の誤り)について11
ア引用例2(甲2)には,次の記載がある。
(ア)「本発明は内張用の管の成形法として今や十分に確立され成功裡に施
行されている方法によりパイプラインまたは通路の内張を行うことに関
するものである。この内張用の管は付設される際にはパイプラインまた
は通路の表面に対して本来柔軟で屈曲性があるが,ついでその中に内張
の厚さをもつて包含されている合成樹脂が硬い状態に硬化されると,そ
れ自体で立派な内張材となり,パイプラインまたは通路の表面の形状の
通りに成形されるものである。」(1頁右下欄最終段落ないし2頁左上
欄第1段落)
(イ)「本発明の方法としてもっとも広く実施されているものは,たとえば
ここに挙げる英国特許第1449455号に記述されているように,屈
曲性の内張用管というのを,縫合したフェルトのような繊維質材料の単
層または2層以上を硬化性樹脂で含浸してつくるのである。・・・この
繊維質材料の片面には不透性・・・のフイルムが接着される。内張管が
最初につくられる時には,このフイルムはフェルト材の外側になつてい
る。・・・屈曲性の内張管がパイプラインまたは通路内に挿入されると
きには,その管の一端が固定され,ついで管の残余の部分はこの固定端
の所を経て管の内外が裏返えしにされ,管はパイプラインまたは通路内
へ裏返えされつつ内張りされるべき表面の所まで送りこまれる。裏返え
しのための媒体は通常液体であつて,この裏返しの操作が終つたときに
はその液体は裏返された管内に残留し,樹脂が硬化するその間中パイプ
ラインまたは通路の表面の形状の通りになるように管を維持する。この
目的のためには,硬化開始過程を生起させまたは促進するために通常こ
の裏返された管内に加熱水が循環させられる。普通使用される樹脂の場
合には硬化が始まればそれから後はそのまゝ硬化し終るまで自然にその
状態が続く。内張を行う別の方法では内張管は裏返えしが行われること
なしにパイプラインまたは通路内へ送りこまれる。ついで通路の表面と
同じ形状を内張管に持たせるために,加熱流体,これは水でも空気でも
よい,を用いて管を脹らませる。この工法では内張管の構造は違つたも
のにならなければならない。そして内部にプラスチツクの不透性の膜が
あつて管の形状になつており,脹らせることができるようなものでなけ
ればならない。」(同欄第2段落ないし2頁左下欄第2段落)
(ウ)「これら既知の方法で満足すべき内張を実際に行うことができる。と
はいえこれらの方法には加熱媒体として水が使用される場合に,ボイラ
ーを必要とし,また水を加熱しなければならなくなるので費用がかゝる
という不利がある。そしてまた樹脂の硬化が十分に完了して,内張材を
通路の表面に押しつけている流体圧を取り除くことができるようになる
までにも時間がかゝるのでこのような方法は迅速ではありえないという
欠点がある。」(2頁右下欄第2段落)
イ上記記載によると,引用例2には,審決の認定(前記第2の3())の4
とおり,「縫合したフェルトのような繊維質材料を硬化性樹脂で含浸して
つくられた屈曲性の内張用管の外側に不透性のフィルムが接着されたもの
を,液体により裏返されつつパイプライン内に挿入・送りこまれ,裏返さ
れた上記管内に残留した上記液体により上記管はパイプライン表面の形状
通りとなるよう維持され,上記管内に加熱水が循環されて樹脂が硬化され
るパイプラインの内張方法。」との技術(引用発明2)が記載されている
ことが認められる。
ウ原告は,引用発明2は,それ自体,加熱水の循環により樹脂が硬化され
る技術ではなく,「光」により樹脂を硬化させる技術であって,加熱水の
循環により樹脂が硬化される技術は,引用例2に紹介されている従来技術
にすぎない旨主張する。
確かに,引用例2の特許請求の範囲()をみると,「光の輻射により該1
樹脂の硬化を行わせまたは開始させることよりなり」等の記載があり,
「光」により樹脂を硬化させる技術であることが認められる。
しかし,審決が引用したのは,引用例2の特許請求の範囲に係る発明で
はなく従来技術であり,その従来技術において,加熱水の循環により樹脂
が硬化される技術である引用発明2が記載されていることは,上記イのと
おりである。そして,引用例2に記載されている複数の技術事項のうちか
ら,審決が本件発明1と対比するものとして従来技術である引用発明2を
選択したことに何らの誤りもない。
したがって,原告主張の取消事由2()は,理由がない。1
()取消事由2()(相違点3及び4についての判断の誤り)について22
ア審決は,「甲第4号証(注,引用例4)・・・には,金属表面におけ
る樹脂コーティングの形成に関して,コーティングを温水噴霧するか,ま
たはそれを温水浴に浸漬することによって,前記コーティングを硬化する
ことが,一応記載されている。しかしながら,甲第4号証には,温水噴霧
による樹脂コーティングの硬化を管路補修工法に適用することも,管状ラ
イニング材に含浸された熱硬化性樹脂に適用することも,何ら記載されて
おらず,示唆もされていない。したがって,甲第4号証の記載から,甲2
発明(注,引用発明2)または甲3発明(注,引用発明3)における樹脂
硬化手段に代えて,温水のシャワリングを採用することは,当業者であっ
ても容易に想到することとはいえない。」(審決謄本14頁第2ないし第
4段落)と判断したのに対し,原告は,これを争い,「熱硬化性樹脂をい
かに硬化させるか」という点で共通しているから,容易想到である旨主張
するので検討する。
イ引用例4(甲4)には,次の記載がある。
(ア)「発明の分野本発明は,金属表面における樹脂コーティングの形成
に関するものである。より具体的には,本発明はこのようなコーティン
グを硬化する改良された手段に関するものである。自動積層は,コーテ
ィング分野における比較的最近の開発である。自動積層では,固体濃度
の低い(通常約10%未満)水性樹脂コーティング組成物が,該組成物
に浸漬された金属表面に固体濃度の高い(通常10%より高い)コーテ
ィングを形成し,該金属表面が該組成物に浸漬されている時間が長いほ
ど該コーティングの厚さまたは重量が増大する。自動積層は電着塗装に
似ているが,樹脂粒子を金属表面に積層させるために外部電流を使う必
要がない。一般に,自動積層組成物は酸水溶液であり,固体樹脂粒子が
該溶液中に分散している。本発明は,新たに形成された自動積層コーテ
ィングを硬化させる改良された手段に関するものである。」(1欄11
行目ないし29行目)
(イ)「本発明は,自動積層コーティングを比較的低温において比較的短時
間水またはスチームにさらして該コーティングを硬化することに関する
ものである。本発明の方法により硬化される好適なコーティングは,自
動積層組成物から形成され,該組成物において,樹脂粒子は,フッ化水
素酸および可溶性の3価の鉄を含む成分,最も好適には第2フッ化鉄を
混合して一体化することにより作られる水性酸性溶液中に分散されてい
る。本発明により硬化される自動積層コーティングを形成する場合に使
用するのに好適な樹脂は,外部安定化塩化ビニリデン・コポリマーおよ
び塩化ビニリデンを50重量%過剰に含む内部塩化ビニリデン・コポリ
マーも含む。最も好適には,塩化ビニリデン・コポリマーは結晶性であ
る。」(同欄66行目ないし2欄16行目)
(ウ)「自動積層組成物の基本的な成分は,水,該組成物の水性媒体中に分
散した固体樹脂および活性剤,すなわち,水と樹脂とからなる組成物を
金属表面上に樹脂状コーティングを形成する組成物に転換する成分であ
る。前記樹脂状コーティングは・・・種々の型の活性剤または活性系が
公知である。」(3欄55行目ないし61行目)
(エ)「樹脂状コーティングを硬化させると該コーティングを連続的なもの
にし,それにより該コーティングの耐食性および下にある金属表面に対
する該コーティングの粘着性を改良する。代表的な硬化手段には,新た
に被覆された部分への温水の噴霧,新たに被覆された部分の温水への浸
漬および新たに積層されたコーティングのスチーム雰囲気への露出があ
る。本発明を利用すると,被覆された塊状物により熱を迅速に移動させ
ることができ,その結果被覆された部分を空気中で加熱する場合よりも,
コーティング特性を十分発揮させるために必要な温度に,より迅速に到
達させることができる。」(13欄31行目ないし42行目)
(オ)「新たに形成された自動積層コーティングから残渣を除去するための
該コーティングのすすぎ・・・および該コーティングの硬化などの後処
理工程は,1つの工程に合体させることができる。このようにして,例
えば,すすぎと硬化とは,温水を噴霧するか,または新たに形成された
自動積層被覆表面を水浴中に浸漬することにより,同時に行うことがで
きる。」(14欄44行目ないし51行目)
ウ上記記載によると,引用発明4は,金属を浸漬して金属表面にコーティ
ングした自動積層組成物を硬化させることを目的とし,そのために,被覆
された部分への温水の噴霧,新たに被覆された部分の温水への浸漬及び新
たに積層されたコーティングのスチーム雰囲気への露出により,必要な温
度に迅速に到達させ,こうして,コーティング特性を向上させるものであ
る。
一方,前記()アによると,引用発明2は,パイプライン又は通路の内1
張を行うことを目的としており,硬化性樹脂を含有する屈曲性の内張用管
を,液体によって所定形状に成形し,その後,加熱水を循環して樹脂を硬
化させるというものであって,加熱媒体,水の加熱に費用が掛かるという
課題があり,特許請求の範囲記載のとおりの,「光」により樹脂を硬化さ
せる技術によって解決されたものである。
そうすると,引用発明2と4とでは,目的,機能,効果のいずれにおい
ても異なっているため,技術課題が異なっており,技術分野に関連性がな
いものというべきである。
また,引用発明2においては,「これら既知の方法で満足すべき内張を
実際に行うことができる。」(前記()ア(ウ))とあるように,内張技術自1
体では特に課題を抱えているわけではなく,むしろ,費用が掛かることに
課題があるのであるから,引用発明4の,必要な温度に迅速に到達させる
ことにより,コーティング特性を向上させるという効果(前記イ(エ))と
は無関係である。
結局,引用発明2と4とでは,技術思想及び技術課題が著しく隔たって
いるから,当業者において,引用発明2に引用発明4を適用して,相違点
3に係る本件発明1の構成とすることは,想到困難であるというべきであ
る。
エ次に,引用発明3に引用発明4を適用して,相違点3に係る本件発明1
の構成とすることの容易想到性について判断する。
審決が引用発明3として認定している技術は,前記第2の3()のとお6
り,「内面に熱硬化性接着剤を塗付された柔軟な内張り材の一端を環状に
固定し,該環状固定部分の後部に圧縮空気等の流体圧力を作用させると共
に,該環状固定部分に形成される折返し部分において内張り材を内側が外
側となるよう反転させつつ該折返し部分を管路内を進行させると共に反転
した内張り材を前記流体圧力により前記接着剤を介して管路内面に圧着さ
せ,内張り材の自由端にその全長全周に亘つて微細な漏出孔を多数有する
前記内張り材よりも小径の柔軟なホースを接続し,前記内張り材をその全
長に亘つて反転することにより該内張り材を管路の全長に亘つて圧着する
と共に該内張り材内に前記ホースを挿通し,然る後に前記ホース内に加圧
水蒸気を送入して該加圧水蒸気を前記漏出孔からホースと内張り材との間
へ漏出せしめ,内張り材を介して前記接着剤を加温して硬化せしめること
を特徴とする管路の内張り方法。」(審決謄本13頁下から第3段落)と
いうものであるが,審決が,相違点4として摘示(前記第2の3())し7
ているとおり,本件発明1とでは,少なくとも,「本件発明1においては,
管状ライニング材に内側から『温水をシャワリング』して熱硬化性樹脂を
硬化させるのに対し,甲3発明においては,加圧水蒸気をホースの漏出孔
からホースと内張り材との間へ漏出させて熱硬化性接着剤を加温,硬化さ
せる点」(同頁最終段落)で相違するものと認められる。
そこで,引用発明3の技術内容について検討するために引用例3をみる
と,「本発明はガス管,水道管,電力線や通信線等の埋設管等の主として
既設の地中埋設管路に対し,補修又は補強のために内張りを施す方法に関
するものであつて,特に筒状の内張り材を流体圧力で反転しながら内張り
する方法の改良に関するものである。」(2頁左上欄下から第2段落),
「本発明は,かかる事情に鑑み,管路の全長に亘つて適度にかつほゞ均一
に加温し,接着剤の硬化を促進する方法を提供するものである。」(2頁
左下欄末行ないし右下欄第1段落),「本発明の方法によれば,加圧水蒸
気はホースの全表面から均一に漏出するので,管路内面が全面に亘つてほ
ゞ均一に加温される。しかも加温熱媒体が加圧水蒸気であるから加温効率
はよく,短時間で加温することができる。」(4頁左上欄第2段落)との
記載がある。
上記記載を考慮すると,引用発明3は,熱硬化性接着剤を塗付された柔
軟な内張り材を加温,硬化することを目的としており,そのために,加圧
水蒸気をホースの全表面に設けた漏出微細な漏出孔から均一に漏出させ,
接着剤を均等に,かつ短時間で加温して硬化させるというものである。
そうすると,引用発明3と4とでは,目的,機能,効果のいずれにおい
ても異なっているため,技術課題が異なっており,技術分野に関連性がな
いものというべきであり,当業者において,引用発明3に引用発明4を適
用して,相違点3に係る本件発明1の構成とすることは,想到困難である
というべきである。
オ原告は,引用発明4に,「樹脂コーティングを温水噴霧することにより,
これを硬化すること」の技術が開示されている以上,管路補修工法の分野
に限らず,熱硬化性樹脂を硬化させる必要のある分野において,当該技術
が調査,参考の対象になるのは当然であるから,容易想到性を否定するこ
とはできない旨主張する。
しかし,「樹脂コーティングを温水噴霧することにより,これを硬化す
ること」といっても,ほとんど物理現象に等しい技術事項であって,証拠
(甲1ないし5)及び弁論の全趣旨によれば,「樹脂コーティングを温水
噴霧することにより,これを硬化すること」又は「樹脂を温水噴霧するこ
とにより,これを硬化すること」という技術に係る技術分野があるわけで
はなく,この技術が各種分野に応用されているのが実情であることが認め
られる。そして,引用発明2のように,パイプラインまたは通路の内張を
行う場合,引用発明3のように,熱硬化性接着剤を塗付された柔軟な内張
り材を加温,硬化する場合,引用発明4のように,金属を浸漬して金属表
面にコーティングした自動積層組成物を硬化させる場合のそれぞれにおい
て,技術として要求されるところが異なり,技術分野,技術課題も異なら
ざるを得ず,また,相互に必ずしも近接した技術分野であるとはいえない。
そうすると,引用発明2に引用発明4を適用する契機,引用発明3に引
用発明4を適用する契機があるということはできないから,原告の上記主
張は,採用することができない。
カしたがって,「本件発明1は,甲第2号証∼甲第5号証に記載された発
明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない」
(審決謄本14頁下から第2段落)とした審決の判断に誤りはない。
なお,引用発明5には,温水のシャワリングについての記載がないこと
は,審決の認定するとおりである(審決謄本14頁第5段落)から,これ
を組み合せても,相違点3,4に係る本件発明1の構成とならないことは,
明らかである。
()取消事由2()(顕著な作用効果の不存在)について33
前記のとおり,本件発明1は,引用発明2ないし5に基づいて当業者が容
易に発明をすることができたものではないところ,引用発明2,3において,
相違点3,4に係る本件発明1の構成を有しておらず,相違点3,4におい
て,温水のシャワリングに係る作用効果を奏することが明らかであるから,
本件発明1が,引用発明2ないし5に基づいて当業者が容易に発明をするこ
とができることを前提として顕著な作用効果を論ずる余地がないことは,明
らかである。
したがって,顕著な作用効果の不存在をいう原告の取消事由2()に係る3
主張は,失当というほかない。
()取消事由2()(本件発明2,4の進歩性判断の誤り)について44
本件発明2,4は,前記第2の2のとおり,本件発明1を,その構成の一
部として含むものであるところ,本件発明1は,前記()カのとおり,引用2
発明2ないし5に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとは
いえないから,「本件発明2,4も,同様に,甲第2号証∼甲第5号証に記
載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとはい
えない。」(審決謄本14頁最終段落)とした審決の判断に誤りはなく,原
告の取消事由2()は理由がない。4
3以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り
消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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