弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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          主     文
 1 被告Aは,原告に対し,金2560万3745円及びこれに対する平成12
年2月10日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
 2 原告の被告Aに対するその余の請求及び被告B保険に対する請求をいずれも
棄却する。
 3 訴訟費用は,被告Aに生じた費用の10分の9と原告に生じた費用の20分
の9を被告Aの負担とし,被告A及び原告に生じたその余の費用並びに被告B保険
に生じた費用を原告の負担とする。
 4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
           事     実
第1 請求
   被告らは,原告に対し,各自金2824万6597円及びこれに対する平成
12年2月10日から支払済みまで年6分の割合による金員を支払え。
第2 事案の要旨
 1 本件は,装身具(アクセサリー)類の製作及び売買等を目的とする株式会社
である原告が,「原告の従業員であった被告Aは,平成11年9月24日午後5時
30分ころ,JR東日本新宿駅(以下「新宿駅」という。)に停車中の特別急行か
いじ115号(午後5時30分新宿発甲府行き,以下「本件特急」という。)の車
内において,原告の商品である宝石類の入ったかばん(以下「本件宝石かばん」と
いう。)を何者かに盗まれた(以下,この盗難を「本件盗難」という。)。」など
と主張して,被告B保険に対しては,動産総合保険契約による保険金支払請求権に
基づき,被告Aに対しては,不法行為による損害賠償請求権に基づき,原告が被っ
た損害相当額の支払を求めている事案である。
 2 これに対し,被告B保険は,そもそも本件盗難の事実が認められないなどと
主張して争い,被告Aは,本件盗難の事実は認めた上で,過失の存在及び損害額を
争っている。
 したがって,本件盗難の事実は,原告と被告Aとの間においては当事者間に争い
がない事実となり,当裁判所はこれに拘束されるから,以下,原告の被告B保険に
対する請求と被告Aに対する請求を別個に検討する。
第3 原告と被告B保険の間における当事者の主張
 1 請求原因
(1) 当事者等
 ア 原告は,装身具類の製作及び売買等を目的とする株式会社である。
 イ Cは,平成11年よりも前から,原告の代表取締役を務めている。
 ウ 被告Aは,昭和57年4月,原告に雇用され,取引先及び展示会における商
品販売,商品在庫管理及び商品企画などを担当していた。
(2) 本件保険契約の締結
   原告は,平成11年6月24日,D保険(同社は,(日付け省略),被告B
保険に吸収合併された。)との間で,次の約定で,動産総合保険契約を締結した
(以下,この契約を「本件保険契約」という。)。
 ア 保険期間
   平成11年6月25日から平成12年6月25日まで
 イ 保険の目的及び保険金額
(ア) 装身具完成品
   2億5000万円
(イ) 装身具完成品・半製品・材料(ただし,店舗内作業中)
   5000万円
   装身具に使用する宝石・貴金属及び観賞用エメラルド1個(ただし,本社格
納庫に保管中のみ)
   2億5000万円
 ウ 担保地域
   日本国内
 エ 保険金を支払う場合
   保険証券記載の担保地域内において生じたすべての偶然な事故による損害に
対して損害保険金を支払う(普通保険約款1条1項)。
(3) 本件盗難の発生
   被告Aは,平成11年9月24日,東京都内での巡回販売からの帰社途中で
あった午後5時30分ころ,新宿駅に停車中の本件特急(午後5時30分新宿発)
の車内において,原告の商品である宝石類の入った本件宝石かばんを何者かに盗ま
れた(これが本件盗難である。)。
(4) 本件盗難による原告の損害
   本件盗難によって盗まれた原告の商品は,別紙被害品リスト(省略)のとお
り,被害点数378点,被害金額2824万6597円である。
(5) 本件保険金請求
   原告は,平成12年2月9日,D保険に対し,本件保険契約に基づき,本件
盗難に関する保険金の支払を請求する旨の書類を提出した(以下,この保険金請求
を「本件保険金請求」という。)。
 D保険は,本件保険金請求に対し,平成12年2月17日付けの内容証明郵便に
よって,これを拒絶する旨通知し,同郵便は,同月18日ころ,原告に到達した。
(6) まとめ
   よって,原告は,D保険の承継人である被告B保険に対し,本件保険契約に
よる保険金支払請求権に基づき,本件盗難によって原告が被った損害である282
4万6597円及びこれに対する本件保険金請求がなされた日の翌日である平成1
2年2月10日から支払済みまで商事法定利率年6分の割合による遅延損害金の支
払を求める。
 2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1),(2)について
   請求原因(1)(当事者等)及び(2)(本件保険契約の締結)の事実は認める。
(2) 請求原因(3)について
 ア 請求原因(3)(本件盗難の発生)の事実は否認する。
 イ 本件については,保険事故(偶然な事故)としての本件盗難の発生の事実を
認める材料に乏しいばかりでなく,次のとおり,本件盗難の発生の事実を疑わせる
事情が存在する。
(ア) 被告Aが最初に盗難を申告した時刻
 a 原告は,「平成11年9月24日午後5時30分ころ,本件特急が新宿駅か
ら発車する直前に本件盗難が発生した。」と主張する。
 b しかしながら,被告Aは,同日午後3時ころ,新宿駅の構内にある派出所に
おいて,鉄道警察隊員E巡査部長(当時)に対し,盗難の被害を申告した。
 c この事実は,被告Aが,同日午後3時ころ,一度盗難被害の偽装を試みたが
断念したことを裏付ける。
(イ) 被告Aの当日の行動
 a 上記(ア)のとおり,被告Aは,平成11年9月24日午後3時ころ,一度盗難
被害の偽装を試み,更に,同日午後5時30分ころ,再度,盗難被害の偽装を試み
たと考えられる。
 b 原告は,当日の被告Aの巡回販売先からして,被告Aが午後3時ころに新宿
駅に到着することは不可能であると主張するが,原告の主張する訪問先の順序は,
一つの訪問先(G社)のみ被告Aが発行した伝票番号の順序に従っておらず,不自
然である(乙6の10頁参照)。被告Aは,「通常は訪問の順序に従って伝票を作
成するが,G社の伝票だけ前日に作成していた。」などと説明するが,信用できな
い。そして,被告Aの巡回販売の順番が伝票番号のとおりであったと仮定した場
合,被告Aが,同日午後3時ころ,新宿駅に到着することは十分可能である。
(ウ) 本件盗難発生後の被告Aの行動
 a 被告Aは,本件盗難が発生したとする平成11年9月24日午後5時30分
以降,まず,午後5時43分に被告Aの自宅へ,そして,午後5時58分に被告A
の父親へそれぞれ電話をかけ,その後,午後6時3分に至って初めて原告の事務所
へ電話をかけている。
 b 被告Aの上記の行動は,本件盗難によって原告に多額の損失を発生させてし
まった者の行動としては極めて不自然である。
(エ) 本件盗難の発生状況に関する供述の変遷
 a 被告Aは,平成11年9月25日,保険代理店のFに対し,本件特急に乗車
する前にも乗車した後もイラン人らしい人影を見た覚えはなく,イラン人に全く気
づいていなかった旨述べた(甲4の1)。
 b しかしながら,被告Aが平成11年10月15日以降に作成し,Cと連名で
提出した経緯書(乙1の1,甲4の4)には,「トイレを出た時,5号車のデッキ
にはイランかイラクか分かりませんが外国人の男女2名がいました。私が5号車の
通路へ行こうとしたところ,その外国人の男女2名がいました。私が5号車の通路
へ行こうとしたところ,その外国人の女性が突然私の正面でワンタッチの傘を開
き,私の体にも当たりました。この女性は私が5号車へ行くのを妨げるようにしま
した。又,外国人の男性も私の邪魔になる様なしぐさをした。」との記載がある。
 c この本件盗難の発生状況に関する被告Aの説明の変遷は,記憶違いや勘違い
では説明ができないものであり,D保険が本件盗難の本格的な調査を開始したた
め,いかにも外国人らの組織的行為によって盗難が敢行されたかのような具体的説
明をする必要に迫られて本件盗難の発生状況に関する説明を変遷させたと考えるの
が合理的である。
(オ) 被害品の特定
 a 原告は,被告Aが平成11年9月24日に持ち出した原告の商品に関する持
出品リストを作成していないため,被害品を特定することができず,総在庫から,
①会社に現存する商品,②平成11年度における所在不明商品,③販売委託に供し
ている商品,④当日,他の従業員等によって持ち出されていた商品,⑤加工修理の
ために持ち出されている商品,⑥被告Aが平成11年9月24日に販売した商品,
⑦被告Aが平成11年9月24日に販売委託に供した商品を控除するという方法を
用いて,本件盗難によって盗難された商品を特定している。
 b しかしながら,従業員等が,宝石類という高価品を大量に社外に持ち出す
際,その持出品リストを作成することは,一般人が考えても当然のことであり,宝
飾業界においても同様である。にもかかわらず,原告は,持出品リストを作成せ
ず,それどころかあえて廃止したと主張するが極めて不合理である。
 c 以上にかんがみれば,原告は,不明品が続出したことから,不明品を盗難品
であると偽装して保険金をだまし取ることを計画し,本件盗難を偽装したと考える
ほかない。
(3) 請求原因(4)について
   請求原因(4)(本件盗難による原告の損害)の事実は否認する。
(4) 請求原因(5)について
   請求原因(5)(本件保険金請求)の事実は,D保険が保険金請求に関する書類
を受領した日を除いて認める。書類受領日は,平成12年2月10日である。
 3 抗弁
(1) 提出書類への不実記載等
 ア 原告とD保険は,本件保険契約を締結する際,動産総合保険特約書(甲3の
1)に基づき,特約を結び,同第9条において,「この特約に規定しない事項につ
いては,この特約の主旨に反しない限り,普通約款及び各特約条項の規定を適用す
る。」と合意した。
 イ 上記普通約款(乙3)には,下記の条項がある。
               記
   第15条 保険の目的について損害が生じたことを知ったときは,保険契約
者または被保険者は,遅滞なく,書面をもってこれを当会社に通知し,かつ,自己
の費用をもって,損害状況調書および損害見積書を作成し,これに当会社の要求す
る証拠書類,帳簿その他の書類を添えて,損害発生を通知した日から30日以内ま
たは当会社が書面をもって承認した猶予期間内に,当会社に提出しなければなりま
せん。
 2 被保険者が前項の書類中に故意に不実の記載をなしまたは事実を隠ぺいした
とき(代理人または第三者をしてなさしめたときも同様とします。)は,当会社は
損害に対して保険金を支払いません。
 ウ 原告は,本件保険金請求の際,D保険に対し,被害品の品名,数量及び単価
を偽った書類を提出し,保険金の水増し請求を行った。
(2) 使用人等の不誠実行為
 ア 上記(1)アに同じ。
 イ 上記特約条項(乙4)には,使用人等の不誠実行為不担保特約条項として,
下記の条項がある。
               記
   第1条 当会社は,動産総合保険普通保検(原文ママ)約款(以下「普通約
款」といいます。)第1条(保険金を支払う場合)第1項の規定にかかわらず,次
の各号に掲げる者が単独に,もしくは第三者と共謀して行なった窃盗,強盗,詐
欺,横領,背任その他の不誠実行為によって生じた損害に対しては,保険金を支払
いません。
(1) 保険契約者,被保険者または保険金受取人(これらの者の法定代理人を含み
ます。)の使用人もしくは同居の親族。
(2) 保険の目的の使用もしくは管理を委託された者の使用人
 ウ 仮に,本件盗難の事実が認められるとしても,本件盗難は,少なくとも,窃
盗犯人と被告Aの共謀のもと,被告Aの窃盗,詐欺,横領又は背任などの不誠実行
為によって生じた。
 4 抗弁に対する認否
(1) 提出書類への不実記載等
 ア 抗弁(1)ア,イの事実は認める。同ウの事実は否認する。
 イ 本件盗難によって原告が被った損害を算定する際に,一般管理費を含めるこ
とは不合理ではないし,被害点数についても,意図的に水増し請求した訳ではな
い。また,仮に,D保険との間に被害金額の算定方法について見解の相違があった
としても,原告は,D保険の担当者に対し,被害金額は一般管理費を含んだ金額で
ある旨告げている。
(2) 使用人等の不誠実行為
   抗弁(2)ア,イの事実は認める。同ウの事実は否認する。
第4 原告と被告Aの間における当事者の主張
 1 請求原因
(1) 当事者等
   上記第3の1(1)に同じ。
(2) 本件盗難の発生
   上記第3の1(3)に同じ。
(3) 被告Aの責任
 ア 本件盗難は,被告Aが,原告から持ち出した商品が入った本件宝石かばんを
座席の上に位置する網棚に載せたまま,ワイシャツの汚れを落とすため,デッキに
あるトイレに入ったすきに発生した。
 イ 上記被告Aの行為は,高価品を取り扱う営業社員としての注意義務に著しく
違反しており,本件盗難の発生について,被告Aに過失があることは明らかであ
る。
(4) 本件盗難による原告の損害
   上記第3の1(4)に同じ。
(5) まとめ
   よって,原告は,被告Aに対し,不法行為による損害賠償請求権に基づき,
本件盗難によって原告が被った損害である2824万6597円及びこれに対する
不法行為の後の日である平成12年2月10日から支払済みまで商事法定利率年6
分の割合による遅延損害金の支払を求める。
 2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(当事者等)及び(2)(本件盗難の発生)の事実は認める。
(2) 請求原因(3)(被告Aの責任)アの事実は認める。同イの主張は争う。
(3) 請求原因(4)(本件盗難による原告の損害)の事実のうち,本件盗難によっ
て,宝石382点(合計2560万3745円相当)が盗まれた事実は認める。こ
れを超えて原告に損害が生じた事実は否認する。
          理     由
第1 被告B保険に対する請求関係
 1 請求原因(1),(2)について
   請求原因(1)(当事者等)及び(2)(本件保険契約の締結)の事実は,当事者
間に争いがない。
 2 請求原因(3)について
(1) 被告Aは,その本人尋問において,本件盗難が真実発生した旨供述し,被告
AがD保険に提出した2通の経緯書(乙1の1(甲4の2は,その控えであ
る。),甲4の4(乙1の3は,原告代表者印でなくC個人の印が押印されていた
ため差し替えられたものである。)),保険代理店を営むFが被告Aから事情聴取
して作成した報告書(甲4の1),被告Aが新宿警察署長に対して提出した被害届
(甲9)にも同旨の記載がある。
 しかしながら,本件盗難が発生したという被告Aの供述及び前掲各書証の記載
は,にわかに信用することができない。その理由は,次のとおりである。
 ア 本件盗難の発生状況の不自然性
(ア) 上記被告Aの供述及び経緯書等によると,本件盗難の発生状況は,次のとお
りである。
 a 被告Aは,平成11年9月24日午後5時10分ころから,新宿駅のホーム
において,本件特急が到着するのを待っていた。この時,被告Aの前には,既に7
人から8人の乗客が並んでおり,被告Aは,上着を手に持ち,5列目くらいの位置
に並んでいた。
 b 同日午後5時20分ころ,本件特急が到着し,車内清掃後乗車開始となり,
被告Aは,原告の商品の入った本件宝石かばんと伝票等が入った黒色のかばん(以
下「本件伝票かばん」という。)をキャリー(かばん等を載せて手で引く小型の台
車)に載せたまま,5号車に乗車した。
 c 被告Aは,本件特急の5号車の後ろから7,8列目の座席を確保し,キャリ
ーから本件宝石かばんと本件伝票かばんを降ろし,同席頭上の荷物置場に両かばん
を置き,その上に背広を載せた。被告Aは,その時,後方の男性から,シャツの背
中側に何か赤いものが付着している旨告げられたので確認すると,ベルトより少し
上の背中の中心あたりに,ケチャップのようなものが付着していた。被告Aは,前
記男性からもらったティッシュを用いて付着物をぬぐい,いったん座席に着いた
が,背中にピリピリするような違和感があったので,本件宝石かばん等の荷物を置
いたまま,5号車後方のデッキにある洗面所に行き,水でシャツの汚れを落とし,
席へ戻った。
 d 被告Aは,いったん席に戻ったものの,やはり背中にピリピリするような違
和感があったので,再び5号車後方のデッキに向かい,今度はトイレに入り,トイ
レットペーパーを巻き取り,再び席へ戻ろうとした。
 e 被告Aが,トイレから出ると,5号車のデッキには,イラン人又はイラク人
のような外国人風の男女2名がおり,被告Aが座席に戻ろうとしたところ,前記外
国人風の女性が傘を開き,被告Aが座席に戻るのを妨害し,男性も被告Aが座席に
戻るのを妨害するような仕草をした。
 f 被告Aは,上記2名の外国人風の者を避け,座席に戻ると,頭上の荷物置場
に置いていた本件宝石かばんのみが見当たらず,通路を挟んで反対側に座っていた
女性から,外国人が本件宝石かばんを持って6号車の方へ行った旨告げられた。
 以上が,被告Aの説明による本件盗難の発生状況である。
(イ) しかしながら,上記本件盗難の発生状況は,余りに不自然,不合理であると
いわざるを得ない。すなわち,高価品を取り扱う宝飾業界に勤める従業員は,商品
を所持している際,通常,盗難や紛失の事故を起こさないよう十分注意を払って行
動していると考えられる上,証拠(甲18,乙5の84頁)によると,本件盗難が
発生したとされる平成11年9月当時,既に,窃盗犯人が宝飾業者を尾行し,すき
をねらって商品を盗むという盗難被害が多発し,宝飾業者の間において,盗難被害
に対する注意が喚起されていた事実を認めることができる。そうすると,被告Aの
上記行動は,原告に勤務して15年以上の経験を有する者の行動としては,余りに
不用心かつ軽率であって,被告Aが,単にケチャップのようなものをシャツに付け
られ,背中にピリピリするような違和感を覚えたというだけで,電車内での盗難被
害が発生しやすい発車間際に,上記のような行動をとったという上記説明には,大
いに疑問が残る。
 イ 被害態様に関する供述の変遷
(ア) 被告Aは,上記ア(ア)eのとおり,本件盗難の発生状況について,「イラン人
又はイラク人のような外国人風の二人連れが,座席に戻ることを妨害し,それを避
けて席に戻ると,本件宝石かばんがなくなっていた。そして,反対側の座席に座っ
ていた女性から,外国人が本件宝石かばんを持って6号車の方に行ったと告げられ
た。」などと説明する。
(イ) しかしながら,証拠(甲4の1(特に3,4頁),証人F,被告A本人)に
よると,被告Aが,平成11年9月27日,保険代理店を営むFに対し,「本件特
急の5号車に乗車してから,通路を2度往復したので,もし,イラン人などの外国
人を見かければ気づいたはずだが,イラン人などの外国人には気づかなかった。」
などと述べた事実を認めることができる。
(ウ) もし,被告Aの説明どおりに本件盗難が発生したのならば,前記外国人風の
男女2名が本件盗難に関与している可能性が高いことは明白であるから,被告A
が,本件盗難が発生したとされる平成11年9月24日の3日後に行われたFとの
面談で,外国人風の男女に気づいていなかったと述べるとは考え難い。また,被告
Aは,この供述の変遷について,単に記憶違いと説明するのみであって(被告A本
人尋問調書(第3回口頭弁論)の14頁),その変遷の理由について合理的な説明
がなされているとはいい難い。
 ウ 本件盗難発生後の被告Aの行動
(ア) 証拠(乙5の201頁以下,被告A本人)によると,本件盗難が発生したと
される平成11年9月24日午後5時30分の後,被告Aが,午後5時43分に被
告Aの自宅へ,午後5時58分に被告Aの父親へ,それぞれ電話をかけ,その後,
午後6時3分に至って初めて原告の事務所へ電話をかけている事実が認められる。
(イ) 被告Aは,その本人尋問において,この電話について,肉親の声を聞いて気
を落ち着かせたかったため,まず,自宅へ電話して妻と会話し,次に,父親へ電話
したが,父親は不在だったと供述する(被告A本人尋問調書(第3回口頭弁論)の
6頁,15頁以下等)。
(ウ) しかしながら,証拠(乙5の203頁)によると,自宅への通話は31秒間
で終了した事実が認められ,気が動転していたので肉親の声を聞きたかったという
被告Aの説明と符合するとはいい難い。また,被告Aは,同本人尋問の反対尋問に
おいて,上記電話の際の妻の反応について,当初は,「一方的に話して,切りまし
た」と供述していたにもかかわらず(同尋問調書の15頁),被告B保険代理人か
ら「肉親の声を聞きたかったのに,奥さんの声は聞かないで切っちゃったわけです
か。」と質問されると,「いや,少しは聞きましたから。」,「うん,うんと言っ
てましたけどね。うなずいて,ええっとか,驚いていましたけどね。」と供述を変
遷させ,更に追及されると,記憶がはっきりしないと述べるに至っている(同16
頁)。
(エ) 以上のとおり,本件盗難が発生したとされる平成11年9月24日午後5時
30分の後の被告Aの行動は,本件盗難によって原告に多額の損害を発生させた者
の行動としては不自然である。また,仮に本件盗難に遭った直後で動揺していたた
めに原告に直ちに連絡しなかったのであるとしても,上記(ウ)のとおり,本件盗難発
生後の行動について説得的な説明がなされているともいえない。そうすると,被告
Aの本件盗難の発生状況に関する説明には疑問を挟まざるを得ない。
(2) 他に,請求原因(3)(本件盗難の発生)の事実を認めるに足りる的確な証拠は
ない。
 3 結論
   以上によると,原告の被告B保険に対する請求は,その余の点につき検討す
るまでもなく理由がないから棄却すべきである。
第2 被告Aに対する請求関係
 1 請求原因(1),(2)について
   請求原因(1)(当事者等)及び(2)(本件盗難の発生)の事実は,当事者間に
争いがない。
 2 請求原因(3)について
(1) 請求原因(3)(被告Aの責任)アの事実,すなわち,本件盗難は,被告Aが,
原告から持ち出した商品が入った本件宝石かばんを座席の上に位置する網棚に載せ
たまま,ワイシャツの汚れを落とすため,デッキにあるトイレに入ったすきに発生
した事実は,原告と被告Aの間に争いがない。
(2) 被告Aは,原告の営業担当の従業員として,原告の商品である宝石類を本件
宝石かばんに入れて所持していたのであるから,盗難等の事故が発生することのな
いように,常に自己の監視下に置くべき注意義務を負っていたというべきである。
しかるに,被告Aは,発車間際の本件特急の車内において,原告から持ち出した商
品が入った本件宝石かばんを網棚に載せたままトイレに行き,本件宝石かばんを自
己の監視外においている。そうすると,本件盗難の発生について,被告Aに前記注
意義務違反が認められることは明らかである。
 3 請求原因(4)について
   本件盗難の事実は,原告と被告Aの間においては争いがないから,当裁判所
は,原告と被告Aの間においては,本件盗難の事実が存在することを前提に判断す
べきこととなるが,被告Aは,平成13年1月11日の本件弁論準備手続期日にお
いて陳述したその第一準備書面において,被害品の数量は382点,金額にして2
560万3745円であると主張しており,この主張はその後も維持されているか
ら,この金額の範囲内においては,損害額についても争いがないということができ
る。他方,上記第1の2で詳細に検討したとおり,本件全証拠によっても,本件盗
難が発生した事実を認定することはできない(その理由は,上記第1の2で述べた
とおりであるからその判示を引用する。)。そうすると,被告Aが自認する金額を
超えた部分について,原告が被った損害を証拠によって認定することはできないと
いわざるを得ない。
 4 結論
   以上によると,原告の被告Aに対する請求は,当事者間に争いのない損害額
である2560万3745円及びこれに対する本件盗難が発生した後(不法行為の
後)の日である平成12年2月10日から支払済みまで民法所定年5分の割合によ
る遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから,この限度で認容し,その余は
理由がないから棄却すべきである(原告の被告Aに対する請求は,不法行為による
損害賠償請求権に基づく請求であるから,商事法定利率年6分の割合による遅延損
害金の支払を求めることはできない。)。
第3 総括
   よって,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,仮執行の
宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
   甲府地方裁判所民事部
        裁判長裁判官   新  堀  亮  一
           裁判官   倉  地  康  弘
           裁判官   岩  井  一  真

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残り応募人数(2019年5月1日現在)
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連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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71期修習生 72期修習生 求人
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ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
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