弁護士法人ITJ法律事務所

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         主    文 
       原判決を破棄する。
      被上告人の控訴を棄却する。
      控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人青木康,同鰍澤健三,同横山弘美,同青木清志,同大塚章男,同當山
泰雄,同末川吉勝,同高瀬博之,同古谷野賢一,同島田新一郎,同長谷部修,同法
月正志,同石川勝利の上告受理申立て理由について
 1 本件は,被上告人が被上告人所有の第1審判決別紙物件目録記載の建物(以
下「本件建物」という。)を占有している上告人に対し,本件建物の所有権に基づ
きその明渡しを求める訴訟である。被上告人は,被上告人を包括する宗教法人B1
の管長が上告人をD寺の住職から罷免する旨の処分(以下「本件罷免処分」という。)
をしたことに伴い,上告人が本件建物の占有権原を失ったと主張しているのに対し
,上告人は,本件罷免処分はB1の管長たる地位を有しない者によってされた無効
な処分であると主張している。
 原審の適法に確定した事実関係等は,次のとおりである。
 (1) D寺は昭和41年4月にB1の寺院として設立され,上告人が当時のB
1の管長B2から住職に任命され,その寺院である本件建物の占有を開始した。
 (2) D寺は,昭和51年7月,法人格を取得してB1に包括される宗教法人
(被上告人)となり,同時に住職である上告人が被上告人の代表役員となった。
 (3) B1においては,代表役員は管長の職にある者をもって充て,管長は法
主の職にある者をもって充てるものとされ,法主は宗祖以来の唯授一人の血脈を相
承する者とされているところ,B2が昭和54年7月22日死亡した後,E(以下
「E」という。)が,B2から血脈相承を受けたとしてB1の法主に就任したこと
を祝う儀式が執り行われ,B1の代表役員に就任した旨の登記がされた。
 (4) 平成2年12月ころから,B1とその信徒団体であるFとが激しく対立
するようになり,B1は,平成3年11月28日,Fに対し破門通告をした。
 (5) 上告人は,FはB1の教義を広めるに当たって多大の貢献があったし,
今後もB1の教義を広めるためにFが不可欠の存在であると考えていたところ,上
記B1とFとの一連の確執の中で,B1の法主であるEの在り方に次第に疑問を抱
き,同人が血脈相承を受けていないと考えるに至り,宗祖Gの教えを守るとともに
信徒の意思にこたえるために,被上告人とB1との被包括関係を廃止しようと考え
るようになった。
 そこで,上告人は,B1との被包括関係の廃止に係る被上告人の規則変更を行う
ために,平成4年10月17日,Eの承認を受けることなく,Fの会員でない信徒
の中から選定されていた責任役員3名を解任するとともに,新たにFの会員である
信徒の中から責任役員3名を選定した。そして,同日,上告人及び新責任役員によ
り開催された責任役員会において,B1との被包括関係の廃止に係る規則変更につ
いて議決がされ,B1に対してその旨の通知がされた。
 (6) B1は,B1の代表役員の承認を得ることなくされた上記解任行為は違
法無効であるとして,これをただすために上告人を召喚しようとしたが,上告人は
これに応じなかったので,上告人に対し,上記解任行為を撤回し,非違を改めるよ
うに訓戒した。しかし,上告人は,同訓戒にも従わなかったため,Eは,平成5年
10月15日付け宣告書をもって,上告人に対し本件罷免処分をした。
 (7) 上告人は,神奈川県知事に対し,被上告人の規則の変更認証申請をし,
同知事は,平成5年2月5日,これを認証したが,B1等が審査請求をしたところ
,文部大臣は,同年8月4日,同認証を取り消す旨の裁決をしたので,被上告人は
依然としてB1の被包括宗教法人にとどまっている。
 2 原審は,次のとおり判断して,本件訴えを却下した第1審判決を取り消し,
本件を第1審に差し戻した。
 上告人は,B1内にとどまりながら懲戒処分の効力を争っているのではなく,被
上告人とB1との被包括関係の廃止を求めているのであるから,B1の法主がだれ
であるかについて利害関係は認められない。本件訴訟の本質的争点は,上告人が,
被上告人とB1との被包括関係を廃止するために,B1の代表役員の承認を受ける
ことなく責任役員を解任し,新たに責任役員を選任した上で行った被上告人の規則
変更の効力の有無にあり,その判断は,Eが血脈相承を受けたか否かという宗教上
の問題とは関係なく行うことができる。したがって,本件訴えは法律上の争訟に当
たる。
 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 本件においては,B1の管長として本件罷免処分をしたEが正当な管長としての
地位にあったかどうかが本件罷免処分の効力を判断するための争点となっており,
本件罷免処分の効力は,被上告人の請求の当否の判断の前提問題となっている。そ
して,B1においては,前記のとおり,管長は法主の職にある者をもって充てるも
のとされているから,本件罷免処分の効力の有無を決するためには,EがB1にお
いていわゆる血脈相承を受けて法主の地位に就いたか否かの判断が必要であり,E
が血脈相承を受けたか否かを判断するためには,B1の教義ないし信仰の内容に立
ち入って血脈相承の意義を明らかにすることが避けられない。【要旨】このように
,請求の当否を決定するために判断することが必要な前提問題が,宗教上の教義,
信仰の内容に深くかかわっており,その内容に立ち入ることなくしてはその問題の
結論を下すことができないときは,その訴訟は,実質において法令の適用による終
局的解決に適しないものとして,裁判所法3条にいう「法律上の争訟」に当たらな
いというべきである(最高裁昭和51年(オ)第749号同56年4月7日第三小
法廷判決・民集35巻3号443頁,最高裁昭和61年(オ)第943号平成元年
9月8日第二小法廷判決・民集43巻8号889頁参照)。
 そうすると,被上告人の本件訴えが「法律上の争訟」に当たるとした原審の判断
には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。したがって,原判決
は破棄を免れない。本件訴えを却下した第1審判決の結論は正当であって,同判決
に対する被上告人の控訴はこれを棄却すべきである。
 よって,裁判官河合伸一,同亀山継夫の各反対意見があるほか,裁判官全員一致
の意見で,主文のとおり判決する。
 裁判官河合伸一の反対意見は,次のとおりである。
 1 裁判所は,憲法に特別の定めのある場合を除き,一切の法律上の争訟を裁判
する権限を有するのであるが,この権限は,憲法の保障する裁判を受ける権利と表
裏をなすものである。そして,裁判を受ける権利は,基本的人権であり,基本権の
基本権ともいわれるものであって,この権利が十全に保障されることは,我が国の
社会秩序の基盤を形成するものである。したがって,裁判所の上記権限は,同時に
憲法上の責務でもあって,裁判所は,憲法に基づく制約のない限り,すべての法律
上の争訟について裁判し,これを解決しなければならない。
 法律上の争訟とは,当事者間の具体的な権利義務ないし法律関係の存否に関する
紛争であって,かつ,それが法令の適用により終局的に解決することができるもの
を意味する。本件は,被上告人が,その所有する建物を占有する上告人に対し,明
渡しを請求する事件であるから,上記要件の前段を充たしていることは明らかであ
る。このような事件について裁判所が裁判による解決を拒絶するならば,所有者と
しては,自力救済も許されず,自己の所有権の侵害に対してなすすべがなく,占有
者としても,自己の占有ひいては生活関係の安定を得られないままとなり,さらに
は関係社会にもさまざまな支障が及びかねない。たしかに,本件には,上記要件の
後段に関し,多数意見の指摘する問題がある。しかし,私は,その問題にかかわら
ず,本件の紛争を裁判によって終局的に解決することが可能であると考え,多数意
見に反対するものである。
 2 本件においては,EのB1管長としての罷免処分権限の有無が,被上告人の
本訴請求の当否を決する前提問題となっている。すなわち,B1において住職の罷
免の権限を有するのはその管長であり,管長は法主の職にある者が充てられるとこ
ろ,上告人は,Eは宗規に基づく法主の選定を受けておらず,したがって,本件罷
免処分をする権限を有しないと主張しているのである。
 記録によれば,B1における法主の選定は,血脈相承によってされること,血脈
相承とは,宗祖G以来代々の法主に伝えられてきた特別な力ないし権能を,現法主
が次の法主となる者に口伝及び秘伝によって伝授する宗教的行為であること,血脈
相承がそのようなものであることは,同宗の信仰及び教義の核心をなしていること
,そして,本件の当事者はいずれも,これらの点において特に認識を異にするもの
ではないことがうかがわれる。
 B1における法主選定行為の性質がこのようなものであるとすれば,裁判所とし
ては,その行為の存否ないし効力の有無を判断することができない。それを判断す
るためには,血脈相承についてのB1の信仰ないし教義として何が正しいかを判断
した上,その正しい信仰ないし教義にかなった行為があったか否かを判断しなけれ
ばならないが,そのような判断は,法令の適用によってすることができるものでは
ないからである。
 3 また,憲法は,同じく基本的人権として,信教の自由を保障しているが,こ
の自由の中には,いかなる信仰ないし教義をもって正しいとし,人のある行為又は
事実がその信仰ないし教義にかなうものであるか否かの判断(以下「宗教的判断」
という。)をする自由が含まれることは明らかである。そして,信教の自由は,自
然人のみならず,法人ことに宗教法人ないし宗教団体(以下「宗教団体」という。)
も享有するものと解される。したがって,ある宗教団体において,ある行為又は事
実についての宗教的判断が定立されている場合には,国の機関たる裁判所は,公序
良俗に反するなど格別の事由のない限り,その判断を信教の自由に属するものとし
て尊重しなければならず,自ら信仰の内容あるいは教義の解釈に立ち入って,独自
の判断をすることは許されない。
 EがB1の信仰及び教義にかなう血脈相承を受けていたか否かの争点につき,裁
判所が法令の適用によって判断することができないことは前項で述べたが,さらに
,もしこの点についてB1としての宗教的判断が定立されているとすれば,上記の
理由により,裁判所は,それについて自ら判断することが許されないことにもなる
のである。
 4 しかしながら,これらのことは必ずしも,本件紛争を裁判によって解決する
ことができないとの結論に直結するものではない。
 信教の自由に対する憲法の保障として,裁判所が,ある宗教団体の前記の意義で
の宗教的判断を尊重しなければならないということは,単にその内容に介入しない
との消極的意味にとどまらず,さらに,法律上の争訟について裁判するに当たって
,その宗教的判断を受容し,これを前提として法令を適用しなければならないこと
を意味するものというべきである。けだし,宗教団体は,純粋な宗教活動のみなら
ず,その宗教活動のための財産を所有管理し,さらにはこれらのための事業を行う
など,一般市民法秩序にかかわる諸活動をすることを認められている。宗教団体の
これらの活動から生じる具体的な権利義務ないし法律関係の紛争において,当該団
体が信教の自由の行使として定めた宗教的判断が裁判所によって受容されず,その
宗教的判断を前提とする紛争の終局的解決を得られないとすれば,当該団体は,た
とえば本件に見るように,市民法上の法律関係において不安定ないし不利な状況の
まま放置され,あるいは,自己の宗教的判断と矛盾する法律関係を強制されること
になりかねない。それでは,憲法が信教の自由を保障した趣旨に反すると考えられ
るからである。
 5 これを本件についてみると,記録によれば,昭和54年に,Eが前法主から
血脈相承を受けた者として法主に就任したことがB1の諸機関において承認され,
公表されたこと,それ以来,本件罷免処分がされるまでに14年余を経過したこと
,その間,Eは終始同宗の法主兼管長として行動してきたことが認められる。
 これらの事実によれば,本件罷免処分当時には,B1において,Eが前法主から
血脈相承を受けて法主に選定された者であるとの宗教的判断が定立されていた可能
性があると推認することができる(注)。そして,同宗の宗教的判断としてそのよ
うな判断が定立されていたか否かは,裁判所が事実認定に関する法則を含め,法令
を適用して判断することができる事柄である。したがって,1審としては,その点
について審理し,もし,本件罷免処分時においてB1のそのような宗教的判断が定
立されていたと認定できるならば,Eが同宗の法主であったことを前提として,そ
の余の点について審理を進め,法令を適用して本案判決をするべきであった。
 しかるに,1審は,Eについての血脈相承の有無を審理判断することができない
ことから直ちに,本件紛争が法令の適用による終局的解決に適さず,法律上の争訟
に当たらないとしたが,これは,結局,法令の解釈適用を誤り,ひいては審理不尽
の違法をおかしたものであって,取消しを免れない。原審の判断は,結論において
正当であり,上告は棄却すべきものである。
  注 ある事柄に関する宗教的判断をめぐって,宗教団体の内部が大きく分裂し
,異端紛争となっているような事案では,裁判所として,団体の宗教的判断が何で
あるかを認定し得ないのみか,認定すべきでない場合もあり得るであろう。けだし
,そのような事案で,裁判所があえて一方の宗教的判断をもって団体の判断とし,
他方を排除することが,憲法が裁判所に要求する宗教的中立性保持のために,許さ
れない場合があり得るからである。いかなる事案がその場合に当たるかは,いずれ
も憲法が裁判所に求める前記責務とこの宗教的中立性保持の義務との調和の観点か
ら,個々の事案ごとに決しなければならない。たとえば,多数意見が引用する最高
裁第二小法廷平成元年9月8日判決の事案はこれに当たると考えられる。これに対
し,本件事案は,記録による限り,そのような場合に当たるとは考えられない。す
なわち,本件は,上記最高裁判決の事案とは事実関係を異にするものというべきで
ある。
 裁判官亀山継夫の反対意見は,次のとおりである。
 私は,河合裁判官の反対意見(以下「河合意見」という。)に同調するとともに
,事案にかんがみ,若干付言したい。
 裁判を受ける権利が国民の基本的人権を守るための最も基本的な権利であり,こ
れを十全に保障することが裁判所の重大な責務であることは,河合意見の説くとお
りである。また,信教の自由を存立の基盤とする宗教団体の存在とその社会的活動
が是認されている以上,そのような宗教団体についても信教の自由が保障されなけ
ればならないこともいうまでもない。
 信教の自由も裁判を受ける権利によって守られるべき権利である上,宗教団体は
,信仰を基盤としつつ,その構成員あるいは団体外の第三者との間にも広く,かつ
多種多様な世俗的法律関係を作り出していくものであるから,このような宗教団体
の宗教的判断に基づく種々の行動等の存否ないし当否について信教の自由に対する
不介入の名の下に裁判の回避が安易に認められるならば,宗教団体自身の信教の自
由が保障されないことになるおそれが大きいことになるのみならず,宗教団体の宗
教的判断を前提とする紛争については,およそ裁判による解決を得られないという
事態を招きかねず,当該宗教団体やその構成員のみならず,これらと関わりを持つ
一般人のすべてにとって,法的に著しく不安定な状態を招来することになるのであ
って,裁判所の上記責務に著しくもとるものといわなければならない。したがって
,上記のような理由による裁判の回避は,ある宗教的判断の当否を直接判断する結
果,内心の意思に反する宗教的判断を公権力によって強制することとなるような場
合,あるいは,争いのある宗教的判断の一方に裁判所が軍配を揚げたと受け取られ
ざるを得ないため,裁判所の宗教的中立性に疑念を抱かせるおそれが強いような,
極めて限局された場合にのみ許されるべきものである。多数意見が引用する最高裁
第二小法廷平成元年9月8日判決が,「(懲戒処分の)効力の有無が当事者間の紛
争の本質的争点をなすとともに,(中略)その判断が訴訟の帰趨を左右する必要不
可欠のものである場合には」裁判の回避が許されるとしているのもこのような趣旨
と理解されなければならない。
 これを本件についてみると,記録によれば,Eは昭和54年に前法主から血脈相
承を受けた者として法主に就任し,その旨がB1の諸機関において承認され,公表
されたこと,それ以来,本件罷免処分がなされるまでに14年余が経過し,その間
,Eは対内的にも対外的にも終始B1の法主・管長として行動してきたことが認め
られる。さらに,本件に先立つ昭和55年ころにも,B1内部においてFとの関係
をめぐって対立が生じ,当時Eの採っていた同学会との協調路線に反対する一派の
僧侶から同人が血脈相承を受けたことを否定する主張がなされ,これに基づく訴訟
も提起される事態になったが,上告人は,当時このような主張にくみすることなく
,かえってEが法主であることを前提とした積極的な活動を続けてきたことが認め
られる。また,平成2年末ころ,Fとの対立路線に転じたB1の方針に反対して同
宗からの離脱を企図した住職等に対し同宗が寺院の明渡訴訟を提起した事件は,本
件訴訟を含めて16件あるが,そのうち,Eによって任命された住職に係る13件
においてはEの血脈相承を否定する主張がなされていないことも認められる。
 以上のような事実を総合的に考察するならば,上告人は,EらB1執行部がFと
の対立路線に転じたことに反発し,たまたま上告人がEの前法主から任命されてい
たためにEの法主たる地位を争っても自己の住職たる地位を否定することにはなら
ないことを奇貨として,Eの法主たる地位を争っているに過ぎず,本件訴訟におい
てEが血脈相承を受けた法主であるか否かが当事者間の紛争の本質的争点をなすも
のとはいえないことが明らかである。したがって,本件は,上記最高裁判決とは事
案を異にするものであって,この点が争点となるとしても,河合意見が説くところ
に従って判断すれば足りることになるのであるが,それ以前に,本件において,上
告人がEの血脈相承を否定する主張をすることによって訴えの却下を求めることは
,上記のような事情の下にあっては,訴訟を回避するために便宜的に争点を作出し
たとも見られるものであって,信義則違反ないし権利の濫用として許されないもの
というべきである。けだし,このような主張を認めることは,Eを法主と認めて世
俗的な法律関係を結んだ第三者が,後になってEの血脈相承を否定することによっ
て訴えの却下を求めることと本質的に何ら変わるところがないからである。
 以上の次第であるから,本件においては,裁判所としては,Eの血脈相承の有無
に関する主張の判断に入ることなく審理を進めれば足りたのであり,1審判決はこ
の点において違法といわざるを得ないから,原判決は,結論において正当である。
    最高裁判所第二小法廷
(裁判長裁判官 福田 博 裁判官 河合伸一 裁判官 北川弘治 裁判官 亀山
継夫 裁判官 梶谷 玄)

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