弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人Aを禁錮五月に処する。
     被告人Bを禁錮五月に処する。
     被告人Cを禁錮三月に処する。
     被告人Dを禁錮三月に処する。
     但し、この裁判確定の日から二年間いづれも右刑の執行を猶予する。
     原審の訴訟費用のうち、証人E、同Fに支給した分は被告人Bの負担と
し、証人G、同H、同Iに支給した分は被告人Dの負担とし、証人J、同Kに支給
した分は被告人C及び被告人Dの連帯負担とする。
         理    由
 被告人等の弁護人大塚守穂及び同大塚重親の控訴趣意、及びこれに対する検察官
の答弁の要旨は、いづれも別紙の通りであつて、これに対する当裁判所の判断は次
の通りである。
 第一点について。
 原裁判所は左の書面について検察官の請求により証拠調を施行し且つそのうち
(1)の書面はこれを判決に証拠として掲げている。
 (1) Lの検察官の面前における第二回供述調書謄本。
 (2) Kに対する裁判官の証人尋問調書。
 (3) 同人の検祭官の面前における第一回供述調書謄本。
 (4) Hの検察官の面前における第一回供述調書謄本。
 而してL、K及びHは、何れも検察官の請求により原審の第二回公判期日におい
て証人として尋問せられたが、本件公訴事実の存否に関し重要な事項につきその証
言を拒絶したので、検祭官は前記各書面の証拠調を請求したものである。これに対
し原審弁護人から異議の申立があつたが、原裁判所はこれを却下し、右各書面け何
れもこれを証拠とすることができるものと認めて証拠調を施行したのであるが、当
裁判所は原裁判所の右見解は結局正当であつて、憲法違反又は憲法を不当に解釈し
て適用した違法はなく、従つて原判決は被告人の自白のみを以て有罪の事実を認定
した違法はないと判断する。
 しかし原裁判所は右弁護人の異議を却下する理由として前記(2)の書面は刑事
訴訟法第三百二十一条第一項第一号に当り、その他の書面は第三百二十三条第三号
に当るものであると説明しているので、先ずこの点について検討を加える必要があ
る。
 そもそも右書面のうち(2)を除くその他のものは、何れも検察事務官作成の謄
本であり、且つその内容から判断して見るとこれは特に本件被告人の本件被告事件
の証拠とするために作成せられたものではなく、別事件のために作成せられたもの
であることは明らかである。原裁判所はこの事実よりして、右書面は刑事訴訟法第
三百二十三条第三号に当るものであると判断したものであろうが、それは誤りとい
わなければならない。何となれば第三百二十三条は第三百二十一条乃至第三百二十
八条の他の規定とともに第三百二十条の例外を規定したものであつて、即ち原則と
して第三百二十条を以て禁止せられた伝聞証拠のうち特別の条件を具えたものに対
し証拠能力を与えた規定である。
 而して右例外規定のうち第三百二十一条乃至第三百二十四条はその伝聞証拠の内
容が正確であり且つ信用し得べきものであることが情況的に保障されているもので
あつて、しかもそれを証拠とする必要のあるものに限り、それが伝聞証拠であり且
つ供述者に対する被告人の審問権を行使させることができなかつたものであること
を裁判官が考慮に容れることによりこれを証拠とすることができることとした規定
であつで、その条件の軽重に従つて区別がなされているものであるから、当該被告
事件の当該被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面であ
るならば、即ち第三百二十一条の適用を受けるものであつて、それが当該被告事件
の証拠とするために作成せられたものであるか又は他の事件のために作成せられた
ものであるかには関係はないものと解釈しなければならない。
 右に述べた見解からすれば、本件の右書面はいずれも被告人等以外の者の供述を
録取した書面であるから、第三百二十一条所定の条件を具えた場合にのみこれを証
拠とすることができるものといわなければならない。ところで原裁判所はこれを第
三百二十三条第三号に該当すると判断して証拠能力ありとしたのではあるけれど
も、次に説明するように右各書面は第三百二十一条第一項第一、二号に該当し、こ
れを証拠とすることができるものであるから、原裁判所がこれを証拠能力ありとし
たのは結局正当であることに帰着する。ところが本点控訴趣意の(八)項乃至
(十)項には原裁判所がこの訴訟手続の中途において本件書面が証拠能力ありとす
る理由について表示した前記判断の誤りを攻撃するのである。しかしながら元々証
拠調に関する異議の申立についての決定は抗告を許さないものであるから、特に理
由を附する必要けないのである。従つてたといその理由において誤りがあつても結
論において正当であるならば、それけ判決破棄の理由となる訴訟手続の違反には当
らないのである。所論引用の高等裁判所の両判例は、いずれも特定の書面を、証拠
物として証拠調をなすべきか、又け証拠書類として証拠調をなすべきかに関する判
例であつて、本件には適切でない。
 ところで今本件の各書面について調査するに、(2)の書面が裁判官の面前にお
ける被告人等以外の者の供述を録取した書面で供述者の署名押印のあるものである
ことは記録編綴の右書面(一七四丁以下)を見れば明瞭であり、その供述者Kが公
判期日においてその実質的な尋問事項につき証言を拒絶したことは前に述べた通り
であつて、しかもその書面を検討するに供述の内容は任意になされたものと認め得
るものであるから、この書面は第三百二十一条第一項第一号に当り証拠能力のある
ものと認められる。又(1)(3)及び(4)の書面は、検察官の面前における被
告人以外の者の供述を録取した書面で、供述者の署名のあるものであることも亦記
録編綴の右各書面(一七二丁以下、一八一丁以下及び一八四丁以下)を見れば明瞭
であり、その供述者L、K及びHがいづれも公判期日においてその実質的な尋問事
項につき証言を拒絶したことは前に述べた通りであつて、その検察官の面前におけ
る供述がいずれも任意になされたものであることは、その書面に供述者の著名のあ
ること及び供述の内容が具体性をもつていることによりこれを認めることができる
のであるから、これ等の書面は第三百二十一条第一項第二号に当り、証拠能力のあ
るものと認められる。而して本件のように供述者が公判期日において証言を拒絶し
た場合にも第三百二十一条第一項第一、二号の適用があると解する理由について、
次に控訴趣意の項を追つて説明しよう。
 (一) これ等の書面が証拠となし得るために、それぞれ一定の条件を必要とす
ることは各法条の示すところである。そもそも刑事訴訟法は憲法第三十七条第二項
に基き、伝聞証拠の性質を有する供述と書面とを原則として証拠とすることを禁止
したのであるが、当該伝聞供述の内容をなす本の供述者から重ねて公判廷で証言を
得ようとしても、それが不可能な場合で、しかも犯罪事実の存否の証明のために必
要であるという場合には、特にその供述が不正確又は不信用の危険のないものであ
ることが保障される条件の揃つた場合に限つてこれを証拠とすることができること
とし、その条件を規定したのが第三百二十一条以下の条文であることは既に説明し
た。従つて第三百二十一条第一項第一号及び第二号にはいずれも、「その供述者が
死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため、」と規定する
のは、それは公判準備又は公判期日において供述することができない事由として例
示的に掲げたものと解すべきであつて、本件のように証人が証言を拒絶したため
に、その証人からは重ねて公判廷で証言を得ることが不可能な場合にも本条によつ
て他の条件を充足し、信用し得べきものであることが保障される限り、その証人の
供述を録取した書面を証拠とすることがてきるものとしなければならない。本条は
第三百二十条の例外規定であるから厳格に解釈すべしとする所論には賛成であるけ
れども、それは被告人の権利と利益の保護に忠実でなければならないという意味で
あつて、法律の精神を探求すれば、以上の如く解することによつて、何等被告人に
不利益をもたらすものではないのであつて、若し反対に解釈することによつて被告
人が利益を得るとすれば、それけ社会のために正当に処罰されなければならない者
がその罪を免れることの利益であつて、それは不当なことであり、憲法がかかる不
当な利益を被告人に与えんとする趣旨でないことはいうまでもない。
 又証言の拒絶は証人に与えられた権利であることは勿論であるけれども、それ故
にこそ証人が証言拒絶権を行使したときは立証者側にとつては証人の死亡と同じ
く、その証人より直接の証言を得ることの不可能なるに立至つた不可抗力的原因と
なるものであつて、これが証言不能や証人の死亡と同一視しなければならない論拠
を覆す理由とはならない。
 (二) 以上のように解するとすれば、被告人にとつては憲法第三十七条第二項
によつて認められた証人に対する審問権を奪われる結果になるのであるが、刑事訴
訟法第三百二十一条第一項第一、二号に文言上明らかな場合でも、既に被告人の審
問権け奪われているのであつて、それは被告人の審問権を奪つて尚且つその書面に
証拠能力を与える必要があるからであり、又それが故に法律は厳重にその供述の信
用性の保障を要求し第二号但し書の制約を設け又は第三百二十五条の規定を置いた
のである。被告人の責に帰すべからざる事由によつて被告人の証人に対する審問権
を奪われる結果となることは、証人の証言拒絶の場合も、証人の死亡の場合も同様
であつて被告人のためには気の毒であるが、前記のような必要性の上から已むを得
ない制度といわなければならない。
 (三) 証人が公判廷において証言を拒絶したときは第三百二十一条第一項第一
号に所謂「前の供述と異つた供述をしたとき」、又は同第二号に所謂「前の供述と
相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき、」に当らないことは、控訴趣
意の主張通リであるが、この点は当裁判所の本件事案の判断に影響がないから説明
を省略する。
 (四) 憲法第三十七条第二項には被告人に、すべての証人に対して審問する機
会を充分に与えらるべきことを規定しているのであるが、これは伝聞証拠が不当に
被告人の不利益に利用せられた過去の歴史に鑑みて、反対尋問を経ず、従つて証拠
価値の少いにも拘らず信用せられる危険性のある伝聞証拠を排斥することによつ
て、被告人に不当な不利益を与えることをなくしようとする精神であつて、これに
よつて被告人に不当な利益を与えることを許したものではない。伝聞の証拠は、た
といその供述が正確であり且つ信用すべきものである事情が充分に保障されている
場合でも、絶対にこれを証拠とすることができないとするのは、被告人の利益を強
調するの余り、正当に処罰せられなければならない者を逸することに上る社会全般
の不利益を顧みない議論であり、被告人の権利の濫用であつて、憲法自体このよう
な事態を肯定するものではない。従つて被告人がもともと審問権を有するにかかお
うずこれを行使することができなかつたことを充分に考慮した条件を附けてこれに
証拠能力を認めることとした刑事訴訟法第三百二十一条は、憲法違反を以て目すべ
きものではない。
 而して証人が証言拒絶をした場合にも第三百二十一条第一項第一二号の適用を受
けると解すべきことは前の説明の通りであつて、同条をこのように解することも亦
憲法違反ではない。
 (五) 証人が証言を拒絶した場合に証人の態度を以て直ちに尋問事項を否認し
たものと解すべからざることは、控訴趣意の説く通りであるが、これけ当裁判所の
本件事案の判断に影響のないところであるからその説明は省略する。
 (六) 証言拒絶の場合は、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一号及び第二号
に所謂「供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるた
め公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」の一つの場合
に当ると解することは既に前に説明の通りである。
 (七) 所論のように基本的人権の制限規定の解釈は極めて厳格にすべきもので
あつて、みだりに拡張類推的解釈を採るべきでないことは勿論である。しかし憲法
の精神はその文言に膠着して解釈し得るものでないこと前の説明の通りであつて、
証言拒絶の場合をも第三百二十一条第一項第一、二号に該当すると解釈することは
決してみだりな拡張類推的解釈ではない。
 以上の通りであるから、本点の控訴趣意は理由がない。
 第五点について。
 <要旨第一>原判決は被告人Aの犯罪事実認定の証拠として、相被告人Bの検察官
の面前における昭和二十四年三月二十五日の第一回供述調書(記録第二
八一丁)を掲げている。この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項
第二号所定の条件を具えなければ証拠とすることができないものであることは控訴
趣意に主張する通りである。而してB被告人は原審公判廷において公訴事実の重要
なる点について默秘権を行使して裁判官の質問に答えていないので、この場合には
前に控訴趣意第一点に対する判断のとき説明したと同じ理由に基き、証人が公判期
日において証言を拒絶した場合と同様に、第三百二十一条第一項に所謂「その供述
者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判期日に
おいて供述することでがきないとき」の一つの場合として取扱うべきものである。
 而して裁判所が第三百二十一条第一項各号の書面の証拠調をするには、それが各
号の条件を具備して証拠能力のあることを調査し且つ供述の任意性の調査をした上
でこれを施行すべきであるけれども、その調査の方法としては、別段の手続がある
わけではなく、任意の方法によればよいと解すべきであつて、その調査の行われた
ことが特に訴訟手続上に現われる必要はないものである。従つて訴訟手続上如何な
る調査が行われたかが現われていなくても、それがためにその書面の証拠能力を否
定する理由とはならない、しかのみならず今本件に見るに原裁判所は本件書面につ
き、特に刑事訴訟法第三百二十一条の第三者の供述録取書として証拠能力ありや否
やを調査するとは宣言していないが、その署名押印が供述者の任意に基いてなされ
たか否か等について調査しているのである。従つて原裁判所が本件B被告人の供述
調書をA被告人の犯罪事実認定の証拠とするについて、それが第三百二十一条の書
面としての証拠能力ありゃ否やの点につき調査をしていないからこの書面には証拠
能力がないという控訴趣意の論旨は採用できないところである。
 第六点について。
 原判決は被告人Bの犯罪事実認定の証拠として、相被告人Aの検察官の面前にお
ける昭和二十四年三月十一日の第一回供述調書(記録第二五八丁)を掲げている。
この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具え
なければ証拠とすることができないものであることは控訴趣意に主張する通りであ
る。而してA被告人は原審公判廷において公訴事実の重要なる点について黙秘権を
行使して裁判官の質問に答えていないので、この場合には前に説明した通り第三百
二十一条第一項に所謂「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若
しくは国外にいるため公判期日において供述することができないとき」の一つの場
合として取扱うべきものであること、第五点の場合と同じである。
 而してこのA被告人の供述調書については、こ心が以上のような書面として証拠
能力を具えているか否かの調査を欠いているからこれをB被告人の犯罪事実認定の
証拠とすることができないという論旨については、前の第五点に対する判断の際説
明したところと同じ理由に基き、これを採用することができない。
 従つて、原判決はB被告人に関する犯罪事実を認定するに同被告人の自白調書の
みによつたことになり憲法違反の違法があるという論旨も理由がない。
 第七点について。
 原判決は被告人Cの犯罪事実認定の証拠として、相被告人Dの検察官の面前にお
ける昭和二十四年三月十五日の第二回供述調書(記録第三〇三丁)を掲げている。
この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具え
なければ証拠とすることができないものであることは控訴趣意に主張する通りであ
る。而してD被告人は原審公判廷において公訴事実の重要なる点についてこれを否
認してをり、しかも本件調書によれば同人は検察官の面前では犯罪事実を自白して
いるのであるから、同人の検察官の面前における供述が任意になされ、且つその供
述の方が公判期日における供述よりも信用すべき特別の情況の存するときに限つて
これを証拠とすることができることは第三百二十一条第一項第二号第三百二十五条
により明らかである。
 而してこのD被告人の供述調書については、これが以上のような書面として証拠
能力を具えているか否かの調査を欠いているからこれをC被告人の犯罪事実認定の
証拠とすることができないという論旨については、前の第五点に対する判断の際説
明したところと同じ理由に基き、これを採用することができない。
 従つて原判決はC被告人に関する犯罪事実を認定するに同被告人の自白調書のみ
によつたことになり、憲法違反の違法があるという論旨も理由がない。
 第八点について。
 原判決は被告人Dの犯罪事実認定の証拠として、相被告人Cの検察官の面前にお
ける昭和二十四年三月十六日の第一回供述調書(記録第三一一丁)を掲げている。
この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具え
なければ証拠とすることができないものであり、しかもC被告人は原審公判廷にお
いて公訴事実の重要な点について否認し、右調書によれば先に検察官の面前におい
て自白しているという情況については、第七点の判断の際述べたD被告人の場合と
同じである。
 而してこのC被告人の供述調書については、これが以上のような書面として証拠
能力を具えているか否かの調査を欠いているから、これをD被告人の犯罪事実認定
の証拠とすることができないという論旨については、前の第五点に対する判断の際
説明したところと同じ理由に基き、これを採用することができない。
 従つて原判人はD被告人に関する犯罪事実を認定するに同被告人の自白調書のみ
によつたことになり、憲法違反の違法があるという論旨も理由がない。
 第二点及び第三点について。
 <要旨第二>刑事訴訟法第三百七十八条第三号に所謂「審判の請求を受けた事件」
というのは、本件についていえば公訴の提起のあつた事件を指すのであ
つて、公訴事実として表示せられた訴因の一部について判断を脱漏したに止り、当
該公訴事実と同一の事実と見られるものについて判決されている限り、それは審判
の請求を受けた事件について判決をしなかつた場合には当らない。今本件において
審判の対象となつている事件は何かというに(一)被告人AがLから昭和二十四年
一月中旬頃金五万円の交付を受けたという筋の事実、及び(二)更に同被告人が被
告人Bに対し、昭和二十四年一月中旬頃金五万円を供与し(三)Bがその供与を受
けたという筋の事実、及び(四)被告人Cが被告人Dに対し、昭和二十三年十二月
下旬頃金銭供与の約束をなし、(五)Dがその申込を承諾をしたという筋の五箇の
事実である。これに対し原判決はそのうち(二)乃至(五)に当る四箇の事実につ
いては判決を下しているのであるが右公訴事実の(一)の点、即ち詳細にいへば、
被告人Aに対する起訴状に記載せられている公訴事実のうち衆議院議員選挙法第百
十二条第一項第五号に当る罪として掲げられた、「被告人は昭和二十四年一月二十
三日施行の衆議院議員選挙に際しM区から立候補したNの選挙運動者であるが昭和
二十四年一月十五日頃網走市ab丁目の選挙事務所でLから同候補者の選挙運動者
である斜里郡c村Bに運動報酬として供与せられたいと依頼せられ其の趣旨を諒し
て金五万円の交付を受けた。」という事実については、別段の判決をしていないの
である。しかし原判決は公訴事実の(二)に該当する事実として、「被告人がLと
共謀して昭和二十四年一月中旬頃B方において同人に対しN候補者の当選を得さし
める目的で金五万円を供与した。」と認定したのであつて、然る上は被告人AがL
から金銭の交付を受けた(一)該当の行為は別に選挙法第百十二条第一項第五号の
罪を構成しないと解せられろので、これに対しては別段の判決をする必要はないも
のである。従つて原判決は、たとえその訴因の一部について判断をしない点があつ
ても、公訴事実の全部にわたつて判決を下しているのであつて、審判の請求を受け
た事件について判決を遺脱したとはいい得ないので、本点控訴趣意のこ点を攻撃す
る部分は賛成できないところである。
 しかしながら原判決には本点控訴趣意に別に指摘するように、その判決理由にく
いちがいの違法がある。即ち本件においては控訴趣意に指摘するように原判決は公
訴事実として表示せられた訴因の一部について判断をしていない。詳しくいえば、
本件各起訴状によれば、その眼目とする訴因は、(一)被告人AはLからN候補者
の選挙運動者であるBに運動報酬として供与せられたい旨依頼せられその趣旨を諒
してLから金五万円の交付を受け、(二)これを同候補者の当選を得しめる目的で
Bに供与し、(三)被告人BはN候補者の選挙運動者であるが、同候補者の当選を
得しめる目的でAから運動報酬として金五万円の供与を受け、(四)被告人CはN
候補の当選を得しめる目的で同候補者の選挙運動者であるDに対しその運動報酬と
して金二万円を供与すべき約束をなし、(五)被告人DはN候補者の選挙運動者で
あるが、Cからなされた前記供与の申込を承諾した、という趣旨である。
 選挙運動をなす者は選挙運動の費用の支弁を受けることができ、ただこれを支出
するについて支出側において政治資金規正法の制約を受けることになつている丈で
あるから、若し供与し又は供与を受けた金銭が選挙運動の費用であるならば、それ
は候補者に当選を得しめる目的で供与せられるものであるけれども衆議院議員選挙
法の罰則第百十二条には触れないこととなる。従つて本件公訴事実においては供与
金銭が訴因記載のように、運動報酬であるか否かは、衆議院議員選挙法第百十二条
違反の犯罪を構成するか否かを決する重要な要件となるのである。しかるに原判決
は供与を受けた者が選挙運動者であることを認定しながら、右の点について何等判
断をしないで、単に(一)被告人AはLと共謀してBに対し、N候補者の当選を得
さしめる目的で金五万円を供与し、(二)被告人BはAがN候補者の当選を得さし
める目的で供与するものであることを知りながら金五万円の供与を受け、(三)被
告人CはDに対しN候補者の選挙運動を依頼し同候補者の当選を得さしめる目的で
金銭を供与する約束をなし、(四)被告人DはCからN候補者の選挙運動を依頼さ
れ、Cが同候補者の当選を得さしめる目的で供与するものであることを知りなが
ら、同人の金銭供与の申込を承諾した、と判示したのは、犯罪の成否に関する要件
について判断していないのであつて、この判示では衆議院議員選挙法第百十二条第
一項第一号又は第四号を適用して有罪の言渡をすることができないのに拘わらず、
原判決が右判示事実に右法条を適用したのは判決の理由にくいちがいがあるものと
いわざるを得ない。よつて原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七
条により破棄を免れない。
 第四点について。
 しかしながら供与をなし又は供与を受けた金銭が選挙運動の実費に当るか、運動
報酬に当るかは、若しそれが区別されている場合にはこれを区別して証拠により認
定すべきこと、もとより論のないところであるけれども、右の区別をしないで一括
して費用及び報酬として供与し又は供与を受けたものであるときは、その金銭の全
額につき違法性を帯有することになるのであるから、全額につき有罪の判決をなす
べきものと解するのであつて、この解釈は刑串訴訟法第三百十七条に違反するもの
でもなく、又憲法に違反するものでもない。
 第九点乃至第十二点について。
 既に第二点及び第三点についての判断の際説明した通りの理由によつて、原判決
は破棄せらるべきものであるから、量刑不当又は事実誤認を主張する本諸点につい
ては更に判断の必要がないから、これを省略する。
 以上の通りであつて、原判決は結局破棄すべきであるが、当裁判所は一件記録及
び原裁判所が取調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるの
で、刑事訴訟法第四百条但書に従い次の通り判決する。
 被告人等はいずれも昭和二十四年一月二十三日施行せられた衆議院議員総選挙に
際しM区から立候補したNの選挙運動者であるが、
 第一、 被告人AはLと共謀の上同年一月中旬頃斜里郡c村の被告人B方におい
て、同人に対し、右候補者の当選を得さしめる目的で選挙運動の費用及び報酬とし
て一括して金五万円を供与し、被告人Bは右目的趣旨の下に供与せられるものであ
ることの情を知りながらこれが供与を受け、
 第二、 被告人Cは昭和二十三年十二月下旬頃網走市のO事務所において、被告
人Dに対し、右候補者の当選を得さしめる目的で選挙運動の費用及び報酬として金
銭を後日一括して供与する約束をなし、被告人Dは右目的趣旨の下に供与せられる
ものであることの情を知りながら、これが供与の申込を承諾し、
 たものである。
 右の事実中、
 判示冐頭の被告人A及び同Bの関係部分及び判示第一の事実は、
 一、 検察事務官作成の、検察官の面前におけるLの供述を録取した第一回供述
調書謄本(記録第一九五丁以下)。
 二、 同じく第二回供述調書謄本(記録第一七二丁以下)。
 三、 検察事務官作成の、検察官の面前における被告人Aの供述を録取した第一
回供述調書(記録第二五八丁以下)これについては同被告人が原審公判廷で、默秘
権を告げられ署名押印をし、最後に読み聞けは受けなかつたが内容は判つていたと
供述しているのでその供述は任意になされたものと認める。
 四、 検察事務官作成の、検察官の面前における被告人Bの供述を録取した弁解
録取書(記録第二七六丁)。これについては同被告人が原審公判廷で、署名押印を
し、最後に読み聞けを受けたと供述しているので、その供述は任意になされたもの
と認める。
 五、 同じ、第一回供述調書(記録第二八一丁以下)。これについては最後に読
み聞けを受けていないことが窺われるのであるけれども、被告人は原審公判廷にお
いて、右書面に署名押印したと述べているし、なお前に掲げた同被告人の弁解録取
書ともその供述の内容が符合する点から見て、その供述は任意になされたものと認
める。
 六、 原審第七回公判調書中に被告人A及び同Bの各供述として、判示冐頭の被
告人等関係部分に符合する記載のあること。
 以上を総合してこれを認定し、
 判示冐頭の被告人C及び同Dの関係部分及び判示第二の事実は、
 一、 検察事務官作成の、検察官の面前における被告人Dの第二回供述調書(記
録第三〇三丁以下)これについては予め默秘権が告げられていないことが窺われる
のであるけれども、原審第七回公判調書中の証人Gの証言記載より、同被告人に対
しては検察官はその第一回の取調の際に既に默秘権の告知をしでいるのでこの第二
回のときは默秘権を告げなかつたという事情が判明するのであるし、又被告人は原
審公判廷において、調書の内容は判つており、署名押印をしたと供述しているの
で、この供述は任意になされたものと認める。
 二、 検察事務官作成の、検察官の面前における被告人Cの第一回供述調書(記
録第三一一丁以下)これについては被告人が原審公判廷で、黙秘権を告げられ最後
に読み聞けを受け、署名押印をしたと供述しているので、その供述は任意になされ
たものと認める。
 右を総合してこれを認定する。
 法律によると、被告人Aの判示行為は公職選挙法の施行及びこれに伴う関係法令
の整理等に関する法律(以下これを単に法律と略称する)第二十五条第一項、衆議
院議員選挙法(以下これを単に選挙法と略称する)第百十二条第一項第一号刑法第
六十条に、被告人Bの判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第四号第一号に、
被告人Cの判示行為は法律同条同項、選拳法同条同項第一号に、被告人Dの判示行
為は法律同条同項、選挙法同条同項第四号第一号に各該当するので所定刑のうちい
ずれも禁鋼刑を選択し、その刑期の範囲でて被告人等に対しそれぞれ主文掲記の刑
を量定処断し、なお犯情に鑑み各被告人等に対し刑の執行猶予をなすのを相当と認
め、刑法第二十五条を適用して、いずれもこの裁判確定の日から二年間右各刑の執
行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八
十二条に上り、主文の通り各被告人に負担させることとした。
 尚被告人Aに対する公訴の事実中被告人は昭和二十四年一月二十三日施行の衆議
院議員総選挙に際しM区から立候補したNの選挙運動者であるが、昭和二十四年一
月十五日頃網走市ab丁目の選挙事務所でLから同候補者の選挙運動者である斜里
郡c村Bに運動報酬として供与せられたいと依頼せられその趣旨を諒して金五万円
の交付を受けたという事実について調査するに、前記Lの検察官の面前における供
述を録取した第一、二回供述調書の各謄本と被告人Aの検察官の面前における供述
を録取した第一回供述調書とによるときは、被告人AとLとが共謀の上選挙運動者
に運動費及び選挙報酬として金五万円を供与しようと企て、Lがその金員を支出し
てAに交付しAがこれをBに供与したものであつて、この場合にけ既に判示の通
り、被告人AとLとについて選挙法第百十二条第一項第一号の供与罪の共犯が成立
するに止まり、LとAとの間の命員授受の行為は特に同条第一項第五号の罪を構成
しないものと解するが、それは判示第一の罪と包括一罪であるから、この点につい
ては特に主文において無罪の言い渡しをしない。
 よつて主文の通り判決する。
 (裁判官判事 竹村義徹 判事 西田賢次部 判事 河野力)

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