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裁判例


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主      文
1 原告の第1事件及び第3事件の各請求を棄却する。
2 被告Aの第2事件の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,第1事件ないし第3事件を通じて,原告と被告Aに生じた費用
の各4分の3と被告B及び被告国に生じた費用を原告の負担とし,原告と被告Aに
生じたその余の費用を被告Aの負担とする。
              事実及び理由
第1 請求
(第1事件)
 被告A及び被告Bは,原告に対し,連帯して金300万円及びこれに対する被
告Aは平成11年3月18日から,被告Bは平成11年3月4日から各支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
(第2事件)
 原告は,被告Aに対し,金330万円及び内金300万円に対する平成11年
2月27日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(第3事件)
 被告国は,原告に対し,金300万円及びこれに対する平成13年2月17日
から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
 第1事件は,宮城県a郡b町(以下「b町」という。)の町議会議員である原
告が,平成9年8月5日か6日ころ,c海上保安部d海上保安署(以下「d海上保
安署」という。)の署長あてにアワビの密漁事件に関する情報を記載した文書を送
付したところ,当時,d海上保安署次長であった被告Aが上記文書に記載された情
報を被告Bほかに対して漏えいするとともに,上記文書のコピーを交付し,その
後,被告Bが,上記文書の送付は原告によるものであるとして,原告に対し,直
接・間接の威圧行為を行ったことにより精神的苦痛を被ったとして,被告A及び被
告Bに対して不法行為に基づく損害賠償を求めている事案,第2事件は,被告A
が,第1事件提起に際して原告がマスコミの記者に対する発表を行ったこと(以下
「記者発表」という。)は,被告Aに対する名誉毀損に当たり,第1事件の提起は
不当訴訟に当たるとして,第1事件に対する反訴請求として不法行為に基づく損害
賠償を求めている事案,第3事件は,原告が被告国に対して,被告A及びd海上保
安署署長らが上記文書に記載された情報を被告Bらに対して漏えいするとともに,
上記文書のコピーを交付した結果,被告Bによる原告に対する威圧行為が行
われたことにより精神的苦痛を被ったとして,国家賠償法1条1項に基づく損害賠
償を求めている事案である。
1 争いのない事実等(証拠等を掲げた部分以外は当事者間に争いがない。)
(1) 原告はb町議会議員,被告Aは国家公務員である海上保安官であり,被告
Bはb町議会議員,b町漁業協同組合(以下「b漁協」という。)の金融課長であ
る。
 被告Aは,平成8年4月1日から平成11年3月31日までd海上保安署
次長であったが,平成11年4月1日からe海上保安部の警備救難課専門官として
勤務している(被告A本人,乙4)。また,被告Bは平成8年5月31日当時,b
漁協の管理課長であった(被告B本人)。
 被告国は,海上保安庁を設置するとともに,その地方支分部局として第○
管区海上保安本部(以下「第○管区本部」という。)を設け,その事務の一部を分
掌させるためd海上保安署を設置しているものである(当裁判所に顕著)。
 なお,Cは,平成8年4月から平成10年3月までd海上保安署署長を務
めていた(証人C)。
(2) 本件密漁事件の発覚
 平成9年5月31日,d海上保安署が管轄する宮城県a郡b町f先海上に
おいて,カキ養殖いかだに約380キログラムのアワビが吊り下げられているのが
発見された(以下「本件密漁事件」という。)。
 d海上保安署は,アワビの密漁事件である可能性があるとして捜査を開始
した。
 平成9年6月27日,××新聞が「密漁か,大量アワビ水揚げ」「組織ぐ
るみ?捜査へ動き」と報じ,上記報道により,本件密漁事件は地元住民の知るとこ
ろとなったが,その後も捜査は進展しなかった。
(3) d海上保安署長への文書の送付
 平成9年8月7日,d海上保安署に同署署長あての封書が届けられた。当
時,署長であったCが開封したところ,上記封書には,A3判の用紙による文書が
入っており,文書の差出人は匿名で,おおむね別紙(別紙省略)のとおりの内容が
記載されていた(甲4,丙2,証人C,原告本人,被告A本人,被告B本人)(以
下,上記文書のことを「本件文書」という。)。
 本件文書を作成したのは,原告であった(原告本人)。
(4) アワビの放流処分
 本件密漁事件により発見されたアワビのうち,規格外(殻長9センチメー
トル以下)のものはb漁協の中間育成施設に保管されていたが,平成9年8月8
日,放流された(証人C,被告B本人,被告A本人)。
(5) 被告Bによる提訴
 被告Bは,本件の原告を被告として,名誉毀損を原因とする損害賠償請求
訴訟(仙台地方裁判所平成○○年(ワ)第△△△号,同年(ワ)第×××号)を提起し
た。
(6) 原告による第1事件の提訴及び記者発表
 原告は,平成11年2月26日,第1事件を提起した。原告は,提訴に際
して,代理人を通じて記者発表を行い,第1事件の内容を説明する中で,d海上保
安署の次長が被告Bに対して本件文書の内容を漏えいするとともに,本件文書のコ
ピーを渡したが,この行為は同保安署の署長の了解を得ずに次長が独断で行った違
法不当なものである旨述べた。
 平成11年2月27日付け○○新聞,同月27日付け○△新聞,同月28
日付け×○新聞などは,原告の上記発表の内容に従った記事を掲載した(乙1ない
し3,弁論の全趣旨)。
2 争点
(第1事件)
(1) 被告Aは,本件文書に記載された捜査情報を被告Bに対して漏えいし又は
本件文書のコピーを交付したか。
(原告の主張)
 被告Aは,本件文書に記載された捜査情報を被告Bに対して漏えいし又は
本件文書のコピーを交付した。
(被告Aの主張)
 平成9年8月7日か同月8日ころ,被告Bがd海上保安署を訪れたとき,
被告Aが同署署長であったCとともに応対した。その際,Cと相談の上,内容が分
からないようにして本件文書の一部をコピーし,それを被告Bに見せたことはあっ
たが,被告Aが被告Bに対して本件文書のコピーを交付したことはない。
(被告Bの主張)
 被告Aが,被告Bに対し,本件文書記載の情報を漏えいし,本件文書のコ
ピーを交付したことはない。
 被告Bが,d海上保安署において,本件文書の一部のコピーを見せられ,
これを持ち帰った経緯は次のとおりであった。
 被告Bは,平成9年8月7日午前10時45分ころ,d海上保安署にアワビ
放流作業の段取りについて説明を聞きに行き,署長室に通されてC及び被告Aから
説明を受けた。その際,被告Bが,Cらに対して,b漁協代表理事組合長であった
D(以下「D組合長」という。)や自分を本件密漁事件の犯人扱いする文書が流布
され,困っているという話をしていたところ,ちょうどそのころ本件文書の入って
いた封書が配達された。Cは,被告Bらの目の前で封書を開封して読み,「当署に
もおかしなものがきた」と述べ,被告Bに対して「こんな字だ」と言いながらその
封筒のあて名書きを見せた。被告Bはそのあて名書きを見て原告の筆跡に似ている
と思ったが,このときは何も触れず,説明終了後,d海上保安署を去った。
被告Bは,同月8日午後2時ころ,D組合長と一緒にアワビ放流終了のお礼
あいさつのため,d海上保安署を訪ねたが,前日見せられた本件文書のあて名書き
の筆跡と比較するために原告が作成した書面の写しを持参しており,Cに対し,前
日の文書の筆跡について心当たりがあるので見せて欲しい旨申し入れた。Cは,職
員に本件文書の中身の一部をコピーさせ,そのコピーを被告Bに見せた。被告B
は,それを原告作成の文書と対比して,本件文書の作成者が原告であると確信し
た。被告Bは,本件文書のコピーの返還を求められなかったので,そのまま持ち帰
った。なお,被告Bは,同月8日には,海上保安署内で被告Aに会っていない。
(2) 被告Bは,原告に対する後記アないしエの威圧行為を行ったか。
(原告の主張)
 被告Bは,原告に対して以下のアないしエの威圧行為を行った。
ア D組合長及び被告Bが,平成9年8月12日午後4時ころ,b町役場の
町長室において,b町長E(以下「E町長」という。)及び同町助役のF(以下
「F助役」という。)と面会した際,被告Bは,背広のポケットから名刺入れのよ
うなものを取り出し,中から折り畳んだ本件文書のコピーを出して,その一部を朗
読した。被告Bは,E町長及びF助役に対し,「これは,私と組合長のことが書い
てあるから,海保のA次長からコピーして渡されたものだ。」と述べた。また,被
告Bは,「『共同正犯』という言葉は一般町民は知らない言葉である。原告の筆跡
に似ていないか。」,「誰が書いたかは絶対に究明する。調べれば分かること
だ。」と述べた。
イ 被告Bは,E町長に対し,本件文書の作成者を特定するために原告に電
話をかけさせるよう唆した。これを受けて,E町長は,平成9年8月13日,原告
に対して電話をかけ,「Gさん。あなた,海上保安署に情報出したでしょう。B課
長の情報網は幅広いからすぐわかる。私はあなたが書いた文書を持っているので分
かっている。」と告げた。
ウ 被告Bは,同年8月13日,b漁協役員会の席上,本件文書のコピーの
一部を読み上げ,これは自分に対する中傷文書だという趣旨のことを出席者に述べ
た。
エ 被告Bは,同年9月29日,町議会の昼食休憩時間に原告を議場に呼び
出し,本件文書のコピーを示して,「これに覚えがないか。今,漁協の理事会で大
問題になっている。」と述べ,さらに「文書の作成者を見つけるため,筆跡鑑定に
だすつもりだ。」と述べた。
(被告Aの主張)
 上記アないしエの事実は不知。
(被告Bの主張)
 原告の主張アの行為のうち,被告Bが,E町長及びF助役に対して,被告
Aから本件文書のコピーを渡された旨述べたとする点は否認する。
 同イのうち,被告BがE町長を唆して電話をかけさせたとする点は否認
し,その余は不知。
 同ウの事実は否認する。なお,被告Bが,平成9年8月13日,b漁協役
員会の席上で文書を読み上げたことはあったが,このとき読み上げた文書は仙台地
方裁判所平成○○年(ワ)第△△△号事件(以下「平成○○年(ワ)第△△△号事件」
という。)において提出された甲第1号証であった。
 同エのうち,被告Bが原告に対し,本件文書のコピーを示して筆跡鑑定を
すると述べたことは認めるが,その余は否認する。
(3) 被告Aの上記(1)の行為,被告Bの上記(2)の行為及び被告Bによる原告に
対する損害賠償請求訴訟の提起は,原告に対する共同不法行為を構成するか。
(原告の主張)
 被告Aの上記(1)の行為の結果,被告Bによる上記(2)の各行為及び原告に
対する損害賠償請求訴訟の提起が行われた。被告A及び被告Bは,原告に対し,上
記各行為により共同して後記(4)の損害を与えており,両者の行為は共同不法行為を
構成するので,被告A及び被告Bは,民法719条1項前段に基づいて原告に対し
て損害賠償責任を負う。
(被告Aの主張)
ア 否認する。
イ 本件密漁事件は宮城県漁業調整規則違反に当たるところ,d海上保安署
に捜査権限があり,被告Aは,平成9年8月当時,d海上保安署の一員として本件
密漁事件の捜査に当たっていた。
 原告が第1事件において損害賠償を求めているのは,被告Aが本件密漁事
件の捜査過程で行った行為によって生じた損害についてであるから,仮に被告Aの
行為が違法であったとしても,国家賠償法1条1項の規定により国が賠償する責に
任ずることとなっており,国家公務員個人はその責を負わないというべきである。
ウ 本件は,匿名の文書を差し出した原告がその文書を公開されたことを原因
として損害賠償を請求する事案であるが,差出人が文書を匿名で出す場合には,そ
の文書の管理権を含むプライバシー権を放棄しているというべきであり,そもそも
そのような文書の公開により一定の損害を受けたとはいえない。特に,本件文書
は,行為者をほぼ特定して犯罪事実を申告しようとした書面であり,このような書
面を提出した者は誰が提出したかという追及を受けることを甘受すべきであって,
その端緒として文書の開示がされたとしても不法行為には当たらない。
(被告Bの主張)
 否認する。
 原告は,全く根拠なく,かつ匿名で,被告Bを本件密漁事件の犯人として決
めつける内容の文書をd海上保安署に送付したものであり,これ自体が刑法の虚偽
告訴罪に該当する違法な行為である。したがって,被告Bが,原告に対して,本件
文書の作成を追及したのは正当な行為であり,違法性はない。
 仮に,被告Bの追及行為に違法性を帯びる点があったとしても,被告Bが
自己の名誉及び信用を守るために行った正当な行為であり,違法性が阻却される。
(被告Aの主張イに対する原告の反論)
 国家賠償法には被害者から公務員個人に対する直接の損害賠償請求を禁止す
る規定はなく,また,被害者の救済の観点及び公務員と非公務員の不法行為責任に
おける平等(憲法14条)という観点からも,国家賠償法は,民法上の不法行為責
任の適用を排除する趣旨とは解されない。
 したがって,当該行為に関する公務員の職務執行性の有無及び程度並びに公
務員の故意又は重過失の有無及び程度によっては,公務員の職務執行上の違法行為
によって生じた損害について公務員個人の損害賠償責任が認められるべきである。
(4) 因果関係及び損害の額
(原告の主張)
 被告A及び被告Bの上記各行為により,原告はb町議会での本件密漁事件
に関する質問を封じられるなど議員活動に著しい支障を来たし,町議会議員として
の利益を侵害されるとともに,長期間にわたり不眠症を生じるほどの極度の精神的
苦痛を被り,平穏な生活を送る市民生活上の利益を侵害された。原告の精神的苦痛
を慰謝するには少なくとも300万円の慰謝料の支払が相当である。
(被告Aの主張)
 被告Aの行為と原告の上記不利益等との因果関係については否認し,損害
については争う。
(被告Bの主張)
 被告Bの行為と原告の上記不利益等との因果関係については否認し,損害
については争う。
(第2事件)
(1) 原告の第1事件の提訴及び記者発表は,被告Aに対する不法行為を構成す
るか。
(被告Aの主張)
 原告による第1事件の提訴及び記者発表は,次のア及びイのとおり,被告
Aに対する不法行為を構成する。
ア 名誉毀損
 まず,原告の行った記者発表に従って掲載された各新聞記事は,一般読
者をして1人しかいないd海上保安署の次長であった被告Aが違法不当な行為をし
たと誤信せしめるものであり,それらの記事の内容は,被告Aの社会的評価を低下
させる事実の摘示に当たる。
 それゆえ,上記各記事を掲載させるために行った原告の記者発表は,公
然事実を摘示して被告Aの名誉を毀損するものであって,刑法230条1項に該当
する行為であり違法性を有する。しかも,被告Aは,被告Bに対して,本件文書の
内容を漏えいしたことも,そのコピーを交付したこともないから,刑法230条の
2第3項所定の真実性の証明はありえず,違法性は阻却されない。
 原告は,F助役が「被告Bから,本件文書のコピーを被告Aから受領し
た旨聞いた。」と述べたことをもって,被告Aによる本件文書の内容の漏えい等が
されたと信じるにつき相当な理由がある旨主張する。しかし,F助役がそのような
発言をした事実はないばかりでなく,原告は,被告Aに対して,事実関係を書面や
口頭で確認するなど調査をしたことはなく,突如として訴訟提起及び記者発表を行
ったから,被告Aによる上記漏えい等が真実であると誤信したことについて相当の
理由があるとはいえず,故意又は過失が否定されることにはならない。
 さらに,原告の記者発表では,被告Aが本件文書のコピーの交付等を保
安署署長の了解を取らずに独断で行った旨述べたが,そもそも原告がF助役から聞
いた話の中には,被告Aが独断で行ったとの内容は含まれておらず,原告はことさ
らに虚偽の事実を付加して流布したものであり,原告の行為の違法性は高い。
 したがって,原告の記者発表は,被告Aに対する名誉毀損に当たり,不
法行為を構成する。
イ 不当訴訟
 被告Aは,そもそも原告が主張するような行為を一切していない。それ
にもかかわらず,原告は,事前に被告Aに対して事実関係の確認をすることなく,
平成11年2月26日,第1事件を提起しており,第1事件を提起したことについ
て著しい過失がある。さらに,原告は,法律上主張自体失当であることを熟知して
いたか,又は容易に知り得たにもかかわらず,公務員の個人責任を肯定することを
前提とする第1事件を提起している。
 したがって,第1事件は不当訴訟として,被告Aに対する不法行為を構
成するというべきである。
(原告の主張)
 原告が,被告Aに対して事実関係の確認をせずに,損害賠償請求訴訟を提
起し,記者発表をしたことは認めるが,法的主張は争い,その余は否認する。
 なお,原告は,F助役から,被告Bが,平成9年8月12日午後4時こ
ろ,b町役場の町長室において,E町長とF助役に対して,背広のポケットの名刺
入れの中から取り出した文書の一部を朗読し,その際,被告Aからコピーを渡され
た旨述べたと聞いたことから,本件文書についての情報を漏えいし,コピーを交付
した者は被告Aであると考えるに至ったもので,被告Aによる上記漏えい等が真実
であると誤信したことについて相当の理由があるというべきであるし,第1事件を
提起したことについて著しい過失があるとはいえない。
(2) 因果関係及び損害の額
(被告Aの主張)
 被告Aは,原告の(1)の行為により,次のアないしウの合計330万円の損
害を被った。
ア 名誉毀損による損害
 原告の記者発表に基づいて行われた報道は,被告Aの出身地であり,勤
務地でもあったd地域でも行われ,友人知人らの多くに知れ渡った。これらによ
り,被告Aが受けた精神的損害に対する慰謝料は200万円を下らない。
イ 不当訴訟による損害
 被告Aは,第1事件によって精神的苦痛を強いられ,また第1事件の応
訴のために有給休暇を利用せざるを得なくなったし,eからの移動の負担も大きい
ものとなっている。
 これらにより被告Aの受けた損害は100万円は下らない。
ウ 弁護士費用 
 第2事件の弁護士費用としては30万円が相当である。
(原告の主張)
 因果関係は否認し,損害は争う。
(第3事件)
(1) C及び被告Aらが,被告B及びD組合長に対して,本件文書の記載内容を
知らせるとともに,本件文書のコピーを交付したことは,国家賠償法上違法な行為
に当たるか。
(原告の主張)
 d海上保安署の署長であったC,同署の次長であった被告A,Hd海上保
安署主任(現在は,c海上保安部警備救難課救難主任である。以下「H主任」とい
う。)及びId海上保安署巡視船○○○機関長(現在は,g海上保安署巡視艇××
×機関長である。以下「I機関長」という。)は,次のア及びイのような経緯で,
D組合長及び被告Bに対し,本件文書の内容を漏えいし,そのコピーまで交付し
た。
ア 被告Bは,平成9年8月7日,d海上保安署を訪れ,Cと被告Aが応対
した。その際,被告Bが,自分を犯人扱いした文書がまかれて困っている旨述べた
ことを受けて,C及び被告Aは,被告Bに対し,本件文書の文字と本件文書が入っ
ていた封筒に記載された文字をコピーして見せた。
イ 同月8日,被告Bは,D組合長とともに,d海上保安署を訪ね,その際
応対したC及びH主任に対し,原告が以前b漁協に提出した陳情書の筆跡と本件文
書の筆跡を比べてみたい旨申し出た。Cは,I機関長及びH主任らに本件文書のコ
ピーをとらせ,両文書の筆跡を比べさせたが,その後,I機関長はD組合長に対
し,本件文書のコピーを交付し,Cはそれを容認した。その結果,D組合長及び被
告Bは本件文書のコピーを入手するに至った。
ウ 国家公務員法第100条及び海上保安庁法第23条は,「職務上知るこ
とのできた秘密を漏らしてはならない」旨定めており,海上保安署職員は,捜査機
関として市民から寄せられた捜査情報をみだりに口外しない義務(以下「守秘義
務」という。)を負っている。特に捜査情報中で指摘された人物に対して,当該情
報を漏えいしてはならないことは当然である。
 それにもかかわらず,C及び被告Aが,被告Bらに対し,本件文書の記
載内容を知らせるとともに,本件文書のコピーを交付したことは,上記守秘義務に
違反し,違法である。
 被告国は,本件文書の差出人を特定し,差出人から事情聴取することが
できれば,捜査が進展するとの判断から,本件文書の開示がされたものであって,
捜査の遂行上の必要があった旨主張する。しかし,d海上保安署は,本件文書の開
示後,差出人を特定する捜査を行わなかったのであって,被告国の主張は言い逃れ
にすぎない。
(被告国の主張)
ア 平成9年8月7日,被告Bが,d海上保安署を訪れ,C及び被告Aが応
対したこと,その際,被告Bが自分を犯人扱いした文書がまかれて困っている旨述
べたこと,同月8日,被告BがD組合長とともに,d海上保安署を訪ね,その際,
C,I機関長及びH主任が応対したこと,海上保安署職員が守秘義務を負うことは
認めるが,その余は否認ないし争う。
 C及び被告Aは,同月7日,被告Bに対し,本件文書の片隅を三角形に
折って数文字をコピーして見せたにすぎず,また翌日は,CがI機関長に指示して
A3判の本件文書のほぼ中央部分の一部をB5判の用紙にコピーさせ,これを被告
Bに見せたのに対し,Cらが返却を求めなかったところ,被告Bが本件文書のコピ
ーを持ち帰ってしまったもので,d海上保安署側がこのコピーを被告Bに与えた事
実はない。
イ 国家機関たるd海上保安署の職員であるC,被告Aらは,特別司法警察
職員(海上保安庁法31条,刑事訴訟法190条)として本件密漁事件の捜査に当
たっていたが,平成9年8月7日当時は,捜査上有力な情報等がなく,捜査は行き
詰まっていた。
 捜査機関は,原則として,捜査を行うに当たって,捜査上入手した情報等
をみだりに公開することは許されず,その秘密を厳守し,関係者の名誉,身体等を
害することのないよう努めるべきであるが,捜査の遂行上,入手した資料等を関係
人に示す必要がある場合もあり,そのような場合に,必要な限度で,相当な方法で
入手した資料等を開示することは違法ではないというべきである。
ウ 上記匿名文書のコピーが被告Bの手に渡った経緯は次のとおりであっ
た。
(ア) 被告BとCは,平成9年8月7日,d海上保安署において,翌日に実
施する予定のアワビの放流処分について打合せを行った。この打合せには被告Aも
立ち会っていた。
 打合せ終了直後,被告Bが,本件密漁事件に関して自分やD組合長を誹
謗中傷する文書が流布されるなどして困っている旨述べていたところ,ちょうどそ
のころd海上保安署長あてに封書が届けられた。Cが封書を開封したところ,A3
判の用紙による文書が入っており,差出人の記載はなく,本件密漁事件の首謀者は
D組合長及び被告Bであるなどという記載があった。
(イ) 平成9年8月7日当時,本件密漁事件についての有力な情報がなく捜
査が行き詰まっていたため,Cと被告Aは,上記匿名文書の差出人を特定できて事
情聴取ができれば,事件の解決に向けて捜査が進展するとの判断から,上記匿名文
書の筆跡を被告Bに見せることにした。Cらは,被告Bに筆跡を確認させるに際し
て,上記匿名文書の内容は明かさず,用紙の片隅を三角形に折って数文字をB5判
用紙にコピーし,被告Bにそのコピーを見せて筆跡を確認させたが,その場では差
出人を特定することはできなかった。
(ウ) 平成9年8月8日早朝,アワビの放流が実施され,D組合長と被告B
は,その結果報告のためにd海上保安署を訪れた。その際,C,I機関長及びH主
任が応対した。
 結果報告が終わったところで,被告Bから,持参した原告作成の陳情書
と上記匿名文書の筆跡が似ているので比較したいとの申出があり,上記(イ)のよう
な事情もあったため,CはI機関長に指示して,A3判の上記匿名文書のほぼ中央
部分をB5判の用紙にコピーさせ,そのコピーをD組合長に見せた。Cらはコピー
の返却を特に求めなかったところ,被告Bは,D組合長に続いてそのコピーを見て
そのまま自分のポケットにしまい込んだ。
エ 以上のとおり,本件においては,平成9年8月7日,d海上保安署長あて
に届いた匿名文書の差出人を特定することができ,差出人から事情聴取することが
できれば,本件密漁事件の解決に向けて捜査が進展するとの判断から,本件文書の
開示がされたものであって,捜査の遂行上の必要があった。また,C及び被告Aら
は,上記アのとおり,上記匿名文書を被告Bらに見せるに際し,数文字のみをコピ
ーしたり,用紙の中央部分のみをB5判用紙にコピーしたりして,筆跡の比較に必
要な限度にとどめる配慮をしており,方法としても相当であった。
(2) 原告の損害と(1)の行為との間の相当因果関係の有無
(原告の主張)
 本件文書に関して守秘義務を負う国家公務員であるC,被告A,I機関長
及びH主任は,本件密漁事件の捜査に際し,その職責に反して本件文書の内容をそ
の中で同事件の容疑者と指摘されている被告B及びD組合長に漏えいした。その結
果,被告Bにより,原告に対して,上記第1事件の争点(2)において原告が主張する
アないしエの威圧行為が行われ,原告はb町議会における本件密漁事件に関する質
問を封じられるなど議員としての活動を阻害されたほか,長期間に及び不眠症を生
じるなどの精神的苦痛を受け,後記損害を被った。
(被告国の主張)
 被告Bの行為は不知,その余は否認する。
 なお,d海上保安署の職員の行為が仮に違法であり,原告に何らかの損害
が生じたとしても,d海上保安署の職員の行為と原告の損害との間に相当因果関係
はない。
(3) 損害
(原告の主張)
 原告の被った(2)の精神的苦痛を慰謝するには300万円の損害賠償金が相
当である。
(被告の主張)
 損害については争う。
第3 争点に対する判断
1 事実経過
 前示争いのない事実等及び証拠(甲1ないし5の2,11,13の1,乙
4,丙2,3,16,丁1,証人C,原告本人,被告A本人,被告B本人)並びに
弁論の全趣旨を総合すれば,次の事実が認められる。
(1) 本件密漁事件の発覚
 平成9年5月31日,d海上保安署が管轄するb町f先海上において,カ
キ養殖いかだに吊り下げられている約380キログラムのアワビが発見され,午後
2時ころ,第1発見者のJからD組合長に対し,その旨の連絡があった。D組合長
は,b漁協のK課長とともにアワビの入ったいかだをD組合長の自宅前の海中に移
動し,午後4時10分ころ,被告Bに電話をして来訪を求めた。被告Bは,午後4
時50分ころ,D組合長宅に到着し,アワビの入ったいかだを確認し,午後5時5
分ころ,d海上保安署に通報したところ,土曜日であったため,c海上保安部につ
ながった。被告Bは,被告Aの連絡先を聞き出し,被告Aと連絡がとれた午後5時
15分ころ,本件密漁事件の発生を被告Aに伝えた。被告Aは,午後6時30分こ
ろ,アワビの保管現場に到着し,D組合長及び被告Bの案内で,保管現場及び第1
発見現場を確認し,アワビの現物の見分作業は週明けの同年6月2日に行うことを
決めた。d海上保安署は,アワビの密漁事件の可能性があるとして捜査を開始し
た。
 d海上保安署(当時は,平成11年改正前の運輸省設置法58条,海上保
安庁組織規程22条別表第3に基づき設置)の職員であるC,被告Aらは,特別司
法警察職員(海上保安庁法31条,刑事訴訟法190条)として本件密漁事件の捜
査に当たった。
 d海上保安署による本件密漁事件の実況見分は,平成9年6月2日に行わ
れ,被告B及び指導課長であったKは,b漁協の職員として上記実況見分に立ち会
った。実況見分後,D組合長及び被告Bは,被告Aから,その時点で本件密漁事件
を知っている者の名前を聞かれるとともに,捜査に支障を生じるので,現時点で知
っている者以外には本件密漁事件のことを口外しないように要請された。
 d海上保安署は,本件密漁事件で発見されたアワビのうち,規格以上のも
のについては蓄養業者に保管を依頼し,同年6月14日,dの魚市場において換価
処分し,規格外のものについてはb漁協に保管を依頼した。b漁協は,d海上保安
署の依頼を受けて,同年6月4日から規格外のアワビを稚貝の中間育成施設に保管
していた。
 その後,d海上保安署は,同年8月8日,中間育成施設に保管されていた
アワビの放流処分を行った。そのころ,d海上保安署は,本件密漁事件についての
捜査を続行していたが,有力な情報がなく捜査は難航していた。
(2) 本件密漁事件についての報道
 地方紙である××新聞は,同年6月27日,本件密漁事件が発生したこと
とともに,b漁協及びd海上保安署は本件密漁事件についての具体的な説明をして
いない旨を報道した。その後,同年7月13日及び同年8月13日にも,同紙によ
って,b漁協のD組合長を始めとする執行部が本件密漁事件について一切説明をし
ない旨の報道がされた。
 被告B及びD組合長は,d海上保安署から本件密漁事件について口外する
ことを禁じられていたことから,同年8月8日の放流処分終了までの間,報道機関
からの取材に対して具体的な説明をせず,b漁協の理事会に対しても報告をしなか
った。
 b漁協及びd海上保安署が,本件密漁事件についての具体的な説明をしな
い状態が続いたことから,地元住民の間では本件密漁事件について,様々な噂や憶
測が飛び交うに至った。それらの噂の中には,被告B及びD組合長が本件密漁事件
に関与している,b漁協とd海上保安署がグルになっているというものがあり,そ
のような内容の文書がb町内に出回っており,d海上保安署も,その噂を認識して
いた。
(3) 本件文書の作成
 原告は,同年6月27日,本件密漁事件についての報道で本件密漁事件の
発生と捜査の進捗状況を知り,本件密漁事件の捜査の進展に関心を持った。
 原告,L及びMの3名のb町議会議員は,同年8月1日,b町hのN方
で,Nから本件密漁事件に関して,第1発見者がJであること,密漁されたアワビ
が最初に発見された場所,アワビが入っていた籠の蓋にD組合長の屋号である▲の
印がついていたこと,発見されたアワビが第1発見現場から移動されていること,
第1発見現場の近くにD組合長の養殖いかだがあったこと,発見されたアワビのう
ち,規格外のものはb漁協の中間育成施設に保管されているが,管理人が事件への
関わりを恐れて餌を与えていないことなどを聞いた。
 原告は,Nの話を基に本件文書を作成し,同年8月5日ころ,d海上保安
署長にあてて発信した。なお,甲第4号証(別紙)は,原告が,後日,本件文書を
再現したものであるため,本件文書の内容はおおむね甲第4号証のとおりである
が,まったく同一の内容ではない。
(4) 本件文書の送付
 被告BとC署長は,同年8月7日,d海上保安署において,翌日に実施す
る予定のアワビの放流処分について打合せを行った。この打合せには被告Aも立ち
会った。
 打合せ終了直後,被告Bが,D組合長や自分を,本件密漁事件に関与してい
るとして誹謗中傷する文書が流布されるなどして困っている旨述べていたところ,
ちょうどそのころCあてに封書が配達された。Cが封書を開封したところ,A3判
の用紙による文書が入っており,差出人の記載はなく,本件密漁事件はD組合長及
び被告Bの共同正犯で,他に複数の漁民が関わっているはずである旨の記載がされ
ていた。この文書が本件文書である。
(5) 原告からの陳情等
 原告外2名は,同年11月6日,第○管区本部を訪れ,同本部長に対し
て,本件密漁事件に関して平成9年8月初旬にd海上保安署長に送付した情報が数
日後外部に持ち出されたことにより,大変深刻な事態を引き起こしている旨の陳情
書(甲11)を提出するとともに,応対した第○管区本部の警備救難部長及び警備
課長に対し,原告が被告Bらから本件文書のコピーに基づき威圧行為を受けてお
り,本件文書のコピーの回収を含む早期の対応を望む旨申し出た。d海上保安署
は,上記陳情書の提出によって,本件文書の作成者が原告であると認識するに至っ
た。
 さらに,同年12月1日付けで,原告から第○管区本部警備救難部長あて
に,d海上保安署による文書漏えいに関する陳情書(甲13の1)が提出された。
2 第1事件の争点(1)(被告Aは,本件文書に記載された捜査情報を被告Bに対
して漏えいし又は本件文書のコピーを交付したか)について
(1) 前記認定事実に,証拠(甲14の1・2,乙5,丙1,2,16,丁1,
証人C,被告A本人,被告B本人)並びに弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実
が認められる。
ア d海上保安署では,平成9年8月7日当時,本件密漁事件についての有
力な情報がなく捜査が行き詰まっていたため,Cと被告Aは,本件文書の差出人を
特定できて事情聴取ができれば,事件の解決に向けて捜査が進展すると考えたのと
同時に,D組合長及び被告Bを中傷する文書である可能性もあったことから,差出
人を特定するため,同日署長あてに送付された本件文書の筆跡を被告Bに見せるこ
とにした。
 Cは,被告Bに筆跡を確認させるに際して,封筒のあて名書き部分を見せ
るとともに,被告Aは,A3判の本件文書の一隅をコピー機に三角状に置いて数文
字のみをB5判用紙にコピーして,被告Bにそのコピーを見せて筆跡を確認させ
た。被告Bは,このときは筆跡に心あたりがある旨述べなかった。
イ しかしながら,その後,d海上保安署は,本件文書の内容について検討し
た結果,本件文書には,本件密漁事件において発見されたアワビが入っていた籠
に,▲の印が付いていると記載されているが,そのような事実はないなど捜査結果
と符合しない部分が多々あり,また,被告Bから被告Aに対する通報が本件密漁事
件の捜査の端緒であったことから,D組合長及び被告Bが本件密漁事件に関与して
いるとは認め難く,むしろ両者を中傷するものであると判断したため,その後,本
件文書の差出人を特定して差出人から事情を聴取するなどの捜査を行わなかった。
ウ 前示第1の1(4)のとおり,中間育成施設に保管していたアワビの放流は,
同年8月8日,実施された。
 D組合長と被告Bは,その結果報告のためにd海上保安署を訪れ,その
際,C,I機関長及びH主任が応対した。
 結果報告が終わったところで,被告Bから,あるb町議会議員の筆跡と本
件匿名文書の筆跡が似ているので,その議員の作成した陳情書(丙1)を持参し
た,その筆跡と比較してもらいたいとの申出があった。前示のとおり,本件密漁事
件については,当時,捜査が行き詰まっており,d海上保安署は,本件文書の差出
人からの事情聴取が捜査進展の手がかりとなる可能性もあると考えていたため,C
はI機関長に指示して,被告Bの持参した陳情書の文字と比較させた。
 I機関長は,A3判の本件文書のほぼ中央部分をB5判の用紙にコピーし
(以下「本件コピー」という。),被告Bの持参した陳情書の文字と自ら比較した
後,似たような字があるけれども分からない旨述べ,陳情書をD組合長に返すとと
もに,本件コピーを渡した。
 本件コピーには「D組合長,B管理課長の徹底調査を」「なければ事件解
決に至らないのでは」,「の事件はD組合長,B管理課長の共同正犯で他に複数の
漁民が」,「っているはず 徹底糾明を求めます(B課長は事件からまったく逃げ
ると思います)」,「も例のない組合長,管理課長が関わった事件となれば社会正
義の上からも」,「保安署の使命として断固とした捜査(温情捜査等無)を関係市
町民が」との記載があった。
 Cは,I機関長がD組合長に本件コピーを渡そうとした際,これを制止し
ようと思ったが,すでにD組合長の目に触れていたことから制止しなかった。D組
合長は,続いて本件コピーを被告Bに見せ,被告Bは,そのまま自分のポケットに
しまい込んだが,Cらは本件コピーの返却を特に求めなかった。
エ 本件コピーの回収
 第○管区本部が,原告外2名から,前示1(5)の陳情を受けて,関係者に対
する調査を行った結果,本件コピーが被告Bの手に渡ったことが確認された。
 I機関長は,第○管区本部の調査に対して,陳情書を返還する際に本件コ
ピーが紛れ込んだのではないかと述べ,また,H主任は記憶にないと述べた。C
は,I機関長がD組合長に本件コピーを見せた後,返還を求めなかったと記憶して
いたが,第○管区本部の調査に対してはI機関長の述べたとおりではないかと回答
した。
 被告A及びI機関長は,同年11月7日,被告Bの自宅を訪問し,被告B
に対して本件コピーの返却を要請したが,拒否された。その後,被告Bは,同年1
2月2日,d海上保安署を訪れ,本件コピーを返却するとともに本件コピーの複製
を1枚提出した。被告Bは,その後も,本件コピーの複製(丙2)を1部手元に保
管していた。
オ その後の経過
 第○管区本部は,調査結果に基づき,同本部警備課長名で,同課長の対応
職にあるd海上保安署次長あてに,情報の取扱いについて注意喚起を促す事務連絡
文書を発した。なお,被告A個人に対する処分は行われていない。
 第○管区本部警備救難部長は,同年12月3日,原告に電話し,本件コピ
ーを被告Bから回収し,同人に対しては,以後本件コピーを基に特定の人物をとが
め立てしないよう厳重に注意するとともに,d海上保安署に対しては情報の取扱い
に一層慎重を期するように文書で指示した旨伝えた。これに対し,原告は礼を述べ
た。
 Cは,平成11年2月26日の第1事件提訴以降,本件コピーが被告Bに
渡ったことに関して,第○管区本部から数度にわたって事情聴取されたのに対し,
記憶があいまいである旨回答していたものの,同年7月ころ,被告Bが,第1事件
に関して,Cから本件コピーを見せられ,返還を求められなかったので本件コピー
を持ち帰った旨主張していること,自分が証人として申請されるかもしれないこと
を知った。そこで,Cは,第○管区本部に対し,当初の記憶どおり,I機関長がD
組合長に本件コピーを見せて,回収しなかったので,D組合長から被告Bの手に渡
ったものと思われる旨の報告書を提出した。さらに,Cは,同年8月23日付けで
被告Aに対し,被告Aは,本件コピーの流出に関与していないにもかかわらず,第
1事件によって提訴されたことについて迷惑をかけて申し訳なく思っている旨の書
簡(乙5)を送った。
 Cは,同年10月,本件コピーが被告Bに渡ったことについての第○管区
本部による事情聴取に関して,訓告処分を受けた。
(2)ア F助役の発言について,原告は,被告Aが被告Bらに対して本件文書の内
容を漏えいし,かつ本件文書のコピーを交付した旨主張し,原告本人尋問において
も,原告は,F助役から,被告Bが,平成9年8月12日,b町長室において,E
町長及びF助役の前で,服のポケットから四つ折りの紙を取り出し,本件文書の内
容を読み上げるとともに,本件文書の写しをd海上保安署の次長である被告Aから
もらったとの趣旨の発言をしたと聞いた旨供述するとともに,その供述を裏付ける
証拠として,甲6ないし10,15,18を提出する。
イ 上記証拠(甲6ないし10,15,18及び原告本人)によれば,F助役
は,前同日,b町長室において,被告Bと面談した後,その日の晩に原告を呼び出
し,被告Bが,同日,b町長室においてE町長及びF助役の前で,服のポケットか
ら四つ折りの紙を取り出し,本件文書の内容を読み上げるとともに,本件文書の写
しをd海上保安署の次長である被告Aからもらったとの趣旨の発言をしたのを聞い
た旨原告に伝えたこと,更にF助役は,第1事件の訴え提起後の平成11年6月5
日,原告訴訟代理人であるT弁護士に対し,同趣旨の発言をし,また平成12年8
月から9月にかけて,L(甲6),M(甲7),O(甲8),P(甲9)及びQ
(甲15)に対しても,同趣旨の発言をしたことが認められる。
ウ しかしながら,証拠(丙5ないし9,11,12)によれば,F助役は,
Rや被告Bの訴訟代理人らに対しては,被告Bが,平成9年8月12日,b町長室
において,E町長及びF助役の前で,本件文書の写しをd海上保安署の次長である
被告Aからもらったとの趣旨の発言をしたのを聞いたと原告らに伝えたことはない
旨述べていることが認められる上,証拠(丙10)から窺われるとおり,F助役が
首肯すべき理由もなく当裁判所からの2度にわたる証人尋問の呼出に対して,言を
左右にして出頭しなかった経緯(当裁判所に顕著である。)に照らすと,F助役の
原告らに対する発言内容が真実であるとはにわかに信用することができない。
エ 証拠(乙15,丙16,丁1,証人C,被告B本人)によれば,被告A自
身ばかりでなく,被告Bも,被告Bが本件文書を入手した場に立ち会っていたC
も,一貫してその場に被告Aがいなかったとの記憶であることが認められる。
オ ウに照らせば,F助役は相手によって発言内容を転々としていることが認
められ,証人尋問をも事実上回避しているというべきであるから,イの発言の信用
性は疑わしいものと言わざるを得ず,エを考え併せると,同発言はこれをもって前
示(1)の認定を覆すに足りないというべきである。
(3) 以上によれば,被告Aが被告Bに対し,本件文書の内容を漏えいし,又は本
件文書のコピーを交付したと認めることはできない。
 なお,被告Aが,平成9年8月7日,Cと共に,被告Bと面談し,被告Bに
対し,本件文書の入っていた封筒と本件文書の一隅を三角状に置いて数文字コピー
したものを見せたことは前示のとおりであるが,これをもって本件文書の内容を漏
えいしたことになるとは認められない。
3 第1事件の争点(2)(被告Bは,原告に対する威圧行為を行ったか)について
(1) 原告は,被告Bは,原告に対して,前記第1事件の争点(2)のアないしエの
各行為を行った旨主張する。
ア 第1事件の争点(2)のアの行為とは,D組合長及び被告Bが,平成9年8
月12日午後4時ころ,b町役場の町長室において,E町長及びF助役と面会した
際,被告Bは,本件文書のコピーを出して,その一部を朗読し,E町長及びF助役
に対し,「これは,私と組合長のことが書いてあるから,海保のA次長からコピー
して渡されたものだ。」と述べるとともに,「『共同正犯』という言葉は一般町民
は知らない言葉である。原告の筆跡に似ていないか。」,「誰が書いたかは絶対に
究明する。調べれば分かることだ。」と述べたというものである。
 証拠(丙16,被告B本人)によれば,D組合長及び被告Bが,平成9
年8月12日,b町長室において,E町長及びF助役と面会した際,被告Bは本件
コピーをE町長及びF助役に見せるとともに,本件コピーをd海上保安署からもら
った,誰が書いたのか筆跡を調べてはっきりさせたいと考えている旨述べたことが
認められる。
 しかしながら,被告Bの上記行為は原告に対して向けられたものとはい
えないから,これをもって原告に対する威圧行為があったと認めることはできな
い。
イ 第1事件の争点(2)のイの行為とは,被告Bが,E町長に対し,本件文書
の作成者を特定するために原告に電話をかけるよう唆し,これを受けてE町長は,
平成9年8月13日,原告に対して電話をかけ,「Gさん。あなた,海上保安署に
情報出したでしょう。B課長の情報網は幅広いからすぐわかる。私はあなたが書い
た文書を持っているので分かっている。」と告げたというものである。
 証拠(原告本人)によれば,原告は,前同日,E町長から電話で,原告
がiのS方やjのN方に行ったり,d海上保安書に本件文書を送ったことは,被告
Bの情報網は広いので,全部被告Bに知られている,とんでもないことをしてくれ
たねと言われたことが認められる。
 しかしながら,この事実から直ちに,被告Bが,E町長に上記のような
内容の電話をかけるよう唆したと推認するのは無理があり,ほかにこれを認めるに
足りる証拠はない。
ウ 第1事件の争点(2)のウの行為とは,被告Bが,平成9年8月13日,b
漁協役員会の席上,本件文書のコピーの一部を読み上げ,これは自分に対する中傷
文書だという趣旨のことを出席者に述べたというものである。
 証拠(甲5の1,丙16,被告B本人)及び弁論の全趣旨によれば,前
同日,b漁協役員会の席上,本件文書と同趣旨の文書を読み上げたことが認められ
る。
 しかしながら,被告Bが,その際に,これは自分に対する中傷文書だと
いう趣旨のことを述べたと認めるに足りる証拠はない。そして,被告Bが上記役員
会の席上,原告をその作成者と名指ししたことを認めるに足りる証拠もなく,他に
被告Bの上記行為が原告を威圧するようなものであったと認めるべき事情も見当た
らない。
エ 第1事件の争点(2)のエの行為とは,被告Bが,同年9月29日,b町議
会の昼食休憩時間に原告を議場に呼び出し,本件文書のコピーを示して,「これに
覚えがないか。今,漁協の理事会で大問題になっている。」と述べ,さらに「文書
の作成者を見つけるため,筆跡鑑定に出すつもりだ。」と述べたというものであ
る。
 証拠(丙16,原告,被告B本人)によれば,被告Bが,前同日,原告に
対し,b町議会議場において,本件文書を作成したのは原告ではないかと尋ねると
ともに,本件文書を筆跡鑑定に出すことを考えている旨述べたと認められる。
4 第1事件の争点(3)(被告Aの上記(1)の行為,被告Bの上記(2)の行為及び被告
Bによる原告に対する損害賠償請求訴訟の提起は,原告に対する共同不法行為を構
成するか)について
(1) 被告Aが上記(1)の行為を行ったと認められないことは前示2のとおりであ
るから,被告Aについて不法行為が成立する余地はないというべきである。
(2) 被告Bの行為が不法行為を構成するかについて判断する。
 前示のとおり,本件文書の内容は,被告B及びD組合長を名指しして本件密
漁事件に関与していた旨指摘するとともに,d海上保安署に対して,被告Bらに対
する調査を行うよう求めるものであったこと,本件文書には,本件密漁事件におい
て発見されたアワビが入っていた籠に▲の印が付いていると記載されているが,d
海上保安署の捜査結果によれば,そのような事実はなく,その他にも本件文書の内
容には捜査結果と符合しない部分が多々あったことにかんがみれば,本件文書は,
被告B及びD組合長を中傷するものであったと認められる。
 そして,自己を中傷する内容の文書を捜査機関に送付された人物が,その文
書の作成者を探し出そうと,当該文書を第三者に提示したり,作成者と推定される
人物に対して,作成への関与の有無を問うことは社会生活上容認されるべき正当な
行為であり,社会通念上相当と認められる限度を超えない限り,違法性を有しない
というべきである。
 被告Bが,平成9年9月29日,b町議会議場において,原告に対し,本件
文書を作成したのは原告ではないかと尋ねるとともに,本件文書を筆跡鑑定に出す
ことを考えている旨述べたことは前記3に認定したとおりであるが,被告Bの行為
は,自己を中傷する内容の文書を捜査機関に送付された者としてその作成者を探し
出すために行ったものであると認められ,その程度も社会通念上相当と認められる
限度を逸脱していると認めることはできない。したがって,被告Bの行為は,不法
行為を構成するものとはいえない。
(3) 以上のとおりであるから,第1事件における原告の請求は,その余の点につ
いて判断するまでもなく,いずれも理由がない。
5 第2事件の争点(1)(原告の第1事件の提訴及び記者発表は,被告Aに対する不
法行為を構成するか)について
(1) 被告Aは,原告の第1事件の訴え提起は不当訴訟であり,また,原告の行
った記者発表は名誉毀損に当たり,不法行為を構成する旨主張する。
(2) そこで,まず,原告の第1事件の訴え提起が不当訴訟として不法行為を構
成するかにつき,検討する。
 ア 民事訴訟を提起した者が敗訴判決を受けた場合において,この訴えの提
起が相手方に対する違法な行為といえるのは,当該訴訟において提訴者の主張した
権利又は法律関係が事実的,法律的根拠を欠く上,提訴者が,そのことを知りなが
ら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起し
たなど,訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認めら
れるときに限られるものと解するのが相当である(最高裁昭和63年1月26日判
決・民集42巻1号1頁参照)。
 イ これを本件についてみると,F助役が,平成9年8月12日,b町長室
において,被告Bと面談した後,その日の晩に原告を呼び出し,被告Bが,同日,
b町長室において,E町長及びF助役の前で,本件文書の写しを被告Aからもらっ
たとの趣旨の発言をしたのを聞いた旨原告に伝えたことは,前記2(2)に認定したと
おりであり,証拠(甲18)によれば,訴え提起の直前にも,原告は,F助役に対
し,事実関係の確認をしたところ,同趣旨の回答をされ,更に裁判になればこのこ
とを証言してもよい旨言われたことが認められる。また,証拠(甲11,13の
1,14の1・2及び原告本人)によれば,原告は,平成9年11月6日,第○管
区本部を訪れ,本件文書の内容が外部に漏えいされていることにつき,調査を求め
た際,被告Aが被告Bらに本件コピーを交付した旨明示して述べ,同年12月1日
付けの第○管区本部警備救難部長あての書簡の中でも,同旨の記載をしていたにも
かかわらず,第○管区本部からは,本件コピーがd海上保安署から被告Bらに渡っ
たことが確認された旨回答されたのみであり,被告Aがこれに関与していないこと
を知らされなかったことが認められる。
   以上によれば,原告が被告Aを相手方として,被告Aの本件文書の漏え
い行為を理由とする本訴を提起したことにつき,事実的根拠を欠くとまではいえな
い。もっとも,原告は,本訴において,本件文書の漏えいは被告Aの独断である旨
主張しているところ,証拠(原告本人)によれば,原告は,F助役から本件文書の
漏えい行為が被告Aの独断によるものであるとの話までは聞いていなかったことが
認められ,そうすると,この点についての原告の主張は事実的根拠を欠くものとい
わざるを得ない。しかしながら,原告が,そのことを知りながら又は通常人であれ
ば容易にそのことを知り得たといえるのにあえて訴えを提起したとまでは認めるに
足りる証拠はない。
   また,被告Aは,本訴が公務員に対しその職務を行うにつき他人に損害
を加えたことを理由とする訴えであるにもかかわらず,公務員の個人責任を追及し
ており,法律上主張自体失当であるから,不当訴訟である旨主張する。しかしなが
ら,公務員がその職務を行うにつき他人に損害を加えたことを理由とする場合であ
っても,公務員の個人責任を認める学説もないわけではなく,このような場合にお
いて,裁判所の判断を求めることが裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を
欠くとまでは認めることができない。
 ウ そうすると,原告の本訴提起が不法行為を構成するとはいえない。
(3) 次に,原告の行った記者発表は名誉毀損に当たり,不法行為を構成するか
につき,検討する。
 ア 原告が,平成11年2月26日,第1事件を提起し,提訴に際して,代
理人を通じて記者発表を行い,第1事件の内容を説明する中で,d海上保安署の次
長が被告Bに対して本件文書の内容を漏えいするとともに,本件文書のコピーを渡
した旨述べたこと,平成11年2月27日付け○○新聞,同月27日付け○△新
聞,同月28日付け×○新聞などが,原告の記者発表の内容に従った記事を掲載し
たことは,前示第1の1(6)のとおりである。
 そして,証拠(乙1ないし4,被告A本人)及び弁論の全趣旨によれ
ば,平成11年当時,d海上保安署の次長は1名しかおらず,職名が報道された場
合には個人を特定することが容易であったことが認められ,これを踏まえると,原
告の記者発表の内容は,一般人をして,当時,d海上保安署次長であった被告A
が,本件密漁事件への関与を指摘された人物に対して捜査情報を漏えいしたと認識
させる内容であると認められ,被告Aの名誉を毀損するものであったというべきで
ある。
イ ところで,民事訴訟が提起された場合,原則として,審理は公開の法廷
で行われ,訴状を含む訴訟記録は,何人も閲覧することができるとされている(憲
法82条1項,民事訴訟法91条1項)。しかも,訴状の記載内容は,いずれ裁判
所において審理され,事実の真否が判断されることになる対立当事者の一方の主張
にすぎないことは,誰の目にも明らかなことであって,訴状の記載内容を開示した
からといって,直ちにそれが真実であると一般人が速断することは考えにくい。そ
れゆえ,訴えを提起した者が,訴状の内容等を報道機関を含む第三者に開示したと
しても,開示の内容が訴状記載内容の説明にとどまる限りにおいて,審理の公開又
は訴訟記録の閲覧の制限がされているなど,第三者が訴訟の内容を知り得ない特段
の事情がある場合を除くほか,訴え提起自体の違法性から独立して違法な行為とな
るものではないと解すべきである。
 これを本件についてみると,証拠(乙1ないし3)によれば,前記記者
発表の直後に行われた新聞報道は,いずれも原告が第1事件を提起したこと,訴状
の内容の要旨を主たる内容とするものであって,2紙については,このほかに,原
告の第1事件提起に至った心情に関する簡単なコメントが掲載されているが(うち
1紙については,被告Aのコメントも掲載されている。),その内容は,訴状に記
載された原告が主張する事実関係を超える事実を述べるものではなく,訴状を読ん
だ者が当然予想できる範囲内のものであることが認められる。本件において,第三
者が訴訟の内容を知り得ない特段の事情は認められない。そうすると,第1事件の
提起自体が違法とはいえない本件においては,原告の行った記者発表も違法な行為
となるものではないというべきである。
(4) 以上のとおりであって,第2事件における被告Aの請求はその余の点につ
いて判断するまでもなく,理由がない。
6 第3事件の争点(1)(C,被告Aらが,被告B及びD組合長に対して,本件文
書の記載内容を知らせるとともに,本件文書のコピーを交付したことは,国家賠償
法上違法な行為に当たるか)について
(1) d海上保安署の署長であったC及び次長であった被告Aが,平成9年8月7
日,同所を訪れた被告Bに対し,本件文書の一隅をコピー機に三角状に置いて数文
字のみをB5判の用紙にコピーして見せたこと,Cが,同月8日,D組合長及び被
告Bの訪問を受けた際,I機関長に指示してA3判の本件文書のほぼ中央部分の一
部をB5判の用紙にコピーさせ,これを被告Bがしまい込んだのに対し,返却を求
めなかったため,結果として,被告Bが本件文書のコピーを入手するに至ったこと
は当事者間に争いがない。
(2) ところで,海上保安庁法第23条が同庁職員の服務につき依拠する国家公務
員法100条1項本文は,「職員は,職務上知ることのできた秘密を漏らしてはな
らない。」と定めており,海上保安署職員は,捜査機関として,原則として,捜査
を行うに当たって,捜査上入手した情報等をみだりに公開することは許されず,そ
の秘密を厳守すべき義務を負っているというべきである。
  しかしながら,捜査機関が入手した資料を第三者に開示すれば,直ちに資料
提供者との関係で国家賠償法上違法な行為となるというものではなく,違法性の有
無は,当該資料の内容,資料提供の態様,開示時点での捜査の状況,第三者への開
示の必要性,開示方法の相当性などを総合考慮して決するのが相当であると解すべ
きである。
(3) そこで,検討するに,前示1(3)で認定した事実によれば,本件文書は,匿
名でd海上保安署長にあてて投函されたものであり,その内容の要旨は,本件密漁
事件において発見されたアワビが入っていた籠のふたには,D組合長の屋号である
▲の印が付いている,今回の事件に関し,D組合長と被告Bの一連の行動について
は多くの疑問点があり,二人は共同正犯である,被告Bは,実兄名義の小舟に石を
積んで海中に沈めた,今回の捜査では徹底捜査をすることが海上保安署の使命であ
るというものであった。
  しかしながら,本件文書を受領するまでの間にd海上保安署が行った捜査の
結果によれば,本件密漁事件において発見されたアワビが入っていた籠のふたに,
D組合長の屋号である▲の印が付いていなかったことは前示2(1)のとおりであり,
また,本件密漁事件の捜査の端緒が,被告Bから被告Aに対する通報であったこと
は,前示1(1)のとおりであり,被告B及び通報時に同人と行動を共にしていたD組
合長が,本件密漁事件に関与していることは考えにくかったことが認められる。そ
うすると,本件文書の内容の真実性は疑わしいものであったといわざるを得ない。
  他方,Cらが,被告Bらに対し,本件文書を開示したのは,匿名で発信され
た本件文書の筆跡を確認するためであったことは前記認定から窺われるところであ
り,開示の方法としては,平成9年8月7日は,封筒と本件文書の片隅を三角状に
置いて数文字をコピーしたものを見せたにすぎず,同月8日は,A3判の本件文書
の中央部をB5判の用紙にコピーしたものを交付したものであって,文書全体をコ
ピーしたものでもない。
  犯罪行為の容疑者を名指しする匿名文書を作成して捜査機関に送付した場合
に,捜査機関がその作成者が誰かについて詮索することは,捜査機関としては当然
の行為であり,作成者にとっても容易に予想できることであって,当該文書の作成
者は,詮索の方法が社会通念上相当と認められる限度を逸脱しない限り,当然その
詮索を受忍すべき立場にあるというべきである。本件において,Cや被告Aがとっ
た詮索の方法は,筆跡の判定の便宜に供するため,当該文書の一部を第三者に示し
たに過ぎないのであって,上記詮索の方法として社会通念上相当と認められる限度
を逸脱したものとは認め難い。その第三者が犯罪行為の容疑者として名指しされた
被告BやD組合長であったとしても,直ちに上記判断を左右するものではない。
  もっとも,Cは,本件文書の一部のコピーを被告Bらに示した後,それを回
収せず,被告Bがそれを持ち出すのを制止しなかったことは前示のとおりであり,
この点捜査機関の行為として軽率のそしりを免れない。しかしながら,当該文書の
流出によって作成者が不当な不利益を受け,又は生命身体等が危険にさらされるこ
とが予見される特段の事情がある場合を除いて,上記のような文書を作成送付した
者が,捜査機関に対する関係で,当然に,当該文書が捜査機関の外部に流出しない
ように求める権利ないしはそのように保護されるべき正当な利益があるとはいえな
いというべきである。これを本件についてみるに,本件文書が流出したのは,原告
が作成者であることが判明する以前であり,CやI機関長らが,これを知りながら
持ち出しを制止しなかったとは認められないから,原告につき上記不利益等が生じ
ることが具体的に予見できる状況にはなかったというべきである。もっとも,本件
文書を持ち出したのは,犯罪行為の容疑者として名指しされている被告Bらである
から,同被告らが独自にその作成者を詮索して,非難する行為に及ぶことは,予想
できないことではない。しかしながら,本件文書の記載内容の信憑性
が疑わしいものであったことは前示のとおりであって,その作成者である原告が犯
罪行為の容疑者として名指しされた被告Bらからそのことについて非難を受けるこ
とがあったとしても,これをもって不当な不利益を受けるということはできない。
本件文書の流出によって原告が身体生命等の危険にさらされることが予見できたと
認め得る証拠はない。ほかに,上記特段の事情を認めるに足りる証拠はない。
  そうすると,本件において,Cらの行為は,国家賠償法上違法であるとまで
はいえないというべきである。
(4) 以上のとおりであって,第3事件における原告の請求はその余の点について
判断するまでもなく,理由がない。
7 以上の次第であって,第1事件及び第3事件における原告の被告A,被告B及
び被告国に対する各請求及び第2事件における被告Aの原告に対する請求はいずれ
も理由がないから,棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法65条1
項,61条を適用して,主文のとおり判決する。
仙台地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官信   濃   孝   一
裁判官岡   崎   克   彦
裁判官杉   田       薫

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