弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
Ⅰ 債務者のため金一○○万円の保証が立てられたときは、
1 債務者は、その販売する商品に「野路菊」または「のじぎく」の商標を付して
はならない。
2 債務者は、その占有にかかる「野路菊」または「のじぎく」の商標を表示した
包装紙、栞、宣伝用紙その他の印刷物を当裁判所が別途本仮処分命令に基く執行処
分として選任すべき保管人に引き渡せ。
Ⅱ 申請費用は、債務者の負担とする。
       事   実
 債務者は、昭和三三年七月一○日出願に基き、昭和三四年五月二二日、第五三
六、四二二号をもつて登録された、指定商品第四三類「菓子その他本類に属する商
品」にかかる「野路菊」(楷書体)という商標の商標権者であるが、右登録後、和
菓子の製造販売を業とする株式会社播磨屋(本店・神戸市<以下略>)にこの商標
の使用を許諾し、同会社は、これを自家製の桃山製菓子および半生菓子に使用し
て、販売の用に供している。
 ところが、債務者は、昭和三八年一○月頃以降高砂市において、やはり「野路
菊」といわれる近衛流の漢字書体で縦書している商標を使用した菓子の製造販売を
していたので、債務者は、これが自己の登録商標と類似しているとして、昭和三九
年三月、神戸地方裁判所姫路支部にその使用差止を命ずる仮処分を申請し(同年
(ヨ)第三九号事件)、これを認容する仮処分命令を得て、同年四月三日、その執
行をした(その後右仮処分申請取下)。また、債務者の使用していた右商標は、申
請外Aが、昭和三六年四月二二日出願に基き、昭和三八年七月八日、第六二○、二
六一号をもつて、第三○類「菓子」を指定商品として登録を受けていたものである
ので、債務者は、特許庁にこれが無効審判を請求したところ、Aの抗争にもかかわ
らず、昭和四二年九月一六日、右請求どおりの無効審判があり、同人は、東京高等
裁判所に右審判取消の訴を提起したが(同年(行ケ)第一四二号事件)、昭和四三
年五月二八日、請求棄却の判決が言い渡され、同年六月一五日、右判決が確定し
た。しかるに債務者は、
その登録商標の無効が確定した後の昭和四三年六月下旬以降には、「登録商標」の
表示を削除した「野路菊」「のじぎく」の文字商標を使用した菓子を製造販売し
て、現在に至つている。
 以上の事実は、当事者間に争を見なかつた。
債権者は、
 「債務者は『野路菊』『のじぎく』という商標を使用し、また、これを使用した
商品を販売してはならない。
 債務者の占有している『野路菊』『のじぎく』という商標を付した商品、ならび
に、その販売に使用するため右商標を印刷した物品について、債務者の占有を解
き、これを神戸地方裁判所姫路支部執行に保管させる。
 執行官は、債務者が右商標の抹消、削除を申し出たときは、これを許し、債務者
においてその抹消、削除をしたときは、これを付した物件を債務者に返還しなけれ
ばならない。
 執行官は、第二項の趣旨を適当な方法で公示しなければならない。」
との仮処分命令を求める旨申し立て、
次のとおり述べた。
  「債務者は、登録第五三六、四二二号商標『野路菊』の商標権者として、債務
者に対し、右に類似する『野路菊』『のじぎく』の商標の使用禁止、これを使用し
た商品の販売禁止、損害賠償等を求める本案訴訟の提起を準備中である。
 ところで、債務者は、株式会社播磨屋に対し、当初無償で商標『野路菊』の使用
を許諾して来たのであるが、昭和三九年一月から、右商標を半生焼菓子に付して販
売するようになつて、その販売実績が上つて来たので、同年八月からは、売上額の
五分に相当する額の使用料を債権者に支払う約束となり、実際に債権者は、毎月三
万円の支払を受けていた。しかも、その後菓子『野路菊』が、高級銘菓としての評
価を高め、売上額が増大して来たので、昭和四二年一月からは、月額五万円の使用
料を受けるようになり、今日に至っている。しかるに債務者は、高砂市のみなら
ず、姫路市や神戸市にも販路を拡大し、その商品『野路菊』を販売しつつあり、そ
のため、播磨屋は、昭和三九年四月頃、姫路市の『やまとやしき百貨店』で『野路
菊』の販売を始めたところ、その直後、債務者が同店で『野路菊』の販売したの
で、商品の混同と適当競争を避けるため、販売の中止せざるを得なくなつたのをは
じめとし、売上額について少なからぬ影響を受けているのであり、それがひいて
は、債権者が播磨屋から受くべき使用料についても、月々数万円の減少をもたらし
ているわけである。また、債務者の販売している『野路菊』の品質が粗悪なので、
債権者が一般需要家から苦情を受けることがあり、これによる精神上の損害も著し
い。
 右の次第で、このままで推移すると、債権者は、本案訴訟における勝訴の確定判
決を得るまでに償い得ぬ損害を受けることになるから、これを避止するため、本仮
処分申請に及んだ次第である。」
 債務者は、次のとおり返べた。
「(一)債務者は、先使用により『野路菊』『のじぎく』の商標を使用する権利を
有する。
 債務者会社の菓子『野地菊』製造販売の沿革は、現代表取締役Aの先代Bの時代
に遡るのであり、同先代は、戦前から自己の創案にかかる『のじぎく』(乙第八号
証の書体)の名称を付した菊の花の形状の生菓子を製造していた。Aは、昭和二四
年六月、先代の営業を承継し、昭和二五年頃から桃山製『のじぎく』の製造販売を
再開したのであるが、昭和三○年、兵庫県がのじぎくを県花に選定した頃から、右
商品に『野路菊』(普通の漢字書体)という商標を付するに至つた。かような次第
で、右『野路菊』の商標は、債権者が有する登録第五三六、四二二号の商標の登録
出願前から、日本国内において不正競争の目的でなく使用されていたものである。
債権者は、昭和三六年三月一日、Aを代表取締役として設立された個人的色彩の濃
厚ないわゆる同族会社であつて、設立と同時に同人の従前の業務を承継し、同人の
黙示の許諾により使用権を与えられた『野路菊』の商標を販売商品に付して、現在
に至つているのである。それ故、債務者は、商標法第三二条第一項に基き、その商
品につき『野路菊』『のじぎく』の商標を使用する権利を有するものというべきで
ある。
(二) かりに債務者の前示先使用権が認められないとしても、債務者は、商標法
第三三条第一項第一号の使用権を有するものである。
 債務者は、自己の使用する商標の登録出願以来、商品の品質その他につき苦心
し、売り出しについても各方面の援助を乞い、ことに登録後は大規模に宣伝広告し
た。そのため該商標は、その登録無効審判の請求が登録された時期においては、高
砂市を中心とする兵庫県下の需要者の間において、債務者の製造販売する菓子を表
示するものとして広く認識されていた。そして、債務者は、右無効審判の請求の登
録前において、登録商標が二重になつていることを知らなかつた。右の次第である
から、債務者は、なお『野路菊』『のじぎく』の商標を使用する権利を失つていな
いものというべきである。」
 債権者は、債務者の右主張に答えて、次のとおり述べた。
「(一) 債務者会社生菓子製造販売業が、現代表取締役Aの先代の時代からの継
続であることは、これを認めるが、戦前からその製造販売にかかる生菓子に『のじ
ぎく』の商標を付していたこと、昭和三〇年兵庫県花決定から右商品に『野路菊』
の商標を用い始めたことは、いずれもこれを否認する。それはさておき、かりに債
務者の主張に従つても、債権者の商標登録出願当時、債務者が使用していた『のじ
ぎく』(乙第八号証の書体)および『野路菊』(普通の書体)の商標は、現在すで
に使用しておらず、現に使用中の『のじぎく』『野路菊』の商標は、以前のもとは
別個で、ただこれに類似しているだけのものである。商標法第三二条第一項により
先用権が認められる内容、範囲は、かねて使用していた商品そのものについて、そ
の先使用の商標そのものについてだけ認められるのであり、類似の商標については
その保護を受けることができないのである。さらに、債権者の商標登録出願当時、
債務者が先使用を主張する商標が、自己の業務にかかる商品を表示するものとして
需要者の間に広く認識されていた事実も主張されていないから、債務者の先用権の
主張は、この点においても理由がないものである。なお、債務者がかつてその商号
を使用していたAから業務を承継したというが、その承継にかかる具体的主張は、
曖昧であり、そのこと自体、右承継の事実が存しないことを示すものである。債務
者は、Aの許諾により商標を使用しているとも主張しているが、単なる許諾による
使用権をもつてしては、先用権の主張をなし得ぬものである。いずれにせよ、債務
者の先用権の主張は、失当である。
(二) さらに、債務者は、現に使用する『野路菊』の商標を、登録後の昭和三八
年一○月から指定商品に使用しているのであるが、昭和三九年四月三日、債権者か
らの仮処分執行を受けた後は、債務者において自己の商標登録につき無効原因のあ
ることを知つているといわねばならない。それ故、問題となるのは、それまでの六
箇月間であるが、その短期間において、債務者の商標がその商品を表示するものと
して兵庫県下に周知されていたとの主張事実は、もとよりこれを否認せざるを得な
い。また、債権者のなした商標登録の無効審判の請求の登録は、昭和三九年六月一
○日になされたのであるが、債務者がAからその登録商標の譲り受けたことに基く
移転登記を了したのは、その後同年一○月二日のことである(甲第一○号証)。商
標権の移転は、一般承継の場合を除き、商標原簿に登録されなければ、効力を生じ
ない(商標法第三五条、特許法第九八条)。したがつて、債務者が登録商標『野路
菊』の商標権者たる資格を有するのは、同年一〇月二日以降であり、それまでは、
通常使用権者にすぎなかつたところ、債務者は、その通常使用権の登録を有しなか
つた(甲第一〇号証)のであるから、商標法第三三条第一項第三号に該当する者で
なかつたことも、明らかである。商標『のじぎく』に至つては、当初から登録の事
実も存しない。それ故、債務者の同条を援用する使用権の主張も、理由のないもの
である。」
証拠(省略)
       理   由
本件仮処分申請は、理由がある。
 債権者が、昭和三三年七月一〇日出願に基き、昭和三四年五月二二日、第五三
六、四二二号をもつて登録された、指定商品第四三類「菓子その他本類に属する商
品」にかかる「野路菊」(楷書体)という商標の商標権者であること、しかるに、
債務者が、昭和三八年一〇月以降高砂市において、「野路菊」といわゆる近衛流の
漢字書体で縦書した商標を使用した自己の製造にかかる菓子を販売しており、最近
では、「のじぎく」という文字商標も併用して、姫路市、神戸市等でもこれを販売
していることは、当事者間に争いがないところである。
 しかるところ、債務者は、商標法第三二条第一項に基き、先使用により自己の商
標「野路菊」「のじぎく」を使用する権利があると主張するが、債権者が現に使用
している「野路菊」「のじぎく」の商標そのものが、債権者の商標登録出願前から
使用されていた事実は、これを肯認することができない。すなわち、債権者がその
業務を承継したというAにおいて、債権者の商標登録出願前に「野路菊」なり「の
じぎく」なりの商標を使用していたかどうかも証拠上疑問であるが、かりに債務者
の主張に従つてこの点を肯認するとしても、「野路菊」については、当時のそれと
現在のそれとでは書体を全く異にしていることが、債務者の主張自体で明らかであ
り、「のじぎく」についても、弁論の全趣旨により債務者が現に使用している商標
文字であることが明らかな甲第六号証の三のイ、ロ、同号証の四に顕出されている
一種特様の書体と、債務者がかつて使用していた商標文字を表示したものであると
して提出している乙第八号証に顕出されている平凡な書体との間には、かなりの相
異のあることが疎明される。そして、右条項に基き先使用により使用権が認められ
る商標とは、他人の商標登録出願前から使用していた商標そのものに限られるので
あり、これに類似するにすぎぬ商標は、これに含まれないと解すべきである。それ
故、同条項を援用しての債務者の使用権の主張は、すでにこの点において理由のな
いものである。
 次に、債権者の商標法第三三条第一項に基く使用権の主張について、判断する。
 債務者が現に使用している「野路菊」の商標は、申請外Aが、昭和三八年七月八
日、第六二○、二六一号をもつて登録を受けていたものであるところ、債権者は、
特許庁にその無効審判を請求し、昭和四二年九月一六日、右請求どおりの無効審判
があり、Aは、東京高等裁判所に右審判取消の訴を提起したが、請求棄却の判決が
言い渡され、確定したことは、当事者間に争がない。ところで、成立につき争いの
ない甲第一号証によれば、右商標登録の無効審判の請求の登録は、昭和三九年六月
一○日になされていることが疎明されるが、同年月日現在において、すでに債務者
が右「野路菊」の登録商標を用いた菓子の製造販売をなしていることは、当事者間
に争がない反面、商標権者たるA自身は、自己の右商標を用いた菓子の製造販売を
していないことが、弁論の全趣旨により明らかである。そうすると、債務者は、無
効審判の請求登録の際における当該登録商標の商標権者でもなければ、その後にそ
の業務を承継した者でもないわけであるから、この意味において、商標法第三三条
第一項第一号を援用して使用権を主張し得べき限りでないことに帰着する。さりと
て、債務者が同条項第三号により使用権を主張する資格も有しないことも、債権者
の詳論するとおりである。商標「のじぎく」に至っては、当初から登録がなされた
事実の主張も存しない。これを要するに、債務者の同条項を援用しての主張も、採
用するに由のないものである。
 してみれば、債権者は、商標権者として、自己の商標権を侵害している(商標法
第三七第条一号)債務者に対し、その侵害行為の差止を請求し得るものというべき
であり(同法第三六条)、本件仮処分申請の本案請求権は、その存在を肯認するに
十分である。
 しかるところ、債権者は、自己の商号「野路菊」の登録後、神戸市の申請外株式
会社播磨屋にこの商標の使用を許諾し、同会社は、これを自己の製造にかかる菓子
に使用して、販売の用に供していることは、当事者間に争がない。そして、成立に
つき争のない甲第一一号証、債権者本人の供述により成立が疎明される同第一二お
よび第一三号証、ならびに、債権者本人の供述によれば、債権者と右会社との間で
は、右商標の使用料を商品売上高の五パーセントを基準とし、毎年過去一年間の実
績を見て概算決定する約定になつているところ、債務者による商標権侵害の結果、
右会社の売上高に少なからぬ影響が現に生じつつあることが疎明されるから、この
ことは、債権者自身の現在および将来の収益に対する圧迫を意味するものと認めな
ければならない。
 そこで、右の著しい損害を避けるため、民事訴訟第七六○条に従い、債務者のた
め相当金額の保証を立てさせて必要な仮処分を命ずることとし、なお、申請費用の
負担につき同法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

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