弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処する。
     右罰金を完納することができないときは、金一、〇〇〇円を一日に換算
した期間被告人を労役場に留置する。
     原審および当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人中塚正信、同竹内靖雄共同作成の控訴趣意書記載のと
おりであるから、これを引用する。
 これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。
 一、 訴訟手続の法令違反について
 (一)、 まず、控訴趣意中、審判の請求を受けない事件について判決をした違
法があるとの所論は、要するに、被害者甲の傷害の部位、程度につき、原判決が訴
因変更の手続をとることなく、「全治一年二ケ月を要する頭部打撲挫傷並に挫創、
頸椎打撲捻挫」の訴因事実を「全治一年二ケ月を要する頭部打撲傷並に脳損傷等」
と変更して認定した違法を主張するものである。
 よつて、記録を検討してみるのに、被害者甲の傷害の部位、程度については、起
訴状(略式命令請求書)記載の当初の訴因によると「全治約二週間を要する頭部外
傷第1型頭部挫創等」とされていたが、原審第五回公判期日において、検察官の請
求により「全治一年二ケ月を要する頭部打撲挫傷ならびに脳損傷等」と変更され、
更に、同第七回公判期日において、再び検察官の請求により「全治一年二ケ月を要
する頭部打撲挫傷並に挫創、頸椎打撲捻挫」と変更されていたところ、原判決はこ
れを「全治一年二ケ月を要する頭部打撲傷並に脳損傷等」と認定していることは所
論の指摘するとおりである。
 <要旨第一>ところで、右によつて明らかなように、原判決は訴因事実である「頸
椎打撲捻挫」を認定しないで、訴因にない「脳損傷」を認定しているの
であるが、前者の傷と後者の傷とは医学上全く異るものであつて、後者の傷が前者
に比しより重いと解せられるので、本件の場合に脳損傷を認定することは、被告人
の防禦に実質的不利益を生ずる虞れがあるとみるべく、また本件での前記のような
訴因変更のけいいに徴しても、訴因変更の手続を経ることなく「頸椎打撲捻挫」を
「脳損傷」と変更して認定しえないと解すべきである。所論は、右の違法は刑事訴
訟法三七八条三号後段にいう審判の請求を受けない事件について判決をした場合に
あたると主張するのであるが、それはむしろ同法三七九条にいう訴訟手続の法令違
反と解すべきである。そして右違反は判決に影響を及ぼすことが明らかであるか
ら、論旨は結局において理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。
 (二)、 次に、職権によつて按ずるのに、原判決には、被告人の過失の内容に
つき、右と同様、訴因をこえてこれを認定した違法がある。すなわち、原判決によ
ると、原判決は被告人の過失の内容につき、「……同所は被告人の進路からすれば
左方へ曲折する道幅の狭い下り坂の峠道であるから、このような道路では往々自車
がセンターラインを右へ越え、又はセンターライン擦々になつて反対車道を対向し
てくる車輌と接触する危険のあることが予想せられるのであるから、自動車運転者
は、その手前から十分に速度を調節し、前方対向車に注意して之と離合する場合急
激な制動措置を避け安全な間隔を保つて左側通行を厳守すべき業務上の注意義務が
あるのに、之を怠り、時速四〇粁のまま、センーターライン一杯に、同所の曲線の
一番深い部分を左へ曲つたところ、反対車道を対向してくる乙運転の大型貨物自動
車を認め急制動して時速を一〇粁位に落すと共に急激に左方に転把したが、その瞬
間自車右後端がセンターラインを越え反対車道へ突出したため、同所で離合した前
記大型貨物自動車の右後部ボデー附近に右自動車右後端部を接触させ、之がため把
手をとられて右斜前方ヘスリツプし、車輌もろとも道路下の叢中へ転落し、……」
と認定していることが認められる。ところが、起訴状の記載によると、右の点は
「……同所附近は進路が左へ曲り、対向してくる乙運転の大型貨物自動車を認めた
のであるから、直ちに徐行し安全な間隔を保つて離合すべき業務上の注意義務があ
るのにこれを怠り、漫然と同一速度で進行した過失により、同車と離合の際に同車
右側と自車右側を衝突させて、自車を進路右の道路下に転落させ……」となつてお
り、その後原判決にそう訴因の変更のなされた形跡はないのである。
 すなわち、これを要約すると、被告人の過失は、訴因によると、(1)、徐行義
務違反、(2)、対向車と離合の際の安全間隔保持義務違反とされていたのに、原
判決は、右(1)、(2)の義務違反のほか更に(3)、急激な制動措置の避止義
務違反をも認め、具体的な過失行為として、急制動と急激な左方への転把を認定し
ているのである。
 <要旨第二>ところで、右(3)の義務違反は(1)、(2)の義務違反とは全く
別個のものであつて、それらに包含されているものとは解しがたく、こ
とに原判決によると、(3)の義務違反が本件における中心的なものと認定されて
いるのであるから、訴因にない右義務違反を認めることは被告人の防禦に実質的な
不利益を生ずると解せられるばかりか、原審公判において右義務違反の存否をも審
判の対象として充分な審理のなされた事跡も窺えないので、これを認定するために
は訴因変更の手続を要するものといわなければならない。原判決にはこの点におい
て訴訟手続の法令違反があり、その誤りは判決に明らかに影響を及ぼすものと解せ
られる。よつて、原判決はこの点においても破棄を免れない。
 二、 事実誤認について
 (一)、 まず、控訴趣意中、原判決が被告人の具体的な過失行為として、対向
してきた乙運転の大型貨物自動車を認めた際、「急制動して時速一〇粁位に落すと
共に急激に左方へ転把した」と認定した点についての事実誤認の主張につき按ずる
のに、原審認定の右事実にそう内容の証拠としては、(1)、急制動の点につき原
審第三回公判調書中証人乙の供述記載ならびに原裁判所の同証人に対する尋問調
書、(2)、減速および転把の点につき原審第四回公判調書中被告人の供述記載が
存するのであるが、右(1)の乙の証言は、それ自体において明らかなように、被
告人が制動の措置をとつたことを現認したわけではなく、これを推測して供述して
いるに過ぎないものであるから信用性の薄いものであり、また、接触現場に被告車
輌右後輪のスリツプ痕があつた旨の部分も、その位置および形状等からして、必ず
しも信用しうるものとは認めがたく、右(2)の被告人の供述は、道路が左にカー
ブしていたため、エンジンブレーキで制動して時速約一〇粁に減速し、カーブにそ
つて左に転把していつた旨のものであつて、その実質は原審の認定と相反するもの
であり、いずれも「急制動、急転把」の事実を認定する資料として充分ではなく、
他に右事実を認定するに足る証拠も存しない。してみると、原判決には過失内容の
重要な事項につき事実の誤認があることになり、それが判決に影響すること明らか
であると認められるので、論旨は理由があり、原判決はこの点においても破棄を免
れない。
 (二)、 次に、控訴趣意中、原判決が被害者甲の傷害の部位、程度につき「脳
損傷」を認めた点についての事実誤認の主張につき按ずるのに、医師丙作成の診断
書三通によると、右甲が昭和四二年一二月八日から翌四三年五月二五日まで治療を
受けた同医師の診断結果には、頭部打撲挫傷、頸椎打撲捻挫等のほか脳損傷の疑も
含まれていた事実が認められるが、原審証人丁の証言によると、その後右甲が診療
を受けた大阪府戊病院において、脳の超音波検査、出血検査等をなしたところ、頭
蓋内部に形態的損傷はなく、いわゆる鞭打症としての最終的診断を受けていること
が認められるので、右丙医師による脳損傷の疑はすでに払拭されたものというべき
である。してみると、原判決にはこの点につき事実の誤認があることになり、それ
が原認定の数個の傷害中最も重大なものに関するものであるから、右誤認は判決に
影響すること明らかであるといわざるをえず、論旨は理由があり、原判決はこの点
においても破棄を免れない。
 三、 被告人に過失がない旨の論旨について
 所論は、要するに、被告人は、対向してきた乙運転の大型貨物自動車(以下これ
を乙車と略称し、被告人運転の自動車を被告車又は自車と略称する)と離合した
際、時速を約一〇粁に減速し、センターラインまで約六〇ないし七〇糎の余地を残
して自車走行車線上を進行していたものであつて、本件道路状況のもとにおいて、
大型貨物自動車と対向する小型貨物自動車の運転者としては、右の程度の車間距離
をおけば充分であつて、しかも時速約一〇粁で減速徐行しているのであるから、被
告人には自動車運転上の過失はない、両車接触による本件事故は、右乙運転手がカ
ーブでのハンドル操作を誤り、同車後部を被告車の進行車線上に突出させたために
生起したものであつて、事故の責任はあげて右乙運転手にある、と主張するもので
ある。
 よつて、原審ならびに当審において取調べた証拠によつて検討してみるのに、本
件事故現場附近は、被告車の進路から見て左にカーブする下り勾配のアスファルト
舗装された道路で、被告車進行車線の路肩はコンクリートで固められ、反対側車線
の路肩は非舗装の地面と接しており、路面中心部にセンターラインの表示があつ
て、当時は降雨のため路面が湿潤し、やや滑り易い道路状況であつたこと、被告人
は、同道路を時速約四〇粁で進行してきたのであるが、道路がカーブする部分に差
しかかつた地点(以下A点という)において、カーブ部分の反対側の自車進路左斜
前方約六七米の反対側車線上の地点(以下B点という)を対向してくる乙車を発見
し、その頃右乙も同時にA点を進行中の被告車を発見していること、その後両車は
相接近し、A点から約四〇米、B点から約二九米の地点(以下X点という)におい
て、乙車の右後部フラツシヤーランプ支持板と被告車の右後側部とが接触し、その
衝撃により、被告車の後部が進路に向つて左側に振れたため、右に回頭して右斜前
に約二六米斜走し、路外の草中に転落横転したこと、右X点附近の道路巾は、被告
車の進行車線は舗装部分約三、二五米(その外側にコンクリートの路肩約二〇
糎)、乙車のそれは舗装部分約二、八米(その外側に地道の路肩約五〇糎)であ
り、右A点からX点を経てB点に至るまでの間の道路巾は厳密にいつて多少の広狭
は認められるが、本件を判断するためにはほぼ同一とみて差し支えのないこと、な
お、被告車は車長三、八米、車巾一、四五米で、乙車は車長一〇、三五米、車巾
二、五米であつて、これと右道路巾にカーブの状況を併せ判断すると、被告車はセ
ンターラインまで優に一米の余地を残して進行しうるのに反し、乙車はほぼセンタ
ーラインに沿つて進行せざるをえない道路状況にあることがそれそれ認められる。
 ところで、被告人は、原審ならびに当審公判廷において、乙車を発見したA地点
附近から道路が左にカーブしていたためギヤをトツプに入れたままでアクセルをゆ
るめ、エンジンブレーキにより時速を一〇ないし一五粁に減速して乙車と離合した
が、その際自車がセンターラインをこえたことはなく、終始右ラインまで六〇ない
し七〇糎の余地を残した道路左側部分を進行していた旨供述している。しかしなが
ら、下り勾配の道路におけるトツプギヤによるエンジンブフレーキの減速度が被告
人の供述するように大きいものとは到底認められないうえ、被告車が前記A点から
X点まで約四〇米進行する間に、乙車はB点からX点まで約二七米進行しているの
であるから、車体後部どおしの接触なので各車輔の前記車長をこれに加算して計算
すると、同一時間内に被告車の方が約六米長く進行していることが認められ、A、
B点における両車の速度が時速約四〇粁であり、乙車の方か被告車に比しやや遅か
つた事情を考慮してみても、乙車において減速した事実が認められない以上、被告
車においても被告人が供述する程減速したとは到底認めがたいことなど、右被告人
の供述中速度に関する部分には明らかに不合理と認められる点があり、これを信用
することはできない。また、被告人の当審公判廷における供述によると、被告人
は、乙車がセンターラインすれすれのところを対向進行してきたが、センターライ
ンをこえて自車進路に進出してきたのを現認していないのであるから、すくなくと
も、乙車は被告車と離合の直前においてセンターラインをこえていなかつたと認め
られる。他方、左にカーブする道路にそつて進行する被告人車にあつては、前記時
速約四〇粁を維持するかぎり、左に曲るに従つて車体は右へ寄るきらいがあり、特
にそれは道路の屈曲部の頂点から直線部分にかかるまでの間(×点はこの間にあ
る)において著しいこと経験則上明らかであり、このことに、当時被告車の前部座
席には大人二人が乗車し、後部荷台には約一五瓧の歯磨の箱二個を積んでいたに過
ぎなかつたので、車輌の重心がやや前に移動し、路面が濡れていたことと下り勾配
であつたこととあいまつて、車体後部が振れて右に突出すことが往往あることなと
を併せ考えると、本件接触は被告車後部が乙車に接近していつて接触したと認める
のが相当である。そして、原審公判廷における被告人の供述記載、原裁判所の証人
甲に対する尋問調書によると、被告人も被告車に同乗していた右甲においても、被
告車後部が接触前右に寄つたことを明確に認識していたことが窺えること、当裁判
所の証人乙に対する尋問調書によると、乙車の接触部位には被告車の塗料が附着し
ていたほかは特に痕跡がなかつたと認められることなどを綜合すると、被告車後部
の右に寄つた程度はさまで大きいものではないと認められる。してみると、離合の
際の被告車と乙車との車間距離は、被告車において、センターラインまで六〇ない
し七〇糎の余地を残すほどには広くなかつたと断ぜざるをえない。果して被告人の
司法巡査に対する供述調書によると、事故直後に被告人は取調警察官に対し「私は
センターラインのきわをラインに沿つて下つておりましたので、相手トラツクと無
事すれ違えると思つていたのですが、左にカーブし終るころの接触ですから車体後
部はセンターより幾分中(右側)に入つたものと思われ、それで接触したのだろう
と思います」と供述したことが認められ、また乙運転手も原裁判所に対し被告車が
センターラインに沿つて進行してきた旨の証言をしているのであつて、これらの供
述と前記説明の事実を綜合すると被告人は所論のような間隔を保持することなく、
センターラインに沿つて進行したものと認めるのが相当である。
 <要旨第三>しかして、前記認定のとおり、乙車は大型貨物自動車であつて、その
車巾および道路巾の関係から、センターライン寄りを進行するはかなか
つたのに対し、被告車は小型車であつて、その車巾および道路巾の関係よりして、
道路左寄りを進行するのになにらの支障もなかつたのであるから、右の如き大型対
向車を発見した被告人としては、折柄曲り角付近を進行中のこととて、徐々に減速
するとともに、できるだけ道路の左寄りを進行し、対向してくる乙車との間隔を充
分にとつて、これとの接触を避けるべき業務上の注意義務があつたものと認められ
る。しかるに被告人は、これを怠り、時速約四〇粁のままセンターラインに沿つて
自車を進行させたため、本件接触事故を惹起させているのであるから、被告人の過
失責任は否定しがたいところである。論旨は理由がない。
 四 自 判
 前記一、二に説明のとおり、原判決には訴訟手続の法令違反および事実誤認があ
つて、それらが判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、刑事訴訟法三九七条一
項、三七九条、三八二条に従つて原判決を破棄したうえ、同法四〇〇条但書により
さらに判決することにする。
 (罪となるべき事実)
 被告人は、自動車運転の業務に従事するものであるが、昭和四二年一一月二八日
午前一一時一〇分頃、普通貨物自動車助手席に勤務先の同僚甲(当時三一年)を同
乗させてこれを運転し、時速約四〇粁で、西宮市a町bcのd番地先路上にさしか
かつた際、自車進路前方約六七米の地点を対向進行してくる乙運転の大型貨物自動
車を認めたのであるが、同所は被告人の進路からみて左にカーブする下り勾配の峠
道であつて、道路巾も約六、五米と狭く、右大型貨物自動車はセンターライン一杯
に進行しなければならないような道路状況であつたから、このような場合自動車運
転者としては、自車の速度を徐々に減じつつ、右大型貨物自動車との間隔を充分に
とつて道路の左側寄りを進行し、もつて同車との接触による事故の発生を未然に防
止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、自車がセンターラインに沿つて
進行しても右大型貨物自動車と接触しないものと軽信し、漫然センターラインに沿
つて同一速度のまま進行した過失により、同車と離合しようとした際、同車右後部
フラツシヤーランプ支持板と自車右後側部とを接触させ、自車を右斜前に斜走させ
て道路下の草中に転落させよつて、自車に同乗していた右甲に対し全治に一年二ケ
月を要した頭部打撲挫傷、頸椎打撲捻挫の傷害を負わせたものである。
 (証拠の標目)省略
 (法令の適用)
 被告人の判示所為は昭和四三年法律第六一号刑法の一部を改正する法律による改
正前の刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法二条、三条に該当するところ、所定刑
中罰金刑を選択し、所定金額の範囲内で被告人を罰金二万五、〇〇〇円に処し、右
の罰金を完納することができないときは、刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日
に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、原審および当審における訴訟
費用は刑事訴訟法一八一条一項本文に従つてその全部を被告人に負担させる。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 河村澄夫 裁判官 瀧川春雄 裁判官 岡次郎)

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