弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

当事者   省 略
主文
 1 原告らの請求をいずれも棄却する。
 2 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由 
第1 請求
 1 被告は,原告らに対し,別紙記載の謝罪文(省略)を交付せよ。
 2 被告は,原告X1に対し金2000万円,原告X2に対し金1000万円及びこれらに対
する平成15年12月2日以降支払済みまで年5分の割合による各金員を支払え。
 3 訴訟費用は被告の負担とする。
 4 仮執行宣言
第2 事案の概要
   本件は,被告がNHK総合テレビジョンの山梨県内ニュースにおいて放送した,山
梨県歯科医師会会員であった歯科医師(以下「A歯科医師」という。)による診療報
酬の不正請求事件に対する同歯科医師会の対応についての放送内容が,一般視
聴者に対し,同歯科医師会の幹部であった原告らが上記診療報酬の不正請求の
事実を監督官庁に発覚することをおそれて隠ぺい工作に走ったかのような,事実と
は異なる印象を与えるものであったことから,原告らの名誉が著しく毀損され,多大
な精神的損害を被ったとして,原告らが,不法行為に基づき,謝罪文の交付並びに
原告X1につき2000万円,原告X2につき1000万円の慰謝料及び上記各金員に
対する不法行為(放送)の後である平成15年12月2日以降支払済みまでそれぞ
れ民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める事案である。
 1 争いのない事実
  (1) 当事者
    被告は,テレビ及びラジオの放送等を目的とする法人であり,その甲府放送局
は,山梨県内全域において,テレビの取材放送を行うものである。
    原告らは,山梨県内の歯科医師を構成員とする社団法人山梨県歯科医師会(以
下「県歯科医師会」という。)の会員であり,平成9年4月から平成15年3月ま
で,原告X1が会長,原告X2が医療保険担当理事を務めていた。
  (2) 不正請求事件報道と県歯科医師会総会
    県歯科医師会の会員であったA歯科医師は,平成8年ころから平成12年ころま
での5年間に,診療報酬を不正に請求し受給していた(以下「本件不正請求事
件」という。)ところ,本件不正請求事件は,平成14年7月18日の被告テレビニ
ュースや,新聞報道などによって報じられ,初めて明るみに出た。
    県歯科医師会においては,平成14年7月27日午後5時から平成14年臨時総会
が開催され,当時の会長である原告X1は,本件不正請求事件に関する発言を
した(その内容は後述する)。
  (3) 放送内容
    被告の甲府放送局は,NHK総合テレビジョンの山梨県内ニュースにおいて,平
成15年6月5日午後零時15分ころから午後8時48分ころまでの間,4回にわた
り,別紙放送目録(省略)のとおり,上記県歯科医師会総会における発言に関わ
る内容を,山梨県内に放送した(以下「本件放送」という。)。
  (4) 県歯科医師会理事会
    上記(3)の本件放送が行われたのと同じ日,別紙放送目録放送部分1(以下単に
「放送部分1」などという。)が報じられた後である午後5時から,県歯科医師会
平成15年度第3回定例理事会が開催され,新会長に就任したB会長が,会長
挨拶において,本件不正請求事件に対する前執行部の対応に関する発言をし
た(その内容は後述する)。
 2 争点
  (1) 本件放送の対象者の特定性
  (2) 本件放送の主要な伝達事実及びこれにより原告らの社会的評価が低下したか
否か。
  (3) 本件放送内容の公益性・公益目的・真実性
  (4) 真実と信じるにつき相当な理由
 3 当事者の主張
(1) 本件放送の対象者の特定性
   ア 原告らの主張
     被告は,本件放送により,県歯科医師会の平成14年当時の幹部が,間接的な
いし暗黙に,会員歯科医師の診療報酬の不正請求について隠ぺいを図って
いたという事実をテレビ放送を通じて公然と摘示するものであり,一般視聴者
が上記放送を一見した場合に,当時の県歯科医師会の会長あるいは医療保
険担当理事の職にあった原告らに対して極めて否定的な印象を抱くことは明
らかであり,本件報道は原告らの社会的評価ないし信用を低下させるもので
ある。
   イ 被告の主張
    (ア) 本件放送においては一貫して「当時の幹部」ないしは「歯科医師会の幹部」と
のみ伝えており,氏名はもちろん,役職名すら述べていない。被告は,原告
X1,原告X2という一個人についての報道をする意図ではなく,歯科医師会
という公益団体の幹部が不適切な発言をしたという事実をこそ報道する意
図であったことの現れでもある。
    (イ) テレビジョン放送によってある者の社会的評価が低下したか否かについて
は,一般の視聴者の普通の注意と視聴方法を基準にして判断すべきところ
(テレビジョン放送による報道に関する最高裁平成15年10月16日第一小
法廷判決),一般の視聴者は「当時の幹部」ないしは「歯科医師会の幹部」
との表現のみをもってしては,それが「会長」を指しているとは特定し得ず,
ましてや,「X1」のことを指しているとは特定し得ない。したがって,そもそも
本件放送においては,原告X1はその対象として特定されておらず,本件放
送によってその社会的評価が低下したこともないというべきである。
      実際に県歯科医師会平成14年臨時総会に参加していた者であれば,本件放
送を視聴して,「当時の幹部」が原告X1のことであることは認識できるかも
しれない。しかしながら,そのような者はすでに原告X1の発言内容を知って
いるのであるから,その段階で当該発言についての評価をそれぞれ内心で
行っているのであって,仮に評価を下げることがあるとすれば,その時点で
下げているのであるから,本件放送を視聴したことによって新たに原告X1
に対する内心の評価を新たに下げるようなことはない。
(ウ) 原告X2については,そもそも県歯科医師会平成14年臨時総会で何らの
発言をしておらず,本件放送でも一切触れられていない。一般の視聴者が
本件放送を視聴して,原告X2に対する社会的評価を下げるなどということ
は到底想定し得ない。このことは,県歯科医師会平成14年臨時総会に出
席した者についても同様である。
(エ) 県歯科医師会平成14年臨時総会に出席した者であれば,「当時の幹
部」が原告X1だと認識でき,原告X1に対する内心の評価を低下させ,間
接的に当時の理事会を構成していた理事であった原告X2についても社会
的評価を低下させるということがあるかもしれないが,それは,県歯科医師
会平成14年臨時総会の際に原告X1の発言を聞いた時点のことであり,本
件放送を視聴したことによってそれとは別に新たに評価を低下させる訳で
はない。
  (2) 本件放送の主要な伝達事実及びこれにより原告らの社会的評価が低下したか
否か。
   ア 原告らの主張
    (ア) テレビ放送は,映像及び音声を情報伝達手段とするもので,その情報の受け
手である視聴者は流された情報を瞬時に捉えてその内容を判断するもの
であるから,テレビ放送の内容が何人かの名誉ないし信用を毀損するもの
であるか否かについては,一般視聴者がその放送を一見した場合に通常
受けるであろう印象を基準として,放送において取り上げられた者の社会
的評価がその放送によって低下するかどうかを判断すべきである。本件放
送は,アナウンサーの発言内容として,①当時の幹部が歯科医師の不正
請求について隠ぺいを図っていたことを示唆する発言を県歯科医師会の臨
時総会の席上でしたという事実(放送部分1ないし4)とともに,②県歯科医
師会の会員から当時の幹部の対応がモラルに反するとの批判の声が上が
っているという事実(放送部分1),③上記隠ぺい疑惑問題について本件放
送の当時県歯科医師会の理事会が開催された事実(放送部分2ないし
4),④同理事会で現会長が「不正請求について隠ぺいしようなどと考える
のは全くの筋違いであって,あってはならないことだ。」という意味の遺憾の
意を表明した事実(放送部分2ないし4)を併せて指摘した上,放送に当た
って,放送部分2ないし4においては「歯科医師不正請求隠ぺい問題」とい
うスーパーを表示しながらトップニュースとしてニュースの冒頭報道する扱
いをするなどしており,原告らの社会的評価を低下させる内容となってい
る。
      本件放送における主要な伝達事実は,県歯科医師会の当時の幹部が平成1
4年7月の総会において,本件不正請求事件について隠ぺいを図っていた
ことを示唆する発言をしたという事実,会長となったB会長が理事会におい
て不正請求の隠ぺいに対し遺憾の意を表明したという事実にとどまらず,
平成14年当時の県歯科医師会の幹部である原告らが,A歯科医師の診療
報酬の不正請求事件について山梨社会保険事務局等の行政に隠ぺいし
たという事実についても及ぶ。そして,隠ぺいしたという事実は,事実の摘
示であり,評価ではない。
      本件放送における「隠ぺいを図った疑いがもたれている問題」といったアナウ
ンサーの発言や,「隠ぺい問題」「隠ぺい疑惑」というテロップに加えて,本
件不正請求事件について理事会が開催されたことを指摘し,B会長が,隠
ぺいについて「全く筋違いで,あってはならないこと」と強く非難する意を表
明した事実を放送していることや,山梨県内のトップニュースとして重大性
を印象づけている番組の構成等に照らすと,一般の視聴者を基準に判断
すると,本件放送は,原告らが本件不正請求事件を隠ぺいしたことをことさ
ら印象づける放送内容となっている。
(イ) 各放送部分について具体的にいうと,放送部分1は,当時の県歯科医師会の
幹部が本件不正請求事件について,隠ぺいを示唆する発言を行ったという
伝達事実が主たる内容であり,その表現方法によれば,一般視聴者には,
原告らが本件不正請求事件について行政に発覚しないように隠ぺいを図っ
ていたという内容の報道をしたものとみられる。
      放送部分2ないし4は,同一内容の放送であるから,放送部分2をみればよい
が,同部分は,B会長が定例理事会において,当時の幹部がA歯科医師の
不正請求について隠ぺいしたことに対して遺憾の意を表明したという事実
が幹になっている。組織の理事会において,組織の前の最高責任者の不
祥事である隠ぺいに対して,組織の最高責任者である現会長が遺憾の意
を表明したからこそ,当時の幹部が隠ぺいしたという事実が印象付けられ,
本件不正請求事件について当時の幹部が隠ぺいしたという内容が伝達事
実の主たる部分となっている。また,上記のとおり,アナウンサーの発言,
テロップ,ニュース番組の構成等を合わせれば,放送部分2は,一般の視
聴者を基準に判断すれば,当時の県歯科医師会の幹部であった原告らが
本件不正請求事件を隠ぺいしたことがことさらに印象付けられている。
      したがって,本件放送部分2の主要な伝達事実は,原告X1が臨時総会におい
て本件不正請求事件を隠ぺいしたことを示唆したという事実,B会長が理
事会において不正請求の隠ぺいに対し遺憾の意を表明したという事実にと
どまらず,原告らが本件不正請求事件を隠ぺいしたという事実である。
    (ウ) 仮に,原告らが本件不正請求事件に関して行政に隠ぺいをしたという事実が
主要な伝達事実でないとしても,原告らが本件不正請求事件を一般やマス
コミに隠ぺいしたという事実が主要な伝達事実である。
   イ 被告の主張
    (ア) 本件放送内容の主要な伝達事実は以下のとおりである。
   (①ないし③は,放送部分1についてのもの,④ないし⑥は放送部分2ないし放送
部分4についてのものである。)
  ① 本件不正請求事件が報道され発覚した後,「この問題をめぐって問題の発
覚直後に開かれた県歯科医師会の臨時総会で,当時の幹部が不正請求
の発覚について,『知られないようにするのがつとめだと認識し,社会保険
事務局など行政に何回となく対応したので未然に防げたと思っていたのに
残念だ』と述べ,問題の隠ぺいを図っていたことを示唆する発言をしてい
た」事実
   ② このような幹部の発言に対し,「歯科医師会の会員からは,『本来不正請求
をなくすことに力を入れるべきでモラルに反する』と批判の声が上がってい」
る事実
   ③ 「山梨社会保険事務局は,時間が経過していて確認できないとしてい」る事

    ④ 平成14年「7月甲府市の歯科医師が架空の診療報酬請求を行っていた事が
発覚し,当時の県歯科医師会の幹部が臨時総会の席上『不正がもれない
ように行政に対応したのに残念だ』などと隠ぺいを図ったことを示唆する発
言をしていた」事実
   ⑤ 放送当日の午後開かれた県歯科医師会の理事会において,「B会長が,不
正請求については本来事実を深く受け止めて再発防止を徹底するのが当
然であるのにそれを隠ぺいしようなどと考えるのは全くの筋違いで,あって
はならないことだ,と遺憾の意を表明し」た事実
   ⑥ B会長が同席上において「再発防止の取り組みを進めていく方針を示し」た
事実
      これら以外の部分は,これらの主たる伝達事実を視聴者に伝えるための補足
的な部分に過ぎないので,上記①ないし⑥の事実の摘示によって名誉毀損
が成立するか否かが検討されるべきである。
なお,本件放送では,キャスターの読み上げるニュース原稿以外に映像
やテロップ等の画像も併せて放送されており,上記最高裁判決の基準に照
らせばこれらも加味して一般人の受ける印象を検討すべきである。ただ,本
件放送で用いられている映像は県歯科医師会館の外観のみであり,テロッ
プもキャスターが読み上げる原稿の内容の抜粋ないしは要約に過ぎず,内
容の確認ないしはタイトルとして用いられているに過ぎず,視聴者に付加的
に与える印象はないので,映像やテロップそれ自体が単独で主要な伝達事
実とはならない。
    (イ) 上記①及び④については,その発言の内容が社会通念上県歯科医師会の
発言としては不適切ともいい得るので,その範囲では原告らの社会的評価
が低下する可能性がないとはいえない。
  しかし,上記部分のうち③は,原告らの社会的評価とは無関係であり,こ
の表現により原告らの社会的評価が低下するということはそもそもあり得な
い。
  また,②は,①の事実について第三者が批判的な意見を述べた事実であ
るところ,第三者が批判的な意見を述べたという事実のみから直接原告ら
の社会的評価が低下するということは理論的にあり得ず,仮にこの事実の
摘示によって原告らの社会的評価が低下することがあるとすれば,この②
の事実の摘示によって,①の事実の存在が推認されるという限度でしかな
い。したがって,原告らの名誉を毀損するかという観点からは,本件では②
の事実の摘示を独立して検討する必要はなく,①に含めて考えれば足り
る。⑤及び⑥についても同様のことがいえるので,④に含めて考えれば足
りる。
結局,本件では,①及び④の事実に関し,その摘示により原告らの社会
的評価が低下するか否か,公共の利害に関する事実か,専ら公益を図る
目的のための摘示であったか,真実であったか,(真実でない場合)真実相
当性があるか,を検討すれば足りるというべきである。
  (3) 本件放送内容の公益性・公益目的・真実性
   ア 被告の主張
    (ア) 前提としての公益性と公益目的
      そもそも,A歯科医師による本件不正請求事件にかかわる事実は公共の利害
に関する事実である。そして,このような不正請求事件が発生した際に,当
該歯科医師が所属する歯科医師会の幹部らがどのような対応をするのか
といった事実は公共の利害に関する事実というべきである。
      被告が本件放送を行ったのは,県歯科医師会の幹部らが会員の不正請求を
国民の目に触れないように画策して行政に働きかけをしていたという国民
の重大な関心事を憲法上保障された知る権利を有する国民に知らせ,もっ
てマスメディアとしての責務を果たそうとしたためであり,もっぱら公益を図
る目的で行われたことは明らかである。
 (イ) 発言がなされたことの真実性
      表現の自由及び報道の自由の憲法上の優越的地位に鑑み,報道機関である
被告が立証責任を負う真実性の範囲が真に必要な限度を超えて過度に広
範に認められることがあってはならない。公人が公的な場であるいは公人
として発言したような場合には,「当該公人がこういった内容の発言を行っ
た」事実ないし「当該公人がオフィシャルにこういった内容のコメントを発し
た」事実そのものが国民の関心事であり,報道する価値を有しているという
べきである。報道機関が負う義務は,どのような発言がなされたのかを正し
く伝えることに尽きるのであって,当該発言内容たる事実が真に事実に合
致しているかについて確認すべき義務を負っていない。逆に,それが正しい
か否かにかかわらず,発言者が発言した内容をできる限り正確に伝えるこ
とこそ重要であるというべきである。このような観点から検討する。
     a 主要な伝達事実①について
      県歯科医師会平成14年臨時総会議事録(乙3)によると,原告X1は平成1
4年7月27日に山梨県歯科医師会館3階大ホールにおいて行われた臨
時総会において,「これはやはり業界として未然にマスコミにも,一般の
人たちにも知られないように対応するのが,私たちの務めだというふうに
認識しまして,一生懸命X2先生を中心に,行政と,また県行政また保険
事務所等の対応をして未然に防げたと思っていた」(3頁6行目),「それ
を未然に防げたのに,どうして出てきたか。本当に残念でなりません。と
くにX2先生は本当に自分の診療時間を惜しんで,何回となく行政との対
応をし,またその当事者とも対応してきたのです」(3頁16行目)などと発
言している。これらの発言と主要な伝達事実①を比較してみると,主要な
伝達事実①はこの議事録と同内容の事実を伝えているにすぎないこと
が一目瞭然である。
b 主要な伝達事実④について
 主要な伝達事実④は,乙3の議事録と同内容の事実を伝えているにす
ぎないことが明らかである。
c 主要な伝達事実⑤及び⑥について
 主要な伝達事実⑤及び⑥はそれ自体原告らの社会的評価を低下させ
るものではない以上,その真実性は,本件放送が原告らの名誉を毀損
する違法なものであるかどうかを検討する上で本来問題とならないもの
である。
もっとも,県歯科医師会平成15年度第3回定例理事会議事録(乙4)
によると,B会長は,平成15年6月5日に山梨県歯科医師会第3会議室
において行われた定例理事会において,「県歯会長としての私のコメント
は,実は昨年の臨時総会の席上で発言したことと全く同じでして,歯科医
師の不正請求という事実について,非常に残念なことである。会長として
それを重く受け止め,会員に対してそのような不正請求が起きないよう厳
しく指導・徹底するのが当然の姿勢だと思います。それが漏れないように
という目的をもって行政などに対応したとすれば筋違いです。今後は診
療報酬の不正請求など,医師の倫理に背くようなことが起きないよう会
員に徹底したいと思います」と発言していることが認められる。当該発言
と,主要な伝達事実⑤及び⑥の事実を比較してみると,⑤及び⑥の事実
はいずれもこの議事録と同一の事実を伝えていることが一目瞭然であ
る。したがって,⑤及び⑥の事実はいずれも真実である。
       なお,原告らは,かかるB会長の発言は遺憾の意を表明したものではない旨
主張しているが,「遺憾」とは,「思っているようにならなくて心残りである
こと。残念な,そのさま。」(大辞林)であるところ,B会長は「非常に残念
なこと」「筋違い」「今後は(中略)会員に徹底したい」などと繰り返し述べ
ており,遺憾の意を表していることは文言上明らかである。
県歯科医師会平成15年度第3回定例理事会議事録(乙4)における
B会長の発言部分は録音反訳の方法によって作成されていないが,そも
そも県歯科医師会において理事会議事録を録音反訳の方法で作成しな
くてはならないとの規則上の定めはなく,当該議事録は同会の規則上適
式に作成されている(乙5の1ないし3)。適式に作成されたものである以
上,業務の過程で作成された文書としての高い信用性と証明力を有して
いることに変わりはない。
(ウ) 原告らの主張に対する反論
  上記のとおり,報道機関である被告が真実性の立証を求められる事実
は,主要な伝達事実①,④について,そのような発言がなされた事実のみ
であり,それを超えて,「発言の内容となった事実」,すなわち,原告らの主
張するところの「原告らが隠ぺいを行ったという事実」までが主要な伝達事
実であるとしてその真実性の立証を求められることはない。しかも,本件で
は,当該発言の主体である原告X1が報道主体である被告に対し自らの発
言内容たる事実について真実性の立証を求めるということになるが,これ
は不当である。
  ただし,念のため,原告らが隠ぺいを行ったという事実の真実性について
も以下検討する。
  原告らは,本件不正請求事件が発生から平成14年7月18日に至るまで
マスコミや国民の目に触れずにいたことについて,マスコミや国民の目に触
れないことを意図しつつ,少なくともA歯科医師に対して自主的な廃業を促
したり,県行政や社会保険事務局に対応したりといった形で積極的に,ま
た,その後も本件不正請求事件に関する情報が県歯科医師会から外部に
漏れないようにすることで消極的に,関与していることは明らかである。これ
らの事実をもって社会通念上「隠ぺい」と評価することは可能である。
  原告らは,本件放送において用いられている「発覚」という言葉に関し,監
督官庁に対して発覚したのか,県歯科医師会に対して発覚したのか,ある
いは一般市民に対して発覚したのかの区別がつかないと主張し,また,本
件放送は,平成14年当時の県歯科医師会の幹部が,本件不正請求事件
について,行政に発覚しないように隠ぺいを図っていたという内容の報道を
しているなどと主張する。しかし,本件放送において,「発覚」が,「行政に対
する発覚」という意味ではなく,「公になった」すなわち「報道機関を含む国
民一般の知るところとなった」という意味で使用されていることは明らかであ
る。
  原告らはさらに,隠ぺいと評価しうる事実の存在から離れて,隠ぺいの有
無が独立した立証の対象であるかのような主張をしている。しかし,「隠ぺ
い」という言葉から通常の一般人がイメージする行為は千差万別であり,一
定の事象について,「隠ぺいと評するのが正しい」「隠ぺいと評するのは正
しくない」などということを証拠によって証明することは不可能である。したが
って,仮に本件において原告らの主張するように発言者の発言の内容たる
事実についてまでもが真実性の立証の範囲だとしても,隠ぺいという評価
が正当かどうかは立証の範囲ではない。そして,仮に本件放送が,隠ぺい
と評しうる一定の行為を原告らが行った事実を暗に摘示しているとしても,
かかる摘示は事実に基づくものであり,かかる事実を前提とする隠ぺいと
の評価は「人身攻撃に及ぶなど意見ないし論評としての域を逸脱したもの」
(最高裁平成9年9月9日第3小法廷判決民集51巻8号3804頁など)とは
到底いえないから,名誉毀損の不法行為が成立することはない。
   イ 原告らの主張
    (ア) 本件放送の主たる伝達事実は,原告らが本件不正請求事件を行政に隠ぺ
いした事実であるところ,原告らは行政に隠ぺいしたことはなく,真実では
ない。
    (イ) 主要な伝達事実が原告らが本件不正請求事件を一般やマスコミに隠ぺいし
たということであった場合,確かに,原告らは,本件不正請求事件を知った
後,一般やマスコミに対してこれを公表しなかったが,原告らは,不正請求
額の総額,不正請求の方法等その全貌を知り得ない上,行政当局が公表
できない事実であり,A歯科医師のプライバシーの保護,不正請求金額を
返還して被害が回復していること等から,原告らが公表をすべきでないと判
断して公表をしなかったものであり,かかる行為は隠ぺいとはいえない。
(ウ) 被告は,その主張する主要な伝達事実の内,検討すべきは,①及び④のみ
であるというが,②,⑤,⑥も真実性が問題となるべきである。
     そして,⑤,⑥については放送部分2を検討しても,真実性が証明されていない
というべきである。すなわち,放送部分2で放送された,理事会議事録中の
B会長挨拶部分はねつ造されたものであり,その内容からも,B会長が当
時の幹部が隠ぺいしたことについて理事会において遺憾の意を表明した事
実及び再発防止の取り組みを進めていく方針を示した事実は何ら証明され
ていない。B会長が「遺憾の意を表明し」,「再発防止の取り組みを進めて
いく方針を示した」という報道は,虚偽である。
      県歯科医師会平成15年定例理事会議事録(乙4)の内容を検討しても,前半
部分は,B会長が被告の記者であるC記者の取材にどのように対応したか
ということを詳しく説明しているだけであり,なぜニュースになったのかを説
明しているに尽きる。また,後半部分は,ニュースの責任は自分ではなく,
原告X1が会長当時,言わなくてもいいことまで言ってしまったからであると
し,さらに,今後の県歯科医師会の方針としても,「この件に関して会員や
マスコミに対して文書をもって応じる」ことはせず,コメントをしない方針,い
わば,本件不正請求事件に関することはすべて隠ぺいするとも受け取れる
方針を示したものというべきである。
     つまり,B会長発言は,隠ぺい工作ではなく,不正請求が遺憾であり,不正請求
の再発防止の取り組みを進める方針を明らかにしたにすぎない。
      したがって,被告の主張する⑤,⑥の伝達事実についても真実ではない。
  (4) 本件放送内容を信じるにつき相当な理由
   ア 被告の主張
     被告は,本件放送に当たって,県歯科医師会平成14年臨時総会議事録の記
載を確認し,その内容に合致する放送を行ったのである。県歯科医師会の総
会議事録は医師会の通常の業務の過程において作成されるものであり,仮
に上記主要な伝達事実①及び④が真実でなかったとしても,これを被告が真
実と信じるにつき相当の理由があり,故意ないしは責任が阻却されるというべ
きである。
   イ 原告らの主張
     本件放送内容の主要な伝達事実は真実でないし,被告は真実であると信じた
相当の理由を立証できていない。
第3 当裁判所の判断
 1 上記争いのない事実に証拠(甲1,4,7ないし9,11,乙1,3,4,5の1ないし3,
乙7の1ないし4,乙8,9,10の1ないし4及び原告X2本人)及び弁論の全趣旨を
総合すれば,以下の事実が認められる。
  (1) 保険医療機関(厚生労働大臣の指定を受けた病院又は診療所)及び保険医(保
険医療機関において保険診療に従事する医師若しくは歯科医師であって厚生
労働大臣の登録を受けた者)については,保険診療の質的向上及び適正化を
図ることを目的として,次のような規制がされている。すなわち,保険医療機関
は療養の給付に関し,保険医は保険診療に関し,厚生労働大臣又は都道府県
知事の指導を受けなければならず,さらに,必要があると認められるときは,的
確に事実関係を把握し,公正かつ適切な措置を採ることを主眼として,厚生労働
大臣又は都道府県知事による監査が行われる(健康保険法73条,78条,国民
健康保険法41条,45条の2,老人保健法27条,31条,船員保険法28条ノ
5)。監査の結果,診療報酬の請求について不正があったと認められたときは,
厚生労働大臣は,保険医療機関の指定の取消し,保険医の登録の取消しをす
ることができる(健康保険法80条,81条)ほか,戒告,注意といった処分がなさ
れることもある。取消処分がなされた場合には,その内容が官報に公示され,イ
ンターネットの厚生労働省のホームページで公開される。
    本件不正請求事件に関しては,A歯科医師に対し,山梨社会保険事務局と山梨
県福祉保健部による個別指導と監査が平成12年7月から平成13年1月にかけ
て実施された。山梨社会保険事務局は,健康保険法,国民健康保険法等の規
定に基づき,個別指導,監査への学識経験者の立会いが必要であると判断し,
県歯科医師会に対し立会者の派遣を要請した。この要請により,原告らは本件
不正請求事件のことを知り,原告X1は,原告X2と協議の上,県歯科医師会とし
て,医療保険問題に精通している原告X2を立会者として派遣することとした。
    その際,原告らは,A歯科医師に対して取消処分等の厳しい行政上の措置がとら
れることになれば,その具体的内容が厚生労働省によって公表され,その結
果,本件不正請求事件がマスコミによって報道されて国民の知るところとなり,
歯科医師全体の社会的信頼を損なうおそれがあるほか,県歯科医師会に対す
る悪いイメージが広がるおそれが大きいことを懸念していた。
    原告X2は,平成12年7月12日に行われた個別指導,同年11月29日に行われ
た1回目の監査,平成13年1月10日に行われた2回目の監査に立ち会った。
原告X2は,その過程で,A歯科医師及びその家族に直接会い,歯科医師を自
主的に廃業することを勧めた。
    監査の結果は,平成13年3月8日付けで県歯科医師会に通知された。
    A歯科医師は,指摘のあった診療報酬の不正請求分についてこれを認めて返還
する意思を示したほか,歯科医師を廃業することとし,保険医療機関の指定の
辞退をするとともに保険医の登録の抹消を求めた。そのため,A歯科医師に対
する取消処分その他の行政上の処置がとられることはなく,当然,それが公表さ
れることもなかったので,平成13年の時点においては,本件不正請求事件が報
道されることもなかった。
  (2) 本件不正請求事件は,平成14年7月18日の被告テレビニュースや,新聞報道
などによって報じられ,初めて明るみに出た。
    原告X1は,平成14年7月27日午後5時から開催された県歯科医師会の平成1
4年臨時総会の冒頭あいさつにおいて,以下のとおりの発言をした(乙3)。
                   記
    「今月の18日にNHKのニュースで,2年も前に終わったことが報道されました。」
「私たち執行部が始まりまして,同じような事件が2つございました。これはやは
り業界として未然にマスコミにも,一般の人たちにも知られないように対応するの
が,私たちの務めだというふうに認識しまして,一生懸命X2先生を中心に,行政
と,また県行政また保険事務所等の対応をして未然に防げたと思っていた。しか
も,本人もそれなりの犠牲を払って,社会的制裁を受けているということです。そ
れがどうしてああいう形で出たのか。私は一般の人たちから出たとは思えませ
ん。多分会員の中のだれかから漏れたのでは,そういうふうに私は思えてなりま
せん。これはやはりゆゆしき問題だと思います。どうして,2年も前のことが今ご
ろになって出るのか。本当に残念だと思います。」「このことが,私たちの業界に
とってプラスになることは一つもありません。全部マイナスです。全員にとってマ
イナスですし,日本の歯科医療界にとってもマイナスのことです。それは一個人
のマイナスということで仕方のないことですけれども,それを未然に防げたのに,
どうして出てきたか。本当に残念でなりません。とくにX2先生は本当に自分の診
療時間を惜しんで,何回となく行政との対応をし,またその当事者とも対応してき
たのです。それなのにこういうことが出たということは,本当に残念な思いでござ
います。ぜひ,今後とも会員の中の先生方,また自分たちもそういう会の中の危
惧を,おまけの第三者に話すことがないように,団体としての団結を図っていた
だきたい。」
  (3) 被告は,甲府放送局のNHK総合テレビジョンの山梨県内ニュースにおいて,平
成15年6月5日,昼のニュースとして放送部分1を,夕方のニュースとして放送
部分2を報じ,その後夕方と夜の2回にわたって,放送部分2と同じニュースを報
じた(放送部分3,4)。
    放送部分1においては,平成14年7月に甲府市の歯科医師が架空の診療報酬
請求をしていたことが発覚したことに関連して,本件不正請求事件がマスコミに
発覚した直後に開かれた県歯科医師会の臨時総会において,「当時の幹部」が
「不正請求の発覚について,知られないようにするのがつとめだと認識し,社会
保険事務局など行政に何回となく対応したので未然に防げたと思っていたのに
残念だ」と発言した内容に触れて,「問題の隠ぺいを図っていたことを示唆する
発言をしていた」として伝え,さらに,「当時の幹部」の発言が「事実自体をもみ消
そうとしたわけではなく,業界の責任としてどうすれば事実を公にしないで処分を
軽くできるかを考え,社会保険事務局に相談して対応を取った」というものである
と付加している。さらに,当該幹部の発言に対し,県歯科医師会の会員から本来
不正請求をなくすことに力を入れるべきでモラルに反するとの批判が上がってい
ること,山梨社会保険事務局は,時間が経過していて確認ができないことを伝え
るものである。
    放送部分2においては,本件不正請求事件が発覚したことについて,当時の県歯
科医師会幹部が臨時総会の席上で,「不正請求が知られないように行政に対応
したのに残念だ」として,「問題の隠ぺいを図ったことを示唆する発言をしていた
ことが分か」ったと報じた上で,本件放送当日開催された理事会において,県歯
科医師会のB会長が「不正請求については本来事実を深く受け止めて再発防止
を徹底するのが当然であるのにそれを隠ぺいしようとするなどと考えるのは全く
の筋違いで,あってはならないこと」と発言し,遺憾の意を表明したこと,その上
で,「不正請求など医師の倫理に背くようなことが起きないよう徹底したいと再発
防止の取り組みを進めていく方針を示」したことを報じるものである。
    本件放送においては,別紙放送目録「放送(テロップ)」記載のとおり,アナウンサ
ーによる発言と同時に,画面上にテロップが流されていた。
  (4) 本件放送があった日である平成15年6月5日の午後5時から,県歯科医師会の
平成15年度第3回定例理事会が開催された。その冒頭における会長挨拶の中
で,新会長に就任したB会長は,本件不正請求事件に関し,概ね以下のとおり
の発言をした(乙4。ただし,かっこ内は加入。)。
                   記
    同日午前11時過ぎころ,C記者(被告甲府放送局の記者Cのこと。以下同じ。)か
ら電話取材を受けた。その内容は,平成14年7月の臨時総会でX1会長(原告X
1のこと。以下同じ。)が不正請求を隠ぺいしたかの様な発言をしたことが取材の
中で判明したことから,X1会長に電話で聞いたところ,不正請求があった事実を
認め,「その事実をなかったようにもみ消しをした訳ではなく,会のことを考えて
社会的に明らかにならないように行政等に対応した」というコメントがあったの
で,これに関して,現会長として,本件不正請求事件と県歯科医師会の対応に
ついてコメントをもらいたいという趣旨のものであった。私(B会長)は,X1会長が
本件不正請求事件が事実であったことを認め,行政等に対応したことを認めたこ
とをC記者に確認した上で,本件不正請求事件に関して「歯科医師の不正請求
という事実について,非常に残念なことである。会長としてそれを重く受け止め,
会員に対してそのような不正請求が起きないよう厳しく指導・徹底するのが当然
の姿勢だと思います。それが漏れないようにという目的をもって行政などに対応
したとすれば筋違いです。今後は診療報酬の不正請求など,医師の倫理に背く
ようなことが起きないよう会員に徹底したいと思います。」と回答し,C記者に対
し,同日5時から開催される理事会の席で回答したのと全く同じ内容のことを会
長として申し述べると返答した。X1会長は,不正請求の事実,また不正請求の
あったことが公表されないように県や社会保険事務局に相談したことも認めてし
まったが,「マスコミにとって,また社会通念上このような事実は,隠ぺい工作と
受け取られても仕方がない。」
  (5) 本件放送の基礎となった取材を行ったのは被告甲府放送局のC記者であり,同
記者は,本件放送の前日である平成15年6月4日に原告X1,原告X2に電話取
材を行い,本件放送当日昼にはB会長に電話取材を行っていた。
 2 本件放送による原告らの特定について(争点(1))
  (1) テレビジョン放送によりある者の社会的評価が低下したか否かについては,一
般の視聴者の普通の注意と視聴方法を基準にして判断すべきであるところ,被
告の主張するとおり,本件放送では,県歯科医師会の「当時の幹部」の発言とし
てその内容を報じるものであり,具体的な氏名を明示していないし,会長職を含
め役職名を具体的に摘示することもしていない。
  (2) しかしながら,本件放送を普通に視聴すれば,山梨県の歯科医師会という限ら
れた地域における職業集団に属する者であり,かつ,平成14年当時その幹部
を務めていた者が,県歯科医師会の総会の席という限られた場面で述べた発言
内容や本件不正請求事件に対して取った対応を取り上げた報道内容であること
は明らかである。また,本件放送が,山梨県全域に昼,夕方のトップニュースとし
て放映されたものであることに照らせば,「当時の幹部」として報じられた当事者
が,平成14年7月当時の会長である原告X1や医療保険担当理事である原告X
2であることを,県歯科医師会の会員や地元の住民などを含む一般視聴者が推
知することは十分に可能であるといわざるを得ない。そして,本件放送の内容
が,本件不正請求事件に関する県歯科医師会の当時の幹部の発言やその対応
を問題視するものであることをみれば,本件放送が原告らに対する否定的な印
象を与え得るものであることも否定できない。
    したがって,本件放送が「当時の幹部」としか述べてないことをもって,その対象者
が原告らであることが特定されていないとはいえず,むしろ特定性に欠けるとこ
ろはないといえるから,本件放送によっておよそ原告らに対する名誉毀損が成
立しないということはできない。
  (3) そこで,以下,本件放送の主要な伝達事実を認定し,実際に原告らに対する名
誉毀損が成立するかにつき検討を加えることとする。
 3 本件放送の主要な伝達事実について(争点(2))
  (1) 放送部分1について
    放送部分1の内容は上記のとおりであるところ,一般視聴者においてアナウンサ
ーの発言内容,テロップの表示等を合わせて視聴した場合に,①平成14年7月
に本件不正請求事件が発覚した後,その直後に開かれた県歯科医師会の臨時
総会で,当時の幹部が不正請求の発覚について,「知られないようにするのが
つとめだと認識し,社会保険事務局など行政に何回となく対応したので未然に防
げたと思っていたのに残念だ」と述べたという事実,②当時の幹部の発言に対
し,県歯科医師会の会員から,本来不正請求をなくすことに力をいれるべきでモ
ラルに反するとの批判の声が上がっている事実,③山梨社会保険事務局は,時
間が経過していて確認できないとしている事実が,それぞれ主要な事実として伝
達されていることが認められる。
  (2) 放送部分2について
    放送部分2においては,①本件不正請求事件が発覚した当時の県歯科医師会幹
部が,「不正がもれないように行政に対応したのに残念だ」と述べた事実,②放
送当日の午後に開かれた県歯科医師会定例理事会において,新会長として就
任したB会長が,「不正請求については本来事実を深く受け止めて再発防止を
徹底するのが当然であるのにそれを隠ぺいしようなどと考えるのは全くの筋違
いで,あってはならないことだ」として遺憾の意を表明した事実,③B会長が同席
上において,今後診療報酬の不正請求など医師の倫理に背くようなことがおき
ないよう徹底したいと再発防止の取り組みを進める方針を示した事実が,それぞ
れ主要な事実として伝達されていることが認められる。
  (3) 「隠ぺい」について
   ア さらに,本件放送においては,上記放送部分1①及び放送部分2①で,当時の
幹部の発言内容に加えて,「問題の隠ぺいを図っていたことを示唆する発言
をしていた」と報じていることや,放送部分1の②において,B会長が不正請求
について「隠ぺいしようと考えるのは全く筋違い」などと発言したと報じている
ことから,「当時の幹部」の発言内容に加えて,「当時の幹部により本件不正
請求事件の隠ぺいが行われた」という事実が伝達事実となっているか否かが
問題となる。この点,原告らは,原告らが本件不正請求事件について山梨社
会保険事務局等の行政に対する発覚を隠ぺいをした事実が主要な伝達事実
となっている,すなわち,本件放送において,「隠ぺい」とは,行政に対して不
正が明るみにでないように働きかけたという意味であると主張するのに対し,
被告は,そもそも「問題の隠ぺいを図っていたことを示唆する発言をしていた」
ことが主要な伝達事実であり,仮に発言の内容が問題になるとしても,原告ら
が隠ぺいしようとしたのは行政に対する発覚ではなくマスコミを含めた一般国
民に対する発覚であると主張している。
   イ 放送部分1①及び同2①は,平成14年当時の幹部が臨時総会の席上発言し
た内容を,放送部分2②及び③は,B会長が理事会で発言した内容を,それ
ぞれ主として伝達する方法によって,本件不正請求事件をめぐる県歯科医師
会の従前の対応と新体制における今後の取組み,方針を報じようとしたもの
であることが認められる。そして,ある団体の幹部が公式の席上で自ら隠ぺい
を示唆する発言をし,新しく会長となった者が同じく公式の席上でそれに対す
る批判的な見解を表明したのであれば,一般の視聴者としては,実際に隠ぺ
いの事実があったのであろうと受けとめるのが自然である。しかも,本件放送
においては,アナウンサーの発言に加えて,「隠ぺいを示唆する発言」とか「隠
ぺい疑惑問題で遺憾の意」などと表示されたテロップが流され,ことさらに「隠
ぺい」が強調されているのであるから,一般視聴者が本件放送を視聴した場
合,県歯科医師会の幹部が隠ぺいを示唆する発言をしたという事実が報じら
れたにとどまらず,同幹部が,同歯科医師会の対応や取組みにおいて,本件
不正請求事件に関する何らかの「隠ぺい」を図った事実があると報じられたも
のと捉えるのが自然といえる。
   ウ 次に,本件放送の構成は,本件不正請求事件が平成14年7月に発覚したこと
を報じた上で,当時の幹部の対応を取り上げており,アナウンサーの発言内
容は,当時の幹部が「不正請求の発覚について,知られないようにするのが
務めだと認識し,社会保険事務局など行政に何回となく対応した」「不正請求
の事実自体をもみ消そうとしたわけではなく,業界の責任としてどうすれば事
実を公にしないで処分を軽くできるかを考え,社会保険事務局に相談して対
応を取った」(放送部分1)とか,「不正請求が知られないよう行政に対応した」
(放送部分2)というものである。放送部分1については,不正請求の事実自
体をもみ消そうしたわけではないことが報じられており,「知られないよう」に対
応した対象が,行政ではなくマスコミや国民であることが理解できる。放送部
分2については,マスコミや一般の人たちに知られることのないように行政に
対応をしたことが明確に理解できる表現になっているとはいえず,要約の不十
分なところがあることは否めない。しかしながら,本件不正請求事件の発覚を
前提としたニュースの構成や「行政に対応」とのアナウンサーの発言に照らし
てみれば,行政に知られないようにするために行政に対応するというのは矛
盾であるから,「当時の幹部」が行政に対して不正請求の事実を隠匿するなど
の「隠ぺい」を図ったとの内容を報じたものとみることはできず,結局,本件放
送は,平成14年当時の県歯科医師会の幹部が,本件不正請求事件をマスコ
ミや一般国民に対して「隠ぺい」するために行政に対応をしたことを報じたもの
であると認められる。
  エ なお,「隠ぺい」とは,一般的に「かくすこと,隠匿」を意味するものであるところ,
上記の意味における「隠ぺい」があったのか否かは,証拠等により明らかにす
ることができる事実であると解される。
   オ したがって,本件放送が視聴者に向けて報じた主要な伝達事実は,県歯科医
師会の平成14年当時の幹部や新会長であるB会長の上記のとおりの発言が
あったことに尽きるのではなく,上記のような発言をするに至った背景に,本
件不正請求事件をめぐって,県歯科医師会の平成14年当時の幹部の対応
に「隠ぺい」を図った事実があったということ自体を取り上げて報じたものと認
めるのが相当である。
 4 原告らの社会的評価の低下について(争点(2))
(1) 以上を前提に,本件放送によって原告らの社会的評価が低下したかどうかを検
討する。
  (2) 上記のとおり,放送部分1①及び同2①は,平成14年当時の幹部の発言内容を
取り上げ,本件不正請求事件に関する「問題の隠ぺいを示唆」したこと及び実際
に「隠ぺい」があったことを報じていると解されるところ,このような発言や行動が
県歯科医師会幹部の立場にある者の発言や行動として適切なものとはいい難
いもので,これが公に摘示されることによって,社会通念上,原告らの社会的評
価の低下をもたらすものであることは容易に認められる。したがって,放送部分
1①及び同2①については,名誉を毀損するにたり得る事実の摘示に当たると
解される。
    放送部分2②及び③のB会長発言については,平成14年当時の幹部による問
題の「隠ぺい」のあった事実を前提としてなされた発言であるが,県歯科医師会
の幹部が診療報酬の不正請求に関わる問題の「隠ぺい」があったことを前提と
する報道がなされれば,一般視聴者が,「当時の幹部」である原告らに対する社
会的評価を低下させることは明らかである。したがって,放送部分2②及び③に
ついても,これが問題の「隠ぺい」の事実を前提としていることに照らせば,その
範囲で原告らの名誉を毀損する事実の摘示に当たると解される。
  (3) なお,放送部分1②は,放送部分1①で取り上げられた当時の幹部の発言に対
する県歯科医師会の会員の反応であり,会員らの批判の有無自体が原告らの
社会的評価を低下させるというものではなく,放送部分1①の摘示事実の内容を
検討することで足りるものと認められるし,放送部分1③も原告らの社会的評価
を低下させるものとは解されない。
 5 本件放送の公益性と公益目的について(争点(3))
  (1) 主要な伝達事実を上記のように解するとして,次に,本件において名誉毀損の
成立を否定する事情があるかどうかを検討する。人の社会的評価を低下させる
報道が行われたとしても,それが公共の利害に関わる事実で,その報道がもっ
ぱら公益を図る目的であった場合,その報道内容の主要な部分が真実であると
認められれば,名誉毀損の不法行為は成立しないと解される。
  (2) まず,本件放送の目的であるが,本件放送は,A歯科医師による本件不正請求
事件が報道されて一般に発覚したことに関し,A歯科医師の所属する県歯科医
師会の対応などを報じたものである。保険医療機関による診療報酬の不正請求
といった案件は,公共の利害にかかわる事実であり,本件のA歯科医師の場
合,自ら保険医療機関の指定を辞退し保険医の登録を返上したため,取消処分
を受けなかったという点はあるにせよ,本件不正請求事件自体が公共性の高い
事項であることに変わりはない。そして,県歯科医師会は,任意加入の団体では
あるものの,歯科医師という職業的集団によって構成される団体で,その存在目
的が歯科医師の社会的立場の維持,向上を目指すとともに,医療に従事する者
の団体として社会的役割を果たすことを期待された公的な側面を有する団体と
も認められるところ,本件不正請求事件に関する県歯科医師会の対応も,公共
の利害に関する事実に当たると解するべきである。
  (3) 次に,本件放送の目的であるが,本件放送はニュースとしてテレビで放映された
ものであり,上記のとおり公共の利害に関する事実を広く国民に知らせるという
公益をもっぱら図る目的で行ったものであることが明らかである。
  (4) そこで,本件放送でなされた事実の摘示により,原告らの社会的評価を低下させ
ると認められる放送部分1①及び同2①の発言の事実,さらに,この発言や,放
送部分2②及び③のB発言などの前提となっている「隠ぺい」の事実があったか
否かについては,その真実であることが証明されたかどうかが問題となるため,
以下検討する。
 6 本件放送内容の真実性について(争点(3))
  (1) 放送部分1①及び同2①について
     放送部分1①及び同2①で報じられた原告X1の発言は,平成14年7月に開催
された県歯科医師会の臨時総会の席上で行われたものとして報道されている
が,放送内容と同臨時総会の議事録(乙3)とを照らし合わせると,内容にお
いてほぼ一致していることが認められる。
     これに関して,原告は,臨時総会議事録は一般には閲覧も入手もし得るもので
はあり得ないことから,本件放送が当該議事録によってなされたものであると
は考えられず,本件放送に当たっては情報源の正確性をも問題とすべきであ
る旨主張している。
     しかし,放送内容と臨時総会議事録の内容が整合していることは前述のとおり
であるし,原告X1も,臨時総会において臨時総会議事録記載のような会長挨
拶をしたことは認めている(甲8)。そうである以上,このような発言があったこ
との真実性についての被告の立証は尽くされており,これを超えて,取材源の
秘匿に関わるような臨時総会議事録の入手経緯や方法,そもそもの情報源
が誰であるかなどを問題とする余地はないといわざるを得ない。
     したがって,放送部分1①及び同2①の発言があったことは真実であることの証
明がなされていると認められる。
  (2) 放送部分2②及び③について
     放送部分2②及び③におけるB発言については,夕方から開催される予定だっ
た県歯科医師会の定例理事会に先立ち,C記者がB会長へ電話取材を行っ
た上,定例理事会の開催された後にニュースとして報じられたことが認められ
る。そして,放送されたB会長の発言内容は,定例理事会議事録(乙4)と照ら
し合わせても,その内容において整合していることが認められる。
     原告らは,定例理事会議事録は,上記放送された会長挨拶部分のみが文章体
であり,その他の部分が逐語体で作成されているところ,会長挨拶部分は作
為が加えられたおそれがあり,定例理事会議事録の作成過程を明らかにしな
い限りその信用性はないものと主張している。しかし,県歯科医師会におい
て,議事録の作成を逐語体で行うべきものとする規定はなく,適式に作成され
たことに疑いを入れる点も認められない(乙5の1ないし3)。したがって,B発
言の発言内容についても,真実であることの証明がなされていると認められ
る。
  (3) 「隠ぺい」があったか否かについて
   ア さらに,上記の放送部分1①及び②や,放送部分2②及び③のB発言が前提と
した,平成14年当時の県歯科医師会幹部が本件不正請求事件に関する問
題の「隠ぺい」をしていたとの事実について検討する。
   イ 本件不正請求事件は,A歯科医師が平成8年から平成12年までの診療報酬に
ついて行っていたものであり,監督官庁による措置結果も平成13年3月には
出されていたところ,不正請求の事実自体がマスコミによって報道され,国民
の知るところとなったのは,平成14年7月になってからのことであった。原告ら
は,県歯科医師会が山梨社会保険事務局等から個別指導や監査への協力を
求められ,立会いをする学識経験者の派遣を求められたことによって本件不
正請求事件のことを知り,この事実が一般に公表されることで歯科医師に対
する社会的信頼が損なわれ,県歯科医師会に悪影響を及ぼすことを懸念し,
立会いをすることになった原告X2は,個別指導や監査の過程において,A歯
科医師が取消処分を受け,官報で公示されるなどしてこれが公表されることと
なる事態を避けられるように対応するとともに,本件不正請求事件がマスコミ
に報道されるなどして一般国民の知るところとなることをも避ける意図を有し
て行動していたことは,上記認定事実に加え,県歯科医師会平成14年臨時
総会における原告X1の発言をあわせ考えれば,優に認めることができる。
     なお,原告らは,本件不正請求事件の処分については行政庁の対応によるべ
きものであるし,A歯科医師のプライバシーの問題等について配慮が必要で
あったため,県歯科医師会としてあえて積極的に公表することはしなかったの
みで,「隠ぺい」を図ったわけではないとしている。確かに,経済上の措置にと
どまった本件不正請求事件について県歯科医師会が積極的に公表をすべき
であったかどうかという点については原告らの説明も傾聴に値するところであ
る。しかしながら,本件において「隠ぺい」として問題視される原告らの行動
は,A歯科医師が保険医療機関の指定を辞退するなどして問題が終息した後
のことではなく,それ以前の,不正請求の疑惑が生じてからそれに対する行
政の措置が行われていた過程のものであると理解すべきである。
   ウ 原告X1が,県歯科医師会の平成14年臨時総会における会長挨拶の中で「業
界として未然にマスコミにも,一般の人たちにも知られないように対応するの
が,私たちの務めだというふうに認識」し,原告X2を中心に,「行政」「保険事
務所等の対応をして未然に防げたと思っていた」,「多分会員の中のだれかか
らもれたのでは,そういうふうに私は思えてなりません。これはやはりゆゆしき
問題だと思います。どうして2年も前のことが今ごろになって出るのか。本当に
残念だと思います。」といった発言をしていること(乙4),原告X2が,本件不正
請求事件についてマスコミにもれることのないよう行政に対応するなどしたこ
とを供述していること(原告X2本人)に照らせば,原告らが,A歯科医師に対
する個別指導,監査といった行政の措置が行われていた過程において,本件
不正請求事件について,広くマスコミや国民に知られることのないように対応
したという事実が明らかに認められる。
   エ したがって,県歯科医師会の当時の幹部である原告らが,本件不正請求事件
についてマスコミや国民に対して事実を隠そうと対応した事実が認められるの
であり,これを「隠ぺい」と評することは至当であるから,結局,「隠ぺい」の事
実についても真実性の立証があったということができる。
 7 結論
   上記の次第で,被告の本件放送の中には,原告らの社会的評価を低下させる事実
の摘示があったと認められるものの,被告において,これが公共の利害に関し,も
っぱら公益目的で報道したことに加え,当該摘示事実の真実であることを証明でき
ているといえるため,その余の争点を判断するまでもなく,原告らの請求は理由が
ないものと認められる。
   よって,主文のとおり判決する。
甲府地方裁判所民事部
裁判長裁判官   新堀亮一
裁判官   倉地康弘
裁判官   青木美佳

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛