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平成28年12月21日判決言渡同日原本交付裁判所書記官
平成28年(ワ)第3234号求償金請求事件
口頭弁論終結日平成28年10月17日
判決
原告株式会社IBEX
同訴訟代理人弁護士豊島真
同石田治
同渡邊望美
被告株式会社チヨダ
同訴訟代理人弁護士大竹秀達
同市川和明
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,1962万8682円及びうち1883万4725円に対
する平成27年8月25日から,うち79万3957円に対する平成28年2月1
3日から各支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1原告は,別紙1商標目録(1)記載1ないし同5の各商標登録(以下,個別には
同目録の番号に対応して「本件商標登録1」などといい,これらを併せて「本件各
商標登録」という。また,その対象たる各登録商標〔同目録記載1ないし同5の「商
標の構成」欄記載の各商標〕を,個別には同目録の番号に対応して「本件商標1」
などといい,これらを併せて「本件各商標」という。なお,同目録では本件と関係
しない指定商品の記載を省略した。)に係る各商標権(以下,併せて「本件各商標
権」という。)を有しており,被告との間で,本件各商標権につき独占的通常使用
許諾契約(以下「本件ライセンス契約」といい,その契約書を「本件契約書」とい
う。)を締結していた。
本件は,原告が,双日ジーエムシー株式会社(以下「双日GMC」という。)の
請求した本件各商標登録の取消審判に係る各審判手続(以下,併せて「審判手続」
という。)及び同審判についてされた各不成立審決の取消訴訟に係る訴訟手続(以
下「審決取消訴訟手続」という。)に関し,①被告は,本件ライセンス契約に基づ
き,被告の費用と責任において,必要に応じて原告から委任状を取得するなどして
弁護士を選任し,審判手続及び審決取消訴訟手続において防御させるべき義務を負
っていたが,同義務を怠ったために原告に弁護士費用相当額の損害を与えた,②被
告は,本件ライセンス契約に基づき,原告が審判手続及び審決取消訴訟手続におい
て支出した弁護士費用を補償する義務を負う,③被告は,本件ライセンス契約に基
づき,審判手続に利害関係人として参加し,また,審決取消訴訟手続に補助参加人
として参加すべき義務を負っていたが,同義務を怠ったために原告に弁護士費用相
当額の損害を与えた,と主張して,債務不履行を原因とする損害賠償請求権(民法
415条。上記①又は③)に基づき,又は本件ライセンス契約の定める補償義務履
行請求権に基づき(上記②),損害賠償金又は求償金1962万8682円(原告
が支払った弁護士費用相当額)及びうち1883万4725円に対する請求後の日
(内容証明郵便到達の日の翌日)である平成27年8月25日から,うち79万3
957円に対する請求後の日(訴状送達の日の翌日)である平成28年2月13日
から,各支払済みまでの商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支払を求め
た事案である(上記①,②及び③の請求の関係は,選択的併合の関係にある。)。
2前提事実等(当事者間に争いがないか,後掲の証拠〔書証番号は特記しない
限り枝番の記載を省略する。〕及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実等)
(1)当事者
原告は,商標権の売買,管理及びその仲介業等を業とする株式会社である。
被告は,靴及びゴム履物の製造及び販売等を業とする株式会社である。
(以上につき,弁論の全趣旨)
(2)本件各商標権
原告は,平成24年4月20日以降,本件各商標権を有していた(甲1,6)。
(3)本件ライセンス契約
ア原告,被告及び株式会社ボーンズ(以下「ボーンズ」という。)は,平成2
4年5月21日,次の約定のある本件契約書に調印して,本件ライセンス契約を締
結した。なお,本件契約書の原案は,ボーンズが用意したものであるが,原告及び
被告は,その条項について特段の異議を述べることなく,本件契約書に調印した。
「株式会社チヨダ(以下「甲」という)と株式会社IBEX(以下「乙」という)
と株式会社ボーンズ(以下「丙」という)は,乙が日本において所有する「Adm
iral」商標(以下「本件商標」という)の甲に対する独占的通常使用許諾に関
し,以下の通り合意する。」
「許諾内容
1.販売許諾地域:日本国内に限る
2.製造許諾地域:日本国内外
3.契約期間:2012年6月1日より2013年8月31日
4.許諾商品(以下「指定商品」という):サンダル全般
5.最低保証使用料(以下「ミニマムロイヤリティ」という):(判決注:省略
する。)
6.使用料率:(判決注:省略する。)
7.商標シール(以下「証紙」という)代金:(判決注:省略する。)
8.上記金員の銀行振込の手数料は全て甲の負担とする。」
「第1条(商標の使用方法)
甲は,指定商品以外に本件商標を使用しないことを約束する。」
「第2条(指定商品に対する指示)
1.甲は,本件商標を付そうとする指定商品についての試作品を作成し,丙に確
認を受け納品時に丙の指定する数量(品目,色ごとに2点づつ)の現物商品を提供
する。
2.丙は,試作品に付き検討し,本件商標を付する商品として妥当と判断したと
きは,本件商標を付して甲が販売することを了承するものとする。
3.甲は,丙の提供する証紙を指定商品の全てに貼付することとする。
4.甲は「指定商品」を契約締結の日より起算して180日以内に販売するもの
とする。」
「第7条(商標侵害等)
1.本契約に基づく本件商標の使用に関し,第三者よりクレームまたは訴訟の提
起を受けた場合,あるいは第三者による本件商標の侵害行為を発見した場合,甲乙
丙は直ちにその旨をそれぞれに連絡し,当該クレームまたは訴訟に対する防御ある
いは第三者による侵害行為の排除を共同して行うものとし,これに要した費用負担
については,甲乙丙が協議の上定めるものとする。
2.本件商標を付した指定商品の品質上の欠陥若しくは甲の販売方法に起因して
クレームを受けた場合は,全て甲の責任と負担において処理解決をすることとする。」
「第10条(損失補償)
1.乙は,本件商標が無効となったときは,遅滞なく甲及び丙に通知するものと
する。
2.本件商標が無効になったとき,または前条の規定により本契約が解除された
とき乙及び丙は,甲より支払済みのミニマムロイヤリティ,ロイヤリティ,証紙代
金を速やかに返還するものとする。
3.前項の返還をもって,甲はその他の損失補償を乙及び丙に請求しないものと
する。」
「第12条(契約の更新)
本契約の契約期間満了の3ヶ月前までにいずれかの当事者から更新をしない旨の
通知がないときは,本契約は当然に1年間更新されるものとし,以降の更新につい
ても同様とする。」
(以上につき,甲3)
イその後,原告,被告及びボーンズは,双日GMCによる下記(4)の各審判請求
を受け,平成25年10月1日付け覚書(以下「本件覚書」という。)を調印し,
本件各商標登録を取り消す旨の審決が確定した場合に備えて,本件ライセンス契約
書10条の「本件商標が無効となったとき」とあるのを「本件登録商標につき無効
又は取消の審判が確定したとき」と読み替えるほか,本件ライセンス契約の存続期
間中に本件各商標登録を取り消す旨の審決が確定するなどした場合における既払ミ
ニマムロイヤリティの精算(被告への返還)や,被告が販売することができなくな
った在庫商品の補償の取扱い等について合意した。
(以上につき,乙7)
(4)双日GMCによる取消審判の請求
双日GMCは,平成25年5月28日当時,別紙2商標目録(2)記載1ないし5の
各商標登録(以下,個別には同目録の番号に対応して「関連商標登録1」などとい
い,これらを併せて「関連各商標登録」という。また,その対象たる各登録商標〔同
目録記載1ないし同5の「商標の構成」欄記載の各商標〕を,個別には同目録の番
号に対応して「関連商標1」などといい,これらを併せて「関連各商標」という。
なお,関連商標1ないし同5の構成は,それぞれ,本件商標1ないし同5の構成と
同一である。)に係る各商標権(以下,併せて「関連各商標権」という。)を有し
ていたところ,同日,特許庁に対し,被告が双日GMCの業務に係る商品と混同を
生ずる登録商標又はこれに類似する商標の使用をしたと主張して,商標法53条1
項に基づき本件各商標登録の取消しを求める各審判請求(以下,併せて「本件各審
判請求」という。)をした。
特許庁は,本件各審判請求を取消2013-300427号事件,取消2013
-300429号事件,取消2013-300430号事件,取消2013-30
0432事件及び取消2013-300433号事件として審理し,平成26年6
月11日,いずれの請求についても「本件審判の請求は,成り立たない。」との審
決をし,同審決の謄本は,同月19日,双日GMCに送達された。
(以上につき,甲1,4,6,11)
(5)双日GMCによる審決取消訴訟の提起
双日GMCは,平成26年7月17日,知的財産高等裁判所(以下「知財高裁」
という。)に対し,上記(4)の各審決の取消しを求める各訴訟(以下,併せて「本件
審決取消訴訟」という。)を提起した(知財高裁平成26年(行ケ)第10170
号,同第10171号,同第10172号,同10173号及び同10174号事
件。)。
知財高裁は,上記各訴訟事件を併合して審理し,平成27年5月13日,上記(4)
の各審決をいずれも取り消すとの判決をし,同判決は,その後確定した。
なお,原告は,同判決に先立つ平成26年9月2日付けで,被告を被告知人とす
る訴訟告知をしたが,被告は,審決取消訴訟手続に補助参加しなかった。
(以上につき,甲5,6,弁論の全趣旨)
(6)原告による弁護士費用の支払等
原告は,前記(4)の取消審判請求事件の手続(審判手続)及び上記(5)の審決取消
訴訟事件の手続(審決取消訴訟手続)の弁護士費用(弁護士報酬及び経費を含む。
以下同じ。)として,平成27年8月20日までに,小島国際法律事務所から合計
1962万8682円の請求を受け,平成28年2月1日までに,その全額を同事
務所に支払った。
原告は,平成27年8月21日付け内容証明郵便(同月24日到達)により,被
告に対し,原告が審判手続及び審決取消訴訟手続に要した弁護士費用は,本件契約
書7条2項が規定する「甲の販売方法に起因」する費用であるから被告が負担すべ
きものであるなどと主張して,同月20日までに原告が負担した弁護士費用188
3万4725円を支払うよう請求した。
原告は,平成28年2月2日,本件訴訟を提起した。
(以上につき,甲7,8,弁論の全趣旨,顕著な事実)
3争点
(1)被告は,本件ライセンス契約に基づき,被告の費用と責任において,必要に
応じて原告から委任状を取得するなどして弁護士を選任し,審判手続及び審決取消
訴訟手続において防御させるべき義務を負っていたか(争点1)
(2)被告は,本件ライセンス契約に基づき,原告が審判手続及び審決取消訴訟手
続において支出した弁護士費用を補償する義務を負うか(争点2)
(3)被告は,本件ライセンス契約に基づき,審判手続に利害関係人として参加し,
また,審決取消訴訟手続に補助参加人として参加すべき義務を負っていたか(争点
3)
(4)被告の債務不履行により原告が受けた損害の額(争点4)
4争点に対する当事者の主張
(1)争点1(被告は,本件ライセンス契約に基づき,被告の費用と責任において,
必要に応じて原告から委任状を取得するなどして弁護士を選任し,審判手続及び審
決取消訴訟手続において防御させるべき義務を負っていたか)について
【原告の主張】
ア本件契約書7条は,1項において「本契約に基づく本件商標の使用に関し,
第三者よりクレームまたは訴訟の提起を受けた場合,あるいは第三者による本件商
標の侵害行為を発見した場合,甲乙丙は直ちにその旨をそれぞれに連絡し,当該ク
レームまたは訴訟に対する防御あるいは第三者による侵害行為の排除を共同して行
うものとし,これに要した費用負担については,甲乙丙が協議の上定めるものとす
る。」とし,2項において「本件商標を付した指定商品の品質上の欠陥及び甲の販
売方法に起因してクレームを受けた場合は,全て甲の責任と負担において処理解決
をすることとする。」と規定している。
ここで,2項の規定は,一般的なライセンス契約において「免責条項」や「補償
条項」と称される規定であって,ライセンシーの製品や行為に起因するクレームは
すべてライセンシーが責任を負い,ライセンサーには迷惑をかけないことを約する
ものである。2項の文言上,クレームをする者が一般消費者であるか否かや,クレ
ームを受けた者がライセンシーである被告に限られるかなどについて,何らの限定
はない。そうすると,何らかのクレームがあった場合に,それが商標に関するもの
であるからといって本件契約書7条1項が適用されると解すべきではなく,同クレ
ームが被告の販売方法に起因したものであれば,一般消費者によるものであるかや,
被告に対してされたものであるかを問うことなく,本件契約書7条2項が適用され
るべきものである。
イ双日GMCは,被告が企画,製造,販売したクロッグサンダル(以下「被告
商品」という。)が,双日GMCが製造,販売等するスニーカー(以下「双日GM
C商品」という。)と酷似していること,両商品において付された商標の位置や種
類がほぼ同じであること,両商品とも,被告の店舗において紛らわしい売り方をさ
れていたことなどを理由に,本件商標の取消しを求める本件各審判請求をしたもの
であるから,双日GMCによる本件各審判請求及びこれに引き続く本件審決取消訴
訟の提起は,いずれも「被告の販売方法に起因してクレームを受けた」場合と評価
できるものである。
したがって,被告は,本件ライセンス契約に基づき,被告の販売方法に起因して
受けたクレームである本件各審判請求及び本件審決取消訴訟を,すべて被告の責任
と負担において解決すべき義務,具体的には,被告の費用と責任をもって弁護士を
選任し,必要に応じて原告から同弁護士宛の委任状を取得して,審判手続及び審決
取消訴訟手続において防御させる義務を負っていたというべきである。
【被告の主張】
ア本件契約書7条2項は,「本件商標を付した指定商品の品質上の欠陥及び甲
の販売方法に起因してクレームを受けた場合は,全て甲の責任と負担において処理
解決をすることとする。」と規定しており,「指定商品の品質上の欠陥」と「販売
方法」とが併記されている。ここで,品質上の欠陥についてのクレームも,販売方
法についてのクレームも,いずれも一般消費者からされるのが通常であるから,同
項は,一般消費者からされるクレームについて適用されるものと解すべきである。
本件商標の取消しを求める本件各審判請求及び本件審決取消訴訟の提起は,一般消
費者からされたものではないから,本件契約書7条2項の「クレームを受けた場合」
に当たらない。
イまた,被告が企画した被告商品は,本件ライセンス契約に従い,原告の承認
を受けて製造,販売したものである。原告は,被告商品の製造,販売等について承
認を与える以前から,双日GMC商品の存在やそのデザイン等について知っていた
にもかかわらず,自社のホームページに双日GMC商品への販売サイトへのリンク
を貼るなど,自社の商品と双日GMCの商品とを区別すべきものと認識していなか
ったようである。双日GMCが本件各審判請求をしたのは,このように,原告が,
商標管理を十分にすることなく,双日GMC商品に類似した被告商品の販売を被告
に承認したことを問題としたためであり,被告による被告商品の販売方法を問題と
していたものではない。
したがって,双日GMCによる本件各審判請求及び本件審決取消訴訟の提起は,
「被告の販売方法に起因してクレームを受けた」場合には当たらない。
ウ仮に,双日GMCによる本件各審判請求及び本件審決取消訴訟の提起が,「被
告の販売方法に起因してクレームを受けた」場合にあたり,本件契約書7条2項が
問題となるとしても,同条項には,本件各商標登録の取消審判請求を受けた場合に,
被告が,審判事件の被請求人となる原告のために,被告の費用と責任において弁護
士を選任し,また,原告名下の委任状を取得すべき旨など記載されておらず,その
ような具体的義務を読み込むことは困難である。
(2)争点2(被告は,本件ライセンス契約に基づき,原告が審判手続及び取消訴
訟手続において支出した弁護士費用を補償する義務を負うか)について
【原告の主張】
前記(1)【原告の主張】で主張したとおり,双日GMCによる本件各審判請求及び
本件審決取消訴訟の提起は,本件契約書7条2項にいう「被告の販売方法に起因し
てクレームを受けた」場合に当たることから,その対応に要する費用は,本件ライ
センス契約上,すべて被告が負担すべきものである。
したがって,原告は,本件ライセンス契約に基づき,被告に対し,審判手続及び
審決取消訴訟手続に要した費用(弁護士費用総額1962万8682円)の補償を
求めることができる。
【被告の主張】
ア前記(1)【被告の主張】で主張したとおり,双日GMCによる本件各審判請求
及び本件審決取消訴訟の提起は,本件契約書7条2項にいう「被告の販売方法に起
因してクレームを受けた」場合に当たらないから,同条項が適用されることを前提
とする原告の主張は,失当である。
イ仮に,本件契約書7条2項が問題になるとしても,原告は,商標管理を怠り,
双日GMC商品の存在を知りながら,これに類似する被告商品の販売に承認を与え,
このために双日GMCから本件各審判請求や本件審決取消訴訟を提起されたのであ
って,いわばその原因を作り出した者である。他方,被告にとっては,双日GMC
が,本件各審判請求等をすることなど予期できなかった。そうすると,自ら原因を
作り出した原告が,被告に対して,審判手続や審決取消訴訟手続の費用の負担を求
めることは,信義則に反し,許されないというべきである。
(3)争点3(被告は,本件ライセンス契約に基づき,審判手続に利害関係人とし
て参加し,また,取消訴訟手続に補助参加人として参加すべき義務を負っていたか)
について
【原告の主張】
前記(1)【原告の主張】で主張したとおり,双日GMCによる本件各審判請求及び
本件審決取消訴訟の提起は,本件契約書7条2項にいう「被告の販売方法に起因し
てクレームを受けた」場合に当たるというべきであるが,仮に,7条2項が適用さ
れないとしても,同条1項の「本契約に基づく本件商標の使用に関し,第三者より
クレームまたは訴訟の提起を受けた場合」に当たるから,被告は,本件ライセンス
契約に基づき,原告と共同して審判手続及び審決取消訴訟手続の防御をすべき義務,
具体的には,審判手続に利害関係人として,また,審決取消訴訟手続に補助参加人
として参加して,被告商品は被告が独自に開発したものであり,双日GMC商品の
商品デザインを盗用したものでないことを示す具体的根拠を挙げるなどすべき義務
を負っていたというべきである。
【被告の主張】
ア本件契約書7条1項は,「本契約に基づく本件商標の使用に関し,第三者よ
りクレームまたは訴訟の提起を受けた場合,あるいは第三者による本件商標の侵害
行為を発見した場合」というのであるから,商標法53条に基づく本件各審判請求
は,同条項の適用範囲外というべきである。なお,原告,被告及びボーンズは,本
件各審判請求後に,本件契約書10条について,「本件商標が無効となったとき」
とあるのを「本件商標につき無効又は取消の審決が確定したとき」と読み替える旨
の本件覚書に調印しているが(乙7),このとき,本件契約書7条については何ら
の合意もしていないところである。
イ仮に,本件契約書7条1項が問題となり得るとしても,同条項の文言から,
「審判手続に利害関係人として,また,審決取消訴訟手続に補助参加人として参加
すべき義務」を読み込むことは困難というべきである。そもそも,取消審判請求や
審決取消訴訟手続の防御は,基本的には当事者(審判事件の被請求人,審決取消訴
訟の被告)が行うべきものである。
(4)争点4(被告の債務不履行により原告が受けた損害の額)について
【原告の主張】
被告が,被告の費用と責任をもって弁護士を選任し,必要に応じて原告から同弁
護士宛の委任状を徴求して,審判手続及び審決取消訴訟手続において防御させる義
務(前記(1)【原告の主張】参照)又は審判手続に利害関係人として,また,審決取
消訴訟手続に補助参加人として参加して,被告商品は被告が独自に開発したもので
あり,双日GMC商品の商品デザインを盗用したものでないことを示す具体的根拠
を挙げるなどすべき義務(前記(3)【原告の主張】参照)を怠ったために,原告は,
審判手続及び審決取消訴訟手続において,自ら弁護士に委任して防御することを余
儀なくされた。原告が弁護士費用として支出した合計1962万8682円は,上
記被告の債務不履行と相当因果関係のある原告の損害である。
【被告の主張】
原告の主張は否認し,争う。
第3当裁判所の判断
1争点1(被告は,本件ライセンス契約に基づき,被告の費用と責任において,
必要に応じて原告から委任状を取得するなどして弁護士を選任し,審判手続及び審
決取消訴訟手続において防御させるべき義務を負っていたか)について
(1)原告は,双日GMCによる本件各審判請求及びこれに引き続く本件審決取消
訴訟の提起は,本件契約書7条2項にいう「甲(判決注:被告)の販売方法に起因
してクレームを受けた」場合に当たるから,被告は,本件ライセンス契約に基づき,
これらをすべて被告の責任と負担において解決すべき義務,具体的には,被告の費
用と責任をもって弁護士を選任し,必要に応じて原告から同弁護士宛の委任状を取
得して,審判手続及び審決取消訴訟手続において防御させる義務を負っていたと主
張する。
(2)双日GMCが行った本件各審判請求は,商標法53条1項に基づくものであ
るところ,同条項に基づく審判請求が可能となるのは,法文上,「専用使用権者又
は通常使用権者が指定商品若しくは指定役務又はこれらに類似する商品若しくは役
務についての登録商標又はこれに類似する商標の使用であって商品の品質若しくは
役務の質の誤認又は他人の業務に係る商品若しくは役務と混同を生ずるものをした
とき」(判決注:下線を付した。)である。
しかるところ,本件契約書7条は,1項において,「本契約に基づく本件商標の
使用に関し,第三者よりクレームまたは訴訟の提起を受けた場合,あるいは第三者
による本件商標の侵害行為を発見した場合,甲乙丙は直ちにその旨をそれぞれに連
絡し,当該クレームまたは訴訟に対する防御あるいは第三者による侵害行為の排除
を共同して行うものとし,これに要した費用負担については,甲乙丙が協議の上定
めるものとする。」(判決注:下線を付した。)と規定しているのであるから,双
日GMCが行った本件各審判請求及びこれに引き続く本件審決取消訴訟については,
「本契約に基づく本件商標の使用に関し,第三者よりクレームまたは訴訟の提起を
受けた場合」に当たる(少なくともこれに準ずる)ものとして,本件契約書7条1
項が適用されるものと解するのが相当である。
(3)これに対し,原告は,本件契約書7条2項の文言上,クレームをする者が一
般消費者であるか,クレームを受けた者が被告であるかなどについて限定はないか
ら,同クレームが被告の販売方法に起因したものであれば,本件契約書7条2項が
適用されるべきであって,双日GMCによる本件各審判請求は,被告の販売方法に
起因するクレームであるから,同条項が適用されるべき旨主張する。
そこで検討するに,本件契約書7条は,まず1項において,「本契約に基づく本
件商標の使用に関し,第三者よりクレームまたは訴訟の提起を受けた場合,あるい
は第三者による本件商標の侵害行為を発見した場合,甲乙丙は直ちにその旨をそれ
ぞれに連絡し,当該クレームまたは訴訟に対する防御あるいは第三者による侵害行
為の排除を共同して行うものとし,これに要した費用負担については,甲乙丙が協
議の上定めるものとする。」と規定し,商標の使用に関して生じた紛争については,
原則として1項により規律されるべき旨を明らかにしている。ここで,本件ライセ
ンス契約上,被告は,原告から許諾を受けて本件各商標を使用する(本件各商標の
付された指定商品を販売する)立場にあるから,1項にいう「本契約に基づく商標
の使用」の主体が被告となることは,本件ライセンス契約が当然に想定しているこ
とである。もっとも,商標の使用といっても,当該商標が使用された商品の品質に
欠陥があり,又は商品を販売する際の販売方法に問題があって,このために顧客等
に損害を及ぼすなどしたというような紛争が発生した場合には,かかる紛争は,形
式的には商標の使用行為によって生じたものではあるが,実質的には商標に関する
紛争とはいい難く,当然に,商品を実際に製造し,又は販売した者(被告)が責任
を負担してしかるべき性質のものということができる。本件契約書7条2項に「本
件商標を付した指定商品の品質上の欠陥及び甲の販売方法に起因してクレームを受
けた場合は,全て甲の責任と負担において処理解決をすることとする。」とあるの
は,このような認識に立って,被告が販売する商品の品質に欠陥があり,又は商品
を販売する際の販売方法に問題があったために顧客等から苦情を受けた場合など,
実質的にみて商標に関する紛争とはいえない場合には,被告がその責任において同
紛争を処理解決すべき旨を規定したものと解するのが相当である。
双日GMCによる本件各審判請求は,原告の主張によっても,①被告商品が,双
日GMC商品と酷似していること,②両商品において付された商標の位置や種類が
ほぼ同じであること,③両商品とも,被告の店舗において紛らわしい売り方をされ
ていたことなどを理由にしてされたというのであり,上記③のように,「被告の販
売方法」に着目してされた主張も存在するものの,本件各商標を付した被告商品の
販売が,双日GMCの業務に係る商品(双日GMC商品)と混同を生ずるものであ
るかが問題とされているのであり,実質的に見て商標に関する紛争でないとはいい
難い。むしろ,前記前提事実及び証拠(甲1,4,6)によれば,双日GMCの保
有する関連各商標権は,平成20年10月29日に(分割前の)本件各商標権から
指定商品を「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパを除く」)」とする商
標権が分割移転されたものであり,関連商標1ないし同5と本件商標1ないし同5
とは,それぞれ同一の商標であって,関連各商標登録の指定商品である「履物・・
・但し,履物(サンダル靴,サンダルげた,スリッパを除く)を除く」と本件各商
標登録の指定商品である「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパを除く」)」
とは,形式的には重複しないものの,相互に類似する関係にあると認められるから,
本件各審判請求は,商標に関する紛争そのものというべきであって,本件契約書7
条1項にいう「本契約に基づく本件商標の使用に関し,第三者よりクレームまたは
訴訟の提起を受けた場合」として,同項により規律されるべき性質のものというべ
きである。
また,前記前提事実及び証拠(甲3,7,乙9)によれば,原告は,本件各審判
請求を受けた後,双日GMCの審判請求の理由を認識した上で,本件覚書に調印し,
本件各商標登録を取り消す旨の審決が確定したときは,既払ミニマムロイヤリティ
の一部を被告に返還することや,被告が販売することができなくなった在庫商品に
つき一定の補償をすることを約したことが認められ,他方,原告が,上記調印当時,
被告に対し,審判手続への参加その他の協力を求めたり,原告が同手続のために支
出し又は支出することとなる弁護士費用の負担を求めたりした形跡がないことから
すれば,原告は,本件覚書を調印した平成25年10月1日当時,被告ではなく,
本件各商標権の商標権者であって,本件各審判請求における被請求人である原告こ
そが,本件各商標権を維持できるよう努め,本件ライセンス契約に基づく被告の利
益を擁護すべき立場にあった旨認識していたことは,明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(4)以上によれば,双日GMCによる本件各審判請求及び本件審決取消訴訟の提
起について本件契約書7条2項が適用されることを前提として被告の債務不履行を
いう原告の主張は,その前提を欠くものであって,理由がない。
2争点2(被告は,本件ライセンス契約に基づき,原告が審判手続及び審決取
消訴訟手続において支出した弁護士費用を補償する義務を負うか)について
前記1で認定説示したとおり,双日GMCによる本件各審判請求及び本件審決取
消訴訟の提起について,本件契約書7条2項は適用されないというべきであるから,
これが適用されることを前提として,本件ライセンス契約に基づき弁護士費用の支
払を求める原告の請求には理由がない。
3争点3(被告は,本件ライセンス契約に基づき,審判手続に利害関係人とし
て参加し,また,審決取消訴訟手続に補助参加人として参加すべき義務を負ってい
たか)について
(1)原告は,双日GMCによる本件各審判請求及び本件審決取消訴訟の提起につ
いて,本件契約書7条2項が適用されないとしても,同条1項の「本契約に基づく
本件商標の使用に関し,第三者よりクレームまたは訴訟の提起を受けた場合」に当
たるから,被告は,本件ライセンス契約に基づき,原告と共同して審判手続及び審
決取消訴訟手続の防御をすべき義務,具体的には,審判手続に利害関係人として,
また,審決取消訴訟手続に補助参加人として参加して,被告商品は被告が独自に開
発したものであり,双日GMC商品の商品デザインを盗用したものでないことを示
す具体的根拠を挙げるなどすべき義務を負っていたと主張する。
(2)双日GMCによる本件各審判請求及び本件審決取消訴訟の提起が,本件契約
書7条1項にいう「本契約に基づく本件商標の使用に関し,第三者よりクレームま
たは訴訟の提起を受けた場合」に当たることは,前記1において認定説示したとお
りである。この点について,被告は,商標法53条に基づく本件各審判請求は,本
件契約書7条1項の適用範囲外というべきである旨主張するが,本件各審判請求が,
被告による本件各商標の使用に関し,第三者である双日GMCからされた「クレー
ム」(主張)に当たることは明らかであるから,被告の上記主張は採用することが
できない。
もっとも,本件契約書7条1項は,「甲乙丙は直ちにその旨をそれぞれに連絡し,
当該クレームまたは訴訟に対する防御あるいは第三者による侵害行為の排除を共同
して行うものとし,これに要した費用負担については,甲乙丙が協議の上定めるも
のとする。」と規定するにとどまり,防御に要した費用の負担について協議するこ
とのほかは,「防御・・・を共同して行う」行為として具体的にいかなる義務を本
件ライセンス契約の当事者に課すものであるかが判然としない。ここで,商標法5
3条1項に基づく商標の取消審判請求及びその不成立審決に対する審決取消訴訟に
おいて当事者となるのは商標権者であるから,当該審判手続又は審決取消訴訟手続
において防御をすべき主体は,第一次的には商標権者であって,本件契約書7条1
項の上記文言から直ちに,当該手続における当事者の地位にない被告が当該手続に
利害関係人又は補助参加人として参加すべき義務まで読み込むことは困難というほ
かはない(審判手続又は審決取消訴訟手続において同手続における当事者間に事実
認定に関する争いがあるなどの理由により,特定の者の協力が欠くことができない
などの事情があって,かつ,同協力を具体的に要請したにもかかわらず,合理的な
理由なくこれに応じなかったというのであれば,共同して防御を行う義務に違反し
たとみる余地がないではないが,本件においてそのような事情は主張立証されてい
ない。)。
したがって,被告が,本件ライセンス契約に基づき,「審判手続に利害関係人と
して,また,審決取消訴訟手続に補助参加人として参加して,被告商品は被告が独
自に開発したものであり,双日GMC商品の商品デザインを盗用したものでないこ
とを示す具体的根拠を挙げるなどすべき義務」を負っていたものとは認め難いとい
うべきである。
(3)以上によれば,被告が,本件ライセンス契約に基づき,「審判手続に利害関
係人として,また,審決取消訴訟手続に補助参加人として参加して,被告商品は被
告が独自に開発したものであり,双日GMC商品の商品デザインを盗用したもので
ないことを示す具体的根拠を挙げるなどすべき義務」を負っていたことを前提に,
その債務不履行をいう原告の主張は,その前提を欠くものであって,理由がない。
4結論
以上によれば,その余の争点について検討するまでもなく,原告の本件請求には
いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官
嶋末和秀
裁判官
笹本哲朗
裁判官
天野研司
(別紙1)
商標目録(1)
1商標登録第1995432号の1の1(本件商標登録1)
商標の構成
登録出願日昭和56年4月22日
設定登録日昭和62年10月27日
指定商品第6類,第14類,第21類,第22類及び第26類に属する商標
登録原簿記載のとおりの商品(省略)並びに第25類「履物但し,
履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除く)を除く」
2商標登録第4048658号の1の1(本件商標登録2)
商標の構成
登録出願日平成5年10月14日
設定登録日平成9年8月29日
指定商品第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベル
ト,履物,運動用特殊衣服,運動用特殊靴但し,被服,ガーター,
靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,運動用特殊衣服,運動用
特殊靴を除く但し,履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッ
パ」を除く)を除く」
3商標登録第4125472号の1の1(本件商標登録3)
商標の構成
登録出願日平成8年10月14日
設定登録日平成10年3月20日
指定商品第25類「被服,ガーター,靴下止め,ズボン吊り,バンド,ベル
ト,履物,運動用特殊衣服,運動用特殊靴但し,被服,ガーター,
靴下止め,ズボン吊り,バンド,ベルト,運動用特殊衣服,運動用
特殊靴を除く但し,履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッ
パ」を除く)を除く」
4商標登録第4836907号の1の1の1(本件商標登録4)
商標の構成
登録出願日平成11年7月14日(1999年〔平成11年〕2月17日に
スイス連邦においてした商標登録出願に基づきパリ条約第4条によ
る優先権主張)
設定登録日平成17年2月4日
指定商品第3類,第9類,第14類,第16類及び第28類に属する商標登
録原簿記載のとおりの商品(省略)並びに第25類「被服,ガータ
ー,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,運動用特殊衣
服,運動用特殊靴但し,被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,
バンド,ベルト,運動用特殊衣服,運動用特殊靴を除く但し,履物
(サンダル靴,サンダルげた,スリッパを除く)を除く」
5商標登録第4837860号の1の1の1(本件商標登録5)
商標の構成ADMIRAL(標準文字)
登録出願日平成11年7月14日(1999年〔平成11年〕2月17日に
スイス連邦においてした商標登録出願に基づきパリ条約第4条によ
る優先権主張)
設定登録日平成17年2月10日
指定商品第3類,第9類,第14類,第16類及び第28類に属する商標登
録原簿記載のとおりの商品(省略)並びに第25類「被服,ガータ
ー,靴下止め,ズボンつり,バンド,ベルト,履物,運動用特殊衣
服,運動用特殊靴但し,被服,ガーター,靴下止め,ズボンつり,
バンド,ベルト,運動用特殊衣服,運動用特殊靴を除く但し,履物
(サンダル靴,サンダルげた,スリッパを除く)を除く」
以上
(別紙2)
商標目録(2)
1商標登録第1995432号の1の2
商標の構成本件商標登録1と同じ
登録出願日及び設定登録日本件商標登録1と同じ
指定商品第25類「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除
く)」
2商標登録第4048658号の1の2
商標の構成本件商標登録2と同じ
登録出願日及び設定登録日本件商標登録2と同じ
指定商品第25類「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除
く)」
3商標登録第4125472号の1の2
商標の構成本件商標登録3と同じ
登録出願日及び設定登録日本件商標登録3と同じ
指定商品第25類「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除
く)」
4商標登録第4836907号の1の2
商標の構成本件商標登録4と同じ
登録出願日及び設定登録日本件商標登録4と同じ
指定商品第25類「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除
く)」
5商標登録第4837860号の1の2
商標の構成本件商標登録5と同じ
登録出願日及び設定登録日本件商標登録5と同じ
指定商品第25類「履物(「サンダル靴,サンダルげた,スリッパ」を除
く)」
以上

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