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平成30年2月5日判決言渡
平成29年(行ケ)第10074号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成29年12月12日
判決
原告ザホンコンポリテクニック
ユニヴァーシティー
同訴訟代理人弁護士鰺坂和浩
同弁理士阿部寛
柴田昌聰
鈴木英彦
被告特許庁長官
同指定代理人佐藤秀樹
鉃豊郎
樋口信宏
山村浩
真鍋伸行
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は,原告の負担とする。
3この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を
30日と定める。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2015-9380号事件について平成28年11月15日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
1特許庁における手続の経緯等
⑴原告は,平成22年9月13日,発明の名称を「近視の進行を遅らせる方法
及びシステム」とする発明について,国際出願をし(特願2013-527440
号。請求項数84),平成27年1月8日付けで拒絶査定(甲11)を受けたので,
同年5月20日,これに対する不服の審判を請求した(甲12)。
(2)特許庁は,これを不服2015-9380号事件として審理し,原告は,平
成28年8月10日付けで手続補正書を提出した(甲18。以下「本件補正」とい
う。請求項数41)。
(3)特許庁は,同年11月15日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別
紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月
29日,原告に送達された。なお,出訴期間として,90日が附加された。
(4)原告は,平成29年3月29日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起
した。
2特許請求の範囲の記載
本件補正後の特許請求の範囲のうち,本件審決が判断の対象とした請求項21の
記載は,以下のとおりである。以下,この発明を「本願発明」といい,また,その明
細書(甲5)及びその翻訳文(甲6)を,図面を含めて「本願明細書」という。なお,
文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項21】同心多ゾーン多焦点レンズであって,/屈折異常を矯正する光学
屈折力の少なくとも2つの矯正ゾーンと,/近視性の眼の成長を抑制するために,
網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた均質で
ない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファイルをそれぞれが有す
る少なくとも1つの焦点ずれゾーンであり,少なくとも1つのより弱い負の屈折力
を有する,少なくとも1つの焦点ずれゾーンと/を含み,/当該同心多ゾーン多焦
点レンズ内において前記少なくとも2つの矯正ゾーンと前記少なくとも1つの焦点
ずれゾーンとが交互に並んでいる,同心多ゾーン多焦点レンズ。
3本件審決の理由の要旨
⑴本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,①本
願発明は,下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。)である
から,新規性がない,②引用発明並びに下記イの引用例2及び周知例に記載された
技術事項に基づき,当業者が容易に想到することができたものである,というもの
である。
ア引用例1:特開2008-250316号公報(甲1)
イ引用例2:国際公開2010/019397号(甲2)
⑵本件審決が認定した引用発明,本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,
次のとおりである。
ア引用発明
中央区域1を備え,その中央区域1は装着者の既存の近視視力を矯正する負の焦
点力を有し,/処置領域も備え,これは中央区域1の周りの第2の区域2を含み,
かつ視力矯正領域よりも比較的に負ではない焦点力を有し,第2の区域2は遠方視
と近見視との両方の期間に装着者に近視網膜焦点ぼけ像を同時に見せ,/中央区域
1は円形形状であり,第2の区域2は,中央区域1の周囲を囲むリング形状であり,
かつ中央区域1と同心円状をなし,/処置領域は視力矯正領域よりも焦点力で最大
5ジオプトリまで負ではなく,/第2の区域2は第3の区域3により包囲されてお
り,その第3の区域3は視力矯正領域の一部を含み,第3の区域3は中央区域1と
同一の焦点力を有し,/続いて第3の区域3は第4の区域4により包囲されており,
第4の区域4は処置領域の一部を含み,/第4の区域4は第5の区域5により包囲
され,この第5の区域5も視力矯正領域であり,中央区域1及び第3の区域3と同
一の焦点力を有し,中央区域1及び第2の区域2~第5の区域5は同心円状であり,
/第5の区域5の周りの最外層担持体区域6も含み,これは眼球上にレンズを物理
的に定置させるのに役立つが,光学的機能は果たさず,/曲率が異なる領域の間の
遷移を低減させたコンタクトレンズであって,/近視網膜焦点ぼけは,近視進行の
原因となる眼の軸方向異常伸張を抑制し,長時間に亘って近視の進行を緩和,停止
或いは逆転させる効果を有する,/コンタクトレンズ。
イ本願発明と引用発明との一致点
同心多ゾーン多焦点レンズであって,/屈折異常を矯正する光学屈折力の少なく
とも2つの矯正ゾーンと,/近視性の眼の成長を抑制するために,網膜の少なくと
も中心部の前方に,焦点がずれた像を投影する少なくとも1つの焦点ずれゾーンで
あり,少なくとも1つのより弱い負の屈折力を有する,少なくとも1つの焦点ずれ
ゾーンと/を含み,/当該同心多ゾーン多焦点レンズ内において前記少なくとも2
つの矯正ゾーンと前記少なくとも1つの焦点ずれゾーンとが交互に並んでいる,同
心多ゾーン多焦点レンズ。
ウ本願発明と引用発明との相違点
本願発明は,「焦点ずれゾーン」に「多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた均質
でない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファイル」を有するのに
対して,引用発明は,「遠方視と近見視との両方の期間に装着者に近視網膜焦点ぼけ
像を同時に見せ」る「処置領域も備え」,「曲率が異なる領域の間の遷移を低減させ
たコンタクトレンズ」ではあるが,それ以上は明らかでない点。
4取消事由
(1)本願発明の新規性判断の誤り(取消事由1)
(2)本願発明の進歩性判断の誤り(取消事由2)
第3当事者の主張
1取消事由1(本願発明の新規性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)「曲率が異なる領域の間の遷移」について
ア引用発明における「曲率が異なる領域」とは,レンズ後面において曲率が互
いに異なる「第1の曲率半径(r0)を有する中央領域」及び「第2の曲率半径(r
1)を有する周辺領域」のことであり,「曲率が異なる領域の間の遷移」とは,レン
ズ後面における中央領域(光学部分のレンズ後部面部分)と周辺領域(最外層担持
体区域のレンズ後部面部分)との間の境界において曲率が変化することであって(遷
移A),レンズ前面における視力矯正領域(中央区域,第3の区域,第5の区域)と
処置領域(第2の領域,第4の領域)との間の遷移(遷移B)ではない。
「曲率が異なる領域間の遷移」(【0059】)との記載は,直前の【0058】の,
遷移Aの曲率ないし曲率半径に関する記載を受けたものであること,引用例1には
遷移Bについての記載はないことによれば,「曲率が異なる領域の間の遷移」は,遷
移Aを意味するものと認定するほかない。
よって,引用発明における「曲率が異なる領域の間の遷移」は,本願発明の発明特
定事項と関係なく,対比すべき事項とはいえない。
イ上記の正しい解釈に基づく引用発明において,「曲率が異なる領域の間の遷移
を低減させた」場合,レンズ後面において曲率が互いに異なる中央領域(光学部分
のレンズ後部面部分)と周辺領域(最外層担持体区域のレンズ後部面部分)との間
の境界の形状を滑らかにするだけであって,光学部分内の視力矯正領域と近視焦点
ぼけ領域との間の境界の形状を滑らかにすることにならず,視力矯正領域と近視焦
点ぼけ領域との間で屈折力プロファイルを漸進的なものとすることにもならない。
(2)「それ以上は明らかでない」について
ア引用例1【0038】の記載によれば,処置領域の屈折力は様々な値をとり
得るとしても,各近視焦点ぼけ区域において屈折力は一定であり,また,【0044】
の記載によれば,複数の近視焦点ぼけ区域のうちの或る近視焦点ぼけ区域と他の近
視焦点ぼけ区域とでは屈折力が互いに異なる場合があり得るとしても,各近視焦点
ぼけ区域において屈折力は一定であり,各近視焦点ぼけ区域において漸進的な屈折
力プロファイルを有してもよい旨は記載されていない。「合焦」(【0059】),「二
重焦点」(【0074】,【0078】)との記載や,光線が一点に収束することが示さ
れていること(図3a,b)からも,近視焦点ぼけ区域(処置領域)は,網膜の前方
において合焦した鮮明な像を投影するのであるから,近視焦点ぼけ区域(処置領域)
の屈折力は一定であるから,「それ以上は明らかでない」ことを相違点とした本件審
決は誤りである。
イ仮に,引用発明における「曲率が異なる領域の間の遷移」が,遷移Bであると
しても,研磨により遷移Bを低減した領域は,引用発明の処置領域に該当するとは
限らない。引用発明の処置領域(近視焦点ぼけ領域)は,「遠方視と近見視との両方
の期間に装着者に近視焦点ぼけ像を同時に見せる」ものであるところ,研磨により
遷移Bを低減した領域は,漸進的な屈折力プロファイルを有することになるとして
も,装着者に近視焦点ぼけ像を見せるものになるとは限らない。周知例1(特表2
009-540373号。甲3)によれば,研磨により遷移Bを低減した領域は,「光
学的なアーチファクトまたは歪みを低減する」(【0015】)機能しか果たさず,「光
学的機能は特に果たさない」(【0024】)ものであり,「遷移ゾーン30は随意に
設計されず,光線56は眼12の中でピンぼけの状態で分散する」(【0031】)の
であるから,何らかの像を投影するものではなく,装着者に近視焦点ぼけ像を見せ
る処置領域に該当しない。
ウまた,仮に,本件審決の引用発明の解釈に従い,視力矯正領域と近視焦点ぼ
け領域との間で漸進的な屈折力プロファイルとなったとしても,「近視性の眼の成長
を抑制するために,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は
焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する」とは限らないことは,周
知例1に「遷移ゾーン30は本例ではユーザの違和感を和らげるために光学ゾーン
20と24の隣接する周縁部を融合させるだけで,光学的機能は特に果たさない」
(【0024】)と記載されているとおりである。
〔被告の主張〕
(1)「曲率が異なる領域の間の遷移」について
ア引用例1には,引用発明において,視力矯正領域Z1を通過する光線が網膜
R上で合焦する様子や,処置領域Z2を通過する光線が網膜Rの前方で合焦する様
子も描かれている。他方,引用発明のコンタクトレンズ後面の中央領域の曲率半径
は,第1の曲率半径(r0)とされ(【0058】),光線を異なる位置(網膜R上と
網膜Rの前方)で合焦させるような,異なる曲率半径の光学面は形成されていない
(単に,コンタクトレンズの光学部分を,安定して着座して瞳上に整合させるため
の曲率とされている。)。
したがって,引用発明の視力矯正領域Z1の前面には,凹レンズの働きにより,
光線の屈折の度合い(屈折力)を装着者の既存の近視視力を矯正する程度だけ弱め
て,光線を網膜R上に合焦させるような曲率の光学面が設けられ,処置領域Z2の
前面には,光線の屈折の度合い(屈折力)を装着者の既存の近視視力を矯正する程
度まで弱めることなく,光線を網膜Rの前方で合焦させるような曲率の光学面が設
けられているから,視力矯正領域Z1と処置領域Z2の曲率は異なっている。
よって,引用発明における「曲率が異なる領域の間の遷移」が,視力矯正領域と処
置領域の間の遷移であるから,本件審決の認定に誤りはない。
イ引用発明の視力矯正領域から処置領域にかけての屈折力プロファイルは,漸
進的に遷移するものとなっていることを,引用発明の中央区域1と第2の区域2の
屈折力が2ジオプトリ異なる場合を例に検討すると,中央区域1を通過する光線は,
装着者の既存の近視視力(屈折異常)を矯正するように屈折し,装着者の網膜上に
焦点を結び,明瞭な像を投影し,第2の区域2を通過する光線は,中央区域1の場
合よりも2ジオプトリだけ強い屈折力で屈折し,装着者の網膜の中心部の前方に焦
点を結び,焦点がずれた像を投影する。屈折力が遷移する領域を通過する光線は,
0.5ジオプトリだったり,1ジオプトリだったりする遷移の程度だけ中央区域1
の場合よりも強い屈折力で屈折して,装着者の網膜の中心部の前方の,ばらばらの
位置で焦点を結び,焦点がずれ,かつ,ずれの程度も均一でない像を投影する。
引用発明において,屈折力が遷移する領域が,第2の区域2(処置領域)に該当す
ると考えることができるので,第2の区域は,「網膜の少なくとも中心部の前方に,
…焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する」ものであり,漸進的な
屈折力プロファイルとなっているものは,「近視性の眼の成長を抑制するために,網
膜の少なくとも中心部の前方に,…焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を
投影する」ことになる。
(2)「それ以上は明らかでない」について
ア引用例1には,曲率が異なる領域の間の遷移を低減させる方法として,研磨
が挙げられているから(【0059】),引用発明の視力矯正領域Z1から処置領域Z
2にかけての形状及び曲率の遷移は,不連続ではなく,滑らかなものとなっており,
引用発明の屈折力プロファイルは,漸進的に遷移するものとなっている。また,こ
の屈折力は,「装着者の既存の近視視力を矯正する負の」視力矯正領域のものとは異
なる。
よって,引用発明における,屈折力プロファイルが漸進的に遷移する領域は,引
用発明の「処置領域」に該当すると考えることができ,引用発明の屈折力は,処置領
域(本願発明でいう「焦点ずれゾーン」)において一定でないから,本件審決が,屈
折力プロファイルが一定であると認定せず,「それ以上は明らかでない」としたこと
に誤りはない。
引用例1には,視力矯正領域と処置領域の屈折力の差が,約2ジオプトリである
こと(【0038】)や,処置領域ごとに異なってもよいこと(【0044】)を指摘す
る記載はあるが,処置領域ごとに異なる一定値を取る必要があることまで,指摘す
るものではない。
イなお,周知例1には,遷移ゾーン30が「光学的機能は特に果たさない」との
記載がある(【0024】)。遷移ゾーン30は,レンズ前面の非連続性を滑らかにす
る機能は果たすが,光学的には光線をピンぼけの状態で分散させる機能程度しか有
さない点では,光学的機能は特に果たさない。しかし,光線をピンぼけの状態で分
散させるという機能は,「焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する」
という側面では本願発明と同じものであり,「光学的機能は特に果たさない」との記
載は,物の見方の相違にすぎない。
2取消事由2(本願発明の進歩性判断の誤り)について
〔原告の主張〕
(1)「漸進的な屈折力プロファイル」が,引用例2(甲2)や,周知例1(甲3),
周知例2(特開2000-122007号。甲4)に記載されているとしても,こ
れらのいずれにも,「近視性の眼の成長を抑制するために,網膜の少なくとも中心部
の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像
を投影する漸進的な屈折力プロファイル」について記載も示唆もないから,近視性
の眼の成長を抑制するために,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がず
れた像又は焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力
プロファイル」は,周知でも慣用でもない。
(2)周知例1に「屈折率プロファイルを漸進的にする」旨の記載があるとしても,
「近視性の眼の成長を抑制するために,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の
焦点がずれた像又は焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する」旨の
記載はない。また,「遷移ゾーン」は,「漸進的な屈折力プロファイル」を有すると
しても,「網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれ
た均質でない少なくとも1つの像を投影する」ものではない。したがって,「遷移ゾ
ーン」は,「中心光学ゾーン」の一部とも,「周辺光学ゾーン」の一部ともみなすこ
とはできない。曲率が異なる領域の間の遷移を低減させることは,屈折率プロファ
イルを漸進的にすることではない。
(3)引用例2に記載された技術事項は,近視矯正のためのものではない上,引用
例2において屈折力が遷移する領域は,正しい解釈に基づく引用発明に対し,位置,
目的の点で相違する。
周知例1における「遷移ゾーン」は,正しい解釈に基づく引用発明に対し,前面/
後面の点で相違し,位置,目的の点で相違する。
周知例2に記載された技術事項は,「近視性の眼の成長を抑制するため」,すなわ
ち近視進行抑制のためのものではない。また,周知例2において屈折力が遷移する
領域は,正しい解釈に基づく引用発明に対し,位置,目的の点で相違する。
以上によれば,引用発明に,引用例2や,周知例1,2記載の技術事項を適用する
ことはできず,相違点に係る構成を具備するコンタクトレンズとすることは,当業
者が容易に発明できたことではない。
仮に,正しい解釈に基づく引用発明の「曲率が異なる領域の間の遷移を低減させ
たコンタクトレンズ」の構成に対し,単なる「漸進的な屈折力プロファイル」を敢
えて適用したとしても,当該適用後の構成のものは,「近視性の眼の成長を抑制する
ために,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれ
た均質でない少なくとも1つの像を投影する」ものとはならない。
(4)正しい解釈に基づく引用発明における「曲率が異なる領域の間の遷移」は,
光学部分内の5つの区域1~5の相互間の境界ではなく,レンズ後面において曲率
が互いに異なる中央領域(光学部分のレンズ後部面部分)と周辺領域(最外層担持
体区域のレンズ後部面部分)との間の境界であるから,引用例1の「遷移」は,「本
願発明の焦点ずれゾーンに含まれるものとして対応付けるべき」ものではない。
仮に引用発明における「曲率が異なる領域の間の遷移」が光学部分内の5つの区
域1~5の相互間の境界であるとしても,その「遷移」の領域は,「近視性の眼の成
長を抑制するために,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又
は焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファ
イル」を有することにはならないから,「本願発明の焦点ずれゾーンに含まれるもの
として対応付けるべき」ものではない。
(5)本件審決は,処置領域において曲率を遷移させるようコンタクトレンズの曲
率を設計し,焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折
力プロファイルを有する処置領域とすることは通常創意工夫の範囲内の事項にすぎ
ないと判断したが,引用発明及び引用例2,周知例1,2に記載の技術事項につい
ての誤った認定に基づくものであるから,誤りである。
引用発明において,各々の近視焦点ぼけ区域の屈折力は互いに異なる場合があり
得るとしても,各近視焦点ぼけ区域が漸進的な屈折力プロファイルを有してもよい
旨の示唆はなく,また,ある領域が,「漸進的な屈折力プロファイル」を有していて
も該領域が像投影機能を果たさない場合があるから,「焦点がずれた均質でない少な
くとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファイルを有する処置領域とするこ
とは,当業者における通常創意工夫の範囲内の事項にすぎない」ということはでき
ない。
(6)本件審決は,引用発明において周知慣用技術の屈折力プロファイルを参考に
して,漸進的な屈折力プロファイルとし,相違点に係る構成を具備するコンタクト
レンズとすることには,動機付けがあると判断したが,引用発明には処置領域の屈
折力を均一に設計しない等についての示唆はなく,本願発明の屈折力プロファイル
とする動機付けもない。
(7)本願発明は,先行技術の2焦点レンズを用いて近視矯正及び近視進行抑制を
同時に行う場合に生じる視覚障害の問題を軽減することを目的とし,かかる課題の
解決のために,矯正ゾーンにより近視矯正のために網膜上に焦点が合った鮮明な像
を投影し,これと同時に,焦点ずれゾーンにより「近視性の眼の成長を抑制するた
めに,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた
均質でない少なくとも1つの像を投影する」というものである。このような思想は,
引用例1,2,周知例1,2のいずれにも,記載も示唆もないから,引用発明にお
いて後者の像を投影するための漸進的な屈折力プロファイルを採用する動機付けが
ない。
本願発明は,引用例等に記載も示唆もない課題を解決し,先行技術の2焦点レン
ズを使用して近視矯正及び近視進行抑制を同時に行う場合に生じる視覚障害を軽減
することができるという顕著な効果を奏するところ,かかる効果は,引用発明が奏
する効果とは異質なものであり,出願時の技術水準から当業者が予測することがで
きたものではない。
〔被告の主張〕
(1)漸進的な屈折力プロファイルをコンタクトレンズに採用することは,周知慣
用されているから(甲2,3),当業者なら,曲率が異なる領域の間の遷移を低減さ
せること(滑らかに変化する形状とすること)が,屈折力(ジオプトリ)の設計上
でいえば,屈折力プロファイルを漸進的にすることに対応することを心得ている。
したがって,当業者が,周知技術を参考にして,漸進的な屈折力プロファイルを
具備したコンタクトレンズを得ることは,引用発明の「曲率が異なる領域の間の遷
移を低減させたコンタクトレンズ」の構成を具体化するために採り得る選択肢の一
つにすぎない。
(2)引用発明では,視力矯正領域と処置領域の曲率が異なっており,周知例1,
2及び乙8に記載された多焦点コンタクトレンズにおいても,レンズ前面に,曲率
が異なる領域が設けられているから,引用例2,周知例1,2に記載の技術事項が,
引用発明と位置,目的の点で相違するということはない。
(3)本願発明は,焦点ずれゾーンにおける屈折力プロファイルの「漸進的」の範
囲が,シグモイドのように部分的である発明を含み(【0037】,【0046】),焦
点がずれた像のうち,一部のみが均質でないこととなるが,これは,引用発明の「曲
率が異なる領域の間の遷移を低減させた」ものと何ら変わりがない。
(4)引用例1の処置領域の屈折力は,均一である必要はなく(【0038】,【00
44】),引用発明の製造方法においては,研磨が許容され,処置領域が漸進的な屈
折力プロファイルを有することが排除されていない。
引用発明において,遷移を低減するために,処置領域の全体において屈折力が連
続的に変化するようにゾーン設計することは,当業者における通常の創意工夫の範
囲内の事項にすぎない。
(5)本願明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌しても,本願発明の課題や効果
が何なのか,一意に定まらないが,いずれにせよ,引用発明等が奏する効果以上の
ものではない。
第4当裁判所の判断
1本願発明について
本願発明の特徴は,以下のとおりである(下記記載中に引用する図面は,別紙本
願明細書図面目録参照)。
(1)発明の属する技術分野
本願発明は,近視の進行を遅らせる方法及びシステムに関する。(【0001】)
(2)背景技術,発明が解決しようとする課題
近眼ないし近視はヒトの眼の一般的な屈折障害である。近視の人からある距離以
上離れた物体は網膜の前方で焦点を結び,ぼやけた像として知覚される。一般的な
近視は,眼のいくつかの光学要素の合成された焦点距離よりも大幅に長く眼が成長
するときに進行する。ヒトの眼の近視は通常,時間とともに進行し,一般に,矯正用
の眼鏡やコンタクトレンズの処方を定期的に更新することによって管理される。矯
正用の眼鏡やコンタクトレンズは明視を提供するが,近視の進行を遅らせはしない。
視力を脅かす望ましくない眼病も強度の近視に関係している。したがって,一般的
な近視によって生じる経済的及び社会的負担を,明視と進行を遅らせる機能とを同
時に提供することによって軽減する新しい技術が求められている。最近の科学文献
によれば,発達中の眼の寸法成長は,網膜から離れた位置に像が投影されたときに
起こる光学的な焦点のずれ(以後,焦点ずれ)によって調節される。眼の屈折能力の
発達は,一方向の焦点ずれと反対方向の焦点ずれとの間の平衡によって促される。
特に,人為的に生じさせた「近視性の焦点ずれ」(網膜の前方に像が投影される焦点
のずれ)は近視のさらなる進行を遅らせる可能性があることが報告されている。
しかしながら,ヒトの臨床試験では軽微な問題がいくつか見つかり,それらの問
題の改善が待たれている。国際公開第2006/034652号パンフレットに教
示された2焦点レンズの使用は,焦点がずれた副次的な均質な単一の像を投影する。
この像は時に,患者に不快感を与える明るい「ゴースト」像として知覚される。加え
て,この焦点がずれた副次的な均質な像は,多くない一部の患者を,指定された主
たる像の代わりにこの焦点がずれた副次的な像に焦点を合わせるように自らの調節
習慣を調整し,選択するよう誤った方向へ導く恐れがあり,したがってこのような
像は進行を遅らせる機能を危うくする。(【0002】,【0004】)
本願発明は,このような課題を解決すべくなされたものである。
(3)課題を解決するための手段
前記課題を解決するため,明視の提供を維持し,同時に,光学品質が高く明るい
均質な単一の像になるように投影された焦点がずれた副次的な像によって引き起こ
される望ましくない視覚障害を排除することも望ましい。本願発明では,望ましく
ない視覚障害を排除するため,「同心多ゾーン多焦点レンズであって,屈折異常を矯
正する光学屈折力の少なくとも2つの矯正ゾーンと,近視性の眼の成長を抑制する
ために,網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれ
た均質でない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファイルをそれぞ
れが有する少なくとも1つの焦点ずれゾーンであり,少なくとも1つのより弱い負
の屈折力を有する,少なくとも1つの焦点ずれゾーンとを含み,当該同心多ゾーン
多焦点レンズ内において前記少なくとも2つの矯正ゾーンと前記少なくとも1つの
焦点ずれゾーンとが交互に並んでいる,同心多ゾーン多焦点レンズ」とした。(【0
037】,【0043】,【請求項21】)
矯正ゾーンの均質な屈折力プロファイルは,形成される像が均質であり,形成さ
れる像の明視に対する光学品質が高いことを保証する。一方,焦点ずれゾーンは,
ある範囲の複数のより弱い負の屈折力及び/又は正の屈折力を含む。焦点ずれゾー
ンの漸進的な(例えば正弦曲線状又は階段状の)屈折力プロファイル10は,焦点
がずれた副次的な均質な像は導入しないが,互いにわずかに分離されたより強度の
低い焦点がずれた均質でない多数の像を提供する。漸進的な遷移曲線は,隣合うゾ
ーンを横切る屈折力の変化が連続している場合に起こる。漸進的な遷移とみなすこ
とができる可能な多くの形状があり,これには,限定はされないが,シグモイド,多
項式,正弦曲線,円錐,放物線が含まれる。(【0045】,【0046】,図1,2)
(4)発明の効果
本願発明の多重焦点ずれレンズ30によって生み出される焦点がずれた均質でな
い多数の像34は,網膜29上の焦点が合った像33に比べて不均質であり,ぼや
けている。したがって,像は,視覚障害の重大な原因とはならず,網膜29の全体に
わたって,治療のためのある範囲の近視性の焦点ずれ37を維持することができる。
また,この矯正ゾーンによって屈折異常が矯正されると,あらゆる距離にある物
体に対する明視が提供され,近くの作業に対しては眼の自然の調節が使用される。
このレンズはさらに,近視性の眼の成長を抑制するために,網膜の少なくとも一部
分の前方に,焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する(43)少な
くとも1つの焦点ずれゾーンを有する。この焦点ずれゾーンを使用することによっ
て,視距離に関係なく,均質でない近視性の焦点ずれが網膜上に常に導入される。
この少なくとも1つの焦点ずれゾーンは,少なくとも1つのより弱い負の屈折力を
有する。焦点ずれゾーンの漸進的な屈折力プロファイルを使用して近視性の焦点ず
れを不均質にすることによって,近視性の焦点ずれの視覚障害を軽減する(44)。
焦点がずれた像を不均質にすることによって,焦点ずれゾーンを,物を見る目的に
誤って使用することが回避される。さらに,均質でない近視性の焦点ずれは眼の成
長を抑制する。レンズ内において矯正ゾーンと焦点ずれゾーンとを交互に並べる(4
5)。組み込まれた漸進的な遷移曲線によって,矯正ゾーンと焦点ずれゾーンとを互
いに接続する(46)。このことは,ゾーン間の遷移部における光散乱を低減する(4
7)ことによって光学性能を向上させる。(【0054】,【0058】,図3,4)
2取消事由1(本願発明の新規性判断の誤り)について
(1)引用発明について
ア引用例1には,おおむね,以下の記載がある(下記記載中に引用する図面は,
別紙引用例1図面目録参照)。
引用発明は,近視の進行を防止若しくは緩和するコンタクトレンズ及び方法に関
するものである。(【0001】)
コンタクトレンズは,図1に示されるとおり,レンズ前表面に中央区域を備え,
その中央区域1は装着者の既存の近視視力を矯正する焦点長又は負の焦点力を有す
る矯正領域1である。このレンズは処置領域も備え,これは中央区域1の周りの第
2の区域2を含み,且つ矯正領域1よりも比較的に負ではない焦点力を有する。第
2の区域2は遠方視と近見視との両方の期間に装着者に近視焦点ぼけ像を同時に見
せ,中央区域1は円形形状であり,第2区域2は,中央区域1の周囲を囲む環状若
しくはリング形状であり,且つ中央区域1と同心円状をなすものである。(【003
7】)
処置領域は,矯正領域よりも焦点力で最大5ジオプトリまで負ではなく,より好
ましくは1ジオプトリと3ジオプトリとの間で負ではなく,代表的には約2ジオプ
トリの差である。(【0038】)
第2の区域2は第3の区域3により包囲されており,区域3は,矯正領域の一部
を含み,区域1と同一の焦点力を有する。区域3は第4の区域4により包囲されて
おり,区域4は,処置領域の一部を含み,近視焦点ぼけ区域2と同一の焦点力を有
する。(【0041】)
区域4は第5の区域5により包囲されてもよく,区域5は,矯正領域の一部を含
み,視力矯正区域1及び3と同一の焦点力を有する。区域1乃至区域5は同心円状
である。(【0042】)
レンズは,区域5の周りの最外層担持体区域6も含み,これは眼球上にレンズを
物理的に定置させるのに役立つが,光学的機能は果たさない。(【0043】)
レンズは,所望により,その曲率が異なる領域の間の遷移を低減させたければ,
研磨することができる。(【0059】)
近視網膜焦点ぼけは,近視進行の原因となる眼の軸方向異常伸張を抑制し,長時
間に亘って近視の進行を緩和,停止或いは逆転させる効果を有する。(【0005】)
図3aに示す遠方視期間には,遠近調節は緩和されて,遠方の対象の像はレンズ
の矯正区域Z1を介して網膜Rに合焦するようにされて,明瞭な遠方視を与える。
同時に,遠方の対象からの光はレンズの処置領域Z2を通過して網膜の前方に合焦
するようにされて,網膜上に近視焦点ぼけを生じさせる。(【0059】)
近見視期間には,図3bに示されるように,眼は遠近調節される。遠近調節は矯
正領域を透過した像を網膜上に合焦させる。この遠近調節はレンズの処置区域Z2
を通過する光により形成された同時近視焦点ぼけ網膜像を保持する効果も有する。
(【0060】)
イ引用発明の認定
以上によれば,引用例1には,本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2
の3(2)ア)が記載されていることが認められる。
ウ本願発明と引用発明との一致点及び相違点の認定について
また,本願発明と引用発明との一致点,相違点は,本件審決が認定したとおり(前
記第2の3(2)イ,ウ)であると認められる。
(2)相違点の認定判断について
ア「曲率が異なる領域の間の遷移」について
(ア)原告は,引用例1において,「曲率が異なる領域の間の遷移」として明記さ
れているのはレンズ後面の遷移Aのみであるから,引用発明としてレンズ前面の遷
移Bを認定することはできず,本願発明の発明特定事項と関係なく,対比すべき事
項とはいえないと主張する。
本件審決は,「曲率が異なる領域の間の遷移」がレンズ前面の視力矯正領域と処置
領域との間の遷移であること(遷移B)を認定しているところ,確かに,引用例1に
は,「その曲率が異なる領域の間の遷移」について記載した【0059】の直前に,
レンズ後面において,曲率半径が異なる「第1の曲率半径(r0)を有する中央領
域」と「第2の曲率半径(r1)を有する周辺領域」の記載(【0058】)がある一
方,レンズ前面の視力矯正領域と処置領域の曲率についての記載はなく,視力矯正
領域と処置領域の間の遷移については明示されていない。
(イ)しかし,引用発明は,レンズの円形形状の中央区域1を視力矯正領域とし,
その周囲を囲むリング形状の第2の区域2を処置領域とし,その周囲を囲む第3の
区域3を視力矯正領域とし,その周囲を囲む第4の領域4を処置領域とし,その周
囲を囲む第5の領域を視力矯正領域とし,中央区域1及び第2の区域2ないし第5
の区域5は同心円状をなすものであり,視力矯正領域と処置領域の屈折力を異なら
せるものである。
また,区域5の周りには,最外層担持体区域6があるが,これは眼球上にレンズ
を物理的に定置させるのに役立つもので,光学的機能は果たさない。
レンズの後面については,「運動に対する眼球上の良好な安定性をレンズに与える
ように形成されており,レンズ又は少なくとも光学部分を安定して着座して瞳上に
整合させる。例えば,コンタクトレンズの後面又は後部面部分は双曲面とすること
ができる(即ち,第1の曲率半径を有する第1の後部面部分と,第2の曲率半径を
有する第2の後部面部分とを備える)。一実施形態においてレンズの後面は,第1の
曲率半径(r0)を有する中央領域と,この中央領域の周囲を囲み,第2の曲率半径
(r1)を有する周辺領域とを備えるか,これらの中央領域と周辺領域とから基本
的に構成されるか,或いはこれらの中央領域と周辺領域とから構成される。」(【00
58】)との記載があり,曲率半径が異なる中央領域と周辺領域から成ることが認め
られる。かかる後面の形状が,レンズ又はその光学部分を眼球上に安定させるため
のものであることに照らすと,周辺領域は,眼球上にレンズを物理的に定置させる
機能を有し,光学的機能は果たさない最外層担持体区域6に,中央領域は,光学部
分である第1の区域1ないし第5の区域5に,それぞれ対応するものと解される。
そして,レンズ後面の中央領域においては,第1の曲率半径(r0)とされ,一定
の曲率(r0)となっているのであるから,視力矯正領域と処置領域との屈折力の
違いは,後面の形状によっては生じておらず,レンズ前面の曲率を,両領域におい
てそれぞれ部分的に異ならせることによって生じさせていると解される。
以上のとおり,引用発明において,視力矯正領域と処置領域との屈折力の違いは,
レンズ前面の曲率を異ならせることによって生じさせていると解されるから,視力
矯正領域と処置領域の曲率について明記されなくても,引用発明のレンズ前面の視
力矯正領域と処置領域との間に「曲率が異なる領域の間の遷移」が存在することは,
当業者にとっては自明のことといえ,原告の主張は採用できない。
(ウ)したがって,引用発明のレンズ前面の視力矯正領域と処置領域との間には,
「曲率が異なる領域の間の遷移」が存在するものと認められる。
イ「焦点ずれゾーン」において「漸進的な屈折力プロファイル」を有することに
ついて
(ア)原告は,引用発明における処置領域の屈折力プロファイルは一定であるとこ
ろ,本件審決が,かかる認定を誤った結果,引用発明が,遠方視と近見視との両方の
期間に装着者に近視網膜焦点ぼけ像を同時に見せる処置領域も備え,曲率が異なる
領域の間の遷移を低減させたコンタクトレンズではあるが,「それ以上は明らかでな
い」ことを本願発明との相違点と認定したことは誤りである旨主張する。
(イ)しかし,引用発明において,レンズの研磨を行わない場合には,レンズの前
面は,視力矯正領域の屈折力に対応する曲率から,それよりも負ではない処置領域
の屈折力に対応する曲率に,ステップ状に変化するから,視力矯正領域と処置領域
の間には,レンズ前面の曲率が不連続となる箇所が,環状(同心円状)に生じること
となる。
引用例1には,「レンズは,所望により,その曲率が異なる領域の間の遷移を低減
させたければ,研磨することができる」(【0059】)との記載があるところ,視力
矯正領域と処置領域の曲率が不連続となる環状の箇所も,「曲率が異なる領域の間」
であるから,この箇所の研磨を行うことによって,曲率が滑らかに変化するよう加
工され,視力矯正領域と処置領域の間の曲率が連続的に変化するようにされる。
視力矯正領域は,「装着者の既存の近視視力を矯正する負の焦点力」を有し(【0
037】),処置領域は,「視力矯正領域よりも焦点力で最大5ジオプトリまで負では
な」い(【0038】)ところ,視力矯正領域と処置領域の間の曲率が連続的に変化す
ることにより,装着者の既存の近視視力を矯正する負の焦点力から,これよりも焦
点力で最大5ジオプトリまで負ではない焦点力に,漸進的に遷移することになり,
その遷移の箇所において焦点が1つに定まらなくなり,焦点がずれた均質でない像
を投影することになる。
引用例1には,「屈折力5ジオプトリの視力矯正領域を有するコンタクトレンズは,
屈折力3ジオプトリの処置領域を有してもよい。この例において,差は約2ジオプ
トリである。」(【0038】),「処置領域を備える幾つかの又は各々の近視焦点ぼけ
区域の焦点力は,互いに異なり」(【0044】)との記載があるものの,これらの記
載は,視力矯正領域と処置領域の屈折力の差が約2ジオプトリであってもよいこと
や,処置領域ごとに焦点力が異なってもよいことを意味するにとどまり,各処置領
域の屈折力が一定値であることを要することまで指摘するものではない。また,「合
焦」(【0059】),「二重焦点」(【0074】,【0078】)との記載や,図3a,b
からは,処置領域を通過した光が網膜の前方にどのような像を投影するかは明らか
ではなく,処置領域の屈折力が一定であることを裏付けるとはいえない。
よって,原告の主張は採用できず,本件審決が,引用発明においては,遠方視と近
見視との両方の期間に装着者に近視網膜焦点ぼけ像を同時に見せる処置領域も備え,
曲率が異なる領域の間の遷移を低減させたコンタクトレンズであるが,「それ以上は
明らかでない」ことを本願発明との一応の相違点としたことに誤りはない。
(ウ)そして,引用発明において,視力矯正領域は,「装着者の既存の近視視力を
矯正する負の焦点力」を有する領域であるから,焦点力が既存の近視視力を矯正す
るものとはならない屈折力プロファイルが漸進的に遷移する領域は,処置領域であ
ると解することができる。そうすると,処置領域は,漸進的に屈折力が変化し,焦点
がずれた均質でない像を投影する箇所を含むから,引用発明は,本願発明の「焦点
ずれゾーン」に対応する構成を備えることになる。
したがって,引用発明のレンズ前面の異なる曲率の遷移を低減させたレンズは,
「焦点ずれゾーン」において,「漸進的な屈折力プロファイル」を有するものと認め
られる。
(エ)原告は,引用発明において,視力矯正領域と処置領域との間で漸進的な屈折
力プロファイルを有することになるとしても,周知例1(甲3)によれば,研磨によ
り遷移Bを低減した領域は,「光学的機能は特に果たさない」(【0024】)とされ,
装着者に近視焦点ぼけ像を見せるものになるとは限らないから,近視焦点ぼけ像を
見せる処置領域に該当するとは限らないと主張する。
しかしながら,引用発明が,レンズ前面の屈折力の漸進的な遷移を有すること,
これによって,その遷移の箇所において焦点が1つに定まらなくなることにより,
焦点がずれた均質でない像を投影することとなることは,前記のとおりである。
周知例1には,「…中心光学ゾーンと周辺光学ゾーンの接合部分におけるレンズ前
面の形状の不連続性が重要となり得る。従って,この接合部分におけるレンズ前面
の形状は,異なるゾーンの形状の間の遷移を滑らかにするかつ/またはゾーン間の
狭い帯域における屈折力の漸増を可能にする遷移ゾーン…を形成することが望まし
いと考えられる。しかしながら,遷移ゾーンの目的は,レンズの外面を滑らかにす
るとともに,短い距離で屈折力が突然変化することによってもたらされる可能性が
ある光学的なアーチファクトまたは歪みを低減することにある。」(【0015】),「…
前面18は光学ゾーン20と24の間にスムーズな遷移ゾーン30を形成するよう
に形作られている。ただ遷移ゾーン30は本例ではユーザの違和感を和らげるため
に光学ゾーン20と24の隣接する周縁部を融合させるだけで,光学的機能は特に
果たさない。」(【0024】),「レンズ10の遷移ゾーン30を通過するより斜めの
軸外光線(例えば光線56)は焦点面42の前方ステップ46を生成すると考えら
れるが,しかし既に指摘したように,遷移ゾーン30は随意に設計されず,光線5
6は眼12の中でピンぼけの状態で分散する可能性が高い。」(【0031】)との記
載がある。これらの記載によれば,異なるゾーンの形状の間の遷移を滑らかにする
かつ/又はゾーン間の狭い帯域における屈折力の漸増を可能にする遷移ゾーンは,
短い距離で屈折力が突然変化することによってもたらされる可能性がある光学的な
アーチファクト又は歪みを低減するものであり,遷移ゾーン30を通過するより斜
めの軸外光線(光線56)は眼12の中でピンぼけの状態で分散する可能性が高い
ものであるところ,このような遷移ゾーンでは,焦点が1つに定まらないことによ
り,眼の中でピンぼけの状態で分散するように作用するものと解される。したがっ
て,「光学的機能は特に果たさない」とは,眼の中で一点に焦点が合うことがなく,
視力を矯正する機能を有さないことを意味するものである。
一方,本願発明は,「網膜の少なくとも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又
は焦点がずれた均質でない少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファ
イルをそれぞれが有する少なくとも1つの焦点ずれゾーン」と規定するのみであっ
て,その屈折力プロファイルが,どの程度の漸進の度合いであるのかを具体的に特
定するものではないから,屈折力が漸進的と見られるものであれば,「網膜の少なく
とも中心部の前方に,多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた均質でない少なくと
も1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファイルをそれぞれが有する少なくとも
1つの焦点ずれゾーン」を備えるものと解される。
そうすると,周知例1の前記の記載事項は,本願発明における,漸進的な屈折力
プロファイルによる多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた均質でない少なくとも
1つの像を投影することと同じ状態を意味するものと認められるから,周知例1を
根拠に,引用発明1の,視力矯正領域と処置領域との間で漸進的な屈折力プロファ
イルを有する箇所が,装着者に近視焦点ぼけ像を見せる処置領域に該当しないとは
いえず,原告の主張は採用できない。
原告は,引用発明において研磨により遷移Bを低減した領域(周知例1における
遷移ゾーン30)の屈折力プロファイルは,「随意に設計されず」,「正確にはコント
ロールすることはできない」から,この領域を通過する光線は「眼の中でピンぼけ
の状態で分散する」ことになり,この領域は「光学的機能は特に果たさない」という
結果とならざるを得ないとも主張するが,本願発明では,具体的な屈折力プロファ
イルが特定されていない以上,本願発明の屈折力プロファイルが,正確にコントロ
ールされたものということはできず,引用発明において研磨により遷移Bを低減し
た領域と変わるところはない。
ウ小括
以上によれば,引用発明は,「多数の焦点がずれた像又は焦点がずれた均質でない
少なくとも1つの像を投影する漸進的な屈折力プロファイル」を有し,相違点に係
る構成を有するものである。また,引用発明は,本願発明と「同心多ゾーン多焦点レ
ンズであって,屈折異常を矯正する光学屈折力の少なくとも2つの矯正ゾーンと,
近視性の眼の成長を抑制するために,網膜の少なくとも中心部の前方に,焦点がず
れた像を投影する少なくとも1つの焦点ずれゾーンであり,少なくとも1つのより
弱い負の屈折力を有する,少なくとも1つの焦点ずれゾーンとを含み,当該同心多
ゾーン多焦点レンズ内において前記少なくとも2つの矯正ゾーンと前記少なくとも
1つの焦点ずれゾーンとが交互に並んでいる,同心多ゾーン多焦点レンズ」(前記第
2の3(2)イ)の点において一致するから,本件審決が,本願発明について,引用発
明に基づき,新規性を欠くと判断したことに誤りはない。
3結論
よって,その余の取消事由について判断するまでもなく,原告の請求は理由がな
いからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部
裁判長裁判官髙部眞規子
裁判官古河謙一
裁判官関根澄子
別紙本願明細書図面目録
【図1】【図2】
【図3】【図4】
別紙引用例1図面目録
【図1】【図3a】
【図3b】

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