弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件抗告を棄却する。
     抗告費用は、抗告人の負担とする。
         理    由
 一、 抗告代理人主張の本件抗告の理由は、次のとおりである。
 原決定によれば、「原告は本訴の請求は商標権の侵害を原因とするものであつて
不法行為を直接の請求原因とするものではない。」旨判示し、また「不法行為に関
する訴とは、不法行為を請求原因とする訴をいい、商標権の侵害そのものを理由と
して商標権それ自体の権能に基いて侵害の差止ないしは排除を求める訴はこれを含
まれないものと解するのが相当であると考える。」旨判示して居るけれども、抗告
人は其の第一準備書面及び第二準備書面に於て主張した如く、本件は民事訴訟法第
十五条第一項の不法行為地の管轄に拠り東京地方裁判所に訴を提起したものであつ
て、これは抗告人の有する商標権が直接に被抗告人等の不法行為により侵害せられ
たことを請求原因とするものであることは右準備書面により自ら明らかなところで
ある。
 されば抗告人は昭和三十一年十二月十五日附「請求の趣旨追加の申立」を為し、
被抗告人等の商標権侵害により蒙つた損害即ち不法行為を請求原因とする損害賠償
の請求を為したのである。
 右により本件の管轄は当然に東京地方裁判所にあるべきにかかわらず、原審はこ
れを無視して本件を大阪地方裁判所に移送する旨の決定を為したことは抗告人の到
底承服し得ないところであるので本件即時抗告の申立に及んだ次第である。
 二、 なお抗告代理人は、当裁判所の釈明に答え、本件訴訟は、相手方等の不法
行為を原因とするものであると述べた。
 三、 相手方主張の民事訴訟法第三十一条による移送の申立について、抗告代理
人は、次のように述べた。
 元来不法行為地の裁判籍を定めた所以は、不法行為の行われた土地にその行為を
証すべき事実が集中するのが常態であるためであつて、民事訴訟法第十五条自体
が、訴訟の経済、便宜、衡平等を考慮して設けられた規定であることを念頭に置か
なければならない。周知のように歯磨その他の一般家庭日用品の需要は、大阪、京
都、神戸の三市を合するよりも東京の方が多い。ことに相手方等は東京に本拠を有
する抗告人会社に対して挑戦するため大阪よりもむしろ東京に主力を傾注してい
る。従つて本件商標権侵害の不法行為も東京付近において特に多数であつて、これ
ら行為の立証には、東京在住の者を証人として申請する外はない。
 損害額の証明も、これを立証するためには、東京に本店を有する抗告人の被つた
損害であるから、東京に在住及び勤務する関係者の尋問を必要とする。
 故に本件を大阪地方裁判所において審理するため移送するということは却つて事
件の進行を遅延し、抗告人側に損害を生ずることとなる。
 相手方等は東京都に支店を有し、この支店を通じて東京都下において抗告人の商
標権を侵害しているというのが抗告人の主張であつて、本件抗告はこの抗告人の主
張自体を基準として判定されなければならない。
 なお民事訴訟法第三十一条の申立は管轄裁判所である、本件については東京地方
裁判所に対してなさるべきであつて、管轄裁判所でない東京高等裁判所において初
めてなされた本件の申立は、民事訴訟の審級制度を濫るものであつて、この点から
も許されない。
 相手方代理人は次のように述べた。
 一、 抗告人は本訴の請求原因は、相手方の不法行為を原因とするものであると
釈明したが、民法第七百九条、第七百二十二条によれば、一般に不法行為による被
害者の権利の行使は金銭による損害賠償請求を原則とし、民法第七百二十三条の名
誉毀損の場合その他鉱業法第百十一条等には金銭賠償によらない場合を規定してい
るが、右はいずれも限定的であつて、民事訴訟法第十五条の不法行為に関する訴に
は属しない。
 商標法には何等直接差止請求をなし得る旨の規定が存在せず、只解釈としてその
権利保護の内容として類似商標使用の禁止の権利を商標権という無体財産権の効果
として認めているに過ぎない。
 仮りに民法上不法行為についても差止請求が許されると仮定しても管轄の恒定は
起訴時を以て決定せられるべきであり、かつ何が訴訟物であるかは訴状自体の内容
によつて客観的に判断し決定せられるべきものであるところ、訴状自体その他附属
書類においても、相手方等の行為が不法行為に該当するとの主張は全然存在しな
い。
 二、 本件訴訟は、商標の類否の対照又は商標法第八条の解釈適用の外に、相手
方が本件商標を設定し、これを使用するに至つた事情、抗告人が大阪市に本店を有
する訴外桃谷順天館から登録商標としての本件商標を譲り受けた事情及び該商標の
不使用による失効等の問題があるばかりでなく、特に損害の有無が問題となる場合
は、本件歯磨商品の製造、販売或は宣伝企画の状況などが証拠問題の主要な課題と
なる。そして相手方等及び右順天館は前述のように大阪市に本店を有し、同所にお
いて主要業務を遂行しているばかりてなく、相手方等の企業主力は関西を中心とす
るものであつて、殆んどの証人は大阪市或いはその周辺に居住し、しかも相手方等
は両社となつているから、両社の幹部並びに両代理人は常に東京地方裁判所へ出頭
し、或いは時に裁判官が大阪市まで出かけることの余儀ない場合も生ずる。これに
反し、抗告人は本件商標の登録を得ているがら、その立証関係は極めて簡単であ
る。損害の立証も、本件商品の販路が全国的とはいいながら、特に大阪を中心とす
る関西を主要顧客としているから、その資料は当然大阪市を中心に収集することが
できる。
 従つて仮りに本件訴訟が東京都に何等かの特別管轄がありとせられる場合でも、
訴訟関係人の著しき損害を避けるため、民事訴訟法第三十一条によつて、本件訴訟
を大阪地方裁判所へ移送されるべきである。
 以上抗告人及び相手方等の主張について、当裁判所は、次のように判断する。
 一、 先ず民事訴訟法第十五条の管轄の有無について判断するに、本件訴状の記
載によれば、抗告人は本訴において、相手方等に対し、その一定の行為が、抗告人
の有する商標権の内容に牴触するものとして、これが禁止を求めるものであるが、
その禁止が果して、対世的の権利である商標権の内容の円満なる実現を期するた
め、いわゆる物権的請求権の行使としてなされるものであるか、或は相手方が故意
過失によつて右商標権を侵害したとして、不法行為上の責任を追及するものである
かは、必ずしも明白でない。しかしながら訴状請求原因第三項に、「然るに被告等
(本件相手方等)は、原告会社(本件抗告人)の前記企画を察知し、逸速く、ソフ
ト(サンスター)の近日発売予告を左記新聞に広告しました。」及び「原告は同年
二月八日ソフトなる商標を広告に使用することを中止せらるるべく、被告等に要請
したところ、同月九日付を以て、被告等は、ソフトサンスターなる商標の歯磨を新
聞に広告したことはあるが、単なるソフトで広告したことはないと抗弁して来まし
た。」と、また同第四項に「被告が斯くの如き包装の歯磨サンスターを製造販売す
ることは、明白に商標法第七条第二項に規定されている原告の専用権を侵害するも
のであり、同法第三十四条第一項に該当するものであります。」とそれぞれ記載し
ていることに徴すれば、抗告人は、本訴請求原因として、相手方等の故意過失をも
主張しているものと認められ、これによつてみれば、本件訴は、抗告人が当裁判所
において釈明しているように、不法行為を原因としているものと解することができ
る。
 尤も不法行為に対する救済として、原告が本訴において主張するような、侵害行
為禁止の請求をなすことができるかどうかについては、争いのあるところであろう
が、抗告代理人は、商標権その他工業所有権については、不法行為に対する救済と
して、損害の金銭による賠償ばかりでなく、侵害行為の禁止をも請求し得るものと
なすものであることは、同人の主張するところであるから、そのことは、本案の成
否には影響を及ぼすことではあろうが、本訴請求の性質についての前認定を左右す
るに足りるものではない。
 また本件訴状に、「訴訟物の価額算定不能に付五万円とする」旨の記載もまた、
必ずしも前記認定を妨げるものではない。
 次で抗告人が訴状において、相手方等のいわゆる侵害行為と指称する新聞の広告
が、原裁判所の管轄する東京都区内においてもなされたことは、訴状に添付された
甲第三号証の七、八、十三、十四によつてこれを認めることができるから、本訴
は、民事訴訟法第十五条により、東京地方裁判所へこれを提起することができるも
のといわなければならない。
 二、 次いで相手方等の申立にかかる民事訴訟法第三十一条の移送の申立につい
て判断するに、先ず抗告人は当裁判所は、相手方が当裁判所においてはじめて申し
立てた右申立については、これを審理判断する権限がない<要旨>と主張する。しか
しながら当裁判所は、本訴が提起された東京地方裁判所の抗告裁判所として、その
管轄の判断については、同裁判所と同一の権限を有するものと解するを相当
とし、従つて抗告人は、本訴について原審において問題となつた民事訴訟法第十五
条の管轄と併せ、またはこれに代えて、他の根拠により、東京地方裁判所が管轄を
有することを主張することができるのであろうし、相手方もまた、原審において主
張した事由が理由なしとして、事件が原裁判所に戻されて後、改めて同法第三十一
条の申立をなすことを要せず、当裁判所にこれが申立をなし、当裁判所はこれを判
断することができるものと解せられる。
 よつて本件について果して民事訴訟法第三十一条の要件が備わるものであるかど
うかを判断するに、本件記録によれば、次の事実が認められる。
 (一) 本件登録商標は、当初大阪市a区b町c丁目d番地訴外Aが昭和二十三
年一月十五日第五類歯磨及び他類に属しない洗料を指定商品として出願し、昭和二
十四年十月八日登録となつたところ、その後、昭和二十九年五月二十五日同人はこ
れを大阪市e区f町g丁目h番地訴外株式会社桃谷順天館に譲渡し、次いで抗告人
が昭和三十年十月十日右訴外会社からこれを譲り受け(昭和三十一年二月一日登
録)たものであること(甲第一、二号証)。
 (二) 抗告人が相手方において抗告人の右商標権を侵害したとする相手方等の
新聞広告は、昭和三十一年一月二十七日以後、毎日新聞(発行所―以下同じ―大阪
市)、朝日新聞(東京都、大阪市及び名古屋市)、中部日本新聞(名古屋市)、読
売新聞(東京都)、大阪日日新聞(大阪市)、西日本新聞(福岡市)、日本経済新
聞(東京都)、産業経済新聞(大阪市)、産経時事(東京都)、神戸新聞(神戸
市)、北海道新聞(札幌市)に掲載されたこと(甲第三号から第十九号証まで)。
 (三) 相手方等の本店はいずれも大阪市a区に存在すること。
 右認定の事実と抗告人の本訴請求の原因とを総合して考察すれば、
 (一) 先ず本訴にがいて不法行為とせられる新聞広告が、東京都区内において
なされたことは、前段において認定したとおりであるが、同種の行為はひとり東京
都区内に限らず、大阪市はもとより、前記各新聞が配達せられる恐らくは日本全国
において行われたものと解され、その限りにおいては東京都区内は、たまたま多数
同種の行為が行われたうちの一地域というにすぎず、またこの事実自体について
は、前記甲号各証の存在を外にして、さして証拠調を必要とするとも解されない。
また抗告人において不法行為の一として主張する、相手方等の本件で問題となつて
いる包装の歯磨の発売の地が、東京都区内に限らず、大阪市及び名古屋市に存する
ことも、抗告人みずから主張するところであり、この点についての証拠もまた前記
と同様に解される。
 (二) しかるに侵害の客体たる登録商標自体については、先に認定した両度の
譲渡において、譲渡人等がそれぞれいかなる営業と共に(商標法第十二条)これを
譲渡したか、相手方等が主張する譲渡人等における右商標権の不使用による失効の
いかん等については、いずれも譲渡人等が住所、営業所を有する大阪市を中心とし
て存在する証拠方法によつて審理をする事項が極めて多いであろうし、 (三) 
更に抗告人が本訴の請求原因とする相手方等の故意過失等の心裡事実についての立
証及び反証の大分は、相手方等が本店を有する大阪市を中心とする証拠方法によら
なければならないことは明らかである。
 (四) 一方不法行為が成立する場合、損害の額の認定については、抗告人が本
店を有する東京都区内を中心とする証拠方法によらなければならないであろうが、
それはむしろ本訴においては管轄の原因となつていない抗告人の営業所が東京都区
内に存するためであつて、管轄の原因とした不法行為地とは必ずしも、直接の関係
に立つものではない。
 以上のようにみて来ると、本件訴訟は被告である相手方等の主たる営業所の所在
地であると同時に、損害額の証明を外にしては、抗告人の主張する意味における不
法行為の各要素は全部同様に存在し、しかもなお客体たる商標権の効力及び相手方
等の故意過失の判断に欠くことができない証拠が最も多く存在するものと解せられ
る大阪市を管轄する大阪地方裁判所をして審理せしめるのが、遅滞を避けるために
極めて必要と解せられるから、相手方等の民事訴訟法第三十一条による移送の申立
はその理由があるものといわなければならない。
 してみれば、本訴を大阪地方裁判所へ移送する旨の原決定は、結局相当に帰し、
本件抗告は理由がないのでこれを棄却し、抗告費用の負担について民事訴訟法第八
十九条を適用して主文のとおり決定した。
 (裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 高井常太郎)

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