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裁判例


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         主    文
原決定のうち主文第1,2項を破棄する。
前項の部分につき,本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 抗告代理人都築政則ほかの抗告理由について
 1 記録によれば,本件の経緯の概要は,次のとおりである。
 (1) 本件の本案事件は,パキスタン・イスラム共和国(以下「パキスタン」と
いう。)籍の外国人である相手方が,難民であることなどを主張して,抗告人法務
大臣による出入国管理及び難民認定法49条1項の異議の申出が理由がない旨の裁
決及び東京入国管理局主任審査官による退去強制令書の発付処分の各取消しを請求
している事件である。
 (2) 本案事件において,相手方は,パキスタン国内における政治的活動を理由
として警察に手配されることとなったと主張し,これを裏付ける証拠として,パキ
スタン官憲の作成名義に係る初期犯罪レポートの写し及び逮捕状の写し(以下,こ
れらの文書を「本件逮捕状等の写し」という。)を提出した。
 これに対し,抗告人法務大臣及び東京入国管理局主任審査官は,外務省総合外交
政策局国際社会協力部長が法務省入国管理局長にあてて作成した「パキスタン人に
係る初期犯罪レポート及び逮捕状の調査(回答)」及び「パキスタン人に係る初期
犯罪レポート及び逮捕状の調査(回答補足)」と題する各文書(以下「本件各調査
文書」という。)を証拠として提出した。本件各調査文書には,本件逮捕状等の写
しの真偽(本件逮捕状等の写しの原本の存在及び成立の真正)についてパキスタン
政府に照会したところ偽造である旨の回答を得たこと等が記載されている。
 (3) 本件は,相手方が,本案事件の控訴審において,本件逮捕状等の写しの原
本の存在及び成立の真正等を証明するためであるとして,抗告人らに対し,原決定
別紙文書目録1及び2記載の各文書(以下「本件申立て文書」という。)につき,
文書提出命令の申立てをした事件である。
 抗告人らは,民訴法223条3項に基づく当該監督官庁の意見聴取手続において
,本件申立て文書の提出により他国との信頼関係が損なわれることを理由として,
本件申立て文書が同法220条4号ロ所定の「公務員の職務上の秘密に関する文書
でその提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ
があるもの」に当たる旨の意見を述べ,本件申立て文書の所持者としても,同様の
理由等によりこれを提出すべき義務を負わないと主張した。
 2 原審は,次のとおり判断して,抗告人法務大臣に対し,法務省が外務省を通
じてパキスタン公機関に対して本件逮捕状等の写しの原本の存在及び成立の真正に
関し照会を行った際に外務省に交付した依頼文書の控え(以下「本件依頼文書」と
いう。)の提出を命じ,また,抗告人外務大臣に対し,上記照会に関して外務省が
作成してパキスタン公機関に交付した照会文書の控え(以下「本件照会文書」とい
う。)及び外務省がパキスタン公機関から交付を受けた上記照会に対する回答文書
(以下「本件回答文書」という。)の提出を命じた(以下,本件依頼文書,本件照
会文書及び本件回答文書を併せて「本件各文書」という。)。
 (1) 本件各文書には,本件逮捕状等の写しの真偽に関する調査を通じて得られ
た情報が記載されているものと推認されるところ,その情報の中核を成す部分が本
件各調査文書によって既にほぼ公にされたものということができる。したがって,
その内容は,他に特段の事情が存在しない限り,非公知の事項ではなくなっており
,実質的にも秘密として保護するに値しないものとなっていると判断するのが相当
であるところ,上記特段の事情を基礎付ける事実についての具体的な指摘もないし
,これを認めるに足りる証拠もない。
 (2) また,本件各文書については,その中核的な内容が本件各調査文書に記載
されているものにとどまると考えられることなどから,他に特段の事情が存在しな
い限り,その内容が開示されることによって,直ちに我が国とパキスタンとの信頼
を害して外交上重大な支障を来すおそれや,出入国管理に係る事務の適正な遂行に
支障を及ぼすおそれがあるということはできず,上記特段の事情を基礎付ける事実
についての具体的な指摘もないし,これを認めるに足りる証拠もない。
 (3) そうすると,本件各文書に係る上記1(3)の当該監督官庁の意見については
,相当な理由があると認めるに足りないといわざるを得ず,本件各文書は,民訴法
220条4号ロ所定の文書に当たらない。
 3 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次
のとおりである。
 (1) 抗告人らの主張によれば,本件依頼文書には,本件逮捕状等の写しの真偽
の照会を依頼する旨の記載のほか,調査方法,調査条件,調査対象国の内政上の諸
問題,調査の際に特に留意すべき事項,調査に係る背景事情等に関する重要な情報
が記載されており,その中にはパキスタン政府に知らせていない事項も含まれてい
るというのである。そうであるとすれば,本件依頼文書には,本件各調査文書によ
って公にされていない事項が記載されており,その内容によっては,本件依頼文書
の提出によりパキスタンとの間に外交上の問題が生ずることなどから他国との信頼
関係が損なわれ,今後の難民に関する調査活動等の遂行に著しい支障を生ずるおそ
れがあるものと認める余地がある。
 (2) また,抗告人らの主張によれば,本件照会文書及び本件回答文書は,外交
実務上「口上書」と称される外交文書の形式によるものであるところ,口上書は,
国家間又は国家と国際機関との間の書面による公式な連絡様式であり,信書の性質
を有するものであることから,外交実務上,通常はその原本自体が公開されること
を前提とせずに作成され,交付されるものであり,このことを踏まえて,口上書は
公開しないことが外交上の慣例とされているというのである。加えて,抗告人らの
主張によれば,本件照会文書及び本件回答文書には,発出者ないし受領者により秘
密の取扱いをすべきことを表記した上で,相手国に対する伝達事項等が記載されて
いるというのである。そうであるとすれば,本件照会文書及び本件回答文書には,
本件各調査文書によって公にされていない事項について,公開されないことを前提
としてされた記載があり,その内容によっては,本件照会文書及び本件回答文書の
提出により他国との信頼関係が損なわれ,我が国の情報収集活動等の遂行に著しい
支障を生ずるおそれがあるものと認める余地がある。
 (3) したがって,【要旨1,2】本件各文書については,抗告人らの主張する
記載の存否及び内容,本件照会文書及び本件回答文書については,加えて,これら
が口上書の形式によるものであるとすれば抗告人らの主張する慣例の有無等につい
て審理した上で,これらが提出された場合に我が国と他国との信頼関係に与える影
響等について検討しなければ,民訴法223条4項1号に掲げるおそれがあること
を理由として同法220条4号ロ所定の文書に該当する旨の当該監督官庁の意見に
相当の理由があると認めるに足りない場合に当たるか否かについて,判断すること
はできないというべきである。そうすると,この点について審理を尽くすことなく
前記のとおり説示して本件各文書の提出を命じた原審の判断には,裁判に影響を及
ぼすことが明らかな法令の違反があり,この趣旨をいう論旨には理由がある。
 4 以上によれば,原決定のうち,本件各文書の提出を命じた部分は破棄を免れ
ない。そして,上記の点について審理した上で,当該監督官庁の上記意見について
相当の理由があると認めるに足りない場合に当たるか否か等について判断させるた
め,上記部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官滝井繁
男,同今井功の各補足意見,裁判官福田博の意見がある。
 裁判官滝井繁男の補足意見は,次のとおりである。
 私は,原決定のうち,文書の提出を命じた部分を破棄すべきものとする多数意見
に賛成するものであるが,民事訴訟において公文書が証拠として果たす役割の重要
性にかんがみ,公務員の職務上の秘密に関する文書について民訴法220条4号を
理由とする文書提出命令の申立てがあったときに監督官庁が同法223条3項に基
づいて述べる意見について,若干の考えを述べておきたい。
 記録によれば,多数意見が原審の判断を是認することができない理由として,本
決定3(1)及び(2)に掲げる理由は,原審が民訴法223条3項の規定によって聴取
した際に述べられた監督官庁の意見の中において具体的かつ明確に主張されていた
ことはうかがわれないのである。
 民訴法は,公務員の職務上の秘密に関する文書について同法220条4号を理由
とする文書提出命令が申し立てられた場合には,その申立てに理由がないことが明
らかなときを除き,同号ロ所定の文書に該当するかどうかについて,裁判所は監督
官庁の意見を聴かなければならず,監督官庁がこれに該当する旨の意見を述べると
きはその理由を示さなければならないものとした上で,監督官庁が当該文書の提出
により同法223条4項各号に掲げるおそれがあることを理由として同法220条
4号ロ所定の文書に該当する旨の意見を述べたときは,その意見について相当の理
由があると認めるに足りない場合に限り,当該文書の提出を命ずることができるも
のとしているのである(同法223条4項)。これは,司法の機能の実効的実現の
ためには,証拠として必要な公文書が提出されることが望ましい場合であっても,
同項各号に掲げるおそれがあることにより,公務員の職務上の秘密に関する文書で
その提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれが
あるものについては,所定の公共的利益についての監督官庁の判断を一次的に尊重
することとしたものである。しかしながら,ここでいう「公共の利益を害し,又は
公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれ」というのは,将来にかかわることである
から必然的に用いられた用語であり,抽象的にその可能性があれば足りるというも
のではない。したがって,監督官庁は,その意見を述べるに当たっては,単にその
可能性があることを抽象的に述べるにとどまらず,その文書の内容に即して具体的
に公共の利益を害したり公務の遂行に著しい支障を生ずるおそれのあることについ
てその理由を述べることが求められているものと解すべきである。
 そして,裁判所は,監督官庁が民訴法223条4項各号に掲げるおそれのあるこ
とを理由として同法220条4号ロ所定の文書に該当する旨の意見を具体的に述べ
たとき,これに相当の理由があると認められる場合には,文書提出命令の申立てを
却下することができるのであるが,それだけでは監督官庁の意見の相当性を基礎付
けることについての心証を得られないときには,同法223条6項によって所持者
に裁判所に対して当該文書を提示させることができるのである。
 ところで,本件において,原審裁判所に提出された監督官庁の意見をみると,こ
れらはいずれも抽象的に所定のおそれの可能性があることを述べるものであって,
必ずしも文書の内容に即して具体的なおそれの存在することを明確に述べたものと
いえるものではなく,原決定が抗告人らの主張を基礎付ける事実について具体的な
指摘がされていないものと判断し,民訴法223条6項によって文書の提示を求め
るまでもなく,同条4項所定の相当の理由があると認めるに足りないとして,文書
の提出を命じたのも理解し得ないわけではない。
 しかしながら,抗告理由の中で述べられた抗告人らの具体的な主張に照らせば,
本件各文書の提出により公共の利益を害し,又は公務の遂行に著しい支障を生ずる
おそれがあるものと認める余地があるが,民事訴訟において証拠として用いられる
べき必要性が大きいと考えられる公文書が少なくない現状に照らし,監督官庁は,
裁判所が民訴法の定めるところにより求めた意見の提出に当たっては,真実発見の
ために必要な証拠が可及的に多く提出されることが単に当事者にとってだけでなく
司法制度に対して抱く国民の信頼を維持するためにも重要であるとの理解に立って
,裁判所が的確な判断をなし得るよう当該文書に即してその理由を具体的に付して
意見を述べるべきものであると考える。
 裁判官今井功は,裁判官滝井繁男の補足意見に同調する。
 裁判官福田博の意見は,次のとおりである。
 私は,原決定のうち本件照会文書及び本件回答文書の提出を命じた部分を破棄し
て同部分につき本件を原審に差し戻すべきであるとする点においては,多数意見と
結論を同じくするが,その理由についてはいささか見解を異にする。
 抗告人らの主張によれば,本件照会文書及び本件回答文書は,いわゆる口上書(
Note
Verbale)の形式によるものであるとされる。口上書とは,外国政府との間の意思
疎通などのために利用される外交文書の形式の一つであり,「在甲国日本国大使館
は,甲国外務省に敬意を表するとともに」などの書き出しを冒頭に置くことが通例
とされているものである。そして,外国政府との意思疎通などは,口上書によるも
のを含め,対外的に公表することを当初から予定しているものではない。このよう
なことから,国内法を適用して外国政府との間の口上書を対外的に公表する結果と
なるような公的措置を執る際に,相手国による個別的,明示的な同意を得る必要が
あることは,外交上のほぼ確立された慣習といってよいのではないかと思われる。
換言すれば,この慣習は,外国ないし外国政府は他国の国家管轄に原則として服さ
ないという国際慣習法の延長線上にある問題であって,憲法98条2項の法意もそ
のように解すべきものと私は考えている。つまり,このような慣習は,口上書の記
載内容が実質的に秘密として保護すべきものであるか否かを問うことなく,一律に
尊重されるべきものである。
 以上のような国際法規又は慣習を前提とすれば,口上書(添付された付属資料を
含む。)の開示に当たっては,たとえ国内法に従えばこれを開示しなければならな
いような場合であっても,相手国による個別的,明示的な同意を得ることが必要で
あり,このような同意をあらかじめ得ることなく口上書を対外的に開示する結果と
なる措置を執ることは,国内法に基づく文書提出命令による場合であっても,国際
法規又は国際礼譲に反するおそれが強い。
 そうすると,口上書については,裁判所が民訴法223条6項に基づくいわゆる
イン・カメラ手続によって所持者にこれらを提示させた上で,その記載内容に照ら
して文書提出義務の除外事由に当たらないと判断したとしても,そのような裁判所
の判断は,これらを開示することが可能となるための必要条件にとどまり十分条件
ではないのであって,文書提出命令による開示を可能にするためには,相手国によ
る個別的,明示的な同意が必要であるといわざるを得ない。
 したがって,差戻し後の原審において,本件照会文書及び本件回答文書が口上書
の形式によるものであるかどうかについて審理し,これが肯定される場合には,上
記の点を考慮に入れた上で,民訴法の関係法令の適用の可否などを検討すべきであ
る。
(裁判長裁判官 中川了滋 裁判官 福田 博 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野
 修 裁判官 今井 功)

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