弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人岩沢誠の上告趣意第一点及び第二点について。
 論旨第一点は結局原判決の事実誤認を主張するものであり、同第二点は原判決の
量刑不当を攻撃するに帰着するものであつて、いづれも明らかに刑訴四〇五条に定
める事由に該当しない。
 同第三点について。
 まづ記録について第一審における審理の経過を検討すると、その審理の順序、方
法が刑事訴訟法の精神に添わぬきらいがないではないが、然しこのために本件審理
が直ちに達法であるとは断定し得ないところであつてまたもとより刑訴四〇五条に
定める事由にも当らない。
 よつて刑訴四一四条、三九六条に則り主文のとおり判決する。
 以上は裁判官栗山茂、同藤田八郎を除く裁判官全員一致の意見である。
 上告趣意第三点に対する裁判官栗山茂、同藤田八郎の少数意見は次のとおりであ
る。
 本件第一審第一回公判調書を調査すると、裁判長は検察官の起訴状朗読の後、被
告人に黙秘権を告げた上、被告人等及び弁護人に対し被告事件について陳述するこ
とがあるかどうかを尋ねたところ、被告人等は「副検事の朗読した公訴事実のうち
第一の事実は否認するも、第二の事実については事がないから別に述べることがな
いが是から調べられることについては何事も御答えしますと述べた」とある。被告
人が否認している起訴状記載の第一事実というのは、起訴状によれば被告人等三名
が共謀の上昭和二三年八月一五日頃より同年一二月二八日頃迄の間出務表に架空の
氏名を記入し且右架空人夫等の虚無の印章を押捺せる出務表を作成の上右人夫賃の
支出官をして真正なる請求と誤信せしめ因て右賃金の額を支出せしめて之を騙取し
たという事実である。右調書によると、被告人の右陳述があつた後裁判長は直に被
告人に前科の有無、次いでその学歴、収入、家族関係、職務の内容、相被告人A、
Bとの関係等を尋ねた上、裁判長と被告人との間に次の問答がかわされている。問、
貴方は昨年八月一五日頃迄の間右事業のため人夫を傭はないのに傭つた様に出務表
を作成しそれに虚無の印章を押捺してその支払請求を為し管理部をごまかして合計
金二十五万千八百四十円を支出させ受取つたことがあるかね。答、はい御座居ます。
問、そのような事をすることについて予めAとBに相談した上であつたか。答、否、
私一存の考であつたことでありまして決して相談等はしたこともありません(中略)
問、貴方がA、Bに現金や品物を分けてやると二人になんと言つて与えてやつたの
か。答、二人共その様なものゝ出る道は知つて居るだろうと思つてたゞ人夫賃がた
まつたので分け様と言つて与えました、云々。次で裁判長は相被告人Aに対し前科
の有無、経歴等を尋ねた上「Cが昨年八月一五日頃から今年一二月二八日頃迄の間
に二十五万一千八百四十三円という金を騙取したと言つて居るが貴方はそのことに
ついて同人より相談を受けなかつたかね」と尋問した。最後に他の相被告人Bに対
しても共謀の事実について尋問しすべて取調を終つた後に証拠調に入る旨を告げて
いるのである。
 おもうに、本件被告人が起訴状記載の第一事実を否認しているのであるから、裁
判長は刑訴二九一条の手続を履践した後訴訟関係人をして証拠調の請求をさせた上、
検察官をして右事実について立証せしめなければならないものである。それにもか
かわらず、裁判長は検察官及び弁護人又は被告人の意見も聴くことなく、証拠調の
順序、方法を変更し又争点を明らかにするため職権で証拠調をしたものでもなく、
前記調書記載で明らかなように、被告人を尋問して被告人をして犯罪事実を自白せ
しめているのである。つまり旧刑訴法と同一審理をしたのである。かかる審理は刑
事訴訟において検察側の負うべき立証の責を被告人に転嫁せしめたものであつて、
攻撃防禦の方法は当事者をして行はしめる刑訴法の原則を否定し結局検察側に偏重
した手続となり公正な審理(Fair trial)ということはできないもので
ある。なる程刑訴二九八条二項には裁判所は必要と認めるときは、職権で証拠調を
することができるけれどもかように訴訟指揮権の濫用は許されないと言はなければ
ならない。憲法三一条が保障しているところは公正な裁判の手続即ち審理によつて
生命若しくは自由が保護されるということであつて、単に刑罰それ自体が適正であ
るべきことを保障しているものではない。公正な裁判の手続こそ人権を擁護すべき
裁判の目標として憲法が保障しているものである。例えば、弁護人を附すべき事件
に弁護人を附せずして裁判した場合に仮りに量刑が適正であつたとしても、公正な
裁判ということができないのと同様である。されば本件の場合は結局被告人の防禦
に実質的な不利益を生ずるものであつて、いわゆる被告人の実質的権利を害する手
続(刑訴二九五条参照)というべきであるからたとえ刑訴四〇五条に当らないとし
ても、同法四一一条にいう判決に影響を及ぼすべき法令の違反があつて原判決を破
棄しなければ著しく正義に反する場合に当ることは極めて明らかであるというべき
である。
 検察官 佐藤藤佐同小幡勇三郎関与
  昭和二五年一二月二〇日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    塚   崎   直   義
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    澤   田   竹 治 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    齋   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介

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