弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     第一審被告の控訴(第一三三八号事件)を棄却する。
     第一審原告の控訴(第一四四五号事件)に基き、原判決を次の通り変更
する。
     第一審原告、第一審被告間の昭和三七年二月二八日付造船契約に基く契
約上の紛議に関する損害賠償請求仲裁判断事件につき、仲裁人A、同Bが昭和四二
年八月二九日になした仲裁判断の主文中「第三、(イ)被申立人は申立人に対し、
申立人が仲裁人両名並に申立代理人弁護士村井禄楼に支払つた費用並に報酬金二、
六四六、〇二〇円也を支払え。(ロ)被申立人は申立人に対し、右内金一、一〇
〇、〇〇〇円に対しては昭和四一年七月二日以降、金一六五、〇〇〇円に対しては
昭和四一年七月二三日以降夫々完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。」
とある部分につき、強制執行をなすことを許可する。
     訴訟費用は、第一、二審とも第一審被告の負担とする。
     この判決は、第一審原告において、金八〇万円の担保を供することによ
り、仮りに執行することができる。
         事    実
 第一審原告代理人は、第一四四五号事件につき主文第二、三、四項同旨の判決及
び仮執行宣言を、第一三三八号事件につき、主文第一項同旨の判決を求め、第一審
被告代理人は、第一三三八号事件につき、「原判決第一審被告敗訴部分を取消す。
第一審原告の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも第一審原告の負担とす
る。」との判決を、第一四四五号事件につき「本件控訴を棄却する。控訴費用は第
一審原告の負担とする。」との判決を求めた。
 当事者双方の事実に関する主張、証拠の提出援用認否は、
 第一審原告代理人において、本件仲裁判断理由第三項の(一)、(1)(2)
(3)は、仲裁人両名の費用を被申立人に負担せしめるための理由に止まらず、弁
護士村井禄楼の報酬を被申立人に負担せしめる理由をも兼ねることは、右理由の文
章の構造上明白である。右仲裁判決では、仲裁人両名の意見は、填補賠償義務の存
否については、単に数額だけでなく、全般にわたつて不一致であつて、結論を示さ
なかつたのであるが、次の点については、両仲裁人の意見は合致していた。即ち、
「C丸」があのように振動、騒音が激甚であつては、注文者として正常な使用は不
能で、建造目的を達成できないから、海事専門弁護士に依頼して証拠保全鑑定の申
立、仲裁判断の申立をなしたことは、社会通念上当然のことであり、その支払つた
弁護士報酬を造船者に負担せしめるのは、公平の原則に合致する。特に、誓約書ま
で書いている位であれば猶更である。以上のように、本件仲裁判断の理由は、この
程度でも充分明らかであるから、理由を欠くものではない。裁判所の判決ではない
から、理由不備即ち理由不充分というだけで、仲裁判断を取消すことは、仲裁判断
制度の本来の精神に背馳する。と述べ、
 第一審被告代理人において、本件執行判決手続は、仲裁判断の公証手続に過ぎな
いから、仲裁判断の当否自体は審理の対象とならず、また仲裁判断書の記載以外の
ものを訴訟資料にすることは許されない。第一審原告主張の申立代理人の報酬につ
いては、それが相当であつたか否かの点の理由は欠けているし、遅延損害金の起算
日も判断書の記載だけで明らかでなければならない。紛争未解決の場合の手続費用
は、一般社会常識でも、当事者の各自弁か、少くとも平等負担となるべきもので、
これを相手方に負担させることは、常識上、経験上の合理性の範囲を逸脱するもの
であるから、仲裁人の自由な意見も右の範囲内でのみ許されるもので、これを逸脱
する場合には、それに対する相当の理由が必要である。と述べたほか
 原判決事実摘示と同一(但し、原判決四枚目裏一一行目の「されるので、」の次
に「(即ち、損害金の内金一、一〇〇、〇〇〇円については、これを請求した仲裁
判断申立書が被申立人に送達されたと推定される昭和四一年七月一日の翌日、内金
一六五、〇〇〇円については、その支払がなされた同月一八日の後、これを被申立
人に請求した申立人の第一準備書面が被申立人に送達された同月二二日の翌日が、
それぞれその起算日になつている)」を、同六枚目裏五行目の「第五号証」の次に
「及び第一〇号証」を加える)であるから、これを引用する。
         理    由
 第一審原告を申立人、第一審被告を被申立人とする第一審原告主張の仲裁判断事
件につき、原判決添付「仲裁判断」書記載の通りの仲裁判断がなされたこと、右仲
裁判断がなされるまでの事実経過として、原判決事実摘示の請求原因欄一、二、四
の事実が存することは、当事者間に争がない。
 第一審被告は、第一審原告が本件執行判決を求める対象とする右仲裁判断の主文
第三項(イ)(ロ)は、理由が付されておらず、民事訴訟法第八〇一条第一項第五
号に該当し、従つて同法第八〇二条第二項により、執行判決の対象となり得ない旨
抗弁するので、右の点につき審案する。
 右仲裁判断の判文によれば、理由「第三、仲裁判断に要した費用の負担に付ての
判断」として、(一)、(二)を分かち、右(一)では、申立人が代理人村井禄楼
弁護士に支払つた報酬及びこれに対する損害金(尤も、理由自体ではその金額、起
算日の記載はないが)の負担者を相手方即ち被申立人と定めるとともに、その他の
申立後の手続費用の負担を各自弁と定め、(二)においては、仲裁人両名に支払つ
た費用を、その金額を明示すると共に、その負担者を被申立人と定めたものであつ
て、右(一)の各費用につき右のようにそれぞれ負担者を区別して決定したことに
ついては、その理由として、初めに、「公平の見地」より主文の通り判断したと記
載したほかに、さらに(1)ないし(5)の理由を掲げているのであつて、そのう
ち(4)は、申立人のいわゆる弁護士費用につき特記し、(5)は、その他の申立
後の手続費用につき特記するという体裁を採つているのであるが、この判文の形式
から見ると、右の列記理由の(1)ないし(3)は、右(4)(5)の各費用、少
くとも(4)の費用の負担者決定の理由をも形成していることは極めて明白で、そ
うすると、右の(4)の申立人の弁護士費用の負担者決定理由は、単に(4)の中
に特に示された抽象的な「公平の見地」だけではないものと解されねばならない。
ところで、右の(1)としては、本件「C丸」につき、振動防止の為、フオクスル
デツキ補強、船尾ビラー増設工事、其他被申立人が防振の為改造工事をした事実を
挙げ、(2)としては、書面の成立を認める甲第一号証(本件の甲第二号証がこれ
に該当することは弁論の全趣旨で認められ、それによると、右書面は、訴外三浦海
運株式会社の営業部長Dの作成に係る陳述書であり、その内容の概略は、本件「C
丸」の建造目的から、建造引渡後の同船の運転の状況、その振動、騒音に関して第
一審原告と第一審被告間になされた昭和三八年一二月一二日頃までの補強工事及び
これに関する折衝の経過を記載したものであり)、(3)としては、「C丸」の検
証の結果(右判断書の証拠欄記載に徴し、仲裁人の為した検証と推認)を掲げてい
る。ところで右の列記の理由を解釈するについては、仲裁人両名が、申立人の求め
る損害賠償についての責任原因が被申立人に存するか否かについては、意見が不一
致であつたと結論している点を充分斟酌する必要のあることは、第一審被告の主張
する通りであるので、この点につき右判断書の記載を見るに、その理由第一の
(2)において、申立人の請求権の存否の「法律要素である振動並に騒音が、法律
要因としての許容限度を超えるか否か」につき、仲裁人両名の各意見が賛否に分
れ、不一致であつたとして、この理由で、主文第一項損害賠償請求権の存否につい
ての意見不一致を結論したことが明白であるから、この説示より見ると、本件の
「C丸」には、問題とされ得る振動や騒音がなかつたのではなく、却つて、許容限
度を超えるか否かにつき、人によつて判断を異にする程度の相当な振動、騒音が存
在したことは推<要旨>察に難くない。そこで、この点に留意しつつ前掲(1)
(2)(3)の列記理由を検するに、仲被人は右の(3)の検証により、
「C丸」の振動、騒音の程度を自ら体験し、(1)(2)により同船の建造、引渡
後の運転成績の結果と修補要求についての交渉経過、修補の実績等の事実を認め
て、「C丸」には、少くとも、その建造の注文者で船主である第一審原告の立場か
らは、建造者である第一審被告に対し、修補要求を為すことが強ち無理でないと認
められる位の振動(騒音の点はさておき)があり、第一審被告としても、その責任
の帰属即ち費用の負担の点は別論として、兎も角一度ならず二度も修補工事に応じ
た(前掲甲第二号証の記載によれば、その第一回は昭和三七年一一月一〇日より同
月一三まで、第二回は昭和三八年九月一〇日より同月一六日までが、これに該当す
ると認められる)という動かし得ない事実と、同船の建造者が第一審被告であつ
て、少くとも右振動の物理的な原因を作つた者であることからして、第一審原告
が、第一審被告に対して、右造船上の瑕疵の修補請求等、その責任追求をすること
だけは、已むを得ない点もあるものと考えたことも、優に推測できるのであつて、
右責任追求方法としては、第一審原告が専門家としての弁護士の選任を必要とした
ことが是認できるとの理由を(4)に記載し、以上を総合した「公平の見地」か
ら、申立人の弁護士費用を、その全請求額に対する割合等も勘案して、これを相手
方たる被申立人、即ち第一審被告に負担させたと解釈するときは、以上の理由は、
仲裁判断の理由としては、その言辞は充分でないとしても、そして、主請求につい
て判断せず、弁護士費用だけを一方の相手方に負担させた結果だけを見るときは、
一見奇異な感は免れないけれども、仔細に検討すれば、右のような結論に導いた判
断資料と判断者の意図した趣旨(即ち考えの意味ないし筋道)の大略は、これを把
握するに大して困難はない。本件の申立人の弁護士費用負担の理由を、以上のよう
に解するとき、また以上の様な解釈は充分可能であるから、この場合には、右費用
負担の判断は、被申立人即ち第一審被告に損害賠償義務の存在を認めなかつた結果
とは決して矛盾するものではなく、また右義務を肯定しなくとも、右費用負担を命
じ得ると考えられる。そして、仲裁判断は、純粋な法律判断ではないのであるか
ら、弁護士費用を第一審原告主張のように、一種の不法行為責任であると構成(弁
護士費用の負担義務が、一般的に、相手方の不法行為に因り、また不法行為の場合
に限つて生ずるというが如きことは甚だ疑わしい)しなくとも、仲裁判断に基い
て、一方の当事者に負担させることも充分可能である。第一審被告は、公平という
ことと、負担者を一方の側にのみ定めることとは矛盾するというけれども、公平と
は決して機械的な平等を指すのではないから、双方の事情に差等があれば、負担責
任の度合についても差等があつて当然で、それが却つて公平に合するというべきで
ある。この点でまた、費用の種類、発生事由、金額の如何によつて、それぞれ負担
者を区別することも、何等それが矛盾として問議される筋合はない。また第一審被
告は、紛争未解決の場合の費用の一方的負担は仲裁人の判断の合理性の範囲を逸脱
するもので、特別の理由を要すると主張するが、前記判断によれば、この要請は充
たされているものと考えられるから、右主張は理由がない。
 次に、右理由の形式的な不備の点として、第一審被告は、弁護士費用自体の記載
即ちその額の認定、及び相当性の判断が、仲裁判断の理由中に欠けていると主張
し、成程、右理由記載に限定する限りでは、右の記載が見当らないことは、前段認
定の通りではあるけれども、右判断の主文第三項(イ)(ロ)の記載と右理由中の
仲裁人の報酬、費用額の認定額から、計数的に算出することは容易であるから、弁
護士費用額の認定そのものが不明であるとはいえず、理由不記載とはいえない。ま
た、報酬額の相当性の判断も、通常の裁判ならば、これを必要とする場合が多いけ
れども、仲裁判断の場合に、しかも公平の理由で負担させる場合には、その支出額
全部を負担させても、この点の判断や、その理由を欠いたことにはならない。次に
第一審被告は、遅延損害金の起算日につき理由を欠く旨主張し、右仲裁判断は、こ
の点につき、主文第三項(ロ)でその起算日を記載し、理由第三の(4)でその割
合を年五分と定めた理由を記載したのみであつて、起算日を認めた理由そのものは
記載されていないことは、第一審被告の指摘の通りではあるけれども、元来、遅延
損害金自体が附帯の請求であり、主請求につき遅滞があれば、特段の理由なくとも
発生する性質のもので、起算日の認定さえ誤りがなければ、理由を特記しなくとも
妥当視されるものである上に、本件においては、成立に争のない甲第一号証(申立
書に着手金一一〇〇、〇〇〇円の請求を記載)、第一審原告本人尋問の結果により
成立を認める甲第六、八、九号証と右尋問の結果、並びに弁論の全趣旨(特に第一
審原告の原審第四準備書面の記載、この点は明らかに争がない)によると、右起算
日の認定は、客観的事実に対照し、正当と認められるから、この点の理由不記載
は、損害金の負担を命ずる理由の不記載とともに、本判断を以て、執行判決の対象
たることを否定する瑕疵にはならないものと解するので、右第一審被告の主張は理
由がない(なお、第一審被告は、本件において、仲裁判断書記載以外の資料を証拠
資料に用いることは許されない旨主張するが、独自の見解であつて採用できな
い)。
 次に、本仲裁判断において、仲裁人両名に支払つた報酬及び費用の負担について
按ずるに、この点の理由としては、仲裁判断の理由第三の(二)には「公平の見
地」とのみ記載されているに過ぎず、形式的に見る限りでは、この理由には前記
(一)に列記された諸理由は援用されていないけれども、右事件で採り上げられる
「公平の見地」とは、事件全体の事情一切を総合した上の判断に立つものであるこ
とは、「公平」の義からも、事案の処理に要請される態度としても、当然の事柄で
あつて、右の(二)に掲げる「公平」も単なる抽象的なもの、機械的平等の類では
なく、具体的、総合的判断としての公平の謂と解すべきであるから、仲裁人に対す
る報酬、費用が、当該手続費用として、本来当該手続自体で職権で負担者を定める
ことも已むを得ない性質のものであることを勘案すると、これに前段認定の諸事情
から来る理由判断を総合するときは、この仲裁人の報酬、費用の負担者を被申立人
即ち第一審被告と決定したことについては、充分の理由が示されているものと解す
ることができる。それが、公平でないとか、判断の矛盾であるとかの理由で、右理
由記載を非難する第一審被告の主張の理由がないことは、前段説示と同一である。
よつて、右仲裁人の報酬、費用負担についても、理由を欠くとする第一審被告の抗
弁もまた採用できない。
 そうすると第一審原告の請求は、すべて正当というべきであつて、その一部を棄
却した原判決は、失当であるから、これを変更して、第一審原告の控訴に基き、右
請求を全部認容すべく、第一審被告の控訴は理由がないから、これを棄却すべきも
のとし、訴訟費用につき民事訴訟法第九六条、第八九条、仮執行宣言につき同法第
一九六条を適用して主文の通り判決する。
 (裁判長判事 宮川種一郎 判事 林繁 判事 平田浩)

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